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特許7420312応力発光測定方法および応力発光測定装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-15
(45)【発行日】2024-01-23
(54)【発明の名称】応力発光測定方法および応力発光測定装置
(51)【国際特許分類】
   G01L 1/00 20060101AFI20240116BHJP
【FI】
G01L1/00 E
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2023500587
(86)(22)【出願日】2021-12-22
(86)【国際出願番号】 JP2021047553
(87)【国際公開番号】W WO2022176385
(87)【国際公開日】2022-08-25
【審査請求日】2023-07-10
(31)【優先権主張番号】P 2021023356
(32)【優先日】2021-02-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】金丸 訓明
【審査官】岡田 卓弥
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-92644(JP,A)
【文献】特開2016-180637(JP,A)
【文献】国際公開第2007/015532(WO,A1)
【文献】特開2006-275796(JP,A)
【文献】特開2018-90693(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第112006689(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01L 1/00- 1/26
G01L 5/00- 5/28
G01N 3/00- 3/62
G01N21/62-21/74
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試験片の表面の所定領域に、40μm以下の膜厚を有する応力発光膜を形成するステップと、
前記応力発光膜に励起光を照射するステップと、
前記試験片に引張力を加えるステップと、
前記引張力が加えられているときの前記試験片の少なくとも前記所定領域を、フレームレートが60fps以下の撮影装置により撮影するステップと、
前記試験片に加えられる前記引張力の時間波形を検出するステップと、
前記撮影装置により撮影された前記応力発光膜の発光画像を表示するステップとを備え、
前記表示するステップは、前記試験片に加えられる前記引張力の時間波形に、前記発光画像を重畳して表示するステップを含み、
前記発光画像は、前記試験片が弾性変形領域から塑性変形領域に遷移する時点に対応する発光画像を少なくとも含む、応力発光測定方法。
【請求項2】
試験片の表面の所定領域に、40μm以下の膜厚を有する応力発光膜を形成するステップと、
前記応力発光膜に励起光を照射するステップと、
前記試験片に引張力を加えるステップと、
前記引張力が加えられているときの前記試験片の少なくとも前記所定領域を、フレームレートが60fps以下の撮影装置により撮影するステップと、
前記試験片に加えられる前記引張力の時間波形を検出するステップと、
前記撮影装置により撮影された前記応力発光膜の発光画像を表示するステップとを備え、
前記表示するステップは、前記試験片に加えられる前記引張力の時間波形に、前記発光画像を重畳して表示するステップを含み、
前記発光画像は、前記引張力の時間波形における少なくとも1つのピークにそれぞれ対応する少なくとも1つの発光画像を含む、応力発光測定方法。
【請求項3】
試験片の表面の所定領域に、40μm以下の膜厚を有する応力発光膜を形成するステップと、
前記応力発光膜に励起光を照射するステップと、
前記試験片に引張力を加えるステップと、
前記引張力が加えられているときの前記試験片の少なくとも前記所定領域を、フレームレートが60fps以下の撮影装置により撮影するステップと、
前記試験片に加えられる前記引張力の時間波形を検出するステップと、
前記撮影装置により撮影された前記応力発光膜の発光画像を表示するステップとを備え、
前記表示するステップは、前記試験片に加えられる前記引張力の時間波形に、前記発光画像を重畳して表示するステップを含み、
前記発光画像は、前記引張力の時間波形における少なくとも1つの安定期にそれぞれ対応する少なくとも1つの発光画像を含む、応力発光測定方法。
【請求項4】
前記応力発光膜を形成するステップは、5μm以下の膜厚を有する応力発光膜を形成するステップを含む、請求項1から3のいずれか1項に記載の応力発光測定方法。
【請求項5】
前記表示するステップは、前記発光画像のうち発光強度が所定値以上である画素に色を付して表示するステップをさらに含む、請求項1から3のいずれか1項に記載の応力発光測定方法。
【請求項6】
前記応力発光膜を形成するステップは、
単斜晶系の粒子を有する応力発光材料を細粒化するステップと、
細粒化された前記応力発光材料と溶媒とを混合するステップと、
前記応力発光材料と前記溶媒との混合物を前記試験片の前記表面に塗布するステップと、
塗布された前記混合物を乾燥するステップとを含む、請求項1からのいずれか1項に記載の応力発光測定方法。
【請求項7】
前記塗布するステップは、
複数の貫通孔が網目状に配置された板状体を前記試験片の前記表面に配置するステップと、
前記板状体に前記混合物を塗布することにより、前記複数の貫通孔に前記混合物を充填するステップと、
前記混合物を前記試験片の前記表面に転写するステップとを含む、請求項に記載の応力発光測定方法。
【請求項8】
前記細粒化するステップは、前記応力発光材料を、粉砕媒体とともにチャンバ内に収容し、前記チャンバ内で、前記応力発光材料および前記粉砕媒体を循環させるステップを含む、請求項6に記載の応力発光測定方法
【請求項9】
前記細粒化するステップは、前記応力発光材料をミル内に収容し、前記ミル内部に高圧ジェット気流による同心円の旋回渦を形成するステップを含む、請求項6に記載の応力発光測定方法
【請求項10】
引張力が加えられたときの試験片に生じる応力を測定するための応力発光測定装置であって、
前記試験片の表面の所定領域には40μm以下の膜厚を有する応力発光膜が形成されており、
前記試験片に前記引張力を加えるための試験機と、
前記応力発光膜に励起光を照射するための光源と、
前記引張力が加えられているときの前記試験片の少なくとも前記所定領域を、60fps以下のフレームレートで撮影する撮影装置と、
前記試験片に加えられる前記引張力の時間波形に、前記撮影装置により撮影された前記応力発光膜の発光画像を重畳して表示する表示部とを備え、
前記発光画像は、前記試験片が弾性変形領域から塑性変形領域に遷移する時点に対応する発光画像、前記引張力の時間波形における少なくとも1つのピークにそれぞれ対応する少なくとも1つの発光画像、および、前記引張力の時間波形における少なくとも1つの安定期にそれぞれ対応する少なくとも1つの発光画像、のうちの少なくとも1つを含む、応力発光測定装置。
【請求項11】
前記応力発光膜の膜厚は5μm以下である、請求項10に記載の応力発光測定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、応力発光測定方法および応力発光測定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
応力発光体の発光現象に基づいて応力発光体のひずみを計測することにより、応力発光体が塗布あるいは混入された試料または構造物等のひずみを解析する技術が知られている。応力発光体は、エネルギー状態が高められるとエネルギーを放出して発光する部材であり、外部からの機械的な力が与えられると、内部に生じる応力に応じて発光する。応力発光体の発光強度(輝度)とひずみ量とには相関があることから、撮影装置で応力発光体を撮像し、応力発光体の輝度から応力発光体のひずみを計測することができる。
【0003】
例えば、非特許文献1には、金属材料の塑性変形領域の変形を検出するセンサとして、応力発光塗膜センサを用いた応力発光画像計測装置が開示されている。非特許文献1では、アルミニウム合金板からなる試験片の表面に約120μmの膜厚を有する応力発光膜を形成する。そして、この試験片を材料試験機に設置し、一定荷重速度で単軸引張試験を行う。引張試験の実行中、高速度カメラを用いて、撮影速度(フレームレート)125fps(frame per second)にて応力発光画像を撮影する。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】李他著、「応力発光による構造体診断技術」、p.193-200、株式会社エヌ・ティー・エス
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
非特許文献1によれば、塑性変形領域における応力発光画像には、PLC(Portevin-Le Chatalier)変形バンドに関連した強い応力発光が確認されている。さらに、高速度カメラにより撮影された応力発光は、塑性変形領域の初期段階で試験片の上部に発生した後、軸方向に移動しており、PLCバンドの伝播する様子が確認されている。
【0006】
しかしながら、非特許文献1に記載される計測装置では、試験片の変形に応じた強い応力発光が観察される一方で、微小な応力の変化を捉えることが難しいことが懸念される。これは、応力発光膜の膜厚が100μm以上であるために、試験片から応力発光膜に伝搬した微小な応力が応力発光膜を構成するマトリクスで吸収されてしまい、結果的に試験片の表面に生じる微小な応力の分布を反映した発光パターンが出現しにくいことが起因すると考えられる。
【0007】
本発明はこのような課題を解決するためになされたものであり、その目的は、簡易な構成で高感度の応力測定を可能とする応力発光測定方法および応力発光測定装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の第1の態様に係る応力発光測定方法は、試験片の表面の所定領域に、40μm以下の膜厚を有する応力発光膜を形成するステップと、応力発光膜に励起光を照射するステップと、試験片に引張力を加えるステップと、引張力が加えられているときの試験片の少なくとも所定領域を、フレームレートが60fps以下の撮影装置により撮影するステップとを備える。
【0009】
本発明の第2の態様に係る応力発光測定装置は、引張力が加えられたときの試験片に生じる応力を計測する。試験片の表面の所定領域には40μm以下の膜厚を有する応力発光膜が形成されている。応力発光測定装置は、試験片に引張力を加えるための試験機と、応力発光膜に励起光を照射するための光源と、引張力が加えられているときの試験片の少なくとも所定領域を、60fps以下のフレームレートで撮影する撮影装置とを備える。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、簡易な構成で高感度の応力測定を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】実施の形態1に係る応力発光測定方法に係るフローチャートである。
図2】試験片および応力発光膜を模式的に示す図である。
図3】測定工程(S20)に用いられる応力発光測定装置の第1の構成例を示すブロック図である。
図4】試験片に付与される試験力の時間推移を示す図である。
図5】撮影装置によって撮影された発光画像の一例を示す図である。
図6】応力発光膜の発光特性の膜厚依存性を示す図である。
図7】応力発光測定装置の第2の構成例を示すブロック図である。
図8】撮影装置によって撮影された発光画像を用いた表示画像の一例を示す図である。
図9】撮影装置によって撮影された発光画像を用いた表示画像の他の例を示す図である。
図10】応力発光膜形成工程(図1のS10)を説明するためのフローチャートである。
図11】応力発光塗料を塗布する工程(S12)を説明するための模式図である。
図12】応力発光塗料を塗布する工程(S12)を説明するための模式図である。
図13】応力発光膜形成工程(S10)により形成された応力発光膜の表面性状の測定結果を示す図である。
図14】撮影装置(図9)によって撮影された発光画像の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。なお、図中の同一または相当部分には同一符号を付してその説明は繰り返さない。
【0013】
[実施の形態1]
図1は、実施の形態1に係る応力発光測定方法に係るフローチャートである。図1に示すように、実施の形態1に係る応力発光測定方法は、応力発光膜形成工程(S10)と、測定工程(S20)と、表示工程(S30)とを主に有している。
【0014】
まず、応力発光膜形成工程(S10)が実施される。この工程(S10)では、試験片2の表面の所定領域に応力発光膜1が形成される。図2は、試験片2および応力発光膜1を模式的に示す図である。
【0015】
図2を参照して、試験片2は、金属材料からなる。試験片2には、日本工業規格(JIS)Z-2201「金属材料引張試験片」に規定されているものを使用することができる。本実施の形態では、金属材料の強度試験として、金属材料の引張試験を行うものとする。引張試験では、試験片に引張力による破断に至るまでのひずみを与えることにより、金属材料の機械的性質を計測する。
【0016】
試験片2を構成する金属材料は、例えばアルミニウムであり、A1050(純度99.50%以上の純アルミニウム)である。図2の例では、試験片2は、JIS13B号の板状試験片であり、全長L=220mm、標点間距離Lo=50mm、平行部の長さLc=75mm、幅W=25mm、平行部の幅D=12.5±0.04mm、肩部の半径R=25mm、板厚t=1mmである。
【0017】
応力発光膜1は、試験片2の表面の所定領域に配置される。所定領域は、試験片2の平行部を覆うように位置しており、幅80mm、長さ12.5mmの矩形形状を有している。応力発光膜1の膜厚は約4μm(4±0.5μm)である。なお、本明細書において、応力発光膜の膜厚とは、試験片の表面に垂直な方向における応力発光膜の高さをいう。
【0018】
応力発光膜1は、応力発光材料を単独、または別の素材(樹脂など)を組み合わせた後、成形して得られる。応力発光材料とは、外部から加えられた力(引張、圧縮、変位、摩擦、衝撃など)の機械的な刺激によって発光する材料である。
【0019】
応力発光膜1は、発光強度がひずみエネルギーに比例する。また、応力発光膜1は試験片2の表面に強く接着しているため、応力発光膜1と試験片2とは等しく変形する。したがって、変形により試験片2の表面に生じる応力の分布を、応力発光膜1の発光によって画像化(可視化)することができる。
【0020】
次に、測定工程(S20)が実施される。この工程(S20)では、試験片2に引張力を加えたときの応力発光膜1の発光現象を利用して、試験片2に生じる応力を測定する。応力発光膜1の発光は、図3に示す応力発光測定装置100を用いて測定することができる。
【0021】
図3は、測定工程(S20)に用いられる応力発光測定装置100の第1の構成例を示すブロック図である。図3を参照して、応力発光測定装置100は、引張試験機4と、制御装置6と、撮影装置8と、光源10と、駆動装置12とを備える。応力発光測定装置100のうち少なくとも引張試験機4、撮影装置8および光源10は、暗室内に設置される。
【0022】
引張試験機4は、試験片2に引張力を加えて、試験片2の引張強度、降伏点、伸び、絞りなどの機械的性質を計測するための装置である。図3の例では、引張試験機4には、精密万能試験機(製品名:オートグラフAG-Xplus、株式会社島津製作所製)が用いられる。
【0023】
引張試験機4は、テーブル40、クロスヘッド42、一対のねじ棹44,46、上掴み具48、下掴み具50、およびロードセル52を有する。一対のねじ棹44,46は、テーブル40上に鉛直方向を向く状態で回転可能に立設されている。一対のねじ棹44,46は、ボールねじからなる。
【0024】
クロスヘッド42は、図示しないナットを介して各ねじ棹44,46に連結されている。クロスヘッド42は、一対のねじ棹44,46に沿って鉛直方向に移動可能に構成されている。テーブル40内には、クロスヘッド42を昇降させるための負荷機構(図示せず)が搭載されている。
【0025】
上掴み具48は、クロスヘッド42に接続されており、試験片2の上端部を把持する。下掴み具50は、テーブル40に接続されており、試験片2の下端部を把持する。上掴み具48と下掴み具50との間隔L1=120mmである。引張試験機4は、引張試験の際、試験片2の両端部を上掴み具48および下掴み具50により把持した状態で、制御装置6の制御に従って、クロスヘッド42を上昇させることにより、試験片2に引張力を加える。
【0026】
ロードセル52は、試験片2に与えられた引張力である試験力を検出するためのセンサである。ロードセル52は、検出された試験力を示す信号を制御装置6に出力する。
【0027】
制御装置6は、引張試験機4と通信接続され、引張試験機4による引張動作を制御する。制御装置6は、引張試験の試験条件を含む各種パラメータの設定操作および実行指示操作などのユーザ操作を受け付け、その受け付けたユーザ操作に従って負荷機構を制御する。制御装置6はさらに、引張試験機4からロードセル52の出力信号およびクロスヘッド42の変位量を示す信号を含む各種信号を受信し、試験力の検出値などのデータを解析する。
【0028】
制御装置6は、CPU(Central Processing Unit)などのプロセッサと、ROM(Read Only Memory)およびRAM(Random Access Memory)などのメモリと、周辺機器を接続するためのインターフェイス回路と、表示部62とを有する。プロセッサがメモリに記憶された引張試験プログラムを実行することにより、上述した各種機能が実現される。
【0029】
表示部62は、制御装置6に入力される信号に基づいて各種情報を表示する。例えば、表示部62は、引張試験の実行中、ロードセル52により検出される試験力を表示する。また表示部は、クロスヘッド42の変位(ストローク)を示す変位量を表示する。
【0030】
光源10は、試験片2に対向して配置されており、試験片2上の応力発光膜1に対して励起光を照射するように構成される。光源10は、例えば、青色LED(Light Emitting Diode)である。光源10から照射される励起光を受けて、応力発光膜1は発光状態に遷移する。光源10の数は限定されない。例えば、複数の光源10を配置し、複数の方向から試験片2に向けて励起光を照射する構成としてもよい。
【0031】
駆動装置12は、光源10を駆動するための電力を供給するとともに、光源10のオン/オフを制御する。駆動装置12は、光源10から照射される励起光の光量および励起光の照射時間などを制御することができる。
【0032】
撮影装置8は、試験片2の少なくとも所定領域を撮影視野に含むように配置される。撮影装置8は、レンズなどの光学系および撮像素子を含む。撮像素子は、例えば、CCD(Charge Coupled Device)センサ、CMOS(Complementary Metal Oxide Semiconductor)センサなどにより実現される。撮像素子は、光学系を介して試験片2から入射される光を電気信号に変換することによって撮影画像を生成する。
【0033】
図3の例では、撮影装置8には、民生用のデジタルビデオカメラ(製品名:Handycam(登録商標) HDR-CX670、ソニー株式会社製)が用いられる。撮影装置8は、試験片2から約30cm離れた位置に設置されている。
【0034】
次に、応力発光測定装置100(図3)を用いた測定工程(S20)について説明する。
【0035】
測定工程(S20)は、励起光を照射する工程(S21)と、消光する工程(S22)と、引張力を付与する工程(S23)と、応力発光を撮影する工程(S24)とを有する。
【0036】
励起光を照射する工程(S21)では、試験片2の表面に対して、光源10から励起光が照射される。試験片2の所定領域に配置された応力発光膜1に励起光を照射することにより、応力発光膜1が励起状態とされる。消光する工程(S22)では、光源10を停止させ、励起後の応力発光膜1の発光強度が安定するまで待機する。光源10の照射時間(励起時間)を1分間とし、照射後の待機時間(消光時間)を2分間とした。
【0037】
引張力を付与する工程(S23)では、引張試験機4を駆動することにより、試験片2に引張力が加えられる。引張試験の条件として、引張速度を10mm/min、最大荷重を1500Nとした。
【0038】
図4は、試験片2に付与される試験力の時間推移を示す図である。図4には、試験力(引張力に相当)およびストローク(クロスヘッド42の変位量に相当)の時間推移が示されている。試験力はロードセル52の検出値である。
【0039】
図4に示すように、時刻0(秒)にて試験力の付与が開始されると、ストロークは、予め設定された引張速度10mm/minに従って単調に増加する。
【0040】
試験力は、試験開始直後は直線的に増加する。この領域は、試験片2が直線的かつ弾性的に変形する弾性変形領域に対応している。
【0041】
試験開始から4~6(秒)後にて試験力の増加が停止し、その後、試験力はほぼ一定に保たれている。この領域は、試験片2の塑性変形領域に対応している。図4の例では、塑性変形領域において、試験力は、ストロークの増加に対して最大荷重1500Nよりも小さい値を維持している。そして、試験開始から約80(秒)後にて試験片2に破断が生じている。
【0042】
応力発光を撮影する工程(S24)では、撮影装置8により、試験片2の所定領域が撮影される。すなわち、撮影装置8により応力発光膜1の発光が撮影される。本実施の形態では、民生用のデジタルビデオカメラの録画モードを高画質FHモード、記録方式をAVCHD、撮影速度(フレームレート)を60fpsに設定し、応力発光膜1の撮影を行った。
【0043】
表示工程(S30)では、撮影装置8により撮影された画像が表示される。図5は、撮影装置8によって撮影された応力発光膜1の画像(発光画像)の一例を示す図である。図5に示される発光画像は、上記撮影条件により撮影された画像データ(動画像データ)をフレーム単位で切り出したものである。
【0044】
図5には、図4に示した試験力の時間推移における複数の時点にて撮影された発光画像が示されている。具体的には、図5(1)は、弾性変形領域から塑性変形領域に遷移する時点(試験開始から約5秒後)付近での発光画像である。図5(2)~(4)は、塑性変形領域の初期(試験開始から約30秒間)における発光画像である。
【0045】
発光画像には、試験片2の所定領域における発光強度の分布が現れている。この発光強度の分布は、試験片2の所定領域に生じる応力の分布を表している。具体的には、発光強度の大きい部分は応力が大きい部分を示し、発光強度の小さい部分は応力が小さい部分を示している。引張試験中の各時点における発光画像(図5(1)~(4))は、引張力によって試験片2の表面に生じる応力分布の時間変化を示している。
【0046】
詳細には、図5(1)に示すように、弾性変形領域から塑性変形領域に遷移する際には、最初に、試験片2の平行部の下部に、X字形状の発光帯が出現する。そして、塑性変形領域に遷移すると、図5(2)に示すように、このX字形状の発光帯は、試験片2の上端部に向かって移動を開始する。
【0047】
その後、図5(3)に示すように、試験片2の平行部の上部に、新たにX字形状の発光帯が出現する。この新たな発光帯は、試験片2の下端部に向かって移動を開始する。この2つの発光体は、図5(4)に示すように、平行部の中央部付近にて合体する。なお、合体された発光帯は、その後消失する。
【0048】
図5に示す発光画像によれば、試験片2を一定速度で引っ張った場合、試験片2の塑性変形領域では、最初に、試験片2の平行部の端部付近にて応力集中が生じ、この応力集中が試験片2の平行部の中央部分に向かって移動する様子を視覚的に観察することができる。
【0049】
なお、X字形状の発光帯は、試験片2の表面に現れる、リューダース帯と呼ばれる帯状の模様に対応していると推測される。このリューダース帯は、金属材料の結晶がずれることによる変形(“すべり”と称される)に起因して生じるとされている。
【0050】
このように、実施の形態1に係る応力発光測定方法によれば、汎用の撮影装置(例えば、民生用のビデオカメラ)を用いて、引張試験中における試験片2の表面に生じる微小な応力の変化を、可視光の応力発光によって画像化することができる。すなわち、簡易な構成で高感度な応力測定を実現することができる。
【0051】
このような効果は、試験片2の表面に形成される応力発光膜1を、非特許文献1に記載されるような従来の応力発光膜に比べて薄膜化したことに起因する。従来の応力発光膜は、膜厚が100μm以上であるため、試験片2の表面に生じる微小な応力の変化を捉えにくいという課題がある。これは、応力発光膜1の膜厚が厚くなると、試験片2に力を加えたときの発光が応力発光膜1に発生する応力由来のものとなるためである。また、応力発光膜1の膜厚が厚くなることで、応力発光膜1が試験片2に加えられる力を抑制する可能性がある。その結果、試験片2に生じる微小な応力を測定することが困難となる。上述した実施の形態では、応力発光膜1の膜厚が約4μmと薄いため、図5に示したように、塑性変形領域において試験片2に生じる応力の変化を応力発光で画像化することができる。
【0052】
さらに、本発明者らは、応力発光膜1の膜厚と発光特性との関係について検討を行い、図6に示す結果を得た。図6は、応力発光膜1の発光特性の膜厚依存性を示す図である。図6の発光特性は、図3に示した応力発光測定装置100を用いた測定工程(S20)によって得られたものである。
【0053】
図6には、膜厚40μmの応力発光膜における発光特性と、膜厚5μmの応力発光膜における発光特性とが示されている。図6において、横軸は時間を示し、縦軸は応力発光膜の発光強度を示す。
【0054】
図6において、各応力発光膜の発光特性は、引張試験における引張速度を、2mm/min,5mm/min,10mm/minの3段階で変化させたときの発光特性を示している。
【0055】
励起光の照射が終了すると、応力発光膜は発光することでエネルギーを放出する。膜厚40μmの応力発光膜は、膜厚5μmの応力発光膜に比べて、エネルギーの蓄積量が多いため、外力を付与する前の時点(時刻0秒の時点)での発光強度(残光量)が大きくなっている。この時点での膜厚5μmと膜厚40μmとの間の残光量の比は約1:8である。すなわち、この残光量の比は応力発光膜の膜厚の比にほぼ一致している。
【0056】
なお、膜厚40μmの応力発光膜では、時間の経過とともに残光量が徐々に低下する。一方、膜厚5μmの応力発光膜では、時間の経過に対して残光量がほとんど変化していない。
【0057】
引張力が付与されると、何れの応力発光膜においても、発光強度はある時点でピークを示す。このピークは、応力発光膜において、引張力を受けて応力が生じたことによる発光(応力発光)を表している。応力発光が生じる時点は、引張速度によって異なっている。図7の例では、引張速度が速くなるに従って、応力発光が生じる時点は早くなっている。なお、同一の引張速度の下では、膜厚40μmと膜厚5μmとの間でピークが生じる時点はほぼ一致している。
【0058】
応力発光による発光強度の増し分である応力発光量は、応力発光特性におけるピークの高さに相当する。応力発光量は、全発光強度から残光量を差し引くことによって求めることができる。膜厚40μmのときの応力発光量(ピークの高さ)と、膜厚5μmのときの応力発光量とを比較すると、膜厚5μmの方が応力発光量が小さくなっている。膜厚5μmと膜厚40μmとの間の応力発光量の比は約1:2である。この応力発光量の比(1:2)は、応力発光膜の膜厚の比(1:8)よりも小さい。これによると、応力発光量は、応力発光膜1の膜厚にあまり影響されないことが分かる。言い換えると、応力発光膜1の膜厚を薄くしても、膜厚の減少率を超える応力発光量を得ることができる。
【0059】
図6に示す計測結果によると、応力発光膜は、膜厚が薄くなるに従って、応力発光量が低下する。その一方で、膜厚が薄くなるに従って、発光特性においてベースラインとなる残光量が小さくなるため、全発光強度に占める応力発光量の比率が高くなる。また、膜厚が薄くなるに従って、残光量の経時変化が小さくなるため、ピーク波形が鋭くなる。その結果、発光画像のコントラストが高められるため、微小な応力の変化に基づく応力発光を高い感度で測定することが可能となる。
【0060】
なお、応力発光膜は、膜厚を薄くしても、膜厚比に依存しない高い応力発光量を保っている。図6の例では、膜厚5μmの応力発光膜は、高い測定感度を実現するのに好適であると判断することができる。
【0061】
[実施の形態2]
実施の形態2では、測定工程(図1のS20)に用いられる応力発光測定装置100の第2の構成例を説明する。
【0062】
図7は、応力発光測定装置100の第2の構成例を示すブロック図である。図7に示す第2の構成例は、図3に示す第1の構成例と比較して、撮影装置8に代えて撮影装置8Aを備える点、および制御装置14を備える点が異なる。その他の構成は図3と同じであるため説明を省略する。
【0063】
撮影装置8Aは、産業用カメラ(マシンビジョンカメラ)であり、撮影装置8に比べて高い解像度を有している。
【0064】
制御装置14は、撮影装置8Aによる撮影動作および駆動装置12による光源10の駆動を制御する。制御装置14は、引張試験機4の制御装置6と通信線16により接続されている。制御装置14は、通信線16を介して制御装置6との間でデータを遣り取りすることにより、引張試験機4、撮影装置8Aおよび光源10を統括的に制御することができる。制御装置14および制御装置6間の通信は、無線通信で実現されてもよい。
【0065】
制御装置14は、CPUなどのプロセッサと、ROMおよびRAMなどのメモリと、周辺機器を接続するためのインターフェイス回路と、表示部142とを有する。プロセッサがメモリに記憶された引張試験プログラムを実行することにより、上述した測定工程(図1のS20)を実現する。
【0066】
なお、本実施の形態では、光源10および撮影装置8Aの制御装置14と、引張試験機4の制御装置6とが別体に設けられているが、制御装置14および制御装置6が一体であってもよい。
【0067】
表示部142は、制御装置14に入力される信号に基づいて各種情報を表示する。例えば、表示部142は、制御装置6から通信線16を介して入力されるデータ(ロードセル52により検出される試験力、およびクロスヘッド42の変位(ストローク)を示す変位量など)を表示することができる。
【0068】
また、表示部142は、撮影装置8Aによって撮影された応力発光膜1の画像(発光画像)を表示することができる。具体的には、表示部142は、撮影装置8Aによって撮影された発光画像をリアルタイムに表示することができる。表示部142はさらに、撮影装置8Aによって撮影された発光画像と、制御装置6から入力される引張試験に関するデータとを重畳した画像を表示することができる。表示部142の表示画像については後述する。
【0069】
図7に示す応力発光測定装置100を用いた測定工程(S20)は、実施の形態1と同様に、励起光を照射する工程(S21)と、消光する工程(S22)と、引張力を付与する工程(S23)と、応力発光を撮影する工程(S24)とを有する。
【0070】
励起光を照射する工程(S21)では、試験片2の表面に対して、光源10から励起光が照射される。消光する工程(S22)では、光源10を停止させ、励起後の応力発光膜1の発光強度が安定するまで待機させる。光源10の照射時間(励起時間)を1分間とし、照射後の待機時間を2分間とした。
【0071】
引張力を付与する工程(S23)では、引張試験機4を駆動することにより、試験片2に引張力が付与される。引張試験の条件として、引張速度を10mm/min、最大荷重を1500Nとした。
【0072】
応力発光を撮影する工程(S24)では、撮影装置8Aにより、試験片2の所定領域が撮影される。本実施の形態では、撮影装置8Aには、例えば、産業用カメラ(製品名:VCXU-15M、Baumer社製)を用いており、フレームレートを1fpsに設定して、応力発光膜1の撮影を行った。
【0073】
図8は、撮影装置8Aによって撮影された発光画像を用いた表示画像の一例を示す図である。
【0074】
図8に示すように、表示画像は、引張試験機4による試験力の時間波形データを含んでいる。試験力の時間波形データはロードセル52の検出値に基づいている。図8では、試験力の時間波形データのうち、試験片2の塑性変形領域に対応する部分(試験力がほぼ一定となる部分)を抽出して示している。
【0075】
図8の例では、試験力の時間波形には、弾性変形領域から塑性変形領域に遷移するとき(試験開始から5~6秒後)、2つのピーク(Peak1,Peak2)が連続的に現れている。そして、塑性変形領域の初期(試験開始から6~27秒間)には、試験力の時間波形には、試験力が略一定となる第1の安定期Plateau1が現れる。この第1の安定期Plateau1に続いて、第3のピークPeak3が現れる(試験開始から約27秒後)。そして、第3のピークPeak3の後、第2の安定期Plateau2が現れる(試験開始から約27~60秒間)。第2の安定期Plateau2を過ぎると、試験力は徐々に低下し、その後、試験片2は破断する。
【0076】
図8ではさらに、試験力の時間波形データに重畳するように、複数の発光画像が表示されている。この複数の発光画像は、試験力の時間波形の複数の時点において、撮影装置8Aにより撮影された画像である。図8の例では、試験力の時間波形の特徴的な部分について、発光画像が重畳して示されている。
【0077】
具体的には、弾性変形領域から塑性変形領域に遷移するときに現れる2つのピーク(Peak1,Peak2)にそれぞれ対応して、2枚の発光画像が示されている。第1のピークPeak1に対応する発光画像では、試験片2の平行部の上部および下部にX字形状の発光帯が出現している。第2のピークPeak2に対応する発光画像では、2つの発光帯の各々が試験片2の中央部に向かって移動を開始している。
【0078】
第1の安定期Plateau1および第3のピークPeak3に対応する発光画像がさらに示されている。これによると、第1の安定期Plateau1では、2つの発光帯はともに移動を継続している。第1の安定期Plateau1に続く第3のピークPeak3に対応する発光画像では、2つの発光帯が合体している。
【0079】
第3のピークPeak3の後の第2の安定期Plateau2では、試験片2の平行部全体が発光した状態となる。図8には、試験力が最大となる時点(試験開始から約43秒後)における発光画像が示されている。
【0080】
第2の安定期Plateau2を過ぎ、試験力が徐々に低下する。試験片2が破断する直前の時点(試験開始から約80秒後)の発光画像には、点状の発光(輝点)が現れる。なお、発光の瞬間を捉えられない輝点については、その消光による暗点となって現れる。その後、試験片2は破断する。破断時点の発光画像によると、上述した複数の輝点が繋がって破断に至ることが観察された。なお、輝点は、破断の直前に試験片2の表面に発生したディンプル(凹み)によるものと推測される。
【0081】
図8の例では、試験力の時間波形は、3つのピークと2つの安定期とを含んでいる。この試験力の時間波形に対応させて発光画像を表示することにより、試験片2が変形するときの各フェーズにおける発光状態(発光強度および発光パターンなど)を知ることができる。これにより、各フェーズにおける試験片2の応力分布を観察することができる。
【0082】
なお、上記3つのピークおよび2つの安定期において、試験力は最大30N程度変化している。図8に示すように、発光画像は、この30N程度の試験力の変化によって試験片2に生じる応力の変化を捉えている。このように、応力発光膜1は、試験片2に生じる微小な応力の変化を高い感度で測定することを可能とする。
【0083】
図9は、撮影装置8Aによって撮影された発光画像を用いた表示画像の他の例を示す図である。図9の例では、発光画像において、輝度が所定値を超える画素に対して色が付されている。すなわち、試験片2の所定領域のうち応力が大きい部分が着色して表示されることになる。これによると、試験片2の応力集中が生じている部分の視認性を高めることができる。また、着色部分のパターンおよび大きさを計測することにより、応力分布のパターンおよび応力の大きさを容易に検出することができる。その結果、試験片2に生じる応力の変化を解析するときのユーザの利便性を向上させることができる。
【0084】
以上説明したように、実施の形態2に係る応力発光測定方法によれば、高解像度の撮影装置を用いて応力発光測定装置を構成することにより、引張力を受けて試験片2に生じる微小な応力の変化を、より精密に画像化することができる。
【0085】
[実施の形態3]
実施の形態3では、図1に示した応力発光膜形成工程(S10)について説明する。
【0086】
試験片2の表面に応力発光膜1を形成する方法には、応力発光材料が混入された応力発光シートを接着剤を用いて試験片に貼り付ける方法、およびスプレー缶に充填された応力発光材料をサンプルに吹き付けて塗装する方法がある。
【0087】
しかしながら、応力発光シートは、樹脂中に応力発光材料を分散させて硬化したものであるため、必然的に膜厚が厚くなることが懸念される。応力発光シートの膜厚が大きくなると、応力発光シート自体に加わる力が支配的となるため、試験片よりも応力発光シートの応力を測定することになりかねない。また、応力発光シートとサンプルとの間には接着層が介在するため、接着層の接着強度が試験片に加えられる外力の制御精度に影響を及ぼすことが懸念される。
【0088】
一方、応力発光材料をスプレー塗装する方法では、1回の吹き付けで形成される応力発光膜の膜厚は20μm程度と小さいものの、その膜厚が不均一であるため、膜厚の均一性を確保するためには、同一個所に対して応力発光材料を複数回吹き付ける必要が生じる。その結果、応力発光膜の膜厚が厚くなってしまうことが懸念される。さらに、スプレー塗装では、試験片に塗布される応力発光材料の量に対して応力発光材料の消費量のロスが多くなることが懸念される。
【0089】
本実施の形態では、スクリーン板を用いた印刷技術を利用して、試験片2の表面に応力発光膜1を形成する。図10は、応力発光膜形成工程(図1のS10)を説明するためのフローチャートである。図10に示すように、応力発光膜形成工程(S10)は、応力発光塗料を生成する工程(S11)と、応力発光塗料を塗布する工程(S12)と、応力発光塗料を乾燥する工程(S13)とを主に有する。
【0090】
応力発光塗料を生成する工程(S11)では、応力発光材料を含有する塗料(応力発光塗料)が生成される。この工程では、最初に、応力発光材料が準備される。応力発光材料は、無機結晶(母材)の骨格中に発光中心となる元素を固溶したものであり、代表的なものに、ユーロピウムをドープしたアルミン酸ストロンチウムがある。その他、遷移金属または希土類をドープした硫化亜鉛、チタン酸バリウム・カルシウム、アルミン酸カルシウム・イットリウムなどがある。応力発光材料は公知のものを用いることができる。
【0091】
応力発光材料は、粉末状であり、複数のセラミック粒子から構成されている。膜厚が数十μmの均一な応力発光膜を形成するためには、応力発光材料の粒子径は、理想的にはサブミクロンオーダーであることが好ましい。
【0092】
ここで、一般的な応力発光材料は、平均粒子径が2~3μm程度であり、かつ、粒子径分布が1~10μmの範囲を有するセラミック粒子から構成されている。これは、初めからサブミクロンオーダーの粒子径を狙って応力発光材料を生成すると、結晶構造が応力発光能を有する単斜晶ではなく、応力発光能を有さない立方晶になるためとされている。ただし、粒子径がミクロンオーダーである場合には、応力発光膜の膜厚を数十μmにすることが難しくなる。
【0093】
本発明者らは、サブミクロンオーダーの粒子径を有する応力発光材料を生成する方法について鋭意研究を重ねた結果、応力発光能を有する粒子を粉砕しても、粒子の結晶構造が変化することなく、応力発光能が損なわれないという知見を得た。そこで、この知見に基づいて、本発明者らは、応力発光材料を細粒化する工程(S111)を見出した。この工程(S111)では、応力発光材料の粒子を粉砕する。応力発光材料の粉砕は、公知の粉砕装置を用いて行うことができる。
【0094】
ただし、応力発光材料は耐水性が低く、かつ、加熱により変質して応力発光能が低下する可能性がある。そのため、粒子同士を高速で衝突させてサブミクロンオーダーに粉砕することができる粉砕装置を用いることが好ましい。例えば、湿式微粉砕機(装置名:ラボスター、アシザワ・ファインテック株式会社製)を用いることができる。この湿式微粉砕機は、ビーズ状の粉砕メディアが収容されたチャンバ内でロータを回転させ、チャンバ内でスラリー上のサンプルを循環させてメディアと衝突させることにより、被粉砕物を粉砕するものである。
【0095】
あるいは、微粉砕機(装置名:ナノジェットマイザー、株式会社アイシンナノテクノロジーズ製)を用いることができる。この微粉砕機は、ミル内部に高圧ジェット気流による同心円の旋回渦を形成することにより粒子を加速する。加速された粒子同士の衝突によって粒子を粉砕することができる。このとき、ジュールトムソン効果(気圧自由膨張時の温度低下効果)により、被粉砕物の温度上昇を抑制することができる。
【0096】
なお、粉砕の条件は特に限定されることなく、粉砕前の応力発光材料の粒径および粒度分布などを考慮して設定すればよい。
【0097】
粉砕後の応力発光材料の粒子径分布を測定した。測定には、レーザ回折/散乱式粒度分布測定装置(装置名:CILAS 1090 Liquid、シーラス社製)を用いた。粒度分布測定装置により測定して得られた体積基準の粒子径分布において、平均粒子径を算出した。その結果、平均粒子径(D50)=1.6μm、平均粒子径(D90)=2.1μmであった。なお、平均粒子径(D50)は、体積基準の粒子径分布において、累積体積が全体積の50%となる粒子径をいう。平均粒子径(D90)は、体積基準の粒子径分布において、累積体積が全体積の90%となる粒子径をいう。
【0098】
さらにBET(Brunauer-Emmett-Teller)法による、粉砕後の応力発光材料の比表面積を測定した。測定には、全自動比表面積測定装置(装置名:Macsorb HM model-1200、株式会社マウンテック製)を用いた。粉砕後の応力発光材料の比表面積は2.4m/gであった。
【0099】
次に、粉砕後の応力発光材料と溶媒とを混合する工程(S112)により、応力発光塗料が生成される。溶媒は、被膜形成性樹脂を含有する。被膜形成性樹脂としては、熱硬化性樹脂、常温硬化性樹脂、紫外線硬化性樹脂、放射線硬化性樹脂などを用いることができる。
【0100】
なお、溶媒には、必要に応じて、溶剤、分散剤、充填剤、増粘剤、レベリング剤、硬化剤、顔料、消泡剤、酸化防止剤、紫外線吸収剤を含む光安定剤、難燃剤、硬化用触媒、殺菌剤および抗菌剤などの塗料添加剤を含有させることができる。
【0101】
工程(S112)では、応力発光材料を溶媒に分散させたスラリー状態で解砕することにより、応力発光材料と溶媒とを混合する。解砕の方法は特に限定されないが、例えば、ローラミルまたはボールミルなどを用いることができる。
【0102】
応力発光塗料を塗布する工程(S12)では、試験片2の表面の所定領域に応力発光塗料が塗布される。応力発光塗料の塗布には、スクリーン板を用いた印刷技術を用いることができる。図11および図12は、応力発光塗料を塗布する工程(S12)を説明するための模式図である。
【0103】
図11に示すように、台座76上に試験片2が載置される。台座76の隅にはボス78(突起部)が設けられている。スクリーン板70は、2次元の網目状の構造を有しており、複数の貫通孔71がマトリクス状に形成されている。スクリーン板70は、フレーム72に外縁部が保持されて張設されている。スクリーン板70およびフレーム72は、印刷用フレーム74に固定されている。
【0104】
印刷用フレーム74には、台座76のボス78と対向する位置に孔部が形成されている。この孔部にボス78が収まるように印刷用フレーム74を配置することにより、台座76に印刷用フレーム74を固定することができる。この状態で、スクリーン板70は、試験片2の表面に接触して配置される。
【0105】
スクリーン板70を試験片2の表面に接触させた状態で、ノズル86からスクリーン板70上に応力発光塗料84が供給される。印刷用フレーム74の上方には、垂直方向に対して傾きを持ったスキージ82が設けられている。スキージ82は、平板状の形状を有しており、その下端部が線状(紙面垂直方向)にスクリーン板70に当接されている。スキージ82は、この状態でスクリーン板70上を水平方向(紙面左から右方向)に移動可能に構成されている。
【0106】
スキージ82の進行方向の前方にノズル86を設け、スキージ82の移動とともにノズル86を移動させることにより、応力発光塗料84をスクリーン板70上に供給することができる。
【0107】
次に、図12(A)および(B)に示すように、スキージ82をスクリーン板70に当接させた状態で、スクリーン板70上を水平方向に移動させる。これにより、スクリーン板70の各貫通孔71に応力発光塗料84が充填される(S121)。
【0108】
さらに図12(C)に示すように、スキージ82をスクリーン板70に当接させた状態で、スクリーン板70上を水平方向に移動させることにより、各貫通孔71に充填された応力発光塗料84が試験片2の表面に転写される(S122)。このスクリーン板70上でスキージ82を移動させる作業を繰り返し行うことにより、各貫通孔71への応力発光塗料84の充填量を均一にすることができる。これにより、応力発光膜1の膜厚の均一性を高めることができる。
【0109】
次に、図12(D)に示すように、印刷用フレーム74を台座76の上方に移動させることにより、スクリーン板70を試験片2の表面から隔離させる(S123)。これにより、スクリーン板70の各貫通孔71に充填されていた応力発光塗料84がスクリーン板70から除去されて試験片2の表面上に転写される。隣接する応力発光塗料84が表面張力によって互いに結合することにより、試験片2の表面の所定領域には、膜厚が一様な応力発光塗膜が形成される。
【0110】
応力発光塗膜を乾燥する工程(S13)では、乾燥によって溶媒中の溶剤および水分が蒸発することにより、応力発光塗膜が硬化する。その結果、試験片2の表面には薄膜の応力発光膜1が形成される。乾燥条件は、使用する樹脂の硬化温度などに応じて決定することができる。
【0111】
なお、乾燥前の応力発光塗膜の膜厚は、スクリーン板70の厚みおよび開口率を変更することによって調整することができる。乾燥後の応力発光膜1の膜厚は、スクリーン板70の厚みおよび開口率に加えて、応力発光塗料の沸点および粘度などを変更することによっても調整することができる。
【0112】
図13は、上述した応力発光膜形成工程(S10)により形成された応力発光膜1の表面性状の測定結果を示す図である。応力発光膜1の表面性状の測定には、非接触三次元形状測定装置(装置名:NH-3Ns、三鷹光器株式会社製)を用いた。測定の結果、応力発光膜1の膜厚は4.0±0.5μmであった。本実施の形態では、応力発光塗料に含有される応力発光材料の粒子径を2μm以下に細粒化し、かつ、この応力発光塗料をスクリーン板を用いた印刷によって試験片に塗布して応力発光膜を形成したことにより、平滑性に優れた薄膜の応力発光膜1を形成することができた。
【0113】
図14は、撮影装置8A(図7)によって撮影された応力発光膜1の画像(発光画像)の一例を示す図である。図14の発光画像は、試験片2が弾性変形しているときの応力発光膜1を撮影装置8Aによって撮影したものである。
【0114】
図14に示すように、試験片2の平行部の全域に発光が観察される。これは、弾性変形領域では、試験片2の平行部における応力分布がほぼ均一であることを示している。ただし、わずかではあるが、発光強度のばらつきが観察される。図13に示したように、応力発光膜1は、薄膜であり、かつ、膜厚の均一性に優れている。そのため、試験片2の表面に生じる微小な応力の大小を捉えることができている。
【0115】
[態様]
上述した複数の例示的な実施形態は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0116】
(第1項)一態様に係る応力発光測定方法は、試験片の表面の所定領域に、40μm以下の膜厚を有する応力発光膜を形成するステップと、応力発光膜に励起光を照射するステップと、試験片に引張力を加えるステップと、引張力が加えられているときの試験片の少なくとも所定領域を、撮影速度(フレームレート)が60fps以下の撮影装置により撮影するステップとを備える。
【0117】
第1項に記載の応力発光測定方法によれば、試験片の表面に膜厚が40μm以下の薄い応力発光膜を形成したことにより、民生用の撮影装置を用いて、試験片の表面に生じる微小な応力の変化を観察することができる。これによると、簡易な構成で高感度な応力測定を実現することができる。
【0118】
(第2項)第1項に記載の応力発光測定方法において、応力発光膜を形成するステップは、5μm以下の膜厚を有する応力発光膜を形成するステップを含む。
【0119】
第2項に記載の応力発光測定方法によれば、応力発光膜の膜厚を5μm以下にしたことにより、応力発光画像のコントラストが高くなるため、微小な応力の変化に基づく応力発光を高い感度で測定することが可能となる。
【0120】
(第3項)第1項または第2項に記載の応力発光測定方法は、試験片に加えられる引張力の時間波形を検出するステップと、撮影装置により撮影された応力発光膜の発光画像を表示するステップとをさらに備える。表示するステップは、試験片に加えられる引張力の時間波形に、発光画像を重畳して表示するステップを含む。
【0121】
第3項に記載の応力発光測定方法によれば、試験片が変形するときの各フェーズに対応付けて発光状態(発光強度および発光パターンなど)を示す画像が表示されるため、試験片に生じる応力分布の時間変化を容易に測定することができる。
【0122】
(第4項)第1項または第2項に記載の応力発光測定方法は、撮影装置により撮影された応力発光膜の発光画像を表示するステップをさらに備える。表示するステップは、発光画像のうち発光強度が所定値以上である画素に色を付して表示するステップを含む。
【0123】
第4項に記載の応力発光測定方法によれば、試験片の応力集中が生じている部分の視認性を高めることができる。また、着色部分のパターンおよび大きさを計測することにより、応力分布のパターンおよび応力の大きさを容易に検出することができる。
【0124】
(第5項)第1項から第4項に記載の応力発光測定方法において、応力発光膜を形成するステップは、単斜晶系の粒子を有する応力発光材料を細粒化するステップと、細粒化された応力発光材料と溶媒とを混合するステップと、応力発光材料と溶媒との混合物を試験片の表面に塗布するステップと、塗布された混合物を乾燥するステップとを含む。
【0125】
第5項に記載の応力発光測定方法によれば、細粒化された応力発光材料の粒子は、単斜晶の結晶構造が保たれており、その応力発光能が損なわれてない。したがって、この応力発光材料を用いることにより、試験片の表面に膜厚が40μm以下の薄い応力発光膜を形成することができる。
【0126】
(第6項)第5項に記載の応力発光測定方法において、塗布するステップは、複数の貫通孔が網目状に配置された板状体を試験片の表面に配置するステップと、板状体に混合物を塗布することにより、複数の貫通孔に混合物を充填するステップと、混合物を試験片の表面に転写するステップとを含む。
【0127】
第6項に記載の応力発光測定方法によれば、試験片の表面に均一性の高い応力発光膜を形成することができる。
【0128】
(第7項)一態様に係る応力発光測定装置は、引張力が加えられたときの試験片に生じる応力を計測する。試験片の表面の所定領域には40μm以下の膜厚を有する応力発光膜が形成されている。応力発光測定装置は、試験片に引張力を加えるための試験機と、応力発光膜に励起光を照射するための光源と、引張力が加えられているときの試験片の少なくとも所定領域を、60fps以下のフレームレートで撮影する撮影装置とを備える。
【0129】
第7項に記載の応力発光測定装置によれば、試験片の表面に膜厚が40μm以下の薄い応力発光膜を形成したことにより、民生用の撮影装置を用いて、試験片の表面に生じる微小な応力の変化を観察することができる。これによると、簡易な構成で高感度な応力測定を実現することができる。
【0130】
(第8項)第7項に記載の応力発光測定装置において、応力発光膜の膜厚は5μm以下である。
【0131】
第8項に記載の応力発光測定方法によれば、応力発光膜の膜厚を5μm以下にしたことにより、応力発光画像のコントラストが高くなるため、微小な応力の変化に基づく応力発光を高い感度で測定することが可能となる。
【0132】
なお、上述した実施の形態および変更例について、明細書内で言及されていない組み合わせを含めて、不都合または矛盾が生じない範囲内で、実施の形態で説明された構成を適宜組み合わせることは出願当初から予定されている。
【0133】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0134】
1 応力発光膜、2 試験片、4 引張試験機、6,14 制御装置、8,8A 撮影装置、10 光源、12 駆動装置、16 通信線、40 テーブル、42 クロスヘッド、44,46 ねじ棹、48 上掴み具、50 下掴み具、52 ロードセル、62,142 表示部、70 スクリーン板、71 貫通孔、72 フレーム、74 印刷用フレーム、76 台座、78 ボス、82 スキージ、84 応力発光塗料、86 ノズル、100 応力発光測定装置。
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