(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-12
(45)【発行日】2024-01-22
(54)【発明の名称】腸オルガノイド及びその作製方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/07 20100101AFI20240115BHJP
C12N 5/071 20100101ALI20240115BHJP
C12N 5/0735 20100101ALN20240115BHJP
【FI】
C12N5/07 ZNA
C12N5/071
C12N5/0735
(21)【出願番号】P 2021211388
(22)【出願日】2021-12-24
(62)【分割の表示】P 2017115952の分割
【原出願日】2017-06-13
【審査請求日】2021-12-24
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 公開場所:中央合同庁舎第5号館9F 厚生労働記者会 公開日 :平成29年1月6日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 掲載アドレス:https://www.ncchd.go.jp/press/2017/es-organoid.html 掲載日 :平成29年1月12日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 掲載アドレス:https://insight.jci.org/articles/view/86492 https://insight.jci.org/articles/view/86492/version/1/pdf/render https://df6sxcketz7bb.cloudfront.net/manuscripts/86000/86492/jci.insight.86492.sd.pdf 掲載日 :平成29年1月12日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 刊行物名 :日経サイエンス2017年6月号第9~11頁 発行日 :平成29年4月25日 発行者 :株式会社日経サイエンス
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 掲載アドレス:http://www.isscr.org/home/annual-meeting/is scr-2017-boston/program 掲載日 :平成29年1月31日
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000002897
【氏名又は名称】大日本印刷株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】510136312
【氏名又は名称】国立研究開発法人国立成育医療研究センター
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】岡崎 拓矢
(72)【発明者】
【氏名】梅澤 明弘
(72)【発明者】
【氏名】阿久津 英憲
(72)【発明者】
【氏名】内田 孟
【審査官】小金井 悟
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-236716(JP,A)
【文献】国際公開第2006/071911(WO,A2)
【文献】Nat. Med.,2014年11月,Vol.20, No.11,pp.1310-1314
【文献】Nat. Med.,2017年01月,Vol.23, No.1,pp.49-59
【文献】阿久津英憲,ヒトミニチュア腸の作製~小腸研究のための新たなバイオモデル開発~,第28回日本小腸移植研究会プログラム・抄録集,2016年02月,p.15
【文献】Regenerative Therapy,2015年,Vol.1,pp.18-29
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00- 7/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
空洞を内包する構造を有し、
外表面の少なくとも一部に腸上皮細胞を含む上皮層を含み、
前記上皮層よりも内部に筋細胞及び/又は神経細胞を含み、
前記上皮層が、嚢胞性線維症膜コンダクタンス制御因子(CFTR)陽性細胞を含
み、
Villinが、前記上皮層の外表面に局在し、且つ、
前記腸上皮細胞は、CDX2の発現が陽性である、
ことを特徴とする、
腸オルガノイド。
【請求項2】
前記上皮層が、前記腸オルガノイドの外側に向いた微絨毛を含む、
請求項1に記載の腸オルガノイド。
【請求項3】
粘液及び/又はセロトニンを外部に分泌する能力を有する、
請求項1又は2に記載の腸オルガノイド。
【請求項4】
前記上皮層が、嚢胞性線維症膜コンダクタンス制御因子(CFTR)陽性細胞、杯細胞、及び、セロトニン陽性細胞を含む、
請求項1~3のいずれか1項に記載の腸オルガノイド。
【請求項5】
前記腸上皮細胞が、内部に顆粒を含む、
請求項1~4のいずれか1項に記載の腸オルガノイド。
【請求項6】
外部から物質を吸収する能力を、腸オルガノイドの構造を破壊することなく測定することができる、
請求項1~5のいずれか1項に記載の腸オルガノイド。
【請求項7】
内部に液体を保持している、
請求項1~6のいずれか1項に記載の腸オルガノイド。
【請求項8】
前記上皮層よりも内部にカハール介在細胞を含む、
請求項1~7のいずれか1項に記載の腸オルガノイド。
【請求項9】
胚性幹細胞に由来する、
請求項1~8のいずれか1項に記載の腸オルガノイド。
【請求項10】
基材と、該基材の表面上に形成された細胞接着領域及び該細胞接着領域の周囲を囲う細胞非接着領域とを備える細胞培養基材上に、胚性幹細胞及び人工多能性幹細胞から選択される細胞を播種する工程1、及び
工程1で播種された細胞を培養する工程2
を含み、
工程2が、
工程1で播種された細胞の一部が、内胚葉系細胞へ分化すること、及び
工程1で播種された細胞の一部が、外胚葉系細胞へ分化すること
を含み、
工程2は、インスリン様増殖因子(IGF)、ヘレグリン、及び、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)を含む培地中で、播種から30日後~130日後まで細胞を培養することを含む、
腸オルガノイドの作製方法により作製されたものである、
請求項1~9のいずれか1項に記載の腸オルガノイド。
【請求項11】
前記腸オルガノイドの作製方法の工程2は、前記培養の前に、工程1で播種された細胞を、Y-27632を含み、異種成分を含まず、血清代替物を含む培地で1日培養した後、Y-27632及び異種成分を含まず、血清代替物を含む培地で3日培養することを含む、
請求項10に記載の腸オルガノイド。
【請求項12】
前記腸オルガノイドの作製方法の工程2における、インスリン様増殖因子(IGF)、ヘレグリン、及び、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)を含む前記培地は、異種成分を含まない、
請求項10又は11に記載の腸オルガノイド。
【請求項13】
請求項1~12のいずれか1項に記載の腸オルガノイドを培養する方法であって、
前記腸オルガノイドを、インスリン様増殖因子(IGF)、及び、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)を含む培地中に浮遊培養すること
を含む方法。
【請求項14】
前記培地がヘレグリンを更に含む、
請求項13に記載の方法。
【請求項15】
前記培地が異種成分を含まない、
請求項13又は14に記載の方法。
【請求項16】
インスリン様増殖因子(IGF)、及び、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)を含む、
請求項1~12のいずれか1項に記載の腸オルガノイドを培養するための培地。
【請求項17】
ヘレグリンを更に含む、
請求項16に記載の培地。
【請求項18】
異種成分を含まない、
請求項16又は17に記載の培地。
【請求項19】
請求項1~12のいずれか1項に記載の腸オルガノイドを作製する方法であって、
基材と、該基材の表面上に形成された細胞接着領域及び該細胞接着領域の周囲を囲う細胞非接着領域とを備える細胞培養基材上に、胚性幹細胞及び人工多能性幹細胞から選択される細胞を播種する工程1、及び
工程1で播種された細胞を培養する工程2
を含み、
工程2が、
工程1で播種された細胞の一部が、内胚葉系細胞へ分化すること、及び
工程1で播種された細胞の一部が、外胚葉系細胞へ分化すること
を含み、
工程2は、インスリン様増殖因子(IGF)、ヘレグリン、及び、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)を含む培地中で、播種から30日後~130日後まで細胞を培養することを含む、
前記方法。
【請求項20】
工程2は、前記培養の前に、工程1で播種された細胞を、Y-27632を含み、異種成分を含まず、血清代替物を含む培地で1日培養した後、Y-27632及び異種成分を含まず、血清代替物を含む培地で3日培養することを含む、
請求項19に記載の方法。
【請求項21】
工程2における、インスリン様増殖因子(IGF)、ヘレグリン、及び、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)を含む前記培地は、異種成分を含まない、
請求項19又は20に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腸に類似した機能を有する腸オルガノイド及びその作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
腸は三胚葉(内胚葉、外胚葉、中胚葉)に由来する細胞を含む複雑な器官である。腸は、内胚葉に由来する腸上皮細胞(腸細胞、杯細胞、内分泌細胞、刷子細胞、パネート細胞、M細胞等)、中胚葉に由来するリンパ組織、平滑筋細胞、カハール介在細胞、外肺葉に由来する腸管神経叢等が複雑に組み合わされて、分泌、吸収、蠕動運動等の機能を奏する。
【0003】
一方、胚性幹細胞(ES細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)等の多能性幹細胞は目的細胞に分化誘導することができ、再生医療の分野での応用が期待されている。
【0004】
近年、多能性幹細胞や単離された組織前駆細胞から、腸に類似した機能を有する「腸オルガノイド」を作製する技術が報告されている(非特許文献1等)。
【0005】
特許文献1では、(a)未分化胚性幹細胞を回収し、回収された該未分化胚性幹細胞をBDNFを含む培地中でハンギングドロップ培養し、胚様体を誘導する工程、(b)工程(a)で誘導された胚様体を培養ディッシュ上に付着させ、さらに培養する工程、を含んでなる、壁内神経系を備えた腸管様細胞塊を構築する方法が開示されている。
【0006】
特許文献2では、三次元立体培養系を用いて純化iPS細胞から胚様体を形成及び培養し、その後、二次元付着培養系を用いて該胚様体を培養し、これによって腸管を分化誘導することを含む、人工腸管を作製する方法が開示されている。
【0007】
特許文献3では、以下の工程(1)~(3)を含む、人工多能性幹細胞を腸管上皮細胞へ分化誘導する方法:(1)人工多能性幹細胞を内胚葉様細胞へと分化させる工程;(2)工程(1)で得られた内胚葉様細胞を腸管幹細胞様細胞へと分化させる工程;(3)工程(2)で得られた腸管幹細胞様細胞を腸管上皮細胞様細胞へと分化させる工程であって、MEK1阻害剤、DNAメチル化阻害剤及びTGFβ受容体阻害剤からなる群より選択される一以上の化合物とEGFの存在下での培養を含む工程、が開示されている。
【0008】
特許文献4では、胚性幹細胞及び/又は人工多能性幹細胞から腸構造体を作製する方法であって、所定の面積を有する細胞接着領域のパターンが形成された基材上で細胞培養を行う方法が開示されている。
【0009】
特許文献5では、人工多能性幹細胞から内胚葉系細胞を分化誘導する方法であって、所定の面積を有する細胞接着領域のパターンが形成された基材上で細胞培養を行う方法が開示されている。
【0010】
一方、腸に作用する薬剤の効果を試験する方法として、Caco-2 細胞、又は、特定のトランスポーターの過剰発現細胞を用いた、双方向性の経細胞輸送能試験(Caco-2 細胞膜透過性試験)が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開2006-239169号公報
【文献】WO2010/143747
【文献】WO2014/132933
【文献】特開2014-236716号公報
【文献】特開2015-15943号公報
【非特許文献】
【0012】
【文献】Spence JR, et al. Directed differentiation of human pluripotent stem cells into intestinal tissue in vitro. Nature. 2011;470(7332):105-109
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
Caco-2 は結腸腺癌細胞であり、小腸上皮細胞による低分子化合物の吸収を正確に反映するものとは言い難い。また Caco-2 細胞膜透過性試験は、半透過性メンブレン(トランスウェル)上に単層膜を形成するが、漏れがあってはならず、アッセイ前に経上皮電気抵抗(TEER)の測定などが必要であり操作が煩雑であった。また、TEER 測定時、電極で Caco-2 細胞膜に傷をつけやすいという問題点があった。
【0014】
腸に類似した機能を有する腸オルガノイドを作製することができれば、腸関連疾患を予防又は治療するための薬剤の開発や、腸関連疾患の病理研究に有用であると期待される。しかし、従来提供されている腸オルガノイドは必ずしも満足できるものではなかった。
【0015】
非特許文献1に記載の方法は、ヒト多能性幹細胞を、アクチビン処理等を行って中胚葉及び外胚葉への分化を抑制しつつ内胚葉へ分化するように培養して腸上皮構造を作製し、その一方で、神経堤細胞を作製し、両者を組み合わせて腸オルガノイドを作製するというものである。この方法は操作が複雑であり、且つ、生体での三胚葉の自然な発生を模倣するものではない。
【0016】
また、特許文献1~5に記載された方法で製造される細胞構造物は腸と同等の機能を備えたものではなく、なお改善の余地があった。
【課題を解決するための手段】
【0017】
そこで本発明は、腸と同等の機能を備える腸オルガノイド、その作製方法、腸オルガノイド作製に適した培地、及び、腸オルガノイド作製に適したキットを提供する。具体的には、本発明は、以下の発明を包含する。
【0018】
(1) 胚性幹細胞及び/又は人工多能性幹細胞に由来し、
空洞を内包する構造を有し、
長軸方向の長さが5mm以上であることを特徴とする腸オルガノイド。
(2) 内胚葉系細胞、外胚葉系細胞及び中胚葉系細胞を含む、(1)に記載の腸オルガノイド。
(3) 外表面に腸上皮細胞を含む、(1)又は(2)に記載の腸オルガノイド。
(4) 基材と、該基材の表面上に形成された細胞接着領域及び該細胞接着領域の周囲を囲う細胞非接着領域とを備える細胞培養基材上に、胚性幹細胞及び人工多能性幹細胞から選択される細胞を播種する工程1、及び
工程1で播種された細胞を培養する工程2
を含み、
工程2が、
工程1で播種された細胞の一部が、内胚葉系細胞へ分化すること、及び
工程1で播種された細胞の一部が、外胚葉系細胞へ分化すること
を含む腸オルガノイドの作製方法。
(5) 工程2において、工程1で播種された細胞の一部の内胚葉系細胞への分化時期が、工程1で播種された細胞の一部の外胚葉系細胞への分化時期よりも先である、(4)記載の方法。(6) 工程2が、工程1で播種された細胞の一部が、播種から播種後14日までに、内胚葉系細胞へ分化することを含む、(4)又は(5)に記載の方法。
(7) 工程2が、工程1で播種された細胞の一部が、播種後15日以降に、外胚葉系細胞へ分化することを含む、(4)~(6)のいずれかに記載の方法。
(8) 工程2が、インスリン様増殖因子(IGF)、及び、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)を含む培地中で細胞を培養することを含む、(4)~(7)のいずれかに記載の方法。
(9) 前記培地が、ヘレグリンを更に含む、(8)に記載の方法。
(10) 工程2を異種成分非存在条件で行う、(4)~(9)のいずれかに記載の方法。
(11) 基材と、該基材の表面上に形成された細胞接着領域及び該細胞接着領域の周囲を囲う細胞非接着領域とを備える細胞培養基材上に、胚性幹細胞及び人工多能性幹細胞から選択される細胞を播種する工程1、及び
工程1で播種された細胞を培養する工程2
を含み、
工程2が、インスリン様増殖因子(IGF)、及び、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)を含む培地中で細胞を培養することを含む、腸オルガノイドの作製方法。
(12) 前記培地がヘレグリンを更に含む、(11)に記載の方法。
(13) 工程2を異種成分非存在条件で行う、(11)又は(12)に記載の方法。
(14) インスリン様増殖因子(IGF)、及び、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)を含む、腸オルガノイド作製用分化誘導培地。
(15) ヘレグリンを更に含む、(14)に記載の腸オルガノイド作製用分化誘導培地。
(16) 異種成分を含まない、(14)又は(15)に記載の腸オルガノイド作製用分化誘導培地。
(17) (14)~(16)のいずれかに記載の腸オルガノイド作製用分化誘導培地、並びに、
基材と、該基材の表面上に形成された細胞接着領域及び該細胞接着領域の周囲を囲う細胞非接着領域とを備える細胞培養基材
を含む、腸オルガノイド作製用キット。
【発明の効果】
【0019】
本発明の腸オルガノイドは、十分な大きさを有し、腸と同等の機能を有し、内包する空洞内に外側から物質を取り込むことができるため、腸関連疾患を予防又は治療するための薬剤の開発や、腸関連疾患の病理研究に有用である。
本発明の腸オルガノイドの作製方法によれば、胚性幹細胞及び人工多能性幹細胞から選択される細胞から、腸オルガノイドを容易に製造することができる。
本発明の分化誘導培地及びキットは、腸オルガノイドの作製に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1A】
図1Aは、細胞接着領域のパターンが形成された細胞培養基材上での、ヒト多能性幹細胞からの腸オルガノイドの生成過程を模式的に示す。
【
図1B】
図1B左図は、細胞培養基材の親水性ポリマーにより被覆された直径1.5 mmの円形の細胞接着領域のパターンが多数形成された細胞培養基材を示す(スケールバー:15 mm)。
図1B右図は、ヒトES細胞が、各円形細胞接着領域のみに接着し増殖することを示す(スケールバー:500 μm)。
【
図1C】
図1Cは、培養中のオルガノイドの経時的変化を示す写真である。
図1CにおいてD3、D7、D14、D33、D43及びD63はそれぞれ培養の第3日、第7日、第14日、第33日、第43日、第63日を示す。
図1Cの上段及び下段右ではスケールバーは200 μmを示し、
図1C下段左ではスケールバーは50 μmを示す。
【
図1D】
図1Dは、培養第129日に腸と同様の運動性が維持されている6つの腸オルガノイドの写真を示す。
図1D中スケールバーは5 mmを示す。
【
図2A】
図2Aは、ヒト胚性幹細胞(hESC)を用いた場合の、培養の各時点でのバイオマーカー遺伝子の発現レベルの分析結果を示す。発現レベルの値は、GAPDHに対する相対発現量を、平均値±SEM として示す。横軸のESは、未分化ES細胞、D7は培養第7日のオルガノイド、D14は培養第14日のオルガノイド、D21は培養第21日のオルガノイドの測定値を示す。未分化ES細胞での発現レベルに対する、各時点のオルガノイドでの発現レベルの差の有意性を、ステューデントt検定により検定した(** P < 0.01) (n = 3-6)。
【
図2B】
図2Bは、蠕動能を有する培養第100日の腸オルガノイドのH&E染色の結果を示す。
図2B左のスケールバーは2 mm、
図2B右のスケールバーは200 μmを示す。
【
図2C】
図2Cは、培養第60日の分化したオルガノイドをAlcian Blue染色した結果を示す。
図2C中スケールバーは100 μmを示す。白矢頭で示す位置に杯細胞が確認された。
【
図2D】
図2Dは、培養第50日の分化した腸オルガノイド及びヒト成人小腸における、細胞マーカー遺伝子の相対発現量を示す。ヒト成人小腸での発現レベルに対する、オルガノイドでの発現レベルの差の有意性を、Mann-Whitney順位和検定により検定した (* P < 0.05, ** P < 0.01)。
図2Dにおいて各発現量は、3つの独立した実験(n = 3-4)から得られた値の平均値±SEMとして示す。
【
図3A】
図3Aは、ヒト胚性幹細胞(hESC)から得られた培養第50~60日のオルガノイドの、腸の分化マーカーの免疫染色結果を示す。腸分化マーカーとして、ビリン(villin)、leucine-rich repeat containing G protein-coupled receptor 5(LGR5)、CDX2、E-カドヘリン (ECAD)、クロモグラニンA (CGA)、ムチン-2 (MUC2)、パネート細胞特異的ディフェンシンα-6 (DEFA6)、α-平滑筋アクチン(SMA)、及び、protein gene product 9.5 (PGP9.5)を用いた。細胞核をDAPI により対比染色した。
図3A下段右において、α-SMA陽性の平滑筋層中のPGP9.5陽性の腸神経細胞を矢頭で示す。
図3Aのスケールバーは、上段左、上段中、下段右では50 μmを示し、上段右、下段左、下段中では100 μmを示す。
【
図3B】
図3Bは、腸に特徴的な刷子縁微絨毛を有する腸細胞(
図3B左)、分泌顆粒を有するパネート細胞(黒矢頭)、及び、ムチン顆粒を有する杯細胞(黄矢頭)を示す電子顕微鏡観察像である。スケールバーは
図3B左では10 μm、
図3B右では5 μmを示す。
【
図3C】
図3Cは、pPB-hLgr5p-EGFP-neoが導入されたヒト胚性幹細胞(hESC)から形成されたオルガノイドが、LGR5プロモーター制御によりEGFPを発現したことを示す。この実験系においてEGFPを発現する細胞は、LGR5陽性細胞である。培養第34日のオルガノイドの全体像を
図3C上段左に示し、
図3C上段左において枠で囲った腸管様の構造の拡大像を
図3C上段右に示す。
図3C上段右において枠で囲った部分の、蛍光顕微鏡による観察像を
図3C下段左に示す。
図3C下段左の観察像から、培養第34日の腸オルガノイドでは、EGFP陽性細胞は比較的少数であること分かる。培養第41日の腸オルガノイドではEGFP陽性細胞が増えていることが確認された(
図3C下段右)。
図3C上段左においてスケールバーは300 μmを示し、
図3C上段右、下段左、下段右においてスケールバーは100 μmを示す。
【
図4A】
図4Aは、α-平滑筋アクチン(SMA)を免疫組織化学染色した、培養第60日の腸オルガノイドの観察像を示す。スケールバーは200 μmを示す。
【
図4B】
図4Bは、カハール細胞の免疫染色の結果を示す。スケールバーは50 μmを示す。CKIT及びS-100の二重陽性細胞を矢頭で示す。CKIT及びS-100の二重陽性細胞は、腸筋層間及び粘膜下層の神経叢に確認された。
【
図4C】
図4Cは、ヒト胚性幹細胞(hESC)の培養第60日の腸オルガノイドにおける、腸管内分泌細胞マーカーである、神経伝達物質セロトニンの分布を示す。スケールバーは100 μmを示す。
図4Cにおいて矢頭で示すセロトニン陽性細胞は、被蓋上皮に存在が確認され、三角形の形状であった。
【
図4D】
図4Dは、蠕動能を有する腸オルガノイドの収縮性を示す。縦軸のアスペクト比は、腸オルガノイドの最長径と最短径との比に基づいて、動画の撮像のフレーム毎に算出した。動画は毎秒30フレームとして撮影した。収縮の波は薬剤による処理前(フレーム1-160)から記録されており、ヒスタミン処理により収縮の頻度が高まり、アトロピン処理により収縮の頻度が低下したことが
図4Dにより示されている。
【
図4E】
図4Eは、蠕動能を有さないオルガノイドは、ヒスタミン処理によっても収縮しなかったことを示す。
【
図4F】
図4Fは、ヒト腸組織、蠕動能を有するオルガノイド、蠕動能を有さないオルガノイドの、ヒスタミンH1受容体の免疫染色の結果を示す。細胞核はDAPIにより対比染色した。蠕動能を有するオルガノイドだけでなく、蠕動能を有さないオルガノイドにも、上皮と間葉領域にヒスタミンH1受容体陽性細胞が確認された。
図4Fでのスケールバーは20μmを示す。
【
図5A】
図5Aは、ヒト胚性幹細胞(hESC)に由来する培養第50日の腸オルガノイドでの、腸オリゴペプチドトランスポーター(PEPT1)及び主なATP結合カセット(ABC)トランスポーターであるABCB1及びABCG2の発現レベルを、定量的RT-PCRにより分析し、健常成人小腸でのそれらの発現レベルと比較した結果を示す。統計解析は、t検定又はMann-Whitney順位和検定により行った (** P < 0.01)。値は、平均値(%)±SEMとして示す(n = 3)。
【
図5B】
図5Bの上段左右及び下段左は、腸オルガノイドを、蛍光標識ジペプチドβ-Ala-Lys-AMCAにより、アンギオテンシン変換酵素阻害剤カプトプリルが存在する又は存在しない条件にて処理した実験の結果を示す。
図5Bの上段左右及び下段左のそれぞれにおいて、左側の腸オルガノイドがカプトプリル存在下で前記ジペプチドにより処理したものであり、右側の腸オルガノイドがカプトプリル不存在下で前記ジペプチドにより処理したものである。
図5B上段左が明視野観察像、上段右が蛍光観察像、下段左がそれらを重ね合わせたものである。各群についてn=3とした。スケールバーは200 μmを示す。腸オルガノイドは、ジペプチドを取り込むことができ、その取り込みはカプトプリルにより阻害されることが確認された。
図5B下段右は、ジペプチド取り込みアッセイの手順を模式的に示す。
【
図5C】
図5Cはβ-Ala-Lys-AMCAの取り込み量を定量するために、腸オルガノイドを、10 μM, 100 μM又は1 mMのカプトプリルを添加した又は無添加の条件にて培養し、AMCAの蛍光シグナルを、トップステージインキュベーター(5% CO
2、37℃)を備えた蛍光顕微鏡(BZ-X710; Keyence)を用いて観察し、蛍光シグナル強度を、Hybrid Cell Count/BZ-H3C (Keyence)を用いて定量した結果を示す。この結果からは、カプトプリルの濃度依存性は確認できなかった。
【
図6A】
図6Aは、ヒト胚性幹細胞(hESC)に由来する培養第115日の腸オルガノイドを、嚢胞性線維症膜コンダクタンス制御因子(CFTR)のマーカーで免疫染色し、蛍光顕微鏡で観察した観察像を示す。
図6A左は腸オルガノイド、右はヒト腸の観察結果である。CFTRを緑、アクチンを赤、DAPIを青で示す。
【
図6B】
図6Bは、フォルスコリンにより腸オルガノイドの膨張が誘導されることを示す。ヒト胚性幹細胞(hESC)に由来する腸オルガノイドを、タイムラプス蛍光レーザー共焦点顕微鏡(Keyence)によりモニターした。腸オルガノイドの表面積を、Hybrid Cell Count/BZ-H3C (Keyence)を用いて計測した。正規化したオルガノイドの総表面積を求め、各実験条件につき3つの別個のウェルからの測定値の平均値を求めた。フォルスコリン処理オルガノイド(19分)を、処理前のオルガノイド(0分、569 μm)と重ね合わせた。
【
図7A】
図7Aでは、蠕動能を有しない分化した腸オルガノイド(培養第52日)における細胞バイオマーカーの発現量の解析結果を示す。各マーカーの発現量をGAPDHの発現量により正規化した値として示す。蠕動能を有しない腸オルガノイドでのバイオマーカー遺伝子発現量は、成人小腸での遺伝子発現量と同等であった。統計解析は、t検定又はMann-Whitney順位和検定により行った (* P < 0.05, ** P<0.01)。値は、平均値(%)±SEMとして示す(n = 3)。
【
図7B】
図7Bは、蠕動能を有しない腸オルガノイドでのアルブミン又はインスリンの発現レベルを示す。腸オルガノイドではこれらの遺伝子の発現は検出できなかった。データは、独立した3つの実験から取得したものである(n=3-6)。
【
図7C】
図7Cは、蠕動能を有しない腸オルガノイドを、CDX2、E-カドヘリン(ECAD)及びα-平滑筋アクチン(SMA)について免疫染色した結果を示す。細胞核をDAPIにより対比染色した。スケールバーは100 μmを示す。蠕動能を有しない腸オルガノイドでは、CDX2及びECAD陽性の上皮層が確認されたが、間葉領域におけるSMAの発現レベルは低かった。
【
図7D】
図7Dの左図は、蠕動能を有しない腸オルガノイドを、ニューロフィラメントとCDX2について免疫染色した結果を示す。細胞核をDAPIにより対比染色した。
図7Dの右図は、蠕動能を有する腸オルガノイドを、同様に染色した結果を示す。スケールバーは50μmを示す。蠕動能を有する腸オルガノイドでは、間葉領域においてニューロフィラメントによるニューロンネットワークの発達が認められたのに対して、蠕動能を有しない腸オルガノイドではニューロフィラメントは殆ど検出されなかった。
【
図8A】
図8Aは、培養第35日の腸オルガノイド1つを免疫不全マウス成体の腎臓被膜の下に移植したことを示す。スケールバーは200 μmを示す。
【
図8B】
図8Bは、移植6週間後のEGFPを恒常的に発現するオルガノイドが、マウス腎皮膜下に存在していることを示す。
図8B右図には、マウス腎臓の輪郭を点線で示す。スケールバーは1mmを示す。
【
図8C】
図8Cは、移植された腸オルガノイドを、ヘマトキシリン・エオシン(H&E)染色したものの観察像を示す。
図8C左ではスケールバーは500μmを示し、
図8C右ではスケールバーは100μmを示す。管腔構造及び積層構造が形成されていることが確認された。
【
図8D】
図8Dは、移植された腸オルガノイドは、積層された腸筋の構造(α-SMA染色)を形成したことを示す。MUC2及びCDX2は上皮層において発現していた。E-カドヘリン(ECAD)及びNa+/K+-ATPaseは、クロモグラニンA(CGA)陽性の高度に分化した腸内分泌細胞及びDEFA6陽性のパネート細胞と同じ領域に分布していることが示された。また、神経マーカーPGP9.5の発現も、平滑筋の間葉系領域に見られた。スケールバーは、
図8Dの上段では100 μmを示し、下段では50 μmを示す。
【
図9A】
図9Aは、ヒトiPS細胞が、培養第10日において、細胞接着領域のみに接着し増殖していたことを示す。スケールバーは500 μmを示す。
【
図9B】
図9Bは、培養第42日のヒトiPS細胞由来腸オルガノイドが自己組織化された嚢胞状スフェロイドを形成したことを示す。ヒトES細胞由来腸オルガノイドと同様に、ヒトiPS細胞由来腸オルガノイドもまた、薄い細胞の壁により囲まれた単純な嚢胞状スフェロイドか、中実の部分と、部分的に嚢胞状の突起とを有する二成分スフェロイドかのいずれかに分類された。スケールバーは200 μmを示す。
【発明を実施するための形態】
【0021】
1.腸オルガノイド
本発明において「腸オルガノイド」とは、細胞の起源生物の腸、特にヒト等の哺乳動物の腸、特にヒト腸に類似した機能(具体的には、蠕動運動する機能、粘液分泌機能、物質吸収機能等)を有する組織構造体を指す。
【0022】
本発明の腸オルガノイドは、胚性幹細胞(ES細胞)及び/又は人工多能性幹細胞(iPS細胞)に由来する腸オルガノイドである。
【0023】
本発明において使用される胚性幹細胞(ES細胞)は、好ましくは哺乳動物由来のES細胞であり、例えば、マウスなどのげっ歯類又はヒトなどの霊長類由来のES細胞などを使用することができる。特に好ましくは、マウス又はヒト由来のES細胞を使用する。ES細胞は、動物の発生初期段階である胚盤胞期の胚の一部に属する内部細胞塊より作られる幹細胞株を指し、生体外にて、理論上すべての組織に分化する分化多能性を保ちつつ、ほぼ無限に増殖させることができる。ES細胞としては、例えば、その分化の程度の確認を容易とするために、Pdx1遺伝子付近にレポーター遺伝子を導入した細胞を用いることができる。例えば、Pdx1座にLacZ遺伝子を組み込んだ129/Sv由来ES細胞株又はPdx1プロモーター制御下のGFPレポータートランスジーンをもつES細胞SK7株などを使用することができる。あるいは、Hnf3β内胚葉特異的エンハンサー断片制御下のmRFP1レポータートランスジーン及びPdx1プロモーター制御下のGFPレポータートランスジーンを有するES細胞PH3株を使用することもできる。また、国立成育医療研究センターの生殖・細胞医療研究部で樹立し、Akutsu H, et al. Regen Ther. 2015;1:18-29 に開示したES細胞株である、SEES1, SEES2, SEES3, SEES4、SEES5、SEES6又はSEES7や、これらのES細胞株に更なる遺伝子を導入した細胞株を使用することもできる。
【0024】
本発明において使用される人工多能性幹細胞(iPS細胞)は、体細胞を初期化することによって得られる多能性を有する細胞である。人工多能性幹細胞の作製は、京都大学の山中伸弥教授らのグループ、マサチューセッツ工科大学のルドルフ・ヤニッシュ(Rudolf Jaenisch)らのグループ、ウイスコンシン大学のジェームス・トムソン(James Thomson)らのグループ、ハーバード大学のコンラッド・ホッケドリンガー(Konrad Hochedlinger)らのグループなどを含む複数のグループが成功している。例えば、国際公開WO2007/069666号公報には、Octファミリー遺伝子、Klfファミリー遺伝子及びMycファミリー遺伝子の遺伝子産物を含む体細胞の核初期化因子、並びにOctファミリー遺伝子、Klfファミリー遺伝子、Soxファミリー遺伝子及びMycファミリー遺伝子の遺伝子産物を含む体細胞の核初期化因子が記載されており、さらに体細胞に上記核初期化因子を接触させる工程を含む、体細胞の核初期化により誘導多能性幹細胞を製造する方法が記載されている。
【0025】
iPS細胞の作製に用いる体細胞の種類は特に限定されず、任意の体細胞を用いることができる。即ち、本発明で言う体細胞とは、生体を構成する細胞の内生殖細胞以外の全ての細胞を包含し、分化した体細胞でもよいし、未分化の幹細胞でもよい。体細胞の由来は、哺乳動物、鳥類、魚類、爬虫類、両生類の何れでもよく特に限定されないが、好ましくは哺乳動物(例えば、マウスなどのげっ歯類、又はヒトなどの霊長類)であり、特に好ましくはマウス又はヒトである。また、ヒトの体細胞を用いる場合、胎児、新生児又は成人の何れの体細胞を用いてもよい。体細胞の具体例としては、例えば、線維芽細胞(例えば、皮膚線維芽細胞)、上皮細胞(例えば、胃上皮細胞、肝上皮細胞、肺胞上皮細胞)、内皮細胞(例えば血管、リンパ管)、神経細胞(例えば、ニューロン、グリア細胞)、すい臓細胞、血球細胞、骨髄細胞、筋肉細胞(例えば、骨格筋細胞、平滑筋細胞、心筋細胞)、肝実質細胞、非肝実質細胞、脂肪細胞、骨芽細胞、歯周組織を構成する細胞(例えば、歯根膜細胞、セメント芽細胞、歯肉線維芽細胞、骨芽細胞)、腎臓・眼・耳を構成する細胞などが挙げられる。
【0026】
iPS細胞は、所定の培養条件下(例えば、ES細胞を培養する条件下)において長期にわたって自己複製能を有し、また所定の分化誘導条件下において外胚葉、中胚葉及び内胚葉への多分化能を有する幹細胞のことを言う。また、本発明におけるiPS細胞はマウスなどの試験動物に移植した場合にテラトーマを形成する能力を有する幹細胞でもよい。
【0027】
体細胞からiPS細胞を製造するためには、まず、少なくとも1種類以上の初期化遺伝子を体細胞に導入する。初期化遺伝子とは、体細胞を初期化してiPS細胞とする作用を有する初期化因子をコードする遺伝子である。初期化遺伝子の組み合わせの具体例としては、以下の組み合わせを挙げることができるが、これらに限定されるものではない。
(i)Oct遺伝子、Klf遺伝子、Sox遺伝子、Myc遺伝子
(ii)Oct遺伝子、Sox遺伝子、NANOG遺伝子、LIN28遺伝子
(iii)Oct遺伝子、Klf遺伝子、Sox遺伝子、Myc遺伝子、hTERT遺伝子、SV40 largeT遺伝子
(iv)Oct遺伝子、Klf遺伝子、Sox遺伝子
【0028】
一実施形態において、腸オルガノイドは空洞を内包する構造を有する。該空洞は、内部に液体を保持できるように閉じた空洞であることが好ましい。空洞を内包する腸オルガノイドは、外側に存在する物質を前記空洞内に取り込むことができるため、薬物代謝を評価する用途に有用である。
【0029】
一実施形態に係る腸オルガノイドは、長軸方向の長さが5mm以上であり、好ましくは8mm以上であり、より好ましくは10mm以上であり、より好ましくは12mm以上であり、より好ましくは15mm以上である。背景技術の欄で言及した報告も含めて、従来、長軸方向の長さがこのような大寸法の腸オルガノイドは作製された例はない。大寸法の腸オルガノイドは、薬物の影響を調べる試験に用いた場合に、小寸法の腸オルガノイドと比べて高精度の試験が可能であるとともに、取扱いが容易であるため好ましい。例えば、大寸法の腸オルガノイドが内包する空洞には、多量の液体を保持することができるため、大寸法の腸オルガノイドを緩衝液中で浮遊させた状態で、緩衝液中に試験薬物を含ませ、一定時間経過後に腸オルガノイドを引き揚げ、空洞中の液体を取り出して分析するなどの、従来の腸オルガノイドでは不可能であった分析も容易である。また、空洞内に収容される液体の容量が大きいため、質量分析を用いなくとも、蛍光観察等の簡便な評価手法も利用することができる。
【0030】
ここで「長軸方向の長さ」は、適当な緩衝液中の腸オルガノイドを目視又は光学顕微鏡を用いて観察したときの観察像において、腸オルガノイドの観察像の輪郭上の、輪郭内のみを通る一本の直線で結ぶことができる二点間の距離のうち最長の距離を指す。個々の腸オルガノイドの輪郭は蠕動運動により変形し得るが、測定した最大値を長軸方向の長さとすればよい。
【0031】
腸オルガノイドの全体の形状は特に限定されないが粒状であることが通常である。「粒状」は球状も包含する。
腸オルガノイドは好ましくは、内胚葉系細胞、外胚葉系細胞及び中胚葉系細胞を含む。
【0032】
内胚葉は消化管のほか肺、甲状腺、膵臓、肝臓などの器官の組織、消化管に開口する分泌腺の細胞、腹膜、胸膜、喉頭、耳管、気管、気管支、尿路(膀胱、尿道の大部分、尿管の一部)などを形成する。ES細胞又はiPS細胞から内胚葉系細胞への分化は、内胚葉に特異的な遺伝子の発現量を測定することにより確認することができる。内胚葉に特異的な遺伝子としては、後述するもののほかに、例えば、AFP、SERPINA1、SST、ISL1、IPF1、IAPP、EOMES、HGF、ALBUMIN、PAX4、TAT等を挙げることができる。
【0033】
腸オルガノイドに含まれ得る内胚葉系細胞としては特に腸上皮細胞が挙げられる。腸オルガノイドは、腸上皮細胞として、腸細胞、杯細胞、腸管内分泌細胞及びパネート細胞から選択される1以上を含むことが好ましく、腸上皮細胞として、腸細胞、杯細胞、腸管内分泌細胞及びパネート細胞を全て含むことが特に好ましい。腸オルガノイドに内胚葉系細胞が存在することは内胚葉系細胞のマーカーの発現が陽性であることに基づき判断できる。腸細胞マーカーとしてはCDX2、杯細胞マーカーとしてはMUC2、腸管内分泌細胞マーカーとしてはCGA、パネート細胞マーカーとしてはDEFA6が挙げられる。そのほか、ECAD、Na+/K+-ATPase、ビリンが腸上皮細胞のマーカーである。また、胚体内胚葉マーカーFOXA2、SOX17又はCXCR4も内胚葉系細胞を判別するためのマーカーとして利用できる。また、初期内胚葉及び中胚葉のマーカーであるGATA4、GATA6又はT(Brachyury)も、内胚葉系細胞を判別するためのマーカーとして利用できる。
【0034】
外胚葉は皮膚の表皮や男性の尿道末端部の上皮、毛髪、爪、皮膚腺(乳腺、汗腺を含む)、感覚器(口腔、咽頭、鼻、直腸の末端部の上皮を含む、唾液腺)水晶体などを形成する。外胚葉の一部は発生過程で溝状に陥入して神経管を形成し、脳や脊髄などの中枢神経系のニューロンやメラノサイトなどの元にもなる。また末梢神経系も形成する。ES細胞又はiPS細胞から外胚葉系細胞への分化は、外胚葉に特異的な遺伝子の発現量を測定することにより確認することができる。外胚葉に特異的な遺伝子としては、後述するもののほかに、例えば、β-TUBLIN、NESTIN、GALANIN、GCM1、GFAP、NEUROD1、OLIG2、SYNAPTPHYSIN、DESMIN、TH等を挙げることができる。
【0035】
腸オルガノイドに含まれ得る外胚葉系細胞としては特に腸管神経叢を構成する細胞が挙げられる。腸オルガノイドに外胚葉系細胞が存在することは外胚葉系細胞のマーカーの発現が陽性であることに基づき判断できる。外胚葉系細胞を判別するためのマーカーとしては腸管神経叢マーカーPGP9.5や、神経前駆細胞マーカーSOX1が利用できる。
【0036】
中胚葉は体腔及びそれを裏打ちする中皮、筋肉、骨格、皮膚真皮、結合組織、心臓、血管(血管内皮も含む)、血液(血液細胞も含む)、リンパ管、脾臓、腎臓、尿管、性腺(精巣、子宮、性腺上皮)を形成する。ES細胞又はiPS細胞から中胚葉系細胞への分化は、中胚葉に特異的な遺伝子の発現量を測定することにより確認することができる。中胚葉に特異的な遺伝子としては、後述するもののほかに、例えば、FLK-1、COL2A1、FLT1、HBZ、MYF5、MYOD1、RUNX2、PECAM1等を挙げることができる。
【0037】
腸オルガノイドに含まれ得る中胚葉系細胞としては特に平滑筋細胞、カハール介在細胞が挙げられる。腸オルガノイドに中胚葉系細胞が存在することは、中胚葉系細胞マーカーの発現が陽性であることに基づき判断できる。中胚葉系細胞マーカーとしては、平滑筋細胞マーカーのα-平滑筋アクチン(SMA)、カハール介在細胞マーカーのCD34及びCKIT(二重陽性の場合)が利用できる。また、初期内胚葉及び中胚葉のマーカーであるGATA4、GATA6又はT(Brachyury)も、中胚葉系細胞を判別するためのマーカーとして利用できる。
【0038】
腸オルガノイドは、更に好ましくは腸幹細胞を更に含む。腸幹細胞の存在は、腸幹細胞マーカーLGR5が陽性であることを指標として判断できる。
【0039】
腸オルガノイドは更に、セロトニン陽性の腸管内分泌細胞を含むことが好ましい。
腸オルガノイドは更にトランスポーター陽性細胞を含み、トランスポーターを介した物質の取り込みが可能であることが好ましい。トランスポーターとしては、腸オリゴペプチドトランスポーター(PEPT1)、ATP結合カセット(ABC)トランスポーターであるABCB1及びABCG2等が例示できる。
【0040】
腸オルガノイドは更に嚢胞性線維症膜コンダクタンス制御因子(CFTR)陽性の腸上皮細胞を含むことが好ましい。CFTR陽性の腸上皮細胞は粘液の分泌に関与している。すなわち、CFTR陽性の腸上皮細胞を有する腸オルガノイドは、腸と類似した粘液分泌能を有する。
腸オルガノイドは更にヒスタミンH1受容体陽性細胞を含むことが好ましい。
【0041】
本発明の腸オルガノイドは、好ましくは、外表面の少なくとも一部に腸上皮細胞を含む。この実施形態によれば、腸オルガノイドの外側にある物質を、外表面の腸上皮細胞を介して空洞内に吸収することができるため好ましい。また、この実施形態において、外表面の腸上皮細胞が更にトランスポーター陽性であるとき、トランスポーターを介した物質の取り込みが可能となるため更に好ましい。すなわち、トランスポーター陽性の腸上皮細胞を含む腸オルガノイドは、腸と類似した物質吸収能を有する。なお、哺乳動物の腸では、腸上皮細胞が空洞である腸管の内側を向いており、この実施形態に係る腸オルガノイドとは異なる。
【0042】
本発明の腸オルガノイドは、より好ましくは、外表面に、微絨毛、陰窩の発達が認められる。
【0043】
本発明の腸オルガノイドは、好ましくは、蠕動運動に類似した収縮運動をする能力を有する。このような機能は、神経ネットワークと平滑筋の発達により生じるものである。以下の説明では、蠕動運動に類似した収縮運動をする能力を「蠕動能」という場合がある。蠕動能を有する腸オルガノイドは、特に好ましくは、ヒスタミン処理により収縮の頻度が高まり、アトロピン処理により収縮の頻度が低下するという、腸と同様の薬剤応答性を示す。腸と同様の薬剤応答性を示す蠕動能を有する腸オルガノイドは、薬剤が、腸の蠕動運動に与える影響を評価する用途に好適に用いることができる。
【0044】
以上の通り、本発明の腸オルガノイドは、十分な大きさを有し、腸と同等の機能を有し、内包する空洞内に外側から物質を取り込むことができるため、腸関連疾患を予防又は治療するための薬剤の開発や、腸関連疾患の病理研究に有用である。本発明の腸オルガノイドを使うことで、Caco-2 を使った従来の薬物試験法のような、半透過性メンブレン上に破れやすい単層膜を形成することや、膜の完全性を示すための経上皮電気抵抗(TEER)を測定するといった煩雑な工程を行う必要がない。
【0045】
また、疾患特異的 iPS 細胞から本発明の腸オルガノイドを作製すれば、遺伝的な要因が関与する腸疾患の研究や薬剤の評価が容易となる。
【0046】
2.腸オルガノイドの作製方法
本発明の腸オルガノイドは、以下の工程:
基材と、該基材の表面上に形成された細胞接着領域及び該細胞接着領域の周囲を囲う細胞非接着領域とを備える細胞培養基材上に、胚性幹細胞及び人工多能性幹細胞から選択される細胞を播種する工程1、及び
工程1で播種された細胞を培養する工程2
を含む方法により作製することができる。
【0047】
本方法で用いる、胚性幹細胞及び人工多能性幹細胞から選択される細胞は既述の通りである。
【0048】
本発明で用いる細胞培養基材の好適な実施形態は次の通りである。
本発明で用いる細胞培養基材では、好ましくは、細胞非接着領域のなかに細胞接着領域が島状に複数存在する。
【0049】
本発明で用いる細胞培養基材は、好ましくは、細胞非接着性領域がポリエチレングリコールが基材上に固定化されて形成されたものであり、細胞接着領域が基材上に固定化されたポリエチレングリコールの少なくとも一部が酸化及び/又は分解されて形成されたものである。
【0050】
本発明において「細胞接着性」とは、細胞を接着する強度、すなわち細胞の接着しやすさを意味する。細胞接着領域とは、細胞接着性が良好な領域を意味し、細胞非接着領域とは、細胞接着性が悪い領域を意味する。従って、細胞接着領域と細胞非接着領域とがパターン化された基材上に細胞を播くと、細胞接着領域には細胞が接着するが、細胞非接着領域には細胞が接着しないため、細胞培養基材表面には細胞がパターン状に配列されることになる。
【0051】
細胞接着性を判断する指標として、実際に細胞培養した際の細胞接着伸展率を用いることができる。細胞接着性の表面は、細胞接着伸展率が60%以上の表面であることが好ましく、細胞接着伸展率が80%以上の表面であることが更に好ましい。細胞接着伸展率が高いと、効率的に細胞を培養することができる。本発明における細胞接着伸展率は、播種密度が4000 cells/cm2以上30000 cells/cm2未満の範囲内で培養しようとする細胞を測定対象表面に播種し、37℃、CO2濃度5%のインキュベータ内に保管し、14.5時間培養した時点で接着伸展している細胞の割合 ({(接着している細胞数)/(播種した細胞数)}×100(%)) と定義する。
【0052】
上記測定において、細胞の播種は、10%FBS入りDMEM培地に懸濁させて測定対象物上に播種し、その後、細胞ができるだけ均一に分布するよう、細胞が播種された測定対象物をゆっくりと振とうすることにより行うものである。さらに、細胞接着伸展率の測定は、測定直前に培地交換を行って接着していない細胞を除去した後に行う。細胞接着伸展率の測定では、細胞の存在密度が特異的になりやすい箇所(例えば、存在密度が高くなりやすい所定領域の中央、存在密度が低くなりやすい所定領域の周縁)を除いた箇所を測定箇所とする。
【0053】
一方、細胞非接着性とは、細胞が接着しにくい性質をいう。細胞非接着性は、表面の化学的性質や物理的性質等によって細胞の接着や伸展が起こりにくいか否かで決定される。細胞非接着性の表面は、上記で定義した細胞接着伸展率が60%未満の表面であることが好ましく、40%未満の表面であることがより好ましく、5%以下の表面であることが更に好ましく、2%以下の表面であることが最も好ましい。
【0054】
本発明で用いる細胞培養基材は、好ましくは、細胞非接着領域が、ポリエチレングリコールが基材上に固定化されて形成されたものであり、細胞接着領域が基材上に固定化されたポリエチレングリコールの少なくとも一部が酸化及び/又は分解されて形成されたものである。このような細胞培養基材は、例えば、基材の表面全体にポリエチレングリコール(PEG)の薄膜を形成し、次いで、細胞の接着が望まれる領域に対して酸化処理及び/又は分解処理を施して細胞接着性を付与することにより製造できる。前記処理を施さない部分はPEGが固定化された細胞非接着領域である。
【0055】
ポリエチレングリコール(PEG)は、1つ以上のエチレングリコール単位((CH2)2-O)からなるエチレングリコール鎖(EG鎖)を少なくとも含むが、直鎖状でも分岐鎖状でもよい。エチレングリコール鎖は、例えば、次式:
-((CH2)2-O)m-
(mは重合度を示す整数である)
で表される構造を指す。mは、好ましくは1~13の整数であり、より好ましくは1~10の整数である。
【0056】
PEGにはエチレングリコールオリゴマーも包含される。また、PEGには、官能基が導入されたものも包含される。官能基としては、例えば、エポキシ基、カルボキシル基、N-ハイドロキシスクシイミド基、カルボジイミド基、アミノ基、グルタルアルデヒド基、(メタ)アクリロイル基等が挙げられる。官能基は、場合によりリンカーを介して、好ましくは末端に導入されたものである。官能基が導入されたPEGとして、例えば、PEG(メタ)アクリレート、PEGジ(メタ)アクリレートが挙げられる。
【0057】
細胞培養基材に用いられる基材としては、その表面にPEG薄膜を形成することが可能な材料で形成されたものであれば特に限定されるものではない。具体的には、金属、ガラス、セラミック、シリコン等の無機材料、エラストマー、プラスチック(例えば、ポリスチレン樹脂、ポリエステル樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ABS樹脂、ナイロン、アクリル樹脂、フッ素樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリウレタン樹脂、メチルペンテン樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、エポキシ樹脂、塩化ビニル樹脂)で代表される有機材料を挙げることができる。その形状も限定されず、例えば、平板、平膜、フィルム、多孔質膜等の平坦な形状や、シリンダ、スタンプ、マルチウェルプレート、マイクロ流路等の立体的な形状が挙げられる。フィルムを使用する場合、その厚さは特に制限されないが、通常0.1~1000 μm、好ましくは1~500 μm、より好ましくは10~200μmである。
【0058】
基材上に形成されるPEG薄膜の平均厚さは、0.8 nm~500 μmが好ましく、0.8 nm~100 μmがより好ましく、1 nm~10 μmがさらに好ましく、1.5 nm~1 μmが最も好ましい。平均厚さが0.8 nm以上であれば、タンパク質の吸着や細胞の接着において、基材表面のPEG薄膜で覆われていない領域の影響を受けにくいため好ましい。また、平均厚さが500 μm以下であればコーティングが比較的容易である。さらに、PEG薄膜の厚みを一定以上とすることで、細胞非接着性が低下して、細胞が細胞接着領域以外の領域まで接着伸展するのを抑制できる。またPEG薄膜の厚みを一定以下とすることで、培養液中に含まれる細胞生存に必要な因子を、細胞接着領域内の基材に近い細胞にもゆきわたらせることができる。
【0059】
基材表面へのPEG薄膜の形成方法としては、基材へPEGを直接吸着させる方法、基材へPEGを直接コーティングする方法、基材へPEGをコーティングした後に架橋処理を施す方法、基材との密着性を高めるために基材上に下地層を形成し、次いでPEGをコーティングする方法、基材表面に重合開始点を形成し、次いでPEGを重合する方法等を挙げることができる。基材上に下地層を形成し、次いでPEGをコーティングする方法が好ましい。
【0060】
下地層は、例えば、特開2012-175983に記載の方法により形成することができ、好ましくはPEG末端のヒドロキシル基又は導入された官能基と反応して共有結合を形成することができる官能基、あるいは、そのような官能基に変換可能な官能基を有するシランカップリング剤を用いて形成できる。そのような官能基としては、例えば、(メタ)アクリロイル基、(1H-イミダゾール-1-イル)カルボニル基、スクシンイミジルオキシカルボニル基、グリシジル基、エポキシ基、アルデヒド基、アミノ基、チオール基、カルボキシル基、アジド基、シアノ基、活性エステル基(1H-ベンゾトリアゾール-1-イルオキシカルボニル基、ペンタフルオロフェニルオキシカルボニル基、パラニトロフェニルオキシカルボニル基等)、ハロゲン化カルボニル基、イソシアネート基、マレイミド基等が挙げられ、なかでも(メタ)アクリロイル基、グリシジル基又はエポキシ基が好ましく、グリシジル基又はエポキシ基が最も好ましい。
【0061】
例えば、メタクリロイル基を末端に有するシランカップリング剤(メタクリロイルシラン)を例にとると、メタクリロイルシランを付加した基材表面の水接触角は、典型的には45°以上、望ましくは47°以上、より望ましくは48°以上、さらにより望ましくは50°以上である。それにより、次にPEGを固定化することによって十分な細胞非接着領域を形成することができる。
【0062】
基材上に固定化されるPEGの密度及び細胞非接着性は、表面における水の接触角を指標として簡便に評価することができる。例えば、PEG固定化後の表面の水接触角が典型的には48°以下、好ましくは40°以下、より好ましくは30°以下であれば、PEGが十分な密度で存在し、細胞非接着性と考えられる。なお、本発明において水接触角とは、23℃において測定される水接触角を指す。
【0063】
本発明において「酸化」とは狭義の意味であり、有機化合物、すなわちPEGが酸素と反応して酸素の含有量が反応以前よりも多くなる反応を意味する。本発明において「分解」とは有機化合物、すなわちPEGの結合が切断される反応を指す。「分解」としては典型的には、酸化による分解、紫外線照射による分解などが挙げられるがこれらには限定されない。「分解」が酸化を伴う分解(つまり酸化分解)である場合、「分解」と「酸化」とは同一の処理を指す。
【0064】
紫外線照射による分解は、PEGが紫外線を吸収し、励起状態を経て分解することを指す。なお、PEGが、酸素を含む分子種(酸素、水など)とともに存在している系中に紫外線を照射すると、紫外線がPEGに吸収されて分解が起こる以外に、該分子種が活性化してPEGと反応する場合がある。後者の反応は「酸化」に分類できる。そして活性化された分子種による酸化によりPEGが分解する反応は、「紫外線照射による分解」ではなく「酸化による分解」に分類できる。以上のように「酸化」と「分解」は操作としては重複する場合があり、両者を明確に区別することはできない。そこで本明細書では「酸化及び/又は分解」という用語を使用する。
【0065】
酸化及び/又は分解の方法としては、PEG薄膜を紫外線照射処理する方法、光触媒処理する方法、酸化剤で処理する方法などが挙げられる。PEG薄膜を部分的に酸化及び/又は分解する場合は、フォトマスクやステンシルマスク等のマスクを用いたり、スタンプを用いたりするとよい。また、紫外線レーザ等のレーザを用いた方式等の直描方式で酸化及び/又は分解してもよい。
【0066】
紫外線照射処理の場合は、波長185 nmや254 nmの紫外線を出す水銀ランプや波長172 nmの紫外線を出すエキシマランプなどのVUV領域からUV-C領域の紫外線を出すランプを光源として用いることが好ましい。光触媒処理する場合は、波長365 nm以下の紫外線を出す光源を用いることが好ましく、波長254 nm以下の紫外線を出す光源を用いることがより好ましい。光触媒としては、酸化チタン光触媒、金属イオンや金属コロイドで活性化された酸化チタン光触媒を用いるのが好ましい。酸化剤としては、有機酸や無機酸を特に制限なく用いることができるが、高濃度の酸は取り扱いが難しいので、10%以下の濃度に希釈して用いると良い。最適な紫外線処理時間、光触媒処理時間、酸化剤処理時間は、用いる光源の紫外線強度、光触媒の活性、酸化剤の酸化力や濃度などの諸条件に応じて適宜決定することができる。
【0067】
細胞接着領域(下地層が存在する場合には下地層も含む)の炭素量は、細胞非接着領域(下地層が存在する場合には下地層も含む)の炭素量と比較して低いことが好ましい。具体的には、細胞接着領域の炭素量が、細胞非接着領域の炭素量に対して20~99%であることが好ましい。また、細胞接着領域(下地層が存在する場合には下地層も含む)における炭素のうちで酸素と結合している炭素の割合(%)の値は、細胞非接着領域(下地層が存在する場合には下地層も含む)における炭素のうちで酸素と結合している炭素の割合(%)の値に対して小さい値であることが好ましい。具体的には、細胞接着領域における炭素のうちで酸素と結合している炭素の割合(%)の値が、細胞非接着領域における炭素のうちで酸素と結合している炭素の割合(%)の値に対して35~99%であることが好ましい。パターニング時の紫外線露光量の増加に伴い、細胞接着性が増加するが、細胞回収時に接着性が高いと細胞が剥がれにくくなり、回収が困難になるからである。
【0068】
本発明において、「炭素量」は、「X線光電子分光装置を用いて得られるC1sピークの解析値から求められる炭素量」と定義され、「酸素と結合している炭素の割合」は、「X線光電子分光装置を用いて得られるC1sピークの解析値から求められる酸素と結合している炭素の割合」と定義される。
【0069】
本発明で用いる細胞培養基材においては、各細胞接着領域の面積は特に限定されない。各細胞接着領域の面積の具体例としては0.1 mm2以上が例示でき、好ましくは0.5 mm2以上、好ましくは0.785 mm2以上、より好ましくは1.0 mm2以上、より好ましくは1.2 mm2以上、さらに好ましくは1.5 mm2以上、最も好ましくは1.7 mm2以上であり、好ましくは25 mm2以下、より好ましくは15 mm2以下、さらに好ましくは10 mm2以下、最も好ましくは5 mm2以下の範囲となるようパターン形成されている。細胞接着領域の面積がこの範囲のとき、長軸方向の長さが5 mmを超える大寸法の腸オルガノイドを培養することが容易である。
【0070】
各細胞接着領域の形状は特に制限されないが、四角形を初めとする多角形、円形、楕円形等であることができる。円形のものが好ましい。円形の場合の直径は、好ましくは、上記面積の範囲を満たす直径であることができ、具体的には円形の直径は0.35 mm以上が例示でき、好ましくは0.8 mm以上、好ましくは1.0 mm以上、好ましくは1.2 mm以上、より好ましくは1.5 mm以上であり、好ましくは6 mm以下、より好ましくは4 mm以下、さらに好ましくは3 mm以下、さらに好ましくは2 mm以下である。1つの細胞培養基材において、複数存在する細胞接着領域は、いずれも同じ面積を有することが好ましく、同じ面積と形状を有することがさらに好ましいが、異なる面積や形状が混在していてもよい。
【0071】
また、細胞培養基材において、各細胞接着領域は、細胞非接着領域に囲まれており、すなわち互いに隔離されており、好ましくは0.75 mm以上、より好ましくは1.5 mm以上互いに離れて配置されている。すなわち、細胞接着領域間の最短距離(円の場合、二つの円の中心間の距離が、各半径の合計に上記値を加えた値となる)が好ましくは0.75 mm以上、より好ましくは1.5 mm以上となるように配置される。各細胞接着領域を一定距離以上隔離することにより、各細胞接着領域内の細胞が他の細胞接着領域の細胞と細胞間結合を形成することなく均一に一定間隔で培養され、再現性の高い実験系を構築できる。
【0072】
細胞培養基材における細胞接着領域の割合は、通常5~80%、好ましくは20~70%、より好ましくは40~60%である。なお、この割合は、基材をディッシュ等に配置する場合でも、ディッシュの底面は含めずに基材全体に対する細胞接着領域の割合とする。培養液に対する細胞の量を一定以上とすることで細胞の死滅を防止でき、一定以下とすることで生存に必要な因子の枯渇とそれによる細胞へのダメージを防止できる。
【0073】
また、各細胞接着領域は、規則的に一定の間隔で、例えば格子状に、縦横同じピッチで配置されていることが好ましい。各細胞接着領域の細胞からの産生物質によるパラクライン効果を一定にすることで、分化に与える影響を一定にすることができる。
【0074】
例えば、円形の細胞接着領域を複数有するパターンは、複数の円形の開口部を有するフォトマスクを用い、PEG薄膜が形成されたガラス基板とフォトマスクを対向するように配置し、フォトマスクの側から紫外線を照射し、PEG薄膜においてフォトマスクの開口部に相当する領域を酸化処理することにより形成することができる。
【0075】
本発明で用いる細胞培養基材は、胚性幹細胞(ES細胞)及び/又は人工多能性幹細胞(iPS細胞)の細胞接着領域への接着を促進する目的で、プレコート処理されていることが好ましい。プレコート処理は、細胞外マトリックス(コラーゲン、フィブロネクチン、プロテオグリカン、ラミニン、ビトロネクチン)、ゼラチン、リジン、ペプチド、それらを含むゲル状マトリックス、血清等で細胞培養基材をコーティングすることにより実施できる。プレコート処理を実施することにより、接着性の低いES細胞やiPS細胞の細胞接着領域への接着を促進でき、細胞の接着培養及び分化誘導を効果的に実施できる。
【0076】
同様に、ES細胞やiPS細胞の細胞接着領域への接着を促進する目的で、ES細胞やiPS細胞の播種前にフィーダー細胞を播種して24時間程度培養し、フィーダー細胞上でES細胞やiPS細胞の培養を実施することが好ましい。フィーダー細胞としては、当技術分野で通常用いられるものを使用でき、特に制限されないが、例えば、線維芽細胞等が挙げられる。フィーダー細胞は、細胞培養基材に対し1.26×105 cells/cm2未満の密度、好ましくは6.3×104 cells/cm2以下の密度で、好ましくは3.15×104 cells/cm2以上の密度で播種する。
【0077】
本発明においては、プレコート処理とフィーダー細胞の播種を双方実施してもよく、プレコート処理のみを行ってもよく、又はプレコート処理を行わずフィーダー細胞の播種のみを行ってもよい。
【0078】
続いて、本発明の腸オルガノイド作製方法の工程1及び工程2について説明する。
工程1において、細胞培養基材に播種する前の胚性幹細胞及び/又は人工多能性幹細胞は非分化誘導培地を用いて未分化性を維持したものとする。細胞培養基材表面へ播種する前後において分化誘導培地に切り換え、基材表面へ播種する。
【0079】
非分化誘導培地は、胚性幹細胞及び/又は人工多能性幹細胞を分化誘導させない培地であれば特に限定されないが、例えば、マウス胚性幹細胞及びマウス人工多能性幹細胞の未分化性を維持する性質を有していることが知られているleukemia inhibitory factorを含む培地が挙げられる。
【0080】
工程1において、細胞培養基材への胚性幹細胞及び/又は人工多能性幹細胞の播種密度は常法に従えばよく特に限定されるものではない。本発明の一実施形態では、胚性幹細胞及び/又は人工多能性幹細胞を、細胞培養基材に対し、3×104 cells/cm2以上の密度で播種することが好ましく、3×104~5×105 cells/cm2の密度で播種することがより好ましく、3×104~2.5×105 cells/cm2の密度で播種することがさらに好ましい。
【0081】
工程2は、工程1で播種された細胞を培養する工程である。
工程2における培養温度は、通常37℃である。CO2細胞培養装置などを利用して、5%程度のCO2濃度雰囲気下で培養するのが好ましい。
【0082】
工程2は分化誘導培地中で行う。分化誘導培地としては、胚性幹細胞及び/又は人工多能性幹細胞を分化誘導させる培地であれば特に限定されるものではないが、例えば、血清含有培地や、血清に代替する性質を有する既知成分を含有した無血清培地等が挙げられる。用いる細胞の種類に応じて、MEM培地、BME培地、DMEM培地、DMEM-F12培地、αMEM培地、IMDM培地、ES培地、DM-160培地、Fisher培地、F12培地、WE培地及びRPMI1640培地等を用いることができる。培地に、各種増殖因子、抗生物質、アミノ酸などを加えてもよい。例えば、0.05 mM~1.0 mMの非必須アミノ酸、1 mM~5 mMのGlutaMAX-I、0.01 mM~0.1 mMのβ-メルカプトエタノール、0.1 mM~2 mMピルビン酸、10 U/ml~200 U/mlペニシリン、10μg/ml~200μg/mlストレプトマイシン、10μg/ml~200μg/ml L-アスコルビン酸2-リン酸、1μM~20μMのROCK阻害剤(例えば、Y-27632)等が挙げられる。
【0083】
工程2において分化誘導培地中で細胞を培養すると、播種後3日間程度で、細胞接着領域内で細胞がコンフルエントになり細胞パターンを形成する。その後さらに培養を継続すると、細胞パターンが細胞接着領域のうえで半球ドーム状に盛り上がった細胞塊となり、細胞塊中で分化が進む。播種後約30日で細胞塊は細胞接着領域から剥離し培地中に浮遊する。浮遊した状態で必要に応じて更に培養を続けると、本発明の腸オルガノイドが得られる。培養期間は特に限定されず、細胞接着領域から剥離した段階で培養を終えてもよいが、典型的には、播種から30日後~130日後まで培養を行う。この間培地は適宜交換する。本発明の方法では、非特許文献1に記載されている方法とは異なり、細胞塊のなかで自律的に分化が進み腸オルガノイドに変化するため、手順が簡便であるとともに、得られた腸オルガノイドが自然の腸により近い機能を有すると考えられるため好ましい。
【0084】
工程2の好適な一実施形態では、
工程1で播種された細胞の一部が、内胚葉系細胞へ分化すること、及び
工程1で播種された細胞の一部が、外胚葉系細胞へ分化すること
を含む。
【0085】
この実施形態では、より好ましくは、工程2において、工程1で播種された細胞の一部の内胚葉系細胞への分化時期が、工程1で播種された細胞の一部の外胚葉系細胞への分化時期よりも先である。自然な状態での胚の発生では、先に腸管構造が形成され、その後に神経細胞が侵入して腸管神経系が発達する。このため、本実施形態のように、先に内胚葉系細胞への分化が進み内胚葉に由来する腸管上皮等の上皮系の構造体が形成され、その後に外胚葉系細胞への分化が進み外胚葉に由来する神経系が発達することは、発生メカニズムを模倣するものと言える。このため、本実施形態による腸オルガノイドの作製方法は、腸における神経系の発生メカニズムの解明の研究に利用することができると期待できる。また、この方法により得られた腸オルガノイドは、自然は発生の過程に近似した過程を経た腸オルガノイドであるため、薬剤に対する反応がより生体の反応に近いと考えられ、創薬研究のためのモデルとして適していると期待できる。
【0086】
工程2において、工程1で播種された細胞の一部の内胚葉系細胞への分化時期が、工程1で播種された細胞の一部の外胚葉系細胞への分化時期よりも先であることは、細胞培養物中の内胚葉マーカーの発現量の単位時間当たりの増加幅が最大となる時期が、外胚葉マーカーの発現量の単位時間当たりの増加幅が最大となる時期よりも時間的に先であることを指標として判断することができる。この場合の内胚葉マーカーは内胚葉に特異的な遺伝子であればよく、具体例として、胚胎内胚葉マーカーのFOXA2、SOX17又はCXCR4が例示できる、外胚葉マーカーは外胚葉に特異的な遺伝子であればよく、具体例として、神経前駆細胞マーカーSOX1が例示できる。細胞培養物中での各マーカーの発現量は、そのmRNA発現レベルの、GAPDHのmRNA発現レベルに対する相対量として表すことができる。単位時間当たりの増加幅としては、1週間当たりの増加幅を採用することができ、具体的には、播種後1週間毎に各マーカーの発現量を測定することで、1週間毎の発現量の増加幅を知ることができる。
【0087】
この実施形態では、より好ましくは、工程2は、工程1で播種された細胞の一部が、播種から播種後14日までに、内胚葉系細胞へ分化することを含み、具体的には、細胞培養物中の内胚葉マーカーの発現量の単位時間当たりの増加幅が最大となる時期が、播種から播種後14日までの間である。この時期に内胚葉系細胞への分化が生じることで、腸に類似した機能を有する腸オルガノイドを得ることが容易となる。この場合であっても、播種後15日以降に内胚葉系細胞に分化する細胞が存在してもよいが、内胚葉系細胞への分化の大部分が播種後14日までに生じることが好ましい。
【0088】
この実施形態では、より好ましくは、工程2は、工程1で播種された細胞の一部が、播種後15日以降に、外胚葉系細胞へ分化することを含み、具体的には、細胞培養物中の外胚葉マーカーの発現量の単位時間当たりの増加幅が最大となる時期が、播種後15日以降である。この時期に外胚葉系細胞への分化が生じることで、腸に類似した機能を有する腸オルガノイドを得ることが容易となる。この場合であっても、播種後14日までに外胚葉系細胞に分化する細胞が存在してもよいが、外胚葉系細胞への分化の大部分が播種後15日以降に生じることが好ましい。
【0089】
工程2の別の好適な一実施形態では、分化誘導培地が、培養する細胞の哺乳動物と異なる種の哺乳動物に由来する成分(異種成分)を含まない。異種成分を含まない培地としては、血清に代替する性質を有する既知成分を含有した無血清培地が挙げられる。異種成分を含まない培地で分化した腸オルガノイドは、生体への移植の際の安全性が高く、再生医療の用途に適している。
【0090】
工程2の別の好適な一実施形態では、前記分化誘導培地が、インスリン様増殖因子(IGF)、及び、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)を更に含む。本発明者らは、驚くべきことに、これらの2つの成分を含む前記分化誘導培地中で胚性幹細胞及び/又は人工多能性幹細胞を培養したとき、空洞を内包する構造を有し、長軸方向の長さが5 mm以上であることを特徴とし、好ましくは上記の好適な特徴を更に備える、腸オルガノイドを作製することができることを見出した。IGFとしてはIGF-1が特に好ましい。前記分化誘導培地中のIGFの濃度としては20 ng/ml~2μg/mlが好ましい。前記分化誘導培地中のbFGFとしては2 ng/ml~200 ng/mlが好ましい。IGF及びbFGFは、好ましくは、培養する細胞と同じ生物種に由来するものである。また、IGF及びbFGFは天然のアミノ酸配列からなるものには限らず、機能的に同等の変異体や断片であってもよく、例えば、IGF-1として、LONG R3-IGF-1 (Sigma-Aldrich)を使用することができる。前記分化誘導培地は、IGF及びbFGFに加えて更にヘレグリンを含むことが特に好ましい。ヘレグリンとしてはヘレグリン-1βが好ましい。ヘレグリン-1βとしては、EGFドメインを少なくとも含んでいればよい。前記分化誘導培地中のヘレグリンの濃度としては1 ng/ml~100 ng/mlが好ましい。また、前記分化誘導培地がヘレグリンを含む場合は、ヘレグリンは、好ましくは、培養する細胞と同じ生物種に由来するものであり、天然のアミノ酸配列からなるものには限らず、機能的に同等の変異体や断片であってもよい。
【0091】
工程2において、IGF及びbFGFを含む分化誘導培地を用いて腸オルガノイドへの分化を行う実施形態では、工程1での播種の時点は分化誘導培地がIGF及びbFGFを含んでいる必要はない。例えば、工程1で細胞培養基材上に細胞を播種し、細胞接着領域内で細胞がコンフルエントになるまで(例えば播種後3日間程度)はIGF及びbFGFを含まない分化誘導培地中で培養を行い、コンフルエントになった後に、IGF及びbFGFを含む分化誘導培地へ培地交換を行い更に培養を継続することができる。
【0092】
3.腸オルガノイド作製用分化誘導培地、腸オルガノイド作製用キット
本発明はまた、IGF及びbFGFを含む、腸オルガノイド作製用分化誘導培地を提供する。 この腸オルガノイド作製用分化誘導培地の詳細は既述の通りである。
【0093】
この腸オルガノイド作製用分化誘導培地中で胚性幹細胞及び/又は人工多能性幹細胞を培養すると、空洞を内包する構造を有し、長軸方向の長さが5mm以上であることを特徴とし、好ましくは上記の好適な特徴を更に備える、腸オルガノイドを作製することができる。
【0094】
本発明はまた、上記の腸オルガノイド作製用分化誘導培地、並びに、基材と、該基材の表面上に形成された細胞接着領域及び該細胞接着領域の周囲を囲う細胞非接着領域とを備える細胞培養基材を含む、腸オルガノイド作製用キットに関する。
このキットにおける細胞培養基材は、腸オルガノイド作製方法に関して既述の通りである。
【0095】
以下、具体的な実験結果を参照して本発明を説明するが、本発明の範囲は実験結果の範囲には限定されない。
【実施例】
【0096】
1. 細胞培養基材の作製
(一段階目の反応)
トルエン58.5g、エポキシシランTSL8350(モメンティブパフォーマンスマテリアルズ社製)20.25gを混合し、この混合液を攪拌しながら触媒量のトリエチルアミンを加え、さらに室温で数分間攪拌した。あらかじめUV洗浄した5 インチ角のガラス基板を、上記のエポキシシラン溶液に浸漬し、20時間室温で放置した。その後、下地処理されたガラス基板をエタノールで洗浄し、次いで水洗し、乾燥した。乾燥後の基板表面の水の接触角の平均値は56°であった。こうして、エポキシシラン処理された基板を得た。
【0097】
(二段階目の反応)
ポリエチレングリコール(分子量400)45 gを攪拌しながら、触媒量の濃硫酸をゆっくり添加し、さらに室温で数分間攪拌した。上記のエポキシシラン処理された基板を上記のポリエチレングリコールに浸漬し、120℃で30分間反応させた。反応後、基板をよく水洗し、次いで乾燥した。これにより親水性薄膜が形成されたガラス基板を作ることができた。
【0098】
(パターニング工程)
フォトマスクは、同じ大きさの円形の開口部が複数形成されたパターンを有する5インチサイズのものを用いた。フォトマスクは、1.5 mmの円形の開口部が形成され、開口部間のスペース、すなわち開口部間の最短距離は全て0.35 mmのパターンを有するものであった。
【0099】
マスクを親水性薄膜が形成されたガラス基板の膜形成面に静かに載せ、マスクの裏面側からキセノンエキシマーランプ(172 nm、10 mW/cm2)を光源とする真空紫外線を1分間照射した。これにより、親水性薄膜表面のフォトマスクの開口部に相当する領域を酸化処理した。基板を5cm角に切断し細胞培養に用いた。
【0100】
得られた細胞培養基材における細胞接着領域の形状は円形で、その直径は1.5 mmであり、細胞接着領域間のスペース、すなわち細胞接着領域間の最短距離は全て0.35 mmであった。また、細胞培養基材における細胞接着領域の割合は、51.8 %であった。
【0101】
2. 腸オルガノイドの培養
2.1. 細胞株
ヒトES細胞(hESC)株のSEES1、SEES2及びSEES3は、国立成育医療研究センターの生殖・細胞医療研究部で樹立したものを用いた(Akutsu H, et al. Regen. Ther. 2015;1:18-29)。これらのES細胞を、市販の無血清DMEM 商品名:KnockOutTM D-MEM (Thermo Fisher Scientific)に、20% KnockOutTM血清代替物(KnockOut Serum Replacement)(Life Technologies)、0.1 mM 非必須アミノ酸(NEAA)、1mM ピルビン酸、2 mM GlutaMAX-I、0.055 mM β-メルカプトエタノール、50 U/mlペニシリン / 50 μg/mlストレプトマイシン (Pen-Strep)、及び8 ng/mlリコンビナントヒトbFGF (全てLife Technologiesから購入)を添加した培地において、γ線照射処理マウス胚線維芽細胞 (MEF) フィーダー層上で維持した。培地は2日毎に交換した。概ね一週間に一度の頻度で、酵素的方法(dispase; Wako Pure Chemical Industries) 又は機械的方法(EZPassage; Life Technologies)を用いて細胞を継代した。
【0102】
ヒトiPS細胞(hiPSC)は、国立成育医療研究センターの生殖・細胞医療研究部において、ヒト胎児肺由来線維芽細胞MRC5細胞株に、山中4因子(Oct3/4、Sox2、Klf4、c-Myc)をレトロウイルスベクターによって発現させて樹立したものである(Makino H, et al. Exp Cell Res. 2009;315(16):2727-2740; Nishino K, et al. PLoS ONE. 2010;5(9):e13017; Toyoda M, et al. Genes Cells. 2011;16(1):1-11)。このヒトiPS細胞を、10 ng/ml bFGFを添加したiPSellon培地(Cardio Incorporated)において、γ線照射処理MEFフィーダー層上で維持した。
【0103】
2.2. ヒト腸オルガノイドの形成
本発明者はこれまでの研究においてヒトES細胞を樹立し増殖させるための異種成分不含有(ゼノフリー、XF)条件を確立している(Akutsu H, et al. Regen. Ther. 2015;1:18-29)。ヒトES細胞を、85% KnockOutTM D-MEM、15% KnockOutTM血清代替物(Knockout Serum Replacement)XF CTS (XF-KSR; Life Technologies)、1mM ピルビン酸、2 mM GlutaMAX-I、0.1 mM NEAA、Pen-Strep、50 μg/ml L-アスコルビン酸2-リン酸 (Sigma-Aldrich)、10 ng/ml ヘレグリン-1β (リコンビナントヒトNRG-β1/HRG-β1 EGFドメイン; R&D Systems), 200 ng/ml リコンビナントヒトIGF-1 (LONG R3-IGF-1; Sigma-Aldrich)、及び、20 ng/ml ヒトbFGF (Life Technologies)を含む、XF hESC培地中で安定に維持した。
【0104】
分化誘導培地として以下の三種類の培地を用意した。
なお培地組成に関し「%」は、特に限定の明示の無い場合は体積%を指す。
分化誘導培地1 (本明細書中で「XF-KSR(-)培地」と言う場合がある): 80% KnockOutTMD-MEM、20% KnockOutTM血清代替物(Knockout Serum Replacement)XF CTS (XF-KSR; Life Technologies)、1mM ピルビン酸、2 mM GlutaMAX-I、0.1 mM NEAA、Pen-Strep、0.055 mM β-メルカプトエタノール、10 μMのY-27632を含む培地
分化誘導培地2 (本明細書中で「XF hESC培地」と言う場合がある): 85% KnockOutTMD-MEM、15% KnockOutTM血清代替物(Knockout Serum Replacement)XF CTS (XF-KSR; Life Technologies)、1mM ピルビン酸、2 mM GlutaMAX-I、0.1 mM NEAA、Pen-Strep、50 μg/ml L-アスコルビン酸2-リン酸 (Sigma-Aldrich)、10 ng/ml ヘレグリン-1β (リコンビナントヒトNRG-β1/HRG-β1 EGFドメイン; R&D Systems), 200 ng/ml リコンビナントヒトIGF-1 (LONG R3-IGF-1; Sigma-Aldrich)、及び、20 ng/ml ヒトbFGF (Life Technologies)を含む培地
分化誘導培地3 (本明細書中で「XF-KSR培地」と言う場合がある): 80% KnockOutTMD-MEM、20% KnockOutTM血清代替物(Knockout Serum Replacement)XF CTS (XF-KSR; Life Technologies)、1mM ピルビン酸、2 mM GlutaMAX-I、0.1 mM NEAA、Pen-Strep、0.055 mM β-メルカプトエタノールを含む培地
【0105】
腸オルガノイドを作製するために、未分化hESCs又はhiPSCsをディスパーゼ(dispase)を用いて分散させ、上記手順で作製した細胞培養基材を、90 mm 培養ディッシュに設置し、0.1 %ヒトリコンビナントI型コラーゲンペプチド (RCP) (Fujifilm)により被覆したものに播種した。ビトロネクチン(vitronectin)(Life Technologies)等の他の材料をこのプロトコールに用いてもよい。マトリクスで被覆した前記培養ディッシュを、予め37℃で1時間保温しておき、被覆用溶液を除去し、前記基材をPBSで3回洗浄した。3 mlの培地中4×106 個の前記細胞を、前記基材に播種し10 分間保持した。その後、培地を吸引除去し、10 mlの新鮮な分化誘導培地1を穏やかに加えた。分化誘導培地1は上記の通りRho関連タンパク質キナーゼ阻害剤Y-27632 (Wako Pure Chemical Industries)を含み、増殖因子を含まない。hESCs又はhiPSCsを、Y-27632を含み増殖因子を含まない分化誘導培地1中で1日培養し、その後、増殖因子及びY-27632を含まない分化誘導培地3中で培養し、分化誘導培地3を3日後に、増殖因子を含む分化誘導培地2に交換した。その後、分化誘導培地2中で適宜培地交換しながら培養した。分化誘導培地2の交換は、3~4日毎に穏やかに行った。40日経過後に、腸に類似した蠕動運動をするオルガノイドを複数回収し、60-mm Ultralow Adhesionプレート(NOF Corporation)において、前記分化誘導培地2中で一緒に培養した。また、別の実験では、未分化hESCs又はhiPSCsを同様の手順で前記基材上に播種し第4日まで分化誘導培地1中で培養し、第4日に分化誘導培地2へ交換した以外は同様の操作を行った。
【0106】
培養は、特に明示の無い限り、37 ℃、CO2濃度5%のインキュベータ内で静置した状態で行った。
【0107】
2.3. ヒト腸オルガノイドのビデオ記録
浮遊するオルガノイドを、前記分化誘導培地2を入れた培養プレート中に移し、ZILOS-tk system (Hamilton Thorne)のカメラ(Cohu 3600)を備えた倒立顕微鏡を用いてビデオ記録し分析した。収縮する腸オルガノイドの数を数えるために、1つのプレート上で生成された、ヒト胚性幹細胞(hESC)浮遊オルガノイドを全て新しいディッシュに移し、10分間記録した。蠕動様の収縮運動をするオルガノイドを陽性と評価した。
【0108】
2.4. 定量的RT-PCR分析
RNeasy Mini Kit (Qiagen)を用いてオルガノイドからRNAを単離し、混入しているDNAを、DNase (Life Technologies)を用いて除去した。cDNAは、SuperScript III逆転写酵素及びオリゴ-dTプライマー(Life Technologies)を説明書に基づいて使用して合成した。定量的RT-PCRを、SYBR Green PCR Master mix 及び QuantStudio 12K Flex Real-Time PCR System (Life Technologies)を用いて行った(n=3)。プライマー配列を下記表に示す。
【0109】
【0110】
増幅後、解離曲線を取得して各PCR産物が増幅されていることを確認した。基準となるハウスキーピング遺伝子としてGAPDHを採用した。QuantStudio 12K Flex software v1.0を用い、標的遺伝子のmRNA発現レベルをGAPDHのmRNA発現レベルに対して規格化した、標的遺伝子のmRNAの相対発現レベルを定量した。健常成人の小腸組織(R1234226-50, BioChain Institute)及び成人の膵臓及び肝臓のcDNA (それぞれHA-188及びHA-149, Alpha Diagnostic International)を陽性対照として用いた。
【0111】
2.5. 免疫細胞化学分析
オルガノイドを、4%パラホルムアルデヒド含有PBS (Wako Pure Chemical Industries)を用い5分間4℃条件で固定し、0.2% Triton X-100を用い2分間室温条件で透過処理し、更に必要に応じて各抗体について5%通常血清含有PBSによりブロッキング処理した。前記処理後のオルガノイドを4℃条件で、次の抗原に対する一次抗体とともに終夜インキュベートした。抗原は次の通り: ビリン (sc-7672, 1:50, Santa Cruz Biotechnology); E-カドヘリン(610181, 1:50, BD Pharmingen); CGA (ab16007, 1:100), CDX2 (ab76541, 1:100), 及びPGP9.5 (ab8189, 1:10) (Abcamより); DEFA6 (HPA019462, 1:500) 及びSMA (A2547, 1:400) (Sigma-Aldrichより); MUC2 (sc-7314, 1:50, Santa Cruz Biotechnology); LGR5 (LMC-1235, 1:100, Medical & Biological Laboratories); CKIT (NB100-77477AF488, 1:10, Immuno-Biological Laboratories); Na+/K+-ATPase (NB300-146, 1:100, Novus Biologicals); S-100 (422091, 1:100, Nichirei Biosciences); ニューロフィラメント(M076229, 1:50, Dako); β-アクチン(A5316, 1:1,000, Sigma-Aldrich); ヒスタミンH1レセプター (aa471-484, 1:200, LSBio); 及びCFTR (ab131553, 1:100, Abcam)。Alexa 488- 又は Alexa 546-標識された、抗マウス、抗ウサギ又は抗ヤギ二次抗体(BD Biosciences)を用いた。細胞核をDAPI により対比染色した。LSM 510 Meta Laser Scanning Confocal Microscope (Carl Zeiss Microscopy)を用いて蛍光を分析した。
【0112】
2.6. 組織化学的分析
オルガノイドを4%パラホルムアルデヒド中で固定し、パラフィン中に包埋し、4 μm厚の切片に切り分けた。切片を1つおきにスライドに設置し、H&E染色し、分析した。Alcian Blue染色のために、3%酢酸溶液中の1% Alcian BlueでpH 2.5、20分間の条件でインキュベートし、次いで、0.1% Nuclear Fast Red中で2分間インキュベートし、エタノール中で脱水し、キシレンを用いて透徹した。
【0113】
オルガノイドの組織化学的分析は、SMA及びセロトニンに対する抗体(ab16007, 1:20, Abcam)により染色した切片を用いて行った。二次抗体として、ポリクローナルウサギ抗マウスイムノグロブリン-HRP (1:100; Dako)を用いた。
【0114】
2.7. 電子顕微鏡観察
腸オルガノイド試料の電子顕微鏡観察は、標準的なプロトコールに沿って行った(Tokai Electron Microscopy)。すなわち、オルガノイドを、PBS中2%パラホルムアルデヒド及び2%グルタルアルデヒドを用いて固定し、脱水し、エポキシ樹脂中に包埋した。重合完了後に前記試料を70 nmの切片に切り出し、銅グリッド上に設置し、Veleta CCD カメラ(Olympus)を備えるJEM-1200EX TEM (Jeol Ltd.)により観察した。
【0115】
2.8. 細胞のトランスフェクション
腸の臓器の形成過程における分化を調べるために、本発明者らは、腸の細胞株に特異的なリポーター構築物(pPB-hLgr5p-EGFP-neo)を構築した。このpPB-hLgr5p-EGFP-neoは、5-kb LGR5プロモーター及びホスホグリセリンキナーゼ (PGK) プロモーターを含み、それぞれEGFP及びネオマイシン耐性遺伝子(neo)の発現を促進する。SEES1細胞を、Y-27632とともに24時間培養したのちエレクトロポレーションに供し、PBSで洗浄し、Accuutase溶液(Life Technologies)を用いて回収し、iPSellon培地中で再懸濁した。強いピペッティングにより細胞を分離させて単細胞懸濁液とし、1~2×106 細胞をペレットにし、Opti-MEM (Life Technologies)中で、pPB-hLgr5p-EGFP-neoレポーターベクター及び過活性PiggyBacトランスポザーゼ発現ベクター(pCMV-hyPBase) (A. Bradley, Wellcome Trust Sanger Institute, Hinxton, Cambge, United Kingdomから提供されたもの)と混合した。こうして得られた細胞懸濁液をキュベットに移し、NEPA21 Super Electroporator (Nepa Gene)を用いてエレクトロポレーションを行いトランスフェクト細胞を得た。トランスフェクト細胞をG418 (Sigma-Aldrich)で選択した。
【0116】
移植した腸オルガノイドの生体内での働きを可視化するために、ヒト胚性幹細胞(hESC)に、EGFPを恒常的に発現するベクター(pmGENIE-EGFP) (S. Moisyadi, University of Hawaii, Honolulu, Hawaii, USAから提供されたもの)をトランスフェクトし、スクリーニングを経て、安定なGFP-陽性ヒト胚性幹細胞(hESC)株を確立した。
【0117】
2.9. ヒト腸オルガノイドによる、インビトロでのβ-Ala-Lys-AMCAの取り込みの評価
分化誘導培地2中で増殖した腸オルガノイドを、PBSで洗浄し、25 μMの蛍光標識ジペプチドβ-Ala-Lys-AMCA (Biotrend Chemicals)を含むDMEM中で4時間、37℃にて培養した。阻害実験のため、1 mMの、アンギオテンシン変換酵素阻害剤であるカプトプリル(Sigma-Aldrich)を添加した又は無添加の条件にて、1時間培養し、PBSでリンスし、同一のディッシュに入れ、蛍光顕微鏡(Olympus)により観察した。更に、β-Ala-Lys-AMCAの取り込み量を定量するために、腸オルガノイドを、10 μM, 100 μM又は1 mMのカプトプリルを添加した又は無添加の条件にて培養し、AMCA関連シグナルを、トップステージインキュベーター(5% CO2、37℃)を備えた蛍光顕微鏡(BZ-X710; Keyence)を用いて観察し、蛍光シグナル強度を、Hybrid Cell Count/BZ-H3C (Keyence)を用いて定量した。試料画像はいずれも標準的な条件にて記録した。各濃度条件について、3つの独立したアッセイを行った。
【0118】
2.10. ヒト腸オルガノイドのインビトロでの収縮能
蠕動様の動きを示すヒト胚性幹細胞(hESC)由来腸オルガノイド(培養第80-90日)の1つを、蠕動を刺激するヒスタミン(0.2 μM)及び抗コリン薬である硫酸アトロピン(0.2 μM)により処理した。倒立顕微鏡を用いて収縮性応答を記録した。画像解析ソフトウェアCL-Quant version 3.10 (Nikon Corporation)を用いて腸オルガノイドの動きを可視化した。第一にタイムラプスイメージの各フレームにおいて、前記ソフトウェアを用いてオルガノイドの特定の領域を特定した。第二に、前記ソフトウェアにより前記領域に楕円をフィッティングし、最長径と最短径の比を算出してアスペクト比とした。このアスペクト比の経時変化をチャート上にプロットした。毎秒30フレームでビデオ撮影を行った。
【0119】
2.11. 腸オルガノイドのCFTRトランスポート活性
100 μlの培地を含むARTカルチャーディッシュ12 (NIPRO)の1つのウェル内に1つのオルガノイドを入れた。CMVプロモーターの制御によりEGFPを恒常的に発現するEGFP-ヒト胚性幹細胞(hESC)に由来するオルガノイドを用いて体積変化を可視化した。5 μMフォルスコリンを加え、オルガノイドの形態を、タイムラプス蛍光レーザー共焦点顕微鏡(Keyence)によりモニターした。CFTRを阻害するために、オルガノイドを、50 μM のCFTR阻害剤CFTRinh172及び50 μM GlyH-101 (TOCRIS)とともに予め3時間インキュベートした。トップステージインキュベーター (5% CO2、37℃)中で20 分間に亘り1分毎に画像を取得した。各実験条件について3つのウェル中で評価した。すべての実験条件においてDMSO濃度は、0.2% (w/v)を超えない範囲で同一の濃度とした。オルガノイドの表面積を、Hybrid Cell Count/BZ-H3C (Keyence)を用いて計測した。正規化したオルガノイドの総表面積を求め、各実験条件につき3つの別個のウェルからの測定値の平均値を求めた。
【0120】
2.12. ヒト腸オルガノイドの移植
腸オルガノイドの生体内での成長を確認するために、CLEA Japanから購入した免疫不全ヌードマウス(BALB/cAJcl-nu/nu)に移植した。培養第35日の腸オルガノイド1つをマウスの腎臓被膜の下に移植した。移植を施したマウスを6週間後に頸椎脱臼により安楽死させ、その腎臓をMVX10蛍光顕微鏡(Olympus)により観察した。オルガノイドを移植した部位を、H&E染色及び免疫細胞化学により更に分析した。
【0121】
2.13. 統計
量的データは、少なくとも3つの独立した実験から得た平均値±SEMの値として示す。統計解析は、unpaired, 2-tailed t検定又はMann-Whitney順位和検定を用いて行った。P < 0.05を、統計的な有意差があるものとみなした。
【0122】
3. 結果
代表的な結果を
図1A~
図9Bに示す。
図1A~
図1Dは、細胞接着領域のパターンが形成された細胞培養基材での、ヒト多能性幹細胞からの、蠕動能を有する腸オルガノイドの形成について説明する図である。
図2A~
図2Dは、腸オルガノイドの分化の特徴を説明するための図である。
図3A~
図3Cは、腸オルガノイドの特徴と、腸オルガノイドの形成過程における、LGR5-EGFP陽性細胞の検出の結果を示す図である。
図4A~
図4Fは、腸オルガノイドの蠕動能について説明するための図である。
図5A~
図5Cは腸オルガノイドの吸収機能を説明する図である。
図6A及び
図6Bは腸オルガノイドのCFTRトランスポート活性を説明する図である。
図7A~
図7Dは、蠕動能を有しない腸オルガノイドの特徴を示す。
図8A~
図8Dは、腸オルガノイド(培養第35日)を移植した時、腸管の高度な構造が形成されることを示す。
図9A、
図9Bは、ヒトiPS細胞由来の腸オルガノイドの培養過程での変化を示す。
【0123】
以下に、適宜図面を参照して実験結果について説明する。図面の具体的な説明は、「図面の簡単な説明」の欄に記載した。
【0124】
3.1. 腸オルガノイドは、細胞接着領域のパターンが形成された細胞培養基材上で自律的に形成される
一般に組織の自己形成は主に3つのステップ:自律的な集合、自己パターニング、自己形態形成、からなる(Sasai Y. Nature. 2013;493(7432):318-326)。本実験では、この概念を利用して、細胞パターンが膨らむ段階、及び、自己形態形成の段階を経る、腸の形態形成を誘導するものである (
図1A)。第一工程では、XF培地(Akutsu H, et al. Regen. Ther. 2015;1:18-29)中で培養されたヒト胚性幹細胞(hESCs)又はヒトiPS細胞(hiPSCs)が、分化誘導培地2中で、細胞培養基材(Okochi N, Okazaki T, Hattori H. Langmuir. 2009;25(12):6947-6953)におけるガラス表面上の細胞接着領域の円形パターンに集合した。細胞接着領域に集合した細胞は、培養第7日以降に半球ドーム状の構造を形成した (図 1C)。続いて、空洞を有する大きな構造体が形成された。この構造体は、自己形成された細胞塊による、上皮が折り畳まれ、嚢胞様突起を呈し、培養第20日までに、立方上皮細胞により被覆された。培養第30日までに、自己形成された嚢胞状のスフェロイドが細胞培養基材から遊離した。遊離したスフェロイドは2種類に大別できた。一つは、細胞からなる薄い壁を備える、簡単な嚢胞状のスフェロイドであった。もう一つは、中実の部分と、部分的に嚢胞状の突起とを有する、二成分スフェロイドであった。特筆すべきことは、後に蠕動能を持つものはこの二成分スフェロイドであった。このようなスフェロイドは全ての遊離したスフェロイドのうちの 4% (791個のうち34個、n=3)であり、長期間にわたって維持された(
図1D参照)。このことは、異なる胚葉に由来する細胞種が機能を持つ細胞ネットワークを形成して集合したオルガノイドが形成されたことを示唆する。
【0125】
次に、本発明者らは、分化の異なる時点において、胚葉マーカーの発現を調べた。初期の分化段階では、増殖するパターン細胞は、胚体内胚葉マーカーFOXA2、SOX17及びCXCR4、並びに、初期内胚葉及び中胚葉マーカーGATA4、GATA6及びT (Brachyury)を発現した(
図2A)。これらのマーカーの発現は、半球ドーム状構造体が形成される培養第14日まで上昇した(
図1A及び
図2A)。分化が更に進んだ培養第21日でCXCR4の発現が低下したが、このことは、マウス胚の発生における後腸の形成の際の、遺伝子発現のダウンレギュレーションの報告と一致するものであった (McGrath KE, Koniski AD, Maltby KM, McGann JK, Palis J. Dev Biol. 1999;213(2):442-456)。後腸マーカーCDX2の発現レベルは初期の増殖段階で高まり、分化が進んでも比較的高く維持された(
図2A)。神経前駆細胞マーカーSOX1の発現は、他の胚葉マーカーと比較して相対的に遅い段階(第21日)に上昇した(
図2A)。これとは対照的に、多分化能マーカーOCT4の発現レベルは、初期の分化段階で顕著な低下を示した。このように、本発明者らの手順は、培養第21日までに、ヒトES細胞の胚体内胚葉及び後腸への分化を促進し、半球ドーム状構造体を形成させた。その後の分化により、細胞凝集体が空洞を有する構造体を形成し、細胞培養基材から剥離した(
図1C)。この構造体の上皮は折り畳まれた構造を有していた。蠕動運動をするオルガノイドをパラフィンに包埋しH&E染色したところ、粘膜と粘膜下層からなる腸の構造が確認できた(
図2B)。腸粘膜は上皮と基底膜により形成される。腸の上皮は、吸収腸細胞及び分泌系細胞の2種の細胞からなり、これらの細胞は、粘液を産生する杯細胞、腸管内分泌細胞、及びパネート細胞を含む(Gracz AD, Magness ST. Am J Physiol Gastrointest Liver Physiol. 2014;307(3):G260-G273.)。Alcian Blue染色により、紫色に染色されたムコ多糖を含有する杯細胞が、オルガノイド上皮層に存在することが示された(
図2C)。興味深いことに、培養第50日の成熟したオルガノイドでは、いくつかの後期分化マーカーの相対的発現レベルに関して、ヒト成人腸と同等であった(
図2D)。腸上皮細胞の成熟に伴って、CDX2(腸の転写因子)、ECAD(上皮細胞特異的なE-カドヘリン)、及び、刷子縁特異的なビリンが、腸オルガノイドにおいても、ヒト成人腸におけるのと同程度の発現レベルを示した。免疫染色の結果、ビリンは上皮のアピカル側に局在すること、及び、CDX2は上皮層に存在することが確認された(
図3A)。オルガノイドのTEM(透過型電子顕微鏡)観察像から、微絨毛のアピカル側に刷子縁が形成されていることが確認された(
図3B)。パネート細胞特異的ディフェンシンα-6 (DEFA6)を染色することで、パネート細胞を特定し(
図3A)、TEMによりパネート細胞が分泌顆粒を有することを確認した(
図3B)。H&E染色及びAlcian Blue染色により、上皮層中に杯細胞が存在していることを特定した。杯細胞であることは、ムチン-2 (MUC2) 染色 (
図3A) 及びTEM観察像でのムチン顆粒の存在(
図3B)により特定した。上皮腸管内分泌細胞マーカーのクロモグラニンA(CGA)の発現レベルは、腸オルガノイドでは、ヒト成人腸よりも低い(
図2D)ものの、ECAD及びCGAの免疫染色から、これらのタンパク質は両方とも上皮に存在することが確認された(
図3A)。腸オルガノイドでは、腸幹細胞マーカーLGR5がCDX2と共発現していた(
図3A)。LGR5プロモータ制御下のEGFP発現ベクターをトランスフェクトしたヒト胚性幹細胞(hESC)の腸オルガノイド形成時にもLGR5の発現が確認された(
図3C)。このことから、本発明により自己形成された腸オルガノイドは、さまざまな種類の、高度に分化した腸の細胞種を含んでいることが示された。
【0126】
3.2. 腸オルガノイドは成熟した腸に特有の機能を有する
蠕動能、ペプチド吸収性、粘液分泌能という腸に特有の機能を腸オルガノイドが備えるかを調べた。腸オルガノイドは収縮運動を示すことから、機能的に成熟した間葉層の存在が示唆された。腸の運動は、腸管神経系及びカハール介在細胞(ICC)等のペースメーカー細胞により制御される(Sanders KM, Koh SD, Ward SM. Annu Rev Physiol. 2006;68:307-343; uizinga JD, Lammers WJ. Am J Physiol Gastrointest Liver Physiol. 2009;296(1):G1-G8)。腸の収縮運動にどの細胞種が関与しているかを特定するために、免疫化学的分析を行った。中胚葉由来の平滑筋細胞は、α-平滑筋アクチン(SMA)を染色することにより、粘膜下層領域に確認された(
図4A)。このことから、オルガノイドの形成には中胚葉が関与していることが示された。腸上皮下の筋線維芽細胞は、ヒト腸上皮の生体内及び生体外の成長をサポートする(Lahar N, et al. PLoS One. 2011;6(11):e26898)。定量的RT-PCRを用いて、腸管神経系マーカーであるprotein gene product 9.5 (PGP9.5)(
図3A)、並びに、ICCマーカーであるCD34及びCKIT (
図2D)を発現する細胞を特定した。また、免疫染色を用いて、グリア細胞マーカーである、CKIT及びS-100の二重陽性細胞が、粘膜下の領域に局在していることを特定した(
図4B)。セロトニンは、胃腸機能(蠕動、分泌等)を制御する主な神経伝達物質であり、腸粘膜の腸管内分泌細胞により合成される(Mawe GM, Hoffman JM. Nat Rev Gastroenterol Hepatol. 2013;10(8):473-486)。免疫組織化学的分析の結果、腸オルガノイドの上皮層にセロトニン陽性細胞が存在することが明らかとなった(
図4C)。腸オルガノイドの収縮速度はヒスタミン処理により増加し、アトロピン処理によって低下した(
図4D)。このように、ヒスタミン又はアトロピンによる処理後に収縮性が変化することから、腸オルガノイドは成熟した腸と同様の運動性を備えることが明らかとなった(Mittal RK, Padda B, Bhalla V, Bhargava V, Liu J. Am J Physiol Gastrointest Liver Physiol. 2006;290(3):G431-G438)。蠕動能を有する腸オルガノイドはこのように薬物に応答するのに対して、蠕動能を有さない腸オルガノイドは収縮を促進するヒスタミンにも応答しなかった(n=6,
図4E)。一方、ヒスタミンH1受容体は、蠕動能を有するオルガノイド及びヒト腸の上皮及び間葉系領域で発現していた(
図4F)。蠕動能を有さないオルガノイドもヒスタミンH1受容体を発現しており、また、定量的RT-PCR及び腸組織特異的遺伝子の免疫染色分析により、腸に類似した組織であることが確認された(
図7A)。成熟した内胚葉由来細胞のマーカーであるアルブミン及びインスリンは腸オルガノイドでは発現していなかった(
図7B)。蠕動能を有さないオルガノイドは、ヒト成人腸と類似した遺伝子発現レベルを示したが、免疫染色では、蠕動能を有さないオルガノイドの間葉層に未成熟/欠陥が確認された。蠕動能を有さないオルガノイドでの平滑筋マーカーSMAの染色は、蠕動能を有するオルガノイドと比較して低レベルであった(
図7C)。ニューロフィラメントが、蠕動能を有するオルガノイドでは間葉系領域の全体に分布していたのに対して、蠕動能を有さないオルガノイドではまばらであった(
図7D)。間葉系領域で筋細胞層とニューロンの発達が不十分であることが、蠕動能を有さない原因である可能性がある。
【0127】
腸オルガノイドによるペプチドの取り込みを評価するため、腸オリゴペプチドトランスポーター(PEPT1)及び主なATP結合カセット(ABC)トランスポーターであるABCB1及びABCG2の発現レベルを調べた。これらの遺伝子の発現レベルは、腸オルガノイドと成人腸とで同様であった(
図5A)。活性ペプチドの取り込み能を生体外アッセイにより評価した(Groneberg DA, Doring F, Eynott PR, Fischer A, Daniel H. Am J Physiol Gastrointest Liver Physiol. 2001;281(3):G697-G704)。蛍光標識ジペプチドβ-Ala-Lys-N(ε)-7-アミノ-4-メチルクマリン-3-酢酸とともに培養した腸オルガノイドはペプチド吸収性を示し、カプトプリルの処理によりペプチド吸収性は低下した(
図5B)。異なる濃度のカプトリルにより処理したが、ペプチド吸収性の阻害作用の、カプトプリル濃度依存性は確認できなかった(
図5C)。
【0128】
オルガノイドの分泌活性を調べるために、嚢胞性線維症膜コンダクタンス制御因子 (CFTR)の発現レベルを確認するとともに、フォルスコリンにより誘導される膨張(FIS)に基づくアッセイを行った。CFTRは腸上皮細胞での粘液分泌に重要である。本発明者らは、腸オルガノイドでは、ヒト腸と同様に、上皮層にCFTRが存在することを確認した(
図6A)。CFTRの機能を確認するために当業界で用いられるFISアッセイ(Dekkers JF, et al. Nat Med. 2013;19(7):939-945)を行ったところ、フォルスコリンにより腸オルガノイドは膨張することが確認された。また、CFTRブロッカーは、この膨張を完全に阻害した(
図6B)。これらの結果から、本発明者らは、腸オルガノイドが、成熟腸と同様の吸収能及び分泌能を有すると結論付けた。
【0129】
実験結果から、異種成分不含有条件下で作製された幹細胞由来腸オルガノイドは、腸に関連する主要な細胞種が組織化された構造を有し、成熟した腸の機能を有することが確認された。従来の研究では、腸オルガノイドを、マウス腎臓被膜に移植すると成熟と分化が起こることが示されている(Watson CL, et al. Nat Med. 2014;20(11):1310-1314)。インビトロで幹細胞から形成された腸オルガノイドが成熟したものであることを確認するために、ヒト胚性幹細胞(hESC)由来の、CMVプロモーターの制御によりEGFPを恒常的に発現する培養第35日の腸オルガノイド1つを、免疫不全ヌードマウスの腎臓被膜の下に移植した(
図8A)。腸オルガノイドは全て問題なく移植され(n=4)、管腔及び積層構造という腸管の高度な構造を有していた(
図8B及び8C)。また、腸管上皮及び間葉組織の遺伝子マーカーであるCDX2(腸細胞)、MUC2(杯細胞)、CGA(腸管内分泌細胞)、DEFA6(パネート細胞Paneth cells)、並びに、ECAD及びNa+/K+-ATPase(上皮)と、腸管神経マーカーであるPGP9.5とが、多層化されたSMA陽性間葉において発現していることが確認された(
図8D)。すなわち、移植された腸オルガノイドには全ての腸細胞種が存在していた。移植実験では、腸オルガノイドは移植後にそれほど成長しなかったことから、インビトロにおいて高度に分化していることが示唆された。
【0130】
4. 考察
上記の実験結果は、異種成分不含有条件下で作製されたヒト幹細胞由来腸オルガノイドは、腸に関連する主要な細胞種が高度に組織化された構造を有し、成熟した腸と同等の機能を有することを示す。本実験で得られた腸オルガノイドは少なくとも3つの利点を有する。
【0131】
第一に、腸オルガノイドは、異種成分不含有条件で安定に長期間維持可能であり、再生医療への応用に適している。
【0132】
第二に、腸オルガノイドは、複雑な組織構造を有し、成熟した腸と同等の機能を有する。上皮由来の上皮オルガノイドと異なり、腸オルガノイドは腸上皮層と間葉層を共に含む。腸オルガノイドは、ペプチド吸収及び粘液分泌という上皮の機能を有するとともに、成熟ヒト腸と同様に、ヒスタミン及びアトロピンに応答する蠕動様運動をする。このため、腸オルガノイドは「ミニ腸」として利用することができ、腸に関連する疾患の研究において利用価値が高い。
【0133】
第三に、本実験は、in vitro で幹細胞から、内胚葉、中胚葉、外胚葉の3つの胚葉に由来する細胞を併せ持つ、機能を有するオルガノイドを作った最初の例である。
【産業上の利用可能性】
【0134】
本発明で提供される腸オルガノイドは腸疾患の機構の研究及び治療用薬物の開発のために有用である。
【0135】
本発明で提供される腸オルガノイドの作製方法によれば、疾患の研究及び薬物開発のために、腸オルガノイドをインビトロにおいて簡単に作製することができる。
【配列表】