(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-11
(45)【発行日】2024-01-19
(54)【発明の名称】アルミニウム合金板、端子、端子付き電線、及びバスバ
(51)【国際特許分類】
C22C 21/00 20060101AFI20240112BHJP
B22D 11/00 20060101ALI20240112BHJP
B22D 11/06 20060101ALI20240112BHJP
B22F 3/20 20060101ALI20240112BHJP
B22F 9/08 20060101ALI20240112BHJP
H01R 13/03 20060101ALI20240112BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20240112BHJP
C22F 1/04 20060101ALN20240112BHJP
【FI】
C22C21/00 A
B22D11/00 E
B22D11/06 330
B22F3/20 A
B22F9/08 A
H01R13/03 A
C22F1/00 602
C22F1/00 612
C22F1/00 613
C22F1/00 621
C22F1/00 623
C22F1/00 628
C22F1/00 630A
C22F1/00 630K
C22F1/00 661A
C22F1/00 685Z
C22F1/00 687
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 692A
C22F1/00 694B
C22F1/04 H
(21)【出願番号】P 2023522212
(86)(22)【出願日】2022-01-31
(86)【国際出願番号】 JP2022003694
(87)【国際公開番号】W WO2022244315
(87)【国際公開日】2022-11-24
【審査請求日】2023-08-01
(31)【優先権主張番号】P 2021085674
(32)【優先日】2021-05-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000183406
【氏名又は名称】住友電装株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】395011665
【氏名又は名称】株式会社オートネットワーク技術研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100100147
【氏名又は名称】山野 宏
(74)【代理人】
【識別番号】100116366
【氏名又は名称】二島 英明
(72)【発明者】
【氏名】小林 亮平
(72)【発明者】
【氏名】前田 徹
(72)【発明者】
【氏名】桑原 鉄也
(72)【発明者】
【氏名】藤木 匡
(72)【発明者】
【氏名】林 昭宏
【審査官】川村 裕二
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-268472(JP,A)
【文献】特開2017-128758(JP,A)
【文献】国際公開第2009/098732(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 21/00-21/18
C22F 1/00- 1/18
B22D 11/06
B22F 9/08
B22D 11/00
B22F 3/20
H01R 13/03
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム合金からなるアルミニウム合金板であって、
前記アルミニウム合金は、
シリコンを0.01質量%以上1.50質量%以下、
マグネシウムを0.01質量%以上2.00質量%以下、
鉄を0質量%以上1.50質量%以下、
銅を0質量%以上1.50質量%以下、
マンガンを0質量%以上1.50質量%以下、
クロムを0質量%以上1.50質量%以下、
亜鉛を0質量%以上1.50質量%以下、
ジルコニウムを0質量%以上1.50質量%以下、
チタンを0質量%以上1.50質量%以下含み、
残部がアルミニウムと不可避不純物とからなり、
前記アルミニウム合金板の表層領域の断面において前記アルミニウム合金は、
シリコン、マグネシウム、鉄、銅、マンガン、クロム、亜鉛、ジルコニウム、及びチタンからなる群より選択される1種以上の元素とアルミニウムとを含む化合物を含み、
前記断面から抽出した10視野のうち円相当径が5μm以上である前記化合物を含む視野の数が3以下であり、
円相当径が1.5μm以上5.0μm未満である前記化合物の数密度が0.0010個/μm
2以下であり、
円相当径が0.5μm以上である前記化合物の面積率が0.1%以上1.0%未満であ
り、
前記表層領域は、前記アルミニウム合金の表面から内部に向かって200μmまでの領域であり、
前記10視野のそれぞれの大きさは50μm×100μmである、
アルミニウム合金板。
【請求項2】
円相当径が1.0μm以上1.5μm未満である前記化合物の平均アスペクト比が2.5以下である、請求項1に記載のアルミニウム合金板。
【請求項3】
ビッカース硬さが70HV以上である、請求項1又は請求項2に記載のアルミニウム合金板。
【請求項4】
ビッカース硬さが72HV以上160HV以下である、請求項1又は請求項2に記載のアルミニウム合金板。
【請求項5】
導電率が40%IACS以上63%IACS以下である、請求項1から請求項4のいずれか1項に記載のアルミニウム合金板。
【請求項6】
鉄、銅、マンガン、クロム、亜鉛、ジルコニウム、及びチタンからなる群より選択される各元素の含有割合は0.01質量%以上である、請求項1から請求項5のいずれか1項に記載のアルミニウム合金板。
【請求項7】
前記アルミニウム合金は、国際合金記号6056で規定される合金であり、
ビッカース硬さが72HV以上であり、
導電率が40%IACS以上53%IACS以下である、請求項1又は請求項2に記載のアルミニウム合金板。
【請求項8】
請求項1から請求項7のいずれか1項に記載のアルミニウム合金板からなる、
端子。
【請求項9】
電線と請求項8に記載の端子とを備える、
端子付き電線。
【請求項10】
請求項1から請求項7のいずれか1項に記載のアルミニウム合金板からなる、
バスバ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、アルミニウム合金板、端子、端子付き電線、及びバスバに関する。
本出願は、2021年5月20日付の日本国出願の特願2021-085674に基づく優先権を主張し、前記日本国出願に記載された全ての記載内容を援用するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、端子、バスバは導体を接続する金具として利用されている。端子は、電線の端部に取り付けられて、電線の導体と所定の対象物とを接続する。上記端子は、上記の対象物に接続される接続部と、電線の導体を把持するワイヤバレル部とを備える。バスバは、ボルトによって導体に接続される。従来、黄銅等の銅系材料からなる端子、バスバが汎用されている。特許文献1,2は、銅系材料からなる端子よりも軽量な端子としてアルミニウム合金からなる端子を開示する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2013-257944号公報
【文献】国際公開第2013/065583号
【発明の概要】
【0004】
本開示のアルミニウム合金板は、アルミニウム合金からなるアルミニウム合金板であって、前記アルミニウム合金は、シリコンを0.01質量%以上1.50質量%以下、マグネシウムを0.01質量%以上2.00質量%以下、鉄を0質量%以上1.50質量%以下、銅を0質量%以上1.50質量%以下、マンガンを0質量%以上1.50質量%以下、クロムを0質量%以上1.50質量%以下、亜鉛を0質量%以上1.50質量%以下、ジルコニウムを0質量%以上1.50質量%以下、チタンを0質量%以上1.50質量%以下含み、残部がアルミニウムと不可避不純物とからなる。前記アルミニウム合金板の表層領域の断面において前記アルミニウム合金は、シリコン、マグネシウム、鉄、銅、マンガン、クロム、亜鉛、ジルコニウム、及びチタンからなる群より選択される1種以上の元素とアルミニウムとを含む化合物を含む。前記断面から抽出した10視野のうち円相当径が5μm以上である前記化合物を含む視野の数が3以下である。円相当径が1.5μm以上5.0μm未満である前記化合物の数密度が0.0010個/μm2以下である。円相当径が0.5μm以上である前記化合物の面積率が0.1%以上1.0%未満である。
【0005】
本開示の端子は、本開示のアルミニウム合金板からなる。
【0006】
本開示の端子付き電線は、電線と本開示の端子とを備える。
【0007】
本開示のバスバは、本開示のアルミニウム合金板からなる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1A】
図1Aは、実施形態のアルミニウム合金板の一例を示す斜視図である。
【
図2】
図2は、実施形態のアルミニウム合金板又は実施形態の端子を構成するアルミニウム合金の組織を説明する模式図である。
【
図3】
図3は、実施形態1の端子の一例を示す斜視図である。
【
図4】
図4は、実施形態2の端子の一例及び実施形態3の端子の一例を示す側面図である。
【
図5】
図5は、実施形態1の端子の一例を備える端子付き電線を示す斜視図である。
【
図6】
図6は、実施形態2の端子の一例を備える端子付き電線及び実施形態3の端子の一例を備える端子付き電線を示す側面図である。
【
図7】
図7は、実施形態のバスバの一例を示す斜視図である。
【
図8】
図8は、溶製法によって製造されたアルミニウム合金の組織を説明する模式図である。
【
図9】
図9は、試験例1においてW曲げ試験の試験方法を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
[本開示が解決しようとする課題]
強度に優れると共に曲げ加工性にも優れるアルミニウム合金板が望まれている。また、アルミニウム合金からなり、強度に優れると共に曲げ加工性にも優れる端子、バスバが望まれている。
【0010】
アルミニウム合金は、純アルミニウムに加えて添加元素を含むことで純アルミニウムよりも強度に優れる。特に、添加元素としてシリコンとマグネシウムとを含むアルミニウム合金はアルミニウム合金の種類の中でも強度に優れる合金である。しかし、高強度なアルミニウム合金は、曲げ加工が施されると純アルミニウムや黄銅に比較して割れ易い。
【0011】
そこで、本開示は、強度に優れると共に曲げ加工性にも優れるアルミニウム合金板を提供することを目的の一つとする。本開示は、強度に優れると共に曲げ加工性にも優れる端子、バスバを提供することを別の目的とする。また、本開示は、上記端子を備える端子付き電線を提供することを別の目的とする。
【0012】
[本開示の効果]
本開示のアルミニウム合金板、本開示の端子及び本開示のバスバは、強度に優れると共に曲げ加工性にも優れる。本開示の端子付き電線に備えられる端子は、強度に優れると共に曲げ加工性にも優れる。
【0013】
[本開示の実施形態の説明]
最初に本開示の実施態様を列記して説明する。
(1)本開示の一態様に係るアルミニウム合金板は、アルミニウム合金からなるアルミニウム合金板であって、前記アルミニウム合金は、シリコンを0.01質量%以上1.50質量%以下、マグネシウムを0.01質量%以上2.00質量%以下、鉄を0質量%以上1.50質量%以下、銅を0質量%以上1.50質量%以下、マンガンを0質量%以上1.50質量%以下、クロムを0質量%以上1.50質量%以下、亜鉛を0質量%以上1.50質量%以下、ジルコニウムを0質量%以上1.50質量%以下、チタンを0質量%以上1.50質量%以下含み、残部がアルミニウムと不可避不純物とからなる。前記アルミニウム合金板の表層領域の断面において前記アルミニウム合金は、シリコン、マグネシウム、鉄、銅、マンガン、クロム、亜鉛、ジルコニウム、及びチタンからなる群より選択される1種以上の元素とアルミニウムとを含む化合物を含む。前記断面から抽出した10視野のうち円相当径が5μm以上である前記化合物を含む視野の数が3以下である。円相当径が1.5μm以上5.0μm未満である前記化合物の数密度が0.0010個/μm2以下である。円相当径が0.5μm以上である前記化合物の面積率が0.1%以上1.0%未満である。
【0014】
ここでの不可避不純物は、シリコン、マグネシウム、鉄、銅、マンガン、クロム、亜鉛、ジルコニウム、及びチタン以外の元素等である。
ここでのアルミニウム合金板の表層領域は、アルミニウム合金板の表面からアルミニウム合金板の内部に向かってアルミニウム合金板の厚さ方向に200μmまでの領域である。
上記の化合物の円相当径、数密度、面積率、後述する平均アスペクト比の測定方法の詳細は後述する。
【0015】
本開示のアルミニウム合金板は、上記の特定の組成と上記の特定の組織とを有するアルミニウム合金からなることで、純アルミニウムからなる板に比較して高い硬度を有する。一般に金属板では硬度が高いほど強度が高くなり易い。そのため、本開示のアルミニウム合金板は強度に優れる。
【0016】
また、上記の特定の組成を有するが上記の特定の組織を有しないアルミニウム合金からなる板に比較して、本開示のアルミニウム合金板は曲げ加工性に優れる。この理由は、本開示のアルミニウム合金板を構成するアルミニウム合金は上記化合物を含むものの、上記化合物が割れやしわの起点になり難いからである。本開示のアルミニウム合金板は上記化合物に起因する靭性の低下が抑制される。そのため、本開示のアルミニウム合金板は曲げ加工が施される部材、例えば端子、筐体等の素材に好適である。
【0017】
(2)本開示のアルミニウム合金板では円相当径が1.0μm以上1.5μm未満である前記化合物の平均アスペクト比が2.5以下でもよい。
【0018】
上記のアルミニウム合金板は、平均アスペクト比が2.5超であるアルミニウム合金板に比較して曲げ加工性に優れる。
【0019】
(3)本開示のアルミニウム合金板ではビッカース硬さが70HV以上でもよい。
【0020】
上記のアルミニウム合金板は、ビッカース硬さが70HV未満であるアルミニウム合金板に比較して強度に優れる。
【0021】
(4)本開示のアルミニウム合金板ではビッカース硬さが72HV以上160HV以下でもよい。
【0022】
上記のアルミニウム合金板は、ビッカース硬さが72HV未満であるアルミニウム合金板に比較して強度に優れる。また、上記のアルミニウム合金板は、ビッカース硬さが160HV超であるアルミニウム合金板に比較して曲げ加工性に優れる。
【0023】
(5)本開示のアルミニウム合金板では導電率が40%IACS以上63%IACS以下でもよい。
【0024】
上記のアルミニウム合金板は導電率が40%IACS未満であるアルミニウム合金板に比較して導電性に優れる。このようなアルミニウム合金板は端子の素材に好適である。また、上記のアルミニウム合金板は導電率が63%IACS超であるアルミニウム合金板に比較して製造性にも優れる。
【0025】
(6)本開示のアルミニウム合金板では鉄、銅、マンガン、クロム、亜鉛、ジルコニウム、及びチタンからなる群より選択される各元素の含有割合は0.01質量%以上でもよい。
【0026】
上記のアルミニウム合金板は、シリコン及びマグネシウムに加えて上記の群より選択される元素を0.01質量%以上含むことで上記の群より選択される元素を含まない場合に比較して強度に優れる。また、上記のアルミニウム合金板は、上記の群より選択される元素を含まない場合に比較して化合物が形成され易いことで導電性にも優れる。
【0027】
(7)本開示のアルミニウム合金板では前記アルミニウム合金は、国際合金記号6056で規定される合金でもよい。ビッカース硬さが72HV以上でもよい。導電率が40%IACS以上53%IACS以下でもよい。
【0028】
上記のアルミニウム合金板は上記(3)-(5)の項で説明したように強度及び導電性に優れる上に製造性にも優れる。
【0029】
(8)本開示の一態様に係る端子は、上記(1)から(7)のいずれか一つのアルミニウム合金板からなる。
【0030】
本開示の端子は、本開示のアルミニウム合金板を構成するアルミニウム合金の組成及び組織を実質的に維持する。そのため、本開示の端子は強度に優れる上に曲げ加工性にも優れる。
【0031】
(9)本開示の一態様に係る端子付き電線は、電線と本開示の端子とを備える。
【0032】
本開示の端子付き電線は強度に優れる本開示の端子を備えることで、接触抵抗を小さくできる上に電気的な接続状態を長期にわたって維持できる。また、本開示の端子付き電線は曲げ加工性に優れる本開示の端子を備えることで、製造性にも優れる。
【0033】
(10)本開示の一態様に係るバスバは、上記(1)から(7)のいずれか一つのアルミニウム合金板からなる。
【0034】
本開示のバスバは、本開示のアルミニウム合金板を構成するアルミニウム合金の組成及び組織を実質的に維持する。そのため、本開示のバスバは強度に優れる上に曲げ加工性にも優れる。また、本開示のバスバは、接触抵抗を小さくできる上に電気的な接続状態を長期にわたって維持できる。
【0035】
[本開示の実施形態の詳細]
以下、図面を参照して本開示の実施の形態を詳細に説明する。図中、同一符号は同一名称物を示す。
【0036】
[アルミニウム合金板]
図1Aに示す実施形態のアルミニウム合金板4はアルミニウムを基とするアルミニウム合金からなる。このアルミニウム合金はシリコンとマグネシウムとを含む組成を有する。以下、シリコン及びマグネシウムをまとめて第一群の元素と呼ぶことがある。
図1Bはアルミニウム合金板4をアルミニウム合金板4の厚さ方向に平行な平面で切断した断面図であり、アルミニウム合金板4の表面40及びその近くの領域を部分的に示す。
図2に示すようにアルミニウム合金板4の表層領域10を構成するアルミニウム合金は化合物8をある程度含む組織を有する。ただし、アルミニウム合金板4の表層領域10には円相当径が1.5μm以上である化合物8が少ない。また、アルミニウム合金板4の表層領域10には円相当径が5μm以上である化合物8が実質的に含まれない。そのため、アルミニウム合金板4に曲げ加工が施された際にアルミニウム合金板4の表層領域10に含まれる化合物8は割れやしわの起点になり難い。
以下、アルミニウム合金板4の組成、組織、特性を順に説明する。
【0037】
(組成)
実施形態のアルミニウム合金板4を構成するアルミニウム合金は、第一群の元素のそれぞれを後述する範囲で含み、以下の第二群の元素のそれぞれを0質量%以上1.50質量%以下含み、残部がアルミニウムと不可避不純物とからなる。即ち上記アルミニウム合金は第一群の元素を含み、第二群の元素を含まなくてもよいし、第一群の元素と第二群の元素とを含んでもよい。第二群の元素は、鉄、銅、マンガン、クロム、亜鉛、ジルコニウム、及びチタンからなる群より選択される1種以上の元素である。ここではアルミニウム、第一群の元素、及び第二群の元素以外の元素は不可避不純物とする。
【0038】
添加元素としてシリコンとマグネシウムとを含むアルミニウム合金は、アルミニウム合金種の中でも強度に優れる。そのため、第一群の元素を含むアルミニウム合金からなるアルミニウム合金板4は強度に優れる。第一群の元素に加えて第二群の元素を含むアルミニウム合金は第二群の元素を含まない場合よりも強度に優れる上に導電性にも優れる。第一群の元素に加えて第二群の元素を含むアルミニウム合金では第二群の元素を含まない場合よりも化合物8、後述する化合物7が形成され易いからである。そのため、第一群の元素と第二群の元素とを含むアルミニウム合金からなるアルミニウム合金板4は強度に優れる上に導電性にも優れる。第一群の元素と第二群の元素とを含むアルミニウム合金の具体例は国際合金記号6056で規定される合金である。以下の説明では、シリコンをSi、マグネシウムをMg、アルミニウムをAl、銅をCu、マンガンをMn、クロムをCr、亜鉛をZn、ジルコニウムをZr、チタンをTiと元素記号で示すことがある。
【0039】
〈含有割合〉
《第一群の元素》
アルミニウム合金におけるSiの含有割合は0.01質量%以上1.50質量%以下である。アルミニウム合金におけるMgの含有割合は0.01質量%以上2.00質量%以下である。Si及びMgはアルミニウム合金を固溶強化すると共に析出硬化又は時効硬化によってアルミニウム合金を強化する。Siの含有割合及びMgの含有割合が0.01質量%以上であれば、固溶強化と析出硬化又は時効硬化とによってアルミニウム合金板4は強度に優れる。Siの含有割合が1.50質量%以下でありかつMgの含有割合が2.00質量%以下であれば、アルミニウム合金が過度に高強度になることを抑えられる。過度な高強度化に起因する曲げ加工性の低下が低減される。結果としてアルミニウム合金板4は曲げ加工性に優れる。Siの含有割合は0.10質量%以上1.48質量%以下、0.30質量%以上1.45質量%以下でもよい。Mgの含有割合は0.20質量%以上1.60質量%以下、0.30質量%以上1.50質量%以下でもよい。
【0040】
《第二群の元素》
アルミニウム合金における第二群より選択される各元素の含有割合は0質量%以上1.50質量%以下である。第二群より選択される各元素の含有割合は0.01質量%以上1.50質量%以下でもよい。Feの含有割合が0.01質量%以上0.5質量%以下程度である場合には、アルミニウム合金中のFeは一般にアルミニウム地金に含まれる不純物としてのFeである。アルミニウム合金板4の原料が低純度なアルミニウム地金であれば、原料コストが低くなり得る。また、Feの含有割合が0.50質量%以下であれば、Feを積極的に添加する必要がない。この点からも原料コストが低くなり得る。Cu,Mn,Cr,Zn,Zr,Tiのそれぞれの含有割合が0.01質量%以上であれば、アルミニウム合金の強度が向上する。Cu,Mn,Cr,Zn,Zr,Tiのそれぞれの含有割合が1.50質量%以下であれば、アルミニウム合金が過度に高強度になることを抑えられる。過度な高強度化に起因する曲げ加工性の低下が低減される。結果としてアルミニウム合金板4は曲げ加工性に優れる。その他、第二群の元素のそれぞれの含有割合が1.50質量%以下であれば、アルミニウム合金板4からなる端子1の製造途中では中間材が加工性、成形性に優れる。この点で、端子1が寸法精度、形状精度よく製造され得る。以下、第二群の元素のそれぞれの含有割合の具体例を示す。
【0041】
Feの含有割合は0.05質量%以上0.60質量%以下、0.08質量%以上0.50質量%以下でもよい。
Cuの含有割合は0.20質量%以上1.48質量%以下、0.30質量%以上1.45質量%以下でもよい。
Mnの含有割合は0.20質量%以上1.48質量%以下、0.30質量%以上1.45質量%以下でもよい。
Crの含有割合は0.03質量%以上0.30質量%以下、0.05質量%以上0.20質量%以下でもよい。
Znの含有割合は0.05質量%以上0.50質量%以下、0.08質量%以上0.40質量%以下でもよい。
Zrの含有割合は0.05質量%以上0.40質量%以下、0.08質量%以上0.20質量%以下でもよい。
Tiの含有割合は0.01質量%以上0.20質量%以下、0.01質量%以上0.10質量%以下でもよい。
【0042】
国際合金記号6056に規定される第一群の元素のそれぞれの含有割合、第二群の元素のそれぞれの含有割合は以下の通りである。
Siの含有割合は0.7質量%以上1.3質量%以下である。
Mgの含有割合は0.6質量%以上1.2質量%以下である。
Feの含有割合は0.50質量%以下である。
Cuの含有割合は0.50質量%以上1.1質量%以下である。
Mnの含有割合は0.40質量%以上1.0質量%以下である。
Crの含有割合は0.25質量%以下である。
Znの含有割合は0.10質量%以上0.7質量%以下である。
TiとZrとの含有割合は合計で0.20質量%以下である。
【0043】
《その他》
第一群の元素の含有割合、第二群の元素の含有割合は、アルミニウム合金板4を構成するアルミニウム合金を100質量%とするときの質量割合である。各元素の質量割合は上記アルミニウム合金に含まれる質量から求める。製造過程において原料のアルミニウム地金が不純物として第一群の元素、第二群の元素を含む場合がある。このような原料が用いられる場合には上記アルミニウム合金における各元素の含有割合が上述の範囲を満たすように上記原料に対する第一群の元素の添加量、第二群の元素の添加量が調整される。そのため、アルミニウム合金板4を構成するアルミニウム合金に含まれる第一群の元素の量、第二群の元素の量は上記原料中の各元素の量を含む場合がある。
【0044】
(組織)
実施形態のアルミニウム合金板4を構成するアルミニウム合金は、アルミニウム合金板4の表層領域10において複数の化合物7及び化合物8が母相9中に分散した組織を備える。母相9は主としてAlから構成される。化合物7及び化合物8は上記アルミニウム合金に含まれる元素を含む。ここでの化合物7は上記アルミニウム合金に含まれる化合物のうち、円相当径が0.5μm未満である化合物である。化合物8は上記アルミニウム合金に含まれる化合物のうち、円相当径が0.5μm以上である化合物である。
【0045】
〈母相〉
母相9は化合物7及び化合物8を除く主たる相である。母相9におけるAlの含有割合が大きくかつ第一群の元素や第二群の元素の固溶割合が小さいほど、アルミニウム合金は導電性に優れる。第一群の元素や第二群の元素の固溶割合が小さければ、第一群の元素や第二群の元素は主に化合物7及び化合物8として母相9中に存在するからである。例えば純度が99.99%以上である高純度なアルミニウム地金がアルミニウム合金板4の原料に用いられた場合には母相9におけるAlの含有割合が大きくなり得る。なお、第一群の元素の一部及び第二群の元素の一部はAlに固溶して存在する場合がある。
【0046】
〈化合物〉
化合物7は代表的にはSiとMgとの二元の化合物である。化合物7は後述するAlを含む化合物である場合がある。化合物7は、主として析出物、GPゾーン(Guinier-Preston zone)、クラスタである。化合物8よりも小さい化合物7が主として上記アルミニウム合金の強度の向上に寄与する。化合物7の析出硬化又は時効硬化による強度の向上効果によってアルミニウム合金板4は強度に優れる。
化合物8は代表的にはAlを含む化合物である。ここでのAlを含む化合物はSi,Mg,Fe,Cu,Mn,Cr,Zn,Zr,及びTiからなる群より選択される1種以上の元素とAlとを含む。Alを含む化合物は例えばMg及び第二群の元素からなる群より選択される1種以上の金属元素とAlとを含む金属間化合物である。金属間化合物の具体例はAlとMgとの化合物、AlとFeとの化合物、AlとFeとMnとの化合物、AlとMgとCuとの化合物、AlとCuとの化合物である。Alを含む化合物は上記金属元素及びAlに加えて更にSiを含んでもよい。このような化合物の具体例はAlとFeとMnとSiとの化合物である。化合物8は主として晶出物である。
【0047】
図1Bに示すようにアルミニウム合金板4においてアルミニウム合金板4の表面40からアルミニウム合金板4の内部に向かって200μmまでの領域を表層領域10と呼ぶ。
図2は表層領域10の一部を例示する。
図2は合金組織を概念的及び模式的に示しており、化合物7,8の大きさ、形状及び数は実際の組織と異なる。実施形態のアルミニウム合金板4の表層領域10の断面においてアルミニウム合金は以下の三つの条件(a)から条件(c)を満たす。上記アルミニウム合金は三つの条件(a)から(c)に加えて、条件(d)を満たしてもよい。
(a)断面から抽出した10視野のうち円相当径が5μm以上である化合物8を含む視野の数が3以下である。
(b)円相当径が1.5μm以上5.0μm未満である化合物8の数密度が0.0010個/μm
2以下である。
(c)円相当径が0.5μm以上である化合物8の面積率が0.1%以上1.0%未満である。
(d)円相当径が1.0μm以上1.5μm未満である化合物8の平均アスペクト比が2.5以下である。
ここでの断面はアルミニウム合金板4の任意の位置においてアルミニウム合金板4をアルミニウム合金板4の表面40に垂直に切断した断面である。上記断面の代表例は、アルミニウム合金板4の厚さ方向に平行な平面で切断した断面である。上記断面から表層領域10を抽出する。また、表層領域10から所定の大きさの観察視野を任意にとる。
【0048】
化合物の円相当径は上記断面において化合物の断面積と等しい断面積を有する円の直径である。
化合物の数密度は上記断面において表層領域の単位面積あたりに存在している「円相当径が1.5μm以上5.0μm未満である化合物」の数である。
化合物の面積率は上記断面において円相当径が0.5μm以上である化合物の面積の総和が占める割合である。上述のように観察視野を任意にとることから、この化合物の面積率は、ランダムに分布する化合物の面積率に相当する。一般にランダムに分布する粒子の面積率は粒子の体積率と相関する。そのため、上記断面において表層領域の化合物の面積率を表層領域の化合物の体積率とみなすことができる。
化合物の平均アスペクト比は上記断面において「円相当径が1.0μm以上1.5μm未満である化合物」のフェレ径を最小フェレ径で除した値である。フェレ径は上記断面において化合物の輪郭線上にある任意の二点を結ぶ直線の距離のうち最大距離である。最小フェレ径は上記断面において化合物の輪郭線を挟む二つの接線であって平行する二つの接線間の距離のうち最小距離である。
【0049】
〈a 化合物の大きさの上限〉
円相当径が5μm以上である化合物8は円相当径が5μm未満である化合物8に比較して粗大である。粗大な化合物8には応力が集中し易い。また、粗大な化合物8に応力が集中することで粗大な化合物8が破砕された場合にアルミニウム合金の内部に空隙が生じることがある。更に、粗大な化合物8と母相9との接合界面が上述の応力集中によって剥がれることがある。粗大な化合物8自体、上記の空隙、上記の接合界面が剥がれた部分はいずれも割れやしわの起点になったり亀裂を進展させたりし易い。そのため、表層領域10に粗大な化合物8を含むアルミニウム合金板は曲げ加工が施された際に割れが生じ易い。条件(a)を満たすアルミニウム合金板4は、表層領域10に円相当径が5μm以上である粗大な化合物8を実質的に含まない。このようなアルミニウム合金板4は曲げ加工が施された際に割れが生じ難いことで曲げ加工性に優れるため、好ましい。良好な曲げ加工性の観点から、円相当径が5μm以上である化合物を含む視野の数は2以下、1以下でもよく、ゼロが好ましい。
【0050】
〈b 化合物の数密度〉
円相当径が1.5μm以上5.0μm未満である化合物8は円相当径が5μm以上である化合物8よりも小さいもののある程度大きい。ある程度大きい化合物8の数密度が0.0010個/μm2以下であれば、これらの化合物8に起因する割れの発生や亀裂の進展が低減される。このようなアルミニウム合金板4は曲げ加工が施された際に割れが生じ難い。この点からもアルミニウム合金板4は曲げ加工性に優れる。上記数密度が小さいほど、アルミニウム合金板4は曲げ加工性に優れる。良好な曲げ加工性の観点から、数密度は0.0009個/μm2以下、0.0008個/μm2以下、0.0005個/μm2以下、0.0003個/μm2以下でもよい。
【0051】
〈c 化合物の面積率〉
円相当径が0.5μm以上である化合物8は上述の粗大な化合物8やある程度大きい化合物8を含む。円相当径が0.5μm以上である化合物8の面積率が1.0%未満であれば、これらの化合物8に起因する割れの発生や亀裂の進展が低減される。この点からもアルミニウム合金板4は曲げ加工性に優れる。上記面積率が0.1%以上であれば、アルミニウム合金板4を構成するアルミニウム合金は化合物8が形成される程度に第一群の元素や第二群の元素を含む。即ちアルミニウム合金は第一群の元素や第二群の元素の含有によって強度が向上する。このようなアルミニウム合金板4は強度に優れる。良好な曲げ加工性及び強度の向上の観点から、上記面積率は0.12%以上0.90%以下、0.15%以上0.80%以下でもよい。
【0052】
〈d 化合物の平均アスペクト比〉
化合物8の形状によっても化合物8に起因する割れの発生や亀裂の進展が低減され得る。円相当径が1.0μm以上1.5μm未満である化合物8はある程度大きい。平均アスペクト比が2.5以下である化合物8の形状は楕円、更には真円に近い形状である。そのため、条件(d)を満たす化合物8はある程度大きいものの、割れやしわの起点となり難く、亀裂を進展させ難い。このようなアルミニウム合金板4は曲げ加工性に優れる。更に、条件(d)を満たす化合物8は再結晶核となり易かったり、再結晶の粒界移動を抑制したりする作用を有する。結果として、再結晶粒が微細になり易い。再結晶粒が微細であるほど、アルミニウム合金は強度が高められる。そのため、アルミニウム合金板4は強度にも優れる。良好な曲げ加工性及び強度の向上の観点から、上記平均アスペクト比は2.3以下、2.0以下、1.8以下でもよい。上記平均アスペクト比の下限は1である。上記平均アスペクト比は1以上2.5以下、1以上2.3以下、1以上2.0以下でもよい。
【0053】
(特性)
〈ビッカース硬さ〉
実施形態のアルミニウム合金板4のビッカース硬さは例えば70HV以上である。ビッカース硬さが70HV以上であればアルミニウム合金板4は強度に優れる。ビッカース硬さが高いほどアルミニウム合金板4は強度に優れる。強度の向上の観点から、ビッカース硬さは72HV以上、80HV以上、100HV以上でもよい。
【0054】
ビッカース硬さの上限は設けない。ビッカース硬さは第一群の元素や第二群の元素の含有割合が大きいほど高くなり易い。しかし、第一群の元素や第二群の元素の含有割合が大きいほど、上述の数密度、面積率、アスペクト比が大きくなり得る。その結果、曲げ加工性が低くなり易い。曲げ加工性の確保の観点から、ビッカース硬さは例えば160HV以下でもよい。更にビッカース硬さは140HV以下でもよい。
【0055】
ビッカース硬さが72HV以上160HV以下であれば、アルミニウム合金板4は強度に優れる上に曲げ加工性にも優れる。強度の向上及び曲げ加工性の確保の観点から、ビッカース硬さは72HV以上140HV以下、80HV以上135HV以下、90HV以上130HV以下でもよい。
【0056】
〈導電率〉
実施形態のアルミニウム合金板4の導電率は例えば40%IACS以上63%IACS未満である。導電率が40%IACS以上であればアルミニウム合金板4は導電性に優れる。アルミニウム合金板4の導電率は原料に例えば上述の高純度のアルミニウム地金が用いられると高くなり得る。導電率が63%IACS未満であるアルミニウム合金板4は製造過程において高精度な不純物の除去が不要であることで製造性に優れる。この理由は原料に純度が比較的低いアルミニウム地金を用いてアルミニウム合金板4を製造可能だからである。原料に低純度なアルミニウム地金が用いられた場合には不純物を除去する時間が短くてよい。又は不純物の除去が不要である。組成にもよるが、良好な導電性及び製造性の観点から、導電率は41%IACS以上58%IACS以下でもよい。導電率は42%IACS以上55%IACS以下、43%IACS以上53%IACS以下、43%IACS以上50%IACS以下でもよい。
【0057】
アルミニウム合金板4を構成するアルミニウム合金が国際合金記号6056で規定される合金である場合には、ビッカース硬さが72HV以上であり、導電率が40%IACS以上53%IACS以下でもよい。
【0058】
(形状、大きさ)
アルミニウム合金板4の形状、大きさは特に限定されない。
図1Aは平面形状が長方形であるアルミニウム合金板4を示すが、平面形状は円形、多角形、その他の形状でもよい。アルミニウム合金板4の厚さは例えば0.1mm以上5mm以下である。アルミニウム合金板4の長さ、幅も特に問わない。コイル材のような長いアルミニウム合金板4でもよい。
【0059】
(実施形態の主な効果)
実施形態のアルミニウム合金板4は上述のように特定の組成と特定の組織とを備えるアルミニウム合金からなることで強度に優れる上に曲げ加工性にも優れる。好ましくは実施形態のアルミニウム合金板4は導電性にも優れる。これらの効果を後述の試験例1で具体的に説明する。このようなアルミニウム合金板4は、曲げ加工が施される部材であって高強度が望まれる部材、例えば端子、バスバ、筐体、その他の構造材等の素材に好適である。
【0060】
[端子]
(概要)
端子1は、電線2と所定の対象物とを接続する金具である。端子1は
図5,
図6に示すように電線2の端部に取り付けられた状態で利用される。端子1は
図3,
図4に示すように対象物との接続部11と、電線2の導体20との接続部12とを備える。
図3,
図4は導体20との接続部12として導体20を把持するワイヤバレル部を例示する。実施形態の端子1は実施形態のアルミニウム合金板4からなる。端子1は、所定の形状に切断されたアルミニウム合金板4が所定の立体形状となるように曲げられることで製造される。
【0061】
アルミニウム合金板4からなる端子1は、アルミニウム合金板4を構成するアルミニウム合金の組成及び組織、ビッカース硬さ及び導電率等の特性、厚さを実質的に維持する。上述のアルミニウム合金板4に関する説明は「アルミニウム合金板4」を「端子1」に置き換えることで「端子1」に関する説明に概ね相当する。そのため、端子1の具体例及び使用例を説明し、その他の詳細な説明を省略する。なお、端子1の断面は、端子1が例えば後述の圧着端子1A,オス端子1Cであれば、接続部11について接続部11の表面に垂直な断面をとる。端子1が例えば後述のメス端子1Bであれば接点に用いられるばね部11Bの表面に垂直な断面をとる。上記垂直な断面は接続部11、ばね部11Bを構成するアルミニウム合金板4の厚さ方向に平行な平面で切断した断面に相当する。
【0062】
(端子の具体例)
実施形態1の端子1は圧着端子1Aである。圧着端子1Aは、
図3に示すように平板状の接続部11と筒状の接続部12とを備える。接続部11には板の表裏を貫通する孔が設けられている。孔には図示しないボルトが挿通される。ボルトによって、圧着端子1Aは対象物に接続される。圧着端子1Aは所定の形状に打ち抜かれたアルミニウム合金板4から構成される。所定の形状のアルミニウム合金板4は二点鎖線で仮想的に示す二つの矩形状片を備える。二つの矩形状片は縁部が接するように曲げられることで筒状に成形される。付き合わされた縁部が溶接等によって接合されることで、筒状の接続部12が成形される。この接続部12の内部に電線2の導体20が挿通された状態で接続部12が押圧されることで、導体20に接続部12が圧着される。この圧着によって
図5に示すように圧着端子1Aは電線2の端部に接続される。なお、
図3に示す接続部11は一つの孔を備えるが、複数の孔を備える場合がある。圧着端子1Aの接続部11にはボルトが締結された際にボルトが緩まないように締結に伴う変形に耐え得る強度が望まれる。ワイヤバレル部である接続部12には上述の曲げ時や圧着時に割れやしわが生じないような曲げ加工性が望まれる。
【0063】
実施形態2の端子1はメス端子1Bである。メス端子1Bは、
図4に示すように接続部11と接続部12とインシュレーションバレル部13とを備える。接続部11は四角筒状であり、四角筒の内部に二つのばね部11Bを備える。なお、
図4では接続部11は四角筒の長手方向に平行な平面で切断した断面を示す。向かい合って配置された二つのばね部11Bは後述するオス端子1Cの接続部11を挟持する。各ばね部11Bの付勢力によって両ばね部11Bはオス端子1Cの接続部11に所定の圧力で接触する。上記付勢力によってオス端子1Cとの接触状態が維持されることでメス端子1Bは
図6に示すように対象物であるオス端子1Cに接続される。メス端子1Bは所定の形状に打ち抜かれたアルミニウム合金板4が所定の形状に折り曲げられることで成形される。ばね部11Bもアルミニウム合金板4が折り曲げられたり、凸状に成形されたりすることで設けられる。接続部12は二つの矩形状片を備える。この二つの矩形状片は電線2の導体20を包むように折り畳まれる。インシュレーションバレル部13も二つの矩形状片を備える。この二つの矩形状片は電線2の絶縁層23を包むように折り畳まれる。
図6に示すように接続部12及びインシュレーションバレル部13が折り畳まれることで、メス端子1Bは電線2の端部に接続される。なお、メス端子1Bは一つのばね部11Bを備える場合がある。この場合、ばね部11Bは四角筒内に挿入されたオス端子1Cの接続部11を四角筒の内面に押し付ける。メス端子1Bのばね部11Bにはオス端子1Cとの接触状態を維持するための付勢力を発現可能な強度が望まれる。強度が不十分であると上記付勢力が小さくなる。上記付勢力が小さいとメス端子1Bとオス端子1Cとの接触状態が不十分になる。その結果、メス端子1Bとオス端子1Cとの接触抵抗が増大する。メス端子1Bの接続部11、ワイヤバレル部である接続部12、インシュレーションバレル部13には上述の折り曲げ時に割れやしわが生じないような曲げ加工性が望まれる。
【0064】
実施形態3の端子1はオス端子1Cである。オス端子1Cは、
図4に示すように接続部11と接続部12とインシュレーションバレル部13とを備える。接続部11は棒状である。上述のように棒状の接続部11がメス端子1Bのばね部11Bに挟持されることでオス端子1Cは
図6に示すように対象物であるメス端子1Bに接続される。オス端子1Cは所定の形状に打ち抜かれたアルミニウム合金板4を所定の形状に折り曲げられることで成形される。オス端子1Cの接続部12及びインシュレーションバレル部13の基本構成はメス端子1Bの接続部12及びインシュレーションバレル部13と同様である。そのため、詳細な説明を省略する。オス端子1Cの接続部11にはメス端子1Bのばね部11Bからの付勢力に耐える反力を発現可能な強度が望まれる。上記強度が不十分であると上述のように接触抵抗が増大する。オス端子1Cの接続部11、ワイヤバレル部である接続部12、インシュレーションバレル部13には上述の折り曲げ時に割れやしわが生じないような曲げ加工性が望まれる。
【0065】
導体20との接続部12は上述のワイヤバレル部ではなく、超音波接合や溶接等によって導体20が接合されるものでもよい。このような接続部12を備える端子1に設けられたインシュレーションバレル部13又は上述の折り曲げられて形成される接続部11には折り曲げ時に割れが生じないような曲げ加工性が望まれる。
【0066】
なお、端子1は、アルミニウム合金板4からなる基材とめっき層とを備えてもよい。めっき層は基材の表面の少なくとも一部を覆う。めっき層の構成材料はスズ、スズ合金、ニッケル、ニッケル合金、銀、銀合金等である。めっき層を備える端子1は接触抵抗を更に低減できる。
【0067】
(端子の使用例)
実施形態の端子付き電線3は、
図5,
図6に示すように電線2と実施形態の端子1とを備える。
図4に示すように電線2は、導体20と絶縁層23とを備える。電線2の端部において絶縁層23が除去されることで、導体20の端部が露出される。この露出された導体20の端部に端子1の接続部12が取り付けられる。
【0068】
導体20は1本の金属線又は複数の金属線から構成される。複数の金属線は例えば撚線又は撚線集合体である。撚線集合体は複数の撚線が撚り合わされたものである。金属線を構成する金属は純銅、銅合金、純アルミニウム、アルミニウム合金等である。導体20が純アルミニウム又はアルミニウム合金から構成される電線2は、純銅又は銅合金から構成される場合に比較して軽量である。また、純アルミニウム又はアルミニウム合金から構成される導体20はアルミニウム合金板4からなる端子1との間で異種金属腐食が実質的に生じない。絶縁層23は樹脂等の電気絶縁材料から構成される。
【0069】
[バスバ]
バスバ5は、導体同士を接続する金具である。バスバ5は所定の形状に打ち抜かれたアルミニウム合金板4からなる板片50である。板片50には図示しないボルトが挿通される孔53が設けられている。
図7に示すバスバ5は、細長い長方形状の板片50からなる。この板片50は部分的に折り曲げられている。詳しくはこのバスバ5は、ほぼ直角に折り曲げられた二つの曲がり部52を備え、二つの曲がり部52によって段差形状を有する。また、このバスバ5は板片50の長手方向の端部にそれぞれ一つの孔53を備える。板片50の形状・幅・長さ、孔53の個数・大きさ・配置位置等は変更可能である。バスバ5の形状及び大きさは、バスバ5が配置される空間の形状及び大きさに応じて調整される。バスバ5は、曲がり部52を有することで狭い空間であっても配置可能であり、空間の利用効率が高い配策構造を構築できる。バスバ5はボルトによって図示しない導体に接続される。バスバ5における孔53の周囲箇所には、ボルトが締結された際にボルトが緩まないように締結に伴う変形に耐え得る強度が望まれる。曲がり部52には板片50の曲げ時に割れやしわが生じないような曲げ加工性が望まれる。
【0070】
(実施形態の主な効果)
実施形態の端子1、及び実施形態の端子付き電線3に備えられる端子1は強度に優れる実施形態のアルミニウム合金板4からなることで、以下の効果を有する。実施形態1の圧着端子1Aでは接続部11にボルトが締め付けられても接続部11が変形し難い。結果としてボルトが緩み難い。そのため、圧着端子1Aとボルト締結された対象物とは接触抵抗を小さくできる上に接触状態を長期にわたり良好に維持できる。実施形態2のメス端子1Bではばね部11Bが実施形態2のオス端子1Cの接続部11に適切な付勢力を付与できる。実施形態3のオス端子1Cでは棒状の接続部11がメス端子1Bのばね部11Bに適切な反力を作用できる。結果として、メス端子1Bとオス端子1Cとの接触抵抗が小さい。また、メス端子1Bのばね部11Bとオス端子1Cの接続部11とは接触状態を長期にわたり良好に維持できる。これらの点から、実施形態の端子1は電気接点部材としての信頼性を高められる。このような端子1は電気接点部材に好適である。また、実施形態の端子1、及び実施形態の端子付き電線3に備えられる端子1は曲げ加工性に優れる実施形態のアルミニウム合金板4からなることで、電線2の導体20を把持するための曲げ加工時や圧着時に割れやしわが生じ難い。更に、実施形態のアルミニウム合金板4は形状精度、寸法精度に優れる端子1を製造可能である。この点から、実施形態の端子1は製造性にも優れる。実施形態の端子付き電線3は曲げ加工性に優れる端子1を備えることで、端子1が電線2の端部に容易に取り付けられる。この点から、実施形態の端子付き電線3も製造性に優れる。
【0071】
導電率が40%IACS以上であるアルミニウム合金板4からなる端子1は電気接点部材に好適である。また、導電率が40%IACS以上であれば端子1に電流が流れた際に端子1の発熱量が少ない。そのため、発熱に起因する電線2の劣化が低減される。
【0072】
実施形態のバスバ5は強度に優れる実施形態のアルミニウム合金板4からなることで、以下の効果を有する。バスバ5における孔53の周囲箇所にボルトが締め付けられても孔53の周囲箇所が変形し難い。結果としてボルトが緩み難い。そのため、バスバ5とボルト締結された導体とは接触抵抗を小さくできる上に接触状態を長期にわたり良好に維持できる。また、実施形態のバスバ5は曲げ加工性に優れる実施形態のアルミニウム合金板4からなることで、製造過程では曲がり部52を形成するための曲げ加工時に割れやしわが生じ難い。そのため、形状精度、寸法精度に優れるバスバ5が製造される。この点から、実施形態のバスバ5は製造性にも優れる。
【0073】
[アルミニウム合金板の製造方法、端子の製造方法、バスバの製造方法]
実施形態のアルミニウム合金板4は、例えば上記特定の組成を有するアルミニウム合金からなる溶湯を急冷凝固させた凝固材を製造する工程を備える製造方法によって製造することができる。実施形態の端子1及び実施形態のバスバ5は例えば以下の第一工程及び第二工程を備える製造方法によって製造することができる。
(第一工程)上記特定の組成及び上記特定の組織を有するアルミニウム合金板4を用意する。
(第二工程)上記アルミニウム合金板4を所定の形状に切断して、所定の形状のアルミニウム合金板4を所定の形状に成形する。
【0074】
本発明者らは、上述の特定の組成及び上述の特定の組織を有するアルミニウム合金板4の製造には従来の溶製法ではなく、溶湯を急冷凝固可能な方法が好ましいとの知見を得た。溶湯が急冷凝固された凝固材は、1.5μmを超えるようなサイズの化合物8が少ない又は好ましくはほとんど含まない。上記凝固材が用いられることで最終的に製造されるアルミニウム合金板4、更には端子1は表層領域10に円相当径が1.5μm以上である化合物8が少なく、5μm以上の化合物8を実質的に含まない。以下、各工程を説明する。
【0075】
〈第一の製法:薄帯又は粉末からなる凝固材を製造する場合〉
《凝固工程》
上述の特定の組成を有するアルミニウム合金の溶湯を急冷凝固することで凝固材を製造する。凝固材は例えば薄帯、薄片、粉末である。薄帯、粉末の凝固材の製造には液体急冷凝固法、アトマイズ法等を利用することができる。液体急冷凝固法は例えばメルトスパン法である。アトマイズ法は例えばガスアトマイズ法、水アトマイズ法である。液体急冷凝固法、アトマイズ法では、上記溶湯の冷却速度は例えば1×104℃/秒以上であり、一般的な溶製法の冷却速度よりも大きい。メルトスパン法の基本操作、アトマイズ法の基本操作は公知の方法を参照できる。
【0076】
メルトスパン法は、高速回転する冷却媒体上に溶湯を噴射して急冷することで、薄帯を製造する方法である。上記冷却媒体はロール又はディスク等である。上記冷却媒体の構成材料は銅等の金属である。製造された薄帯は短く砕かれた薄片状又は粉末状とすると利用し易い。
【0077】
アトマイズ法は、るつぼの底部の小孔から流出させた溶湯の細い流れに冷却能が高いガス又は水を高圧噴射することで粉末を製造する方法である。高圧のガス又は水は上記溶湯の流れを飛散させると共に上記溶湯を急冷する。ガス種はアルゴン、空気、窒素等である。アトマイズ法では、製造される粉末の平均粒径が小さくなるように製造条件が調整されることで冷却速度が大きくなり得る。アトマイズ粉末の平均粒径は例えば1μm以上150μm以下である。アトマイズ粉末の平均粒径は100μm以下、更に80μm以下でもよい。
【0078】
《押出工程》
次に、上述の薄片状又は粉末状の凝固材に塑性加工を施すことで塑性加工材を製造する。塑性加工によって薄片状又は粉末状の凝固材が一体化されると共に緻密化される。例えば相対密度が90%以上である塑性加工材を製造する。このような緻密な塑性加工材は例えば300℃以上520℃未満の温度範囲で押出加工を行うことで製造することができる。この押出加工はいわゆる粉末押出である。上記の温度範囲に加熱されることで凝固材は塑性加工性を高められる。温度が高いほど凝固材は塑性加工性を高められる。300℃以上で押出加工を行えば、長い板状の押出材を製造することができる。なお、ここでの300℃以上での押出加工は熱間加工に相当する。この押出加工によって板状の押出材を製造すれば、この押出材は、表層領域の断面において上述の条件(a)から条件(c)、更には条件(d)を満たす特定の組織を有する。製造された押出材をアルミニウム合金板4にすることができる。
【0079】
《前工程》
上述の押出工程前に化合物が析出しない温度で塑性加工を行うことができる。化合物が析出しない温度は例えば200℃未満である。なお、ここでの200℃未満での塑性加工は冷間加工に相当する。冷間加工の加工温度が常温であれば温度制御が不要である。常温は5℃以上35℃以下である。冷間加工によって例えば相対密度が80%以上である中間加工材を製造する。この中間加工材に上述の押出加工を施すことで、押出加工前に冷間加工を行わない場合に比較して押出材が緻密になり易い。ここでの冷間加工は、例えばプレス成形である。プレス成形は、静水圧プレス、一軸プレス装置を用いた一軸プレス等である。なお、この前工程としての冷間加工は必須ではない。
【0080】
《後工程》
上述の押出工程後に押出材に冷間加工を施すことができる。又は上述の押出工程後に押出材に熱処理を施すことができる。又は上記押出材に冷間加工及び熱処理の双方を施すことができる。後工程を経た冷間加工材又は熱処理材の表層領域の断面において上述の条件(a)から条件(c)、更には条件(d)を満たす特定の組織を有するように、後工程の条件は調整される。このような後工程としての冷間加工や熱処理によって、ビッカース硬さを調整することができる。例えば押出材に冷間加工を施すことで冷間加工材は加工硬化する。結果としてビッカース硬さが高められる。例えば押出材に熱処理を施すことで化合物8の大きさ及び上述の数密度を調整することができる。結果としてビッカース硬さが調整される。後工程を行う場合、後工程を経た冷間加工材又は熱処理材をアルミニウム合金板4にすることができる。なお、この後工程としての冷間加工や熱処理は必須ではない。
【0081】
後工程としての冷間加工は常温での塑性加工であると、冷間加工材に導入されるひずみが大きくなり易い。結果としてビッカース硬さが高められる。そのため、上記冷間加工材からなるアルミニウム合金板4は強度に優れる。ここでの冷間加工は、例えば冷間圧延、冷間抽伸である。また、ここでの冷間加工は例えば相当塑性ひずみが0.01以上となるように行う。
【0082】
熱処理は、以下の第一熱処理及び第二熱処理の少なくとも一方を行う。第一熱処理のみでもよいし、第二熱処理のみでもよいし、第一熱処理後に第二熱処理を行ってもよい。第一熱処理は430℃以上600℃以下の温度に押出材等の対象物を加熱した状態で1時間以上24時間以下の範囲に保持した後、水中又は油中に焼き入れる。又は上記の焼き入れに代えて強制空冷を行う。第一熱処理は溶体化処理に相当する。第二熱処理は150℃以上250℃以下の温度に押出材等の対象物を加熱した状態で1時間以上24時間以下の範囲に保持した後、炉冷する又は空冷する。第二熱処理は時効処理に相当する。
【0083】
第一熱処理によって第一群の元素、第二群の元素がアルミニウムに固溶し得る。その後、常温に保持されることで析出物からなる微細な化合物7が均一的に分散した組織が形成され得る。第二熱処理によって析出物が析出する。この析出物は微細である上に均一的な大きさになり得る。そのため、第二熱処理材は微細な化合物7が均一的に分散した組織を有し得る。このような組織を有することから第一熱処理材又は第二熱処理材からなるアルミニウム合金板4は強度に優れる。また、このアルミニウム合金板4は化合物7が析出されていることで導電性にも優れる。その他、熱処理によって塑性加工に伴う加工ひずみがある程度除去される。この点で、熱処理が施された熱処理材からなるアルミニウム合金板4は曲げ加工性にも優れる。
【0084】
上記の熱処理は上述の押出工程から連続して行うことができる。例えば、500℃程度で押出加工を行った後、シャワーで水冷する。
【0085】
〈第二の製法:板からなる凝固材を製造する場合〉
《凝固工程》
上述の凝固材は板でもよい。板からなる凝固材の製造には例えばストリップキャスタ、薄板連続鋳造、連続鋳造圧延等と呼ばれる方法を利用することができる。ストリップキャスタの一例はいわゆる双ロール鋳造法である。双ロール鋳造法は、溶湯を一対の金属製ロールによって圧延しながら凝固させることで鋳造板を製造する方法である。鋳造板の送り速度、即ち鋳造速度によって、急冷時の溶湯の冷却速度を制御することができる。上記冷却速度は80℃/秒以上が好ましい。上記冷却速度は85℃/秒以上、90℃/秒以上でもよい。上記冷却速度が80℃/秒以上であれば得られた鋳造板は、表層領域の断面において上述の条件(a)から条件(c)、更には条件(d)を満たす特定の組織を有する。そのため、製造された鋳造板をアルミニウム合金板4にすることができる。上記冷却速度が80℃/秒未満であれば、化合物8が粗大になったり、平均アスペクト比が大きくなったりし易い。
《後工程》
更に上記鋳造板に上述の後工程を施すことができる。後工程としての冷間加工は例えば冷間圧延である。上記鋳造板に冷間圧延、上述の熱処理を順に施してもよい。又は、後工程としての熱処理は上記鋳造板に連続して行ってもよい。
【0086】
〈端子の製造方法、バスバの製造方法〉
(第一工程)
第一工程では、上述の第一の製法又は第二の方法によって製造されたアルミニウム合金板4を用意するとよい。
(第二工程)
上述の押出加工又は双ロール鋳造等の方法によって連続的に製造されたアルミニウム合金板4は長い板である。第二工程はこのアルミニウム合金板4から所定の形状に切断された板材を製造する。所定の形状の板材は曲げられる前の端子1又は曲げられる前のバスバ5を展開した形状を有する。この板材の所定の箇所が筒状に曲げられることで
図3に示す円筒状の接続部12が成形される。この板材の所定の箇所が折り曲げられることで
図4に示す四角筒状の接続部11や棒状の接続部11が成形される。また、
図3,
図4に示すワイヤバレル部である接続部12やインシュレーションバレル部13が成形される。上記板材の所定の箇所が折り曲げられることで
図7に示すバスバ5が成形される。
【0087】
[試験例1]
表1に示す組成を有するアルミニウム合金からなる板材を表2に示す製造方法によって製造した。製造されたアルミニウム合金板における表層領域の組織、アルミニウム合金板の特性を表3に示す。
【0088】
(試料の製造)
各試料の主原料は市販のアルミニウム地金である。試料No.103及びNo.109に用いられたアルミニウム地金の純度は99.99%であり、他の試料のアルミニウム地金の純度より高い。他の試料のアルミニウム地金の純度は99.7%である。アルミニウム地金に含まれる不純物量に応じて第一群の元素の添加量、第二群の元素の添加量を調整する。
【0089】
〈試料No.1からNo.9〉
試料No.1からNo.6の板材は、アルミニウム合金からなるガスアトマイズ粉末を用いて粉末押出を行うことで製造する。
まず、表1に示す組成を有するアルミニウム合金の溶湯を用いて空気アトマイズ法によって、平均粒径が40μmであるガスアトマイズ粉末を製造する。
次に、ガスアトマイズ粉末を用いて冷間加工を行うことで中間加工材を製造する。ここでの冷間加工は等方静水圧プレス成形である。冷間加工の条件は、温度が常温であり、圧力が200MPaである。中間加工材は直径がφ42mmであり、長さが40mmである円柱状の成形体である。
次に、中間加工材に熱間押出加工を施すことで平板状の押出材を製造する。押出条件は、中間加工材の加熱温度が450℃であり、押出比が28である。中間加工材を450℃に加熱してから押し出す。得られた押出材の相対密度は99%である。ここでの相対密度は見かけ密度を真の密度で除すことで求めた割合である。真の密度は、押出材を構成するアルミニウム合金の組成から求める。押出材の厚さは約1.5mmである。
次に、押出材に溶体化処理と時効処理とを順に施すことで熱処理材を製造する。溶体化処理の条件及び時効処理の条件を表2に示す。表2に示す条件において例えば「510℃×3h→水冷」は、加熱温度が510℃であり、加熱温度の保持時間が3時間であり、この保持時間経過後に水冷したことを意味する。表2に示す条件において例えば「175℃×16h→空冷」は、加熱温度が175℃であり、加熱温度の保持時間が16時間であり、この保持時間経過後に空冷したことを意味する。
試料No.7からNo.9の板材は、双ロール鋳造法を用いて製造する。双ロール鋳造時の冷却速度は100℃/秒又は80℃/秒である。得られた鋳造板の厚さは約7.0mmである。上記鋳造材に厚さが1.5mmとなるまで冷間圧延加工を施すことで、平板状の圧延材を製造する。圧延材に溶体化処理と時効処理とを順に施すことで熱処理材を製造する。
試料No.1からNo.9の板材はいずれも、上述の熱処理材である。
【0090】
〈試料No.101からNo.109〉
試料No.101からNo.109の板材は、従来の溶製法を用いて製造する。
試料No.101及びNo.109の板材は圧延材である。試料No.101及びNo.109の板材は溶製法によって製造した鋳造材に圧延加工を施すことで製造する。圧延加工後に溶体化処理及び時効処理を行わない。
試料No.102からNo.108の板材は熱処理材である。試料No.102の板材は溶製法によって製造した鋳造材に圧延加工を施すことなく熱処理を施すことで製造する。試料No.103からNo.108の板材は溶製法によって製造した鋳造材に圧延加工を施した後、更に熱処理を施すことで製造する。これらの試料の熱処理は溶体化処理と時効処理とを順に行う。熱処理の条件を表2に示す。
【0091】
(組成の分析)
各試料の板材の組成を高周波誘導結合プラズマ(ICP)発光分光分析法によって求める。測定結果は表1に示す通りである。各試料の板材を構成するアルミニウム合金は第一群の元素と第二群の元素とを表1に示す質量割合で含み、残部がAlと不可避不純物とからなる。不可避不純物は第一群の元素及び第二群の元素以外である。なお、各試料の板材におけるFeの質量割合は、原料に用いたアルミニウム地金に含まれていたFeに起因するものである。試料の製造過程ではFeを添加していない。
試料No.4,No.5,No.107,No.108の板材を構成するアルミニウム合金は国際合金記号6056に相当する。
【0092】
(表層領域の組織の観察)
各試料の板材において表層領域の組織を以下のようにして調べる。
各試料の板材の任意の位置において板材の表面に垂直な断面をとる。上記断面をクロスセクションポリッシャ(CP)によって平滑に仕上げる。板材の表層領域は、板材の表面から板材の厚さ方向に200μmまでの領域とする。上記表層領域について、電界放出形走査電子顕微鏡によって反射電子像を観察する。ここでは上記観察に日本電子株式会社製、JSM-7800Fを用いる。観察条件は、倍率が1000倍であり、加速電圧が5kVであり、観察領域が50μm×100μmである。観察画像の解像度は、5ピクセル/μmより大きい。観察領域の取得位置は表層領域から任意に10個の観察領域をとる。即ち10視野とる。画像内に明度が255である領域いわゆる白飛びと明度が0である領域いわゆる黒飛びとが生じないように画像のコントラストを調整する。このようにして得られた反射電子像を以下の方法によって画像解析する。なお、試験例1において各試料の板材の表面は例えば板材の用途が端子の素材である場合に接点に用いられる面である。
【0093】
〈画像解析の手順〉
まず、オープンソース画像解析ソフトウェア「ImageJ バージョン1.51j」を起動する。次に「Enhance Contrast」機能によって「Saturated pixels 0.5%、Normalize」処理を行う。次に「Threshold」機能によって明度が165以上255以下であるピクセルを選択する。この選択された領域を第一群の元素及び第二群の元素からなる群より選択される1種以上の元素とAlとを含む化合物とみなす。次に「Analyze Particles」機能によって化合物の個数、各化合物の面積、各化合物のフェレ径及び最小フェレ径を求める。各化合物の面積から各化合物の円相当径を求める。各化合物の円相当径は各化合物の面積と同じ面積を有する円の直径である。なお、上記のソフトウェアを用いることで、化合物の個数、面積、フェレ径、最小フェレ径等を自動的に算出することができる。
【0094】
〈粗大化合物の有無〉
上述の10視野について、化合物のうち円相当径が5.0μm以上である化合物の有無を調べる。10視野のうち円相当径が5.0μm以上である化合物を含む視野数が3以下であれば表3に「含まず」と示す。10視野のうち円相当径が5.0μm以上である化合物を含む視野数が4以上であれば、表3に「含む」と示す。
【0095】
〈数密度〉
上述の10視野について、化合物のうち円相当径が1.5μm以上5.0μm未満である化合物の個数を上述の観察領域の面積で除した値を求める。求めた値を数密度とする。10視野について求めた数密度の中央値を求める。この中央値を各試料の板材における化合物の数密度(個/μm2)とする。化合物の数密度(個/μm2)を表3に示す。
【0096】
〈面積率〉
上述の10視野について、化合物のうち円相当径が0.5μm以上である化合物の面積の総和を求める。求めた総和を上述の観察領域の面積で除した値を求める。求めた値が化合物の面積率である。10視野について求めた面積率の中央値を求める。この中央値を各試料の板材における化合物の面積率(%)とする。化合物の面積率(%)を表3に示す。なお、この化合物の面積率は上述のように化合物の体積率とみなすことができる。
【0097】
〈平均アスペクト比〉
上述の10視野について、化合物のうち円相当径が1.0μm以上1.5μm未満である化合物のそれぞれについて、フェレ径と最小フェレ径とによってアスペクト比を求める。10視野について求めたアスペクト比の平均値を求める。この平均値を各試料の板材における平均アスペクト比とする。化合物の平均アスペクト比を表3に示す。
【0098】
(特性)
各試料の板材についてビッカース硬さ(HV)、導電率(%IACS)、曲げ評点を表3に示す。
【0099】
〈ビッカース硬さ〉
ビッカース硬さはJIS Z 2244-1:2020に準拠して測定する。圧痕の対角線長さが0.050mm以上となるように試験荷重を選定する。各試料の板材の任意の位置において板材の表面に垂直な断面をとる。上記断面を機械研磨、バフ研磨、又はCP等によって平滑に仕上げる。この断面の任意の位置についてビッカース硬さを測定する。測定点は20点とする。20点のビッカース硬さの中央値を求める。この中央値を各試料の板材におけるビッカース硬さ(HV)とする。測定温度は常温である。
【0100】
〈導電率〉
導電率はJCBA T603:2011又はJIS H 0505:1975に準拠して測定する。
【0101】
〈曲げ評点〉
曲げ評点はJCBA T307:2007に準拠してW曲げ試験を行うことで求める。まず、各試料の板材に切削加工及び研削加工を施すことで、厚さが0.8mmであり、幅が10mmであり、長さが30mmの試験片を作製する。試料ごとに5個の試験片を用意する。W曲げ試験は
図9に示すジグを用いて行う。ジグは二つの山部を備える上型201と二つの谷部を備える下型202とを備える。上型201と下型202とで試験片100を挟み、曲げ半径が1.6mmであるW曲げ加工を試験片100に施す。W曲げ加工後、曲げられた頂点のしわ及び割れの強弱をJCBA T307:2007に記載される評価基準と比較することで評点を付ける。ここでは、評価基準Aを4点、評価基準Bを3点、評価基準Cを2点、評価基準Dを1点、評価基準Eを0点と評価する。各試料において5個の試験片の評点を平均した値を求める。この平均値を各試料の板材における曲げ評点とする。
【0102】
【0103】
【0104】
【0105】
表3に示すように試料No.1からNo.9の板材はビッカース硬さが70HV以上であると共に曲げ評点が4.0点である。このような試料No.1からNo.9の板材は強度に優れる上に曲げ加工性に優れる。また、試料No.1からNo.9の板材は導電率が40%IACS以上であり、導電性にも優れる。以下、試料No.1からNo.9の板材を特定試料群の板材と呼ぶ。
【0106】
特定試料群の板材は、曲げ評点が4.0である試料No.101,No.109の板材よりもビッカース硬さが高い。この理由の一つは、特定試料群の板材はシリコン及びマグネシウムの双方を含み、試料No.101の板材はマグネシウムを含まないことが考えられる。また、特定試料群の板材は、試料No.109の板材よりもシリコン及びマグネシウムの含有割合が大きいことが考えられる。別の理由の一つは、特定試料群の板材は第一群の元素に加えて第二群の元素を含むことが考えられる。なお、試料No.101,No.109は第一群の元素及び第二群の元素の合計含有割合が小さいことで導電率が高いと考えられる。
【0107】
特定試料群の板材は、ビッカース硬さが70HV以上である試料No.102,試料No.104からNo.108の板材よりも曲げ評点が高い。この理由の一つは、表層領域の組織の相違が考えられる。特定試料群の板材は
図2に示すように表層領域10に円相当径が5μm以上である粗大な化合物8を実質的に含まない。試料No.102の板材は
図8に示すように円相当径が5μm以上である粗大な化合物8を含む。粗大な化合物8はW曲げ加工時に割れやしわの起点となることで靭性を低下させる結果、曲げ評点が低下すると考えられる。また、特定試料群の板材は化合物の数密度が0.0010個/μm
2以下であり、試料No.104からNo.108の板材の数密度に比較して小さい。更に、特定試料群の板材では化合物の面積率が1.0%未満であり、試料No.102,No.107,No.108の板材の面積率に比較して小さい。上記粗大な化合物が実質的に含まれない上に円相当径が1.5μm以上5.0μm未満である化合物が少ないことで、特定試料群の板材はW曲げ加工時に割れが生じ難いと考えられる。円相当径が1.5μm以上である化合物は強度の向上に実質的に関与せず、曲げ加工性に影響を与えると考えられる。特定試料群の板材は円相当径が1.0μm以上1.5μm未満である化合物の平均アスペクト比が2.5以下であり、上記化合物の形状が円形に近い。ある程度大きな化合物が割れやしわの起点になり難い形状であることからも、特定試料群の板材はW曲げ加工時に割れが生じ難いと考えられる。また、特定試料群の板材は円相当径が0.5μm以上である化合物がある程度含まれるように第一群の元素及び第二群の元素を含むことでビッカース硬度が高いと考えられる。更に、特定試料群の板材は第一群の元素及び第二群の元素の少なくとも一部が化合物であることで、導電率が高いと考えられる。なお、
図2の左右方向は押出方向又は圧延方向に相当する。
【0108】
なお、化合物の組成は例えばエネルギー分散型X線分光法(EDX)によって分析することができる。円相当径が0.5μm以上である化合物は、代表的には第一群の元素及び第二群の元素からなる群より選択される1種以上の元素とAlとを含む化合物である。
【0109】
試料No.103の板材は化合物の数密度が0.0010個/μm2以下であり、化合物の面積率が0.10%未満であるものの、ビッカース硬さ及び曲げ評点が特定試料群の板材と同程度である。ただし、試料No.103の板材を製造するためには原料に高純度のアルミニウム地金が必要である。純度が低いアルミニウム地金で製造可能な点で、特定試料群の板材は試料No.103の板材よりも製造性に優れる。
【0110】
以上の説明から、シリコンとマグネシウムとを含むアルミニウム合金からなり、表層領域の断面において上述の条件(a)から条件(c)を満たすアルミニウム合金板は強度に優れる上に曲げ加工性にも優れることが示された。更に条件(d)を満たすアルミニウム合金板は強度及び曲げ加工性により優れる。このようなアルミニウム合金板からなる端子は強度に優れる上に曲げ加工性にも優れる。また、上記のアルミニウム合金板は、溶湯が急冷凝固された凝固材を用いることで製造できることが示された。
【0111】
本発明はこれらの例示に限定されるものではなく、請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味及び範囲内での全ての変更が含まれることが意図される。
例えば、試験例1において、第一群の元素の含有割合、第二群の元素の含有割合、製造条件等が変更可能である。製造条件は、例えば凝固材の製造方法及び製造条件、凝固材の平均粒径、プレス成形時の温度及び圧力、押出条件、熱処理時の加熱温度・保持時間、双ロール鋳造の冷却速度等である。
【符号の説明】
【0112】
1 端子、1A 圧着端子、1B メス端子、1C オス端子
2 電線
3 端子付き電線
4 アルミニウム合金板、40 表面
7,8 化合物、9 母相、10 表層領域
11,12 接続部、11B ばね部
13 インシュレーションバレル部
20 導体、23 絶縁層
100 試験片、201 上型、202 下型