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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-09
(45)【発行日】2024-01-17
(54)【発明の名称】多板クラッチ装置
(51)【国際特許分類】
   F16D 13/52 20060101AFI20240110BHJP
   F16D 15/00 20060101ALI20240110BHJP
【FI】
F16D13/52 C
F16D15/00 Z
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2020031611
(22)【出願日】2020-02-27
(65)【公開番号】P2021134858
(43)【公開日】2021-09-13
【審査請求日】2022-12-26
(73)【特許権者】
【識別番号】000102784
【氏名又は名称】NSKワーナー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002435
【氏名又は名称】弁理士法人井上国際特許商標事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100077919
【弁理士】
【氏名又は名称】井上 義雄
(74)【代理人】
【識別番号】100172638
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 隆治
(74)【代理人】
【識別番号】100153899
【弁理士】
【氏名又は名称】相原 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100159363
【弁理士】
【氏名又は名称】井上 淳子
(72)【発明者】
【氏名】萩田 崇史
【審査官】松江川 宗
(56)【参考文献】
【文献】特開平03-066927(JP,A)
【文献】特開2008-014423(JP,A)
【文献】実開平04-009330(JP,U)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16D 11/00-39/00,48/00-48/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
内筒部材と外筒部材の一方に軸方向に設けられた複数のフリクションプレートと、
前記内筒部材と前記外筒部材の他方に設けられ、前記複数のフリクションプレートと軸方向に交互に配置された複数のセパレータプレートと、
軸方向に移動することにより前記複数のフリクションプレートと前記複数のセパレータプレートとの接合と前記接合の解放とを切り替える環状のピストンと、
前記ピストンを軸方向に移動させる駆動部とを備えた多板クラッチ装置であって、
前記駆動部は、前記ピストンと同軸上に配置され軸方向に移動可能な環状の移動部材と、
前記移動部材と軸方向に対向して配置され、前記移動部材に対して回転可能な環状の回転部材とを有し、
前記回転部材の回転を前記移動部材の軸方向移動に変換し、前記移動部材の軸方向移動によって前記ピストンを軸方向に移動するカム機構であり、
前記駆動部は、前記回転部材と前記移動部材との間に、周方向等間隔に介装された複数のボールを有し、前記回転部材の回転を前記複数のボールを介して前記移動部材の軸方向移動に変換し、
前記回転部材の前記移動部材との対向面には、前記複数のボールがそれぞれ転動可能に保持される複数の第1の凹部が設けられ、
前記移動部材の前記回転部材との対向面には、それぞれの前記第1の凹部に対応する第2の凹部が複数設けられ、
前記第2の凹部は、所定の深さの第1部分と、前記第1部分よりも浅い深さの第2部分とを有し、
前記回転部材は、前記移動部材に対し、前記第1の凹部が前記第2の凹部の前記第1部分と軸方向に対向する第1の回転位置と、前記第1の凹部が前記第2の凹部の前記第2部分と軸方向に対向する第2の回転位置とを切り替え可能であり、
前記駆動部は、前記回転部材が前記第2の回転位置のとき、前記移動部材に対する前記回転部材の回転を規制するとともに前記移動部材の軸方向への移動を規制するロック機構を備えていることを特徴とする多板クラッチ装置。
【請求項2】
前記移動部材と前記ピストンとの間には、弾性部材が介装されていることを特徴とする請求項に記載の多板クラッチ装置。
【請求項3】
前記ロック機構は、前記回転部材に設けられた板バネと、前記移動部材に設けられ、前記板バネが係合可能な凹部であることを特徴とする請求項1または2に記載の多板クラッチ装置。
【請求項4】
前記ロック機構は、前記移動部材に設けられた板バネと、前記回転部材に設けられ、前記板バネが係合可能な凹部であることを特徴とする請求項1または2に記載の多板クラッチ装置。
【請求項5】
前記ロック機構は、前記板バネと前記凹部とが係合することにより、前記板バネが前記回転部材の径方向へ付勢することを特徴とする請求項またはに記載の多板クラッチ装置。
【請求項6】
前記ロック機構は、前記移動部材の軸方向への移動を規制することにより、前記複数のフリクションプレートと前記複数のセパレータプレートとの接合を保持することを特徴とする請求項からの何れか一項に記載の多板クラッチ装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車等の自動変速機に組み込まれる多板クラッチ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
多板クラッチ装置は、駆動力を伝達する機構として自動車等の自動変速機において広く用いられている。このような多板クラッチ装置としては、例えば湿式多板クラッチがある。湿式多板クラッチは、表面に湿式摩擦材が接着された複数のフリクションプレートと、摩擦相手材としての複数のセパレータプレートとが軸方向に交互に配置され、これらフリクションプレートとセパレータプレートとが、油圧によって軸方向に移動するピストンによって相互に押圧されて接合し、または当該接合が解放されることによって、駆動力の伝達と非伝達とを切り替える構成となっている(例えば特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2006-207665号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載された湿式多板クラッチにおいては、ピストンを移動させるための作動油が供給される油圧室を設ける必要がある。また、油圧によってピストンの移動を制御しているため、複雑な制御を行うためには精細な油圧回路が必要になる。このため、さらに精細で複雑な制御には油圧回路構造が充分に対応できない虞がある。
【0005】
本発明はこのような状況に鑑みてなされたものであり、ピストン周辺の構造およびピストンの作動制御を簡素化した多板クラッチ装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、本発明に係る多板クラッチ装置は、
内筒部材と外筒部材の一方に軸方向に設けられた複数のフリクションプレートと、
前記内筒部材と前記外筒部材の他方に設けられ、前記複数のフリクションプレートと軸方向に交互に配置された複数のセパレータプレートと、
軸方向に移動することにより前記複数のフリクションプレートと前記複数のセパレータプレートとの接合と前記接合の解放とを切り替える環状のピストンと、
前記ピストンを軸方向に移動させる駆動部とを備えた多板クラッチ装置であって、
前記駆動部は、前記ピストンと同軸上に配置され軸方向に移動可能な環状の移動部材と、
前記移動部材と軸方向に対向して配置され、前記移動部材に対して回転可能な環状の回転部材とを有し、
前記回転部材の回転を前記移動部材の軸方向移動に変換し、前記移動部材の軸方向移動によって前記ピストンを軸方向に移動するカム機構であり、
前記駆動部は、前記回転部材と前記移動部材との間に、周方向等間隔に介装された複数のボールを有し、前記回転部材の回転を前記複数のボールを介して前記移動部材の軸方向移動に変換し、
前記回転部材の前記移動部材との対向面には、前記複数のボールがそれぞれ転動可能に保持される複数の第1の凹部が設けられ、
前記移動部材の前記回転部材との対向面には、それぞれの前記第1の凹部に対応する第2の凹部が複数設けられ、
前記第2の凹部は、所定の深さの第1部分と、前記第1部分よりも浅い深さの第2部分とを有し、
前記回転部材は、前記移動部材に対し、前記第1の凹部が前記第2の凹部の前記第1部分と軸方向に対向する第1の回転位置と、前記第1の凹部が前記第2の凹部の前記第2部分と軸方向に対向する第2の回転位置とを切り替え可能であり、
前記駆動部は、前記回転部材が前記第2の回転位置のとき、前記移動部材に対する前記回転部材の回転を規制するとともに前記移動部材の軸方向への移動を規制するロック機構を備えていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、ピストン周辺の構造およびピストンの作動制御を簡素化した多板クラッチ装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1図1(a)は実施形態に係る多板クラッチ装置を径方向外方から見た状態を示す側面図であり、多板クラッチ装置の解放状態を示している。図1(b)は図1(a)の1b矢視図であり、軸方向一方側から見た正面図である。図1(c)は図1(b)の1c-1c矢視断面図である。
図2図2(a)は実施形態に係る多板クラッチ装置を径方向外方から見た状態を示す側面図であり、多板クラッチ装置の締結状態を示している。図2(b)は図2(a)の2b矢視図であり、軸方向一方側から見た正面図である。図2(c)は図2(b)の2c-2c矢視断面図である。
図3図3は実施形態に係る多板クラッチ装置の構成を示す分解図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の実施形態に係る多板クラッチ装置を、図面を参照しつつ説明する。なお、本実施形態に係る多板クラッチ装置は、湿式多板クラッチである。
【0010】
まず、本実施形態に係る多板クラッチ装置に係る方向について定義する。本実施形態において「中心軸線C」とは多板クラッチ装置の中心軸線Cのことをいい、軸方向、径方向、周方向とは、中心軸線Cに関する軸方向、径方向、周方向のことをいう。
軸方向について、図1(a)および図2(a)においては紙面上方側を軸方向一方側とし、紙面下方側を軸方向他方側とし、図1(b)および図2(b)においては紙面手前側を軸方向一方側とし、紙面奥側を軸方向他方側とし、図1(c)および図2(c)においては紙面右方側を軸方向一方側とし、紙面左方側を軸方向他方側とし、図3においては紙面左下側を軸方向一方側とし、紙面右上側を軸方向他方側とする。
周方向について、図1(b)および図2(b)において、紙面に向かって右側に回転する方向を周方向一方側あるいは時計方向とし、紙面に向かって左側に回転する方向を周方向他方側あるいは反時計方向とする。
【0011】
図1(a)は実施形態に係る多板クラッチ装置を径方向外方から見た状態を示す側面図であり、多板クラッチ装置の解放状態を示している。図1(b)は図1(a)の1b矢視図であり、軸方向一方側から見た正面図である。図1(c)は図1(b)の1c-1c矢視断面図であり、軸方向に沿った断面を示している。
図2(a)は実施形態に係る多板クラッチ装置を径方向外方から見た状態を示す側面図であり、多板クラッチ装置の締結状態を示している。図2(b)は図2(a)の2b矢視図であり、軸方向一方側から見た正面図である。図2(c)は図2(b)の2c-2c矢視断面図であり、軸方向に沿った断面を示している。
図3は実施形態に係る多板クラッチ装置の構成を示す分解図である。
【0012】
本実施形態に係る多板クラッチ装置1は、図示しないエンジンからの駆動力が伝達される入力軸(図示省略)に外嵌される円筒状のシャフト3と、シャフト3の軸方向他方側に隣接して前記入力軸に外嵌される円筒状のハブ5とを備えている。入力軸はシャフト3の軸方向一方側端部の内周面に設けられた歯部6と嵌合する。シャフト3は中心軸線C上に配置され、入力軸と一体に回転する。ハブ5は、後述するようにボールベアリング41、カム部材A、カム部材B、リターンスプリング37、およびピストン33を支持している。ハブ5は中心軸線C上にシャフト3と同軸に配置され、入力軸に支持されるのみで、入力軸との一体回転または入力軸との連れ回りは伴わない。
【0013】
シャフト3の外周面の軸方向他方側部分には、スプライン7が設けられている。スプライン7には、複数の環状のフリクションプレート9が軸方向に移動可能に嵌合している。本実施形態においては4枚のフリクションプレート9が嵌合している。フリクションプレート9は、金属製基板である環状のコアプレート(図示省略)の表面に湿式摩擦材(図示省略)を接着して形成されている。
【0014】
シャフト3の径方向外方には、所定の空間を介して、シャフト3と同軸に且つシャフト3と相対回転可能に円筒状のハウジング15が配置されている。ハウジング15は、軸方向一方側の小径部17と、軸方向他方側の大径部19とからなる。小径部17と大径部19とは段部21を介して一体に形成されている。ハウジング15の大径部19は、シャフト3の外周面のスプライン7と径方向に対向している。
【0015】
ハウジング15の大径部19の内周面にはスプライン23が設けられ、スプライン23には、複数の環状のセパレータプレート25が軸方向に移動可能に嵌合している。本実施形態においては、3枚のセパレータプレート25が嵌合している。セパレータプレート25は金属の一枚板で形成されている。これらセパレータプレート25は、軸方向に隣り合うフリクションプレート9の間にそれぞれ配置されている。すなわち、フリクションプレート9とセパレータプレート25とは、軸方向に交互に配置されている。
【0016】
ハウジング15にはさらに、フリクションプレート9およびセパレータプレート25を軸方向一方側の一端で固定状態に保持するための環状のバッキングプレート27と、最も軸方向他方側のフリクションプレート9の軸方向他方側に配置された環状の選択プレート29とを備えている。選択プレート29は、フリクションプレート9とセパレータプレート25とのクリアランスのばらつきを抑制するための所定の厚さを有するプレートであり、セパレータプレート25と同様に、ハウジング15の内周面のスプライン23に軸方向移動可能に嵌合している。
【0017】
選択プレート29の軸方向他方側に隣接するハウジング15の内周面の部分には、止め輪31(図3参照)が嵌め込まれ、選択プレート29、フリクションプレート9、およびセパレータプレート25がハウジング15から軸方向他方側へ抜けることを防止している。なお、図1および図2の各図においては、止め輪31の記載は省略している。選択プレート29と、軸方向に交互に配置された複数のフリクションプレート9と複数のセパレータプレート25と、バッキングプレート27とによって、多板クラッチ部32が構成されている。
【0018】
多板クラッチ装置1はさらに、多板クラッチ部32すなわち複数のフリクションプレート9と複数のセパレータプレート25とを押圧して相互に接合し、または当該接合を解放して、多板クラッチ装置1の締結状態と解放状態とを切り替えるためのピストン33と、ピストン33を軸方向に駆動するためのカム機構部35と、ピストン33とカム機構部35との間に介装されたリターンスプリング37とを備えている。ピストン33、カム機構部35、およびリターンスプリング37は、ハブ5の外径側に支持されている。多板クラッチ装置1は、多板クラッチ部32が接合されると図示しない入力軸からシャフト3に入力された駆動力が多板クラッチ部32を介してハウジング15に伝達され、多板クラッチ部32の接合が解放されると、シャフト3からハウジング15への駆動力の伝達が遮断される。
【0019】
ピストン33は環状部材であり、ハブ5の軸方向一方側端部に配置されている。ピストン33は、図1(c)に示すように、軸方向一方側の面の外径側部分に、軸方向一方側に突出する突出部39が形成されている。突出部39は周方向の全周に亘って形成され、突出部39の軸方向一方側の面は、多板クラッチ部32の最も軸方向他方側に配置されたプレートすなわち選択プレート29の軸方向他方側の面と、多板クラッチ部32を解放状態とするための若干の空間を介して軸方向に対向している。突出部39の外径側縁部すなわちピストン33の外径側縁部は、選択プレート29の外径側縁部と内径側縁部との中間部に対応する径方向位置に位置している。ピストン33の内径側縁部は、ハブ5の軸方向一方側端部の外周部に、軸方向に摺動可能に係合している。
【0020】
カム機構部35は、ハブ5の軸方向他方側端部近傍に配置された環状のカム部材Aと、カム部材Aの軸方向一方側に隣接して配置された環状のカム部材Bとを備えている。カム部材Aの軸方向一方側の面38とカム部材Bの軸方向他方側の面40とは、軸方向に対向している。
【0021】
ハブ5の軸方向他方側端部の外周面にはボールベアリング41が外嵌されている。ハブ5の軸方向他方側端部には外向きフランジ43が形成され、ボールベアリング41の軸方向他方側端部は、外向きフランジ43の軸方向一方側の面に接触している。これによりボールベアリング41はハブ5に対して軸方向他方側への移動が規制されている。カム部材Aは、ボールベアリング41の外輪41aに外嵌され、カム部材Aの内周面の軸方向一方側端部に形成された内向きフランジ45がボールベアリング41の外輪41aの軸方向一方側端面に接触している。これによりカム部材Aは軸方向他方側への移動が規制されている。
【0022】
このような構成により、カム部材Aは、ボールベアリング41を介してハブ5に対して相対回転可能であるとともに、軸方向他方側への移動が規制された状態でハブ5に支持されている。本実施形態においては、シャフト3が図示しない入力軸と一体回転する際、カム部材Aは、入力軸またはシャフト3と共に回転しないように図示しない部材または構造によって支持されている。つまり、カム部材Aは入力軸またはシャフト3と連れ回りしないように設けられている。
【0023】
カム部材Bは、カム部材Aよりも小さい外径寸法を有している。カム部材Bは、軸方向一方側の面の外径側部分に、軸方向一方側に突出する突出部47が形成されている。突出部47は周方向の全周に亘って形成されている。カム部材Bの内径側縁部は、ハブ5の外周部に軸方向に摺動可能に係合している。カム部材Bは、カム部材Aと同様に、シャフト3が入力軸と一体回転する際、入力軸またはシャフト3と共に回転しないように図示しない部材または構造によって支持されている。つまり、カム部材Bは入力軸またはシャフト3と連れ回りしないように設けられている。なお、ピストン33およびリターンスプリング37も同様に、シャフト3が入力軸と一体回転する際、入力軸またはシャフト3と連れ回りしないように図示しない部材または構造によって支持されている。
【0024】
カム部材Aの外周部には、全周に亘って歯部49が形成されている。歯部49は、図示しない歯車機構を介して図示しない駆動装置に連結している。当該図示しない駆動装置は、例えばアクチュエータである。カム部材Aは、図示しない駆動装置からの駆動力が歯部49に入力されることによって、カム部材Bに対して、中心軸線Cを中心に所定角度回転するように構成されている。具体的には、カム部材Aは中心軸線Cを中心に所定角度回転して、後述のように、カム部材Bに対する第1の回転位置と第2の回転位置とが切り替わる構成となっている。
【0025】
カム部材Aとカム部材Bとの間には、複数のボール51が周方向等間隔に介装されている。本実施形態においては、3つのボール51が周方向等間隔に介装されている。カム部材Aの軸方向一方側の面38には、図3に示すように、軸方向他方側に凹んだ凹部53が周方向等間隔に3つ形成されている。凹部53は、断面形状が半円状の凹球面、或いは軸方向に沿った断面形状が半円状或いはU字状の溝状に形成されている。3つの凹部53にはそれぞれ、図2(c)に示すように、ボール51が回転自在に保持されている。詳細には、ボール51は、軸方向他方側の半分以上の部分が凹部53内に収容され、残りの軸方向一方側の部分が凹部53から軸方向一方側に突出している状態で凹部53に保持されている。
【0026】
カム部材Bの軸方向他方側の面40には、カム部材Aの各凹部53に対応して、軸方向一方側に凹んだ凹部55が形成されている。したがってカム部材Bの軸方向他方側の面40には、軸方向一方側に凹んだ凹部55が周方向等間隔に3つ形成されている。凹部55は、周方向に所定の長さを有する溝状に形成されている。凹部55の深さは、周方向一方側端部が最も深く、周方向他方側端部が最も浅くなるように形成されている。詳細には、凹部55は、深さが最も深い周方向一方側端部の最深部と、深さが最も浅い周方向他方側端部の最浅部と、最深部と最浅部との間の部分であって最深部と最浅部との中間の深さを有する中間部とから構成されている。最深部の底部と中間部の底部とは滑らかに連続している。中間部の底部と最浅部の底部とは滑らかに連続している。カム部材Aとカム部材Bとボール51とで、カム機構部35が構成されている。
【0027】
カム機構部35は、カム部材Bに対するカム部材Aの回転位置によって2つの状態を取り得る。カム機構部35の第1の状態は、カム部材Aがカム部材Bに対する第1の回転位置に位置している状態であり、図1各図に示す状態である。詳細には、カム機構部35は、カム部材Aの凹部53とカム部材Bの凹部55の最深部とが軸方向に対向している状態であり、この状態において、カム部材Aの凹部53に保持されたボール51は、凹部53から突出している軸方向一方側の部分が、対応するカム部材Bの凹部55の最深部に収容されている。すなわちこの状態において、ボール51はカム部材Aの凹部53の底部とカム部材Bの凹部55の最深部の底部とによって軸方向に挟持されている。また、この状態において、カム部材Aの軸方向一方側の面38とカム部材Bの軸方向他方側の面40とは、僅かな空間S1を介して軸方向に対向している。
【0028】
カム機構部35の第2の状態は、上記第1の状態から、カム部材Aがカム部材Bに対して所定角度回転し、カム部材Aがカム部材Bに対する第2の回転位置に位置している状態であり、図2各図に示す状態である。詳細には、カム機構部35は、カム部材Aの凹部53が、対応するカム部材Bの凹部55の最浅部と軸方向に対向している状態である。この状態において、カム部材Aの凹部53に保持されたボール51は、凹部53から突出している軸方向一方側の部分が、カム部材Bの凹部55の最浅部に収容されている。すなわちこの状態において、ボール51はカム部材Aの凹部53の底部とカム部材Bの凹部55の最浅部の底部とによって軸方向に挟持されている。また、この状態において、カム部材Bは、上記第1の状態よりも軸方向一方側に位置しており、カム部材Aの軸方向一方側の面38とカム部材Bの軸方向他方側の面40とは、空間S2を介して軸方向に対向している。空間S2の軸方向間隔は、上記第1の状態における空間S1の軸方向間隔よりも大きい。
【0029】
カム部材Aは、カム部材Bに対する第1の回転位置から第2の回転位置へ回転する際、凹部53にボール51を保持した状態で回転する。すなわちボール51は、カム部材Aの凹部53に常に保持された状態である。カム部材Aが第1の回転位置から第2の回転位置へ回転するに従い、ボール51は、カム部材Aの凹部53から突出している軸方向一方側の部分が、カム部材Bの凹部55を転動または摺動して凹部55の最深部から中間部を経由して最浅部へと移動してゆく。またこのとき、ボール51の軸方向一方側の部分がカム部材Bの凹部55の最深部から最浅部へと移動するに従い、カム部材Bはボール51によって軸方向一方側へ押圧され、ハブ5の外周部を軸方向一方側へ移動する。このようにカム部材Bの凹部55はボール51と係合するカム面を構成し、カム部材Aの回転運動を、ボール51を介してカム部材Bの直進運動へと変換している。なお、カム部材Aの凹部53の深さおよびカム部材Bの凹部55の深さは、多板クラッチ装置1の締結、解放に伴う後述するピストン33の挙動を設定するために、適宜設定される。
【0030】
カム部材Aの軸方向一方側の面38には、凹部53よりも外径側の径方向位置に、ロックスプリング61が1個または周方向等間隔に複数取り付けられている。本実施形態においては、中心軸線Cに関して互いに180°離間して、2つのロックスプリング61が取り付けられている。ロックスプリング61は径方向内方に突出した曲面部63を有する板バネである。ロックスプリング61は、曲面部63がカム部材Bの外周面に押し付けられた状態でカム部材Bの外周面上を摺動するように、カム部材Aに取り付けられている。すなわち、ロックスプリング61は、曲面部63が径方向内方に向かう方向の弾性力を生じている状態でカム部材Bの外周面に接触している。
【0031】
カム部材Bの外周面には、カム部材Aの2つのロックスプリング61に対応して、2つの凹部65が設けられている。2つの凹部65は2つのロックスプリング61の曲面部63とそれぞれ係合可能である。凹部65は、カム部材Bの外周面から径方向内方に凹んだ有底の穴である。ロックスプリング61は、曲面部63が凹部65に落ち込むことにより凹部65と係合する。
【0032】
カム部材Aのロックスプリング61とカム部材Bの凹部65とは、カム機構部35が第1の状態のときは、図1(a)に示すように係合せず、カム機構部35が第2の状態のときに、図2(a)に示すように係合するように設けられている。ロックスプリング61は、曲面部63が径方向内方に向かう方向の弾性力を生じている状態なので、ロックスプリング61の曲面部63と凹部65とが係合すると、これによってカム部材Aはカム部材Bに対する回転が規制されるとともに、カム部材Bの軸方向への移動を規制し、カム部材Aとカム部材Bとの軸方向の間隔が保持される。さらに、ロックスプリング61と凹部65とが係合することにより、カム部材Aの径方向位置が固定される。このように、ロックスプリング61と凹部65とは、カム部材Bに対するカム部材Aの回転をロックするとともにカム部材Bの軸方向への移動を規制するためのロック機構を構成している。
【0033】
カム部材Bとピストン33との間には、リターンスプリング37が介装されている。リターンスプリング37は環状の皿ばねである。リターンスプリング37の外径側縁部は、カム部材Bの突出部47の軸方向一方側の構成面に接触している。リターンスプリング37の内径側縁部は、ピストン33における軸方向他方側の面に接触するとともに、ハブ5の外周部に軸方向に摺動可能に係合している。リターンスプリング37は、軸方向に縮む方向の力が加わると弾性変形し、弾性復帰による軸方向一方側および他方側に作用する弾性力を発生する。
【0034】
カム機構部35の第1の状態において、リターンスプリング37は自然状態すなわち弾性変形していない状態でカム部材Bとピストン33との間に配置されている。この状態においては、リターンスプリング37は軸方向に作用する弾性力を発生していないので、ピストン33はリターンスプリング37によって軸方向一方側へ押圧されることはない。したがってこの状態においては、多板クラッチ部32すなわち複数のフリクションプレート9および複数のセパレータプレート25は、相互に接合していない。したがってシャフト3はハウジング15に対して空転し、シャフト3からハウジング15へのトルク伝達はなされない。
【0035】
一方、カム機構部35の第2の状態においては、後述するように、リターンスプリング37は、軸方向に縮む方向の力が加わって弾性変形する。リターンスプリング37は、弾性変形によって発生する弾性力によってピストン33を軸方向一方側に押圧する。以下、カム機構部35の第2の状態における多板クラッチ装置1の状態を含めて、本実施形態の多板クラッチ装置1の作動について説明する。
【0036】
図1の各図に示す多板クラッチ装置1の状態は、カム機構部35の第1の状態であり、多板クラッチ装置1の締結が解放されている状態である。この状態において、カム機構部35は、上述したように、カム部材Aが第1の回転位置に位置し、カム部材Aの凹部53とカム部材Bの凹部55の最深部とが軸方向に対向し、ボール51はカム部材Aの凹部53の底部とカム部材Bの凹部55の最深部の底部とによって軸方向に挟持されている。また、この状態において、カム部材Aの軸方向一方側の面38とカム部材Bの軸方向他方側の面40とは僅かな空間S1を介して軸方向に対向している状態であり、カム部材Aのロックスプリング61とカム部材Bの凹部65とは非係合状態である。また、この状態において、複数のフリクションプレート9および複数のセパレータプレート25は相互に接合しておらず、シャフト3からハウジング15へのトルク伝達はなされない。
【0037】
この状態から図示しない駆動装置によって、カム部材Aの歯部49に駆動力が入力されると、カム部材Aはカム部材Bに対して、図1(b)において周方向一方側すなわち時計方向に所定角度回転し、第2の回転位置へと回転する。このとき、カム部材Aの回転に従って、ボール51は、カム部材Aの凹部53から突出している軸方向一方側の部分が、カム部材Bの凹部55の最深部から中間部を経由して最浅部へと移動してゆく。ボール51の軸方向一方側の部分がカム部材Bの凹部55の最深部から最浅部へと移動するに従い、カム部材Bはボール51によって軸方向一方側へ押圧され、ハブ5の外周部を軸方向一方側へ移動する。そしてボール51の軸方向一方側の部分がカム部材Bの凹部55の最浅部に移動し、ボール51はカム部材Aの凹部53の底部とカム部材Bの凹部55の最浅部の底部とによって軸方向に挟持された状態となり、カム機構部35は第2の状態となる。すなわち、カム部材Aの軸方向一方側の面38とカム部材Bの軸方向他方側の面40とは、空間S2を介して軸方向に対向した状態となる。さらに、カム部材Aのロックスプリング61とカム部材Bの凹部65とが係合し、カム部材Bに対するカム部材Aの回転がロックされるとともにカム部材Bの軸方向への移動が規制され、カム部材Aとカム部材Bとの間の空間S2が保持される。
【0038】
リターンスプリング37は、カム機構部35が第2の状態となってカム部材Bが軸方向一方側に移動することにより、外径側縁部がカム部材Bによって軸方向一方側へ押圧される。これによりリターンスプリング37は、外径側縁部に接触しているカム部材Bと、内径側縁部に接触しているピストン33と、周辺の支持部品とによって軸方向に挟持され、軸方向に縮む方向の力が加えられる。そしてリターンスプリング37は、軸方向に縮む方向の力が加えられて弾性変形した状態で軸方向一方側へ移動する。
【0039】
リターンスプリング37の軸方向一方側への移動、および軸方向に縮む方向の弾性変形によって発生する軸方向一方側へ作用する弾性力により、ピストン33はリターンスプリング37の内径側縁部によって軸方向一方側へ押圧される。ピストン33は軸方向一方側へ押圧されると、選択プレート29を介して多板クラッチ部32すなわち複数のフリクションプレート9および複数のセパレータプレート25を軸方向一方側へ押圧し、複数のフリクションプレート9および複数のセパレータプレート25を相互に接合させる。すなわち複数のフリクションプレート9と複数のセパレータプレート25とは摩擦係合し、一体に回転する。この状態において多板クラッチ装置1は締結状態となり、シャフト3からハウジング15へトルク伝達がなされる。
【0040】
また、この状態において、カム部材Aのロックスプリング61とカム部材Bの凹部65とは係合しているので、カム部材Bの軸方向への移動が規制されることにより、カム部材Bがリターンスプリング37を介してピストン33を軸方向一方側へ押圧している状態が保持される。これにより多板クラッチ装置1の締結状態が確実に保持される。また、カム部材Aのロックスプリング61とカム部材Bの凹部65とは、カム部材Bの外周面において周方向に等間隔に離れた位置で係合するので、カム部材Bがリターンスプリング37を介してピストン33を軸方向一方側に押圧する力は、周方向の全周に亘って均等な状態で保持される。したがって、複数のフリクションプレート9と複数のセパレータプレート25とは周方向の全周に亘って均等な力で押圧された状態で保持され、多板クラッチ装置1は安定した締結状態で保持される。
【0041】
このように、本実施形態の多板クラッチ装置1は、カム機構部35のカム部材Bが軸方向に移動することにより、リターンスプリング37を介してピストン33を軸方向一方側へ移動させ、これにより複数のフリクションプレート9および複数のセパレータプレート25を相互に接合させる。
【0042】
ハウジング15に伝達されたトルクは、ハウジング15の小径部17の外周面に形成された歯部71に噛み合っている図示しない部材を介して、次の変速機構へと伝達される。
【0043】
多板クラッチ装置1の締結状態から解放状態への切り替えは、カム部材Aが第2の回転位置から第1の回転位置へと回転し、カム機構部35が第1の状態に切り替わることによりなされる。カム機構部35が第2の状態においては、カム部材Bはリターンスプリング37の弾性力によって軸方向他方側へ押圧されているので、カム機構部35が第1の状態に切り替わる際、カム部材Aの凹部53から突出しているボール51の軸方向一方側の部分がカム部材Bの凹部55の最深部に移動することにより、カム部材Bは軸方向他方側へ移動する。一方、リターンスプリング37が自然状態に戻ると、スプリング37はピストン33を軸方向一方側へ押圧する弾性力を発生しなくなり、複数のフリクションプレート9および複数のセパレータプレート25の接合は解除される。したがって、多板クラッチ装置1は解放状態となる。
【0044】
このように、本実施形態の多板クラッチ装置1は、複数のフリクションプレート9と複数のセパレータプレート25との相互の接合と、当該接合の解放とを切り替えるピストン33の移動を、カム機構部35によって制御している。したがって本実施形態によれば、ピストン33を移動させるための作動油が供給される油圧室を設ける必要がない。さらにピストン33の制御のために精細な油圧回路を設ける必要がない。その結果、本実施形態の多板クラッチ装置1は、ピストン33周辺の構造およびピストン33の作動制御を簡素化することができ、さらに多板クラッチ装置1の設置スペースの省スペース化を図ることができる。
【0045】
なお、本発明は、上記実施形態に限定されることはなく、変形が可能である。
例えば、フリクションプレート9をハウジング15に設け、セパレータプレート25をシャフト3に設けた構成としても良い。また、フリクションプレート9およびセパレータプレート25の数は、トルク容量により適宜設定が可能である。また、ボール51の数およびロックスプリング61の数も、トルク容量、或いはカム部材Aおよびカム部材Bの径寸法等により適宜設定が可能である。なお、カム部材Aの凹部53およびカム部材Bの凹部55の形状或いは深さは、多板クラッチ装置1の締結、解放に伴うピストン33の挙動を設定するために、適宜設定される。すなわち、多板クラッチ装置1の締結、解放に伴うピストン33の挙動は、カム部材Aの凹部53およびカム部材Bの凹部55の形状或いは深さによって設定される。また、カム部材Aの外周面に凹部65を設け、カム部材Bに凹部65と係合するロックスプリングを設ける構成としても良い。この場合、カム部材Aの外径寸法よりもカム部材Bの外径寸法の方を大きくする構成とすることもできる。
【符号の説明】
【0046】
1 多板クラッチ装置
3 シャフト
5 ハブ
7 スプライン
9 フリクションプレート
15 ハウジング
23 スプライン
25 セパレータプレート
32 多板クラッチ部
33 ピストン
35 カム機構部
37 リターンスプリング
51 ボール
53、55 凹部
61 ロックスプリング
図1
図2
図3