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  • 特許-焙煎コーヒー豆の製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-15
(45)【発行日】2024-01-23
(54)【発明の名称】焙煎コーヒー豆の製造方法
(51)【国際特許分類】
   A23F 5/02 20060101AFI20240116BHJP
   A23F 5/24 20060101ALI20240116BHJP
   A23L 2/00 20060101ALI20240116BHJP
【FI】
A23F5/02
A23F5/24
A23L2/00 B
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2020509323
(86)(22)【出願日】2019-03-28
(86)【国際出願番号】 JP2019013616
(87)【国際公開番号】W WO2019189580
(87)【国際公開日】2019-10-03
【審査請求日】2022-03-11
(31)【優先権主張番号】P 2018068976
(32)【優先日】2018-03-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000066
【氏名又は名称】味の素株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100147267
【弁理士】
【氏名又は名称】大槻 真紀子
(74)【代理人】
【識別番号】100126664
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 慎吾
(72)【発明者】
【氏名】浜名 芳輝
【審査官】戸来 幸男
(56)【参考文献】
【文献】韓国公開特許第10-2018-0029537(KR,A)
【文献】韓国公開特許第10-2016-0134001(KR,A)
【文献】特開2017-060455(JP,A)
【文献】特開2011-103901(JP,A)
【文献】特開2000-050800(JP,A)
【文献】国際公開第2014/024470(WO,A1)
【文献】横塚 弘毅, 相原 俊秀, 櫛田 忠衛,銅塩法によるワイン及びぶどう果汁中のペプチド簡易・微量定量,山梨大学醗酵研究所研究報告,1980年,Vol.15,p.1-8
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23F
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
コーヒー生豆にペプチドを接触させて内部に吸収させる又は表面に付着させた後、焙煎する工程、を有し、
前記ペプチドがコラーゲンペプチドであることを特徴とする、焙煎コーヒー豆の製造方法。
【請求項2】
前記ペプチドの全アミノ酸残基に対するヒドロキシプロリンとヒドロキシリジンの合計含有量の比率が10質量%以上である、請求項1に記載の焙煎コーヒー豆の製造方法。
【請求項3】
前記ペプチドが、重量平均分子量が500~5000である、請求項1又は2に記載の焙煎コーヒー豆の製造方法。
【請求項4】
前記ペプチドが、魚由来のコラーゲンペプチド、豚由来のコラーゲンペプチド又はこれらのコラーゲンペプチドのうちの2以上の組み合わせである、請求項1~3のいずれか一項に記載の焙煎コーヒー豆の製造方法。
【請求項5】
前記ペプチドが、魚由来のコラーゲンペプチドである、請求項1~3のいずれか一項に記載の焙煎コーヒー豆の製造方法。
【請求項6】
請求項1~のいずれか一項に記載の焙煎コーヒー豆の製造方法により、改質された焙煎コーヒー豆を得る工程と、
改質された焙煎コーヒー豆の可溶性固形分を含有するコーヒー抽出液を調製する工程と、
を有することを特徴とする、コーヒー抽出液の製造方法。
【請求項7】
請求項に記載のコーヒー抽出液の製造方法によりコーヒー抽出液を製造した後、得られたコーヒー抽出液を原料としてコーヒー飲料を製造することを特徴とする、コーヒー飲料の製造方法。
【請求項8】
請求項に記載のコーヒー抽出液の製造方法によりコーヒー抽出液を製造した後、得られたコーヒー抽出液を原料としてインスタントコーヒー飲料用組成物を製造することを特徴とする、インスタントコーヒー飲料用組成物の製造方法。
【請求項9】
コーヒー生豆にコラーゲンペプチドを接触させて内部に吸収させる又は表面に付着させた後、焙煎する、焙煎コーヒー豆の苦味強化方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、苦味が強化されたコーヒー抽出液を得るための焙煎コーヒー豆を製造する方法、及び当該製造方法により製造された焙煎コーヒー豆からコーヒー抽出液を製造する方法に関する。
本願は、2018年3月30日に日本国に出願された特願2018-068976号に基づく優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
コーヒーは、日常的に広く親しまれている嗜好性飲料であり、容器詰飲料や、水等の液体に溶解させることにより喫飲可能となるインスタントコーヒーが多数上市されている。コーヒー豆は天然物であり、コーヒー抽出液中には、コーヒーらしい味や香気を担う成分以外にも、コーヒーの風味を損なうような雑味成分も含まれている。コーヒー抽出液から雑味成分を除くことにより、より香味に優れた容器詰コーヒー飲料やインスタントコーヒーを製造することができると期待できる。
【0003】
より味や香りに優れたコーヒー抽出液を原料とすることにより、容器詰コーヒー飲料やインスタントコーヒーの味や香りを改善することができると期待できる。特に苦味はコーヒーの重要な品質の1つであり、苦味(力価)の強い焙煎コーヒー豆を原料とすることにより、より苦味が強いコーヒー飲料を製造することができ、苦味の強さを損なうことなく、焙煎コーヒー豆の使用量を低減させて製造コストを低減させることもできる。コーヒーの苦味物質(呈味)としては、カフェインやジケトピペラジン(DKP)、CQL(クロロゲン酸ラクトン)等が知られている。DKPは、ペプチドのN末端アミノ基が環化することで生成される環状ジペプチドであり、コーヒーでは焙煎により生成し、プロリン(pro)を含んだジペプチドから生じやすいことが知られている(非特許文献1参照。)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】佐野茂樹ら、化学、2012年、第67巻、第2号、第23~27ページ。
【文献】GINZ et al.,Journal of Agricultural and Food Chemistry,2000,vol.48,p.3528-3523.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、苦味が強化されたコーヒー抽出液を得るための焙煎コーヒー豆を製造する方法、及び当該製造方法により製造された焙煎コーヒー豆からコーヒー抽出液を製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、焙煎前にコーヒー生豆にペプチドを吸収又は表面に付着させておくことにより、苦味成分であるDKPの含有量が多い焙煎コーヒー豆が得られることを見出し、本発明を完成させた。
【0007】
[1]本発明の第一の態様に係る焙煎コーヒー豆の製造方法は、コーヒー生豆にペプチドを接触させて内部に吸収させる又は表面に付着させた後、焙煎する工程、を有し、
前記ペプチドがコラーゲンペプチドであることを特徴とする。
[2]前記[1]の焙煎コーヒー豆の製造方法においては、前記ペプチドの全アミノ酸残基に対するヒドロキシプロリンとヒドロキシリジンの合計含有量の比率が10質量%以上であることが好ましい。
[3]前記[1]又は[2]の焙煎コーヒー豆の製造方法においては、前記ペプチドが、重量平均分子量が500~5000であることが好ましい。
[4]前記[1]~[3]のいずれかの焙煎コーヒー豆の製造方法においては、前記ペプチドが、魚由来のコラーゲンペプチド、豚由来のコラーゲンペプチド又はこれらのコラーゲンペプチドのうちの2以上の組み合わせであることが好ましい。
[5]前記[1]~[3]のいずれかの焙煎コーヒー豆の製造方法においては、前記ペプチドが、魚由来のコラーゲンペプチドであることが好ましい。
[6]本発明の第二の態様に係るコーヒー抽出液の製造方法は、前記[1]~[5]のいずれかの焙煎コーヒー豆の製造方法により、改質された焙煎コーヒー豆を得る工程と、改質された焙煎コーヒー豆の可溶性固形分を含有するコーヒー抽出液を調製する工程と、を有することを特徴とする。
[7]本発明の第三の態様に係るコーヒー飲料の製造方法は、前記[6]のコーヒー抽出液の製造方法によりコーヒー抽出液を製造した後、得られたコーヒー抽出液を原料としてコーヒー飲料を製造することを特徴とする。
[8]本発明の第四の態様に係るインスタントコーヒー飲料用組成物の製造方法は、前記[6]のコーヒー抽出液の製造方法によりコーヒー抽出液を製造した後、得られたコーヒー抽出液を原料としてインスタントコーヒー飲料用組成物を製造することを特徴とする。
[9]本発明の第五の態様に係る焙煎コーヒー豆の苦味強化方法は、コーヒー生豆にコラーゲンペプチドを接触させて内部に吸収させる又は表面に付着させた後、焙煎することを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明に係る焙煎コーヒー豆の製造方法により製造された焙煎コーヒー豆は、苦味成分であるジケトペラジンの含有量が多い。このため、当該方法により得られた焙煎コーヒー豆から抽出されたコーヒー抽出液を原料とすることにより、苦味強度は保ちながらコーヒー特有の雑味が少ないコーヒー飲料やインスタントコーヒー飲料用組成物を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】実施例1において、ペプチド処理したコーヒー生豆を焙煎し、得られた焙煎コーヒー豆のCyclo(-Phe-Hypro)の含有量の測定結果を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明及び本願明細書において、「インスタントコーヒー飲料用組成物(IC飲料用組成物)」とは、水や牛乳等の液体に溶解又は希釈させることによってコーヒー飲料を調製し得る組成物を意味する。IC飲料用組成物は、粉末であってもよく、液体であってもよい。
【0011】
本発明及び本願明細書において、「粉末」とは粉粒体(異なる大きさの分布をもつ多くの固体粒子からなり,個々の粒子間に,何らかの相互作用が働いているもの)を意味する。また、「顆粒」は粉末から造粒された粒子(顆粒状造粒物)の集合体である。粉末には、顆粒も含まれる。
【0012】
<焙煎コーヒー豆の製造方法>
本発明に係る焙煎コーヒー豆の製造方法は、コーヒー生豆にペプチドを接触させて内部に吸収させる又は表面に付着させた後、焙煎する工程と、を有することを特徴とする。苦味成分の1種であるDKPは、焙煎時にペプチドの環化反応により生じるため、予めコーヒー生豆のペプチド含有量を高めておくことにより、DKP含有量の多く、苦味が強化された焙煎コーヒー豆が得られる。つまり、コーヒー生豆にペプチドを接触させて内部に吸収させる又は表面に付着させた後に焙煎することにより、焙煎コーヒー豆の苦味を強化することができる。このDKP含有量が高くなるように改質された焙煎コーヒー豆を原料とすることにより、可溶性固形分当たりのDKP含有量が多く、苦味が強化されたコーヒー抽出液を得ることができる。
【0013】
原料として用いるコーヒー生豆の種類や産地は特に限定されず、アラビカ種であってもよく、ロバスタ種であってもよく、リベリカ種であってもよく、これらをブレンドしたものであってもよい。
【0014】
コーヒー生豆に吸収等させるペプチドとしては、焙煎時におけるDKPの産生効率が高いことから、ジペプチドの含有割合の高いものが好ましい。例えば、当該ペプチドとしては、重量平均分子量は500~5000のものが好ましく、1000~4000のものがより好ましく、1000~3000のものがさらに好ましく、1200~3000のものがよりさらに好ましい。
【0015】
コーヒー生豆に吸収等させるペプチドとしては、焙煎時におけるDKPの産生効率が高いことから、ヒドロキシプロリンとヒドロキシリジンの少なくとも一方を含んでいるペプチドが好ましく、ペプチドの全アミノ酸残基に対するヒドロキシプロリンとヒドロキシリジンの合計含有量の比率が10質量%以上のペプチドがより好ましく、当該比率が10~30質量%のペプチドがさらに好ましい。特に、DKPの産生効率が特に高いことから、ペプチドの全アミノ酸残基に対するヒドロキシプロリンの合計含有量の比率が10質量%以上のペプチドが好ましく、当該比率が15質量%以上のペプチドがより好ましい。ペプチドの全アミノ酸残基に占めるヒドロキシプロリンの比率の上限値は特に限定されるものではなく、例えば、当該比率は50質量%以下が好ましく、40質量%以下がより好ましく、30質量%以下がさらに好ましい。
【0016】
また、当該ペプチドの由来は特に限定されるものではなく、魚、豚、乳、小麦、トウモロコシ等、様々な生物由来のペプチドを用いることができる。コーヒー生豆に吸収等させるペプチドとしては、ヒドロキシプロリン又はヒドロキシリジンの含有割合が比較的高いため、コラーゲンペプチドが好ましく、魚、豚、小麦、若しくはトウモロコシ由来のコラーゲンペプチド、又はこれらのコラーゲンペプチドのうちの2以上の組み合わせがより好ましく、魚由来のコラーゲンペプチドが特に好ましい。なかでも、これらを加水分解処理等により重量平均分子量が500~5000となるように分解したタンパク質分解物であることが好ましい。
【0017】
タンパク質やペプチドの加水分解処理の方法は特に限定されるものではなく、酸処理やアルカリ処理であってもよく、タンパク質分解酵素処理であってもよい。タンパク質分解酵素処理の場合、用いるタンパク質分解酵素としては、特に限定されるものではなく、多種多様の公知のタンパク質分解酵素の中から適宜選択して用いることができる。また、加水分解処理に用いるタンパク質分解酵素は、1種類であってもよく、2種類以上を組み合わせて使用してもよい。また、タンパク質分解酵素処理は常法により行うことができる。焙煎した場合のDKPの産生効率が高いことから、コーヒー生豆に吸収等させるペプチドとしては、タンパク質をペプチダーゼ処理して得られたタンパク質分解物であることが好ましく、魚由来のコラーゲンペプチドや豚由来のペプチドをペプチダーゼ処理して得られたタンパク質分解物であることがより好ましく、魚由来のコラーゲンペプチドや豚由来のペプチドを重量平均分子量が500~5000となるようにペプチダーゼ処理して得られたタンパク質分解物であることがさらに好ましい。
【0018】
コーヒー生豆にペプチドを接触させて内部に吸収させる又は表面に付着させる方法は、特に限定されるものではなく、例えば、ペプチドを水等の適当な溶媒に溶解させたペプチド溶液に、コーヒー生豆を一定時間浸漬させてもよく、コーヒー生豆の表面にペプチド溶液を噴霧してもよい。コーヒー生豆に吸収等させるペプチドの量は特に限定されるものではなく、使用するペプチドの種類、焙煎温度、焙煎時間、目的の苦味強度にするために必要なDKP量等を考慮して適宜調整することができる。コーヒー生豆に吸収等させるペプチドの量が多いほど、焙煎により製造されるDKPの量が多くなる。
【0019】
ペプチドを吸収等させたコーヒー生豆の焙煎方法は特に限定されるものではなく、直火焙煎法、熱風焙煎法、遠赤外線焙煎法、炭火式焙煎法、マイクロ波焙煎法等の一般的にコーヒー豆の焙煎に使用されるいずれの方法で行ってもよい。また、ペプチドによるDKP産生による苦味強化の効果を損なわない限り、ペプチドの吸収等以外にも、さらに、公知の焙煎前処理を行った後のコーヒー生豆を焙煎してもよい。
【0020】
本発明に係る焙煎コーヒー豆の製造方法により製造された焙煎コーヒー豆は、常法により製造された焙煎コーヒー豆と同様に、各種飲食品の原料として用いることができる。当該焙煎コーヒー豆からの各種飲食品の製造は、常法により行うことができる。
【0021】
<コーヒー抽出液の製造方法>
本発明に係るコーヒー抽出液の製造方法は、本発明に係る焙煎コーヒー豆の製造方法により製造された焙煎コーヒー豆を原料とすることを特徴とする。これにより、可溶性固形分当たりのDKP含有量が多く、苦味が強化されたコーヒー抽出液を得ることができる。すなわち、DKP含有量が高くなるように改質された焙煎コーヒー豆を得る工程と、改質された焙煎コーヒー豆の可溶性固形分を含有するコーヒー抽出液を調製する工程とを有する。
【0022】
可溶性固形分の抽出効率が高くなるため、焙煎コーヒー豆は、可溶性固形分が抽出される前に粉砕されていることが好ましい。焙煎コーヒー豆の粉砕は、ロールミル等の一般的な粉砕機を用いて行うことができる。粉砕度は特に限定されるものではなく、粗挽き、中粗挽き、中挽き、中細挽き、細挽きなどの種々の形状の焙煎コーヒー豆を用いることができる。
【0023】
コーヒー抽出液は、焙煎コーヒー豆に加熱した水を接触させて可溶性固形分を抽出させることにより得られる。抽出方法は、一般的にコーヒーを淹れる際に用いられる方法や、インスタントコーヒーを製造する際に、焙煎コーヒー豆の粉砕物から可溶性固形分を抽出する際に用いられる方法により行うことができる。具体的には、ドリップ式、エスプレッソ式、サイフォン式、パーコレーター式、コーヒープレス(フレンチプレス)式、高圧抽出、連続高圧抽出等のいずれを用いて行ってもよい。
【0024】
原料として2種類以上の焙煎コーヒー豆を用いる場合、原料とする全ての焙煎コーヒー豆がDKP含有量が高くなるように改質されたものであってもよく、原料の一部の焙煎コーヒー豆のみがDKP含有量が高くなるように改質されたものであってもよい。原料として2種類以上の焙煎コーヒー豆を用いる場合、本発明に係るコーヒー抽出液の製造方法においては、2種類以上の焙煎コーヒー豆からなる混合物(ブレンド豆)から可溶性固形分を抽出してコーヒー抽出液を調製してもよく、別個に可溶性固形分を抽出して得られた2種類以上のコーヒー抽出液を混合することによりコーヒー抽出液を調製してもよい。
【0025】
本発明に係るコーヒー抽出液の製造方法により製造されたコーヒー抽出液は、コーヒー飲料やIC飲料用組成物の原料として好適である。DKP含有量が高く、苦味が強化されたコーヒー抽出液を原料とすることにより、原料として用いる焙煎コーヒー豆の量を増大させることなく、充分な苦味を備えるコーヒー飲料やIC飲料用組成物が得られる。
【0026】
<コーヒー飲料の製造方法>
具体的には、コーヒー飲料は、原料とするコーヒー抽出液をそのまま、又は目的とするコーヒー飲料の製品品質に応じてその他の原料を添加して混合した後、殺菌処理が施される。殺菌処理としては、例えば、加熱殺菌処理、レトルト殺菌処理、紫外線照射殺菌処理等のコーヒー飲料の製造工程において通常行われている殺菌処理の中から適宜選択して行うことができる。例えば、加熱殺菌処理としては、100℃以下の低温殺菌であってもよく、100℃以上の高温殺菌であってもよい。
【0027】
通常、コーヒー飲料は容器に密封充填された容器詰飲料として市場を流通する。コーヒー飲料を充填する容器や充填方法は、容器詰コーヒー飲料の製造工程において通常使用されている容器や充填方法の中から適宜選択して行うことができる。当該容器としては、例えば、缶、プラスチック容器、紙製容器、ガラス瓶等が挙げられる。また、容器への充填は、大気中で行ってもよく、窒素ガス雰囲気下で行うこともできる。
【0028】
容器詰コーヒー飲料を製造する場合、予め殺菌処理したコーヒー飲料を殺菌処理済の容器に無菌充填して密封してもよく、コーヒー飲料を充填し密封した容器に対して殺菌処理を施してもよく、加熱したコーヒー飲料を高温のまま容器に充填して密封するホットパック充填を行ってもよい。
【0029】
コーヒー飲料の製造においては、原料とするコーヒー抽出液は、予め濃縮処理や希釈処理、不要物除去処理等の各種処理を施しておいてもよい。コーヒー抽出液の濃縮処理は、熱濃縮方法、冷凍濃縮方法、逆浸透膜や限外濾過膜等を用いた膜濃縮方法等の汎用されている濃縮方法により行うことができる。不要物除去処理は、濾過処理、遠心分離処理等の一般的に飲料から不溶物を除去するために行われている処理で行うことができる。また、これらの処理は、その他の原料を添加して混合した後のコーヒー抽出液に対して行ってもよい。
【0030】
コーヒー飲料の製造において、コーヒー抽出液に添加されるその他の原料としては、飲料に配合可能な成分が挙げられる。具体的には、甘味料、クリーミングパウダー(クリームの代用として、コーヒー等の嗜好性飲料に添加される粉末)、乳原料、香料、酸化防止剤、pH調整剤、増粘剤、乳化剤等が挙げられる。
【0031】
甘味料としては、砂糖、ショ糖、オリゴ糖、ブドウ糖、果糖等の糖類、ソルビトール、マルチトール、エリスリトール、キシリトール、還元水あめ等の糖アルコール、アスパルテーム、アセスルファムカリウム、スクラロース、ネオテーム、アドバンテーム、サッカリン等の高甘味度甘味料、ステビア等が挙げられる。砂糖としては、グラニュー糖であってもよく、粉糖であってもよい。
【0032】
乳原料としては、全粉乳、脱脂粉乳、ホエイパウダー、牛乳、低脂肪乳、濃縮乳、脱脂濃縮乳、乳糖、生クリーム、バター等が挙げられる。なお、全粉乳及び脱脂粉乳は、それぞれ、牛乳(全脂乳)又は脱脂乳を、スプレードライ等により水分を除去して乾燥し粉末化したものである。
【0033】
クリーミングパウダーは、ヤシ油、パーム油、パーム核油、大豆油、コーン油、綿実油、ナタネ油、乳脂、牛脂、豚脂等の食用油脂;ショ糖、グルコース、澱粉加水分解物等の糖質;カゼインナトリウム、第二リン酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、脱脂粉乳、乳化剤等のその他の原料等を、望まれる品質特性に応じて選択し、水に分散し、均質化し、乾燥することによって製造できる。クリーミングパウダーは、例えば、食用油脂をはじめとする原料を水中で混合し、次いで乳化機等で水中油型乳化液(O/Wエマルション)とした後、水分を除去することによって製造することができる。水分を除去する方法としては、噴霧乾燥、噴霧凍結、凍結乾燥、凍結粉砕、押し出し造粒法等、任意の方法を選択して行うことができる。得られたクリーミングパウダーは、必要に応じて、分級、造粒及び粉砕等を行ってもよい。
【0034】
香料としては、コーヒー香料、ミルク香料等が挙げられる。
【0035】
酸化防止剤としては、例えば、ビタミンC(アスコルビン酸)、ビタミンE(トコフェロール)、BHT(ジブチルヒドロキシトルエン)、BHA(ブチルヒドロキシアニソール)、エリソルビン酸ナトリウム、没食子酸プロピル、亜硫酸ナトリウム、二酸化硫黄、クロロゲン酸、カテキン等が挙げられる。
【0036】
pH調整剤としては、例えば、クエン酸、コハク酸、酢酸、乳酸、リンゴ酸、酒石酸。グルコン酸等の有機酸や、リン酸等の無機酸、炭酸カリウム、炭酸水素ナトリウム(重炭酸ナトリウム)、二酸化炭素等が挙げられる。
【0037】
増粘剤としては、デキストリン等の澱粉分解物、麦芽糖、トレハロース等の糖類、難消化性デキストリン、ペクチン、グアーガム、カラギーナン等の食物繊維、カゼイン等のタンパク質等が挙げられる。
【0038】
乳化剤としては、例えば、モノグリセライド、ジグリセライド、有機酸モノグリセライド、ポリグリセリンエステル等のグリセリン脂肪酸エステル系乳化剤;ソルビタンモノステアレート、ソルビタンモノオレエート等のソルビタン脂肪酸エステル系乳化剤;プロピレングリコールモノステアレート、プロピレングリコールモノパルミテート、プロピレングリコールオレエート等のプロピレングリコール脂肪酸エステル系乳化剤;ショ糖ステアリン酸エステル、ショ糖パルミチン酸エステル、ショ糖オレイン酸エステル等のシュガーエステル系乳化剤;レシチン、レシチン酵素分解物等のレシチン系乳化剤等が挙げられる。
【0039】
コーヒー抽出液にその他の原料を混合する順番は特に限定されるものではなく、全ての成分を同時にコーヒー抽出液に添加して混合してもよく、順次添加して混合させてもよい。
【0040】
<IC飲料用組成物の製造方法>
IC飲料用組成物の原料とするためには、コーヒー抽出液を予め濃縮又は粉末化しておくことが好ましい。得られたIC飲料用組成物の保存安定性が良好であるため、本発明に係るIC飲料用組成物の製造方法においては、コーヒー抽出液を粉末化したもの(インスタントコーヒー粉末)を原料とすることが好ましい。
【0041】
コーヒー抽出液の濃縮処理は、コーヒー飲料の製造方法で列挙された方法と同様にして行うことができる。
コーヒー抽出液の粉末化は、コーヒー抽出液を乾燥することにより得られる。抽出物の乾燥方法としては、凍結乾燥、噴霧乾燥、真空乾燥等が挙げられる。また、コーヒー豆からの抽出物は、乾燥前に、必要に応じて濃縮してもよい。
【0042】
IC飲料用組成物は、コーヒー抽出液の濃縮液又は粉末を、その他の原料と混合することによって製造される。混合の順番は特に限定されるものではなく、全ての原料を同時に混合してもよく、順次混合させてもよい。
【0043】
全ての原料が粉末の場合には、全ての原料をそのまま混合することによって、粉末のIC飲料用組成物が製造される。一方で、全ての原料が液状の場合には、全ての原料をそのまま混合することによって、液状のIC飲料用組成物が製造される。
【0044】
粉末原料と液状の原料を用いる場合、粉末の原料を全て予め混合し、得られた混合粉末に、液状の原料の混合液を噴霧して乾燥させることによって、粉末のIC飲料用組成物が製造される。また、液状の原料の混合液に、粉末の原料を溶解又は分散させることによって、液状のIC飲料用組成物が製造される。
【0045】
原料としてコーヒー抽出液の濃縮液を用いる場合には、コーヒー抽出液の濃縮液にその他の原料を添加し、溶解させることによって、液体のIC飲料用組成物が製造される。また、粉末のIC飲料用組成物を製造した後、水や牛乳等に溶解させることによっても、液体のIC飲料用組成物が製造される。
【0046】
IC飲料用組成物に添加されるその他の原料としては、甘味料、クリーミングパウダー、乳原料、香料、酸化防止剤、pH調整剤、増粘剤、乳化剤、賦形剤、結合剤、流動性改良剤(固結防止剤)等が挙げられる。甘味料、クリーミングパウダー、乳原料、香料、酸化防止剤、pH調整剤、増粘剤、及び乳化剤としては、コーヒー飲料の製造方法で列挙されたものと同様のものを用いることができる。
【0047】
賦形剤や結合剤としては、デキストリン等の澱粉分解物、麦芽糖、トレハロース等の糖類、難消化性デキストリン等の食物繊維、カゼイン等のタンパク質等が挙げられる。なお、賦形剤や結合剤は、造粒時の担体としても用いられる。
【0048】
流動性改良剤としては、微粒酸化ケイ素、第三リン酸カルシウム等の加工用製剤が用いられてもよい。
【0049】
本発明に係るIC飲料用組成物は、飲用1杯分を小パウチなどに個包装したり、使用時に容器から振り出したりスプーンで取り出したりして使用するように瓶などの容器に数杯分をまとめて包装して商品として供給することもできる。
【0050】
個包装タイプとは、スティック状アルミパウチ、ワンポーションカップなどにコーヒー飲料1杯分の中身を充填包装するものであり、容器を開けて指で押し出すなどの方法で中身を取り出すことができる。個包装タイプは、1杯分が密閉包装されているので取り扱いも簡単で、衛生的であるという利点を有する。
【実施例
【0051】
次に実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。なお、以下、特に記載のない限り、「%」は「質量%」を意味する。
【0052】
[実施例1]
様々なタンパク質加水分解物(ペプチド)にコーヒー生豆を浸漬させた後に焙煎した焙煎コーヒー豆からコーヒー抽出液を調製し、これの苦味を評価した。
【0053】
<生豆のペプチド処理と焙煎コーヒー豆の調製>
表1に記載の市販の各ペプチド8gを100gの水に溶解させたペプチド溶液を調製し、当該ペプチド溶液を、コーヒー生豆400gを投入した1L容ガラス瓶に注いだ。当該ガラス瓶を15分おきに回転させながら、80℃で2時間、コーヒー生豆をペプチド溶液に浸漬させた。その後、当該コーヒー生豆を当該ガラス瓶から出してアルミトレイに並べて計量し、400gになるまで80℃で乾燥させた。乾燥させたコーヒー生豆を焙煎機でローストカラーが5.0になるまで焙煎させ、焙煎コーヒー豆を得た。また、ペプチドに代えて、アミノ酸(グリシン又はプロリン)を用いて同様にして浸漬処理し、焙煎コーヒー豆を得た。
【0054】
<コーヒー抽出液の苦味強度の評価>
焙煎コーヒー豆42gにお湯100gを投入し、20~30秒間蒸らした後、さらにお湯700gを投入し、コーヒー抽出液を得た。ペプチド溶液に浸漬させていないコーヒー生豆を焙煎した焙煎コーヒー豆から同様にしてコーヒー抽出液を得、これをコントロールとして、各コーヒー抽出液の苦味強度の強弱を評価した。苦味強度は、トレーニングされた専門パネル5名により、4段階(4点が最も苦味が強く、1点が苦味が弱い)で評価し、コントロールを1点とした。評価結果を表1に示す。
【0055】
【表1】
【0056】
苦味評価の結果、ペプチド浸漬サンプルはいずれも未処理サンプルに比べて苦味が強くなることが確認された。また、魚コラーゲンペプチドA~Dを比較したところ、重量平均分子量が小さいほど、得られるコーヒー抽出席の苦味が強い傾向が確認された。この傾向は、豚コラーゲンペプチドA~Cにおいても観察された。また、小麦ペプチドA及びB、乳ペプチドA、トウモロコシペプチドAで処理した場合にも、苦味強化の効果は確認された。
【0057】
各ペプチドについて、コーヒー生豆を浸漬させるペプチド溶液の濃度をふってコーヒー生豆への吸収(又は付着)量を変動させたところ、ペプチド溶液の濃度が高くなるほど得られたコーヒー抽出液の苦味は強かった。すなわち、それぞれのペプチドによる苦味強化は、ペプチドのコーヒー生豆への吸収(又は付着)量が多いほど強くなることが確認された。
【0058】
<ペプチドのアミノ酸組成と苦味強化能>
コーヒー中のDKPはプロリンを含む場合が多いことが報告されている(非特許文献1)。そこで、苦味強化能が高かった魚コラーゲンペプチドA~D、豚コラーゲンペプチドA~Cと、小麦グルタミンペプチドについて、アミノ酸組成を調べ、プロリンの含有比率(%)が苦味強化能の強さと相関するか調べた。この結果、魚コラーゲンペプチドと豚コラーゲンペプチドと小麦グルタミンペプチドのいずれでも、全アミノ酸残基に対するプロリンの含有比率が10~15%であり、差はなかった。一方で、ヒドロキシプロリン(Hypro)及びヒドロキシリジン(Hylys)は、小麦グルタミンペプチドには全く含まれていなかったのに対して、魚コラーゲンペプチドA~D、豚コラーゲンペプチドA~Cには全て含まれており、特に、全アミノ酸残基に対するヒドロキシプロリンの含有比率は10~20%と高かった。
【0059】
<ペプチド処理と焙煎によるDKPの産生>
魚コラーゲンペプチドA~C、豚コラーゲンペプチドAを用いて、同様にしてコーヒー生豆に浸漬処理し、コーヒー生豆に対して各ペプチドを1質量%、2質量%、又は5質量%添加した。浸漬処理後のコーヒー生豆を焙煎し、得られた焙煎コーヒー豆中のDKPの含有量を調べ、ペプチドの浸漬処理と相関するかを調べた。コントロールとして、浸漬処理を行わなかったコーヒー生豆を焙煎した焙煎コーヒー豆(未処理サンプル)と、水で浸漬処理したコーヒー生豆を焙煎した焙煎コーヒー豆(水処理サンプル)についてもDKPの含有量を調べた。
【0060】
DKPのうち、Cyclo(-Leu-Pro)(ロイシンとプロリンのジペプチドの環状体。以下同様)、Cyclo(-Phe-Pro)、Cyclo(-Pro-Val)、及びCyclo(-Phe-Hypro)について、焙煎コーヒー豆中の含有量を調べた。各DKPの検出及び定量は、GINZらの方法(非特許文献2参照。)の方法に準じて行った。分析条件の詳細は下記の通りである。
【0061】
分析用サンプルは、コーヒー抽出液を1/100希釈(Brix値が0.01程度)し、0.2μmフィルターを通過させて調製した。この分析サンプルは、バイアル瓶に入れ、分析を行った。HPLC(高速液体クロマトグラフィ)条件を以下に示す。また、MS条件は表3に示す通りに設定した。
【0062】
<HPLC条件>
HPLC装置:アジレント1260インフィニティ(アジレント・テクノロジー社製)
カラム:Acquity BEH C18 1.7μm(日本ウォーターズ社製)
溶離液A:0.1質量%ギ酸
溶離液B:アセトニトリル
グラジエント条件:表2参照
カラム流量:300μL/分
カラム温度:40℃
インジェクション量:5μL
サンプル温度:15℃
【0063】
【表2】
【0064】
【表3】
【0065】
この結果、Cyclo(-Leu-Pro)、Cyclo(-Phe-Pro)、及びCyclo(-Pro-Val)は、いずれもペプチドの生豆への添加量や苦味強度との相関が無く、ペプチド浸漬による苦味強化とは関連が無いと考えられた。一方で、Cyclo(-Phe-Hypro)は、図1に示すように、未処理サンプルや水処理サンプルでは検出されず、魚コラーゲンペプチドA~C及び豚コラーゲンペプチドAで浸漬処理したサンプルでは、生豆に添加したぺプチドの量が多くなるほど、Cyclo(-Phe-Hypro)の含有量が多くなる傾向が観察された。すなわち、焙煎コーヒー豆中のCyclo(-Phe-Hypro)の含有量は、生豆へ添加したペプチドの量との相関が大きく、特に苦味の強い魚コラーゲンペプチドBで処理した焙煎コーヒー豆では高値であることから、ヒドロキシプロリンを含むペプチドからDKPが生成し、苦味強化に寄与していると考えられた。
【0066】
[実施例2]
実施例1で用いた魚コラーゲンペプチドDを加水分解処理し、低分子化させることにより、苦味強化能がどのような影響を受けるかを調べた。
【0067】
ペプチドの加水分解処理は、表4に記載の市販の14種類のタンパク質分解酵素を用いた酵素処理で行った。表中、Pro1、Pro6、及びPD6の酵素は長瀬産業社製であり、その他の酵素は天野エンザイム社製である。
【0068】
【表4】
【0069】
次いで、各タンパク質分解酵素の分解能力検証のため、ペプチド溶液(8質量%)に対して0.1%の酵素濃度となるよう添加し、40℃で24時間処理した。酵素処理後のペプチド溶液中のペプチドの分子数をOPA法により測定し、分解度を調べた。ここで、OPA法は、タンパク質のN末端を定量する手法であり、ペプチドのN末端にOPAが結合すると340nmに吸収波長をもつ物質が生成される。つまり、各ペプチド溶液の340nmの吸光度値(A340値)は、それらのペプチド溶液中に存在するペプチドの分子数の指標となり、A340値が高いほど、ペプチドの分子数が多く、タンパク質分解酵素によるペプチドの分解が効率よく行われたことを意味する。この結果、タンパク分解度(酵素未処理のA340値を1とした場合の各ペプチド溶液の相対A340値)が3以上であった酵素は、PD1~6であり、いずれもペプチダーゼであった。
【0070】
そこで、PD1~6を表5の組み合わせで用いて魚コラーゲンペプチドDを処理し、得られたペプチドの加水分解物を魚コラーゲンペプチドDに代えて用いた以外は実施例1と同様にして、コーヒー生豆を浸漬させた後に乾燥させて焙煎し、得られた焙煎コーヒー豆からコーヒー抽出物を得た。実施例1と同様にして、得られたコーヒー抽出物の苦味の強度を判断した。評価結果を表5に示す。
【0071】
【表5】
【0072】
苦味強度の評価の結果、PD1~6の単体処理と比較すると、PD5及びPD6で分解したペプチドで浸漬させて得たコーヒー抽出液の苦味強度が強いことが分かった。また、2種の組み合わせでは、PD5及びPD6の組み合わせで加水分解処理されたペプチドが最も苦味を強化することが確認された。また、PD5及びPD6の組み合わせで加水分解したペプチドで処理したコーヒー生豆から得たコーヒー抽出液は、PD1~6の全てを用いて加水分解したペプチドで処理したコーヒー生豆から得たコーヒー抽出液よりも、苦味が強かった。一方で、コーヒー生豆をPD1~4を用いて加水分解したペプチドで処理したサンプルでは、PD1~6で加水分解したペプチドで処理したサンプルよりも苦味強度が小さく、焙煎時のDKPの産生量がより少なかったことが示唆された。これらの結果から、PD5及びPD6の組み合わせで加水分解処理して得られたペプチドは、焙煎時にDKPの産生効率が高く好ましいことがわかった。
【0073】
[実施例3]
生豆に対するペプチド浸漬処理による苦味強化能に対する焙煎度の影響を調べた。
【0074】
まず、実施例1で用いた魚コラーゲンペプチドCを、実施例2で用いたペプチダーゼPD5及びPD6によって、実施例2と同様にして加水分解した。実施例1と同様にして、魚コラーゲンペプチドCの加水分解物の溶液を調製し、これにコーヒー生豆を浸漬させて乾燥させることにより、当該加水分解物をコーヒー生豆の重量当たり5、7、又は10質量%添加した。なお、1回の浸漬処理でのペプチドの浸漬量は7質量%が上限であったが、10質量%の浸漬は、1回目の浸漬処理の後に乾燥させた生豆を再びペプチド溶液に浸漬させることで作製した。加水分解物を添加したコーヒー生豆を実施例1と同様にして焙煎した。焙煎度は、ローストカラーが6.0、5.0、及び4.0の3カラー設定した。
【0075】
各焙煎コーヒー豆から実施例1と同様にしてコーヒー抽出液を調製し、これをブラックコーヒー飲料とした。また、このコーヒー抽出液に飲料の最終濃度が20質量%となるように牛乳を入れたミルクコーヒー飲料も調製した。これらの飲料について、苦味強度の強弱を評価した。苦味強度は、ペプチドの浸漬処理をしていない生豆から調製されたコーヒー抽出液をコントロールとし、各コーヒー抽出液の苦味強度がコントロールと同程度になるように水で何倍希釈すればよいかを求め、この水の希釈倍率を苦味強度とした。例えば、ある焙煎コーヒー豆のコーヒー抽出液の2倍希釈液(=コーヒー抽出液の使用量は0.5倍)が、コントロールのコーヒー抽出液同じ苦味の強度であった場合に、当該焙煎コーヒー豆のコーヒー抽出液の苦味強度はコントロールの2倍と評価した。
【0076】
各焙煎コーヒー豆から調製されたブラックコーヒー飲料とミルクコーヒー飲料について、苦味強度の評価結果を表6に示す。表中、「ペプチドX%添加豆」は、浸漬処理により生豆の重量当たりX質量%のペプチドを添加した生豆の焙煎コーヒー豆から調製されたコーヒー抽出液から調製されたコーヒー飲料を示す。
【0077】
【表6】
【0078】
ブラックコーヒー飲料とミルクコーヒー飲料のどちらも、ペプチド添加量依存的に苦味強度が大きくなり、ペプチド10%浸漬時は全てのカラー帯において2倍の苦味強度が確認された。一度に浸漬可能な最大量である7%浸漬時は、最大で2.22倍の苦味強度を持つことが確認された。なお、コントロールに対して苦味強度が2倍であったペプチド10%添加豆から調製されたブラックコーヒー飲料について、渋味、酸味、香り、ソリッド感をそれぞれコントロールのブラックコーヒー飲料と比較したところ、いずれもほぼ同程度であった。すなわち、生豆へのペプチド浸漬処理によって、コーヒー飲料の苦味強度は強くなるが、渋味、酸味、香り、ソリッド感はあまり影響を受けなかった。
【0079】
[実施例4]
ペプチドにコーヒー生豆を浸漬させた後に焙煎した焙煎コーヒー豆からコーヒー抽出液を調製し、これからインスタントコーヒー粉末を作製した。
【0080】
<パイロットプラント(PP)によるインスタントコーヒー粉末の作製>
実施例1と同様にして、魚コラーゲンペプチドCのペプチド溶液にPD5及びPD6を添加してペプチドの分解処理をし、これにコーヒー生豆を浸漬させて乾燥させた後、焙煎して焙煎コーヒー豆を得た。この焙煎コーヒー豆から実施例1と同様にしてコーヒー抽出液を調製し、これを粉末化してインスタントコーヒー粉末(ペプチド処理-pp)を作製した。対照として、ペプチド浸漬処理をしていないコーヒー生豆から同様にしてインスタントコーヒー粉末(未処理-pp)を作製した。
【0081】
<コマーシャルプラント(CP)によるインスタントコーヒー粉末の作製>
まず、分子量分布が、魚コラーゲンペプチドCのPD5及びPD6による処理物と同等になるように、魚コラーゲンペプチドを調製した。
次いで、実施例2と同様にして、調製したペプチドのペプチド溶液を調製し、これにコーヒー生豆を浸漬させて乾燥させた後、焙煎して焙煎コーヒー豆を得た。この焙煎コーヒー豆から、175℃で連続式多段抽出によりコーヒー抽出液を調製し、これを粉末化してインスタントコーヒー粉末(ペプチド処理-cp)を作製した。対照として、ペプチド浸漬処理をしていないコーヒー生豆から同様にしてインスタントコーヒー粉末(未処理-cp)を作製した。
【0082】
<DKP含有量の測定>
各インスタントコーヒー粉末1gをそれぞれ100mLのお湯に溶解させて、インスタントコーヒー飲料を得た。これらのインスタントコーヒー飲料のDKPの含有量を、実施例1と同様にして調べた。4種のDKP(Cyclo(-Leu-Pro)、Cyclo(-Phe-Pro)、Cyclo(-Pro-Val)、及びCyclo(-Phe-Hypro))の含有量の測定結果を表7に示す。また、表中の括弧内の数値は、未処理のコーヒー生豆から得た対照のインスタントコーヒー飲料の含有量を1とした相対含有量である。
【0083】
【表7】
【0084】
表7に示すように、パイロットプラントにより得られたインスタントコーヒー粉末と、コマーシャルプラントにより得られたインスタントコーヒー粉末は、いずれも、ペプチド浸漬処理により、苦味強化能の強いCyclo(-Phe-Hypro)の含有量が顕著に増大していた。
【0085】
<アロマ分析>
各インスタントコーヒー飲料のアロマ成分のうち、コーヒーに特徴的ないわゆるキーアロマ成分の20種について、飲料中の含有量を測定した。各アロマ成分の含有量は、ヘッドスペース-ガスクロマトグラフィー質量分析法により得られたクロマトグラム上のピーク面積を、予め標準試薬を用いて作成していた外部検量線に照らして、各化合物の濃度を測定した。
【0086】
各アロマ成分について、未処理のコーヒー生豆から得た対照のインスタントコーヒー飲料の含有量を1とした相対含有量を求めたところ、8種のアロマ成分(2-Ethylpyrazine、2,3,5-Trimethylpyrazine、2-Ethyl-3,5-dimethylpyrazine、2-Furfurylmethylsulfide、2-Acetylpyridine、5-Methyl-5H-6,7-dihydrocyclopentapyrazine、2-Phenylacetaldehyde、及びIndole)が、相対含有量が大きかった。これらの8種のアロマ成分の相対含有量の測定結果を表8に示す。
【0087】
【表8】
【0088】
[実施例5]
酵素処理したペプチドにコーヒー生豆を浸漬させた後に焙煎した焙煎コーヒー豆からコーヒー抽出液を調製し、含まれているアロマ成分について調べた。
【0089】
<ペプチド処理>
魚コラーゲンペプチドCを、タンパク質分解酵素により加水分解処理した。タンパク質分解酵素は、実施例2で使用されたもの(表4参照。)を用いた。得られたペプチド加水分解物の溶液を用いて、実施例2と同様にしてコーヒー生豆をペプチド浸漬処理して乾燥させた後、焙煎して焙煎コーヒー豆を得た。この焙煎コーヒー豆から実施例1と同様にしてコーヒー抽出液(ペプチド処理-pp)を調製した。対照として、ペプチド浸漬処理をしていないコーヒー生豆から同様にしてコーヒー抽出液(未処理処理-pp)を作製した。これらのコーヒー抽出液は、そのままレギュラーコーヒー飲料となり得る。
【0090】
<アロマ分析>
各コーヒー抽出液のアロマ成分のうち、コーヒーに特徴的ないわゆるキーアロマ成分の22種について、飲料中の含有量を測定した。各アロマ成分の含有量は、実施例4と同様にして測定した。
【0091】
各アロマ成分について、未処理のコーヒー生豆から得た対照のコーヒー抽出液の含有量を1とした相対含有量を求めた。その結果、ペプチドの加水分解に使用したタンパク質分解酵素が異なると、得られたコーヒー抽出液のアロマ成分の相対含有量が影響を受けた。
【0092】
なかでも、ペプチドの加水分解処理に2種類のタンパク質分解酵素を組み合わせて行った場合に、4種のアロマ成分(5-Methyl-5H-6,7-dihydrocyclopentapyrazine、2,3-Dimethylphenol、2,3,5-Trimethylpyrazine、及び2-Ethyl-3,5-dimethylpyrazine)は相対含有量が2以上となり、3種のアロマ成分(2-Furfurylmethylsulfide、Furaneol、及び4-Vinylguaiacol)は相対含有量が0.5以下となった。これらの7種のアロマ成分の相対含有量の測定結果を表9~11に示す。表中、「未処理」はペプチド浸漬処理を行わなかったコーヒー生豆から調製されたコーヒー抽出液の結果を示し、「加水分解処理なし」は、タンパク質分解酵素処理を行わなかったペプチドを用いて浸漬処理を行ったコーヒー生豆から調製されたコーヒー抽出液の結果を示す。また、「PDX-PDY」(X及びYは1~6の番号)は、PDXとPDYの2種類のタンパク質分解酵素を使用して調製したペプチド加水分解物で浸漬処理を行ったコーヒー生豆から調製されたコーヒー抽出液の結果を示し、「6種」はPD1~PD6の6種のタンパク質分解酵素を全て使用して調製したペプチド加水分解物で浸漬処理を行ったコーヒー生豆から調製されたコーヒー抽出液の結果を示す。
【0093】
【表9】
【0094】
【表10】
【0095】
【表11】
【0096】
これらの結果から、ペプチドの加水分解処理の有無や、加水分解に使用するタンパク質分解酵素の種類やその組み合わせによって、得られるコーヒー抽出液のアロマ成分が変化することが明らかとなった。加水分解処理に使用するタンパク質分解酵素を適宜選択することによって、アロマ成分の組成が所望の範囲となるコーヒー抽出液が調製できることが示唆された。
図1