(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-10
(45)【発行日】2024-01-18
(54)【発明の名称】銀、銀合金、金、又は金合金の表面を電解により不動態化するための方法
(51)【国際特許分類】
C25D 11/00 20060101AFI20240111BHJP
C25D 9/08 20060101ALI20240111BHJP
【FI】
C25D11/00 301
C25D9/08
(21)【出願番号】P 2021520380
(86)(22)【出願日】2019-10-18
(86)【国際出願番号】 EP2019078345
(87)【国際公開番号】W WO2020079215
(87)【国際公開日】2020-04-23
【審査請求日】2022-08-08
(32)【優先日】2018-10-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】511188635
【氏名又は名称】アトテック ドイチェランド ゲーエムベーハー ウント コ カーゲー
(74)【代理人】
【識別番号】100108453
【氏名又は名称】村山 靖彦
(74)【代理人】
【識別番号】100110364
【氏名又は名称】実広 信哉
(74)【代理人】
【識別番号】100133400
【氏名又は名称】阿部 達彦
(72)【発明者】
【氏名】ローベルト・リューター
(72)【発明者】
【氏名】オラフ・クルツ
(72)【発明者】
【氏名】ジョコ・スチヤディ-リー
(72)【発明者】
【氏名】ツェ-チェーン・フォン
【審査官】祢屋 健太郎
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第106757281(CN,A)
【文献】米国特許第04169022(US,A)
【文献】特表2017-503926(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25D 11/00
C25D 9/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
銀、銀合金、金、又は金合金の表面を電解により不動態化するための方法であって、
(i)前記表面を備える基板を用意する工程、
(ii)
- 3価クロムイオン、及び
- カルボン酸残基アニオンの1つ又は2つ以上の種
を含む不動態化水溶液を用意する工程、
(iii)基板を前記不動態化溶液と接触させ、カソード
としての基板及びアノード
の間に電流を流して、前記表面上に電解により不動態化層を堆積させる工程
を含み、
前記3価クロムイオンと、前記カルボン酸残基アニオンの全ての種とが、1:10~1:400の範囲のモル比を形成する、方法。
【請求項2】
前記不動態化水溶液が、3.1~7.5の範囲のpHを有する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記カルボン酸残基アニオンの1つ又は2つ以上の種が、脂肪族カルボン酸残基アニオンの種である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記カルボン酸残基アニオンの1つ又は2つ以上の種が、ギ酸アニオン及び/又はシュウ酸アニオンを含む、請求項1から3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記不動態化溶液中、前記モル比が、1:15~1:350の範囲である、請求項1から4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
工程(i)において、銀合金及び金合金の表面が、それぞれ個々に、それぞれの表面の原子の総量に対して、それぞれ、55原子%以上の総量の銀及び金を含む、請求項1から5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記不動態化水溶液が、+6未満の酸化状態を有する硫黄原子を含む硫黄含有化合物、ホウ酸、リン酸イオン、硝酸イオン、アンモニウムイオン、及び塩化物イオンを含まない、請求項1から6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
工程(iii)において、電流が、0.5A/dm
2~25A/dm
2の範囲のカソード電流密度を有する、請求項1から7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
工程(iii)で堆積される前記不動態化層が、少なくとも、元素クロム、炭素、及び酸素を含む、請求項1から8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
工程(iii)で堆積される前記不動態化層が、3価クロムの酸化物及び/又は水酸化物を含む、請求項1から9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
工程(iii)において、前記接触が、1秒~1000秒、実施される、請求項1から10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
工程(iii)において、前記不動態化溶液が、25℃~70℃の範囲である、請求項1から11のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
5.4~7.2の範囲のpHを有する不動態化水溶液であって、
- 3価クロムイオン、並びに
- 前記3価クロムイオンの錯体形成剤としてギ酸アニオン及び/又はシュウ酸アニオン
を含み、
前記3価クロムイオンと、全てのギ酸アニオン及び全てのシュウ酸アニオンとが、1:15~1:400の範囲のモル比を形成する、不動態化水溶液。
【請求項14】
前記3価クロムイオンが、前記不動態化溶液の総体積に対して、0.1g/L~5.0g/Lの範囲の濃度で存在する、請求項13に記載の不動態化水溶液。
【請求項15】
前記溶液が、前記ギ酸アニオンを含み、前記3価クロムイオンと全てのギ酸アニオンとが、1:15~1:350の範囲のモル比を形成する、請求項13又は14に記載の不動態化溶液。
【請求項16】
銀、銀合金、金、又は金合金の表面を電解により不動態化するための、
- 3価クロムイオン、並びに
- 前記3価クロムイオンの錯体形成剤としてギ酸アニオン及び/又はシュウ酸アニオン
を含む不動態化水溶液であって、前記3価クロムイオンと、全てのギ酸アニオン及び全てのシュウ酸アニオンとが、1:10~1:400の範囲のモル比を形成する、不動態化水溶液の使用。
【請求項17】
前記不動態化水溶液が、5.4~7.2の範囲のpHを有する、請求項16に記載の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、銀、銀合金、金、又は金合金の表面を電解により不動態化するための方法、及びそれぞれの不動態化溶液に関する。
【背景技術】
【0002】
装飾において、及び機能用途において、その明るく輝く外見、並びに優れた導電性及び温度特性にそれぞれ起因して、銀が利用されることが多い。一方では、銀は宝飾の製造に使用され、有利には、銀は通常、皮膚刺激を引き起こさない。他方、銀はまた、プリント回路基板及び電子部品用機能コネクタの製造にも利用される。しかしながら、所期の目的とは無関係に、銀のそれぞれの表面を備える基板は、周囲空気の存在下で、経時的に望ましくない変色が生じるという欠点がある。この変色は、典型的には硫化銀を含み、例えば、茶色がかった色、赤みがかった色、黄色がかった色、及び黒色を含む望ましくない退色を示す。そのような変色は、装飾品の外見及びそれぞれの電子部品の機能特性に負の影響を及ぼす。
【0003】
機能用途において、金、特に金合金もまた、しばしば利用される。金は、周囲空気によって引き起こされる変色を受けにくい性質であるが、特に、非常に薄い金層が利用される場合、堆積した金の細孔に起因して、望ましくない退色及び更には酸化が生じうる。そのような細孔は、堆積した金の下の金属との酸化物の形成を助長しうる。
【0004】
当技術分野において、前記変色/退色を防止する、又は少なくとも最小にするために、種々の銀/金表面処理が公知である。
【0005】
US4,169,022Aは、金属基板への耐食性コーティングの堆積、及び特に、Cr2O3を含有する保護コーティングを堆積する方法に関する。典型的な基板は、銀及び金を含む。
【0006】
GB1,193,352Aは、結晶硫酸ベリリウムを含有する水溶液を使用し、電気泳動法によって銀の表面を不動態にする方法に関する。
【0007】
US2015/0329981A1は、包装用途のための鋼基板に適用されるクロム-酸化クロムコーティング、及び前記コーティングを製造するための方法に関する。
【0008】
実際に非常に良好な不動態化結果を示す表面処理及びそれぞれの不動態化溶液が公知であるが、多くの場合、それらは、十分ではない及び/又は満足のいくものではない。例えば、一部の場合、それぞれの溶液のpHは、過度に酸性である。多くの場合、銀はシアン化物含有銀浴から電解により堆積されるため、これは、特に機能用途において望ましくない。銀の堆積と銀の不動態化の間にすすぎ工程が実施されるが、不動態化溶液のシアン化物夾雑が生じうる。これは、毒性HCNの形成の可能性に起因して問題である。
【0009】
更に、多くの場合、それぞれの不動態化溶液は、許容されない寿命を示す。特に弱酸性である、又は更には中性pHを有する不動態化溶液において、比較的短時間の利用後に望ましくない沈殿が生じることが非常に多い。
【0010】
更に、多くの場合、不動態化が3価クロムイオンによって達成される場合、それぞれの不動態化溶液の利用時に、経時的に許容されない濃度の6価クロムが形成することが観察された。これは、許容されず、回避しなくてはならない。
【0011】
また、多くの場合、不動態化が十分ではないことが観察されている。これは、例えば、昇温下で、不動態化は起こるものの、経時的に不動態化に失敗し、いずれにしても望ましくない変色が現れることを意味する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【文献】US4,169,022A
【文献】GB1,193,352A
【文献】US2015/0329981A1
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
したがって、本発明の目的は、上述の従来技術に基づき、改善された不動態化溶液を含む不動態化のための改善された方法を提供することであった。これは、特に、優れた不動態化結果(昇温下での優れた不動態化もまた含む)を有する不動態化層のほか、更に、長寿命、すなわち、顕著な沈殿なしに高い安定性を有する不動態化溶液が、弱酸又は更には中性のpH値において望ましいことを意味する。これは、廃水処理を単純にし、望ましくないHCN形成を回避し、これは更に、それぞれの不動態化溶液の寿命を増加する。更に、pH、温度、及び電流密度の点で広い操作ウィンドウが、利用可能であることを意味する頑強な方法を提供することであった。最も重要なことに、それぞれの不動態化溶液中での6価クロムのアノード形成を最小にすることが目的であった。6価クロムの存在は、有機化合物の分解を引き起こすことが多く、これは更に、そのような溶液の寿命を減少させる。
【0014】
別の目的は、そのような方法に利用できるそれぞれの不動態化溶液、及びそのような不動態化溶液のそれぞれの使用を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上述の目的は、銀、銀合金、金、又は金合金の表面を電解により不動態化するための方法であって、
(i)前記表面を備える基板を用意する工程、
(ii)
- 3価クロムイオン、及び
- カルボン酸残基アニオンの1つ又は2つ以上の種
を含む不動態化水溶液を用意する工程、
(iii)基板を前記不動態化溶液と接触させ、カソード及びアノードとしての基板間に電流を流して、前記表面上に不動態化層を電解により堆積させる工程
を含み、
3価クロムイオンと、カルボン酸残基アニオンの全ての種とが、1:10~1:400の範囲のモル比を形成する、方法によって解決される。
【0016】
本発明者らの実験は、本発明の方法が、昇温の存在に関わらず、優れた不動態化結果を有する不動態化層、特に、優れた耐食性を有する層を提供するだけでなく、更に、本発明の方法の工程(ii)及び(iii)に利用される不動態化溶液の大幅に増加した寿命及び安定性も提供することを示した。顕著な又は妨げとなる沈殿は、弱酸性pH値において、溶液中で観察されなかった。更に、本発明の方法は、pH、温度、及び電流密度のわずかな変動が、優れた不動態化結果に影響を及ぼさず、したがって、望ましく広い操作ウィンドウを示すため、非常に頑強である。更に、本発明の方法の間、不動態化水溶液中で微小濃度、典型的には2ppmよりも大幅に低い6価クロムのみが形成される。
【0017】
本発明の方法は、6価クロムに基づく従来の不動態化方法、又は有機不動態化層による不動態化と比較して優れた代替的な不動態化処理である。6価クロムに基づく不動態化は、環境的に問題があり、人の健康を脅かす。有機不動態化は、環境的にはより許容されるが、有機層の熱分解への感受性に起因して、耐熱性が重大な課題である。
【0018】
本発明の方法は、少なくとも2つの調製工程、工程(i)及び(ii)を含み;工程(iii)は、実際の不動態化工程である。工程(iii)後、前記表面に電解により堆積された不動態化層を有することによって、銀、銀合金、金、又は金合金の不動態化表面が得られる。
【0019】
本発明の方法において、銀、銀合金、金、又は金合金の表面は、電解により不動態化される。銀又は銀合金の表面、最も好ましくは銀の表面が電解により不動態化される、本発明の方法が更により好ましい。しかしながら、他の場合には、金又は金合金の表面、より好ましくは金の表面が電解により不動態化される、本発明の方法が好ましい。
【0020】
一部の場合、銀、銀合金、金、又は金合金の表面が、湿式化学堆積、より好ましくは電解蒸着によって、浸漬堆積によって、又は無電解堆積によって、最も好ましくは電解蒸着によって形成される、本発明の方法が好ましい。他の場合には、銀、銀合金、金、又は金合金の表面が、物理形成、好ましくは、キャスティング又はスパッタリングによって形成される、本発明の方法が好ましい。本発明の文脈において、銀、銀合金、金、又は金合金の表面がどのように形成されるかに特に関連性はない。本発明の方法は、これら全ての場合に適用できる。
【0021】
工程(i)において、銀合金の表面が、金、銅、アンチモン、ビスマス、ニッケル、スズ、パラジウム、白金、ロジウム、ルテニウム、ガリウム、ゲルマニウム、インジウム、亜鉛、亜リン酸、セレン、硫黄、炭素、窒素、及び酸素からなる群から選択される1種又は2種以上の合金元素、好ましくは、銅、アンチモン、金、炭素、窒素、及び酸素からなる群から選択される1種又は2種以上の合金元素を含む、本発明の方法が好ましい。好ましくは、炭素及び窒素の各々の量が、表面の原子の総量に対して0.5原子%以下である。好ましくは、上述の合金元素は、銀合金の表面の唯一の合金元素である。
【0022】
工程(i)において、金合金の表面が、銀、コバルト、ニッケル、鉄、銅、パラジウム、白金、ロジウム、スズ、ビスマス、インジウム、亜鉛、ケイ素、炭素、窒素、及び酸素からなる群から選択される1種又は2種以上の合金元素、好ましくは、銀、銅、ニッケル、コバルト、鉄、炭素、窒素、及び酸素からなる群から選択される1種又は2種以上の合金元素を含む、本発明の方法が好ましい。特に、工程(i)において、金、銀、及び銅を含む、又は金、ニッケル、コバルト、及び鉄を含む金合金の表面が好ましい。好ましくは、上述の合金元素は、金合金の表面の唯一の合金元素である。
【0023】
工程(i)において、銀合金及び金合金の表面が、それぞれ個々に、それぞれの表面の原子の総量に対して、それぞれ、55原子%以上、好ましくは65原子%以上、より好ましくは75原子%以上、更により好ましくは85原子%以上、最も好ましくは95原子%以上、更に最も好ましくは98原子%以上の総量の銀及び金を含む、本発明の方法が好ましい。これは、それぞれ、銀合金の表面において、全原子の過半数が、銀原子であり(少なくとも55原子%)、金合金の表面において、全原子の過半数が金原子である(少なくとも55原子%)ことを意味する。
【0024】
工程(i)において、金又は銀の表面が、それぞれ、純粋な金及び純粋な銀の表面である、本発明の方法が好ましい。本発明の文脈において、純粋は、それぞれの表面の原子の総量に対して、99.9原子%以上、好ましくは99.95原子%以上、最も好ましくは99.99原子%以上を示す。
【0025】
好ましくは、銀、銀合金、金、又は金合金の表面は、それぞれ、銀、銀合金、金、又は金合金の層の表面であり、層は、(a)金属ベースの基板に直接配置される、又は(b)層スタックの1つ若しくは2つ以上の金属/金属合金層に配置され、層スタックは、金属ベースの基板若しくは有機物ベースの基板に配置される。各場合に、前記表面を備える基板は、本発明の方法の工程(i)で定義される通りの結果をもたらし、その通りに用意される。本発明の文脈において、「用意すること」は、それを「製造すること」を含む。
【0026】
銀、銀合金、金、又は金合金のそれぞれの層が、少なくとも5nmの層厚を有する、本発明の方法が好ましい。好ましくは、銀及び銀合金の層は、それぞれ、5nm~500nm、好ましくは10nm~400nm、より好ましくは40nm~300nmの範囲の層厚を有する。好ましくは、金及び金合金の層は、それぞれ、5nm~10000nm、好ましくは、10nm~5000nmの範囲の層厚を有する。最も好ましくは、前述の層厚は、それぞれの金属及び金属合金の湿式化学堆積の結果である。
【0027】
好ましくは、銀、銀合金、金、又は金合金の層は、それぞれ、湿式化学堆積によって、好ましくは電解蒸着によって、(a)前記金属ベースの基板に直接配置される、又は(b)前記層スタックに配置される。
【0028】
好ましくは、層スタックは、ニッケル層、ニッケル合金層、銅層、銅合金層、及び貴金属シード層からなる群から選択される1つ又は2つ以上の層を含む。
【0029】
好ましくは、金属ベースの基板は、鉄、マグネシウム、ニッケル、亜鉛、スズ、アルミニウム、及び銅、好ましくは、鉄、銅、スズ、及び亜鉛からなる群から選択される、1種又は2種以上の金属を含む。より好ましくは、金属ベースの基板は、電子部品、最も好ましくは、銅及び/又は銅合金で作製された電子部品である。好ましい銅合金は、黄銅及び青銅を含む。
【0030】
好ましくは、工程(i)において、前記表面を備える基板は、清浄済表面を有する基板である。したがって、工程(i)が、
(ia)各々、任意に超音波を含む洗浄溶液、好ましくはアルカリ性洗浄溶液で表面を洗浄する工程
を含む、本発明の方法が好ましい。
【0031】
好ましくは、洗浄溶液、好ましくはアルカリ性洗浄溶液は、少なくとも1種の湿潤剤を含む。
【0032】
一部の場合、
(ib)工程(ia)の後に得られた表面を、カソード脱脂によって洗浄する工程
を含む、本発明の方法が好ましい。
【0033】
本発明の方法の工程(ii)において、不動態化水溶液が用意される。不動態化水溶液の以下のパラメーター及び特徴は、典型的には、本発明の方法の工程(iii)への利用準備済の溶液の最終状態を指す。
【0034】
不動態化水溶液が、3.1~7.5、好ましくは4.1~7.2、より好ましくは4.9~6.9、更により好ましくは5.4~6.7、最も好ましくは5.8~6.6の範囲のpHを有する、本発明の方法が好ましい。これらのpH範囲において、沈殿なしに優れた安定性が得られるため、5.8~6.9、好ましくは6.0~6.6の範囲のpHが、一般に好ましい。本発明の文脈において、pHは、20℃の温度に関連する。pHが、7.5よりも大幅に高い場合、望ましくない沈殿が、不動態化水溶液中で観察され、溶液の安定性及び寿命に許容されない影響を及ぼす。妨げにならないわずかな沈殿が、6.9超のpHで生じ始める。そのような妨げにならない沈殿は、技術的な視点からは許容されるものの、商用としての観点から、そのような不動態化水溶液はあまり望ましくない。pHが3.1よりも大幅に低い場合、強い許容されない沈殿物が、不動態化溶液中で観察される。わずかな沈殿が、pH3.1~およそ4.5の間で生じ始めることがあり、これは、やはり商用としての観点からあまり許容されない。良好な結果が、4.9~6.9の範囲のpHで得られ、これもまた好ましいpH範囲である。非常に良好な結果が、5.4~6.9の範囲のpHで得られ、これは更により好ましい。好ましくは、本発明の方法において、不動態化水溶液のpHは、水酸化カリウムによって増加され、ギ酸によって減少される。
【0035】
不動態化水溶液中の3価クロムイオンの濃度が、不動態化溶液の総体積に対して、0.1g/L~5.0g/Lの範囲、好ましくは0.2g/L~4.0g/Lの範囲、より好ましくは0.3g/L~3.0g/Lの範囲、更により好ましくは0.4g/L~2.0g/Lの範囲、最も好ましくは0.5g/L~1.5g/Lの範囲、更に最も好ましくは0.6g/L~1.2g/Lの範囲である、本発明の方法が好ましい。前記濃度は、クロムについて52g/molの分子量、すなわち、その非錯体形態に関連する。3価クロムイオンの濃度が0.1g/Lよりも大幅に低い場合、不動態化作用は通常観察されない。総量が5g/Lを大幅に超える場合、金属クロムは単発的に堆積され、又は厚すぎる不動態化層が堆積され、各々、それぞれ銀、銀合金、金、及び金合金の表面の光学的外見を許容されない程度に変化させ、不均一な光学的外見を引き起こす。更に、アノード形成された望ましくない6価クロムの濃度も増加する。濃度が4.0g/L超である場合、一部の場合に、変色/ヘーズが観察されるが、不動態化作用はなお許容される。しかしながら、そのような変色/ヘーズが形成する傾向は、濃度が4.0g/L以下である場合、大幅に減少し、濃度が3.0g/L以下である場合、更にいっそう減少する。濃度が2g/L以下の場合に非常に良好な結果が得られ、濃度が0.5g/L~1.5g/Lの範囲である場合に優れた結果が得られ、これは、それぞれ銀、銀合金、金及び金合金の表面の外見に悪影響を及ぼさない不動態化層をもたらす。上述のように、3価クロムイオンの濃度は、それらの非錯体形態に関連する。しかしながら、これは、前記3価クロムイオンが、不動態化水溶液中に錯体形態で存在することを除外しない。
【0036】
本発明の方法に利用される不動態化水溶液は、カルボン酸残基アニオンの1つ又は2つ以上の種を含む。前記カルボン酸残基アニオンは、前記3価クロムイオンのための錯体形成剤として主に役立つ。
【0037】
不動態化水溶液中、溶液のpH、酸の解離定数、及び前記カルボン酸残基アニオンを含む錯体に応じて、カルボン酸残基アニオンの1つ又は2つ以上の種がプロトン化され(すなわち、それぞれのカルボン酸として存在する)、又は脱プロトン化される(すなわち、それぞれのカルボン酸残基アニオンとして存在する)。カルボン酸残基アニオンの種が、2つ以上のカルボン酸基を含有する場合、種は、部分的に、それぞれプロトン化及び脱プロトン化されうる。
【0038】
カルボン酸残基アニオンの1つ又は2つ以上の種が、ヒドロキシル基を含まない、すなわち、ヒドロキシルカルボン酸残基アニオンの種ではない、本発明の方法が好ましい。最も好ましくは、カルボン酸残基アニオンの前記1つ又は2つ以上の種は、官能基としてカルボキシル基のみを含む。
【0039】
カルボン酸残基アニオンの1つ又は2つ以上の種が、脂肪族カルボン酸残基アニオン、好ましくは脂肪族モノ又はジカルボン酸残基アニオン、更により好ましくは1~4個の炭素原子を含む脂肪族モノ又はジカルボン酸残基アニオンの種である、本発明の方法が好ましい。
【0040】
多くの場合、カルボン酸残基アニオンの1つ又は2つ以上の種が、脂肪族モノカルボン酸残基アニオン、更により好ましくは1~4個の炭素原子を含む脂肪族モノカルボン酸残基アニオンである、本発明の方法が好ましい。これは、そのような場合に、不動態化水溶液が、好ましくは、1~4個の炭素原子を含むジカルボン酸残基アニオンの種を含まない、好ましくは、ジカルボン酸残基アニオンの種を全く含まないことを意味する。
【0041】
しかしながら、あまり好ましくないが一部の他の場合、カルボン酸残基アニオンの1つ又は2つ以上の種が、脂肪族ジカルボン酸残基アニオン、更により好ましくは1~4個の炭素原子を含む脂肪族ジカルボン酸残基アニオンの種である、本発明の方法が好ましい。これは、そのような場合、不動態化水溶液が、好ましくは、1~4個の炭素原子を含むモノカルボン酸残基アニオンの種を含まない、好ましくはモノカルボン酸残基アニオンの種を全く含まないことを意味する。
【0042】
カルボン酸残基アニオンの1つ又は2つ以上の種が、ギ酸アニオン及び/又はシュウ酸アニオンを含み、好ましくはギ酸アニオン及び/又はシュウ酸アニオンが、不動態化水溶液中の唯一のカルボン酸残基アニオンの種である、本発明の方法が非常に好ましい。
【0043】
多くの場合、カルボン酸残基アニオンの1つ又は2つ以上の種が、ギ酸アニオンを含み、好ましくはギ酸アニオンが、不動態化水溶液中の唯一のカルボン酸残基アニオンの種である、本発明の方法が更により好ましい。この非常に好ましい場合に、不動態化水溶液は、好ましくは、シュウ酸アニオンを含まず、最も好ましくは、3価クロムイオンの任意の他の錯体形成剤を含まない。
【0044】
しかしながら、あまり好ましくないが一部の他の場合に、カルボン酸残基アニオンの1つ又は2つ以上の種が、シュウ酸アニオンを含み、好ましくはシュウ酸アニオンが、不動態化水溶液中の唯一のカルボン酸残基アニオンの種である、本発明の方法が好ましい。この非常に好ましい場合に、不動態化水溶液は、好ましくは、ギ酸アニオンを含まず、最も好ましくは、3価クロムイオンの任意の他の錯体形成剤を含まない。
【0045】
したがって、不動態化水溶液が、カルボン酸残基アニオンの1つの種のみ、好ましくは、上記の文中に好ましいものとして記載される通りのカルボン酸残基アニオンの1つの種のみを含む、本発明の方法が好ましい。
【0046】
本発明の利点は、3価クロムイオンと、カルボン酸残基アニオンの全ての種とが、1:10~1:400の範囲のモル比を形成するという発見に主に基づく。これは特に、最も好ましくは、好ましくはそれらが不動態化水溶液中のカルボン酸残基アニオンの唯一の種である場合、上で定義されたカルボン酸残基アニオンの好ましい種に当てはまる。各場合に、これは、カルボン酸残基アニオンの前記1つ又は2つ以上の種のモル量が、前記3価クロムイオンのモル量よりも大幅に高いことを意味する。
【0047】
不動態化溶液中、モル比が、1:15~1:350の範囲、好ましくは1:25~1:300の範囲、より好ましくは1:40~1:250の範囲、更により好ましくは1:55~1:200の範囲、最も好ましくは1:75~1:170の範囲、更に最も好ましくは1:95~1:150の範囲、特に好ましくは1:110~1:130の範囲である、本発明の方法が好ましい。これは、モル比が、最も好ましくは少なくとも1:100(すなわち、0.01)以下であることを含む。上述のモル比中の他の好ましい最小値は、1:375、1:325、1:275、1:225、1:190、1:175、1:165、1:155、1:145、1:135であり、これは、前記モル比、例えば、1:15、1:25等の各前述の最大値と自由に組み合わせて、更なる組合せを達成することができ、これは、本発明の文脈において、これにより開示される。これは同様に、本発明の不動態化溶液に適用される(以下の本文を参照されたい)。
【0048】
前記モル比は、不動態化溶液の、それぞれ安定性及び寿命、並びに本発明の方法の工程(iii)の間の望ましくない6価クロムのアノード形成に大きく影響を及ぼす。本発明の文脈において、6価クロムという用語は、酸化状態+6のクロムを含む化合物及びイオンを指す。6価クロムの最低濃度、典型的には2ppm以下、及び優れた安定性は、それぞれ、1:95~1:150及び1:110~1:130の範囲のモル比で、最も好ましくは、一緒に本文全体を通して記載される通りの非常に好ましいpH範囲で得られた。妨げにはならないが確認可能な沈殿、及びわずかに増加しているがなお許容される濃度、典型的には2ppm~5ppmの範囲の6価クロムが、1:95~1:150の範囲外であるが、上述の最も広い範囲内で観察される。モル比が、0.1よりも大幅に高い場合(>1:10)、許容されない沈殿及び高すぎる濃度の6価クロム(8ppmよりも大幅に高い)が得られる。そのような許容されない高濃度の6価クロムはまた、モル比が0.0025よりも大幅に低い場合(<1:400)にも得られる。
【0049】
不動態化水溶液が、不動態化水溶液の総質量に対して、及び原子クロムについて52g/molの分子量に関連して、0ppm~6.0ppmの範囲、好ましくは0ppm~5.0ppmの範囲、より好ましくは0ppm~4.0ppmの範囲、更により好ましくは0ppm~3.0ppmの範囲、最も好ましくは0ppm~2.5.0ppmの範囲、更に最も好ましくは0ppm~2.0ppmの範囲の総濃度の6価クロムを含む、本発明の方法が好ましい。3.0ppm以下の総濃度は、無視できるものと考えることができ、優れた結果を表す。この濃度は、不動態化水溶液中の有機化合物に顕著には影響を及ぼさない。更に、本発明の方法は、不動態化溶液中に臭化物イオンの不在下でさえそのような低濃度を可能にする。不動態化水溶液が、寿命全体にわたって0ppm~3.0ppmの範囲の総濃度で6価クロムを含み、溶液が本発明の方法で利用される、本発明の方法が非常に好ましい。6価クロムの濃度が6.0ppmよりも大幅に高い(例えば、8ppm又は更にそれよりも高い)場合、カルボン酸残基アニオンの1つ又は2つ以上の種の望ましくない分解が観察され、妨げとなる分解生成物の濃度増加につながる。これは、不動態化水溶液の寿命を更に減少させる。典型的には、6価クロムは、一般に公知のジフェニルカルバジド法によって決定及び分析(その定量化を含む)される。上述の通り、6価クロムの定量化は、6価クロムの典型的オキソアニオンである、クロメート/ジクロメート等のそれぞれの化合物/イオン中の更なる原子とは無関係な原子クロムに関連する。
【0050】
上述の6価クロムに関する総濃度は、それぞれの不動態化水溶液が新たに調製された後だけでなく、特に、それぞれの不動態化水溶液が、本発明の方法の工程(iii)で少なくとも8時間、活発に利用された後にも当てはまる。
【0051】
不動態化水溶液中のカルボン酸残基アニオンの1つ又は2つ以上の種の総濃度が、3価クロムイオンのモル濃度の10倍~400倍の範囲である、本発明の方法が好ましい。不動態化水溶液が、不動態化溶液の総体積に対して、及びギ酸アニオンについて45g/molの分子量に関連して、1g/L~1700g/Lの範囲、好ましくは8g/L~800g/Lの範囲、より好ましくは20g/L~400g/Lの範囲、更により好ましくは45g/L~210g/Lの範囲、最も好ましくは70g/L~130g/Lの範囲、更に最も好ましくは95g/L~110g/Lの範囲の濃度のギ酸アニオンを含む、本発明の方法が最も好ましい。これは、ギ酸アニオンがカルボン酸残基アニオンの唯一の種である場合に特に好ましい。
【0052】
不動態化水溶液が、前記3価クロムイオン(そのアニオンを含む)、カルボン酸残基アニオンの前記1つ又は2つ以上の種(そのカチオンを含む)、任意にpH調節剤、及び任意に1種又は2種以上の湿潤剤のみを含む又はそれらを本質的に含む、本発明の方法が非常に好ましい。これは、本発明の方法に利用される不動態化水溶液が、好ましくは、許容量の不純物、例えば不可避量の6価クロムを除く他の化合物/イオンを含まないことを意味する。
【0053】
不動態化水溶液が、クロムを除く側基元素を含む化合物又はイオンを含まない、本発明の方法が好ましい。これは、不動態化溶液が、クロムを除く元素周期表の3~12族元素を含む化合物又はイオンを含まないことを意味する。
【0054】
本発明の文脈において、対象物(例えば、化合物、材料等)を「含まない」という用語は、独立して、前記対象物が、全く存在しない、又は本発明の所期の目的に影響を及ぼすことなく、非常に少ない妨げにならない量で(程度に)のみ存在することを示す。例えば、そのような対象物は、意図せず、例えば、不可避不純物として添加又は利用されうる。「含まない」という用語は、好ましくは、前記対象物を、本発明の方法に利用される不動態化水溶液について定義される場合、前記溶液の総質量に対して、0(ゼロ)ppm~50ppm、好ましくは0ppm~25ppm、より好ましくは0ppm~10ppm、更により好ましくは0ppm~5ppm、最も好ましくは0ppm~1ppmに限定する。最も好ましくは、前記対象物は検出可能ではなく、これは、前記対象物がゼロppm又はそれよりもずっと少なく存在することを含み、これは最も好ましい。
【0055】
更に、不動態化水溶液が、ベリリウム、アルミニウム、ガリウム、インジウム、ゲルマニウム、スズ、鉛、ヒ素、アンチモン、ビスマス、及びテルルを含む化合物又はイオンを含まない、本発明の方法が好ましい。
【0056】
一部の場合、本発明の方法に利用される不動態化水溶液が、銅、亜鉛、ニッケル、コバルト、マンガン、パラジウム、及び鉄を含む化合物又はイオンを含まないことが特に好ましい。
【0057】
上述の通りの化合物及びイオンは、それらが不動態化水溶液中に存在する場合、不動態化結果に負の影響を及ぼすことが想定される。したがって、3価クロムイオンは、好ましくは、不動態化水溶液中の、元素周期表による3~12族金属イオンのうち唯一の金属イオンである。これは、好ましくは、不動態化溶液が、ナトリウム及び/又はカリウムイオンを含み、好ましくは、元素周期表による1及び2族の金属イオンのみが存在することを意味する。
【0058】
不動態化水溶液が、+6未満の酸化状態を有する硫黄原子を含む化合物を含有する硫黄を含まない、本発明の方法が好ましい。本発明者らの実験は、そのような硫黄含有化合物が、本発明の目的に反して、望ましくない退色及び変色に劇的に寄与することを示した。更に、そのような硫黄含有化合物は、本発明の方法の工程(iii)において、全不動態化工程に負の影響を及ぼす。しかしながら、これは、不動態化水溶液が、例えば、前記3価クロムイオンの供給源として、硫酸イオン(酸化状態+6)を含有することを除外しない。硫酸イオンは、本発明の方法の工程(iii)の不動態化工程にも、不動態化層にも負に干渉しない。
【0059】
不動態化水溶液が、リン酸イオンを含まない、本発明の方法が好ましい。本発明者らの実験は、リン酸アニオンが、不動態化溶液中で3価クロムイオンを錯体化することを示した。これは3価クロムイオンの錯体形成に影響を及ぼし、不動態化溶液全体の維持の制御がより困難であるため、これは望ましくない。
【0060】
不動態化水溶液が、硝酸イオンを含まない、本発明の方法が好ましい。本発明者らの実験は、硝酸アニオンが不動態化溶液の劣化を促進し、それぞれ望ましくない変換及び分解生成物を更に形成することを示し、これは回避しなくてはならない。
【0061】
不動態化水溶液が、アンモニウムイオンを含まない、本発明の方法が好ましい。本発明者らの実験は、アンモニウムアニオンがまた、不動態化溶液中で3価クロムイオンとの錯体を形成することを示した。これは3価クロムイオンの錯体形成に影響を及ぼし、不動態化溶液全体の維持の制御がより困難であるため、やはりこれは望ましくない。
【0062】
不動態化水溶液が、塩化物イオンを含まない、好ましくは、ハロゲンイオンを全く含まない、本発明の方法が好ましい。本発明者らの実験は、特に、塩化物アニオンが、不動態化溶液中で3価クロムイオンと錯体を形成することを示した。やはり、既に上述される理由からこれは望ましくない。特に、不動態化溶液が臭化物イオンを含有する場合、塩化物イオンは望ましくない。
【0063】
不動態化水溶液が、ホウ酸を含まない、好ましくは、ホウ素含有化合物を全く含まない、本発明の方法が好ましい。ホウ素含有化合物、特にホウ酸は、典型的には、毒性であり、したがって、好ましくは、健康及び環境的理由、例えば廃水処理に起因して不動態化溶液中に含有されない。本発明者らの実験はまた、ホウ素含有化合物が、不動態化溶液中で3価クロムイオンと錯体を形成することを示した。やはり、既に上述される理由からこれは望ましくない。更に、ホウ素含有化合物は、しばしば緩衝剤として使用される。しかしながら、最も好ましくは、3価クロムイオンと、カルボン酸残基アニオンの全ての種(特にギ酸アニオン)とのモル比が、少なくとも1:100(すなわち、0.01)以下である場合、不動態化溶液が、好ましくは、更なる緩衝化合物を必要としないことが、本発明の方法の利点である。したがって、工程(ii)に利用される不動態化水溶液が、カルボン酸残基アニオンの1つ又は2つ以上の種、最も好ましくはギ酸アニオンに加えて、カルボン酸残基アニオン以外の緩衝化合物を含まない本発明の方法が好ましい。
【0064】
したがって、不動態化水溶液が、+6未満の酸化状態を有する硫黄原子を含む硫黄含有化合物、ホウ酸、リン酸イオン、硝酸イオン、アンモニウムイオン、及び塩化物イオンを含まない、好ましくは、+6未満の酸化状態を有する硫黄原子を含む硫黄含有化合物、ホウ素含有化合物、リン酸イオン、硝酸イオン、アンモニウムイオン、及びハロゲンアニオンを含有しない、本発明の方法が最も好ましい。
【0065】
ほとんどの場合、不動態化水溶液が、任意のハロゲンアニオン、特に塩化物イオン及び臭化物イオンを含まない、本発明の方法が好ましい。しかしながら、一部の例外的な場合に、不動態化水溶液が、6価クロムのアノード形成を更に抑制するために臭化物イオンを含むことが好ましい。しかしながら、不動態化水溶液中に臭化物アニオンが必要とされないことは、明らかに本発明の方法の利点である。6価クロムのアノード形成は、不動態化水溶液について定義されたモル比によって優れて抑制される。これは特に、3価クロムイオンと、カルボン酸残基アニオンの全ての種(特にギ酸アニオン)とのモル比が、少なくとも1:100(すなわち、0.01)以下である場合である。結果として、費用を節約することができ、特に混合金属酸化物コーティングアノードの寿命が延長される。混合金属酸化物コーティングアノードは、塩化物イオンの存在下で、特に、更に臭化物イオンが存在する場合、分解を受けやすいことが、本発明者らの実験で示された。
【0066】
不動態化水溶液は、電解不動態化用であり、これは、外部電流が適用されることを意味する。したがって、不動態化水溶液が、前記3価クロムイオンの還元剤を含まない、本発明の方法が好ましい。
【0067】
不動態化水溶液中の3価クロムイオンが、硫酸3価クロム、ギ酸3価クロム及び/又はシュウ酸3価クロム由来、好ましくは硫酸3価クロム及び/又はギ酸3価クロム由来である、本発明の方法が好ましい。
【0068】
本発明の方法の工程(iii)において、基板(カソードとして動作)は、不動態化水溶液と接触され(好ましくは、不動態化水溶液に基板を浸漬することによって)、電流が、基板とアノード間に流され(アノードもまた、不動態化水溶液に浸漬され)て、不動態化層が、それぞれ銀、銀合金、金、又は金合金の表面上に電解により堆積される。
【0069】
工程(iii)において、電流が、0.5A/dm2~25A/dm2、好ましくは1A/dm2~24A/dm2、より好ましくは3A/dm2~23A/dm2、更により好ましくは4A/dm2~21A/dm2、最も好ましくは5A/dm2~19A/dm2の範囲のカソード電流密度を有する、本発明の方法が好ましい。電流密度が、0.5A/dm2よりも大幅に低い場合、一般に、不十分な不動態化が得られる。電流密度が、25A/dm2を大幅に超える場合、典型的には、光学的外見の望ましくない変化と共に、水素ガスの望ましくない強い発生が観察される。反対に、カソード電流密度が、5A/dm2~19A/dm2の範囲、特に、また非常に好ましい範囲である10A/dm2~14A/dm2の範囲である場合、非常に優れた不動態化が素早く得られ、工程(iii)の接触は、不動態化溶液へのラックディッピングによって実施される。
【0070】
上で示される通り、本発明の方法において、カソード電流密度は、好ましくは、具体的な用途に依存する。したがって、工程(iii)において、電流が、0.5A/dm2~2A/dm2、好ましくは0.8A/dm2~1.8A/dm2、より好ましくは1A/dm2~1.6A/dm2、最も好ましくは1.2A/dm2~1.4A/dm2の範囲のカソード電流密度を有し、工程(iii)における接触が、バレル中で実施される、本発明の方法が好ましい。
【0071】
工程(iii)において、電流が、8A/dm2~25A/dm2、好ましくは9A/dm2~23A/dm2、より好ましくは10A/dm2~21A/dm2、最も好ましくは11A/dm2~18A/dm2の範囲のカソード電流密度を有し、工程(iii)が、通過流接触によって実施される、本発明の方法も好ましい。
【0072】
本発明の方法の工程(iii)において流される電流は、好ましくは直流、より好ましくは、パルスを含まない直流である。しかしながら、この電流、及び不動態化水溶液中の3価クロムイオの濃度は、金属クロム層のみを堆積するのに十分ではない。これは、不動態化層が、更なる金属クロム層ではなく、+3の酸化状態のクロム原子を含有する化合物を主に含む層であることを意味する。
【0073】
本発明者らの実験によると、工程(iii)において電解により堆積される不動態化層は、少なくとも、元素クロム、炭素、及び酸素を含む。したがって、工程(iii)で堆積される不動態化層が、少なくとも、元素クロム、炭素、及び酸素を含む、本発明の方法が好ましい。
【0074】
工程(iii)で堆積される不動態化層が、3価クロムの酸化物及び/又は水酸化物を含み、最も好ましくは、工程(iii)で堆積される不動態化層が、少なくとも3価クロムの酸化物及び/又は水酸化物を含む元素クロム、炭素、及び酸素を含む、本発明の方法が好ましい。
【0075】
更に、本発明の方法の工程(iii)で得られる不動態化層は、透明層である。結果として、本発明の方法は、宝飾等の、それぞれ銀、銀合金、金、又は金合金の表面を備える装飾品を不動態化するのによく適している。透明不動態化層は、表面の品質の目視検査を素早く可能にする。しかしながら、これは同様に、電子部品に当てはまり、したがって、製造プロセスの間及びその後の素早い品質及びプロセス制御を可能にする。
【0076】
工程(iii)が実施された後、不動態化層は、500nm以下、好ましくは400nm以下の厚さを有する、本発明の方法が好ましい。
【0077】
工程(iii)において、接触が、1秒~1000秒、好ましくは4秒~800秒、より好ましくは8秒~500秒、更により好ましくは15秒~350秒、最も好ましくは25秒~220秒、更に最も好ましくは30秒~150秒、実施される、本発明の方法が好ましい。接触が、1秒よりも大幅に短い場合、一般に、十分ではない不動態化が得られる。接触が1000秒を大幅に超える場合、典型的には、しみ及び曇り等の光学的外見の望ましくない変化が、一部の場合に観察される。
【0078】
電流密度が具体的な用途に依存するのと同じように、工程(iii)の接触時間も同様に、それに依存する。したがって、工程(iii)において、接触が、1秒~10秒、好ましくは2秒~8秒、より好ましくは3秒~6秒、実施され、工程(iii)の接触が、通過流接触によって実施される、本発明の方法が好ましい。
【0079】
工程(iii)において、接触が、20秒~400秒、好ましくは25秒~350秒、より好ましくは30秒~300秒、実施され、工程(iii)の接触が、不動態化溶液へのラックディッピングによって実施される、本発明の方法も好ましい。
【0080】
工程(iii)において、接触が、100秒~1000秒、好ましくは200秒~950秒、より好ましくは310秒~900秒、更により好ましくは410秒~850秒、実施され、工程(iii)の接触が、バレル中で実施される、本発明の方法が更に好ましい。
【0081】
工程(iii)において、不動態化溶液が、25℃~70℃の範囲、好ましくは31℃~65℃の範囲、より好ましくは36℃~60℃の範囲、最も好ましくは40℃~50℃の範囲、更に最も好ましくは41℃~49℃の範囲である、本発明の方法が好ましい。特に好ましい温度は、45℃±1℃である。温度が70℃を大幅に超える場合、望ましくない強い蒸発が観察されることが多い。温度が25℃よりも大幅に低い場合、不動態化溶液中の錯体形成が、負の影響を受けて不十分な不動態化がもたらされると考えられる。
【0082】
本発明の方法(上記の通り、好ましくは、好ましいものとして上記される通り)において、工程(iii)において、不動態化層が、中断なしに単一工程で堆積されることが好ましい。
【0083】
本発明の方法の工程(iii)において堆積される不動態化層が最外側層である、本発明の方法が好ましい。これは、好ましくは、更なる有機又は金属層が、不動態化層の上面に堆積されないことを意味する。
【0084】
工程(iii)において、アノードが、混合金属酸化物コーティングアノード、グラファイトアノード、及び鋼アノードからなる群から選択される、最も好ましくは混合金属酸化物コーティングアノードである、本発明の方法が好ましい。混合金属酸化物コーティングアノード等の不溶性アノードが、特に好ましい。本発明者らの実験によると、本発明の方法において、混合金属酸化物コーティングアノードが、優れて低濃度、典型的には2ppmよりもかなり低いアノード形成された6価クロムがもたらされる(上の文も参照されたい)。好ましくは、本発明の方法は、不動態化水溶液中の6価クロム濃度が(工程(iii)で少しでもアノード形成されている場合)、検出レベル未満で維持されるように実施される。好ましい混合金属酸化物コーティングアノードは、酸化チタン、酸化イリジウム、酸化ルテニウム、及び酸化白金からなる群から選択される1種又は2種以上の酸化物を含む。白金及びチタンを含む混合金属酸化物コーティングアノードが特に好ましい。
【0085】
本発明はまた、5.4~7.2の範囲のpHを有する不動態化水溶液であって、
- 3価クロムイオン、並びに
- 前記3価クロムイオンの錯体形成剤としてギ酸アニオン及び/又はシュウ酸アニオン
を含み、
3価クロムイオンと、全てのギ酸アニオン及び全てのシュウ酸アニオンとが、1:10~1:400の範囲、好ましくは1:15~1:400の範囲のモル比を形成する、不動態化水溶液に関する。
【0086】
本発明の方法に利用される不動態化水溶液に関して前述の特徴、特に前述の好ましい特徴は、本発明の不動態化水溶液に同様に当てはまる。これは、最も好ましくは、上述のpH範囲に当てはまる。
【0087】
3価クロムイオンが、不動態化溶液の総体積に対して、0.1g/L~5.0g/Lの範囲、好ましくは0.2g/L~4.0g/Lの範囲、より好ましくは0.3g/L~3.0g/Lの範囲、更により好ましくは0.4g/L~2.0g/Lの範囲、最も好ましくは0.5g/L~1.5g/Lの範囲、更に最も好ましくは0.6g/L~1.2g/Lの範囲の濃度で存在する、本発明の不動態化水溶液が好ましい。この濃度に関する更なる情報については、本発明の方法と組み合わせて上の文を参照されたい。
【0088】
前記溶液が、前記ギ酸アニオンを含み、3価クロムイオンと全てのギ酸アニオンとが、1:15~1:350の範囲、好ましくは1:25~1:300の範囲、より好ましくは1:40~1:250の範囲、更により好ましくは1:55~1:200の範囲、最も好ましくは1:75~1:170の範囲、更に最も好ましくは1:95~1:150の範囲、特に好ましくは1:110~1:130の範囲のモル比を形成する、本発明の不動態化溶液が好ましい。この非常に好ましい場合に、本発明の不動態化水溶液は、好ましくは、シュウ酸アニオンを含まず、より好ましくは、ギ酸アニオン以外のカルボン酸残基アニオンを含まない。
【0089】
本発明はまた、銀、銀合金、金、又は金合金の表面を電解により不動態化するための、
- 3価クロムイオン、並びに
- 前記3価クロムイオンの錯体形成剤としてギ酸アニオン及び/又はシュウ酸アニオン
を含む不動態化水溶液であって、3価クロムイオンと、全てのギ酸アニオン及び全てのシュウ酸アニオンとが、1:10~1:400の範囲のモル比を形成する、不動態化水溶液の使用に関する。
【0090】
不動態化水溶液の使用の間、不動態化層は、前記表面を備える基板を前記溶液と接触させ、カソード及びアノードとしての基板間に電流を流すことによって、前記表面上に電解により堆積される。
【0091】
不動態化水溶液が、5.4~7.2の範囲のpHを有する、使用が好ましい。
【0092】
ギ酸アニオン、好ましくは少なくともギ酸アニオン、最も好ましくはギ酸アニオンのみの使用が非常に好ましい。ギ酸アニオンのみの場合、モル比は、3価クロムイオンと、ギ酸アニオンのみに基づいて決定される。
【0093】
本発明の方法に利用される不動態化水溶液に関する前述の特徴、特に、前述の好ましい特徴は、同様に、本発明の使用に当てはまる。これは、最も好ましくは、上述のpH範囲に当てはまる。
【発明を実施するための形態】
【0094】
本発明を、以下の非限定例によって更に説明する。
【実施例】
【0095】
以下の例において、比較目的の不動態化溶液及び本発明による不動態化溶液を調製する。比較例は、US4,169,022Aに基づく。
【0096】
一般に、不動態化溶液は、硫酸3価クロム及びギ酸カリウムを混合し、水に溶解して、所定のモル比を得ることによって得られる。各新たに調整された不動態化溶液中、3価クロムイオンの濃度は、およそ1g/L(およそ19.3mmol/L)である。それぞれのpHは、KOH又はギ酸によって調節される。
【0097】
試験のために、各例において、純粋な銀の表面を備える銅リードフレーム(およそ97%Cu)を利用する。前記銀表面は、銀層に属し、これは、その前に、Atotech社のprocess Silver Tech MS LEDによって銅リードフレーム上に堆積させた。堆積銀層の層厚は、およそ200nmである。
【0098】
電解による不動態化は、各例において、混合金属酸化物コーティングアノードにより、およそ10~90秒実施する。不動態化の直後、堆積された銀層の輝く外見に影響を及ぼさない完全に透明な不動態化層が得られる。
【0099】
不動態化特性は、不動態化直後、K2S試験にかけた後、及び前記K2S試験+加熱工程(200℃で60分)にかけた後に、専門家パネルによって、目視検査する。
【0100】
K2S試験は、以下の通り実施する:不動態化を実施した後、それぞれの試験サンプルを、硫化カリウム(2%)を含有する水溶液に5分間浸漬する。その後、試験サンプルを水ですすぎ、乾燥し、目視検査する。
【0101】
更に、不動態化溶液中の6価クロムの濃度を、較正曲線に対して1.5-ジフェニルカルバジドを利用する測光法によって決定する。540nmの波長及び1cmの経路超のキュベットを使用する。典型的には、濃度を、不動態化法において不動態化溶液を8時間利用した後に決定する。
【0102】
実験結果及び更なる実験パラメーターを、以下の表1(比較例)及び表2(本発明による例)にまとめる。
【0103】
【0104】
各比較例において、典型的には8ppm超の許容されない濃度の6価クロム(Cr(VI))が、8時間後に観察され、記号「√」で示される。
【0105】
更に、各比較例において、溶液の調製の間に既に、又は不動態化が開始したすぐ後のいずれかに、許容されない沈殿が観察される。満足のいく不動態化を、試験した比較例の一部でなお得ることができるが、どの例においても、試験溶液は、十分安定ではなく沈殿が明らかであった。したがって、寿命は許容されない。
【0106】
表1(及び以下の表2)中、「+++」、「++」、及び「+」は、以下の観察を記載する:
「+++」は、優れた結果、すなわち、妨げになる変色のない、均質な輝く不動態化銀表面を示し、
「++」は、許容される結果、すなわち、妨げになる変色のない、輝く不動態化銀表面を示し、
「+」は、不合格を示し、すなわち、不動態化銀は十分輝いておらず、妨げになる変色を有し;試験サンプルは許容されない。
【0107】
更に、「CD」は、電流密度を示す。
【0108】
上記の比較例は、およそ5.5のpHを有する不動態化溶液により良好な不動態化結果を得ることができることを示す。およそ6.5のpHを有すると、不動態化結果は、K2S試験後、特に更なる熱処理後に劇的に減少する。したがって、操作ウィンドウは、およそ5.5に近いpH値に限定される。
【0109】
【0110】
本発明による各実施例において、許容される濃度の6価クロム(典型的には、およそ4~5ppm)が、8時間後に観察され、記号「-」によって示される。1:120のモル比を有する例は、更に良好な、すなわち、より低濃度、典型的には、3ppm未満、多くの場合、2ppm又は更にそれよりも低い濃度の6価クロムを示す。
【0111】
更に、本発明による各実施例において、顕著な沈殿は観察されず、したがって、優れた寿命及び溶液安定性が示される。特に実施例E9~E17(モル比1:120)において、それぞれの不動態化溶液の調製の間も、不動態化溶液の利用の間も沈殿は観察されない。実施例E1~E8では、妨げにならない無視できる極少量の沈殿が、不動態化溶液の利用の間(すなわち、不動態化の数時間後)に生じることがあるが、なお非常に許容される不動態化結果が得られる。非常に同様のデータが、7.0及び7.5のpHを有する不動態化溶液で得られ、これは、一般に、極少の沈殿を示すが不動態化結果に負の影響を及ぼすことはない。しかしながら、本発明者らの実験は、pHの増加に伴って沈殿が大幅に増加することを示す。
【0112】
本発明による全ての実施例は、不動態化直後、K2S試験後、及びK2S試験+焼成後に優れた不動態化結果を示す。
【0113】
上述の優れた結果は、5.5、6.0及び6.5のpH値で達成され、これは、比較例と比較してはるかに広いpH範囲であることも注目すべきである。