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  • 特許-変異型ヒトDNAポリメラーゼε 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-15
(45)【発行日】2024-01-23
(54)【発明の名称】変異型ヒトDNAポリメラーゼε
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/54 20060101AFI20240116BHJP
   C12N 9/12 20060101ALI20240116BHJP
   C12N 15/10 20060101ALI20240116BHJP
   C12Q 1/6869 20180101ALI20240116BHJP
【FI】
C12N15/54 ZNA
C12N9/12
C12N15/10 200Z
C12Q1/6869 Z
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2018547546
(86)(22)【出願日】2017-10-12
(86)【国際出願番号】 JP2017037039
(87)【国際公開番号】W WO2018079287
(87)【国際公開日】2018-05-03
【審査請求日】2020-10-09
【審判番号】
【審判請求日】2022-05-02
(31)【優先権主張番号】P 2016209688
(32)【優先日】2016-10-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003296
【氏名又は名称】デンカ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】304027279
【氏名又は名称】国立大学法人 新潟大学
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128381
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 義憲
(74)【代理人】
【識別番号】100185591
【弁理士】
【氏名又は名称】中塚 岳
(74)【代理人】
【識別番号】100211100
【弁理士】
【氏名又は名称】福島 直樹
(74)【代理人】
【識別番号】100215957
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 明照
(72)【発明者】
【氏名】井筒 浩
(72)【発明者】
【氏名】兒玉 啓輔
(72)【発明者】
【氏名】中田 光隆
(72)【発明者】
【氏名】若井 俊文
(72)【発明者】
【氏名】亀山 仁史
(72)【発明者】
【氏名】永橋 昌幸
(72)【発明者】
【氏名】島田 能史
(72)【発明者】
【氏名】市川 寛
【合議体】
【審判長】福井 悟
【審判官】田中 耕一郎
【審判官】藤井 美穂
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/112930(WO,A1)
【文献】J. Biol. Chem.,1993年,Vol.268, No. 14,pp.10238-10245
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-15/90
C12Q 1/00-3/00
C12N9/10
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
1つ以上のアミノ酸残基の変異を含む変異型ヒトDNAポリメラーゼεであって、
前記アミノ酸残基の変異が、配列番号1で示されるヒトDNAポリメラーゼεのアミノ酸配列の第952番目のロイシン残基が他のアミノ酸残基になる変異を含み、
前記他のアミノ酸残基が、セリン残基である、変異型ヒトDNAポリメラーゼε。
【請求項2】
請求項1に記載の変異型ヒトDNAポリメラーゼεをコードする核酸。
【請求項3】
請求項1に記載の変異型ヒトDNAポリメラーゼεをコードする核酸に相補的な核酸。
【請求項4】
前記他のアミノ酸残基をコードする塩基配列を含む、請求項2に記載の核酸の断片。
【請求項5】
前記他のアミノ酸残基をコードする塩基配列の相補配列を含む、請求項3に記載の核酸の断片。
【請求項6】
20~300塩基長の核酸である、請求項4又は5に記載の断片。
【請求項7】
癌を患っているヒト患者において、癌が高頻度変異型の癌であるか判別する方法であって、
前記ヒト患者から採取された癌細胞由来の成分を含むサンプルを用いて、前記癌細胞に由来する配列番号1で示されるヒトDNAポリメラーゼεのアミノ酸配列の第952番目のアミノ酸残基の変異の有無を決定する工程を有し、
前記アミノ酸残基が変異していることが、前記癌が高頻度変異型の癌であることを示し、
前記アミノ酸残基の変異がL952Sである、方法。
【請求項8】
前記アミノ酸残基の変異の有無の決定が、ヒトDNAポリメラーゼεのアミノ酸配列の第952番目のアミノ酸残基をコードする塩基配列の変異の検出を含む、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記癌が、大腸癌又は直腸癌である、請求項7又は8に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、変異型ヒトDNAポリメラーゼεに関する。本発明はまた変異型ヒトDNAポリメラーゼεをコードする核酸及びその断片、癌が高頻度変異型の癌であるか判別する方法にも関する。
【背景技術】
【0002】
癌の遺伝子変異のパターンの一つに、高頻度変異型(Hypermutation又はHypermutated)がある。高頻度変異型の癌は、体細胞変異率が他の型に比べて高いことで区別される。そして、胃癌、乳癌、大腸癌、膠芽腫、子宮癌などで、高頻度変異型の特徴を示す癌があることが知られている(非特許文献1)。
【0003】
高頻度変異型の癌は、DNA複製時のミスマッチ修復機構の欠損又は不完全さを示すマイクロサテライト不安定性の性質を有する場合が多い。これは、ミスマッチ修復酵素であるMLH1、MLH3、MSH2、MSH3、MSH6、PMS2の遺伝子が変異を起こしていたり、MLH1遺伝子の発現がメチル化によって抑制されていたりすることによるものと考えられている。
【0004】
また、DNA複製酵素であるDNAポリメラーゼεの変異によって、特に高い頻度で体細胞変異を引き起こし、高頻度変異型となることも知られている(非特許文献2)。DNAポリメラーゼεは、DNAを5’→3’方向にDNAを合成する活性に加えて、エラー訂正機構として3’→5’エキソヌクレアーゼ活性を有しており、誤った塩基がDNA鎖に付加されると、3’→5’エキソヌクレアーゼ活性により当該塩基が除去され、その後DNA合成が再開される。そのため、高頻度変異型の癌とDNAポリメラーゼεとの関連は、DNAポリメラーゼεのエラー訂正機構が正常に働かなくなったことに起因すると考えられ、エキソヌクレアーゼ活性ドメイン(アミノ酸配列第87番目~第426番目)の変異と高頻度変異型との関連が調べられている。
【0005】
例えば、高頻度変異型を引き起こすDNAポリメラーゼεのアミノ酸残基の変異として、D275V、P286R、S297F、H342R、F367S、V411L、L424V、A426V、S459Fなどの変異が開示されている(非特許文献3~7)。
【0006】
近年、がん免疫逃避機構が解明され、この機構を標的とする新しいがん免疫治療が、臨床に応用されるようになった。当該機構として、イムノチェックポイント経路ともいわれるPD-1(Programmed cell Death-1)/PD-L1(PD-1 Ligand1)経路がある。免疫抑制補助シグナルを伝達するPD-1/PD-L1経路をブロックすることで、T細胞の免疫抑制が解除され、T細胞が活性化し癌特異的抗原を発現している腫瘍の抑制が起こる(特許文献1)。また、CTLA-4も活性化T細胞に発現し、抗原提示細胞のCD28リガンドが結合するとT細胞の活性化が抑制されるため、この経路をブロックすることでもT細胞の免疫抑制を解除し、腫瘍抑制を引き起こすことが可能である(非特許文献8)。このような原理を応用した抗癌剤が実用化されている(例えば、ニボルマブ、イピリムマブ)(非特許文献9~12)。さらに、このような免疫抑制性の機構は他にも複数存在し、将来それらの免疫抑制機構をブロックする抗腫瘍剤が開発、実用化されていくと期待される。
【0007】
高頻度変異型の癌は、免疫機構のターゲットとなる癌特異的な抗原を多く持っており、免疫抑制のシグナル経路をブロックする療法の効果が示されている(非特許文献13~14)。そのため、癌が高頻度変異型であることを判別できるバイオマーカーは、例えば、適切な治療の選択、治療方針の決定等において有用である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特許第4409430号公報
【非特許文献】
【0009】
【文献】Nat.Rev.Cancer,2014年,14巻(12号),pp.786~800
【文献】J.Pathol.,2013年,230巻,pp.148~153
【文献】Int.J.Gynecol.Cancer,2015年,25巻(7号),pp.1187-1193
【文献】J.Pathol.,2013年,230巻,pp.148-153
【文献】Cancer,2015年,121巻(3号),pp.386-394
【文献】Clin.Cancer Res.,2015年,21巻(14号),pp.3347-3355
【文献】European Journal of Human Genetics,2011年,19巻,pp.320-325
【文献】日呼吸誌,2014年,3巻(1号),pp.43-49
【文献】International Immunology,2007年,19巻(7号),pp.813-824
【文献】Cancer Immunol. Res.,2014年,2巻(9号),pp.846-856
【文献】The New England Journal of Medicine,2010年,363巻(8号),pp.711-723
【文献】Cancer Cell,2015年,27巻(4号),pp.439-449
【文献】Science,2015年,348巻(6230号),pp. 124-128
【文献】The New England Journal of Medicine,2015年,372巻(26号),pp.2509-2520
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、高頻度変異型の癌を判別できる新たなバイオマーカーを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、高頻度変異型の癌において、DNAポリメラーゼεのDNA合成活性ドメイン(アミノ酸配列の第624番目~第1145番目)における第952番目のアミノ酸残基の変異を見出した。これまでに高頻度変異型の癌とDNAポリメラーゼεのエキソヌクレアーゼ活性ドメインにおけるアミノ酸残基の変異との関連が知られている。一方、高頻度変異型の癌とDNAポリメラーゼεのDNA合成活性ドメインにおけるアミノ酸残基の変異との関連はこれまでに知られていなかった。本発明は、この新規な知見に基づくものである。
【0012】
本発明は、1つ以上のアミノ酸突然変異を含む変異型ヒトDNAポリメラーゼεであって、当該アミノ酸突然変異が、ヒトDNAポリメラーゼεのアミノ酸配列の第952番目のロイシン残基が他のアミノ酸残基になる変異を含む、変異型ヒトDNAポリメラーゼεを提供する。
【0013】
本発明に係る変異型ヒトDNAポリメラーゼεは、高頻度変異型の癌で見出されることから、例えば、高頻度変異型の癌を判別する新たなバイオマーカーとして有用である。
【0014】
上記他のアミノ酸残基は、ロイシン残基以外のアミノ酸残基であればよいが、セリン残基であることが好ましい。セリン残基であることにより、高頻度変異型の癌を判別する際の判別精度がより高くなる。
【0015】
本発明は、本発明に係る変異型をコードする核酸にも関する。本発明はまた、本発明に係る変異型ヒトDNAポリメラーゼεをコードする核酸に相補的な核酸にも関する。これらの核酸又は相補的な核酸は、上記他のアミノ酸残基をコードする塩基配列(コドン配列)又はその相補配列を含む、断片であってもよい。当該断片も核酸であり、その塩基長は、例えば、20~300塩基長であってよい。
【0016】
本発明はまた、癌を患っているヒト患者において、癌が高頻度変異型の癌であるか判別する方法であって、上記ヒト患者から採取された癌細胞由来の成分を含むサンプルを用いて、上記癌細胞に由来するヒトDNAポリメラーゼεのアミノ酸配列の第952番目のアミノ酸残基の変異の有無を決定する工程を有し、当該アミノ酸残基が変異していることが、上記癌が高頻度変異型の癌であることを示す、方法を提供する。
【0017】
本発明に係る方法によれば、癌を患っているヒト患者において、癌が高頻度変異型の癌であるか否かを判別することができる。
【0018】
本発明に係る方法は、上記アミノ酸残基の変異の有無の決定が、ヒトDNAポリメラーゼεのアミノ酸配列の第952番目のアミノ酸残基をコードする塩基配列の変異の検出を含んでいてもよい。
【0019】
本発明に係る方法において、上記アミノ酸残基の変異がL952Sであることが好ましい。これにより、判別精度がより高くなる。
【0020】
本発明に係る方法において、上記癌は、大腸癌又は直腸癌であってもよい。癌が大腸癌又は直腸癌であると、癌が高頻度変異型の癌であるか否かをより高い確実性で判別することができる。
【0021】
本発明はまた、高頻度変異型の癌への罹患を診断する方法であって、ヒト検体から採取された細胞由来の成分を含むサンプルを用いて、細胞に由来するヒトDNAポリメラーゼεのアミノ酸配列の第952番目のアミノ酸残基の変異を検出する工程を有し、当該アミノ酸残基が変異している場合、ヒト検体が高頻度変異型の癌に罹患していると診断する、方法を提供する。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、高頻度変異型の癌を判別できる新たなバイオマーカーが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】実施例の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明を実施するための形態について詳細に説明する。なお、本発明は、以下の実施形態に限定されるものではない。
【0025】
〔高頻度変異型の癌〕
高頻度変異型(hypermutation又はhypermutated)の癌は、通常の癌と比べて、癌特異的変異の変異率が高い癌である。ここで、変異率とは、10塩基(以下、「Mb」ともいう)当たりのアミノ酸残基の変化を伴う変異の数である。高頻度変異型の癌は、通常の癌との変異率の比較によって判断される。変異率は調べる遺伝子の数や種類によって異なり、また、癌の種類によっても異なるが、変異率が相対的に通常の癌より高い場合、高頻度変異型の癌であると判断される。
【0026】
〔ヒトDNAポリメラーゼε〕
ヒトDNAポリメラーゼεは、DNA複製酵素であり、野生型DNAポリメラーゼεは配列番号1で示されるアミノ酸配列を有する。ヒトDNAポリメラーゼεのDNA合成活性ドメインは、配列番号1で示されるアミノ酸配列の第624番目~第1145番目に該当し、エキソヌクレアーゼ活性ドメインは、配列番号1で示されるアミノ酸配列の第87番目~第426番目に該当する。
【0027】
本明細書において、アミノ酸残基の変異とは、タンパク質のアミノ酸配列中の特定のアミノ酸残基が、対応する野生型のアミノ酸配列中のアミノ酸残基とは異なるアミノ酸残基になっていることを意味する。アミノ酸残基の変異は、アミノ酸残基の置換、欠失又は挿入のいずれであってもよい。例えば、配列番号1で示される野生型ヒトDNAポリメラーゼεのアミノ酸配列の第952番目のアミノ酸残基はロイシンであるが、これがロイシン以外のアミノ酸残基になっている場合に変異があるとする。
【0028】
本実施形態に係る変異型ヒトDNAポリメラーゼεは、1つ以上のアミノ酸残基の変異を含み、当該アミノ酸残基の変異は、少なくともヒトDNAポリメラーゼεのアミノ酸配列の第952番目のロイシン残基が他のアミノ酸残基になる変異を含む。
【0029】
ここで、他のアミノ酸残基は、ロイシン残基以外のアミノ酸残基であれば特に制限されるものではないが、例えば、セリン残基、メチオニン残基、バリン残基、トリプトファン残基、又はフェニルアラニン残基であってよい。
【0030】
本実施形態に係る変異型ヒトDNAポリメラーゼεは、少なくともヒトDNAポリメラーゼεのアミノ酸配列の第952番目のロイシン残基が他のアミノ酸残基に置換された変異を含むことが好ましく、少なくともヒトDNAポリメラーゼεのアミノ酸配列の第952番目のロイシン残基がセリン残基に置換された変異(L952S)を含むことがより好ましい。これにより、高頻度変異型の癌を判別するためのバイオマーカーとして用いた場合の判別精度がより高くなる。
【0031】
本実施形態に係る変異型ヒトDNAポリメラーゼεは、L952Sの変異のみを含むものであってもよく(配列番号2)、L952Sの変異の他にさらに1つ以上のアミノ酸残基の変異を含んでいてもよい。
【0032】
L952Sの変異の他に含むことができるアミノ酸残基の変異としては、例えば、D275V、P286R、S297F、H342R、F367S、V411L、L424V、A426V、S459Fなどの変異が挙げられる。
【0033】
本実施形態に係る変異型ヒトDNAポリメラーゼεは、それを有するヒト癌細胞から抽出及び精製して得てもよく、また当該変異型ヒトDNAポリメラーゼεをコードする核酸を化学合成等により得た後、適切なタンパク質発現系で発現させて得てもよい。
【0034】
〔核酸〕
一実施形態に係る核酸は、上述の変異型ヒトDNAポリメラーゼεをコードする核酸(以下、「核酸1」ともいう。)である。核酸1は、イントロンを含むゲノムDNA配列を有する核酸であってもよく、mRNA配列を有する核酸であってもよい。なお、野生型ヒトDNAポリメラーゼε遺伝子のゲノムDNA配列はNCBIアクセッション番号NG_033840である。また、野生型ヒトDNAポリメラーゼεのmRNA配列はNCBIアクセッション番号L09561である。
【0035】
他の実施形態に係る核酸は、核酸1に相補的な塩基配列を有する核酸(以下、「核酸2」ともいう。)である。
【0036】
一実施形態において、核酸は、核酸1の断片であってよく、当該断片は、上述の変異型ヒトDNAポリメラーゼεのアミノ酸配列の第952番目の他のアミノ酸残基をコードする塩基配列(コドン配列)を含む(以下、この断片に係る核酸を「核酸3」ともいう。)。
【0037】
更なる実施形態において、核酸は、核酸2の断片であってよく、当該断片は、上述の変異型ヒトDNAポリメラーゼεのアミノ酸配列の第952番目の他のアミノ酸残基をコードする塩基配列(コドン配列)の相補配列を含む(以下、この断片に係る核酸を「核酸4」ともいう。)。
【0038】
核酸1~核酸4は、高頻度変異型の癌を判別するためのバイオマーカーとして利用できる。すなわち、例えば、核酸1~核酸4における塩基配列の変異を検出することで、変異型ヒトDNAポリメラーゼεのアミノ酸残基の変異を検出することができる。核酸1~核酸4は、ゲノムDNA配列からイントロンが除去されたcDNA型の塩基配列を有するものであってもよい。
【0039】
本明細書における「塩基配列の変異」は、該塩基配列がコードするアミノ酸残基が、対応する野生型の塩基配列がコードするアミノ酸残基とは異なるように、塩基配列中の塩基の少なくとも一部が他の塩基に置換されていることを意味する(「ミスセンス変異」ともいう。)。
【0040】
また、核酸1~核酸4は、例えば、適切なクローニングベクターにクローニングすることで、塩基配列の変異を検出するためのプローブとして利用することもできる。
【0041】
核酸3及び核酸4(断片)の塩基長に特に制限はないが、例えば、次世代シークエンサーにおける塩基配列の変異の検出がより効率よく行えるという観点から、核酸3及び核酸4の塩基長は、20~300塩基長であることが好ましく、50~250塩基長であることがより好ましく、70~200塩基長であることが更に好ましく、100~200塩基長であることが更により好ましい。
【0042】
また、核酸3及び核酸4(断片)は、例えば、次世代シークエンサーにおける塩基配列の変異の検出がより効率よく行えるという観点から、上述した「他のアミノ酸残基」を含む連続した少なくとも7つのアミノ酸残基をコードする核酸であることが好ましく、「他のアミノ酸残基」を含む連続した少なくとも10のアミノ酸残基をコードする核酸であることがより好ましい。
【0043】
〔癌が高頻度変異型の癌であるか判別する方法〕
本実施形態に係る判別方法は、癌を患っているヒト患者において、癌が高頻度変異型の癌であるか判別する方法であって、ヒト患者から採取された癌細胞由来の成分を含むサンプルを用いて、癌細胞に由来するヒトDNAポリメラーゼεのアミノ酸配列の第952番目のアミノ酸残基の変異の有無を決定する工程を有し、当該アミノ酸残基が変異していることが、癌が高頻度変異型の癌であることを示す、方法である。
【0044】
癌細胞由来の成分を含むサンプルとは、癌細胞そのもの、癌細胞の核、癌細胞の細胞質、癌細胞に由来するタンパク質、癌細胞に由来するペプチド、及び、癌細胞に由来する核酸のうち一つ以上を含むサンプルのことをいう。癌細胞由来の成分を含むサンプルとしては、例えば、癌切除組織検体、生検検体、腹水浸潤癌細胞、血液循環癌細胞、血清、血漿、血液、糞便、尿、痰、髄液、胸腔内液、乳頭吸引液、リンパ液、細胞培養液、並びに、患者から採取されたその他の組織及び液体が挙げられる。高頻度変異型の癌を、より高い確実性で判別する観点から、癌細胞由来の成分を含むサンプルは、癌切除組織検体、生検検体、腹水浸潤癌細胞、血液循環癌細胞、血清、又は血漿であることが好ましく、癌切除組織検体又は生検検体であることがより好ましい。また、癌細胞由来の成分を含むサンプルが癌切除組織検体又は生検検体である場合、これらの検体は、凍結、アルコール固定、ホルマリン固定、パラフィン包埋、又は、これらの処理を組み合わせた処理がされていてもよい。
【0045】
ヒトDNAポリメラーゼεのアミノ酸配列の第952番目のアミノ酸残基の変異は、ロイシン残基が、セリン残基、メチオニン残基、バリン残基、トリプトファン残基、又はフェニルアラニン残基になったものであってよい。アミノ酸残基の変異がこれらの変異である場合、高頻度変異型の癌より高い確実性で判別することができる。中でも、変異が、ロイシン残基からセリン残基に置換された変異(L952S)である場合、高頻度変異型の癌をより一層高い確実性で判別することができる。
【0046】
アミノ酸残基の変異の検出は、公知の方法により行うことができる。変異の検出は、例えば、ヒトDNAポリメラーゼεのアミノ酸配列の第952番目のアミノ酸残基をコードする塩基配列の変異の検出を含んでいてもよい。
【0047】
塩基配列の変異の検出は、公知の方法により行うことができる。塩基配列の変異の検出は、例えば、DNAシーケンシング(例えば、次世代シークエンサーによるシークエンシング)、ポリメラーゼ連鎖反応、対立遺伝子特異的増幅、対立遺伝子特異的プローブでのハイブリダイゼーション、ミスマッチ切断解析、単鎖高次構造多型、変性勾配ゲル電気泳動、又は、温度勾配ゲル電気泳動により行ってもよい。これらの技術は、単独で使用してもよく、複数の技術を組み合わせて使用してもよい。
【0048】
癌細胞のヒトDNAポリメラーゼεのアミノ酸配列の第952番目のアミノ酸残基に変異がある場合、当該癌は、高頻度変異型の癌であると判別することができる。
【0049】
本実施形態に係る発明を利用可能な癌としては、例えば、大腸癌、直腸癌、結腸癌、胃癌、肝臓癌、甲状腺癌、子宮癌、腎臓癌、すい臓がん、舌癌、前立腺癌、肺癌、皮膚癌、卵巣癌、胆嚢癌、頭頸部癌、精巣腫瘍、副腎癌、口腔癌、骨軟部腫瘍、脳腫瘍、悪性黒色腫、骨肉腫、軟骨肉腫、横紋筋肉腫、平滑筋肉腫、白血病、悪性リンパ腫、及び、多発性骨髄腫が挙げられる。これらの中でも、癌が大腸癌又は直腸癌である場合、高頻度変異型の癌をより高い確実性で判別することができる。
【0050】
〔高頻度変異型の癌への罹患を診断する方法〕
本実施形態に係る診断方法は、高頻度変異型の癌への罹患を診断する方法であって、ヒト検体から採取された細胞由来の成分を含むサンプルを用いて、細胞に由来するヒトDNAポリメラーゼεのアミノ酸配列の第952番目のアミノ酸残基の変異を検出する工程を有し、当該アミノ酸残基が変異している場合、ヒト検体が高頻度変異型の癌に罹患していると診断する、方法である。
【0051】
細胞由来の成分を含むサンプルとは、細胞そのもの、細胞の核、細胞の細胞質、細胞に由来するタンパク質、細胞に由来するペプチド、及び、細胞に由来する核酸のうち、一つ以上を含むサンプルのことをいう。細胞由来の成分を含むサンプルとしては、例えば、生検検体、血清、血漿、血液、糞便、尿、痰、髄液、胸腔内液、乳頭吸引液、リンパ液、細胞培養液、並びに、ヒトから採取されたその他の組織及び液体が挙げられる。高頻度変異型の癌を、より高い確実性で判別する観点から、細胞由来の成分を含むサンプルは、生検検体、血清、又は血漿であってよい。細胞由来の成分を含むサンプルが生検検体である場合、生検検体は、凍結、アルコール固定、ホルマリン固定、パラフィン包埋、又は、これらの処理を組み合わせた処理がされていてもよい。
【0052】
上記診断方法において、アミノ酸残基の変異及びその検出、並びに、当該診断方法を利用可能な癌等については、上記で述べたものと同様であってよい。
【実施例
【0053】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明する。ただし、本発明は、以下の実施例により限定されるものではない。
【0054】
(サンプル調製)
大腸癌患者201症例の癌切除検体ホルマリン固定パラフィン包埋検体を作製し、これを薄切して厚さ20μmの切片を2つ作製した。作製した2つの切片をスライドガラスに貼付したものをDNA抽出用のサンプルとして用いた。
【0055】
DNA抽出用のサンプルとは別に、厚さ4μmの切片を作製し、作製した切片をスライドガラスに貼付したものを顕微鏡観察用のサンプルとした。
【0056】
(DNA抽出)
顕微鏡観察用のサンプルをヘマトキシリンエオジンで染色した。染色後のサンプルを、顕微鏡で観察して切片中の癌細胞を多く含む部位を特定した。DNA抽出用のサンプルから、顕微鏡観察用のサンプルで特定した部位を剃刀で削り取り、削り取った部位からDNAを抽出した。DNAの抽出は、BiOstic(登録商標) FFPE Tissue DNA Isolation Kit(商品名)を用いて行った。
【0057】
(配列分析)
大腸癌患者201症例の癌切除検体ホルマリン固定パラフィン包埋検体から抽出したDNAを用いて415遺伝子の癌特異的変異(アミノ酸残基の変異を伴う変異)を次世代シーケンサー(MiSeqシーケンサー,イルミナ社)により分析した。図1に分析結果を示した。
【0058】
図1は、各検体毎に変異率(1Mb当たりの変異数)をプロットしたグラフである。図1の横軸は、変異率の高い順に左から右に並ぶように検体をプロットしている。図1に示されるように、17検体で多くの変異が検出され、これらの検体は高頻度変異型であると考えられた。17検体のうち、4検体(図1中、A~Dで示した検体)の変異率は他より顕著に高かった。そして、図1中、A,B及びDで示した検体からはミスマッチ修復遺伝子の変異は存在していなかった。この原因を探るため、これらの4検体については、さらにヒトDNAポリメラーゼε遺伝子の配列を分析した。
【0059】
変異率が顕著に高かった4検体のヒトDNAポリメラーゼε遺伝子の配列を分析した結果、1検体(図1中、Dで示した検体)からは、これまでに高頻度変異型の癌を引き起こす変異であることが知られていないL952Sが検出された。なお、図1中、A及びBで示した検体からは、それぞれ高頻度変異型の癌を引き起こす変異としてすでに知られているV411L及びP286Rが検出された。また、図1中、Cで示した検体(ミスマッチ修復遺伝子の変異あり)は、ヒトDNAポリメラーゼε遺伝子の変異はなかった。
図1
【配列表】
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