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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-15
(45)【発行日】2024-01-23
(54)【発明の名称】液体注入方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/0793 20100101AFI20240116BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20240116BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20240116BHJP
   C12M 1/00 20060101ALN20240116BHJP
【FI】
C12N5/0793
C12N5/10
C12Q1/02
C12M1/00 C
【請求項の数】 17
(21)【出願番号】P 2017525466
(86)(22)【出願日】2016-06-24
(86)【国際出願番号】 JP2016068925
(87)【国際公開番号】W WO2016208755
(87)【国際公開日】2016-12-29
【審査請求日】2019-04-23
【審判番号】
【審判請求日】2021-11-30
(31)【優先権主張番号】P 2015127698
(32)【優先日】2015-06-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000941
【氏名又は名称】株式会社カネカ
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】100074561
【弁理士】
【氏名又は名称】柳野 隆生
(74)【代理人】
【識別番号】100124925
【弁理士】
【氏名又は名称】森岡 則夫
(74)【代理人】
【識別番号】100141874
【弁理士】
【氏名又は名称】関口 久由
(74)【代理人】
【識別番号】100163577
【弁理士】
【氏名又は名称】中川 正人
(72)【発明者】
【氏名】加藤 智久
(72)【発明者】
【氏名】濱田 和也
(72)【発明者】
【氏名】井上 治久
(72)【発明者】
【氏名】近藤 孝之
【合議体】
【審判長】福井 悟
【審判官】高堀 栄二
【審判官】飯室 里美
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-261133(JP,A)
【文献】特開2004-236547(JP,A)
【文献】特開2014-68579(JP,A)
【文献】特開2004-154027(JP,A)
【文献】特開2014-87352(JP,A)
【文献】特開2014-27941(JP,A)
【文献】国際公開第2014/148646(WO,A1)
【文献】特表2015-506905(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N5/00-5/0793
CA/BIOSIS/WPIDS(STN)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水平面に対して略垂直な方向に形成されている壁面を有し、付着性細胞または付着性細胞集団が底面に接着した培養容器に対し、所要の液体を注入する方法であって、
前記培養容器を水平にした状態から水平軸まわりに0°を超え、50°以下の傾斜角度(X°)の範囲内で傾ける培養容器傾斜工程、及び
前記培養容器傾斜工程で傾斜した前記培養容器の前記壁面を介しながら前記液体を所定の線速度(Ymm/s)で注入する液体注入工程と、
を有し、
前記付着性細胞または付着性細胞集団が、ヒト人工多能性幹細胞から分化誘導された神経細胞であり、
前記培養容器が24ウェルプレート以上の培養面積を有するマルチウェルプレート、マイクロウェルプレートまたはディッシュであり、
前記所要の液体がリン酸緩衝生理食塩水又は培地であり、
前記傾斜角度(X)と前記線速度(Y)の関係が下記(式1)を満たす液体注入方法。
Y≦5.075X+123 (式1)
【請求項2】
前記傾斜角度(X)が30°以上、40°以下である請求項1記載の液体注入方法。
【請求項3】
前記線速度(Ymm/s)が97mm/s≦Ymm/s≦326mm/sである請求項1または2に記載の液体注入方法。
【請求項4】
培養容器内の培地を吸引し、新たな培地を注入して付着性細胞または付着性細胞集団を培養する工程を含む付着性細胞または付着性細胞集団の培養方法であって、
前記付着性細胞または付着性細胞集団がヒト人工多能性幹細胞から分化誘導された神経細胞であり、
前記培養容器が24ウェルプレート以上の培養面積を有するマルチウェルプレート、マイクロウェルプレートまたはディッシュであり、
前記工程において新たな培地を注入する際に、請求項1~3のいずれかに記載の液体注入方法を用いる方法。
【請求項5】
さらに、前記培養容器内に洗浄液を注入して吸引することにより前記培養容器内を洗浄する洗浄工程と、を有する請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記洗浄工程において前記培養容器内に洗浄液を注入する際に、請求項1~3のいずれかに記載の液体注入方法を用いる方法であって、前記洗浄液がリン酸緩衝生理食塩水である、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
さらに、前記培養容器内の前記付着性細胞または付着性細胞集団に剥離液を注入して剥離された状態で吸引する細胞剥離工程、
前記細胞剥離工程で吸引した細胞懸濁液を遠沈管に注入して遠心分離機により遠心分離する遠心分離工程、
前記遠心分離工程を経た前記遠沈管内の上清を除去し、前記遠沈管に培地を注入した細胞懸濁液の一部を採取して細胞数を測定し、その結果に基づいて細胞を播種するための細胞数又は細胞密度を調整する細胞数測定・細胞播種量調整工程、及び
前記細胞数測定・細胞播種量調整工程で調整された所要の細胞数を、培地が充填された培養容器内に播種する細胞播種工程と、を有する請求項4~6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
前記培地が、神経栄養因子ファミリーを含む請求項4~7のいずれかに記載の方法。
【請求項9】
前記神経栄養因子ファミリーが、Brain-derived Neurotrophic Factor (BDNF)、Glia cell line-derived Neurotorophic Factor(GDNF)、及びNeurotrophin 3(NT-3)からなる群より少なくとも1つ選択される請求項8に記載の方法。
【請求項10】
下記工程(a)~(c)を含む、付着性細胞または付着性細胞集団の培養に有用な増殖因子又は栄養因子をスクリーニングする方法;
(a)付着性細胞または付着性細胞集団を、被験物質と接触させる工程、
(b)前記工程(a)で前記被験物質と接触させた付着性細胞または付着性細胞集団、及び対照として前記被験物質に接触させなかった付着性細胞または付着性細胞集団を請求項4~9のいずれかに記載の方法で培養する工程、
(c)前記工程(b)で得られた付着性細胞または付着性細胞集団の細胞数を測定し、前記被験物質と接触させた付着性細胞または付着性細胞集団の細胞数が対照よりも高値であった被験物質を、付着性細胞または付着性細胞集団の培養に有用な増殖因子又は栄養因子として選択する工程。
【請求項11】
下記工程(d)~(f)を含む、付着性細胞または付着性細胞集団に対する毒性評価をする方法;
(d)付着性細胞または付着性細胞集団を、被験物質と接触させる工程、
(e)前記工程(d)で前記被験物質と接触させた付着性細胞または付着性細胞集団、及び対照として前記被験物質に接触させなかった付着性細胞または付着性細胞集団を請求項4~9のいずれかに記載の方法で培養する工程、
(f)前記工程(e)で得られた付着性細胞または付着性細胞集団の細胞数を測定し、前記被験物質と接触させた付着性細胞または付着性細胞集団の細胞数が対照よりも低値であった被験物質を、付着性細胞または付着性細胞集団に対して毒性を有すると評価する工程。
【請求項12】
前記人工多能性幹細胞が神経疾患患者の体細胞、又は神経疾患となる遺伝子変異が導入された健常者の体細胞から作製されたものである請求項1~11のいずれかに記載の方法。
【請求項13】
下記工程(g)~(i)を含む、神経疾患に対して治療効能を有する物質をスクリーニングする方法;
(g)神経細胞を、被験物質と接触させる工程、
(h)前記工程(g)で前記被験物質と接触させた神経細胞、及び対照として前記被験物質に接触させなかった神経細胞を請求項8又は9に記載の方法で培養する工程、
(i)前記工程(h)で得られた神経細胞の細胞数及び神経突起長の少なくともいずれか1つを測定し、前記被験物質と接触させた神経細胞の細胞数及び/又は神経突起長が対照よりも高値であった被験物質を、神経疾患の治療効能を有する物質として選択する工程。
【請求項14】
さらに、前記工程(g)の前に、神経疾患患者の体細胞、又は神経疾患となる遺伝子変異が導入された健常者の体細胞から作製された人工多能性幹細胞から神経細胞へ分化誘導し、得られた神経細胞を請求項8又は9に記載の方法で培養する工程と、を有する請求項13に記載の方法。
【請求項15】
下記工程(j)~(l)を含む、蛋白質ミスフォールディングを起因とする神経変性疾患に対して治療効能を有する物質をスクリーニングする方法;
(j)神経変性疾患罹患者由来の神経細胞を、被験物質と接触させる工程、
(k)前記工程(j)で前記被験物質と接触させた神経変性疾患罹患者由来の神経細胞、及び対照として前記被験物質に接触させなかった神経変性疾患罹患者由来の神経細胞を請求項8又は9に記載の方法で培養する工程、
(l)前記工程(k)で得られた神経変性疾患罹患者由来の神経細胞の培地中または神経細胞中のミスフォールディングしている蛋白質の量を測定し、前記被験物質と接触させた神経変性疾患罹患者由来の神経細胞の培地中または神経細胞中のミスフォールディングしている蛋白質の量が対照よりも低値であった被験物質を、神経変性疾患に対して治療効能を有する物質として選択する工程。
【請求項16】
下記工程(m)~(o)を含む、アルツハイマー型認知症に対して治療効能を有する物質をスクリーニングする方法;
(m)アルツハイマー型認知症の神経細胞を、被験物質と接触させる工程、
(n)前記工程(m)で前記被験物質と接触させたアルツハイマー型認知症の神経細胞、及び対照として前記被験物質に接触させなかったアルツハイマー型認知症の神経細胞を請求項8又は9に記載の方法で培養する工程、
(o)前記工程(n)で得られたアルツハイマー型認知症の神経細胞の培地中のAβ42及び/又はAβ40を測定し、前記被験物質と接触させたアルツハイマー型認知症の神経細胞の培地中のAβ42の含有量及び/又はAβ42の含有量をAβ40の含有量で除した値(すなわち、Aβ42の含有量/Aβ40の含有量)が対照よりも低値であった被験物質を、アルツハイマー型認知症に対して治療効能を有する物質として選択する工程。
【請求項17】
さらに、前記工程(m)の前に、アルツハイマー型認知症患者の体細胞、又はアルツハイマー型認知症となる遺伝子変異が導入された健常者の体細胞から作製された人工多能性幹細胞からアルツハイマー型認知症の神経細胞へ分化誘導し、得られたアルツハイマー型認知症の神経細胞を請求項8又は9に記載の方法で培養する工程と、を有する請求項16に記載の方法。


【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、付着性細胞または付着性細胞集団が付着した培養容器に対し、所要の液体を注入する液体注入方法、前記液体注入方法を用いて付着性細胞または付着性細胞集団を効率よく培養する方法、前記液体注入方法を用いて付着性細胞または付着性細胞集団の培養に有用な増殖因子又は栄養因子を効率よくスクリーニングする方法、前記液体注入方法を用いて付着性細胞または付着性細胞集団に対する被験物質の毒性を効率よく評価する方法、および、前記液体注入方法を用いて神経疾患、神経変性疾患またはアルツハイマー型認知症に対して治療効能を有する被験物質を効率よくスクリーニングする方法に関する。
【背景技術】
【0002】
iPS細胞(人工多能性幹細胞)由来神経細胞(例えば、特許文献1参照)は、創薬スクリーニングや薬品、食品の安全性評価など多岐にわたって有用性がある。
iPS細胞由来神経細胞のような付着性(接着性)細胞の培養は、培養容器の底面に付着(接着)させた状態で行われ、培養容器内には、培地、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)等の洗浄液、及びトリプシン等の剥離液が注入される(例えば、特許文献2参照)。
ここで、特許文献2の培養容器(培養器38)には、その容器の中央に培地等の液体注入のためのチューブ接続部材19が設けられ、チューブ接続部材19の下方に傾斜部381が形成されていることから、チューブ接続部材19から注入された培地等の液体が傾斜部381を経由して落下することにより、培養細胞に対する前記液体の落下の衝撃が緩和される。
また、培養容器への培養液の交換作業を効率的に行うための培養液交換器としては、培養容器を傾斜させた状態で作業を行うものがある(例えば、特許文献3参照)。
ここで、特許文献3の培養容器14は側面に開口部12が設けられたものであり、容器角度調整手段26により開口部12側が高位置になるように培養容器14を傾斜させた状態で、開口部12内に注入パイプ18及び排出パイプ20を挿入して培養液の交換作業が行われる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特表2013-520960号公報
【文献】特開2006-141328号公報
【文献】特許第4293518号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、培養容器の底面に付着したiPS細胞由来神経細胞等の付着性細胞は、培地やPBS等の液体の注入時の物理的負荷によって死にやすく、使用する場面において細胞数の減少、及びばらつきが生じ、正しい実験及び評価データが取得し難いこと、特にiPS細胞由来神経細胞は、分化が進んだ状態で培地を注入する際等において細胞死が非常に生じやすく、培地等の液体の注入の仕方によっては付着性細胞の多くが死んでしまうことで使用不可能になってしまうという問題点がある
【0005】
上記問題点に対して、特許文献2記載の液体注入方法は、培養容器(培養器38)に形成された傾斜部381を経由して液体が落下するので、液体の落下の衝撃を緩和できる一定の効果を奏するが、傾斜部381やチューブ接続部材19を有する特殊形状の培養容器が必要になるとともに、マルチディッシュやマルチウェルプレート等には対応できない。
また、特許文献3記載の液体注入方法は、培養容器14を傾斜させる容器角度調整手段26を備えているが、培養容器14側面の開口部12内に挿入された注入パイプ18から培養液が培養細胞に直接注入されることから、液体の落下の衝撃が培養細胞に直接伝わるので、死にやすい付着性細胞への適用は困難である。
さらに、従来の液体注入方法において、培養細胞が死なないように処理を確実に行いながら作業効率を向上させる点に着目したものは見受けられない。
【0006】
以上の問題点を鑑みて、本発明の目的は、培養容器中の付着性細胞または付着性細胞集団に培地等の液体を注入する際において付着性細胞に特有な現象である細胞死を防ぎ、付着性細胞の生存率を向上できるとともに、作業効率を向上できる液体注入方法を提供する点にある。
また、本発明の他の目的は、前記液体注入方法を用いて付着性細胞または付着性細胞集団を効率よく培養する方法、前記液体注入方法を用いて付着性細胞または付着性細胞集団の培養に有用な増殖因子又は栄養因子を効率よくスクリーニングする方法、前記液体注入方法を用いて付着性細胞または付着性細胞集団に対する被験物質の毒性を効率よく評価する方法、および、前記液体注入方法を用いて神経疾患、神経変性疾患またはアルツハイマー型認知症に対して治療効能を有する被験物質を効率よくスクリーニングする方法を提供する点にある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、培養容器の傾斜角度と液体を注入する際の線速度をある特定の条件下にすることで物理的負荷を軽減し、付着性細胞が死んでしまう割合を著しく抑制できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明の要旨は以下の通りである。
〔1〕水平面に対して略垂直な方向に形成されている壁面を有し、付着性細胞または付着性細胞集団が底面に接着した培養容器に対し、所要の液体を注入する方法であって、
前記培養容器を水平にした状態から水平軸まわりに0°を超え、50°以下の傾斜角度(X°)の範囲内で傾ける培養容器傾斜工程、及び
前記培養容器傾斜工程で傾斜した前記培養容器の前記壁面を介しながら前記液体を所定の線速度(Ymm/s)で注入する液体注入工程と、
を有し、
前記培養容器がマルチウェルプレート、マイクロプレート、マイクロウェルプレート、マルチディッシュまたはディッシュであり、
前記傾斜角度(X)と前記線速度(Y)の関係が下記(式1)を満たす液体注入方法。
Y≦5.075X+123 (式1)
〔2〕前記傾斜角度(X)が30°以上、40°以下である前記〔1〕記載の液体注入方法。
〔3〕前記線速度(Ymm/s)が97mm/s≦Ymm/s≦326mm/sである前記〔1〕又は〔2〕に記載の液体注入方法。
〕培養容器内の培地を吸引し、新たな培地を注入して付着性細胞または付着性細胞集団を培養する工程を含む付着性細胞または付着性細胞集団の培養方法であって、前記工程において新たな培地を注入する際に、前記〔1〕~〔3〕のいずれかに記載の液体注入方法を用いる方法。
〕さらに、前記培養容器内に洗浄液を注入して吸引することにより前記培養容器内を洗浄する洗浄工程と、を有する前記〔〕に記載の方法。
〕前記洗浄工程において前記培養容器内に洗浄液を注入する際に、前記〔1〕~〔3〕のいずれかに記載の液体注入方法を用いる前記〔〕に記載の方法。
〕さらに、前記培養容器内の前記付着性細胞または付着性細胞集団に剥離液を注入して剥離された状態で吸引する細胞剥離工程、
前記細胞剥離工程で吸引した細胞懸濁液を遠沈管に注入して遠心分離機により遠心分離する遠心分離工程、
前記遠心分離工程を経た前記遠沈管内の上清を除去し、前記遠沈管に培地を注入した細胞懸濁液の一部を採取して細胞数を測定し、その結果に基づいて細胞を播種するための細胞数又は細胞密度を調整する細胞数測定・細胞播種量調整工程、及び
前記細胞数測定・細胞播種量調整工程で調整された所要の細胞数を、培地が充填された培養容器内に播種する細胞播種工程と、を有する前記〔4〕~〔6〕のいずれかに記載の方法。
〕前記培地が、神経栄養因子ファミリーを含む前記〔4〕~〔7〕のいずれかに記載の方法。
〕前記神経栄養因子ファミリーが、Brain-derived Neurotrophic Factor (BDNF)、Glia cell line-derived Neurotorophic Factor(GDNF)、及びNeurotrophin 3(NT-3)からなる群より少なくとも1つ選択される〔〕に記載の方法。
10〕下記工程(a)~(c)を含む、付着性細胞または付着性細胞集団の培養に有用な増殖因子又は栄養因子をスクリーニングする方法;
(a)付着性細胞または付着性細胞集団を、被験物質と接触させる工程、
(b)前記工程(a)で前記被験物質と接触させた付着性細胞または付着性細胞集団、及び対照として前記被験物質に接触させなかった付着性細胞または付着性細胞集団を前記〔4〕~〔9〕のいずれかに記載の方法で培養する工程、
(c)前記工程(b)で得られた付着性細胞または付着性細胞集団の細胞数を測定し、前記被験物質と接触させた付着性細胞または付着性細胞集団の細胞数が対照よりも高値であった被験物質を、付着性細胞または付着性細胞集団の培養に有用な増殖因子又は栄養因子として選択する工程。
11〕下記工程(d)~(f)を含む、付着性細胞または付着性細胞集団に対する毒性評価をする方法;
(d)付着性細胞または付着性細胞集団を、被験物質と接触させる工程、
(e)前記工程(d)で前記被験物質と接触させた付着性細胞または付着性細胞集団、及び対照として前記被験物質に接触させなかった付着性細胞または付着性細胞集団を前記〔4〕~〔9〕のいずれかに記載の方法で培養する工程、
(f)前記工程(e)で得られた付着性細胞または付着性細胞集団の細胞数を測定し、前記被験物質と接触させた付着性細胞または付着性細胞集団の細胞数が対照よりも低値であった被験物質を、付着性細胞または付着性細胞集団に対して毒性を有すると評価する工程。
12〕前記付着性細胞または付着性細胞集団が神経細胞である前記〔1〕~〔11〕のいずれかに記載の方法。
13〕前記神経細胞が人工多能性幹細胞から分化誘導されたものである前記〔12〕に記載の方法。
14〕前記人工多能性幹細胞が神経疾患患者の体細胞、又は神経疾患となる遺伝子変異が導入された健常者の体細胞から作製されたものである前記〔13〕に記載の方法。
15〕下記工程(g)~(i)を含む、神経疾患に対して治療効能を有する物質をスクリーニングする方法;
(g)神経細胞を、被験物質と接触させる工程、
(h)前記工程(g)で前記被験物質と接触させた神経細胞、及び対照として前記被験物質に接触させなかった神経細胞を前記〔8〕又は〔9〕に記載の方法で培養する工程、
(i)前記工程(h)で得られた神経細胞の細胞数及び神経突起長の少なくともいずれか1つを測定し、前記被験物質と接触させた神経細胞の細胞数及び/又は神経突起長が対照よりも高値であった被験物質を、神経疾患の治療効能を有する物質として選択する工程。
16〕さらに、前記工程(g)の前に、神経疾患患者の体細胞、又は神経疾患となる遺伝子変異が導入された健常者の体細胞から作製された人工多能性幹細胞から神経細胞へ分化誘導し、得られた神経細胞を前記〔〕又は〔〕に記載の方法で培養する工程と、を有する前記〔15〕に記載の方法。
17〕下記工程(j)~(l)を含む、蛋白質ミスフォールディングを起因とする神経変性疾患に対して治療効能を有する物質をスクリーニングする方法;
(j)神経変性疾患罹患者由来の神経細胞を、被験物質と接触させる工程、
(k)前記工程(j)で前記被験物質と接触させた神経変性疾患罹患者由来の神経細胞、及び対照として前記被験物質に接触させなかった神経変性疾患罹患者由来の神経細胞を前記〔〕又は〔〕に記載の方法で培養する工程、
(l)前記工程(k)で得られた神経変性疾患罹患者由来の神経細胞の培地中または神経細胞中のミスフォールディングしている蛋白質の量を測定し、前記被験物質と接触させた神経変性疾患罹患者由来の神経細胞の培地中または神経細胞中のミスフォールディングしている蛋白質の量が対照よりも低値であった被験物質を神経変性疾患に対して治療効能を有する被験物質として選択する工程。
18〕下記工程(m)~(o)を含む、アルツハイマー型認知症に対して治療効能を有する物質をスクリーニングする方法;
(m)アルツハイマー型認知症の神経細胞を、被験物質と接触させる工程、
(n)前記工程(m)で前記被験物質と接触させたアルツハイマー型認知症の神経細胞、及び対照として前記被験物質に接触させなかったアルツハイマー型認知症の神経細胞を前記〔〕又は〔〕に記載の方法で培養する工程、
(o)前記工程(n)で得られたアルツハイマー型認知症の神経細胞の培地中のAβ42及び/又はAβ40を測定し、前記被験物質と接触させたアルツハイマー型認知症の神経細胞の培地中のAβ42の含有量及び/又はAβ42の含有量をAβ40の含有量で除した値(すなわち、Aβ42の含有量/Aβ40の含有量)が対照よりも低値であった被験物質を、アルツハイマー型認知症に対して治療効能を有する被験物質として選択する工程。
19〕さらに、前記工程(m)の前に、アルツハイマー型認知症患者の体細胞、又はアルツハイマー型認知症となる遺伝子変異が導入された健常者の体細胞から作製された人工多能性幹細胞からアルツハイマー型認知症の神経細胞へ分化誘導し、得られたアルツハイマー型認知症の神経細胞を前記〔〕又は〔〕に記載の方法で培養する工程と、を有する前記〔18〕に記載の方法。
20〕〔1〕~〔〕の方法により得られた、付着性細胞または付着性細胞集団。
21〕前記付着性細胞または付着性細胞が神経細胞である〔20〕に記載の付着性細胞または付着性細胞集団。
22〕前記神経細胞が、β-III tubulin、NCAM、及びMAP2の群より選択される神経細胞のマーカー遺伝子を1以上発現し、且つ、神経突起を有する細胞である〔21〕に記載の付着性細胞または付着性細胞集団。
23〕前記β-III tubulin、NCAM、及びMAP2の群より選択される神経細胞のマーカー遺伝子を1以上発現し、且つ、神経突起を有する細胞を50%以上含有する〔22〕に記載の付着性細胞または付着性細胞集団。
24〕前記神経細胞が、HB9及び/又はChAT(choline acetyltransferase)の運動神経細胞のマーカー遺伝子を発現し、あるいは、β-III tubulin、NCAM、及びMAP2の群より選択される神経細胞のマーカー遺伝子を1以上発現し、且つ、神経突起と十分に肥厚した細胞体とを有する細胞である〔21〕に記載の付着性細胞または付着性細胞集団。
25〕前記HB9及び/又はChAT(choline acetyltransferase)の運動神経細胞のマーカー遺伝子を発現し、あるいは、β-III tubulin、NCAM、及びMAP2の群より選択される神経細胞のマーカー遺伝子を1以上発現し、且つ、神経突起と十分に肥厚した細胞体とを有する細胞を5%以上含有する〔24〕に記載の付着性細胞または付着性細胞集団。
【発明の効果】
【0009】
本発明の液体注入方法によれば、水平軸まわりに水平からの傾斜角度X(0°<X≦50°)で培養容器を傾ける培養容器傾斜工程と、傾斜した前記培養容器の壁面を介しながら液体を、式1(Y≦5.075X+123)の関係を満たす所定の線速度Y(mm/s)で注入する液体注入工程とを有しているので、培地などの液体注入時に剥離して発生しやすい付着性細胞に特有の細胞死を確実に防止できるとともに、前記式1の不等式の範囲内で線速度Yをなるべく大きくすることにより、付着性細胞の生存率を向上しながら作業効率を最大化することができる。
また、本発明の付着性細胞または付着性細胞集団の培養方法によれば、前記液体注入方法を用いることで、生きた付着性細胞を効率よく回収することができる。
また、前記培養方法を用いることで、付着性細胞または付着性細胞集団の培養に有用な増殖因子又は栄養因子を効率よくスクリーニングしたり、付着性細胞または付着性細胞集団に対する毒性を効率よく評価したり、さらには神経疾患、神経変性疾患またはアルツハイマー型認知症に対して治療効能を有する物質を効率よくスクリーニングすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】iPS細胞由来神経細胞の分化誘導培養方法(フィーダー培養)の例を示す工程図である。
図2】iPS細胞由来神経細胞の分化誘導培養方法(フィーダーフリー培養)の例を示す工程図である。
図3】本発明の液体注入方法を確立するために行った実験装置を示す部分断面概略図である。
図4】傾斜角度Xと線速度Yとの関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0012】
<液体注入方法>
本発明の液体注入方法は、付着性細胞または付着性細胞集団が接着した培養容器に対し、所要の液体を注入する方法であって、
前記培養容器を水平にした状態から水平軸まわりに0°を超え、50°以下の傾斜角度(X°)の範囲内で傾ける培養容器傾斜工程、及び
前記培養容器傾斜工程で傾斜した前記培養容器の壁面を介しながら前記液体を所定の線速度(Ymm/s)で注入する液体注入工程と、
を有し、前記傾斜角度(X)と前記線速度(Y)の関係が下記(式1)を満たすことを特徴とする。
Y≦5.075X+123 (式1)
【0013】
本発明により、付着性細胞または付着性細胞集団が含まれる培養容器内に、培地などの液体を注入しても、付着性細胞に特有の細胞死を抑えることができ、その結果として、付着性細胞の生存率を向上しながら作業効率を最大化することが可能になる。
【0014】
本発明における付着性細胞とは、培養容器内で適当な条件下で培養した場合に、培養容器の壁面に付着(接着)する性質を有する細胞をいう。また、複数の付着性細胞が接着・凝集することにより細胞集団として存在している場合や、組織または組織片として機能的に存在している場合は、付着性細胞集団と定義するが、当業者であれば、付着性細胞と付着性細胞集団が相互に同じ意味として解す場合があることは自明である。なお、本明細書中において、付着性細胞集団を細胞集団と記載する場合がある。
前記付着性細胞としては、初代細胞、幹細胞、神経細胞、間葉系細胞、肝細胞、内皮細胞、壁細胞、心筋細胞、筋芽細胞等の細胞表面にある細胞接着分子からの刺激に増殖または生存を依存する細胞であれば特に限定されないが、例えば、人工多能性幹(iPS)細胞由来神経細胞、iPS細胞由来運動神経細胞、293FT細胞、プライマリーの神経細胞、株化された神経細胞(例えば、ヒト神経芽細胞腫SH-SY5Y)、ReproNeuro(ReproCELL社)、Human Neuronal Kit(Xcell Science社)、iCell Nurons(Cellular Dynamics International’s社)、HEK293細胞、BHK-21細胞などが挙げられ、中でも医薬品のスクリーニングに利用可能であるとの観点から、iPS細胞由来神経細胞またはiPS細胞由来運動神経細胞が好ましい。
なお、人工多能性幹(iPS)細胞由来神経細胞には、iPS細胞から分化誘導された神経細胞を含む。
また、前記付着性細胞または付着性細胞集団には、前記細胞を接着・凝集化させてシート状に組織構築させた細胞集合体(いわゆる、細胞シート)も含まれる。前記細胞シートでは、例えば、細胞の重層化がされていてもよい。前記細胞の重層化は、例えば、WO2004/069295、特開2005-130838号、Nishida K et al.,N.Engl.J.Med.(2004)351:1187-96、Nishida K et al.,N.Engl.J.Med.(2004)351:1187-96、特開2005-130838号、WO13/137491、WO14/192909に記載の方法で行うことができる。
【0015】
人工多能性幹(iPS)細胞は、特定の初期化因子を、DNA又はタンパク質の形態で体細胞に導入することによって作製することができる、ES細胞とほぼ同等の特性、例えば分化多能性と自己複製による増殖能、を有する体細胞由来の人工の幹細胞である(K. Takahashi and S. Yamanaka(2006) Cell, 126:663-676; K. Takahashi et al.(2007), Cell, 131:861-872; J. Yu et al.(2007), Science, 318:1917-1920; Nakagawa, M.ら,Nat. Biotechnol. 26:101-106(2008);国際公開WO2007/069666)。初期化因子は、ES細胞に特異的に発現している遺伝子、その遺伝子産物もしくはnon-cording RNA又はES細胞の未分化維持に重要な役割を果たす遺伝子、その遺伝子産物もしくはnon-cording RNA、あるいは低分子化合物によって構成されてもよい。初期化因子に含まれる遺伝子として、例えば、Oct3/4、Sox2、Sox1、Sox3、Sox15、Sox17、Klf4、Klf2、c-Myc、N-Myc、L-Myc、Nanog、Lin28、Fbx15、ERas、ECAT15-2、Tcl1、beta-catenin、Lin28b、Sall1、Sall4、Esrrb、Nr5a2、Tbx3又はGlis1等が例示され、これらの初期化因子は、単独で用いてもよく、組み合わせて用いてもよい。初期化因子の組み合わせとしては、WO2007/069666、WO2008/118820、WO2009/007852、WO2009/032194、WO2009/058413、WO2009/057831、WO2009/075119、WO2009/079007、WO2009/091659、WO2009/101084、WO2009/101407、WO2009/102983、WO2009/114949、WO2009/117439、WO2009/126250、WO2009/126251、WO2009/126655、WO2009/157593、WO2010/009015、WO2010/033906、WO2010/033920、WO2010/042800、WO2010/050626、WO2010/056831、WO2010/068955、WO2010/098419、WO2010/102267、WO2010/111409、WO2010/111422、WO2010/115050、WO2010/124290、WO2010/147395、WO2010/147612、Huangfu D, et al.(2008), Nat. Biotechnol., 26: 795-797、Shi Y, et al.(2008), Cell Stem Cell, 2: 525-528、Eminli S, et al.(2008), Stem Cells. 26:2467-2474、Huangfu D, et al.(2008), Nat Biotechnol. 26:1269-1275、Shi Y, et al.(2008), Cell Stem Cell, 3, 568-574、Zhao Y, et al.(2008), Cell Stem Cell, 3:475-479、Marson A,(2008), Cell Stem Cell, 3, 132-135、Feng B, et al.(2009), Nat Cell Biol. 11:197-203、R.L. Judson et al.,(2009), Nat. Biotech., 27:459-461、Lyssiotis CA, et al.(2009), Proc Natl Acad Sci U S A. 106:8912-8917、Kim JB, et al.(2009), Nature. 461:649-643、Ichida JK, et al.(2009), Cell Stem Cell. 5:491-503、Heng JC, et al.(2010), Cell Stem Cell. 6:167-74、Han J, et al.(2010), Nature. 463:1096-100、Mali P, et al.(2010), Stem Cells. 28:713-720、Maekawa M, et al.(2011), Nature. 474:225-9.に記載の組み合わせが例示される。
【0016】
上記初期化因子には、ヒストンデアセチラーゼ(HDAC)阻害剤[例えば、バルプロ酸(VPA)、トリコスタチンA、酪酸ナトリウム、MC 1293、M344等の低分子阻害剤、HDACに対するsiRNA及びshRNA(例、HDAC1 siRNA Smartpool(商標)(Millipore)、HuSH 29mer shRNA Constructs against HDAC1(OriGene)等)等の核酸性発現阻害剤など]、MEK阻害剤(例えば、PD184352、PD98059、U0126、SL327及びPD0325901)、Glycogen synthase kinase-3阻害剤(例えば、Bio及びCHIR99021)、DNAメチルトランスフェラーゼ阻害剤(例えば、5-azacytidine)、ヒストンメチルトランスフェラーゼ阻害剤(例えば、BIX-01294等の低分子阻害剤、Suv39hl、Suv39h2、SetDBl及びG9aに対するsiRNA及びshRNA等の核酸性発現阻害剤など)、L-channel calcium agonist(例えばBayk8644)、酪酸、TGFβ阻害剤又はALK5阻害剤(例えば、LY364947、SB431542、616453及びA-83-01)、p53阻害剤(例えばp53に対するsiRNA及びshRNA)、ARID3A阻害剤(例えば、ARID3Aに対するsiRNA及びshRNA)、miR-291-3p、miR-294、miR-295及びmir-302などのmiRNA、Wnt Signaling(例えばsoluble Wnt3a)、神経ペプチドY、プロスタグランジン類(例えば、プロスタグランジンE2及びプロスタグランジンJ2)、hTERT、SV40LT、UTF1、IRX6、GLISl、PITX2、DMRTBl等の樹立効率を高めることを目的として用いられる因子も含まれており、本明細書においては、これらの樹立効率の改善目的にて用いられた因子についても初期化因子と別段の区別をしないものとする。
初期化因子は、タンパク質の形態の場合、例えばリポフェクション、細胞膜透過性ペプチド(例えば、HIV由来のTAT及びポリアルギニン)との融合、マイクロインジェクションなどの手法によって体細胞内に導入してもよい。
【0017】
一方、DNAの形態の場合、例えば、ウイルス、プラスミド、人工染色体などのベクター、リポフェクション、リポソーム、マイクロインジェクションなどの手法によって体細胞内に導入することができる。ウイルスベクターとしては、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター(以上、Cell, 126, pp.663-676, 2006; Cell, 131, pp.861-872, 2007; Science, 318, pp.1917-1920, 2007)、アデノウイルスベクター(Science, 322, 945-949, 2008)、アデノ随伴ウイルスベクター、センダイウイルスベクター(WO2010/008054)などが例示される。また、人工染色体ベクターとしては、例えばヒト人工染色体(HAC)、酵母人工染色体(YAC)、細菌人工染色体(BAC、PAC)などが含まれる。プラスミドとしては、哺乳動物細胞用プラスミドを使用しうる(Science, 322:949-953, 2008)。ベクターには、核初期化物質が発現可能なように、プロモーター、エンハンサー、リボゾーム結合配列、ターミネーター、ポリアデニル化サイトなどの制御配列を含むことができるし、さらに、必要に応じて、薬剤耐性遺伝子(例えばカナマイシン耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子など)、チミジンキナーゼ遺伝子、ジフテリアトキシン遺伝子などの選択マーカー配列、緑色蛍光タンパク質(GFP)、βグルクロニダーゼ(GUS)、FLAGなどのレポーター遺伝子配列などを含むことができる。また、上記ベクターには、体細胞への導入後、初期化因子をコードする遺伝子もしくはプロモーターとそれに結合する初期化因子をコードする遺伝子を共に切除するために、それらの前後にLoxP配列を有してもよい。
また、RNAの形態の場合、例えばリポフェクション、マイクロインジェクションなどの手法によって体細胞内に導入してもよく、分解を抑制するため、5-メチルシチジン及びpseudouridine(TriLink Biotechnologies)を取り込ませたRNAを用いてもよい(Warren L,(2010) Cell Stem Cell. 7:618-630)。
【0018】
以降の記載では、iPS細胞へ神経細胞化を導入して誘導された神経細胞、またはiPS細胞へ運動神経細胞化因子を導入して誘導された運動神経細胞を他の方法で得られた神経細胞、運動神経細胞と区別するために、各々induced neuron(iN)、induced motor neuron (iMN)と呼ぶ場合がある。ここで、運動神経細胞化因子(又はMN化因子)は、好適には、Lhx3、Ngn2、及びIsl1遺伝子であり、神経細胞化(又は、N化因子)は、好適には、Ngn2遺伝子のみである。
<神経細胞(iN)>
β-III tubulin、NCAM、MAP2等の神経細胞のマーカー遺伝子を1以上発現し、且つ、神経突起を有する細胞と定義される。よって、iNの判定基準もこれに従う。さらに、神経細胞は、グルタミン酸作動性であることが好ましい。そして、本発明において神経細胞と記載された場合においても、必ずしも一様の細胞集団とは限らず、上記定義を満たす細胞を含有する細胞集団を得ることを意味し、好ましくは、該定義を満たす細胞を50%、60%、70%、80%、90%、95%、98%、又は99%以上含有する細胞集団であってもよい。
なお、Tuj1は抗β-III tubulinであることから、前記β-III tubulinを発現している細胞を、Tuj1陽性細胞と呼ぶ場合がある。
<運動神経細胞(iMN)>
HB9、ChAT(choline acetyltransferase)等の運動神経細胞のマーカー遺伝子を1以上発現する細胞、あるいは、β-III tubulin、NCAM、MAP2等の神経細胞のマーカー遺伝子を1以上発現し、且つ、神経突起(ニューライトとも呼ばれる)と十分に肥厚した細胞体とを有する細胞、と定義される。前記神経細胞のマーカー遺伝子を1以上発現し、且つ、神経突起と十分に肥厚した細胞体とを有する細胞では、HB9又はChATの発現が認められることを確認しているからである。よって、iMNの判定基準もこれに従う。そして、本発明において運動神経細胞と記載された場合においても、必ずしも一様の細胞集団とは限らず、上記定義を満たす細胞を含有する細胞集団を得ることを意味し、好ましくは、該定義を満たす細胞を5%、15%、20%、30%、40%、50%、60%、70%、80%、90%、又は95%以上含有する細胞集団であってもよい。
【0019】
また、前記人工多能性幹細胞としては、神経疾患患者の体細胞、又は神経疾患となる遺伝子変異が導入された健常者の体細胞から作製されたものでもよい。
なお、本発明では、神経疾患に関与する病態を患っていないと診断された者を健常者という。
【0020】
本発明における神経疾患とは、神経細胞の変性又は欠損によりおきる病気のことであり、アルツハイマー型認知症、パーキンソン病、レビー小体型認知症、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、ハンチントン病、及び脊髄小脳変性症などが例示される。
【0021】
本発明における培養容器としては、前記付着性細胞または付着性細胞集団を培養できる容器であればよく、例えば、マルチウェルプレート、マイクロプレート、マイクロウェルプレート、マルチディッシュ、ディッシュ、組織培養用フラスコ等が挙げられる。例えば、マクロプレートとしては、6ウェル、12ウェル、24ウェル、96ウェル、384ウェルが挙げられ、またディッシュとしては、35mmディッシュ、60mmディッシュ、100mmディッシュが挙げられる。
また、前記培養容器の材質としては、ポリスチレン、ポリプロピレン、ポリエチレン等が挙げられ、細胞観察に必要な透明性に優れているため、ポリスチレンを用いることが好ましい。
【0022】
前記培養容器は、いずれも、底部および前記底部と接続した壁面で構成された容器部分を有しており、この容器部分に付着性細胞または付着性細胞集団を含む培養液を導入し、温度、時間などの培養条件を適当な条件に調整することで付着性細胞の培養を行うことができる。培養容器の材質は、特に限定されないが、細胞の接着を改善するための表面処理を行われている培養容器が望ましい。このような表面処理をされた培養容器は、コーニング社、住友ベークライト株式会社またはAGCテクノグラス株式会社等から入手可能である。このほかにも、細胞の接着性を高めるため、細胞外マトリックスタンパク質等のコーティング剤を用いてもよく、細胞外マトリックスタンパク質として、コラーゲン、ゼラチン、ラミニン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、エンタクチン、これらの断片またはこれらの混合物、またポリL-リジン、シンセマックス(コーニング社)、シンセマックス-II、コーニング社)などの合成基質等が例示される。
また、前記付着性細胞または付着性細胞集団として、細胞シートを作製する場合には、細胞の種類により、適当な細胞シート作成用の容器を用いてもよい。
なお、前記培養容器の形状や大きさなどについては特に限定はない。
【0023】
本発明において、付着性細胞または付着性細胞集団が接着した培養容器とは、前記培養容器の容器部分の表面、中でも底面に付着性細胞または付着性細胞集団が接着している状態の培養容器をいう。
付着性細胞または付着性細胞集団が培養容器に接着する状態は、例えば、付着性細胞または付着性細胞集団を含む培養液を培養容器に導入し、所定の温度、時間で培養することで、少なくとも一部の付着性細胞または付着性細胞集団が培養容器の容器部分の表面に接着している状態であればよい。
【0024】
本発明において、培養容器を水平にした状態とは、前記培養容器を重力方向に対して垂直な面(水平面)に対して平行に配置した状態をいう。
【0025】
本発明において、注入操作を行い易い観点から、前記培養容器の底部外面は、水平面に対して平行になるよう形成され、かつ、前記培養容器の壁面は、水平面に対して略垂直な方向に形成されていることが好ましい。
【0026】
本発明において、水平軸とは、前記培養容器を水平にした状態とし、この培養容器の底部外面と接する水平面の左右方向にとる座標軸をいう。
本発明では、前記水平面の左右のいずれかの方向に培養容器の水平軸を決め、この水平軸を中心として回転方向に培養容器を傾斜させる。
また、水平軸まわりとは、前記水平軸を中心とする回転方向のいずれかの方向をいう。
【0027】
本発明において、傾斜角度とは、前記培養容器を水平にした状態から、傾斜させた場合に、水平軸に対する角度をいう。
【0028】
本発明において、液体の線速度とは、単位時間あたりにピペットチップ先端の断面を通過する速度をいい、単位(mm/s)で示される。
線速度は、単位時間あたりにピペットチップ先端の断面を通過する速度を流量計で測定し、ピペットチップの断面積で除することで算出することができる。
【0029】
本発明における所要の液体とは、流動性を示す液体であれば特に限定されないが、例えば生理食塩水、緩衝液、培地、及び洗浄液等の液状物が挙げられる。
【0030】
培地は、基本培地を用いてもよく、当該基本培地に添加剤を加えて用いることができる。
【0031】
基本培地は、例えば、Neurobasal培地、Neural Progenitor Basal培地、NS-A培地、BME培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、Glasgow MEM培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地、DMEM/F12培地、ハム培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、及びこれらの混合培地など、動物細胞の培養に用いることのできる培地であれば特に限定されない。iNまたはiMNを培養する場合において、Neurobasal培地及びDMEM/F12の混合物が好適に用いられる。
【0032】
添加剤は、特に限定されないが、血清、レチノイン酸、Wnt、BMP、bFGF、EGF、HGF、Sonic hedgehog (Shh)、神経栄養因子ファミリー、インスリン様増殖因子1(IGF1)、アミノ酸、ビタミン類、インターロイキン類、インスリン、トランスフェリン、ヘパリン、ヘパラン硫酸、コラーゲン、フィブロネクチン、プロゲステロン、セレナイト、B27-サプリメント、N2-サプリメント、ITS-サプリメント、抗生物質など細胞の増殖または生存に必要な物質が挙げられる。iNまたはiMNを培養する場合において、レチノイン酸、Shh、BDNF、GDNF、NT-3、B27-サプリメント及びN2-サプリメントが好適に用いられる。前記神経栄養因子ファミリーとしては、Brain-derived Neurotrophic Factor (BDNF)、Glial cell line-derived Neurotrophic Factor(GDNF)、Neurotrophin 3(NT-3)であることが好ましい。これらの添加剤は、一度に添加してもよく、培養の経過に合わせて段階的に変化させてもよく、iNまたはiMNを培養する場合において、レチノイン酸、Shh、B27-サプリメント及びN2-サプリメントを添加した培地で培養後、BDNF、GDNF、NT-3、B27-サプリメント及びN2-サプリメントを添加した培地で培養する工程が例示される。
【0033】
洗浄液は、除去目的とする細胞や夾雑物のみを洗い流すことができれば特に限定されず、例えば生理食塩水、リンゲル液、細胞培養に用いる培地、リン酸緩衝液等の一般的な緩衝液、あるいはこれら溶液に血清やタンパク質を添加した溶液が挙げられる。
【0034】
次に、本発明の液体注入方法の各工程について、具体的に説明する。
【0035】
(培養容器傾斜工程)
本工程では、付着性細胞または付着性細胞集団が接着した培養容器を水平にした状態から水平軸まわりに所定の傾斜角度X(0°<X≦50°)の範囲内で傾ける。
【0036】
前記傾斜角度(X)は、培養容器の種類、液体を注入する線速度などによって一概にいえないが、注入した液体がなるべく培養容器から零れないように、X≦50°に設定されるので、傾斜角度Xの範囲は、0°<X≦50°である。また、注入した液体が零れるのを確実に防止するためには、X≦40°とするのが好ましく、さらに、傾斜角度X(°)が30°を超えると細胞死が急激に減少するため好ましい。
よって、注入した液体が零れるのを防止するとともに、細胞の生存率を向上しながら作業効率をなるべく大きくするためには、傾斜角度Xを30°以上、40°以下(すなわち、30°≦X≦40°)の範囲内にするのがより好ましい。そして、そのように傾けた傾斜角度Xの値を前記式1の不等式に代入して、前記式1の不等式の範囲内で線速度Yをなるべく大きく設定すればよい。なお、傾斜角度Xの範囲は、0°<X≦50°であれば特に限定されず、前記のとおり30°≦X≦40°にするのがより好ましいものであるが、Xは5°以上(X≧5°)でもよく、10°以上(X≧10°)でもよく、あるいは20°以上(X≧20°)であってもよい。
【0037】
本工程における培養容器を水平にした状態から水平軸まわりに傾斜させる動作、及び傾斜させた培養容器を水平に戻す動作は、培養容器を支持したテーブルを水平軸まわりに手動で回動させてもよいし、ステッピングモータやサーボモータを用いて電動で行ってもよい。
例えば、図3に示す培養容器であるマルチウェルプレート2は、傾斜台4に載置された状態で固定されており、傾斜台4により、マルチウェルプレート2を、水平状態及び水平状態から水平支軸5まわりに傾斜角度X(°)傾斜させた状態で保持できるように構成される。
【0038】
(液体注入工程)
本工程では、前記培養容器傾斜工程で傾斜した前記培養容器の壁面を介しながら前記液体を所定の線速度(Ymm/s)で注入する。
【0039】
本工程では、前記液体を培養容器の壁面を介しながら注入するため、培養容器内の底面に付着している付着性細胞または付着性細胞集団に液体を直接滴下させた場合と比べて、付着性細胞への衝撃などの影響を最小限に抑えることができる。
【0040】
前記液体を注入する手段としては、培養容器の形状や大きさに応じて適当な注入手段を用いればよく、ピペット、マイクロピペット、注射器、分注装置、又は培養装置などが挙げられる。例えば、分注装置としては、ベックマンコールター社の「Biomek」、テカン社の「Freedom EVO」、ハミルトン社の「MICROLAB」等が挙げられる。
また、前記液体注入方法を実施するための装置としては、図3で示されたプレートを傾ける傾斜台と送液するためのシリンジポンプから成る簡易的な装置の他、液体を分注するための分注機、細胞を培養するインキュベーター、細胞を回収する遠心分離機、細胞数を計測する細胞カウンター、試薬を冷却する保冷庫、培地を加温するための加熱装置、培養容器を搬送するための搬送アーム、培養容器を管理するバーコードリーダなどを備える、細胞培養に最適な自動培養システムが挙げられる。具体的な自動培養システムとしては、市販されているキコーテック社の「Cell Farm」、川崎重工業社の「AUTO CULTURE」などが挙げられる。
【0041】
例えば、図3に示すように、傾斜台4により傾斜させたマルチウェルプレート2のウェルの下側の壁面2Bの上側に、ピペットチップ8の先端を位置させる。
次に、シリンジポンプ6から配管7を経由してピペットチップ8よりマルチウェルプレート2内に液体3を注入する。
ピペットチップ8から出た液体3の注入は、マルチウェルプレート2の前記壁面2Bを介して底面2Aに付着している神経細胞1上に到達するまで行う。
【0042】
また、ピペットチップ8の先端の位置は、前記培養容器傾斜工程を経て傾斜した培養容器に対し、付着性細胞または付着性細胞集団が付着している底面(図3の2A)から立起する、付着性細胞または付着性細胞集団が付着していない壁の内面(図3の2B)の下側1/2の領域、好ましくは1/3の領域、より好ましくは1/4の領域、さらに好ましくは1/5の領域、最も好ましくは最も低い領域にピペットチップを位置させた状態で、ピペットチップから所要の液体を前記壁の内面を介しながら所定の線速度Yで注入する。
【0043】
本工程では、前記液体を注入するに際して、前記培養容器の傾斜角度(X)と前記液体の線速度(Y)の関係が下記(式1):
Y≦5.075X+123 (式1)
を満たすように行う点に大きな特徴がある。
前記のように培養容器の傾斜角度(X)と液体の線速度(Y)とを前記式1を満たすように調整することで、付着性細胞または付着性細胞集団が含まれる培養容器内に、培地などの液体を注入しても、付着性細胞に特有の細胞死を抑えることができ、その結果として、付着性細胞の生存率を向上しながら作業効率を最大化することが可能になる。
【0044】
前記式1は、本件発明者らが、培養容器の傾斜角度(X)と、液体の線速度(Y)とに着目し、種々の付着性細胞または付着性細胞集団を用いて、細胞死を抑えることを目的に、注入実験を繰り返すことで経験的に初めて見出したものであり、前記培養容器傾斜工程において、培養容器を傾斜させる傾斜角度(X)によって、本工程において、液体を注入する線速度(Y)として最も早い速度(=5.075X+123)を予測することができる。
【0045】
また、前記式(1)を用いて測定される線速度(Y)を、Y<5.075X+123に調整することで、付着性細胞または付着性細胞集団の細胞死をより抑えることが可能になる。
【0046】
また、本発明の液体注入方法を好適に実施できる自動化装置について、図3に基づいて説明する。
自動化装置9は、培養容器2が設置可能な傾斜台4、前記培養容器2内の液体を吸引したり、前記培養容器2内へ液体を送液したりするためのピペッター10を備えている。前記ピペッター10は、液体を吸引するピペットチップ8を着脱可能に備えており、且つ、前記ピペッター10は、ピペットチップ8の位置を上下方向、水平方向に移動可能なように構成されている。
前記自動化装置9には、前記ピペッター10の位置と前記傾斜台4の傾斜を制御する制御部Oが設けられている。前記制御部Oは、CPU等によって構成されている。
前記制御部Oによる前記傾斜台4およびピペッター10の制御として、具体的には、前記制御部Oは、前記ピペッター10を前記傾斜台4に設置されている培養容器2の上方へ移動させ、培養容器2内にピペットチップ8を挿入して液体を注入する際に、傾斜台4の傾斜角度(X)と、前記ピペッター10から注入する液体の線速度(Y)との関係がY≦5.075X+123を満たすように、傾斜台4を傾斜させ、ピペッター10が吸引した液体を吐出せしめるように動作を制御する。また、別の態様としては、前記制御部Oは、前記ピペッター10の移動に先立ち、前記傾斜台4を傾斜させ、その後前記ピペッター10を前記傾斜台4に設置されている培養容器2の上方へ移動させ、培養容器2内にピペットチップ8を挿入してピペッター10が吸引した液体を吐出せしめるように動作を制御する。この時、傾斜台4の傾斜角度(X)と前記ピペッター10から注入する液体の線速度(Y)との関係はY≦5.075X+123を満たすように、前記制御部Oによって制御されている。なお、液体の注入終了後は、前記制御部Oによって前記傾斜台4を水平に戻すように制御してもよいし、揺動後に水平に戻すように制御してもよい。また、前記制御部Oによって、前記ピペッター10からピペットチップ8を取り外すように制御してもよい。
また、前記制御部Oは、前記培養容器2のウェルが複数個ある場合に、液体注入が終わったウェルから、前記ピペッター10を離し、別のウェルに前記ピペッター10のピペットチップ8を挿入して液体を注入するよう動作を制御してもよいし、前記培養容器2が複数ある場合には、ウェルが複数個ある場合と同様に、液体注入の終わった培養容器内から、前記ピペッター10を離し、別の培養容器内に前記ピペッター10のピペットチップ8を挿入して液体を注入するように動作を制御してもよい。各培養容器内において付着性細胞または付着性細胞集団の細胞種がそれぞれ異なる場合には、培養容器間における細胞のコンタミネーションを防ぐべく、1つの培養容器内への液体注入が終わる度に、前記ピペッター10からピペットチップを取り外し、新しいピペットチップに交換するよう動作を制御してもよい。
また、前記制御部Oは、前記培養容器2内に液体を搬送する際、前記ピペットチップ8に搬送する液体を吸引させてからさらに空気を吸引させることで前記ピペットチップ8の先端に空気層を形成させ、その後、前記ピペットチップ8を液体の搬送先へと移動させて、前記ピペットチップ8が吸引した液体を吐出させ、これにより液体を搬送する際の液だれを防ぐように制御してもよい。また、前記制御部Oは、前記ピペットチップ8が吸引した液体を吐出される際、前記ピペットチップ8が吸引した液体を吐出し始めてから所定の待機時間だけ前記ピペットチップ8の移動を停止させ、前記待機時間は、前記ピペットチップ8が吐出する液体の量に応じて長くなるように制御してもよい。
【0047】
以上の工程を有する本発明の液体注入方法は、培養容器を用いた各種の方法、例えば、付着性細胞または付着性細胞集団の培養方法、付着性細胞または付着性細胞集団の培養に有用な増殖因子又は栄養因子のスクリーニング方法、付着性細胞または付着性細胞集団に対する毒性評価方法、神経疾患、神経変性疾患またはアルツハイマー型認知症に対して治療効能を有する物質のスクリーニング方法などに好適に用いられる。以下、これらの方法について詳細に説明する。
【0048】
<培養容器内の付着性細胞または付着性細胞集団を培養する方法>
本発明の培養容器内の付着性細胞または付着性細胞集団を培養する方法(以下、付着性細胞または付着性細胞集団の培養方法)は、培養容器内の培地を吸引し、新たな培地を注入して付着性細胞または付着性細胞集団を培養する工程を有し、当該新たな培地の注入には、前記液体注入方法を用いる。
本発明の付着性細胞または付着性細胞集団の培養方法では、培地を注入する際に前記液体注入方法を用いることで、液体注入に伴う付着性細胞または付着性細胞集団の細胞死を抑えることができるため、効率よく付着性細胞または付着性細胞集団の培養を行うことができる。液体の注入前に培地を完全に除く場合や、一部除く場合がある。また、注入する培地として、除いた培地と同じ組成の新しい培地、あるいは異なる組成の培地、また、それぞれの培地に新たな化合物などを添加した培地を用いることができる。
【0049】
本発明の付着性細胞または付着性細胞集団の培養方法は、培養容器内に付着性細胞または付着性細胞集団を播種する工程(細胞播種工程)、または付着性細胞または付着性細胞集団を含む培養液を所定の温度、時間で培養する工程(培養工程)、などを有してもよい。前記液体注入の操作は、当該培養工程を継続して行う場合に、適宜行うことができる。
また、前記培養工程には、細胞数を増加させる工程、分化能を有する細胞を分化誘導させる工程も含まれる。また、細胞数は増加しないが維持培養する工程も含まれる。
【0050】
また、本発明の付着性細胞または付着性細胞集団の培養方法で使用する培地には、上述した培地を適宜用いることができる。
【0051】
また、本発明の付着性細胞または付着性細胞集団の培養方法は、前記培養容器内に洗浄液を注入して吸引することにより前記培養容器内を洗浄する洗浄工程を有してもよい。この洗浄液の注入にも前記液体注入方法用いることで、洗浄液の注入に伴う付着性細胞または付着性細胞集団の細胞死を抑制することができるため、安全に付着性細胞または付着性細胞集団の洗浄を行うことができる。
前記洗浄工程は、前記培養工程後に行ってもよいし、培養の途中に行ってもよい。細胞を継代する時に、培地を除いて剥離液で処理する前に、細胞が付着した培養容器表面を洗浄する際に、洗浄液を注入する際に、前記洗浄工程を行うことができる。
【0052】
また、本発明の付着性細胞または付着性細胞集団の培養方法は、付着性細胞または付着性細胞集団の継代培養を行うことを目的として、前記培養容器内の前記付着性細胞または付着性細胞集団に剥離液を注入する細胞剥離工程、前記細胞剥離工程で得られた細胞懸濁液を遠沈管に移して遠心分離機により遠心分離する遠心分離工程、
前記遠心分離工程を経た前記遠沈管内の上清を除去し、前記遠沈管に培地を注入する再懸濁工程、
前記再懸濁工程により得られた細胞懸濁液の一部を採取して細胞数を測定し、その結果に基づいて細胞を播種するために細胞懸濁液の細胞濃度を調整する細胞数測定・細胞濃度調整工程、及び
前記細胞数測定・細胞播種量調整工程で調製された所要の細胞数を、培地が充填された培養容器内に播種する細胞播種工程と、をさらに有してもよい。
【0053】
本発明における剥離液は、前記培養容器内に接着した付着性細胞または付着性細胞集団を安全に剥離できる液であればよく、例えばトリプシン等の酵素を含む液が挙げられ、剥離液を注入することで安全に付着性細胞または付着性細胞集団を回収できる観点から、CTK溶液(0.25%トリプシン、1mg/mLコラゲナーゼ、1mM CaCl2および20%KSRを添加したPBS溶液)が好ましい。
【0054】
また、前記細胞剥離工程における剥離液以外の剥離手段としては、公知の手法に基づけばよく、特に限定はない。
なお、前記細胞剥離工程は、前記培養工程後または前記洗浄工程後に行えばよい。
【0055】
前記遠心分離工程で使用する遠沈管、遠心分離機などについては、公知のものであればよく、特に限定はない。
【0056】
前記細胞数測定・細胞濃度調整工程は、前記再懸濁工程で得られた細胞懸濁液の一部を採取することで、当該細胞懸濁液の単位量あたりの付着性細胞または付着性細胞集団の数を測定し、当該細胞懸濁液の濃度を算出し、この濃度から、新たな培養容器へ適切な密度で播種するために、細胞懸濁液の細胞濃度を調整および/または播種する細胞懸濁液量を調整する工程である。
【0057】
前記上清を除去したり、再懸濁した細胞懸濁液の一部をサンプリングしたりする手法は、公知の手法に基づけばよく、特に限定はない。
【0058】
前記細胞数の測定方法としては、血球計算板を用いて顕微鏡で観察しながら、カウンターにて細胞数を計測する、またはセルカウンターを用いて細胞数を計測することができる。
【0059】
また、神経細胞の細胞数を測定する場合には、以下の手法で行うことが好ましい。
(神経細胞の細胞数測定)
細胞懸濁液中の神経細胞の細胞数は、当業者に公知の方法を用いて免疫染色を行い、β-tubulin等の神経細胞マーカー遺伝子を発現する細胞の数として計測することができ、例えば、細胞画像解析装置(GEヘルスケアサイエンス社の「IN Cell Analyzer」、Thermo Fisher Scientific社の「CellInsight」)を用いて自動的に計測してもよい。
【0060】
次に行う細胞播種工程では、前記細胞数測定・細胞濃度調整工程で調整された細胞懸濁液の所要の容量を培地が充填された培養容器内に播種する。
【0061】
<付着性細胞の培養に有用な増殖因子又は栄養因子のスクリーニング方法>
本発明の付着性細胞または付着性細胞集団の培養に有用な増殖因子又は栄養因子のスクリーニング方法は、下記工程(a)~(c)を含む。
(a)付着性細胞または付着性細胞集団を、被験物質と接触させる工程、
(b)前記工程(a)で前記被験物質と接触させた付着性細胞または付着性細胞集団、及び対照として前記被験物質に接触させなかった付着性細胞または付着性細胞集団を前記付着性細胞または付着性細胞集団の培養方法で培養する工程、
(c)前記工程(b)で得られた付着性細胞または付着性細胞集団の細胞数を測定し、前記被験物質と接触させた付着性細胞または付着性細胞集団の細胞数が対照よりも高値であった被験物質を、付着性細胞または付着性細胞集団の培養に有用な増殖因子又は栄養因子として選択する工程。
本発明の付着性細胞または付着性細胞集団の培養に有用な増殖因子又は栄養因子となる被験物質のスクリーニング方法では、前記工程(b)において、被験物質と接触させたまたは接触させなかった付着性細胞または付着性細胞集団を、前記付着性細胞または付着性細胞集団の培養方法を用いて培養することで、培養を連続して行った場合でも、培地の入れ替えに伴う付着性細胞または付着性細胞集団の細胞死を抑えることができ、また、前記付着性細胞または付着性細胞集団の2種類の培養結果を対比することで、被験物質における増殖因子又は栄養因子としての作用の有無を確認することができる。
【0062】
本発明において、各スクリーニング(増殖因子又は栄養因子のスクリーニング、付着性細胞に対するスクリーニング、神経疾患に対して治療効能を有する物質のスクリーニング、蛋白質ミスフォールディングを起因とする神経変性疾患に対して治療効能を有する物質のスクリーニング、アルツハイマー型認知症に対して治療効能を有する物質のスクリーニング)に使用する細胞に接触させる被験物質としては、特に制限はないが、例えば、細胞抽出液、核酸(DNA、RNA、PNA)、遺伝子ライブラリーの発現産物、合成低分子化合物、合成ペプチド、天然化合物血清、植物抽出物、果実抽出物、レチノイン酸、Wnt、BMP、bFGF、EGF、HGF、Sonic hedgehog (Shh)、脳由来神経栄養因子(BDNF)、グリア細胞由来神経栄養因子(GDNF)、ニューロトロフィン-3(NT-3)、インスリン様増殖因子1(IGF1)、アミノ酸、ビタミン類、インターロイキン類、インスリン、トランスフェリン、ヘパリン、ヘパラン硫酸、コラーゲン、フィブロネクチン、プロゲステロン、セレナイト、B27-サプリメント、N2-サプリメント、ITS-サプリメント、好ましくは、レチノイン酸、Shh、BDNF、GDNF、NT-3、B27-サプリメント及びN2-サプリメント、Vincristine(Sigma Aldrich)、Paclitaxel(Sigma Aldrich)、Colchicine(東京化成工業社)、Docetaxel(Fluka)、Doxorubicin(和光純薬工業社)、Vindesine(Sigma Aldrich)、及びVinorelbine(Sigma Aldrich)などを用いることができるが、これらに制限されない。
【0063】
本発明における付着性細胞または付着性細胞集団の培養に有用な増殖因子とは、一般成長因子として、BDNF、FGFb、Activin A、EGF等が例示される。その他、サイトカイン類等も含まれる。
本発明における付着性細胞または付着性細胞集団の培養に有用な栄養因子とは、アミノ酸、糖質、脂質、ビタミン等の栄養素等が例示される。
【0064】
本発明において、付着性細胞または付着性細胞集団として神経細胞を用いてもよく、神経細胞を用いた場合、被験物質となる増殖因子又は栄養因子は、神経栄養因子に限定されてもよく、当該神経栄養因子して、例えば、Nerve Growth Factor(NGF)、Brain-derived Neurotrophic Factor(BDNF)、Neurotrophin 3(NT-3)、Neurotrophin 4/5(NT-4/5)、Neurotrophin 6(NT-6)、basic FGF、acidic FGF、FGF-5、Epidermal Growth Factor(FGF)、Hepatocyte Growth Factor(HGF)、Insulin、Insulin like Growth Factor 1、(IGF 1)、Insulin like Growth Factor 2、(IGF 2)、Glial cell line-derived Neurotrophic Factor(GDNF)、TGF-b2、TGF-b3、Interleukin 6(IL-6)、Ciliary Neurotrophic Factor(CNTF)及びLIFなどが挙げられる。
【0065】
前記工程(a)において、付着性細胞または付着性細胞集団を被験物質と接触させる手法としては、付着性細胞または付着性細胞集団を含む培地に被験物質を混合する方法、予め被験物質が添加された培地と培地交換する方法などが挙げられるが、特に限定はない。
【0066】
前記工程(b)における付着性細胞または付着性細胞集団を培養する方法としては、前記付着性細胞の培養方法に準じて行えばよい。
【0067】
前記工程(c)において、前記工程(b)で得られた付着性細胞または付着性細胞集団の細胞数を測定する手法としては、付着性細胞または付着性細胞集団を含む培地の一部を採取して、含有される細胞数を、前記と同様にして測定してもよく、死細胞数の逆として算出してもよい。死細胞数の計測は、例えばLDHの活性を測定する方法、MTT法、WST-1法、WST-8法を用いて吸光度を測定する方法、または、TO(thiazole orange)、PI(propidium iodide)、7AAD、カルセインAM、又はエチジウムホモダイマー(EthD-1)を用いて染色し、フローサイトメーターを用いて計数する方法等によって行うことができ、さらに細胞画像解析装置を用いて自動的に行うことができる。
【0068】
そして、前記被験物質と接触させた付着性細胞または付着性細胞集団の細胞数が対照よりも高値であった被験物質があれば、この被験物質は、付着性細胞または付着性細胞集団の培養に有用な増殖因子又は栄養因子であると判別できる。
【0069】
なお、本発明における前記対照の細胞としての被験物質と接触させなかった付着性細胞または付着性細胞集団に代替して、有効性がないことが確認されている薬剤を接触させた細胞を用いることができる。
【0070】
<付着性細胞または付着性細胞集団に対する被験物質の毒性評価方法>
本発明の付着性細胞または付着性細胞集団に対する毒性評価方法では、下記工程(d)~(f)を含む。
(d)付着性細胞または付着性細胞集団を、被験物質と接触させる工程、
(e)前記工程(d)で前記被験物質と接触させた付着性細胞または付着性細胞集団、及び対照として前記被験物質に接触させなかった付着性細胞または付着性細胞集団を前記付着性細胞または付着性細胞集団の培養方法で培養する工程、
(f)前記工程(e)で得られた付着性細胞の細胞数を測定し、前記被験物質と接触させた付着性細胞の細胞数が対照よりも低値であった被験物質を、付着性細胞または付着性細胞集団に対して毒性を有すると評価する工程。
本発明の付着性細胞または付着性細胞集団に対する毒性評価方法では、前記工程(e)において、被験物質と接触させた付着性細胞または付着性細胞集団、および接触させなかった付着性細胞または付着性細胞集団を、前記付着性細胞または付着性細胞集団の培養方法を用いて培養することで、培地交換や洗浄時などの液体注入に伴う付着性細胞または付着性細胞集団の細胞死を抑えることができるため、被験物質の毒性に関与しない付着性細胞または付着性細胞集団の減少に影響されず、正確に被験物質の毒性を確認することができる。
【0071】
本発明における毒性とは、被験物質を培養細胞に接触させ細胞の生死、すなわち生存率(もしくは死亡率)が増加すること、神経細胞にあっては、神経突起長の変化(短縮化、消滅など)が生じることをいう。
評価方法として、細胞数を直接計数する方法、増殖可能な細胞からできたコロニーを数える方法と、特定の物質を光学的方法または放射標識化合物により定量して間接的に生存・死亡率を見積もる方法がある。
細胞死を測定するにあたり、最もよく利用されるのは、細胞膜の破壊の有無である。トリパンブルーなどの色素は生細胞には入らないが、死細胞には入って染色する。これにより顕微鏡下で生・死細胞を計数する。また死細胞の細胞質から漏出する物質を用いることもあり、代表的な方法としては乳酸脱水素酵素(LDH)の活性を測定するものがある。
次に生細胞が持つ機能や物質を利用する方法がある。生細胞の還元力を利用するものにMTTアッセイなどがある。生細胞にMTTなどのテトラゾリウム塩が取り込まれ、これが還元されてホルマザンとなり発色する。このほかにスルホローダミンBなどを使う方法がある。また生細胞のみが持つATPを定量することで生存率を求めることができる。ATP量はルシフェラーゼによる発光で知ることができる。
また、放射標識化合物を使う方法としては、トリチウム標識チミジンなどの生細胞への取り込みを測定する方法がある。
この他、細胞の増殖を見るコロニー形成法も用いられる。
【0072】
前記工程(d)において、付着性細胞または付着性細胞集団を被験物質と接触させる手法としては、付着性細胞または付着性細胞集団を含む培地に被験物質を混合する方法、予め被験物質が添加された培地と培地交換する方法などが挙げられるが、特に限定はない。
【0073】
<神経疾患に対して治療効能を有する物質をスクリーニングする方法>
本発明の神経疾患に対して治療効能を有する物質のスクリーニング方法では、下記工程(g)~(i)を含む。
(g)神経細胞を、被験物質と接触させる工程、
(h)前記工程(g)で前記被験物質と接触させた神経細胞、及び対照として前記被験物質に接触させなかった神経細胞を前記付着性細胞または付着性細胞集団の培養方法で培養する工程、
(i)前記工程(h)で得られた神経細胞の細胞数及び神経突起長の少なくともいずれか1つを測定し、前記被験物質と接触させた神経細胞の細胞数及び/又は神経突起長が対照よりも高値であった被験物質を、神経疾患の治療効能を有する物質として選択する工程。
本発明の神経疾患に対して治療効能を有する物質のスクリーニング方法では、前記工程(h)において、被験物質と接触させたまたは接触させなかった神経細胞を、前記付着性細胞または付着性細胞集団の培養方法を用いて培養することで、培地交換や洗浄時などの液体注入に伴う神経細胞の細胞死を抑えることができるため、被験物質の効果に関与しない神経細胞の減少に影響されず、神経疾患に対して治療効能を有する物質を確認することができる。
【0074】
本発明における治療効能とは、神経疾患に関連する症状等を緩和もしくは完治することを意味する。
本発明の神経疾患に対して治療効能を有する物質のスクリーニン方法において用いる神経細胞は、外来性核酸(Ngn2をコードする核酸が薬剤応答性プロモーターに機能的に接合された外来性の核酸)が染色体内に組み込まれた多能性幹細胞、及び該多能性幹細胞を分化誘導することで得られる神経細胞(途中の分化段階のものも含む)を利用することができる。Ngn2をコードする核酸が染色体内に組み込まれた多能性幹細胞の由来の細胞を用いる場合、スクリーニングされる物質が治療効能を有する好適な神経疾患は、アルツハイマー型認知症等が挙げられる。
【0075】
本発明はまた、スクリーニング方法において用いる神経細胞として、外来性核酸(Lhx3をコードする核酸、Ngn2をコードする核酸、及びIsl1をコードする核酸が2A配列を介して結合され、且つ、薬剤応答性プロモーターに機能的に接合された外来性の核酸)が染色体内に組み込まれた多能性幹細胞及び/又は運動神経細胞を利用することができる。
Lhx3をコードする核酸、Ngn2をコードする核酸、及びIsl1をコードする核酸が染色体内に組み込まれた多能性幹細胞の由来の細胞を用いる場合、スクリーニングされる物質が治療効能を有する好適な対象疾患は、運動神経細胞が欠損又は損傷することによって引き起こされる疾患であり、例えば、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、脊髄性筋萎縮症(SMA)、及び球脊髄性筋萎縮症(SMBA)等が挙げられる。薬剤処理等によって迅速且つ同調して運動神経細胞又は神経細胞へ分化し得る多能性幹細胞が提供される。
【0076】
前記工程(g)において、神経細胞を被験物質と接触させる手法としては、神経細胞を含む培地に被験物質を混合する方法、予め被験物質が添加された培地と培地交換する方法などが挙げられるが、特に限定はない。
【0077】
また、前記工程(g)の前に、神経疾患患者の体細胞、又は神経疾患となる遺伝子変異が導入された健常者の体細胞から作製されたiPS細胞から神経細胞へ分化誘導し、得られた神経細胞を前記付着性細胞または付着性細胞集団の培養方法で培養する工程を有してもよい。
【0078】
iPS細胞から神経細胞を分化誘導する態様としては、無血清培地中で胚様体(神経前駆細胞を含む細胞塊)を形成させて分化させる方法(Watanabe K, et al. Nat.Neurosci.,8:288-296,2005)、ストローマ細胞上で胚性幹細胞を培養して分化させる方法(Kawasaki H, et al. Neuron,28:31-40,2000)、マトリゲル上に薬剤を添加して培養する方法(Kawasaki H, et al. Neuron,28:31-40,2000)、サイトカインの代替物として低分子化合物を用い、細胞外からのシグナルによって細胞の運命付けを行う方法(USP5,843,780)等があげられるが、特に限定はない。
【0079】
前記工程(h)における神経細胞を培養する方法としては、前記付着性細胞の培養方法に準じて行えばよい。
【0080】
前記工程(i)において、前記工程(h)で得られた神経細胞の細胞数を測定する手法としては、前記と同様にして測定すればよい。
【0081】
また、前記工程(i)において、神経突起長を測定する方法は、目視によって行うこともでき、また細胞画像解析装置(GEヘルスケアサイエンス社の「IN Cell Analyzer」、Thermo Fisher Scientific社の「CellInsight」)等を用いて測定してもよい。このとき、神経突起長は、神経突起の画像上における面積として測定してもよい。
【0082】
本発明における神経疾患の治療効能を有する物質とは、前記被験物質と接触させた神経細胞の細胞数及び/又は神経突起長が対照よりも高値であった被験物質である。
具体的には、前記被験物質と接触させた神経細胞数及び/又は神経突起長が、対照細胞の細胞数及び/又は神経突起長と比べて、1.5倍以上、1.6倍以上、1.7倍以上、1.8倍以上、1.9倍以上、2.0倍以上、2.5倍以上又は3倍以上である場合に高値と判断し、その高値となった被験物質を、神経疾患の治療効能を有する物質としてスクリーニングする。
【0083】
<蛋白質ミスフォールディングを起因とする神経変性疾患に対して治療効能を有する物質をスクリーニングする方法>
本発明では、下記工程(j)~(l)を含む、蛋白質ミスフォールディングを起因とする神経変性疾患に対して治療効能を有する物質をスクリーニングする方法を提供する。
(j)神経変性疾患罹患者由来の神経細胞を、被験物質と接触させる工程、
(k)前記工程(j)で前記被験物質と接触させた神経変性疾患罹患者由来の神経細胞、及び対照として前記被験物質に接触させなかった神経変性疾患罹患者由来の神経細胞を前記付着性細胞の培養方法で培養する工程、
(l)前記工程(k)で得られた神経変性疾患罹患者由来の神経細胞の培地中または神経細胞中のミスフォールディングしている蛋白質の量を測定し、前記被験物質と接触させた神経変性疾患罹患者由来の神経細胞の培地中または神経細胞中のミスフォールディングしている蛋白質の量が対照よりも低値であった被験物質を、治療効能を有する物質として選択する工程。
本発明の蛋白質ミスフォールディングを起因とする神経変性疾患に対して治療効能を有する物質をスクリーニングする方法では、前記工程(k)において、被験物質と接触させた神経変性疾患罹患者由来の神経細胞、および接触させなかった神経変性疾患罹患者由来の神経細胞を、前記付着性細胞または付着性細胞集団の培養方法を用いて培養することで、培地交換や洗浄時などの液体注入に伴う神経細胞の細胞死を抑えることができ、被験物質の効果に関与しない神経細胞の減少に影響されず蛋白質ミスフォールディングを起因とする神経変性疾患に対して治療効能を有する物質をスクリーニングすることができる。
【0084】
本発明における蛋白質ミスフォールディングを起因とする神経変性疾患とは、アルツハイマー病、パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、ポリグルタミン(PolyQ)病(ハンチントン病,脊髄小脳失調症1,2,3,6,7,17型,歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症,球脊髄性筋萎縮症)などが例示される。
本発明におけるミスフォールディングしている蛋白質とは、蛋白質合成の際にミスフォールディングが行われた蛋白質の中でも、小胞体関連分解やユビキチン-プロテアソーム系等の蛋白質分解系によっても分解されず、培地中または細胞中に蓄積した蛋白質であり、例えば、異常ハンチントンタンパク質、ポリグルタミンタンパク質等が例示される。
【0085】
前記工程(j)において、神経変性疾患罹患者由来の神経細胞を被験物質と接触させる手法としては、予め培地に被験物質を混合する方法、神経細胞を含む培地に被験物質を混合する方法などが挙げられるが、特に限定はない。
【0086】
前記工程(l)において、前記工程(k)で得られた神経変性疾患罹患者由来の神経細胞の培地中または神経細胞中のミスフォールディングしている蛋白質の量を測定する手法としては、iNに被験物質を接触させた後、回収した培養上清を用いて当業者に汎用されているELISA法によって計測することによってもよく、例えば、MSD Abeta 3 plex assay plate(Meso Scale Discovery)、ヒト/ラットβアミロイドELISAキット(和光純薬工業社)などを用いて行う方法がある。その際、Aβ(アミロイドβタンパク質)42の測定値を指標としてもよく、Aβ40の値で除した値(Aβ42/、Aβ40)を指標としてもよい。なお同条件下ではタンパク質量で評価することもあるが、異なった条件下ではミスフォールティングタンパク質の比率で評価することもある。
【0087】
本発明におけるミスフォールディングに起因する神経疾患の治療効能を有する物質とは、
培地中または神経細胞中のミスフォールディングしている蛋白質の量(pg/ml)を測定し、前記被験物質と接触させた神経変性疾患罹患者由来の神経細胞の培地中または神経細胞中のミスフォールディングしている蛋白質の量(pg/ml)が対照よりも低値であった被験物質である。
具体的には、前記被験物質と接触させた神経変性疾患患者由来の神経細胞の培地中または神経細胞中のミスフォールディングしている蛋白質の量(pg/ml)が、対照細胞の培地中又は細胞中のミスフォールディングしている蛋白質の量(pg/ml)と比べて、95%以下、90%以下、85%以下、80%以下、75%以下、70%以下、65%以下、60%以下、55%以下、50%以下、45%以下、40%以下、35%以下、30%以下、25%以下、20%以下、15%以下、10%以下、5%以下、1%以下、0.5%以下である場合に低値と判断し、その低値となった被験物質を、ミスフォールディングに起因する神経疾患の治療効能を有する物質としてスクリーニングする。
【0088】
<アルツハイマー型認知症に対して治療効能を有する物質をスクリーニングする方法>
本発明では、下記工程(m)~(o)を含むアルツハイマー型認知症に対して治療効能を有する物質をスクリーニングする方法を提供する。
(m)アルツハイマー型認知症の神経細胞を、被験物質と接触させる工程、
(n)前記工程(m)で前記被験物質と接触させたアルツハイマー型認知症の神経細胞、及び対照として前記被験物質に接触させなかったアルツハイマー型認知症の神経細胞を前記液体注入方法を含んで成る前記培養容器内の付着性細胞または付着性細胞集団を培養する方法で培養する工程、
(o)前記工程(n)で得られたアルツハイマー型認知症の神経細胞の培地中のAβ42及び/又はAβ40を測定し、前記被験物質と接触させたアルツハイマー型認知症の神経細胞の培地中のAβ42の含有量及び/又はAβ42の含有量をAβ40の含有量で除した値(すなわち、Aβ42の含有量/Aβ40の含有量)が対照よりも低値であった被験物質を、治療効能を有する物質として選択する工程。
本発明のアルツハイマー型認知症に対して治療効能を有する物質をスクリーニングする方法では、前記工程(n)において、被験物質と接触させたまたは接触させなかったアルツハイマー型認知症の神経細胞を、前記付着性細胞または付着性細胞集団の培養方法を用いて培養することで、培地交換や洗浄時などの液体注入に伴う神経細胞の細胞死を抑えることができるため、被験物質の効果に関与しない神経細胞の減少に影響されずアルツハイマー型認知症に対して治療効能を有する物質を確認することができる。
【0089】
本発明において、アルツハイマー型認知症の神経細胞とは、アルツハイマー型認知症と診断された患者由来の神経細胞であればよく、神経細胞の種類については特に限定はない。
【0090】
前記工程(m)において、アルツハイマー型認知症の神経細胞を被験物質と接触させる手法としては、予め培地に被験物質を混合する方法、神経細胞を含む培地に被験物質を混合する方法などが挙げられるが、特に限定はない。
【0091】
また、前記工程(m)の前に、アルツハイマー型認知症患者の体細胞、又はアルツハイマー型認知症となる遺伝子変異が導入された健常者の体細胞から作製された人工多能性幹細胞からアルツハイマー型認知症の神経細胞へ分化誘導し、得られたアルツハイマー型認知症の神経細胞を前記付着性細胞または付着性細胞集団の培養方法で培養する工程を有してもよい。
【0092】
前記工程(o)において、工程(n)で得られたアルツハイマー型認知症の神経細胞の培地中のAβ42及び/又はAβ40を測定する手法としては、ヒト/ラットβアミロイドELISAキット(和光純薬工業社)などを用いて行う方法がある。その際、Aβ42の測定値をAβ40の値で除した値(Aβ42/、Aβ40)を指標とする。
【0093】
本発明におけるアルツハイマー型認知症に対して治療効能を有する物質とは、アルツハイマー型認知症の神経細胞の培地中のAβ42及び/又はAβ40を測定し、前記被験物質と接触させたアルツハイマー型認知症の神経細胞の培地中のAβ42の含有量(pg/mL)及び/又はAβ42の含有量(pg/mL)をAβ40の含有量(pg/mL)で除した値(すなわち、Aβ42の含有量/Aβ40の含有量)が対照よりも低値であった被験物質である。
具体的には、前記被験物質と接触させたアルツハイマー型認知症の神経細胞の培地中のAβ42の含有量(pg/mL)及び/又はAβ42の含有量(pg/mL)をAβ40の含有量(pg/mL)で除した値(すなわち、Aβ42の含有量/Aβ40の含有量)が、被験物質と接触させなかったアルツハイマー型認知症の神経細胞の培地中のAβ42の含有量(pg/mL)及び/又はAβ42の含有量(pg/mL)をAβ40の含有量(pg/mL)で除した値(すなわち、Aβ42の含有量/Aβ40の含有量)と比べて、95%以下、90%以下、85%以下、80%以下、75%以下、70%以下、65%以下、60%以下、55%以下、50%以下、45%以下、40%以下、35%以下、30%以下、25%以下、20%以下、15%以下、10%以下、5%以下、1%以下、0.5%以下である場合に低値と判断し、その低値となった被験物質を、アルツハイマー型認知症に対して治療効能を有する物質としてスクリーニングする。
【0094】
<iPS細胞由来神経細胞の分化誘導時における培養方法の具体例>
次に、本発明の液体注入方法が適用される、図1の工程図に示すiPS細胞由来神経細胞の分化誘導時における培養方法(フィーダー培養)の1例について説明する。
【0095】
工程3及び4、並びに工程7及び8は、培養容器内に前記洗浄液を注入して吸引することにより培養容器内を洗浄する洗浄工程である。本発明の実施態様の一つとして、培養容器のウェル毎に前記洗浄液を2mL(6ウェルプレートの場合)添加し、吸引する工程が例示される。工程3及び4、並びに工程7及び8は、前記液体注入方法を用いてもよい。
【0096】
また、工程5及び6は、前記剥離液を注入して前記剥離液を除去するフィーダー細胞剥離・除去工程である。本発明の実施態様の一つとして、CTK溶液(0.25% trypsin、1mg/mL collagenase、1mM CaClおよび20% KSRを添加したPBS溶液)を、培養容器の各ウェルに750μL(6ウェルプレートの場合)添加した後、インキュベーター内で(37℃で5分間)インキュベートする工程が例示される。
【0097】
さらに、工程9~11は、培養容器内の付着性細胞または付着性細胞集団に前記剥離液を注入して剥離された状態で吸引する細胞剥離工程である。本発明の実施態様の一つとして、細胞内のリン酸化酵素の1つであるROCKに対する阻害剤(ロック阻害剤)を終濃度10μMになるよう添加した前記剥離液を、培養容器の各ウェルに750μL(6ウェルプレートの場合)添加した後、インキュベーター内で(37℃で10-20分間)インキュベートし、5回程度のピペッティングを行う工程が例示される。
【0098】
さらにまた、工程12~14は、前記細胞剥離工程で吸引した細胞懸濁液を遠沈管に注入して遠心分離機により遠心分離する遠心分離工程である。本発明の実施態様の一つとして、解離細胞懸濁液を前記ロック阻害剤の終濃度が10μMになるよう添加した前記培地8mL(6ウェルプレート1ウェル分)を15mL容量の遠心管に加え、200g、5分間遠心分離する工程が例示される。
【0099】
また、工程15~19は、前記遠心分離工程を経た前記遠沈管内の上清を除去し、前記遠沈管に前記培地を注入した細胞懸濁液の一部を採取して細胞数を測定し、その結果に基づいて細胞を播種するための細胞数又は細胞密度を調整する細胞数測定・細胞播種量調整工程である。本発明の実施態様の一つとして、前記遠心分離工程を経た前記遠沈管内の上清を除去し、前記遠沈管に前記培地1mLで懸濁して細胞数を計測する工程が例示される。
【0100】
さらに、工程20及び21は、前記細胞数測定・細胞播種量調整工程で調製された所要の細胞数を、培地が充填された培養容器内に播種する細胞播種工程である。本発明の実施態様の一つとして、計測した細胞密度を元に、前記培地において4×10cells/1.5mL/ウェル(6ウェルプレートの場合)の細胞密度になるよう培養容器に播種する工程が例示される。播種するプレートは、予めシンセマックス-2溶液(1mg/mL)/ポリ-L-リジン溶液(0.1mg/mL)/水を1:1:38の割合で混合したコート液を37℃で約1時間処理したものを使用することができる。
【0101】
さらにまた、工程22は、前記細胞播種工程を経て細胞が播種された培養容器をCO2インキュベーターに入れて分化誘導培養する分化誘導培養工程である。本発明の実施態様の一つとして、4ないし5日間インキュベーター中で培養する工程が例示される。
【0102】
また、継代培養(Step2)においては、工程2に戻る前に培養容器内の培地を吸引し、新たな培地を注入する培地交換工程がなされる。なお、Step2においては工程3から6のフィーダー細胞を除去する工程が省略される。
【0103】
次に、本発明の液体注入方法が適用される、図2の工程図に示すiPS細胞由来神経細胞の分化誘導培養方法(フィーダーフリー培養)の例について説明する。
【0104】
工程3及び4は、培養容器内に前記洗浄液を注入して吸引することにより培養容器内を洗浄する洗浄工程である。本発明の実施態様の一つとして、培養容器のウェル毎に前記洗浄液を2mL添加し、吸引する工程が例示される。工程3及び4は、前記液体注入方法を用いてもよい。
【0105】
また、工程5~7は、培養容器内の付着性細胞または付着性細胞集団に前記剥離液を注入して剥離された状態で吸引する細胞剥離工程である。本発明の実施態様の一つとして、細胞内のリン酸化酵素の1つであるROCKに対する阻害剤(ロック阻害剤)を終濃度10μMになるよう添加した前記剥離液を、培養容器の各ウェルのそれぞれに750μL(6ウェルプレートの場合)添加した後、インキュベーター内で(37℃で10-20分間)インキュベートし、5回程度のピペッティングを行う工程が例示される。工程7及び8は、前記液体注入方法を用いてもよい。
【0106】
さらに、工程8~10は、前記細胞剥離工程で吸引した細胞懸濁液を遠沈管に注入して遠心分離機により遠心分離する工程である。本発明の実施態様の一つとして、シングルセルに解離した細胞懸濁液に前記ロック阻害剤を終濃度10μMになるよう添加した前記培地8mL(6ウェルプレート1ウェル分)を15mL容量の遠心管に加え、200g、5分間遠心分離する工程が例示される。
【0107】
さらにまた、工程11~15は、前記遠心分離工程を経た前記遠沈管内の上清を除去し、前記遠沈管に前記培地を注入した細胞懸濁液の一部を採取して細胞数を測定し、その結果に基づいて細胞を播種するための細胞数又は細胞密度を調整する細胞数測定・細胞播種量調整工程である。本発明の実施態様の一つとして、前記遠心分離工程を経た前記遠沈管内の上清を除去し、前記遠沈管に前記培地1mLで懸濁して細胞数を計測する工程が例示される。
【0108】
また、工程16及び17は、前記細胞数測定・細胞播種量調整工程で調製された所要の細胞数を、培地が充填された培養容器内に播種する細胞播種工程である。本発明の実施態様の一つとして、計測した細胞密度を元に、前記培地において4×10cells/1.5mL/ウェル(6ウェルプレートの場合)の細胞密度になるよう培養容器に播種する工程が例示される。播種するプレートは、予めシンセマックス-2溶液(1mg/mL)/ポリ-L-リジン溶液(0.1mg/mL)/水を1:1:38の割合で混合したコート液を37℃で約1時間処理したものを使用することができる。
【0109】
さらに、工程18は、前記細胞播種工程を経て細胞が播種された培養容器をCO2インキュベーターに入れて分化誘導培養する分化誘導培養工程である。本発明の実施態様の一つとして、4ないし5日間インキュベーター中で培養する工程が例示される。
【0110】
さらにまた、継代培養(Step2)においては、工程2に戻る前に培養容器内の培地を吸引し、新たな培地を注入する培地交換工程がなされる。
【0111】
例えば図1の工程図に示すiPS細胞由来神経細胞の分化誘導培養方法(フィーダー培養)の例、及び図2の工程図に示すiPS細胞由来神経細胞の分化誘導培養方法(フィーダーフリー培養)の例において、本発明の液体注入方法は、前記洗浄工程における洗浄液を注入する際、及び前記培地交換工程における新たな培地を注入する際に好適に用いられる。
【0112】
上述した本発明の方法で得られた付着性細胞または付着性細胞集団は、従来の培養方法に比べて、培地やPBS等の液体の注入時の物理的負荷によるダメージを顕著に抑えられ、さらに、剥離液や添加剤(例えば、増殖因子、神経栄養因子ファミリー、及び分化誘導因子等)を、最適な濃度や分量で正確に注入することができることで、細胞死により細胞数が減少したり、分化誘導後の細胞品質にばらつきが生じたりすることがないため、正しい実験及び評価データが取得し易い細胞または細胞集団を得ることができる。また、細胞数が確保されていたとしても、前記液体の注入時の物理的負荷によるダメージで、細胞が有する本来の特性(細胞の分化能、増殖性、均一性、及び/又は安定性、後述より細胞本来の特性と称す)が損なわれる可能性もあるところ、本発明の方法で得られる付着性細胞または付着性細胞集団では、細胞本来の特性を十分に発揮する細胞となっている。中でも、神経細胞やiPS細胞由来神経細胞などの培養容器から剥離しやすい付着性細胞は、前記液体の注入時の物理的負荷や、剥離液及び添加剤等の濃度や分量に対して大きく負の影響を受けやすいので、本発明の方法を用いることにより、細胞本来の特性を十分に発揮する状態で回収することができる。
なお、本発明の方法で得られた付着性細胞または付着性細胞集団の構造を特定するためには、既知となっている未分化マーカーや神経細胞のマーカー遺伝子以外の新たな指標(新たなマーカー遺伝子等)を見出す必要性があるものの、iPS細胞などの生命科学分野における開発競争は非常に激しく、出願時点において付着性細胞または付着性細胞集団の構造を特定する作業を行うことに著しく過大な経済的支出や時間を要するため、実際的ではないという事情が存在する。
【実施例
【0113】
<実施例1、2及び比較例1:iPS細胞由来神経細胞における液体注入方法>
【0114】
(ヒトiPS細胞由来神経細胞の調製)
ヒトiPS細胞(201B7)に、テトラサイクリン応答性プロモーターの制御下にNgn2遺伝子をコードするDNAをpiggybacトランスポゾンベクターシステムにより導入することで、該ゲノムに目的DNAが挿入された安定発現株(iN化されたiPS細胞株)を樹立した。
【0115】
(ヒトiPS細胞由来神経細胞の維持培養)
必要な培地、試薬類の例を以下に示す。
(1)維持培地
Stem-Fit(登録商標)培地(味の素社)、Primate ES cell medium(リプロセル社)、霊長類ES/iPS細胞用培地(コスモ・バイオ社)、PSGro hESC / iPSC Medium(System Bio Science)
(2)洗浄液
ダルベッコリン酸緩衝液(D-PBS(-),Na,Caフリー)。
(3)剥離剤
TrypLE Express(Life Technologies 「12605010」)、又はTrypLE Select(Life Technologies 「A12859-01」)。
(4)剥離剤希釈液
EDTA/PBS
(5)コート剤
i-Matrix-511(ニッピ社)、リプロコート(リプロセル社)、Laminin-5(リプロセル社)
(6)ロック阻害剤
Y27632(和光純薬工業社 「253-00511」)。
(7)トリパンブルー液(和光純薬工業社、ナカライテスク社)
(8)培養容器
マイクロプレート(6ウェル、12ウェル、24ウェル、48ウェル、96ウェル、384ウェル)、35mmディッシュ、60mmディッシュ、100mmディッシュ(コースター社)
【0116】
(維持培養方法)
iMatrix-511(ニッピ社)溶液を添加したマイクロプレート(6ウェル、コースター社)を37℃下で1時間以上加温し、コートする。コンフルエントの80%程度に達した前記ヒトiPS細胞由来神経細胞を洗浄液(PBS)1mL/ウェルで洗浄し、吸引除去する。そこへ剥離液(0.5×TreypLE Select with EDTA/PBS)を300μL/ウェル添加し、37℃下で約4分加温する。その後、剥離液を吸引除去し、洗浄液(PBS)2mL/ウェルで洗浄し、吸引除去する。Stem-Fit培地を1mL/ウェル添加し、セルスクレーパーで細胞を剥離させる。前記細胞をStem-Fit培地に懸濁し、そこから適量を採取し、同量のトリパンブルーにて染色する。血球計算板を用いて顕微鏡で観察しながら、カウンターにて細胞数を計測する。またはセルカウンターを用いて細胞数を計測する。1.3×10cells/mLとなるようStem-Fit培地で調整し、6ウェルプレートに2mL/ウェル播種する。
【0117】
さらに、iN化したiPS細胞由来神経細胞の分化誘導培養を行った。iN化したiPS細胞の神経分化誘導培養方法の例について説明する。
【0118】
必要な培地、試薬類の例を以下に示す。
(1)神経細胞用培地
基本培地は、Neurobasal Medium(Gibco, 「21103-049」)であり、添加剤として、L-アラニル-L-グルタミン(Glutamax Gibco, 「35050-61」)、Penicillin/Streptomycin(Gibco, 「15140-163」)、及びDoxycycline(Clontech, 「631311」)、並びにHuman recombinant BDNF CF(R&D, 「248-BD-005/CF」)、Human recombinant GDNF CF(R&D, 「212-GD-010/CF」)、及びHuman recombinant NT-3 CF(R&D, 「267-N3-005/CF」)を含む。
なお、培地には、Brain-derived Neurotrophic Factor (BDNF)、Glial cell line-derived Neurotrophic Factor(GDNF)、及びNeurotrophin 3(NT-3)からなる群より少なくとも1つ選択される神経栄養因子ファミリーを含むのが好ましい。
(2)洗浄液
ダルベッコリン酸緩衝液(D-PBS(-),Na,Caフリー)。
(3)剥離液
TrypLE Express(Life Technologies 「12605010」)、又はTrypLE Select(Life Technologies 「A12859-01」)。
(4)ロック阻害剤
Y27632(和光純薬工業社 「253-00511」)。
(5)培養容器
マイクロプレート(6ウェル、12ウェル、24ウェル、48ウェル、96ウェル、384ウェル)、35mmディッシュ、60mmディッシュ、100mmディッシュ(コースター社)
【0119】
(培養方法)
(1)付着性(接着性)細胞または付着性(接着性)細胞集団であるヒトiPS細胞由来神経細胞が培養されている、培養容器のウェル毎に前記洗浄液を2mL添加し洗浄を行う。
(2)細胞内のリン酸化酵素の1つであるROCKに対する阻害剤(前記ロック阻害剤)を終濃度10μMになるよう添加した前記剥離液を、培養容器の各ウェルに750μL(6ウェルプレートの場合)添加した後、インキュベーター内で(37℃で10-20分間)インキュベートし、コロニーを形成している細胞からシングルセルへと解離させる。
(3)前記培養容器をインキュベーターから取り出し、各ウェル5回ピペッティングを行い、細胞を完全に解離させる。
(4)前記ロック阻害剤を終濃度10μMになるよう添加した前記神経細胞用培地8mL(1ウェル分)を15mL遠心管に分取する。
(5)(3)で解離細胞懸濁液を前記神経培養用培地に加え、200g、5分間遠心分離する。
(6)遠心終了後、上清を吸引除去し、前記培地1mLで懸濁して細胞数を計測する。
(7)(6)で計測した細胞密度を元に、前記培地において4×10cells/1.5mL/ウェルの細胞密度になるよう培養容器に播種する。
(8)4ないし5日間インキュベーター中で培養する。この間培地交換なし。
【0120】
(成熟神経細胞の誘導)
(9)(7)に記載の培養容器をインキュベーターから取り出し、前記ロック阻害剤を終濃度10μMになるよう添加した前記剥離液を各ウェルに750μL(6ウェルプレートの場合)添加し、37℃下で、約25分間インキュベートし、シングルセルへ解離させる。
(10)所要量の前記培地を遠心管に添加する(6プレート1ウェル分約7mL)。
(11)前記培養容器をインキュベーターから取り出し、各ウェル10回ピペッティングし、細胞を完全に解離させる。
(12)(10)で準備した培地へ懸濁する。
(13)遠心分離する(200g、5分間)。
(14)上清を吸引除去し、前記神経細胞用培地1mLで細胞を懸濁し、細胞数を計測する。
(15)(14)で作製した培地で細胞密度を3×10cells/1.5mL/ウェルに調整し、培養容器に播種する(培養容器は必要によって6、12、24、48、96、384ウェルを使い分ける)。
(16)37℃インキュベーター中で4ないし5日間培養したあと実験に供する。
【0121】
(液体注入方法を確立するための実験)
次に、培養した付着性細胞を用いて、本発明の液体注入方法を確立するための実験を行った。
図3の部分断面概略図に示す実験装置において、培養容器であるマルチウェルプレート2の底面2AにはiPS細胞由来神経細胞(分化誘導後8ないし10日目の細胞)1を付着させている。
マルチウェルプレート2は、傾斜台4に載置された状態で固定されており、傾斜台4により、マルチウェルプレート2を、水平状態及び水平状態から水平支軸5まわりに傾斜角度X(°)傾斜させた状態で保持できる。
【0122】
傾斜台4によりマルチウェルプレート2を所定の傾斜角度に傾斜させた後、ピペットチップ8の先端を、液体を注入するウェルの下側の壁面2Bに位置させる。
次に、シリンジポンプ6から配管7を経由してピペットチップ8よりマルチウェルプレート2内にリン酸緩衝生理食塩水(PBS)3を注入する。
ピペットチップ8から出たリン酸緩衝生理食塩水(PBS)3は、マルチウェルプレート2の前記壁面2Bを介して底面2Aに付着している神経細胞1上に到達する。
すなわち、PBS3は、神経細胞1が存在しない壁面2Bを介して、底面2Aに付着している神経細胞1に向けて注入される。
【0123】
(結果)
前記実験は、傾斜台4により設定する傾斜角度X(°)とピペットチップ8先端の線速度Y(mm/s)とを表1に示すように変えて行った。
前記実験での評価項目は、神経細胞1の細胞生存率である。具体的には、注入前のウェルの底面2Aに付着している神経細胞1の生細胞数に対する、注入後にも付着している神経細胞1の生細胞数の割合を測定し、この割合を細胞生存率とした。
なお、前記実験の細胞生存率が90%以上となる傾斜角度および液体注入線速度の条件を合格と判断した。
【0124】
24ウェルプレートを使用した実施例1の条件及び96ウェルプレートを使用した実施例2の注入実験では、いずれの条件でも90%以上という高い細胞生存率が得られ、前記合格基準をクリアしていた。
一方、同じ傾斜角度でも、液体注入線速度を比較例1のように調整すると、細胞生存率が50~80%と、実施例1の同じ傾斜角度での結果と比べて有意に低下し、また、比較例1の線速度より速くしてしまうと、さらに細胞生存率が低下することが判明した
なお、実施例1は24ウェルプレートを使用した場合、実施例2は96ウェルプレートを使用した場合における、各傾斜角度で、90%以上の細胞の生存が確認された最大の線速度を測定した結果である。したがって、例えば、実施例1において傾斜角度0°の場合に線速度を123mm/s未満に調整しても、細胞生存率は90%以上である(実施例1、2の他の条件でも同様である。)。
【0125】
【表1】
【0126】
表1の実施例1における傾斜角度Xと線速度Yとの関係をグラフ化した図4に示す直線は、Y=5.075X+123である。
よって、
Y≦5.075X+123 (式1)
の関係を満たせば、付着性細胞または付着性細胞集団の細胞死を確実に防止できるとともに、前記式1の不等式の範囲内で線速度Yをなるべく大きくすることにより、付着性細胞の生存率を向上しながら作業効率を最大化することができることがわかる。
【0127】
また、表1及び図4の結果から、96ウェルプレート(培養面積:0.35cm)よりも24ウェルプレート(培養面積:1.9cm)の方が線速度Y(mm/s)を大きくできることが分かる。よって、作業効率向上のためには、培養面積を大きくした方がよいことがわかる。
例えば、作業効率向上のためには、培養面積は、0.084cm(384ウェルプレート)よりも0.35cm(96ウェルプレート)の方が好ましく、1.0cm(48ウェルプレート)の方がより好ましく、1.9cm(24ウェルプレート)の方がさらに好ましい。
【0128】
さらに表1及び図4の結果から、96ウェルプレートのウェルの円弧(曲率)半径(R)よりも24ウェルプレートのウェルの円弧(曲率)半径の方が線速度Y(mm/s)を速くできることがわかる。よって作業効率向上のためには、ウェルの円弧(曲率)半径を長くした方が好ましい。
例えば、作業効率の向上のためには、円弧半径1.2mm(384ウェルプレート)よりも3.3mm(96ウェルプレート)の方が好ましく、6.2mm(48プレート)の方がより好ましく、8.1mm(24ウェルプレート)の方がさらに好ましい。
【0129】
また、表1及び図4の結果から、注入した液体が培養容器から零れるのを確実に防止するためには、X≦40°とし、傾斜角度X(°)が30°(図中破線参照)を超えると細胞死が急激に減少することが分かる。
よって、注入した液体が培養容器から零れるのを防止するとともに、細胞の生存率を向上しながら作業効率をなるべく大きくするためには、傾斜角度Xを30°以上、40°以下(すなわち、30°≦X≦40°)の範囲内にするのが好ましいことが判明した。そして、そのように傾けた傾斜角度Xの値を前記式1の不等式に代入して、前記式1の不等式の範囲内で線速度Yをなるべく大きく設定すればよいことが判明した。
【0130】
<実施例3>
付着性細胞として293FT細胞を用いて実施例1と同様に液体注入実験を行った。
【0131】
(付着性細胞)
293FT細胞(コスモバイオ社)
【0132】
(293FT細胞の維持培養)
必要な培地、試薬類の例を以下に示す。
(1)維持培地
DMEM(low glucose: 1g/L)(製品コード 「12-707F」)
(2)培地添加因子
非働化済みFCS、L-Glutamine、Penicillin-Streptomycin
(3)洗浄液
ダルベッコリン酸緩衝液(D-PBS(-),Na,Caフリー)。
(4)トリパンブルー液(和光純薬工業社、ナカライテスク社)
【0133】
(培養方法)
1×107cell/mLの濃度で凍結保存されている前記293FT細胞を37℃の温浴にて解凍し、8mLのD-PBSに懸濁し、200g、5分間遠心分離する。遠心分離後、上清を除去し培地を1mL添加し、細胞数を計測する。培養容器1ウェルあたり1×10cells/mLで播種し、温度37℃、二酸化濃度5.0%下で培養し、コンフルエントの80%以上に達した前記293FT細胞を実験に供する。
【0134】
(結果)
293FT細胞を用いて、線速度と傾斜角度とを実施例1と同様に段階的に変えて液体注入を行う実験を複数回行ったところ、いずれの実験でも線速度Y(mm/s)および傾斜角度Xを前記式1の不等式を満たす範囲に調整することで、細胞生存率が90%以上となることを確認した。
【0135】
<実施例4>
付着性細胞として神経幹細胞を用いて実施例1と同様に液体注入実験を行った。
【0136】
(付着性細胞)
神経幹細胞(CDI社 製品番号NRC-100-010-001)
【0137】
(神経幹細胞の分化培養)
必要な培地、試薬類の例を以下に示す。
(1)分化培地:iCell Neurons Maintenance Medium(CDI社:製品番号NRC-100-121-001)
(2)培地添加因子:iCell Neurons Medium Supplement(CDI社:製品番号NRC-100-031-001)
(3)Laminin(Sigma L-2020)
(4)Poly-L-Ornithine(Sigma P4957)
(5)トリパンブルー液(和光純薬工業社、ナカライテスク社)
【0138】
(培養方法)
1×106cell/mLの濃度で凍結保存されている前記神経幹細胞を37℃の温浴にて解凍し、1mLの分化培地に懸濁する。そして1mLの分化培地で前記神経幹細胞の入っていた容器をリンスし前記細胞懸濁液に加える。さらに8mLの分化培地を前記細胞懸濁液に加える。トリパンブルーで染色した前記細胞懸濁液中に含まれる細胞数を計測し、培養容器1ウェルあたり8×104cells/mL/24ウェルで播種し、温度37℃、二酸化濃度5.0%下で8日間培養し、分化させた神経細胞を実験に供する。
【0139】
(結果)
神経幹細胞を用いて、線速度と傾斜角度とを実施例1と同様に段階的に変えて液体注入を行う実験を複数回行ったところ、いずれの実験でも線速度Y(mm/s)および傾斜角度Xを前記式1の不等式を満たす範囲に調整することで、細胞生存率が90%以上となることを確認した。
【0140】
なお、上記の実施例1~4は代表例である。実施例1~3とは別に、神経細胞、ピペットチップおよびウェルプレートの種類をそれぞれ別のものに変えて、線速度と傾斜角度とを実施例1と同様に段階的に変えて液体注入を行う実験を複数回行ったところ、いずれの実験でも線速度Y(mm/s)と傾斜角度Xとを式1の不等式を満たす範囲に調整することで、細胞生存率が90%以上となることを確認した。
【0141】
以上のような本発明の液体注入方法は、前記のとおり液体注入に伴う細胞死を顕著に抑えることができる方法であるため、付着性細胞または付着性細胞集団の培養方法における培地交換の際や、洗浄液を注入する際に好適に用いられる。
【0142】
例えば、ヒトiPS細胞の維持培養において、培養容器内(6ウェルプレート:Costar社、Corning社)の維持培地(Stem-Fit AK03、Stem-Fit AK03N:味の素社)を吸引除去し、洗浄液D-PBS(-)(ナカライテスク社)を1ウェルあたり1.0mLとなるように本発明の液体注入方法を用いて注入して細胞を洗浄した後、洗浄液を吸引除去する。
次に、1/1000量のロック阻害剤(Y-27632:ナカライテスク社、和光純薬工業社)を含む剥離剤(0.5×TrepLE Select with EDTA/PBS、TrypLE Express:Life Technologes社)を1ウェルあたり300μLとなるように本発明の液体注入方法を用いて注入し、温度37℃、CO2濃度5.0%下で約4分静置した後、剥離液を吸引除去し、洗浄液D-PBS(-)(ナカライテスク社)を1ウェルあたり2.0mLとなるように本発明の液体注入方法を用いて注入して細胞を洗浄した後、洗浄液を吸引除去する。
その後、1/1000量のY-27632を含む前記維持培地を1mL/ウェルとなるように本発明の液体注入方法を用いて注入し、セルスクレーパーにて細胞を剥離した後、5回ピペッティングすることによって、コロニー状になっている前記細胞を単一細胞にする。
剥離した前記細胞懸濁液は、前記維持培地を所定量入れた50mL容量の遠心管(FALCON社、CORNING社)に注入し、細胞懸濁液とトリパンブルーの割合が1:1になるよう混合、染色して血球計算版に注入し、顕微鏡にて生細胞数を測定する。細胞濃度が1.3×104cells/ウェルになるよう、前記維持培地で調製する。その後、予めi-Matrix511(ニッピ社) 1ウェルあたり2mLで各ウェル底をコーティングした培養容器(6、12、24、48、96、384マルチウェルプレート:Coaster社、Corning社)に1.5mL/ウェルずつ播種した後、温度37℃、CO2濃度5.0%下でコンフルエントの80%程度になるまで培養を行う。
また、実施例1、2に使用するためのiPS細胞由来神経細胞(iN)の分化誘導培養において、培養容器内(6、12、24、48、96、384ウェル:Coaster社、Corning社)の前記維持培地を吸引・除去し、そこへ洗浄液D-PBS(-)(ナカライテスク社)を1ウェルあたり1.0mLとなるように本発明の液体注入方法を用いて注入し、細胞を洗浄し、洗浄液を吸引除去する。その後、1/1000量のロック阻害剤(Y-27632:ナカライテスク社、和光純薬工業社)を含む剥離剤(TrypLE Select、TrypLE Express: Life Technologies社)を1ウェルあたり750μLとなるように本発明の液体注入方法を用いて注入し、37℃、5.0%CO2下で12-17分静置して細胞を剥離する。その後5回ピペッティングすることによって、単一細胞にする。
【0143】
また、前記工程を実施する際に、本発明の液体注入方法(培養容器の傾斜角度40°)を用いることで、細胞死を抑えて効率よく未分化状態であるiPS細胞を神経細胞(iN)へ分化誘導培養を行うことができる。
この場合、剥離した前記細胞の懸濁液は、所定量のNBD0.5培地(Neuro Basal Medium(gibco社)、B-27 Supplement Minus vitamin A(gibco社)、Glutamax(gibco社)、recombinant-GDNF(R&D社)、recombinant-BDNF(R&D社)、recombinant-NT3(R&D社)、ロック阻害剤Y-27632(ナカライテスク社、和光純薬工業社)、Doxycycline(Clontech社)を含む)が入った50mL容量の遠心管(FALCON社、CORNING社)に注入し、遠心分離機(Rotanta460:Hettich社)にて、200g、5分間遠心分離して細胞と上清に分離する。上清を吸引除去し、所定量のNBD0.5培地を添加して細胞を懸濁後、細胞数計測装置(Cedex HiRes:ロシュ社)にて生細胞数を計測し、細胞濃度が4.0×105cells/ウェルになるようNBD0.5培地で調製し、予めSynthemax-II(Corning International,Inc.)、ポリ-L-リシン溶液(Sigma社)、滅菌水(ナカライテスク社)を1:1:38の割合で調製したコーティング剤にて1ウェルあたり1mLで各ウェル底をコーティングした培養容器(6、12、24、48、96、384ウェル:Coaster社、Corning社)に調製した細胞懸濁液を、1ウェルあたり1.5mLずつ播種した後、温度37℃、CO2濃度5.0%下で培養を4日~5日間行う。
更に、実施例1、2に使用するためのiPS細胞由来神経細胞(iN)の分化誘導培養において、培養容器内(6、12、24、48、96、384ウェル:Coaster社、Corning社)のNBD0.5培地を吸引・除去し、そこへ洗浄液D-PBS(-)(ナカライテスク社)を1ウェルあたり1.0mLとなるように本発明の液体注入方法を用いて注入し、細胞を洗浄して、洗浄液を吸引除去する。その後、次に1/1000量のロック阻害剤(Y-27632:ナカライテスク社、和光純薬工業社)を含む剥離剤(TrypLE Select、TrypLE Express: Life Technologies社)を1ウェルあたり750μLとなるように本発明の液体注入方法を用いて注入し、37℃下で25分静置して細胞を剥離する。その後10回ピペッティングすることによって、コロニー状の細胞を単一細胞にする。このように、本発明の液体注入方法(培養容器の傾斜角度40°)を用いることで、細胞死を抑えて効率よく未分化状態であるiPS細胞を神経細胞(iN)へ分化誘導培養を行うことができる。
【0144】
また、前記のように剥離した前記細胞の懸濁液は、所定量のDBA0.5培地が入った50mL容量の遠心管(FALCON社、CORNING社)に注入し、遠心分離機(Rotanta460:Hettich社)にて、200g、5分間遠心分離して細胞と上清に分離する。上清を吸引除去し、所定量のNBD0.5培地を添加して細胞を懸濁後、細胞数計測装置(Cedex HiRes:ロシュ社)にて生細胞数を計測し、3.0×105cells/ウェルになるようNBD0.5培地で調製し、予めSynthemax-II(Corning International,Inc.)、ポリ-L-リシン溶液(Sigma社)、滅菌水(ナカライテスク社)を1:1:38の割合で調製したコーティング剤にて1ウェルあたり1mLでコーティングした培養容器(6、12、24、48、96、384ウェル:Coaster社、Corning社)に調製した細胞懸濁液を、1ウェルあたり1.5mLずつ播種した後、温度37℃、CO2濃度5.0%下で培養を4日~5日間行う。
【0145】
また、実施例1、2に記載の通り、iPS細胞由来神経細胞(iN)に対し液体注入に伴う細胞死を顕著に抑えることができる方法であるため、培養期間を延長するために行う培地交換の際や、種々の化合物の細胞への毒性や増殖促進などの効果を調べる際に、化合物添加する前に培養基材表面の付着性細胞または付着性細胞集団を洗浄するための洗浄液の注入、或いは、化合物を添加する際に好適に用いられる。
【0146】
また、本発明の液体注入方法は、市販されている分注装置又は自動培養装置において実施することができる。前記分注装置や自動培養装置で本発明の液体注入方法を実施することにより、付着性細胞または付着性細胞集団の種類によらず好適なピペッティング操作が可能となり、神経細胞などの死にしやすい付着性細胞も誰もが容易に培養することが可能となる。
【0147】
さらに、治療薬や医薬品候補素材、食品候補素材の開発において、候補素材をスクリーニングする場合、被験物質と細胞が接触することにより細胞がダメージを受け死にしやすくなる場合がある。このような細胞も死なないようなピペッティング操作を実施することにより、細胞を接着した状態で残すことができるため、候補素材が細胞に与える影響を正確に解析することが可能となる。
【0148】
<実施例5:付着性細胞または付着性細胞集団の培養に有用な増殖因子又は栄養因子をスクリーニングする方法>
本発明の液体注入方法を用いた付着性細胞または付着性細胞集団の培養方法は、前記のとおり液体注入に伴う細胞死を顕著に抑えて効率よく細胞を培養することができるため、付着性細胞の培養に有用な増殖因子又は栄養因子をスクリーニングする方法に好適に用いられる。例えば、以下のように行うことができる。
【0149】
(1)被験物質
インスリン、トランスフェリン、インターロイキン6
【0150】
(2)工程
付着性細胞または付着性細胞集団として、実施例1に記載のヒトiPS細胞由来神経細胞(iN)を用意し、前記被験物質と接触させた神経細胞、及び対照として前記被験物質に接触させなかった神経細胞をCO2インキュベーター内で2日間培養した後、培養液を吸引し、前記液体注入方法によって培地を注入する。
得られた神経細胞の細胞数を顕微鏡(接眼x10、対物x20)またはセルカウンターで測定し、前記被験物質と接触させた神経細胞の細胞数が対照よりも高値である被験物質を、前記神経細胞の培養に有用な増殖因子又は栄養因子として選択する。
陽性コントロールとして神経成長因子(nerve growth factor, NGF)を用いることができる。
【0151】
<実施例6:付着性細胞または付着性細胞集団に対する毒性評価をする方法>
本発明の液体注入方法を用いた付着性細胞または付着性細胞集団の培養方法は、前記のとおり液体注入に伴う細胞死を顕著に抑えて効率よく細胞を培養することができるため、付着性細胞に対する毒性評価をする方法に好適に用いられる。例えば、以下のように行うことができる。
【0152】
(1)被験物質
Colchicine(東京化成工業株式会社)、Vindesine(Sigma Aldrich)
【0153】
(2)工程
(神経細胞に対する神経突起伸長の誘導及び被験薬の接触)
付着性細胞または付着性細胞集団として、実施例1に記載の前記神経細胞を用意し、2000cells/ウェル/50μLで96ウェルプレートに播種し、72時間インキュベートする。72時間後、培地を吸引し、50ng/mLとなるように前記培地で所要濃度に希釈した被験薬を50μL/ウェルずつ前記液体注入方法によって注入する。
なお、対照として、被験薬を含まない培地を前記液体注入方法によって注入したものも用意する。
24時間培養後、当業者に公知の方法を用いて免疫染色を行い、β-tublin、map2、Vglutを発現している細胞の数を、細胞画像解析装置(インセルアナライザー、セルインサイト)を用いて計測し、前記被験物質と接触させた神経細胞の細胞数が対照よりも低値であった被験物質を、神経細胞に対して毒性を有する物質として選択する。
【0154】
<実施例7:神経疾患に対して治療効能を有する物質をスクリーニングする方法>
本発明の液体注入方法を用いた付着性細胞の培養方法は、前記のとおり液体注入に伴う細胞死を顕著に抑えて効率よく細胞を培養することができるため、神経疾患に対して治療効能を有する物質のスクリーニングに好適に用いられる。例えば、以下のように行うことができる。
【0155】
(1)被験物質
グルカゴン、カゼイン、卵タンパク
【0156】
(2)工程
付着性細胞または付着性細胞集団として、実施例1に記載の前記神経細胞を用意し、前記被験物質と接触させた神経細胞、及び対照として前記被験物質に接触させなかった神経細胞をCO2インキュベーター内で2日間培養した後、培養液を吸引し、前記液体注入方法によって培地を注入する。
得られた神経細胞の細胞数を顕微鏡(接眼x10、対物x20)またはセルカウンターで測定し、前記被験物質と接触させた神経細胞の細胞数が対照よりも高値である被験物質を、神経疾患に対して治療効能を有する物質として選択する。
また、細胞画像解析装置(GEヘルスケアサイエンス社のIN Cell Analyzer、Thermo Fisher Scientific社のCellInsight)を用いて、未処理の細胞を100%としたときの各被験物質における生存細胞数生存率を算出する。細胞生存率が対照よりも高値である被験物質を、神経疾患に対して治療効能を有する物質として選択する。
さらに、前記細胞画像解析装置を用いて神経突起の画像上における面積を神経突起長として測定し、この神経突起長が対照よりも高値であった被験物質を、神経疾患の治療効能を有する被験物質として選択する。
【0157】
<実施例8:ミスフォールディングに起因する神経変性疾患に対して治療効能を有する物質をスクリーニングする方法>
本発明の液体注入方法を用いた付着性細胞または付着性細胞集団の培養方法は、前記のとおり液体注入に伴う細胞死を顕著に抑えて効率よく細胞を培養することができるため、ミスフォールディングに起因する神経変性疾患に対して治療効能を有する物質のスクリーニングに好適に用いられる。例えば、以下のように行うことができる。
【0158】
(1)被験物質
トレハロース
(2)工程
(a)凝集体のカウント
外来性核酸(Lhx3をコードする核酸、Ngn2をコードする核酸、及びIsl1をコードする核酸)を実施例1に記載のiN化多能性幹細胞株の樹立方法と同様の方法により、筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者由来人工多能性幹細胞(iPS細胞)に導入して発現させた誘導性運動神経細胞(iMN)を樹立する。なお、培養液を吸引し、新たな培地を注入する際に前記液体注入方法を用いる。
前記神経培養用培地にて培養することで実験に供するiMNを用意し、前記被験物質と接触させた付着性細胞、及び対照として前記被験物質に接触させなかった付着性細胞または付着性細胞集団をCO2 インキュベーター内で3日間培養した後、トランスポート・トランジエント・パーミアブライゼイションキット(Life Technologies、Gaithersburg、MD)を用いてミスフォールディングにより形成される凝集体を検出し、凝集体を有する細胞を蛍光顕微鏡下で手計数する。
(b)ミスフォールディングしている蛋白質の測定
次に、前記凝集体が見られた前記培地中および神経細胞中のミスフォールディングしている蛋白質の量を、MSD Abeta 3 plex assay plate(Meso Scale Discovery)、ヒト/ラットβアミロイドELISAキット(和光純薬工業社)などを用いて測定する。この際にはAβ(アミロイドβタンパク質)42の測定値を指標としてもよく、Aβ40の値で除した値(Aβ42/、Aβ40)を指標としてもよい。
前記のようにして神経変性疾患罹患者由来の神経細胞の培地中または神経細胞中のミスフォールディングしている蛋白質の量を測定し、前記被験物質と接触させた神経変性疾患罹患者由来の神経細胞の培地中または神経細胞中のミスフォールディングしている蛋白質の量が対象よりも低値であった被験物質を、治療効能を有する被験物質として選択する。
【0159】
<実施例9:アルツハイマー型認知症に対して治療効能を有する物質をスクリーニングする方法>
本発明の液体注入方法を用いた付着性細胞の培養方法は、前記のとおり液体注入に伴う細胞死を顕著に抑えて効率よく細胞を培養することができるため、アルツハイマー型認知症に対して治療効能を有する物質のスクリーニングに好適に用いられる。例えば、以下のように行うことができる。
【0160】
(1)被験物質
ピリニキシン、クロフィブレート
【0161】
(2)工程
アルツハイマー型認知症患者由来人工多能性幹細胞(iPS細胞)にNgn2遺伝子を導入して発現させた誘導性神経細胞(iN)を樹立する。なお、培養液を吸引し、新たな培地を注入する際に前記液体注入方法を用いる。
前記神経細胞用培地にて培養することで実験に供するiNを用意し、前記神経細胞用培地中に0.01~0.5mMの前記被験物質を添加し、前記被験物質と接触させたiN、及び対照として前記被験物質に接触させなかったiNをCOインキュベーター内で16時間処理する。
処理終了後、回収した培養上清を用いて当業者に汎用されているELISA法(ヒト/ラットβアミロイド(42)ELISAキットワコー(和光純薬工業))によって、Aβ40およびAβ42値を計測する。得られたデータから、Aβ40の値で除した値(Aβ42/Aβ40)を算出する。
前記被験物質と接触させたiNの培地中のAβ42/Aβ40が対照よりも低値であった被験物質をアルツハイマー型認知症に対して治療効能を有する物質として選択する。
【符号の説明】
【0162】
1 iPS細胞由来神経細胞(付着性細胞)
2 マルチウェルプレート(培養容器)
2A 底面
2B 壁面
3 PBS(液体)
4 傾斜台
5 水平支軸(水平軸)
6 シリンジポンプ
7 配管
8 ピペットチップ
9 自動化装置
10 ピペッター
O 制御装置
図1
図2
図3
図4