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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-15
(45)【発行日】2024-01-23
(54)【発明の名称】絶縁導体および絶縁導体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01B 7/02 20060101AFI20240116BHJP
   H01B 13/00 20060101ALI20240116BHJP
【FI】
H01B7/02 Z
H01B13/00 511Z
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2022184211
(22)【出願日】2022-11-17
(62)【分割の表示】P 2018215924の分割
【原出願日】2018-11-16
(65)【公開番号】P2023009278
(43)【公開日】2023-01-19
【審査請求日】2022-11-17
(31)【優先権主張番号】P 2017223535
(32)【優先日】2017-11-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100142424
【弁理士】
【氏名又は名称】細川 文広
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(72)【発明者】
【氏名】飯田 慎太郎
(72)【発明者】
【氏名】桜井 英章
【審査官】岩井 一央
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-016840(JP,A)
【文献】特開昭62-001760(JP,A)
【文献】国際公開第2016/082210(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01B 7/02
H01B 13/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
導体と、前記導体の表面に備えられた絶縁皮膜とを有する絶縁導体であって、
前記絶縁皮膜は、熱硬化性樹脂硬化物を含む海相と、前記海相に分散された熱可塑性フッ素樹脂を含む島相とから構成された海島構造を有し、
前記島相は、熱可塑性フッ素樹脂粒子が凝集して粗大化した構造とされ、前記島相は、球形状、楕円球形状、円錐形状、多角形状、板形状、円柱形状、多角柱形状及びこれらの形状を組合せた形状、あるいは、太い部分の間に細いくびれた部分を有するくびれ形状や瓢箪形状とされており、
前記島相の平均長径が1μm以上5μm以下の範囲内であることを特徴とする絶縁導体。
【請求項2】
請求項1に記載の絶縁導体を製造する絶縁導体の製造方法であって、
導体の表面に、メジアン径が50nm以上400nm以下の範囲内にある熱硬化性樹脂粒子と、メジアン径が50nm以上500nm以下の範囲内にある熱可塑性フッ素樹脂粒子とを含む電着液を電着させて、電着層付き導体を得る電着工程と、
前記電着層付き導体を、前記熱硬化性樹脂粒子の硬化温度以上でかつ前記熱可塑性フッ素樹脂粒子の融点以下の温度で加熱して乾燥させて、乾燥電着層付き導体を得る乾燥工程と、
前記乾燥電着層付き導体を、前記熱可塑性フッ素樹脂粒子の融点に対して-40℃以上+30℃以下の温度で加熱する加熱工程と、を含むことを特徴とする絶縁導体の製造方法。
【請求項3】
前記加熱工程における加熱時間が5分以上であることを特徴とする請求項2に記載の絶縁導体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、絶縁導体および絶縁導体の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
銅線などの導体を絶縁皮膜で被覆した絶縁導体は、モータや変圧器などの各種電気機器用の電気コイルに使用されている。絶縁導体の絶縁皮膜の材料としては、熱硬化性樹脂、特にポリアミドイミドやポリイミド等のポリイミド系樹脂が広く利用されている。また、絶縁導体の絶縁皮膜の特性を改良するために、絶縁皮膜にフッ素樹脂を加えることが検討されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、熱硬化性樹脂及びフッ素樹脂からなり、熱硬化性樹脂とフッ素樹脂との質量比が90:10~10:90である絶縁層を有する絶縁導体が記載されている。この特許文献1では、絶縁層として、熱硬化性樹脂溶液とフッ素樹脂オルガノゾルとを混合し、得られた混合液を導体上に塗布し、焼き付けることによって形成された層を用いている。この特許文献1には、熱硬化性樹脂溶液とフッ素樹脂オルガノゾルとを混合して得られた混合液から絶縁層を形成すると、絶縁層中に熱硬化性樹脂とフッ素樹脂とが均一に分散すると記載されている。
【0004】
特許文献2には、導体に施された絶縁皮膜が少なくとも2種類以上の樹脂成分から構成され、前記2種以上の樹脂界面が明確な界面を有さず、連続的または階段状に樹脂成分濃度が変化している界面を有している絶縁電線が記載されている。この特許文献2には、樹脂成分としてフッ素樹脂が記載されている。また、この特許文献2では、絶縁電線の製造方法として、導体あるいは絶縁層が施された電線表面に、少なくとも2種類以上の熱可塑性樹脂を溶融混合した溶融液を用いて押出被覆層を形成した後、あるいは形成すると同時に、前記熱可塑性樹脂のうち最も高い融点あるいは軟化点を有する樹脂の融点あるいは軟化点に対して0~100℃低い温度で一定時間保持する工程を含む方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開第2011/024809号
【文献】特開2005-259419号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、近年の電子機器の高出力化や高電圧化に伴って、絶縁皮膜の部分放電開始電圧や絶縁破壊電圧はさらなる高電圧化が望まれている。絶縁皮膜の部分放電開始電圧や絶縁破壊電圧を高くするために、絶縁皮膜に低誘電率のフィラーとしてフッ素樹脂を加えることは有効である。しかしながら、フィラーとしてフッ素樹脂を含む絶縁皮膜は可撓性が低いという問題があった。すなわち、フッ素樹脂とフッ素樹脂以外の樹脂とは親和性が低いため、フッ素樹脂を含む絶縁皮膜で被覆した絶縁導体は、コイル状に巻回したときに、絶縁皮膜に亀裂が生じやすい。また、フッ素樹脂は導体との密着性が低いため、フッ素樹脂を含む絶縁皮膜で被覆した絶縁導体は、コイル状に巻回したときに、絶縁皮膜が導体から剥離しやすい。
【0007】
本発明は、前述した事情に鑑みてなされたものであって、その目的は、絶縁皮膜の絶縁破壊電圧と可撓性が高い絶縁導体を提供することにある。また、本発明は、絶縁皮膜の絶縁破壊電圧と可撓性が高い絶縁導体を工業的に有利に製造することができる絶縁導体の製造方法を提供することもその目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するために、本発明の絶縁導体は、導体と、前記導体の表面に備えられた絶縁皮膜とを有する絶縁導体であって、前記絶縁皮膜は、熱硬化性樹脂硬化物を含む海相と、前記海相に分散された熱可塑性フッ素樹脂を含む島相とから構成された海島構造を有し、前記島相は、熱可塑性フッ素樹脂粒子が凝集して粗大化した構造とされ、前記島相は、球形状、楕円球形状、円錐形状、多角形状、板形状、円柱形状、多角柱形状及びこれらの形状を組合せた形状、あるいは、太い部分の間に細いくびれた部分を有するくびれ形状や瓢箪形状とされており、前記島相の平均長径が1μm以上5μm以下の範囲内であることを特徴としている。
【0009】
このような構成とされた本発明の絶縁導体によれば、絶縁皮膜が、熱硬化性樹脂硬化物を含む海相と、海相に分散された熱可塑性フッ素樹脂を含む島相とから構成された海島構造を有しているので、熱硬化性樹脂硬化物と熱可塑性フッ素樹脂との間に亀裂が生じても、その亀裂が成長しにくい。また、導体との密着性が高い熱硬化性樹脂硬化物が海相を形成しているので、絶縁皮膜との密着性が向上する。よって、絶縁皮膜の可撓性が高くなる。さらに、島相は平均長径が1μm以上とされているので、高電圧印加時における絶縁皮膜の破壊が抑えられ、絶縁皮膜の絶縁破壊電圧が高くなる。
【0010】
(削除)
【0011】
また、本発明の絶縁導体の製造方法は、上述の絶縁導体を製造する絶縁導体の製造方法であって、導体の表面に、メジアン径が50nm以上400nm以下の範囲内にある熱硬化性樹脂粒子と、メジアン径が50nm以上500nm以下の範囲内にある熱可塑性フッ素樹脂粒子とを含む電着液を電着させて、電着層付き導体を得る電着工程と、前記電着層付き導体を、前記熱硬化性樹脂粒子の硬化温度以上でかつ前記熱可塑性フッ素樹脂粒子の融点以下の温度で加熱して乾燥させて、乾燥電着層付き導体を得る乾燥工程と、前記乾燥電着層付き導体を、前記熱可塑性フッ素樹脂粒子の融点に対して-40℃以上+30℃以下の温度で加熱する加熱工程と、を含むことを特徴としている。
【0012】
このような構成とされた本発明の絶縁導体の製造方法によれば、電着液に含まれている熱硬化性樹脂粒子と熱可塑性フッ素樹脂粒子は微細であるので、電着液の組成を均一にしやすい。そして、その組成が均一な電着液を用いることによって、電着層の組成が均一な電着層付き導体を得ることができる。そして、その電着層付き導体を乾燥工程で乾燥した後、加熱工程において、熱可塑性フッ素樹脂粒子の融点に対して-40℃以上+30℃以下の温度で加熱することによって、熱硬化性樹脂粒子が硬化して海相が形成されると共に、熱可塑性フッ素樹脂粒子が凝集することによって粗大化した熱可塑性フッ素樹脂を含む島相が形成される。よって、本発明の絶縁導体の製造方法によれば、絶縁皮膜の可撓性と絶縁破壊電圧が高い絶縁導体を工業的に有利に製造することができる。さらに、電着液を電着させて、電着層付き導体を得るので、膜厚が厚く、かつ均一な海島構造を有する絶縁皮膜を備えた絶縁導体を製造することが可能となる。
【0013】
ここで、本発明の絶縁導体の製造方法においては、前記加熱工程における加熱時間が5分以上であることが好ましい。
この場合、加熱工程における加熱時間が5分以上とされているので、熱可塑性フッ素樹脂粒子を確実に凝集させることでき、これにより島相の平均長径が1μm以上とされた海島構造を有する絶縁皮膜を備えた絶縁導体をより確実に製造することが可能となる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、絶縁皮膜の絶縁破壊電圧と可撓性が高い絶縁導体を提供することが可能となる。また、本発明によれば、絶縁皮膜の絶縁破壊電圧と可撓性が高い絶縁導体を工業的に有利に製造することができる絶縁導体の製造方法を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明の一実施形態である絶縁導体の横断面図である。
図2】本発明の一実施形態である絶縁導体の製造方法のフロー図である。
図3】本発明例1で得られた絶縁銅線の絶縁皮膜のSEM写真である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
次に、本発明の実施形態である絶縁導体および絶縁導体の製造方法について、添付した図面を参照して説明する。
【0017】
<絶縁導体>
図1は、本発明の一実施形態である絶縁導体の横断面図である。
本実施形態の絶縁導体10は、図1に示すように、導体11と、導体11の表面に備えられた絶縁皮膜12とを有する。
【0018】
[導体]
導体11の材質は、良好な導電性を有する銅、銅合金、アルミニウム、アルミニウム合金等の金属であることが好ましい。図1に記載されている導体11は、横断面が円形の金属線とされているが、導体11の横断面形状は特に制限はなく、例えば、楕円形、四角形であってもよい。また、導体11は、金属板であってもよい。
【0019】
[絶縁皮膜]
絶縁皮膜12は、熱硬化性樹脂硬化物を含む海相(マトリックス相)と、海相に分散された熱可塑性フッ素樹脂を含む島相(ドメイン相)とから構成された海島構造を有する。
絶縁皮膜12が海島構造を有することは、走査型電子顕微鏡(SEM)と、エネルギー分散型X線分光(EDS)分析装置とを用いて確認することができる。例えば、絶縁皮膜12の断面を、SEM-EDS分析装置を用いて観察し、フッ素が検出されない連続した部分(海相)と、フッ素が粒状に検出された部分(島相)とが確認された場合は、絶縁皮膜12は海島構造を有すると言える。
【0020】
海島構造の島相は、平均長径が1μm以上とされている。本実施形態において、海島構造の平均長径は、10個の島相の長径の平均値である。島相の長径は、島相の外接円の直径である。島相の平均長径は、1μm以上5μm以下の範囲内にあることが好ましい。絶縁性が高い熱可塑性フッ素樹脂を含む島相の平均長径が1μm以上であることによって、高電圧印加時における絶縁皮膜の破壊を抑えることができる。
【0021】
島相の形状は、特に制限はなく、球形状、楕円球形状、円錐形状、多角形状、板形状、円柱形状、多角柱形状及びこれらの形状を組合せた形状とすることができる。島相の形状は、太い部分の間に細いくびれた部分を有するくびれ形状や瓢箪形状であってもよい。くびれ形状や瓢箪形状の島相は、海相との接触面積が広く、海相との密着性が向上するので、絶縁皮膜12全体の形状安定性が高くなる。
【0022】
熱可塑性フッ素樹脂は、融点が熱硬化性樹脂の分解温度よりも低い熱可塑性樹脂であることが好ましい。熱可塑性フッ素樹脂の融点は、250℃以上350℃以下の範囲内にあることが好ましい。フッ素樹脂は、単独重合体であってもよいし、共重合体であってもよい。フッ素樹脂の例としては、ペルフルオロアルコキシフッ素樹脂(PFA)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)および四フッ化エチレン・六フッ化プロピレン共重合体(FEP)を挙げることができる。これらの熱可塑性フッ素樹脂は、1種を単独で使用してもよいし、2種以上を組合せて使用してもよい。
【0023】
熱硬化性樹脂は、イミド結合およびアミド結合のいずれか一方もしくは両方を有する樹脂であることが好ましい。熱硬化性樹脂の例としては、ポリアミドイミド樹脂、ポリイミド樹脂、ポリアミック酸樹脂、ポリアミド樹脂、ポリエーテルイミド樹脂およびポリエステルイミド樹脂を挙げることができる。これらの熱硬化性樹脂は、1種を単独で使用してもよいし、2種以上を組合せて使用してもよい。熱硬化性樹脂は、イミド結合を有するポリイミド系樹脂(ポリアミドイミド樹脂、ポリイミド樹脂)であることが特に好ましい。
熱硬化性樹脂は、硬化温度が、熱可塑性フッ素樹脂の融点よりも低いことが好ましい。
【0024】
絶縁皮膜12の熱可塑性フッ素樹脂の含有量は、20質量%以上70質量%以下の範囲内にあることが好ましく、30質量%以上70質量%以下の範囲内にあることがより好ましい。
【0025】
絶縁皮膜12の厚さは、5μm以上100μm以下の範囲内にあることが好ましい。絶縁皮膜12の厚みがこの範囲にあると、絶縁皮膜12の可撓性を損なわずに、導体11を絶縁することができる。絶縁皮膜12の絶縁性を向上させるためには、厚さは25μm以上であることがより好ましく、30μm以上であることが特に好ましい。一方、可撓性を向上させるためには、80μm以下がより好ましく、60μm以下が特に好ましい。
【0026】
<絶縁導体の製造方法>
図2は、本発明の一実施形態である絶縁導体の製造方法のフロー図である。
本実施形態の絶縁導体の製造方法は、図2に示すように、電着工程S01と、乾燥工程S02と、加熱工程S03とを含む。
【0027】
[電着工程]
電着工程S01では、導体の表面に、熱硬化性樹脂粒子と熱可塑性フッ素樹脂粒子とを含む電着液を電着させて、電着層付き導体を得る。ここで、電着液について、熱硬化性樹脂粒子が、イミド結合を有するポリイミド系樹脂粒子である場合を例にとって説明する。
【0028】
(電着液)
電着液は、分散媒と固形分とからなる。固形分は、ポリイミド系樹脂粒子と熱可塑性フッ素樹脂粒子とを含む。
【0029】
固形分中の熱可塑性フッ素樹脂粒子の含有割合は、好ましくは20質量%以上70質量%以下の範囲内、より好ましくは30質量%以上70質量%以下の範囲内である。また、ポリイミド系樹脂粒子のメジアン径は、好ましくは50nm以上400nm以下の範囲内、より好ましくは50nm以上200nm以下の範囲内である。また、熱可塑性フッ素樹脂粒子のメジアン径は、50nm以上500nm以下の範囲内であることが好ましい。更に、ポリイミド系樹脂粒子は熱可塑性フッ素樹脂粒子より小さいメジアン径を有することが好ましい。ここで、固形分中の熱可塑性フッ素樹脂粒子の好ましい含有割合を20質量%以上70質量%以下の範囲内としたのは、20質量%未満では絶縁皮膜の絶縁破壊電圧が十分に高くならないおそれがあり、70質量%を超えると絶縁皮膜が海島構造を形成しにくくなるからである。また、ポリイミド系樹脂粒子の好ましいメジアン径を50nm以上400nm以下の範囲内としたのは、50nm未満では、電着によって形成した電着層内の樹脂粒子間に存在する分散媒が少なく電着層の抵抗が大きくなるため電着速度が遅くなり、厚みの厚い電着層を得るのに時間を要し、400nmを超えると電着液の分散安定性が低下するからである。更に、熱可塑性フッ素樹脂粒子の好ましいメジアン径を50nm以上500nm以下の範囲内としたのは、50nm未満では、電着によって形成した電着層内の樹脂粒子間に存在する分散媒が少なく電着層の抵抗が大きくなるため電着速度が遅くなり、厚みの厚い電着層を得るのに時間を要し、500nmを超えると電着液が凝集して沈殿が発生し分散安定性が低下してしまうからである。
【0030】
分散媒は、極性溶剤、水及び塩基を含むことが好ましい。また、極性溶剤は水より高い沸点を有することが好ましい。極性溶剤としては、N-メチル-2-ピロリドン、1,3-ジメチル-2-イミダゾリジノン、ジメチルスルホキシド、N,Nジメチルアセトアミド等の有機溶剤が挙げられる。更に、塩基としては、トリ-n-プロピルアミン、ジブチルアミン、ピペリジン、トリエチルアミン等が挙げられる。分散媒中の水の含有割合は、10質量%以上40質量%以下の範囲内であることが好ましく、18質量%以上30質量%以下の範囲内であることが更に好ましい。また、分散媒中の極性溶剤の含有割合は60質量%以上90質量%以下の範囲内であることが好ましく、分散媒中の塩基の含有割合は0.01質量%以上0.3質量%以下の範囲内であることが好ましい。更に、電着液中の固形分の含有割合は1質量%以上10質量%以下の範囲内であることが好ましい。
【0031】
ここで、分散媒中の水の好ましい含有割合を10質量%以上40質量%以下の範囲内としたのは、10質量%未満では電着液の導電率が小さく電着による電着層を形成できず、40質量%を超えると電着液の乾燥時に分散媒の揮発速度が速くなり電着層を厚く形成すると電着層が発泡し易くなってしまうからである。また、分散媒中の極性溶剤の好ましい含有割合を60質量%以上90質量%以下の範囲内としたのは、60質量%未満では分散媒中における水の割合が多くなり揮発速度が速くなって発泡し易くなり、90質量%を超えると分散媒中における水の割合が減り電着速度が遅くなって、厚膜の電着層を得るのに時間を要するからである。また、分散媒中の塩基の好ましい含有割合を0.01質量%以上0.3質量%以下の範囲内としたのは、0.01質量%未満ではポリイミド系樹脂粒子のメジアン径が増加し分散安定性が悪化してしまい、0.3質量%を超えるとポリイミド系樹脂粒子のメジアン径が減少し、電着によって形成した電着層内の樹脂粒子間に存在する分散媒が少なく電着層の抵抗が大きくなるため電着速度が遅くなり、厚みの厚い電着層を得るのに時間を要するからである。更に、電着液中の固形分の好ましい含有割合を1質量%以上10質量%以下の範囲内としたのは、1質量%未満では電着速度が遅くなって、厚膜の電着層を得るのに時間を要し、10質量%を超えると分散安定性が悪化してしまうからである。なお、上記ポリイミド系樹脂粒子のメジアン径及び熱可塑性フッ素樹脂粒子のメジアン径は、動的光散乱粒径分布測定装置(堀場製作所製LB-550)を用いて測定した体積基準平均粒径である。
【0032】
次に電着液の製造方法を説明する。
(ポリイミド系樹脂ワニスの合成)
先ず、撹拌機、冷却管、窒素導入管及び温度計を備えた2リットルの四つ口フラスコ内に、極性溶剤と、イソシアネート成分と酸成分とを混合し、80~130℃の温度に昇温してこの温度に2~8時間保持して反応させることにより、ポリイミド系樹脂を得る。ここで、イソシアネート成分としては、ジフェニルメタン-4,4’-ジイソシアネート(MDI)、ジフェニルメタン-3,3’-ジイソシアネート、ジフェニルメタン-3,4’-ジイソシアネート、ジフェニルエーテル-4,4’-ジイソシアネート、ベンゾフェノン-4,4’-ジイソシアネート、ジフェニルスルホン-4,4’-ジイソシアネート等の芳香族ジイソシアネート等が挙げられ、酸成分としてはトリメリット酸無水物(TMA)、1,2,5-トリメリット酸(1,2,5-ETM)、ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物、ジフェニルスルホンテトラカルボン酸二無水物、オキシジフタル酸二無水物(OPDA)、ピロメリット酸二無水物(PMDA)、4,4’-(2,2’-ヘキサフルオロイソプロピリデン)ジフタル酸二無水物等が挙げられる。その後、上記合成したポリイミド系樹脂を、極性溶剤により希釈してポリイミド系樹脂ワニスを調製する。
【0033】
(ポリイミド系樹脂粒子の分散液の調製)
次いで、上記得られたポリイミド系樹脂ワニスを、有機溶剤で更に希釈し、塩基性化合物を加えた後、撹拌しつつ、室温下で水を添加する。これにより、メジアン径が50nm以上400nm以下の範囲内にあるポリイミド系樹脂粒子の分散液が得られる。
【0034】
(熱可塑性フッ素樹脂粒子の分散液の調製)
市販の熱可塑性フッ素樹脂粒子のディスパージョンを水で希釈した後、撹拌することにより、メジアン径が50nm以上500nm以下の範囲内にある熱可塑性フッ素樹脂粒子の分散液が得られる。
【0035】
[乾燥工程]
乾燥工程S02では、電着工程S01で得られた電着層付き導体を、ポリイミド系熱硬化性樹脂粒子の硬化温度以上でかつ熱可塑性フッ素樹脂粒子の融点以下の温度で加熱した後、乾燥させて、乾燥電着層付き導体を得る。電着層付き導体の乾燥雰囲気は、特に制限はなく、大気雰囲気であってもよいし、不活性雰囲気であってもよい。
乾燥温度は、ポリイミド系樹脂粒子の硬化温度以上、通常は220℃以上で、かつ熱可塑性フッ素樹脂粒子の融点以下の範囲内にあることが好ましい。乾燥温度がこの範囲にあると、熱可塑性フッ素樹脂粒子を外部に流出させずに、電着層を効率よく乾燥させることができる。この乾燥により、電着層中のポリイミド系樹脂粒子が硬化して、ポリイミド系樹脂硬化物を含む海相が形成され、その海相に熱可塑性フッ素樹脂粒子が分散した乾燥電着層が生成する。乾燥時間は、乾燥温度、導体のサイズや電着層の厚みなどの要因によって変動するが、通常は1分以上10分以下の範囲内である。
【0036】
[加熱工程]
加熱工程S03では、乾燥工程S02で得られた乾燥電着層付き導体を、熱可塑性フッ素樹脂粒子の融点に対して-40℃以上+30℃以下の温度で加熱する。この加熱により、乾燥電着層中の熱可塑性フッ素樹脂粒子が溶融あるいは軟化して、加熱電着層内で凝集し、平均長径が1μm以上の粗大な熱可塑性フッ素樹脂を含む島相が形成される。加熱工程S03の加熱温度は、乾燥工程S02の乾燥温度よりも10℃以上高い温度であることが好ましく、10℃以上100℃以下の範囲内で高い温度であることが好ましい。加熱工程S03は、乾燥工程S02と同じ加熱装置を用いて、乾燥工程S02と連続して行うことが好ましい。
【0037】
乾燥電着層付き導体の加熱雰囲気は、特に制限はなく、大気雰囲気であってもよいし、不活性雰囲気であってもよい。加熱時間は、加熱温度、導体のサイズや電着層の厚みなどの要因によって変動するが、5分以上であることが好ましく、5分以上10分以下の範囲内であることが特に好ましい。
【0038】
以上のような構成とされた本実施形態の絶縁導体10によれば、絶縁皮膜12が、熱硬化性樹脂硬化物を含む海相と、海相に分散された熱可塑性フッ素樹脂を含む島相とから構成された海島構造を有しているので、熱硬化性樹脂硬化物と熱可塑性フッ素樹脂との間に亀裂が生じても、その亀裂が成長しにくい。また、導体11との密着性が高い熱硬化性樹脂硬化物が海相を形成しているので、導体11と絶縁皮膜12との密着性が向上する。よって、絶縁皮膜12の可撓性が高くなる。さらに、島相は平均長径が1μm以上とされているので、高電圧印加時における絶縁皮膜の破壊が抑えられ、絶縁皮膜12の絶縁破壊電圧が高くなる。また、絶縁皮膜12は、熱可塑性フッ素樹脂を含むので、絶縁皮膜表面の潤滑性が高くなる。
【0039】
本実施形態の絶縁導体10においては、絶縁皮膜12の熱可塑性フッ素樹脂の含有量が10質量%以上60質量%以下の範囲内にあるので、絶縁皮膜12中に海相と島相とをバランスよく形成させることができ、絶縁皮膜12の絶縁破壊電圧と可撓性を確実に高くすることができる。
【0040】
また、本発明の絶縁導体の製造方法によれば、電着液に含まれている熱硬化性樹脂粒子と熱可塑性フッ素樹脂粒子は微細であるので、電着液の組成を均一にしやすい。そして、その組成が均一な電着液を用いることによって、電着層の組成が均一な電着層付き導体を得ることができる。そして、その電着層付き導体を乾燥工程S02で乾燥した後、加熱工程S03において、熱可塑性フッ素樹脂粒子の融点に対して-40℃以上+30℃以下の温度で加熱することによって、熱硬化性樹脂粒子が硬化して海相が形成されると共に、熱可塑性フッ素樹脂粒子が凝集することによって粗大化した熱可塑性フッ素樹脂を含む島相が形成される。よって、本発明の絶縁導体の製造方法によれば、絶縁皮膜の可撓性と絶縁破壊電圧が高い絶縁導体を工業的に有利に製造することができる。
【0041】
さらに、電着液を電着させて、電着層付き導体を得るので、膜厚が厚く、かつ均一な海島構造を有する絶縁皮膜を備えた絶縁導体を製造することが可能となる。これに対して、前記特許文献1に記載されている熱硬化性樹脂溶液とフッ素樹脂オルガノゾルと混合し、得られた混合液を導体上に塗布し、焼き付ける方法(塗布法)では、膜厚の厚い混合液の層を導体上に一度に形成することが難しい。このため、塗布法を用いて、膜厚の厚い絶縁皮膜(例えば膜厚25μm以上の絶縁皮膜)を形成するためには、混合液を塗布して焼き付ける操作を複数回行う必要がある。この場合、作業が煩雑になるだけでなく、1回の操作で形成される絶縁皮膜ごとに焼成が行われるため、内側の層は複数回の焼き付けが行われることで、層ごとの焼成状態が異なり、層ごとに境界が見られる多層構造の絶縁皮膜が生成する。したがって、塗布法では膜厚が厚く、かつ均一な海島構造を有する絶縁皮膜を形成しにくくなる。また、熱硬化性樹脂溶液はポリイミド系樹脂粒子分散液よりも粘度が高く、フッ素樹脂オルガノゾルは熱可塑性フッ素樹脂粒子分散液よりも粘度が高いため、均一な混合液を得るためには長時間攪拌する必要がある。
【0042】
さらに、本実施形態の絶縁導体の製造方法においては、加熱工程S03における加熱時間を5分以上することによって、熱可塑性フッ素樹脂粒子を確実に凝集させることでき、これにより島相の平均長径が1μm以上とされた海島構造を有する絶縁皮膜を備えた絶縁導体をより確実に製造することが可能となる。前記特許文献1の実施例では、長さ2mの焼成炉を用いて、銅線を1m/minの速度で引っ張ることにより、混合液が塗布された銅線を加熱しているが、この場合は、高温での焼成時間が2分と短いため、フッ素樹脂同士の凝集は起こりにくいと考えられる。
【実施例
【0043】
次に、本発明の作用効果を実施例により詳しく説明する。
【0044】
<本発明例1>
[ポリイミド系樹脂ワニスの合成]
先ず、撹拌機、冷却管、窒素導入管及び温度計を備えた2リットルの四つ口フラスコ内に、有機溶媒としてN-メチル-2-ピロリドン747g、イソシアネート成分として4,4’-ジフェニルメタンジイソシアネート298g(1.19モル)、及び酸成分として無水トリメリット酸227g(1.18モル)を投入して130℃まで昇温させた。この温度で約4時間反応させることにより、数平均分子量が17000のポリアミドイミド樹脂(PAI)を得た。その後、上記合成したポリアミドイミド樹脂を、有機溶媒としてN-メチル-2-ピロリドンを使用し、ポリアミドイミド樹脂(不揮発分)の濃度が20質量%となるように希釈したポリアミドイミドワニス(ポリアミドイミド樹脂:N-メチル-2-ピロリドン=20質量%:80質量%)を得た。
【0045】
[ポリイミド系樹脂粒子分散液の調製]
次いで、上記得られたポリアミドイミドワニス62.5gを、N-メチル-2-ピロリドン140gで更に希釈し、塩基性化合物であるトリ-n-プロピルアミン0.5gを加えた後、この液を回転速度10000rpmの高速で撹拌しつつ、常温下(25℃)で水を47g添加した。これにより、メジアン径160nmのポリアミドイミド樹脂粒子の分散液(ポリアミドイミド樹脂粒子:N-メチル-2-ピロリドン:水:トリ-n-プロピルアミン=5質量%:76質量%:18.8質量%:0.2質量%)250gを得た。
【0046】
[熱可塑性フッ素樹脂粒子分散液の調製]
市販のペルフルオロアルコキシフッ素樹脂(PFA)ディスパージョンを水で希釈した後、攪拌し、PFA粒子分散液を得た(メジアン径200nm、PFA粒子:水=30質量%:70質量%)。
【0047】
[フッ素樹脂、ポリアミドイミド樹脂複合コーティング用電着液の調製]
ポリアミドイミド樹脂(PAI)粒子分散液60gとフッ素樹脂(PFA)粒子分散液10gを混合し電着液を得た(PAI粒子:PFA粒子:N-メチル-2-ピロリドン:水:トリ-n-プロピルアミン=4.3質量%:4.3質量%:65質量%:26.2質量%:0.2質量%)。
【0048】
[絶縁銅線の作製]
上記調製した電着液を用いて絶縁銅線を作製した。具体的には、先ず、電着液を電着槽内に貯留し、この電着槽内の電着液の温度を20℃とした。次いで、長さが300mmで直径が1mmの銅線(導体)を陽極とし、上記電着槽内の電着液に挿入された円筒型の銅板を陰極とし、銅線と円筒型の銅板との間に直流電圧100Vを印加した状態で、銅線及び円筒型の銅板を電着槽内の電着液中に30秒間保持した。これにより銅線の表面に電着層が形成された電着層付き銅線を得た。次に、電着層付き銅線をマッフル炉に投入して、250℃で5分間加熱して、電着層を乾燥させて、乾燥電着層付き銅線を得た。その後、マッフル炉の温度を300℃に昇温し、その温度で乾燥電着層付き銅線を5分間加熱して、表面に厚み約40μmの絶縁皮膜が形成された銅線を得た。この絶縁皮膜付きの銅線(絶縁銅線)を本発明例1とした。
【0049】
<本発明例2~4>
表1に示すように、熱可塑性フッ素樹脂粒子の種類をそれぞれ変えたこと以外は、本発明例1と同様にして、表面に厚み約40μmの絶縁皮膜が形成された銅線を得た。この絶縁皮膜付きの銅線(絶縁銅線)を本発明例2~4とした。なお、表1中、「PFA」はペルフルオロアルコキシフッ素樹脂であり、「FEP」は、四フッ化エチレン・六フッ化プロピレン共重合体であり、「PTFE」は、ポリテトラフルオロエチレンである。
【0050】
<比較例1>
乾燥電着層付き銅線の加熱処理を実施しなかったことは本発明例1と同様にして、表面に厚み約40μmの絶縁皮膜が形成された銅線を得た。この絶縁皮膜付きの銅線(絶縁銅線)を比較例1とした。
【0051】
[評価]
得られた絶縁銅線(絶縁導体)について、島相の平均長径と、可撓性と、絶縁破壊電圧を下記の方法により測定した。
【0052】
(島相の平均長径)
元素分布は絶縁銅線を樹脂埋めし研磨により断面を出した後、SEM-EDS分析装置(日立ハイテク社製、電子顕微鏡SU8230)により、絶縁銅線の絶縁皮膜断面のSEM写真と、その絶縁皮膜断面のフッ素原子の元素マッピング画像を撮影した。そして、得られたSEM写真と元素マッピング画像から、フッ素が検出されない連続した部分を、ポリアミドイミドを含む海相とし、フッ素が粒状に検出された部分を、熱可塑性フッ素樹脂を含む島相とし、海相と島相とが確認された場合は、海島構造とした。
【0053】
海島構造を有する絶縁皮膜について、SEM写真から無作為に10個の島相を選択し、それぞれの島相の長径を測定した。測定した島相の長径の平均を、平均長径とした。その結果を、表1と図3に示す。
【0054】
(可撓性)
JIS C 3216-3:2011(巻線試験方法-第3部:機械的特性)に規定された方法に準拠して測定を実施した。その結果を表1に示す。
【0055】
(絶縁破壊電圧)
JIS C 3216-5:2011(巻線試験方法-第5部:電気的特性)に規定された金属箔法に準拠して測定を実施した。
【0056】
【表1】
【0057】
図3は、本発明例1で得られた絶縁銅線の絶縁皮膜断面のSEM写真である。図3のSEM写真から絶縁皮膜は、ポリアミドイミドを含む海相15と、海相15に散された熱可塑性フッ素樹脂を含む島相16とから構成された海島構造を有することが確認された。本発明例2~4及び比較例1で得られた絶縁銅線についても、絶縁皮膜が海島構造を有することが確認された。
【0058】
また、表1に示すように、島相の平均長径が1μm以上である本発明例1~4の絶縁銅線は、島相の平均長径が1μm未満である比較例1の絶縁銅線と比較して、絶縁破壊電圧が顕著に高くなった。
【0059】
さらに、本発明例1~4で得られた絶縁銅線について可撓性を評価した結果、3倍径巻(3d)で可撓性が良好であり、絶縁皮膜に損傷を発生させずに、コイル状に巻回できることが確認された。特に、熱可塑性フッ素樹脂粒子としてPTFE粒子を用いた本発明例4では、2倍径巻(2d)においても可撓性が良好であり、絶縁皮膜に損傷を発生させずに、コイル状に巻回できることが確認された。
【符号の説明】
【0060】
10 絶縁導体
11 導体
12 絶縁皮膜
15 海相
16 島相
図1
図2
図3