(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-10
(45)【発行日】2024-01-18
(54)【発明の名称】オーステナイト系ステンレス鋼の生産方法
(51)【国際特許分類】
C23C 8/26 20060101AFI20240111BHJP
C23C 8/02 20060101ALI20240111BHJP
C23C 8/80 20060101ALI20240111BHJP
【FI】
C23C8/26
C23C8/02
C23C8/80
(21)【出願番号】P 2021027508
(22)【出願日】2021-02-24
【審査請求日】2022-11-14
(73)【特許権者】
【識別番号】519217434
【氏名又は名称】株式会社サーフテクノロジー
(73)【特許権者】
【識別番号】591055078
【氏名又は名称】日本電子工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100134212
【氏名又は名称】提中 清彦
(72)【発明者】
【氏名】下平 英二
(72)【発明者】
【氏名】熊谷 正夫
(72)【発明者】
【氏名】児玉 伴子
(72)【発明者】
【氏名】新井 正彦
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 邦夫
【審査官】菅原 愛
(56)【参考文献】
【文献】特表2014-519557(JP,A)
【文献】特開平07-201102(JP,A)
【文献】特開2011-195947(JP,A)
【文献】特開2004-124196(JP,A)
【文献】特開2003-184883(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 8/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
オーステナイト系ステンレス鋼に、350°Cより高温で400°Cより低温の処理温度の低温窒化処理を施した後、ショット材投射処理を施すことにより、耐食性及び耐摩耗性が改善されたオーステナイト系ステンレス鋼を生産するオーステナイト系ステンレス鋼の生産方法であって、
前記ショット材投射処理により無数にランダムに形成される微小凹凸は、その凹凸ピッチが2.4~30μmの範囲で、当該凹凸ピッチに関連する凹部の深さが0.21~3μmの範囲にあることを特徴とするオーステナイト系ステンレス鋼の生産方法。
【請求項2】
オーステナイト系ステンレス鋼に、ショット材投射処理を施した後、350°Cより高温で400°Cより低温の処理温度の低温窒化処理を施すことにより、耐食性及び耐摩耗性が改善されたオーステナイト系ステンレス鋼を生産するオーステナイト系ステンレス鋼の生産方法であって、
前記ショット材投射処理により無数にランダムに形成される微小凹凸は、その凹凸ピッチが2.4~30μmの範囲で、当該凹凸ピッチに関連する凹部の深さが0.21~3μmの範囲にあることを特徴とするオーステナイト系ステンレス鋼の生産方法。
【請求項3】
オーステナイト系ステンレス鋼に、ショット材投射処理を施した後、350°Cより高温で400°Cより低温の処理温度の低温窒化処理を施し、更にショット材投射処理を施すことにより、耐食性及び耐摩耗性が改善されたオーステナイト系ステンレス鋼を生産するオーステナイト系ステンレス鋼の生産方法であって、
前記ショット材投射処理により無数にランダムに形成される微小凹凸は、その凹凸ピッチが2.4~30μmの範囲で、当該凹凸ピッチに関連する凹部の深さが0.21~3μmの範囲にあることを特徴とするオーステナイト系ステンレス鋼の生産方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オーステナイト系ステンレス鋼(例えば、SUS304、SUS304L、SUS316,SUS316Lなど)の低温窒化処理、ショット材投射処理による表面処理技術に関する。
【背景技術】
【0002】
これまで、本出願人であるサーフテクノロジー株式会社は、特許文献1において提案しているように、ショット材を投射するショット材投射処理の一つである微粒子投射処理(例えば、微粒子ピーニング処理など)を施すことにより、粉体と接触する部材(以下、粉体接触部材とも称する)の表面に微小凹凸を無数に不規則(ランダム)に形成することで、粉体の付着を抑制することができる技術を提案している。
【0003】
ここで、本出願人であるサーフテクノロジー株式会社は、微小凹凸を無数にランダムに形成することによる表面改質技術の様々な分野への適用の可能性を探るべく、部材の表面(対象物と接触する表面)に微小凹凸を無数に形成することによる作用効果を様々な分野で確認するといったアプローチを種々行っているが、その過程において、本発明者等は、これまで知られていなかった新たな知見を得たが、それについては後述する。
【0004】
従来、食品・医薬品・化粧品などを対象物とする生産機械などにおいて対象物と接触する部品(部材)やその他の部品(部材)、例えば、ホッパー、シューター、搬送部品(スラットコンベアやメッシュコンベアなど)、更には駆動部品などは、加工のし易さや費用面などからSUS304などのオーステナイト系ステンレス鋼が使用されていることが多いが、耐食性と耐摩耗性が求められることが多くある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【文献】大阪府立産業技術総合研究所報告 No.25,2011「オーステナイト系ステンレス鋼に対する低温プラズマ窒化・浸炭処理」)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
一般に、SUS304などのオーステナイト系ステンレス鋼は、耐食性には優れているが、硬度が比較的小さく耐摩耗性が比較的低いという特性がある。
このため、SUS304などのオーステナイト系ステンレス鋼においては、硬度及び耐摩耗性を改善させることができれば、産業界において利用範囲を拡張でき有益である。
【0008】
ここで、鋼の硬度及び耐摩耗性を改善させる表面改質技術の一つとして窒化処理が知られている。
【0009】
窒化処理は、鋼の表面から内部へ向けて窒素を拡散させることで高硬度の窒化物(窒化層)を形成することにより、鋼の表面を硬化させる手法であり、オーステナイト系ステンレス鋼にも適用する試みが従来より行われているが、形成された窒化層の耐食性が元のステンレス鋼に比べて著しく低下してしまうという特性があった(非特許文献1などを参照)。
【0010】
すなわち、オーステナイト系ステンレス鋼に対する窒化処理では、耐食性の維持と、硬度及び耐摩耗性の改善と、を両立させることが難しいといった実情があった。
【0011】
なお、オーステナイト系ステンレス鋼に対する窒化処理において、窒化層の耐食性が低下するのは、窒化層内のクロムと窒素が窒化物として析出し、固溶クロム量が減少した結果、窒化層の表面に安定な不動態被膜が形成できなくなるためである。
【0012】
本発明は、かかる実情に鑑みなされたもので、耐食性及び耐摩耗性が改善されたオーステナイト系ステンレス鋼の生産方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明に係るオーステナイト系ステンレス鋼の生産方法は、
オーステナイト系ステンレス鋼に、350°Cより高温で400°Cより低温の処理温度の低温窒化処理を施した後、ショット材投射処理を施すことにより、耐食性及び耐摩耗性が改善されたオーステナイト系ステンレス鋼を生産するオーステナイト系ステンレス鋼の生産方法であって、
前記ショット材投射処理により無数にランダムに形成される微小凹凸は、その凹凸ピッチが2.4~30μmの範囲で、当該凹凸ピッチに関連する凹部の深さが0.21~3μmの範囲にあることを特徴とする。
【0020】
本発明に係るオーステナイト系ステンレス鋼の生産方法は、
オーステナイト系ステンレス鋼に、ショット材投射処理を施した後、350°Cより高温で400°Cより低温の処理温度の低温窒化処理を施すことにより、耐食性及び耐摩耗性が改善されたオーステナイト系ステンレス鋼を生産するオーステナイト系ステンレス鋼の生産方法であって、
前記ショット材投射処理により無数にランダムに形成される微小凹凸は、その凹凸ピッチが2.4~30μmの範囲で、当該凹凸ピッチに関連する凹部の深さが0.21~3μmの範囲にあることを特徴とする。
【0021】
本発明に係るオーステナイト系ステンレス鋼の生産方法は、
オーステナイト系ステンレス鋼に、ショット材投射処理を施した後、350°Cより高温で400°Cより低温の処理温度の低温窒化処理を施し、更にショット材投射処理を施すことにより、耐食性及び耐摩耗性が改善されたオーステナイト系ステンレス鋼を生産するオーステナイト系ステンレス鋼の生産方法であって、
前記ショット材投射処理により無数にランダムに形成される微小凹凸は、その凹凸ピッチが2.4~30μmの範囲で、当該凹凸ピッチに関連する凹部の深さが0.21~3μmの範囲にあることを特徴とする。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、耐食性及び耐摩耗性改善されたオーステナイト系ステンレス鋼の生産方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】本発明の一実施の形態に係る塩水噴霧試験結果(低温窒化420°C/20h)を時間経過(0h→24h→46h→72h→96h)で示す図である。
【
図2】同上実施の形態に係る塩水噴霧試験結果(低温窒化420°C/10h)を時間経過(0h→24h→46h→72h→96h)で示す図である。
【
図3】同上実施の形態に係る塩水噴霧試験結果(低温窒化390°C/20h)を時間経過(0h→24h→46h→72h→96h)で示す図である。
【
図4】同上実施の形態に係る塩水噴霧試験結果(48h経過)を処理内容(355°C/10h、370°C/10h、390°C/10h、390°C/20h、420°C/0h、420°C/20h)毎に示す図である。
【
図5】(A)は同上実施の形態に係る各試験片の残留応力及びビッカース硬さをまとめた表であり、(B)はその残留応力を試験片毎に示した棒グラフであり、(C)はそのビッカース硬さを試験片毎に示した棒グラフである。
【
図6】同上実施の形態に係る低温窒化処理(390°C/10h)を施した試験片の表面のSEM像の一例である。
【
図7】(A)は同上実施の形態に係る未処理のSUS304(P400番のバフ研磨)の表面の3D画像の一例であり、(B)は(A)に対して微粒子投射処理(B400)を施したSUS304の板材の表面の3D画像の一例を示す図である。
【
図8】同上微粒子投射処理(B400)が施されたSUS304の板材の表面の形状の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明に係る一実施の形態を、添付の図面を参照しつつ説明する。なお、以下で説明する実施の形態により、本発明が限定されるものではない。
【0027】
上述したように、本出願人等は、ディンプル状の微小凹部を無数にランダムに形成することによる表面改質技術の様々な分野への適用の可能性を探るべく、部材の表面に微小凹部を無数に形成することによる作用効果を様々な分野で確認するといったアプローチを種々行っているが、そのようなアプローチの過程において、本発明者等は、従来知られていなかった新たな知見を得た。
【0028】
なお、これまでに、微小凹部を複数(無数)に形成することによる効果として知られていた効果は、粉体や粘着物の付着抑制、摺動部に微小凹凸を無数に形成することでオイル溜まりとして機能させて摺動抵抗の低減・摩耗抑制などの効果であり、今回発見した効果はこれらからは予測不能な全く別異の効果である。
【0029】
今回得られたその知見とは、オーステナイト系ステンレス鋼の低温窒化処理と、部材の表面に微小凹凸を無数に(複数)ランダムに形成するショット材投射処理(微粒子投射処理とも称する)と、を組み合わせることで、オーステナイト系ステンレス鋼について、耐食性と、耐摩耗性と、の両立を効果的に図ることができる、というものである。
【0030】
以下、この点について詳細に説明する。
これまでは、上述したように、オーステナイト系ステンレス鋼に対する窒化処理(500°C程度或いはそれ以上の処理温度で行う一般的な窒化処理)は、耐食性の高いレベルでの維持と、硬度及び耐摩耗性の改善と、を両立させることが難しいといった実情があったが、非特許文献1には、430°C~500°C程度の処理温度で窒化処理(低温窒化処理)を施すと、窒化層にクロム酸化物が析出せず、オーステナイト系ステンレス鋼に匹敵する耐食性を備えた窒化層(S相)が形成されるということが記載されている。
S相或いは拡張オーステナイト層(extended austenite)と呼ばれるこの硬化層は、低温窒化処理だけではなく、低温浸炭処理によっても形成されることも後に発見されており、S相の形成による表面硬化法は当初、優れた耐食性と表面硬化を両立できる手法として期待されていた。
【0031】
このようなことから、低温窒化処理をしたSUS試験片の耐食性について確認するための実験を行った。
【0032】
非特許文献1では、430°C~500°C程度の処理温度(具体的には、同文献内において、430,440,450,470,500°Cで実施している)で窒化処理を施すことで、窒化層内にクロム窒化物が析出せず、オーステナイト系ステンレス鋼に匹敵する耐食性を備えた窒化層(S相)が形成されるとされている。
【0033】
そこで、本実施の形態では処理温度420°C(420°C/20h(時間))の低温窒化処理を施したSUS304(オーステナイト系ステンレスの一例)試験片に対して、JIS Z 2371に規定された塩水噴霧試験方法に準拠して96時間(時間は、以下においてhとも称する)の塩水噴霧試験による耐食性試験を行った。
【0034】
その結果を、
図1に示す。
図1中、符号Xの試験片群が、当該低温窒化処理を施したSUS304試験片である。なお、後述する図を含めて、各図において、各試験片の周縁部は、低温窒化処理の際に異常放電が発生しているため、その周縁部分を除いた中央付近が試験結果を正しく表現している。
【0035】
しかしながら、420°C/20hの低温窒化処理では、時間が経過するに従って腐食が進行し、塩水噴霧試験開始後24時間で試験片の周縁部から錆が発生し、72時間経過後には全面に錆が発生していることが確認され、オーステナイト系ステンレス鋼に匹敵すると言えるほどの耐食性は確認できなかった(
図1の符号X参照)。
【0036】
なお、420°C/20hは、処理温度420°Cで20h(時間:処理時間)の窒化処理を行ったという意味であり、以下で登場する処理温度と時間(処理時間)が異なる同様の表現も同じ意味である。また、ここでの処理温度は、後述するように、低温窒化処理中における被処理物(試験片)の温度である。
【0037】
このため、耐食性の改善を考慮して窒化処理の時間を短くした低温窒化処理(420°C/10h)を施した試験片(SUS304)に対して同様の塩水噴霧試験を行った。
その結果を、
図2に示す。
図2中、符号Xの試験片群が、当該低温窒化処理を施したSUS304試験片である。
【0038】
しかしながら、420°C/10hの低温窒化処理では、塩水噴霧試験開始後24時間で試験片の周縁部から錆が発生し、
図1の420°C/20hの低温窒化処理の場合(
図1の符号X参照)に比べて錆の発生は抑制されているものの、オーステナイト系ステンレス鋼に匹敵すると言えるほどの耐食性は確認できなかった(
図2の符号X参照)。
【0039】
そこで、さらに低温での窒化処理(390°C/20h)を施した試験片(SUS304)に対して同様の塩水噴霧試験を行った。
その結果を、
図3に示す。
図3中、符号Xの試験片群が、当該低温窒化処理を施したSUS304試験片である。
【0040】
390°C/20hの低温窒化処理を施した試験片(
図3の符号X参照)は、
図1の420°C/20hの低温窒化処理の試験片(
図1の符号X参照)に比べて錆の発生は抑制され、耐食性が改善されることが確認できた。なお、カラー写真だとわかりやすいのであるが、
図3の符号Xの周縁部の内側表面は水滴が付着している状態であり、当該表面への錆の発生は抑制されている。
【0041】
本実施の形態では、耐食性の改善効果を確認するために、さらに低温での窒化処理(355°C、370°C)を施した試験片(SUS304)に対して同様の塩水噴霧試験を行った。
【0042】
その結果を、
図4にまとめて示す。
図4の符号Xは、低温窒化処理(355°C/10h)、低温窒化処理(370°C/10h)、低温窒化処理(390°C/10h)、低温窒化処理(390°C/20h)、低温窒化処理(420°C/10h)、低温窒化処理(420°C/20h)を施した各試験片の塩水噴霧試験の試験開始から48h(時間)経過後の外観写真を示している。
図4に示したように、窒化処理温度が低くなるにつれて耐食性が改善され、処理時間が短くなるにつれて耐食性が改善される傾向があることが確認できた。
なお、355°C/10h、370°C/10hの試験片Xの表面には、水滴のようなものが観察されるが、これらは当該試験に用いた塩水が付着した状態であり、試験片の表面自体は腐食が外観からは確認できない状態である。
【0043】
ここで、本実施の形態の実験結果としては、400°Cより低温(370、390°C)の低温窒化処理を施した試験片群は、400°Cより高温の420°Cの低温窒化処理を施した試験片群と比較すると、明らかに錆の発生が抑えられており耐食性が向上していることがわかる。なお、かかる作用効果は、今回得られた新たな知見の一つである。
また、400°C以上の高温の低温窒化処理では、赤錆(Fe2O3)の発生が明らかに顕著であるが、400°Cより低温の低温窒化処理では赤錆よりも黒錆(Fe3O4)の方が多く確認できた。
【0044】
なお、ここでの低温窒化処理は、プラズマ窒化処理により行った。
プラズマ窒化は、窒化性ガスに窒素、水素を用い、例えば、13.3Pa~1.3kPaの真空雰囲気中で製品(処理品)と窒化炉の炉壁との間に数百ボルトの直流電圧を印加して得られるグロー放電中で処理される。製品は、グロー放電により得られた窒素イオンと水素イオンの製品表面への衝突作用を利用し窒化される。
【0045】
但し、本実施の形態に係る低温窒化処理は、低温プラズマ窒化処理に限定されるものではなく、例えば、ラジカル窒化法などによる低温窒化処理とすることもできる。
ラジカル窒化法は、従来のガス窒化などの窒化法とは異なり、化合物層のない窒化を可能にした新しい理論に基づくプラズマ表面改質法である。ラジカル窒化法は、アンモニアガスを利用し窒化作用の高いラジカル(活性種)を効率よく利用して窒化を行う。窒化処理中のイオンとラジカル(活性種)の生成量を調整することにより、化合物質の生成を抑えた窒化を可能にしている。
なお、本実施の形態において用いた低温窒化処理装置及び低温窒化処理方法については後述する。
【0046】
続いて、本実施の形態では、更なる耐食性の改善を狙い、微粒子投射処理(ショット材投射処理)による耐食性改善の可能性を探るべく、SUS304試験片(低温窒化処理前)の表面に微粒子投射処理を施し、その後に、低温窒化処理を施した試験片について、同様の塩水噴霧試験による耐食性試験を試みた。
その結果を、
図1~
図4の符号Yに示す。符号Yの試験片群が、微粒子投射処理を表面に施したSUS304試験片に対して低温窒化処理を施した試験片である。
なお、微粒子投射処理は、ショット材を投射するショット材投射処理の一つであり、部材(試験片)の表面にディンプル状の微小凹凸を無数にランダムに形成する表面処理である。
【0047】
ここで試験に供した試験片に施した微粒子材投射処理(B400)は、微小凹凸を無数に形成する表面処理の一つであり、SUS304からなるステンレス製の板材の表面をP400番バフにより研磨仕上げした板材の表面に、メディア((株)不二製作所製の研磨材FGB(フジガラスビーズ)の粒番号400(中心粒径が、≦53μm)のメディア(ショット材)を1/数(例えば0.3)MPa程度の圧縮空気と共に噴射ノズルから噴射し、被加工面に投射処理(投射加工)を行う表面処理である。
【0048】
しかし、
図1~
図4(符号Y参照)に示すように、低温窒化処理前の微粒子投射処理の有無によって耐食性に大きな違いを確認することはできなかった。
但し、
図5に示すように、低温窒化処理前に微粒子投射処理を施した試験片(例えば、試料c、d、或いはf、gを比較して参照)の表面の残留応力及び硬度は大幅に改善され、摩耗低減には効果があることが確認できた。
【0049】
ここで、実際の生産ラインの機械に試験品を供した実験を行ったので、その結果について説明する。
試験品は、内径部(内周側)には小麦粉などの粉体(充填物)、外径部(外周側)には包装フィルムが接触する包装機の充填装置(外形に沿わせてシート状の包装フィルムを袋状に成形し、その内側の内径部から袋内に充填物を充填する所謂充填シュート)であり、これに微粒子投射処理(B400)を施した後に低温窒化処理(370°C/10h)を施したものを供したが、外径側(外周側)の摩耗に関し、微粒子投射処理のみの場合は耐用寿命が2~3ヶ月だったのに対して、錆の発生もなく、耐用寿命が1年に延びたという結果が得られた。
【0050】
また、本発明に係るオーステナイト系ステンレス鋼によれば、錆の発生を抑制しつつ摩耗低減を図れることから、当該オーステナイト系ステンレス鋼を、食品、薬品、医薬品、化粧品などを収容するホッパーや、これらを投下するシューターなどの各種の機械器具の「食品、薬品、医薬品、化粧品などと接触する部分」に用いることは、衛生面や交換サイクルなどの観点から有益である。
【0051】
更に、本発明に係るオーステナイト系ステンレス鋼を、食品、薬品、医薬品、化粧品などを包装する包装フィルム(例えば、PET(ポリエチレンテレフタレート)、PP(ポリプロピレン)などの樹脂製包装フィルム)、或いは樹脂製材料などから造られた樹脂製包装体(個別包装袋なども含む)や樹脂製容器(トレイなども含む)などと接触する部分に用いる機械器具に適用した場合にも摩耗及び錆びの発生を低減することができ有益である。
【0052】
従って、本実施の形態で例示したように、微粒子投射処理を施した後に低温窒化処理(390°C以下)を施すことで、オーステナイト系ステンレスであっても、硬度延いては耐摩耗性を格段に向上させることができると共に、耐食性をオーステナイト系ステンレスに近いレベル(耐食性を比較的高いレベル)に維持することができる。
なお、低温窒化処理の処理温度を下げること或いは処理時間を短くすることで、耐食性は改善されるが、硬度延いては耐摩耗性は低下するので、客先のニーズなどに応じて耐食性と耐摩耗性のどちらを優先させるかなどによって、低温窒化処理の処理温度や処理時間を決定することができる。
【0053】
また、微粒子投射処理に関しても、処理の内容(ショットスピード、ショット時間、ショット材の径や材質(比重や硬度など))に応じて、被処理面の硬さ(延いては耐摩耗性)を調整することが可能であると共に耐食性を改善可能であることから、客先のニーズなどに応じて、微粒子投射処理の処理内容を決定することができる。
すなわち、所望の被処理面の硬さ(延いては耐摩耗性)、耐食性を得ることができるいる微粒子投射処理であれば、本発明においては、ここで例示した微粒子投射処理(B400)に限定されるものではない。
【0054】
ここで、耐食性の一層の改善を図り、オーステナイト系ステンレス鋼に匹敵すると言えるほどの耐食性を得ることができ、かつ、耐摩耗性も高いレベルで維持できれば、その利用範囲を更に広げることができる。
このため、本実施の形態では、低温窒化処理を施したSUS304試験片の表面に対して微粒子投射処理(B400)を施した試験片についても、同様の塩水噴霧試験による耐食性試験を試みた。
当該低温窒化処理後に微粒子投射処理(B400)を行った試験片の試験結果は、
図1~
図4に示したが(符号Z参照)、耐食性が改善されていることが確認できた。
【0055】
すなわち、本実施の形態によれば、350°Cより高温で400°Cより低温の処理温度での低温窒化処理をした後に、微粒子投射処理を施すことで、耐食性が改善できることが確認できた。
【0056】
なお、未処理のSUS304の試験片に対して、370°C/10hの低温窒化処理をした後に微粒子投射処理を施した試験片(試料i)は、
図5に示すように、当該低温窒化処理後に微粒子投射処理を施さない試験片(試料c)に比べて、硬度(ビッカース硬さ)が445.8から524.0へと高められているため、耐摩耗性も向上させることが可能である。
【0057】
また、未処理のSUS304の試験片に対して先に微粒子投射処理を施した後、370°C/10hの低温窒化処理をした後に微粒子投射処理を施した試験片(試料e)は、
図5に示すように、当該低温窒化処理後に微粒子投射処理を施さない試験片(試料d)に比べて、硬度(ビッカース硬さ)が746.2から914.0へと高められているため、耐摩耗性も向上させることが可能である。
【0058】
また、未処理のSUS304の試験片に対して先に微粒子投射処理を施した後、390°C/10hの低温窒化処理をした後に微粒子投射処理を施した試験片(試料h)は、
図5に示すように、当該低温窒化処理後に微粒子投射処理を施さない試験片(試料g)に比べて、硬度(ビッカース硬さ)が923.8から1119.0へと高められているため、耐摩耗性も向上させることが可能である。
【0059】
図5に、各試験片の硬度及び残留応力を測定した結果をまとめて示す。
試料a(未処理の試験片:SUS304の生材)のビッカース硬さ(25g)が230.4であるのに対して、試料aに対して微粒子投射処理(B400)を施した試料bのビッカース硬さ(25g)は397.6であった。
なお、
図5に示した中では、耐食性と、硬度(耐摩耗性)と、が共に高いレベルにあるのは、試料e(試料aに対して微粒子投射処理(B400)を施した後、低温窒化処理(370°C/10h)を施し、更に微粒子投射処理(B400)を施した試験片)と、試料h(試料aに対して微粒子投射処理(B400)を施した後、低温窒化処理(390°C/10h)を施し、更に微粒子投射処理(B400)を施した試験片)である。
なお、低温窒化処理の処理温度が高いほど耐食性が高く、硬度(耐摩耗性)は低い傾向にある。よって、
図5には示していないが、試料aに対して微粒子投射処理(B400)を施した後、低温窒化処理(355°C/10h)を施し、更に微粒子投射処理(B400)を施した試験片も、耐食性と、硬度(耐摩耗性)と、が共に高いレベルにある当該グループに属するものである。
すなわち、試料a(SUS304の生材)に対して微粒子投射処理、低温窒化処理、微粒子投射処理をこの順番で施した試料が、当該グループに属する。
【0060】
なお、低温窒化処理後に微粒子投射処理を施すと、耐食性が改善されるが、これは窒化層の最表面の脆い層(Fe4Nなど)が微粒子投射処理により削られて耐食性が改善されたものと考えられる。
【0061】
そして、これらに対して硬度(耐摩耗性)は劣るものの、耐食性は同レベルにあるのは、試料i(試料aに対して低温窒化処理(370°C/10h)を施した後、微粒子投射処理(B400)を施した試験片)であった。
すなわち、試料aに対して低温窒化処理、微粒子投射処理をこの順番で施した試料が、これに該当する。
【0062】
また、耐食性は劣るものの、硬度(耐摩耗性)が比較的高いレベルにあるのは、試料d(試料aに対して微粒子投射処理(B400)を施した後、低温窒化処理(370°C/10h)を施した試験片)、試料g(試料aに対して微粒子投射処理(B400)を施した後、低温窒化処理(390°C/10h)を施した試験片)、試料k(試料aに対して微粒子投射処理(B400)を施した後、低温窒化処理(355°C/10h)を施した試験片)である。
すなわち、試料aに対して微粒子投射処理、低温窒化処理をこの順番で施した試料が、これに該当する。
【0063】
また、耐食性及び硬度(耐摩耗性)が高レベルではないが改善されたのは、試料c(試料aに対して低温窒化処理(370°C/10h)を施した試験片)、試料f(試料aに対して低温窒化処理(390°C/10h)を施した試験片)、試料j(試料aに対して低温窒化処理(355°C/10h)を施した試験片)であった。
すなわち、試料aに対して低温窒化処理(処理温度:350°C~400°C程度)のみを施した試料が、これに該当する。
【0064】
このように、オーステナイト系ステンレス鋼(の生材)の表面に対して、低温窒化処理(処理温度:350°C~400°C程度)を施すことで、オーステナイト系ステンレス鋼の耐食性を所定レベルに維持しながら、硬度(耐摩耗性)を改善することができる。
【0065】
また、本実施の形態によれば、オーステナイト系ステンレス鋼(の生材)の表面に対して、低温窒化処理(処理温度:350°C~400°C程度)、微粒子投射処理をこの順番で施した試料(部材、材料)は、オーステナイト系ステンレス鋼の耐食性を高いレベルに維持しながら、硬度(耐摩耗性)を改善することができる。
【0066】
また、本実施の形態によれば、オーステナイト系ステンレス鋼(の生材)表面に対して、微粒子投射処理、低温窒化処理(処理温度:350°C~400°C程度)をこの順番で施した試料(部材、材料)は、オーステナイト系ステンレス鋼の耐食性を所定レベルに維持しながら、硬度(耐摩耗性)を高いレベルへ改善することができる。
【0067】
また、本実施の形態によれば、オーステナイト系ステンレス鋼(の生材)の表面に対して、微粒子投射処理、低温窒化処理(処理温度:350°C~400°C程度)、微粒子投射処理をこの順番で施した試料(部材、材料)は、オーステナイト系ステンレス鋼の耐食性を最も高いレベルに維持しながら、硬度(耐摩耗性)を高いレベルへ改善することができる。
【0068】
なお、本実施の形態において、PNはプラズマ窒化処理の略であり、B400は微粒子投射処理(MD(マイクロディンプル)処理)の処理内容の一例を示している。
【0069】
また、本実施の形態では、プラズマ窒化処理により低温窒化処理を施した例について説明したが、これに限らず、低温窒化処理については、プラズマ窒化処理、ラジカル窒化処理、ステンレス用窒化処理などを採用することができるが、これらに限定されるものではない。
【0070】
ここで、低温窒化処理(390°C/10h)を施した試験片(SUS304)の表面のSEM像を
図6に示すが、この図から、試験片の表面に形成された窒化層(S相)の厚みは、5μm程度であることが確認できる。
【0071】
この5μm程度の厚みの窒化層(S相)であっても、試験片の表面の硬度は向上され(
図5参照)、上述した実際の生産ライン(充填シュート)でのテストで実証されたように、耐摩耗性を改善できる。
【0072】
しかしながら、窒化層(S相)の厚みは、5μm程度であるため、本実施の形態に係る低温窒化処理では、例えば金属同士が接触して摺動するような負荷が大きく摩耗量が大きい接触における耐摩耗性の改善には限界があるものと考えられる。
【0073】
すなわち、本実施の形態に係る低温窒化処理は、例えば、食品(食材)、医薬品などの粉状、粒状或いはペースト状の物質(食材、医薬品など)が接触(摺動や収容)するような部材の表面、或いは包装フィルムなどの比較的硬度の低い樹脂製の部材が接触(或いは摺動)するような部材の表面に施される(適用される)場合に、特に有益であると考えられる。
【0074】
なお、既述した通り、本実施の形態に係る「微粒子投射処理(B400)+低温窒化処理(例えば、370°C/10h)」の場合(ビッカース硬さ:746.2)、微粒子投射処理(B400)のみの場合(ビッカース硬さ:397.6)は耐用寿命が2~3ヶ月だったのに対して、錆の発生もなく、耐用寿命が1年(4~6倍)に延びたという結果が得られている。このため、未処理のSUS304の生材(ビッカース硬さ:230.4)に対しては、更にその2倍に近い程度(6~10倍)まで寿命を延ばすことができるものと期待される。
【0075】
以上説明したように、本発明によれば、本実施の形態に係る低温窒化処理(350°C~400°C程度の処理温度)をオーステナイト系ステンレス鋼の表面に施すことにより、また、当該低温窒化処理と微粒子投射処理とを複合的にオーステナイト系ステンレス鋼の表面に施すことにより、オーステナイト系ステンレス鋼の表面の耐食性を所定レベルに維持しつつ、同時に硬度及び耐摩耗性を改善することができ、以ってオーステナイト系ステンレス鋼の用途を拡張することに貢献することができる。
【0076】
すなわち、本発明によれば、オーステナイト系ステンレス鋼について、耐食性の維持と、耐摩耗性の改善と、を実現(両立)可能な表面処理方法、耐食性及び耐摩耗性が改善されたオーステナイト系ステンレス鋼及びその生産方法を提供することができる。
【0077】
ところで、オーステナイト系ステンレス鋼の表面に低温窒化処理を施した後に、微粒子投射処理を行うと、その表面の耐摩耗性が向上されると同時に耐食性が改善されるという知見を得ることができたが、かかる知見は、微粒子投射処理に関して従来知られていない作用効果であり、これまでの知見からは予測不能なものである。
【0078】
なお、本実施の形態に係る微粒子投射処理(B400)が施されたSUS304の板材の表面には、
図7に示すように、表面に、ディンプル状の微小凹部が無数にランダムに形成されている。
また、
図8に示すように、微粒子投射処理(B400)が施されたSUS304の板材の表面に形成された微小凹凸の凹凸ピッチ(凸部の間隔或いは凹部の間隔)の最小値と最大値の範囲が21.3~42.1μm程度の範囲(言い換えると、凹凸ピッチの最小値が21.3μm程度以上で、最大値が42.1μm程度以下である。)、当該凹凸ピッチに関連する凹部の深さの最小値と最大値の範囲が0.638~1.795μm程度の範囲(言い換えると、当該凹凸ピッチに関連する凹部の深さの最小値が1.12μm程度以上で、最大値が1.71μm程度以下)である。なお、かかるサイズの微小凹凸が微粒子投射処理により無数に形成された表面には、粉状、粒状或いはペースト状の物質の付着を抑制する効果もある(特許第6416151号など参照)。
本実施の形態における3D画像、表面形状は、KEYENCE社製の形状測定レーザーマイクロスコープVK-X1000を用いて取得した。
【0079】
ここで、本実施の形態に係る微小凹凸形成処理(微粒子投射処理、ショット材投射処理、マイクロディンプル処理などとも称する)は、既知の噴射装置により、仕様(材質やサイズや形状など)の異なるメディア(ショット材)を、条件を調整しつつ噴射して表面処理加工の対象である部材の表面に衝突させることで、異なる表面形状(表面テクスチャ)を有する所望の処理品を得ることができる。
【0080】
例えば、噴射装置としては、ブラスト装置を用いることができ、ブラスト装置の一例としては、例えば、株式会社不二製作所製の「PNEUMA BLASTER」(型式:SCシリーズ、SGシリーズなど)などを用いることができる。また、例えば、特開2019-25584号公報などに記載されているものを用いることができる。
【0081】
より具体的には、ショット材(噴射粒体)を部材の表面に向けて噴射する噴射装置としては、圧縮気体(空気、アルゴン、窒素等)と共に研磨材(微粒子)の噴射を行う既知のブラスト加工装置(ブラスト処理装置)を使用することができる。
【0082】
そして、ブラスト加工装置(ブラスト処理装置)としては、圧縮気体の噴射により生じた負圧を利用して研磨材を噴射するサクション式のブラスト加工装置,研磨材タンクから落下した研磨材を圧縮気体に乗せて噴射する重力式のブラスト加工装置,研磨材が投入されたタンク内に圧縮気体を導入し、別途与えられた圧縮気体供給源からの圧縮気体流に研磨材タンクからの研磨材流を合流させて噴射する直圧式のブラスト加工装置、及び、上記直圧式の圧縮気体流を、ブロワーユニットで発生させた気体流に乗せて噴射するブロワー式ブラスト加工装置等が市販されているが、これらはいずれも前述したメディア(ショット材)の噴射に使用可能である。
また、水などの液体と共にショット材を高圧で噴射するウォータージェットも使用することができる。
【0083】
なお、本発明に係るオーステナイト系ステンレス鋼は、試験片として説明したプレート状の部材に限定されるものではなく、ブロック状、プレート状、シート状などあらゆる形が想定され、その形状・サイズなどは特に限定されるものではない。
【0084】
また、本発明は、例えば、SUS304、SUS304L、SUS316、SUS316Lなどのオーステナイト系ステンレス鋼に適用可能である。
【0085】
また、耐食性の維持・改善効果と、摩耗低減効果と、の両立を図ることができることから、本発明は、例えば、食品、薬品、医薬品、化粧品などを扱う分野(例えば、食品、薬品、医薬品、化粧品などを加工、生産などする分野)において利用される機械器具(処理器具、機械部品など)に適用可能である。このような機械器具(処理器具、機械部品)は、特に限定されるものではなく、例えば、スクリュウコンベア、シュート、フライパン・鍋等、ホッパーを含む各種収容容器、計量カップ、シャッター、搬送コンベア、運搬用コンテナ、運搬用バケット等の他、収容、加工、搬送、滑落、調理、計量等の各種の処理を行う際に、被処理物が接触するすべての機械器具(処理器具、機械部品など)に本発明は適用可能であり有益である。
【0086】
なお、本発明に係る微小凹凸の凹凸ピッチ及び凹部の深さは、上述した微粒子投射処理(B400)の例に限定されるものではなく、食品、薬品、医薬品、化粧品などに関し、粉体、粒状或いはペースト状の物質の付着抑制効果を持たせる場合には、特許第6416151号における粉体付着抑制効果のある範囲(凹部の入口径の範囲が10~30μm、凹部の深さの範囲が0.5~3μm)、及びその後の実験により粉体付着抑制効果があることを確認した凹凸ピッチ(凸部の間隔)の範囲(μm)が最小値2.4以上で、最大値10μmより小さい範囲で、その凹凸ピッチに関連する凹部の深さが、最小値0.21以上、最大値1.1μm以下である範囲にも本発明は適用可能である。
すなわち、両者を合わせると、凹凸ピッチ(凸部の間隔)の範囲(μm)が最小値2.4~30μmの範囲で、その凹凸ピッチに関連する凹部の深さが0.21~3μmの範囲の微小凹凸を微粒子投射処理(ショット材投射処理)により形成することが、本発明において適用可能であり有益である。
【0087】
ここで、本実施の形態において用いた低温窒化処理装置について説明する。
本低温窒化処理装置は、真空容器、真空排気装置、ガス供給装置、直流プラズマ電源および操作盤などから構成される。
【0088】
前記真空容器には、オーステナイト系ステンレス鋼の被処理材(試験片)の温度測定、およびグロー放電の状態を耐熱ガラスを通して観察できるように円筒状の観察窓が備えられている。そして、当該真空容器は過熱を防止するために、2重構造とし、外壁と内壁の間に冷却水を通し冷却可能な構成とすることができる。また、当該真空容器は、その内部に窒素ガス、水素ガスなどを供給するポートを有している。さらに真空容器の床壁には絶縁された電極が備えられ、当該真空容器内に突き出している。この電極の先端にオーステナイト系ステンレス鋼の被処理材(試験片)を載せる処理台が取り付けられている。
【0089】
前記真空排気装置は、油回転真空ポンプ、メカニカルブースタポンプから構成され、前記真空容器の内部を所定圧まで排気することができるように構成されている。
また、前記ガス供給装置は、窒素ガス、水素ガスをそれぞれのガス流量計により、そのガス流量を所定値になるように調整し、ガス混合容器の中で混合する。そのガス混合容器の中で混合されたガスはマスフローコントローラにより前記真空容器の中に供給される。ただし、ガス混合容器を用いないで、直接、前記真空容器に供給する構成とすることもできる。そして、前記真空容器の内部の圧力は、ピラニー真空計で計測しながら、所定値になるようにマスフローコントローラおよび真空排気装置により制御可能に構成されている。
【0090】
前記直流プラズマ電源は、その陰極と前記真空容器との間に数百Vの電圧をかけて、オーステナイト系ステンレス鋼の被処理材(試験片)の表面にグロー放電によりプラズマを発生させる。
なお、オーステナイト系ステンレス鋼の被処理材(試験片)の温度(本発明に係る処理温度)は、耐熱ガラスの観察窓を通して赤外線放射温度計により測定する。ただし、当該温度は熱電対などを用いて測定する構成とすることができる。
【0091】
次に、本実施の形態に係る低温窒化処理装置による低温窒化処理方法について説明する。
本低温窒化処理装置の前記真空容器内の処理台上にオーステナイト系ステンレス鋼(例えば、SUS304L、SUS316L、SUS304、SUS316など)の被処理材(試験片)を載せ、次いで当該真空容器を密閉状態として、前記真空排気装置を稼動させ、当該真空容器内を所定圧力(例えば、1Pa)以下まで排気する。次に、当該真空容器内に前記ガス供給装置から水素ガスを供給し、真空容器内が所定圧力(例えば、2.6Pa)で保持されるように、マスフローコントローラで水素ガス供給量を制御し、前記直流プラズマ電源により、電極に-200~-300Vの電圧を印加し、オーステナイト系ステンレス鋼の被処理材(試験片)の表面にグロー放電を発生させる。それから、その水素ガス雰囲気中において、放電電圧、放電電流を増加させると共に、段階的に真空容器内の雰囲気圧力を増加させる。そのような操作により、そのオーステナイト系ステンレス鋼の被処理材(試験片)の加熱を続け、そして、その雰囲気圧力が所定圧力(例えば、532Pa)でオーステナイト系ステンレス鋼の被処理材(試験片)を所定の処理温度(低温窒化処理の温度、例えば、420°C、390°C、370°C、355°Cなど)に維持するように放電出力の調整を行う。
【0092】
また、その雰囲気圧力が所定圧力(例えば、532Pa)で、オーステナイト系ステンレス鋼の被処理材(試験片)の温度が所定の処理温度(低温窒化処理の温度)になった時点で雰囲気中の窒素ガス濃度が所定の濃度(例えば、30%程度)になるようにガス供給装置からの窒素ガスおよび水素ガスをそのガス流量計で調整し、その真空容器内が所定圧力(例えば、532Pa)になるまで供給し、その直流プラズマ電源により、電極に電圧を印加し、処理台およびオーステナイト系ステンレス鋼の被処理材(試験片)の表面にグロー放電を発生させ、所定の処理時間(例えば、10時間、20時間など)、窒素の浸透拡散を行う。その窒素の浸透拡散後、そのオーステナイト系ステンレス鋼の被処理材(試験片)を当該真空容器内で冷却する。
【0093】
なお、窒素の浸透拡散に用いる窒素ガス濃度は10~30%程度が望ましい。10%以下では表面からの窒素の浸透拡散が遅くなる。例えば、窒素のガス濃度が30%の場合のに比べ10%の場合には、被処理材表面からの窒素の浸透拡散が遅くなり、処理時間が約1.5倍となるからである。また、30%以上ではクロム窒化物が生成され表面のクロムが減少し不働体皮膜が除去され、耐食性が低下する。
【0094】
ところで、本発明は、上述した発明の実施の形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において、種々変更を加え得ることは可能である。
【産業上の利用可能性】
【0095】
本発明は、オーステナイト系ステンレス鋼について、耐食性の維持と、耐摩耗性の改善と、を実現(両立)可能な表面処理方法、耐食性及び耐摩耗性が改善されたオーステナイト系ステンレス鋼及びその生産方法を提供することができ、産業界において有益であり利用可能である。