(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-10
(45)【発行日】2024-01-18
(54)【発明の名称】B型肝炎ウイルス複製阻害剤及びそれを含むB型肝炎治療用医薬組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 38/16 20060101AFI20240111BHJP
A61K 45/00 20060101ALI20240111BHJP
A61K 48/00 20060101ALI20240111BHJP
A61P 1/16 20060101ALI20240111BHJP
A61P 31/20 20060101ALI20240111BHJP
C07K 14/02 20060101ALN20240111BHJP
C12N 15/51 20060101ALN20240111BHJP
C12N 15/85 20060101ALN20240111BHJP
【FI】
A61K38/16 ZNA
A61K45/00
A61K48/00
A61P1/16
A61P31/20
C07K14/02
C12N15/51
C12N15/85 Z
(21)【出願番号】P 2020551243
(86)(22)【出願日】2019-10-11
(86)【国際出願番号】 JP2019040154
(87)【国際公開番号】W WO2020075836
(87)【国際公開日】2020-04-16
【審査請求日】2022-09-21
(31)【優先権主張番号】P 2018193812
(32)【優先日】2018-10-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構 B型肝炎創薬実用化等研究事業 「次世代抗B型肝炎ウイルス薬導出に向けた創薬研究」に関する委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小川 健司
【審査官】菊池 美香
(56)【参考文献】
【文献】特開平11-071303(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 38/16
A61K 45/00
A61K 48/00
A61P 1/16
A61P 31/20
C07K 14/02
C12N 15/51
C12N 15/85
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(1)~(3)のいずれかからなるB型肝炎ウイルス複製阻害剤。
(1)B型肝炎ウイルスのコアタンパク質におけるスパイク領域
のみからなるペプチド断片
(2)前記スパイク領域のN末端及び/又はC末端に前記コアタンパク質とは異なる任意のアミノ酸配列が付加されたペプチド断片
(3)前記(1)又は(2)に記載のペプチド断片をコードする核酸を含み、細胞内で前記ペプチド断片を発現可能な発現ベクター
【請求項2】
前記スパイク領域
のみからなるペプチド断片が以下の(a)~(c)のいずれかのアミノ酸配列からなる、請求項1に記載のB型肝炎ウイルス複製阻害剤。
(a)配列番号1~7で示すいずれかのアミノ酸配列
(b)配列番号1~7で示すいずれかのアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が付加、欠失、又は置換されたアミノ酸配列
(c)配列番号1~7で示すいずれかのアミノ酸配列と
90%以上のアミノ酸同一性を有するアミノ酸配列
【請求項3】
前記核酸が以下の(i)~(iv)のいずれかの塩基配列からなる、請求項1に記載のB型肝炎ウイルス複製阻害剤。
(i)配列番号8~14で示すいずれかの塩基配列
(ii)配列番号8~14で示すいずれかの塩基配列において、1又は複数個の塩基が付加、欠失、又は置換された塩基配列
(iii)配列番号8~14で示すいずれかの塩基配列と
90%以上の塩基同一性を有する塩基配列
(iv)配列番号8~14で示すいずれかの塩基配列に相補的な塩基配列と高ストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列
【請求項4】
配列番号1~6で示すいずれかのアミノ酸配列において、
23位のフェニルアラニン(F)残基がアラニン(A)残基に、及び/又は
42位のロイシン(L)残基がアラニン(A)残基に、又は
配列番号7で示すアミノ酸配列において、
35位のフェニルアラニン(F)残基がアラニン(A)残基に、及び/又は
54位のロイシン(L)残基がアラニン(A)残基に
置換された、請求項2に記載のB型肝炎ウイルス複製阻害剤。
【請求項5】
以下の(1)~(3)のいずれかからなるB型肝炎ウイルスのヌクレオカプシド形成阻害剤。
(1)B型肝炎ウイルスのコアタンパク質におけるスパイク領域
のみからなるペプチド断片
(2)前記スパイク領域のN末端及び/又はC末端に前記コアタンパク質とは異なる任意のアミノ酸配列が付加されたペプチド断片
(3)前記(1)又は(2)に記載のペプチド断片をコードする核酸を含み、細胞内で前記ペプチド断片を発現可能な発現ベクター
【請求項6】
有効成分としての請求項1~4のいずれか一項に記載のB型肝炎ウイルス複製阻害剤、及び担体及び/又は溶媒を含むB型肝炎治療用医薬組成物。
【請求項7】
抗B型肝炎ウイルス剤をさらに含む、請求項6に記載のB型肝炎治療用医薬組成物。
【請求項8】
抗B型肝炎ウイルス剤が核酸アナログ及び/又はHBV-Pol活性阻害剤である、請求項7に記載のB型肝炎治療用医薬組成物。
【請求項9】
(1)B型肝炎ウイルスのコアタンパク質におけるスパイク領域
のみからなるペプチド断片、
(2)前記スパイク領域のN末端及び/又はC末端に前記コアタンパク質とは異なる任意のアミノ酸配列が付加されたペプチド断片、
又は
(3)前記(1)又は(2)に記載のペプチド断片をコードする核酸を含み、細胞内で前記ペプチド断片を発現可能な発現ベクター
を
ヒト個体以外の宿主内に導入する工程を含むB型肝炎ウイルスの複製阻害方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、B型肝炎ウイルス複製阻害剤及びそれを有効成分として含むB型肝炎治療用医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
B型肝炎は、B型肝炎ウイルス(hepatitis B virus:本明細書では、しばしば「HBV」と表記する)の感染により発症するウイルス性肝炎である。B型肝炎は、HBV感染者の血液や体液を介して伝播することから、出産時にHBV感染者の母親の血液を介してその子供が感染する垂直感染(母児感染)や、性的接触、刺青、輸血や集団予防接種における注射器の使いまわしや針刺し事故等による水平感染が主な感染経路として知られている(非特許文献1)。
【0003】
HBV感染は、一過性感染と持続感染に大別される。5歳以上での感染は、免疫能が十分発達していることから、多くは一過性感染となる。その70~80%は不顕性感染で、残りの20~30%が急性B型肝炎を発症する。しかし、ほとんどの場合、HBs抗体が誘導されるため、終生免疫を獲得し、持続感染に移行することはない。一方、母児感染や、自己の免疫システムが未熟な3歳以下の時期に医療行為や家族内感染等の理由によりHBV感染した場合には持続感染が成立し得る。HBVの持続感染患者の大部分は、正常な肝機能を維持する「HBVキャリア」として経過し、そのうち85~90%はセロコンバージョンを起こして無症候性キャリアとなる。しかし、残りの10~15%は慢性肝炎を発症し、肝硬変や肝細胞癌に進展する。HBVの持続感染者数は、日本では150万人、また全世界では3~4億人と推計されている(非特許文献2)。
【0004】
現在、慢性B型肝炎の治療薬には、ラミブジン(Lamivudine)やエンテカビル(Entecavir)に代表される核酸アナログ製剤が汎用されている。これらの治療薬は、HBV DNAポリメラーゼに対する競合的拮抗作用とHBV DNAの伸長停止作用によって血中HBV量を減少させることで、肝硬変、肝細胞癌の発生や進行を遅延できる。しかし、肝細胞内のHBV DNAを排除できないため、薬剤の投与を中止すると血中HBV DNAが再上昇し肝炎が再燃してしまう。そのため治療薬の長期投与が必要となる。また、前記核酸アナログ製剤を使用した長期治療時の再燃は、薬剤耐性ウイルスの出現を伴う。それが慢性B型肝炎治療を一層困難なものにしている(非特許文献3及び4)。上記理由により、従来の核酸アナログ製剤とは作用機序の異なる新規B型肝炎治療薬の開発が望まれている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Aspinall E.J. et al., 2011, Occup Med (Lond), 61: 531-540.
【文献】Fattovich G., et al., 2008, J Hepatol, 48: 335-352.
【文献】Lau D.T. et al., 2000, Hepatology, 32: 828-834.
【文献】Koumbi L., 2015, World J Hepatol, 7: 1030-1040.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、従来のB型肝炎治療剤とは作用機序又は標的対象が異なる新規B型肝炎治療剤を開発し、提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明者らは、HBVの複製を阻害する新規B型肝炎治療剤の開発を試みた。
【0008】
HBVはDNAウイルスであり、そのゲノムは、
図1で示すようにプラス鎖((+)鎖)がマイナス鎖((-)鎖)に対して短く、それ故に一部に一本鎖構造を有する約3.2Kbの環状不完全二本鎖DNA(relaxed circular DNA:rcDNA)からなる。HBVゲノム上には、C、P、S及びXの4種類の遺伝子が存在する(Arzumanyan A, et al., 2013, Nat Rev Cancer., 13:123-135)。C遺伝子のORF(open reading frame)(C-ORF)は、HBVのヌクレオカプシドの主成分であり、HBVの複製に必須のコアタンパク質(HBc)及びHBe抗原をコードしており、またP遺伝子のORF(P-ORF)は逆転写酵素(HBV-Pol)をコードしている。さらに、S遺伝子のORF(S-ORF)はエンベロープを構成する3種類のSタンパク質領域(preS1、preS2、及びS)をコードし、またX遺伝子のORF(X-ORF)は転写制御因子であり、肝細胞癌の成立に重要と考えられるXタンパク質(HBx)をコードしている。
【0009】
HBVの感染及び複製機構は、まずHBVがHBV特異的な未知のレセプターを介して宿主である肝細胞内に侵入し、感染する。感染後は、宿主細胞の核内で宿主細胞由来の内在性DNAポリメラーゼによって一本鎖部分が修復され、完全二本鎖DNA(covalently closed circular DNA:cccDNA)となる。続いて、このcccDNAの(-)鎖を鋳型として、宿主細胞由来のRNAポリメラーゼII(RNA pol II)により、長さの異なる4種(3.5kb、2.4kb、2.1kb、及び0.7kb)のmRNAが合成される。このうち最長の3.5kb mRNAは、プレゲノムRNA(pgRNA)と呼ばれ、HBVゲノムDNAの鋳型となる。pgRNAの5'及び3'両末端に存在するRNA encapsidation signal epsilon (ε)は、HBV-Polと相互作用して、HBcによって構成されるヌクレオカプシドに取り込まれる(Beck J, & Nassal M., 2007, World J Gastroenterol., 13: 48-64)。続いて、pgRNAを鋳型として、逆転写酵素活性によりマイナス鎖DNAを合成する。このゲノム複製の過程には、pgRNAがHBV-Polと共にヌクレオカプシドに取り込まれることが必要である。これらのHBVの感染及び複製機構は、HBcがウイルス粒子の骨幹をなすヌクレオカプシドの主成分であると同時に、ゲノム複製においても必須の役割を果たす極めて重要なタンパク質であることを示唆している。
【0010】
そこで、本発明者らは、HBVの複製を阻害する新規B型肝炎治療剤の標的タンパク質としてHBcに着目し、HBVの複製を拮抗的に阻害できる変異型HBcの作製を試みた。
【0011】
ところで、上記HBVの複製阻害を検証するためには、HBV複製を正確に定量し、評価できる実験系が必須である。HBV感染やHBV複製を解析する評価系は、これまでにも複数存在したが、いずれも感染性のあるHBVを使用する点から安全面や大量の試料を扱いづらいという問題があった。また、現段階でHBVを効率的に感染させることのできる細胞は、ヒト肝細胞初代培養系、又は高価なHepaRG(登録商標)細胞に限られており、使用可能な細胞に大きな制限があった。さらに、HBVのレセプターとされるNTCPを過剰発現させた細胞でも感染は成立するものの感染効率は非常に低く、HBVのゲノムを挿入した株化細胞(HepG2.2.15、HepAD38等)を用いても複製の検出までには7~12日間という長時間の培養を要していた。それ故に、従来のHBV複製評価系にはスループット性に欠けるという大きな問題があった。
【0012】
本発明者らは、WO2018/030534において、上記課題を解決するために感染性のあるHBVを用いずに、一般的な細胞を使って、安価、安全かつ迅速にHBVのゲノム複製を短時間で可視化し、かつその活性を数値化できるHBV複製活性評価システムを構築した。さらに、そのHBV複製活性評価システムを用いて、新規HBV-Pol活性阻害剤を開発することに成功した。今回、本発明者らは、WO2018/030534に記載のHBV複製活性評価システムを用いて様々な欠損変異型HBcのHBV複製に及ぼす影響を検証し、HBcに拮抗的に作用し、HBVの複製を著しく阻害する変異型HBcを見出した。本発明は、当該研究結果に基づくものであり、以下を提供する。
【0013】
(1)以下の(I)~(III)のいずれかからなるHBV複製阻害剤。
(I)HBVのコアタンパク質におけるスパイク領域を構成するペプチド断片
(II)前記スパイク領域のN末端及び/又はC末端に前記コアタンパク質とは異なる任意のアミノ酸配列が付加されたペプチド断片
(III)前記(I)又は(II)に記載のペプチド断片をコードする核酸を含み、細胞内で前記ペプチド断片を発現可能な発現ベクター
(2)前記スパイク領域を構成するペプチド断片が以下の(a)~(c)のいずれかのアミノ酸配列からなる、(1)に記載のHBV複製阻害剤。
(a)配列番号1~7で示すいずれかのアミノ酸配列
(b)配列番号1~7で示すいずれかのアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が付加、欠失、又は置換されたアミノ酸配列
(c)配列番号1~7で示すいずれかのアミノ酸配列と82%以上のアミノ酸同一性を有するアミノ酸配列
(3)前記核酸が以下の(i)~(iv)のいずれかの塩基配列からなる、(1)に記載のHBV複製阻害剤。
(i)配列番号8~14で示すいずれかの塩基配列
(ii)配列番号8~14で示すいずれかの塩基配列において、1又は複数個の塩基が付加、欠失、又は置換された塩基配列
(iii)配列番号8~14で示すいずれかの塩基配列と80%以上の塩基同一性を有する塩基配列
(iv)配列番号8~14で示すいずれかの塩基配列に相補的な塩基配列と高ストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列
(4)配列番号1~6で示すいずれかのアミノ酸配列において、23位のフェニルアラニン(F)残基がアラニン(A)残基に、及び/又は42位のロイシン(L)残基がアラニン(A)残基に、又は配列番号7で示すアミノ酸配列において、35位のフェニルアラニン(F)残基がアラニン(A)残基に、及び/又は54位のロイシン(L)残基がアラニン(A)残基に、置換された、(2)に記載のHBV複製阻害剤。
(5)以下の(I)~(III)のいずれかからなるHBVヌクレオカプシド形成阻害剤。
(I)HBVのコアタンパク質におけるスパイク領域を構成するペプチド断片
(II)前記スパイク領域のN末端及び/又はC末端に前記コアタンパク質とは異なる任意のアミノ酸配列が付加されたペプチド断片
(III)前記(I)又は(II)に記載のペプチド断片をコードする核酸を含み、細胞内で前記ペプチド断片を発現可能な発現ベクター
(6)有効成分としての(1)~(4)のいずれかに記載のHBV複製阻害剤、及び担体及び/又は溶媒を含むB型肝炎治療用医薬組成物。
(7)抗HBV剤をさらに含む、(6)に記載のB型肝炎治療用医薬組成物。
(8)抗HBV剤が核酸アナログ及び/又はHBV-Pol活性阻害剤である、(7)に記載のB型肝炎治療用医薬組成物。
(9)(I)HBVのコアタンパク質におけるスパイク領域を構成するペプチド断片、(II)前記スパイク領域のN末端及び/又はC末端に前記コアタンパク質とは異なる任意のアミノ酸配列が付加されたペプチド断片、又は前記(I)又は(II)に記載のペプチド断片をコードする核酸を含み、細胞内で前記ペプチド断片を発現可能な発現ベクターを宿主内に導入する工程を含むHBV複製阻害方法。
本明細書は本願の優先権の基礎となる日本国特許出願番号2018-193812号の開示内容を包含する。
【発明の効果】
【0014】
本発明のHBV複製阻害剤によれば、新規抗HBV剤となり得る。
【0015】
本発明のB型肝炎治療用医薬組成物によれば、本発明のHBV複製阻害剤を有効成分とすることで、従来のB型肝炎治療剤とは作用機序又は標的対象が異なるB型肝炎治療用医薬組成物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】HBVのゲノムDNA構造の概念図である。中心部の黒太線で示す部分が約3.2KbからなるHBVの不完全環状二本鎖ゲノムDNA(rcDNA)である。グレーの太線は、HBVのゲノムDNAにコードされる4種の遺伝子のORF(open reading frame)で、CはC遺伝子、PはP遺伝子、SはS遺伝子、そしてXはX遺伝子の位置を示す。外縁の細黒線は、HBVのゲノムDNAの(-)鎖を鋳型に合成されるmRNAのうち、最長の3.5kb mRNAであるプレゲノムRNA(pregenomic RNA:本明細書ではしばしば「pgRNA」と表記する)を示している。
【
図2】A:HBVコアタンパク質(HBc)のドメイン構造を示す模式図である。HBcは、全長183アミノ酸からなり、N末端のアッセンブリドメイン(1~144残基)とC末端のRNA/DNA結合ドメイン(145~183残基)からなる。アッセンブリドメインは5個のαヘリックス(α1~α3、α4a、α4b、及びα5を含む。B:HBcの立体構造の模式図(Wynne et al., 1999より改変)。N末端側に位置するα1からα4bを含むアミノ酸1-111(111残基)はカプシドのスパイク構造を、C末端側のα5を含むアミノ酸112~144(33残基)はハンド領域を構成する。C:HBc二量体の模式図を示す。HBcは安定な二量体を形成し、これ単位として90又は120個が集合し、正十二面体のヌクレオカプシドを形成する。
【
図3】HBcの各ジェノタイプを構成するアミノ酸配列をアラインメントした図である。配列下部の星印は、全ジェノタイプにおいて対応する位置のアミノ酸が同一であることを示し、コロンは、全ジェノタイプにおいて対応する位置のアミノ酸が類似することを示す。また、ピリオドは、対応する位置のアミノ酸が一部のジェノタイプで同一性及び類似性がないことを示す。ハイフンはギャップを示す。配列上部には、HBcの各ドメインに相当する位置を示している。
【
図4】実施例で使用した各ΔHBcの名称、それぞれのΔHBcに対応するアミノ酸配列及びペプチド鎖長、並びにドメイン構造を示す。
【
図5】実施例で使用したWO2018/030534に記載のHBV複製活性評価システムを構成する各種発現ベクターの一例を示す概念図である。A: HBV複製活性評価ベクターの一例であるpBB-intronの概念図である。B:HBV-PolをコードするP遺伝子の発現ベクターであるpCI-HBV-Polの概念図である。C:HBcをコードするC遺伝子の発現ベクターであるpCI-HBcの概念図である。D:HBxをコードするX遺伝子の発現ベクターであるpCI-HBxの概念図である。
【
図6】A:本発明のHBV複製活性評価核酸の一例を示す概念図である。B:Aで示すHBV複製活性評価核酸が発現ベクターに組み込まれたHBV複製活性評価ベクターを細胞内に導入し、発現させたときのレポーターpgRNAの概念図である。レポーターpgRNAでは、レポーター配列内のイントロンがpre-mRNAスプライシングによって除去されている。C:Bで示すレポーターpgRNAを鋳型にHBV-Polの逆転写活性によって合成されたレポーターマイナス鎖DNA(reporter (-)DNA)の概念図である。HBV複製活性評価核酸とレポーターマイナス鎖DNAはイントロンの有無によって区別することができる。
【
図7】ΔHBcのHBV複製に対する阻害効果を示した図である。A~Cは、実施例で構築した11種類のΔHBcによるHBV複製への影響をHBV複製活性評価システムで評価した結果である。図中、BL(Blank)は、発現ベクターを導入していないHeLa細胞のみのMockを示す。‐は、pCI-ΔHBcを導入していない陽性対照を示す。
【
図8】
図7でHBV複製阻害効果がみられた、HBcのスパイク領域に相当するΔHBc(α1-4b)によるHBV複製阻害の量的効果を示す図である。HBV複製活性評価システムと共にΔHBc(α1-4b)発現ベクターをHeLa細胞に導入した。ΔHBc(α1-4b)は、HBV複製活性評価システムに含まれる全長野生型HBc発現ベクターとの量比で、ΔHBc(α1-4b)/WT-HBcが1/9、3/9、9/9、及び26/9となるように導入した。
【
図9】各ジェノタイプに由来するΔHBc(α1-4b)のHBV複製阻害効果を示す図である。
【
図10】HBcのアミノ酸点変異によるHBVヌクレオカプシド形成阻害及びHBV複製阻害の効果を示す図である。A:非還元条件下でのウェスタンブロッティングの結果である。図中、Mltは多量体を、Tは多量体を、Dは二量体を、そしてMは単量体のバンド位置を示す。WTは全長野生型HBcを、F23Aは全長HBc-F23Aを、そしてL42Aは全長HBc-L42Aを示す。B:パーティクルブロッティングの結果である。C:HBV複製活性評価システムに含まれるHBc発現ベクターをF23A又はL42A変異型HBc発現ベクターに置き換えたときのHBV複製活性を示した図である。
【
図11】F23A又はL42A変異を導入したΔHBc(α1-4b)によるHBV複製阻害効果を示した図である。A:HBV複製活性評価システムを用いて、点変異を導入したΔHBc(α1-4b)のHBV複製阻害を示す。B: HBV複製阻害の量依存的効果の結果を示す図である。
【
図12】ΔHBc(α1-4b)又はΔHBc(α1-4b)-F23AによるHBcの多量体形成抑制効果とそれによるHBcのヌクレオカプシド形成の阻害効果を示す図である。A:PAタグを付加したΔHBc(α1-4b)又はΔHBc(α1-4b)-F23Aの発現が、HBcの二量体形成及び多量体形成に与える影響を、抗HBcモノクローナル抗体#511を用いたウェスタンブロッティングによって解析した結果である。図中、Mltは多量体を、Tは多量体を、Dは二量体を、そしてMは単量体のバンド位置を示す。B:HBcの二量体形成及び多量体形成に与えるΔHBc(α1-4b)又はΔHBc(α1-4b)-F23A発現の影響を、抗PAモノクローナル抗体NZ-1を用いたウェスタンブロッティングによって解析した結果である。C:Hela細胞でΔHBc(α1-4b)-PAを単独発現、又は全長HBcと共発現させた後、NZ-1抗体を用いたウェスタンブロッティングによる解析結果である。D:パーティクルブロットの結果である。
【
図13】ヌクレオカプシド形成阻害剤GLS4によるHBV複製阻害の量的効果を示す図である。HBV複製活性評価システムに含まれるHBcとして、野生型HBc(HBc-WT)、又は野生型HBcに代えてT33N変異を導入したHBc(HBc-T33N)を用いた。図の縦軸はHBV複製の阻害効率を示す。特定の濃度のGLS4存在下におけるHBV複製の阻害効率は、その濃度におけるHBV複製活性の測定値に基づいて、GLS4濃度が0μMの場合のHBV複製活性を「0%阻害」、HBV複製活性が0の場合を「100%阻害」として算出した値である。
【
図14】ΔHBc(α1-4b)によるHBV複製阻害の量的効果を示す図である。HBV複製活性評価システムに含まれるHBcとして、野生型HBc(HBc-WT)、又はHBc-WTに代えてHBc-T33Nを用いた。HBV複製活性評価システムと共にΔHBc(α1-4b)発現ベクターをHeLa細胞に導入した。ΔHBc(α1-4b)は、HBV複製活性評価システムに含まれるHBc-WT又はHBc-T33Nとの量比で、ΔHBc(α1-4b)/HBc-WT又はΔHBc(α1-4b)/HBc-T33Nが1/9、3/9、9/9、及び26/9となるように導入した。図の縦軸は、ΔHBc(α1-4b)が導入されなかった場合の複製活性を1とした場合の相対的なHBV複製活性を示す。
【発明を実施するための形態】
【0017】
1.B型肝炎ウイルス複製阻害剤(HBV複製阻害剤)
1-1.概要
本発明の第1の態様はHBV複製阻害剤である。本発明のHBV複製阻害剤は、コアタンパク質(HBc)のスパイク領域を構成するペプチド断片、スパイク領域のN末端及び/又はC末端に前記コアタンパク質とは異なる任意のアミノ酸配列が付加されたペプチド断片、又は細胞内でスパイク領域を発現可能な発現ベクターからなる。本発明のHBV複製阻害剤は、肝細胞におけるHBVの増殖抑制効果の高いB型肝炎治療用医薬組成物の有効成分となり得る。
【0018】
1-2.定義
本明細書で使用する用語について、以下で定義する。
「B型肝炎ウイルス(hepatitis B virus:HBV)」とは、ヘパドナウイルス科オルソヘパドナウイルス属に属するDNAウイルスで、B型肝炎の原因ウイルスである。HBVは、遺伝子配列の違いにより8種類の遺伝子型(ジェノタイプA、B、C、D、E、F、G、及びH)が知られている。これらの遺伝子型には、地域分布や病態面で差異が見られる。例えば、日本では、従来ジェノタイプC(本明細書では、しばしば「HBV/C」と表記する。他のジェノタイプについても同様とする。)感染者が大半を占め、次いでHBV/B感染者が多くみられていたが、近年ではHBV/A感染者が増加している。一方、欧米ではHBV/AやHBV/Dの感染者が多くみられる。HBV/Aでは、急性肝炎罹患後の約20~30%が慢性肝炎に移行することが知られているが、HBV/BやHBV/Cは急性肝炎罹患後の慢性化率は低い。
【0019】
「コアタンパク質(本明細書では、しばしば「HBc」と表記する。)」とは、HBVの複製に必須のヌクレオカプシドを構成するタンパク質である。
図2Aに示すように、N末端側の「アッセンブリドメイン」と、それに続くC末端側の「RNA/DNA結合ドメイン」で構成されている。アッセンブリドメインは、さらに、N末端側の「スパイク領域(spike region)」と、それに続くC末端側の「ハンド領域(hand region:HR)」で構成されている(Wynne S.A., et al., 1999, Mol Cell., 3: 771-780)。ウイルス感染細胞で発現したHBcは、アッセンブリドメインで二量体を形成し(
図2C)、その二量体を1単位とした90~120単位からなる多量体が形成される。多量体は、正十二面体のHBVヌクレオカプシドを構成する。結晶構造解析及びクライオ電顕の結果から、アッセンブリドメインは、
図2Bで示すように5個のαヘリックスから成り、スパイク領域がN末端側の4個のαヘリックスを、またハンド領域がC末端側の1個のαヘリックスを含む。なお、
図3で示すように、HBcにもHBV/A~HBV/Hのそれぞれに対応する8種類のジェノタイプが知られている。本明細書では、HBcの各ジェノタイプを、例えば、HBV/AのHBcであれば、「HBc/A」のように表記する。HBc/A~HBc/F、及びHBc/Hは、いずれも全長183アミノ酸残基からなり、このうちアッセンブリドメインは1位~144位の144アミノ酸残基で、またRNA/DNA結合ドメインは145位~183位の39アミノ酸残基で構成されている。HBc/Gのみは、N末端側に12アミノ酸残基からなる付加配列を含むことから、全長195アミノ酸残基からなり、アッセンブリドメインは1位~156位の156アミノ酸残基で、またRNA/DNA結合ドメインは157位~195位の39アミノ酸残基で構成されている。HBcの各ジェノタイプの全長アミノ酸配列をHBc/Aは配列番号15で、アミノ酸配列が完全同一のHBc/BとHBc/Cは配列番号16で、HBc/Dは配列番号17で、HBc/Eは配列番号18で、HBc/Fは配列番号19で、HBc/Hは配列番号20で、そして他のジェノタイプと全長の異なるHBc/Gは配列番号21で示す。
「C遺伝子」とは、コアタンパク質をコードする遺伝子で、前述のようにHBVゲノムにコードされた4種類の遺伝子のうちの1つである。
【0020】
本明細書において「発現ベクター」とは、遺伝子や遺伝子断片(以下「遺伝子等」と表記する)を発現可能な状態で含み、その遺伝子等の発現を制御できる発現単位を包含するベクターをいう。本明細書において「発現可能な状態」とは、プロモーターの制御下にあるプロモーター下流域に、発現すべき遺伝子等を配置していることをいう。ベクターには、プラスミドベクター、ウイルスベクター等が知られるが、いずれのベクターも利用することができる。通常は、遺伝子組換え操作の容易なプラスミドベクターでよい。発現ベクターは、市販の哺乳動物細胞用発現ベクターを利用してもよい。例えば、Promega社のpCIベクターやpSIベクター等が挙げられる。また、発現ベクターは、哺乳動物細胞と大腸菌等の細菌間とで複製可能なシャトルベクターであってもよい。
【0021】
本明細書において「プロモーター」とは、発現ベクターを導入した細胞において、下流(3’末端側)に配置された遺伝子等の発現を制御することのできる遺伝子発現調節領域である。プロモーターは、発現制御下にある遺伝子等を発現させる場所に基づいて、ユビキタスプロモーター(全身性プロモーター)と部位特異的プロモーターに分類することができる。ユビキタスプロモーターは、全細胞、すなわち宿主個体全体で対象とする遺伝子等(対象遺伝子等)の発現を制御するプロモーターである。また、部位特異的プロモーターは、特定の細胞又は組織でのみ対象遺伝子等の発現を制御するプロモーターである。
【0022】
また、プロモーターには、発現の時期に基づいて構成的活性型プロモーター、発現誘導型プロモーター又は時期特異的活性型プロモーターに分類される。構成的活性型プロモーターは、細胞内で対象遺伝子等を恒常的に発現させることができる。発現誘導型プロモーターは、細胞内で対象遺伝子等の発現を任意の時期に誘導することができる。また、時期特異的活性型プロモーターは、細胞内で対象遺伝子等を発生段階の特定の時期にのみに発現誘導することができる。いずれのプロモーターも、宿主細胞内で対象遺伝子の過剰な発現をもたらし得ることから過剰発現型プロモーターと解することができる。
【0023】
本明細書において「HBV(の)ヌクレオカプシド形成阻害」とは、HBcの二量体形成や二量体をユニットとした多量体形成の阻害、及びpgRNAのHBc多量体への正常な取り込みを阻害することにより機能的なヌクレオカプシドの形成を阻害することをいう。
【0024】
本明細書において「抗HBV剤」とは、HBVの複製、又は増殖を抑制若しくは阻害する作用を有する薬剤をいう。ラミブジンやエンテカビルのような慢性B型肝炎の治療薬として公知の核酸アナログ製剤の他、本発明のHBV複製阻害剤も抗HBV剤に包含される。
【0025】
本明細書において「治療」とは、疾患の罹患に伴う症状の緩和又は除去、及び/又は疾患の進行の阻止又は抑制、並びに疾患の治癒をいう。本明細書において「疾患」とは、断りのない限り、B型肝炎を意味する。
【0026】
1-3.構成
本発明のHBV複製阻害剤は、ペプチド断片又は発現ベクターからなる。それぞれの構成を以下で具体的に説明する。
【0027】
(1)ペプチド断片
本発明のHBV複製阻害剤を構成する「ペプチド断片」は、HBVのスパイク領域、又はそのスパイク領域のN末端及び/又はC末端に前記HBcとは異なる任意のアミノ酸配列が付加されたペプチド断片からなる。スパイク領域は、前述のように、HBcのアッセンブリドメインのN末端側に含まれる構成要素である。HBc/A~HBc/F、及びHBc/Hのスパイク領域は、HBcの1位~111位からなる111アミノ酸残基に、またHBc/Gのスパイク領域はHBcの1位~123位からなる123アミノ酸残基に相当する。各ジェノタイプ間におけるスパイク領域のアミノ酸は高度に保存されており、HBc/A~HBc/F、及びHBc/H間であれば、アミノ酸類似性で95%以上、アミノ酸同一性で84%以上を有する。
【0028】
本発明のHBV複製阻害剤を構成するペプチド断片のアミノ酸配列の具体例として、以下の(a)配列番号1~7で示すいずれかのアミノ酸配列、(b)配列番号1~7で示すいずれかのアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が付加、欠失、又は置換されたアミノ酸配列、又は(c)配列番号1~7で示すいずれかのアミノ酸配列と82%以上、84%以上、86%以上、88%以上、90%以上、92%以上、94%以上、96%以上、又は98%以上のアミノ酸同一性を有するアミノ酸配列が挙げられる。ここで、配列番号1はHBc/A由来のスパイク領域の、配列番号2はHBc/BとHBc/C由来の、配列番号3はHBc/D由来の、配列番号4はHBc/E由来の、配列番号5はHBc/F由来の、配列番号6はHBc/H由来の、そして配列番号7はHBc/G由来の、アミノ酸配列を示す。
【0029】
本明細書において「複数個」とは、例えば、2~20個、2~15個、2~10個、2~7個、2~5個、2~4個又は2~3個をいう。また、前記アミノ酸の置換は、保存的アミノ酸置換であってもよいし、非保存的アミノ酸残基であっても良い。「保存的アミノ酸置換」とは、電荷、側鎖、極性、芳香族性等の性質が類似するアミノ酸間の置換をいう。性質の類似するアミノ酸は、例えば、塩基性アミノ酸(アルギニン、リジン、ヒスチジン)、酸性アミノ酸(アスパラギン酸、グルタミン酸)、無電荷極性アミノ酸(グリシン、アスパラギン、グルタミン、セリン、トレオニン、システイン、チロシン)、無極性アミノ酸(ロイシン、イソロイシン、アラニン、バリン、プロリン、フェニルアラニン、トリプトファン、メチオニン)、分枝鎖アミノ酸(ロイシン、バリン、イソロイシン)、芳香族アミノ酸(フェニルアラニン、チロシン、トリプトファン、ヒスチジン)等に分類することができる。
【0030】
ペプチド断片を構成するアミノ酸配列におけるアミノ酸置換の一例として、限定はしないが、点変異が挙げられる。その具体例として、配列番号1~6で示すいずれかのスパイク領域のアミノ酸配列において、23位のフェニルアラニン(F)残基をアラニン(A)残基(本明細書では、この点変異を「F23A」のように表記する。以下、同様とする。)に、及び/又は42位のロイシン(L)残基をアラニン(A)残基(L42A)に置換する点変異が挙げられる。また、配列番号7で示すスパイク領域のアミノ酸配列において、35位のフェニルアラニン(F)残基をアラニン(A)残基(F35A)に、及び/又は54位のロイシン(L)残基をアラニン(A)残基(L54A)に置換する点変異が挙げられる。
【0031】
本明細書において「アミノ酸同一性」とは、二つのアミノ酸配列を整列(アラインメント)し、必要に応じてギャップを導入して、両者のアミノ酸一致度が最も高くなるようにしたときに、一方のアミノ酸配列の全アミノ酸残基に対する前記二つのアミノ酸配列間で同一のアミノ酸残基の割合(%)をいう。アミノ酸同一性は、BLASTやFASTAによるタンパク質の検索システムを用いて算出することができる。
【0032】
スパイク領域のN末端及び/又はC末端に付加されるHBcとは異なる任意のアミノ酸配列は、特に限定はしない。例えば、ユビキチン化配列、核移行シグナル、タグ配列等が挙げられる。ペプチド断片は、スパイク領域のアミノ酸配列をN末端又はC末端のいずれか一方、又は両方に1つ又は2つ以上含むことができる。付加されるアミノ酸数は限定はしないが、例えば、それぞれ、20個、19個、18個、17個、16個、15個、14個、13個、12個、11個、10個、9個、8個、7個、6個、5個、4個、3個、2個、又は1個であってもよい。
【0033】
(2)発現ベクター
本発明のHBV複製阻害剤を構成する「発現ベクター」は、前記ペプチド断片をコードする核酸、及びプロモーターを含み、細胞内で前記スパイク領域を発現可能な発現ベクターである。発現ベクターは、前記構成要素である核酸及びプロモーターに加えて、必要に応じて、標識遺伝子(選抜マーカー)、エンハンサー、ターミネーター、複製起点、及びポリAシグナル等の構成要素を含んでいてもよい。以下、各構成要素について説明をする。
【0034】
(核酸)
「HBcのスパイク領域を構成するペプチド断片をコードする核酸」は、前記各ジェノタイプのいずれかのスパイク領域をコードする核酸を含むものであればよい。そのような核酸の塩基配列として、限定はしない。例えば、ゲノム上にコードされた各ジェノタイプの遺伝子の塩基配列が挙げられる。具体的には、アクセッションNo.AY707087.1のHBc/Aのスパイク領域をコードする核酸の塩基配列、アクセッションNo.GU357842.1のHBc/Bのスパイク領域をコードする核酸の塩基配列、アクセッションNo.AB033556.1のHBc/Cのスパイク領域をコードする核酸の塩基配列、アクセッションNo.GU357846.1のHBc/Dのスパイク領域をコードする核酸の塩基配列、アクセッションNo.X75664.1のHBc/Eのスパイク領域をコードする核酸の塩基配列、アクセッションNo.JN792913.1のHBc/Fのスパイク領域をコードする核酸の塩基配列、アクセッションNo.AB625342.1のHBc/Gのスパイク領域をコードする核酸の塩基配列、及びアクセッションNo.AP007261.1のHBc/Hのスパイク領域をコードする核酸の塩基配列である。また、上記ゲノム上の遺伝子のコドンをヒト細胞での発現に最適化した塩基配列であってもよい。そのような具体例として、配列番号8で示すHBc/Aのスパイク領域をコードする核酸の塩基配列、配列番号9で示すHBc/B又はHBc/Cのスパイク領域をコードする核酸の塩基配列、配列番号10で示すHBc/Dのスパイク領域をコードする核酸の塩基配列、配列番号11で示すHBc/Eのスパイク領域をコードする核酸の塩基配列、配列番号12で示すHBc/Fのスパイク領域をコードする核酸の塩基配列、配列番号13で示すHBc/Hのスパイク領域をコードする核酸の塩基配列、又は配列番号14で示すHBc/Gのスパイク領域をコードする核酸の塩基配列が挙げられる。なお、配列番号8~14には、スパイク領域のみを発現させるために、それぞれの3'末端に終始コドン(TGA)が付加されている。その他、上記いずれかの塩基配列において、1又は複数個の塩基が付加、欠失、又は置換された塩基配列や、上記いずれかの塩基配列と80%以上、82%以上、85%以上、88%以上、90%以上、93%以上、95%以上、98%以上、99%以上の塩基同一性を有する塩基配列、又は上記いずれかの塩基配列に相補的な塩基配列と高ストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列が挙げられる。
【0035】
前記核酸を構成する塩基配列における塩基置換の一例として、限定はしないが、縮重変異、SNIPs等の遺伝子多型、スプライス変異、点変異等が挙げられる。点変異の具体例として、配列番号8~13で示すいずれかの塩基配列において、67~69位のTTCをGCCに、及び/又は124~126位のCTGをGCCに置換する点変異が挙げられる。また、配列番号14で示す塩基配列において、106~108位のTTCをGCCに、及び/又は160~162位のCTGをGCCに置換する点変異が挙げられる。
【0036】
本明細書において「塩基同一性」とは、二つの塩基配列を整列(アラインメント)し、必要に応じてギャップを導入して、両者の塩基一致度が最も高くなるようにしたときに、一方の配列番号で示される塩基配列の全塩基に対する前記二つの塩基配列間で同一の塩基の割合(%)をいう。
【0037】
本明細書において「高ストリンジェントな条件下でハイブリダイズ(する)」とは、低塩濃度及び/又は高温の条件下でハイブリダイゼーションと洗浄を行うことをいう。例えば、6×SSC、5×Denhardt試薬、0.5% SDS、100μg/mL変性断片化サケ精子DNA中で65℃~68℃にてプローブと共にインキュベートし、その後、2×SSC、0.1%SDSの洗浄液中で室温から開始して、洗浄液中の塩濃度を0.1×SSCまで下げ、かつ温度を68℃まで上げて、バックグラウンドシグナルが検出されなくなるまで洗浄することが例示される。高ストリンジェントなハイブリダイゼーションの条件については、Green, M.R. and Sambrook, J., 2012, Molecular Cloning: A Laboratory Manual Fourth Ed., Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, New Yorkに記載されているので参考にすることができる。
【0038】
(プロモーター)
本明細書においてプロモーターは、前記ペプチド断片をコードする核酸を細胞内で発現誘導できるプロモーターである。本発明のHBV複製阻害剤を適用する、すなわち発現ベクターを導入する標的細胞は、原則として哺乳動物細胞、特にヒト又はチンパンジー由来の細胞であることから、それらの細胞内で下流の遺伝子を発現できるプロモーターであればよい。例えば、CMVプロモーター(CMV-IEプロモーター)、SV40初期プロモーター、RSVプロモーター、EF1αプロモーター、Ubプロモーター等が挙げられる。
【0039】
(標識遺伝子)
本明細書において「標識遺伝子」は、選抜マーカー又はレポータータンパク質とも呼ばれる標識タンパク質をコードする遺伝子である。「標識タンパク質」とは、その活性に基づいて標識遺伝子の発現の有無を判別することのできるペプチドをいう。活性の検出は、標識タンパク質の活性そのものを直接的に検出するものであってもよいし、色素のような標識タンパク質の活性によって発生する代謝物を介して間接的に検出するものであってもよい。検出は、生物学的検出(抗体、アプタマー等のペプチドや核酸の結合による検出を含む)、化学的検出(酵素反応的検出を含む)、物理的検出(行動分析的検出を含む)、又は検出者の感覚的検出(視覚、触覚、嗅覚、聴覚、味覚による検出を含む)のいずれであってもよい。
【0040】
標識遺伝子がコードする標識タンパク質の種類は、当該分野で公知の方法によりその活性を検出可能な限り、特に限定はしない。検出に際して形質転換体に対する侵襲性の低い標識タンパク質は好ましい。例えば、タグペプチド、薬剤耐性タンパク質、色素タンパク質、蛍光タンパク質、発光タンパク質等が挙げられる。
【0041】
「タグペプチド」は、タンパク質を標識化することのできる十数アミノ酸~数十アミノ酸からなる短ペプチドであって、タンパク質の検出用、精製用として用いられる。通常は、標識すべきタンパク質をコードする遺伝子の5’末端側又は3’末端側にタグペプチドをコードする塩基配列を連結し、タグペプチドとの融合タンパク質として発現させることで標識化する。タグペプチドは、当該分野で様々な種類が開発されているが、いずれのタグペプチドを使用してもよい。タグペプチドの具体例として、FLAG、HA、His、及びmyc等が挙げられる。
【0042】
「薬剤耐性タンパク質」は、培地等に添加された抗生物質等の薬剤に対する抵抗性を細胞に付与するタンパク質であり、多くは酵素である。例えば、アンピシリンに対して抵抗性を付与するβラクタマーゼ、カナマイシンに対して抵抗性を付与するアミノグリコシド3’ホスホトランスフェラーゼ、テトラサイクリンに対して抵抗性を付与するテトラサイクリン排出トランスポーター、クロラムフェニコールに対して抵抗性を付与するCAT(クロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ)等が挙げられる。
【0043】
「色素タンパク質」は、色素の生合成に関与するタンパク質、又は基質の付与により色素による形質転換体の化学的検出を可能にするタンパク質であり、通常は酵素である。ここでいう「色素」とは、形質転換体に色素を付与することができる低分子化合物又はペプチドで、その種類は問わない。例えば、β-ガラクトシダーゼ(LacZ)、β-グルクロニターゼ(GUS)、メラニン系色素合成タンパク質、オモクローム系色素、又はプテリジン系色素が挙げられる。
【0044】
「蛍光タンパク質」は、特定波長の励起光を照射したときに特定波長の蛍光を発するタンパク質をいう。天然型及び非天然型のいずれであってもよい。また、励起波長、蛍光波長も特に限定はしない。具体的には、例えば、CFP、RFP、DsRed(3xP3-DsRedのような派生物を含む)、YFP、PE、PerCP、APC、GFP(EGFP、3xP3-EGFP等の派生物を含む)等が挙げられる。
【0045】
「発光タンパク質」とは、励起光を必要とすることなく発光することのできる基質タンパク質又はその基質タンパク質の発光を触媒する酵素をいう。例えば、基質タンパク質としてのルシフェリン又はイクオリン、酵素としてのルシフェラーゼが挙げられる。
【0046】
(エンハンサー)
本明細書において「エンハンサー」は、ベクター内の遺伝子又はその断片の発現効率を増強できるものであれば特に限定はされない。
【0047】
(ターミネーター)
本明細書において「ターミネーター」は、前記プロモーターの活性により発現した遺伝子等の転写を終結できる配列である。ターミネーターの種類は、特に限定はしない。好ましくはプロモーターと同一生物種由来のターミネーターである。一遺伝子発現制御系においてゲノム上で前記プロモーターと対になっているターミネーターは特に好ましい。
【0048】
(複製起点)
本発明における発現ベクターは、HBcのスパイク領域を哺乳動物細胞内で一過的に発現することができればよい。したがって、哺乳動物細胞用の複製起点は不要である。しかし、シャトルベクターとして、例えば、大腸菌等の細菌内で発現させる場合には、その複製起点が必須となる。複製起点は、公知の配列を利用することができる。例えば、大腸菌用の複製起点であればf1 origin等を利用すればよい。
【0049】
1-4.B型肝炎ウイルスのヌクレオカプシド形成阻害剤(HBVヌクレオカプシド形成阻害剤)
HBVヌクレオカプシド形成阻害剤は、HBcを標的分子とする。HBcは、前述のように、HBVゲノム複製に不可欠なタンパク質であると同時に、HBV粒子の骨幹をなすヌクレオカプシドの主成分でもある。つまり、HBVヌクレオカプシド形成の阻害効果は、同時にHBVの複製阻害効果をもたらす。本明細書の実施例においても、その効果は実証されている。したがって、本発明のHBV複製阻害剤は、HBVヌクレオカプシド形成阻害剤としても機能し得る。HBVヌクレオカプシド形成阻害剤の構成は、HBV複製阻害剤に記載の構成と同一で良い。
【0050】
2.B型肝炎治療用医薬組成物
2-1.概要
本発明の第2の態様は、B型肝炎治療用医薬組成物である。本発明のB型肝炎治療用医薬組成物は、前記第1態様のHBV複製阻害剤を必須の有効成分とし、HBV感染後のHBVの複製を阻害することでHBVの増殖を抑制し、B型肝炎を治療することができる。
【0051】
2-2.構成
2-2-1.構成成分
本発明のB型肝炎治療用医薬組成物の構成成分について説明をする。本発明のB型肝炎治療用医薬組成物は、必須の構成成分として一以上の有効成分、及び溶媒及び/又は担体、さらに薬剤送達系(DDS;Drug Delivery System)粒子を含む。以下、各構成成分について具体的に説明をする。
【0052】
(1)有効成分
本発明のB型肝炎治療用医薬組成物は、必須の有効成分として第1態様に記載のHBV複製阻害剤を包含する。また、必要に応じて、1又は複数の抗B型肝炎ウイルス剤(抗HBV剤)を包含していてもよい。
必須の有効成分であるHBV複製阻害剤の構成については、第1態様で詳述していることから、ここでの具体的な説明は省略する。本発明のB型肝炎治療用医薬組成物は、1種又は複数種のHBV複製阻害剤を含むことができる。
【0053】
本発明のB型肝炎治療用医薬組成物は、有効成分として、必須であるHBV複製阻害剤のみを含んでいてもよいが、1又は複数の他の抗HBV剤をさらに2種以上含む組み合わせ組成物としてもよい。そのような他の抗HBV剤は、限定はしないが、B型肝炎治療用核酸アナログやB型肝炎ウイルスポリメラーゼ活性阻害剤(HBV-Pol活性阻害剤)のような公知の抗HBV剤が例示される。
【0054】
「B型肝炎治療用核酸アナログ」には、例えば、エンテカビル(Entecavir:ETV)、ラミブジン(Lamivudine:LAM)、アデホビル(Adefovir)、テノホビル(Tenofovir)、テルビブジン(Telbivudine)、クレブジン(clevudine)等が挙げられる。いずれもHBVの逆転写酵素活性を阻害するB型肝炎治療用医薬組成物である。
【0055】
「HBV-Pol活性阻害剤」には、本発明者が開発したWO2018/030534に記載のHBV-Polにおける活性化部位のリン酸化を阻害するリン酸化阻害剤が挙げられる。例えば、MAPKキナーゼ阻害剤が該当する。MAPKキナーゼ阻害剤のより具体的な例として、以下の式1で示すハイポセマイシン(Hypothemycin)、式2で示すトラメチニブ(Trametinib)、式3で示すPD98059、式4で示すPD184352、及び式5で示すU-126等が挙げられる。
【0056】
【0057】
B型肝炎治療用核酸アナログは、HBV DNAポリメラーゼに対する競合的拮抗作用とHBV DNAの伸長停止作用を有することから、HBVの複製経路に作用する第1態様に記載のHBV複製阻害剤とは、作用機序が異なる。また、HBV-Pol活性阻害剤は、HBV複製阻害剤と同様にHBVの複製経路に作用するが、TxYモチーフを標的部位とし、そのようなモチーフを含むタンパク質、例えばMAPKキナーゼ等が標的分子となるため、HBc DNAを標的分子とする第1態様に記載のHBV複製阻害剤とは、標的対象が異なる。したがって、第1態様に記載のHBV複製阻害剤と、B型肝炎治療用核酸アナログ及び/又はHBV-Pol活性阻害剤のような他の抗HBV剤を併用することで、抗HBV阻害に対する相乗効果を得ることができる。
【0058】
本発明のB型肝炎治療用医薬組成物に含まれる有効成分の含有量は、特に限定はしない。一般に含有量は、有効成分の種類、剤形、並びに後述する他の構成成分である溶媒や担体の種類によって異なる。したがって、それぞれの条件を勘案して適宜定めればよい。単回適用量のB型肝炎治療用医薬組成物に有効量の有効成分が含有されていればよい。ただし、有効成分の薬理効果を得る上で被験体にB型肝炎治療用医薬組成物を大量に投与する必要がある場合には、被験体の負担軽減のために数回に分割して投与することもできる。この場合、有効成分の量は、総合量で有効量を含んでいればよい。「有効量」とは、有効成分としての機能を発揮する上で必要な量であって、かつそれを適用する被験体に対して有害な副作用をほとんど又は全く付与しない量をいう。この有効量は、被験体の情報、適用経路、及び適用回数等の様々な条件によって変わり得る。したがって、B型肝炎治療用医薬組成物を医薬として使用する場合、有効成分の含有量は、最終的には、医師又は薬剤師等の判断によって決定される。
【0059】
本明細書において「被験体」とは、第1態様に記載のHBV複製阻害剤、又は本態様のB型肝炎治療用医薬組成物の適用対象物をいう。例えば、細胞(培養細胞を含む)、組織、器官、又は個体である。個体の場合、好ましくはヒト個体であり、この場合、特に「被験者」と表記する。HBVに感染した被験者、すなわちB型肝炎罹患患者は特に好ましい。
【0060】
本明細書において、「被験体の情報」とは、被験体の特徴や状態に関する様々な情報である。例えば、被験体がヒト個体の場合には、年齢、体重、性別、全身の健康状態、疾患の有無、疾患の進行度や重症度、薬剤感受性、併用薬物の有無及び治療に対する耐性等が挙げられる。
【0061】
(2)溶媒
本発明のB型肝炎治療用医薬組成物は、必要に応じて薬学的に許容可能な溶媒を含むことができる。「薬学的に許容可能な溶媒」とは、製剤技術分野において通常使用する溶媒をいう。例えば、水若しくは水溶液、又は有機溶剤が挙げられる。水溶液には、例えば、生理食塩水、ブドウ糖又はその他の補助剤を含む等張液、リン酸塩緩衝液、酢酸ナトリウム緩衝液が挙げられる。補助剤には、例えば、D-ソルビトール、D-マンノース、D-マンニトール、塩化ナトリウム、その他にも低濃度の非イオン性界面活性剤、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル類等が挙げられる。有機溶剤には、エタノールが挙げられる。
【0062】
(3)担体
本発明のB型肝炎治療用医薬組成物は、必要に応じて薬学的に許容可能な担体を含むことができる。「薬学的に許容可能な担体」とは、製剤技術分野において通常使用する添加剤をいう。例えば、賦形剤、結合剤、崩壊剤、充填剤、乳化剤、流動添加調節剤、滑沢剤、ヒト血清アルブミン等が挙げられる。
【0063】
賦形剤には、例えば、単糖、二糖類、シクロデキストリン及び多糖類のような糖、金属塩、クエン酸、酒石酸、グリシン、ポリエチレングリコール、プルロニック、カオリン、ケイ酸、又はそれらの組み合わせが挙げられる。
【0064】
結合剤には、例えば、植物デンプンを用いたデンプン糊、ペクチン、キサンタンガム、単シロップ、グルコース液、ゼラチン、トラガカント、メチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム、セラック、パラフィン、ポリビニルピロリドン又はそれらの組み合わせが挙げられる。
【0065】
崩壊剤としては、例えば、前記デンプンや、乳糖、カルボキシメチルデンプン、架橋ポリビニルピロリドン、アガー、ラミナラン末、炭酸水素ナトリウム、炭酸カルシウム、アルギン酸若しくはアルギン酸ナトリウム、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ラウリル硫酸ナトリウム、ステアリン酸モノグリセリド又はそれらの塩が挙げられる。
【0066】
充填剤としては、ワセリン、前記糖及び/又はリン酸カルシウムが例として挙げられる。
【0067】
乳化剤としては、ソルビタン脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステルが例として挙げられる。
【0068】
流動添加調節剤及び滑沢剤としては、ケイ酸塩、タルク、ステアリン酸塩又はポリエチレングリコールが例として挙げられる。
【0069】
上記の他にも、必要であれば医薬組成物等において通常用いられる可溶化剤、懸濁剤、希釈剤、分散剤、界面活性剤、無痛化剤、安定剤、吸収促進剤、増量剤、付湿剤、保湿剤、湿潤剤、吸着剤、矯味矯臭剤、崩壊抑制剤、コーティング剤、着色剤、保存剤、防腐剤、抗酸化剤、香料、風味剤、甘味剤、緩衝剤、等張化剤等を適宜含むこともできる。
【0070】
担体は、被験体内で酵素等による前記有効成分の分解を回避又は抑制する他、製剤化や投与方法を容易にし、剤形及び薬効を維持するために用いられるものであり、必要に応じて適宜使用すればよい。
【0071】
(4)薬剤送達系粒子(DDS粒子)
本発明のB型肝炎治療用医薬組成物は、必要に応じてDDS粒子を含むことができる。DDS粒子は、その内部等に有効成分や他の担体等を包含して、標的部位にまで内容物、特に有効成分を分解させることなく送達し、また生体内での薬物分布を時間的に、量的に制御し得る粒子をいう。本発明のB型肝炎治療用医薬組成物の有効成分はペプチド又は核酸であることから、投与後に生体内でプロテアーゼやヌクレアーゼによる分解から保護するためにも、DDS粒子の使用は好適である。DDS粒子の種類は問わない。例えば、リポソーム、高分子ミセル、ウイルス粒子等が挙げられる。
【0072】
2-2-2.剤形
本発明のB型肝炎治療用医薬組成物の剤形は、特に限定しない。被験体の体内で有効成分を失活させることなく目的の部位にまで送達される形態であればよい。
具体的な剤形は、後述する適用方法によって異なる。適用方法は、非経口投与と経口投与に大別することができるので、それぞれの投与法に適した剤形にすればよい。
【0073】
例えば、投与方法が非経口投与であれば、好ましい剤形は、対象部位への直接投与又は循環系を介した全身投与が可能な液剤である。液剤の好例としては、注射剤が挙げられる。注射剤は、溶媒の他、前記賦形剤、乳化剤、懸濁剤、界面活性剤、安定剤、pH調節剤等と適宜組み合わせて、一般に認められた製薬実施に要求される単位用量形態で混和することによって製剤化することができる。
【0074】
投与方法が経口投与であれば、好ましい剤形は、固形剤(錠剤、カプセル剤、ドロップ剤、トローチ剤を含む)、顆粒剤、粉剤、散剤、液剤(内用水剤、乳剤、シロップ剤を含む)が挙げられる。固形剤であれば、必要に応じて、当該技術分野で公知の剤皮を施した剤形、例えば、糖衣錠、ゼラチン被包錠、腸溶錠、フィルムコーティング錠、二重錠、多層錠にすることができる。
【0075】
なお、上記各剤形の具体的な形状、大きさについては、いずれもそれぞれの剤形において当該分野で公知の剤形の範囲内にあればよく、特に限定はしない。本発明のB型肝炎治療用医薬組成物の製造方法については、当該技術分野の常法に従って製剤化すればよい。
【0076】
2-3.適用方法
本発明のB型肝炎治療用医薬組成物の適用方法は、経口投与でも、非経口投与でもよい。一般に経口投与法は全身投与となるが、非経口投与法は、さらに全身投与と局所投与に細分できる。局所投与には、例えば、筋肉内投与、皮下投与、組織投与、及び器官投与が該当し、非経口投与法の全身投与には、循環器内投与、例えば、静脈内投与(静注)、動脈内投与及びリンパ管内投与が挙げられる。本発明のB型肝炎治療用医薬組成物を局所投与する場合には、注射等で肝臓に直接投与すればよい。また、全身投与する場合には、静注等の循環器内に投与すればよい。投与量は、有効成分が奏効する上で有効な量であればよい。有効量は、前述のように被験体情報に応じて適宜選択される。
【0077】
また、本発明のB型肝炎治療用医薬組成物は、他の2種以上の公知の抗HBV剤を別個に併用することもできる。
【0078】
3.B型肝炎ウイルスの複製阻害方法(HBV複製阻害方法)
3-1.概要
本発明の第3の態様は、HBV複製阻害方法である。本発明のHBV複製阻害方法は、HBV感染細胞若しくはその恐れのある細胞に、(I)B型肝炎ウイルスのコアタンパク質におけるスパイク領域を構成するペプチド断片、(II)前記スパイク領域のN末端及び/又はC末端に前記コアタンパク質とは異なる任意のアミノ酸配列が付加されたペプチド断片、又は(III)前記(I)又は(II)に記載のペプチド断片をコードする核酸を含み、細胞内で前記ペプチド断片を発現可能な発現ベクターを導入することで細胞内におけるHBVの複製を阻害し、それによってHBVの複製を阻害し、増殖を抑制することができる。また、この方法をB型肝炎罹患患者若しくはその罹患の恐れがある者に投与すれば、B型肝炎の治療方法となり得る。
【0079】
3-2.方法
本態様におけるHBV複製阻害方法は、必須の工程として導入工程を含む。
「導入工程」は、(I)HBcのスパイク領域を構成するペプチド断片、(II)前記スパイク領域のN末端及び/又はC末端に前記コアタンパク質とは異なる任意のアミノ酸配列が付加されたペプチド断片、又は(III)前記(I)又は(II)に記載のペプチド断片をコードする核酸を含み、細胞内で前記ペプチド断片を発現可能な発現ベクター、すなわち、第1態様に記載のHBV複製阻害剤を宿主内に導入する工程である。
【0080】
本態様において「宿主」とは、HBV複製阻害剤を導入可能な、細胞、組織、又は個体をいう。宿主が細胞の場合、細胞は、1又は複数の哺乳動物細胞であればよい。好ましくはHBVの宿主であるヒト又はチンパンジー由来の細胞である。由来細胞の種類は問わない。HBVの感染対象細胞である肝細胞の他にも各種器官や組織由来の細胞が対象となり得る。また宿主は、細胞株系又は初代培養細胞系のいずれであってもよい。限定はしないが、宿主はHBVに感染した細胞やその恐れがある細胞が好ましい。宿主が個体の場合、前述の被験者であればよい。
【0081】
各発現ベクターの宿主への導入方法は、特に限定はしない。例えば、宿主が細胞や組織であれば、Green & Sambrook、2012、Molecular Cloning: A Laboratory Manual Fourth Ed.、Cold Spring Harbor Laboratory Press、Cold Spring Harbor、New York等に記載された当該分野で公知の遺伝子導入方法(形質転換方法)を用いればよい。例えば、リポフェクチン法(PNAS、1989、86: 6077;PNAS、1987、84: 7413)、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法(Virology、1973、52: 456-467)、DEAE-Dextran法等が挙げられる。一方、宿主が個体、例えば被験者であれば、第2態様の「2-3.適用方法」に記載の方法で、被験者にHBV複製阻害剤、又はそれを有効成分として含むB型肝炎治療用医薬組成物を投与すればよい。それらを被験者に投与することで、本態様のHBV複製阻害方法は、B型肝炎治療方法となり得る。
【実施例】
【0082】
<実施例1:変異型HBcのHBV複製に対する阻害効果>
(目的)
HBcを様々な形で欠失させた変異型HBcを作製し、HBV複製に対する阻害効果を検証する。
【0083】
(方法)
1.欠失変異型HBcの作製
アミノ酸配列番号16で示されるHBcのジェノタイプC(HBc/C)を検証対象として、
図4に示す以下の11種類の欠失変異型HBc(ΔHBc)を作製した。
(1)ΔHBc#1は、RNA/DNA結合ドメイン(RDBD)欠失型で、配列番号16の1~144位からなるアッセンブリドメインのみで構成されている。実施例では「AD」と表記する。
(2)ΔHBc#2は、配列番号16の1~111位からなる。ΔHBc#1から第5αヘリックス(α5)が欠失した構造で、α1~α4bを含む。実施例では「α1-4b」と表記する。このα1-4bは、ADからハンド領域(HR)が欠失したHBcのスパイク領域に相当する。
(3)ΔHBc#3は、配列番号16の1~91位からなる。ΔHBc#1からα4b~α5が欠失した構造で、α1~α4aを含む。実施例では「α1-4a」と表記する。
(4)ΔHBc#4は、配列番号16の1~78位からなる。ΔHBc#1からα4a~α5が欠失した構造で、α1~α3を含む。実施例では「α1-3」と表記する。
(5)ΔHBc#5は、配列番号16の1~49位からなる。ΔHBc#1からα3~α5が欠失した構造で、α1~α2を含む。実施例では「α1-2b」と表記する。
(6)ΔHBc#6は、配列番号16の1~26位からなる。ΔHBc#1からα2~α5が欠失した構造で、α1のみを含む。実施例では「α1」と表記する。
(7)ΔHBc#7は、配列番号16の1位(開始メチオニン)及び18~111位からなる。ΔHBc#1からα1及びα5が欠失した構造で、α2~α4bヘリックスを含む。実施例では「α2-4b」と表記する。
(8)ΔHBc#8は、配列番号16の1位(開始メチオニン)及び44~111位からなる。ΔHBc#1からα1、α2、及びα5が欠失した構造で、α3~α4bを含む。実施例では「α3-4b」と表記する。
(9)ΔHBc#9は、配列番号16の1位(開始メチオニン)及び74~111位からなる。ΔHBc#1からα1~α3、及びα5が欠失した構造で、α4a及びα4bを含む。実施例では「α4ab」と表記する。
(10)ΔHBc#10は、配列番号16の1位(開始メチオニン)及び111~144位からなる。ΔHBc#1からα1~α4bが欠失した構造で、α5のみを含む。実施例では「HR」と表記する。このHRは、ADからスパイク領域が欠失したHBcのハンド領域(HR)に相当する。
(11)ΔHBc#11は、配列番号16の1位(開始メチオニン)及び111~183位からなる。HBcからα1~α4bが欠失した構造で、HRに相当するα5と、RNA/DNA結合ドメイン(RDBD)とを含む。実施例では「HR-RDBD」と表記する。
【0084】
全長HBc/CをコードするDNA塩基配列のコドンをヒト細胞に最適化した配列番号22で示すHBc/C遺伝子に基づいて、各ΔHBcをコードする領域を切出し、常法により
図5Cで示す哺乳動物細胞発現ベクターpCI (Promega)にサブクローニングした。こうして得られた発現ベクターをΔHBc発現ベクター(pCI-ΔHBc)とし、例えば、ΔHBc#2のα1-4bを組み込んだΔHBc発現ベクターはΔHBc(α1-4b)発現ベクター(pCI-ΔHBc(α1-4b))と表記する。
【0085】
2.ΔHBcのHBV複製活性への影響
前記各ΔHBc発現ベクター(pCI-ΔHBc)によるHBV複製への影響は、本発明者らが開発し、WO2018/030534に記載のHBV複製活性評価システムを用いて検証した。
【0086】
具体的には、
図5Aで示すレポーターpgRNAをコードするHBV複製活性評価ベクター(pBB-intron)と、
図5Bで示すHBV-P発現ベクター(pCI-HBV-Pol)、
図5Cで示すHBc発現ベクター(pCI-HBc)、及び
図5Dで示すHBx発現ベクター(pCI-HBx)からなるHBV複製活性評価システムを各pCI-ΔHBcと共にHeLa細胞に導入した。各発現ベクターの導入比率は、pBB-intron:pCI-HBc:pCI-HBV-Pol:pCI-HBx:pCI-ΔHBc=13:9:3:1:26とした。この比率によれば、ΔHBcがHBV複製に働く野生型HBcの約3倍(2.89倍)量となる。陽性対照として、空ベクター(pCI)をpCI-ΔHBcと同比率で導入した。HeLa細胞への遺伝子導入には、エレクトロポレーション法を用いた。エレクトロポレーターNepa21(ネッパジーン社)により、10 μgのDNAを125V/2.5ms plus lengthの条件で、約1×10
6個の細胞に導入した。遺伝子導入後のHeLa細胞は、2mLの10% FBS添加したDMEMで5% CO
2存在下にて37℃で24時間培養した。
【0087】
前記HBV複製活性評価ベクター(pBB-intron)をHeLa細胞に導入すると、HeLa細胞のRNA-pol IIによって
図6Aで示すpre-mRNAが合成された後、HeLa細胞内でpre-mRNAスプライシングによってpBB-intronのレポーター配列中に含まれるイントロンが直ちに除去される。イントロンがスプライスアウトされた成熟mRNAが
図6Bで示すレポーターpgRNAとなる。レポーターpgRNAは、HBV-P発現ベクター、HBc発現ベクター、そしてHBx発現ベクターのそれぞれから発現されるHBV-Pol、HBc、及びHBxの働きによって逆転写され、
図6Cで示すような、
図6Aで示す元のHBV複製活性評価ベクターのレポーター配列とは異なる、イントロンが除去されたレポーター配列を含むレポーターマイナス鎖DNA(レポーター(-)DNA)が合成される。このレポーター(-)DNAの量は、HBVの複製活性及び複製量を反映する。したがって、HBV複製活性評価システムとpCI-ΔHBcを導入した細胞からDNAを抽出し、レポーター(-)DNAに特異的なプライマーセットでその量を定量した後、陽性対照の量と対比することで、pCI-ΔHBcのHBV複製に対する効果を評価することができる。
【0088】
培養後のHeLa細胞からDNeasy Mini(Qiagen社)用いてDNAを抽出した。続いて、逆転写後のレポーター(-)DNAに特異的なプライマーセットを用いて定量的PCRを実施した。プライマーには、配列番号23で示す塩基配列からなるフォワードプライマー(Primer F)と配列番号24で示す塩基配列からなるリバースプライマー(Primer R)を用いた。Primer Fは3'末端の2塩基が下流側のエクソンにおける5’末端の2塩基に一致するが、イントロンの5’末端の2塩基とは一致しないように設計されている。したがって、イントロンが除去されたレポーター配列を有するレポーター(-)DNAが存在する場合にのみプライマーとして機能し、131塩基のDNA断片が増幅される。
【0089】
(結果)
図7A~Cに結果を示す。これらの図からα1-4bで示すスパイク領域を導入したHeLa細胞においてのみ、HBVの複製が著しく抑制されることが明らかとなった。一方、スパイク領域のα1-4bからさらにC末端側のアミノ酸配列を欠失させたΔHBc(α1-4a、α1-3、α1-2b、及びα1)(
図7A)や、α1-4bのN末端側のアミノ酸配列を欠失させたΔHBc(α2-4b、α3-4b、及びα4ab)(
図7B)では、HBV複製阻害活性が消失した。これらの結果から、HBVの複製阻害活性には、スパイク領域に含まれる全てのαヘリックス(α1~α4b)が必要であることが明らかとなった。
【0090】
また、非常に興味深いことに、アッセンブリドメイン(AD)はα1-4bの全てを包含するにもかかわらず、HBV複製の阻害活性を示さず、むしろHBV複製を促進する傾向が認められた(
図7A)。また、ハンド領域のみで構成されるHRを導入したときにもHBV複製の阻害活性効果が認められなかった(
図7C)ことから、ハンド領域を含まないことが複製阻害活性には重要であることが示された。さらに、HR-RDBDにもHBV複製を阻害する活性は認められなかった(
図7C)。
【0091】
<実施例2:スパイク領域によるHBV複製阻害の量的効果>
(目的)
スパイク領域がHBV複製を量依存的に阻害するか否かを検証する。
【0092】
(方法)
基本的な操作は実施例1に準じた。HeLa細胞にHBV複製活性評価システムと共に導入するpCI-ΔHBcとしてpCI-ΔHBc(α1-4b)のみを用いた。各発現ベクターの導入比率は、pCI-HBc:pCI-HBV-Pol:pCI-HBxの比率が9:3:1で、かつpBB-intron:pCI-HBc/pCI-HBV-Pol/pCI-HBxの比率が1:1となるように設定した上で、pCI-ΔHBc(α1-4b):pBB-intron/pCI-HBc/pCI-HBV-Pol/pCI-HBxの比率が1:26、3:26、9:26、及び26:26に調整して導入したHBV複製活性評価システムのみを陽性対照として導入した。各試料で、導入するベクター量が同一となるように空ベクター(pCI)で調製した。
【0093】
(結果)
図8に結果を示す。この図で示すように、導入するpCI-ΔHBc(α1-4b)の量依存的にHBVの複製が抑制され、野生型HBcに対して約3倍量(26/9量)のΔHBc(α1-4b)を導入するとHBVの複製活性がほとんど失われてしまうことが明らかとなった。この結果からHBcのスパイク領域は、その発現量に依存してHBV複製を阻害することが示された。
【0094】
<実施例3:各HBcジェノタイプに由来するスパイク領域のHBV複製阻害活性効果>
(目的)
HBcには8種類のジェノタイプ(HBc/A~HBc/H)が存在する。実施例1で得られたHBc/Cのスパイク領域によるHBV複製阻害活性の効果が他のジェノタイプのスパイク領域でも得られることを検証する。
【0095】
(方法)
基本的な操作は、実施例1に準じた。HBc/C以外のジェノタイプとして、HBc/A、HBc/D、HBc/E、及びHBc/Fを用いた。なお、HBc/Bは、HBc/Cとアミノ酸配列が完全一致することから、HBc/B/Cとして対照用に用いた。
【0096】
各ジェノタイプのpCI-ΔHBc(α1-4b)を調製するために、HBc遺伝子の各ジェノタイプの野生型塩基配列情報、すなわち、HBc/A遺伝子は配列番号25で示す塩基配列、HBc/D遺伝子は配列番号26で示す塩基配列、HBc/E遺伝子は配列番号27で示す塩基配列、そしてHBc/F遺伝子は配列番号28で示す塩基配列に基づいて、pCI-ΔHBc(α1-4b)を鋳型として、Site directed mutagenesis(PrimeSTAR Mutagenesis Basal Kit, TaKaRa)によってアミノ酸置換を導入し、ジェノタイプA、D、E及びFに由来するΔHBc α1-4b発現プラスミドを作製した。
【0097】
(結果)
図9に結果を示す。この図で示すように、いずれのジェノタイプのスパイク領域も著しいHBV複製阻害活性が認められた。この結果は、HBcのスパイク領域はジェノタイプに関係なく、HBV阻害活性を有することが明らかとなった。
【0098】
<実施例4:HBcのアミノ酸点変異によるHBVヌクレオカプシド形成阻害及びHBV複製阻害の検証>
(目的)
HBcの構造解析からスパイク領域(α1-4b)内の23位(HBc/Gでは35位)のフェニルアラニン(F)、又は42位(HBc/Gでは54位)のロイシン(L)をそれぞれアラニン(A)に置換することで、HBcのヌクレオカプシド形成が阻害され得ることが報告されている(Alexander C.G., et al., 2013, PNAS, 110(30): E2782-E2791)。そこで、これらの点変異がヌクレオカプシド形成、及びHBV複製に関して阻害効果を有するか否かについて検証する。
【0099】
(方法)
(1)F24A又はL42Aを導入したHBc発現ベクターの作製
実施例1で用いたジェノタイプCの全長HBc発現ベクター(pCI-HBc)を鋳型として、PrimeSTAR Mutagenesis Basal Kit(TaKaRa)を用いた部位特異的変異誘発法により、23番目のF残基又は42番目のL残基をそれぞれA残基に置換した(それぞれF23A及びL42Aと表記する)。点変異導入をした全長HBcのF23A及びL42A変異体は、それぞれHBc-F23A及びHBc-L42Aとする。
(2)抗HBcモノクローナル抗体
ウェスタンブロッティング等でのHBc検出用の抗HBcモノクローナル抗体を作製した。は、HBc/Cのハンド領域において130~144位に相当する配列番号29(PAYRPPNAPILSTLP)で示されるペプチドを合成し、その合成ペプチドでBALB/cマウス(8週齢、雌)を免疫した。その後、常法により免疫したマウスの脾臓細胞を用いたハイブリドーマ法によりマウス抗ヒトHBcモノクローナル抗体(#511)を作製した。
(3)ウェスタンブロッティング
HeLa細胞に野生型の全長HBc(HBc-WT)、及び変異型全長HBc(HBc-F23A及びHBc-L42A)の各発現ベクターを導入し、24時間培養した後にWB lysis buffer (1%Triton、25mM Tris pH7.4、150mM NaCl)でタンパク質を抽出した。タンパク抽出液はCuSO4 (100μM)を添加して室温で20分間インキュベートした後、1mM EDTAで中和し、β-ME不含SDS-PAGE sample bufferを添加して、10~20%ポリアクリルアミドゲル(スーパーセップTMエース、富士フィルム和光純薬)を用いてSDS-PAGEを施した。電気泳動後、タンパク質をセミドライ式ブロッターによってPVDF膜に転写し、マウス抗ヒトHBcモノクローナル抗体(#511)を用いてウェスタンブロッティングを実施した。
(4)パーティクルブロッティング
HeLa細胞に野生型HBc(HBc-WT)、変異型全長HBc(HBc-F23A及びHBc-L42A)の各発現ベクターを遺伝子導入し、24時間培養後にPB lysis buffer(1% NP40、25mM Tris pH7.4、150mM NaCl、1mM EDTA、50mM NaF)で溶解した。サンプルは1.2%アガロース(TAE)に泳動し、PVDF膜に転写し、マウス抗ヒトHBcモノクローナル抗体(#511)を用いて検出した。
(5)HBV複製活性評価
点変異を導入したHBcのHBV複製活性評価は、実施例1に記載の方法に準じた。ただし、本実施例では、実施例1に記載のHBV複製評価システムに含まれるHBc発現ベクター(pCI-HBc)を、HBc-F23A又はHBc-L42Aに置き換えて実施した。
【0100】
(結果)
図10に結果を示す。Aは、非還元条件下でのウェスタンブロッティングの結果である。HBc-WTを導入した細胞では、HBcの単量体バンド(M)がほとんど存在せず、二量体(D)以上の多量体バンド(Mlt)が強く認められた。HBc-F23Aを導入した細胞も、HBc-WTを導入した細胞と同様に、単量体(M)がほとんど存在せず、二量体(D)以上の多量体バンド(Mlt)が強く認められた。この結果は、F23Aの変異は、HBcの多量体形成能を阻害しないことを示唆している。一方、HBc-L42Aを導入した細胞では、単量体バンド(M)が強く認められると共に二量体バンド(D)がHBc-WTやHBc-F23Aと比較して減弱しており、多量体形成能が阻害されているかと思われたが、HBc-WTやHBc-F23Aを導入した細胞と同程度の多量体バンド(Mlt)が認められた。Bは、パーティクルブロッティングの結果である。この結果から、HBc-WT、HBc-F23A、及びHBc-L42Aは、いずれもカプシド形成能を維持していることが示された。Cは、HBV複製活性評価システムで、HBc-WTに代えてHBc-F23A又はHBc-L42Aを細胞導入してHBV複製の阻害効果を検討した結果である。HBc-F23Aは、Aの結果から多量体形成能において、HBc-WTと著しい差異が認められなかったにもかかわらず、HBV複製活性はほぼ完全に失われていることが明らかとなった。HBc-L42Aは、複製活性を残しているものの、HBc-WTのそれと比較して、有意に減弱することが明らかとなった。以上の結果から、全長野生型のHBcにF23A又はL42Aの点変異を導入すると、HBV複製阻害活性に影響を及ぼすことが判明した。
【0101】
<実施例5:HBcのヌクレオカプシド形成を阻害する既知アミノ酸変異のHBV複製阻害活性の検証>
(目的)
ΔHBc(α1-4b)にF23A又はL42A変異を導入した場合、ΔHBc(α1-4b)のHBV複製阻害活性にどのような影響を及ぼすかを検証する。
【0102】
(方法)
(1)F24A又はL42Aを導入したΔHBc(α1-4b)発現ベクターの作製
実施例1で用いたジェノタイプCのΔHBc(α1-4b)発現ベクター(pCI-ΔHBc(α1-4b))を鋳型として、PrimeSTAR Mutagenesis Basal Kit(TaKaRa)を用いた部位特異的変異誘発法により、23番目のF残基又は42番目のL残基をそれぞれA残基に置換した(それぞれF23A及びL42Aと表記する)。F23A又はL42Aを導入したΔHBc(α1-4b)を、それぞれΔHBc(α1-4b)-F23A及びΔHBc(α1-4b)-L42Aとする。
(2)HBV複製活性評価
点変異を導入したHBcのHBV複製活性評価は、実施例1に記載の方法に準じた。本実施例では、実施例1に記載のHBV複製評価システムと共に、野生型のpCI-ΔHBc(α1-4b)、点変異型のpCI-ΔHBc(α1-4b)-F23A又はpCI-ΔHBc(α1-4b)-L42AをHeLa細胞に導入した。
またpCI-ΔHBc(α1-4b)、及びpCI-ΔHBc(α1-4b)-F23Aについては、実施例2と同様の操作で、導入するプラスミドを空ベクター(pCI)で段階希釈し、それぞれのHBV複製阻害の量依存的効果を検証した。
【0103】
(結果)
図11に結果を示す。A:HBV複製活性評価の結果を示す。この図から、pCI-ΔHBc(α1-4b)-F23A、及びpCI-ΔHBc(α1-4b)-L42Aのいずれを導入した場合にもHBV複製活性の阻害効果は維持されたが、pCI-ΔHBc(α1-4b)-L42Aを導入した細胞では、野生型pCI-ΔHBc(α1-4b)に比してHBV複製阻害活性が減弱していた。一方、pCI-ΔHBc(α1-4b)-F23Aを導入した細胞では、野生型pCI-ΔHBc(α1-4b)を導入した細胞よりもHBV複製が強く阻害された。B: HBV複製阻害の量依存的効果の結果を示す。この結果らΔHBc(α1-4b)-F23AもΔHBc(α1-4b)と同様に、阻害発現量に依存してHBV複製を阻害することが示された。また、Aの結果と同様に、ΔHBc(α1-4b)-F23AがΔHBc(α1-4b)よりも強いHBV複製阻害活性を有することが確認された。
【0104】
<実施例6:スパイク領域ΔHBc(α1-4b)によるHBV複製阻害の作用機序>
(目的)
スパイク領域ΔHBc(α1-4b)によるHBV複製阻害の作用機序について検証する。
【0105】
(方法)
(1)タグ付加ΔHBc発現ベクターの作製
野生型及びF23A変異型ΔHBc(α1-4b)発現ベクター(それぞれ、pCI-ΔHBc(α1-4b)及びpCI-ΔHBc(α1-4b)-F23A)を用いて、それぞれのΔHBc(α1-4b)のC末端に、配列番号30で示す12アミノ酸残基からなるPAタグ(GVAMPGAEDDVV)をコードする核酸断片を挿入した。得られたタグ付加ΔHBc発現ベクターをpCI-ΔHBc(α1-4b)-PA及びpCI-ΔHBc(α1-4b)-F23A-PAとした。
(2)HBV複製アッセイ
実施例1に記載のHBV複製阻害活性システムを用いてpCI-ΔHBc(α1-4b)-PA及びpCI-ΔHBc(α1-4b)-F23A-PAのHBV複製阻害活性を評価した。HBV複製阻害活性システムとΔHBc発現ベクターの細胞導入比率は26:26とした。その結果、ΔHBc(α1-4b)及びΔHBc(α1-4b)-F23AのC末端にPAタグが付加した場合であっても、HBV複製阻害活性が維持されることが示された(図示せず)。
(3)ウェスタンブロッティング
基本操作は、実施例4に記載の方法に準じた。HeLa細胞にpCI-ΔHBc(α1-4b)-PAを単独で、又はpCI-ΔHBc(α1-4b)-PAとpCI-ΔHBc(α1-4b)-F23A-PAを1:1の比率で導入した。ΔHBcの検出には、実施例4に示した抗HBcモノクローナル抗体#511と抗PAモノクローナル抗体NZ-1(富士フィルム和光純薬)を用いた。抗HBcモノクローナル抗体#511は、HBcのハンド領域を認識するため、ここでは全長HBcのみを認識し、ハンド領域が欠失したΔHBc(α1-4b)-PA及びΔHBc(α1-4b)-F23A-PAは認識しない。一方、抗PAモノクローナル抗体NZ-1は、PAタグを認識するため、ΔHBc(α1-4b)-PA及びΔHBc(α1-4b)-F23A-PAのみを認識し、PAタグのない全長HBcは認識しない。
(4)パーティクルブロッティング
基本操作は、実施例4に記載の方法に準じた。pCI-ΔHBc(α1-4b)-PAとpCI-ΔHBc(α1-4b)-F23A-PAの導入比率は1:3とした。24時間培養後に300μLのTNE buffer(10mM Tris pH8.0、100mM NaCl、1mM EDTA)でHeLa細胞を溶解した。サンプルに100μLの4 x PNE buffer(26% PEG 8000、1.4M NaCl、40mM EDTA)を添加し、氷上で2時間インキュベートした後、4℃にて15,000rpmで15分間遠心分離後、実施例4に記載の方法でパーティクルブロッティングを行った。
【0106】
(結果)
図12に結果を示す。A:PAタグを付加したΔHBc(α1-4b)又はΔHBc(α1-4b)-F23Aの発現が、HBcの二量体形成及び多量体形成に与える影響を、抗HBcモノクローナル抗体#511を用いたウェスタンブロッティングによって解析した結果である。この結果から、全長HBcのみを発現させた細胞(レーン1~3)では、全長HBcは二量体(D)以上の多量体(Mlt)として存在しており、単量体(M)は、ほとんど検出されなかった。一方、全長HBcとΔHBc(α1-4b)-PA(レーン4~6)及びΔHBc(α1-4b)-F23A-PA(レーン7~9)を共発現させた細胞では、全長HBcの二量体(D)のみならず、四量体(T)以上の多量体(Mlt)が減少する一方で、単量体(M)は多数検出された。この結果から、ΔHBc(α1-4b)及びΔHBc(α1-4b)-F23Aは、全長HBcの正常な多量体形成を阻害することが示唆された。B:Aと同様に、HBcの二量体形成及び多量体形成に与えるΔHBc(α1-4b)又はΔHBc(α1-4b)-F23A発現の影響を、抗PAモノクローナル抗体NZ-1を用いたウェスタンブロッティングによって解析した結果である。Aとは異なり、NZ-1では、PAタグのない全長HBcは認識されていない(レーン1~3)。一方、ΔHBc(α1-4b)-PA(レーン4~6)、及びΔHBc(α1-4b)-F23A-PA(レーン7~9)では、二量体(D)の他、四量体(T)以上も僅かに検出されたが、単量体(M)が圧倒的な量であった。C:Hela細胞でΔHBc(α1-4b)-PAを単独発現、又は全長HBcと共発現させた後、NZ-1抗体を用いたウェスタンブロッティングによる解析結果である。ΔHBc(α1-4b)は、単量体(M)又はホモ二量体(Homo-D)で存在しており、四量体(T)以上の多量体は形成しないことが示された。一方、全長HBcとΔHBc(α1-4b)を共発現させたHeLa細胞では、Bの結果と同様に、四量体(T)及び多量体(Mlt)も検出される他、二量体が2本のバンドで現れた。このうち一方は、ΔHBc(α1-4b)のホモ二量体のバンドと同位置にあり、他方のバンドはそれよりも上部に位置していた。つまり、全長HBcとΔHBc(α1-4b)を共発現させた場合、ΔHBc(α1-4b)は全長HBcとの間でヘテロ二量体(Hetero-D)を形成していることが示唆された。ΔHBc(α1-4b)は単独では二量体より大きな複合体を形成しないにもかかわらず、野生型HBcと共発現させると、野生型HBcとの間で少なくとも4量体以上の複合体を形成していることが明らかとなった。D:パーティクルブロットの結果からも、α1-4bの発現はカプシド形成を阻害することが明らかとなった。以上の結果から、細胞で発現したΔHBc(α1-4b)、すなわちHBcのスパイク領域は、機能的な全長HBcとヘテロ二量体を形成し、引き続く多量体形成、カプシド形成を阻害することによりHBVの複製を阻害することが明らかとなった。
【0107】
<実施例7:T33N変異を有するHBcのヌクレオカプシド形成阻害剤GLS4に対する抵抗性の検証>
(目的)
T33N変異を有するHBc(HBc-T33N)は、既存の低分子化合物で構成されるヌクレオカプシド形成阻害剤に対して強い抵抗性を示すことが報告されている(Zhou Z. et al., 2017, Sci Rep, 2017 Feb 13;7:42374.)。そこで、HBV複製活性評価システムにおいてHBc-WTに代えてHBc-T33Nを用いることにより、ヌクレオカプシド形成阻害剤耐性ウイルスの複製を再現し、低分子化合物で構成されるヌクレオカプシド形成阻害剤GLS4に対する抵抗性を示すか否かを検証する。
【0108】
(方法)
(1)T33N変異を導入したHBc発現ベクターの作製
実施例1で用いたジェノタイプCの全長HBc発現ベクター(pCI-HBc)を鋳型として、PrimeSTAR Mutagenesis Basal Kit(TaKaRa)を用いた部位特異的変異誘発法により、33番目のT残基をN残基に置換した(T33Nと表記する)。点変異導入をした全長HBcのT33N変異体は、HBc-T33Nとする。
(2)HBV複製阻害効率の評価
HBc-WT又はHBc-T33NによるHBV複製活性の測定は、実施例1に記載のHBV複製評価システムに含まれるHBcとしてHBc-WT又はHBc-T33Nを用いて、0μM、0.08μM、0.16μM、0.31μM、0.63μM、1.25μM、2.5μM、又は5μMの濃度のGLS4存在下で、実施例1に記載の方法に準じて行った。得られたHBV複製活性の測定値(逆転写されたHBV DNA量)に基づいて、HBV複製阻害効率(%)を計算した。特定の濃度のGLS4存在下におけるHBV複製阻害効率(%)は、GLS4濃度が0μM(GLS4無添加)の場合の逆転写されたHBV DNA量を「0%阻害」、逆転写されたHBV DNA量が0の場合(逆転写が一切起こらなかった場合)を「100%阻害」として算出した値である。
【0109】
(結果)
HBV複製活性評価システムで、HBc-WT、又はHBc-WTに代えてHBc-T33Nを細胞導入して、各種濃度のGLS4の存在下でHBV複製の阻害効果を検討した結果を
図13に示す。GLS4は、HBc-WTによるHBV複製を濃度依存的に阻害した一方、HBc-T33NによるHBV複製に対しては阻害効果を示さず、HBc-T33NはGLS4に対して抵抗性を有することが示された。この結果から、HBV複製活性評価システムにおいてHBc-WTに代えてHBc-T33Nを用いることによって、ヌクレオカプシド形成阻害剤耐性ウイルスの複製が再現されることが示された。
【0110】
<実施例8:スパイク領域ΔHBc(α1-4b)の、HBc-T33NによるHBV複製に対する阻害効果の検討>
(目的)
スパイク領域ΔHBc(α1-4b)が、ヌクレオカプシド形成阻害剤耐性変異型HBc(HBc-T33N)によるHBV複製を阻害するか否かを検証する。
【0111】
(方法と結果)
スパイク領域ΔHBc(α1-4b)のHBV複製阻害効果の評価は、実施例2に記載の方法に準じた。ただし、本実施例では、実施例2に記載のHBV複製評価システムに含まれるHBcとしてHBc-WT又はHBc-T33Nを用いた。
【0112】
(結果)
図14に結果を示す。野生型ΔHBc(α1-4b)は、HBc-WTによるHBV複製を量依存的に阻害した(
図14左側)のと同様に、HBc-T33NによるHBV複製を量依存的に阻害した(
図14右側)。この結果から、スパイク領域ΔHBc(α1-4b)は、実施例7においてGLS4耐性を示したHBc-T33Nに対しても、HBV複製阻害効果を有することが示された。
本明細書で引用した全ての刊行物、特許及び特許出願はそのまま引用により本明細書に組み入れられるものとする。
【配列表】