(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-11
(45)【発行日】2024-01-19
(54)【発明の名称】スクライビングホイールセット、ホルダユニット、スクライビングホイールのピン、および、スクライビングホイール
(51)【国際特許分類】
B28D 5/00 20060101AFI20240112BHJP
C03B 33/027 20060101ALI20240112BHJP
【FI】
B28D5/00 Z
C03B33/027
(21)【出願番号】P 2019158575
(22)【出願日】2019-08-30
【審査請求日】2022-07-19
(73)【特許権者】
【識別番号】390000608
【氏名又は名称】三星ダイヤモンド工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100087985
【氏名又は名称】福井 宏司
(72)【発明者】
【氏名】岩坪 佑磨
(72)【発明者】
【氏名】富本 博之
(72)【発明者】
【氏名】木山 直哉
(72)【発明者】
【氏名】長友 正平
(72)【発明者】
【氏名】曽山 浩
(72)【発明者】
【氏名】小笠原 規幸
(72)【発明者】
【氏名】飯澤 一馬
(72)【発明者】
【氏名】平栗 陽輔
(72)【発明者】
【氏名】吉澤 慶
【審査官】石川 健一
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-209816(JP,A)
【文献】実公昭41-019195(JP,Y1)
【文献】特開2014-117848(JP,A)
【文献】特開平11-171574(JP,A)
【文献】特開2015-058692(JP,A)
【文献】特開2013-111964(JP,A)
【文献】特開2014-121864(JP,A)
【文献】特開2011-093189(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B28D 5/00
C03B 33/027
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ピンが挿入される貫通孔を規定し、ラップ加工が施された内周面を含むスクライビングホイールと、
ピン本体、および、前記ピン本体の外周面に設けられる硬質層を含むピンとを備え、
前記スクライビングホイールの内周面は超硬合金または多結晶ダイヤモンドを含み、
前記ピン本体の外周面は超硬合金を含み、
前記硬質層はダイヤモンドライクカーボンを含む
スクライビングホイールセット。
【請求項2】
前記スクライビングホイールの内周面はダイヤモンド焼結体を含む
請求項1に記載のスクライビングホイールセット。
【請求項3】
前記スクライビングホイールの内周面のスキューネスは0未満である
請求項1または2に記載のスクライビングホイールセット。
【請求項4】
前記スクライビングホイールの内周面の算術平均粗さは0.05μm以下である
請求項1~3のいずれか一項に記載のスクライビングホイールセット。
【請求項5】
前記スクライビングホイールの内周面の
表面粗さに関する最大高さは0.5μm以下である
請求項1~4のいずれか一項に記載のスクライビングホイールセット。
【請求項6】
前記スクライビングホイールの内周面と前記ピンの外周面との間に設けられる酸化物層とを備える
請求項1~5のいずれか一項に記載のスクライビングホイールセット。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか一項に記載のスクライビングホイールセットと、
前記ピンを支持するホルダとを備える
ホルダユニット。
【請求項8】
超硬合金を含むピン本体と、
前記ピン本体の外周面に設けられるダイヤモンドライクカーボンを含む硬質層と、
前記ピン本体の外周面の少なくとも一部を構成する酸化物層を備える
スクライビングホイールのピン。
【請求項9】
ピンが挿入される貫通孔を規定する内周面にラップ加工が施されており、前記内周面は超硬合金を含み、さらに少なくとも一部を構成する酸化物層を備える
スクライビングホイール。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はスクライブ加工に用いられるスクライビングホイールセット、ホルダユニット、スクライビングホイールのピン、および、スクライビングホイールに関する。
【背景技術】
【0002】
脆性材料基板等の被加工物のスクライブ加工にスクライブ加工装置が用いられる。スクライブ加工装置はスクライビングホイールセット、および、これを支持するホルダ等を備える。スクライビングホイールセットはスクライビングホイールおよびピンにより構成される。ピンはホルダに支持される。スクライビングホイールはピンに支持される。スクライブ加工では、スクライブ加工装置はスクライビングホイールを被加工物に対して走査する。スクライビングホイールはホルダに対して回転しながら被加工物上を走行し、被加工物にスクライブラインを形成する。特許文献1は従来のスクライビングホイールセットの一例を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
スクライブ加工時におけるスクライビングホイールの回転が安定しない場合、例えばファイバーと称される加工屑が生じるおそれがある。
【0005】
本発明の目的はスクライビングホイールの回転の安定化に寄与するスクライビングホイールセット、ホルダユニット、ピン、および、スクライビングホイールを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に関するスクライビングホイールセットはピンが挿入される貫通孔を規定し、ラップ加工が施された内周面を含むスクライビングホイールと、ピン本体、および、前記ピン本体の外周面に設けられる硬質層を含むピンとを備え、前記スクライビングホイールの内周面は超硬合金または多結晶ダイヤモンドを含み、前記ピン本体の外周面は超硬合金を含み、前記硬質層はダイヤモンドライクカーボンを含んでいる。
【0007】
以下では、スクライビングホイールの内周面を「ホイール内周面」と記述し、ピンの外周面を「ピン外周面」と記述する場合がある。上記スクライビングホイールセットのスクライビングホイールが被加工物に押し付けられた状態では、硬質層の外周面とホイール内周面とが接触する。被加工物に対するスクライビングホイールの走行距離(以下「ホイール走行距離」という)が短い状態では、ピンとスクライビングホイールとの間において主として摩擦する部分(以下「摩擦部」という)は硬質層の外周面とホイール内周面とにより構成される。
【0008】
ピンとスクライビングホイールとの相対的な回転にともない硬質層の外周面とホイール内周面とが摩擦し、硬質層の外周面が摩耗する。硬質層の外周面から生じた摩耗粉は摩擦部の近傍に堆積する。ホイール内周面にはラップ加工が施されているため、ホイール内周面の表面粗さは小さい。そのホイール内周面にも微細な凹凸が存在する。ホイール内周面の微細な凸部は硬質層の外周面との摩擦により除去される、または、塑性変形する。これによりホイール内周面の状態は微細な凸部がより少ない状態に遷移する。摩擦によるこのような表面状態の遷移はなじみと称される。
【0009】
ホイール走行距離が長くなるにつれて硬質層の摩耗、および、ホイール内周面のなじみがさらに進行する。硬質層の摩耗がある程度進行した場合、ピン本体が露出する。ピン本体の露出とは、ピン本体の外周面に設けられていた硬質層が除去されたことにより、硬質層が除去される前には硬質層に覆われていたピン本体の外周面が硬質層に覆われない状態に遷移することをいう。ピン本体が露出した状態では、ピン本体の外周面とホイール内周面とにより摩擦部が構成される。硬質層の外周面との摩擦によりホイール内周面がなじんだ状態にあるため、ホイール内周面と摩擦する対象が硬質層の外周面からピン本体の外周面に変化する過程における摩擦の状態が安定する。これは例えばスクライビングホイールの回転の安定化に寄与する。
【0010】
ピンとスクライビングホイールとの相対的な回転にともないピン本体の外周面とホイール内周面とが摩擦し、ピン本体の外周面が摩耗する。ピン本体の外周面から生じた摩耗粉は摩擦部の近傍に堆積する。摩擦部の近傍に堆積する堆積物層が雰囲気中の酸素と反応して酸化し、ピン外周面とホイール内周面との間に酸化物層が形成される。酸化物層が形成された状態では、酸化物層の表面とホイール内周面とにより摩擦部が構成され、ピン外周面とホイール内周面とが実質的に接触せず、スクライビングホイールの回転の安定性が高くなる。
【0012】
ピン本体が露出する前の状態では、ダイヤモンドライクカーボンの表面とホイール内周面とにより摩擦部が構成される。ダイヤモンドライクカーボンの表面はホイール内周面との摩擦により摩耗する。ダイヤモンドライクカーボンの物理的性質や化学的性質は安定しているため、ダイヤモンドライクカーボンの表面の摩耗が進行する過程における硬質層の外周面とホイール内周面との摩擦の状態が安定する。
ピン本体が露出した状態では、超硬合金を含むピン本体の外周面とホイール内周面とにより摩擦部が構成される。ホイール内周面との摩擦によりピン本体の外周面からは炭化タングステンを含む摩耗粉が生じる。摩擦部の近傍に堆積する堆積物層には炭化タングステンが含まれる。堆積物層が酸化する過程では、主に炭化タングステンが酸化し、酸化タングステンを含む酸化物層が生成される。酸化タングステンの物理的性質および化学的性質は安定しているため、酸化物層の表面とホイール内周面との摩擦の状態が安定する。
【0013】
前記スクライビングホイールセットの一例では、前記スクライビングホイールの内周面はダイヤモンド焼結体を含む。
【0014】
ピン本体が露出する前の状態では、硬質層の外周面とダイヤモンド焼結体を含むホイール内周面とにより摩擦部が構成される。硬質層の外周面はホイール内周面との摩擦により安定して摩耗する。
【0016】
前記スクライビングホイールセットの一例では、前記スクライビングホイールの内周面のスキューネスは0未満である。
この例では、ホイール内周面の表面粗さが小さいため、硬質層の外周面とホイール内周面との摩擦によりホイール内周面のなじみが適切に進行する。
【0017】
前記スクライビングホイールセットの一例では、前記スクライビングホイールの内周面の算術平均粗さは0.05μm以下である。
【0018】
この例では、ホイール内周面の表面粗さが小さいため、硬質層の外周面とホイール内周面との摩擦によりホイール内周面のなじみが適切に進行する。
【0019】
前記スクライビングホイールセットの一例では、前記スクライビングホイールの内周面の表面粗さに関する最大高さは0.5μm以下である。
【0020】
この例では、ホイール内周面の表面粗さが小さいため、硬質層の外周面とホイール内周面との摩擦によりホイール内周面のなじみが適切に進行する。
【0021】
本発明に関するスクライビングホイールセットは、前記スクライビングホイールの内周面と前記ピンの外周面との間に設けられる酸化物層とを備える。
【0022】
上記スクライビングホイールセットでは、酸化物層の表面とホイール内周面とにより摩擦部が構成される。このため、スクライビングホイールの回転の安定性が高くなる。
【0023】
本発明に関するホルダユニットは前記スクライビングホイールセットと、前記ピンを保持するホルダとを備える。
【0024】
上記ホルダユニットによれば、スクライビングホイールの回転の安定性が高くなる。
【0025】
本発明に関するスクライビングホイールのピンはピンの外周面の少なくとも一部を構成する酸化物層を備え、前記ピン本体の素材は超硬合金であり、前記ピン本体の外周面に設けられる硬質層はダイヤモンドライクカーボンである。
【0026】
上記ピンを含めて構成されるスクライビングホイールセットでは、超硬合金を含むピン本体の外周面の一部を構成する酸化物層の表面とホイール内周面とにより摩擦部が構成される。このため、スクライビングホイールの回転の安定性が高くなる。
【0027】
本発明に関するスクライビングホイールはピンが挿入される貫通孔を規定する内周面にラップ加工が施されており、前記内周面は超硬合金を含み、さらに少なくとも一部を構成する酸化物層を備える。
【0028】
上記スクライビングホイールを含めて構成されるスクライビングホイールセットでは、酸化物層の表面とラップ加工が施され、超硬合金を含むホイール内周面とにより摩擦部が構成される。このため、スクライビングホイールの回転の安定性が高くなる。
【発明の効果】
【0029】
本発明に関するスクライビングホイールセット、ホルダユニット、スクライビングホイールのピン、および、スクライビングホイールによれば、スクライビングホイールの回転の安定性が高くなる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【
図1】第1実施形態のスクライビングホイールセットの斜視図。
【
図5】径方向に沿うスクライビングホイールの断面図。
【
図8】スクライビングホイールセットの初期状態を示すモデル図。
【
図10】スクライビングホイールセットの第1遷移状態を示すモデル図。
【
図12】スクライビングホイールセットの第2遷移状態を示すモデル図。
【
図14】スクライビングホイールセットの第3遷移状態を示すモデル図。
【
図16】スクライビングホイールセットの第4遷移状態を示すモデル図。
【
図18】スクライビングホイールセットの遷移後状態を示すモデル図。
【
図20】第2実施形態のスクライビングホイールセットのモデル図。
【
図21】第3実施形態のスクライビングホイールセットのモデル図。
【
図22】第4実施形態のスクライビングホイールセットのモデル図。
【発明を実施するための形態】
【0031】
(第1実施形態)
図1に示されるスクライビングホイールセット10は被加工物のスクライブ加工に用いられる。被加工物は例えば基板である。基板は例えば脆性材料基板である。脆性材料基板は例えばガラス基板またはセラミックス基板である。スクライビングホイールセット10はスクライビングホイール100およびピン200を備えている。スクライビングホイール100とピン200とは
図2に示されるように組み合わせられる。
【0032】
スクライビングホイールセット10は被加工物をスクライブ加工するスクライブ加工装置に組み込まれる。一例では、スクライブ加工装置は走査装置、および、
図3に示されるホルダユニット50を備えている。ホルダユニット50は走査装置に取り付けられる。走査装置は被加工物に対するホルダユニット50の位置を任意に変更できるように構成されている。スクライブ加工時には、走査装置によりホルダユニット50の位置が制御され、スクライビングホイール100が被加工物に対して走査される。
【0033】
ホルダユニット50はスクライビングホイールセット10およびホルダ60を備えている。ホルダ60は走査装置に取り付けられる本体61、および、ピン200を支持する支持部62を備えている。支持部62は例えば本体61に設けられる第1アーム62Aおよび第2アーム62Bにより構成される。第1アーム62Aと第2アーム62Bとの間には、スクライビングホイール100が配置される配置空間60Aが形成されている。各アーム62A、62Bにはピン200が挿入される貫通孔62Cが形成されている。スクライビングホイール100は配置空間60Aに配置される。ピン200はスクライビングホイール100のホイール孔111および各アーム62A、62Bの貫通孔62Cに挿入され、各アーム62A、62Bに支持される。スクライビングホイール100はピン200に支持される。各貫通孔62Cの外側の開口には、ピン200の脱落を防止する閉塞部63が設けられる。閉塞部63は例えば蓋、カシメ、接着、溶接、または、これらの組み合わせにより構成される。一例では、閉塞部63の蓋は本体61および支持部62に対して着脱できるように構成される。
【0034】
スクライビングホイール100は本体110および刃先部120を備えている。スクライビングホイール100の基礎的構造は例えば第1構造および第2構造に分類される。第1構造では、スクライビングホイール100の全体が単一の高硬度材料により形成される。第2構造では、スクライビングホイール100は高硬度材料により形成される本体、および、本体とは異なる高硬度材料により形成される刃先部を含む。高硬度材料としては例えば超硬合金、多結晶ダイヤモンド、単結晶ダイヤモンドが挙げられる。多結晶ダイヤモンドは例えばダイヤモンド焼結体(Poly-Crystalline Diamond、略称はPCD)、または、ナノ多結晶ダイヤモンド(Nano-Polycrystalline Diamond、略称はNPD)である。
【0035】
本体110はスクライビングホイール100の中心軸101まわりに設けられている。以下では、スクライビングホイール100の中心軸101に沿う方向をスクライビングホイール100の軸方向と称する。スクライビングホイール100の軸方向においてスクライビングホイール100の中心を通過し、中心軸101に直交する面を中心面と称する。スクライビングホイール100は中心面に対して対称または非対称である。
図2に示される例では、スクライビングホイール100は中心面に対して対称である。中心面はスクライビングホイール100の対称面に相当する。
【0036】
図4に示されるスクライビングホイール100の側面視では、本体110の形状は環である。刃先部120は本体110に対してスクライビングホイール100の径方向の外方に設けられている。刃先部120はスクライビングホイール100の刃を構成する。スクライビングホイール100の側面視では、刃先部120の形状は環である。刃先部120の厚さはスクライビングホイール100の径方向の外方に向かうにつれて薄くなる。
【0037】
本体110には、ピン200が挿入される貫通孔であるホイール孔111が形成されている。ホイール孔111は本体110をスクライビングホイール100の軸方向に貫通する。ホイール孔111の周囲には面取り112が形成されている。
図2に示されるように、ピン200はホイール孔111および貫通孔62Cに挿入される。スクライビングホイール100とピン200とのはめあいはすきまばめ、または、中間ばめである。ピン200とホルダ60とのはめあいは、スクライビングホイール100がホルダ60に対して回転できるように、すきまばめ、中間ばめ、または、しまりばめから選択される。
【0038】
図5に示されるように、スクライビングホイール100の表面130はホイール孔111を規定する内周面であるホイール内周面131を含む。ホイール内周面131は表面粗さが小さい平滑な面である。一例では、ホイール内周面131にはラップ加工が施されている。ラップ加工は鏡面加工とも称される。ラップ加工では、例えば砥粒を用いて仕上げ加工の対象であるホイール内周面131を加工する。
【0039】
ホイール内周面131の表面粗さに関するパラメータについて例示する。一例では、ホイール内周面131の算術平均粗さは0.05μm以下である。好ましい例では、ホイール内周面131の算術平均粗さは0.01μm以下である。一例では、ホイール内周面131の最大高さは0.5μm以下である。好ましい例では、ホイール内周面131の最大高さは0.05μm以下である。一例では、ホイール内周面131のスキューネスは0未満である。
【0040】
図6および
図7を参照して、ピン200の構成について説明する。
ピン200はピン本体210および硬質層220を備えている。ピン本体210および硬質層220が示される
図6等では、ピン本体210の直径に対する硬質層220の厚さを誇張して表現している。ピン本体210の軸方向の長さはスクライビングホイール100の厚さよりも大きい。硬質層220はピン本体210の外周面211に設けられている。硬質層220はピン本体210の外周面211に付着している。硬質層220はホイール内周面131との摩擦によりホイール内周面131のなじみを促進させることができる程度の硬度を有する。
【0041】
ピン本体210の軸方向においてピン本体210は中間部212および端部213に区分される。端部213はホルダ60の貫通孔62Cに挿入される。中間部212は一方の端部213と他方の端部213との間に設けられる。中間部212はホイール孔111に挿入される。ピン本体210の形状について例示する。第1例では、中間部212は円柱により構成される。一方の端部213は円柱により構成される。他方の端部213は円柱および円錐により構成される。
図6に例示されるピン本体210は第1例のピン本体210である。第2例では、中間部212は円柱により構成される。各端部213は円柱および円錐により構成される。第3例では、中間部212および各端部213は円柱により構成される。
【0042】
ピン本体210を構成する材料について例示する。第1例では、ピン本体210は超硬合金により形成される。第2例では、ピン本体210はダイヤモンドにより形成される。ダイヤモンドは例えば多結晶ダイヤモンドまたは単結晶ダイヤモンドである。多結晶ダイヤモンドは例えばダイヤモンド焼結体またはナノ多結晶ダイヤモンドである。
【0043】
スクライビングホイール100の素材とピン本体210の素材との関係について例示する。第1例では、スクライビングホイール100の素材はダイヤモンドであり、ピン本体210の素材は超硬合金である。第2例では、スクライビングホイール100の素材はダイヤモンドであり、ピン本体210の素材もダイヤモンドである。第3例では、スクライビングホイール100の素材は超硬合金であり、ピン本体210の素材はダイヤモンドである。第4例では、スクライビングホイール100の素材は超硬合金であり、ピン本体210の素材も超硬合金である。
【0044】
超硬合金は硬質の金属炭化物の粉末に金属の結合材を混合し、焼結した複合材料である。硬質の金属炭化物は例えば周期律表IVa、Va、VIa族の金属炭化物である。金属の結合材は例えば鉄系金属である。鉄系金属は例えば鉄(Fe)、コバルト(Co)、および、ニッケル(Ni)の少なくとも1つである。超硬合金の一例は、硬質の金属炭化物である炭化タングステン(WC)の粉末と金属の結合材であるコバルト(Co)とを混合して焼結した複合材料である。硬質の金属炭化物の粉末と金属の結合材との混合物の焼結では、超硬合金の材料特性に変化を与える添加物が混合物に添加される場合がある。添加物は例えば炭化チタン(TiC)または炭化タンタル(TaC)である。
【0045】
硬質層220の形成範囲について例示する。第1例では、硬質層220は中間部212の外周面211の少なくとも一部に設けられる。第2例では、硬質層220は中間部212の外周面211の全体に設けられる。第3例では、硬質層220は第1例の形成範囲または第2例の形成範囲に加えて、端部213の外周面211の少なくとも一部に設けられる。第4例では、硬質層220は第1例の形成範囲または第2例の形成範囲に加えて、端部213の外周面211の全体に設けられる。
【0046】
ピン200の外周面であるピン外周面201はピン本体210の外周面211および硬質層220の外周面221の少なくとも一方により構成される。ピン本体210に硬質層220が設けられる部分では、硬質層220の外周面221がピン外周面201を構成する。ピン本体210に硬質層220が設けられない部分では、ピン本体210の外周面211がピン外周面201を構成する。硬質層220が設けられない部分は、硬質層220が予め設けられないピン本体210の部分、および、設けられていた硬質層220が除去されたピン本体210の部分を含む。
【0047】
一例では、硬質層220はホイール内周面131のなじみの促進に寄与する材料により形成される。硬質層220の素材は例えばダイヤモンドライクカーボン(Diamond-Like Carbon、略称はDLC)、窒化チタン、窒化ホウ素、炭化チタン、または、テフロン(登録商標)である。ダイヤモンドライクカーボンは炭化水素または炭素の同素体により構成されるアモルファスの硬質層である。ダイヤモンドライクカーボンは水素の含有の有無の点から、水素を含む水素化アモルファスカーボンと、水素を含まないテトラヘドラルアモルファスカーボンとに分類される。
【0048】
被加工物をスクライブ加工する場合、スクライビングホイールセット10はスクライブ加工装置のホルダ60に取り付けられる。スクライブ加工装置はスクライビングホイール100を走査することにより被加工物にスクライブラインを形成する。スクライビングホイールセット10では、被加工物に対するスクライビングホイール100の走行距離(以下「ホイール走行距離」という)に応じてピン200の状態、および、ピン200まわりの状態が変化する。以下では、ピン200の状態、および、ピン200まわりの状態を「ピン200の状態等」と記述する場合がある。
【0049】
図8~
図19はピン200の状態等の変化の一例をホイール走行距離毎に示している。
図8、
図10、
図12、
図14、
図16、
図18はスクライビングホイールセット10の径方向に沿う断面のモデルを示している。これらの図では、ホイール孔111に対するピン200の大きさを
図1、
図2とは異なる比率で示している。
図9、
図11、
図13、
図15、
図17、
図19はピンの正面視のモデルを示している。スクライビングホイールセット10は例えば次のように構成される。スクライビングホイール100の素材はダイヤモンド焼結体である。ピン本体210の素材は炭化タングステンおよびコバルトの混合物を焼結した超硬合金である。硬質層220はダイヤモンドライクカーボンである。硬質層220はピン本体210の円柱の外周面の全体に形成される。
【0050】
以下では、ホイール走行距離が0の状態を「初期状態」と称する。
図8、
図9は初期状態に対応する。ホイール走行距離が0よりも長い第1距離範囲に含まれる状態を「第1遷移状態」と称する。
図10、
図11は第1遷移状態に対応する。ホイール走行距離が第1距離範囲よりも長い第2距離範囲に含まれる状態を「第2遷移状態」と称する。
図12、
図13は第2遷移状態に対応する。ホイール走行距離が第2距離範囲よりも長い第3距離範囲に含まれる状態を「第3遷移状態」と称する。
図14、
図15は第3遷移状態に対応する。ホイール走行距離が第3距離範囲よりも長い第4距離範囲に含まれる状態を「第4遷移状態」と称する。
図16、
図17は第4遷移状態に対応する。ホイール走行距離が第4距離範囲よりも長い第5距離範囲に含まれる状態を「遷移後状態」と称する。
図18、
図19は遷移後状態に対応する。
【0051】
図8に示されるように、スクライビングホイール100が被加工物に押し付けられることにより、ピン外周面201とホイール内周面131とが接触する。ピン外周面201を構成する硬質層220の外周面221とホイール内周面131とにより摩擦部20が構成される。摩擦部20はピン200とスクライビングホイール100との間において主として摩擦する部分である。
【0052】
図18に示されるように、遷移後状態のスクライビングホイールセット10では、ピン外周面201とホイール内周面131との間に形成された酸化物層30の表面31とホイール内周面131とにより摩擦部20が構成される。一例では、酸化物層30は硬質層220の外周面221またはピン本体210の外周面211とホイール内周面131とにより摩擦部20が構成される場合と比較して、摩擦部20の摩擦係数が小さくなるような表面構造を有する。酸化物層30はピン本体210の外周面211に付着している。ピン外周面201とホイール内周面131とは直接的に接触しない。
【0053】
酸化物層30の表面31を含めて摩擦部20が構成される状態では、スクライビングホイール100の回転の安定性が高くなる。これは酸化物層30が化学的に安定した物質であり、ホイール内周面131との摩擦による物理的性質および化学的性質の一方または両方の変化が生じにくいことが影響していると考えられる。酸化物層30が形成される機序は以下のように推測される。なお、以下に説明する酸化物層30の形成機序は、本願発明者が観察したピン200の状態等、および、それから推測される事項に基づく形成機序の一例である。
【0054】
ピン200とスクライビングホイール100との相対的な回転にともない硬質層220の外周面221とホイール内周面131とが摩擦し、硬質層220の外周面221が摩耗する。硬質層220の外周面221から生じた摩耗粉(以下「第1種摩耗粉41」という)は摩擦部20の近傍に堆積する。ホイール走行距離の増加にともない堆積物の量が増加し、堆積物の層である堆積物層40が形成される。堆積物層40には第1種摩耗粉41の他に異物43が含まれる場合がある。異物43はピン外周面201に存在するコンタミネーション、ホイール内周面131に存在するコンタミネーション、および、ホイール内周面131から生じた摩耗粉の少なくとも1つを含む。
【0055】
ホイール内周面131にはラップ加工が施されているため、ホイール内周面131の表面粗さは小さい。そのホイール内周面131にも微細な凹凸が存在する。ホイール内周面131の微細な凸部は硬質層220の外周面221との摩擦により除去される、または、塑性変形する。これによりホイール内周面131の状態は微細な凸部がより少ない状態に遷移する。つまり、ピン外周面201との摩擦によりホイール内周面131のなじみが進行する。
【0056】
ホイール走行距離が長くなるにつれて硬質層220の摩耗がさらに進行し、ピン本体210が露出する。ピン本体210の露出とは、ピン本体210の外周面211に設けられていた硬質層220が除去されたことにより、硬質層220が除去される前には硬質層220に覆われていたピン本体210の外周面211が硬質層220に覆われない状態に遷移することをいう。ピン本体210が露出した状態では、ピン本体210の外周面211とホイール内周面131とにより摩擦部20が構成される。硬質層220の外周面211との摩擦によりホイール内周面131がなじんだ状態にあるため、ホイール内周面131と摩擦する対象が硬質層220の外周面221からピン本体210の外周面211に変化する過程における摩擦の状態が安定する。これは例えばスクライビングホイール100の回転の安定化に寄与する。
【0057】
ピン200とスクライビングホイール100との相対的な回転にともないピン本体210の外周面211とホイール内周面131とが摩擦し、ピン本体210の外周面211が摩耗する。ピン本体210の外周面211から生じた摩耗粉(以下「第2種摩耗粉42」という)は摩擦部20の近傍に堆積する。摩擦部20の近傍に堆積する堆積物層40が雰囲気中の酸素と反応して酸化し、ピン外周面201とホイール内周面131との間に酸化物層30が形成される。酸化物層30が形成された状態では、酸化物層30の表面31とホイール内周面131とにより摩擦部20が構成され、ピン外周面201とホイール内周面131とが実質的に接触しない。このため、スクライビングホイール100の回転の安定性が高くなる。なお、ここで説明した酸化物層30の形成機序とは異なる形成機序に従って酸化物層30が形成される場合にも上記と同様の効果が得られると考えられる。
【0058】
図8~
図19を参照して、酸化物層30が形成される機序の詳細について説明する。
図8に示されるように、初期状態ではスクライビングホイール100が被加工物に押し付けられ、被加工物上で静止している。
図9に示されるように、初期状態では硬質層220は摩耗していない。スクライビングホイール100が被加工物に押し付けられることにともない、ピン外周面201を構成する硬質層220の外周面221とホイール内周面131とにより摩擦部20が構成される。
【0059】
スクライビングホイール100が被加工物に対して鉛直方向の上方に配置される場合には、ピン外周面201のうちの主に下方の部分、および、ホイール内周面131のうちの主に下方の部分が摩擦部20を構成する。スクライビングホイール100が被加工物に対して鉛直方向の下方に配置される場合には、ピン外周面201のうちの主に上方の部分、および、ホイール内周面131のうちの主に上方の部分が摩擦部20を構成する。ホイール孔111における摩擦部20に対するスクライビングホイール100の走行方向の前方には空間(以下「前方空間S」という)が形成される。前方空間Sはピン外周面201とホイール内周面131との間に形成される。
【0060】
図10、
図11に示される第1遷移状態では、スクライビングホイール100がピン200に対して時計回りに回転しながら被加工物に対して走行する。
図10、
図12、
図14、
図16、
図18の矢印Aはスクライビングホイール100の回転方向を示す。摩擦部20では、ピン外周面201とホイール内周面131との摩擦により、ピン外周面201を構成する硬質層220の外周面221の摩耗、および、ホイール内周面131のなじみが進行する。硬質層220における摩擦部20を構成する部分には、その部分の周囲の部分に対してピン本体210に向けて窪む凹部222が形成される。ホイール走行距離の増加にともない硬質層220の摩耗量が増加し、硬質層220のうちの摩擦部20を構成する部分の厚さが薄くなる。前方空間Sは凹部222に対してスクライビングホイール100の走行方向の前方に隣接する。硬質層220の外周面221から生じた第1種摩耗粉41は主に前方空間Sに堆積する。なお、第1種摩耗粉41がホイール孔111内における前方空間S以外の箇所に堆積する場合もある。
【0061】
図12、
図13に示される第2遷移状態では、第1遷移状態に引き続きスクライビングホイール100がピン200に対して時計回りに回転しながら被加工物に対して走行する。ホイール走行距離の増加にともない前方空間Sに堆積する第1種摩耗粉41の量が増加し、前方空間Sに堆積物層40が形成される。前方空間Sに移動する第1種摩耗粉41の量の増加に応じて堆積物層40が成長する。
【0062】
硬質層220の摩耗が進行するにつれて凹部222の深さが深くなる。凹部222の底を構成する硬質層220がピン本体210から除去された場合、ピン本体210が露出する。ピン本体210が露出した状態では、ピン本体210の外周面211も摩擦部20を構成する。つまり、硬質層220の外周面221およびピン本体210の外周面211とホイール内周面131とにより摩擦部20が構成される。前方空間Sは露出したピン本体210の外周面211に対してスクライビングホイール100の走行方向の前方に隣接する。摩擦部20を構成する硬質層220の外周面221の面積と摩擦部20を構成するピン本体210の外周面211の面積との比率はピン本体210の露出面積に応じて変化する。ピン本体210の露出面積が広くなるにつれて摩擦部20を構成するピン本体210の外周面211の比率が高くなる。第2遷移状態における摩擦部20の摩擦係数は第1遷移状態における摩擦部20の摩擦係数よりも大きい。これには硬質層220の摩耗が影響していると考えられる。
【0063】
図14、
図15に示される第3遷移状態では、第2遷移状態に引き続きスクライビングホイール100がピン200に対して時計回りに回転しながら被加工物に対して走行する。ホイール走行距離の増加にともない硬質層220の外周面221の摩耗、および、ホイール内周面131のなじみがさらに進行する。前方空間Sの堆積物層40の量がさらに増加する。堆積物層40の量の増加にともない堆積物層40の厚さが増加する。摩擦部20を構成するピン本体210の外周面211はホイール内周面131との摩擦により摩耗する。
図15の密度が低いドットは外周面211の摩耗部分の一例を示している。
【0064】
硬質層220の摩耗がある程度進行した状態では、摩擦部20に硬質層220の外周面221が含まれなくなる場合がある。ピン本体210の外周面211の摩耗により第2種摩耗粉42が生じる。第2種摩耗粉42は前方空間Sに移動する。堆積物層40には第2種摩耗粉42がさらに含まれる。摩擦部20を構成するピン本体210の外周面211の摩耗の進行にともない、その外周面211に酸化タングステンが形成される場合がある。これには摩擦熱が影響していると考えられる。
図15の密度が高いドットは外周面211の酸化部分の一例を示している。第3遷移状態における摩擦部20の摩擦係数は第2遷移状態における摩擦部20の摩擦係数よりも大きい。これにはピン本体210の外周面211の摩耗が影響していると考えられる。
【0065】
堆積物層40の厚さがある程度の厚さに達した場合、第3遷移状態から第4遷移状態に遷移する。第3遷移状態における摩擦部20の状態はピン外周面201とホイール内周面131とにより摩擦部20が構成される第1摩擦状態である。第4遷移状態における摩擦部20の状態は堆積物層40の表面44とホイール内周面131とにより摩擦部20が構成される第2摩擦状態である。第2摩擦状態では、ピン外周面201とホイール内周面131とは実質的に接触しない。
【0066】
図16、
図17に示される第4遷移状態では、第3遷移状態に引き続きスクライビングホイール100がピン200に対して時計回りに回転しながら被加工物に対して走行する。ホイール走行距離の増加にともないホイール内周面131のなじみがさらに進行する。第4遷移状態における摩擦部20の摩擦係数は第2および第3遷移状態における摩擦部20の摩擦係数よりも小さい。これにはピン外周面201とホイール内周面131とが接触していないことが影響していると考えられる。
【0067】
第2~第4遷移状態における堆積物層40の厚さについて例示する。第1例では、堆積物層40の最大厚さは硬質層220の最大厚さよりも厚い。第2例では、堆積物層40の最大厚さは硬質層220の最大厚さと実質的に等しい。第3例では、堆積物層40の最大厚さは硬質層220の最大厚さよりも薄い。堆積物層40の厚さは硬質層220の外周面221から生じる第1種摩耗粉41の量、ピン本体210の外周面211から生じる第2種摩耗粉42の量、および、前方空間Sに移動する異物43の量に応じて異なる。
【0068】
スクライビングホイール100がピン200に対して時計回りに回転しながら被加工物に対して引き続き走行することにともない、ホイール内周面131のなじみがさらに進行する。前方空間Sの堆積物層40はピン200とスクライビングホイール100との相対的な回転にともない加えられる力により徐々に引き延ばされる。
図18、
図19に示される遷移後状態では、堆積物層40の一部または全部は前方空間Sから、露出したピン本体210の外周面211とホイール内周面131との間に移動している。堆積物層40が移動した状態では、堆積物層40の表面44とホイール内周面131とにより摩擦部20が構成される。
【0069】
移動した堆積物層40は雰囲気中の酸素と反応して酸化物層30に変化する。酸化反応は堆積物層40に加えられる力、および、摩擦熱により促進されると考えられる。第2種摩耗粉42にタングステンが含まれる例では、酸化物層30の主成分は酸化タングステンである。酸化物層30が形成された状態では、酸化物層30の表面31とホイール内周面131とにより摩擦部20が構成される。遷移後状態における摩擦部20の摩擦係数は第1~第4遷移状態における摩擦部20の摩擦係数よりも小さい。これにはピン外周面201とホイール内周面131とが接触していないこと、および、ホイール内周面131との摩擦による物理的性質および化学的性質の一方または両方の変化が生じにくい酸化物層30の表面31を含めて摩擦部20が構成されていることが影響していると考えられる。
【0070】
酸化物層30の厚さについて例示する。第1例では、酸化物層30の最大厚さは硬質層220の最大厚さよりも厚い。第2例では、酸化物層30の最大厚さは硬質層220の最大厚さと実質的に等しい。第3例では、酸化物層30の最大厚さは硬質層220の最大厚さよりも薄い。酸化物層30の厚さは主に酸化前の堆積物層40の厚さに応じて決まる。
【0071】
遷移後状態のスクライビングホイールセット10では、ホイール走行距離がさらに増加してもピン200の状態等が安定する。ピン200の状態等の安定とは、第1~第4遷移状態におけるホイール走行距離の増加に応じたピン200の状態等の変化と比較して変化の度合が小さいこと、または、ピン200の状態等が実質的に変化しないことをいう。遷移後状態における摩擦部20の摩擦係数はホイール走行距離の増加に対する変動幅が小さい、または、ホイール走行距離が増加しても実質的に変化しない。これにはピン外周面201とホイール内周面131とが接触していないこと、および、ホイール内周面131との摩擦による物理的性質および化学的性質の一方または両方の変化が生じにくい酸化物層30の表面31を含めて摩擦部20が構成されていることが影響していると考えられる。
【0072】
スクライビングホイールセット10の作用および効果について説明する。
スクライビングホイールセット10では、ホイール走行距離の増加にともないピン外周面201とホイール内周面131との間に酸化物層30が形成される。酸化物層30が形成された状態では、酸化物層30の表面31とホイール内周面131とにより摩擦部20が構成される。このため、スクライビングホイール100の回転の安定性が高くなり、被加工物のスクライブ加工時にファイバーが発生しにくくなる。これは例えばスクライブ加工された被加工物の品質の向上に寄与する。
【0073】
(第2実施形態)
第1実施形態のスクライビングホイールセット10では、ピン200の状態等の変化を経てピン外周面201とホイール内周面131の間に酸化物層30が形成される。
図20に示される第2実施形態のスクライビングホイールセット10では、ピン200の状態等の変化を経ることなくピン外周面201とホイール内周面131の間に酸化物層30が予め形成されている。酸化物層30は例えば周期律表IVa、Va、VIa族の金属酸化物を含む。第2実施形態のスクライビングホイールセット10はこの点で第1実施形態のスクライビングホイールセット10と相違し、その他の点では第1実施形態のスクライビングホイールセット10に準じた構成を備えている。摩擦部20は酸化物層30の表面31とピン外周面201およびホイール内周面131の少なくとも一方とにより構成される。ホイール走行距離と摩擦部20の摩擦係数との関係は第1実施形態におけるホイール走行距離と摩擦部20の摩擦係数との関係に準じる。
【0074】
ピン200の構成について例示する。
図20に示される第1例では、ピン200はピン本体210を備え、硬質層220を備えない。第2例では、ピン200はピン本体210および硬質層220を備える。硬質層220の形成範囲について例示する。第1例では、硬質層220は第1実施形態の初期状態、第1~第4遷移状態、および、遷移後状態のいずれかにおける硬質層220と同様の範囲に形成される。第2例では、硬質層220は第1例の形成範囲よりも狭い範囲に形成される。ホイール内周面131の加工状態について例示する。第1例では、ホイール内周面131にはラップ加工が施される。第2例では、ホイール内周面131にはラップ加工とは異なる仕上げ加工が施される。第3例では、ホイール内周面131にはラップ加工を含めて仕上げ加工が施されない。好ましくは、ホイール内周面131はラップ加工またはその他の仕上げ加工が施された平滑な面である。この例では、スクライブ加工時において酸化物層30が安定して保持される。
【0075】
酸化物層30の形成範囲について例示する。第1例では、酸化物層30はピン外周面201とホイール内周面131との間における摩擦部20に対応する範囲に形成される。第2例では、酸化物層30はピン外周面201における摩擦部20に対応する範囲に形成される。第3例では、酸化物層30はピン本体210の中間部212に対応するピン外周面201の全体に形成される。第4例では、酸化物層30はピン本体210の円柱に対応するピン外周面201の全体に形成される。第5例では、酸化物層30はピン外周面201の全体に形成される。第6例では、酸化物層30はホイール内周面131における摩擦部20に対応する範囲に形成される。スクライブ加工時においてスクライビングホイール100がピン200に対して回転するため、第6例の摩擦部20に対応する範囲はホイール内周面131における環状の範囲となる。第7例では、酸化物層30はホイール内周面131の全体に形成される。第8例では、酸化物層30は第6例の形成範囲よりも広く、第7例の形成範囲よりも狭い範囲に形成される。酸化物層30の構成について例示する。第1例では、酸化物層30はホイール内周面131およびピン外周面201とは別に形成される酸化物を含む。第2例では、酸化物層30はホイール内周面131またはピン外周面201に形成される酸化被膜を含む。
【0076】
酸化物層30とピン外周面201およびホイール内周面131との関係について例示する。第1例では、酸化物層30はピン外周面201に付着し、ホイール内周面131に付着しない。酸化物層30の表面31とホイール内周面131とにより摩擦部20が構成される。第2例では、酸化物層30はホイール内周面131に付着し、ピン外周面201に付着しない。ピン外周面201と酸化物層30の表面31とにより摩擦部20が構成される。第3例では、酸化物層30はピン外周面201およびホイール内周面131のいずれにも付着しない。ピン外周面201と酸化物層30の表面31とにより第1の摩擦部20が構成される。酸化物層30の表面31とホイール内周面131とにより第2の摩擦部20が構成される。
【0077】
(第3実施形態)
第1実施形態のスクライビングホイールセット10は、初期状態においてピン外周面201に硬質層220が形成されていないピン200を備えている。
図21に示される第3実施形態のスクライビングホイールセット10のピン200は初期状態においてピン外周面201の少なくとも一部を構成する酸化物層30を備えている。第3実施形態のスクライビングホイールセット10はこの点で第1実施形態のスクライビングホイールセット10と相違し、その他の点では第1実施形態のスクライビングホイールセット10に準じた構成を備えている。酸化物層30の表面31とホイール内周面131とにより摩擦部20が構成される。ホイール走行距離と摩擦部20の摩擦係数との関係は第1実施形態におけるホイール走行距離と摩擦部20の摩擦係数との関係に準じる。
【0078】
ピン200の構成について例示する。
図21に示される第1例では、ピン200はピン本体210および酸化物層30を備え、硬質層220を備えていない。第2例では、ピン200はピン本体210、硬質層220、および、酸化物層30を備えている。硬質層220の形成範囲について例示する。第1例では、硬質層220は第1実施形態の初期状態、第1~第4遷移状態、および、遷移後状態のいずれかにおける硬質層220と同様の範囲に形成される。第2例では、硬質層220は第1例の形成範囲よりも狭い範囲に形成される。ホイール内周面131の加工状態について例示する。第1例では、ホイール内周面131にはラップ加工が施される。第2例では、ホイール内周面131にはラップ加工とは異なる仕上げ加工が施される。第3例では、ホイール内周面131にはラップ加工を含めて仕上げ加工が施されない。好ましくは、ホイール内周面131はラップ加工またはその他の仕上げ加工が施された平滑な面である。この例では、スクライブ加工時において酸化物層30が安定して保持される。
【0079】
酸化物層30の形成範囲について例示する。第1例では、ピン外周面201のうちの摩擦部20に対応する部分が酸化物層30の表面31により構成される。第2例では、ピン本体210の中間部212に対応するピン外周面201の全体が酸化物層30の表面31により構成される。第3例では、ピン本体210の円柱に対応するピン外周面201の全体が酸化物層30の表面31により構成される。第4例では、ピン外周面201の全体が酸化物層30の表面31により構成される。酸化物層30の構成について例示する。第1例では、酸化物層30はピン本体210または硬質層220とは別に形成される酸化物を含む。第2例では、酸化物層30はピン本体210の外周面211に形成される酸化被膜を含む。
【0080】
(第4実施形態)
第1実施形態のスクライビングホイールセット10は、初期状態においてホイール内周面131上に酸化物層30が形成されていないスクライビングホイール100を備えている。
図22に示される第4実施形態のスクライビングホイールセット10のスクライビングホイール100は初期状態においてホイール内周面131の少なくとも一部を構成する酸化物層30を備えている。第4実施形態のスクライビングホイールセット10はこの点で第1実施形態のスクライビングホイールセット10と相違し、その他の点では第1実施形態のスクライビングホイールセット10に準じた構成を備えている。ピン外周面201と酸化物層30の表面31とにより摩擦部20が構成される。好ましくは、ピン外周面201はラップ加工またはその他の仕上げ加工が施された平滑な面である。この例では、スクライブ加工時において酸化物層30が安定して保持される。ホイール走行距離と摩擦部20の摩擦係数との関係は第1実施形態におけるホイール走行距離と摩擦部20の摩擦係数との関係に準じる。
【0081】
酸化物層30の表面31により構成される部分を除いたホイール内周面131の加工状態について例示する。第1例では、ホイール内周面131にはラップ加工が施される。第2例では、ホイール内周面131にはラップ加工とは異なる仕上げ加工が施される。第3例では、ホイール内周面131にはラップ加工を含めて仕上げ加工が施されない。
【0082】
酸化物層30の形成範囲について例示する。第1例では、ホイール内周面131のうちの摩擦部20に対応する部分が酸化物層30の表面31により構成される。スクライブ加工時においてスクライビングホイール100がピン200に対して回転するため、第1例の摩擦部20に対応する部分はホイール内周面131における環状の部分となる。第2例では、ホイール内周面131の全体が酸化物層30の表面31により構成される。第3例では、ホイール内周面131のうちの第1例の形成範囲よりも広く、第2例の形成範囲よりも狭い範囲が酸化物層30の表面31により構成される。酸化物層30の構成について例示する。第1例では、酸化物層30はスクライビングホイール100の本体110とは別に形成される酸化物を含む。第2例では、酸化物層30はスクライビングホイール100の本体110の表面130に形成される酸化被膜を含む。
【0083】
なお、上記各実施形態では本発明に関するスクライビングホイールセット等が取り得る形態を例示している。上記各実施形態の説明は本発明に関するスクライビングホイール等が取り得る形態を制限することを意図していない。本発明に関するスクライビングホイール等は各実施形態に例示された形態とは異なる形態を取り得る。その一例は、各実施形態の構成の一部を置換、変更、もしくは、省略した形態、または、各実施形態に新たな構成を付加した形態である。
【符号の説明】
【0084】
10 :スクライビングホイールセット
20 :摩擦部
30 :酸化物層
31 :表面
40 :堆積物層
41 :第1種摩耗粉
42 :第2種摩耗粉
43 :異物
44 :表面
50 :ホルダユニット
60 :ホルダ
60A:配置空間
61 :本体
62 :支持部
62A:第1アーム
62B:第2アーム
62C:貫通孔
63 :閉塞部
100:スクライビングホイール
101:中心軸
110:本体
111:ホイール孔
112:面取り
120:刃先部
130:表面
131:ホイール内周面
200:ピン
201:ピン外周面
210:ピン本体
211:外周面
212:中間部
213:端部
220:硬質層
221:外周面
222:凹部
S :前方空間