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特許7418739スライドファスナー用のAl合金製パーツ及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-12
(45)【発行日】2024-01-22
(54)【発明の名称】スライドファスナー用のAl合金製パーツ及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   A44B 19/44 20060101AFI20240115BHJP
【FI】
A44B19/44
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2020018253
(22)【出願日】2020-02-05
(65)【公開番号】P2021122517
(43)【公開日】2021-08-30
【審査請求日】2023-02-03
(73)【特許権者】
【識別番号】000006828
【氏名又は名称】YKK株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】599016431
【氏名又は名称】学校法人 芝浦工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】芹澤 愛
(72)【発明者】
【氏名】石▲崎▼ 貴裕
(72)【発明者】
【氏名】森田 佳祐
(72)【発明者】
【氏名】小泉 琢哉
【審査官】須賀 仁美
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-071836(JP,A)
【文献】特開2010-182537(JP,A)
【文献】特開平08-074067(JP,A)
【文献】国際公開第2017/135363(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/122935(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A44B19/00-19/64
B21D53/50-53/56
B22D17/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
スライドファスナーに含まれるAl合金製パーツ用の基材にして、Al合金を含有する基材を冷間加工する工程と、
前記冷間加工後、加圧チャンバー内で130~180℃の範囲内の温度の過熱水蒸気に前記基材をさらし、前記基材の表面にベーマイト皮膜を形成する工程を含み、
前記ベーマイト皮膜は、前記基材の直上に形成された第1層と、前記第1層を介して前記基材上に積層された第2層を含み、前記第1及び第2層において、相対的に小さいベーマイトの結晶粒が前記第1層に形成され、相対的に大きいベーマイトの結晶粒が前記第2層に形成されている、スライドファスナーに含まれるAl合金製パーツの製造方法。
【請求項2】
前記Al合金は、Al-Cu-Mg系合金又はAl-Mg-Si系合金であることを特徴とする請求項1に記載のAl合金製パーツの製造方法。
【請求項3】
前記Al合金は、一般式:AlaCubMgcMndSie(a、b、c、d及びeは質量%であり、aは残部、3.5≦b≦4.5、0.40≦c≦0.80、0.4≦d≦1.0、0.2≦e≦0.8、不可避的不純物元素を含み得る)で示される組成、又は
一般式:AlfCugMghSiiCrj(f、g、h、i及びjは質量%であり、fは残部、0.15≦g≦0.40、0.8≦h≦1.2、0.40≦i≦0.80、0.04<j≦0.35、不可避的不純物元素を含み得る)で示される組成を有することを特徴とする請求項2に記載のAl合金製パーツの製造方法。
【請求項4】
前記過熱水蒸気に前記基材をさらした後に測定される前記基材のビッカース硬さは、115HV以上であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか一項に記載のAl合金製パーツの製造方法。
【請求項5】
前記ベーマイト皮膜の厚みは、0.5μm以上であることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか一項に記載のAl合金製パーツの製造方法。
【請求項6】
前記基材が時効硬化する請求項1乃至5のいずれか一項に記載のAl合金製パーツの製造方法であって、
130~180℃の範囲内の温度の過熱水蒸気に前記基材をさらす時間は、前記基材の時効硬化曲線のピークに対応する時間である、Al合金製パーツの製造方法。
【請求項7】
前記スライドファスナーに含まれるAl合金製パーツは、ファスナーエレメント、スライダー、スライダーの構成部品、又は止具であることを特徴とする請求項1乃至6のいずれか一項に記載のAl合金製パーツの製造方法。
【請求項8】
スライドファスナーに含まれるAl合金製パーツにして、
Al合金を含有する基材と、
前記基材上に形成されたベーマイト皮膜を備え、
前記ベーマイト皮膜は、前記基材の直上に形成された第1層と、前記第1層を介して前記基材上に積層された第2層を含み、前記第1及び第2層において、相対的に小さいベーマイトの結晶粒が前記第1層に形成され、相対的に大きいベーマイトの結晶粒が前記第2層に形成されている、Al合金製パーツ。
【請求項9】
前記ベーマイト皮膜の厚みは、0.5μm以上であることを特徴とする請求項8に記載のAl合金製パーツ。
【請求項10】
前記基材は、115HV以上のビッカース硬さを有することを特徴とする請求項8又は9に記載のAl合金製パーツ。
【請求項11】
前記Al合金は、Al-Cu-Mg系合金又はAl-Mg-Si系合金であることを特徴とする請求項8乃至10のいずれか一項に記載のAl合金製パーツ。
【請求項12】
前記Al合金は、一般式:AlaCubMgcMndSie(a、b、c、d及びeは質量%であり、aは残部、3.5≦b≦4.5、0.40≦c≦0.80、0.4≦d≦1.0、0.2≦e≦0.8、不可避的不純物元素を含み得る)で示される組成、又は
一般式:AlfCugMghSiiCrj(f、g、h、i及びjは質量%であり、fは残部、0.15≦g≦0.40、0.8≦h≦1.2、0.40≦i≦0.80、0.04<j≦0.35、不可避的不純物元素を含み得る)で示される組成を有することを特徴とする請求項8乃至11のいずれか一項に記載のAl合金製パーツ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示はスライドファスナー用のAl合金製パーツ及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
スライドファスナーは、衣類や鞄に取り付けられるため、軽量化が望まれている。既存の多くのスライドファスナーは、銅合金のめっき物といった金属製パーツを含むが、スライドファスナーの更なる軽量化のためより軽量なアルミニウムも採用されている。
【0003】
スライドファスナーの金属製パーツのためにアルミニウムを使用することに関して、特許文献1には、アルミニウムに対して上手くめっきを施すための技術が開示されている。同文献では、アルミニウムは、めっきを施し難い材料であると説明されている。同文献では、その上で所定の層構成の金属部材が開示されている(同文献の請求項1参照)。
【0004】
また、アルミニウムを原材料とするスライドファスナー用パーツに対しては、耐摩耗性や耐腐食性の向上のために、アルマイト処理を施すことが知られている(例えば、特許文献2を参照)。
【0005】
特許文献3では、Al合金の強度不足が技術的な課題として挙げられている。特許文献3では、この課題の解決のため、時効硬化型のアルミニウムと適切な製造工程の採用を開示している。具体的には、Al合金の棒材を冷間圧延によりYバーとし、時効熱処理することによりAl合金内に析出物を生成することが開示されている(同文献の段落0042参照)。
【0006】
特許文献4は、スライドファスナーの金属製パーツに関するものではないが、Al合金に対して水蒸気処理を施し、その表面に防食皮膜を形成することを開示する。この防食皮膜は、一水和アルミニウム酸化物(AlO(OH))とAl系層状複水酸化物(LDH)から成る。特許文献4には、水蒸気処理の過程でAl合金内で析出物が形成され、Al合金の強度が向上することも記載されている(同文献の段落0027等)。
【0007】
特許文献5にはAl合金から成るアルミニウム缶を水蒸気中に保持してアルミニウム缶にベーマイトを形成することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】国際公開第2018/122935号
【文献】特開2003-193293号公報
【文献】国際公開第2017/061269号
【文献】国際公開第2017/135363号
【文献】特開平3-158476号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
耐食性、耐摩耗性、及び硬さという3つの特性の全て(又は少なくとも2つ(例えば、耐食性と硬さ、又は耐摩耗性と硬さ))を満足するアルミニウム合金製のファスニングパーツを提供するという課題がある。特許文献2に記載の所望の硬さのアルミニウム合金を使用するとしても何ら皮膜がないため、その耐食性及び耐摩耗性を低いものと言える。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本開示の一態様に係るスライドファスナーに含まれるAl合金製パーツの製造方法は、スライドファスナーに含まれるAl合金製パーツ用の基材にして、Al合金を含有する基材を冷間加工する工程と、
冷間加工後、加圧チャンバー内で130~180℃の範囲内の温度の過熱水蒸気に基材をさらし、基材の表面にベーマイト皮膜を形成する工程を含み、
ベーマイト皮膜は、基材の直上に形成された第1層と、第1層を介して基材上に積層された第2層を含み、第1及び第2層において、相対的に小さいベーマイトの結晶粒が第1層に形成され、相対的に大きいベーマイトの結晶粒が第2層に形成されている。
【0011】
幾つかの実施形態においては、ベーマイト皮膜に含まれるアルミニウム元素は、第2層よりも第1層に高密度に分布している。アルミニウム元素の分布は、EPMA(Electron Probe Micro Analyzer)分析に基づいて観察され得る。
【0012】
幾つかの実施形態においては、Al合金は、Al-Cu-Mg系合金又はAl-Mg-Si系合金である。幾つかの実施形態においては、Al合金は、一般式:AlaCubMgcMndSie(a、b、c、d及びeは質量%であり、aは残部、3.5≦b≦4.5、0.40≦c≦0.80、0.4≦d≦1.0、0.2≦e≦0.8、不可避的不純物元素を含み得る)、又は一般式:AlfCugMghSiiCrj(f、g、h、i及びjは質量%であり、fは残部、0.15≦g≦0.40、0.8≦h≦1.2、0.40≦i≦0.80、0.04<j≦0.35、不可避的不純物元素を含み得る)で示される組成を有する。
【0013】
幾つかの実施形態においては、過熱水蒸気に基材をさらした後に測定される基材のビッカース硬さは、115HV以上である。
【0014】
幾つかの実施形態においては、ベーマイト皮膜の厚みは、0.5μm以上である。ベーマイト皮膜の厚みは、SEM(Scanning Electron Microscope)画像の観察に基づいて決定することができるが、この方法に限られない。ベーマイト皮膜の厚みは、EPMA(Electron Probe Micro Analyzer)分析に基づいて観察され得る。EPMA分析では、ベーマイト皮膜に含まれる酸素の分布に基づいてベーマイト皮膜の厚みを決定することができる。
【0015】
幾つかの実施形態においては、基材が時効硬化し、
130~180℃の範囲内の温度の過熱水蒸気に基材をさらす時間は、基材の時効硬化曲線のピークに対応する時間である。
【0016】
幾つかの実施形態においては、スライドファスナーに含まれるAl合金製パーツは、ファスナーエレメント、スライダー、スライダーの構成部品、又は止具である。
【0017】
本開示の別態様に係るAl合金製パーツは、スライドファスナーに含まれるAl合金製パーツである。Al合金製パーツは、Al合金を含有する基材と、基材上に形成されたベーマイト皮膜を備える。ベーマイト皮膜は、基材の直上に形成された第1層と、第1層を介して基材上に積層された第2層を含み、第1及び第2層において、相対的に小さいベーマイトの結晶粒が第1層に形成され、相対的に大きいベーマイトの結晶粒が第2層に形成されている。
【0018】
幾つかの実施形態においては、ベーマイト皮膜の厚みは、0.5μm以上である。
【0019】
幾つかの実施形態においては、基材は、115HV以上のビッカース硬さを有する。
【0020】
幾つかの実施形態においては、Al合金は、Al-Cu-Mg系合金又はAl-Mg-Si系合金である。幾つかの実施形態においては、Al合金は、一般式:AlaCubMgcMndSie(a、b、c、d及びeは質量%であり、aは残部、3.5≦b≦4.5、0.40≦c≦0.80、0.4≦d≦1.0、0.2≦e≦0.8、不可避的不純物元素を含み得る)で示される組成、又は一般式:AlfCugMghSiiCrj(f、g、h、i及びjは質量%であり、fは残部、0.15≦g≦0.40、0.8≦h≦1.2、0.40≦i≦0.80、0.04<j≦0.35、不可避的不純物元素を含み得る)で示される組成を有する。
【発明の効果】
【0021】
本開示の一態様によれば、耐食性、耐摩耗性、及び必要な硬さという3つの特性の全て(又は少なくとも2つ(例えば、耐食性と硬さ、又は耐摩耗性と硬さ))を満足するアルミニウム合金製のファスニングパーツを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】スライドファスナーの一例のスライドファスナーの概略的な正面図である。
図2】ファスナーエレメント同士の噛合状態を示す拡大模式図である。
図3】(a)は、断面円形状の基材を示し、(b)は、円形からY字状に冷間加工された基材を示す。
図4】基材表面上にベーマイト皮膜が形成されることを示す概略図である。
図5】実施例1のサンプルのSEM画像を示す。
図6図5に示したサンプルのEPMA元素分析結果を示す。
図7】実施例1のサンプルのXRDプロファイルを示す。
図8】実施例2のサンプルのSEM画像を示す。SEM画像には、サンプル上面も映り込んでいる。
図9】実施例3のサンプルのSEM画像を示す。SEM画像には、サンプル上面も映り込んでいる。
図10】実施例4のサンプルのSEM画像を示す。SEM画像には、サンプル上面も映り込んでいる。
図11】実施例4のサンプルのEPMA元素分析結果を示す。
図12】比較例3のサンプルのSEM画像を示す。SEM画像には、サンプル上面も映り込んでいる。
図13】比較例3のサンプルのEPMA元素分析結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、図1乃至図13を参照しつつ、様々な実施形態及び特徴について説明する。スライドファスナーは、物理的な衝撃又は摺動といった外力を受けやすい。また、スライドファスナーが取り付けられた衣服が洗濯のために酸又はアルカリ溶液に浸されることもあり、化学的な耐性も要求される。このようにスライドファスナー、とりわけ、そこに含まれる金属製パーツには耐食性、耐摩耗性、及び必要な硬さを満足することが重要になる。
【0024】
スライドファスナーに含まれるAl合金製パーツの耐食性及び耐摩耗性を向上させるため、アルマイト処理又は電気めっきといった電気的な処理を行うことが知られている。しかしながら、電気的な処理のための設備が必要となり、製造コストが高くなってしまうことがある。また、その処理に際して廃液が生じる場合があり、環境性能が高くないものと言える。そもそも、スライドファスナーに含まれるAl合金製パーツは、特殊な形状をした小型部品であるため、取り扱いが容易ではなく、ファスナーテープへの取付方法も検討事項になる。これらの観点から、Al合金製パーツの改良された化学及び機械的特性(例えば、耐食性、耐摩耗性、及び硬さ)を、低コスト及び/又は環境性能が高い方法で実現することが有益である。
【0025】
図1は、スライドファスナーの非限定の一例としてスライドファスナー1を示す。左右のファスナーテープ10の対向側縁にはアルミニウム合金(以下、Al合金)製のファスナーエレメント20がその塑性変形により取り付けられている。ファスナーエレメント20の列前端にはAl合金製の前止め96が設けられ、その列後端にはAl合金製の後止め97が設けられる。左右のファスナーエレメント20を開閉するためのスライダー91は、ダイカスト成形ではなく、Al合金製平板の様々な加工を経て製造される。ファスナーエレメント20、スライダー91、前止め96及び後止め97は、いずれも本願明細書で言うスライドファスナーに含まれるAl合金製パーツである。言うまでも無く、これら全パーツに共通の素材(Al合金)を用いる必要はない。
【0026】
ファスナーエレメント20は、図2に示すようにテープ側縁部12を上下から挟む上下の脚部31と上下の脚部31を連結する頭部40を有する。頭部40は、前側突起41と後側凹部42を有する。前後方向に隣接する左右のファスナーエレメント20間において前側突起41と後側凹部42が嵌合し、左右のファスナーエレメント20同士の噛合が達成される。なお、ファスナーエレメント20は、図示の形状に限られず、他の形状のものも採用可能である。
【0027】
本実施形態では、(1)スライドファスナーに含まれるAl合金製パーツ用の基材にして、Al合金を含有する基材を冷間加工する工程と、(2)冷間加工後、加圧チャンバー内で130~180℃の範囲内の温度の過熱水蒸気に基材をさらし、基材の表面にベーマイト皮膜を形成する工程を含む。Al合金を水蒸気にさらすことによりベーマイト(一水和アルミニウム酸化物:AlO(OH))皮膜を形成することは、環境負荷の低い、即ち、環境に優しいプロセスである。しかしながら、Al合金を水蒸気にさらすことによってAl合金の硬さが変化してしまう。
【0028】
上述の(1)の工程において、基材を冷間加工、例えば、室温で塑性変形することにより基材に加工硬化(strain-hardening/work-hardening)が生じる。幾つかの場合、基材の冷間加工は、基材をスライドファスナーのAl合金製パーツに形状付ける過程で行われる。図3に示す場合、所望の合金組成を有するように鋳造されたAl合金製の棒材2(図3(a)参照)が、ダイ(不図示)とコア6により断面Y字状のYバー2’に冷間圧延される。冷間加工率は、50%以上であり得る。棒材2に対して冷間圧延等することなく、棒材2をYバー2’に加圧成形する過程でAl合金の硬さが高められる。無論、棒材2を冷間圧延し、続いて棒材2をYバー2’に形状付けても良い。本段落で述べた特徴は、Al合金製の板材の塑性加工を経て製造されるスライダー91にも通用する。しかしながら、そのようなスライダー91の製法自体は公知であり、その詳細な説明は省略する。スライダー91の引手についても同様である。
【0029】
上述の(2)の工程において基材上にベーマイト皮膜が形成される。純水を気化して得た水蒸気をベーマイト皮膜3(図4参照)の形成のために用いることができる。例えば、チャンバー内において純水をヒーターで加熱して蒸発させ、チャンバーの内部空間を飽和水蒸気で満たす。チャンバー内の水蒸気を別のヒーターで目標温度まで昇温させる。このようにして所望温度の過熱水蒸気の雰囲気が得られる。勿論、外部で生成した過熱水蒸気をチャンバー内に供給しても良い。水蒸気温度130℃~180℃の場合、チャンバー内の圧力は、約0.3~1.0MPaである。
【0030】
過熱水蒸気の生成又は供給前、チャンバー内には予め基材が配置され、基材と水蒸気の接触によって基材の表面にベーマイト皮膜が形成される。ファスナーテープにファスナーエレメントが予め取り付けられていれば、チャンバー内においてファスナーテープを吊ることができる。ファスナーエレメントの表面にむら無くベーマイト皮膜3が形成されることが促進される。引手、スライダーについても同様、チャンバー内に吊り下げることができる。吊り下げることの代替として、メッシュ容器に基材を投入しても良い。チャンバーとしてオートクレーブを用いることができるが、これに限られない。
【0031】
なお、ベーマイト皮膜3は、一水和アルミニウム酸化物(AlO(OH))のみから成り、特許文献3に記載のようなAl系の層状複水酸化物(Layered Double Hydroxide:以下、場合によりLDHと称することがある)を含まない。実施例1~4において、X線回折の結果、ベーマイト皮膜にLDHが存在しないことが確認された。
【0032】
図4に模式的に示すように、ベーマイト皮膜3は、基材2の直上に形成された第1層(緻密層)3aと、第1層3aを介して基材2上に積層された第2層(結晶層)3bを含む。第1及び第2層3a,3bにおいて、相対的に小さいベーマイトの結晶粒が第1層3aに形成され、相対的に大きいベーマイトの結晶粒が第2層3bに形成される。第1層3aの厚みは、第2層3bの厚み以下であり得る。確証はしないが、Al合金の基材からのアルミニウムの供給が緻密層により阻害されている可能性がある。第1層において微小な結晶粒が高密度に形成され、耐食性及び耐摩耗性が高められると考えられる。水蒸気に基材がさらされて基材が軟化してしまうおそれがあるが、上述の(1)の工程において事前に基材の硬さが高められている。従って、基材が時効硬化型ではないAl合金から成る場合においても、(2)の工程の後に基材の所望の硬さを確保することができる。結果として、耐食性、耐摩耗性、及び必要な硬さを満足するスライドファスナー用のAl合金製パーツを提供することが可能になる。
【0033】
相対的に小さいベーマイトの結晶粒が第1層3aに形成され、相対的に大きいベーマイトの結晶粒が第2層3bに形成されることは、Al合金製パーツの切断面のSEM画像に基づいて観察するものとする。すなわち、結晶粒の3次元寸法を特定する必要はない。図5は、実施例1のAl合金製パーツの断面のSEM画像を示す。図5の第1層で観察される結晶粒は、図5の第2層で観察される結晶粒よりも小さいことがSEM画像の観察から分かる。そして、本実施形態では、このようにベーマイトが2層で構成され、緻密層である第1層を持つ点で、沸騰水処理によるベーマイトとは異なる。この緻密層である第1層を持つことにより、耐食性や耐摩耗性がさらに向上しているものと考えられる。
【0034】
上述の(2)の工程に関して、Yバー2’の切断によりYバー2’から取り出された個々のファスナーエレメントを過熱水蒸気にさらすことができ、これによりファスナーエレメントの全表面にベーマイト皮膜を形成することができる。過熱水蒸気処理されるファスナーエレメントは、ファスナーテープのテープ側縁部に取り付けられている状態でも取り付けられていない状態でも良い。過熱水蒸気の温度を150℃以下とすることによりファスナーテープの熱変色といった問題が生じることを回避又は抑制することができる。
【0035】
必ずしもこの限りではないが、Al合金は、Al-Cu-Mg系合金である。例えば、Al合金は、一般式:AlaCubMgcMndSie(a、b、c、d及びeは質量%であり、aは残部、3.5≦b≦4.5、0.40≦c≦0.80、0.4≦d≦1.0、0.2≦e≦0.8、不可避的不純物元素を含み得る)で示される組成、又は一般式:AlfCugMghSiiCrj(f、g、h、i及びjは質量%であり、fは残部、0.15≦g≦0.40、0.8≦h≦1.2、0.40≦i≦0.80、0.04<j≦0.35、不可避的不純物元素を含み得る)で示される組成を有する。国際アルミニウム合金名に準拠すれば、2000番台のAl-Cu系合金(ジュラルミン、超ジュラルミン)、6000番台のAl-Mg-Si系合金、Al-Mg-Si-Cu系合金を使用可能である。
【0036】
有利には、Al合金は、時効硬化する特性を有する。上述の(2)の工程において基材が過熱水蒸気にさらされ、基材内に析出物が生成される。基材において析出物が分散して形成され、Al合金の硬さが高められる。析出物は、転位の障害物として機能するものであり、基材の組成に含まれる2以上の金属から成る金属間化合物であり得る。ただし、上述の(2)の工程において析出強化(precipitation strengthening)が生じることは必須ではないことに留意されたい。Al合金の過時効による軟化を回避するために水蒸気処理の適切な時間が決定される。ベーマイト皮膜3の厚みは、水蒸気処理の時間に相関し、0.5μm以上である。幾つかの場合、ベーマイト皮膜3の厚みは、0.8~1.5μmの範囲内であり得る。
【0037】
過熱水蒸気に基材をさらす時間は、過熱水蒸気の温度、Al合金の時効特性、基材の目標硬さなどに応じて試験的に決定することができる。例えば、時効硬化型の基材に関して、130~180℃の範囲内の温度の過熱水蒸気に基材をさらす時間は、時効硬化曲線のピークに対応する時間である。時効硬化曲線は、時間の経過と共に基材の硬さが放物線の如く変化する曲線部分を含む。硬さが最大となるのに要する時間だけ基材を水蒸気にさらすことにより基材の硬さをより十分なものにすることができる。具体的には、過熱水蒸気に基材をさらす時間は、5時間又は3時間又は2時間又は1時間以下である。
【0038】
過熱水蒸気に基材をさらした後に測定される基材のビッカース硬さは、115HV以上である。上述のように、上述の(1)の工程において事前に基材の硬さが高められているため、過熱水蒸気処理後において基材の硬さを高めることができる。基材が時効硬化型のAl合金から成る場合、水蒸気処理の時間を適切に設定することで基材のビッカース硬さを更に高めることができる。硬度の測定は、マイクロビッカース硬さ試験機(HM-103、株式会社ミツトヨ製)を使用するものとする。ベーマイト皮膜を機械研磨して除去した試料表面について測定するものとする。測定条件に関しては、試験荷重2.94N、荷重時間15秒とする。
【0039】
以下、実施例について説明する。実施例は、単なる参考までのものであり、当業者は、上述の説明に基づいて様々な条件でAl合金製パーツを試作することを試みるであろう。
<実施例1>
A6061(国際アルミニウム合金名に準拠)のAl合金の平板材を冷間圧延し(圧下率50%)、打ち抜き加工によって平板材からスライダー用引手の形状を有する基材を得た。この基材は、少なくとも一つの孔を有する。次に、基材をチャンバー内のジグに吊り下げた。チャンバー内の純水(電気伝導率0.1mS/m以下)をヒーターで過熱して気化させ、チャンバー内の別のヒーターにより水蒸気を180℃まで昇温し、24時間に亘り基材を過熱水蒸気にさらした。チャンバー内の圧力は、1MPaである。このようにして基材の表面にベーマイト皮膜を形成することができた。
【0040】
図5は、実施例1のサンプルのSEM画像を示す。図5に示すようにベーマイト皮膜は、相対的に小さいベーマイト結晶粒が密集した第1層(緻密層)と、相対的に大きいベーマイト結晶粒が密集した第2層(結晶層)を有する。図5は、拡大率30,000倍のSEM画像である。ベーマイト皮膜を除去して計測された基材のビッカース硬さは、115HVであった。
【0041】
図6は、図5に示したサンプルのEPMA元素分析結果を示す。酸素分布とアルミニウム分布に基づいてベーマイト皮膜が第1及び第2層を有するように形成されていることが確認できた。なお、皮膜厚みは、酸素分布(第1段の最も右の画像を参照)に基づいて決定できる。第1及び第2層の境界は、アルミニウム分布の差(第2段の左から2番目の画像を参照)に基づいて決定できる。図7は、実施例1のサンプルのXRDプロファイルを示す。図7からLDHが形成されず、ベーマイトが形成されていることが確認できた。なお、ベーマイトのピークは、14°付近にある。
【0042】
実施例1で得られた引手(ベーマイト皮膜付きの基材)について耐食試験、硬さ試験、耐摩耗試験を行った。耐食試験では、試験片(引手)を0.1%水酸化ナトリウム水溶液に投入し、撹拌しながら90℃×15分浸漬し、この処理の前後における試験片の重量変化を算出し、この算出値に基づいて耐食性を評価する。硬さ試験は、マイクロビッカース硬さ試験機(HM-103、株式会社ミツトヨ製)を使用した。ベーマイト皮膜を機械研磨して除去した試料表面について測定した。測定条件に関しては、試験荷重2.94N、荷重時間15秒とした。耐摩耗試験は、往復摩耗試験機(TRIBOGEAR Type30S 新東化学株式会社)を用いた。試験荷重2.0kg,移動速度に関して196回往復/minとした。引手の相手材としてA5056のアルマイト材を用いた。皮膜に到達する傷があるか否かを観察して行った。これらの結果から、実施例1の引手(ベーマイト皮膜付きの基材)は、基材硬さ、耐食性、及び耐摩耗性において良好な結果が確認できた。
【0043】
実施例2は、水蒸気温度を130℃とした点を除いて実施例1と同様である。実施例3は、基材の材料が異なる点を除いて実施例1と同様である。実施例4では、実施例3と同一の基材の材料を用い、水蒸気温度を130℃とした。この他は、実施例1と同様である。
【0044】
図8は、実施例2のサンプルのSEM画像を示し、図9は、実施例3のサンプルのSEM画像を示し、図10は、実施例4のサンプルのSEM画像を示す。図11は、実施例4のサンプルのEPMA元素分析結果を示す。実施例2~4でも実施例1と同様の結果を確認できた。
【0045】
表1は、合金種類、水蒸気処理温度、及びベーマイト皮膜厚を実施例毎に示す。表2は、(水蒸気処理後の)硬さ試験、耐食試験、及び耐摩耗試験の結果を実施例毎に示す。全実施例において基材硬さが115HV以上であり、スライドファスナーのAl合金製パーツ用途に十分な硬さと言える。全実施例において良好な耐食性が確認できた。耐摩耗性については、実施例1において基材に到達する傷が観察されたが、その個数は、許容範囲内である。
[表1]

[表2]
【0046】
比較例1は、実施例3,4と比較して水蒸気温度を変更したものである。比較例2は、実施例1,2と比較して水蒸気温度を変更したものである。いずれの比較例においても基材硬さが100HV以下であり、実施例と同等の結果が得られなかった。比較例3は、過熱水蒸気処理に代えて100℃の水に引手を浸漬して引手表面のベーマイト皮膜を形成したものである。比較例3について図12に示すSEM画像と図13に示す元素分析結果から単層のベーマイト皮膜が形成されていることが確認できた。比較例4はアルマイト処理したものである。基材硬さは必要条件を満たすが、電気的処理のための設備や加工のコストがとても高いというデメリットがある。
【0047】
上述の教示を踏まえると、当業者をすれば、各実施形態に対して様々な変更を加えることができる。請求の範囲に盛り込まれた符号は、参考のためであり、請求の範囲を限定解釈する目的で参照されるべきものではない。
【符号の説明】
【0048】
2 基材
3 ベーマイト皮膜
3a 第1層
3b 第2層
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13