(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-11
(45)【発行日】2024-01-19
(54)【発明の名称】仮想X線回折プロファイルデータ作成装置、仮想X線回折プロファイルデータ作成方法、プログラム、及び仮想X線回折プロファイルデータ
(51)【国際特許分類】
G16C 20/30 20190101AFI20240112BHJP
【FI】
G16C20/30
(21)【出願番号】P 2023094514
(22)【出願日】2023-06-08
【審査請求日】2023-09-21
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】521172376
【氏名又は名称】合同会社Technology On Demand
(74)【代理人】
【識別番号】100173679
【氏名又は名称】備後 元晴
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 総一郎
(72)【発明者】
【氏名】加藤 隆彦
【審査官】岡北 有平
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-091872(JP,A)
【文献】特開2014-134441(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第111597762(CN,A)
【文献】Felipe Oviedo、ほか10名,Fast classification of small X-ray diffraction dastasets using physics-based data augmentation and deep neural networks,arXiv [ONLINE],2018年11月20日,p.1-11,https://arxiv.org/abs/1811.08425v1,[検索日:2021/2/4],arXiv:1811.08425v1
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G16C 10/00 - 99/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
回折線の位置(2θ)とX線強度とを棒グラフで表した既知の対象物質のX線回折パターン
におけるX線回折ピークの半値幅に基づいて前記X線回折ピークの幅
と、前記X線回折ピークの幅の左右の勾配に基づいて前記X線回折ピークの形状
と、前記X線回折パターン中のハローの強さに基づいて前記ハローの強度とを仮想X線回折要素として求める回折要素導出部と、
前記回折要素導出部で求められた前記仮想X線回折要素を前記X線回折パターンに付与することにより仮想プロファイルデータを求め、当該仮想プロファイルデータを仮想X線回折プロファイルデータとするプロファイル導出部とを有す
る、仮想X線回折プロファイルデータ作成装置。
【請求項2】
前記対象物質の結晶系、空間群、格子定数、回折角、ピーク積分強度に基づく強度比を用いて各ピーク高さを前記仮想X線回折要素として算出するピーク高さ導出部と、
前記対象物質の半値幅曲線、結晶子サイズ、格子歪みを用いて各ピークプロファイルのピークの幅と形状を前記仮想X線回折要素として算出するピーク幅・形状導出部と、
前記ピーク高さ導出部で求められた前記仮想X線回折要素と、前記ピーク幅・形状導出部で求められた前記仮想X線回折要素とを理論プロファイルデータとして前記仮想プロファイルデータに合成するプロファイル合成部とを有する
、請求項1に記載の仮想X線回折プロファイルデータ作成装置。
【請求項3】
前記ピーク幅・形状導出部は、
前記結晶子サイズの計算にLorentzianプロファイルを、前記格子歪の計算にGaussianプロファイルを、前記結晶子サイズ及び前記格子歪の計算を同時行う場合にpseudo-Voigtプロファイルを選択的に用いる
、請求項2に記載の仮想X線回折プロファイルデータ作成装置。
【請求項4】
X線回折ピークのプロファイル関数、特性X線の波長、Kα2有無の選択、不均一歪の付与、結晶子径の全てを用いて計算することにより理論プロファイルデータを求める理論プロファイル導出部と、
前記理論プロファイル導出部で求められた前記理論プロファイルデータを前記仮想プロファイルデータに合成するプロファイル合成部とを有する
、請求項1に記載の仮想X線回折プロファイルデータ作成装置。
【請求項5】
前記仮想X線回折プロファイルデータが、
主成分分析、因子分析、クラスター分析、重回帰分析、判別分析、ロジスティック回帰分析の何れかの多変量解析に用いられる
、請求項1に記載の仮想X線回折プロファイルデータ作成装置。
【請求項6】
コンピュータに、
回折線の位置(2θ)とX線強度とを棒グラフで表した既知の対象物質のX線回折パターンに
おけるX線回折ピークの半値幅に基づいて求められたX線回折ピークの幅
と、前記X線回折ピークの幅の左右の勾配に基づいて求められた前記X線回折ピークの形状
と、前記X線回折パターン中のハローの強さに基づいて求められた前記ハローの強度とを仮想X線回折要素として求める回折要素導出処理
ステップと、
前記回折要素導出処理工程で求められた前記仮想X線回折要素を前記X線回折パターンに付与することにより仮想プロファイルデータを求め、当該仮想プロファイルデータを仮想X線回折プロファイルデータとするプロファイル導出処理
ステップとを実行させる仮想X線回折プロファイルデータ作成方法。
【請求項7】
コンピュータに、
回折線の位置(2θ)とX線強度とを棒グラフで表した既知の対象物質のX線回折パターンに
おけるX線回折ピークの半値幅に基づいて求められたX線回折ピークの幅
と、前記X線回折ピークの幅の左右の勾配に基づいて求められた前記X線回折ピークの形状
と、前記X線回折パターン中のハローの強さに基づいて求められた前記ハローの強度とを仮想X線回折要素として求める回折要素導出処理ステップと、
前記回折要素導出処理ステップで求められた前記仮想X線回折要素を前記X線回折パターンに付与することにより仮想プロファイルデータを求め、当該仮想プロファイルデータを仮想X線回折プロファイルデータとするプロファイル導出処理ステップとを実行させるためのプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、仮想X線回折プロファイルデータ作成装置、仮想X線回折プロファイルデータ作成方法、プログラム、及び仮想X線回折プロファイルデータに関する。
【背景技術】
【0002】
X線回折法の定性分析に用いられるX線回折パターンに関する技術に関し、特許文献1は、分析しようとする無機発光物質の典型的な成分であるストロンチウム(Sr)、アルミニウム(Al)、リチウム(Li)及び酸素(O)を選定する場合、これらの4つの元素を含む化合物情報を無機結晶構造データ(ICSD、Inorganic Cryatal Structure Data)を通じて確認し、バックグラウンドシミュレーションのための総6個の無作為パラメーターを選択し、ピーク状のシミュレーションのために総5個の無作為パラメーターを使用する。そして、ランダムノイズデータを付与し、ICSDから得た構造ファクター(Structural factor)及び熱的ファクター(thermal factor)と、多重度(multiplicity)、ローレンツポラリゼーションファクター(Lorentz and polarization factor)、吸収度(absorption)及び優先方向(preferred orientation)を固定変数に使用し、同時にピークプロファイル(Caglioti及びミキシング媒介変数)、背景及びホワイトノイズのような調整可能な媒介変数を使って、ICSD結晶構造データから特定化合物のX線回折パターンデータをシミュレーションにより得る方法が開示されている。
【0003】
特許文献1の技術によれば、実際と非常に類似するシミュレーションされたX線回折パターンデータを得ることができるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【文献】加藤ら,Material DXを用いた省Nd磁石の開発,まてりあ,第60巻第1号(2021)57-59
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1の技術では、シミュレーションされたX線回折パターンデータがピークとバックグラウンドに基づいて構成されている。このため、X線回折プロファイルを精度よくシミュレートするには至っていない。すなわち、実際の多結晶体材料では、X線を散乱させる結晶が、例えばμmオーダーからnmオーダーの微結晶やナノ結晶を含む場合や、非晶質成分(ハロー)を含む場合が殆どである。これに対し、特許文献1の技術は、X線回折パターンのシミュレーションに、結晶子サイズや格子歪を考慮していないため、上記のような実材料のX線回折に現われるピークプロファイルの幅、形状およびハローの強度を適切にシミュレートすることができないという問題があった。
【0007】
一方、X線回折法を用いて測定された未知の結晶物質・結晶材料を分析・同定する方法には、一般的に、標準ピークサーチ用X線回折パターン(ICDDデータ)が用いられている。すなわち、上記の未知の実測X線回折プロファイルと標準ピークサーチ用X線回折パターンを比較することにより、未知の材料の同定や結晶構造の解析が行われている。ここで標準ピークサーチ用X線回折パターンとは、2θ値(回折角度)の横軸、X線強度の縦軸からなる座標系に示される棒グラフを指し、ICDDデータとして存在している。
【0008】
しかし、近年、機械学習の発展や情報処理装置の処理能力の向上に伴い、非特許文献1に示されるように、X線回折プロファイルデータを新規の物質の発見や究明に利用しようとする新しい研究手法の動きが顕在化してきている。
【0009】
X線回折プロファイルデータは説明変数となる構造データとして用いることができ、主成分分析などの解析手法を用いて、目的変数となる新規の材料特性データと関連付ける機械学習により導き出そうとする動きや、また、その逆に、人知を超えた材料特性を達成できる未知の構造データを機械学習から導き出そうとする動きなどがある。このように、新しい材料開発の手法に、実測したX線回折プロファイルデータに近い多くの情報を有した仮想X線回折プロファイルデータを用いることができ、多数の仮想X線回折プロファイルデータをビッグデータとして創出する手法や創出装置及び創出プログラムの開発が望まれている。
【0010】
本発明はかかる事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、実測したX線回折プロファイルデータに近い多くの情報を有し、特に結晶子サイズや格子歪を考慮した微結晶や非晶質成分を含む結晶物質・結晶材料に対する仮想X線回折プロファイルデータを作成可能にする仮想X線回折プロファイルデータ作成装置、仮想X線回折プロファイルデータ作成方法、プログラム、及び仮想X線回折プロファイルデータを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、回折線の位置(2θ)とX線強度とを棒グラフで表した既知の対象物質のX線回折パターンに、X線回折ピークの幅、形状およびハロー強度とを仮想X線回折要素として前記X線回折パターンに付与した仮想プロファイルデータとすることによって、上記の目的を達成できることを見出した。そして、本発明者らは、本発明を完成させるに至った。具体的に、本発明は以下のものを提供する。
【0012】
本発明は、回折線の位置(2θ)とX線強度とを棒グラフで表した既知の対象物質のX線回折パターンに基づいて、X線回折ピークの幅、形状およびハローの強度とを仮想X線回折要素として求める回折要素導出部と、
前記回折要素導出部で求められた前記仮想X線回折要素を前記X線回折パターンに付与することにより仮想プロファイルデータを求め、当該仮想プロファイルデータを仮想X線回折プロファイルデータとするプロファイル導出部と
を有することを特徴とする仮想X線回折プロファイルデータ作成装置である。
【0013】
上記の構成によれば、仮想X線回折要素をX線回折パターンに付与することにより仮想プロファイルデータを求め、実測したX線回折プロファイルデータに近い多くの情報を有し、特に微結晶やナノ結晶を含む結晶体材料や、非晶質成分(ハロー)を含む結晶体材料に対応した仮想X線回折プロファイルデータを作成することができる。
【0014】
仮想X線回折プロファイルデータが特に微結晶やナノ結晶を含む結晶体材料や、非晶質成分(ハロー)を含む結晶体材料の解析に好適な理由について説明する。従来のX線回折パターンデータは、既知の対象物質のピークとバックグラウンドに基づいて構成されており、結晶子サイズや格子歪を考慮していないため、上記のような実材料のX線回折に現われるピークプロファイルの幅、形状およびハローの強度を適切にシミュレートすることができないという問題があった。一方、仮想X線回折プロファイルデータは、回折線の位置(2θ)とX線強度とを棒グラフで表した既知の対象物質のX線回折パターンに、X線回折ピークの幅、形状およびハローの強度とが付与されて構成されているため、微結晶やナノ結晶を含む結晶体材料や、非晶質成分(ハロー)を含む結晶体材料の構造をより正確に反映している。これにより、仮想X線回折プロファイルデータを、実測したX線回折プロファイルデータに近い多くの情報を有したX線回折プロファイルデータとして得ることができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、実測したX線回折プロファイルデータに近い多くの情報を有し、特に微結晶やナノ結晶を含む結晶体材料や、非晶質成分(ハロー)を含む結晶体材料の仮想X線回折プロファイルデータを作成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】
図1は、本実施形態の仮想X線回折プロファイルデータ作成装置の情報の流れを示す説明図である。
【
図2】
図2は、X線回折パターンと仮想X線回折プロファイルデータとの関係を示す説明図である。
【
図3】
図3は、X線回折パターンと仮想X線回折プロファイルデータとの関係を示す説明図である。
【
図4】
図4は、X線回折パターンと仮想X線回折プロファイルデータとの関係を示す説明図である。
【
図5】
図5は、結晶分析装置の情報の流れを示す説明図である。
【
図6】
図6は、実測したX線回折プロファイルデータの説明図である。
【
図7】
図7は、実測したX線回折プロファイルデータを主成分分析し、主成分空間上にプロットした状態を示す説明図である。
【
図8】
図8は、実測したX線回折プロファイルデータ(丸形マーク)と仮想X線回折プロファイルデータ(四角形マーク)とを主成分分析し、主成分空間上にプロットした状態を示す説明図である。
【
図9】
図9は、主成分空間上のプロット点の特性値を、カラーレベリング(黒、メッシュ2レベル、白)で表示した状態を示す説明図である。
【
図10】
図10は、主成分空間上のプロット点の特性値を、をカラーレベリング(黒、メッシュ2レベル、白)で表示した状態を示す説明図である。
【
図11】
図11は、新規に発見した材料群と材料開発領域とを主成分空間上に示した説明図である。
【
図12】
図12は、結晶特性分析支援装置の情報の流れを示す説明図である。
【
図13】
図13は、仮想X線回折プロファイルデータ作成ルーチンのフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下は、本発明の実施形態の一例について、図面を参照しながら詳細に説明するものである。
(仮想X線回折プロファイルデータ作成装置1)
図1に示すように、仮想X線回折プロファイルデータ作成装置1は、仮想X線回折要素をX線回折パターンに付与することにより仮想プロファイルデータを求め、この仮想プロファイルデータを仮想X線回折プロファイルデータとして作成するように構成されている。
【0018】
具体的な一例を示すと、仮想X線回折プロファイルデータ作成装置1は、仮想X線回折プロファイルデータを作成するコンピュータである作成制御部11を有している。作成制御部11は、ハードディスク等の記憶部2にデータ通信可能に接続されている。記憶部2は、仮想X線回折プロファイルデータを記憶する第2記憶領域21と、X線回折パターンデータを記憶する第1記憶領域22とを有している。
【0019】
尚、本実施形態においては、X線回折パターンデータ及び仮想X線回折プロファイルデータが同一の記憶部2に記憶される場合について説明するが、これに限定されるものではなく、別々の記憶部2に記憶されてもよい。また、記憶部2は、ハードディスクで構成されていてもよいし、ハードディスクとメモリとの組み合わせで構成されていてもよい。ハードディスクとメモリとを組み合わせた構成の場合は、データベースが使用するデータや索引等の一部が必要に応じてメモリにキャッシュされることによって、データベースへのアクセスを高速化することが可能になる。また、記憶部2は、インターネット5等の情報通信網に接続されたデータサーバであってもよい。
【0020】
仮想X線回折プロファイルデータ作成装置1における作成制御部11は、回折線の位置(2θ)とX線強度とを棒グラフで表した既知の対象物質のX線回折パターンに基づいてX線回折ピークの幅、形状およびハローの強度とを仮想X線回折要素として求める回折要素導出部116と、回折要素導出部116で求められた仮想X線回折要素をX線回折パターンに付与することにより仮想プロファイルデータを求め、この仮想プロファイルデータを仮想X線回折プロファイルデータとするプロファイル導出部115とを有している。
【0021】
ここで、「回折線の位置(2θ)」は、X線が結晶に照射されたときに、結晶内の原子によって回折され、検出器に到達する角度である。この角度は、X線の波長と結晶の格子定数により決定される。尚、2θは、回折角とも称される。「X線強度」は、X線が検出器に到達する強さのことである。この強度は、X線の照射強度、結晶の厚さ、結晶の構造等により相違する。「既知の対象物質」は、その物質の組成や構造が既に知られている物質のことである。X線回折法においては、既知の対象物質のX線回折パターンと比較することで、未知の物質の組成や構造を推定することが可能になっている。既知の対象物質は、結晶構造データベース(CCDC)やタンパク質構造データバンク(PDB)、分子構造データベース(MMDB)などにアクセスすることにより収集することが可能になっている。
【0022】
「X線回折パターン」は、X線が結晶に照射されたときに、結晶により回折されたX線の強度を角度ごとに表したものである。X線回折パターンは、結晶の構造を反映しているため、X線回折パターンを解析することで、結晶の構造を推定することが可能になっている。「X線回折ピークの幅」は、X線回折パターン中のピークの幅のことであり、ピークの幅は、ピークの半値幅で表される。ピークの半値幅とは、ピークの高さの半分の位置における幅である。ピークの幅は、結晶のサイズ、結晶の形状、結晶の異方性、試料の厚さ等の要因によって影響を受ける。具体的には、結晶のサイズが小さいほど、ピークの幅は広くなる。これは、小さな結晶では、X線が回折される面積が小さくなるためである。結晶の形状が不規則なほど、ピークの幅は広くなる。これは、不規則な形状の結晶では、X線が回折される方向が不均一になるためである。結晶の異方性が大きいほど、ピークの幅は広くなる。これは、異方的な結晶では、X線が回折される強さが不均一になるためである。試料の厚さが厚いほど、ピークの幅は広くなる。これは、厚い試料では、X線が回折される面積が広くなるためである。このように、X線回折ピークの幅は、結晶のサイズ、結晶の形状、結晶の異方性、試料の厚さ等の情報を得るために使用することが可能になっている。
【0023】
「ハローの強度」は、X線回折パターン中のハローの強さである。ハローは、結晶の不純物や結晶の成長異常によって生じる回折パターンである。ハローの強度は、結晶の不純物の量や結晶の成長異常の程度によって影響を受けるものである。即ち、結晶の不純物の量が多いほど、ハローの強度は強くなる。これは、不純物が多いほど、X線が回折される面積が広くなるためである。結晶の成長異常の程度が大きいほど、ハローの強度は強くなる。これは、成長異常が大きいほど、X線が回折される方向が不均一になるためである。このように、ハローの強度は、結晶の不純物の量や結晶の成長異常の程度等の情報を得るために使用することが可能になっている。
【0024】
「仮想X線回折プロファイルデータ」は、実際にX線回折実験を行った場合に得られる回折プロファイルデータと同様のデータを計算によって得たものである。このデータを用いることで、物質の結晶構造や原子の位置、原子の結合長、原子の結合角等を解析することができる。これにより、結晶性及び結晶歪を分析することによって、対象物質の結晶特性を詳細に解析することができる。例えば、仮想X線回折プロファイルデータを用いることで、物質の結晶構造が正方晶、立方晶、六方晶等のどの結晶系に属するかを判断することができる。また、原子の位置を解析することで、物質の結晶構造の詳細な形状を明らかにすることができる。さらに、原子の結合長や原子の結合角を解析することで、物質の結晶構造の化学的な性質を明らかにすることができる。
【0025】
上記のように構成された仮想X線回折プロファイルデータ作成装置1によれば、仮想X線回折要素をX線回折パターンに付与することにより仮想プロファイルデータを求め、この仮想プロファイルデータを仮想X線回折プロファイルデータとすることによって、実測したX線回折プロファイルデータに近い多くの情報を有した仮想X線回折プロファイルデータを作成することができる。
【0026】
また、仮想X線回折プロファイルデータ作成装置1は、対象物質の結晶系、空間群、格子定数、回折角、ピーク積分強度に基づく強度比を用いて各ピーク高さを仮想X線回折要素として算出するピーク高さ導出部114と、対象物質の半値幅曲線、結晶子サイズ、格子歪を用いて各ピークプロファイルのピークの幅と形状を仮想X線回折要素として算出するピーク幅・形状導出部113と、ピーク高さ導出部114で求められた仮想X線回折要素と、ピーク幅・形状導出部113で求められた仮想X線回折要素とを理論プロファイルデータとして仮想プロファイルデータに合成するプロファイル合成部111とを有している。
【0027】
ここで、「結晶系」は、結晶の原子配列の規則性を表すものである。「空間群」は、結晶の原子の位置関係を表すものである。「格子定数」は、結晶の単位格子の長さのことである。「回折角」は、X線が結晶の原子に衝突して散乱したときに、散乱したX線の入射角と散乱角の差である。「ピーク積分強度に基づく強度比」は、結晶の結晶構造を分析するために使用される指標の1つであり、ピーク積分強度をピーク幅で割った値である。ピーク積分強度は、ピーク全体の強度を表す値であり、ピーク幅は、ピークの両端の半値幅を表す値である。
【0028】
「半値幅曲線」は、結晶のX線回折パターンにおけるピークの幅を表す曲線である。ピークの半分の高さにおける幅を半値幅と称し、半値幅曲線は、半値幅を横軸にピークの高さを縦軸にとってプロットされる。半値幅曲線の形状は、結晶の結晶子サイズや格子歪の影響を受ける。「結晶子サイズ」は、結晶粒子の中で単結晶としてみなすことができる最小単位の部分のサイズである。結晶子サイズは、物質の物理的、化学的性質に大きな影響を与え、例えば、結晶子サイズが小さいほど、物質の強度や硬度は高くなると共に、物質の反応性は低くなる。また、結晶子サイズが小さいほど、半値幅は大きくなる。
【0029】
「格子歪」は、結晶中の原子配列が規則的ではない状態、即ち、結晶の格子構造に歪みが生じている状態である。格子歪は、結晶に欠陥が存在したり、外部から力がかかったりすることで発生する。格子歪は、物質の物理的、化学的性質に大きな影響を与え、例えば、格子歪が存在すると、物質の強度や硬度が低下したり、電気抵抗が増大したりする場合がある。尚、格子歪があると、結晶構造が不規則になり、X線の回折が乱雑になるため、X線回折ピークの半値幅が広がる。そして、格子歪が大きいほど、半値幅は広くなる。
【0030】
「ピークプロファイル」は、結晶のX線回折パターンにおけるピークの形状を表す曲線である。ピークの幅と形状は、結晶の結晶子サイズや格子歪の影響を受ける。「ピークプロファイルのピークの幅と形状」は、X線回折パターンのピークの形状を特徴付ける量である。ピークの半価幅は、ピークの高さの半分の位置における幅のことである。ピークの形状は、ピークの左右の勾配で表される。ピークの幅と形状は、結晶の結晶子サイズと格子歪に影響される。
【0031】
上記の構成を有した仮想X線回折プロファイルデータ作成装置1は、理論プロファイルデータと仮想プロファイルデータとを合成することで、仮想プロファイルデータの格子歪の影響を取り除き、格子歪の量を計算することができる。これにより、結晶構造をより正確に解析可能にする仮想X線回折プロファイルデータを作成することができる。
【0032】
上記のピーク幅・形状導出部113は、Lorentzianプロファイルの算出処理を実行するLorentzianプロファイル算出部1134と、Gaussianプロファイルの算出処理を実行するGaussianプロファイル算出部1133と、pseudo-Voigtプロファイルの算出処理を実行するpseudo-Voigtプロファイル算出部1132と、結晶子サイズの計算にLorentzianプロファイル算出部1134を選択し、格子歪の計算にGaussianプロファイル算出部1133を選択し、結晶子サイズ及び格子歪の計算を同時に行う場合にpseudo-Voigtプロファイル算出部1132を選択する選択部1131とを有している。即ち、ピーク幅・形状導出部113は、結晶子サイズの計算にLorentzianプロファイルを、格子歪の計算にGaussianプロファイルを、結晶子サイズ及び格子歪の計算を同時に行う場合にpseudo-Voigtプロファイルを選択的に用いる構成を有している。
【0033】
ここで、「Lorentzianプロファイル」は、X線回折ピークが鋭く、ピークの幅が狭いときに使用されるプロファイルである。Gaussianプロファイルは、X線回折ピークが丸く、ピークの幅が広いときに使用されるプロファイルである。pseudo-Voigtプロファイルは、LorentzianとGaussianプロファイルを重ね合わせたプロファイルである。結晶子サイズの計算には、Lorentzianが使用される。格子歪の計算には、Gaussianプロファイルが使用される。pseudo-Voigtプロファイルは、結晶子サイズと格子歪の両方を同時に計算するために使用される。これは、LorentzianとGaussianプロファイルを重ね合わせることで、X線回折ピークの形状をより正確に表現することができるためである。
【0034】
上記の構成を備えた仮想X線回折プロファイルデータ作成装置1によれば、プロファイルを使い分けることによって、理論プロファイルデータをより詳細に求めることができることから、仮想プロファイルデータと合成することで、より高精度な仮想X線回折プロファイルデータを作成することができる。
【0035】
また、仮想X線回折プロファイルデータ作成装置1は、X線回折ピークのプロファイル関数、特性X線の波長、Kα2有無の選択、不均一歪の付与、結晶子径の全てを用いて計算することにより理論プロファイルデータを求める理論プロファイル導出部112と、理論プロファイル導出部112で求められた理論プロファイルデータを仮想プロファイルデータに合成するプロファイル合成部111とを有している。
【0036】
ここで、「プロファイル関数」は、X線回折ピークの形状を説明する関数である。プロファイル関数には、上述のLorentzianプロファイルやGaussianプロファイル、pseudo-Voigtプロファイルが例示される。「特性X線の波長」は、結晶構造解析において、結晶の格子定数を決定するために使用される。特性X線とは、原子から放射されるX線のことで、原子の種類によって波長が異なる。結晶構造解析では、特性X線の波長を測定することで、結晶の格子定数を決定することができる。「Kα2有無の選択」は、結晶構造解析において、結晶の格子歪を評価するために使用される。Kα1とKα2は、特性X線の波長の2種類である。Kα1は、Kα2よりも波長が短いため、Kα2よりも格子歪の影響を受け易い。そのため、Kα2有無の選択を行うことで、結晶の格子歪をより正確に評価することができる。
【0037】
「不均一歪の付与」は、結晶構造解析において、結晶の格子歪を評価するために使用される。不均一歪とは、結晶の格子が均一でないことである。不均一歪を付与することで、結晶の回折パターンのピークが歪み、格子歪をより正確に評価することができる。「結晶子径(結晶子サイズとも呼ぶ)」は、結晶の粒の大きさである。結晶構造解析において、結晶子径は、結晶の回折パターンのピークの広さから決定することができる。結晶子径が小さいほど、X線回折ピークの幅が広くなる。
【0038】
上記の構成を備えた仮想X線回折プロファイルデータ作成装置1によれば、X線回折ピークのプロファイル関数、特性X線の波長、Kα2有無の選択、不均一歪の付与、結晶子径を用いることによって、理論プロファイルデータにおけるX線回折ピークの形状をより正確に表現することができる。これにより、理論プロファイルデータと仮想プロファイルデータとを合成することによって、より高精度な仮想X線回折プロファイルデータを作成することができる。
【0039】
(仮想X線回折プロファイルデータの具体例)
図2・3・4は、仮想X線回折プロファイルデータ作成装置1により作成された仮想X線回折プロファイルデータの具体例である。
【0040】
尚、各
図2・3・4の仮想X線回折プロファイルデータは、下記の処理工程を経て作成されている。具体的には、対象物質の結晶系・空間群・格子定数・回折角度・ピーク積分強度に基づく強度比データを用いて、適切な半値幅曲線・結晶子径・格子歪を設定して個々のピーク高さを計算する処理工程が実施される。適切な値は、同族の物質の実測X線回折データとの対比を抜き取り式で実施することにより検証される。
【0041】
次に、ピークプロファイルについて、半値幅曲線・結晶子サイズ・格子歪が設定されることによって、プロファイルの幅・形状を調整する処理工程が実施される。尚、結晶子サイズの計算はLorentzianプロファイルを使用し、格子歪の計算はGaussianプロファイルを使用し、両方の影響がある場合にはpseudo-Voigtプロファイルを使用して、最終的なプロファイルが創出される。GaussianプロファイルとLorentzianプロファイルの比は、実測X線回折プロファイルとの対比から調整することが可能であり、さらに、ピークの対称性も調整可能である。またLorentzianプロファイルの非晶質ハローの追加も可能である。
【0042】
次に、上記の回折ピークのプロファイル関数の設定、特性X線の波長、Kα2有無の選択の他、定量的に不均一歪の付与、結晶子径からなるX線回折条件の全てを用いて計算する処理工程が実施されることによって、下
図2・3・4の仮想X線回折プロファイルデータが作成される。
【0043】
図2は、横軸がX線回折角2θ、縦軸がX線強度とした座標系における金属/Pt(対象物質)についてのグラフである。上図が80nm、10nm、5nm、2nmの結晶子径である場合の仮想X線回折プロファイルデータのグラフ、即ち、仮想X線回折プロファイルであり、下図がX線回折パターンである標準ピークサーチ用X線回折パターン(ICDDデータ)の棒グラフである。尚、ICDDは、International Centre for Diffraction Data(国際結晶構造データセンター)の略である。特許文献1を用いても、
図2に示すような種々の結晶子径に依存したX線回折プロファイルデータの違いを導出することはできない。従って、結晶子径の違いにより異なる仮想X線回折プロファイルデータが示される
図2のグラフは、本発明の特徴を端的に例示する結果の一つである。
【0044】
図3は、横軸がX線回折角2θ、縦軸がX線強度とした座標系におけるLiB正極材/LiFePO
4(対象物質)についてのグラフである。上図が仮想X線回折プロファイルであり、下図がX線回折パターンである標準ピークサーチ用X線回折パターン(ICDDデータ)の棒グラフである。
【0045】
図4は、横軸がX線回折角2θ、縦軸がX線強度とした座標系におけるLiB負極材/Li
4Ti
5O
12(対象物質)についてのグラフである。上図が仮想X線回折プロファイルであり、下図がX線回折パターンである標準ピークサーチ用X線回折パターン(ICDDデータ)の棒グラフである。
【0046】
(仮想X線回折プロファイルデータの適用例1)
上記のようにして作成された仮想X線回折プロファイルデータは、例えば、主成分分析、因子分析、クラスター分析、重回帰分析、判別分析、ロジスティック回帰分析の何れか1以上の多変量解析に用いられる。
【0047】
ここで、「主成分分析」は、多変量データの中から主成分と呼ばれる少数の成分を抽出し、その成分でデータの大部分を説明する手法である。X線回折プロファイルデータでは、回折強度を変数として主成分分析を行うことで、結晶の構造を簡潔に表現することができる。「因子分析」は、多変量データの中から因子と呼ばれる潜在的な変数を抽出し、その因子でデータの大部分を説明する手法である。X線回折プロファイルデータでは、回折強度を変数として因子分析を行うことで、結晶の性質を簡潔に表現することができる。
【0048】
「クラスター分析」は、多変量データから似ているデータをグループに分ける方法である。X線回折プロファイルデータでは、回折強度を変数としてクラスター分析を行うことで、結晶の構造をグループ分けすることができる。「重回帰分析」は、独立変数から従属変数を予測する手法である。X線回折プロファイルデータでは、回折強度を独立変数として重回帰分析を行うことで、結晶の構造を予測することができる。「判別分析」は、グループ分けされたデータの特徴を分析し、新しいデータがどのグループに属するかを予測する手法である。X線回折プロファイルデータでは、回折強度を変数として判別分析を行うことで、新しい結晶の構造を識別したり、予測することができる。「ロジスティック回帰分析」は、有限の値しか取らないカテゴリカル変数を予測する手法である。X線回折プロファイルデータでは、回折強度を変数としてロジスティック回帰分析を行うことで、結晶の相違や物質が反応する確率を予測することができる。
【0049】
これらの多変量解析手法は、結晶の構造や性質を理解し、新しい結晶を開発するために広く用いられている。これにより、仮想X線回折プロファイルデータは、結晶構造の特性や密度、分類等を分析及び予測することを可能にしている。
【0050】
(仮想X線回折プロファイルデータの適用例1:結晶分析装置7)
仮想X線回折プロファイルデータを結晶性分析や結晶歪分析、多変量解析する結晶分析装置7について説明する。
図5に示すように、結晶分析装置7は、仮想X線回折プロファイルデータを分析する分析制御部71を有している。分析制御部71は、仮想X線回折要素がLorentzianプロファイル、Gaussianプロファイル及びpseudo-Voigtプロファイルの内の何れのプロファイルにより算出されたかに応じて結晶性及び結晶歪の何れを分析するかを選択する回折要素選択部714と、Lorentzianプロファイル又はGaussianプロファイルにより仮想X線回折要素が算出された場合に選択される結晶性分析部712と、Lorentzianプロファイル又はpseudo-Voigtプロファイルにより仮想X線回折要素が算出された場合に選択される結晶歪分析部713と、結晶性分析部712及び結晶歪分析部713において分析された仮想X線回折プロファイルデータを多変量解析する多変量解析部711とを有している。
【0051】
結晶分析装置7は、インターネット5を介して利用者端末3との間でデータ通信可能にされている。尚、利用者端末3は、一般的なパーソナルコンピュータやラップトップコンピュータ、スマートフォン、タブレット端末等の情報処理装置である。そして、結晶分析装置7は、利用者端末3を操作する研究者や開発者等の利用者4からの指示によって、記憶部2から解析対象とする仮想X線回折プロファイルデータを読み出し、この仮想X線回折プロファイルデータについての結晶性分析や結晶歪分析、多変量解析の処理を選択可能に行うようになっている。これにより、結晶分析装置7は、仮想X線回折プロファイルデータの結晶性や結晶歪の分析結果、多変量解析の解析結果をインターネット5経由で利用者端末3に表示させることによって、利用者4に対して仮想X線回折プロファイルデータの結晶特性を把握させることを可能にしている。
【0052】
尚、結晶分析装置7と利用者端末3とのデータ通信は、インターネット5に限定されるものではなく、専用線やLAN(Local Area Network)等の情報通信網が用いられてもよいし、近距離通信用の無線通信規であるBluetooth(登録商標)が用いられてもよい。また、データ通信は、専用線であってもよい。
【0053】
(仮想X線回折プロファイルデータと結晶分析装置7との協働関係)
結晶分析装置7における分析制御部71は、コンピュータに相当する。従って、仮想X線回折プロファイルデータは、結晶性を分析する結晶性分析部712と、結晶歪を分析する結晶歪分析部713とを有したコンピュータに適用されるものである。そして、仮想X線回折プロファイルデータは、回折線の位置(2θ)とX線強度とを棒グラフで表した既知の対象物質のX線回折パターンに、X線回折ピークの幅、形状及びハローの強度とが仮想X線回折要素として付与された仮想プロファイルデータを有し、結晶性分析部712に仮想X線回折要素を用いて対象物質の結晶性を分析させ、結晶歪分析部713に仮想X線回折要素を用いて対象物質の結晶歪を分析させることによって、対象物質の結晶特性を分析する処理に用いられる構造を有している。
【0054】
上記の構成を有した仮想X線回折プロファイルデータは、回折線の位置(2θ)とX線強度とを棒グラフで表した既知の対象物質のX線回折パターンに、X線回折ピークの幅、形状及びハローの強度とが付与されて構成されているため、結晶子サイズや格子歪を考慮した微結晶材料や非晶質成分を含む結晶物質・材料のX線回折プロファイルをより正確に現わすことができる。これにより、仮想X線回折プロファイルデータの活用により、例えば標準ピークサーチ用X線回折パターンを用いた場合でも、仮想X線回折要素で結晶性及び結晶歪を分析することによって、対象物質の結晶特性を詳細に解析することができる。
【0055】
また、仮想X線回折プロファイルデータは、Lorentzianプロファイルにより算出された仮想X線回折要素を用いる場合、結晶歪分析部713に対象物質の結晶性を分析させ、Gaussianプロファイルにより算出された仮想X線回折要素を用いる場合、結晶性分析部712に対象物質の結晶歪を分析させ、pseudo-Voigtプロファイルにより算出された仮想X線回折要素を用いる場合、結晶歪分析部713及び結晶性分析部712に対象物質の結晶性及び結晶歪を分析させることによって、対象物質の結晶特性を分析する処理に用いられる構造を有している。これにより、仮想X線回折プロファイルデータは、プロファイルに応じて結晶歪分析部713と結晶性分析部712とを使い分けることによって、結晶特性を高精度に推定及び解析することが可能になっている。
【0056】
さらに、仮想X線回折プロファイルデータは、コンピュータに、主成分分析、因子分析、クラスター分析、重回帰分析、判別分析、ロジスティック回帰分析の何れかの多変量解析を処理させる構造を有している。これにより、仮想X線回折プロファイルデータは、結晶構造の特性や密度、分類等を分析及び予測することを可能にしている。
【0057】
尚、仮想X線回折要素が、Lorentzianプロファイル、Gaussianプロファイル、pseudo-Voigtプロファイルの内の何れのプロファイルで算出されたかをコンピュータに判別させることができるように、上記の各プロファイルの種類を示すプロファイル識別コードが仮想X線回折プロファイルデータに付加されていてもよい。例えば、Lorentzianプロファイルの識別コードが「P01」、Gaussianプロファイルの識別コードが「P02」、pseudo-Voigtプロファイルの識別コードが「P03」であると設定し、仮想X線回折プロファイルデータのプロファイル識別領域に組み込んでおく。
【0058】
上記の構成によれば、コンピュータが仮想X線回折プロファイルデータを用いて分析処理する場合に、プロファイル識別領域のプロファイル識別コードを読み取り、何れのプロファイルで仮想X線回折要素が求められたかを識別することにより、結晶歪分析部713及び結晶性分析部712における処理を判定することが可能になる。
【0059】
(仮想X線回折プロファイルデータの適用例2)
仮想X線回折プロファイルデータが、優れた特性を有した新材料の開発に適用される場合について説明する。
【0060】
先ず、研究対象としている化合物のX線回折プロファイルが実測される。例えば、
図6に示すように、化合物No.1~No.12について、実測したX線回折プロファイルは、2θが5-145degまで、刻み幅0.01degで測定される結果、No.1~No.12の化合物に対し、一つの化合物毎に14,000次元のデータが獲得される。
【0061】
次に、化合物No.1~No.12の実測されたX線回折プロファイルデータが主成分分析される。主成分分析された結果は、
図7に示すように、第1主成分と第2主成分からなる主成分空間上に丸形マークでプロットされ、これらのプロットされた化合物No.1~No.12の特性値がカラー(黒、メッシュ2レベル、白)でレベリングされる。尚、
図7のプロットは、下側の白色から上側の黒色に順に変色するようにグラデーションカラーバー90を4段階のグレースケールで表している。本実施形態においては、大気汚染物質である炭化水素(HC)の浄化基礎実験において、HCの触媒としての浄化率(%)を材料の特性値として、グラデーションカラーバー90の色に対応付けている。また、材料の特性として、このような触媒特性の他、電池特性や、機械的特性、熱伝導特性など、種々の材料特性が例示されてもよい。
【0062】
次に、
図8に示すように、仮想X線回折プロファイルデータが主成分分析され、主成分空間上に四角形マークでプロットされる。そして、
図9に示すように、仮想X線回折プロファイルデータに対応する材料が新候補材料とされ、その特性である浄化率を評価した結果が、各プロットにおいてカラーレベリング(黒、メッシュ2レベル、白)で表示される。尚、全ての候補材料についての特性を評価する必要はない。また、仮想X線回折プロファイルデータは、主成分分析の他、因子分析やクラスター分析、重回帰分析、判別分析、ロジスティック回帰分析の何れか1以上の多変量解析が行われてもよい。
【0063】
この後、
図10に示すように、良好な特性を有する既存の化合物No.1・11・12以外に、仮想X線回折プロファイルデータの新候補材料の中から、良好な特性を有する全く新しい材料が発見される場合がある。この場合は、
図11に示すように、全く新しい材料が発見された材料群の一点鎖線の新規領域91と、良好な特性を有する既存の材料を含む範囲を示す点線の新材料開発領域92とが特定されることになる。
【0064】
以上の手順により仮想X線回折プロファイルデータを用いて新規領域91や新材料開発領域92を発見することによって、全く新しい材料や次の新材料の開発領域(点線及び一点鎖線の領域91・92)が明らかになる。即ち、以上の手順に従うと、X線回折プロファイルデータを主成分分析することにより、特徴量としての軸空間に、各材料をプロットすることができ、かつ、プロットデータに特性を示す目安(色分等)を設けることによって、より特性の良好な材料を見分けることができる。また、本発明で提供する仮想X線回折プロファイルデータを、上記の主成分空間上にプロットすることにより、特性のより優れた新材料の候補を見出すことができる。つまり、仮想X線回折プロファイルデータを主成分分析したプロット点に対し、特性評価を実施した場合、特性の優れた材料領域(新規領域91や新材料開発領域92)がより明確になり、新しい材料を発見できると共に、次の新材料開発のための領域91及び92も明らかになる。
【0065】
以上のようにして、人知の及ばない良好な特性を有する新しい材料群や新規の開発領域91及び92が見出された場合、検査対象の仮想X線回折プロファイルデータが新規開発領域91や92に存在する化合物であるか否かを、機械学習モデルにより判定することが可能になる。
【0066】
具体的に説明すると、化合物No.1~No.12等の複数の実測したX線回折プロファイルと、既知の化合物データ(ICDDなど)から本発明により創出した仮想X線回折プロファイルデータとを主成分分析した結果が、第1主成分と第2主成分からなる主成分空間上に特性値付きでプロットされ、所定値以上の特性値を有するプロットの集団の領域(新規の材料群や開発領域91や92)を、仮想X線回折プロファイルデータに関連付けて機械学習モデルの教師データとする。そして、機械学習モデルの教師データによる訓練が終了すると、仮想X線回折プロファイルデータにおける特徴量を用いた判定が機械学習モデルを用いて実行される。
【0067】
この結果、新たに検査対象となる新規の仮想X線回折プロファイルデータが入力されたときには、既に機械学習されたモデルを用いて、新たな仮想X線回折プロファイルデータが新規の材料群や開発領域91や92に存在するか否かの判定を行うことが可能になる。さらに、機械学習モデルの使用データを増やし訓練を続けた場合は、より高い精度での判定が実現可能になると同時に、新規の材料群や開発領域をさらに広げることができる。
【0068】
(仮想X線回折プロファイルデータの適用例3)
仮想X線回折プロファイルデータは、座標系のグラフデータをテキスト化することによって、結晶特性の分析を支援する自然言語処理の言語モデルのためのデータベースや、利用者4による分析や解析を支援する結晶特性分析支援装置8に使用することができる。
【0069】
具体的には、
図12に示すように、結晶特性分析支援装置8は、仮想X線回折プロファイルデータが、自然言語処理のための言語モデルの学習に適応されるように、統一的なデータ形式に正規化された状態で記憶された仮想X線回折プロファイルデータベース822と、仮想X線回折プロファイルデータベース822に基づいて、自然言語処理の1種以上を組み合わせ、結晶特性の分析に特化するように学習及び調整が行われた言語モデルを、プロンプトの内容に応じて利用することにより、結晶特性の分析を支援するための支援情報を生成する支援情報生成部811とを有している。
【0070】
仮想X線回折プロファイルデータベース822は、記憶部82に記憶されており、支援情報生成部811は、コンピュータである支援制御部81に備えられている。記憶部82は、ハードディスクで構成されていてもよいし、ハードディスクとメモリとの組み合わせで構成されていてもよいし、インターネット5等の情報通信網に接続されたデータサーバであってもよい。
【0071】
上記のように構成された結晶特性分析支援装置8と、結晶分析装置7と、1以上の利用者端末3と、各種のウェブページやデータベースとが、インターネット5等を介してデータ通信可能に接続されることにより分析支援システムが構築されると、仮想X線回折プロファイルデータベース822が最新のデータに更新されると共に、利用者4が結晶特性分析支援装置8との会話による支援を受けながら、結晶分析装置7の分析結果を解析したり、新材料を開発することができる。
【0072】
(仮想X線回折プロファイルデータ作成プログラム)
図1の作成制御部11において、プロファイル合成部111、理論プロファイル導出部112、ピーク幅・形状導出部113、ピーク高さ導出部114、プロファイル導出部115、及び回折要素導出部116は、ハードウェア及びソフトウェアの何れで構成されていてもよい。各部111~116がソフトウェアにより構成されている場合は、作成制御部11であるコンピュータに、仮想X線回折要素をX線回折パターンに付与することにより仮想プロファイルデータを求め、この仮想プロファイルデータを仮想X線回折プロファイルデータとして作成するプログラムを実行させるようになっている。
【0073】
図13を用いて具体的な一例を示すと、仮想X線回折プロファイルデータ作成プログラムは、仮想X線回折プロファイルデータ作成装置1の作成制御部11であるコンピュータに、回折線の位置(2θ)とX線強度とを棒グラフで表した既知の対象物質のX線回折パターンに基づいてX線回折ピークの幅、形状及びハローの強度とを仮想X線回折要素として求める回折要素導出処理ステップ(S1)と、回折要素導出処理ステップ(S1)で求められた仮想X線回折要素をX線回折パターンに付与することにより仮想プロファイルデータを求め、この仮想プロファイルデータを仮想X線回折プロファイルデータとするプロファイル導出処理ステップ(S2)とを実行させるようになっている。上記のプログラムによれば、仮想X線回折要素で結晶性及び結晶歪を分析することによって、対象物質の結晶特性を詳細に解析することができる仮想X線回折プロファイルデータを作成することができる。
【0074】
さらに、仮想X線回折プロファイルデータ作成プログラムは、仮想X線回折プロファイルデータ作成装置1のコンピュータに、対象物質の結晶系、空間群、格子定数、回折角、ピーク積分強度に基づく強度比を用いて各ピーク高さを仮想X線回折要素として算出するピーク高さ導出処理ステップ(S3)と、対象物質の半値幅曲線、結晶子サイズ、格子歪を用いて各ピークプロファイルのピークの幅と形状を仮想X線回折要素として算出するピーク幅・形状導出処理ステップ(S4)と、ピーク高さ導出処理ステップ(S3)で求められた仮想X線回折要素と、ピーク幅・形状導出処理ステップ(S4)で求められた仮想X線回折要素とを理論プロファイルデータとする理論プロファイル導出処理ステップ(S5)と、理論プロファイルデータを仮想プロファイルデータに合成するプロファイル合成処理ステップ(S6)とを実行させるようになっている。これにより、理論プロファイルデータと仮想プロファイルデータとを合成することで、仮想プロファイルデータの格子歪の影響を取り除くことができるため、結晶構造をより正確に解析可能にする仮想X線回折プロファイルデータを作成することができる。
【0075】
尚、ピーク幅・形状導出処理ステップ(S4)は、結晶子サイズの計算にLorentzianプロファイル算出処理を選択し、格子歪の計算にGaussianプロファイル算出処理を選択し、結晶子サイズ及び格子歪の計算を同時行う場合にpseudo-Voigtプロファイル算出処理を選択可能にされていることが好ましい。この場合は、プロファイルを使い分けることによって、理論プロファイルデータをより詳細に求めることができることから、仮想プロファイルデータと合成することで、より高精度な仮想X線回折プロファイルデータを作成することができる。
【0076】
以上のように構成されたプログラムによれば、対象物質の結晶特性を詳細に解析することができる仮想X線回折プロファイルデータを作成することができる。さらに、プログラムをパーソナルコンピュータやタブレット端末等の情報処理装置にインストールするだけの作業で、情報処理装置を仮想X線回折プロファイルデータ作成装置1として機能させることができる。尚、プログラムは、CDROMやUSBメモリ等のコンピュータ読み取り可能な記録媒体に記録された状態で配布されてもよいし、インターネット等の双方向やテレビ放送等の一方向の通信網や通信回線を介して配付されてもよい。
【0077】
(仮想X線回折プロファイルデータ作成方法)
仮想X線回折プロファイルデータ作成プログラムにおける一部や全部の処理ステップがハードウェアにより構成されていてもよい。即ち、仮想X線回折プロファイルデータ作成装置1は、仮想X線回折プロファイルデータ作成方法を実行可能に構成されていればよい。具体的に説明すると、仮想X線回折プロファイルデータ作成方法は、回折線の位置(2θ)とX線強度とを棒グラフで表した既知の対象物質のX線回折パターンに基づいてX線回折ピークの幅、形状及びハローの強度とを仮想X線回折要素として求める回折要素導出処理工程と、回折要素導出処理工程で求められた仮想X線回折要素をX線回折パターンに付与することにより仮想プロファイルデータを求め、この仮想プロファイルデータを仮想X線回折プロファイルデータとするプロファイル導出処理工程とを有している。即ち、仮想X線回折プロファイルデータ作成方法は、
図13の処理ステップ(S1)~(S6)の処理工程を有している。
【0078】
以上のようにして作成された仮想X線回折プロファイルデータは、コンピュータ読み取り可能な記録媒体に記録されてもよい。即ち、回折線の位置(2θ)とX線強度とを棒グラフで表した既知の対象物質のX線回折パターンに基づいて求められたX線回折ピークの幅、形状及びハローの強度とが仮想X線回折要素としてX線回折パターンに付与された仮想プロファイルデータを備え、対象物質の結晶特性を分析する処理に用いられる構造を有した仮想X線回折プロファイルデータは、コンピュータ読み取り可能な記録媒体に記録されていてもよい。
【0079】
なお、本発明の思想の範疇において、当業者であれば各種の変更例及び修正例に想到し得るものである。よって、それら変更例及び修正例は、本発明の範囲に属するものと了解される。例えば、前述の実施の形態に対して、当業者が適宜、構成要素の追加、削除若しくは設計変更を行ったもの、又は、工程の追加、省略若しくは条件変更を行ったものも、本発明の要旨を備えている限り、本発明の範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0080】
1 仮想X線回折プロファイルデータ作成装置
11 作成制御部
111 プロファイル合成部
112 理論プロファイル導出部
113 ピーク幅・形状導出部
1131 選択部
1132 pseudo-Voigtプロファイル算出部
1133 Gaussianプロファイル算出部
1134 Lorentzianプロファイル算出部
114 ピーク高さ導出部
115 プロファイル導出部
116 回折要素導出部
2 記憶部
21 第2記憶領域
22 第1記憶領域
3 利用者端末
4 利用者
5 インターネット
7 結晶分析装置
8 結晶特性分析支援装置
90 グラデーションカラーバー
91 新しい材料群及び新材料開発領域
92 新しい材料群及び新材料開発領域
【要約】
【課題】対象物質の結晶特性を詳細に解析することができる仮想X線回折プロファイルデータを作成する。
【解決手段】本発明の仮想X線回折プロファイルデータ作成装置1は、回折線の位置(2θ)とX線強度とを棒グラフで表した既知の対象物質のX線回折パターンに基づいてX線回折ピークの幅、形状及びハローの強度とを仮想X線回折要素として求める回折要素導出部116と、回折要素導出部116で求められた仮想X線回折要素をX線回折パターンに付与することにより仮想プロファイルデータを求め、この仮想プロファイルデータを仮想X線回折プロファイルデータとするプロファイル導出部115とを有する。
【選択図】
図1