(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-10
(45)【発行日】2024-01-18
(54)【発明の名称】卵アレルギーの予防剤等およびそれを含有する食品組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 38/01 20060101AFI20240111BHJP
A61P 37/06 20060101ALI20240111BHJP
A61P 37/08 20060101ALI20240111BHJP
A23L 33/17 20160101ALI20240111BHJP
A61K 35/57 20150101ALI20240111BHJP
【FI】
A61K38/01
A61P37/06
A61P37/08
A23L33/17
A61K35/57
(21)【出願番号】P 2021565666
(86)(22)【出願日】2020-12-18
(86)【国際出願番号】 JP2020047305
(87)【国際公開番号】W WO2021125303
(87)【国際公開日】2021-06-24
【審査請求日】2022-06-09
(31)【優先権主張番号】P 2019229144
(32)【優先日】2019-12-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】510136312
【氏名又は名称】国立研究開発法人国立成育医療研究センター
(73)【特許権者】
【識別番号】000229519
【氏名又は名称】日本ハム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】230104019
【氏名又は名称】大野 聖二
(74)【代理人】
【識別番号】100119183
【氏名又は名称】松任谷 優子
(74)【代理人】
【識別番号】100149076
【氏名又は名称】梅田 慎介
(74)【代理人】
【識別番号】100173185
【氏名又は名称】森田 裕
(74)【代理人】
【識別番号】100162503
【氏名又は名称】今野 智介
(74)【代理人】
【識別番号】100144794
【氏名又は名称】大木 信人
(72)【発明者】
【氏名】綾部 絢子
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 隆則
(72)【発明者】
【氏名】松本 健治
(72)【発明者】
【氏名】森田 英明
【審査官】松浦 安紀子
(56)【参考文献】
【文献】LOZANO-OJALVO D, et al.,Hydrolysed ovalbumin offers more effective preventive and therapeutic protection against egg allergy,Clinical & Experimental Allergy,2017年,Vol.47 No.10,p.1342-1354,ISSN : 0954-7894
【文献】MATSUDA T, et al.,Reduction of ovomucoid immunogenic activity on peptic fragmentation and heat denaturation.,Agricultural and Biological Chemistry,1985年,Vol.49 No.7,p.2237-2241,ISSN : 0002-1369
【文献】HILDEBRANDT S, et al.,In Vitro Determination of the Allergenic Potential of Technologically Altered Hen's Egg.,Journal of Agricultural and Food Chemistry,2008年,Vol.56 No.5,p.1727-1733,ISSN : 0021-8561
【文献】JIMENEZ‐SAIZ R, et al,Human Immunoglobulin E (IgE) Binding to Heated and Glycated Ovalbumin and Ovomucoid before and after,Journal of Agricultural and Food Chemistry,2011年,Vol.59 No.18,p.10044-10051,ISSN : 0021-8561
【文献】BESLER M, et al.,Identification of IgE-binding peptides derived from chemical and enzymatic cleavage of Ovomucoid (Gal d 1),Internet Symposium on Food Allergens,1999年,Vol.1 No.1,p.1-12,ISSN : 1437-0573
【文献】海野浩寿, 他,IL-33とアレルギー,医学のあゆみ,2015年,Vol.252 No.12,p.1233-1238
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 35/57
A61K 38/01
A61P 37/06
A61P 37/08
A23L 33/17
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
加熱変性卵白の
ペプシンまたは
サーモライシンによる分解物を含む、卵アレルギーの予防または治療のための経口免疫寛容剤。
【請求項2】
加熱変性卵白の
ペプシンまたは
サーモライシンによる分解物を含む、
卵アレルギーの予防または治療のための食品組成物。
【請求項3】
加熱変性卵白を
ペプシンまたは
サーモライシンで分解する工程を含む、卵アレルギーの予防または治療のための経口免疫寛容剤の製造方法。
【請求項4】
加熱変性卵白の
ペプシンまたは
サーモライシンによる分解物を原料に配合する工程を含む、
卵アレルギーの予防または治療のための食品組成物の製造方法。
【請求項5】
卵アレルギーを経口免疫寛容により治療または予防するための成分として食品に添加する、加熱変性卵白の
ペプシンまたは
サーモライシンによる分解物の使用方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、卵アレルギーの予防および治療のために用いることのできる経口免疫寛容剤、およびそれを含有する食品組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
食物アレルギー患者は乳幼児が圧倒的に多く、中でも卵(鶏卵)アレルギーは乳幼児にとって有病率の高い食物アレルギーの一つである。乳幼児が食物アレルギーになる原因は長年研究されてきたが、アトピー性皮膚炎があると食物に感作されやすいことが報告されており(非特許文献1)、皮膚バリア機能の障害と経皮的な抗原の侵入が、食物アレルギーの一因となっている可能性が指摘されている(非特許文献2)。鶏卵アレルゲンは子供のベッドの全てから検出され、その量はダニアレルゲンよりも有意に多いという報告もあり(非特許文献3)、環境中に鶏卵アレルゲンがあふれているために乳幼児の卵アレルギー患者も多くなっている可能性がある。
【0003】
卵アレルギーを予防するためには、アトピー性皮膚炎の治療を行い、炎症皮膚からのアレルゲンの侵入を防いだ上で、加熱した全卵を例えば生後6ヶ月など早期から少量食べさせる方法の有効性が示唆されている(非特許文献4~6)。しかしながら、生後6ヶ月ですでに卵に感作している(卵の抗体が体内にできている)乳幼児もおり、生卵粉末を摂取させた臨床試験においてアナフィラキシーショックが多発すること(非特許文献7)、また加熱卵(加熱卵黄または加熱卵白)であっても必ずしも安全というわけではなくアレルギー反応を起こす乳幼児も多くいること(非特許文献8)が報告されている。
【0004】
卵アレルギーを予防または治療するためのより具体的な方法としては、例えば次のようなものが提案されている。
【0005】
非特許文献9には、卵白の感作前に、非加熱のオボアルブミンのペプシン分解物を一定期間マウスに経口投与することにより、卵白を投与したときのアナフィラキシーショックは抑制されることが記載されている。しかしながら、非特許文献9による方法は、非加熱のオボアルブミンまたはそれを含む非加熱の卵白もしくは全卵(生卵)によるアレルギーを、経口免疫寛容によって予防できることを示唆するに留まる。非特許文献9には、加熱卵白、特にそこに含まれる加熱してもアレルゲン性が失われにくいオボムコイドによるアレルギーを予防するための方法は記載されていない。
【0006】
特許文献1には、「a)アレルゲンタンパク質を含むアレルゲンの天然源を抽出して抽出物を生成し、b)前記抽出物を精製して非タンパク質成分を除去して精製抽出物を生成し、c)前記精製抽出物を変性させて精製変性抽出物を生成する工程を含み、前記精製変性抽出物はタンパク質を含み、合わせて全タンパク質の少なくとも60%(w/w)を構成する最も豊富な(w/w)タンパク質群は少なくとも2種のタンパク質であり、全タンパク質が前記精製変性抽出物の乾燥重量の少なくとも60%(w/w)に相当する天然アレルゲンの精製抽出物の製造方法。」(請求項1)の発明や、「a)変性アレルゲンを加水分解してアレルゲン加水分解物を生成し、b)前記アレルゲン加水分解物を精製して10,000Da超の分子量を有するペプチドおよび1,000Da未満の分子量を有するペプチドを除去して、70%、より好ましくは80%のペプチドが10,000Da~1,000Daである精製加水分解物を得る工程を含む天然アレルゲンの精製抽出物の製造方法。」(請求項8)の発明が記載されている。この発明における「加水分解」は「好ましくは、ペプシン、トリプシンまたはキモトリプシン」を用いて行われることなども記載されている。また、「加水分解に先立ち、未変性アレルゲンを変性して変性アレルゲンを生成する」ことや、その変性が「カオトロピック剤、還元剤およびこれらの混合物の存在下で行われる」ことなども記載されている。さらに、このような方法により得られる「天然アレルゲンの精製変性抽出物」および「精製アレルゲン加水分解物」が「免疫寛容を誘導するための医薬組成物および/または食品組成物の調製のため」に使用されることや、「免疫寛容の誘導がアレルギー反応を治療または予防するために用いられる」ことも記載されている。「アレルゲン」としては多数の食品の中に「卵アレルゲン」も例示されている。しかしながら、特許文献1には、卵アレルゲンに関する実施形態については、一般的な記載以上のことは記載されておらず、実施例としても開示されていない。特に、卵アレルゲンとして、例えば卵白に含まれているオボアルブミン、オボムコイドなどを抽出し精製して用いるのではなく、卵白全体を加熱により変性した上で用いるということや、それによって奏される作用効果は、記載も示唆もされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【非特許文献】
【0008】
【文献】Flohr et al. J Invest Dermatol. 2014Feb;134(2):345-350. doi: 10.1038/jid.2013.298. Epub 2013 Jul 18.
【文献】Kubo etal. J Clin Invest. 2012 Feb;122(2):440-7. doi:10.1172/JCI57416. Epub 2012 Feb 1.
【文献】KitagawaH et al. Allergology Int. 2019
【文献】福家ら. 鶏卵アレルギー発症予防に関する提言.2017
【文献】Natsume et al. Lancet. 2017 Jan21;389(10066):276-286. doi:10.1016/S0140-6736(16)31418-0. Epub 2016 Dec 9.
【文献】du Toitet al. J Allergy Clin Immunol. 2018 Apr;141(4):1343-1353. doi:10.1016/j.jaci.2017.09.034. Epub 2017 Oct 31.
【文献】Matsumotoet al. J Allergy Clin Immunol. 2018 Jun;141(6):1997-2001.e3. doi: 10.1016/j.jaci.2018.02.033. Epub2018 Mar 6.
【文献】池松ら, アレルギー, 55(5), p.533-541, 2006.
【文献】Lozano-Ojalvo et al., Clin Exp Allergy,47(10), p.1342-1354, 2017.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、乳幼児の卵アレルギーを予防または治療することができる、従来よりも有効性が高く、危険性の低い手段を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、卵のうち卵白だけを加熱変性した後、特定の食品用タンパク質分解酵素を用いて処理したもの(本明細書において「PEW」(protease-digested egg white)と称する。)が、経口摂取したときに、卵アレルギー、特に卵白に含まれるオボムコイドおよびオボアルブミンによるアレルギーを予防することができ、しかも皮膚バリア機能が傷害されていても経皮膚感作を起こしにくい、高い有効性と低い危険性を両立できる剤として利用できることを見出し、本発明を完成させるに至った。特に、ペプシン等のアスパルティックプロテアーゼ、およびサーモライシン(例えば「サモアーゼ(登録商標)PC10F」)等の金属プロテアーゼは、セリンプロテアーゼ等のその他の各種の食品用タンパク質分解酵素に比べて、経口摂取したときに卵アレルギーを予防等する効果の安定性に優れており、本発明にとって好適な食品用タンパク質分解酵素である。
【0011】
すなわち、本発明には以下の事項が包含される。
[1]
加熱変性卵白のアスパルティックプロテアーゼまたは金属プロテアーゼによる分解物を含む、卵アレルギーの予防または治療のための経口免疫寛容剤。
[2]
前記アスパルティックプロテアーゼがペプシンである、項1に記載の経口免疫寛容剤。
[3]
前記金属プロテアーゼがサーモライシンである、項1に記載の経口免疫寛容剤。
[4]
加熱変性卵白のアスパルティックプロテアーゼまたは金属プロテアーゼによる分解物を含む、食品組成物。
[5]
卵アレルギーの予防または治療用である、項4に記載の食品組成物。
[6]
前記アスパルティックプロテアーゼがペプシンである、項4または5に記載の食品組成物。
[7]
前記金属プロテアーゼがサーモライシンである、項4または5に記載の食品組成物。
[8]
加熱変性卵白をアスパルティックプロテアーゼまたは金属プロテアーゼで分解する工程を含む、卵アレルギーの予防または治療のための経口免疫寛容剤の製造方法。
[9]
加熱変性卵白のアスパルティックプロテアーゼまたは金属プロテアーゼによる分解物を原料に配合する工程を含む、食品組成物の製造方法。
[10]
前記食品組成物が、卵アレルギーの予防または治療用である、項9に記載の食品組成物の製造方法。
[11]
卵アレルギーを経口免疫寛容により治療または予防するための成分として食品に添加する、加熱変性卵白のアスパルティックプロテアーゼまたは金属プロテアーゼによる分解物の使用方法。
【0012】
上記[1]~[11]の発明は、他のカテゴリーの発明に適宜変換することができる。例えば、本発明は他の側面において、卵アレルギーを予防または治療するために使用されるPEW、および卵アレルギーを予防または治療するための(有効成分としての)PEWの使用、が提供される。本発明は他の側面において、卵アレルギーを予防または治療するための経口免疫寛容剤または食品組成物の製造における、PEWの使用、が提供される。また、本発明は他の側面において、有効量のPEWを投与する(経口摂取させる)ことを含む、卵アレルギーの予防、治療または抑制方法が提供される。上記[1]~[11]との関係で本明細書中に記載した事項も、上記の各発明に即して適宜変換することができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明の経口免疫寛容剤およびそれを含む食品は、卵アレルギー発症のリスクが高い対象者、特に乳幼児に摂取させることにより、安定的に経口免疫寛容を誘導して卵アレルギーを予防または治療することができる一方、皮膚からの侵入による経皮膚感作は起こしにくいので、これまでにない水準で有効性と安全性を両立させることのできる剤および食品として極めて有用である。また、本発明の経口免疫寛容剤およびそれを含む食品は、すでに卵に感作されている幼児に対しても、経口摂取によっては卵アレルギーの症状を誘発しにくいことが予想されるので、安全性が高いといえる。
【0014】
なお、本発明では「特定の食品用タンパク質分解酵素」(アスパルティックプロテアーゼ、金属プロテアーゼ等)を用いることにより、卵アレルギーの予防等のために好適な剤が得られるが、その理由としては、例えば、加熱変性卵白を「特定の食品用タンパク質分解酵素」処理することにより得られる分解物(PEW)は、適度な分子量のペプチドを含んでいること、あるいは生成した様々なペプチドの混合物として適度な分子量の分布を有するものを含んでいることが考えられる。すなわち、PEWに含まれるペプチド(混合物)は、Treg細胞(制御性T細胞)に対しては免疫寛容を誘導するのに適した抗原となる(T細胞エピトープを有する)一方、B細胞に対しては抗体を産生させる抗原とはならず、経皮膚感作を防ぐことができ、またS-IgE(特異的IgE)に対する抗原ともならず、アレルギー症状を起こさないことが考えられる。
【0015】
これに対して、食品用タンパク質分解酵素で分解されていない加熱変性卵白(EW)は、Treg細胞に作用して一定程度の免疫寛容を誘導することはできるかもしれないが、Th2細胞への分化誘導(Th2細胞の増殖)を抑制し、サイトカイン(IL-13等)の産生を抑制する効果は、PEWの方が優れている(実施例4参照)。EWには、B細胞に作用して抗体を産生させ、経皮膚感作を引き起こしたり、S-IgEに作用してアレルギー症状を引き起こしたりするおそれもある。
【0016】
また、「特定の食品用タンパク質分解酵素」以外の食品用タンパク質分解酵素を用いた場合は、Treg細胞に対して必要なT細胞エピトープまで分解されてしまい、免疫寛容を誘導できない、または免疫寛容の誘導の安定性に欠ける場合がある。
【0017】
但し、本発明はこのような推察によって不当に制約されるものではなく、仮に他の理由によって、アスパルティックプロテアーゼ(例えばペプシン)または金属プロテアーゼ(例えばサーモライシン)を用いることにより本発明の作用効果が奏されるとしても、本発明は本明細書の記載により担保されるものである。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】
図1は、実施例3における、加熱変性卵白に含まれるタンパク質(ペプチド)の分子量分布[A]、ペプシン処理PEW(PEW1)に含まれるペプチドの分子量分布[B]、サモアーゼ(登録商標)PC10F処理PEW(PEW2)に含まれるペプチドの分子量分布[C]、プロテアーゼP『アマノ』3SD処理PEW(R-PEW1)に含まれるペプチドの分子量分布[D]、およびプロチンSD-AY10処理PEW(R-PEW2)に含まれるペプチドの分子量分布[E]の測定結果を表す。
【
図2】
図2[A]-[B]は、実施例4における、それぞれOVAまたはOVMに特異的な、IgEの血中濃度の測定結果を表す。また、
図2[C]-[D]は、実施例3における、腸間膜リンパ節から分離し培養した細胞の細胞増殖率[C]と、培養上清中のIL-13濃度[D]の測定結果を表す。***:p<0.001, **:p<0.01,*:p<0.05,ノンパラメトリック検定:Kruskal-Wallis test,多重比較:Dunn’s multiplecomparisons test,n=7-8。
【
図3】
図3は、PEW1等を用いた実施例5における、アナフィラキシーショックを反映する体温変化[A]、およびmMCP-1のサンプル投与前の血中濃度[B]と投与後の血中濃度[C]の測定結果を表す。***:p<0.001,**:p<0.01,*:p<0.05,ノンパラメトリック検定:Kruskal-Wallis test,多重比較:Dunn’s multiple comparisons test,n=13-15(血清中OVAsIgEが50ng/ml以上)。
【
図4】
図4は、PEW2等を用いた実施例6における、アナフィラキシーショック誘発を反映する体温変化[A]、およびmMCP-1のサンプル投与前の血中濃度[B]と投与後の血中濃度[C]の測定結果を表す。****:p<0.0001,*:p<0.05,ノンパラメトリック検定:Kruskal-Wallis test,多重比較:Dunn’s multiplecomparisons test,n=13(血清中OVAsIgEが50ng/ml以上)。
【
図5】
図5[A]-[B]は、PEW1等を用いた実施例7における、OVA特異的IgEの血中濃度[A]およびOVM特異的IgEの血中濃度[B](25倍希釈した血清の光学濃度(OD))の測定結果を表す。また、
図5[C]-[D]は、実施例7における、脾臓から分離し培養した細胞の、OVA刺激[C]およびOVM刺激[D]それぞれにおける、細胞増殖率の測定結果を表す。****:p<0.0001,***:p<0.001,ノンパラメトリック検定:Kruskal-Wallis test,多重比較:Dunn’s multiplecomparisons test,n=19-20。
【
図6】
図6[A]-[B]は、PEW2等を用いた実施例8における、OVA特異的IgEの血中濃度[A]およびOVM特異的IgEの血中濃度[B](25倍希釈した血清の光学濃度(OD))の測定結果を表す。また、
図6[C]-[D]は、実施例8における、脾臓から分離し培養した細胞の、OVA刺激[C]およびOVM刺激[D]それぞれにおける、細胞増殖率の測定結果を表す。****:p<0.0001,**:p<0.01,ノンパラメトリック検定:Kruskal-Wallis test,多重比較:Dunn’s multiplecomparisons test,n=19-20。
【発明を実施するための形態】
【0019】
-経口免疫寛容剤-
本発明の卵アレルギーの予防または治療のための経口免疫寛容剤(本明細書において「本発明の経口免疫寛容剤」と称する。)は、特定の食品用タンパク質分解酵素(本発明において「特定酵素」と称する。)による加熱変性卵白の分解物(PEW)を含む。
【0020】
本発明の経口免疫寛容剤は、少なくともPEWを有効成分として含み、必要に応じてその他の成分をさらに含んでいてもよい。すなわち、本発明の経口免疫寛容剤は、PEWのみからなるものであってもよいし、それと同様に卵アレルギーの予防または治療に有効な他の成分や、食品用の添加剤として用いられている各種の成分をさらに含むものであってもよい。
【0021】
本発明の経口免疫寛容剤は、水、緩衝液等の適切な溶媒に溶解した液状の形態であってもよいし、そのような液状の形態で調製された後に粉末化等の処理がなされた粉末状その他の固形状であってもよい。例えば、PEWをスプレードライ、フリーズドライなどにより粉末化し、その際に必要に応じて添加剤(賦形剤、着色料、香料、甘味料等)を配合した上で、粉末状の経口免疫寛容剤を製造することができる。例えば、サプリメント(栄養補助食品)のように、散剤(粉末剤)、顆粒剤、錠剤、カプセル剤、その他の固形状の剤形、ゼリー剤、液剤などの剤形となるよう、適切な添加剤を用いて経口免疫寛容剤を製造してもよい。
【0022】
(PEW)
本発明で用いられるPEWは、卵白を加熱して変性させたものを、特定酵素によって分解することにより調製される物質である。卵白の加熱温度は、卵白に含まれるタンパク質(オボアルブミン、オボムコイド等)の変性が起こるのに十分な温度、少なくとも60~80℃、またはそれ以上で、例えば沸騰水中で、十分な時間をかけて行えばよい。卵白は、保存性のためあらかじめ乾燥粉末化しておき、PEWの調製の際にそれを水等に再分散させて加熱するようにしてもよい。
【0023】
なお、本発明では、卵白全体の加熱変性物を、特定酵素により分解する対象とすることができ、従来技術のように、卵白に含まれる主要なアレルゲンであるオボアルブミンまたはオボムコイドを卵白から抽出した(その他のタンパク質および非タンパク質成分を除去した)上で加熱変性したものを対象とする必要はない。ニワトリの卵白には、オボアルブミンおよびオボムコイド以外にも、オボトランスフェリン(コンアルブミン)、リゾチームなどのアレルゲン性を有するタンパク質が含まれている。また、加熱変性させた卵白の特定酵素による分解物と、加熱変性させていない卵白の特定酵素による分解物は、加熱変性の有無によって酵素による切断箇所が変化し、生成するペプチド混合物の組成が同一とはならないため、物質として区別できるものである。
【0024】
また、「卵白」は、全卵から(卵黄と)分離された状態の卵白であってもよいし、全卵に含まれたままの状態の卵白であってもよい。すなわち、「加熱変性卵白」の特定酵素による分解物は、全卵から分離した卵白の加熱変性物を酵素処理することにより得られるものであってもよいし、全卵に含まれたままの卵白の加熱変性物を酵素処理することにより得られるものであってもよい。
【0025】
換言すれば、加熱変性卵白の特定酵素による分解物を「含む」本発明の経口免疫寛容剤は、「卵白」(タンパク質)の加熱変性物の特定酵素による分解物だけでなく、全卵に含まれたままの卵白の加熱変性物を酵素処理したときに自ずと生成する、「卵黄」(タンパク質)の加熱変性物の特定酵素による分解物を一緒に含むものであってもよい。加熱変性卵白の特定酵素による分解物を「含む」本発明の食品組成物、およびその他の関連する発明においても同様である。そのような実施形態の発明に関しては、本明細書における「加熱変性卵白」(の特定酵素による分解物)を、「加熱変性全卵」(の特定酵素による分解物)と読み替えることも可能である。
【0026】
(特定酵素)
本発明で用いられる「特定酵素」は、様々な微生物に由来する、各種の食品用タンパク質分解酵素(プロテアーゼ、ペプチダーゼ等)のうち、本発明の作用効果を奏することのできるもの、すなわちその酵素で処理された加熱変性卵白を用いることで卵アレルギーを予防等できるものを指す。特定酵素としては、例えば、「アスパルティックプロテアーゼ」(「アスパラギン酸プロテアーゼ」と呼ばれることもある。)および「金属プロテアーゼ」(「メタロプロテアーゼ」と呼ばれることもある。)が挙げられる。アスパルティックプロテアーゼおよび金属プロテアーゼとしてはそれぞれ様々な種類のものが知られており、食品用の一般的なものを本発明においても用いることができる。特定酵素は、至適温度、至適pHなどを考慮した条件下で、適切な時間、加熱変性卵白に作用させればよい。
【0027】
「アスパルティックプロテアーゼ」の具体例としては、ペプシン(EC.3.4.23.1-3)、キモシン(EC 3.4.23.4)、カテプシンD(EC 3.4.23.5)が挙げられるが、その他の食品用に使用されている、様々な微生物に由来する公知のアスパルティックプロテアーゼを使用することも可能である。
【0028】
「金属プロテアーゼ」の具体例としては、サーモライシン(EC.3.4.24.27)が挙げられるが、その他の食品用に使用されている、様々な微生物に由来する公知の金属プロテアーゼを使用することも可能である。例えば、「サモアーゼ(登録商標)PC10F」(天野エンザイム株式会社製、Geobacillus stearothermophilus由来)は、サーモライシンを含む食品用プロテアーゼとして市販されている。
【0029】
なお、食品用タンパク質分解酵素としては、他にもセリンプロテアーゼ(トリプシン、キモトリプシン、トロンビン、プラスミン、エラスターゼ、ズブチリシンなど、例えば実施例で用いた「プロテアーゼP『アマノ』3SD」、「プロチンSD-AY10」などの製品)、チオールプロテアーゼ(パパイン、フィシン、ブロメライン、カテプシンBなど)も知られている。しかしながら、経口摂取したときの卵アレルギーの予防または治療の効果、例えばs-IgEの産生を抑制する効果における安定性は、ペプシン等のアスパルティックプロテアーゼおよびサーモライシン等の金属プロテアーゼの方が、セリンプロテアーゼ等よりも優れている。
【0030】
ただし、後記実施例4(
図2)に示されているように、「プロテアーゼP『アマノ』3SD」を用いた加熱変性卵白分解物(R-PEW1)は、OVM(オボムコイド)特異的IgE抗体の産生を抑制する(血中濃度を低下させる)作用が認められる。オボムコイドは加熱によって変性しにくく、オボアルブミンよりもアレルゲン性の高い卵白中のタンパク質である。したがって、本発明の一実施形態において、特定酵素として、「プロテアーゼP『アマノ』3SD」を使用することも可能である。
【0031】
(卵)
本発明における「卵」は、典型的にはニワトリの卵(鶏卵)である。すなわち、本発明の典型的な実施形態において、経口免疫寛容剤の製造に用いられる加熱変性卵白は鶏卵の卵白であり、本発明によって予防等をする卵アレルギーは、鶏卵のアレルギーである。しかしながら本発明における卵は鶏卵に限定されるものではなく、例えばウズラ、アヒル、その他の食用の鳥類の卵のように、鶏卵のアレルゲンタンパク質と相同性の高いタンパク質を含有する卵(加熱変性卵白)を用いて、その卵のアレルギーを予防または治療するために、本発明を実施できる可能性もあると考えられる。
【0032】
(調製方法)
特定酵素としてペプシンを用いる場合、PEWは例えば次のような工程に従って調製することができる。ペプシン以外のアスパルティックプロテアーゼについても、必要に応じて改変した同様の工程とすることができる。
(1)あらかじめ乾燥粉末化しておいた卵白を水で希釈し、適切な濃度(例えば20mg/mL)の卵白水溶液を調製する。
(2)卵白水溶液を、卵白の変性にとって適切な温度(例えば沸騰水中)で、適切な時間(例えば約10分)加熱する。
(3)加熱変性卵白水溶液のpHを、酸(例えばHCl)を添加して、ペプシンにとって適切な範囲(例えば1.5)に調節する。
(4)加熱変性卵白水溶液に適量(例えば加熱変性卵白水溶液に対して2wt%)のペプシンを添加する。
(5)加熱変性卵白水溶液を、ペプシンを作用させるのに適切な温度(例えば37℃)で、適切な時間(例えば180分)保持する。
(6)ペプシン処理加熱変性卵白水溶液のpHを、アルカリ(例えばNaOH)を添加して中性付近に調節する。
(7)ペプシン処理加熱変性卵白水溶液を、酵素を失活させるのに適切な温度(例えば沸騰水中)で、適切な時間(例えば約15分)加熱する。
【0033】
特定酵素として「サモアーゼ(登録商標)PC10F」を用いる場合、PEWは例えば次のような工程に従って調製することができる。「サモアーゼ(登録商標)PC10F」(サーモライシン)以外の金属プロテアーゼについても、必要に応じて改変した同様の工程とすることができる。
(1)あらかじめ乾燥粉末化しておいた卵白を水で希釈し、適切な濃度(例えば20mg/mL)の卵白水溶液を調製する。
(2)卵白水溶液を、卵白の変性にとって適切な温度(例えば沸騰水中)で、適切な時間(例えば約10分)加熱する。
(3)加熱変性卵白水溶液のpHを、アルカリ(例えばNaOH)を添加して、「サモアーゼ(登録商標)PC10F」にとって適切な範囲(例えば8.0)に調節する。
(4)加熱変性卵白水溶液に適量の「サモアーゼ(登録商標)PC10F」(例えば加熱変性卵白水溶液に対して5wt%)を添加する。
(5)加熱変性卵白水溶液を、「サモアーゼ(登録商標)PC10F」を作用させるのに適切な温度(例えば65℃)で、適切な時間(例えば180分)保持する。
(6)「サモアーゼ(登録商標)PC10F」処理加熱変性卵白水溶液のpHを、必要があれば酸を添加して中性付近に調節する。
(7)「サモアーゼ(登録商標)PC10F」処理加熱変性卵白水溶液を、酵素を失活させるのに適切な温度(例えば沸騰水中)で、適切な時間(例えば約15分)加熱する。
【0034】
PEWには、卵白に含まれていたオボアルブミン、オボムコイド等のタンパク質の特定酵素による分解物(ペプチド混合物)と、それ以外の成分とが含まれている。特定酵素を用いた処理の実施形態(特定酵素の種類、処理時間、処理温度、その他の処理条件等)により、タンパク質の分解のされ方は変動し、得られるペプチド混合物の組成や分子量分布も変動しうるが、本発明の作用効果が奏される限りそのような変動は許容される。ペプチド混合物の分子量分布は、周知慣用の方法、例えばサイズ排除クロマトグラフィ(SEC)を用いて、適切な条件下で測定することができる。なお、標準的な鶏卵には、水分が約90%、タンパク質が約10%含まれており、タンパク質中には、オボアルブミンが約54%、オボムコイドが約11%、オボトランスフェリンが約12%含まれている。
【0035】
(用途)
本発明の経口免疫寛容剤は、それ自体を単独でサプリメントのような食品として摂取することもできるし、他の食品に適量加えて摂取することもできる。また、本発明の経口免疫寛容剤をあらかじめ調製しておいて、本発明の食品組成物を製造するための原料の一部として、特に経口免疫寛容を誘導するための成分として、食品組成物に配合するようにしてもよい。
【0036】
しかしながら、本発明の経口免疫寛容剤の用途は上記のようなものに限定されるものではなく、卵アレルギーの予防または治療という作用効果に関係する様々な目的のために使用することができる。例えば、卵アレルギーの経口免疫寛容に関係する可能性のある細胞(Treg細胞、B細胞、樹状細胞、その他の免疫に関係する細胞等)または抗体(s-IgE)との相互作用を分析することなどを目的として、加熱変性卵白の特定酵素分解物をin vitroで用いる実施形態も、本発明の経口免疫寛容剤の一実施形態である。
【0037】
本発明の経口免疫寛容剤は、卵アレルギーの予防または治療のために経口免疫寛容を誘導したい対象に摂取させる(投与する)ことができる。そのような対象は、ヒトであってもよいし、ヒト以外の哺乳動物(例えば、マウス、ラット、ウサギ、モルモット、スナネズミ、ハムスター、フェレット、イヌ、ミニブタ、サル、ウシ、ウマ、ヒツジなど)であってもよい。また、ヒトを対象とする場合は、乳幼児、例えば離乳食を摂取するようになる生後6ヶ月頃から、1歳頃まで、あるいは卵アレルギーが発症しやすい小学校就学前の年齢までの、乳幼児に摂取させることが好ましい。卵アレルギーを予防する場合は、卵白由来のアレルゲン、代表的にはオボアルブミン(OVA)、オボムコイド(OVM)などに感作されていない対象に本発明の経口免疫寛容剤を経口摂取させればよく、卵アレルギーを治療する場合は、それらのアレルゲンに感作されている対象に本発明の経口免疫寛容剤を経口摂取させればよい。
【0038】
本発明の経口免疫寛容剤の一日あたりの摂取目安量、または一食あたりの摂取目安量および一日あたりの摂取回や、摂取する期間(日数)は、本発明の経口免疫寛容の実施形態、それを経口摂取させる(経口投与する)対象の年齢、体重、性別や、卵アレルギーと関係性を有する指標や属性(卵白由来のアレルゲンに感作しているか、アトピー性皮膚炎を発症しているか等)、期待される卵アレルギーの予防または治療の効果の程度、さらにヒトまたはヒト以外の哺乳動物を対象とした非臨床的または臨床的な試験結果等に基づいて、適宜設定することができる。
【0039】
本発明の経口免疫寛容剤の、卵アレルギーを予防する効果については、例えば次のような方法により評価することができる。
(A1)対象(例えばマウス)に本発明の経口免疫寛容剤を一定期間経口摂取させる(経口投与する)。
(A2)卵白に含まれる主要なアレルゲンであるオボアルブミン(OVA)、またはOVAとオボムコイド(OVM)を、必要に応じてアジュバンド(例えばアルミニウム塩)とともに、対象の腹腔内に投与(注射)して感作させる。この工程は、必要に応じて一定期間をおいて複数回行ってもよい。
(A3)対象から採血し、OVAまたはOVMに対して特異的な抗体(IgE)の濃度を測定する。上記(A1)において、本発明の経口免疫寛容剤以外の物質(例えば水、タンパク質加水分解酵素により分解されていない卵白(EW))を経口摂取させたコントロール群と比較して、抗体濃度における統計学的な有意差の有無を検定する。例えば、水を経口摂取させたコントロール群と比較して、抗体濃度が統計学的に有意に低ければ、本発明の経口免疫寛容剤を事前に経口摂取させることにより卵白アレルゲンに対するIgE抗体の産生を抑制できる、つまり卵アレルギーを予防できる作用効果が奏されたと評価できる。
【0040】
本発明の経口免疫寛容剤の安全性については、例えば次のような方法により、アナフィラキシーショックを起こす危険性及び経皮膚感作の可能性の観点から評価することができる。
(B1)上記(A2)と同様に、対象に、OVA、またはOVAとOVMを、必要に応じてアジュバンドとともに、対象の腹腔内に投与(注射)して感作させる。
(B2)感作から一定期間経過後、対象に本発明の経口免疫寛容剤を腹腔内投与する。
(B3)投与前と投与後(例えば30分後)の対象の体温の変化を測定する。上記(B2)において、本発明の経口免疫寛容剤以外の物質(例えば水、EW)を投与したコントロール群と比較して、体温変化における統計学的な有意差の有無を検定する。例えば、水を投与したコントロール群と比較して、体温変化に統計学的な有意差がなければ、本発明の経口免疫寛容剤によってアナフィラキシーによる体温変化(低下)は起きない、つまり危険性が低いと評価できる。
(C1)対象(例えばマウス)の皮膚炎症部に本発明の経口免疫寛容剤を一定期間貼付する)。この工程は、必要に応じて一定期間をおいて複数回行ってもよい。
(C2)対象から採血し、OVAまたはOVMに対して特異的な抗体(IgE)の濃度を測定する。上記(C1)において、本発明の経口免疫寛容剤以外の物質(例えば水、EW)を貼付したコントロール群と比較して、抗体濃度における統計学的な有意差の有無を検定する。例えば、水を投与したコントロール群と比較して、抗体濃度に統計学的な有意差がなければ、本発明の経口免疫寛容剤によっては、OVAまたはOVMに対する抗体は産生されにくい、つまり経皮膚感作の可能性が低いと評価できる。
【0041】
上記の各種の評価方法のより具体的な実施形態については、本明細書の実施例を参照することができる。このような評価方法を通じて、統計学的有意差の有無や有意水準等を考慮することにより、より好ましい実施形態の経口免疫寛容剤(またはそれを含む食品組成物)、例えば特定酵素による処理の好ましい条件、ヒトまたはヒト以外の哺乳動物に対する摂取のさせ方、すなわち1回あたりの量や期間などを追究することが可能である。
【0042】
-食品組成物-
本発明の食品組成物は、少なくとも加熱変性卵白の特定酵素による分解物(PEW)、例えばアスパルティックプロテアーゼ(ペプシン等)または金属プロテアーゼ(サモアーゼ(登録商標)PC10F等)による分解物、すなわち本発明の経口免疫寛容剤を含み、さらに食品組成物の実施形態に応じた少なくとも1種の食品原料、食品用添加物、その他の成分を含む。
【0043】
本発明の食品組成物は、典型的には、卵アレルギーの予防または治療用の食品組成物(食品用途発明)である。また、このような用途を標榜しないとしても、本発明の食品組成物は、卵アレルギーを発症する可能性のある対象(例えば乳幼児)に対して、あるいは卵アレルギーおよび/またはアトピー性皮膚炎を発症している対象に対して、危険性の低い食品組成物として摂取させることができるものである。
【0044】
本発明の食品組成物の種類は特に限定されるものではなく、一般的な食品と同様の種類のものとして製造することができる。そのような食品としては、例えば、清涼飲料(ジュース、コーヒー飲料、茶系飲料、ミネラルウォーター、スポーツ飲料等)、乳飲料、豆乳飲料、発酵乳(ヨーグルト)、乳酸菌飲料、ココア、インスタント粉末から調製される飲料、ゼリー、プリン、菓子類(ビスケット、クッキー、チョコレートなど)、パン、シリアル、惣菜、調味料(マヨネーズ、ドレッシング等)などが挙げられる。また、本発明の食品組成物は、乳幼児が摂取するのに適したベビーフードの形態とすることが好ましく、例えば、上に例示した各種の食品を、ウェットタイプ(レトルト食品や瓶詰め等の液状又は半固形状の食品)またはドライタイプ(水や湯を加えて元の形状にして食べる、粉末状、顆粒状、フレーク状、固形状の食品)のベビーフードとして製造することが好ましい。
【0045】
本発明の食品組成物中のPEW(本発明の経口免疫寛容剤)の含有量は、食品組成物を摂取することによって卵アレルギーを予防または治療する作用効果が奏される範囲にある限り、特に限定されるものではない。そのような含有量は、一食または一日あたりのPEW(有効成分としての経口免疫寛容剤)の量や摂取される食品組成物の重量などを考慮して、また食品組成物の形態や製造方法なども適宜考慮して、設定することができる。なお、本発明の食品組成物との関係における一食または一日あたりのPEWの量は、本発明の経口免疫寛容剤との関係で前述した通りである。
【0046】
本発明の食品組成物は、原料の一つとしてPEW(本発明の経口免疫寛容剤)を配合する工程をさらに含むこと以外は、従来の食品組成物と同様の方法により製造することができる。PEWは、前述したようにしてあらかじめ調製しておき、食品組成物の製造までの間保管しておくことができる。
【0047】
本発明の食品組成物について、卵アレルギーの治療または予防用であるという用途は、直接的にまたは間接的に表示することができる。直接的な表示の例は、製品自体、パッケージ、容器、ラベル、タグ等の有体物への記載であり、間接的な表示の例は、ウェブサイト、店頭、展示会、看板、掲示板、新聞、雑誌、テレビ、ラジオ、郵送物、電子メール等の場所または手段による、広告・宣伝活動である。
【実施例】
【0048】
[実施例1]ペプシン処理PEW(PEW1)の調製
鶏卵の卵白の乾燥粉末を純水に加え、20mg/mLの濃度の卵白水溶液を調製した。卵白水溶液を沸騰水中で加熱し、10分間保持した。得られた加熱変性卵白水溶液に塩酸を加えてpHを1.5に調節した。加熱変性卵白水溶液に2wt%のペプシン (Pepsin from porcine gastric mucosa powder ≧250 units/mg solid, SIGMA)を加え、37℃で180分間保持した。得られたペプシン処理加熱変性卵白水溶液に水酸化ナトリウムを加えて中和し、その後沸騰水中で15分間加熱し酵素を失活させた。得られた水溶液をPEW1の水溶液とした。
【0049】
[実施例2]「サモアーゼ(登録商標)PC10F」を用いたPEW(PEW2)の調製
鶏卵の卵白の乾燥粉末を純水に加え、20mg/mLの濃度の卵白水溶液を調製した。卵白水溶液を沸騰水中で加熱し、10分間保持した。得られた加熱変性卵白水溶液に水酸化ナトリウムを加えてpHを8.0に調節した。加熱変性卵白水溶液に5wt%の「サモアーゼ(登録商標)PC10F」(天野エンザイム株式会社、以下「PC10F」と略記する。)を加え、65℃で180分間保持した。その後沸騰水中で15分間加熱し酵素を失活させた。得られたPC10F処理加熱変性卵白水溶液をPEW2の水溶液とした。
【0050】
[参考例1]「プロテアーゼP『アマノ』3SD」を用いた加熱変性卵白分解物(R-PEW1)の調製
鶏卵の卵白の乾燥粉末を純水に加え、20mg/mLの濃度の卵白水溶液を調製した。卵白水溶液を沸騰水中で加熱し、10分間保持した。得られた加熱変性卵白水溶液に水酸化ナトリウムを加えてpHを8.0に調節した。加熱変性卵白水溶液に6.7wt%の「プロテアーゼP『アマノ』3SD」(天野エンザイム株式会社、以下「P3SD」と略記する。)を加え、40℃で180分間保持した。その後沸騰水中で15分間加熱し酵素を失活させた。得られたP3SD処理加熱変性卵白水溶液をR-PEW1の水溶液とした。
【0051】
[参考例2]「プロチンSD-AY10」を用いた加熱変性卵白分解物(R-PEW2)の調製
鶏卵の卵白の乾燥粉末を純水に加え、20mg/mLの濃度の卵白水溶液を調製した。卵白水溶液を沸騰水中で加熱し、10分間保持した。得られた加熱変性卵白水溶液に水酸化ナトリウムを加えてpHを9.0に調節した。加熱変性卵白水溶液に8.3wt%の「プロチンSD-AY10」(天野エンザイム株式会社、以下「AY」と略記する。)を加え、60℃で180分間保持した。その後沸騰水中で15分間加熱し酵素を失活させた。得られたAY処理加熱変性卵白水溶液をR-PEW2の水溶液とした。
【0052】
[実施例3]加熱変性卵白に含まれるペプチドの分子量分布と、実施例1および2、ならびに参考例1および2で調製されたPEW1、PEW2、R-PEW1、R-PEW2それぞれに含まれるペプチドの分子量分布を(株)島津製作所製HPLC(カラム:Superdex peptide 10/300GL、溶離液:0.1% TFA、30% CAN、吸光波長:214 nm)を用いて測定した。結果を
図1に示す。
【0053】
[実施例4]種々の酵素を用いたPEWの鶏卵アレルギーの予防効果の比較
試験動物(BALB/c系統、メス、3~4週齢)に、実施例1および2で調製したペプシン処理PEW1および「サモアーゼ(登録商標)PC10F」処理PEW2、また参考例1および2で調製した「プロテアーゼP『アマノ』3SD」処理R-PEW1および「プロチンSD-AY10」処理R-PEW2を、それぞれ2mgずつ5日間、経口投与した(day-18~-14)。その1週間後から5日間(day-11~-7)、試験動物に再度PEW1および2、R-PEW1および2をそれぞれ2mgずつ5日間、経口投与した。その1週間後(day0)、オボアルブミン(OVA)およびオボムコイド(OVM)それぞれ100μgを、アジュバンドとしてのアルミニウム塩と共に、試験動物に腹腔内注射した。その2週間後(day14)、再度OVAおよびOVMそれぞれ100μgを、アルミニウム塩と共に、試験動物に腹腔内注射した。その13日後(day27)、試験動物から採血をし、それぞれOVAまたはOVMに特異的な、IgEの血中濃度を測定した。種々の酵素処理加熱変性卵白水溶液に代えて、水または2mgの加熱変性卵白(EW)を経口投与したこと以外は同様にして、対照群を設けた。
【0054】
結果を
図2[A]および[B]に示す。OVA特異的IgEおよびOVM特異的IgEのどちらについても、実施例1のPEW1およびPEW2を経口摂取させることにより、加熱変性卵白(図中のEW)よりも高い確実性で、それらのIgEの産生を抑制できる、つまり卵アレルギーを予防できると考えられる。一方、R-PEW1およびR-PEW2のOVA特異的IgE抗体の血中濃度は、Water群と有意差が認められなかった。どのような食品用タンパク質分解酵素で処理した加熱変性卵白分解物であっても経口免疫寛容剤としての有用性を有するわけではなく、ペプシンや「サモアーゼ(登録商標)PC10F」のような特定のものを選択して用いることによって初めて、経口免疫寛容剤としての有用性を有する加熱変性卵白分解物が得られることが示唆されている。
【0055】
さらに、採血から1週間後(day34)、試験動物を解剖して腸間膜リンパ節を採取し、そこに含まれる細胞を分離した。培地にOVAを添加し、72時間培養した後、まず培養上清を回収してそこに含まれるサイトカインIL-13をELISA法により定量した。また、培地に3Hチミジンを添加して細胞に取り込ませるアッセイにより、細胞増殖率を測定した。
【0056】
結果を
図2[C]および[D]に示す。実施例1のPEW1は、感作マウス特有のOVA抗原特異的な細胞増殖[C]や抗原刺激特異的なIL-13の産生[D]が認められなかった。このことから、感作処置によるTh2細胞への分化を、PEW1の経口投与により抑制することができると考えられる。
【0057】
[実施例5]PEW1のアナフィラキシーショックの危険性の評価
試験動物(BALB/c系統、メス、6週齢)に、オボアルブミン(OVA)およびオボムコイド(OVM)それぞれ100μgを、アジュバンドとしてのアルミニウム塩と共に、腹腔内注射し、これらのアレルゲンで試験動物を感作させた。その2週間後(day14)、再度OVAおよびOVMそれぞれ100μgを、アルミニウム塩と共に、試験動物に腹腔内注射し、同様に感作させた。その14日後(day28)、試験動物に、水、加熱変性卵白(EW)および実施例1のPEW1を、200mg/kgの量で腹腔内に投与した(腹腔内負荷試験)。投与時および投与から30分後の体温を測定し、その体温変化を算出した。また、腹腔内負荷試験の2日前(day26)および試験後(day28)に試験動物から採血し、マスト細胞が活性化したときに産生されるマーカーであるmMCP-1(mouse mast cell protease 1)の血中濃度を測定した。
【0058】
結果を
図3に示す。[A]より、投与対象がOVAおよびOVMによって感作されている場合、加熱変性卵白(図中のEW)を摂取するとアナフィラキシーショックによる体温変化(低下)が認められたが、実施例1のPEW1にはそのような体温変化は認められなかった。[B]より、MCP-1の血中濃度は、腹腔内投与前には各群に差は認められないが、[C]より、投与後のMCP-1の血中濃度は、加熱変性卵白(図中のEW)よりも実施例1のPEW1の方が有意に低かった。これらの結果から、アナフィラキシーショックを誘発する危険性は加熱変性卵白(EW)よりもそのペプシンによる処理物(PEW1)の方が低いと考えられる。
【0059】
[実施例6]PEW2のアナフィラキシーショックの危険性の評価
試験動物(BALB/c系統、メス、6週齢)を、実施例5と同様の手順で、OVAおよびOVMに感作させた。2度目の腹腔内注射の14日後(day28)、試験動物に、水、加熱変性卵白(EW)および実施例2のPEW2を、200mg/kgの量で腹腔内に投与した(腹腔内負荷試験)。腹腔内負荷試験の2日前(day26)および試験後(day28)に試験動物から採血し、マスト細胞が活性化したときに産生されるマーカーであるmMCP-1(mouse mast cell protease 1)の血中濃度を測定した。
【0060】
結果を
図4に示す。[A]より、投与対象がOVAおよびOVMによって感作されている場合、加熱変性卵白(図中のEW)を摂取するとアナフィラキシーショックによる体温変化(低下)が認められたが、実施例2のPEW2にはそのような体温変化は認められなかった。[B]より、MCP-1の血中濃度は、腹腔内投与前には各群に差は認められないが、[C]より、投与後のMCP-1の血中濃度は、加熱変性卵白(図中のEW)よりも実施例2のPEW2の方が有意に低かった。これらの結果から、アナフィラキシーショックを誘発する危険性は加熱変性卵白(EW)よりもその「サモアーゼ(登録商標)PC10F」による処理物(PEW2)の方が低いと考えられる。
【0061】
[実施例7]PEW1の経皮膚感作の可能性の評価
試験動物(BALB/c系統、メス、6週齢)に、次の手順で経皮膚感作を行った。試験動物の背中の毛を刈り、クリームで除毛した後に、テープを貼って剥がす操作を3回行った後、水、4mgの加熱変性卵白(EW)または4mgの実施例1のPEW1を背中に貼付した。包帯を巻き付けて3日間保持した後、包帯を外して7日間保持した。このサイクルを、3回(day0~day9、day10~day19、day20~day29)行った。day31に採血し、OVA特異的IgE抗体およびOVM特異的IgE抗体の血中濃度を測定した。さらに、day32に試験動物を解剖して脾臓を採取し、そこに含まれる細胞を分離した。培地にOVAまたはOVMを添加し、72時間培養した後、培地に3Hチミジンを添加して細胞に取り込ませるアッセイにより、細胞増殖率を測定した。
【0062】
結果を
図5に示す。OVA特異的IgE抗体[A]およびOVM特異的IgE抗体[B]のどちらの産生量も、実施例1のPEW1は加熱変性卵白(図中のEW)よりも有意に低く、コントロール(図中のWater)と有意差がない程度にほとんど産生されなかった。これらの結果から、ペプシン処理加熱変性卵白分解物(PEW1)の経皮膚感作を起こす危険性はほとんどない、少なくとも加熱変性卵白(EW)よりも低いと考えられる。さらに、OVA刺激[C]において実施例1のPEW1は、加熱変性卵白(図中のEW)よりも、抗原特異的な細胞増殖率が、統計的に有意な差はないものの低値を示し、OVM刺激[D]についても、実施例1のPEW1は、加熱変性卵白(図中のEW)よりも、抗原特異的細胞増殖が抑制されており、経皮膚感作の処置を行っても、OVAおよびOVM特異的に増殖するT細胞が分化されにくい点で優れていると考えられる。
【0063】
[実施例8]PEW2の経皮膚感作の可能性の評価
試験動物(BALB/c系統、メス、6週齢)に、実施例1のPEW1に代えて実施例2のPEW2を用いたこと以外は実施例7と同様にして、経皮膚感作を行った後、OVA特異的IgE抗体およびOVM特異的IgE抗体の血中濃度の測定と、脾臓細胞の増殖率の測定を行った。
【0064】
結果を
図6に示す。OVA特異的IgE抗体[A]およびOVM特異的IgE抗体[B]のどちらの産生量も、実施例2のPEW2は加熱変性卵白(図中のEW)よりも有意に低く、コントロール(図中のWater)と有意差がない程度にほとんど産生されなかった。これらの結果から、「サモアーゼ(登録商標)PC10F処理加熱変性卵白分解物(PEW2)の経皮膚感作を起こす危険性はほとんどない、少なくとも加熱変性卵白(EW)よりも低いと考えられる。さらに、OVA刺激[C]において実施例1のPEW1は、加熱変性卵白(図中のEW)よりも、抗原特異的な細胞増殖率が、統計的に有意な差はないものの低値を示し、OVM刺激[D]についても、実施例2のPEW2は、加熱変性卵白(図中のEW)よりも、抗原特異的細胞増殖が抑制されており、経皮膚感作の処置を行っても、OVAおよびOVM特異的に増殖するT細胞が分化されにくい点で優れていると考えられる。