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特許7416684β―NMNの製造方法およびその含有組成物
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-09
(45)【発行日】2024-01-17
(54)【発明の名称】β―NMNの製造方法およびその含有組成物
(51)【国際特許分類】
   C12P 19/30 20060101AFI20240110BHJP
   C12N 9/16 20060101ALI20240110BHJP
   C12R 1/66 20060101ALN20240110BHJP
【FI】
C12P19/30
C12N9/16 B
C12R1:66
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2020507847
(86)(22)【出願日】2019-03-19
(86)【国際出願番号】 JP2019011527
(87)【国際公開番号】W WO2019181961
(87)【国際公開日】2019-09-26
【審査請求日】2020-11-25
【審判番号】
【審判請求日】2022-05-31
(31)【優先権主張番号】P 2018053238
(32)【優先日】2018-03-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】519127797
【氏名又は名称】三菱商事ライフサイエンス株式会社
(72)【発明者】
【氏名】深水 祐一郎
【合議体】
【審判長】上條 肇
【審判官】鶴 剛史
【審判官】高堀 栄二
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-51112(JP,A)
【文献】国際公開第2017/200050(WO,A1)
【文献】ナガセの酵素剤 ラインナップ,[online],2012年,[令和3年8月25日検索],インターネット<URL:https://www.nagase-foods.com/jp/assets/image/contentful/313yfUAmxbpuUFFw0tzlew-2.pdf>
【文献】新日本化学工業株式会社 製品情報,[online],2012年,[令和3年8月25日検索],インターネット<URL:http://j-enzyme.com/snk/idea4/product.html>
【文献】Mol.Cel.Biol.,2012,Vol.32,No.18,pp.3743-3755
【文献】発酵と代謝,1997,Vol.35,pp.55-63
【文献】J.Ferment.Technol.,1983,Vol.61,No.1,pp.61-66
【文献】Agric.Biol.Chem.,1977,Vol.41,No.4,pp.625-629
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P19/00-19/64
C12N9/00-9/99
JSTPlus/JMEDPlus(JDreamIII)
PubMed
Google Scholar
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
β―ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドを基質とし、Aspergillus 属に属する微生物に由来し、次の性質を有する酵素活性を示すタンパク質を用いて反応させる工程を含むβ―ニコチンアミドモノヌクレオチドの製造方法。
(1)作用:β-ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド構造中の高エネルギーリン酸結合であるリン酸無水結合(ピロリン酸結合)加水分解し、β―ニコチンアミドモノヌクレオチドとAMPを生成させる
(2)ピロフォスファターゼ活性
(3)至適pH:pH5.0
(4)至適温度:60℃
(5)Aspergillus 属に属する微生物が、Aspergillus niger
【請求項2】
酵母抽出物に含まれるβ―ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド、Aspergillus 属に属する微生物に由来し、次の性質を有する酵素を用いて反応させる工程を含むβ‐ニコチンアミドモノヌクレオチドを1.0%(w/w)以上含む組成物の製造方法。
(1)作用:β―ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド構造中の高エネルギーリン酸結合であるリン酸無水結合(ピロリン酸結合)加水分解し、β―ニコチンアミドモノヌクレオチドを生成させる
(2)ピロフォスファターゼ活性
(3)至適pH:pH5.0
(4)至適温度:60℃
(5)Aspergillus 属に属する微生物が、Aspergillus niger
【請求項3】
次の理化学的性質を有する、Aspergillus 属に属する微生物に由来のβ―ニコチンアミドモノヌクレオチド製造用酵素。
(1)作用:β―ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド構造中の高エネルギーリン酸結合であるリン酸無水結合(ピロリン酸結合)加水分解し、β―ニコチンアミドモノヌクレオチドを生成させる
(2)ピロフォスファターゼ活性
(3)至適pH:pH5.0
(4)至適温度:60℃
(5)Aspergillus 属に属する微生物が、Aspergillus niger
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、β―Nicotinamide adenine dinucleotide(NAD)又は酵母Candida utilis等より得られるNAD含有溶液からAspergillus oryzae等のAspergillus属から調製した代謝組成物、粗酵素又は精製酵素を作用させる工程を有するβ―Nicotinamide mononucleotide (β―NMN)製造方法、及びβ―NMNを含有する組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
β―Nicotinamide mononucleotide(β―NMN)は、生体内のSalvage経路のβ―Nicotinamide adenine dinucleotide(NAD)の中間代謝物である (特許文献1~4、非特許文献1)。β―NMNは、生体に取り込まれることにより、NADの生合成を直接に誘導、生体内のNAD濃度を向上させることが出来る (非特許文献2)。β―NMNによって、生合成が誘導されたNADを基質に、NAD依存性脱アセチル化酵素であるSIRT1に代表されるサーチュインファミリータンパク質等 (SIRT2、SIRT3、SIRT4、SIRT5、SIRT6、SIRT7)が活性化される。サーチュインファミリータンパク質等が活性化されることにより、生命の寿命に関与する、代謝改善・抗疾病・抗老化作用等の幅広い生理活性を発現させる (非特許文献1)。β―NMNが関わる詳細な機能として、「糖代謝異常の改善 (非特許文献2)」、「サーカディアンリズムへの関与 (非特許文献3)4)」、「老化ミトコンドリアの機能改善 (非特許文献5)」、「虚血再灌流からの心臓の保護 (非特許文献6)」、「老化による神経幹細胞の減少の抑制 (非特許文献7)」、「エピジェネティク制御機構によりClaudin―1の発現を抑制し、糖尿病性腎症のアルブミン尿の低下 (非特許文献8)」、「プログラム細胞死の制御 (非特許文献9)」、「パーキンソン病の改善 (非特許文献10)」、「老化による酸化ストレスや血管機能障害の回復 (非特許文献11)」などが報告されている。また、β―NMNは、サーチュインファミリータンパク質等の活性化だけでなく、眼機能の改善などが知られている(特許文献5)。このように、細胞または組織、臓器レベルでの数多くのネガティブな生理現象は、β―NMNの投与によってNADの生合成を高め、SIRT1を中心としたSIRT2、SIRT3、SIRT4、SIRT5、SIRT6、SIRT7のサーチュインファミリータンパク質等の活性化によって、回復、改善、予防が期待できる。
【0003】
酵母は各種食品等に使用されている。さらに、トルラ酵母(Candida utilis)はアメリカ食品医薬品局(FDA)より高い栄養機能性と食経験からの安全性が評価されている食用酵母である。このことより、長年にわたって医薬品やサプリメント、調味料などに有効活用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開WO2014/146044
【文献】中国特許公報登録第101601679 B
【文献】米国特許公開第2011―0123510 A1
【文献】米国特許登録第7737158号
【文献】国際公開WO2016/171152
【非特許文献】
【0005】
【文献】Liana, R Stein . et al. The dynamic regulation of NADmetabolism in mitochondria. Trends in Endocrinology and Metabolism. 2012, Vol. 23, No. 9
【文献】J, Yoshino . et al. Nicotinamide Mononucleotide, a Key NAD+ Intermediate, Treats the Pathophysiology of Diet― and Age―Induced Diabetes in Mice . Cell Metab. 2011, 14(4), P. 528―536.
【文献】Clara Bien Peek1 . et al. Circadian Clock NAD+ Cycle Drives Mitochondrial Oxidative Metabolism in Mice . Science. 2013, 342(6158), 1243417.
【文献】Ramsey, KM . et al. Circadian clock feedback cycle through NAMPT―mediated NAD+ biosynthesis . Science. 2009, 324(5927), P. 651―654.
【文献】Ana, P. Gomes . et al. Declining NAD+ Induces a Pseudohypoxic State Disrupting Nuclear―Mitochondrial Communication during Aging . Cell. 2013, 155(7), P. 1624―1638.
【文献】T, Yamamoto . et al. Nicotinamide mononucleotide, an intermediate of NAD+ synthesis, protects the heart from ischemia and reperfusion . PLoS One. 2014, 9(6), e98972.
【文献】Liana, R Stein . et al. Specific ablation of Nampt in adult neural stem cells recapitulates their functional defects during aging . EMBO J. 2014, 33(12), P. 1321―1340
【文献】K, Hasegawa . et al. Renal tubular Sirt1 attenuates diabetic albuminuria by epigenetically suppressing Claudin―1 overexpression in podocytes . Nat Med. 2013, 19(11), P. 1496―1504
【文献】Nicolas Preyat. et al. Complex role of nicotinamide adenine dinucleotide in the regulation of programmed cell death pathways . Biochem Pharmacology. 2015, S0006―2952(15)
【文献】Lei lu . et al. Nicotinamide mononucleotide improves energy activity and survival rate in an in vitro model of Parkinson’s disease . Exp Ther Med. 2014, 8(3), P. 943―950.
【文献】Natalie E.de Picciotto . et al. Nicotinamide mononucleotide supplementation reverses vascular dysfunction and oxidative stress with aging in mice. Aging cell. 2016, 15, P. 522―530.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
β―NMNを生成する酵素を得ること、さらに、食品適用も可能な、β―NMNを製造する方法、例えば、食経験のある酵母からβ―NMNを高含有化させた組成物を得ることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、Aspergillus属に属する微生物から得られた代謝組成物、粗酵素、又は精製酵素で、最適化(温度50~70度、pH3.0~7.0)した酵素反応を行うことで、β―NMNを効率よく得られることを見出し、本発明を完成させた。
【0008】
本発明は、以下のような発明である。
(A)β-ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドを基質として、Aspergillus 属に属する微生物の代謝組成物を用いて反応させる工程含むβ―ニコチンアミドモノヌクレオチドの製造方法、

(B)Aspergillus 属に属する微生物に由来し、次の性質を有する酵素活性を示すタンパク質を用いて反応させる工程を含むβ‐ニコチンアミドモノヌクレオチドの製造方法。
(1)作用:β-ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド構造中の高エネルギーリン酸結合であるリン酸無水結合(ピロリン酸結合)加水分解し、β―ニコチンアミドモノヌクレオチドとAMPを生成させる。
(2)ピロフォスファターゼ活性
(3)至適pH:pH3.0~7.0
(4)至適温度:40℃~70℃。

(C)酵母抽出物に含まれるβ-ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド、又はβ-ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドを基質とし、Aspergillus 属に属する微生物に由来し、次の性質を有する酵素を用いて反応させる工程を含むβ―ニコチンアミドモノヌクレオチドを1%(w/w)以上含む組成物の製造方法。
(1)作用:β―ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド構造中の高エネルギーリン酸結合であるリン酸無水結合(ピロリン酸結合)加水分解し、β―ニコチンアミドモノヌクレオチドを生成させる。
(2)ピロフォスファターゼ活性
(3)至適pH:pH3.0~7.0
(4)至適温度:40℃~70℃

(D)次の理化学的性質を有する、Aspergillus 属に属する微生物に由来の酵素。
(1)作用:β-ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド構造中の高エネルギーリン酸結合であるリン酸無水結合(ピロリン酸結合)加水分解し、β―ニコチンアミドモノヌクレオチドを生成させる。
(2)ピロフォスファターゼ活性
(3)至適pH:pH3.0~7.0
(4)至適温度:40℃~70℃
【発明の効果】
【0009】
本発明によると、NADを基質として、β―NMNを取得でき、例えば、β―NMNを食経験のある酵母エキスから簡便に取得できる。特にトルラ酵母は古くから食経験のある酵母であり、これから取得した酵母エキスは安全性が高い。このような、β―NMNを高含有する酵母エキスは、医薬品、サプリメント、機能性食品等として摂取できる。さらに、本発明のβ―NMNを高含有する酵母エキスは、AMP(5’―アデニル酸)も生成するため、β―NMNだけでなく、AMP高含有酵母エキスとしても利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】β―NMNとNADの分子構造ならびに組成式、分子量を示す。
図2】Aspergillus属に属する微生物から得られた精製酵素又は粗酵素と基質NAD含む抽出液の反応によって得られるβ-NMNを含む組成物の反応モデル。
図3】至適反応条件 1 (30℃ / pH1、2、3、4、5、6、7、8、9、10)
図4】至適反応条件 2 (40℃ / pH1、2、3、4、5、6、7、8、9、10)
図5】至適反応条件 3 (50℃ / pH1、2、3、4、5、6、7、8、9、10)
図6】至適反応条件 4 (60℃ / pH1、2、3、4、5、6、7、8、9、10)
図7】至適反応条件 5 (70℃ / pH1、2、3、4、5、6、7、8、9、10)
図8】至適反応条件 6 (80℃ / pH1、2、3、4、5、6、7、8、9、10)
図9】Candida utilis IAM 4264 から調製した抽出液とAspergillus niger由来の粗酵素の反応より得られた酵母エキス中のNADを示すクロマトグラムである。
図10】Candida utilis IAM 4264 から調製した抽出液とAspergillus niger由来の粗酵素の反応より得られた酵母エキス中のβ―NMNを含む組成物を示すクロマトグラムである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の代謝組成物、粗酵素、又は精製酵素は、NADを基質としてβ―NMNを生成する酵素であるが、NADは、酵母又は酵母エキス中に含有するNADを基質とすることもできる。NADは一般に入手可能なものであれば、本発明の組成物を利用できる。
【0012】
酵母エキスを使用する場合は、酵母として食用酵母が使用できる。例えばSaccharomyces属に属する酵母、Kluyveromyces属、Candida属、Pichia属などが挙げられ、中でも、Candida属のCandida utilisが好ましい。より具体的には、Candida utilis IAM 4264、Candida utilis ATCC 9950、Candida utilis ATCC 9550、Candida utilis IAM 4233、Candida utilis AHU 3259などである。さらに好ましくは、グルタチオンを高含有する酵母を使用すると、β―NMNの含量が高まる。グルタチオンを高含有する酵母は、公知の方法で得られる酵母を使用可能である(特開昭59―151894、特開昭60―156379など)。
【0013】
酵母を培養する際の培地には、炭素源として、ブドウ糖、酢酸、エタノール、グリセロール、糖蜜、亜硫酸パルプ廃液等が用いられ、窒素源としては、尿素、アンモニア、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、硝酸塩などが使用される。リン酸、カリウム、マグネシウム源も過リン酸石灰、リン酸アンモニウム、塩化カリウム、水酸化カリウム、硫酸マグネシウム、塩化マグネシウム等の通常の工業用原料でよく、その他亜鉛、銅、マンガン、鉄イオン等の無機塩を添加する。その他は、ビタミン、アミノ酸、核酸関連物質等を使用しないでも培養可能であるが、これらを添加しても良い。コーンスチーブリカー、カゼイン、酵母エキス、肉エキス、ペプトン等の有機物を添加しても良い。
【0014】
培養温度やpH等の培養条件は、特に制限なく適用でき、使用する酵母菌株に合わせて設定し、培養すれば良い。一般的には、培養温度は21~37℃、好ましくは25~34℃が良く、pHは3.0~8.0、特に3.5~7.0が好ましい。
【0015】
本発明の培養形式としては、バッチ培養、あるいは連続培養のいずれでも良いが、工業的には後者が望ましい。培養時の撹拌、通気等の条件は特に制限なく、一般的な方法でよい。
【0016】
培養後の菌体は、前処理により抽出液の調製を行う。菌体培養後の湿潤酵母菌体をイオン交換水に懸濁して遠心分離を繰り返すことで洗浄した後に、抽出を行う。抽出法は、使用する酵母菌体の種類に応じて適宜調整すればよいが、β―NMNの含量を高めるには、酵母中のNAD及びβ―NMNが分解されないような条件で行うことが望ましい。自己消化法、アルカリ抽出法、酸抽出、温水抽出法、又はこれらの組み合わせにより行う。Candida utilisを用いた場合の方法は菌体濃度が乾燥重量換算7~10%、好ましくは8~9%になるようにイオン交換水に再懸濁する。この菌体懸濁液の抽出の際に、必要に応じてpH調を行う。例えば、酸抽出の場合には、抽出pHは1.5~7.0最も好ましくは抽出時のpHを6.0付近に調整する。pH調整は、公知の方法でよい。
【0017】
抽出温度は50~90℃、好ましくは、50~65℃とする。温度の調整法は、抽出液が前記の温度になれば特に制限なく公知の方法が利用できる。
【0018】
抽出時間は、5分以上行えばよい。抽出中は、撹拌することが望ましい。撹拌速度等は、適宜調整すればよく、特に制限はない。また、抽出時間を40~50分とすると、β‐NMNの含量が高まるので、さらに好ましい。
【0019】
抽出後は、菌体懸濁液を遠心分離で除去し、上清を得る。この上清を抽出液とし、本発明である酵素反応の基質溶液とした。本願の方法では、前述までの方法で酵母から抽出した溶液をそのまま用いることもできるが、酵母抽出液中のNADを精製、濃縮等を行ってから、次段以降の工程を行っても良い。
【0020】
使用する酵素は、前段までで得られた溶液中に含まれるNADを基質とし、β―NMNを生成する酵素を用いる。具体的には、Aspergillus属に属する微生物由来の酵素を用いる。Aspergillus属は、Aspergillus melleus(NBRC 4339等)、Aspergillus oryzae(NBRC 100959等)、Aspergillus niger (ATCC 10254 等)などがあげられ、食経験のある Aspergillus属由来の酵素を用いることができる。
【0021】
本発明で使用する酵素は、前述のようにAspergillus属の微生物から調製した粗酵素を用いることができる。Aspergillus属の微生物は、食品工業等で使用される株で良い。Aspergillus属の微生物は、一般的に入手可能な株で良い。Aspergillus属の微生物は、ATCC、NBRC等の菌株分譲機関、又は市販の種菌株販売会社等から入手した株でも良い。本発明で用いる粗酵素の調製は、一般的な酵素調製法で可能である。培地は、Aspergillus属に用いられる、一般的な培地を用いることができ、培養後のタンパク質組成物の調整も一般的な方法を用いることができる。例えば、特開2010―004760、特開特開2009―232835などに記載の菌体培養方法、抽出や溶媒分画による粗精製工程を経て酵素などのタンパク質群を含む画分を取得する。
【0022】
より具体的には、Aspergillus. oryzae No.2007(樋口松之助商店社製)などAspergillus属の微生物の胞子を液体培地(ポテトデキストロース培地等)で培養する。培養条件は、通常pH5.5~8.5、好ましくはpH6~8、温度は、25~42℃ 、好適には30 ~37℃の条件で行うことができる。培養時間は、使用する菌株等の条件によって異なるが、通常2~7日間程度培養する。
【0023】
本願は、Aspergillus属の微生物から粗酵素を含む代謝組成物、粗酵素又は精製酵素を用いることができる。粗酵素を含む代謝組成物は、培養上清培からタンパク質群を含む画分、又は、培養液とAspergillus niger等の微生物を破砕し、細胞内のタンパク質群を含む画分を分取したものである。さらに、粗酵素又は精製酵素として使用する場合は、公知のタンパク質精製方法、例えばイオン交換クロマトグラフィー、順相クロマトグラフィー、逆相クロマトグラフィー、ゲル濾過クロマトグラフィー、ゲル浸透クロマトグラフィー、吸着クロマトグラフィー、親水性相互作用クロマトグラフィー、アフィニティクロマトグラフィー、超臨界クロマトグラフィーなどの各種クロマトグラフィーにより、目的とする粗酵素又は精製酵素を単離し回収したものを使用することもできる。乾燥工程を経て乾燥物としても良い。さらに、Aspergillus属由来の酵素は、酵素製剤として各種市販されており、このような市販酵素の多くは、夾雑酵素を含んでいるため、本願の方法に用いることができる酵素も入手可能である。
【0024】
以上のような酵素は、本発明者らが、NADを基質としてβ-NMNを生成する酵素活性を初めて見出し、酵母中のNADだけでなく、NADを含む酵母以外の組成物又はNAD純品を基質として、β―NMNを生成する酵素にも用いることができる。NADは、一般的に入手可能なものを利用できる。
【0025】
本発明で使用する酵素は、NADのピロリン酸結合(リン酸無水結合)等の高エネルギーリン酸結合を切断するピロフォスファターゼ活性を有するものである。本発明の反応は図2に示す。本発明で使用する酵素は、当該活性を有するものを使用するため、NADを基質に生成物としてβ―NMNとAdenosine 5'-Monophosphate (AMP、5’―アデニル酸)を含有する組成物を生成する。
【0026】
本発明で使用する酵素は、上記のような活性を有するため、酵母エキス中のNADを基質とした場合、酵母エキス中にβ―NMN及びAMPを含有する酵母エキスを得ることができる。酵母エキス中のNADを基質とする場合、酵母エキス中のNADを高含有化させる工程を設けても良い。例えば、酵母エキスを抽出後、当該抽出物を食品製造等に用いられている、一般的な陽イオン交換樹脂等に通液することで、酵母エキス中のNADを濃縮することができる。酵母エキス中のβ―NMN含量は、酵素反応前のNAD含量によって異なり、NAD含量が高いほど、反応後のβ―NMN含量も高くなる。
【0027】
反応に用いる酵素の添加量に関しては、酵素の調製方法によって異なるが、通常は、溶液中に含まれる基質のNAD総量に対して、総タンパク質含量が0.1%(w/w)~20(w/w)になるように添加する。より好ましくは1~10(w/w)添加する。なお、本願で酵素の至適反応条件の検討に用いたβ―NMN、及びβ―NMN含有組成物の測定方法は、実施例中に記載したHPLCの測定条件による。
【0028】
粗酵素の反応の至適温度は、40~70℃、好ましくは50℃~60℃、もっとも好ましくは60℃である。なお、本願で酵素の至適反応条件の検討に用いたβ―NMN、及びβ―NMN含有組成物の測定方法は、実施例中に記載したHPLCの測定条件による。
【0029】
粗酵素の反応の至適pHは、3.0~7.0、好ましくは4.0~6.0、もっとも好ましくはpH5.0ある。なお、本願で酵素の至適反応条件の検討に用いたβ―NMN、及びβ―NMN含有組成物の測定方法は、実施例中に記載したHPLCの測定条件による。
【0030】
前述のように培養した酵母から調製した抽出液にAspergillus属由来の総タンパク質、粗酵素、又は精製酵素を添加し、至適反応条件で酵素反応を行うことで、例えば、酵母エキスの乾燥固形分に対して1.0%(w/w)以上のβ―NMNを含有する酵母エキスを得ることが出来る。酵素反応前の基質(NAD)含量が高い酵母を使用することで、基質の濃縮にもよるが、β―NMNを5%(w/w)以上含有する酵母エキスを得ることができる。さらに、酵母エキス中のNADを30~50%(w/w)に濃縮した場合は、β―NMNを20%(w/w)以上含む酵母エキスを得ることができる。本発明β―NMNは、酵母中のNAD含量により生成されるβ―NMNの含量は異なる。酵母菌体から抽出する酵素反応の基質溶液中に含まれるNAD含量を高めると、さらにβ―NMNを高含有化することができる。なお、本願で酵素の至適反応条件の検討に用いたβ―NMN、及びβ―NMN含有組成物の測定方法は、実施例中に記載したHPLCの測定条件による。
【0031】
酵素反応を施した抽出液は、濃縮後、凍結乾燥又は熱風乾燥することで、β―NMN含有酵母エキスとすることもできる。
また、別の形態として、さらに、β―NMN含有酵母エキスから、β―NMNを精製することで、酵母由来のβ―NMNをさらに高含有化した組成物を得ることができる。また、前段の乾燥前の酵母抽出液からβ―NMNを精製することでも、酵母由来のβ―NMNを高含有化した組成物を得ることが出来る。精製法は、活性炭並びにイオン交換樹脂等を用いた一般的なクロマト精製法が利用できる。なお、 酵母エキス中のNADではないNADを基質とする場合も、酵母エキス中のNADを基質とする方法と同様にβ―NMNを生成することができる。
【0032】
本発明の酵母エキス又は酵母由来のβ―NMN含有組成物の摂取方法は、特に限定されず、経口投与、静脈内、腹膜内もしくは皮下投与等の非経口投与をあげることが出来る。具体的には、錠剤、散剤、顆粒剤、丸剤、懸濁剤、乳剤、浸剤・煎剤、カプセル剤、シロップ剤、液剤、エリキシル剤、エキス剤、チンキ剤、流エキス剤等の経口剤、又は注射剤、点滴剤、塗布剤、貼付剤、エアゾール剤、口腔剤、点鼻剤、点眼剤、坐剤等の非経口剤のいずれでもよい。
【0033】
本願発明では、酵母エキスとして製造した場合には、酵母エキスは、医薬品だけでなく、食品として摂取可能であり、機能性食品、栄養補助食品、サプリメント等としても摂取出来る。
【0034】
また、本発明は、β―NMNの活性を低下させない又はβ―NMNの活性を増強させる他の組成物と併用することも可能である。例えば、賦形剤、希釈剤となるデキストリン、マルチトール、ソルビトール、デンプンなどである。β―NMNの活性とは、例えばサーチューン活性などを例示することができる。
【0035】
本発明の摂取量は、β―NMNの活性が発現される量を投与すればよい。一般的に、β―NMNの活性に必要な投与量を決定するには、投与される組成物の選択、摂取者の年齢、体重、および応答、摂取者の状態などによって決定される。通常は、100mg/day~1000mg/day程度摂取する。
【実施例
【0036】
以下に、本願発明を具体的に示すが、本願発明は、これに限定されるものではない。
【0037】
<β―NMNならびに組成物の検出に用いたHPLCの測定条件>
ポンプ: Chromaster 5110 (HITACHIハイテクノロジーズ社)
オートサンプラー: Chromaster 5210 (HITACHIハイテクノロジーズ社)
UV検出器: Chromaster 5410 (HITACHIハイテクノロジーズ社)
カラムオーブン: Chromaster 5310 (HITACHIハイテクノロジーズ社)
移動相: 50 mM リン酸バッファー (pH2.8)
・ 0.5% リン酸二水素アンモニウム (Wako社)
・ 85% リン酸 - 高速クロマトグラフ用 (Wako社)を用いてpH2.8に調整。
カラム: Unison UK-C18 φ4.6 mm x W 150 mm 粒子径3.0 um (Intakt社)
カラムオーブン温度: 30℃
流速: 1.2 mL/min
溶出形態: アイソクラテック
検出UV波長: 210 nm
分析時間: 25分
検体注入量: 5 uL
検体冷却温度: 3℃±2℃
【0038】
<タンパク質組成物の調整>
ポテトデキストロース寒天斜面培地から切り出したAspergillus. niger( ATCC 10254)の胞子を、30℃ で3日間、YPDS液体培地(デンプン 30g、グルコース 2.5g、ポリペプトン 10g、イーストエキストラクト 5g、黄粉 1g、ビオチン 0.02mgアルギニン塩酸塩 0.55g/ L) で培養した。次いで、培養上清100μlを真空乾燥して得た酵素組成物で、以下のβ―NMNの生成を確認した。
【0039】
<NADを基質とした至適酵素反応pHの検討>
市販のNAD(興人ライフサイエンス社製)を用いて、前段で得られた酵素組成物の至適酵素反応pHの検討を行った。反応条件は以下の通りである。

反応温度: 30℃、40℃、50℃、60℃、70℃、80℃
反応pH: pH1.0、pH2.0、pH3.0、pH4.0、pH5.0、pH6.0、pH7.0、pH8.0、pH9.0、pH10.0
溶媒組成:
100 mM KCl-HCl (pH1.0)
100 mM KCl-HCl (pH2.0)
100 mM KHC8H4O4-HCl (pH3.0)
100 mM KHC8H4O4-NaOH (pH4.0)
100 mM MES-NaOH (pH5.0)
100 mM MES-NaOH (pH6.0) 100 mM PIPES-NaOH (pH7.0)
100 mM HEPES-NaOH (pH8.0)
100 mM CHES-NaOH (pH9.0)
100 mM CHES-NaOH (pH10.0)
反応時間: 30分
酵素添加量: NAD総量当たり1%(w/w)のAspergillus nigerから調整した酵素組成物を添加。
基質濃度: 終濃度1% (w/v)NAD
【0040】
結果を図3~8に示す。
なお、本願で酵素の至適反応条件の検討に用いたβ―NMNならびに含有組成物の測定方法は、実施例中に記載したHPLCの測定条件による。各β―NMN生成活性能に関しては、pH6.0、30℃での反応した際のβ―NMN生成を最大活性100とした相対活性で示す。
【0041】
<酵母の培養>
Candida utilis IAM 4264を予めYPD培地(酵母エキス1%、ポリペプトン2%、グルコース2%)を含む三角フラスコで種母培養し、これを30L容発酵槽に18L培地に1~2%植菌した。培地組成は、グルコース4%、燐酸一アンモニウム0.3%、硫酸アンモニウム0.161%、塩化カリウム0.137%、硫酸マグネシウム0.08%、硫酸銅1.6 ppm、硫酸鉄14 ppm、硫酸マンガン16 ppm、硫酸亜鉛14 ppmを用いた。培養条件は、pH4.0、培養温度30℃、通気量1 vvm、撹拌600 rpmで行い、アンモニアを添加しpHのコントロールを行った。16時間の菌体培養した後、培養液を回収し、遠心分離により集菌し、180gの湿潤酵母菌体を得た。
得られた酵母菌体を蒸留水に懸濁して遠心分離を繰り返すことで洗浄した。乾燥固形分濃度82.88 g/Lとなるよう蒸留水に再懸濁した。この時pH 5.8であった。
【0042】
<酵母エキスの抽出>
上記菌体懸濁液に70℃のウォーターバス下で緩やかに懸濁液を撹拌しながら60℃まで昇温し、撹拌しながら10分間の抽出処理を行う。抽出処理後、サンプリングした菌体懸濁液25 mLを氷中下で冷却し、10000 rpmで10分、4℃下で遠心分離し、上清を取得した。沈殿物に上清と等量の超純水を添加、懸濁し、再び度遠心分離し、上清を取得した。最初の遠心分離で取得した上清と2回目に遠心分離して取得した上清をプールし、超純水で50 mLにフィルアップしたものを抽出液とした。
【0043】
<酵母エキスからNADの高度分画>
抽出液を陽イオン交換樹脂に通液し、NADを濃縮した。濃縮後の酵母抽出物中のNAD含量は、45%(w/w)であった。
【0044】
<至適酵素反応条件でのβ―NMN含量の測定>
Candida utilis IAM 4264を用いて、前記と同様に酵母を培養、抽出処理し、酵母抽出液の温度を50℃、反応pHを9 N HClまたは9 N NaOHでpH6.0に調整し、前述のAspergillus oryzaeから調製した粗酵素及びAspergillus niger(ATCC10254)をAspergillus oryzaeと同様の方法で調整した粗酵素を酵母エキスに含まれるNAD総量当たり5%添加量後、7時間の至適反応を行った。その後、乾燥工程によりβ―NMNと組成物を含む酵母エキスの乾燥物を得た。乾燥物は前記の測定条件で定量分析を行った。クロマトグラムに関しては、図10,11に示すようになった。至適酵素反応条件における酵母エキス中のβ―NMN含量を定量した所、乾燥固形分あたり10%(w/w)(Aspergillus oryzae)、20%(w/w)(Aspergillus niger)であった。反応前では、NADが乾燥固形分あたり25%(w/w)含まれており、反応後にはNADが乾燥固形分あたり2重量%まで減少するとともに、β―NMNとがAMPが生成されている。このことから、本酵素反応によるβ―NMNの生成は、図2に示すような機構が予測される。
【0045】
市販されているAspergillus属の酵素を用いて、β―NMNの生成を確認した。NAD(興人ライフサイエンス社製)を本願実施例と同様の条件で、下記の市販酵素を使用し、β―NMNの生成を確認した。さらに、本願実施例と同様に、酵母抽出液を作成し、市販酵素「デナチームAP(Aspergillus属)」(ナガセケムテックス社製)、「デアミザイムG(Aspergillus melleus)」(天野エンザイム社製)、「フィターゼ アマノ3000(Aspergillus niger)」(天野エンザイム社製)、「スミチーム LP50D (Aspergillus oryzae)」(新日本化学工業社製)、「スミチームPHY―G(Aspergillus niger)」(新日本化学工業社製)、「スミチームPHYF―L(Aspergillus niger)」(新日本化学工業社製)、「スミチームPHY(Aspergillus niger)」(新日本化学工業社製)、をNAD総量当たり1%(w/w)添加量後、1時間の至適反応を行った。反応条件は、pH6.0、温度60℃で行った。その結果、それぞれ、β―NMNが生成されることを確認した。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明によると、NADからβ―NMNとAMPを含む組成物も取得することができ、さらに、食用として安全な酵母からβ―NMNとAMPを含む酵母エキス組成物を得ることができる。本発明により、医薬品だけでなく、機能性食品、栄養補助食品としても摂取可能であり、本発明品の摂取により、β―NMNの有する機能性を得ることが出来る。
【0047】
符号の説明
1 NAD
2 β―NMN
3 AMP
4 Aspergillus 属に属する微生物に由来の粗酵素
図1
図2
図3
図4
図5
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図8
図9
図10