IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社村田製作所の特許一覧

特許7420226軟磁性金属粉体、圧粉磁心及びインダクタ
<>
  • 特許-軟磁性金属粉体、圧粉磁心及びインダクタ 図1
  • 特許-軟磁性金属粉体、圧粉磁心及びインダクタ 図2
  • 特許-軟磁性金属粉体、圧粉磁心及びインダクタ 図3
  • 特許-軟磁性金属粉体、圧粉磁心及びインダクタ 図4
  • 特許-軟磁性金属粉体、圧粉磁心及びインダクタ 図5
  • 特許-軟磁性金属粉体、圧粉磁心及びインダクタ 図6
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-15
(45)【発行日】2024-01-23
(54)【発明の名称】軟磁性金属粉体、圧粉磁心及びインダクタ
(51)【国際特許分類】
   H01F 1/24 20060101AFI20240116BHJP
   H01F 27/255 20060101ALI20240116BHJP
   H01F 17/04 20060101ALI20240116BHJP
【FI】
H01F1/24 ZNM
H01F27/255
H01F17/04 F
【請求項の数】 15
(21)【出願番号】P 2022512237
(86)(22)【出願日】2021-03-29
(86)【国際出願番号】 JP2021013388
(87)【国際公開番号】W WO2021200863
(87)【国際公開日】2021-10-07
【審査請求日】2022-08-29
(31)【優先権主張番号】P 2020064420
(32)【優先日】2020-03-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006231
【氏名又は名称】株式会社村田製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110000914
【氏名又は名称】弁理士法人WisePlus
(72)【発明者】
【氏名】猪口 真志
(72)【発明者】
【氏名】長久保 博
(72)【発明者】
【氏名】坂口 健二
【審査官】井上 健一
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-018851(JP,A)
【文献】特開2008-143720(JP,A)
【文献】特開2009-060050(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01F 1/24
H01F 27/255
H01F 17/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
軟磁性金属粒子と、前記軟磁性金属粒子の表面を被覆する被覆層と、を有する被覆粒子を含み、
前記被覆層は、二硫化モリブデン、酸化モリブデン、マイカ、パイロフィライト、及びカオリナイトからなる群より選択される少なくとも1種の化合物を含む、軟磁性金属粉体。
【請求項2】
前記被覆層は、平均厚みが1nm以上、200nm以下である、請求項1記載の軟磁性金属粉体。
【請求項3】
前記被覆粒子は、最外層に前記被覆層を有する、請求項1又は2記載の軟磁性金属粉体。
【請求項4】
25℃、64MPa加圧時の粉体抵抗率が1×10Ω・cm以上である、請求項1~3のいずれかに記載の軟磁性金属粉体。
【請求項5】
軟磁性金属粒子と、前記軟磁性金属粒子同士の界面に存在する界面層と、を有し、
前記界面層は、二硫化モリブデン、酸化モリブデン、マイカ、パイロフィライト、及びカオリナイトからなる群より選択される少なくとも1種の化合物を含み、
成型密度が85%以上である、圧粉磁心。
【請求項6】
成型密度が89.40%以上、96.60%以下である請求項5に記載の圧粉磁心。
【請求項7】
体積抵抗率が20Ω・cm以上である請求項5又は6に記載の圧粉磁心。
【請求項8】
前記界面層は、平均厚みが1nm以上300nm以下である、請求項5~7のいずれかに記載の圧粉磁心。
【請求項9】
前記軟磁性金属粒子同士の粒界に結着材を有する、請求項5~8のいずれかに記載の圧粉磁心。
【請求項10】
前記結着材はガラスである、請求項9に記載の圧粉磁心。
【請求項11】
前記結着材のガラスは、ビスマス、ホウ素、バナジウム、スズ、及び、亜鉛の少なくともいずれかを含む、請求項10に記載の圧粉磁心。
【請求項12】
前記界面層と前記結着材とが直接接している、請求項9~11のいずれかに記載の圧粉磁心。
【請求項13】
前記軟磁性金属粒子と前記界面層とが直接接している、請求項5~12のいずれかに記載の圧粉磁心。
【請求項14】
0.1T、50kHzの磁場印加時の損失が1000kW/m以下である、請求項5~13のいずれかに記載の圧粉磁心。
【請求項15】
請求項5~14のいずれかに記載の圧粉磁心を備える、インダクタ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軟磁性金属粉体、圧粉磁心及びインダクタに関する。
【背景技術】
【0002】
インダクタ等の電子部品には、軟磁性金属粉体を加圧成型することによって製造される圧粉磁心が用いられている。圧粉磁心としては、軟磁性の金属粉体と、この粉体を覆う絶縁皮膜とから構成された粉末を加圧成型することにより形成したものが提案されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、金属磁性粒子と、該金属磁性粒子の表面を取り囲み、リン酸金属塩および酸化物の少なくとも一方を含む絶縁皮膜とを有する複数の複合磁性粒子と、該複数の複合磁性粒子に対して、0.001質量%以上0.01質量%以下の割合で添加された微粒子状の潤滑剤とを備え、上記微粒子状の潤滑剤の平均粒径は、2.0μm以下であり、上記微粒子状の潤滑剤は、金属石鹸および六方晶系の結晶構造を有する無機潤滑剤の少なくとも一方を含む、軟磁性材料が記載されている。
【0004】
特許文献2には、Feを含む軟磁性金属粒子を複数含む軟磁性金属粉末であって、上記軟磁性金属粒子の表面は被覆部により覆われており、上記被覆部は、前記軟磁性金属粒子の表面から外側に向かって、第1の被覆部と、第2の被覆部と、をこの順に有し、上記第1の被覆部は、Cu、W、MoおよびCrからなる群から選ばれる1つ以上の元素を含み、上記第2の被覆部は、Pを含むことを特徴とする軟磁性金属粉末が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第4325950号公報
【文献】特許第6504289号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載の軟磁性材料は、金属磁性粒子の表面がリン酸金属塩及び酸化膜の少なくとも一方を含む絶縁皮膜により取り囲まれているが、リン酸金属塩や酸化膜は可撓性に劣るため、加圧成型時に金属磁性粒子の変形に追従できずに割れてしまい、金属磁性粒子同士が導通して磁気損失を増大させてしまうおそれがある。
【0007】
特許文献2に記載の軟磁性金属粉末は、第1の被覆部としてCu、W、Mo、Crのような金属を使用し、第2の被覆部として五酸化二リン等の酸化物を用いているが、金属からなる第1の被覆部では軟磁性金属粒子同士を絶縁することはできず、また、Pを含む第2の被覆部は加圧成型時に割れてしまい、軟磁性金属粒子同士が導通して磁気損失を増大させてしまうおそれがある。
【0008】
本発明は、上記の問題を解決するためになされたものであり、磁気損失が小さい圧粉磁心を得ることができる軟磁性金属粉体を提供することを目的とする。また、磁気損失が小さい圧粉磁心を提供することを目的とする。更に、上記圧粉磁心を備えるインダクタを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の軟磁性金属粉体は、軟磁性金属粒子と、該軟磁性金属粒子の表面を被覆する被覆層と、を有する被覆粒子を含み、該被覆層は、二硫化モリブデン、酸化モリブデン、窒化ホウ素、マイカ、タルク、パイロフィライト、及びカオリナイトからなる群より選択される少なくとも1種の化合物を含む。
【0010】
本発明の圧粉磁心は、軟磁性金属粒子と、該軟磁性金属粒子同士の界面に存在する界面層と、を有し、該界面層は、二硫化モリブデン、酸化モリブデン、窒化ホウ素、マイカ、タルク、パイロフィライト、及びカオリナイトからなる群より選択される少なくとも1種の化合物を含み、成型密度が85%以上である。
【0011】
本発明のインダクタは、上記圧粉磁心を備える。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、磁気損失が小さい圧粉磁心を得ることができる軟磁性金属粉体を提供することができる。また、本発明によれば、磁気損失が小さい圧粉磁心及び該圧粉磁心を備えるインダクタを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、本発明の軟磁性金属粉体を構成する被覆粒子の一例を示す断面模式図である。
図2図2は、本発明の軟磁性金属粉体の製造に用いる被覆装置のチャンバの断面模式図である。
図3図3は、本発明の圧粉磁心の内部構造の一例を示す断面模式図である。
図4図4は、本発明のインダクタの一例を模式的に示す斜視図である。
図5図5Aは、実施例1で得られた軟磁性金属粉体を構成する被覆粒子の断面を、走査透過型電子顕微鏡を用いて撮影した明視野像であり、図5BはFe元素のマッピング像であり、図5CはMo元素のマッピング像であり、図5DはS元素のマッピング像であり、図5EはO元素のマッピング像である。
図6図6は、実施例6~10及び比較例2で得られた圧粉磁心の断面を走査型電子顕微鏡で観察して得られたSEM像、Feマッピング像、Moマッピング像及びBiマッピング像を示す表である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の軟磁性金属粉体、圧粉磁心、及びインダクタについて説明する。
しかしながら、本発明は、以下の構成に限定されるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲において適宜変更して適用することができる。なお、以下において記載する本発明の個々の望ましい構成を2つ以上組み合わせたものもまた本発明である。
【0015】
本発明の軟磁性金属粉体は、軟磁性金属粒子と、該軟磁性金属粒子の表面を被覆する被覆層と、を有する被覆粒子を含む。図1に、本発明の軟磁性金属粉体を構成する被覆粒子の一例の断面模式図を示す。図1に示すように、上記被覆粒子は、軟磁性金属粒子1と、その表面を被覆する被覆層2とから構成されている。
【0016】
上記軟磁性金属粒子を構成する軟磁性金属は、軟磁性を示す金属材料であれば特に限定されず、結晶系でも非晶質系でもよい。例えば、Feを主成分とする金属材料が好ましく、具体的には、純鉄系軟磁性材料(電磁軟鉄)、Fe系合金、Fe-Si系合金、Fe-Ni系合金、Fe-Al系合金、Fe-Si-Al系合金、Fe-Si-Cr系合金、Fe-Ni-Si-Co系合金、Fe系アモルファス合金、又はFe系ナノ結晶合金であることがより好ましい。Fe系アモルファス合金としては、たとえば、Fe-Si-B系、Fe-Si-B-Cr-C系等が挙げられる。Fe系ナノ結晶合金としては、たとえば、Fe-B系、Fe-Si-B-Cu系、Fe-Si-B-Cu-Cr系、Fe-Si-B-C-Cu系、Fe-Si-B-P-C-Cu系、Fe-Si-B-P-C-Cu-Sn系、Fe-Si-B-Nb系、Fe-Si-B-Nb-Cu系等が挙げられる。上記軟磁性金属は、透磁率を高くする観点から、Fe系アモルファス合金、又はFe系ナノ結晶合金が好ましく、Fe系アモルファス合金がより好ましい。またFe系アモルファス合金には、金属ガラスが含まれる。金属ガラスは、アモルファス合金のなかで、ガラス転移が明瞭に観察される組成を有するものである。上記軟磁性金属としては、1種を用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0017】
上記軟磁性金属粒子は、平均粒径が1μm以上30μm以下であることが好ましく、1μm以上20μm以下であることがより好ましく、1μm以上10μm以下であることが更に好ましい。平均粒径は、レーザー回折・散乱式粒子径・粒度分布測定装置で測定することができる。平均粒径を上記範囲とすることによって、成型性及び磁気特性の両方を優れたものとすることができる。また、平均粒径が上記範囲内にあり、かつ、平均粒径が異なる2種以上の軟磁性金属粉体を適宜混合して用いることもできる。平均粒径が異なる粉体を混合することで、小さい粒子が大きい粒子の空隙に入り、成型性をより向上させることができる。
【0018】
上記被覆層は、二硫化モリブデン、酸化モリブデン、窒化ホウ素、マイカ、タルク、パイロフィライト、及びカオリナイトからなる群より選択される少なくとも1種の化合物(以下「化合物(1)」とも記載する。)を含む。
上記被覆層は、1層の化合物(1)を含む層のみからなる単層であってもよいし、2層以上の化合物(1)を含む層からなる複層であってもよい。上記被覆層が複層である場合、層毎に化合物(1)の種類が異なっていてもよく、例えば、二硫化モリブデンからなる第1層と、窒化ホウ素からなる第2層とを含むものであってもよい。上記被覆層が複層である場合、被覆層の層数は特に限定されないが、例えば、10層以下であってもよく、3層以下であってもよい。また、上記被覆層は、2種以上の化合物(1)を含む混合層を含んでいてもよく、例えば、1層の化合物(1)を含む層の中に、二硫化モリブデンと酸化モリブデンの両方を含んでいてもよいし、二硫化モリブデンと酸化モリブデンと窒化ホウ素の3種を含んでいてもよい。
【0019】
被覆層は、各化合物に含まれる不純物を含んでいてもよい。特に、化合物がマイカ、タルク、パイロフィライト、又はカオリナイトのような鉱物である場合、鉱物には不純物が含まれていることがある。
マイカは、X4-620(OH,F)[ただしXはK,Na,Ca,Ba,Rb及びCsから1種以上、YはAl,Mg,Fe,Mn,Cr,Ti及びLiから1種以上、ZはAl,Fe及びTiから1種以上]で表される層状化合物である。
タルクは、MgSi10(OH)で表される層状化合物である。
パイロフィライトは、AlSi10(OH)で表される層状化合物である。
カオリナイトは、AlSi10(OH)で表される層状化合物である。
【0020】
上記化合物(1)は、二硫化モリブデン、酸化モリブデン、窒化ホウ素、マイカ、タルク、パイロフィライト、及びカオリナイトからなる群より選択される少なくとも1種である。上記化合物(1)は層状の化合物であるため、金型潤滑材として作用し、成型時に粒子の移動・再配列を促進して成型密度を向上させる。また、層状の化合物を含む層によって軟磁性金属粒子に加わる弾性歪みを低減でき、ヒステリシス損失の増加を抑制できる。従って、高密度で、透磁率の周波数特性に優れるとともに、圧粉磁心の抵抗を高めることができ、磁気損失が小さい圧粉磁心を形成することができる。上記化合物(1)は、成型時の潤滑性をより高め、得られる圧粉磁心の磁気損失をより低下できることから、六方晶系の層状結晶構造を有する化合物であることが好ましく、二硫化モリブデン、酸化モリブデン及び窒化ホウ素からなる群より選択される少なくとも1種であることがより好ましく、二硫化モリブデンが更に好ましい。
【0021】
上記被覆層は、上記化合物(1)のみからなる層であってもよいし、上記化合物(1)以外の物質を含む層であってもよいが、上記化合物(1)を50質量%以上含むことが好ましく、75質量%以上含むことがより好ましく、90質量%以上含むことが更に好ましく、95質量%以上含むことが更により好ましく、99質量%以上含むことが殊更に好ましく、実質的に上記化合物(1)のみからなることが特に好ましい。上記化合物(1)以外の物質としては、例えば、ポリイミド、ガラス(好ましくは、軟化点が300℃以上でガラス結晶化点が600℃以下のガラス)等が挙げられる。
【0022】
上記被覆層の平均厚みは特に限定されないが、成型時の潤滑性を高め、かつ、透磁率の周波数特性に優れ、損失が小さい圧粉磁心を得ることができる点から、平均厚みが1nm以上、200nm以下であることが好ましい。より好ましくは5nm以上であり、更に好ましくは10nm以上であり、また、より好ましくは100nm以下であり、更に好ましくは50nm以下であり、より更に好ましくは40nm以下であり、特に好ましくは30nm以下である。
軟磁性金属粉体の被覆層の平均厚みは、レーザー回折・散乱式粒子径・粒度分布測定装置にて軟磁性金属粉体の平均粒径を測定した後、該平均粒径よりも20%以上大きな粒径を有する被覆粒子を篩で除去し、選別後の被覆粒子の断面を観察するための試料を作製し、透過型電子顕微鏡又は走査型電子顕微鏡を用いて、上記で測定した平均粒径±20%の見かけの粒径を有する複数の被覆粒子の断面を観察し、被覆層の厚みを測定して平均することによって求められる。
【0023】
上記被覆粒子は、上記被覆層と軟磁性金属粒子表面とが直接接していてもよいし、上記被覆層の内側(軟磁性金属粒子側)に、上記被覆層以外の層を有していてもよいし、上記被覆層の外側(軟磁性金属粒子と逆側)に、上記被覆層以外の層を有していてもよい。成型時の潤滑性、及び、得られる圧粉磁心の成型密度を高めることができることから、最外層に上記被覆層を有することが好ましい。
【0024】
上記被覆粒子は、軟磁性金属粒子の外側に、リン原子を含有する層を含まないことが好ましい。上記被覆粒子がリン原子を含有する層を含まない具体的な形態としては、上記被覆粒子が、(1)上記軟磁性金属粒子、及び、リン原子を含まない上記被覆層のみからなる形態、(2)上記軟磁性金属粒子、リン原子を含まない上記被覆層、及び、1層以上の上記被覆層とは異なるリン原子を含有しない層(以下「リン原子非含有層」とも記載する)のみからなり、上記リン原子非含有層が上記被覆層の内側に存在する形態、(3)上記軟磁性金属粒子、リン原子を含まない上記被覆層、及び、1層以上の上記リン原子非含有層のみからなり、上記リン原子非含有層が上記被覆層の外側に存在する形態、(4)上記軟磁性金属粒子、リン原子を含まない上記被覆層、及び、1層以上の上記リン原子非含有層のみからなり、上記リン原子非含有層が上記被覆層の内側及び外側の両方に存在する形態、が挙げられる。
【0025】
上記被覆粒子の平均粒径は、1μm以上30μm以下であることが好ましく、1μm以上20μm以下であることがより好ましく、1μm以上10μm以下であることが更に好ましい。平均粒径は、レーザー回折・散乱式粒子径・粒度分布測定装置で測定することができる。平均粒径を上記範囲とすることによって、成型性及び磁気特性の両方を優れたものとすることができる。
【0026】
本発明の軟磁性金属粉体は、得られる圧粉磁心の透磁率を高くできることから、軟磁性金属粒子の割合が90質量%以上であることが好ましい。上記割合は、95質量%以上が好ましく、97質量%以上がより好ましく、また、粉体抵抗率を高くする観点から、99.9質量%以下が好ましく、99.5質量%以下がより好ましい。
本発明の軟磁性金属粉体は、粉体抵抗率を高くする観点から、化合物(1)の割合が0.1質量%以上であることが好ましく、0.5質量%以上であることがより好ましい。また、得られる圧粉磁心の透磁率を高くできることから、化合物(1)の割合は、10質量%以下であることが好ましく、5質量%以下であることがより好ましく、3質量%以下であることが更に好ましい。
【0027】
本発明の軟磁性金属粉体は、上記被覆層による軟磁性金属粒子の被覆率が95%以上であることが好ましく、98%以上であることがより好ましく、100%であることが更に好ましい。上記被覆率は、例えば(1)X線光電子分光法(XPS)により粉体表面の構成元素を分析し、被覆層構成元素の量と軟磁性金属粒子構成元素の量の比を計算したり、(2)エネルギー分散型X線分析(EDX)や波長分散型X線分析(WDX)により軟磁性金属粒子の表面の元素マッピング像を取得し、軟磁性金属粒子の輪郭内部で被覆層構成元素が検出されている面積と軟磁性金属粒子の面積の比を計算したり、(3)軟磁性金属粒子を樹脂包埋・研磨して粒子断面を透過型電子顕微鏡(TEM)観察するための試料を作製し、粒子断面のEDX像を取得し、被覆層構成元素の輪郭長と軟磁性金属粒子の輪郭長の比を計算することによって算出することができる。
【0028】
本発明の軟磁性金属粉体は、軟磁性金属粒子と上記化合物(1)とを容器に投入し、機械的衝撃エネルギーを加えながら混合する、より好ましくは衝撃、圧縮及びせん断のエネルギーを加えながら混合することで得ることができる。例えば、6MJ/kg以上のエネルギーを混合処理によって加えることで、本発明の軟磁性金属粉体を得ることができる。
上記のように機械的衝撃エネルギーを加えながら混合することができる被覆装置としては、図2に示すような被覆装置11が挙げられる。被覆装置11は、断面円筒状のチャンバ12を備え、このチャンバ12内で羽根13が矢印14で示すように回転するように構成されている。チャンバ12内に被処理物15(軟磁性金属粒子及び化合物(1))が投入され、その状態で、羽根13がたとえば4000~6000rpmの回転数をもって回転することによって、被処理物15が処理される。上記のような被覆装置としては、ホソカワミクロン(株)製の粉体処理装置(ノビルタ)等が挙げられる。また、機械的衝撃力を加えながら混合できる装置としては、遊星ボールミル等も挙げられる。
【0029】
本発明の軟磁性金属粉体は、圧粉磁心の体積抵抗率を高め、磁気損失を小さくできることから、室温(約25℃)、64MPa加圧時の粉体抵抗率が1.0×10Ω・cm以上であることが好ましい。上記粉体抵抗率は、より好ましくは、1.0×10Ω・cm以上であり、更に好ましくは、1.0×10Ω・cm以上である。本発明の軟磁性金属粉体は、化合物(1)を含む被覆層を有することによって、上記の粉体抵抗率を達成することができる。
【0030】
本発明の軟磁性金属粉体は、圧粉磁心の材料として好適に用いられる。
【0031】
本発明の圧粉磁心は、軟磁性金属粒子と、該軟磁性金属粒子同士の界面に存在する界面層と、を有し、該界面層は、二硫化モリブデン、酸化モリブデン、窒化ホウ素、マイカ、タルク、パイロフィライト、及びカオリナイトからなる群より選択される少なくとも1種の化合物(1)を含み、成型密度が85%以上である。本発明の圧粉磁心は、上記構成を有することによって、体積抵抗率が高い状態を維持でき、透磁率が周波数増加に対してほとんど減衰しない。また、磁場印加時の損失が小さい。本発明の圧粉磁心は、上述した本発明の軟磁性金属粉体を圧粉成型し、必要に応じて熱処理することによって得ることができる。圧粉条件は、従来公知の方法を採用できる。図3は、本発明の圧粉磁心の内部構造の一例を示す断面模式図である。図3に示すように、本発明の圧粉磁心は、軟磁性金属粒子1と、軟磁性金属粒子1同士の界面4に存在する界面層3とを有している。
【0032】
本発明の圧粉磁心は、成型密度が85%以上である。透磁率を高くできることから、上記成型密度は、90%以上が好ましく、93%以上がより好ましい。上述した本発明の軟磁性金属粉体を圧粉成型することによって、成型密度を上記範囲にすることができる。成型密度は高ければ高いほど好ましく上限値は限定されないが、例えば、100%であってよく、99%であってもよい。また、成型密度は89.40%以上、96.60%以下であってもよい。
本発明の圧粉磁心は、本発明の軟磁性金属粉体を材料として用いることによって、軟磁性金属粒子表面を被覆する化合物(1)が潤滑剤として作用し、高い成型密度を実現できる。例えば、二硫化モリブデン等の被覆層を形成しなくても、塑性変形・高密度化させるだけなら室温成型で1000MPaを超えるような高加圧力を印加することや、熱間成型により達成可能である。しかし、そのような場合には、高体積抵抗率を実現できない。上記の化合物(1)を含む層が400℃を超える高温と数百MPaの加圧力にも耐えられることで、熱間成型後の高体積抵抗率を維持でき、初透磁率の増加、周波数特性の劣化を抑制できる。
【0033】
上記界面層は、平均厚みが1nm以上300nm以下であることが好ましい。より好ましくは5nm以上であり、更に好ましくは10nm以上であり、また、より好ましくは200nm以下であり、更に好ましくは100nm以下であり、更により好ましくは50nm以下であり、殊更に好ましくは40nm以下であり、特に好ましくは30nm以下である。厚みを上記範囲とすることで、透磁率及び電気抵抗が高く、損失が小さい圧粉磁心を得ることができる。
なお、上記界面層の平均厚みは、二硫化モリブデン、酸化モリブデン、窒化ホウ素、マイカ、タルク、パイロフィライト、及びカオリナイトからなる群より選択される少なくとも1種の化合物(1)を含む層が2層以上積層されている場合には、その合計とする。
【0034】
本発明の圧粉磁心は、上記軟磁性金属粒子と上記界面層とが直接接していることが好ましい。上記軟磁性金属粒子と上記界面層とは少なくとも一部で直接接していればよく、上記軟磁性金属粒子と上記界面層とが直接接していない部分があってもよい。
【0035】
本発明の圧粉磁心は、上記化合物(1)による軟磁性金属粒子の被覆率が95%以上であることが好ましく、98%以上であることがより好ましく、100%であることが更に好ましい。上記被覆率は、EDX分析やWDX分析を用いて圧粉磁心の断面を観察して、軟磁性金属粒子構成元素や被覆層構成元素のマッピング像を取得し、被覆層の周長と金属粒子の輪郭部分の周長との比を計算することによって算出することができる。
【0036】
本発明の圧粉磁心は、軟磁性金属粒子の粒界に結着材を有することが好ましい。上記結着材を粒界に有することによって、圧粉磁心の機械強度が優れたものとなる。本明細書において、「軟磁性金属粒子の粒界」とは、互いに隣接する軟磁性金属粒子同士の境界であり、軟磁性金属粒子同士の界面、及び、軟磁性金属粒子間に存在する隙間を含む概念である。図3に示すように、圧粉磁心は、軟磁性金属粒子1と、軟磁性金属粒子1同士の界面4に存在する界面層3とを有しているが、軟磁性金属粒子1間には隙間5も存在する。結着材は上記界面に存在してもよいし、上記隙間に存在していてもよい。
【0037】
上記結着材としては、特に限定されず、例えば、ガラスであることが好ましく、Si-B系、Si-B-アルカリ金属系、Si-B-Zn系、V-Te系、Sn-P-Zn系、水ガラスなどの各種ガラス材料が挙げられる。
【0038】
上記結着材のガラスは、ビスマス、ホウ素、バナジウム、スズ、及び、亜鉛のうち少なくともいずれかを含むガラスであることが好ましい。ビスマス、ホウ素、バナジウム、スズ、及び、亜鉛の含有量は特に限定されず、結着材として使用されている公知のビスマスやホウ素等を含むガラスを用いることができる。
【0039】
上記結着材の含有量は、軟磁性金属粒子100質量部に対して、1質量部以上10質量部以下が好ましく、1質量部以上5質量部以下がより好ましい。
【0040】
本発明の圧粉磁心は、上記界面層と上記結着材とが直接接していることが好ましい。このような形態は、本開示の軟磁性金属粉体が、被覆層の外側に他の層を有していない、すなわち、上記被覆層が最外層である場合に成される形態である。
【0041】
本発明の圧粉磁心は、透磁率を高く、また損失を低くできることから、軟磁性金属粒子の占積率が80%以上であることが好ましく、85%以上であることがより好ましく、90%以上であることが更に好ましい。上述した本発明の軟磁性金属粉体を圧粉成型することによって、軟磁性金属粒子の占積率を上記範囲にすることができる。上記占積率の上限値は特に限定されないが、上記占積率は99%以下であってもよいし、98%以下であってもよい。
【0042】
本発明の圧粉磁心は、磁気損失をより低くできることから、体積抵抗率が20Ω・cm以上であることが好ましく、25Ω・cm以上であることがより好ましく、100Ω・cm以上が更に好ましく、500Ω・cm以上が特に好ましい。体積抵抗率は高い方がよく、上限値は限定されないが、例えば、上限値が1×10Ω・cmであってもよい。上述した本発明の軟磁性金属粉体を圧粉成型することによって、体積抵抗率を上記範囲にすることができる。
【0043】
本発明の圧粉磁心は、100kHz時の初透磁率が30以上であることが好ましい。より好ましくは40以上であり、更に好ましくは50以上である。上記初透磁率の上限は限定されないが、例えば、1000以下であってもよい。上述した本発明の軟磁性金属粉体を圧粉成型することによって、上記初透磁率を上記範囲にすることができる。
また、本発明の圧粉磁心は、100MHz時の初透磁率が30以上であることが好ましい。より好ましくは40以上であり、更に好ましくは50以上である。上記初透磁率の上限は限定されないが、例えば、1000以下であってもよい。上述した本発明の軟磁性金属粉体を圧粉成型することによって、上記初透磁率を上記範囲にすることができる。
【0044】
本発明の圧粉磁心は、(100MHz時の初透磁率/100kHz時の初透磁率)が0.1以上であることが好ましい。より好ましくは0.5以上であり、更に好ましくは0.8以上である。上記範囲であることにより、周波数特性に優れた圧粉磁心ということができる。
【0045】
本発明の圧粉磁心は、0.1T、50kHzの磁場印加時の損失が1000kW/m以下であることが好ましい。より好ましくは500kW/m以下であり、更に好ましくは400kW/m以下であり、特に好ましくは300kW/m以下である。上記損失は低ければ低いほど好ましく下限値は限定されないが、例えば、下限値が1W/mであってよく、1kW/mであってもよい。
【0046】
本発明の圧粉磁心は、上述した本発明の軟磁性金属粉体を圧粉成型し、必要に応じて熱処理することによって得ることができる。圧粉成型の条件は特に限定されず、軟磁性金属粒子や化合物(1)の種類によって適宜決定すればよい。
【0047】
本発明の圧粉磁心は、インダクタ、各種コイル、リアクトル、モーター、トランス、DC-DCコンバータ、AC-DCコンバータ等に使用できる。
【0048】
本発明のインダクタは、上述した本発明の圧粉磁心を備える。本発明のインダクタは、本発明の圧粉磁心、及び、該圧粉磁心の周囲に配置された巻線を備えることが好ましい。
【0049】
本発明のインダクタは、本発明の圧粉磁心を備えること以外は、従来公知のインダクタと同様の構成をとることができ、同様の製法により製造できる。本発明のインダクタは、従来公知の用途に使用できる。
【0050】
図4は、インダクタの一例を模式的に示す斜視図である。図4に示すインダクタ100は、本発明の圧粉磁心110と、圧粉磁心110に巻回される一次巻線120および二次巻線130とを備える。図4に示すインダクタ100では、環状のトロイダル形状を有する圧粉磁心110に、一次巻線120および二次巻線130がバイファイラ巻きされている。
【0051】
インダクタの構造は、図4に示すインダクタ100の構造に限定されない。例えば、環状のトロイダル形状を有する圧粉磁心に1本の巻線が巻回されてもよい。また、本発明の圧粉磁心と、上記圧粉磁心に埋め込まれた巻線とを備える構造などであってもよい。
本発明のインダクタは、圧粉磁心における軟磁性金属粒子の空間充填率が高いので、透磁率が高く、飽和磁束密度の高いコイルとなる。
【実施例
【0052】
以下、本発明の軟磁性金属粉体、圧粉磁心及びインダクタについてより具体的に開示した実施例を示す。なお、本発明は、これらの実施例に限定されるものではない。
【0053】
実施例及び比較例で評価は以下のようにして行った。
【0054】
[軟磁性金属粉体の被覆層の平均厚み]
レーザー回折・散乱式粒子径・粒度分布測定装置にて平均粒径を測定した後、該平均粒径よりも20%以上大きな粒径を有する被覆粒子を篩で除去する。つぎに選別後の被覆粒子の断面を観察するための試料を作製する。例えば粉体を樹脂包埋した後、機械研磨やイオンミリング、クロスセクションポリッシャー、集束イオンビーム(FIB)などを使用することができる。このとき、断面観察試料に現れる粒子の径(見かけの粒径)は、粒子が浅く削られた場合は粒子径よりも小さく、粒子がその中心付近を横切るように削られた場合は粒子径に近くなる。また観察される被覆層厚み(見かけの厚み)は、粒子が浅く削られた場合は真の厚みよりも厚く、粒子がその中心付近を横切るように削られた場合は真の厚みに近くなる。そして、透過型電子顕微鏡や走査型電子顕微鏡を用いて、上記で測定した平均粒径±20%以内の見かけの粒径を有する被覆粒子10個以上の断面を観察し、被覆層の厚みを測定して平均することによって求められる。
例えば、被覆粒子の平均粒径が5μmである場合、粒径が6μm以下の粒子を通す篩にかけ、篩を通して得られた粉体を用いて断面観察用試料を作製し、さらに見かけの粒径が4μm以上、6μm以下の粒子のみを測定すればよい。このようにして観察される被覆層の見かけの厚みは、真の被覆層厚みから+25%までの範囲に収まる。
【0055】
[軟磁性金属粉体の被覆層の狙い厚みに応じた被覆層素材添加量算出、および被覆層の厚み推定]
軟磁性金属粉体の比表面積SSAは、比重ρとd50を用いて
SSA=6/(ρ50
と計算できる。被覆層素材の比重をρ、狙い厚みをtとしたとき、添加すべき被覆層素材の添加率w(質量%)は
w=6tρ/ρ50×100
として計算する。
一方、何らかの被覆層が設けられた軟磁性金属粉体を入手したときに、その被覆層の厚みtを推定するためには、
t=w/(ρ×SSA×100)
として計算できる。ここで入手した軟磁性金属粉体のw、ρ、SSAを算出する方法は、まず軟磁性金属粉体から、軟磁性金属粒子を被覆していない被覆層素材を除去するために、粒子比重が大きい被覆済みの軟磁性金属粒子のみを抽出する。これは軟磁性金属粉体を磁場に晒したり、軟磁性金属粉体を液中に混合した上で遠心分離したり、粉体層に下から送風して流動状態を作り比重差を利用して分離すること、などにより抽出可能である。次に、軟磁性金属粒子と被覆層素材それぞれの組成分析を行う。組成分析には誘導結合プラズマ発光分光(ICP-AES)や誘導結合プラズマ質量分析(ICP-MS)、蛍光X線分析(XRF)などが使用できる。また、被覆層が結晶質である場合は、粉末X線回折(XRD)によって被覆層の組成を求めることも可能である。組成分析結果から軟磁性金属粒子、被覆層素材それぞれの比重ρ、ρ、および被覆層素材の添加率wを算出する。一方レーザー回折・散乱式粒子径・粒度分布測定装置にて平均粒径d50を測定して、d50とρの値から軟磁性金属粉体の比表面積SSAを算出することができる。
【0056】
[圧粉磁心の界面層の平均厚み]
圧粉磁心の断面観察用試料を以下の方法で作製する。圧粉磁心を切断、破断、あるいは破砕して得た破片を樹脂包埋・機械研磨することで作製する。あるいは破片の断面部分をイオンミリング、クロスセクションポリッシャー、集束イオンビーム(FIB)などの手法で研磨することで作製する。作製した断面観察用試料を走査型電子顕微鏡や透過型電子顕微鏡を用いて観察する。走査型電子顕微鏡を用いる場合は反射電子像を得ることで、軟磁性金属粒子部分と界面層部分を区別することができる。またWDX分析を用いて軟磁性金属粒子構成元素(例えばFe)と界面層構成元素(例えばMo)の分布をマッピングすることでも区別できる。透過型電子顕微鏡を用いる場合は、EDX分析を用いて軟磁性金属粒子構成元素と界面層構成元素の分布をマッピングすることでも区別できる。また軟磁性金属粒子と界面の被覆層の結晶構造(結晶か非晶質か、結晶の場合の結晶構造が異なるか)を利用して、高倍率観察時の格子像を観察することでも区別できる。例えば軟磁性金属粒子が非晶質で、被覆層が結晶質である場合、界面の厚みは格子縞が見られる領域の厚みとして得られる。これらの方法で界面層が分布する部分の厚みを複数点、例えば10点計測して、平均を計算することで界面層の平均厚みを算出することができる。ここで、界面の測定箇所は、観察して得られた像において、軟磁性金属粒子同士の距離が短い箇所から順に10点選択する。
【0057】
[室温(約25℃)、64MPa加圧時の粉体抵抗率(測定上限が10MΩcm)]
三菱化学アナリテック社製の粉体抵抗率測定ユニットMCP-PD51を用いて、64MPa加圧時の体積抵抗率として測定した。
【0058】
[粉体表面の元素組成]
アルバック・ファイ(株)製PHI-5000 VersaProbeを用いたXPS(X線光電子分光)分析により求めた。
【0059】
[圧粉磁心の成型密度]
圧粉磁の外形φoと内径φiをノギスで三点ずつ測定して平均値を計算した。マイクロメータを用いて磁の厚さtを四点測定して平均値を算出し、下記式を用いて圧粉磁の体積Vcを求めた。
【数1】
電子天秤で試料の重量mを測定し、軟磁性金属粉体と被覆材料(二硫化モリブデン等)と結着材との混合比率から各成分の重量割合及び重量を算出し、各成分の密度を用いて下記式で空隙率nを求めた。
【数2】
は軟磁性金属粉体の重量、mは被覆材料の重量、mは結着材の重量、ρは軟磁性金属粉体の密度、ρは被覆材料の密度、ρは結着材の密度である。
成型密度は、100-n(空隙率)として算出した。
【0060】
[圧粉磁心における軟磁性金属粒子の占積率]
成型密度の算出に用いたVとmとρを用いて、占積率={(m/ρ)}/Vとして求めた。
【0061】
[圧粉磁心の体積抵抗率]
圧粉磁心の上下面にインジウムガリウム(InGa)合金を塗布し、電極面を形成した。2本のケルビンクリップで圧粉磁心を挟み、デジタルマルチメータに接続した。デジタルマルチメータは、四端子法の抵抗測定が可能なものであれば特に制限されないし、デジタルマルチメータ以外では定電圧電源と抵抗計を組み合わせて使用しても良い。測定で得た抵抗値Rと、下記式:
【数3】
(式中、φは圧粉磁心の外径、φは圧粉磁心の内径)から算出した電極面積Sと、圧粉磁心の厚さtを用い、体積抵抗率ρは下記式:
ρ=R×(S/t)
として計算される。
【0062】
[100kHz時及び100MHz時の初透磁率、並びに、0.1T、50kHzの磁場印加時の損失]
圧粉磁心の初透磁率をキーサイト社製インピーダンスアナライザE4991Aおよび磁性材料テストフィクスチャ16454Aで測定した。
実施例及び比較例で得られた圧粉磁心の磁場損失を、岩通信機(株)製BHアナライザーSY8218を用いて測定した。なお、圧粉磁心に巻き付けた銅線の直径は0.26mmとした。また、励磁のための一次巻線と検出のための二次巻線の巻き数は30ターンで同一とし、バイファイラ巻きを施した。
【0063】
実施例1
軟磁性金属粉体(エプソンアトミックス(株)製、AW2-PF.8F、平均粒径5μm、比重7.1g/cm)と二硫化モリブデン(MoS)粉体((株)ダイゾー製、平均粒径0.45μm、比重5.08g/cm)を用意し、各粉体の比重と平均粒径を元に、MoS皮膜の狙い厚みが25nmになる質量比(MoS添加量2.0wt.%)で秤量した。秤量した粉体70g分を粉体処理装置(ホソカワミクロン(株)製、ノビルタミニ(NOB-MINI))に導入し、6000回転/分、30分の条件で軟磁性金属粉体をMoSで被覆する処理を行って被覆処理された軟磁性金属粉体を得た。上記条件において、粉体に加えられた総エネルギー量は約8MJ/kgであった。
【0064】
被覆処理された軟磁性金属粉体について、室温で64MPaの加圧力を加えたときの粉体抵抗率を測定した。結果を表1に示す。MoSを25nm狙いで被覆したときの加圧時の粉体抵抗率は445kΩcmだった。また、同じ粉体をXPS(X線光電子分光)分析により粒子表面の元素種・量を半定量分析した結果を表2に示す。XPS分析結果においてCとOは、粒子表面に吸着した大気中のCOからの寄与である。Fe量は検出下限以下であり、実態として、Mo及びSと、一部のOのみが粉体粒子表面から数nmの深さの範囲に分布していることを確認した。すなわち、軟磁性金属粒子表面はMoSの構造をとるMo硫化物およびMoOの構造をとるMo酸化物で被覆されており、その被覆率は100%、あるいは100%に限りなく近いといえる。さらに、同じ粉体を樹脂包埋・断面研磨したのちにFIB(収束イオンビーム)加工を行い、STEM(走査透過型電子顕微鏡)を用いて得られた断面の明視野像およびEDX(エネルギー分散型X線分析)による測定した構成元素のマッピング像を図5に示す。図5より、軟磁性金属粒子の表面は、MoSの構造をとるMo硫化物およびMoOの構造をとるMo酸化物からなる化合物膜で満遍なく覆われていることがわかる。被覆処理された軟磁性金属粉体の被覆層の平均厚みを計測したところ、28nmであった。
【0065】
上記のように、被覆処理された軟磁性金属粉体の加圧時の粉体抵抗率は445kΩcmで、被覆処理されていない軟磁性金属粉体では成し得ない高抵抗であった。これは図5のSTEM-EDX像や表2のXPS分析で示したように、軟磁性金属粒子表面をMoSが薄く、また満遍なく被覆することで、軟磁性金属粒子同士の導通を抑制していることに起因すると考えられる。加圧しても高抵抗を維持できるのは、MoSが結晶格子のa、b軸方向には強固な共有結合を有する一方でc軸方向には弱いファンデルワールス結合を有することから、外部から加圧や摩擦を受けたときに全体が割れることなくファンデルワールス結合を有する部分で滑る(層間滑りと呼ばれる)ことにより、皮膜の厚み方向全体が割れずに膜が残ることが理由である。
【0066】
実施例2~5
実施例1と同様の方法で、表1に示す狙い厚みになる分量でMoSを軟磁性金属粉体に混合して処理を行った(狙い厚み6、13、50、100nmの場合、MoS添加量は、それぞれ0.5wt.%、1.0wt.%、4.0wt.%、8.0wt.%である)。被覆処理された軟磁性金属粉体を用いて64MPa加圧時の粉体抵抗率を測定した。結果を表1に示す。
【0067】
また、実施例2、3、4、5で被覆処理された各軟磁性金属粉体の被覆層の平均厚みを計測したところ、それぞれの平均厚みは8.8nm、10.4nm、36.2nm、66.5nmであった。
【0068】
比較例1
MoS粉体による被覆処理を行っていない軟磁性金属粉体(エプソンアトミックス(株)製、AW2-PF.8F、平均粒径5μm)をそのまま使用し、64MPa加圧時の粉体抵抗率を測定した。結果を表1に示す。
【0069】
表1に示した粉体抵抗率の比較から、わずか6nmの皮膜が形成される程度の量のMoSを混合・処理した場合であっても、軟磁性金属粉体の粉体抵抗率を著しく向上させることが可能であることがわかった。
【0070】
【表1】
【0071】
【表2】
【0072】
実施例6
実施例1で作製した被覆処理された軟磁性金属粉体に対して、熱間成型における結着材となるガラス粉末(AGC(株)製、ASF1096(Bi、Bを含むガラス))を被覆処理された軟磁性金属粉体:結着材が98:2の重量比になるように秤量し、さらにアクリル系バインダーとトルエンと同時に混練・造粒した。得られた造粒粉体を超硬製金型に導入し、加圧焼成炉に設置し、N雰囲気下、650MPaの加圧力を加えながら445℃で加熱してリング状の圧粉磁心を形成した。昇温速度は25℃/分、保持時間は2分30秒に設定した。降温は自然冷却で、除圧は降温開始から1分後に行った。この熱間成型において、アクリル系バインダーは揮発するので、磁心の結着に作用しない。さらに、成型時に加わった歪みを除去するため、圧粉磁心を箱型電気炉内に設置し、大気雰囲気下、435℃で1時間熱処理を行った。圧粉磁心に銅線を巻き付けてインダクタを形成した。
【0073】
MoS皮膜の狙い厚み、圧粉磁心の成型密度(100-空隙率)、軟磁性金属粒子の占積率、体積抵抗率、100kHzおよび100MHzにおける圧粉磁心の初透磁率、0.1T・50kHzの磁場印加時の損失を表3に示す。圧粉磁心の成型密度は94.60%と高く、軟磁性金属粒子の占積率も90%を超過した。体積抵抗率は975Ω・cmであり、高い状態を維持できることを確認した。また、100kHzおよび100MHzにおける初透磁率はそれぞれ62と60で、周波数増加に対してほとんど減衰しなかった。0.1T、50kHzの磁場印加時の損失は144.3kW/mであり小さかった。圧粉磁心の断面SEM(走査型電子顕微鏡)像およびWDX(波長分散型X線分析)による元素マッピング像を図6に示す。圧粉磁心における界面層の平均厚みは83nmであった。この平均厚みは材料である被覆層形成済み軟磁性金属粒子の被覆層平均厚み28nmよりも厚いが、これは互いに隣り合う2個の粒子の被覆層が合わさっていること、また金属粒子の中心が現れるように研磨されていないので被膜が厚く見えることによる。
【0074】
成型密度が高いのは加熱・加圧を同時に行う成型により軟磁性金属粉体の塑性変形を促進していること、さらに軟磁性金属粉体表面を層状化合物(二硫化モリブデン)で被覆して、内部潤滑剤として作用させていることに起因する。図6に示すように軟磁性金属粉体同士の粒界に二硫化モリブデンの層が隙間なく分布していることから、金属粒子同士が導通していない。このため、初透磁率の増加や周波数特性の劣化を抑制できているほか、144.3kW/mと低い損失を達成できている。
また、ガラス成分のBiは金属粒子同士の粒界を膜状に分布しているのではなく、金属粒子のない隙間部分に分布している。すなわち本実施例では、金属粒子を膜状に被覆しているのはMoSのみであることがわかる。
なお、上記の実施例では圧粉磁心を熱間成型で作製した後に銅線を巻き付けてインダクタとしたが、金型内に磁性粉体と銅線部分の両方を投入した後に熱間成型を行うことで、銅線の周囲全体を軟磁性粒子の成型体で囲んだインダクタ内蔵素子を形成することも可能である。また、上記の実施例ではリング状の圧粉磁心を形成・評価したが、銅線をバネ状に巻いたインダクタの内部に差し込む棒磁石形状のコアを形成することも可能である。
さらに、上記の実施例ではMoSを被覆した金属粒子を造粒し、金型内に投入して熱間成型を行ったが、MoS被覆金属粒子をバインダーおよび有機溶媒と混合後シート状に成型し、打ち抜き、積層した後に加熱環境で圧縮成型することで圧粉磁心を形成することも可能である。
【0075】
実施例7~10
実施例2~5で作製した被覆処理された軟磁性金属粉体を用いて、実施例6と同様の方法で圧粉磁心を作製した。各実施例におけるMoS皮膜の狙い厚み、圧粉磁心の成型密度(100-空隙率)、軟磁性金属粒子の占積率、体積抵抗率、100kHzおよび100MHzにおける圧粉磁心の初透磁率、0.1T・50kHzの磁場印加時の損失を表3に示す。
【0076】
比較例2
比較例1で使用した粉体を用いて、実施例6と同様の方法で圧粉磁心を作製した。MoS皮膜の狙い厚み、圧粉磁心の成型密度(100-空隙率)、軟磁性金属粒子の占積率、体積抵抗率、100kHzおよび100MHzにおける圧粉磁心の初透磁率、0.1T・50kHzの磁場印加時の損失を表3に示す。
【0077】
表3に示すように、圧粉磁心の成型密度はMoS皮膜の狙い厚みが厚い実施例9、10の方が大きく、一方軟磁性金属粒子の占積率は狙い厚みが薄い実施例6~8の方が大きい傾向にある。これは、MoS皮膜が厚い実施例の方が潤滑性が良いので成型密度が向上しやすいが、磁心内部を占めるMoS量も相対的に増加するので軟磁性金属粒子の占積率は低くなるためである。MoS皮膜が薄い実施例では成型密度は向上しにくいが、MoS量が少ないので軟磁性金属粒子の占積率は高くなる。体積抵抗率は、粉体について述べた実施例1~5と同様に、僅か6nm狙いの量であってもMoSで被覆した軟磁性金属粉体を使用すると、数十~数千Ω・cmと高い体積抵抗率を実現できる。この効果により、損失も200kW/m前後に低減できている。一方MoS被覆していない軟磁性金属粉体を使用した圧粉磁心(比較例2)ではショートして電気抵抗を測定できなかった。また、損失も1689kW/mと著しく増加した。
【0078】
【表3】
【0079】
実施例11及び12
実施例1と同様の方法で、表4に示す添加剤を狙い厚み50nmになる分量で軟磁性金属粉体に混合して処理を行った。タルクはシグマ-アルドリッチ製(平均粒径10μm)で、2.2wt.%添加した。マイカは(株)ヤマグチマイカ製(平均粒径5μm)で、2.4wt.%添加した。
【0080】
【表4】
【0081】
表4から、タルクとマイカを添加した場合、MoSと同様に得られる被覆処理された軟磁性金属粉体の電気抵抗を著しく向上させることが可能であることがわかる。
【0082】
タルク及びマイカ、並びに、上記実施例では使用していないがパイロフィライト、カオリナイトは、c軸に垂直な面方向にケイ酸塩(SiO)などから成る構造が共有結合やイオン結合と行った強固な結合により連なった層で構成され、このような層同士が弱いファンデルワールス結合で重なった構造を有する。このためMoSと同様に耐熱性・絶縁性の固体潤滑剤として使用可能である。
【0083】
実施例13
実施例1と同様の方法で、窒化ホウ素(BN)を狙い厚み50nmになる分量(1.8wt.%)で軟磁性金属粉体に混合して処理を行った。窒化ホウ素(BN)は(株)高純度化学研究所製(平均粒径10μm)である。得られた粉体を用いて、実施例6と同様の方法で圧粉磁心を作製した。各実施例における添加剤の種類と0.1T、50kHzの磁場印加時の損失を表5に示す。
【0084】
実施例14及び15
実施例11及び12で作製した粉体を用いて、実施例6と同様の方法で圧粉磁心を作製した。各実施例における添加剤の種類と0.1T、50kHzの磁場印加時の損失を表5に示す。
【0085】
【表5】
【0086】
表5に示すように、実施例13~15の損失は比較例2(MoSなど高抵抗素材を添加せずに作製した磁心)の損失と比較して低く抑えることができていることがわかる。
【符号の説明】
【0087】
1 軟磁性金属粒子
2 被覆層
3 界面層
4 界面
5 隙間
6 粒界
11 被覆装置
12 チャンバ
13 羽根
14 矢印
15 被処理物
100 インダクタ(磁気応用部品)
110 圧粉磁心
120 一次巻線
130 二次巻線

図1
図2
図3
図4
図5
図6