(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-15
(45)【発行日】2024-01-23
(54)【発明の名称】金型の表面処理方法
(51)【国際特許分類】
B22C 9/06 20060101AFI20240116BHJP
B22C 3/00 20060101ALI20240116BHJP
B22D 17/22 20060101ALI20240116BHJP
C23C 8/10 20060101ALI20240116BHJP
C23C 26/00 20060101ALI20240116BHJP
【FI】
B22C9/06 D
B22C3/00 B
B22C3/00 E
B22D17/22 B
B22D17/22 Q
B22D17/22 R
C23C8/10
C23C26/00 B
(21)【出願番号】P 2020101724
(22)【出願日】2020-06-11
【審査請求日】2022-11-07
(73)【特許権者】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(74)【代理人】
【識別番号】100093779
【氏名又は名称】服部 雅紀
(72)【発明者】
【氏名】佐野 幸浩
(72)【発明者】
【氏名】大林 伸吉
(72)【発明者】
【氏名】飯見 秀紀
【審査官】坂本 薫昭
(56)【参考文献】
【文献】特開平10-156490(JP,A)
【文献】特開2001-073164(JP,A)
【文献】特開2019-147179(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22C 3/00,9/06
B22D 17/22
C23C 8/10,26/00,28/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミ製ダイカスト部材の製造に用いられる金型(10)のキャビティ(100)を形成する表面に対して表面処理を行う金型の表面処理方法であって、
所定の試験評価により外観上表面にクラックのない状態をクラックフリーと定義すると、
鉄から形成される基部(111)に、クラックのないクラックフリークロムめっき層(113)を形成するクロムめっき工程(S3)と、
前記クロムめっき工程後、大気雰囲気で加熱することにより、前記クラックフリークロムめっき層の前記キャビティ側に三酸化二クロム層(115)を形成するとともに、前記基部と前記クラックフリークロムめっき層との界面に基部側拡散層(112)を形成し、前記クラックフリークロムめっき層と前記三酸化二クロム層との界面に酸化側拡散層(114)を形成する加熱工程(S4)と、
を含
み、
前記クラックフリークロムめっき層は、厚さが10μm以上30μm以下であり、
前記加熱工程において、加熱温度は600℃であり、加熱時間は大気雰囲気で1時間以上10時間以下である金型の表面処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミダイカスト部材を製造する金型の表面処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、例えば特許文献1に記載されるように、金型に溶融した金属を供給し加圧することによって所望の形状の部材を製造するダイカスト鋳造方法に用いられる金型装置が知られている。
【0003】
特許文献1に記載の金型装置では、金型へのアルミ溶着や溶損対策として、金型のキャビティを形成する表面である表層部は、20重量%以上のクロムを含んでいる。これにより、表層部のキャビティ側の表面に三酸化二クロム膜を形成することが可能となる。三酸化二クロム膜は、緻密な不動態膜であってアルミ溶湯に対する非濡れ性及び耐食性を有する。これにより、キャビティにアルミ溶湯が充填されるとき、金型の基部とアルミ溶湯との溶着を防止することができるとされていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところが、特許文献1に記載の金型装置では、キャビティ側の最表層は、酸化クロムと酸化鉄の混合層であり、クロム濃度が高くないために、アルミ耐性の良い酸化クロム膜ではなく、アルミ溶着を防ぐ能力が不十分であった。その他、金型の表面処理としては、窒化処理や耐熱セラミック層の多層コーティングなどもあるが、いずれもアルミ溶着を抑制するには不十分であった。
【0006】
本発明は、このような点に鑑みて創作されたものであり、その目的は、アルミ溶湯の溶着を抑制し、金型の破損を抑制することで金型寿命を向上させる金型の表面処理方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の金型の表面処理方法は、アルミ製ダイカスト部材の製造に用いられる金型(10)のキャビティ(100)を形成する表面に対して表面処理を行う方法であり、所定の試験評価により外観上表面にクラックのない状態をクラックフリーと定義すると、クロムめっき工程(S3)と、加熱工程(S4)とを含む。
【0008】
クロムめっき工程(S3)は、鉄から形成される基部(111)に、クロムめっき層(113)を形成する。
加熱工程(S4)は、クロムめっき工程後、大気雰囲気で加熱することにより、クロムめっき層のキャビティ側に三酸化二クロム層(115)を形成するとともに、基部とクロムめっき層との界面に基部側拡散層(112)を形成し、クロムめっき層と三酸化二クロム層との界面に酸化側拡散層(114)を形成する。
クラックフリークロムめっき層は、厚さが10μm以上30μm以下である。
加熱工程において、加熱温度は600℃であり、加熱時間は大気雰囲気で1時間以上10時間以下である。
【0009】
本構成によれば、加熱工程の実施により、基部側拡散層および酸化側拡散層が形成される。すなわち、加熱工程により、基部側拡散層が形成されて、基部とクロムめっき層との密着力が高められる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】第一実施形態による金型装置の模式図である。
【
図3】金型の表面処理方法における工程をフローチャートに示す図である。
【
図4】加熱工程における処理条件について説明するための図である。
【
図5】加熱工程による成分組成変化を試料にて示す図であり、(a)は加熱前の試料を示し、(b)は加熱後の試料を示す。
【
図6】クラックフリークロムめっき層の厚みと、クラックの発生状況の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
〈第1実施形態〉
[金型装置1の構成]
【0012】
第一実施形態による金型装置1および金型の表面処理方法について、
図1~
図6の各図に基づいて説明する。金型装置1は、アルミを材料とするアルミ製ダイカスト部材をダイカスト成形するために用いられる。金型装置1は、
図1に示すように、金型10、及び、溶湯供給部20を備える。
【0013】
金型10は、可動型11、及び、固定型12を有する。金型10は、可動型11と固定型12とによってアルミ溶湯を充填可能なキャビティ100を形成する。
【0014】
可動型11は、金属、例えば、鋼から形成されている、可動型11は、固定型12に対して白抜き矢印F0に示すように相対移動可能に設けられている。可動型11は、
図1に示すように、固定型12側に開口を有する第一空間110を有する。第一空間110は、キャビティ100の一部となる。
【0015】
固定型12は、金属、例えば、鋼から形成されている。固定型12は、移動不能に固定され、
図2に示すように、可動型11側に開口を有する第二空間120、及び、連通孔121を有する。第二空間120は、キャビティ100の一部となる。すなわち、キャビティ100は、第一空間110と第二空間120とによって構成されている。連通孔121は、第二空間120と固定型12の外側とを連通する。
【0016】
溶湯供給部20は、金型10が有するキャビティ100にアルミ溶湯を供給可能に形成されている。溶湯供給部20は、固定型12の連通孔121を介して第二空間120にアルミ溶湯を供給する。
【0017】
可動型11のアルミ溶湯に接触する側の表層部の拡大図を
図2に示す。
図2の下側が深部側であって、上側が表面側である。
図2に示すように、可動型11の表層部は、深部から順に、基部111、基部側拡散層112、クラックフリークロムめっき層113(以下、単に「クロムめっき層」ともいう)、酸化側拡散層114及び、三酸化二クロム層(以下、「Cr
2O
3」と示す)115を有している。基部111及び各層112,113,114,115は一体に形成されている。
【0018】
基部111は、可動型11の骨格をなす部位である。基部111は、
図2に示すように、第一空間110から比較的離れた位置に設けられている。本実施形態では、基部111は、炭素濃度が0.07重量%以下の鉄から形成されている。
【0019】
クラックフリークロムめっき層113は、基部111のキャビティ100側に設けられており、後述するクロムめっき処理により形成されたクラックのないクロムめっき層である。
図2において、クロムめっき層113は、破線CL1から破線CL2までに示す部位である。クロムめっき層113は、厚さT1が、10μm以上30μm以下であり、圧縮側を負とした内部応力が800MPa以下となるように形成されている。なお、
図2では、各層が形成されていることがわかりやすいように模式的に図示しており、縮尺を変更して記載してある。
【0020】
Cr
2O
3層115は、表層部の最も第一空間110側に形成されている。Cr
2O
3層115は、耐熱温度がアルミ鋳込温度である680℃に比べ高い1350℃であって、欠陥がないことが特徴である。
図2において、Cr
2O
3層は、破線CL2から実線L5までに示す部位である。実線L5は、表層部と第一空間110との界面である。本実施形態では、Cr
2O
3層115は、厚さT2が、50nm以上となるように形成されている。Cr
2O
3層の金属成分は、クロムが100%である。なお、カーボンなど意図しない不純物としての金属成分は除く。
【0021】
基部側拡散層112は、鉄とクロムの拡散層であり、基部111とクロムめっき層113との界面に形成されている。基部側拡散層112は、
図2において、二点鎖線L1から二点鎖線L2までに示す部位である。基部側拡散層112が形成されることで、基部111とクロムめっき層113との密着力が高くなる。なお、二点鎖線L1と二点鎖線L2との概ね中間位置が破線CL1と一致する。基部側拡散層112の深部側は基部111の表面側の一部分と重複しており、基部側拡散層112のキャビティ100側はクロムめっき層113の深部側の一部分と重複している。
【0022】
酸化側拡散層114は、クロムめっき層113へ酸素が拡散した拡散層であり、Cr
2O
3層とクロムめっき層113との界面に形成されている。酸化側拡散層114は、
図2において、二点鎖線L3から二点鎖線L4までに示す部位であり、その厚みT3は、概ね10nmである。Cr
2O
3層の酸素濃度は、深さ方向に対して徐々に減少している。なお、二点鎖線L3と二点鎖線L4との概ね中間位置が破線CL2と一致する。酸化側拡散層114の深部側はクロムめっき層113の表面側の一部分と重複している。
【0023】
なお、固定型12の表層部は、可動型11と同じ構成を有しており、基部111、基部側拡散層112、クラックフリークロムめっき層113、酸化側拡散層114及び、Cr2O3層115を有している。固定型12の基部111及び各層112,113,114,115のそれぞれは、可動型11の基部111及び各層112,113,114,115と同じ構成と特徴を有しているため、説明は省略する。
【0024】
[金型10の表面処理方法]
次に、上記金型10の表面処理方法について説明する。
図3に示すように、本実施形態の表面処理方法は、主に、脱脂工程S1、エッチング工程S2、クロムめっき工程S3、および加熱工程S4を有して構成されている。
【0025】
脱脂工程S1では、めっき処理前の酸アルカリ洗浄を行う。基部111の表面の油脂等の汚れをアルカリ等で除去した後、室温で塩酸により表面の酸化物を除去する。次いで、エッチング工程S2では、逆電解処理による表面のエッチングを行う。めっき対象の金型10を+に、電極を-に接続し、約30A/dm2の直流電流を流して、表面をさらに清浄する。
【0026】
脱脂工程S1およびエッチング工程S2を経たのち、クロムめっき工程S3では、クラックが発生しないように応力制御された所謂クラックフリーのクロムめっき処理を行う。金型10を-に、電極を+に接続し、本実施形態では、約30A/dm2の直流電流を数十分程度流して、金型10の表面にめっきを成長させる。めっき液組成は、例えば、無水クロム酸を400g/L、硫酸を4g/L、その他少量の添加剤が含まれる。その後、水道水で表面の薬品を洗い流したのち、風を当てて乾燥する。
【0027】
クロムめっき工程S3の次には、加熱工程S4が行われる。本実施形態の加熱工程S4において、加熱温度は600℃であり、加熱時間は大気雰囲気で10時間である。加熱処理条件は適宜変更できるが、加熱温度は400℃以上600℃以下で、加熱時間は1時間以上が最低条件である。
図4に示すように、この加熱処理条件は、400℃より低いとCr
2O
3層115の形成が不十分であり、600℃より高いと焼き戻しによる母材の軟化が生じるためである。
【0028】
加熱工程S4の実施により、金型10の最表面にCr
2O
3層115が形成される。
図5は、クロムめっき後の加熱処理による成分組成変化を試料にて示す図である。
図5(a)(b)に示すように、加熱処理後の最表面は、加熱処理前と比べて、クロムの二次イオン強度が減少し、酸素濃度が上昇している。これは、最表面にCr
2O
3層が形成されたことを意味する。本実施形態の条件で加熱処理することで、概ね50μm程度の厚みのCr
2O
3層が形成される。
【0029】
また、この加熱工程S4の実施により、基部側拡散層112および酸化側拡散層114が形成される。すなわち、加熱工程S4により、基部側拡散層112が形成されて、基部111とクロムめっき層113との密着力が高められる。
【0030】
次に、金型装置1の作用について説明する。最初に、可動型11と固定型12とを組み合わせ、キャビティ100を形成する。キャビティ100が形成されている金型10に、溶湯供給部20からアルミ溶湯が供給される。溶湯供給部20が供給するアルミ溶湯は、キャビティ100に圧入されキャビティ100に充填される。可動型11及び固定型12は、Cr2O3層115によってアルミ溶湯と接触する。キャビティ100に充填されたアルミ溶湯が凝固し部材が成形される。部材が成形されると、可動型11を移動することによって可動型11と固定型12とを分離し、成形された部材を金型10から取り出す。
【0031】
[効果]
(1)上記実施形態の金型装置1では、金型10のキャビティ100側の表層部は、深部から順に、基部111、基部側拡散層112、クラックフリークロムめっき層113、酸化側拡散層114及び、Cr2O3層115が一体に成形されている。クラックフリークロムめっき層113の上層にあって、クロムめっき処理後の加熱処理により形成されたCr2O3層115は、金属成分がクロム100%とクロム濃度が高い。また、Cr2O3層115の厚みは50nm以上であり、十分な厚みを有している。
【0032】
すなわち、本実施形態のCr2O3層115はアルミ耐性が非常に優れており、アルミ溶湯が金型10に供給されたときには、Cr2O3層115によりアルミ溶湯の金型10への溶着が効果的に抑制され、金型装置1の寿命を向上させることができる。
【0033】
(2)また、クロムめっき工程S3後の加熱工程S4により形成される基部側拡散層112および酸化側拡散層114を有しており、上記実施形態の金型10は各層の密着力が高いため、金型10の破損が抑制されて金型10の耐久性を向上させることができる。
【0034】
(3)上記実施形態のクラックフリークロムめっき層113は、厚さT1が10μm以上30μm以下である。クロムめっき層は、薄すぎると寿命が短く、厚すぎるとクラックが入る。
図6は、横軸に膜厚を取り、縦軸にクラックの発生状態を模式的に示した図である。
図6に示すように、膜厚が30μm以下では、クラックが見られなかった。膜厚35μmでは、観察した試料の部位によってクラックが観察される場合と観察されない場合があった。膜厚40μm以上では、観察したところほとんどの場所でクラックがあった。すなわち、確実にクラックのない良好な厚みは30μm以下である。本実施形態では、クラックが生じず寿命も長いクラックフリークロムめっき層113となっている。
【0035】
(4)上記実施形態の加熱工程S4において、加熱温度は600℃であり、加熱時間は大気雰囲気で10時間である。この条件により、概ね50μm程度の適度な厚みのCr2O3層を形成することができる。Cr2O3層115が50μm程度の十分な厚みを有することで、Cr2O3層115は繰り返しの成形に対して剥がれにくく耐久性を発揮することができる。
【0036】
〈他の実施形態〉
上記実施形態では、クラックフリークロムめっき層113は、厚さT1が10μm以上30μm以下であり、内部応力が800MPa以下であるとしたが、厚さおよび内部応力はこれに限定されるものではない。
【0037】
上記実施形態では、Cr2O3層115は、厚さT2が50μm以上であるとしたが、厚さはこれに限定されるものではない。
【0038】
上記実施形態では、加熱温度は600℃であり、加熱時間は大気雰囲気で10時間としたが、良好なCr2O3層115および各拡散層112,114が形成されればその他の条件でも良い。概ね、加熱温度が400℃~600℃であり、加熱時間が大気雰囲気で1時間以上であれば良い。
【0039】
本発明は、上述した実施形態に限定されるものではなく、発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々の形態で実施可能である。
【符号の説明】
【0040】
1 ・・・金型装置
10 ・・・金型
20 ・・・溶湯供給部
100 ・・・キャビティ
111 ・・・基部
112 ・・・基部側拡散層
113 ・・・クラックフリークロムめっき層
114 ・・・酸化側拡散層
115 ・・・三酸化二クロム層