(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-10
(45)【発行日】2024-01-18
(54)【発明の名称】燃料電池スタックの活性化方法
(51)【国際特許分類】
H01M 8/04 20160101AFI20240111BHJP
H01M 8/04746 20160101ALI20240111BHJP
H01M 8/04701 20160101ALI20240111BHJP
【FI】
H01M8/04 Z
H01M8/04746
H01M8/04701
(21)【出願番号】P 2020083680
(22)【出願日】2020-05-12
【審査請求日】2022-10-06
(73)【特許権者】
【識別番号】000003218
【氏名又は名称】株式会社豊田自動織機
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100110423
【氏名又は名称】曾我 道治
(74)【代理人】
【識別番号】100111648
【氏名又は名称】梶並 順
(74)【代理人】
【識別番号】100212657
【氏名又は名称】塚原 一久
(72)【発明者】
【氏名】富本 尚也
【審査官】橋本 敏行
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-114336(JP,A)
【文献】特開2011-243444(JP,A)
【文献】特開2017-208299(JP,A)
【文献】特開2012-133970(JP,A)
【文献】特開2013-187037(JP,A)
【文献】特開平09-180743(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 8/00-8/2495
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸素を含む空気と水素とを供給されて発電する燃料電池セルが積層された燃料電池スタックと、前記燃料電池スタックの状態を制御する制御部と、を備え、
前記制御部は、
前記燃料電池セルに発電させ、発電された電力を負荷に供給する第1工程と、
前記燃料電池セルの発電を休止する第2工程と、
を実行し、
前記第1工程におけるカソード側の空気ストイキ比を、触媒の水素吸脱着電位を利用可能な範囲に設定
し、
前記燃料電池スタックに供給する前記空気の量と前記水素の量を調整し、アノード側の圧力がカソード側の圧力より大きくなるように電極間差圧を設定する
燃料電池スタックの活性化方法。
【請求項2】
前記制御部は、前記第1工程において、前記燃料電池セルが最大電流を発生するように発電させる
請求項1に記載の燃料電池スタックの活性化方法。
【請求項3】
前記制御部は、前記第1工程において、前記空気ストイキ比を1.1~1.4に設定する
請求項1または請求項2に記載の燃料電池スタックの活性化方法。
【請求項4】
前記制御部は、前記第1工程において、前記アノード側の水素ストイキ比が1より小さくならないように設定する
請求項
1から請求項3のいずれか一項に記載の燃料電池スタックの活性化方法。
【請求項5】
前記燃料電池セルで発生する熱を冷却媒体で吸収し、吸収した前記熱を前記燃料電池セルの外に放出するラジエータを備え、
前記制御部は、前記燃料電池セルの温度が設定値を超えないように、前記ラジエータにおける前記熱の放出を制御する
請求項1から請求項
4のいずれか一項に記載の燃料電池スタックの活性化方法。
【請求項6】
前記水素と前記空気の温度を調整する調温部をさらに備え、
前記制御部は、配管を通過して前記燃料電池スタックに供給される前記水素と前記空気との温度を、前記燃料電池セルにおける露点温度より高くなるように前記調温部を制御する
請求項1から請求項
5のいずれか一項に記載の燃料電池スタックの活性化方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この開示は、燃料電池スタックの活性化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池は、電解質膜の両面に触媒を含む触媒層及びガス拡散層が接合された膜電極ガス拡散層接合体(Membrane Electrode Gas diffusion layer Assembly:MEGA)を備えている。膜電極ガス拡散層接合体の両面には、さらに、ガス流路を備えたセパレータが配置されている。そして、このようなMEGAとセパレータとからなる燃料電池セルが複数個積層された燃料電池スタックが構成されている。
【0003】
製造された燃料電池スタックは、電解質膜及び触媒層内電解質における含水率の不足、触媒表面への異物付着、及び触媒の酸化などにより、仕様の性能が十分に得られないことがある。このため、電解質膜及び触媒層内電解質における含水率の適正化、触媒表面の異物除去、及び触媒の還元などによって、燃料電池スタックが仕様の性能を得られるようにエージングを行い、活性化する必要がある。このエージングは、以下の特許文献1に提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記特許文献1では、触媒表面に吸着した不純物イオンを除去するため、膜電極ガス拡散層接合体に水分を供給しつつ、密封された空気循環路において酸化剤ガスを循環させた状態で、燃料電池スタックの発電電圧を0.3V以下に維持することが提案されている。このエージングを行うには、発電電圧を0.3V以下にするため、負荷に大電流を流す必要がある。
【0006】
一方、負荷電流の増加に伴い、空気が供給されるカソードの上流側と比較して、下流側では酸素濃度が低下することにより発電電流が低下することがある。また、負荷電流の増加に伴い、発電により生成された水がカソードの下流側に集まり、下流側では発電能力が低下することがある。
【0007】
この結果、燃料電池セルの面内で電流密度にムラが生じ、エージング未完了の領域が残存することになる。従って、燃料電池のエージングを行う場合、燃料電池セルに面内ムラを生じさせることなく、均一にエージングを完了させることが求められる。
【0008】
この開示は、上記の問題に鑑みてなされたものであり、燃料電池セル内を均一にエージングすることが可能な燃料電池スタックの活性化方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
この開示に係る燃料電池スタックの活性化方法は、酸素を含む空気と水素とを供給されて発電する燃料電池セルが積層された燃料電池スタックと、燃料電池スタックの状態を制御する制御部と、を備え、制御部は、燃料電池セルに発電させ、発電された電力を負荷に供給する第1工程と、燃料電池セルの発電を休止する第2工程と、を実行し、第1工程におけるカソード側の空気ストイキ比を、触媒の水素吸脱着電位を利用可能な範囲に設定し、燃料電池スタックに供給する空気の量と水素の量を調整し、アノード側の圧力がカソード側の圧力より大きくなるように電極間差圧を設定する。
【0010】
制御部は、第1工程において、燃料電池セルが最大電流を発生するように燃料電池スタックに発電させる。
制御部は、第1工程において、空気ストイキ比を1.1~1.4に設定する。
【0012】
制御部は、第1工程において、アノード側の水素ストイキ比が1より小さくならないように設定する。
【0013】
燃料電池セルで発生する熱を冷却媒体で吸収し、吸収した熱を燃料電池セルの外に放出するラジエータを備え、制御部は、燃料電池セルの温度が設定値を超えないように、ラジエータにおける熱の放出を制御する。
【0014】
水素と空気の温度を調整する調温部をさらに備え、制御部は、燃料電池スタックに供給する配管を通過する水素と空気との温度を、燃料電池セルにおける露点温度より高くなるよう調温部を制御する。
【発明の効果】
【0015】
この開示に係る燃料電池スタックの活性化方法によれば、燃料電池セル内を均一にエージングすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】実施の形態1が適用される燃料電池システムの構成を示すブロック図である。
【
図2】実施の形態1における燃料電池セルの構成と発電時の電流密度を示す説明図である。
【
図3】実施の形態1における燃料電池セルの構成と発電時の電流密度を示す説明図である。
【
図4】実施の形態1における燃料電池スタックのエージング時のアノード側の水素ストイキ比と電流密度の標準偏差との特性を示す特性図である。
【
図5】実施の形態1における燃料電池スタックのエージング時のカソード側の空気ストイキ比と電流密度の標準偏差との特性を示す特性図である。
【
図6】実施の形態1における燃料電池スタックのエージング時のセル電圧電流特性を示す特性図である。
【
図7】実施の形態1における燃料電池スタックのエージング時のアノード入口圧力と電流密度の標準偏差との特性を示す特性図である。
【
図8】実施の形態1における燃料電池スタックのエージング時のカソード出口圧力と電流密度の標準偏差との特性を示す特性図である。
【
図9】実施の形態1が適用される燃料電池システムの他の構成を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、燃料電池スタックの活性化方法の実施の形態につき、図面を用いて説明する。なお、各図において、同一部分には同一符号を付している。
【0018】
実施の形態1.
はじめに、実施の形態1における燃料電池スタックの活性化方法が適用される燃料電池システム100の構成について、
図1を参照して説明する。
図1は、実施の形態1が適用される燃料電池システム100の構成を示すブロック図である。
【0019】
[燃料電池システムの構成]
図1に示される燃料電池システム100は、制御部101と、水素タンク112と、コンプレッサ113と、水素供給弁114と、燃料電池スタック115と、DCDC変換部116と、蓄電装置117と、ラジエータ118とを備えている。燃料電池スタック115には、測定部115sが設けられている。ラジエータ118には、測定部118sが設けられている。
【0020】
制御部101は、燃料電池システム100の発電に関連する各種制御を行うと共に、燃料電池スタック115をエージングする際の制御を行うことで、燃料電池スタック115の状態を制御する。エージングとは、燃料電池スタック115を構成する燃料電池セルに含まれる電解質膜及び触媒層内電解質における含水率の適正化、触媒表面の異物除去、及び触媒の還元などによって、燃料電池スタック115が仕様の性能を得られるようにする作業をいう。このエージングは、活性化処理と呼ばれることもある。
【0021】
水素タンク112には、水素が充填されている。充填されている水素は、水素タンク112から水素供給弁114を通して燃料電池スタック115に供給される。水素供給弁114は、制御部101に制御され、水素タンク112から燃料電池スタック115に供給する水素ガス量が調整される。コンプレッサ113は、酸素を含む空気を燃料電池スタック115に供給する。コンプレッサ113から燃料電池スタック115に供給される空気量は、制御部101によって制御される。
【0022】
燃料電池スタック115は、複数個の発電する燃料電池セルが積層されたスタック構造により構成されている。燃料電池スタック115において、各燃料電池セルは、制御部101の制御に基づいて、水素供給弁114を介した水素タンク112からの水素とコンプレッサ113からの空気に含まれる酸素とにより発電を行う。
【0023】
DCDC変換部116は、燃料電池スタック115の発電出力を一定の電圧に変換する。たとえば、DCDC変換部116は、燃料電池スタック115の出力側に取り付けられた電圧変換部であり、例えば、80ボルト程度の電圧を48ボルト又は12ボルト程度の電圧に変換して出力する。
【0024】
蓄電装置117は、DCDC変換部116の出力を充電可能に接続され、負荷において瞬間的な大電流が流れる際には充電された電流を放電する。
【0025】
ラジエータ118は、燃料電池スタック115内の各燃料電池セルの冷却媒体循環系を循環することで発電により生じた熱を冷却媒体により吸収し、冷却媒体により吸収された熱を燃料電池セル外に放出する放熱器である。測定部118sはラジエータ118内を通過する冷却媒体の温度を測定するセンサであり、測定結果を制御部101に通知する。
【0026】
[燃料電池スタック115の特性]
ここで、燃料電池スタック115を構成する燃料電池セル115Cの構成と発電時の特性とを、
図2と
図3とを参照して説明する。
図2と
図3は、実施の形態1における燃料電池セル115Cの構成と発電時の電流密度を示す説明図である。
【0027】
ここで、燃料電池セル115Cは、発電領域115C1と、空気入口115C2と、水素入口115C3と、水素出口115C4と、空気出口115C5と、冷却媒体入口115C6と、冷却媒体出口115C7とを備えている。
【0028】
以上の燃料電池スタック115は、空気入口115C2から供給される空気に含まれる酸素と、水素入口115C3から供給される水素とにより、膜電極ガス拡散層接合体を有する発電領域115C1において発電を行う。発電に使用されず残った水素は、水素出口115C4から排出される。発電に使用されず残った空気は、生成された水と共に、空気出口115C5から排出される。発電の際に発電領域115C1に発生する熱は、冷却媒体入口115C6から流入され冷却媒体出口115C7から流出される冷却媒体により吸収される。冷却媒体により吸収された熱は、ラジエータ118において大気中に放出される。
【0029】
図2と
図3とにおいて、発電領域115C1に付された濃淡は、発電領域115C1を8×8の領域に分割した各領域の発電時の電流密度を示しており、濃い部分がより高い電流密度を示し、薄い部分がより低い電流密度を示している。
【0030】
図2は、燃料電池セル115Cの仕様の最大電流で発電を実行した際の電流密度の分布を示している。
図3は、燃料電池セル115Cの仕様の最大電流の50%で発電を実行した際の電流密度の分布を示している。
【0031】
図2に示す最大電流の発電時は、発電領域115C1において、空気入口115C2に近い側に電流密度の高い領域が集中しており、空気出口115C5に近い側に電流密度の低い領域が集中している。
【0032】
図2に示す電流密度の偏りが生じる理由は以下の通りである。全体の発電電流の増加に伴い、空気が供給される空気入口115C2に近い側と比較して、空気の流れの下流である空気出口115C5に近い側では酸素濃度が低下することにより、発電電流が低下する。また、全体の発電電流の増加に伴い、発電により生成された水が空気出口115C5側に集まり、空気の流量では水を押し出せないために発電能力が低下する。これらにより、空気入口115C2側に電流密度の高い領域が集中し、空気出口115C5側に電流密度の低い領域が集中する。
【0033】
一方、
図3は、仕様の最大電流の50%で発電した場合の発電領域115C1の状態を示しており、電流密度の局部への集中がなく、電流密度に偏りが生じずに全面に均一な領域が存在している。すなわち、燃料電池セル115Cにおいて、発電領域115C1が均一に使用されている。なお、仕様の最大電流の50%に限られず、仕様の最大電流より小さい電流で発電した場合も、発電領域115C1は電流密度に偏りが生じずに全面に均一な状態になる。
【0034】
燃料電池スタック115の出力にDCDC変換部116を接続して電圧変換する燃料電池システム100においては、変圧する電圧の関係、またDCDC変換部116の特性により、燃料電池セル115Cの最大電流まで使用しない場合が存在する。
【0035】
このように、燃料電池セル115Cの最大電流まで使用しないような燃料電池システム100では、出荷後の使用によるエージング効果は期待できないため、発電領域115C1の全面を均一にエージングする必要がある。特に、フォークリフトなどの産業車両や定置型の燃料電池発電機に使用される燃料電池システムにおいては、最大消費電力が自動車と比較して少ないため、燃料電池セル115Cの仕様の最大電流まで使用しない。
【0036】
[エージングの具体例]
以下、実施の形態1として、燃料電池セル115Cの発電領域115C1の全面を均一にエージングするための処理内容を以下に説明する。なお、実施の形態1におけるエージングは、燃料電池セル115Cに含まれる膜電極ガス拡散層接合体及び触媒層内電解質における含水率の適正化、触媒表面の異物除去、触媒の還元などにより、燃料電池スタック115の初期性能を向上させるものである。
【0037】
(A)発電タイミングと休止タイミング:
制御部101は、以下に示すように、第1工程としての発電タイミングと、第2工程としての休止タイミングとを実行する。このように第1工程としての発電タイミングと、第2工程としての休止タイミングとを実行することにより、エージングを効果的に実行することができる。ここで、第1工程としての発電タイミングと、第2工程としての休止タイミングとを1セットとして、この1セットを複数回繰り返すことにより、エージングを短時間に効果的に実行することができる。
【0038】
(A1)発電タイミング:
制御部101は、エージング時において、3分程度の一定の発電タイミングを設けるように、燃料電池システム100の各部を設定する。燃料電池スタック115で発電された電力は、負荷300に供給される。コンプレッサ113の立ち上がり特性と水素供給弁114の応答性能によっては、この一定時間を短く設定することが可能である。
【0039】
(A2)休止タイミング:
制御部101は、休止タイミングにおいて、発電を休止し、無負荷、すなわち、DCDC変換部116の動作を停止させ、負荷300に電流が流れないように、燃料電池システム100の各部を設定する。言い換えると、制御部101は、この休止タイミングにおいて、燃料電池スタック115に含まれる燃料電池セル115Cを、触媒の水素吸脱着電位未満の電圧に設定するようにする。そして、この休止タイミングにおいて、発電タイミングで生成された水を燃料電池セル115Cの全面にできるだけ行き渡らせる。このようにすることで、上述した含水率の適正化と、触媒に付着した異物の洗浄とを効果的に実行することができる。従って、発電タイミングの後に1分程度の一定の休止タイミングを設ける。
【0040】
(B)発電電流の設定:
制御部101は、以上の発電タイミング(A1)において、発電により生成される水ができるだけ多くなるように制御する。この水により膜電極ガス拡散層接合体及び触媒層内電解質における含水率の適正化、及び触媒に付着した異物の洗浄が行われる。このため、発電タイミングにおいて生成される水量はできるだけ多いことが望ましい。
【0041】
燃料電池スタック115において1分間に生成される水量をW[g/min]、燃料電池セル115Cで発電されて流れる電流をI[A]、ファラデー定数を96485[C/mol、水のモル質量を18[g/mol]とした場合、
W [g/min]=I[A]/96485[C/mol]*積層枚数*60[sec]*18[g/mol]
として、生成される水量Wを求めることができる。
すなわち、発電により生成される水量Wは、電流Iに比例するため、制御部101は、以上の発電タイミング(A1)における電流Iを燃料電池セル115Cの仕様の最大電流に設定する。この電流は、測定部115sで検知される。これにより、発電タイミング(A1)において、膜電極ガス拡散層接合体及び触媒層内電解質における含水率の適正化、及び触媒に付着した異物の洗浄に必要な水を生成することができる。
【0042】
(C)水素ストイキ比の設定:
本実施の形態において、水素ストイキ比は、供給される水素の量と、発電を行うのに必要な理想的な水素の量との比である。よって、供給される水素の量が発電を行うのに必要な理想的な水素の量と等しい場合は、水素ストイキ比が1である。また、発電時の水素が理想状態より多い場合、水素ストイキ比は1より大きくなる。
【0043】
以下、水素ストイキ比と、燃料電池セル115C内の各領域の電流密度のばらつきとの関係を
図4により説明する。
図4は、実施の形態1における燃料電池スタック115のエージング時のアノード側の水素ストイキ比と電流密度の標準偏差との特性を示す特性図である。ここで、
図4の縦軸の電流密度の標準偏差は、燃料電池セル115Cの発電領域115C1を8×8の領域に分割した各領域の発電時の電流密度のばらつきを示している。
【0044】
図4によると、水素ストイキ比の値を1より大きい範囲で変更した場合でも、燃料電池セル115C内の各領域の電流密度の標準偏差はほとんど変化しない。そこで、水素ストイキ比は電流密度のばらつきには効果ないため、以上の発電タイミング(A1)において、水素ストイキ比を1より大きい値に設定するか、水素ストイキ比を1より小さい値にならないように、制御部101は、水素供給弁114を制御して水素の量を設定する。このように水素ストイキ比を設定することで、発電に利用されない水素により燃料電池セル115Cに使用されている触媒の還元を行う。
また、制御部101は、後述する電極間差圧において、アノード側の圧力がカソード側の圧力より大きくなるように、水素供給弁114を制御して水素の流量を設定する。
【0045】
(D)空気ストイキ比の設定:
本実施の形態において、空気ストイキ比は、供給される空気の量と、発電を行うのに必要な理想的な空気の量との比である。よって、供給される空気の量が発電を行うのに必要な理想的な空気の量と等しい場合は、空気ストイキ比が1である。また、発電時の空気が理想状態より多い場合、空気ストイキ比は1より大きくなる。
【0046】
以下、空気ストイキ比と、燃料電池セル115C内の各領域の電流密度のばらつきとの関係を
図5により説明する。
図5は、実施の形態1における燃料電池スタック115のエージング時のカソード側の空気ストイキ比と電流密度の標準偏差との特性を示す特性図である。ここで、
図5の縦軸の電流密度の標準偏差は、燃料電池セル115Cの発電領域115C1を8×8の領域に分割した各領域の発電時の電流密度のばらつきを示している。
【0047】
図5によると、空気ストイキ比の値を大きくすると、燃料電池セル115C内の各領域の電流密度の標準偏差は小さくなり、電流密度のばらつきが小さくなることがわかる。一方、エージングの効果の一つである触媒表面の異物除去のために触媒の水素吸脱着電位を利用することが知られている。水素吸脱着電位を
図6により説明する。
図6は、実施の形態1におけるエージング時における燃料電池セル115Cのセル電圧電流特性を示す特性図である。燃料電池セル115Cのセル電圧が0.1V~0.4V程度の範囲が水素吸脱着電位である。この水素吸脱着電位の領域まで電圧を下げるためにはカソード側の空気ストイキ比を低く設定し、水素が残存するように、燃料電池セル115Cを酸素欠乏状態で発電することが考えられる。これにより、エージングの効果の1つである、酸化している触媒の水素による還元を実現できる。
【0048】
しかし、このように空気ストイキ比を低く設定すると、燃料電池セル115Cの空気出口115C5付近では水素と結合すべき酸素が低下し、発電領域115C1において電流密度の低い発電不良の領域が発生する。そこで、制御部101は、発電タイミング(A1)におけるカソード側の空気ストイキ比を、触媒の水素吸脱着電位を利用可能な範囲に設定するように、コンプレッサ113を制御して空気の量を調整する。より具体的には、制御部101は、燃料電池セル115Cの発電領域115C1において過大な酸素欠乏状態にならない程度の空気ストイキ比、例えば、1.1~1.4程度、望ましくは、1.3程度に設定する。
【0049】
このように空気ストイキ比の値を設定する別の手法として、酸素濃度を実空気よりも低くした混合気体を使用することが考えられる。このように酸素濃度を低くした混合気体を用いることで、混合気体の流量を減らさずに、生成された水を空気出口115C5に押し出す力を維持しつつ、触媒の水素吸脱着電位を利用可能な状態を維持できる。例えば、空気ストイキ比を1.1に設定したと同等に触媒の水素吸脱着電位を利用可能な状態を維持し、かつ空気ストイキ比を1.3に設定したと同等の空気流量を実現するのであれば、実空気の酸素濃度を0.209とした場合、
酸素濃度=1.1*0.209/1.3=17.7[%]
となるように酸素濃度を調整した混合気体を用意すればよい。
【0050】
(E)アノード入口圧力の設定:
燃料電池セル115Cにおいてアノード入口としての水素入口115C3の圧力を調整した際の電流密度のばらつきについて
図7を用いて説明する。
図7は、実施の形態1における燃料電池スタック115のエージング時の水素入口圧力と電流密度の標準偏差との特性を示す特性図である。ここで、
図7の縦軸の電流密度の標準偏差は、燃料電池セル115Cの発電領域115C1を8×8の領域に分割した各領域の発電時の電流密度のばらつきを示している。制御部101は、以上の発電タイミング(A1)における電流Iを燃料電池セル115Cの仕様の最大電流に設定しており、水素入口115C3の圧力は、例えば、200kPaAを超すような動作点となり得る。そして、そのような圧力では電流密度のばらつきに大きな影響がないことから、制御部101は、燃料電池セル115Cの全面において、水素供給弁114を制御して水素の圧力を調整し、アノード側の圧力がカソード側の圧力より大きくなるように、電極間差圧を設定する。これにより、アノード側の水素の圧力が高まるため、エージングの効果の1つである、酸化している触媒の還元を適切に実現できる。
【0051】
(F)カソード出口圧力の設定:
燃料電池セル115Cにおいてカソード出口としての空気出口115C5の圧力を調整した際の電流密度のばらつきについて
図8を用いて説明する。
図8は、実施の形態1における燃料電池スタック115のエージング時の空気出口圧力と電流密度の標準偏差との特性を示す特性図である。ここで、
図8の縦軸の電流密度の標準偏差は、燃料電池セル115Cの発電領域115C1を8×8の領域に分割した各領域の発電時の電流密度のばらつきを示している。このように、空気出口115C5における圧力の増加に伴い、電流密度の標準偏差は低下傾向を示し、電流密度のばらつきが抑制される。この
図7の特性によれば空気出口115C5の圧力はできるだけ高い方が望ましいが、実施の形態1のエージングでは酸化している触媒の水素による還元を実行できるようにすることが望ましい。このため、制御部101は、以上の発電タイミング(A1)において、燃料電池セル115Cの全面においてコンプレッサ113を制御して空気の量を調整し、カソード側の圧力がアノード側の圧力よりも小さくなるように、電極間差圧を設定する。これにより、アノード側の水素の圧力が高まるため、エージングの効果の1つである、酸化している触媒の還元を適切に実現できる。
【0052】
(G)冷却媒体温度の設定:
一般的に、燃料電池スタック115内を流れる冷却媒体の温度が高い方が、膜電極ガス拡散層接合体の触媒が高活性となり、結果としてエージングに効果的である。しかし、冷却媒体温度が高いと、膜電極ガス拡散層接合体の乾燥を誘発するおそれがある。このため、エージング時において、燃料電池セル115Cの発電領域115C1の最大温度が設定値、例えば90℃を超えないように、冷却媒体入口115C6での冷却媒体の温度を70℃または65℃と設定する。制御部101は、測定部118sの測定結果を参照して、ラジエータ118のファンのオン/オフを切り替えて、以上の設定値を満足するように冷却媒体の熱の放出を制御する。このようにすることで、膜電極ガス拡散層接合体の含水率を適正化し、触媒を高活性化することができる。
【0053】
(H)ガス温度/露点温度の設定:
実施の形態1における燃料電池スタック115の活性化方法が適用される燃料電池システム100の他の構成について、
図9を参照して説明する。
図9は、実施の形態1が適用される燃料電池システム100の他の構成を示すブロック図である。
図9において、
図1と同一部分には同一符号を付すことで、重複した説明を省略し、異なる部分のみを説明する。
図9の燃料電池システム100では、水素タンク112から水素供給弁114を介して燃料電池スタック115に供給される水素と、コンプレッサ113から燃料電池スタック115に供給される空気とについて、温度を調節する調温部119が設けられている。
【0054】
以上の発電タイミング(A1)における膜電極ガス拡散層接合体への加湿の観点から、燃料電池セル115Cでの露点温度はできる限り高いほうが望ましい。一方、露点温度の水素または空気は、配管内で結露する可能性がある。これに伴い、露点温度の水素または空気が配管内で結露することを防ぐため、制御部101は、調温部119を制御し、水素と空気の温度を露点温度より高くなるように、例えば、以上の露点温度+4℃に設定する。このようにすることで、膜電極ガス拡散層接合体への加湿を適切に行うことができる。
【0055】
[実施の形態により得られる効果]
実施の形態1に説明した以上の(A)~(H)の各処理を実行することにより、燃料電池スタック115に含まれる燃料電池セル115Cを、短時間でより効果的に、燃料電池スタック115の膜電極ガス拡散層接合体でのプロトン伝導に必要な電解質膜の含水率の適正化、酸化している触媒の還元、触媒に付着した異物の除去と洗浄によるエージングをすることができる。また、実施の形態1のエージングを燃料電池システム100の出荷前に実行することにより、燃料電池セル115Cの最大電流まで使用しないような燃料電池システム100であっても、燃料電池システム100の出荷時に、燃料電池スタック115のエージングを完結した状態にすることができるため、燃料電池スタック115の耐久性を向上させることができる。従って、燃料電池スタック115を活性化することができる。
【0056】
すなわち、実施の形態1により得られる効果は以下の通りである。
(1)制御部101は、燃料電池セル115Cに発電させ、発電された電力を負荷300に供給する発電タイミングと、燃料電池セル115Cの発電を休止する休止タイミングと、を実行し、発電タイミングにおいて、カソード側の空気ストイキ比を、触媒の水素吸脱着電位を利用可能な範囲に設定する。これにより、発電タイミングにおいて、膜電極ガス拡散層接合体及び触媒層内電解質における含水率の適正化、及び触媒に付着した異物の洗浄に必要な水を生成することができる。そして、発電タイミングで生成された水を、休止タイミングにおいて、燃料電池セル115Cの全面にできるだけ行き渡らせることができる。このようにすることで、上述した含水率の適正化と、触媒に付着した異物の洗浄とを効果的に実行することができる。更に、燃料電池スタックに供給する空気の量と水素の量を調整し、アノード側の圧力がカソード側の圧力より大きくなるように電極間差圧を設定する。これにより、アノード側の水素の圧力が高まるため、酸化している触媒の水素による還元を適切に実現できる。
【0057】
(2)制御部101は、発電タイミングにおいて、燃料電池セル115Cが最大電流を発生するように発電させる。これにより、含水率の適正化と異物の洗浄とに必要な十分な量の水を生成することができる。
【0058】
(3)制御部は、発電タイミングにおいて空気ストイキ比を1.1~1.4に設定する。このように空気ストイキ比を低く設定することで、発電しても水素が残存するようになり、酸化している触媒の水素による還元を実現できる。
【0060】
(4)制御部101は、発電タイミングにおいて、アノード側の水素ストイキ比が1より小さくならないように設定する。このように水素ストイキ比を設定することで、発電に利用されない水素が存在するようになり、酸化している触媒の水素による還元を実現できる。
【0061】
(5)制御部101は、燃料電池セル115Cの温度が設定値を超えないように、ラジエータ118における冷却媒体の熱の放出を制御する。この制御により、燃料電池セル115Cにおいて、触媒を高活性化しつつ、膜電極ガス拡散層接合体の含水率を適正化することができる。
【0062】
(6)制御部101は、配管を通過して燃料電池スタック115に供給される水素と空気との温度を、燃料電池セル115Cにおける露点温度より高くなるよう調温部119を制御する。この制御により、膜電極ガス拡散層接合体への加湿を適切に行うことができる。
【0063】
[その他の実施の形態]
上述した実施の形態1の説明では、制御部101の制御によりエージングを実行していたが、これに限定されず、例えば、外部の制御装置が制御部101を通してエージングを実行してもよい。この場合、外部の制御装置、または、外部の制御装置及び制御部101が、燃料電池システム100に対してエージングの制御を行う制御部として動作する。
【0064】
以上の(B)において制御部101が設定する燃料電池セル115Cの電流Iを実現するために、負荷300を可変抵抗器で構成してもよい。また、エージングの際は、DCDC変換部116を通さずに、燃料電池スタック115の出力と負荷300とを直接接続してもよい。
【0065】
上述した実施の形態1の燃料電池スタック115の活性化方法を実行する場合、燃料電池システム100内において、制御部101の制御により燃料電池スタック115をエージングするとして説明したが、これに限定されるものではない。すなわち、燃料電池スタック115をエージングする際に、燃料電池スタック115と、燃料電池スタック115以外の各種の装置または機器であって燃料電池スタック115に接続されるものとは、必ずしも燃料電池システム100を構成しなくてもよい。たとえば、燃料電池スタック115のエージング用の専用設備によって、燃料電池スタック115をエージングしてもよい。具体的には、製造された燃料電池スタック115を燃料電池システム100に組み付ける前に、エージングを実行可能な制御部と負荷とを備えた専用設備を使用して、燃料電池スタック115をエージングする。そして、前工程として専用設備を用いてエージングされた燃料電池スタック115を、後工程として燃料電池システム100に組み付ける。
【符号の説明】
【0066】
100 燃料電池システム、101 制御部、112 水素タンク、113 コンプレッサ、114 水素供給弁、115 燃料電池スタック、115s 測定部、115C 燃料電池セル、115C1 発電領域、115C2 空気入口、115C3 水素入口、115C4 水素出口、115C5 空気出口、115C6 冷却媒体入口、115C7 冷却媒体出口、116 DCDC変換部、117 蓄電装置、118 ラジエータ、118s 測定部、119 調温部。