(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-11
(45)【発行日】2024-01-19
(54)【発明の名称】圧粉磁心の製造方法
(51)【国際特許分類】
H01F 41/02 20060101AFI20240112BHJP
B22F 3/00 20210101ALI20240112BHJP
H01F 1/147 20060101ALI20240112BHJP
【FI】
H01F41/02 D
B22F3/00 B
H01F1/147 191
(21)【出願番号】P 2019221685
(22)【出願日】2019-12-06
【審査請求日】2021-01-07
【審判番号】
【審判請求日】2022-08-04
(73)【特許権者】
【識別番号】390005223
【氏名又は名称】株式会社タムラ製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100081961
【氏名又は名称】木内 光春
(74)【代理人】
【識別番号】100112564
【氏名又は名称】大熊 考一
(74)【代理人】
【識別番号】100163500
【氏名又は名称】片桐 貞典
(74)【代理人】
【識別番号】230115598
【氏名又は名称】木内 加奈子
(72)【発明者】
【氏名】大島 泰雄
(72)【発明者】
【氏名】赤岩 功太
【合議体】
【審判長】篠原 功一
【審判官】山田 正文
【審判官】岩田 淳
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-219159(JP,A)
【文献】特開昭58-221204(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01F1/147
H01F1/22-1/26
H01F41/02
B22F3/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
メジアン径で粒径
87.2μm以上91.2μm以下のFeSiAl合金の粉砕粉を、絶縁樹脂で被覆する絶縁処理工程と、
前記絶縁処理工程前に、前記FeSiAl合金の粉砕粉に対して0.4wt%以上
0.6wt%以下の割合で潤滑剤を混合する被覆前混合工程と、
前記絶縁樹脂で被覆された前記FeSiAl合金の粉砕粉を所定形状の成形体に加圧成形する成形工程と、
前記成形体を
大気雰囲気下で焼鈍する熱処理工程と、
前記絶縁処理工程の後、及び前記成形工程の前に、前記絶縁樹脂で被覆された前記FeSiAl合金の粉砕粉に更に潤滑剤を混合する被覆後混合工程と、
を含み、
前記被覆前混合工程では、前記被覆後混合工程より多くの潤滑剤を混合すること、
を特徴とする圧粉磁心の製造方法。
【請求項2】
前記絶縁処理工程は、加熱による乾燥工程を含み、
前記被覆前混合工程では、遅くとも前記乾燥工程の前までに潤滑剤を混合すること、
を特徴とする請求項1記載の圧粉磁心の製造方法。
【請求項3】
前記被覆後混合工程は、潤滑剤を前記FeSiAl合金の粉砕粉に対して0.1以上0.3wt%以下の割合で混合すること、
を特徴とする請求項
1又は2記載の圧粉磁心の製造方法。
【請求項4】
圧粉磁心の初透磁率を
150以上にすること、
を特徴とする
請求項1記載の圧粉磁心の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧粉磁心の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
圧粉磁心は、インダクタ及びリアクトルとも呼ばれるコイルのコアに用いられる磁性体である。圧粉磁心は軟磁性粉末により成る。軟磁性粉末としては、鉄を主成分とするパーマロイ(Fe-Ni合金)、Si含有鉄合金(Fe-Si合金)、センダスト合金(Fe-Si-Al合金)、アモルファス合金、純鉄粉等が挙げられる。この軟磁性粉末は、粉砕法、水アトマイズ法、ガスアトマイズ法、水ガスアトマイズ法等の手法によって作製される。近年では、水アトマイズ法は、もっとも入手性が良く低コストであり、ガスアトマイズ法は、ヒステリシス損失を効果的に低減でき、特に多用されている。
【0003】
リアクトルやインダクタ等のコイルは、用途に応じて求められる磁気的特性が異なる。例えば、商用電源用途等、低周波数領域での使用が想定される場合、コイルには高いインダクタンス値が求められることがあり、その場合、コイルに用いる圧粉磁心の初透磁率を向上させることが望ましい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許第5023096号公報
【文献】特開2014-86672号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
圧粉磁心の初透磁率を向上させるため、より低損失で、初透磁率が高く、安価なFeSiAl合金粉末がよく用いられている。しかしながら、近年では、更に高い初透磁率を有する圧粉磁心が要望されるところである。本発明は、上記のような課題を解決するために提案されたものであり、本発明の目的は、初透磁率の高い圧粉磁心の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の目的を達成するため、本発明の実施形態に係る圧粉磁心の製造方法は、メジアン径で粒径60μm以上のFeSiAl合金の粉砕粉を、絶縁樹脂で被覆する絶縁処理工程と、前記絶縁処理工程前に、前記FeSiAl合金の粉砕粉に対して0.2wt%以上の割合で潤滑剤を混合する被覆前混合工程と、前記絶縁樹脂で被覆された前記FeSiAl合金の粉砕粉を所定形状の成形体に加圧成形する成形工程と、前記成形体を焼鈍する熱処理工程と、を含むこと、を特徴とする。
【0007】
前記絶縁処理工程は、加熱による乾燥工程を含み、前記被覆前混合工程では、遅くとも前記乾燥工程の前までに潤滑剤を混合するようにしてもよい。
【0008】
前記被覆前混合工程は、潤滑剤を前記FeSiAl合金の粉砕粉に対して0.3以上0.7wt%以下の割合で混合するようにしてもよい。
【0009】
前記被覆前混合工程は、潤滑剤を前記FeSiAl合金の粉砕粉に対して0.4以上0.7wt%以下の割合で混合するようにしてもよい。
【0010】
前記絶縁処理工程の後、及び前記加圧成形工程の前に、前記絶縁樹脂で被覆された前記FeSiAl合金の粉砕粉に更に潤滑剤を混合する被覆後混合工程を含むようにしてもよい。
【0011】
前記被覆前混合工程では、前記被覆後混合工程より多くの潤滑剤を混合するようにしてもよい。
【0012】
前記被覆後混合工程は、潤滑剤を前記FeSiAl合金の粉砕粉に対して0.1以上0.3wt%以下の割合で混合するようにしてもよい。
【0013】
粉砕法により、メジアン径で粒径60μm以上のFeSiAl合金の粉砕粉を作製する粉末作製工程を含むようにしてもよい。
【0014】
圧粉磁心の初透磁率を144以上にするようにしてもよい。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、圧粉磁心の初透磁率を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】圧粉磁心の製造方法を示すフローチャートである。
【
図2】被覆前混合工程における潤滑剤の混合量と初透磁率との関係を示すグラフである。
【
図3】被覆前混合工程における潤滑剤の混合量と鉄損との関係を示すグラフである。
【
図4】被覆後混合工程における潤滑剤の混合量と初透磁率との関係を示すグラフである。
【
図5】被覆後混合工程における潤滑剤の混合量と抜き圧との関係を示すグラフである。
【
図6】軟磁性粉末をふるい分ける櫛の目開きと初透磁率との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本実施形態に係る圧粉磁心の製造方法について詳細に説明する。なお、本発明は、以下に説明する実施形態に限定されるものでない。
【0018】
(概略製法)
圧粉磁心は、インダクタ及びリアクトルとも呼ばれるコイルのコアに用いられる磁性体である。圧粉磁心は、絶縁被覆された軟磁性粉末により成る。この圧粉磁心は、
図1に示すように、軟磁性粉末を作製する粉末作製工程(ステップS01)、軟磁性粉末と潤滑剤を混合する被覆前混合工程(ステップS02)、結着性絶縁樹脂で軟磁性粉末を被覆する絶縁処理工程(ステップS03)、更に潤滑剤を混合する被覆後混合工程(ステップS04)、加圧成形する成型工程(ステップS05)、及び焼鈍する熱処理工程(ステップS06)を経て作製される。
【0019】
(粉末作製工程)
軟磁性粉末は、センダスト(登録商標)等のFeSiAl合金である。この軟磁性粉末は、平均粒径D50とも呼ばれるメジアン径で60μm以上の粒径を有する。そして、この軟磁性粉末は粉砕粉である。即ち、この軟磁性粉末は粉砕法によって作製される。粉砕法では、FeSiAl合金の金属塊をゾークラッシャー、ハンマーミル、アトリションミル、スタンプミル又はボールミル加工等によって機械的に粉砕し、振動櫛等により平均粒径D50で60μm以上の粒径となるように、ふるい分ける。
【0020】
FeSiAl合金は、元来、高い透磁率を有するが、メジアン径で粒径60μm以上及び粉砕粉の条件が加わると、圧粉磁心の初透磁率を飛躍的に向上させる。尚、初透磁率は、直流印加磁界を限りなくゼロに近づけた状態における透磁率である。
【0021】
この理由は、推測であり、これに限られないが、粒径60μm以上とすることによって、粉末内に発生する反磁界が良好に低減していると考えられる。反磁界とは磁性体の内部に、磁性体が発生する磁界とは逆方向の磁界が発生する現象であり、反磁界は、磁性体内部に発生する磁界の一部を打ち消してしまう。そのため、反磁界の低減によって、必要な磁束密度Bを発生させるための磁場Hが小さくて済み、磁場Hに反比例する透磁率が上昇したものと考えられる。
【0022】
また、この理由についても推測であり、これに限られないが、FeSiAl合金は粉砕粉とすることで扁平形状を採る。扁平方向に対して粉砕粉は大きくなることで反磁場を低減することができる。そして、その扁平方向に磁束が流れるようにプレス成形するため、磁束の流れに対して透磁率が大きくなるものと考えられる。
【0023】
(被覆前混合工程)
被覆前混合工程は、結着性絶縁樹脂で軟磁性粉末を被覆する前に実行される。後述のように絶縁処理工程では、結着性絶縁樹脂の混合工程と、加熱による乾燥工程を経るが、詳細には、乾燥工程前に潤滑剤が混合されればよい。先に潤滑剤を混合し、後に結着性絶縁樹脂を混合してもよいし、潤滑剤と結着性絶縁樹脂を同時に混合してもよい。
【0024】
潤滑剤としては、ステアリン酸、ステアリン酸塩、ステアリン酸石鹸、エチレンビスステアラマイド、エチレンビスステアレートアミドなどのワックスを使用できる。潤滑剤の添加量は、軟磁性合金粉末に対して0.2以上0.7wt%以下とする。
【0025】
潤滑剤の混合量を0.2wt%以上とすると、更に初透磁率が向上する。好ましくは、潤滑剤の混合量は0.3wt%以上であり、更に初透磁率は向上する。特に好ましくは、潤滑剤の混合量は0.4wt%以上であり、初透磁率はピークに達する。粉砕粉同士の滑りが向上するので、軟磁性粉末の密度が向上し、成形密度が高くなると考えられる。
【0026】
但し、潤滑剤の混合量を0.7wt%超とすると、良好な初透磁率は得られるが、初透磁率のピークから降下し始める。その理由は、潤滑剤が結着性絶縁樹脂に入り込むこともあり、潤滑剤が圧粉磁心に残留してしまい、圧粉磁心に占める軟磁性粉末の割合を寧ろ低下させるためと考えられる。
【0027】
(絶縁処理工程)
結着性絶縁樹脂は、絶縁性を有し、軟磁性粉末の粒子間の電気的絶縁性を確保し、圧粉磁心の渦電流損失を低下させる。この結着性絶縁樹脂は、バインダー作用も兼ね備えて、成形時の保形性を高め、更には焼鈍後の成形体の強度をより強固なものとする。また、この結着性絶縁樹脂は、バインダー作用を兼ねる備えることで、軟磁性粉末の密度を向上させ、圧粉磁心の透磁率を上げる。
【0028】
結着性絶縁樹脂としては、シリコーンレジンを使用することができる。シリコーンレジンは、シロキサン結合(Si-O―Si)を主骨格に持つ樹脂であり、可撓性に優れた絶縁層を形成することができる。シリコーンレジンとしては、典型的には、メチル系、メチルフェニル系、プロピルフェニル系、エポキシ樹脂変性系、アルキッド樹脂変性系、ポリエステル樹脂変性系、ゴム系等を用いることができる。
【0029】
この中でも特に、メチルフェニル系のシリコーンレジンを用いた場合、加熱減量が少なく、耐熱性に優れた絶縁層を形成することができる。メチルフェニル系シリコーン樹脂は、Si上の官能基が、メチル基またはフェニル基となっている。メチルフェニル系シリコーン樹脂は、350℃程度でSi基に直結しているメチル基が熱分解し、その後、シリカ(SiO2)層として軟磁性粉末の表面に残り、緻密で強固なバインダーとなるため、圧環強度に優れている。また、形成されたシリカ層は絶縁膜であるため絶縁性にも優れており、渦電流損を低減させることができ、磁気特性が向上する。なお、ガラス粉末等を使用しないので、製造コストが極端に高騰することはない。
【0030】
絶縁処理工程では、まず、この結着性絶縁樹脂と軟磁性粉末との混合工程を経る。結着性絶縁樹脂は、軟磁性合金粉末に対して1.0以上3.0wt%以下の割合で混合する。1.0wt%未満であると絶縁性に劣り、軟磁性粉末に適度な電気抵抗を付与することができない。また、3.0wt%超であると、密度低下による最大磁束密度及び透磁率の低下、ヒステリシス損失の増加による磁気特性が低下する問題が発生する。
【0031】
絶縁処理工程では、混合工程の後、加熱による乾燥工程を有する。乾燥工程では、特に限定はされないが70以上300℃以下の温度環境下に2時間程度晒しておくとよい。尚、被覆前混合工程での潤滑剤の混合は、遅くとも、この乾燥工程の前までに実行しておく。
【0032】
その他の結着性絶縁樹脂としてはシリコーンオリゴマーが挙げられる。また、結着性絶縁樹脂としてシリコーンレジンとシリコーンオリゴマーの混合が用いられてもよい。シリコーンオリゴマーとしては、アルコキシシリル基を有し、反応性官能基を有さないメチル系、メチルフェニル系のものや、アルコキシシリル基及び反応性官能基を有するエポキシ系、エポキシメチル系、メルカプト系、メルカプトメチル系、アクリルメチル系、メタクリルメチル系、ビニルフェニル系、又はアルコキシシリル基ではなく、反応性官能基を有する脂環式エポキシ系等を用いることができる。特に、メチル系またはメチルフェニル系のシリコーンオリゴマーを用いることで厚く硬い絶縁層を形成することができる。また、シリコーンオリゴマー層の形成のしやすさを考慮して、粘度の比較的低いメチル系、メチルフェニル系を用いてもよい。シリコーンオリゴマーの添加量は、軟磁性粉末に対して0.25以上2.0wt%以下が望ましく、乾燥工程での温度は25以上300℃以下で2時間程度の熱処理を行うことが望ましい。
【0033】
更に絶縁処理工程では、結着性絶縁樹脂と共に絶縁材料を軟磁性粉末に混合してもよい。絶縁材料としてはシランカップリング剤が挙げられる。シランカップリング剤としては、アミノシラン系、エポキシシラン系、イソシアヌレート系のシランカップリング剤を使用することができ、特に、3-アミノプロピルトリエトキシシラン、3-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、トリス-(3-トリメトキシシリルプロピル)イソシアヌレートが好ましい。シランカップリング剤の添加量は0.25以上1.0wt%以下が望ましく、乾燥工程での温度は25以上200℃以下で2時間程度の熱処理を行うことが望ましい。
【0034】
複数種類の結着性絶縁樹脂、1種類以上の結着性絶縁樹脂と絶縁材料、又は複数種類の結着性絶縁樹脂と絶縁材料を軟磁性粉末に混合する場合、軟磁性粉末の外側に単一層として付着させてもよいし、種類毎に各層に分かれて軟磁性粉末の外側に積層されてもよい。また、軟磁性粉末に積層される各層のうちの一部の層は、複数種類の結着性絶縁樹脂の混合層や、1種類以上の結着性絶縁樹脂と絶縁材料の混合層となっていてもよい。例えば、シランカップリング剤とシリコーンレジンが単一層を形成し、軟磁性合金粉末の外側に付着していてもよいし、シランカップリング剤とシリコーンレジンが別々の層を形成し、軟磁性合金粉末の外側に積層されて付着していてもよい。シリコーンオリゴマーとシリコーンレジンが単一層を形成し、軟磁性合金粉末の外側に付着していてもよいし、シリコーンオリゴマーとシリコーンレジンが別々の層を形成し、軟磁性合金粉末の外側に積層されて付着していてもよい。
【0035】
(被覆後混合工程)
被覆後混合工程は、絶縁処理工程の後、成形工程前に実行される。潤滑剤は、被覆前混合工程と同種でも異種でもよい。この被覆後混合工程で潤滑剤を追加することで、圧粉磁心の初透磁率は更に向上する。
【0036】
尚、メジアン径で粒径60μm以上のFeSiAl合金の粉砕粉を圧粉磁心の軟磁性粉末とすることによって得られる初透磁率の向上、及び被覆前混合工程によって得られる初透磁率の向上と比べると、被覆後混合工程による初透磁率の向上効果は限られるため、目的とする初透磁率に応じて、被覆後混合工程を省いてもよい。但し、被覆後混合工程を経て潤滑剤を追加することで、成形時の上パンチを離型させる際の抜き圧が低減する。潤滑剤の混合量は、軟磁性粉末に対して0.1以上0.3wt%程度が好ましい。被覆前混合工程に加えて、0.3wt%の潤滑剤を追加することで抜き圧をほぼゼロにすることができる。
【0037】
ここで、被覆後混合工程では、被覆前混合工程よりも少ない量の潤滑剤を混合する。換言すると、被覆後混合工程は省かれるか、又は被覆前混合工程では、被覆後混合工程よりも多くの潤滑剤を混合する。
【0038】
その理由は、被覆前混合工程の潤滑剤と被覆後混合工程の潤滑剤の用途の違いによる。被覆前混合工程の潤滑材は、結着性絶縁被膜内に混在することにより、成形工程時の粉砕粉間の滑り性を向上させて軟磁性粉末を高密度化し、透磁率を向上させる。一方、被覆後混合工程の潤滑材は、金型側面の滑り性を更に良くするものであり、また金型への焼き付き防止と軟磁性粉末の滑りを良くするために用いられる。従って、透磁率の向上に必須の被覆前混合工程の潤滑剤は、相対的に必須ではない被覆後混合工程の潤滑剤よりも多くする必要がある。
【0039】
(成型工程)
成形工程では、絶縁被覆された軟磁性粉末を加圧成形することにより、成形体を形成する。成形時の圧力は10~20ton/cm2であり、平均で12~15ton/cm2程度が好ましい。被覆後混合工程を経ていると、成形時の上パンチを離型させる際の抜き圧が低減し、軟磁性粉末が金型への焼き付きくことも防止され、成形体の品質が向上する。
【0040】
(熱処理工程)
熱処理工程では、成型体を焼鈍して歪を除去する。加熱環境の温度帯としては、650℃以上850℃以下が好ましい。650℃未満であると、歪除去の効果が限定的となる。850℃超であると、結着性絶縁樹脂の被覆層が破壊され、渦電流損失の低減効果が減殺される。
【0041】
熱処理工程は、大気中などの酸素雰囲気中で行っても良い。大気中などの酸化雰囲気中で熱処理が行われると、Si基に直結しているメチル基が熱分解する。その後、シリカ(SiO2)層として、軟磁性粉末表面に残り、これが強固なバインダーかつ絶縁膜となる。また、緻密で強固なシリカ層となるため、高温で熱処理をおこなっても絶縁性が劣化しないで、酸化などによるヒステリシス損失の増加が起きない。また、大気中で熱処理を行うことにより、熱分解してメチル基が炭素として残ることがないので、機械的強度が改善出来る。
【0042】
但し、熱処理工程は、不活性雰囲気中又は還元雰囲気中で行ってもよい。不活性雰囲気及び還元雰囲気中は、反応性ガスが低量であり、不活性ガス又は中性ガスで満たされた雰囲気である。反応性ガスは、酸素、水蒸気又は炭素ガス等である。不活性ガスは、アルゴンやヘリウム等である。中性ガスは、窒素やアンモニア等である。不活性雰囲気中で熱処理工程を行っても、圧粉磁心は良好な初透磁率を得られる。
【実施例】
【0043】
以下、実施例に基づいて本発明をさらに詳細に説明する。なお、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0044】
(実施例1乃至8)
軟磁性粉末として、粉砕法により得られたFeSiAl合金の粉砕粉を用いた。この粉砕粉は、目開き120μmの櫛でふるい分けされることにより、平均粒子経D50が91.2μmであった。尚、この粉砕粉は、平均粒径D10では32.4μm、平均粒径D90では127.7μmであった。
【0045】
この軟磁性粉末を用いて下表1に示す条件により、実施例1乃至8及び比較例1の圧粉磁心を作製した。尚、表中、雰囲気の項目の「Air」は大気雰囲気を示す。
(表1)
【0046】
表1に示すように、被覆前混合工程では、軟磁性粉末に対して実施例1乃至8及び比較例1に応じた混合量で潤滑剤を添加し、潤滑剤と軟磁性粉末とを混合した。潤滑剤としては、実施例1乃至8及び比較例1において、エチレンビスステアラマイド(Acrawax(登録商標))を用いた。
【0047】
被覆前混合工程での潤滑剤の混合を経て、絶縁処理工程に移り、実施例1乃至8及び比較例1に共通の結着性絶縁樹脂を混合し、加熱乾燥した。即ち、実施例1乃至8及び比較例1とも、軟磁性粉末に対して1.2wt%の割合でシリコーンレジンを添加し、混合した。そして、150℃の温度雰囲気中に2時間晒した。
【0048】
被覆前混合工程を経た後、乾燥後の混合物を目開き250μmの篩に通した。そして、被覆後混合工程に移り、潤滑剤としてエチレンビスステアラマイド(Acrawax)を添加して混合した。実施例1乃至8及び比較例1とも、潤滑剤は、軟磁性粉末に対して0.3wt%の割合で添加した。
【0049】
成形工程に移り、実施例1乃至8及び比較例1とも、金型を用いて、室温状況下において15ton/cm2で加圧成形した。最後に、熱処理工程に移った。成形体を大気雰囲気の加熱環境に置き、6時間かけて700℃まで昇温し、700℃を2時間保つ温度プロファイルを用いて加熱した。最終的に、外径16.5mm、内径11.0mm及び高さ5mmのトロイダル状の圧粉磁心が得られた。
【0050】
実施例1乃至8及び比較例1の圧粉磁心の密度(g/cc)、成形工程における離型時の抜き圧(ton)、鉄損Pcv、ヒステリシス損失Phv、渦電流損失Pev、初透磁率μ(0kA/m)、及び直流を重畳させて磁界の強さが5kA/mの時の透磁率μ(5kA/m)を測定した。
【0051】
密度(g/cc)は、見かけ密度である。圧粉磁心の外径、内径、及び高さを測り、これらの値から各圧粉成形体の体積(cm3)を、π×(外径2-内径2)×高さに基づき算出した。そして、圧粉磁心の重量を測定し、測定した重量を算出した体積で除して密度を算出した。抜き圧(ton)は、圧粉磁心を金型から抜き出す際の荷重を測定した。
【0052】
透磁率μの測定に際し、圧粉磁心にφ0.5mmの銅線を17ターン巻回した。損失の測定に際しては、圧粉磁心にφ0.5mmの銅線を1次巻線として17ターン巻回し、また2次巻線として17ターン巻回した。そして、LCRメータ(アジレントテクノロジー:4284A)を使用することで、10kHz、1.0Vにおける各磁界の強さのインダクタンスから透磁率μ(0kA/m)及び透磁率μ(5kA/m)を算出した。また、磁気計測機器であるBHアナライザ(岩通計測株式会社:SY-8219)を用いて、周波数が100kHz及び最大磁束密度Bmが100mTの測定条件にて鉄損Pcv(kw/m3)の測定を行った。
【0053】
更に、鉄損Pcvの測定結果からヒステリシス損失Phv(kw/m3)と渦電流損失Pe(kw/m3)とを算出した。ヒステリシス損失Phv(kw/m3)と渦電流損失Pe(kw/m3)は、鉄損Pcvの周波数曲線を次の(1)~(3)式で最小2乗法により、ヒステリシス損失係数(Kh)、渦電流損失係数(Ke)を算出することで行った。
Pcv =Kh×f+Ke×f2・・(1)
Phv =Kh×f・・(2)
Pev =Ke×f2・・(3)
Pcv:鉄損
Kh :ヒステリシス損失係数
Ke :渦電流損失係数
f :周波数
Phv :ヒステリシス損失
Pev :渦電流損失
【0054】
比較例1並びに実施例1乃至8の密度(g/cc)、抜き圧(ton)、鉄損Pcv、ヒステリシス損失Phv、渦電流損失Pev及び透磁率μの測定結果を下表2に示す。
(表2)
【0055】
また、上表2に従って、
図2及び
図3のグラフを作成した。
図2は、被覆前混合工程における潤滑剤の混合量と初透磁率との関係を示すグラフである。
図3は、被覆前混合工程における潤滑剤の混合量と鉄損との関係を示すグラフである。
【0056】
表2及び
図2に示すように、実施例1乃至8の圧粉磁心は、比較例1の圧粉磁心と比べて初透磁率が向上し、130以上になっていることが確認された。即ち、軟磁性粉末をメジアン径で粒径60μm以上である91.2μmのFeSiAl合金の粉砕粉とし、当該粉砕粉を絶縁樹脂で被覆する前に0.2wt%以上の割合で潤滑剤を混合すると、初透磁率が向上することが確認された。
【0057】
また、表2及び
図2に示すように、実施例2乃至6の圧粉磁心は、実施例1、7及び8の圧粉磁心と比べて初透磁率が向上し、140以上になっていることが確認された。即ち、絶縁処理工程前に0.3wt%以上0.7wt%以下の割合で潤滑剤を混合すると、初透磁率が更に向上することが確認された。
【0058】
また、表2及び
図2に示すように、実施例3乃至5の圧粉磁心は、実施例1、2、6、7及び8の圧粉磁心と比べて初透磁率が向上し、150以上になっていることが確認された。即ち、絶縁処理工程前に0.4以上0.7wt%以下の割合で潤滑剤を混合すると、初透磁率が更に向上することが確認された。
【0059】
尚、表2及び
図3に示すように、比較例1に対して実施例1乃至8を比べるとわかるように、絶縁処理工程前に潤滑剤を軟磁性粉末と混合しても鉄損Pcvに大きな変化はない。従って、軟磁性粉末をメジアン径で粒径60μm以上のFeSiAl合金の粉砕粉とし、当該粉砕粉を絶縁樹脂で被覆する前に0.2wt%以上の割合で潤滑剤を混合しても、磁気特性に悪影響なく初透磁率を向上させることが確認された。
【0060】
(実施例9乃至13)
次に、下表3の条件に従って実施例9乃至13の圧粉磁心を作製した。
(表3)
【0061】
表3に示すように、実施例9乃至13の圧粉磁心は、被覆前混合工程において、潤滑剤の混合量を軟磁性粉末に対して0.6wt%に統一して添加し、潤滑剤と軟磁性粉末とを混合した。一方、実施例9乃至13の圧粉磁心は、被覆後混合工程において混合される潤滑剤の混合量を変化させた。その他の作製方法及び条件は実施例1乃至8と同一である。
【0062】
実施例9乃至13の圧粉磁心について、密度(g/cc)、成形工程中の離型時の抜き圧(ton)、鉄損Pcv、ヒステリシス損失Phv、渦電流損失Pev、初透磁率μ(0kA/m)、及び透磁率μ(5kA/m)を測定した。その結果を下表4に示す。
(表4)
【0063】
また、上表4に従って、
図4及び
図5のグラフを作成した。
図4は、被覆後混合工程における潤滑剤の混合量と初透磁率との関係を示すグラフである。
図5は、被覆後混合工程における潤滑剤の混合量と抜き圧との関係を示すグラフである。
【0064】
表4に示すように、実施例9乃至13は、被覆後混合工程における潤滑剤の混合量がゼロから0.30wt%以下で変更されている。そして、表4及び
図4に示すように、被覆後混合工程の有無に関わらず、被覆前混合工程の経ることで初透磁率は向上していることが確認された。
【0065】
また、表4及び
図5に示すように、実施例9乃至13を比較するとわかるように、被覆後混合工程において潤滑剤を0.1wt%以上混合すると、抜き圧が低下することが確認された。そして、被覆後混合工程での潤滑剤の混合量を増やすと抜き圧が低下していくことが確認された。また、表2の実施例3乃至8に示すように、被覆後混合工程での潤滑剤の混合量を軟磁性粉末に対して0.30wt%とし、且つ被覆前混合工程での潤滑剤の混合量を、被覆後混合工程の潤滑剤よりも多く、軟磁性粉末に対して0.4wt%以上にすると、抜き圧をゼロにできることが確認された。
【0066】
(実施例14乃至20)
次に、実施例14乃至20の圧粉磁心を作製した。実施例14乃至20の製造条件を下表5に示す。下表5に示すように、実施例14乃至20の圧粉磁心は、主に、FeSiAl合金の粉砕粉の粒径が異なる。尚、表中、「N2」は窒素雰囲気を示す。
(表5)
【0067】
ここで、目開き250μm、目開き168μm、目開き150μm及び目開き120μmの櫛によって得られた粉砕粉において、平均粒径D50、平均粒径D10及び平均粒径は、下表6の通りであった。
(表6)
【0068】
この実施例14乃至20の圧粉磁心の密度(g/cc)、成形工程中の離型時の抜き圧(ton)、鉄損Pcv、ヒステリシス損失Phv、渦電流損失Pev、初透磁率μ(0kA/m)、及び透磁率μ(5kA/m)を測定した。その結果を下表7に示す。
(表7)
【0069】
また、上表7に従って、
図6のグラフを作成した。
図6は、軟磁性粉末をふるい分ける櫛の目開きと初透磁率μ(0kA/m)との関係を示すグラフである。
【0070】
表7及び
図6に示すように、実施例14乃至20の初透磁率に大きな変化はない。即ち、FeSiAl合金の粉砕粉の粒径をメジアン径(平均粒径D50)で60μm以上とすれば、大きな初透磁率を獲得できることが確認された。また、実施例14乃至17と実施例18乃至20との比較によりわかるように、熱処理工程の雰囲気に初透磁率が影響されないことも確認された。
【0071】
特に、実施例1乃至20の全てについて比べて見ると、FeSiAl合金の粉砕粉の粒径をメジアン径(平均粒径D50)で60μm以上とし、被覆前混合工程において、潤滑剤の混合量を軟磁性粉末に対して0.4以上0.7wt%以下とすると、透磁率は140を超えて、少なくとも144以上となることが確認された。初透磁率が140以上の圧粉磁心をリアクトルやインダクタ等のコイルに用いることで、これらコイルは低電流及び低周波数領域で高いインダクタンスを得ることができる。
【0072】
(他の実施形態)
以上、本発明の実施形態及び実施例は例として提示したものであって、上記実施形態及び実施例に限定されるものではない。上記実施形態及び実施例は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の範囲を逸脱しない範囲で、種々の省略や置き換え、変更を行うことができる。そして、実施形態、実施例及びその変形は本発明の範囲に含まれるものである。