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特許7418098光学多層膜の成膜方法および光学素子の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-11
(45)【発行日】2024-01-19
(54)【発明の名称】光学多層膜の成膜方法および光学素子の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/08 20060101AFI20240112BHJP
   G02B 1/10 20150101ALI20240112BHJP
   C23C 14/06 20060101ALI20240112BHJP
   B32B 9/00 20060101ALI20240112BHJP
   B32B 7/023 20190101ALI20240112BHJP
   G02B 5/28 20060101ALN20240112BHJP
【FI】
C23C14/08 N
G02B1/10
C23C14/06 G
C23C14/08 J
B32B9/00 A
B32B7/023
G02B5/28
【請求項の数】 16
(21)【出願番号】P 2019085961
(22)【出願日】2019-04-26
(65)【公開番号】P2020180360
(43)【公開日】2020-11-05
【審査請求日】2022-04-18
(73)【特許権者】
【識別番号】000001007
【氏名又は名称】キヤノン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100126240
【弁理士】
【氏名又は名称】阿部 琢磨
(74)【代理人】
【識別番号】100223941
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 佳子
(74)【代理人】
【識別番号】100159695
【弁理士】
【氏名又は名称】中辻 七朗
(74)【代理人】
【識別番号】100172476
【弁理士】
【氏名又は名称】冨田 一史
(74)【代理人】
【識別番号】100126974
【弁理士】
【氏名又は名称】大朋 靖尚
(72)【発明者】
【氏名】秋葉 英生
(72)【発明者】
【氏名】石川 恭兵
【審査官】▲高▼橋 真由
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/058825(WO,A1)
【文献】特開2000-171609(JP,A)
【文献】特開2019-007041(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/08
G02B 1/10
C23C 14/06
B32B 9/00
B32B 7/023
G02B 5/28
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化シリコン、酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、酸化タンタル、酸化ニオブ、酸化チタンからなる群より選択されるいずれか1種の酸化物と、前記酸化物に接し、酸化サマリウムを80質量%以上含有する酸化サマリウム含有層と、前記酸化サマリウム含有層に接し、フッ化マグネシウムを80質量%以上含有するフッ化マグネシウム含有層と、を有する、ことを特徴とする光学素子。
【請求項2】
酸化シリコン、酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、酸化タンタル、酸化ニオブ、酸化チタンからなる群より選択されるいずれか1種の酸化物と、前記酸化物に接し、酸化サマリウムを主成分とする酸化サマリウム含有層と、前記酸化サマリウム含有層に接し、フッ化マグネシウムを主成分とするフッ化マグネシウム含有層と、を有し、
前記酸化サマリウム含有層の、前記フッ化マグネシウム含有層との界面近傍をXPS分析して得られるスペクトルは、242eV近傍と1083eV近傍とにピークを有し、1073eV近傍にピークを有さない、ことを特徴とする光学素子。
【請求項3】
前記酸化サマリウム含有層の層厚が、3.0nm以上1.0μm以下である、ことを特徴とする請求項1または2に記載の光学素子。
【請求項4】
基材と、前記基材の上に設けられた、複数の酸化物層からなる積層体と、を有し、前記酸化物が前記複数の酸化物層のいずれかである、ことを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の光学素子。
【請求項5】
前記積層体が、屈折率が1.35以上1.75未満の酸化物層と、屈折率が1.75以上2.70以下の酸化物層と、が交互に積層されたものである、ことを特徴とする請求項4に記載の光学素子。
【請求項6】
基材と、前記基材の上に設けられた、複数の酸化物層からなる積層体と、前記複数の酸化物層のいずれかである酸化物に接し、酸化サマリウムを80質量%以上含有する酸化サマリウム含有層と、前記酸化サマリウム含有層に接し、フッ化マグネシウムを80質量%以上含有するフッ化マグネシウム含有層と、を有し、
前記積層体が、酸化シリコンまたは酸化アルミニウムを含有する酸化物層と、酸化ジルコニウム、酸化タンタル、酸化ニオブ、酸化チタンからなる群より選択されるいずれか1種を含有する酸化物層と、が交互に積層されたものである、ことを特徴とする光学素子。
【請求項7】
前記基材が、フッ化カルシウム結晶、シリコン、ガラスまたは樹脂からなる、ことを特徴とする請求項4乃至6のいずれか1項に記載の光学素子。
【請求項8】
前記酸化サマリウム含有層の、前記フッ化マグネシウム含有層との界面近傍をXPS分析して得られるスペクトルは、242eV近傍と1083eV近傍とにピークを有し、1073eV近傍にピークを有さない、ことを特徴とする請求項1に記載の光学素子。
【請求項9】
サマリウムを含む金属ターゲットを用い、酸化シリコン、酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、酸化タンタル、酸化ニオブ、酸化チタンからなる群より選択されるいずれか1種の酸化物の上に、反応性スパッタにて、酸化サマリウムを80質量%以上含有する酸化サマリウム含有層を形成する工程と、
マグネシウムを含む金属ターゲットを用い、前記酸化サマリウム含有層の上に、反応性スパッタにてフッ化マグネシウムを80質量%以上含有するフッ化マグネシウム含有層を形成する工程と、を有する、ことを特徴とする光学素子の製造方法。
【請求項10】
前記酸化サマリウム含有層を形成する工程において、酸素ガスと水素ガスを導入することを特徴とする、ことを特徴とする請求項9に記載の光学素子の製造方法。
【請求項11】
前記酸化サマリウム含有層を形成する工程において、前記水素ガスの導入量が50sccm以上であることを特徴とする請求項10に記載の光学素子の製造方法。
【請求項12】
前記酸化サマリウム含有層を形成する工程において、前記水素ガスの導入量が100sccm以上であることを特徴とする、請求項11に記載の光学素子の製造方法。
【請求項13】
前記光学素子が、前記酸化サマリウム含有層が形成される側の面に、屈折率が1.35以上1.75未満の酸化物層と、屈折率が1.75以上2.70以下の酸化物層と、が交互に積層された積層体を有する、ことを特徴とする請求項9から12のいずれか1項に記載の光学素子の製造方法。
【請求項14】
サマリウムを含む金属ターゲットを用い、酸化物の上に、反応性スパッタにて、酸化サマリウムを80質量%以上含有する酸化サマリウム含有層を形成する工程と、
マグネシウムを含む金属ターゲットを用い、前記酸化サマリウム含有層の上に、反応性スパッタにてフッ化マグネシウムを80質量%以上含有するフッ化マグネシウム含有層を形成する工程と、を有する光学素子の製造方法であり、
前記光学素子が、酸化シリコンまたは酸化アルミニウムを含有する酸化物層と、酸化ジルコニウム、酸化タンタル、酸化ニオブ、酸化チタンからなる群より選択されるいずれか1種を含有する酸化物層と、が交互に積層された積層体を有することを特徴とする光学素子の製造方法。
【請求項15】
前記光学素子が、フッ化カルシウム結晶、シリコン、ガラスまたは樹脂からなる基材を有することを特徴とする請求項9から14のいずれか1項に記載の光学素子の製造方法。
【請求項16】
前記酸化サマリウム含有層が水素を含有する、ことを特徴とする請求項1乃至8のいずれか1項に記載の光学素子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学多層膜の成膜方法、およびそれを備える光学素子の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
フッ化アルミニウム(AlF)やフッ化マグネシウム(MgF)などのフッ化物は、可視光領域で用いられる光学素子(レンズやミラーなど)に施される反射防止膜の低屈折率材料として用いられている。
【0003】
フッ化物を含む反射防止膜は、装置が単純であり成膜速度が速いという利点を有する真空蒸着法によって主に成膜されてきたが、近年は、真空蒸着法と比べて、再現性、膜ムラの制御、低温成膜などの点で優れるスパッタリング法が注目されている。
【0004】
スパッタリング法は、プラズマ等の荷電粒子を利用して、材料を原子状態で飛ばして成膜する方法である。スパッタリング法を用いた成膜では、スパッタ材料と下地材料との反応や、基板や膜に荷電粒子が与えるダメージを制御することが難しい。例えば、ガラスや酸化膜などで構成される、光学素子の被成膜面の上にフッ化物を含む膜を形成する場合、フッ素によって被成膜面の材料が還元され、バンドギャップ相当の波長より長波長側で吸収が発生してしまう。その結果、光学素子としての性能が低減してしまうという問題が生じる。
【0005】
特許文献1には、ガラス基板とフッ化膜との境界で発生する光吸収を抑制するため、ガラス基板とフッ化膜(MgF膜)との間に、SiO、ZrO、Alのうち少なくとも1つを含む酸化物薄膜を形成する方法が開示されている。また、特許文献2には、フッ化膜(MgF膜)の下地膜としてMg(0.01≦z/x≦1.45、0.01≦z/y≦3.17を満たす酸化フッ化マグネシウム膜を形成する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開平9-291358号公報
【文献】特開2015-114599号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
生産現場では、高速で成膜して生産性を高めるため、投入電力を大きくしたりターゲットと基板間の距離を短くしたりして、基板近傍のプラズマを高密度にして成膜することが望まれている。しかし、特許文献1のようにガラス基板とフッ化膜の間に、SiO、ZrO、Alのうち少なくとも1つを含む酸化物薄膜を形成すると、フッ化膜との界面で剥がれが生じたり、界面に光吸収が発生したりする。また、特許文献2のように、フッ化膜(MgF膜)の下地膜にMgxOyFz(0.01≦z/x≦1.45、0.01≦z/y≦3.17)を満たす酸化フッ化マグネシウム膜を用いた場合、酸フッ化マグネシウム膜とMgF膜の界面で光吸収が発生する。このように、高速で成膜を行う場面においては、従来技術では、未だ十分な特性の光学素子が得られるものとはいい難かった。
【0008】
本発明は上記の問題を解決し、高速成膜を行っても、酸化膜とMgF膜との界面で光吸収が発生せず可視光域における光透過率の高い、フッ化物を含む多層膜およびそれを備える光学素子を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明にかかる光学素子は、酸化物からなる面と、前記酸化物からなる面に接する酸化サマリウム含有層と、前記酸化サマリウム含有層に接するフッ化マグネシウム含有層と、をこの順に有する、ことを特徴とする。
【0010】
また、本発明にかかる光学素子の製造方法は、サマリウムを含む金属ターゲットを用い、表面が酸化物である基材の上に、反応性スパッタにて酸化サマリウム含有層を形成する工程と、マグネシウムを含む金属ターゲットを用い、反応性スパッタにてフッ化マグネシウム含有層を形成する工程と、をこの順に有する、ことを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、スパッタリング法などの荷電粒子を用いた方法にて高速成膜を行っても、酸化物材料とフッ化マグネシウム膜の境界で光吸収が生じるのを抑制することができ、光学特性に優れた、フッ化マグネシウム膜を含む光学多層膜を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の一実施形態に係る光学素子の概略断面図である。
図2】本発明に係る光学素子を実現するのに適した成膜装置の構成例を示す図である。
図3】Sm膜成膜時にHガスを導入しなかったものと、Hガスを100sccm導入した時の、Sm膜のAr2p3/2ピークのSurveyスペクトルの一部の結合エネルギー領域だけを抜粋したものを示す図である。
図4】Sm膜成膜時にHガスを100sccm導入した時の、Sm膜/MgF膜界面近傍のSm3d5/2ピークの深さ方向におけるNarrowスペクトルを示す図である。
図5】Sm膜成膜時にHガスを導入しなかった場合のSm膜/MgF膜界面近傍のSm3d5/2ピークの深さ方向Narrowスペクトルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明にかかる光学素子およびその製造方法を、図面を参照しながら説明する。本実施形態では限られたガス種、膜材料を例にとって説明するが、本発明の範囲はこれに限られるものでない。
【0014】
(光学素子)
図1に本発明にかかる光学素子の概略断面図を示す。光学素子100は、基材101の上に、基材101側から、積層体111と中間層112とフッ化マグネシウム含有層113とをこの順に有している。
【0015】
基材101には、フッ化カルシウム結晶、石英ガラス、シリコン、ガラス、樹脂などを用いることができる。基材101には、光学素子の用途に応じて様々な形状のものを用いることができ、図1のような平面形状や、曲面を有する形状のものが用いられる。
【0016】
積層体111は、金属酸化物の層が積層されたものである。具体的には、高屈折率層111aと低屈折率層111bとが交互に積層されており、基材101表面での反射を防止するために設けられる。高屈折率層111aは、屈折率が1.75以上2.70以下の酸化物層であり、具体的には酸化ジルコニウム、酸化タンタル、酸化ニオブ、酸化チタン等を含む膜である。低屈折率層111bは、屈折率が1.35以上1.75未満の酸化物層であり、具体的には、酸化シリコンや酸化アルミニウムを含有する膜である。高屈折率層111aと低屈折率層111bとは、光学素子の光学設計に応じて、材質や層厚を自由に組み合わせて決めることができる。
【0017】
フッ化マグネシウム含有層113は、空気と積層体111との屈折率差を低減して反射防止性能をより高めるための層で、d線(波長587.6nm)における屈折率は、1.40以下が好ましく、1.38nm以下がより好ましい。フッ化マグネシウム含有層13は、フッ化マグネシウム(MgF)を主成分とする膜で、フッ化マグネシウムを80質量%以上含有するものが好ましく、90質量%以上含有するものがより好ましい。
【0018】
中間層112は、積層体111の上にフッ化マグネシウム含有層113を直接形成すると、積層体11とフッ化マグネシウム含有層13との界面に光吸収が生じ、光学素子としての性能が低減してしまうのを抑制するために設けられる。中間層112は、酸化サマリウム含有層または酸化イッテルビウム含有層で、積層体11とフッ化マグネシウム含有層113との間に設けることにより、フッ素によって積層体11の材料が還元されて光吸収が発生するのを抑制する。酸化サマリウム含有層は、酸化サマリウム(Sm)を主成分とする膜で、酸化サマリウムを80質量%以上含有するものが好ましく、90質量%以上含有するものがより好ましい。同様に、酸化イッテルビウム含有層は、酸化イッテルビウム(Yb)を主成分とする膜で、酸化イッテルビウムを80質量%以上含有するものが好ましく、90質量%以上含有するものがより好ましい。
【0019】
積層体111とフッ化マグネシウム含有層113との境界で発生する光吸収を抑制するには、中間層12が連続膜になっている必要がある。薄膜の成長過程(核成長過程経)に基づけば、膜厚が3.0nm以上になると成長した安定核どうしがつながり、連続膜になると考えられる。また、中間層112によって可視光域で発生する光吸収を抑制しようとする光学素子にて利用される波長領域は、一般的に350~800nmの可視光域である。光学薄膜の物理膜厚の基本設計単位は、入射光の波長をλ、膜の屈折率nとすると、λ/4nであり、実際に利用される際の膜厚は、主に基本設計単位から高々その10倍である。可視光の波長領域の中でもっとも長い波長λ=800nmにおける、酸化サマリウムを含む膜や酸化イッテルビウムを含む膜の屈折率は、約1.9~2.0であるため、光学薄膜として利用される場合の膜厚は、1.0μm以下になると考えられる。従って、中間層12の層厚は、3.0nm以上1.0μm以下が好ましい。
【0020】
図1を用いて、基材101側から、積層体111と中間層112とフッ化マグネシウム含有層113とをこの順に有する光学素子について説明したが、光学素子の構成はこれに限定されるものではない。光学素子に求められる光学性能によっては、積層体111を省略した構成も取り得る。しかし、積層体111を省略した場合であっても、基材101がガラスなど酸化物を含んでいる場合は、図1の光学素子と同様に、基材10にフッ化マグネシウム含有層113を直接形成すると、界面に光吸収が生じてしまう。そのため、図1と同様に、基材101にフッ化マグネシウム含有層113との間に、中間層112を設ける必要がある。
【0021】
つまり、本発明にかかる光学素子は、基材101の上に、基材101側から、中間層12とフッ化マグネシウム含有層113とをこの順に含む多層膜を有する構成を基本とするものである。このような多層膜は、光学部品の反射防止膜や増反射膜やフィルター等としても用いることができる。
【0022】
(成膜装置)
図2は、本発明の多層膜の成膜に適した成膜装置200の概略構成例を示す図である。成膜装置200は、内部を真空状態に維持する成膜室201、成膜室201を排気する真空ポンプ等からなる排気系202を有している。成膜室201の内部に、ターゲットユニット203を複数備えている。図2では、複数のターゲットユニット203を備える構成を示しているが、1つであっても構わない。
【0023】
それぞれのターゲットユニット203には、内部に磁石204を収めており、冷却水を循環させてターゲットを冷却することができる冷却ボックス205が設けられている。磁石204は、ターゲット表面と平行な方向に磁場が形成されるよう配置されている。冷却ボックス205を流れる冷却水は、図示しないチラーによって所望の温度に調整されて一定の流量で冷却ボックス205に供給され、ターゲットの表面温度を一定に保っている。この冷却ボックス205には、カソード電極であるバッキングプレート206が設けられており、バッキングプレート206にターゲット207a~207dのいずれかが固定されている。またバッキングプレート206の周辺部には、絶縁材208を挟んでアノード電極209が設けられている。アノード電極209とカソード電極(バッキングプレート)206は、スイッチ210を介して電源211に接続されており、ターゲット207a~207dのいずれかに電力が供給できる構成となっている。ターゲット207a~207dに、互いに異なる材質のターゲットを用いれば、スイッチ210の切り替えによって、所望のターゲット207a~207dに電力を供給することができ、同一チャンバー内で複数種類の膜を成膜することが可能となる。
【0024】
電源211は、直流電源が相応しい。高周波の交流電源を使用すると、基材216に大きなセルフバイアス電圧が発生する。このセルフバイアス電圧により、ターゲット材の陽イオンが加速され、基材に入射し、基材や基材の上に形成された膜にダメージを与えてしまう。特にフッ化マグネシウム膜はダメージを受けやすく、可視光領域の光吸収を生じやすい。
【0025】
成膜室201は、ゲートバルブ212を介してロードロック室213と繋がっており、ロードロック室213には、成膜室201とは別の排気系214が設けられている。そして、基材216を保持する基材ホルダー215は、移動機構217によって、成膜室201内における位置変更やロードロック室213と成膜室201との間の移動が可能となっている。これにより、成膜室201内を大気に暴露することなく、基材216の搬入および搬出することができる。また、基材ホルダー215には、ターゲット207a~207dのスパッタ面と基材ホルダー215の基材保持面との相対的な角度を可変にする、角度調整機構と自転機構が設けてある。そして、基材ホルダー215とターゲット207a~207dとの間には、放電が安定するまで基材に成膜されないように、ターゲットからはじき飛ばされた粒子を遮蔽するための遮蔽板218が設けられている。膜厚を精度よく制御するため、遮蔽板218は高速で開閉可能なものが好ましい。
【0026】
さらに、成膜室201は、スパッタリングガス導入ポート219、反応性ガス導入ポート220~222から、ガス供給系によって成膜ガスを供給できるようになっている。スパッタリングガス導入ポート219からは、スパッタリングガスとしてAr、He、Ne、Kr、Xeなどの不活性ガスが供給される。反応性ガス導入ポート220~222からは、ターゲットの種類や成膜する材質に応じて決められるが、例えば、酸素(O)、フルオロカーボンガス、水素(H)などの反応性ガスを導入することができる。それぞれのガスは、マスフローコントローラやガス純化器によって、流量、純度、圧力を高精度に制限できるようになっている。導入する反応性ガスの種類が多い場合は、反応性ガス導入ポートを増やすとよい。
【0027】
次に、図2の成膜装置200を用いた成膜方法につい説明する。ターゲット207a~207dは、形成すべき薄膜の種類に応じて選択される。ここでは、一例として、ターゲット207aにはNbを成膜するためのニオブ(Nb)、ターゲット207bにはSiOを成膜するためのシリコン(Si)を用いる場合について説明する。さらに、ターゲット207cにはMgFを成膜するためのマグネシウム(Mg)、ターゲット207dには、Smを成膜するためのサマリウム(Sm)を用いるものとする。そして、スパッタリングガス導入ポート219からはArガス、反応性ガス導入ポート220からOガス、反応性ガス導入ポート221からフルオロカーボンガス、反応性ガス導入ポート222からHガスが導入可能であるとする。
【0028】
ターゲットの設置などの事前準備を終えると、基板ホルダー215をロードロック室213に移動させてゲートバルブ212を閉じ、排気系202を駆動して、成膜室201内の圧力が1×10-3Pa程度になるよう排気しておく。ゲートバルブ212を閉じた状態でロードロック室213を開き、基板ホルダー215に基材216を取り付ける。
【0029】
基材ホルダー215は、角度調整機構により、基材216の被成膜面内の膜厚分布が一定になるよう、予め位置を調整しておく。フッ化マグネシウム(MgF)を成膜する際には、ターゲットのスパッタ面の法線方向の投影面の外側に基材216の被成膜面が配置されるように位置を調整し、基材216の面内の膜厚分布が一定になるようにする必要がある。
【0030】
通常の平行平板型マグネトロンスパッタリング装置を用いて反応性スパッタによりフッ化膜を成膜する場合、反応ガスの影響でターゲット表面に薄いフッ化マグネシウム等の化合物膜が形成される。フッ素を含む化合物膜が形成された面(スパッタ面)をスパッタリングすると負イオンが一部形成され、形成された負イオンはイオンシース電圧で加速され大きな運動エネルギーと方向性を持った負イオンとなる。この負イオンはターゲット表面にほぼ垂直な方向に加速されるため、スパッタ面の法線方向の投影面内に基材を配置してしまうと、大きな運動エネルギーを持った負イオンが基材に衝突し、基材あるいは基材表面に形成された膜に大きなダメージを与えてしまう。そこで、ターゲットのスパッタ面の法線が基材の被成膜面と交差しない配置(ターゲットをスパッタ面に対する法線方向に投影した領域内に基板が含まれない位置)とすると、負イオンが形成されても膜へのダメージを抑制することができる。
【0031】
次に基材216の被成膜面に膜が成膜されないように遮蔽板218を閉じた状態で、スパッタリングガス導入ポート219より、Arを成膜室201内に導入する。そして、最初に成膜する高屈折率材の酸化ニオブを形成するためのターゲット207aが設置されたカソード電極(バッキングプレート)206と電源211とをスイッチ210で繋ぎ、所定の直流電圧を印加する。ターゲット207aでは、グロー放電を起こし(プラズマが生成され)、Arが陽イオン化する。この陽イオンがカソード電極206に電気的に接続されたターゲット207aに衝突し、ターゲット207aから原子が弾き飛ばされる。
【0032】
プラズマは、成膜室201内の圧力がコンマ数Pa程度でも安定している。このような低い圧力でもプラズマが生成されるのは冷却ボックス204内に収められた磁石204のマグネトロン効果により、電子が磁場に垂直な面内をサイクロトロン運動し、ターゲット207a近傍の電子密度を上げることができるからである。また、磁石204のマグネトロンには、ターゲット207a近傍の電子密度を上げるとともに基材216近傍の電子温度や電子密度を下げるため、荷電粒子の基材への入射を抑制し、膜へのダメージを低減するという効果もある。
【0033】
続いて、反応性ガス導入ポート220より、高屈折率材の酸化ニオブ(Nb)を成膜するための反応性ガスとしてOガスを成膜室201内に導入する。
【0034】
反応性ガスを導入すると、ターゲット207aの表面が酸化され、絶縁物に覆われやすくなる。そうするとこの絶縁物がチャージアップされ、それがイオンや電子によって絶縁破壊されて異常放電が生じる場合がある。異常放電が発生すると、膜中に異物が混入し、表面の粗い膜になってしまう。そこで、数kHz程度の交流電圧を直流電圧に重畳してチャージキャンセルし、異常放電を防ぐのも好ましい。重畳する周波数を上げすぎると、前述したように、基材にセルフバイアス電圧が発生してしまい、陽イオンが基材に入射し膜にダメージを与えてしまう。しかし、100kHz以下の周波数の重畳であれば、膜に対するダメージの影響を許容範囲内に収めることができる。
【0035】
成膜時の成膜室201内の圧力は、排気系202と、スパッタリングガス導入ポート219と反応性ガス導入ポートガス220それぞれに設けられた弁やマスフローコントローラを調整して、0.1Pa以上3.0Pa以下に維持する。圧力を上げ過ぎると表面が粗く密度の低い膜となり、圧力を下げすぎると放電が落ちやすくなる。放電電圧が安定したのを確認したら、遮蔽板218を開いて成膜を開始する。膜厚は、予め調べておいた成膜時間と膜厚との関係に基づいて、成膜時間で制御する。
【0036】
ターゲット207bを用いた低屈折率材の酸化シリコン(SiO)膜の成膜は、スイッチ210を切り替えてターゲット207bに直流電圧を印加し、ターゲット207aを用いた成膜と同様の手順で行うことができる。SiOを成膜する際も、反応性ガスとして、Oガスを成膜室201内に導入する。
【0037】
ターゲット207cを用いたフッ化マグネシウム(MgF)膜の成膜も、スイッチ210を切り替えてターゲット207cに直流電圧を印加し、ターゲット207aを用いた成膜と同様に行うことができる。ただし、成膜の際には、反応性ガスとして、Oガスとフルオロカーボンガスとを導入する。
【0038】
ターゲット207dを用いた酸化サマリウム(Sm)膜を成膜する際も、スイッチ210を切り替えてターゲット207dに直流電圧を印加し、ターゲット207aを用いた成膜と同様に行うことができる。ただし、成膜の際には、反応性ガスとして、OガスとHガスとを導入する。Hを導入すると、酸化サマリウム膜上にフッ化マグネシウムを成膜しても、安定して光吸収の低い多層膜を得ることができる。これは、SmとOの反応不良によるSmの未結合手とHとが反応し、安定したH含有のSm膜が形成されるためと考えられる。
【0039】
本発明では、酸化ニオブ膜と酸化シリコン膜を光学設計に応じた数だけ交互に積層したのち、酸化ニオブ膜上に、反応性ガスとしてOとHを導入しながら酸化サマリウム膜を成膜してから、フッ化マグネシウム膜を形成する。このような製法により、フッ化マグネシウム膜を形成する際に、酸化サマリウム膜に電子的欠陥(還元)が生じるのを防ぎ、界面における光吸収の発生を抑制することができる。その結果、スパッタリング法などの荷電粒子を利用した成膜方法を用いても、可視領域において低吸収なフッ化物を含む光学多層膜を得ることができる。中間層12として酸化イッテルビウム含有層を形成する際も同様である。
【0040】
このようにして得られる光学素子100の概略断面を図1に示す。光学素子100は、基材101の上に、高屈折率層である酸化ニオブ層111aと低屈折率層である酸化シリコン層111bとが交互に積層された積層体111と、酸化サマリウムを含有する中間層112と、フッ化マグネシウム層113とを、この順に有している。このように、フッ化マグネシウム層113と酸化膜が積層された積層体111との間に、酸化サマリウムを含有する中間層112を有することで、光吸収が抑制され、透過率の高い優れた特性の光学素子を実現することができる。そして、このような多層膜は、光学部品の反射防止膜や増反射膜やフィルター等として機能し得るものである。
【実施例
【0041】
(実施例1)
図2の成膜装置を用い、酸化シリコン(SiO)からなる基材の上に、酸化サマリウム(Sm)膜とフッ化マグネシウム(MgF)膜とを順に備える構成のサンプルを、酸化サマリウム膜の成膜時に導入するHの量を変化させて複数枚作製した。
【0042】
ターゲット207cにMg金属ターゲット、207dにSm金属ターゲットを用い、基材215として平面状のSiO基材を用いた。反応性ガスとして、フルオロカーボン「HFC-245fa(1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパン:CHFCHCF)」とOとHとを使用した。
【0043】
まず、Sm膜の成膜を行った。洗浄を行った基板216をロードロック室213に設置し、1×10-Pa以下まで排気した。排気終了後、ゲートバルブ212を経て基板ホルダー215により基材216を成膜室201に搬送し、成膜室201内の成膜位置に配置した。この時、ターゲット207dと基材216との間の距離は、約80mmであった。遮蔽板218を閉じ、スパッタリングガス導入ポート219よりArを420sccm導入し、さらに反応性ガス導入ポート220から、Oを100sccm、反応性ガス導入ポート222からHを導入した。導入するHの量を、表1に示す0~100sccmの範囲で変更して、サンプル1~5を作製した。このときの成膜室201内の圧力は約0.3~0.4Paであった。
【0044】
ターゲット207dが設置されたカソード電極(バッキングプレート)206に、スパッタ電力として1500Wを印加し、ターゲット207dの表面にマグネトロンプラズマを発生させた。同時にターゲット表面の極性が反転する矩形電圧を5kHzで重畳し、ターゲット表面のチャージをキャンセルし、安定して放電が維持できるようにした。
【0045】
しばらく放電を継続し、放電状態が安定した頃を見計らって遮蔽板218を開いて成膜を開始した。膜厚は、予め調べておいた成膜時間と膜厚の関係に基づいて成膜時間を制御することで、約100nmとした。成膜時間に達すると、遮蔽板218を閉じ、ガスの供給と電力の印加を止め、Sm膜の成膜を終了した。
【0046】
続いて、Sm膜を成膜した基材216の上に、MgF膜の成膜を行った。まず、切り替えスイッチ210によって直流電力を印加するターゲットをSm金属ターゲット207dからMg金属ターゲット207cに切り替えた。そして、ターゲット207cをスパッタ面に対する法線方向に投影した領域内に、基材216が含まれない位置で、基材216の被成膜面内の膜厚分布が一定になるように配置した。これにより、ターゲット207cの表面で形成され、カソード電圧によって加速される負イオンの基材216に対する影響を抑制することができる。スパッタリングガス導入ポート219よりArを300sccm導入し、さらに反応性ガス導入ポート220からOを50sccm、反応性ガス導入ポート221からHFC-245faを20sccmずつ導入した。カソード電極(バッキングプレート)206にスパッタ電力として3000Wを印加し、この時、同時にターゲット207cの表面の極性が反転する矩形電圧を5kHzで重畳してマグネトロンプラズマを発生させた。しばらく放電を継続し、放電状態が安定した頃を見計らって遮蔽板218を開いて成膜を開始し、成膜時間を制御して約30nm成膜した。
【0047】
表1に、本実験条件でHの流量を変えて得られたサンプル(SiO基板/Sm膜/MgF膜)の450nmにおける光吸収を示す。光吸収は、市販の分光反射率透過率測定装置を用いて測定した各サンプルの反射率と透過率に基づいて算出した。光学素子への適用を考慮して、光吸収が0.2%未満のものはA、0.2%以上のものはBと評価した。
【0048】
【表1】
【0049】
表から、Sm膜の上にMgF膜を成膜する際に導入するHの流量によって、発生する光吸収が変化することが分かる。Hを導入しなかったサンプル1では、光吸収は0.6%程度発生したが、Hを導入しながら成膜すると、導入量が増えるにしたがって光吸収が低下し、Hの導入量が50sccmを超えると光学素子に好適な光学特性が得られる。Hの導入量が100sccmを超えると、ほとんど光吸収が発生せず、特に優れた光学特性が得られる。
【0050】
(実施例2)
表1に示した5種類のサンプルのうち、Sm膜成膜時にHガスを導入しなかったサンプル1とHガスを100sccm導入したサンプル5について、Sm層とMgF層との界面の結合状態を光電子分光法(XPS分析:X-ray photoelectron spectroscopy)により分析した。サンプルを、MgとFとSmとが同時に検出される位置、即ち、Sm層とMgF層との界面領域が露出するまでArでエッチングしながら分析を行った。分析条件は以下の通りである。
【0051】
分析方法: X線光電子分光法(XPS)
分析装置: Quantera SXM (ULVAC PHI)
使用X線: Al Kα単色X線(1487eV)/25W/15kV/100μmφ
中和: 電子銃とアルゴンイオン銃の併用
検出スペクトル: Surveyスペクトル
(結合エネルギーBE=0~1150eV/パスエネルギーPE=280keV)
Narrowスペクトル
(Smd5/2,O1s/PE=112keV)
図3に、サンプル1とサンプル5それぞれの、Sm膜のAr2p3/2ピークのSurveyスペクトルの一部の結合エネルギー領域だけを抜粋したものを示す。これらの膜はスパッタリングにより成膜したので、結合エネルギー242eV近傍に、Ar2p3/2ピークが観察された。
【0052】
図4に、サンプル5のSm膜とMgF膜との界面近傍のSm3d5/2ピークの深さ方向Narrowスペクトルを示す。図5に、同様にサンプル1のSm3d5/2ピークの深さ方向Narrowスペクトルを示す。
【0053】
一般的に、SmのSm3d5/2の結合エネルギーは1083eV近傍にピークがあるが、Smが還元されると、低エネルギー側の1073eV近傍にピークが現れる。Sm膜の成膜時にHガスを導入しなかったサンプル1については、Sm膜とMgF膜との界面近傍でSmが還元され、低エネルギー側にピークが観測されている。しかし、Hガスを100sccm導入したサンプル5には、還元によるピークは観測されない。これら分析結果から、成膜時にHガスを導入しながら成膜した酸化サマリウムを含む膜は、成膜時に導入するHガスの量に応じて、その上にフッ化マグネシウム膜が成膜しても、界面で還元されるのを抑制することができることが確認できた。
【符号の説明】
【0054】
101 基材
111 積層体
111a 高屈折率層
111b 低屈折率層
112 中間層
113 フッ化マグネシウム含有層
図1
図2
図3
図4
図5