IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 日機装株式会社の特許一覧

特許7418477光触媒デバイスおよび光触媒デバイスの製造方法
<>
  • 特許-光触媒デバイスおよび光触媒デバイスの製造方法 図1
  • 特許-光触媒デバイスおよび光触媒デバイスの製造方法 図2
  • 特許-光触媒デバイスおよび光触媒デバイスの製造方法 図3
  • 特許-光触媒デバイスおよび光触媒デバイスの製造方法 図4
  • 特許-光触媒デバイスおよび光触媒デバイスの製造方法 図5
  • 特許-光触媒デバイスおよび光触媒デバイスの製造方法 図6
  • 特許-光触媒デバイスおよび光触媒デバイスの製造方法 図7
  • 特許-光触媒デバイスおよび光触媒デバイスの製造方法 図8
  • 特許-光触媒デバイスおよび光触媒デバイスの製造方法 図9
  • 特許-光触媒デバイスおよび光触媒デバイスの製造方法 図10
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-11
(45)【発行日】2024-01-19
(54)【発明の名称】光触媒デバイスおよび光触媒デバイスの製造方法
(51)【国際特許分類】
   B01J 35/39 20240101AFI20240112BHJP
   B01J 37/02 20060101ALI20240112BHJP
   B01J 37/34 20060101ALI20240112BHJP
   B01J 37/14 20060101ALI20240112BHJP
   A61L 9/00 20060101ALI20240112BHJP
   A61L 9/01 20060101ALI20240112BHJP
   A61L 9/20 20060101ALI20240112BHJP
【FI】
B01J35/02 J
B01J37/02 301K
B01J37/34
B01J37/14
A61L9/00 C
A61L9/01 B
A61L9/20
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2021575736
(86)(22)【出願日】2021-01-26
(86)【国際出願番号】 JP2021002525
(87)【国際公開番号】W WO2021157414
(87)【国際公開日】2021-08-12
【審査請求日】2022-08-02
(31)【優先権主張番号】P 2020017017
(32)【優先日】2020-02-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000226242
【氏名又は名称】日機装株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105924
【弁理士】
【氏名又は名称】森下 賢樹
(72)【発明者】
【氏名】水戸 郁夫
(72)【発明者】
【氏名】宮里 毅
【審査官】末松 佳記
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-247546(JP,A)
【文献】国際公開第2014/168135(WO,A1)
【文献】特開2001-300326(JP,A)
【文献】特開2009-219958(JP,A)
【文献】特開2014-233669(JP,A)
【文献】特開2008-224781(JP,A)
【文献】特開2018-122214(JP,A)
【文献】国際公開第2014/174811(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 21/00 - 38/74
A61L 9/00 - 9/22
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属層と、
前記金属層の上に設けられた、酸化タンタルを含む光触媒層と、を備え、
前記光触媒層は、前記金属層の一部が露出するようにスリットまたは開口が形成されていることを特徴とする光触媒デバイス。
【請求項2】
前記金属層は、タンタルを含むことを特徴とする請求項1に記載の光触媒デバイス。
【請求項3】
前記光触媒層は、前記金属層の一部が陽極酸化されたものであることを特徴とする請求項2に記載の光触媒デバイス。
【請求項4】
前記金属層は、SUS材料であることを特徴とする請求項1に記載の光触媒デバイス。
【請求項5】
前記光触媒層は、結晶化した酸化タンタルを含む、請求項1に記載の光触媒デバイス。
【請求項6】
前記スリットの幅または前記開口の内径は、1~30μmの範囲にあることを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1項に記載の光触媒デバイス。
【請求項7】
前記光触媒層は、複数のセルが前記スリットを挟んで配列していることを特徴とする請求項1乃至6のいずれか1項に記載の光触媒デバイス。
【請求項8】
前記光触媒層は、ピーク波長が250~300nmの範囲にある紫外線によって光触媒反応が生じることを特徴とする請求項1乃至7のいずれか1項に記載の光触媒デバイス。
【請求項9】
前記金属層は、前記光触媒層に紫外線が照射されている際に、正電圧が印加されるように構成されていることを特徴とする請求項8に記載の光触媒デバイス。
【請求項10】
フェライト系SUS材料で構成された金属層と、
前記金属層の上に設けられた、酸化タンタルを含む光触媒層と、
を備えることを特徴とする光触媒デバイス。
【請求項11】
タンタル含有剤が塗布されているフェライト系SUS基板を、前記フェライト系SUS基板が溶融しない700℃以上の酸素含有雰囲気で加熱焼成し、前記フェライト系SUS基板の上に酸化タンタルを含む光触媒層を形成する工程を含むことを特徴とする光触媒デバイスの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光触媒デバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、光を吸収して触媒作用を示す光触媒物質が知られている。光触媒物質は、紫外線や可視光等の光が当たることにより、通常の触媒プロセスでは困難な化学反応を常温で行わせることができる。光触媒は、酸化還元反応を促進することから、有機物や細菌を分解することが可能であり、様々な光触媒デバイスが考案されている。最近は、光照射によって形成した励起電子と正孔の再結合を抑制し、光触媒による酸化還元反応を効率化するために、励起電子と正孔とを空間的に分離する手法が採用されている。光触媒に金属を担持させて励起電子を金属に流入させたり、光触媒をバンド構造の異なる複数層で構成し、いわゆるヘテロ構造として励起電子と正孔を分離させたりする方法である。
【0003】
例えば、石英基板上に酸化チタンの光触媒層を形成し、その上に稠密に配置されたポリスチレン微小球をマスクとして、パターン化された銀の蒸着膜を形成する方法が考案されている(特許文献1参照)。
【0004】
また、透明基板と、透明基板の上部に形成された第1の酸化銅層と、第1の酸化銅層の上部に形成された第2の酸化銅層と、第2の酸化銅層の上部に形成された酸化亜鉛層と、を含む光触媒が考案されている(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】中国特許第100505333号明細書
【文献】韓国登録特許10-1759708号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上述の光触媒デバイスでは、Ag蒸着膜/酸化チタン層や酸化亜鉛層/酸化銅層の構造を用い励起電子と正孔を分離する構造を用いているものの、特許文献1に記載のAg蒸着膜パターンでは励起電子が担持電極としてのAg蒸着膜に届く距離が数μmと長くなり途中で正孔と再結合してしまう問題がある。また、特許文献2に記載の酸化銅の抵抗は一般に10Ωm(厚膜)から1010Ωm(薄膜)と非常に大きく、酸化亜鉛層から酸化銅層に流入する正孔を電流として有効利用することが困難である。そのため有機物や細菌等を酸化還元して分解するために重要なヒドロキシラジカルやスーパーオキシドアニオンといった物質の生成効率が低くなる。
【0007】
本発明はこうした課題に鑑みてなされたものであり、その例示的な目的のひとつは、有機物や細菌等を効率よく分解できる新たな技術を提供することにあり、例えば、触媒層で励起された電子と正孔との再結合を抑制する新たな光触媒デバイスを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本発明のある態様の光触媒デバイスは、金属層と、金属層の上に設けられた、光触媒材料を含む光触媒層と、を備える。光触媒層は、金属層の一部が露出するようにスリットまたは開口が形成されている。
【0009】
この態様によると、光触媒層で生じた電子や正孔の一方が金属層に流入することで、光触媒層で生じた電子と正孔との再結合を抑制できる。また、分解対象の有機物や細菌等が光触媒層と金属層との両方に触れると、分解対象と金属層との接触では電子が介在したラジカルによる分解が生じ、分解対象と光触媒層との接触では正孔が介在したラジカルによる分解が生じ、光触媒デバイス全体として分解反応が促進される。
【0010】
スリットの幅または開口の内径は、1~30μmの範囲にある。より好ましくは、1~5μmの範囲にある。これにより、細菌やアレルゲンが光触媒層だけでなく金属層にも接触しやすくなる。
【0011】
光触媒層は、複数のセルがスリットを挟んで配列していてもよい。これにより、各セルに付着した有機物や細菌等を個別に分解できる。
【0012】
光触媒材料は、金属層に含まれる金属元素の酸化物であってもよい。これにより、金属層の一部を光触媒層とすることが可能となる。
【0013】
光触媒層は、金属層の一部が陽極酸化されたものであってもよい。これにより、微小柱状体といった表面積の大きな形態の光触媒材料を有する光触媒層が得られる。
【0014】
光触媒材料は、酸化チタン、酸化タンタル、硫化カドミウム及び酸化亜鉛からなる群から選択される少なくとも一つの化合物であってもよい。
【0015】
金属層は、タンタル、チタン及びアルミニウムからなる群から選択される少なくとも一つの元素を含む材料であってもよい。また、金属層は、SUS材料であってもよい。
【0016】
光触媒材料は、ピーク波長が250~300nmの範囲にある紫外線によって光触媒反応が生じる材料であってもよい。光触媒材料は、ピーク波長が270~290nmの範囲にある紫外線によって光触媒反応が生じる材料であってもよい。これにより、酸化力や還元力が強い光触媒材料を利用できる。
【0017】
光触媒層に向けて紫外線を照射する紫外線照射部を更に備えてもよい。紫外線照射部は、ピーク波長が250~300nmの範囲にある紫外線を照射するLEDを有していてもよい。これにより、LEDが発する紫外線を、酸化力や還元力が強い光触媒材料に照射することで、光触媒反応を促進する光触媒デバイスを実現できる。
【0018】
金属層は、光触媒層に紫外線が照射されている際に、正電圧が印加されるように構成されていてもよい。これにより、一般的に負に帯電した細菌等を吸着しやすくなり、分解効率が向上する。
【0019】
本発明の他の態様の光触媒デバイスは、SUS材料で構成された金属層と、金属層の上に設けられた、酸化タンタルを含む光触媒層と、を備える。この態様によると、有機物や細菌等を効率よく分解できる。
【0020】
本発明の別の態様は光触媒デバイスの製造方法である。この方法は、タンタル含有剤が塗布されているSUS基板を、SUS基板が溶融しない700℃以上の酸素含有雰囲気で加熱焼成し、SUS基板の上に酸化タンタルを含む光触媒層を形成する工程を含む。
【0021】
この態様によると、比較的高温まで溶融しないSUS基板を用いることで、高温での焼成が可能となり、結晶性の良好な酸化タンタルを含む光触媒層を形成できる。これにより、光触媒デバイスによる有機物や細菌等の分解効率を向上できる。
【0022】
なお、以上の構成要素の任意の組合せ、本発明の表現を方法、装置、システムなどの間で変換したものもまた、本発明の態様として有効である。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、有機物や細菌等を効率よく分解できる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】第1の実施の形態に係る光触媒デバイスの概略構成を示す斜視図である。
図2】第1の実施の形態に係る光触媒デバイスの要部を示す上面図である。
図3】第1の実施の形態に係る光触媒デバイスにおける付着物質の分解のメカニズムを説明するための模式図である。
図4図2のA-A断面を模式的に示す断面図である。
図5】第2の実施の形態に係る光触媒デバイスの斜視図である。
図6】第2の実施の形態に係る光触媒デバイスの要部を示す上面図である。
図7】第1の実施の形態の変形例に係る光触媒デバイスの要部を示す断面図である。
図8】第3の実施の形態に係る光触媒デバイスの製造方法を説明するための模式図である。
図9図9(a)~図9(c)は、SUS430基板の引き上げ速度と基板上に焼成された酸化タンタル膜の結晶性との関係を説明するためのX線回折パターンを示す図である。
図10図10(a)は、塗布膜のないSUS430基板表面のSEM写真、図10(b)は、引き上げ速度2cm/分で塗布膜を形成した場合のSUS430基板表面のSEM写真、図10(c)は、引き上げ速度10cm/分で塗布膜を形成した場合のSUS430基板表面のSEM写真、図10(d)は、引き上げ速度20cm/分で塗布膜を形成した場合のSUS430基板表面のSEM写真を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照して説明する。なお、図面の説明において同一の要素には同一の符号を付し、重複する説明を適宜省略する。また、各図面における各構成要素の寸法比は、必ずしも実際の光触媒デバイスの寸法比と一致しない。また、以下に述べる構成は例示であり、本発明の範囲を何ら限定するものではない。
【0026】
[第1の実施の形態]
(光触媒デバイス)
近年、光触媒に紫外線を照射することで、細菌やカビ、アレルギー物質を分解する空気清浄機が開発されている。ここで、光触媒を利用する際の課題として、(a)光触媒への光照射で励起した電子と正孔とが空間的に同じ場所に存在することから、速やかに再結合してしまう。そのため、光触媒の外側での水分解、酸素分解に使用される電子や正孔の割合が小さい。結局、有害化学物質を酸化、還元するヒドロキシラジカル、スーパーオキシドアニオンの生成効率が低いことになる。一方で、(b)光触媒の吸収係数を大きくすること、(c)表面積を大きくし、酸化、還元反応が起きやすくすることも重要である。
【0027】
上述の点を鑑み、本願発明者らは以下の点に着目した。
(a)励起電子と正孔の再結合を抑制するために、励起電子と正孔とを空間的に分離することが好ましい。例えば、光触媒に金属を担持させて励起電子を金属に流入させたり、光触媒をバンド構造の異なる複数層に接続した、いわゆるヘテロ構造として励起電子と正孔を分離させたりするとよい。
(b)光触媒による光吸収効率を上げるために、光触媒物質の吸収ピークに近い波長の光で励起するとよい。
(c)光触媒表面での化学反応を促進するために、光触媒物質をナノサイズにすることで光触媒の面積を大きくするとよい。
【0028】
そこで、金属基板上に光触媒が形成された、以下に例示する光触媒デバイスを考案した。この光触媒デバイは、光触媒層がミクロセルに分断されており、付着有機物などが正孔を含有する光触媒層と電子を有する金属層とに十分接触することで、光触媒の分解反応を促進する。また、電極層(金属層)に電気バイアスを与えることにより光触媒反応を促進する。
【0029】
図1は、第1の実施の形態に係る光触媒デバイスの概略構成を示す斜視図である。図2は、第1の実施の形態に係る光触媒デバイスの要部を示す上面図である。光触媒デバイス10は、板状の金属層12と、金属層12の上に設けられた、光触媒材料を含む光触媒層14と、を備える。光触媒層14は、金属層12の一部が露出するようにスリット16が形成されており、複数のミクロセル14aがスリット16を挟んで縦横に配列している。光触媒層14の厚みは、50~200nm程度である。
【0030】
図3は、第1の実施の形態に係る光触媒デバイスにおける付着物質の分解のメカニズムを説明するための模式図である。図3に示すように、紫外線が照射されたミクロセル14aにおいては、励起された電子と、その後に残る正孔とが生成される。ミクロセル14aが孤立した系であると、電子と正孔とはすぐに再結合し、光触媒作用による酸化や還元に重要なラジカルの生成効率が低下する。
【0031】
しかしながら、光触媒デバイス10は、ミクロセル14aで生じた電子や正孔の一方が金属層12に流入することで、ミクロセル14aで生じた電子と正孔との再結合を抑制するように、電子と正孔を空間的に分離できる。その結果、電子と正孔のそれぞれをラジカルの生成に有効に用いることができる。本実施の形態では、金属層12には正のバイアス電圧を印加している。その結果、ミクロセル14aで励起された電子は、金属酸化物である光触媒層14よりも電気伝導率が大きく移動度の大きい金属層12に引き寄せられる。金属層12は、光触媒層14の底面全体に接しているため、励起電子が早く流入する。また、金属層12を、光触媒層14に紫外線が照射されている際に、正電圧が印加されるように構成することで、一般的に負に帯電する細菌等を吸着しやすくなり、分解効率が向上する。
【0032】
また、光触媒デバイス10においては、分解対象の有機物や細菌等の付着物18が光触媒層14と金属層12との両方に触れることができる。そのため、付着物18と金属層12との接触では電子が介在したスーパーオキシドアニオンといったラジカルによる分解が生じ、付着物18のミクロセル14aとの接触では正孔が介在したヒドロキシラジカルによる分解が生じ、光触媒デバイス10全体として分解反応が促進される。
【0033】
本実施の形態に係る金属層12は、抵抗が金属酸化物層と比較して極めて小さい10-4Ωm~10-3Ωmの範囲であるとよい。このような低抵抗の金属層12に流入した電子あるいは正孔は、金属層12内を移動し容易に露出したスリット16や開口34(図5参照)に到達する。
【0034】
(光触媒材料)
光触媒層14に含まれる光触媒材料について説明する。光触媒材料は、光触媒作用を奏する材料であれば特に限定されるものではない。例えば、酸化チタン、酸化タンタル、硫化カドミウム、酸化亜鉛等の化合物であってもよい。また、金属層12の上に形成される点を考慮すれば、金属層12に含まれる金属元素の酸化物であるとよい。これにより、半導体の製造に用いられる既存の酸化プロセスや陽極酸化といった方法で金属層12の一部を選択的に光触媒層14とすることが可能となる。特に、陽極酸化による方法では、ナノサイズの微小柱状体(ナノチューブ構造)といった表面積の大きな形態の光触媒層14が得られる。
【0035】
例えば、金属層12がタンタルの場合、光触媒層14として酸化タンタル(Ta)を組み合わせることができる。また、金属層12がチタンの場合、光触媒層14として酸化チタン(TiO)を組み合わせることができる。また、光触媒層14を透過した紫外線を金属層12の表面で反射して、再度光触媒層14での光触媒プロセスに利用するために、紫外線の反射率が高いアルミニウム(Al)を金属層12に用いてもよい。
【0036】
(光触媒物質としての酸化タンタル)
前述の酸化チタンは、紫外線(UVA領域)で励起する光触媒として好適である。しかしながら、酸化還元動作を行う励起電子や正孔のポテンシャルエネルギーは、伝導帯と価電子帯のエネルギー準位、および伝導帯と価電子帯のエネルギー準位の差であるバンドギャップエネルギーで決定されるが、酸化チタン(TiO)のバンドギャップエネルギーは3.2eVであり、波長換算では387nmとなるため、UVA領域のエネルギーが限界となる。そこで、電子と正孔により大きなポテンシャルエネルギーを与えることのできる酸化タンタル(Ta:バンドギャップエネルギー4.0eV(波長換算310nm))に着眼し、その特性を十分生かす深紫外線LED(ピーク波長280nm:エネルギー換算で4.4eV)を利用することに想到した。
【0037】
そこで、光触媒材料は、ピーク波長が250~300nmの範囲にある紫外線によって光触媒反応が生じる材料であるとよい。より好ましくは、光触媒材料は、ピーク波長が270~290nmの範囲にある紫外線によって光触媒反応が生じる材料であるとよい。これにより、酸化力や還元力が強い光触媒材料を利用できる。
【0038】
また、本実施の形態に係る光触媒デバイス10は、光触媒層14に向けて紫外線を照射する紫外線照射部20を更に備えている。紫外線照射部20は、ピーク波長が250~300nmの範囲にある紫外線を照射するLEDを有している。これにより、LEDが発する紫外線を、酸化力や還元力が強い光触媒材料を含む光触媒層14に照射することで、光触媒反応を促進する光触媒デバイスを実現できる。
【0039】
(スリットのサイズ)
細菌やホルムアルデヒドなどの有害化学物質のサイズは1nm~数μmと非常に幅が広い。そのため、金属層12において、全てのサイズの化学物質に最適なスリット(開口部)を設定することは困難である。そこで、細菌やアレルゲンを対象とする光触媒デバイス10に好適なスリットのサイズを考察する。図4は、図2のA-A断面を模式的に示す断面図である。図4では、ミクロセル14aの一辺の大きさCと、スリット16の幅Sとの関係を示しており、細菌等の付着物18がどのように金属層12や光触媒層14に付着しているか説明するための図である。
【0040】
ミクロセル14aの一辺の大きさCは、例えば、1~100μm程度である。一辺の大きさCは、より好ましくは、3~10μmである。光触媒層14におけるスリット16の幅Sは、例えば、0.5~30μm程度である。スリットの幅Sは、1~30μmの範囲であってもよい。より好ましくは、1~5μmの範囲にある。これにより、細菌やアレルゲンが光触媒層14だけでなく金属層12にも接触しやすくなる。
【0041】
[第2の実施の形態]
図5は、第2の実施の形態に係る光触媒デバイスの斜視図である。図6は、第2の実施の形態に係る光触媒デバイスの要部を示す上面図である。光触媒デバイス30は、一つの連続した層に複数の開口34が形成されている光触媒層32が、金属層12の上に設けられている点が主な特徴である。なお、第1の実施の形態と同様の構成や作用効果は説明を適宜省略する。
【0042】
開口同士の間隔G1,G2は、例えば、1~100μm程度である。開口34の内径Dは、例えば、0.5~30μm程度である。開口34の内径Dは、1~30μmの範囲であってもよい。より好ましくは、1~5μmの範囲にある。これにより、細菌やアレルゲンが光触媒層14だけでなく金属層12にも接触しやすくなる。
【0043】
(変形例1)
図7は、第1の実施の形態の変形例に係る光触媒デバイスの要部を示す断面図である。図7に示す光触媒デバイス40は、光触媒層42のミクロセル42aが2層構造である。金属層12がタンタルの場合、ミクロセル42aは、酸化タンタルからなる第1の層44aと、第1の層44aを覆う酸化チタンからなる第2の層44bと、を有する。このように、エネルギーバンド構造が異なる複数の材料を積層することで、励起電子と正孔との再結合をさらに大きく抑制できる。
【0044】
[第3の実施の形態]
(光触媒デバイスの製造方法)
図8は、第3の実施の形態に係る光触媒デバイスの製造方法を説明するための模式図である。本実施の形態に係る製造方法は、有機金属分解(Metal Organic Decomposition : MOD)法によって行うものであるが、この方法に限らない。
【0045】
本実施の形態では、MOD法にデップコート剤(DIP COAT-PRECURSORS)を用いている。デップコート剤としては、Ta-10-P(Taコート材料:高純度化学研究所製)を用い、溶媒である酢酸n-ブチルに対してコート材料の濃度が10%になるように調製した塗布液100を作成する。次に、塗布液100を、塗布液100の深さが所定の深さになるまでビーカ102に注ぐ。
【0046】
次に、試料の作製に必要な各種基板を用意する。試料は、SUS430、SUS316、タンタル(Ta)、銅(Cu)、アルミニウム(Al)の5種類の基板で作製した。図8に示すように、クリップ106で基板104の一端を保持し、クリップ106に結ばれたワイヤ108の一端をモータ110の回転軸に巻き付ける。この状態で、基板104の大半が塗布液100に浸漬するようにクリップ106の位置を調整する。
【0047】
そして、モータ110の駆動電圧をDC駆動電源112で調整し、塗布液100から基板104を所定の速度で引き上げる。具体的には、2~20cm/minの速度で引き上げる。なお、引き上げ速度が速い方が、引き上げ後の基板104上の塗布液100の塗布厚は厚くなる傾向にある
【0048】
塗布液100が塗布されている基板104は、炉内の150℃の空気雰囲気中で10分間保持され、塗布膜が乾燥した後、常温まで冷却される。次に、空気雰囲気中の炉内で基板104を20℃/分の昇温速度で430℃まで加熱し15分間保持する。次に、基板104を7℃/分の昇温速度で所望の焼成温度まで加熱し30分間保持する。次に、7℃/分の降温速度で100℃まで冷却し、炉外へ取り出し徐冷する。
【0049】
以上の製造方法で作製した各基板からなる光触媒デバイスの試料について、塗布膜の状態を観察した結果を表1に示す。
【表1】
【0050】
基板がアルミニウムの場合、焼成温度500℃、550℃の基板は共に表面状態は良好であるが、塗布膜はアモルファスの状態である。また、焼成温度550℃の基板は軟化した。基板が銅の場合、焼成温度500℃の基板は軟化し表面が酸化され黒色となっている。基板がタンタルの場合、焼成温度500℃、550℃の基板は共に表面状態は良好であるが、塗布膜はアモルファスの状態である。また、焼成温度700℃、800℃の基板は表面が酸化され白色となっている。
【0051】
基板がSUS316の場合、焼成温度500℃、550℃の基板は共に表面状態は良好であるが、塗布膜はアモルファスの状態である。また、焼成温度700℃の基板は軟化し表面が酸化され銀白色となっている。基板がSUS430の場合、焼成温度800℃で弱い結晶化が見られた。焼成温度を900℃にしてもSUS430基板は軟化せず表面状態は良好であり、結晶方位の揃った良好な結晶が表面に形成された。
【0052】
図9(a)~図9(c)は、SUS430基板の引き上げ速度と基板上に焼成された酸化タンタル膜の結晶性との関係を説明するためのX線回折パターンを示す図である。図9(a)は、基板の引き上げ速度が20cm/分の場合、図9(b)は、基板の引き上げ速度が10cm/分の場合、図9(c)は、基板の引き上げ速度が2cm/分の場合である。
【0053】
各図に示すピークP1、P2は、SUS430基板からの回折ピークである。ピークP3は、酸化タンタルからの回折ピークであり、基板上に結晶性の酸化タンタル膜が生成していることがわかる。回折ピークは一つであり積層方位が揃った結晶になっている。なお、基板の引き上げ速度が2cm/分の場合(図9(c))は、ピークP3が見られていない。
【0054】
次に、SUS430基板を用いた試料の表面形態を走査型電子顕微鏡(SEM)によって観察した結果を説明する。図10(a)は、塗布膜のないSUS430基板表面のSEM写真、図10(b)は、引き上げ速度2cm/分で塗布膜を形成した場合のSUS430基板表面のSEM写真、図10(c)は、引き上げ速度10cm/分で塗布膜を形成した場合のSUS430基板表面のSEM写真、図10(d)は、引き上げ速度20cm/分で塗布膜を形成した場合のSUS430基板表面のSEM写真を示す。
【0055】
図10(a)の矢印が示すのはステンレス基板から析出した結晶である。図10(b)の矢印が示す領域には、ステンレス基板から析出した結晶の間や表面に形成されている微小な酸化タンタルの粒子が見られるが、X線回折(図9(c))から判断すると、この程度の膜厚の酸化タンタルでは結晶化しておらず、アモルファス状態と考えられる。
【0056】
一方、図10(c)の矢印が示す領域では、酸化タンタルの膜が厚くなり、ステンレス基板から析出した結晶が酸化タンタルの微粒子で覆われつつあることが見てとれる。また、酸化タンタルの微粒子のサイズも、図10(b)に示す酸化タンタルの微粒子のサイズよりも大きくなっている。そして、X線回折(図9(b))から判断すると、この程度の膜厚の酸化タンタルであれば結晶化していると考えられる。
【0057】
また、図10(d)の矢印が示す領域では、酸化タンタルの膜が更に厚くなり、ステンレス基板から析出した結晶が酸化タンタルの微粒子で大分覆われつつあることが見てとれる。そして、X線回折(図9(a))から判断すると、この程度の膜厚の酸化タンタルになると結晶性の強い膜が形成されていると考えられる。
【0058】
このように、本実施の形態に係る光触媒デバイスの製造方法は、タンタル含有剤が塗布されているSUS基板を、SUS基板が溶融しない500℃以上、好ましくは700℃以上、更に好ましくは800℃以上の酸素含有雰囲気で加熱焼成し、SUS基板の上に酸化タンタルを含む光触媒層を形成する工程を含む。この製造方法により、SUS材料で構成された金属層と、金属層の上に設けられた、酸化タンタルを含む光触媒層と、を備える光触媒デバイスを比較的容易に製造できる。
【0059】
これにより、比較的高温まで溶融しないSUS基板を用いることで、高温での焼成が可能となり、結晶性の良好な酸化タンタルを含む光触媒層を形成できる。これにより、光触媒デバイスによる有機物や細菌等の分解効率を向上できる。また、SUS基板を用いることで、基板にタンタルやチタンを用いた場合と比較して、光触媒デバイスのコストを低減できる。また、SUS基板を用いることで、光触媒デバイスを様々な形状に加工し易くなる。
【0060】
なお、SUSには様々な種類が存在するが、塗布膜としての酸化タンタルの結晶性を向上できる所望の温度の焼成に対して、基板が軟化しないものであればよい。SUSは大別すると、オーステナイト系とフェライト系が存在するが、SUS430のようなフェライト系ステンレスは、酸化膜との間の熱膨張係数差が小さいので剥離が生じにくいため、本実施の形態の金属層としての基板として好ましい。具体的には、SUS405、SUS410L、SUS429、SUS430、SUS430LX、SUS436L、SUS436JIL、SUS445JI、SUS445J2、SUS444、SUS447JI、SUSXM27等が挙げられる。
【0061】
なお、フェライト系ステンレスは酸化膜が剥離しにくいといった観点で好ましいが、基板上に酸化膜を形成しない場合にはオーステナイト系のSUSを基板用いることも可能である。
【0062】
以上、本発明を上述の各実施の形態を参照して説明したが、本発明は上述の各実施の形態に限定されるものではなく、各実施の形態の構成を適宜組み合わせたものや置換したものについても本発明に含まれるものである。また、当業者の知識に基づいて各実施の形態における組合せや処理の順番を適宜組み替えることや各種の設計変更等の変形を各実施の形態に対して加えることも可能であり、そのような変形が加えられた実施の形態も本発明の範囲に含まれうる。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明は、光触媒デバイスに関する。
【符号の説明】
【0064】
10 光触媒デバイス、 12 金属層、 14 光触媒層、 14a ミクロセル、 16 スリット、 18 付着物、 20 紫外線照射部、 30 光触媒デバイス、 32 光触媒層、 34 開口、 40 光触媒デバイス、 42 光触媒層、 42a ミクロセル、 44a 第1の層、 44b 第2の層。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10