IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社名城ナノカーボンの特許一覧

<>
  • 特許-膜電極接合体の製造方法 図1
  • 特許-膜電極接合体の製造方法 図2
  • 特許-膜電極接合体の製造方法 図3
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-10
(45)【発行日】2024-01-18
(54)【発明の名称】膜電極接合体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01M 8/1044 20160101AFI20240111BHJP
   H01M 8/1032 20160101ALI20240111BHJP
   H01M 8/1039 20160101ALI20240111BHJP
   H01M 8/1081 20160101ALI20240111BHJP
   H01M 8/10 20160101ALI20240111BHJP
   H01M 4/86 20060101ALI20240111BHJP
   H01M 4/88 20060101ALI20240111BHJP
   H01B 1/06 20060101ALI20240111BHJP
【FI】
H01M8/1044
H01M8/1032
H01M8/1039
H01M8/1081
H01M8/10 101
H01M4/86 B
H01M4/88 C
H01B1/06 A
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2019025921
(22)【出願日】2019-02-15
(65)【公開番号】P2020136000
(43)【公開日】2020-08-31
【審査請求日】2022-02-03
(73)【特許権者】
【識別番号】507046521
【氏名又は名称】株式会社名城ナノカーボン
(74)【代理人】
【識別番号】100117606
【弁理士】
【氏名又は名称】安部 誠
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 永宏
(72)【発明者】
【氏名】ブラテスク マリア アントワネッタ
(72)【発明者】
【氏名】橋見 一生
(72)【発明者】
【氏名】虎澤 研示
(72)【発明者】
【氏名】橋本 剛
(72)【発明者】
【氏名】八名 拓実
【審査官】山本 雄一
(56)【参考文献】
【文献】特表2009-540125(JP,A)
【文献】特開2005-105176(JP,A)
【文献】特開平06-157534(JP,A)
【文献】特開2005-056776(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 8/00- 8/0297
H01M 8/08- 8/2495
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
膜状の燃料極と固体電解質と空気極とがこの順に積層されている、膜電極接合体の製造方法であって、
前記固体電解質および前記空気極のうちの少なくとも一方を作製する際に、
ポルフィリン誘導体であって、少なくとも一部にスルホ基を有する、粉末状の水和物であるプロトン導電高分子電解質添加剤と、パーフルオロスルホン酸高分子電解質とを、混合して高分子電解液を用意する用意工程を含み、
前記用意工程では、前記プロトン導電高分子電解質添加剤を粉末状のまま前記パーフルオロスルホン酸高分子電解質に混合して前記高分子電解液を調製する、膜電極接合体の製造方法。
【請求項2】
膜状の燃料極と固体電解質と空気極とがこの順に積層されている、膜電極接合体の製造方法であって、
前記固体電解質および前記空気極のうちの少なくとも一方を作製する際に、
ポルフィリン誘導体であって、少なくとも一部にスルホ基を有する、粉末状の水和物であるプロトン導電高分子電解質添加剤と、パーフルオロスルホン酸高分子電解質とを、混合して高分子電解液を用意する用意工程を含み、
前記用意工程は、前記プロトン導電高分子電解質添加剤を溶媒に溶解させて添加剤溶液を調製する第1工程と、前記添加剤溶液と前記パーフルオロスルホン酸高分子電解質の溶液とを混合して高分子電解液を調製する第2工程と、を含み、
前記第1工程で、前記添加剤溶液のpHを6.7未満に調整する、膜電極接合体の製造方法。
【請求項3】
前記高分子電解液のpHを2.3以下に調整する、請求項1または2に記載の膜電極接合体の製造方法。
【請求項4】
前記ポルフィリン誘導体は、下記の一般式(1)
【化1】
ただし、式中、
~X は、それぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、スルホ基、置換基を有してもよいアルキル基、置換基を有してもよいアルコキシ基、および置換基を有してもよいアリール基からなる群から選択されるいずれか1種を表し、かつ、
~X の少なくとも一つは、スルホ基、または、スルホ基を有するアルキル基、アルコキシ基、およびアリール基、からなる群から選択されるいずれか1種である、
で表される、請求項1~3のいずれか1項に記載の膜電極接合体の製造方法。
【請求項5】
前記プロトン導電高分子電解質添加剤は、少なくとも、5,10,15,20-テトラキス(4-スルホフェニル)ポルフィリンを含む、請求項1~4のいずれか1項に記載の膜電極接合体の製造方法。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか1項に記載の膜電極接合体の製造方法を含む、固体高分子形燃料電池の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プロトン導電性を有する高分子電解質用の添加剤に関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子形燃料電池(Polymer Electrolyte Fuel Cell:PEFC)は、電子伝導性は有さずプロトンのみを伝導するイオン交換膜を電解質膜として用い、比較的低い運転温度(例えば80~100℃程度)で燃料を電気化学的に酸化させることにより、化学エネルギーから電気エネルギーを直接的に得ることができる。このPEFCは、エネルギー変換効率が高く、かつ、二酸化炭素の排出を大幅に削減し得る発電装置として実用化が期待されている。PEFCに用いる電解質としては、耐久性に優れ、高いプロトン伝導性を備えるパーフルオロスルホン酸系高分子電解質が汎用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2015-082447号公報
【文献】特開平06-157534号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ここで、プロトンの伝導機構としては、Grotthuss機構とVehicle機構が知られており、Grotthuss機構はVehicle機構よりもプロトンの移動速度が速い。また、高湿潤状態の高分子電解質膜中でのプロトン伝導は、Grotthuss機構によるものが相対的に多く、低湿潤状態の高分子電解質膜中ではプロトン伝導は主にVehicle機構によると説明されている。したがって、PEFCのプロトン伝導性を高めるために、パーフルオロスルホン酸系高分子電解質を高い湿潤状態で安定に保つことが求められる(例えば、特許文献1参照)。そのため、PEFCシステムでは、運転温度である約100℃近傍の温度環境で電解質膜を高湿潤状態に維持するための水分管理設備が必要とされ、システムの小型化、運転反応性の観点から大きな課題となっていた。
本発明は上記課題に鑑み、例えば、高分子電解質がより高いプロトン導電性を発現できるように補助する新規なプロトン導電高分子電解質添加剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
この出願は、上記の課題を解決するものとして、プロトン導電高分子電解質添加剤(以下、単に「電解質添加剤」等という場合がある。)を提供する。このプロトン導電高分子電解質添加剤は、ポルフィリン誘導体であって、少なくとも一部にスルホ基を有している。
【0006】
ここに開示される電解質添加剤のポルフィリン環の内部には、プロトンが窒素原子に配位するかたちで存在しており、分子内でその配位位置が非極在化している。また、ポルフィリン環はスルホ基を備えており、電解質添加剤はパーフルオロカーボンスルホン酸高分子化合物との親和性が高められている。電解質添加剤のこのような構成により、この電解質添加剤がパーフルオロスルホン酸高分子化合物と混合されたときに、電解質添加剤はその親和性によってパーフルオロスルホン酸高分子化合物に近接したり結合したりする。ここで、ポルフィリン環の寸法は水分子よりも大きい。したがって、その排除体積効果によって、パーフルオロスルホン酸高分子化合物の近傍は水分子が過剰となり得る。このことにより、例えば、低加湿条件においても、パーフルオロスルホン酸高分子化合物を効果的に湿潤させることができる。また、詳細は明らかではないが、電解質添加剤がパーフルオロスルホン酸高分子化合物に近接または結合することで、電解質添加剤のポルフィリン環が、パーフルオロスルホン酸高分子の分子間隙に、連続的な、あるいは、離間した筒(空間)を形成し、これがプロトン伝導経路として機能するものと考えられる。このようなプロトン伝導経路は、湿度等の環境条件に影響されずに維持され得る。これにより、加湿条件の影響を抑制して発電性能を高めることができる。例えば、低加湿条件においても、より大電流の取り出しが可能となる。延いては、高分子電解質がより高いプロトン導電性を発現できるように補助するプロトン導電高分子電解質添加剤が実現される。
【0007】
なお、特許文献1には、燃料電池用添加剤として、特定のイミダゾール基またはベンズイミダゾール基をフタロシアニン骨格に導入したフタロシアニン化合物が開示されている。このフタロシアニン化合物は、イミダゾールやベンズイミダゾールが水に易溶であることに由来して、電解質膜の水保持能を向上できると記載されている。具体的には、イミダゾール基等の置換基の窒素から他のイミダゾール基等の置換基の窒素へとプロトン(H)が移動するGrotthuss機構により、プロトン伝導が促進されると記載されている。したがって、特許文献1には、パーフルオロカーボンスルホン酸高分子化合物との高い親和性を実現するスルホ基を備える電解質添加剤については教示されていない。
【0008】
また、特許文献2には、ポルフィリン会合体結晶よりなる固体プロトン導電体について開示されている。この固体プロトン導電体は、例えば、水に不要で非水系プロトン伝導体として機能することから、水系プロトン導電体であるパーフルオロカーボンスルホン酸高分子化合物の添加剤としては機能し得ない。
【0009】
ここに開示される電解質添加剤の好ましい一態様において、上記ポルフィリン誘導体は、下記の一般式(1)で表される。
【化1】
ただし、式中、X~Xは、それぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、スルホ基、置換基を有してもよいアルキル基、置換基を有してもよいアルコキシ基、および置換基を有してもよいアリール基からなる群から選択されるいずれか1種を表し、かつ、X~Xは、それぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、スルホ基、置換基を有してもよいアルキル基、置換基を有してもよいアルコキシ基、および置換基を有してもよいアリール基からなる群から選択されるいずれか1種を表し、かつ、X~Xの少なくとも一つは、スルホ基、または、スルホ基を有するアルキル基、アルコキシ基、およびアリール基、からなる群から選択されるいずれか1種である。このような構成によって、より好適な電解質添加剤が提供される。
【0010】
ここに開示される電解質添加剤の好ましい一態様において、上記ポルフィリン誘導体は、少なくとも、5,10,15,20-テトラキス(4-スルホフェニル)ポルフィリンを含む。このような構成の電解質添加剤を、例えば、パーフルオロカーボンスルホン酸高分子電解質に添加してPEFCを構築することにより、そのI-V特性を安定して高めること(例えば10%以上の向上)ができる。
【0011】
ここに開示されるプロトン導電高分子電解質添加剤は、例えば、パーフルオロカーボンスルホン酸高分子電解質に添加することで、上記のように電解質特性を好適に向上させることができる。そこで、他の側面において、ここに開示される技術は、膜状の燃料極と固体電解質と空気極とがこの順に積層されている膜電極接合体(Membrane Electrode Assembly:MEA、以下単に「MEA」と記す場合がある。)を提供する。このMEAにおいて、上記固体電解質は、上記のいずれかのプロトン導電高分子電解質添加剤と、パーフルオロカーボンスルホン酸高分子電解質との混合物を含む。また、ここに開示される技術は、このMEAを備えるPEFCを提供する。
【0012】
上記構成によると、固体高分子電解質としてパーフルオロカーボンスルホン酸系のプロトン導電高分子電解質を用いたMEAおよびPEFCについて、電解質添加剤として、上記特定の構成を有するポルフィリン誘導体が添加されている。この電解質添加剤は、湿度等の環境条件に影響されプロトン伝導経路を有していると考えられ、加湿条件によらずに(例えば低加湿条件において)高分子電解質がより高いプロトン導電性を発現できるように補助することができる。その結果、従来よりも高い電流密度を実現するMEAや、定湿潤環境でも高いI-V特性を発現し得るMEAが提供される。延いては、そのようなMEAを発電要素として備えるPEFCが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】一実施形態に係るMEAの構成を概略的に示す断面図である。
図2】各例のプロトン導電高分子電解質添加剤を用いて作製したPEFCのI-V特性である。
図3】各例のPEFCについてのセル電圧と出力密度との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の好適な実施形態について説明する。なお、本明細書において特に言及している事項(プロトン導電高分子電解質添加剤の構成等)以外の事柄であって、本発明の実施に必要な事柄(例えば、PEFCの構成や運転方法等)は、当業者であれば、本明細書および図面に開示されている内容と当該分野における技術常識とに基づいてその内容を把握し、本発明を実施することができる。なお、本明細書における数値範囲を示す「A~B」との記載は、A以上B以下を意味する。
【0015】
[PEFC]
図1は、固体高分子形燃料電池(PEFC)の膜電極接合体(MEA)10の構成を説明する断面図である。MEA10は、典型的には、固体高分子電解質からなる層状の電解質膜12を中心とし、この電解質膜12の両面に、触媒層14とガス拡散層16とがそれぞれ順に積層されることで構成されている。電解質膜12の一方の側の触媒層14とガス拡散層16とにより燃料極(アノード)が構成され、他方の側の触媒層14とガス拡散層16とにより空気極(カソード)が構成されている。触媒層14とガス拡散層16とは、いわゆる触媒電極を構成している。PEFCは、このMEA10が、後述する燃料ガスおよび酸化剤等のガス供給流路を両面に備えた導電板を介して複数個(例えば、10~500個)スタック(積層)されることで構成されている。なお、電解質膜12と、その両面に備えられた触媒層14とからなる部分をMEA10(すなわち、ガス拡散層16を含まない三層MEA)という場合もある。
【0016】
PEFCでは、燃料極で水素等の燃料ガスをプロトン(水素イオン:)と電子とに分解する。生成したプロトンは電解質膜12を移動することで、電解質膜12によって隔てられた空気極に送られる。空気極では、送られてきたプロトンによって空気等の酸化剤を還元し、水が生成される。このように、水素の燃焼反応を電解質膜12によって隔離された両電極に分けて進行させることで、外部回路に電流を取り出すことができる。すなわち、化学反応から直接的に発電することができる。
【0017】
電解質膜12は、固体状の高分子材料からなり、当該固体中を電子または自由電子ではなく、電荷担体であるプロトンが移動する。換言すると、電解質膜12は、プロトン伝導性を備えており、電子伝導性は有さない。PEFCでは、このような電解質膜12を、各種のプロトン伝導性の固体高分子材料を主体として構成している。プロトン伝導性高分子材料としては、例えば、耐熱性の炭化水素系高分子にスルホン酸含有基等のプロトン伝導性基を導入した炭化水素系の高分子電解質と、炭化フッ素系高分子に同じくスルホン酸含有基等のプロトン伝導性基を導入したフッ素系の高分子電解質と、の何れも好ましく用いることができる。酸化雰囲気下で優れた耐久性を示す点において、フッ素系の高分子電解質を好ましく用いることができる。また、電解質膜12は、プロトン伝導性材料のほかに、当該プロトン伝導性材料の機能を高めるための助材を含むことができる。このような助材としては、例えば、ここに開示されるプロトン導電高分子電解質添加剤が好適例として挙げられる。電解質膜12は、プロトン伝導性材料と、ここに開示されるプロトン導電高分子電解質添加剤とを組み合わせて含むことが特に好ましい。
【0018】
ガス拡散層16の構成は特に制限されず、燃料となる水素やメタノール等と酸素供給ための空気等のガスを流通させることが可能な多孔質な構造を備えるとともに、電子を低損失で伝導させることができる電子伝導性を備える多孔質基材により構成することができる。このようなガス拡散層16は、典型的には、カーボンペーパーやカーボン布等を撥水化処理した多孔質炭素シートにより構成することができる。
【0019】
触媒層14は、燃料電池反応(水素の燃焼)を効率よく進行させるため、水素および酸素を活性化させる触媒を含む。触媒層14は、触媒と電解質膜12とのプロトン伝導性を高めるために電解質を含む。また、触媒層14は、触媒と外部取出電極との電子伝導性を高めるために良導電性材料を含みうる。例えば触媒は、典型的には、導電性担体に担持されている。触媒層14は、典型的には、触媒金属を担持した粉末状の導電性担体と電解質とが層状に成形されることで構成されている。触媒層14は、必要に応じてバインダーなどの添加材を含むことができる。上記電解質が結着機能を有した電解質バインダーであってもよい。
【0020】
触媒金属は、一般的に、少なくとも1種の貴金属触媒を含む。触媒金属としては、例えば、白金や、白金・ルテニウム合金等の白金族の金属および合金が好ましく用いられる。好適な一態様では、燃料極の触媒層14には白金および白金・ルテニウム合金からなる触媒金属が含まれ、空気極の触媒層14には白金が含まれている。
【0021】
導電性担体としては、例えば、カーボンブラック、アセチレンブラック、ケッチェンブラック、バルカン等の活性炭が好ましく用いられる。電解質バインダーは、粉末状の触媒金属担持担体同士を層状に結合(成形)するとともに、触媒層14を電解質膜12に固着する機能を有する。また、電解質バインダーは、燃料極の触媒金属の表面で発生したプロトンを電解質膜12に伝導したり、電解質膜12から空気極の触媒金属にプロトンを伝導したりする。触媒層14に電解質バインダーが含まれることで、触媒/電解質/反応ガスの三相界面が好適に形成されて、発電効率の高いPEFCを構成することができる。このような電解質バインダーは、電解質膜12に用いることができるプロトン導電性高分子材料を特に制限なく用いることができる。電解質バインダーは、電解質膜12に用いるプロトン導電性高分子材料と同一か、類似の組成を有する材料を好ましく用いることができる。
【0022】
[プロトン伝導性高分子材料]
PEFCの電解質膜12の構成材料として用いるプロトン伝導性高分子材料には、高温での動作を可能とする高い軟化点および耐久性(耐酸化性、耐熱性等)と、高温での高い水分保持力、ならびに、低湿度でも高いプロトン伝導性を備えること等が求められる。このような観点から、PEFCの電解質としては、上述のとおり、フッ素系のプロトン伝導性高分子材料が汎用されている。フッ素系のプロトン伝導性高分子材料は、典型的には、超疎水性で剛直のパーフルオロカーボン(-CF-)骨格(主鎖)と、柔軟ではあるが疎水性のパーフルオロカーボン側鎖とからなり、この側鎖の先端にのみ親水性のスルホ基(スルホン基、スルホン酸基ともいう。)を備えるパーフルオロスルホン酸ポリマーである。なお、主鎖および側鎖は、パーフルオロカーボンの一部に炭化水素部分を含んでいてもよい。また側鎖は、炭化水素鎖であってもよい。
【0023】
ここで剛直な骨格部分がファンデルワールス力で結合した結晶を形成することで高耐久性な電解質膜12の形状が構築される。一方の側鎖のスルホ基は、強酸性と強い電子求引性を示す。そしてスルホ基は、複数のものが凝集して逆ミセル構造を構成し、この中に水分を取り込んで水分子のクラスターを形成している。また、水の大きなクラスターは、スルホ基によって形成される狭い水チャネルで繋がっている。パーフルオロカーボンスルホン酸ポリマーでは、スルホ基の水素イオンが解離して電荷担体となり、この水チャネルを通過することでプロトン伝導性を示すことが知られている。電解質膜12においては、プロトン伝導性高分子材料が構築する水チャネルがプロトン伝導経路になると考えられる。また、この水チャネルは、電解質膜12の含水率によって径が変動し、低湿潤環境においてプロトン導電性が著しく低下し得る。そのため、PEFCでは、MEAを湿潤環境を管理することが重要とされている。以下、プロトン伝導性高分子材料を単に電解質と表現する場合がある。
【0024】
[プロトン導電高分子電解質添加剤]
ここに開示されるプロトン導電高分子電解質添加剤は、ポルフィリン誘導体を含む。ポルフィリン誘導体は、4つのピロールがメチレン架橋(メチン基)で繋がった環構造を有するポルフィン(ポルフィリン環ともいう。)に置換基が備えられた化合物一般をいう。置換基は、ポルフィリン環のメソ位(ピロールの間の炭素)およびベータ位(ピロールの炭素)のいずれに結合していてもよい。これに限定されるものではないが、下記式(1)に示される化合物が、ポルフィリン誘導体の好適な一例として示される。ポルフィリン誘導体は、平面分子であり得る。
【0025】
【化2】
【0026】
ここで、ポルフィリン誘導体のうちのポルフィリン環部分では、ピロール核の4つの窒素のうち対向する2つが水素原子を有している。なお、この2つの水素は、4つの窒素のうち対向する2組の窒素間を交互に移動するため、ポルフィリン誘導体は式(1)に示した構造の他に対応する互変異性体を有する。水素と結合している第2級窒素はp軌道の電子対が、水素原子と結合していない第3級窒素は1つのp電子がπ共役系に関与することから、ポルフィリン環は全体で26個のπ電子を含む。このポルフィリン環は、環の外周および内周の両方においてヒュッケル則を満たし、強い芳香族性を示す。このように、ポルフィリン誘導体のポルフィン部分は、環構造の全体にわたって共役二重結合によって構成されている。また、構造解析からも確認できるように、炭素間の距離は二重結合と単結合の間にあり、ポルフィリン環は平面構造を有している。このような構造対称性からポルフィリンの共鳴エネルギーは非常に大きく、環構造が極めて壊れ難いという高い構造安定性を実現している。また同時に、ポルフィリン環の中心の空洞は、例えば配位する金属の大きさに従って変動し、中心金属のイオン半径が大きくなるほど空洞は大きくなり周縁の平面構造も変化するといった構造柔軟性をも有している。
【0027】
一方で、ポルフィリン環の分子軌道法による電子状態は、π電子系のHOMO(最高被占軌道)が高く、LUMO(最低空軌道)が低いことが知られている。このとき、ポルフィリン環のメソ位(ピロールの間の炭素)の置換基が電子供与性であると、ピロール核の窒素の電子密度が高くなって 酸性度が低下し、窒素はプロトン付加されやすくなる。逆に、メソ位の置換基が電子吸引性のときは、酸性度が増加してプロトン付加され難い。HOMOが高くLUMOが低いため、このようにポルフィリンはπ電子の供与体にも受容体にもなり得る。つまり、ポルフィリン誘導体は、電子供与性と電子吸引性とを同時に備えており、π電子の供与体にも受容体にもなり得る。
【0028】
そして、ここに開示される電解質添加剤において、ポルフィリン誘導体は、上記置換基として、任意の有機官能基を備えている。この有機官能基は、少なくとも一部にスルホ基を含む。このような電解質添加剤が、上述のプロトン導電高分子電解質に添加されることで、電解質に含まれるスルホ基と電解質添加剤のスルホ基との親和性によって、電解質添加剤が電解質の水クラスターおよび水チャネルに優先的に取り込まれる。例えば、ポルフィリン環に対してパラ位(例えば、5位と10位等の対称位置)に結合した側鎖の末端にスルホ基が存在することで、二つの電解質分子の間にポルフィリン環が配置され得る。このようにして、水クラスターおよび水チャネルの寸法は、たとえ周辺環境が低湿度状態に変化してもポルフィリン誘導体の分子径以上に維持され得る。このことから、この電解質および電解質添加剤を用いて作製されたPEFCは、低湿度状態においてもプロトン伝導経路が維持されて、高い発電性能を維持することができる。
【0029】
ポルフィリン誘導体において、スルホ基は、ポルフィリン環に直接結合していてもよいし、ポルフィリン環に結合する置換基の一部として含まれていてもよい。スルホ基は、側鎖の末端に含まれていることが、電解質との親和性が高くなるためにより好ましい。また、スルホ基のポルフィリン環に対する配位位置や、スルホ基を含む置換基の種類は特に制限されない。例えば、ポルフィリン環に対するスルホ基の配位位置は、メソ位(ピロールの間の炭素)とベータ位(ピロールの炭素)のいずれであってもよい。しかしながら、電子求引性を示すスルホ基は、メソ位にあることが好ましい。メソ位は、5、10、15、20位のいずれか一つであってもよいし、二つ以上(二つ、三つ、または四つ)であってもよい。好ましくは、5、10位の組合せであり、より好ましくは、5、10、15、20位の組合せが挙げられる。このようなポルフィリン誘導体は、例えば、上式(1)に示す一般式によって表わされる。
【0030】
また、ポルフィリン環における有機官能基は、それぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、置換基を有してもよいスルホ基、置換基を有してもよいアルキル基、置換基を有してもよいアルコキシ基、および置換基を有してもよいアリール基からなる群から選択されるいずれか1種であってよい。そしてこられの有機官能基の少なくとも一つは、そのスルホ基を含む。このことは、上式(1)における置換基X~Xについても共通である。
【0031】
アルキル基としては特に制限されず、例えば、炭素原子数1~6のアルキル基が好適例として示される。具体的には、アルキル基としては、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基が挙げられる。なお、ここで、例えばブチル基とは、その各種の構造異性体を包含する概念であり、n-ブチル基、イソブチル基、sec-ブチル基、およびtert-ブチル基のいずれであってもよい。このことは、他のアルキル基および、他の置換基についても同様である。
【0032】
アルコキシ基としては特に制限されず、例えば、メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、ブトキシ基、フェノキシ基、ペンチルオキシ基、アリルオキシ基、シクロヘキシルオキシ基、ベンジルオキシ基、1ナフチルオキシ基等が挙げられる。アリール基としては特に制限されず、例えば、フェニル基、ベンジル基、トリル基、キシリル基等が挙げられる。
【0033】
またこれらの置換基について、例えば、アルキル基とは、置換基を有していないアルキル基のほか、1または複数の水素原子が他の元素や置換基(例えば、ハロゲン元素、ヒドロキシ基、スルホ基)で置換されたアルキル基を含み得る。そのような置換されていてもよいアルキル基としては、例えば、ハロアルキル基、ヒドロキシアルキル基、アルキルスルホ基等が挙げられる。同様に、置換されていてもよいアルコキシ基としては、例えば、ハロアルコキシ基、ヒドロキシアルコキシ基、アルキルアルコキシ基、スルホアルコキシ基等が挙げられる。また同様に、置換されていてもよいアリール基としては、例えば、ハロアリール基、ヒドロキシアリール基、アルキルアリール基(例えばアルキルフェニル基)、アリールスルホ基(例えばスルホフェニル基)等が挙げられる。より具体的には、スルホフェニル基、スルホチエニル基、スルホエチルピリジニウム基等が挙げられる。一例として、これらの置換基は、スルホ基を有するアルキル基、スルホ基を有するアルコキシ基、およびスルホ基を有するアリール基のいずれかであるとよい。このような置換基を有するポルフィリン誘導体の好適例としては、5,10,15,20-テトラキス(4-スルホフェニル)ポルフィリン(TPPS)、5,10,15,20-テトラキス(4-スルホ-2-チエニル)-21H,23H-ポルフィリン、5,10,15,20-テトラキス(2-スルホ-4-チエニル)-21H,23H-ポルフィリン等が挙げられる。これらはいずれか1種を単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0034】
また、ポルフィリン誘導体は、ポルフィリン環を含む面における分子径が5nm以上となるように選択されることが好ましい。一般に、置換基を備えていないポルフィン(すなわちポルフィリン環部分)の分子径は1nmに満たない。これに対し、ポルフィリン誘導体は、置換基の種類を適宜選択することで、その分子径を5nm以上に拡大することができる。そしてポルフィリン誘導体の分子径が5nm以上であることで、電解質が低湿潤環境におかれても、体積除外効果により電解質分子の周縁に水分子を凝縮して配置させることができる。また、電解質分子間の距離を5nm以上に保つことができ、電解質中のプロトン伝導経路を広く確保することができる。その結果、例えば湿潤環境の影響を抑えて、PEFCの発電特性を高く維持することができる。
【0035】
なお、ポルフィリン誘導体は、環内に金属が配位していてもよい。換言すると、ポルフィリン誘導体は、有機金属錯体であってよい。このようなポルフェリン環の中心金属としては特に制限されず、各種のアルカリ金属、アルカリ土類金属、遷移金属等であってよい。一例として、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni),銅(Cu)、カドミウム(Cd)、鉛(Pb)、ロジウム(Rh)、ルテニウム(Ru)、オスミウム(Os)、亜鉛(Zn)、ジルコニア(Zr)、タンタル(Ta)等であってよい。
【0036】
また、電解質添加剤におけるポルフィリン誘導体の形状は特に制限されず、固体結晶からなる粉末の形態であってもよいし、分散媒に溶解された溶液の状態であってもよい。また、電解質添加剤は、電解質に対して、粉末の状態で混合しても、溶液の状態で混合しても、これにより得られるPEFCの発電性能を高めることができる。しかしながら、ポルフィリン誘導体が粉末である場合、取り扱いが容易であり、電解質分子に対して高濃度に添加しやすいという点において有利となり得る。粉末形態のポルフィリン誘導体の平均粒子径は、例えば、1mm以下程度(例えば、0.1μm~500μm程度、より好ましくは0.5μm~100μm程度)であるとよい。詳細は明らかではないが、電解質添加剤(ポルフィリン誘導体)を粉末の状態で混合した場合に、特にI-V特性や電流密度がより好適に向上されやすい点において、ポルフィリン誘導体は粉末(粉末結晶)の状態であることが好ましい。
【0037】
一方で、電解質添加剤(ポルフィリン誘導体)を溶液の形態で加える場合、溶媒としては、例えば、純水、超純水、イオン交換水等の水を少なくとも一部に含むことが好ましい。ポルフィリン誘導体はアルコール等の有機溶媒には溶解し難いが、水には容易に溶解し得る。したがって、有機溶媒と水との混合溶媒を好適に用いることができる。ここで、水に混合する有機溶媒としては、メタノール、エタノール、1-プロパノール(n-プロピルアルコール)、2-プロパノール(イソプロピルアルコール)、1-ブタノール(n-ブチルアルコール)、2-ブタノール(sec-ブチルアルコール)、tert-ブチルアルコール、イソブチルアルコール(2-メチルプロピルアルコール)、1-ペンタノール(n-ペンチルアルコール)、2-ペンタノール(sec-アミルアルコール)、3-ペンタノール、2-メチル-1-ブタノール、3-メチル-1-ブタノール(イソアミルアルコール)、2-メチル-2-ブタノール(tert-アミルアルコール)、3-メチル-2-ブタノール、2,2-ジメチル-1-プロパノール(ネオペンチルアルコール)等の一価の低級アルコールや、エチレングリコール、プロピレングリコール等の2価のアルコール、グリセリン等の多価アルコール等のアルコール類;アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、シクロヘキサノン、シクロペンタノン等のケトン類;酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸プロピル、酢酸ブチル、ギ酸メチル、ギ酸エチル、ギ酸プロピル、ギ酸ブチル等のエステル類;ヘキサン、シクロヘキサン等の脂肪族炭化水素類;メチレンクロライド、クロロホルム、四塩化炭素等のハロゲン化炭化水素類;ベンゼン、トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素類;ジエチルエーテル、ジオキサン、テトラヒドロフラン、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールジメチルエーテル、エチレングリコールジエチルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテル、プロピレングリコールジメチルエーテル等のエーテル類;等が好適例として挙げられる。これらの溶媒はいずれか1種を単体で用いてもよく、2種類以上を混合して用いてもよい。なお本明細書において、低級アルコールとは、炭素数が5以下のアルコールを意味する。溶媒としては、特に、水、メタノール,エタノール,プロパノール等の低級アルコールと水との混合溶媒が好ましく用いられる。混合溶媒における水の割合は、例えば、10質量%以上が好ましく、15質量%以上がより好ましい。
【0038】
また、詳細は明らかではないが、電解質添加剤は、アルカリ性の状態では電解質に添加しない方が好ましい。電解質添加剤は、例えば、酸性の状態で電解質に添加するとよい。なお、例えば、電解質がナフィオンである場合、ナフィオン液のpHは約1.9と高い酸性を示し得る。したがって、電解質添加剤は、例えば、pHが6.7未満の酸性側に調整した状態で電解質に添加するとよい。そして、電解質添加剤は、例えば、電解質に均一に混合した状態で、その混合液のpHが4.5より小さいことが好ましく、例えば4以下、3.5以下、3以下、2.5以下、2.3以下であることが好ましい。
【0039】
このような電解質添加剤は、電解質に混合して添加するとよい。例えば、モノマー状態の電解質と均一に混合することで、電解質の水クラスターおよび水チャネルに電解質添加剤を優先的かつ均質に取り込ませることができるために好ましい。電解質添加剤の添加量は制限されないが、凡そ0.001mM~10mM程度となるように添加すると、電解質の水クラスターおよび水チャネルに対して好適に作用するために好ましい。電解質添加剤の割合は、水チャネルの好適な維持の観点から、0.05mM以上程度がより好ましく、0.01mM以上程度がより好ましい。しかしながら、過剰な添加は、反って水チャネルの形成を妨げる虞があるために好ましくない。かかる観点から、電解質添加剤の割合は、5mM以下程度がより好ましく、1mM以下程度がより好ましい。
【0040】
以上、ここに開示される電解質添加剤について、PEFCへの適用例とともに説明したが、本発明はこれらの例に限定されず、適宜に態様を変化して行うことができる。例えば、PEFCやMEAの構成は上記に例示したものに限定されず、様々な改変が可能である。ここに開示される電解質添加剤は、プロトン伝導性固体高分子電解質とともに用いられる限りにおいて、その使用形態は制限されない。また、ここに開示される電解質添加剤を利用したPEFCは、I-V特性が改善されうる。例えば、PEFCを1.5A/cm以上の高い電流密度にて運転した場合であっても、0.5V程度以上(例えば0.6V以上)の高い電圧を維持して、高出力で発電することができる。このようなPEFCは、例えば、高出力が要求される燃料電池自動車(FCV)等の車両の動力源として好ましく利用することができる。ここに開示する電解質添加剤は、例えば、FCV用PEFCの電解質添加剤として特に有効に利用することができる。
【0041】
次に、本発明に関する実施例を示すが、本発明をかかる実施例に示すものに限定することを意図したものではない。
【0042】
〔例1〕
プロトン伝導性高分子として、5wt%パーフルオロカーボンスルホン酸系高分子電解質分散液(シグマアルドリッチ製、5wt%ナフィオン分散溶液、274704、pH1.91)を用意した。
また、プロトン導電高分子電解質添加剤として、代表的なポルフィリンである、5,10,15,20-テトラキス(4-スルホフェニル)ポルフィリン水和物(TPPS水和物、(株)同仁化学研究所製)の粉末を用意した。
【0043】
このTPPS水和物粉末を、1mMの割合で50vol%エタノール水溶液(pH7.14)に溶解させることで添加剤溶液(pH4.1)を調製し、5wt%ナフィオン分散溶液と等量ずつ混合し、超音波分散処理を30分間行うことで、例1の高分子電解液(pH2.17)を用意した。
【0044】
〔例2~4〕
ポルフィリン化合物は水に溶解しやすい。またポルフィリン化合物は、溶液の液性により、環内のプロトンに起因して特性が大きく異なる場合がある。そこで、以下の例では、下記の表1に示すように、添加剤溶液としてポルフィリン水溶液を用い、このポルフィリン水溶液のpHを変化させて例1と同じ高分子電解質分散液に混合することで各例の高分子電解液を調製した。
【0045】
例2では、まず、TPPS水和物を水に溶解し、1mMのTPPS水溶液(未調整でpH3.96)を用意した。そしてこのTPPS水溶液を、等量の高分子電解質分散液とを混合して約10分間の超音波処理を施すことで、例2の高分子電解液(pH2.5)を作製した。
【0046】
例3では、1mMのTPPS水溶液(未調整でpH3.96)にアルカリを添加することでpH6.7に調製した。そしてこのTPPS水溶液を用い、その他は例2と同様にして、例3の高分子電解液(pH4.5)を作製した。
【0047】
例4では、1mMのTPPS水溶液(未調整でpH3.96)にアルカリを添加することでpH11.0に調製した。そしてこのTPPS水溶液を用い、その他は例2と同様にして、例4の高分子電解液(pH6.0)を作製した。
【0048】
【表1】
【0049】
〔PEFCの作製〕
本実施例では、上記で用意した例1~4の高分子電解液をカソード触媒ペーストとして用いた。そして各例のペーストをポリテトラフルオロエチレン(PTFE)シートに所定の目付量となるように印刷したのち、乾燥させることで、カソード触媒層を用意した。
【0050】
次いで、白金カーボン触媒(田中貴金属工業(株)製、TEC10E20E)をエタノールに加えて超音波分散(約10分間)し、上記で用いたのと同じ5wt%ナフィオン分散溶液をさらに加えて超音波分散(約10分間)することで、アノード用ペーストを調製した。そしてこのペーストを、PTFEシートに所定の白金目付量となるように印刷し、乾燥させることで、アノード触媒層を用意した。
【0051】
固体電解質膜として、予め硫酸と過酸化水素とで洗浄したナフィオンシートを用いた。そして、アノード触媒層とカソード触媒層とを、それぞれの触媒層が固体電解質膜に接触するように固体電解質膜の両面に重ね合わせ、150℃、0.5~2Pa/cmで3分間ホットプレスすることで接合した。その後、両面のPTFEシートを外すことで、MEAを得た。このMEAを市販のPEFC用セルケースに組み込むことで、各例の評価用PEFCを構築した。
【0052】
作製した各例の評価用PEFCをポテンショスタット/ガルバノスタット(BioLogic社製、VMP-300)に接続した。そして、PEFCのセルの水素極側(アノード)に100%Hガスを、酸素極側(カソード)に100%Oガスを供給した。具体的には、それぞれのガスを、175mL/minの流量で、セパレータのガス流路を通じて、ガス拡散用のカーボンペーパーを介して触媒層に供給した。ガスおよび評価用PEFCのセルは発電温度である80℃に加熱した。このような条件で発電した結果をポテンショスタット/ガルバノスタットで読み取り、開回路電圧(OCV)を測定した。引き続き、OCV電位から所望の電位までの電流を測定することでI-V特性を調べ、その結果を図2に示した。また、セル電圧と、出力密度(電極の単位面積あたりの出力)との関係を図3に示した。
【0053】
PEFCでは電流密度が高くなるにつれて内部抵抗が増大し、電圧が低下する傾向を示す。図2に示すように、例1~4の結果から、高分子電解質分散液へのTPPSの添加の仕方によって、得られるPEFCの発電特性がやや異なることが判った。具体的には、本実施例で用いた高分子電解質(ナフィオン)分散液のpHは1.91程度であり、TPPSを単に粉のまま混合した例1の高分子電解液(pH2.17)と、水溶液として添加した例2の高分子電解液(pH2.5)とのpHはほぼ同等であった。これらの電解質を用いて作製したPEFCについては、例えば、1000mA/cmで約0.63V(例1)、約0.55V(例2)という極めて高い電圧値が得られることが確認された。なお、TPPS水溶液のpHを中性(例3)またはアルカリ性(例4)に調整してから高分子電解質分散液と混合して高分子電解液を調製したPEFCの場合は、電流密度を高くしたときの電圧の低下がやや顕著となり、例えば、1000mA/cmで約0.45V(例3)、約0.4V(例4)であった。
【0054】
また、図3に示すように、例1~4の全てのPEFCについて、最高出力密度が400W/cmを超える良好な出力特性が得られることがわかった。特に、例1のPEFCについては、例えば0.4~0.6Vの範囲で700W/cm超の高い出力密度が得られることが確認された。なお、具体的には示さないが、添加剤であるTPPSを添加しない場合は、おおよそ例3と同等の発電特性が得られることが確認されている。したがって、ここに開示される電解質添加材は、例えば、粉体の状態で電解質と混合したり、酸性の状態で添加すると、電解液特性を好適に高められて、好ましい傾向にあることが伺えた。
【0055】
このような高い電流密度と高い出力密度が実現される理由は定かではないものの、以下の理由が推察される。すなわち、まず第一に、ナフィオン等のパーフルオロカーボンスルホン酸系のプロトン導電高分子電解質は、湿潤環境において高分子間に水チャネル、すなわちプロトン伝導経路を好適に形成できるものの、例えば温度が上昇するなどして湿度が低下すると、水チャネルが縮小又は消失されてしまい、プロトン導電性、延いてはPEFCの性能が低下し得る。これに対し、各例の電解質には、ここに開示される電解質添加剤が添加されており、水チャネルの縮小や消失が抑制されている。また、電解質の周縁に水分子が優先的に配置され得る。このことにより、PEFCにおいて安定して高い出力特性が得られたものと考えられる。
【0056】
以上、本発明の具体例を詳細に説明したが、これらは例示にすぎず、特許請求の範囲を限定するものではない。ここで開示される発明には上述の具体例を様々に変形、変更したものが含まれ得る。
【符号の説明】
【0057】
10 MEA
12 電解質膜
14 触媒層
16 ガス拡散層
図1
図2
図3