(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-11
(45)【発行日】2024-01-19
(54)【発明の名称】炭素移着膜が形成された摺動部材
(51)【国際特許分類】
C23C 26/00 20060101AFI20240112BHJP
C01B 32/28 20170101ALI20240112BHJP
C10M 103/02 20060101ALI20240112BHJP
C23C 24/02 20060101ALI20240112BHJP
F16C 33/12 20060101ALI20240112BHJP
F16C 33/14 20060101ALI20240112BHJP
【FI】
C23C26/00 C
C01B32/28
C10M103/02 Z
C23C24/02
F16C33/12 A
F16C33/14 Z
(21)【出願番号】P 2018209298
(22)【出願日】2018-11-06
【審査請求日】2021-09-28
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成30年10月29日に、下記ウェブサイトにおいて発表した。 http://www.tribology.jp/conference/tribology_conference/18ise/18ise_yokousyuudownload.html
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000002901
【氏名又は名称】株式会社ダイセル
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002239
【氏名又は名称】弁理士法人G-chemical
(72)【発明者】
【氏名】木本 訓弘
(72)【発明者】
【氏名】後藤 友尋
(72)【発明者】
【氏名】足立 幸志
(72)【発明者】
【氏名】高橋 翼
【審査官】岡田 隆介
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-155896(JP,A)
【文献】特開2008-297477(JP,A)
【文献】国際公開第2007/088649(WO,A1)
【文献】特開2010-053236(JP,A)
【文献】特開2014-156631(JP,A)
【文献】特開2015-000408(JP,A)
【文献】国際公開第2015/163389(WO,A1)
【文献】特開2007-023356(JP,A)
【文献】国際公開第2015/121944(WO,A1)
【文献】特開2014-152373(JP,A)
【文献】特開2007-099947(JP,A)
【文献】特表2016-524651(JP,A)
【文献】特開2012-246545(JP,A)
【文献】特開2014-062326(JP,A)
【文献】特開2016-145417(JP,A)
【文献】石川 功 他1名,a-C:H膜の内部構造と摩擦特性の相関,トライボロジスト,日本,2016年12月06日,Vol.62 No.2,p.122-128
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 24/00-24/10
C23C 26/00
F16C 33/00-33/82
C01B 32/26-28
C10M 103/02
C10M 125/00-125/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材表面に、sp
2結合を有する炭素と、sp
3結合を有する炭素を含む炭素移着膜が形成され、
前記炭素移着膜における、前記sp
2結合を有する炭素と前記sp
3結合を有する炭素の和に対する、前記sp
3結合を有する炭素の比率sp
3/(sp
2+sp
3)は、0.5以上であり、
前記炭素移着膜は、532nmの測定光源を用いたラマン分光分析によって得られるラマンスペクトルにおいて、1570~1640cm
-1の範囲に観測されるGバンドのピークと、1300~1400cm
-1の範囲に観測されるDバンドのピークを有し、
前記比率sp
3/(sp
2+sp
3)は、前記Dバンドのピーク面積強度(Id)と前記Gバンドのピーク面積強度(Ig)の和に対する、Dバンドのピーク面積強度(Id)の比率Id/(Id+Ig)であり、
前記炭素移着膜における炭素含有量は20原子質量%以上であ
り、
前記炭素移着膜の算術平均表面粗さ(Ra)が30nm以下である、摺動部材。
【請求項2】
前記炭素移着膜の膜厚が100~1000nmである、請求項1に記載の炭素移着膜が形成された摺動部材。
【請求項3】
基材表面に、sp
2結合を有する炭素と、sp
3結合を有する炭素を含む炭素移着膜が形成され、
前記炭素移着膜における、前記sp
2結合を有する炭素と前記sp
3結合を有する炭素の和に対する、前記sp
3結合を有する炭素の比率sp
3/(sp
2+sp
3)は、0.5以上であり、
前記炭素移着膜は、532nmの測定光源を用いたラマン分光分析によって得られるラマンスペクトルにおいて、1570~1640cm
-1の範囲に観測されるGバンドのピークと、1300~1400cm
-1の範囲に観測されるDバンドのピークを有し、
前記比率sp
3/(sp
2+sp
3)は、前記Dバンドのピーク面積強度(Id)と前記Gバンドのピーク面積強度(Ig)の和に対する、Dバンドのピーク面積強度(Id)の比率Id/(Id+Ig)である摺動部材を製造する方法であり、
第1部材と第2部材を、炭素を含む潤滑材料を介して、相対的に摺動させて炭素移着膜が形成された摺動部材を製造する方法であって、
前記第1部材の摺動面と前記第2部材の摺動面の間に、前記炭素を含む潤滑材料を適用する潤滑材料適用工程と、
前記第1部材の摺動面と前記第2部材の摺動面を相対的に摺動させて、前記第2部材に由来する炭素を前記第1部材表面に移着させることにより、前記第1部材表面に炭素移着膜を形成する移着膜形成工程とを少なくとも備え、
前記炭素を含む潤滑材料がナノダイヤモンド粒子を含み、
前記第2部材が前記第1部材との摺動面にダイヤモンドライクカーボン膜を有する、炭素移着膜が形成された摺動部材の製造方法。
【請求項4】
前記第1部材が、金属材である、請求項3に記載の炭素移着膜が形成された摺動部材の製造方法。
【請求項5】
境界潤滑条件下で、前記潤滑材料適用工程と前記移着膜形成工程を行う請求項3又は4に記載の炭素移着膜が形成された摺動部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素移着膜が形成された摺動部材に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、摺動面を備えた部材(以下「摺動部材」と称する場合がある)は、自動車、機械部品、医療機器、家電機器を始めとした種々の分野の製品素材として広く用いられている。
【0003】
摺動部材のトライボロジー特性を向上させる手法として、表面改質技術が注目されている。SUS304基板とベアリング用超硬球球の摩擦面間に、酸化グラフェン分散水(酸化グラフェン濃度:1質量%)を介在させて摺動させると、SUS304基板上にトライボフィルムが形成され、摩擦係数が低減されることが、非特許文献1に記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】トライボロジー会議2015春 姫路 予稿集 「酸化グラフェン潤滑添加剤の摩擦メカニズムの解明」 163-164ページ
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、非特許文献1のトライボフィルムは、摩擦面に密着しておらず、端部が剥がれたような状態になっており、実のところ摩擦面の一部にしか残存していなかったことが記載されている。このような摺動部材を使用すると、端部からのトライボフィルムの剥離や消失が進行し、満足な摩耗抑制効果と、摩擦低減効果が得られないという問題がある。
【0006】
本発明は、以上のような事情のもとで考え出されたものであり、摩耗抑制効果と、摩擦低減効果に優れる炭素移着膜が形成された摺動部材、及びその摺動部材の製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記目的を達成するために鋭意検討した結果、基材表面に、sp2結合を有する炭素と、sp3結合を有する炭素を含む炭素移着膜が形成された摺動部材(以下、「本発明の炭素移着膜が形成された摺動部材」と称する場合がある)によれば、顕著な摩耗抑制効果と摩擦低減効果が得られることを見出した。本発明はこれらの知見に基づいて完成させたものである。
【0008】
すなわち、本発明は、基材表面に、sp2結合を有する炭素と、sp3結合を有する炭素を含む炭素移着膜が形成された摺動部材を提供する。
【0009】
上記炭素移着膜における、上記sp2結合を有する炭素と上記sp3結合を有する炭素の和に対する、上記sp3結合を有する炭素の比率sp3/(sp2+sp3)は、0.1以上であることが好ましい。
【0010】
上記炭素移着膜は、532nmの測定光源を用いたラマン分光分析によって得られるラマンスペクトルにおいて、1570~1640cm-1の範囲に観測されるGバンドと、1300~1400cm-1の範囲に観測されるDバンドを有することが好ましい。
【0011】
上記炭素移着膜の膜厚は100~1000nmであることが好ましい。
【0012】
また、本発明は、第1部材と第2部材を、炭素を含む潤滑材料を介して、相対的に摺動させて炭素移着膜が形成された摺動部材を製造する方法であって、
上記第1部材の摺動面と上記第2部材の摺動面の間に、上記炭素を含む潤滑材料を適用する潤滑材料適用工程と、
上記第1部材の摺動面と上記第2部材の摺動面を相対的に摺動させて、上記第2部材に由来する炭素を上記第1部材表面に移着させることにより、上記第1部材表面に炭素移着膜を形成する移着膜形成工程とを少なくとも備える、
炭素移着膜が形成された摺動部材の製造方法(以下、「本発明の炭素移着膜が形成された摺動部材の製造方法」と称する場合がある)を提供する。
【0013】
上記炭素を含む潤滑材料は、ナノダイヤモンド粒子を含むことが好ましい。
【0014】
上記第1部材は、金属材であることが好ましい。
【0015】
上記第2部材は、上記第1部材との摺動面にダイヤモンドライクカーボン膜を有することが好ましい。
【0016】
上記炭素移着膜が形成された摺動部材の製造方法は、境界潤滑条件下で、上記潤滑材料適用工程と上記移着膜形成工程を行ってもよい。
【発明の効果】
【0017】
本発明の炭素移着膜が形成された摺動部材は、表面に、sp2結合を有する炭素と、sp3結合を有する炭素を含む炭素移着膜が形成されているため、摩擦低減効果と摩耗抑制効果に優れる。また、本発明の炭素移着膜が形成された摺動部材の製造方法によれば、摩擦低減効果と摩耗抑制効果に優れる摺動部材を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明の一実施形態に係る炭素移着膜が形成された摺動部材の拡大模式図である。
【
図2】本発明の一実施形態に係る炭素移着膜が形成された摺動部材の製造方法の一例を示す説明図であり、(a)図は、潤滑材料適用工程、(b)、(c)図は移着膜形成工程の説明図である。
【
図3】滴下型ボールオンディスク型すべり摩擦試験機の概略図である。
【
図4】試験開始から終了までの、すべり距離と摩擦係数の関係を示すグラフである。
【
図5】実施例1のすべり距離と摩耗量、水との接触角の関係を示すグラフである。
【
図6】比較例1のすべり距離と摩耗量、水との接触角の関係を示すグラフである。
【
図7】実施例1、比較例1、試験開始時のDLCディスク、及び試験開始時のナノダイヤモンド粒子のラマンスペクトルである。
【
図8】試験終了時の実施例1と比較例1のSUS304製ボール摩耗痕表面のEDS分析結果を示すグラフである。
【
図9】実施例1における1回目のなじみ期間、2回目のなじみ初期となじみ後のSUS304製ボール摩耗痕表面のEDS分析結果を示すグラフである。
【
図10】実施例1と比較例1の算術平均表面粗さ(Ra)のグラフである。(a)図は、すべり方向に対する向き(P:平行、V:垂直)の説明図であり、(b)図は、各方向別のRaを示す。
【
図11】実施例1~3における2回目のなじみが発生するまでのすべり距離と、DLCディスクの摺動痕単位面積あたりのND粒子数との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
[本発明の炭素移着膜が形成された摺動部材]
以下本発明を、図面を参照しつつ詳細に説明する。
図1は本発明の炭素移着膜が形成された摺動部材1の一例の拡大模式図である。摺動部材を構成する基材3aの表面に、炭素移着膜2が形成されている。本発明の炭素移着膜が形成された摺動部材1は、基材3aの表面にsp
2結合を有する炭素と、sp
3結合を有する炭素を含む炭素移着膜2が形成されている。
【0020】
<基材>
上記基材3aとしては、特に限定されず、例えば、炭素鋼、クロム鋼、クロムモリブデン鋼などの合金鋼、合金工具鋼、ステンレス鋼(例えば、SUS)、軸受鋼(例えば、SUJ)、バネ鋼(例えば、SUP)などの特殊用途鋼などの金属材であってもよい。また上記基材表面は、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)膜が成膜されていてもよいし、めっき、化成処理、陽極酸化などの各種電気化学処理;流動性塗装や粉体塗装などの各種塗装;ショットブラストなどの物理的表面処理;といった各種の表面処理が行われていてもよい。
【0021】
上記基材の中でも、高強度かつ高靱性材料であり、耐食性にも優れ水潤滑の摩擦材として有用である観点から、ステンレス鋼が好ましい。また、摺動部の摩耗抑制と摩耗低減に優れる観点から、DLC膜を被覆した基材であることが好ましい。
【0022】
<炭素移着膜>
上記炭素移着膜2は、上記基材3aの表面に形成されている。本明細書において「表面」とは、種々の摺動部材の可動部における摺動面を指す。また本明細書において「移着膜」とは、相対的に摺動する2つの部材の少なくとも一方から生じた摩耗粉(移着粒子とも呼ぶ)が、他方の部材の表面に付着することにより形成された被膜や、潤滑材料に含まれる添加剤や摩耗粉が摺動面に吸着すること又は化学反応によって形成された被膜(いわゆる、トライボフィルム)を含む概念である。
【0023】
すなわち上記炭素移着膜2は、炭素を含む上記摩耗粉から形成された膜、及び/又は、上記トライボフィルムから構成される。
【0024】
上記炭素移着膜2は、sp2結合を有する炭素と、sp3結合を有する炭素を含む。すなわち、グラファイト構造に対応するsp2結合を有する炭素と、ダイヤモンド構造に対応するsp3結合を有する炭素が混在している。
【0025】
上記炭素移着膜2における、上記sp2結合を有する炭素と上記sp3結合を有する炭素の和に対する、上記sp3結合を有する炭素の比率sp3/(sp2+sp3)は、特に限定されないが、0.1以上であることが好ましく、より好ましくは0.3以上であり、特に好ましくは0.5以上である。上記比率が0.1以上であると、炭素移着膜の低摩耗特性に一層優れる。また、上記比率は0.98未満であることが好ましく、より好ましくは0.95以下であり、特に好ましくは0.9以下である。上記比率が0.98以上であると、sp3結合を有する炭素により研磨が進行し摩耗抑制機能が失われてしまう。
【0026】
上記sp2結合を有する炭素と上記sp3結合を有する炭素の和に対する、上記sp3結合を有する炭素の比率sp3/(sp2+sp3)は、ラマン分光分析によって得られるラマンスペクトルを用いて評価することが可能である。ラマンスペクトルを用いて炭素材料を評価する場合には、スペクトルがD(Disorder)バンドとG(Graphite)バンドの2つのピークから構成されていると解釈して、これらを分離し、DバンドとGバンドとのピーク強度の比等を指標とすることが一般的である(例えば、特開2008-116268号公報参照)。
【0027】
すなわち、上記sp2結合を有する炭素と上記sp3結合を有する炭素の和に対する、上記sp3結合を有する炭素の比率sp3/(sp2+sp3)は、ラマン分光分析によって得られるラマンスペクトルの1300~1400cm-1の範囲に観測されるDバンドのピーク(以下「Dピーク」と称する場合がある)面積強度(Id)と1570~1640cm-1の範囲に観測されるGバンドのピーク(以下「Gピーク」と称する場合がある)面積強度(Ig)の和に対する、Dバンドのピーク面積強度(Id)の比率Id/(Id+Ig)を指標として求めることができる。上記sp3/(sp2+sp3)と上記Id/(Id+Ig)は、相関がある値であると考えられるためである。
【0028】
上記ラマンスペクトルは、例えば下記条件で測定することができる。
測定機器:レーザーラマン分光光度計 商品名「NRS-5100」(日本分光株式会社製)
測定光源:532nm
出力 :0.8mW
スリット幅:100×1000mm
露光時間:10秒
積算回数:4回
【0029】
上記炭素移着膜2は、532nmの測定光源を用いたラマン分光分析によって得られるラマンスペクトルにおいて、1570~1640cm-1の範囲に観測されるGバンドと、1300~1400cm-1の範囲に観測されるDバンドを有している。
【0030】
上記炭素移着膜2の、上記Gバンドは、好ましくは、1580~1640cm-1、より好ましくは1590~1630cm-1、特に好ましくは、1600~1620cm-1である。
【0031】
一般に、カーボン材料のGバンドは、DLCで、1550cm-1付近、ナノダイヤモンドで1650cm-1付近を示すことが知られている。本発明者らは驚くべきことに、上記炭素移着膜2のGバンドのピーク強度は、DLC、又はナノダイヤモンドのGバンドのピーク強度とも明らかに異なり、その中間的な位置にピーク強度を有することを発見した。
【0032】
また、本発明者らは、上記炭素移着膜2の上記Dバンドのピーク強度は、上記Gバンドのピーク強度よりも大きいことを発見した。また、上記炭素移着膜2のラマンスペクトルは、ベースラインの傾き(勾配)が右肩上がりになっていることを発見した。ラマンスペクトルの勾配が右肩上がりとなる炭素系物質として、ポリマーライクカーボン(PLC)が知られるところ、上記炭素移着膜2は、PLCのラマンスペクトルの波形に近似していることを突き止めた。
【0033】
以上のことから、正確なメカニズムは不明ながら、上記炭素移着膜2は、ナノダイヤモンドに由来するsp3結合を有する炭素、及び/又は、DLCに由来するsp3結合を有する炭素から、PLC様のラマンスペクトルの波形を示す炭素移着膜が形成されたものと推測される。また、これにより、摩擦低減効果や摩耗抑制効果の発現に何らかの影響を及ぼしているものと推測される。
【0034】
上記炭素移着膜2を構成する原子としては、少なくとも炭素と鉄を含み、その他の原子としては、酸素、クロム、ニッケルなどを含んでいてもよい。なお、摩擦低減効果と摩耗抑制効果に一層優れる観点から、上記炭素移着膜2における炭素原子の含有量は、鉄原子の含有量を上回ることが好ましい。なお上記炭素移着膜2を構成する原子の含有量の測定は、例えば、エネルギー分散型X線分光法(EDS)により、次の条件で測定することが可能である。
【0035】
上記EDSの測定条件は、例えば、次のとおりである。
測定機器:エネルギー分散型X線分光分析装置 商品名「X-Max50」(OXFORD instrumests製)
加速電圧:5kV
【0036】
上記炭素移着膜2における炭素含有量は、特に限定されないが、20原子質量%以上であることが好ましく、より好ましくは30原子質量%以上、特に好ましくは40原子質量%以上である。上記炭素含有量が20原子質量%以上であると、より低摩擦化の機能が発現するため好ましい。なお、上記の炭素原子質量%は、上述のEDSにより測定することが可能である。
【0037】
上記炭素移着膜2の膜厚は、特に限定されないが、摩耗抑制機能、低摩擦性、密着強度、及び耐久性を兼ね備える観点から100~1000nmが好ましく、200~800nmがより好ましく、300~600nmが特に好ましい。
【0038】
上記炭素移着膜2の硬度は、特に限定されず、相手部材の材質、硬度、使用目的によって必要な硬度のものとなるよう、適宜調整される。上記炭素移着膜2の硬度は、上記sp2結合を有する炭素と上記sp3結合を有する炭素の和に対する、上記sp3結合を有する炭素の比率sp3/(sp2+sp3)を調整することにより、制御することができる。また上記比率は、後述の炭素を含む潤滑材料4の組成により制御することが可能である。なお、上記炭素移着膜2の硬度の測定方法は、特に限定されず、例えば、ナノインデンテーション法などによって測定することが可能である。
【0039】
上記炭素移着膜2の表面粗さは、特に限定されないが、JIS B 0601:2013に基づく算術平均表面粗さ(Ra)が50nm以下であることが好ましく、より好ましくは40nm以下であり、特に好ましくは30nm以下である。上記炭素移着膜2の算術平均表面粗さが50nm以下であることにより、極めて平滑な表面性状となるため、低摩擦効果と摩耗抑制効果に一層優れる。
【0040】
上記炭素移着膜2の水に対する接触角は、特に限定されないが、30°以上が好ましく、より好ましくは40°以上であり、特に好ましくは50°以上である。上記炭素移着膜2は、水との接触角が増加すると、濡れ性が低下する傾向が認められる。正確なメカニズムは不明であるが、上記炭素移着膜の表面性状が、極めて平滑な表面形状であることによって、水の表面張力に影響を及ぼすものと推測される。なお、上記接触角は、例えば接触角計(商品名「極小接触角計MCA-3」、協和界面化学株式会社製)により測定することが可能である。
【0041】
上記炭素移着膜2の表面の摩擦係数は、摩擦低減効果、摩耗抑制効果の観点から低い方が好ましく、例えば0.05以下である。上記炭素移着膜2の表面の摩擦係数が、0.05以下であることにより、一層の低摩擦効果が得られる。
【0042】
上記炭素移着膜2の表面の摩擦係数の測定方法は、特に限定されず、ボール(ピン)オンディスク回転式試験、ボール(ピン)オンディスク往復運動試験、スラストシリンダー式試験、ブロックオンリング式試験、四球式試験、ピンブロック式試験など、本発明の炭素移着膜が形成された摺動部材1の目的、用途によって適宜選択できる。
【0043】
例えば、上記炭素移着膜2の表面の摩擦係数は、以下の滴下式ボールオンディスク型のすべり摩擦試験機を用いた摩擦試験によって求めてもよい。
【0044】
摩擦試験:DLC摺動面を表面に有する直径30mm、厚さ4mmのSUJ2製ディスクと、炭素移着膜を形成した直径8mmのSUS304製ボールと、ロードセルを備えたボールオンディスク型のすべり摩擦試験機を使用して、上記ディスクのDLC摺動面に対し、上記ボールを荷重10N、速度10mm/sの条件で滑動させたときの上記ディスクと上記ボール間の摩擦力を、上記ロードセルを用いて測定し、上記荷重で上記摩擦力を除することにより、摩擦係数を算出する。
【0045】
<炭素を含む潤滑材料>
本明細書において、炭素を含む潤滑材料4とは、摺動面に、摺動に適したなじみ面(低摩擦面)を形成させるための初期なじみ剤と、摩擦や摩耗を低減させる目的で用いられる一般的な潤滑剤の双方を含む概念である。上記炭素を含む潤滑材料4は、潤滑基剤と種々の潤滑特性(耐摩耗、摩擦低減など)を付与する炭素を含有する添加剤から構成される。
【0046】
上記添加剤としては、例えば、硬質炭素粒子(DLC粒子)、ダイヤモンド粒子などが挙げられる。中でも、摺動時の摩擦低減効果や摩耗抑制効果に優れる炭素移着膜が形成される観点から、ダイヤモンド粒子であることが、特に好ましい。
【0047】
上記ダイヤモンド粒子としては、特に限定されないが、天然ダイヤモンド粒子、合成ダイヤモンド粒子のいずれでもよいが、中でもナノダイヤモンド粒子(以下「ND粒子」と称する場合がある)であることが好ましい。
【0048】
(ND粒子)
上記ND粒子は、特に限定されず、公知ないし慣用のND粒子を用いることができる。上記ND粒子は、表面修飾されたND(表面修飾ND)粒子であっていてもよいし、表面修飾されていないND粒子であってもよい。なお、表面修飾されていないND粒子は、表面にヒドロキシル基(-OH)を有する。上記ND粒子は、一種のみを用いてもよいし二種以上を用いてもよい。
【0049】
上記表面修飾NDにおいてND粒子を表面修飾する化合物又は官能基としては、例えば、シラン化合物、カルボキシル基(-COOH)、ホスホン酸イオン若しくはホスホン酸残基、末端にビニル基を有する表面修飾基、アミド基、カチオン界面活性剤のカチオン、ポリグリセリン鎖を含む基、ポリエチレングリコール鎖を含む基などが挙げられる。
【0050】
上記潤滑基剤としては、例えば、水系基剤が挙げられる。なお本明細書において、「水系」とは、水、又は水と水混和性有機溶媒(例えば、アルコール、グリセリンなど)との混合溶液を指す。
【0051】
上記炭素を含む潤滑材料4における潤滑基剤の含有率は、特に限定されないが、例えば99質量%以上であり、好ましくは99.5質量%以上、より好ましくは99.9質量%以上、より好ましくは99.99質量%以上である。
【0052】
上記炭素を含む潤滑材料4におけるND粒子の含有率ないし濃度は、特に限定されないが、例えば、1.0質量%(10000質量ppm)以下であり、好ましくは0.00005~0.5質量%、より好ましくは0.0001~0.4質量%、より好ましくは0.0005~0.3質量%、より好ましくは0.001~0.2質量%である。また、ND粒子の含有率は0.5~2000質量ppmであることが好ましい。ND粒子の含有率が上記範囲であると、配合されるND粒子についてその配合量を抑制しつつ効率よく低摩擦を実現するのに適する。
【0053】
上記炭素を含む潤滑材料4に含有されるND粒子は、一次粒子として、炭素原子を含む潤滑材料中にて互いに離隔して分散している。ナノダイヤモンドの一次粒子の粒径は、例えば10nm以下である。ナノダイヤモンドの一次粒子の粒径の下限は、例えば1nmである。炭素を含む潤滑材料中のND粒子の粒径D50(メディアン径)は、例えば10nm以下、好ましくは9nm以下、より好ましくは8nm以下、より好ましくは7nm以下、より好ましくは6nm以下である。ND粒子の粒径D50は、例えば動的光散乱法によって測定することが可能である。
【0054】
上記炭素を含む潤滑材料4に含有されるND粒子は、好ましくは、爆轟法ND粒子(爆轟法によって生成したND粒子)である。爆轟法によると、一次粒子の粒径が10nm以下のNDを適切に生じさせることが可能である。
【0055】
上記炭素を含む潤滑材料4に含有されるND粒子は、爆轟法ND粒子の酸素酸化処理物であってもよい。当該酸素酸化処理物の場合、ND粒子のFT-IRにおけるC=O伸縮振動に帰属されるピーク位置が1750cm-1以上となる傾向があり、このときのND粒子のゼータ電位はネガティブとなる傾向がある。爆轟法ND粒子の酸素酸化処理については、後記の製造過程における酸素酸化工程に記載のとおりである。
【0056】
また、上記炭素を含む潤滑材料4に含有されるND粒子は、爆轟法ND粒子の水素還元処理物であってもよい。当該水素還元処理物である場合、ND粒子のFT-IRにおけるC=O伸縮振動に帰属されるピーク位置が1750cm-1未満となる傾向があり、このときのND粒子のゼータ電位はポジティブとなる傾向がある。爆轟法ND粒子の水素還元処理については、後記の製造過程における水素還元処理工程に記載のとおりである。
【0057】
上記炭素を含む潤滑材料4に含有されるND粒子のいわゆるゼータ電位がネガティブの場合の値は、例えば-60~-30mVである。例えば、製造過程において、後記のように酸素酸化処理の温度条件を比較的に高温(例えば400~450℃)とすることで、ND粒子12についてネガティブのゼータ電位とすることができる。また、ゼータ電位がポジティブの場合の値は、例えば30~60mVである。例えば、製造過程において、後記のように酸素酸化工程の後に水素還元処理工程を行うことで、ND粒子についてポジティブのゼータ電位とすることができる。
【0058】
上記炭素を含む潤滑材料4は、上述のように、潤滑基剤、及びND粒子に加えて他の成分(他の添加剤)を含有してもよい。他の成分としては、例えば、界面活性剤、増粘剤、カップリング剤、潤滑対象部材たる金属部材の錆止めのための防錆剤、潤滑対象部材たる非金属部材の腐食抑制のための腐食防止剤、凝固点降下剤、消泡剤、耐摩耗添加剤、防腐剤、着色料、及びND粒子以外の固体潤滑材料が挙げられる。
【0059】
以上のような炭素を含む潤滑材料4は、後記の方法で得られたND分散液と、水などの所望の成分とを混合することで製造することができる。上記ND分散液は、例えば、下記の生成工程S1と、精製工程S2と、酸素酸化工程S3と、解砕工程S4とを含む過程を経て作製することができる。
【0060】
生成工程S1では、例えば爆轟法によって、ナノダイヤモンドを生じさせる。具体的には、まず、成形された爆薬に電気雷管が装着されたものを爆轟用の耐圧性容器の内部に設置し、容器内において所定の気体と使用爆薬とが共存する状態で、容器を密閉する。容器は例えば鉄製で、容器の容積は、例えば0.5~40m3である。爆薬としては、トリニトロトルエン(TNT)とシクロトリメチレントリニトロアミンすなわちヘキソーゲン(RDX)との混合物を使用することができる。TNTとRDXの質量比(TNT/RDX)は、例えば40/60~60/40の範囲とされる。爆薬の使用量は、例えば0.05~2.0kgである。使用爆薬とともに容器内に密閉される上記の気体は、大気組成を有してもよいし、不活性ガスであってもよい。一次粒子表面の官能基量の少ないナノダイヤモンドを生じさせるという観点からは、使用爆薬とともに容器内に密閉される上記気体は、不活性ガスであるのが好ましい。すなわち、一次粒子表面の官能基量の少ないナノダイヤモンドを生じさせるという観点からは、ナノダイヤモンドを生じさせるための爆轟法は不活性ガス雰囲気下で行われるのが好ましい。当該不活性ガスとしては、例えば、窒素、アルゴン、二酸化炭素、及びヘリウムから選択される少なくとも一つを用いることができる。
【0061】
生成工程S1では、次に、電気雷管を起爆させ、容器内で爆薬を爆轟させる。なお本明細書において「爆轟」とは、化学反応に伴う爆発のうち反応の生じる火炎面が音速を超えた高速で移動するものをいう。爆轟の際、使用爆薬が部分的に不完全燃焼を起こして遊離した炭素を原料として、爆発で生じた衝撃波の圧力とエネルギーの作用によってナノダイヤモンドが生成する。爆轟法によると、上述のように、一次粒子の粒径が10nm以下のナノダイヤモンドを適切に生じさせることが可能である。ナノダイヤモンドは、爆轟法により得られる生成物にて先ずは、隣接する一次粒子ないし結晶子の間がファンデルワールス力の作用に加えて結晶面間クーロン相互作用が寄与して非常に強固に集成し、凝着体をなす。
【0062】
生成工程S1では、次に、室温での例えば24時間の放置により、容器及びその内部を降温させる。この放冷の後、ナノダイヤモンド粗生成物を回収する。例えば、容器の内壁に付着しているナノダイヤモンド粗生成物(上述のようにして生成したナノダイヤモンドの凝着体と煤を含む)をヘラで掻き取る作業によって、ナノダイヤモンド粗生成物を回収することができる。以上のような爆轟法によって、ナノダイヤモンド粒子の粗生成物を得ることができる。また、以上のような生成工程S1を必要回数行うことによって、所望量のナノダイヤモンド粗生成物を取得することが可能である。
【0063】
精製工程S2は、本実施形態では、原料たるナノダイヤモンド粗生成物に例えば水溶媒中で強酸を作用させる酸処理を含む。爆轟法で得られるナノダイヤモンド粗生成物には金属酸化物が含まれやすいところ、この金属酸化物は、爆轟法に使用される容器等に由来するFe,Co,Ni等の酸化物である。例えば水溶媒中で所定の強酸を作用させることにより、ナノダイヤモンド粗生成物から金属酸化物を溶解・除去することができる(酸処理)。この酸処理に用いられる強酸としては、鉱酸が好ましく、例えば、塩酸、フッ化水素酸、硫酸、硝酸、及び王水が挙げられる。酸処理では、一種類の強酸を用いてもよいし、二種類以上の強酸を用いてもよい。酸処理で使用される強酸の濃度は例えば1~50質量%である。酸処理温度は例えば70~150℃である。酸処理時間は例えば0.1~24時間である。また、酸処理は、減圧下、常圧下、又は加圧下で行うことが可能である。このような酸処理の後、例えばデカンテーションにより、固形分(ナノダイヤモンド凝着体を含む)の水洗を行う。沈殿液のpHが例えば2~3に至るまで、デカンテーションによる当該固形分の水洗を反復して行うのが好ましい。爆轟法で得られるナノダイヤモンド粗生成物における金属酸化物の含有量が少ない場合には、以上のような酸処理を省略してもよい。
【0064】
精製工程S2は、本実施形態では、酸化剤を用いてナノダイヤモンド粗生成物(精製終了前のナノダイヤモンド凝着体)からグラファイトやアモルファス炭素等の非ダイヤモンド炭素を除去するための溶液酸化処理を含む。爆轟法で得られるナノダイヤモンド粗生成物にはグラファイト(黒鉛)やアモルファス炭素等の非ダイヤモンド炭素が含まれているところ、この非ダイヤモンド炭素は、使用爆薬が部分的に不完全燃焼を起こして遊離した炭素のうちナノダイヤモンド結晶を形成しなかった炭素に由来する。例えば上記の酸処理を経た後に、水溶媒中で所定の酸化剤などを作用させることにより、ナノダイヤモンド粗生成物から非ダイヤモンド炭素を除去することができる(溶液酸化処理)。この溶液酸化処理に用いられる酸化剤としては、例えば、クロム酸、無水クロム酸、二クロム酸、過マンガン酸、過塩素酸、及びこれらの塩、硝酸、並びに混酸(硫酸と硝酸の混合物)が挙げられる。溶液酸化処理では、一種類の酸化剤を用いてもよいし、二種類以上の酸化剤を用いてもよい。溶液酸化処理で使用される酸化剤の濃度は、例えば3~50質量%である。溶液酸化処理における酸化剤の使用量は、溶液酸化処理に付されるナノダイヤモンド粗生成物100質量部に対して例えば300~2000質量部である。溶液酸化処理温度は例えば50~250℃である。溶液酸化処理時間は、例えば1~72時間である。溶液酸化処理は、減圧下、常圧下、又は加圧下で行うことが可能である。このような溶液酸化処理の後、例えばデカンテーションにより、固形分(ナノダイヤモンド凝着体を含む)の水洗を行う。水洗当初の上澄み液は着色しているところ、上澄み液が目視で透明になるまで、デカンテーションによる当該固形分の水洗を反復して行うのが好ましい。
【0065】
本処理を経たナノダイヤモンド含有溶液から、例えばデカンテーションによって上澄みが除かれた後、残留画分について乾燥処理に付して乾燥粉体を得る。乾燥処理の手法としては、例えば、噴霧乾燥装置を使用して行う噴霧乾燥や、エバポレーターを使用して行う蒸発乾固が挙げられる。
【0066】
次の酸素酸化工程S3では、精製工程S2を経たナノダイヤモンドの粉体について、ガス雰囲気炉を使用して、酸素を含有する所定組成のガス雰囲気下にて加熱する。具体的には、ガス雰囲気炉内にナノダイヤモンド粉体が配され、当該炉に対して酸素含有ガスが供給ないし通流され、加熱温度として設定された温度条件まで当該炉内が昇温されて、酸素酸化処理が実施される。この酸素酸化処理の温度条件は、例えば250~500℃である。作製されるND分散液に含まれるND粒子について、ネガティブのゼータ電位を実現するためには、この酸素酸化処理の温度条件は、比較的に高温であるのが好ましく、例えば400~450℃である。また、本実施形態で用いられる酸素含有ガスは、酸素に加えて不活性ガスを含有する混合ガスである。不活性ガスとしては、例えば、窒素、アルゴン、二酸化炭素、及びヘリウムが挙げられる。当該混合ガスの酸素濃度は、例えば1~35体積%である。
【0067】
作製されるND分散液に含まれるND粒子についてポジティブのゼータ電位を実現するためには、好ましくは、上述の酸素酸化工程S3の後に水素還元処理工程S3’を行う。水素還元処理工程S3’では、酸素酸化工程S3を経たナノダイヤモンドの粉体について、ガス雰囲気炉を使用して、水素を含有する所定組成のガス雰囲気下にて加熱する。具体的には、ナノダイヤモンド粉体が内部に配されているガス雰囲気炉に対して水素含有ガスが供給ないし通流され、加熱温度として設定された温度条件まで当該炉内が昇温されて、水素還元処理が実施される。この水素還元処理の温度条件は、例えば400~800℃である。また、本実施形態で用いられる水素含有ガスは、水素に加えて不活性ガスを含有する混合ガスである。不活性ガスとしては、例えば、窒素、アルゴン、二酸化炭素、及びヘリウムが挙げられる。当該混合ガスの水素濃度は、例えば1~50体積%である。作製されるND分散液に含まれるND粒子について、ネガティブのゼータ電位を実現するためには、このような水素還元処理工程を行わずに下記の解砕工程S4を行ってもよい。
【0068】
以上のような一連の過程を経て精製等された後であっても、爆轟法ナノダイヤモンドは、凝着体(二次粒子)の形態をとる場合があり、さらに凝着体から一次粒子を分離させるために、次に解砕工程S4が行われる。具体的には、まず、酸素酸化工程S3又はその後の水素還元処理工程S3’を経たナノダイヤモンドを純水に懸濁し、ナノダイヤモンドを含有するスラリーが調製される。スラリーの調製にあたっては、比較的に大きな集成体をナノダイヤモンド懸濁液から除去するために遠心分離処理を行ってもよいし、ナノダイヤモンド懸濁液に超音波処理を施してもよい。そして、当該スラリーが湿式の解砕処理に付される。解砕処理は、例えば、高剪断ミキサー、ハイシアーミキサー、ホモミキサー、ボールミル、ビーズミル、高圧ホモジナイザー、超音波ホモジナイザー、又はコロイドミルを使用して行うことができる。これらを組み合わせて解砕処理を実施してもよい。効率性の観点からはビーズミルを使用するのが好ましい。
【0069】
粉砕装置ないし分散機たるビーズミルは、例えば、円筒形状のミル容器と、ローターピンと、遠心分離機構と、原料タンクと、ポンプとを具備する。ローターピンは、ミル容器と共通の軸心を有してミル容器内部で高速回転可能に構成されている。遠心分離機構は、ミル容器内の上部に配されている。解砕工程におけるビーズミルによるビーズミリングでは、ミル容器内に所定量のビーズが充填され、かつローターピンが当該ビーズを撹拌している状態で、ポンプの作用によって原料タンクからミル容器の下部に原料としての上記スラリー(ナノダイヤモンド凝着体を含む)が投入される。スラリーは、ミル容器内でビーズが高速撹拌されている中を通ってミル容器内の上部に到達する。この過程で、スラリーに含まれているナノダイヤモンド凝着体は、激しく運動しているビーズとの接触によって粉砕ないし分散化の作用を受ける。これにより、ナノダイヤモンドの凝着体(二次粒子)から一次粒子への解砕が進む。ミル容器内の上部の遠心分離機構に到達したスラリーとビーズは、稼働する遠心分離機構によって比重差を利用した遠心分離がなされ、ビーズはミル容器内に留まり、スラリーは、遠心分離機構に対して摺動可能に連結された中空ラインを経由してミル容器外に排出される。排出されたスラリーは、原料タンクに戻され、その後、ポンプの作用によって再びミル容器に投入される(循環運転)。このようなビーズミリングにおいて、使用される解砕メディアは例えばジルコニアビーズであり、ビーズの直径は、例えば15~500μmである。ミル容器内に充填されるビーズの量(見掛け体積)は、ミル容器の容積に対して、例えば50~80%である。ローターピンの周速は、例えば8~12m/分である。循環させるスラリーの量は例えば200~600mLであり、スラリーの流速は例えば5~15L/時間である。また、処理時間(循環運転時間)は、例えば30~300分間である。本実施形態においては、以上のような連続式のビーズミルに代えてバッチ式のビーズミルを使用してもよい。
【0070】
このような解砕工程S4を経ることによって、ナノダイヤモンド一次粒子を含有するND分散液を得ることができる。解砕工程S4を経て得られる分散液については、粗大粒子を除去するための分級操作を行ってもよい。例えば分級装置を使用して、遠心分離を利用した分級操作によって分散液から粗大粒子を除去することができる。これにより、ナノダイヤモンドの一次粒子がコロイド粒子として分散する例えば黒色透明のND分散液が得られる。
【0071】
炭素を含む潤滑材料4におけるND粒子の含有率ないし濃度は、特に限定されないが、炭素を含む潤滑材料全体に対して、1.0質量%(10000質量ppm)以下であり、好ましくは0.00005~0.5質量%、より好ましくは0.0001~0.4質量%、より好ましくは0.0005~0.3質量%、より好ましくは0.001~0.2質量%である。炭素を含む潤滑材料4は、潤滑基剤と配合されるND粒子についてその配合量を抑制しつつ効率よく低摩擦を実現するのに適する。ND粒子の配合量の抑制は、炭素を含む潤滑材料の製造コスト抑制の観点から好ましい。
【0072】
[本発明の炭素移着膜が形成された摺動部材の製造方法]
本発明の炭素移着膜が形成された摺動部材の製造方法は、第1部材と第2部材を、炭素を含む潤滑材料を介して、相対的に摺動させて炭素移着膜が形成された摺動部材を製造する方法であって、上記第1部材の摺動面と上記第2部材の摺動面の間に、炭素を含む潤滑材料を適用する潤滑材料適用工程と、上記第1部材の摺動面と上記第2部材の摺動面を相対的に摺動させて、上記第2部材に由来する炭素を上記第1部材表面に移着させることにより、上記第1部材表面に炭素移着膜を形成する移着膜形成工程とを少なくとも備える、炭素移着膜が形成された摺動部材の製造方法である。
【0073】
<潤滑材料適用工程>
上記潤滑材料適用工程は、上記第1部材の摺動面と上記第2部材の摺動面の間に、炭素を含む潤滑材料を適用する工程である。
【0074】
図2(a)に示されるように、相対的に摺動する第1部材は3b、第2部材は3cである。また、炭素を含む潤滑材料4としては、ND粒子を水に分散させたND水分散液(表面にカルボキシル基を有するND粒子0.001質量%含有水溶液)を用いた。この場合、第1部材3b、第2部材3cの硬度は異なっていてもよいし、同一であってもよい。また、上記摺動部材の形状、寸法は特に限定されず、用途等に応じて種々の形状、寸法から適宜構成することができる。
【0075】
図例における第1部材3bは球体、第2部材3cはディスクで構成した。また第1部材3bは、SUS304等の金属材であり、第2部材3cは、SUJ2等の表面、すなわち第1部材との摺動面にDLC膜を有する金属材である。
【0076】
上記金属材の材質は、特に限定されず、例えば、炭素鋼、クロム鋼、クロムモリブデン鋼などの合金鋼、合金工具鋼、ステンレス鋼(例えば、SUS)、軸受鋼(例えば、SUJ)、バネ鋼(例えば、SUP)などの特殊用途鋼などの金属材であってもよい。また上記基材表面は、DLC膜が被膜されていてもよく、めっき、化成処理、陽極酸化などの各種電気化学処理;流動性塗装や粉体塗装などの各種塗装;ショットブラストなどの物理的表面処理;といった各種の表面処理が行われていてもよい。
【0077】
上記基材の中でも、高強度かつ高靱性材料であり、耐食性にも優れ水潤滑の摩擦材として有用である観点から、ステンレス鋼が好ましい。また、摺動部の摩耗抑制と摩耗低減に優れる観点から、DLC膜を被覆した基材であることが好ましい。
【0078】
また上記DLC膜は、用途に応じて種々の特性を選択できる。例えば、水素を含むDLC膜として、ta-C:H(水素化テトラへドラルアモルファスカーボン)膜、a-C:H(水素化アモルファスカーボン)膜、水素を含まないDLC膜として、ta-C(テトラへドラルアモルファスカーボン)膜、a-C(アモルファスカーボン)膜などの中から選択してもよい。図例における第2部材3cのDLC膜は、a-C:H膜である。
【0079】
上記DLC膜を基材上に成膜する方法としては、公知ないし慣用の成膜方法を利用することができる。例えば、物理蒸着法(PVD)としてスパッタリング法;アークイオンプレーティング法;イオン蒸着法;イオンビーム法;レーザーアブレーション法、また、化学蒸着法(CVD)としてプラズマCVD法;熱CVD法;光CVD法などが挙げられる。
【0080】
<移着膜形成工程>
上記移着膜形成工程は、上記第1部材の摺動面と上記第2部材の摺動面を相対的に摺動させて、上記第2部材に由来する炭素を上記第1部材表面に移着させることにより、上記第1部材表面に炭素移着膜を形成する工程である。
【0081】
図2(b)に示されるように、炭素を含む潤滑材料4は、第1部材3bと第2部材3cの間に介在する。第1部材3bと第2部材3cを相対的に摺動させると、炭素を含む潤滑材料4に含まれる、ND粒子(図示せず)が摺動部材間の圧接摺動による摩擦部における局所的な高エネルギー場を自己形成することにより、反応を促進し、第1部材3b表面に、第2部材3cに由来する炭素を移着させるものと考えられる。
【0082】
図例では、第1部材3b(SUS304製ボール)表面側に低摩擦面(1回目のなじみ、いわゆる初期なじみ)が形成される。上記低摩擦面には、酸素を多く含む酸素を多く含む被膜が形成される。ND粒子が存在する系でのトライボ化学反応によって、低摩擦面を有する被膜が形成されることに起因するものと考えられる。
【0083】
図2(c)に示されるように、第1部材3bと第2部材3c間の圧接摺動による摩擦で、炭素を含む潤滑材料4に含まれるND粒子(図示せず)によって、2回目のなじみが発現し、第1部材3b表面にsp
2結合を有する炭素と、sp
3結合を有する炭素を含む炭素移着膜2が形成される。
【0084】
上記炭素移着膜2の膜厚は、特に限定されないが、摩耗抑制効果、摩擦低減効果、密着強度、及び耐久性を兼ね備える観点から100~1000nmが好ましく、200~800nmがより好ましく、300~600nmが特に好ましい。
【0085】
本発明の炭素移着膜が形成された摺動部材の製造方法において、上記潤滑材料適用工程と、上記移着膜形成工程は、境界潤滑条件下で行ってもよい。なお、本明細書において「境界潤滑条件」とは、摩擦面に作用する荷重が大きく潤滑膜の厚さが減じられた条件であり、摩擦による損失が大きい。本発明の炭素移着膜が形成された摺動部材の製造方法では、境界潤滑条件という極めて過酷な条件下においても、摩擦低減効果と摩耗抑制効果に優れる炭素移着膜が形成された摺動部材を製造することができる。
【0086】
上記工程を経て形成された炭素移着膜が形成された摺動部材は、摩擦低減効果と摩耗抑制効果に優れる。このため、炭素移着膜自体の摩擦低減と摩耗抑制を図ることができるほか、摺動する相手部材の摩擦低減と摩耗抑制を同時に図ることができる。
【0087】
本発明の炭素移着膜が形成された摺動部材は、摩擦低減効果と摩耗抑制効果に優れるため、自動車、機械部品、医療機器、家電機器を始めとした種々の分野の製品素材として好適に利用することができる。また、本発明の炭素移着膜が形成された摺動部材の製造方法は、本発明の炭素移着膜が形成された摺動部材の製造に好適に利用することができる。
【実施例】
【0088】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【0089】
〔炭素を含む潤滑材料の調製〕
下記工程を経て、炭素を含む潤滑材料を製造した。
【0090】
生成工程では、まず、成形された爆薬に電気雷管が装着されたものを爆轟用の耐圧性容器の内部に設置して容器を密閉した。容器は鉄製で、容器の容積は15m3である。爆薬としては、トリニトロトルエン(TNT)とシクロトリメチレントリニトロアミンすなわちヘキソーゲン(RDX)との混合物0.50kgを使用した。当該爆薬におけるTNTとRDXの質量比(TNT/RDX)は、50/50である。次に、電気雷管を起爆させ、容器内で爆薬を爆轟させた。次に、室温での24時間の放置により、容器及びその内部を降温させた。この放冷の後、容器の内壁に付着しているナノダイヤモンド粗生成物(上記爆轟法で生成したナノダイヤモンド粒子の凝着体と煤を含む)を回収した。上述の生成工程を複数回行うことによってナノダイヤモンド粗生成物を得た。
【0091】
次に、上記生成工程で得たナノダイヤモンド粗生成物に対して、精製工程の酸処理を行った。具体的には、当該ナノダイヤモンド粗生成物200gに6Lの10質量%塩酸を加えて得られたスラリーに対し、常圧条件での還流下で1時間の加熱処理を行った。この酸処理における加熱温度は85~100℃である。次に、冷却後、デカンテーションにより、固形分(ナノダイヤモンド凝着体と煤を含む)の水洗を行った。沈殿液のpHが低pH側から2に至るまで、デカンテーションによる当該固形分の水洗を反復して行った。次に、精製工程の溶液酸化処理としての混酸処理を行った。具体的には、酸処理後のデカンテーションを経て得た沈殿液(ナノダイヤモンド凝着体を含む)に、6Lの98質量%硫酸水溶液と1Lの69質量%硝酸水溶液とを加えてスラリーとした後、このスラリーに対し、常圧条件での還流下で48時間の加熱処理を行った。この酸化処理における加熱温度は、140~160℃である。次に、冷却後、デカンテーションにより、固形分(ナノダイヤモンド凝着体を含む)の水洗を行った。水洗当初の上澄み液は着色しているところ、上澄み液が目視で透明になるまで、デカンテーションによる当該固形分の水洗を反復して行った。次に、乾燥工程を行った。具体的には、上述の水洗処理を経て得られたナノダイヤモンド含有液1000mLを、噴霧乾燥装置(商品名「スプレードライヤー B-290」,日本ビュッヒ株式会社製)を使用して噴霧乾燥に付した。これにより、50gのナノダイヤモンド粉体を得た。
【0092】
次に、ガス雰囲気炉(商品名「ガス雰囲気チューブ炉 KTF045N1」,光洋サーモシステム株式会社製)を使用して酸素酸化工程を行った。具体的には、上述のようにして得られたナノダイヤモンド粉体4.5gをガス雰囲気炉の炉心管内に静置し、炉心管に窒素ガスを流速1L/分で30分間通流させ続けた後、通流ガスを窒素から酸素と窒素との混合ガスへと切り替えて当該混合ガスを流速1L/分で炉心管に通流させ続けた。混合ガス中の酸素濃度は4体積%である。混合ガスへの切り替えの後、炉内を加熱設定温度たる400℃まで昇温させた。昇温速度については、加熱設定温度より20℃低い380℃までは10℃/分とし、その後の380℃から400℃までは1℃/分とした。そして、炉内の温度条件を400℃に維持しつつ、炉内のナノダイヤモンド粉体について酸素酸化処理を行った。処理時間は3時間とした。
【0093】
酸素酸化処理後、後記の方法でFT-IR分析により、ND粒子におけるカルボキシ基等の含酸素官能基の評価を行った。C=O伸縮振動に帰属される1780cm-1付近に吸収P1がメインピークとして検出された。このピーク位置が1750cm-1以上になっていることで、表面にカルボキシル基を有するND分散液の原料になりうる。
【0094】
次に、解砕工程を行った。具体的には、まず、酸素酸化工程を経たナノダイヤモンド粉体1.8gと純水28.2mLとを50mLのサンプル瓶内で混合し、スラリー約30mLを得た。次に、当該スラリーについて、1Nの水酸化ナトリウム水溶液の添加によりpHを調整した後、超音波処理を施した。超音波処理においては、超音波照射器(商品名「超音波洗浄機 AS-3」,アズワン(AS ONE)社製)を使用して、当該スラリーに対して2時間の超音波照射を行った。この後、ビーズミリング装置(商品名「並列四筒式サンドグラインダー LSG-4U-2L型」,アイメックス株式会社製)を使用してビーズミリングを行った。具体的には、100mLのミル容器たるベッセル(アイメックス株式会社製)に対して超音波照射後のスラリー30mLと直径30μmのジルコニアビーズとを投入して封入し、装置を駆動させてビーズミリングを実行した。このビーズミリングにおいて、ジルコニアビーズの投入量は、ミル容器の容積に対して約33%であり、ミル容器の回転速度は2570rpmであり、ミリング時間は2時間である。次に、このような解砕工程を経たスラリーないし懸濁液について、遠心分離装置を使用して遠心分離処理を行った(分級操作)。この遠心分離処理における遠心力は20000×gとし、遠心時間は10分間とした。次に、当該遠心分離処理を経たナノダイヤモンド含有溶液の上清10mLを回収した。このようにして、炭素を含む潤滑材料の原液である、ナノダイヤモンドが純水に分散するND水分散液を得た。このND水分散液について、固形分濃度ないしナノダイヤモンド濃度は59.1g/L、pHは9.33であった。粒径D50(メディアン径)は3.97nm、粒径D90は7.20nm、ゼータ電位は-42mVであった。
【0095】
〈ナノダイヤモンド濃度〉
得られたND水分散液のナノダイヤモンド含有量(ND濃度)は、秤量した分散液3~5gの当該秤量値と、当該秤量分散液から加熱によって水分を蒸発させた後に残留する乾燥物(粉体)について精密天秤によって秤量した値とに基づき、算出した。
【0096】
〈粒径〉
得られたND水分散液に含まれるナノダイヤモンド粒子の粒径(メディアン径、D50ないしD90)は、Malvern社製の装置(商品名「ゼータサイザー ナノZS」)を使用して、動的光散乱法(非接触後方散乱法)によって測定した。測定に付されたND水分散液は、固形分濃度ないしナノダイヤモンド濃度が0.5~2.0質量%となるように超純水で希釈された後に超音波洗浄機による超音波照射を経たものである。
【0097】
〈pH〉
得られたND水分散液のpHは、pH試験紙(商品名「スリーバンドpH試験紙」、アズワン株式会社製)を使用して測定した。
【0098】
〈ゼータ電位〉
得られたND水分散液に含まれるナノダイヤモンド粒子のゼータ電位は、Malvern社製の装置(商品名「ゼータサイザー ナノZS」)を使用して、レーザードップラー式電気泳動法によって測定した。測定に付されたND水分散液は、固形分濃度ないしナノダイヤモンド濃度が0.2質量%となるように超純水で希釈された後に超音波洗浄機による超音波照射を経たものであり、ゼータ電位測定温度は25℃である。
【0099】
〈FT-IR分析〉
上述の酸素酸化処理後、及び、水素還元処理後のナノダイヤモンド試料のそれぞれについて、FT-IR装置(商品名「Spectrum400型FT-IR」,株式会社パーキンエルマージャパン製)を使用して、フーリエ変換赤外分光分析(FT-IR)を行った。本測定においては、測定対象たる試料を真空雰囲気下で150℃に加熱しつつ赤外吸収スペクトルを測定した。真空雰囲気下の加熱は、エス・ティ・ジャパン社製のModel-HC900型Heat ChamberとTC-100WA型Thermo Controllerとを併用して実現した。
【0100】
〔実施例1〕
上記で得られたND水分散液と、潤滑基剤である超純水とを混合して濃度調整することで、炭素を含む潤滑材料A(表面にカルボキシル基を有するND粒子0.001質量%含有水溶液)を作成した。
炭素移着膜が形成された摺動部材の作成には、ロードセル59を備える滴下型ボールオンディスク型すべり摩擦試験機5(
図3)を用いた。直径8mmのSUS304製のボール51(以下「SUSボール」と称する場合がある)を第1部材とし、a-C:H膜(約3μm)を摺動面に成膜した直径30mm,厚さ4mmのSUJ2製のディスク53(以下「DLCディスク」と称する場合がある)を第2部材として用いた。試験開始時に上記第2部材表面の摺動面(すなわち、上記第1部材の摺動面と上記第2部材の摺動面の間)に炭素を含む潤滑材料Aを1mL滴下し、室温にて摺動させた。摺動条件は、すべり速度10mm/s、荷重10N、すべり距離100mとした。これにより、第1部材の摩耗痕上に炭素移着膜が形成され、第1部材の基材表面に炭素移着膜が形成された摺動部材を得た。
【0101】
〔実施例2〕
炭素を含む潤滑材料B(表面にカルボキシル基を有するND粒子0.01質量%含有水溶液)を用いた以外は、上記実施例1と同様に実施し、実施例2の炭素移着膜が形成された摺動部材を得た。
【0102】
〔実施例3〕
炭素を含む潤滑材料C(表面にカルボキシル基を有するND粒子0.1質量%含有水溶液)を用いた以外は、上記実施例1と同様に実施し、実施例3の炭素移着膜が形成された摺動部材を得た。
【0103】
〔比較例1〕
潤滑材料としてND粒子を含まない水(超純水)を用いた以外は、上記実施例1と同様に実施し、比較例の摺動部材(SUSボール)を得た。
【0104】
(試験1:低摩擦効果の評価)
上記実施例1において、試験開始から終了までの摩擦係数の変化を測定し、低摩擦効果の評価を行った。すなわち、炭素移着膜が形成された摺動部材を得る工程中の、摩擦低減効果の変化を評価した。結果を
図4に示す。
【0105】
(試験2:摩耗量測定)
上記試験1の終了後、次の手順にて摩耗量を測定した。実施例1及び比較例1の各摺動部材表面のボール摩耗痕の画像を共焦点レーザー顕微鏡(商品名「OPTELICS H1200」、レーザーテック株式会社製)にて取得し、摩耗痕を新円に近似することで摩耗痕半径を算出した。ここで、ボール半径をR(mm)、摩耗痕半径をr(mm)、摩耗高さをh(mm)とする。画像から算出して得た摩耗痕半径から下記式(1)により摩耗高さを算出する。なお、下記式(1)におけるRは、上記摺動部材(SUSボール)の半径であって、4(mm)である。
【0106】
【0107】
以上から得られた変数を用いて下記式(2)から摩耗体積Vb(mm
3)を算出する。
【数2】
この摩耗体積Vb(mm
3)で表した減量を摩耗量とする。結果を
図5、
図6に示す。
【0108】
(試験3:炭素移着膜の分析)
炭素移着膜の分析は、水との接触角、ラマン分光分析、走査型電子顕微鏡―エネルギー分散型X線分光分析(SEM EDS)、及び算術平均表面粗さ(Ra)によって行った。なお比較例1では、摺動部材(SUSボール)の摺動表面を評価した。
【0109】
試験3-1:水との接触角
試験1を終了した試料表面に、水を液量5μL滴下し、接触角計(商品名「極小接触角計MCA-3」、協和界面化学株式会社製)を用いて、その際の表面と液滴の角度を画像から取得した。結果を
図5、
図6に示す。
【0110】
試験3-2:ラマン分光分析
試験1を終了した試料表面に、レーザーラマン分光光度計(商品名「NRS-5100」、日本分光株式会社製)を用いて次の測定条件で照射した。結果を
図7に示す。
測定光源:532nm
出力 :0.8mW
スリット幅:100×1000mm
露光時間:10秒
積算回数:4回
【0111】
試験3-3:走査型電子顕微鏡―エネルギー分散型X線分光分析(SEM EDS)
試験1を終了した試料表面を、エネルギー分散型X線分光分析装置(商品名「X-Max50」、OXFORD instruments製)を用いて、加速電圧5kVの条件で測定した。結果を
図8、
図9に示す。また表面性状(SEM像)も観察した。
【0112】
試験3-4:算術平均表面粗さ(Ra)
試験1を終了した試料表面について、走査型プローブ顕微鏡(商品名「E-sweep」、日立ハイテクサイエンス製)を用いJIS B 0601:2013に従って、算術平均表面粗さ(Ra)を測定した。なお、測定は摺動時のすべり方向に対して、平行方向、垂直方向のそれぞれの向きに対して行った。結果を
図10に示す。
【0113】
(試験4:ND粒子数とすべり距離の関係)
実施例1~3の各摺動部材について試験1を実施した。次いで、得られた摩擦係数の変化に基づいて、2回目のなじみが発生するまでのすべり距離に及ぼす、上記第2部材の摺動痕単位面積あたりの、炭素を含む潤滑材料に含まれるND粒子数の影響を評価した。試験1では、上記第1部材の摺動面と上記第2部材の摺動面の間に、炭素を含む潤滑材料A~C、1mLを滴下すると、摩擦により上記第2部材の摺動痕上に均一に分布するため、滴下した炭素を含む潤滑材料A~Cに含まれるND粒子数(濃度)を、上記第2部材の摺動痕面積で除することにより、摺動痕単位面積あたりのND粒子数を得ることができる。なお、炭素を含む潤滑材料A~C、1mL中に含まれるND粒子数は、ND粒子径を5nm、密度3.2g/cm
3として算出した。結果を
図11に示す。
【0114】
[結果の考察]
図4に、比較例1(図中、C1と示す)として水中、実施例1(図中、E1として示す)として炭素を含む潤滑材料A(ND粒子0.01質量%含有水溶液)中における典型的な摩擦特性と第1部材(SUS304製ボール)の摩耗曲線に示す。ND粒子を含む炭素を含む潤滑材料Aを添加することにより摩擦係数は0.06から0.03に半減した。また、低摩擦効果はすべり距離100mにおいて維持されていた。
【0115】
図5は比較例1、
図6は実施例1のすべり距離[m]と、ボールの摩耗量Vb[mm
3]、水との接触角[°]との関係を示す。摩耗に関しても初期10mまでは比較例1と実施例1は同等に進行するものの、それ以降の実施例1の摩耗率は大きく減少し、比摩耗量は約1桁低い1.2×10
-8mm
3/Nmとなった。比較例1は、すべり距離の増加に伴い、ボールの摩耗量が増加する傾向が認められるのに対して、実施例1は、すべり距離20m付近で摩耗量は一定値となり、以降すべり距離が100mに至るまでボールの摩耗量の増加はほぼ認められない状態となった。すなわち、潤滑材料へのND粒子の添加は、摩擦と摩耗を同時に低減させる手法として有効であることが示された。また、比較例1では、すべり距離が増加するに伴い、水との接触角はわずかに低下する傾向を認めたのに対し、実施例1では、すべり距離が増加するに伴い(すべり距離40m以降)、水との接触角は増加する傾向を認めた。このように実施例1では水の濡れ性に変化が認められた。
【0116】
また
図4~6の結果より、実施例1では、まず比較例1の水中と同等の初期のなじみ(1回目のなじみ)が発生した後、ND粒子を含む炭素を含む潤滑材料Aに特有な2回目のなじみが発生し、その結果、低い摩擦が得られたといえる。
【0117】
図7に、実施例1(図中、E1と示す)、比較例1(図中、C1と示す)、試験開始時のDLCディスク(図中、D1と示す)、試験開始時のND粒子(図中、N1と示す)のラマンスペクトルを示す。実施例1(E1)の炭素移着膜のGピークは1600cm
-1付近に観測された。また実施例1(E1)のラマンスペクトルの勾配は、右肩上がりを示していた。一般に、カーボン材料のGピークは、DLC(D1)で、1550cm
-1付近、ナノダイヤモンド(N1)で1650cm
-1付近を示すことが知られている。E1のGピークは、D1、N1、C1のいずれとも明らかに異なる値を示している。正確なメカニズムは不明であるが、このラマンスペクトルの変化が、摩耗抑制効果と、摩擦低減効果の発現の鍵となることが示唆される。なお、実施例1のラマンスペクトルでは、Dピーク面積強度(Id)は3897.47、Gピーク面積強度(Ig)は2517.1であり、Id/(Id+Ig)の比率は、
0.608であった。したがって、実施例1の炭素移着膜のsp
2結合を有する炭素とsp
3結合を有する炭素の和に対する、sp
3結合を有する炭素の比率sp
3/(sp
2+sp
3)は0.1以上であることが確認された。
【0118】
図8に、試験開始時、試験後の比較例1と実施例1の原子質量(%)を示す。
図8のグラフに示した原子質量%の数値は、表1に示すとおりである。
【0119】
【0120】
実施例1では、低摩擦効果、摩擦抑制効果の機能発現時の摺動面には、炭素原子が多く発現しており、摺動面に炭素移着膜が形成されていることが分かった。一方、比較例1の摺動面は、酸素原子の増加を認めるものの、炭素原子の増加は全く認められなかった。さらに、SEM像による観察において、実施例1では、真実接触部の全面に極めて平滑な炭素移着膜が均一に形成されており、表面に剥がれ、脱落等は認められなかった。
【0121】
図9に、1回目のなじみ期間及び2回目のなじみ初期となじみ後の第1部材上の摩耗痕のEDS分析結果を示す。
図9のグラフに示した原子質量%の数値は、表2に示すとおりである。
【0122】
【0123】
表2に示すとおり、1回目のなじみにおいては初期表面と比較し炭素と酸素がほぼ同程度増加することが分かる。この期間の摩耗率は相対的に大きな値を示すことより、ND粒子の存在に依存しない機械摩耗が支配的ななじみが発生しているものと考えられる。さらに炭素を含む潤滑材料Aにより、もたらされる特有の2回目のなじみ期間において、摩耗痕に存在する炭素の割合が急激に増加しており、このときに形成されるnmオーダーの算術平均表面粗さ(Ra)(
図10)を有する低摩擦発現時に見られる炭素構造の表面層が形成されると考えられる。すなわち、低摩擦発現の鍵を握る2回目のなじみの発現が、炭素を含む潤滑材料Aに添加するND粒子の効果と考えられる。
【0124】
また、比較例1と実施例1のSEM像を観察したところ、比較例1では、すべり面に対して、平行方向に鋭利な筋状の摺動痕が表れていたのに対し、実施例1の摺動痕は面取りがされたように、極めてなめらかな性状を呈していた。また実施例1の観察部の表面に剥がれ、脱落等は認められなかった。
【0125】
図10に、試験1後の算術平均表面粗さ(Ra)を示す。図中、Pはすべり方向に対して平行方向、Vはすべり方向に対して垂直方向を示す。特に、低摩擦発現時のすべり方向に対して平行方向の算術平均表面粗さ(Ra)は約10nmであり、極めて平滑な表面性状であることが示された。
【0126】
図11に、2回目のなじみが発生するまでのすべり距離と、第2部材(DLCディスク)の摺動痕単位面積あたりのND粒子数との関係を示す。第2部材の摺動痕単位面積あたりのND粒子数の増加に伴い、低摩擦に導く2回目のなじみ発生距離が減少しており、2回目のなじみ発生はND粒子の存在によるものであることが明らかにされた。炭素を含む潤滑材料によりもたらされる2回目のなじみ後の第1部材表面の算術平均表面粗さ(Ra)は数nmオーダー(
図10)となっており、摺動痕上に多数のND粒子が存在することで、第2部材(DLCディスク)に対してND粒子が一様にエネルギーを加え、摺動痕全面の炭素の構造変化と摩耗を促進し、第1部材(SUSボール)上への炭素の移着を促すとともに極めて平滑な表面を形成したと推察する。
【0127】
以上の結果より、炭素を含む潤滑材料を介した第1部材(SUSボール)と第2部材(DLCディスク)の摩擦特性に関して、炭素無添加の水潤滑の場合と比較して、摩擦係数は、1/2となる0.03が得られること、炭素を含む潤滑材料を介した摺動によって、第2部材のDLC膜に由来する炭素の第1部材(SUSボール)表面への移着を促進するなじみが誘発されることが明らかとなった。
【0128】
したがって、本発明の炭素移着膜が形成された摺動部材は、低摩擦効果と摩耗抑制効果に優れることが分かる。
【0129】
以上、本発明の実施形態について詳述したが、本発明は上記の実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された本発明の精神を逸脱しない範囲で、種々の設計変更を行うことができるものである。
【符号の説明】
【0130】
1 炭素移着膜が形成された摺動部材
2 炭素移着膜
3a 基材
3b 第1部材
3c 第2部材
4 炭素を含む潤滑材料
5 滴下型ボールオンディスク型すべり摩擦試験機
50 ベース
51 SUSボール
52 ボールホルダー
53 DLCディスク
54 ディスクホルダー
55 モーター
56 荷重
57a,b ベアリング
58 ピボット
59 ロードセル