(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-15
(45)【発行日】2024-01-23
(54)【発明の名称】制御装置、プログラム
(51)【国際特許分類】
B60L 15/20 20060101AFI20240116BHJP
【FI】
B60L15/20 J
(21)【出願番号】P 2021009120
(22)【出願日】2021-01-22
【審査請求日】2023-06-07
(73)【特許権者】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(74)【代理人】
【識別番号】100140486
【氏名又は名称】鎌田 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100170058
【氏名又は名称】津田 拓真
(72)【発明者】
【氏名】劉 海博
(72)【発明者】
【氏名】河合 恵介
(72)【発明者】
【氏名】坂本 章
(72)【発明者】
【氏名】高木 達也
(72)【発明者】
【氏名】神尾 茂
【審査官】冨永 達朗
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-158178(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60L 15/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
走行用の駆動源として回転電機(140)が搭載される車両(100)の制御装置(10)であって、
前記回転電機の出力トルクを制御する動作制御部(14)と、
前記車両に対する運転者の操作に基づいて前記回転電機から出力すべきトルクの目標値である要求トルク指令値を設定する第1トルク指令値設定部(11)と、
前記車両が停止したときに前記車両の停止状態を維持するために前記回転電機から出力すべきトルクの目標値である停車時トルク指令値を設定する第2トルク指令値設定部(12)と、
前記回転電機の出力トルクの目標値の時間的な変化を示すトルク波形を設定する波形設定部(13)と、を備え、
前記動作制御部は、
前記回転電機の出力トルクを前記要求トルク指令値から前記停車時トルク指令値に向かって変化させる際に、前記トルク波形に沿うように前記回転電機の出力トルクを制御し、
車輪の回転速度が所定の回転速度判定値まで低下したときに、前記トルク波形に沿った前記回転電機の出力トルクの制御を開始することにより、前記回転電機の出力トルクが前記停車時トルク指令値になる時点と、前記車両が停止する時点とを一致させ、
前記動作制御部は、前記要求トルク指令値及び前記停車時トルク指令値の差分値に基づいて前記回転速度判定値を設定し、
前記波形設定部は、
前記トルク波形として、前記車両のピッチ方向の振動を減衰させることが可能な第1トルク波形を用いた後、前記回転電機のトルクを
前記車輪に伝達するための動力伝達系に設けられる動力伝達部材の振動を減衰させることが可能な第2トルク波形を用いる
制御装置。
【請求項2】
前記波形設定部は、前記第1トルク波形を、前記車両のピッチ共振周期よりも小さい時定数を有する波形となるように設定する
請求項
1に記載の制御装置。
【請求項3】
前記波形設定部は、前記車両のピッチ方向の実加速度又はその予測値に基づいて、前記第1トルク波形から前記第2トルク波形に切り替える時期を決定する
請求項1
又は2に記載の制御装置。
【請求項4】
前記波形設定部は、前記第1トルク波形の値と前記車両のピッチ共振周期とに基づいて前記第2トルク波形を設定する
請求項1~
3のいずれか一項に記載の制御装置。
【請求項5】
走行用の駆動源として回転電機(140)が搭載される車両(100)を制御するプログラムであって、
少なくとも一つの処理部(10)に、
前記回転電機の出力トルクを制御させ、
前記車両に対する運転者の操作に基づいて前記回転電機から出力すべきトルクの目標値である要求トルク指令値を設定させ、
前記車両が停止したときに前記車両の停止状態を維持するために前記回転電機から出力すべきトルクの目標値である停車時トルク指令値を設定させ、
前記回転電機の出力トルクの目標値の時間的な変化を示すトルク波形を設定させ、
前記回転電機の出力トルクを前記要求トルク指令値から前記停車時トルク指令値に向かって変化させる際に、前記トルク波形に沿うように前記回転電機の出力トルクを制御させ、
車輪の回転速度が所定の回転速度判定値まで低下したときに、前記トルク波形に沿った前記回転電機の出力トルクの制御を開始することにより、前記回転電機の出力トルクが前記停車時トルク指令値になる時点と、前記車両が停止する時点とを一致させ、
前記要求トルク指令値及び前記停車時トルク指令値の差分値に基づいて前記回転速度判定値を設定させ、
前記トルク波形として、前記車両のピッチ方向の振動を減衰させることが可能な第1トルク波形を用いた後、前記回転電機のトルクを前記車輪に伝達するための動力伝達系に設けられる動力伝達部材の振動を減衰させることが可能な第2トルク波形を使用させる
プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、車両の制御装置、及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、走行のための駆動源として回転電機を搭載する電動車両等の車両がある。このような車両に用いられる回転電機は、駆動及び回生の両方を行うことが可能なモータジェネレータと称されるものである。この車両では、回転電機が回生動作することで車両に制動力が発生するため、車両を減速させることができる。下記の特許文献1に記載の制御装置は、このような回転電機を備える車両に搭載されており、回転電機の回生量を調整することにより、車両の制動力を調整している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
回転電機の回生動作により発生する制動力の大きさは、一般的には、運転者によるブレーキの操作量に応じて設定される。しかしながら、車両を停止させる際にブレーキの操作量に応じた大きさの制動力を停車時まで継続的に生じさせた場合、車両が停車した後に、車両が前後方向に大きく振動、すなわち車両がピッチ方向に大きく振動する可能性がある。これは、回転電機のトルクを車輪に伝達させるための動力伝達系に設けられるドライブシャフト等の部材が有している捩れが停車に伴って開放されることに起因して発生するものである。停車時に車両がピッチ方向に振動すると、乗員に不快感を与えるおそれがある。
【0005】
その対策として、例えば上記の特許文献1に記載の制御装置のように、停車間際に車速の低下に伴って回転電機の回生量を小さくすることが考えられる。しかしながら、車速に応じて回生量を制限しただけでは、停車時の車両のピッチ方向の振動を抑制することは困難である。例えば、低速走行時において制動が開始された場合には、車速が急峻に低下するため、その変化に追従するように回転電機の回生量を変化させることが困難となり、結果として停車時の車両のピッチ方向の振動を抑制することができない可能性がある。また、回転電機から発生する制動力の調整方法によっては、車両の減速の効きが悪いと感じられるような、いわゆる「G抜け」と称される違和感を乗員に与えてしまう可能性もある。このように、回転電機の制動力を用いて車両を停止させる方法に関しては、更なる改良の余地が残されている。
【0006】
本開示は、こうした実情に鑑みてなされたものであり、その目的は、より適切に車両を停車させることが可能な制御装置及びプログラムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決する制御装置は、走行用の駆動源として回転電機(140)が搭載される車両(100)の制御装置(10)であって、回転電機の出力トルクを制御する動作制御部(14)と、車両に対する運転者の操作に基づいて回転電機から出力すべきトルクの目標値である要求トルク指令値を設定する第1トルク指令値設定部(11)と、車両が停止したときに車両の停止状態を維持するために回転電機から出力すべきトルクの目標値である停車時トルク指令値を設定する第2トルク指令値設定部(12)と、回転電機の出力トルクの目標値の時間的な変化を示すトルク波形を設定する波形設定部(13)と、を備える。動作制御部は、回転電機の出力トルクを要求トルク指令値から停車時トルク指令値に向かって変化させる際に、トルク波形に沿うように回転電機の出力トルクを制御する。波形設定部は、トルク波形として、車両のピッチ方向の振動を減衰させることが可能な第1トルク波形を用いた後、回転電機のトルクを車輪に伝達するための動力伝達系に設けられる動力伝達部材の振動を減衰させることが可能な第2トルク波形を用いる。
上記課題を解決するプログラムは、走行用の駆動源として回転電機(140)が搭載される車両(100)を制御するプログラムであって、少なくとも一つの処理部(10)に、回転電機の出力トルクを制御させ、車両に対する運転者の操作に基づいて回転電機から出力すべきトルクの目標値である要求トルク指令値を設定させ、車両が停止したときに車両の停止状態を維持するために回転電機から出力すべきトルクの目標値である停車時トルク指令値を設定させ、回転電機の出力トルクの目標値の時間的な変化を示すトルク波形を設定させ、回転電機の出力トルクを要求トルク指令値から停車時トルク指令値に向かって変化させる際に、トルク波形に沿うように回転電機の出力トルクを制御させ、車輪の回転速度が所定の回転速度判定値まで低下したときに、トルク波形に沿った回転電機の出力トルクの制御を開始することにより、回転電機の出力トルクが停車時トルク指令値になる時点と、車両が停止する時点とを一致させ、要求トルク指令値及び停車時トルク指令値の差分値に基づいて回転速度判定値を設定させ、トルク波形として、車両のピッチ方向の振動を減衰させることが可能な第1トルク波形を用いた後、回転電機のトルクを車輪に伝達するための動力伝達系に設けられる動力伝達部材の振動を減衰させることが可能な第2トルク波形を使用させる。
【0008】
この構成によれば、回転電機の出力トルクがトルク波形に沿って変化する。すなわち、回転電機の出力トルクが、車両のピッチ方向の揺れ戻しを抑制することが可能な第1トルク波形に沿って変化した後、車両の動力伝達部材の振動を抑制することが可能な第2トルク波形に沿って変化する。これにより、車両の停車時にピッチ方向の揺れ戻しが抑制された後に動力伝達部材の振動が更に抑制されるため、車両のピッチ方向の振動を抑制しつつ、G抜けと称される違和感を乗員に与え難くなる。よって、より適切に車両を停止させることが可能となる。
【0009】
なお、上記手段、特許請求の範囲に記載の括弧内の符号は、後述する実施形態に記載の具体的手段との対応関係を示す一例である。
【発明の効果】
【0010】
本開示の制御装置及びプログラムによれば、より適切に車両を停車させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、実施形態の車両の概略構成を示すブロック図である。
【
図2】
図2は、実施形態の車両の電気的な構成を示すブロック図である。
【
図3】
図3(A),(B)は、参考例の車両における車速及び回転電機の制駆動トルクの推移を示すタイミングチャートである。
【
図4】
図4は、実施形態の制御装置により実行される処理の手順を示すフローチャートである。
【
図5】
図5は、実施形態の制御装置により実行される処理の手順を示すフローチャートである。
【
図6】
図6(A)~(F)は、実施形態の車両における回生トルク指令値Tr、車速V、要求トルク指令値TA、回転電機の出力トルク、ブレーキ装置の油圧、及び車両のピッチ方向の加速度の推移を示すフローチャートである。
【
図7】
図7(A)~(C)は、実施形態の車両における車速V、回転電機の出力トルク、及び車両のピッチ方向の加速度の推移を示すタイミングチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、添付図面を参照しながら本実施形態について説明する。説明の理解を容易にするため、各図面において同一の構成要素に対しては可能な限り同一の符号を付して、重複する説明は省略する。
はじめに、本実施形態の制御装置が搭載される車両の概略構成について説明する。
図1に示されるように、車両100は、車体101と、車輪111,112と、回転電機141,142と、電池150とを備えている。
【0013】
車体101は、車両100の本体部分であり、一般に「ボディ」と称される部分である。車輪111は、車体101の前方側部分に設けられた一対の車輪であり、車輪112は、車体101の後方側部分に設けられた一対の車輪である。このように、車両100には合計4つの車輪が設けられている。本実施形態の車両100は、4つの車輪111,112の全てが駆動輪として機能する、いわゆる四輪駆動の車両である。
【0014】
回転電機141は、電池150からの電力の供給に基づいて、車輪111を回転させるためのトルク、すなわち車両100の走行のための駆動トルクを発生させる装置である。回転電機141は、いわゆる「モータジェネレータ(MG : Motor Generator)である。回転電機141で生じたトルクは、パワートレイン部131及びドライブシャフト133を介して各車輪111に伝達されて、車輪111を回転させる。なお、電池150と回転電機141との間における電力の授受は、電力変換器であるインバータを介して行われるが、
図1においてはインバータの図示が省略されている。
【0015】
回転電機142は、電池150からの電力の供給に基づいて駆動トルクを発生することにより、パワートレイン部132及びドライブシャフト134を介して各車輪112を回転させる。回転電機142は、回転電機141と同一の構造を有しているため、その詳細な説明は割愛する。
【0016】
回転電機141,142は、その回生動作により車輪111,112に制動力を付与することが可能な制動トルクを発生することもできる。この回転電機141,142から車輪111,112に付与される制動トルクにより、車両100を減速させて停止させることが可能である。以下では、車両100を駆動させるために回転電機141から出力される駆動トルク、及び車両100を制動させるために回転電機141から出力される制動トルクをまとめて「出力トルク」とも称する。また、車両100に駆動力を付与することが可能な回転電機140の出力トルクは正の値で表され、車両100に制動力を付与することが可能な回転電機140の出力トルクは負の値で表されている。
【0017】
このように車両100は、走行用の動力源として2つの回転電機141,142を備える、いわゆる電動車両である。制御装置10による制御は各回転電機141,142に対して同時に且つ同様に行われる。そのため、以下の説明においては、回転電機141,142のことを「回転電機140」とも総称する。例えば、「回転電機140の出力トルク」とは、各回転電機141,142の出力トルクの合計値を意味する。
【0018】
なお、以下では、車両100において、回転電機140のトルクを車輪111に伝達するための動力伝達系に設けられている部材を「動力伝達部材」とも称する。動力伝達部材には、例えばパワートレイン部131,132やドライブシャフト133,134等が含まれる。
【0019】
各車輪111にはブレーキ装置121が設けられている。ブレーキ装置121は、油圧により車輪111に制動力を加える装置である。同様に、各車輪112にもブレーキ装置122が設けられている。
車両100の制動は、回転電機141,142によって行うこともできるし、ブレーキ装置121,122によって行うこともできる。本実施形態においては、車両100の制動は基本的には回転電機140のみによって行われる。ブレーキ装置121,122による制動は必要に応じて補助的に行われる。
【0020】
電池150は、各回転電機141,142に電力を供給するための蓄電池である。本実施形態では、電池150としてリチウムイオンバッテリーが用いられている。
車両100には、制御装置10とは別にブレーキECU(Electronic Control Unit)20と上位ECU30とが設けられている。制御装置10、ブレーキECU20、及び上位ECU30はいずれも、CPUやROM、RAM等を有するマイクロコンピュータを中心に構成されている。これらは、車両100に設けられるネットワークを介して互いに双方向の通信を行うことができる。
【0021】
ブレーキECU20は、上位ECU30からの指示に応じて、ブレーキ装置121,122の動作を制御する。
上位ECU30は、車両100の全体の動作を統括的に制御する。上位ECU30は、制御装置10及びブレーキECU20のそれぞれと双方向の通信を行いながら、車両100の制御に必要な処理を行う。
【0022】
なお、制御装置10、ブレーキECU20、上位ECU30は、本実施形態のように3つの装置に分かれていなくてもよい。例えば、制御装置10に、ブレーキECU20や上位ECU30の機能が統合されていてもよい。
車両100には、その各種状態量を検出するためのセンサが複数搭載されている。
図2に示されるように、このようなセンサには、例えば油圧センサ201、車輪速センサ202、MGレゾルバ203、加速度センサ204、ブレーキストロークセンサ205、アクセル開度センサ206、操舵角センサ207、及び電流センサ208が含まれている。
【0023】
油圧センサ201は、各ブレーキ装置121,122の油圧を検出するためのセンサである。油圧センサ201は、ブレーキ装置121,122のそれぞれに対して個別に設けられているのであるが、
図2においては油圧センサ201が単一のブロックとして模式的に描かれている。各油圧センサ201により検出された油圧を示す信号はブレーキECU20を介して制御装置10に送信される。
【0024】
車輪速センサ202は、車輪111,112の単位時間当たりの回転数である回転速度を検出するためのセンサである。車輪速センサ202は、4つの車輪111,112のそれぞれに対して個別に設けられているのであるが、
図2においては車輪速センサ202が単一のブロックとして模式的に描かれている。車輪速センサ202により検出された車輪111,112の回転速度を示す信号は制御装置10に送信される。制御装置10は、当該信号に基づいて、車両100の走行速度を検出することができる。
【0025】
MGレゾルバ203は、各回転電機141,142の出力軸の回転速度を検出するためのセンサである。MGレゾルバ203は、回転電機141,142のそれぞれの出力軸に対し、1つずつ個別に設けられているのであるが、
図2においてはMGレゾルバ203が単一のブロックとして模式的に描かれている。MGレゾルバ203により検出された回転速度を示す信号は制御装置10に送信される。制御装置10は、当該信号に基づいて、車両100の走行速度を検出することができる。
【0026】
加速度センサ204は、車両100の加速度を検出するためのセンサである。加速度センサ204は車体101に取り付けられている。加速度センサ204は、車体101の前後方向、左右方向、及び上下方向のそれぞれの加速度に加えて、ピッチ方向、ロー方向、及びヨー方向のそれぞれの加速度を検出することができる、6軸加速度センサとして構成されている。加速度センサ204により検出された各加速度を示す信号は制御装置10に送信される。
【0027】
ブレーキストロークセンサ205は、車両100の運転席に設けられるブレーキペダルの踏み込み量を検出するためのセンサである。ブレーキストロークセンサ205により検出された踏み込み量を示す信号は制御装置10に送信される。
アクセル開度センサ206は、車両100の運転席に設けられるアクセルペダルの踏み込み量を検出するためのセンサである。アクセル開度センサ206により検出された踏み込み量を示す信号は制御装置10に送信される。
【0028】
操舵角センサ207は、車両100の運転席に設けられたハンドルの回転角度である操舵角を検出するためのセンサである。操舵角センサ207により検出された操舵角を示す信号は制御装置10に送信される。
電流センサ208は、回転電機141,142のそれぞれに入力される駆動用電流の値を検出するためのセンサである。電流センサ208は、回転電機141、及び回転電機142のそれぞれに対し、1つずつ個別に設けられているのであるが、
図2においては、電流センサ208は単一のブロックとして模式的に描かれている。電流センサ208により検出された駆動用電流の値を示す信号は制御装置10に入力される。
【0029】
図2に示されるように、制御装置10は、その機能的な要素として、動作制御部14と、第1トルク指令値設定部11と、第2トルク指令値設定部12と、波形設定部13とを備えている。
動作制御部14は、回転電機140の動作を制御するである。動作制御部14は、回転電機141,142のそれぞれの出力トルクを個別に制御することができる。ただし、本実施形態では、回転電機141,142のそれぞれで同一のトルクを出力する場合を例に挙げて説明する。動作制御部14は、回転電機140の出力トルクを、第1トルク指令値設定部11及び第2トルク指令値設定部12により設定されるトルク指令値に制御する。
【0030】
第1トルク指令値設定部11は要求トルク指令値TAを設定する。要求トルク指令値TAは、車両100に対する運転者の操作、例えばブレーキペダルやアクセルペダルの操作等に基づいて、回転電機140から出力すべき制駆動トルクの目標値である。
第2トルク指令値設定部12は停車時トルク指令値TBを設定する。停車時トルク指令値TBは、車両100が停止したときにブレーキ装置121,122を用いることなく、車両100の停止状態を維持するために回転電機140から出力すべきトルクの目標値である。
【0031】
波形設定部13はトルク波形を設定する部分である。「トルク波形」とは、回転電機140の出力トルクを要求トルク指令値TAから停車時トルク指令値TBまで変化させる際に回転電機140から出力すべきトルクの目標値の時間的な変化を示すものである。
動作制御部14は、通常、回転電機140の出力トルクを要求トルク指令値TAに制御する。一方、走行中の車両が停車するとき、動作制御部14は、回転電機140の出力トルクをトルク波形に沿って要求トルク指令値TAから停車時トルク指令値TBまで変化させて車両100を停車させる処理を行う。以下では、このトルク波形を用いた回転電機140の出力トルクの制御を「トルク波形制御」とも称する。
【0032】
先ず、トルク波形制御が行われることなく車両100を停止させる場合の例について、
図3を参照しながら説明する。
図3には、比較例の制御装置で制御が実行され、これにより車両100を停止させる場合における例が示されている。
図3(A)に示されるのは、車両100の車速の時間変化の例である。
図3(B)に示されるのは、回転電機140の出力トルクの時間変化の例である。
【0033】
図3の例では、時刻t10までの期間において、車両100は速度V0で定速走行している。
図3(B)では、当該期間における回転電機140の出力トルクは「0」となっている。
時刻t10以降は、運転者によるブレーキペダルの踏み込みが行われているため、回転電機140の出力トルクの値が、負の値である「Tr1」になっている。
図3(A)に示されるように、時刻t10以降は、車両100の車速は次第に低下して行き、時刻t12において「0」となる。仮に、ブレーキペダルの踏み込み量が一定であると仮定すると、この比較例において回転電機140の出力トルクの大きさは、車両100が停止する時刻t12まで一定の「Tr1」とされる。
【0034】
車両100が減速しながら走行している期間、すなわち時刻t10から時刻t12までの期間においては、回転電機140から車輪111,112までの間に設けられる動力伝達部材には捩れが生じた状態となっている。その後、時刻t12において車両100が停車すると、動力伝達部材の捩れが解放される。つまり、動力伝達部材が元の状態に戻ろうとする。この影響により、
図3(A)に示されるように、時刻t12以降においては車体101がピッチ方向に振動してしまうことがある。このような振動は、車両100の乗員に不快感を与えるため好ましくない。
【0035】
そこで、本実施形態の制御装置10では、車両100の停止時に、波形設定部13により設定されるトルク波形を用いて回転電機140の出力トルクを制御することにより、上記のような車両100の振動を抑制している。具体的には、制御装置10は、回転電機140の出力トルクの値をトルク波形に沿って要求トルク指令値から停車時トルク指令値TBまで変化させるトルク波形制御を実行する。これにより、回転電機140の出力トルクは、要求トルク指令値から停車時トルク指令値TBに急激に変化するのではなく、時間の経過と共に緩やかに変化して行く。そのため、制動に伴い捩れが生じていた動力伝達部材は、トルク波形制御が行われている期間において元の状態に戻される。換言すれば、動力伝達部材で生じていた捩れが元の状態に戻るような適切な波形として、トルク波形が予め設定されている。本実施形態のトルク波形は、いわゆる一次遅れ系で作成されている。回転電機140の出力トルクが停車時トルク指令値TBまで変化すると、車両100が停車した状態となる。この時期においては、動力伝達部材で生じていた捩れは無くなっているため、
図3(A)に示されるような車体101の振動は生じない。このように、本実施形態の制御装置10によれば、回転電機140の制動力により車両100を適切に停車させることができる。
【0036】
以上のようなトルク波形制御を実現するために、制御装置10により実行される具体的な処理の手順について説明する。
図4に示される一連の処理は、例えば車両100を停止させる必要が生じた際で、制御装置10によって実行されるものである。所定の制御周期が経過する毎に、
図4の処理が繰り返し実行されてもよい。
【0037】
制御装置10は、まず、ステップS10の処理として、上位ECU30から回生要求が送信されているか否かを判定する。「回生要求」とは、回転電機140において回生による制動トルクを生じさせる必要が生じた場合に、上位ECU30から制御装置10に送信される制御信号である。例えば、車両100を停止させるために運転者がブレーキペダルの踏み込み操作を行った場合には、上位ECU30から制御装置10に回生要求が送信される。上位ECU30は、例えばブレーキストロークセンサ205により検出されるブレーキペダルの踏み込み量に基づいて回生トルク指令値Trを演算式やマップ等を用いて演算するとともに、演算された回生トルク指令値Trを回生要求とともに制御装置10に送信する。回生トルク指令値Trは、回生により回転電機140から出力すべき制動トルクの目標値である。
【0038】
制御装置10は、上位ECU30から回生要求が送信されていない場合には、ステップS10の処理で否定的な判定を行って、ステップS10の判定処理を繰り返し実行する。制御装置10は、上位ECU30から回生要求が送信された場合には、ステップS10の処理で肯定的な判定を行って、ステップS11に移行する。
【0039】
制御装置10は、ステップS11の処理として、第2トルク指令値設定部12により停車時トルク指令値TBを設定する処理を行う。上述の通り、「停車時トルク指令値TB」とは、車両100が停止した時点で、回転電機140から出力すべき制駆動トルクの目標値である。本実施形態の第2トルク指令値設定部12は、車両100が停止した後、その状態を維持するために回転電機140から出力すべきトルクとして、停車時トルク指令値TBを設定している。例えば、車両100が昇り勾配の斜面で停止する際に、回転電機140からの出力トルクが「0」に設定されていると、重力によって車両100が後退する可能性がある。この場合、第2トルク指令値設定部12は、重力に抗して車両100が停止状態を維持するために回転電機140から出力すべきトルクの目標値として、停車時トルク指令値TBを「0」よりも大きな値に設定する。
【0040】
例えば、第2トルク指令値設定部12は、加速度センサ204により検出される車両100の第1減速度、及び車輪速センサ202により検出される車輪111,112の回転速度から演算可能な車両100の第2減速度に基づいて停車時トルク指令値TBを演算する。第1減速度には、大きくは、車両前後方向における車両100の実際の減速度と、重力加速度の車両進行方向成分とが含まれている。第2減速度は、車両前後方向における車両100の実際の減速度である。したがって、第1減速度と第2減速度との差分値を求めることにより、重力加速度の車両前後方向成分を求めることができる。これを利用し、第2トルク指令値設定部12は、第1減速度と第2減速度との差分値を演算するとともに、演算された差分値から公知の演算式等を用いて、車両100が停車した際に車両前後方向において車両100に作用する重力成分である減速力を演算する。第2トルク指令値設定部12は、演算された減速力から所定の演算式等を用いて停車時トルク指令値TBを演算する。
【0041】
なお、加速度センサ204により検出される第1減速度には、車両前後方向の車両100の実際の減速度、及び重力加速度の車両前後方向成分だけでなく、車両100が旋回することにより車両100に生じる減速度等が含まれている。そのため、より精度良く停車時トルク指令値TBを演算するために、第2トルク指令値設定部12は、車両100が旋回することにより車両100に生じる減速度に対応したトルクを停車時トルク指令値TBから除外してもよい。この旋回抵抗トルクTgyは、例えば以下の式f1により演算することができる。
【0042】
【数1】
式f1において、「m」は車両100の質量であり、「V」は車速である。「θ」は、操舵角センサ207により検出される操舵角である。「K
h」はステアリングギア比である。「L」は車両100のホイールベース長さであり、「L
r」は車両100の重心から車輪112(つまり後輪)の軸までの距離であり、「r」は車輪111,112の半径である。
【0043】
制御装置10は、ステップS11に続くステップS12の処理として、第1トルク指令値設定部11により要求トルク指令値TAを設定する。具体的には、第1トルク指令値設定部11は、アクセル開度センサ206により検出されるアクセルペダルの踏み込み量から演算式やマップ等を用いて駆動トルク指令値を演算する。そして、第1トルク指令値設定部11は、演算された駆動トルク指令値と、ステップS10の処理で上位ECU30から送信される回生要求に含まれる回生トルク指令値Trとを加算することにより要求トルク指令値TAを設定する。
【0044】
なお、車両100を停止させる際には、通常は運転者がアクセルペダルを踏み込んでいない状態、すなわちアクセルペダルの踏み込み量が「0」の状態であるため、駆動トルク指令値は「0」である。したがって、要求トルク指令値TAは、回生トルク指令値Trと同一の値に設定される。
【0045】
制御装置10は、ステップS12に続くステップS13の処理として、動作制御部14により回転速度判定値ωsを設定する処理を行う。回転速度判定値ωsは、車輪111,112の回転速度が、トルク波形制御を開始すべき回転速度まで低下したか否かを判定するための判定値である。回転速度判定値ωsは、例えば以下の式f2により演算することができる。
【0046】
【数2】
式f2において、「ΔT
r」は、ステップS12の処理で演算される要求トルク指令値TAから、ステップS11の処理で演算される停車時トルク指令値TBを減算した指令トルク差分値である。「I
v」は、車体101の質量を、車輪111等の回転系におけるイナーシャに換算したものである。イナーシャI
vは、車両100の質量m及び車輪111,112の半径rを用いて、例えば「I
v=mr
2」の式により演算することができる。「τ
0」は、トルク波形制御で用いられる一次遅れ系のトルク波形の時定数として予め設定された値である。トルク波形の時定数τ
0は、乗員に違和感を与えないように例えば以下のように設定される。
【0047】
トルク波形の時定数τを大きくし過ぎた場合には、トルク波形制御を開始した時点から、すなわち回転電機140の出力トルクをトルク波形に沿って変化させ始めた時点から、回転電機140の出力トルクが停車時トルク指令値TBに収束するまでの時間が長くなる可能性がある。このような場合、車両100の制動力の効きが悪いと感じられるような、いわゆる「G抜け」と称される違和感を乗員に与えるおそれがある。このようなG抜けの違和感を運転者に与え難くするためには、トルク波形の時定数τを車両100のピッチ共振周期よりも短い値に設定することが有効である。
【0048】
なお、車両100のピッチ共振周波数fpは、以下の式f3により求めることができる。
【0049】
【数3】
式3において、「g」は重力加速度、「L」は車両100のホイールベース長さ、「L
t」は車体101の全長、「h
c」は車体101の重心高さである。
車両100のピッチ共振周期は、式f4により演算されるピッチ共振周波数fpの逆数である。したがって、G抜けの違和感を運転者に与え難くするためには、トルク波形の時定数τを以下の式f4のように設定することが望ましい。
【0050】
【数4】
一方、トルク波形の時定数τの値を小さくし過ぎた場合には、回転電機140の出力トルクが停車時トルク指令値TBに収束するまでの時間が短くなり過ぎてしまう。すなわち、動力伝達部材の捩れが素早く開放され過ぎるため、動力伝達部材にバックラッシュが発生して、その衝撃を乗員に感じさせてしまうおそれがある。また、動力伝達部材の捩れが十分に解放されないまま車両100が停止し、停止後に動力伝達部材の解放に伴って車両100が振動してしまう可能性もある。そこで、波形設定部13は、以下の式f5に示される条件を満たすような値として、時定数τを設定する。
【0051】
【数5】
式(5)において、「ΔT
r」は、式f2で用いられるものと同様のトルク、すなわち要求トルク指令値TAから停車時トルク指令値TBを減算した指令トルク差分値である。「K
d」は、動力伝達部材の剛性を示す係数、具体的にはドライブシャフト133,134の剛性、又はサスペンションの前後の等価剛性である。「ω
α」は、動力伝達部材にバックラッシュが発生し難い車輪111,112の回転速度の閾値である。回転速度閾値ω
αは、例えば「4.8[rad/s]」に設定される。
【0052】
上記の式5から以下の式f6を得ることができる。
【0053】
【数6】
上記の式f2の時定数τ
0は上記の式f4及び式f6を満たすように予め実験等により定められており、制御装置10のメモリに記憶されている。このような時定数τ
0を用いてトルク波形を設定することにより、G抜け及びバックラッシュの衝撃を乗員に感じさせ難いトルク波形を設定することが可能となる。
【0054】
なお、時定数τ0に関しては、予め設定された固定値を用いるという方法に代えて、波形設定部13が上記の式f4及び式f6を満たすように設定してもよい。例えば、波形設定部13は、指令トルク差分値ΔTrの演算値から上記の式f4及び式f6を用いて時定数τ0をその都度算出してもよい。
【0055】
動作制御部14は、
図4に示されるステップS13の処理において、以上のようにして設定される時定数τ
0の他、指令トルク差分値ΔT
r及びイナーシャI
vから上記の式f2を用いて回転速度判定値ωsを演算する。
このようにして設定される回転速度判定値ωsを利用して、車輪111,112の回転速度が回転速度判定値ωsを下回った時点でトルク波形制御を開始すると、回転電機140の出力トルクが停車時トルク指令値TBに達する時点で、車両100の車速を「0」にすること、すなわち車両100を停止させることができる。
【0056】
制御装置10は、
図4に示される処理を完了した後、
図5に示される一連の処理を所定の周期で繰り返し実行する。
図5に示されるように、制御装置10は、まず、ステップS20の処理として、車輪速センサ202により検出される車輪111,112の回転速度ωが、
図4のステップS13の処理で設定される回転速度判定値ωs以下であるか否かを判定する。具体的には、制御装置10は、車輪速センサ202により検出される車輪111,112の回転速度の平均値を求めた上で、その回転速度の平均値が回転速度判定値ωs以下であるか否かを判定する。なお、制御装置10は、ステップS20の処理において、一方の車輪111の回転速度の平均値が回転速度判定値ωs以下であるか否かを判定してもよい。
【0057】
車両100を停止させるために回転電機140から制動トルクを発生させた初期の時点では、多くの場合、回転電機140の回転速度ωは回転速度判定値ωsよりも大きい。そのため、制御装置10は、ステップS20の処理で否定的な判断を行って、ステップS27の処理に移行する。
【0058】
制御装置10では、ステップS27の処理として、動作制御部14により通常トルク制御が実行される。通常トルク制御は、回転電機140の出力トルクを、
図4のステップS12の処理で設定される要求トルク指令値TAに一致させる制御である。したがって、動作制御部14が通常トルク制御を実行している場合、回転電機140の出力トルクは、基本的には、ブレーキペダルの踏み込み量に応じて変化することとなる。具体的には、ブレーキペダルの踏み込み量が大きくなるほど、より大きい制動トルクが回転電機140から出力される。この回転電機140から出力される制動トルクにより車両100に制動力が加わることで車両100が減速する。すなわち、車輪111,112の回転速度ωが次第に低下する。
【0059】
その後、車輪111,112の回転速度ωが回転速度判定値ωs以下になると、制御装置10は、ステップS20の処理で肯定的な判定を行って、ステップS21の処理に移行する。これにより制御装置10はトルク波形制御を開始する。制御装置10では、まず、ステップS21の処理として、第1トルク波形を設定する処理が波形設定部13により行われる。第1トルク波形は、停車に伴って車両100に発生するピッチ方向の振動を減衰させることができるように設定されている。波形設定部13は、例えば以下の式f7を用いることにより第1トルク波形を設定する。なお、式f7はラプラス変換後の式である。
【0060】
【数7】
式f7の左辺の「T1
MG」は、回転電機140のトルク指令値の時間的な変化を示す関数である。この関数T1
MGが示す時間的な波形が第1トルク波形に相当する。以下では、式f7の「T1
MG」を第1トルク波形T1
MGと称する。「s」は微分演算子である。
【0061】
式f7の右辺において、「ΔT
r」は、式f2の指令トルク差分値ΔT
rと同じもの、すなわち
図4に示されるステップS12の処理で演算される要求トルク指令値TAから、ステップS11の処理で演算される停車時トルク指令値TBを減算したものである。「τ
1」は、上記の式f4及び式f6を満たすように予め設定されている時定数である。「G(s)」は、車両100のピッチ方向の振動を減衰させることが可能な伝達関数である。伝達関数G(s)は、例えば以下の式f8に示されるように定義される。
【0062】
【数8】
式f8において、「w
n」は車両100のピッチング共振周期の実測値であり、「ζ」はピッチ減衰係数の実測値である。「w
c」は車両100のピッチング共振周期の目標値であり、「ζ
c」はピッチ減衰係数の目標値である。ピッチング共振周期の実測値w
n及びピッチ減衰係数ζは予め実験等により求められており、制御装置10のメモリに記憶されている。ピッチング共振周期の目標値w
c及びピッチ減衰係数の目標値ζ
cは予め定められており、制御装置10のメモリに記憶されている。
【0063】
図5に示されるように、制御装置10では、ステップS21に続くステップS22の処理として、加速度センサ204により検出される車両100のピッチ方向の加速度にゼロクロスが発生したか否かが波形設定部13により判定される。ゼロクロスは、車両100のピッチ方向の加速度が所定の傾きを有して正の値から負の値に変化する現象、又は車両100のピッチ方向の加速度が所定の傾きを有して負の値から正の値に変化する現象である。
【0064】
車両100が減速している際は、基本的には、車両100のピッチ方向の加速度は「0」又はその近傍の値に維持されるため、波形設定部13は、ステップS22の処理で否定的な判定を行う。この場合、波形設定部13は、ステップS24の処理として、車輪速センサ202により検出される車輪111,112の回転速度から車両100の速度である車速Vを演算するとともに、演算された車速Vが「0」であるか否かを判定する。車両100が減速している際は、車速Vが「0」ではないため、波形設定部13は、ステップS24の処理でも否定的な判定を行う。この場合、制御装置10では、ステップS26の処理として、停車時トルク制御が動作制御部14により実行される。具体的には、動作制御部14は、回転電機140の出力トルクを、式f7に示される第1トルク波形T1
MGに追従させる制御を実行する。このようにしてステップS26の処理が実行された後、制御装置10は、
図5に示される処理を一旦終了するとともに、所定の周期の経過後に
図5に示される処理を再び開始する。以降、制御装置10は、ステップS22の処理で否定的な判定を行って、且つステップS24の処理で否定的な判定を行っている期間、ステップS26の処理が第1トルク波形T1
MGに基づいて繰り返し実行される。
【0065】
ステップS26の処理が繰り返し実行されることにより、第1トルク波形T1MGに追従するように回転電機140の出力トルクが制御される。これにより、回転電機140の出力トルクにより動力伝達部材の捩れが戻される。動力伝達部材の捩り戻しにより車体101がピッチ方向に振動する。これにより、車両100のピッチ方向の加速度にゼロクロスが発生する。
【0066】
このようにして車両100のピッチ方向の加速度にゼロクロスが発生することにより、波形設定部13は、ステップS22の処理で肯定的な判定を行う。これにより、波形設定部13は、ステップS23の処理として、第2トルク波形を設定する処理を行う。第2トルク波形は、停車間際に車両100の動力伝達部材に発生する振動を減衰させることができるように設定されている。波形設定部13は、例えば以下の式f9を用いることにより第2トルク波形を設定する。
【0067】
【数9】
式f9の左辺の「T2
MG」は、回転電機140のトルク指令値の時間的な変化を示す関数である。この関数T2
MGが示す時間的な波形が第2トルク波形に相当する。以下では、式f9の「T2
MG」を第2トルク波形T2
MGと称する。
式f9の右辺において、「ΔT
c」は、車両100のピッチ方向の加速度がゼロクロスした時点での第1トルク波形T1
MGの値から、停車時トルク指令値TBを減算したものである。「t」は、ステップS23の処理を開始した時点からの経過時間である。「τ
2」は時定数である。波形設定部13は、例えば以下の式f10に示されるように時定数τ
2を設定する。
【0068】
【数10】
式f10において、時定数τ
0,τ
1は、式f2,f7で用いられているものと同様のものである。ピッチ減衰係数の実測値ζ、車両100のピッチング共振周期の実測値w
n、ピッチ減衰係数の目標値ζ
c、及び車両100のピッチング共振周期の目標値w
cは、式f8で用いられているものと同様のものである。
【0069】
波形設定部13は、ステップS23に続くステップS24の処理として、車速Vが「0」であるか否かを判定する。ステップS23の処理が開始された時点では車両100が減速中であるため、車速Vは「0」になっていない。そのため、波形設定部13は、ステップS24の処理で否定的な判定を行う。この場合、波形設定部13では、ステップS26の処理として停車時トルク制御が動作制御部14により実行される。具体的には、動作制御部14は、回転電機140の出力トルクを、式f9に示される第2トルク波形T2
MGに追従させる制御を実行する。このようにしてステップS26の処理が実行された後、制御装置10は、
図5に示される処理を一旦終了するとともに、所定の周期の経過後に
図5に示される処理を再び開始する。以降、制御装置10は、ステップS22の処理で肯定的な判定を行って、且つステップS24の処理で否定的な判定を行っている期間、ステップS26の処理が第2トルク波形T2
MGに基づいて繰り返し実行される。
【0070】
ステップS26の処理が繰り返し実行されることにより、第2トルク波形T2MGに追従するように回転電機140の出力トルクが制御される。これにより、動力伝達系の振動が抑制されつつ、回転電機140の出力トルクが停車時トルク指令値TBに向かって変化する。
【0071】
その後、車速Vが「0」になると、波形設定部13は、ステップS24の処理で肯定的な判定を行う。この場合、波形設定部13は、ステップS25の処理として、停車保持トルク指令値TCを設定する。停車保持トルク指令値TCは、車両100を停止状態に維持するために回転電機140から出力すべきトルクの目標値である。波形設定部13は、ステップS25の処理において、基本的には、
図4に示されるステップS11の処理で設定される停車時トルク指令値TBを停車保持トルク指令値TCとして用いる。
【0072】
但し、停車時トルク指令値TBに誤差が存在する場合、停車時トルク指令値TBを用いて回転電機140の出力トルクを制御すると、車両100を停止状態に維持できない可能性がある。そのため、波形設定部13は、回転電機140の出力トルクを第2トルク波形T2MGに沿うように停車時トルク指令値TBに向かって変化させた結果、車両100を停止状態に維持できないと判定した場合には、第2トルク波形T2MGに対して所定のトルクを加算及び減算させつつ、車両100を停止状態に維持できるように第2トルク波形T2MGを調整する。この場合、波形設定部13は、車速Vが「0」になった時点における調整後の第2トルク波形T2MGの値に基づいて停車保持トルク指令値TCを設定する。
【0073】
制御装置10では、ステップS25の処理に続いて、停車時トルク制御が動作制御部14により実行される。具体的には、動作制御部14は、回転電機140の出力トルクを停車保持トルク指令値TCに制御する。これにより、例えば登坂路や降坂路で車速Vが「0」になった場合、すなわち車両100が停止した場合であっても、回転電機140の出力トルクにより車両100を停止状態に維持することができる。
【0074】
次に、本実施形態の車両100の動作例について説明する。なお、以下では、登坂路を走行している車両100が停止する場合を例に挙げて説明する。
図6(A)に示されるように、例えば時刻t20でブレーキペダルの踏み込み操作が行われたとすると、上位ECU30から制御装置10に送信される回生トルク指令値Trが、負の所定値Tr1に設定される。以降、ブレーキペダルの踏み込み量が一定量であるとすると、回生トルク指令値Trは所定値Tr1に維持される。
【0075】
時刻t20で回生トルク指令値Trが所定値Tr1に設定されることにより、
図6(C)に示されるように、要求トルク指令値TAも所定値Tr1に設定される。これにより、
図6(D)に示されるように、回転電機140の出力トルクが所定値Tr1に制御される。すなわち、回転電機140から所定値Tr1の制動トルクが出力されるため、車両100に制動力が付与される。結果として、
図6(B)に示されるように、時刻t20以降、車速Vが低下する。
【0076】
その後、時刻t21の時点で車輪111,112の回転速度ωが回転速度判定値ωs以下になると、回転電機140の出力トルクが第1トルク波形T1
MGに沿って制御されるようになる。そのため、
図6(D)に示されるように、回転電機140のトルクは、時刻t21以降、所定値Tr1から正の方向に変化する。これにより動力伝達部材が捩り戻される。動力伝達部材の捩り戻しに伴って車体101がピッチ方向に振動する。具体的には、車体101は、ピッチ方向において後方から前方に向かう方向に振動した後、その逆の前方から後方に向かう方向に振動する。そのため、
図6(F)に示されるように、車両100のピッチ方向の加速度は、正の値に変化した後、負の値に向かって変化する。結果的に、時刻t22で車両100のピッチ方向の加速度にゼロクロスが発生する。
【0077】
なお、
図7(A)~(C)は、時刻t21,t22付近における車速V、回転電機140の出力トルク、及び車両100のピッチ方向の加速度の変化を拡大して示したものである。
時刻t22で車両100のピッチ方向の加速度にゼロクロスが発生すると、回転電機140の出力トルクが第2トルク波形T2
MGに沿って制御されるようになる。これにより、
図7(B)に示されるように、回転電機140のトルクは、時刻t22以降、停車時トルク指令値TBに向かって更に変化する。車両100が登坂路で停止する場合、
図6(D)に示されるように、停車時トルク指令値TBは「0」よりも大きい値に設定される。
【0078】
このように、車両100のピッチ方向の加速度がゼロクロスした時点で、すなわち車両100のピッチ方向の加速度が「0」になった時点で回転電機140の制御波形を第1トルク波形T1MGから第2トルク波形T2MGに切り替えることにより、車両100のピッチ方向の速度変化を小さくすることができる。結果として、運転者の頭が後ろ向きに移動する速度を遅くすることができるため、停車間際の乗り心地を向上させることができる。
【0079】
その後、
図6(B)に示されるように時刻t23で車速Vが「0」になると、
図6(D)に示されるように回転電機140の出力トルクが停車時トルク指令値TBに制御されるようになる。これにより、車両100は停止状態に維持される。
なお、回転電機140の出力トルクを停車時トルク指令値TBに維持し続けると、回転電機140の発熱量や消費電力が大きくなることが懸念される。そのため、本実施形態では、
図6(E)に示されるように、時刻t23から所定時間が経過した時刻t24の時点で、ブレーキECU20がブレーキ装置121,122の油圧を所定圧P1まで上昇させる。所定圧P1は、車両100の停止状態を維持するために必要な制動力を車輪111,112に付与できる値に設定されている。
図6(E)に示されるように時刻t25でブレーキ装置121,122の油圧が所定圧P1まで上昇すると、
図6(D)に示されるように、制御装置10は回転電機140の出力トルクを「0」に設定する。
【0080】
以上説明した本実施形態の制御装置10によれば、以下の(1)~(6)に示される作用及び効果を得ることができる。
(1)動作制御部14は、回転電機140の出力トルクを要求トルク指令値TAから停車時トルク指令値TBに向かって変化させる際に、トルク波形に沿うように回転電機140の出力トルクを制御する。波形設定部13は、トルク波形として、車両のピッチ方向の振動を減衰させることが可能な第1トルク波形T1MGを用いた後、車両100の動力伝達部材の振動を抑制することが可能な第2トルク波形T2MGを用いる。この構成によれば、回転電機140の出力トルクが、車両100のピッチ方向の振動を減衰させることが可能な第1トルク波形T1MGに沿って変化した後、動力伝達部材の振動を減衰させることが可能な第2トルク波形T2MGに沿って変化する。これにより、車両100の停車時にピッチ方向の揺れ戻しが抑制された後に動力伝達部材の振動が更に抑制されるため、車両100のピッチ方向の振動を抑制しつつ、G抜けと称される違和感を乗員に与え難くなる。よって、より適切に車両100を停止させることが可能となる。
【0081】
(2)動作制御部14は、回転電機140の出力トルクが停車時トルク指令値TBになる時点と、車両100が停止する時点とが一致するように、トルク波形に沿った回転電機140の出力トルクの制御を開始する。具体的には、動作制御部14は、車輪111,112の回転速度ωが回転速度判定値ωsまで低下したときに、トルク波形に沿った回転電機140の出力トルクの制御を開始することにより、回転電機140の出力トルクが停車時トルク指令値TBになる時点と、車両100が停止する時点とを一致させる。この構成によれば、車両100が停止したときに、回転電機140の出力トルクが停車時トルク指令値TBになっているため、より的確に車両100の停止状態を維持することが可能となる。
【0082】
(3)動作制御部14は、上記の式f2に基づいて回転速度判定値ωsを設定する。すなわち、要求トルク指令値TAと停車時トルク指令値TBとの差分値である指令トルク差分値ΔTrに基づいて回転速度判定値ωsを設定する。この構成によれば、回転速度判定値ωsを容易に設定することができる。
【0083】
(4)時定数τ1は、上記の式f4を満たすように、すなわちピッチ共振周期よりも小さい値になるように設定される。波形設定部13は、式f7に示されるように、第1トルク波形T1MGを、この時定数τ1を有する波形となるように設定する。この構成によれば、回転電機140の出力トルクが停車時トルク指令値TBに収束するまでの時間が長くなり過ぎることを回避できるため、車両100の制動力の効きが悪いと感じられるような、いわゆるG抜けと称される違和感を乗員に与え難くすることが可能となる。
【0084】
(5)波形設定部13は、加速度センサ204により検出される車両100のピッチ方向の実加速度に基づいて、第1トルク波形T1MGから第2トルク波形T2MGに切り替える時期を決定する。具体的には、波形設定部13は、車両100のピッチ方向の実加速度がゼロクロスすることに基づいて、第1トルク波形T1MGから第2トルク波形T2MGに切り替える。この構成によれば、車両100のピッチ方向の加速度の変化を抑制しつつ、回転電機140のトルク波形を切り替えることができるため、乗り心地を向上させることができる。
【0085】
(6)波形設定部13は、上記の式f9に示されるように、トルク差分値ΔTcと時定数τ2とに基づいて第2トルク波形T2MGを設定する。トルク差分値ΔTcは、車両100のピッチ方向の加速度がゼロクロスした時点での第1トルク波形T1MGの値から、停車時トルク指令値TBを減算したものである。時定数τ2は、式f10に示されるように、車両100のピッチング共振周期の実測値wn等に基づいて設定されている。この構成によれば、より適切に第2トルク波形T2MGを設定することができる。
【0086】
なお、上記実施形態は、以下の形態にて実施することもできる。
・
図5に示されるステップS20の処理は、MGレゾルバ203により検出される回転電機140の回転速度に基づいて行われてもよい。この場合、MGレゾルバ203により検出される回転電機140の回転速度を所定の演算式を用いて車輪111の回転速度に換算すれば、類似の判定処理を行うことができる。また、回転速度判定値ωsが、MGレゾルバ203により検出される回転電機140の回転速度に対して設定されていてもよい。
【0087】
・回転速度判定値ωsを設定するにあたっては、回転電機140の出力トルクが停車時トルク指令値TBになる時点と、車両100が停止する時点とが互いに一致するのであれば、上記の式f2とは異なる式が用いられてもよい。また、「車両100が停止する時点」とは、車速が完全に0となるタイミングでなくてもよい。例えば、車速の絶対値が所定の閾値を下回るタイミングであってもよい。
【0088】
・波形設定部13は、車両100のピッチ方向の実加速度に代えて、その予測値がゼロクロスすることに基づいて、第1トルク波形T1MGから第2トルク波形T2MGに切り替えてもよい。
・本開示に記載の制御装置10及びその制御方法は、コンピュータプログラムにより具体化された1つ又は複数の機能を実行するようにプログラムされたプロセッサ及びメモリを構成することによって提供された1つ又は複数の専用コンピュータにより、実現されてもよい。本開示に記載の制御装置10及びその制御方法は、1つ又は複数の専用ハードウェア論理回路を含むプロセッサを構成することによって提供された専用コンピュータにより、実現されてもよい。本開示に記載の制御装置10及びその制御方法は、1つ又は複数の機能を実行するようにプログラムされたプロセッサ及びメモリと1つ又は複数のハードウェア論理回路を含むプロセッサとの組み合わせにより構成された1つ又は複数の専用コンピュータにより、実現されてもよい。コンピュータプログラムは、コンピュータにより実行されるインストラクションとして、コンピュータ読み取り可能な非遷移有形記録媒体に記憶されていてもよい。専用ハードウェア論理回路及びハードウェア論理回路は、複数の論理回路を含むデジタル回路、又はアナログ回路により実現されてもよい。
【0089】
・本開示は上記の具体例に限定されるものではない。上記の具体例に、当業者が適宜設計変更を加えたものも、本開示の特徴を備えている限り、本開示の範囲に包含される。前述した各具体例が備える各要素、及びその配置、条件、形状等は、例示したものに限定されるわけではなく適宜変更することができる。前述した各具体例が備える各要素は、技術的な矛盾が生じない限り、適宜組み合わせを変えることができる。
【符号の説明】
【0090】
10:制御装置
11:第1トルク指令値設定部
12:第2トルク指令値設定部
13:波形設定部
14:動作制御部
100:車両
140:回転電機