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特許7420238MIMO処理装置、信号受信装置、信号伝送システム、及びフィルタ係数更新方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-15
(45)【発行日】2024-01-23
(54)【発明の名称】MIMO処理装置、信号受信装置、信号伝送システム、及びフィルタ係数更新方法
(51)【国際特許分類】
   H04L 27/01 20060101AFI20240116BHJP
   H04B 10/61 20130101ALI20240116BHJP
   H04J 14/00 20060101ALI20240116BHJP
   H04B 7/0413 20170101ALI20240116BHJP
【FI】
H04L27/01
H04B10/61
H04J14/00
H04B7/0413 200
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2022523752
(86)(22)【出願日】2020-05-18
(86)【国際出願番号】 JP2020019625
(87)【国際公開番号】W WO2021234771
(87)【国際公開日】2021-11-25
【審査請求日】2022-10-28
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度 総務省「新たな社会インフラを担う革新的光ネットワーク技術の研究開発(課題II)」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000004237
【氏名又は名称】日本電気株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100103894
【弁理士】
【氏名又は名称】家入 健
(72)【発明者】
【氏名】有川 学
【審査官】吉江 一明
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-211706(JP,A)
【文献】国際公開第2015/052895(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H04L 27/01
H04B 10/61
H04J 14/00
H04B 7/0413
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
適応制御される係数を有する複数のフィルタを含み、クロストークを含む複数の信号の間のクロストークを補償するMIMO(Multi-Input Multi-Output)フィルタと、
前記MIMOフィルタの出力の関数である損失関数の前記係数に関する勾配を算出する勾配算出手段と、
前記勾配の大きさを検出する大きさ検出手段と、
前記検出された勾配の大きさに基づいて前記係数の適応制御で使用されるステップサイズを調整するステップサイズ調整手段と、
前記ステップサイズ調整手段で調整されたステップサイズを用いて、前記係数の更新量を算出する更新量算出手段と、
前記更新量算出手段で算出された更新量を用いて、前記フィルタの係数を更新する係数更新手段とを備えるMIMO処理装置。
【請求項2】
前記大きさ検出手段は、前記勾配の大きさの時間的な平均を、前記勾配の大きさとして検出する請求項1に記載のMIMO処理装置。
【請求項3】
前記ステップサイズ調整手段は、前記検出された勾配の大きさが大きくなるに連れて前記ステップサイズが小さくなるように前記ステップサイズを調整する請求項1又は2に記載のMIMO処理装置。
【請求項4】
前記ステップサイズ調整手段は、前記検出された勾配の大きさに基づいて調整率を決定し、該決定した調整率に所定のステップサイズの固定値を乗算した値を前記調整されたステップサイズとする請求項1から3何れか1項に記載のMIMO処理装置。
【請求項5】
前記ステップサイズ調整手段は、前記検出された勾配の大きさの逆数の大きさに応じて前記調整率を決定する請求項4に記載のMIMO処理装置。
【請求項6】
前記更新量算出手段は、前記損失関数の係数に関する勾配に、前記調整されたステップサイズを乗算した値を、前記係数の更新量として算出する請求項1から何れか1項に記載のMIMO処理装置。
【請求項7】
前記係数が所定の状態に収束したか否かを判定する収束判定手段を更に有し、
前記更新量算出手段は、初期状態から前記収束判定手段が前記係数が前記所定の状態に収束したと判定するまでの間、前記調整されたステップサイズを用いて、前記係数の更新量を算出し、前記収束判定手段が前記係数が前記所定の状態に収束したと判定した後は、固定のステップサイズを用いて前記係数の更新量を算出する請求項1から何れか1項に記載のMIMO処理装置。
【請求項8】
クロストークを含む複数の信号を受信する受信手段と、
前記複数の信号を分離して復調する復調器と、
前記復調された複数の信号から送信データを復号する復号器とを備え、
前記復調器は、
適応制御される係数を有する複数のフィルタを含み、前記複数の信号の間のクロストークを補償するMIMO(Multi-Input Multi-Output)フィルタと、
前記MIMOフィルタの出力の関数である損失関数の前記係数に関する勾配を算出する勾配算出手段と、
前記勾配の大きさを検出する大きさ検出手段と、
前記検出された勾配の大きさに基づいて前記係数の適応制御で使用されるステップサイズを調整するステップサイズ調整手段と、
前記ステップサイズ調整手段で調整されたステップサイズを用いて、前記係数の更新量を算出する更新量算出手段と、
前記更新量算出手段で算出された更新量を用いて、前記フィルタの係数を更新する係数更新手段とを有する、信号受信装置。
【請求項9】
複数の信号を多重化し、伝送路に送出する信号送信装置と、
前記伝送路を介して複数の信号を受信する信号受信装置とを備え、
前記信号受信装置は、
前記複数の信号を受信する受信手段と、
前記複数の信号を分離して復調する復調器と、
前記復調された複数の信号から送信データを復号する復号器とを備え、
前記復調器は、
適応制御される係数を有する複数のフィルタを含み、前記信号送信装置から前記信号受信装置の間において複数の信号の間に生じたクロストークを補償するMIMO(Multi-Input Multi-Output)フィルタと、
前記MIMOフィルタの出力の関数である損失関数の前記係数に関する勾配を算出する勾配算出手段と、
前記勾配の大きさを検出する大きさ検出手段と、
前記検出された勾配の大きさに基づいて前記係数の適応制御で使用されるステップサイズを調整するステップサイズ調整手段と、
前記ステップサイズ調整手段で調整されたステップサイズを用いて、前記係数の更新量を算出する更新量算出手段と、
前記更新量算出手段で算出された更新量を用いて、前記フィルタの係数を更新する係数更新手段とを有する、信号伝送システム。
【請求項10】
適応制御される係数を有する複数のフィルタを含み、クロストークを含む複数の信号の間のクロストークを補償するMIMO(Multi-Input Multi-Output)フィルタの出力の関数である損失関数の前記係数に関する勾配を算出し、
前記勾配の大きさを検出し、
前記検出された勾配の大きさに基づいて前記係数の適応制御で使用されるステップサイズを調整し、
前記調整されたステップサイズを用いて、前記係数の更新量を算出し、
前記算出された更新量を用いて、前記フィルタの係数を更新するMIMOフィルタ係数更新方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、MIMO処理装置、信号受信装置、信号伝送システム、及びフィルタ係数更新方法に関する。
【背景技術】
【0002】
光ファイバ通信では、これまで、時間多重、波長多重、及び偏波多重といった、各種の物理的自由度を活用した多重化技術の導入により、大容量化が進められてきた。近年では、さらなる大容量化のために、空間の自由度を活用して信号を多重する空間多重伝送技術の検討が行われている。
【0003】
一般的な光ファイバ通信では、一つのクラッド中に一つの伝搬モードを有する一つのコアを持つ単一コアシングルモードファイバが、伝送媒体として使用される。これに対し、空間多重伝送技術では、一つのクラッド中に複数コアを持つマルチコアファイバや、各コアが複数の伝搬モードを有するマルチモードファイバなどの空間多重伝送用の伝送媒体が使用される。そのような伝送媒体が使用される場合、一本のファイバ中の伝搬チャネル数は、コア数、又はモード数分だけ増加し、ファイバ当たりの伝送容量を増大できる。
【0004】
上記空間多重伝送用の伝送媒体では、高い空間利用効率が望まれる。例えば、マルチコアファイバにおいて、コア間距離を小さくし、同じクラッド径でより多くのコアを配置することで、ファイバ当たりの伝送容量を増大できる。特に、コア間にクロストークが強く生じるほどにコア間距離を近づけたマルチコアファイバは、結合型マルチコアファイバと呼ばれる。しかしながら、コア間にクロストークが生じた場合、複数の伝搬チャネルを伝搬する信号間で混合が生じる。このため、個別に伝搬チャネルごとに信号を受信した場合、受信信号品質が低下する。
【0005】
伝搬チャネル間のクロストークを補償し、それぞれの信号を分離する技術の一つとして、デジタル領域での多入力多出力(MIMO:Multi-Input Multi-Output)処理が知られている。光ファイバ通信において、通常、MIMO処理は、コヒーレント受信された複数の信号に対して行われる。例えば、結合型3コアファイバを用いて偏波多重信号が空間多重される場合、受信装置は、各コアを伝搬された信号に対して、6入力6出力(6×6)のMIMO処理を実施する。偏波多重信号の偏波分離を行う偏波分離処理も、2×2のMIMO処理とみなすことができる。
【0006】
関連技術として、特許文献1は、互いに近接する異なる経路を伝送してきた複数の光信号を受信する光受信装置を開示する。例えば、信号伝送にNコアの結合型マルチコアファイバが用いられ、各コアにおいて偏波多重化された信号が伝送される場合、信号の多重数は2Nとなる。光受信装置において、MIMO処理部は、空間多重、及び偏波多重された信号間のクロストークを補償し、各信号を分離する。MIMO処理部は、2N個の信号間のクロストークを補償するための2N×2Nの行列型のフィルタ(MIMOフィルタ)を有する。MIMOフィルタは、結合型マルチコアファイバ伝送において生じる偏波モード分散やコア間の伝搬遅延差などの時間広がりを持つ効果を補償する。各フィルタは、有限インパルス応答(FIR:Finite impulse response)フィルタや、周波数領域フィルタなどのフィルタとして構成される。例えば、各フィルタにFIRフィルタが用いられる場合、そのタップ数をMとすれば、MIMOフィルタは全体として2N×2N×M個の係数を持つ。
【0007】
図16は、MIMOフィルタの構成例を示す。図16では、コア数N=2であり、信号の多重数が2N=4の場合におけるMIMOフィルタの構成例が示されている。図16に示されるように、MIMOフィルタ500は、4×4の行列状に配置されたFIRフィルタ510を有する。係数更新部520は、FIRフィルタ510の係数を更新する。なお、図16には図面簡略化のため係数更新部520が1つだけ図示されているが、係数更新部520は、各FIRフィルタ510に対応して配置される。
【0008】
MIMOフィルタ500の入力をx(j=1,...,2N)とし、出力をy(i=1,...,2N)とする。また、xとyに対応するFIRフィルタ510の係数(係数ベクトル)をHijとする。各FIRフィルタ510のタップ数をMとした場合、各FIRフィルタ510の係数Hijは、下記式で表される。
ij=(hij[0],hij[1], ... ,hij[M-1])
上記式において、「」は転置を表す。あるシンボル時刻に相当する整数kに対し、MIMOフィルタの入力(入力ベクトル)をX[k]=(x[k],x[k-1],...,x[k-M+1])とすると、MIMOフィルタの出力y[k]は、下記式で表される。
上記式において、「」(ダガー)は、エルミート共役を表す。
【0009】
MIMOフィルタ500において、X[k]に対して伝送路で生じたクロストークなどの特性の逆特性を演算することにより、クロストークが生じる前の信号を分離することができる。伝送路の状態は、環境温度や光ファイバに加わる力の状態に応じて変化する。係数更新部520は、FIRフィルタ510の係数を、伝送路の状態に追従して適応的に更新する。適応的な係数更新のアルゴリズムとして、CMA(Constant modulus algorithm)や、DDLMS(Decision directed least mean square)などのアルゴリズムが知られている。
【0010】
図17は、係数更新部520における係数更新量の算出を示す。ここでは、係数更新部520は、MIMOフィルタの係数更新をCMAによって行うものとする。CMAによるフィルタ係数更新は、下記式で表される。
ij→Hij+με[k]y[k]X [k]
上記式において、「」は複素共役を表す。μは、ステップサイズと呼ばれる、1ステップごとの係数更新の大きさを決めるパラメータである。ε[k]は、rを振幅として、下記式で表される。
ε[k]=r-|y[k]|
【0011】
別の関連技術として、特許文献2は、適応アレイ装置を開示する。特許文献2に記載の適応アレイ装置は、複数の信号源の中から、ある特定の信号源のみを目標信号源として受信するための適応フィルタを有する。適応アレイ装置は、目標信号源に対する感度が他の信号源に対する感度より高いビームフォーマの出力信号振幅に関する第1の指標を生成する。また、適応アレイ装置は、目標信号源に対する感度が他の信号源に対する感度より低いビームフォーマの出力信号振幅に関する第2の指標を生成する。適応アレイ装置は、第1の指標と第2の指標とを用いて、適応フィルタにおける適応アルゴリズムのステップサイズを決定する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【文献】国際公開第2015/052895号
【文献】特開平11-052988号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
前述のように、MIMOフィルタは全体として、2N×2N×M個の係数を持つ。MIMOフィルタの適応係数制御では、各フィルタ係数を、初期状態から更新していき、伝送路の逆特性となる所望の状態に収束させる必要がある。しかしながら、空間多重数が大きい場合はNが大きくなり、また、長距離伝送の場合には必要とされるMが大きくなり、MIMOフィルタにおける係数の数は膨大となる。その場合、膨大な数の係数を更新する必要があるため、係数の収束までに長い時間を要する。一般に、フィルタ係数更新において、ステップサイズを大きな値に設定することで、収束速度を上げることができる。しかしながら、ステップサイズが大きな値に設定される場合、適応制御の安定性が低下する。
【0014】
特許文献2に記載の適応アレイ装置は、2つのビームフォーマの出力信号振幅に関する指標を用いて、ステップサイズを決定する。しかしながら、特許文献2は、息づき雑音を小さくし、出力信号の品質を高くしたままで、妨害信号源の移動に高速追従させることのできる適応アレイ装置を提供することを目的としている。特許文献2では、ステップサイズの決定に、適応フィルタへの入力が用いられている。仮に特許文献2に記載のステップサイズの決定をMIMOフィルタの係数の適応制御に適用したとしても、係数を初期状態から所望の状態への収束させるまでに要する時間を短縮することはできない。
【0015】
本開示は、上記事情に鑑み、適応MIMO信号処理において、係数を初期状態から所望の状態への収束させるまでに要する時間を短縮することができるMIMO処理装置、信号受信装置、信号伝送システム、及びフィルタ係数更新方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記目的を達成するために、本開示は、適応制御される係数を有する複数のフィルタを含み、クロストークを含む複数の信号の間のクロストークを補償するMIMOフィルタと、前記MIMOフィルタの出力の関数である損失関数の前記係数に関する勾配を算出する勾配算出手段と、前記勾配の大きさを検出する大きさ検出手段と、前記検出された勾配の大きさに基づいて前記係数の適応制御で使用されるステップサイズを調整するステップサイズ調整手段と、前記ステップサイズ調整手段で調整されたステップサイズを用いて、前記係数の更新量を算出する更新量算出手段と、前記更新量算出手段で算出された更新量を用いて、前記フィルタの係数を更新する係数更新手段とを備えるMIMO処理装置を提供する。
【0017】
本開示は、クロストークを含む複数の信号を受信する受信手段と、前記複数の信号を分離して復調する復調器と、前記復調された複数の信号から送信データを復号する復号器とを備える信号受信装置を提供する。信号受信装置において、前記復調器は、適応制御される係数を有する複数のフィルタを含み、前記複数の信号の間のクロストークを補償するMIMOフィルタと、前記MIMOフィルタの出力の関数である損失関数の前記係数に関する勾配を算出する勾配算出手段と、前記勾配の大きさを検出する大きさ検出手段と、前記検出された勾配の大きさに基づいて前記係数の適応制御で使用されるステップサイズを調整するステップサイズ調整手段と、前記ステップサイズ調整手段で調整されたステップサイズを用いて、前記係数の更新量を算出する更新量算出手段と、前記更新量算出手段で算出された更新量を用いて、前記フィルタの係数を更新する係数更新手段とを有する。
【0018】
本開示は、複数の信号を多重化し、伝送路に送出する信号送信装置と、前記伝送路を介して複数の信号を受信する信号受信装置とを備える信号伝送システムを提供する。信号伝送システムにおいて、前記信号受信装置は、前記複数の信号を受信する受信手段と、前記複数の信号を分離して復調する復調器と、前記復調された複数の信号から送信データを復号する復号器とを備える。信号受信装置において、前記復調器は、適応制御される係数を有する複数のフィルタを含み、前記信号送信装置から前記信号受信装置の間において複数の信号の間に生じたクロストークを補償するMIMOフィルタと、前記MIMOフィルタの出力の関数である損失関数の前記係数に関する勾配を算出する勾配算出手段と、前記勾配の大きさを検出する大きさ検出手段と、前記検出された勾配の大きさに基づいて前記係数の適応制御で使用されるステップサイズを調整するステップサイズ調整手段と、前記ステップサイズ調整手段で調整されたステップサイズを用いて、前記係数の更新量を算出する更新量算出手段と、前記更新量算出手段で算出された更新量を用いて、前記フィルタの係数を更新する係数更新手段とを有する。
【0019】
本開示は、適応制御される係数を有する複数のフィルタを含み、クロストークを含む複数の信号の間のクロストークを補償するMIMO(Multi-Input Multi-Output)フィルタの出力の関数である損失関数の前記係数に関する勾配を算出し、前記勾配の大きさを検出し、前記検出された勾配の大きさに基づいて前記係数の適応制御で使用されるステップサイズを調整し、前記調整されたステップサイズを用いて、前記係数の更新量を算出し、前記算出された更新量を用いて、前記フィルタの係数を更新するMIMOフィルタ係数更新方法を提供する。
【発明の効果】
【0020】
本開示に係るMIMO処理装置、信号受信装置、信号伝送システム、及びフィルタ係数更新方法は、適応MIMO信号処理において、係数を初期状態から所望の状態への収束させるまでに要する時間を短縮することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】本開示に係るMIMO処理装置を概略的に示すブロック図。
図2】本開示の一実施形態に係る信号伝送システムを示すブロック図。
図3】光送信機の構成例を示すブロック図。
図4】光伝送路の構成例を示すブロック図。
図5】光ファイバの断面を示す断面図。
図6】光受信機の構成例を示すブロック図。
図7】復調部の構成例を示すブロック図。
図8】MIMO処理部の構成例を示すブロック図。
図9】更新量算出部の構成例を示すブロック図。
図10】更新量算出部における係数更新量の計算の一例を示すブロック図。
図11】更新量算出部における係数更新量の計算の別の例を示すブロック図。
図12】MIMO処理部における動作手順を示すフローチャート。
図13】損失の時間変化を示すグラフ。
図14】損失の時間変化を示すグラフ。
図15】損失の時間変化を示すグラフ。
図16】MIMOフィルタの構成例を示すブロック図。
図17】係数更新部における係数更新量算出を示すブロック図。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本開示の実施の形態の説明に先立って、本開示の概要を説明する。図1は、本開示に係るMIMO処理装置を概略的に示す。MIMO処理装置10は、MIMOフィルタ11、勾配算出手段12、大きさ検出手段13、ステップサイズ調整手段14、更新量算出手段15、及び係数更新手段16を有する。
【0023】
MIMOフィルタ11は、適応制御される係数を有する複数のフィルタを含む。MIMOフィルタ11は、クロストークを含む複数の信号の間のクロストークを補償する。勾配算出手段12は、MIMOフィルタ11の出力の関数である損失関数の係数に関する勾配を算出する。大きさ検出手段13は、損失関数の係数に関する勾配の大きさを検出する。
【0024】
ステップサイズ調整手段14は、検出された勾配の大きさに基づいて、フィルタの係数の適応制御で使用されるステップサイズを調整する。更新量算出手段15は、ステップサイズ調整手段14で調整されたステップサイズを用いて、フィルタの係数の更新量を算出する。係数更新手段16は、更新量算出手段15で算出された更新量を用いて、MIMOフィルタの係数を更新する。
【0025】
本開示では、係数更新手段16は、損失関数の係数に関する勾配の大きさに基づいて調整されたステップサイズを用いて計算された係数更新量でMIMOフィルタ11の係数を更新する。損失関数の係数に関する勾配の大きさが小さい場合、係数が鞍点や局所最適値の付近に留まり、係数が所望の状態に収束するまでに要する時間が長くなり得る。本開示は、勾配の大きさに応じて適切にステップサイズを調整することで、係数が鞍点や局所最適値に留まることを回避することができる。このため、本開示は、MIMOフィルタ11の係数の適応制御において、係数が初期状態から所望の状態に収束するまでに要する時間を短縮することができる。
【0026】
以下、本開示の実施の形態を詳細に説明する。図2は、本開示の一実施形態に係る信号伝送システムを示す。本実施形態において、信号伝送システムは、光ファイバ通信システム100として構成される。光ファイバ通信システム100は、光送信機(光送信装置)110、光伝送路(伝送路)130、及び光受信機(光受信装置)150を有する。光ファイバ通信システム100は、例えば光海底ケーブルシステムを構成する。
【0027】
光送信機110は、複数の送信データを、空間多重、及び/又は偏波多重される複数の光信号に変換する。光送信機110は、例えば4つの送信データを2つの偏波多重光信号に変換する。光送信機110は、変換された2つの偏波多重光信号を光伝送路130に送出する。光伝送路130では、2つの偏波多重光信号は空間多重される。光伝送路130は、例えば結合型2コアファイバを含む。光伝送路130は、光送信機110から送出された2つの偏波多重光信号を光受信機150まで伝送する。光受信機150は、光伝送路130を介して受信した複数の光信号から、複数の送信データを復元する。光受信機150は、例えば2つの偏波多重光信号から、4つの送信データを復元する。
【0028】
図3は、光送信機110の構成例を示す。光送信機110は、符号化部111、予等化部112a及び112b、DAC(Digital analog converter)113a及び113b、光変調器114a及び114b、並びにLD(Laser diode)115を有する。符号化部111は、データを符号化する。符号化部111は、光伝送路130(図2を参照)に使用される結合型2コアファイバの各コアについて、X、Y偏波のin-phase(I)成分、及びquadrature(Q)成分の4系列の信号を出力する。
【0029】
予等化部112a及び112bは、それぞれ、符号化された4系列の信号に対し、光送信機内のデバイスの歪みなどをあらかじめ補償する予等化を実施する。DAC113a及び113bは、それぞれ、予等化が実施された4系列の信号を電気信号に変換する。
【0030】
LD115は、CW(Continuous wave)光を出力する。光変調器114a及び114bは、それぞれ、LD115から出力されたCW光を、DAC113a及び113bから出力される4系列の信号に応じて変調し、偏波多重された光信号を生成する。光変調器114a及び114bは、例えば偏波多重QPSK(Quadrature Phase shift Keying)信号を生成する。光変調器114aは、結合型2コアファイバの一方のコア(コア1)に偏波多重された光信号を送出する。光変調器114bは、結合型2コアファイバの他方のコア(コア2)に偏波多重された光信号を送出する。
【0031】
図4は、光伝送路130の構成例を示す。光伝送路130は、ファンアウト131及び134、光ファイバ132、並びに光増幅器133を有する。光ファイバ132は、例えば結合型2コアファイバとして構成される。図5は、光ファイバ132の断面を示す。光ファイバ132は、1つのクラッドの中に、2つのコア141及び142を有する。コア141及び142は、それぞれ、例えば偏波多重QPSK信号を導波する。
【0032】
ファンアウト131は、複数の光信号を、光ファイバ132の各コアへ導波する。光増幅器133は、各コアに導波される光信号を増幅する。光増幅器は133、例えば、複数のコアを有する、エルビウム添加ファイバ増幅器(EDFA:erbium doped fiber amplifier)として構成される。光増幅器133は、ファンアウトと通常の単一コアEDFAとを含む構成であってもよい。ファンアウト134は、光ファイバ132の各コアを導波された光信号を、光受信機150(図2を参照)に出力する。
【0033】
図6は、光受信機150の構成例を示す。光受信機150は、LD151、コヒーレント受信機152a及び152b、ADC(Analog digital converter)153a及び153b、復調部154、並びに復号部155を有する。光受信機150において、復調部(復調器)154、及び復号部(復号器)155など回路は、例えばDSP(digital signal processor)などのデバイスを用いて構成され得る。
【0034】
LD151は、ローカルオシレータ光となるCW光を出力する。コヒーレント受信機152a及び152bは、それぞれ、LD151から出力されるCW光を用いて、光ファイバの各コアを伝送された光信号に対してコヒーレント検波を実施する。コヒーレント受信機152a及び152bは、それぞれ、コヒーレント検波されたX/Y偏波のI/Q成分に相当する4系列の受信信号(電気信号)を出力する。
【0035】
ADC153a及び153bは、それぞれ、コヒーレント受信機152a及び152bから出力される受信信号をサンプリングし、デジタル領域の信号に変換する。復調部(復調信号処理回路)154は、ADC153a及び153bでサンプリングされた計8系列の受信信号に対してデジタル信号処理を行い、受信信号を復調する。復号部(復号信号処理回路)155は、復調された信号に対して復号を行い、送信されたデータを復元する。
【0036】
図7は、復調部154の構成例を示す。復調部154は、複素数変換部161、波長分散補償部162、MIMO処理部163、及びキャリア位相補償部164を有する。複素数変換部161は、各コアのそれぞれの偏波のI/Q成分の受信信号を複素数に変換する。複素数変換部161は、複素数に変換された、コア1/2のX/Y偏波の4系列の信号を出力する。
【0037】
波長分散補償部162は、複素数に変換された4系列の受信信号のそれぞれに対し、光伝送路130(図2を参照)において蓄積された波長分散を補償する。MIMO処理部163は、波長分散が補償された4系列の信号に対してMIMO処理を行ってクロストークを補償し、各コアを伝送されたX/Y偏波の信号を分離する。MIMO処理部163は、図1に示されるMIMO処理装置10に対応する。
【0038】
キャリア位相補償部164は、分離された4系列の信号のそれぞれに対し、キャリア位相補償を行う。キャリア位相補償部164は、光信号のキャリアとローカルオシレータ光との間の周波数及び位相オフセットを取り除き、復調された4系列の受信信号を出力する。なお、MIMO処理部163で使用されるアルゴリズムによっては、キャリア位相補償とMIMO処理は一体化される。
【0039】
図8は、MIMO処理部163の構成例を示す。MIMO処理部163は、複数のフィルタ200、更新量算出部210、及び係数更新部220を有する。MIMO処理部163は、係数収束判定部230を更に有していてもよい。MIMO処理部163において、複数のフィルタ200は4×4の行列状に配列される。フィルタ200は、図1に示されるMIMOフィルタ11に対応する。MIMO処理部163の入力をx(j=1,...,4)とし、出力をy(i=1,...,4)とし、xとyに対応するフィルタ(hij)200の係数(係数ベクトル)をHijとする。各フィルタ200は、例えばタップ数がMのFIRフィルタとして構成される。その場合、フィルタ200の係数Hijは、下記式(1)で表される。
ij=(hij[0],hij[1],...,hij[M-1]) (1)
【0040】
あるシンボル時刻に相当する整数k(以下、時刻kとも呼ぶ)に対し、MIMO処理部163の入力(入力ベクトル)X[k]は、下記式(2)で表されるとする。
[k]=(x[k],x[k-1],...,x[k-M+1]) (2)
時刻kでのMIMO処理部163の出力y[k]は、下記式(3)で表される。
【0041】
更新量算出部210及び係数更新部220は、各フィルタ200に対応して配置される。更新量算出部210及び係数更新部220は、上記フィルタ200の係数Hijを適応的に制御する。以下では、主に、更新量算出部210及び係数更新部220が、適応的な係数制御のアルゴリズムとして、CMAを用いて逐次的にフィルタ200の係数を制御する例を説明する。
【0042】
一般に、適応的な係数制御では、所定の損失関数を最小化するように、確率的降下法を用いて係数が制御される。CMAの場合、損失関数φ[k]は、出力y[k]と振幅の所定値rとの誤差を用いて、下記式(4)で定義される。
あるフィルタ係数ξは、損失関数の係数ξに対する勾配を用いて、下記式(5)により更新される。
上記式(5)における微分項を計算すると、下記式(6)が得られる。
ij→Hij+με[k]y[k]X [k] (6)
ここで、ε[k]=r-|y[k]|である。
上記式(6)の右辺の第2項目が、係数更新量ΔHijに対応する。
【0043】
図9は、更新量算出部210の構成例を示す。更新量算出部210は、勾配算出部211、大きさ検出部212、ステップサイズ調整部213、及び適用部214を有する。勾配算出部211は、損失関数の係数に関する勾配を算出する。勾配算出部211は、図1に示される勾配算出手段12に対応する。
【0044】
大きさ検出部212は、算出された損失関数の係数に関する勾配の大きさを検出する。大きさ検出部212は、例えば、損失関数の係数に関する勾配の大きさの時間的な平均を検出する。ステップサイズ調整部213は、大きさ検出部212で検出された勾配の大きさの時間的な平均に基づいて、ステップサイズμを調整する。適用部214は、調整されたステップサイズμを用いて、係数更新量ΔHijを計算する。大きさ検出部212は、図1に示される大きさ検出手段13に対応する。ステップサイズ調整部213は、図1に示されるステップサイズ調整手段14に対応する。適用部214は、図1に示される更新量算出手段15に対応する。
【0045】
例えば、ある時刻付近において、ある係数に関する勾配の大きさの時間的な平均が小さいということは、その係数がその時刻近辺であまり変化していないことを意味する。適応的な係数制御の初期状態から所望の状態までのある段階において勾配の大きさの時間的な平均が小さいことは、その係数が鞍点や局所最適値に留まっている可能性を示唆している。本実施形態において、ステップサイズ調整部213は、損関数の係数に関する勾配の大きさの時間的な平均が小さい場合、ステップサイズを大きくするようにステップサイズを調整する。このようにすることで、係数が鞍点や局所最適値に停留することを緩和でき、係数が収束までに要する時間を短縮することが可能となる。
【0046】
図10は、更新量算出部210における係数更新量の計算の一例を示す。フィルタhijについて、あるシンボル時刻kでの損失関数の係数に関する勾配は下記式(7)で表される。
勾配算出部211は、入力されるxとyとに対して、上記式(7)で表される損失関数の係数に関する勾配を計算する。ここで、X[k]は、式(2)に表されるようにM個の要素を有しており、損失関数の係数に関する勾配は、M個の要素を持つベクトルである。大きさ検出部212は、損失関数の係数に関する勾配の各要素を2乗し、その移動平均を要素ごとに計算する。大きさ検出部212は、例えば、勾配の各要素の2乗に対し、時間が遡るほどに重みを減少させた指数移動平均(指数平滑平均)を計算する。大きさ検出部212は、移動平均の平方根を算出する。この値は、損失関数の係数に関する勾配の大きさの時間的な平均の指標となる。
【0047】
ステップサイズ調整部213は、大きさ検出部212が算出した、損失関数の係数に関する勾配の大きさの時間的な平均の指標が小さい場合にステップサイズが大きくなるようにステップサイズを調整する。例えば、ステップサイズ調整部213は、損失関数の係数に関する勾配の大きさの時間的な平均の指標の逆数に基づいて、あらかじめ定められたステップサイズの固定値μに乗算する値(調整率)を決定する。ステップサイズ調整部213は、ステップサイズの固定値μに、決定した調整率を乗算した値を、調整されたステップサイズμとして算出する。すなわち、ステップサイズ調整部213は、下記式により、調整されたステップサイズμを算出する。
ここで、大きさ検出部212は、損失関数の係数に関する勾配の大きさの時間的な平均の指標をM個の要素ごとに算出する。このため、ステップサイズμは、要素ごとに異なる値をとり得る。適用部214は、上記式(8)を用いて計算したステップサイズを用いて、式(6)の第2項に対応する係数更新量ΔHijを計算する。係数更新部220(8を参照)は、係数更新量ΔHijを用いて、係数Hijを更新する。係数更新部220は、図1に示される係数更新手段16に対応する。
【0048】
なお、ステップサイズ調整部213において、上記指標の逆数を固定ステップサイズμに乗算した値を調整後のステップサイズμとした場合、係数Hijの更新において、ステップサイズが大きすぎる場合や、逆にステップサイズが小さすぎる場合があり得る。ステップサイズ調整部213は、処理の安定化のために、調整後のステップサイズμに上限と下限とを設け、調整後のステップサイズμの値が所定の範囲に収まるようにしてもよい。また、上記では、損失関数の係数に関する勾配の大きさの時間的な平均の指標の逆数を調整率として使用する例を説明したが、本開示はこれには限定されない。ステップサイズ調整部213は、例えば、あらかじめ作成された、損失関数の係数に関する勾配の大きさの時間的な平均と、調整されたステップサイズμとの関係を定めるルックアップテーブルを用いて、ステップサイズを調整してもよい。
【0049】
図11は、更新量算出部における係数更新量の計算の別の例を示す。この例において、更新量算出部210は、勾配算出部211、大きさ検出部212、ステップサイズ調整部213、及び適用部214に加えて、移動平均計算部215を有する。勾配算出部211における損失関数の係数に関する勾配の算出、及び大きさ検出部212における損失関数の係数に関する勾配の大きさの時間的な平均の算出は、図10に示される例におけるそれらと同様でよい。また、ステップサイズ調整部213におけるステップサイズの調整は、図10に示される例にステップサイズの調整と同様でよい。
【0050】
図11の例において、移動平均計算部215は、勾配算出部211が算出した損失関数の係数に関する勾配の移動平均を要素ごとに計算する。移動平均計算部215は、例えば、勾配の各要素に対し、指数移動平均を計算する。適用部214は、式(6)の第2項において、損失関数の係数に関する勾配そのものではなく、移動平均計算部215が計算した移動平均を使用して、係数更新量ΔHijを計算する。このように、勾配の移動平均が用いられる場合、係数の収束を安定化又は加速することができると考えられる。
【0051】
図8に戻り、係数収束判定部(収束判定手段)230は、係数Hijが所定の状態に収束したか否かを判定する。係数収束判定部230は、係数Hijの収束状態をモニタする。係数収束判定部230は、例えば、フィルタ出力のエラーベクトル振幅(EVM:Error vector magnitude)などの信号特性をモニタし、係数が所定の状態に収束したか否かを判定する。係数収束判定部230は、復調部の後段の復号部155(図6を参照)において得られる誤り訂正数などの指標を用いて、係数が所定の状態に収束したか否かを判定してもよい。係数収束判定部230は、例えばEVMなどの信号特性や誤り訂正数などの指標と所定のしきい値とを比較し、その比較結果に基づいて、収束状態に達したか否かを判定する。
【0052】
更新量算出部210の動作は、初期捕捉モードと追尾モードとを含んでいてもよい。更新量算出部210は、例えば、初期状態から、係数収束判定部230が係数が所定の状態に収束したと判定するまでの間、初期捕捉モードで動作する。更新量算出部210は、初期捕捉モードでは、損失関数の係数に関する勾配の大きさに応じて調整されたステップサイズを用いて係数更新量を計算する。
【0053】
更新量算出部210は、係数収束判定部230が係数が所定の状態に収束したと判定した後は追尾モードで動作する。追尾モードにおける係数の更新は、通常の確率的勾配降下法による係数の更新と同様でよい。更新量算出部210は、追尾モードでは、固定のステップサイズを用いて係数更新量を計算する。係数更新量の計算に固定のステップサイズが用いられる場合、ステップサイズ調整部213(例えば図10を参照)は、ステップサイズμを適用部214に出力すればよい。その場合、大きさ検出部212は、勾配の大きさの検出を停止してもよい。
【0054】
次いで、動作手順を説明する。図12は、MIMO処理部163における動作手順(フィルタ係数更新方法)を説明する。係数更新部220は、MIMOフィルタの各係数を初期化する(ステップS1)。係数更新部220は、例えば、下記式(9)に示されるように、主対角に位置するフィルタ(hii)では、中央のタップのみ係数を「1」とし、他のタップの係数を「0」に初期化する。また、係数更新部220は、下記式(10)に示されるように、非対角に位置するフィルタ(hij、i≠j)では、全てタップの係数を「0」に初期化する。
ii=(0,...,0,1,0,...,0) (9)
ij=(0,...,0) (i≠j) (10)
その後、MIMO処理部163において、係数の適応制御が開始される。
【0055】
更新量算出部210において、勾配算出部211(例えば図9を参照)は、損失関数の係数に関する勾配を算出する(ステップS2)。大きさ検出部212は、損失関数の係数に関する勾配の大きさの時間的な平均を検出する(ステップS3)。ステップサイズ調整部213は、検出された、勾配の大きさの時間的な平均に基づいて、ステップサイズを調整する(ステップ4)。更新量算出部210は、ステップS2で算出された勾配と、ステップS4で調整されたステップサイズとを用いて係数更新量を計算する。係数更新部220は、調整されたステップサイズを用いて計算された係数更新量により、フィルタ200の係数を更新する(ステップS5)。
【0056】
係数収束判定部230は、係数が所定の状態に収束したか否かを判定する(ステップS6)。ステップS6において、係数が所定の状態に収束していないと判定された場合、処理はステップS1に戻り、調整されたステップサイズを用いた係数の更新が継続される。ステップS1からステップS6までの動作は、初期捕捉モードの動作に対応する。
【0057】
ステップS6で係数が所定の状態に収束したと判定された場合、動作モードは追尾モードに切り替えられる。追尾モードにおいて、ステップサイズ調整部213は、例えば固定のステップサイズμを適用部214に出力する。勾配算出部211は、損失関数の係数に関する勾配を算出する(ステップS7)。更新量算出部210は、ステップS7で算出された勾配と、固定のステップサイズとを用いて係数更新量を計算する。係数更新部220は、固定のステップサイズを用いて計算された係数更新量により、フィルタ200の係数を更新する(ステップS8)。以後、ステップS7及びS8が繰り返し実施され、MIMOフィルタの係数が適応的に制御される。ステップS7及びS8の動作は、追尾モードの動作に対応する。
【0058】
本発明者は、本実施形態におけるMIMOフィルタの係数制御の効果を検証した。図13図15は、それぞれ、損失関数を用いて計算される損失の時間変化を示す。検証では、長さ52kmの結合型4コアファイバが用いられ、シンボルレート32Gbaudの偏波多重QPSK信号が空間多重して伝送された。それぞれのコアを伝送された信号は、それぞれのコヒーレント受信機で受信した後、16チャネルのオシロスコープを用いてサンプリングされた。各信号に対して、強度正規化が実施され、2倍のオーバーサンプリングへのリサンプリングが行われた後、MIMO信号処理を含む復調デジタル信号処理がオフラインで実施された。この検証では、空間多重に結合型4コアファイバが用いられ、かつ偏波多重信号が用いられるため、MIMO信号処理は8×8となる。
【0059】
図13は、適応MIMOフィルタの係数制御を、通常の確率的勾配降下法を用いて実施した場合における損失の時間変化を示す。図13に示されるグラフにおいて、横軸はシンボル数単位の時間を表し、縦軸はMIMOフィルタのそれぞれの出力に対する損失関数φの大きさの時間変化を表す。図13において、損失は、8×10シンボルまでは、CMAの損失関数を用いて計算され、8×10から10×10シンボルまでは、DDLMSの損失関数を用いて計算される。損失関数の大きさが0.6付近である状態は、係数が収束状態に達していない状態を示す。損失関数の大きさが0.2を下回る状態は、係数が収束状態に達している状態とみなすことができる。
【0060】
図13に示されるように、固定のステップサイズが用いられる通常の確率的勾配降下法による係数更新が用いられる場合、約1×10シンボル程度で一つの信号が収束状態に達している。また、約6×10シンボル程度までに6つの信号が収束状態に達している。いくつかの信号が収束状態に達することができれば、そのフィルタ出力に対し、その後の復調処理及び復号処理が正常に行えるようになる。このため、信号が迅速に安定的に収束状態に達することが肝要である。
【0061】
図14は、損失関数の係数に関する勾配の平均的な大きさを検出し、それに基づいてステップサイズが調整される場合における損失の時間変化を示す。図14に示されるグラフにおいて、横軸はシンボル数単位の時間を表し、縦軸はMIMOフィルタのそれぞれの出力に対する損失関数φの大きさの時間変化を表す。この例において、係数更新量ΔHijは、図10に示される例と同様に、損失関数の係数に関する勾配と、ステップサイズとの積で表される。更新量算出部210は、8×10シンボルまで、勾配の平均的な大きさを検出し、検出された勾配の平均的な大きさを用いてステップサイズを調整した。図14に示される結果と、図13に示される結果とを比較すると、一つの信号が収束状態に達するまでの時間が短くなっていることが確認できる。
【0062】
図15は、係数更新量の計算に、損失関数の係数に関する勾配の平均が使用される場合における損失の時間変化を示す。図15に示されるグラフにおいて、横軸はシンボル数単位の時間を表し、縦軸はMIMOフィルタのそれぞれの出力に対する損失関数φの大きさの時間変化を表す。この例において、係数更新量ΔHijは、図11に示される例と同様に、損失関数の係数に関する勾配の平均と、ステップサイズとの積で表される。図14の例と同様に、更新量算出部210は、8×10シンボルまで、勾配の平均的な大きさを検出し、検出された勾配の平均的な大きさを用いてステップサイズを調整した。図14に示される結果と、図13に示される結果とを比較すると、複数の信号が安定的に収束状態に達するまでの時間が短くなっていることが確認できる。
【0063】
本実施形態では、更新量算出部210は、損失関数の係数に関する勾配の大きさを検出し、検出した勾配の大きさに応じて、係数更新のステップサイズを調整する。本実施形態は、勾配の大きさに応じて適切にステップサイズを調整することで、係数が鞍点や局所最適値に留まることを回避することができる。このため、本実施形態は、MIMOフィルタの係数の適応制御において、特に係数が初期状態から所定の状態に収束するまでに要する時間を短縮することができる。
【0064】
本実施形態において、MIMO処理部163は係数収束判定部230を含む構成であってもよい。その場合、更新量算出部210は、係数の適応制御の開始から、係数収束判定部230において係数が所定の状態に収束したと判定されるまで、損失関数の係数に関する勾配の平均的な大きさに応じて調整したステップサイズを使用して係数更新量を算出してもよい。更新量算出部210は、係数が所定の状態に収束したと判定された後は、固定のステップサイズを使用して係数更新量を算出してもよい。この場合、係数の収束後、伝送路変動に対するフィルタ係数の追尾は、通常の確率的勾配降下法によって行われる。
【0065】
ここで、本実施形態では、更新量算出部210において、損失関数の係数に関する勾配の大きさの時間的な平均が検出される。このため、更新量算出部210における演算量は、通常の確率的勾配降下法による適応係数制御における演算量に比べて増加する。本実施形態において、更新量算出部210は、係数が所定の状態に収束したと判定された後は、損失関数の係数に関する勾配の大きさの時間的な平均の検出などの、ステップサイズの調整のための演算を停止できる。本実施形態において、勾配の大きさの時間的な平均の検出などの演算を停止する場合、係数が初期状態から所定の状態に収束するまでに要する時間を短縮することができるという効果を得つつ、収束後の演算量を削減できる。
【0066】
なお、上記実施形態では、光ファイバ通信システム100(図2を参照)が1つの光送信機110と1つの光受信機150とを有する例を説明したが、本開示はこれには限定されない。光ファイバ通信システム100は、波長多重システムとして構成されていてもよく、複数の相互に異なる波長ごとに、光送信機110及び光受信機150を有していてもよい。その場合、光伝送路130に用いられる結合型マルチコアファイバの各コアは、波長多重された光信号を光受信機150に伝送してもよい。
【0067】
また、上記実施形態では、信号伝送システムが光ファイバ通信システム(光伝送システム)として構成される例を説明したが、本発明はこれには限定されない。多重化して伝送される信号は、光信号には限定されず、無線信号であってもよい。MIMO処理部163(例えば図8を参照)は、例えば複数本の送信アンテナから送信された無線信号を複数本のアンテナを用いて受信する無線通信システムにおいて、各データストリームを分離する用途に使用され得る。
【0068】
以上、本開示の実施形態を詳細に説明したが、本開示は、上記した実施形態に限定されるものではなく、本開示の趣旨を逸脱しない範囲で上記実施形態に対して変更や修正を加えたものも、本開示に含まれる。
【0069】
例えば、上記の実施形態の一部又は全部は、以下の付記のようにも記載され得るが、以下には限られない。
【0070】
[付記1]
適応制御される係数を有する複数のフィルタを含み、クロストークを含む複数の信号の間のクロストークを補償するMIMO(Multi-Input Multi-Output)フィルタと、
前記MIMOフィルタの出力の関数である損失関数の前記係数に関する勾配を算出する勾配算出手段と、
前記勾配の大きさを検出する大きさ検出手段と、
前記検出された勾配の大きさに基づいて前記係数の適応制御で使用されるステップサイズを調整するステップサイズ調整手段と、
前記ステップサイズ調整手段で調整されたステップサイズを用いて、前記係数の更新量を算出する更新量算出手段と、
前記更新量算出手段で算出された更新量を用いて、前記フィルタの係数を更新する係数更新手段とを備えるMIMO処理装置。
【0071】
[付記2]
前記大きさ検出手段は、前記勾配の大きさの時間的な平均を、前記勾配の大きさとして検出する付記1に記載のMIMO処理装置。
【0072】
[付記3]
前記ステップサイズ調整手段は、前記検出された勾配の大きさが大きくなるに連れて前記ステップサイズが小さくなるように前記ステップサイズを調整する付記1又は2に記載のMIMO処理装置。
【0073】
[付記4]
前記ステップサイズ調整手段は、前記検出された勾配の大きさに基づいて調整率を決定し、該決定した調整率に所定のステップサイズの固定値を乗算した値を前記調整されたステップサイズとする付記1から3何れか1つに記載のMIMO処理装置。
【0074】
[付記5]
前記ステップサイズ調整手段は、前記検出された勾配の大きさの逆数の大きさに応じて前記調整率を決定する付記4に記載のMIMO処理装置。
【0075】
[付記6]
前記複数のフィルタのそれぞれは、タップ数がMの有限インパルス応答フィルタとして構成される付記1から5何れか1つに記載のMIMO処理装置。
【0076】
[付記7]
前記更新量算出手段は、前記損失関数の係数に関する勾配に、前記調整されたステップサイズを乗算した値を、前記係数の更新量として算出する付記1から6何れか1つに記載のMIMO処理装置。
【0077】
[付記8]
前記損失関数の係数に関する勾配の移動平均を計算する移動平均計算手段を更に有し、
前記更新量算出手段は、前記移動平均計算手段で計算された損失関数の係数に関する勾配の移動平均に、前記調整されたステップサイズを乗算した値を、前記係数の更新量として算出する付記1から6何れか1つに記載のMIMO処理装置。
【0078】
[付記9]
前記複数の信号は、伝送路を介して受信された光信号をデジタルコヒーレント受信することで生成される信号である付記1から8何れか1つに記載のMIMO処理装置。
【0079】
[付記10]
前記複数の信号は、前記伝送路において空間多重及び/又は偏波多重される付記9に記載のMIMO処理装置。
【0080】
[付記11]
前記伝送路は、結合型マルチコアファイバを含む付記9又は10に記載のMIMO処理装置。
【0081】
[付記12]
前記係数が所定の状態に収束したか否かを判定する収束判定手段を更に有し、
前記更新量算出手段は、初期状態から前記収束判定手段が前記係数が前記所定の状態に収束したと判定するまでの間、前記調整されたステップサイズを用いて、前記係数の更新量を算出し、前記収束判定手段が前記係数が前記所定の状態に収束したと判定した後は、固定のステップサイズを用いて前記係数の更新量を算出する付記1から11何れか1つに記載のMIMO処理装置。
【0082】
[付記13]
前記大きさ検出手段は、前記収束判定手段が前記係数が前記所定の状態に収束したと判定した後は、前記勾配の大きさの検出を停止する付記12に記載のMIMO処理装置。
【0083】
[付記14]
クロストークを含む複数の信号を受信する受信手段と、
前記複数の信号を分離して復調する復調器と、
前記復調された複数の信号から送信データを復号する復号器とを備え、
前記復調器は、
適応制御される係数を有する複数のフィルタを含み、前記複数の信号の間のクロストークを補償するMIMO(Multi-Input Multi-Output)フィルタと、
前記MIMOフィルタの出力の関数である損失関数の前記係数に関する勾配を算出する勾配算出手段と、
前記勾配の大きさを検出する大きさ検出手段と、
前記検出された勾配の大きさに基づいて前記係数の適応制御で使用されるステップサイズを調整するステップサイズ調整手段と、
前記ステップサイズ調整手段で調整されたステップサイズを用いて、前記係数の更新量を算出する更新量算出手段と、
前記更新量算出手段で算出された更新量を用いて、前記フィルタの係数を更新する係数更新手段とを有する、信号受信装置。
【0084】
[付記15]
前記大きさ検出手段は、前記勾配の大きさの時間的な平均を、前記勾配の大きさとして検出する付記14に記載の信号受信装置。
【0085】
[付記16]
前記ステップサイズ調整手段は、前記検出された勾配の大きさが大きくなるに連れて前記ステップサイズが小さくなるように前記ステップサイズを調整する付記14又は15に記載の信号受信装置。
【0086】
[付記17]
複数の信号を多重化し、伝送路に送出する信号送信装置と、
前記伝送路を介して複数の信号を受信する信号受信装置とを備え、
前記信号受信装置は、
前記複数の信号を受信する受信手段と、
前記複数の信号を分離して復調する復調器と、
前記復調された複数の信号から送信データを復号する復号器とを備え、
前記復調器は、
適応制御される係数を有する複数のフィルタを含み、前記信号送信装置から前記信号受信装置の間において複数の信号の間に生じたクロストークを補償するMIMO(Multi-Input Multi-Output)フィルタと、
前記MIMOフィルタの出力の関数である損失関数の前記係数に関する勾配を算出する勾配算出手段と、
前記勾配の大きさを検出する大きさ検出手段と、
前記検出された勾配の大きさに基づいて前記係数の適応制御で使用されるステップサイズを調整するステップサイズ調整手段と、
前記ステップサイズ調整手段で調整されたステップサイズを用いて、前記係数の更新量を算出する更新量算出手段と、
前記更新量算出手段で算出された更新量を用いて、前記フィルタの係数を更新する係数更新手段とを有する、信号伝送システム。
【0087】
[付記18]
前記大きさ検出手段は、前記勾配の大きさの時間的な平均を、前記勾配の大きさとして検出する付記17に記載の信号伝送システム。
【0088】
[付記19]
前記ステップサイズ調整手段は、前記検出された勾配の大きさが大きくなるに連れて前記ステップサイズが小さくなるように前記ステップサイズを調整する付記17又は18に記載の信号伝送システム。
【0089】
[付記20]
適応制御される係数を有する複数のフィルタを含み、クロストークを含む複数の信号の間のクロストークを補償するMIMO(Multi-Input Multi-Output)フィルタの出力の関数である損失関数の前記係数に関する勾配を算出し、
前記勾配の大きさを検出し、
前記検出された勾配の大きさに基づいて前記係数の適応制御で使用されるステップサイズを調整し、
前記調整されたステップサイズを用いて、前記係数の更新量を算出し、
前記算出された更新量を用いて、前記フィルタの係数を更新するMIMOフィルタ係数更新方法。
【符号の説明】
【0090】
10:MIMO処理装置
11:MIMOフィルタ
12:勾配算出手段
13:大きさ検出手段
14:ステップサイズ調整手段
15:更新量算出手段
16:係数更新手段
100:光ファイバ通信システム
110:光送信機
111:符号化部
112a、112b:予等化部
113a、113b:DAC
114a、114b:光変調器
115:LD
130:光伝送路
131、134:ファンアウト
132:光ファイバ
133:光増幅器
141、142:コア
150:光受信機
151:LD
152a、152b:コヒーレント受信機
153a、153b:ADC
154:復調部
155:復号部
161:複素数変換部
162:波長分散補償部
163:MIMO処理部
164:キャリア位相補償部
200:フィルタ
210:更新量算出部
211:勾配算出部
212:大きさ検出部
213:ステップサイズ調整部
214:適用部
220:係数更新部
230:係数収束判定部
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