(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-16
(45)【発行日】2024-01-24
(54)【発明の名称】糸球体ポドサイトの誘導方法、及び該誘導方法を用いた多能性幹細胞からのポドサイトの製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/071 20100101AFI20240117BHJP
C12N 5/10 20060101ALN20240117BHJP
【FI】
C12N5/071
C12N5/10
(21)【出願番号】P 2020522221
(86)(22)【出願日】2019-05-28
(86)【国際出願番号】 JP2019021137
(87)【国際公開番号】W WO2019230737
(87)【国際公開日】2019-12-05
【審査請求日】2022-03-30
(31)【優先権主張番号】P 2018102739
(32)【優先日】2018-05-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28-30年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、再生医療実現拠点ネットワークプログラム 幹細胞・再生医学イノベーション創出プログラム「分化・成熟過程の人為的制御による再構築腎臓組織への機能賦与」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504159235
【氏名又は名称】国立大学法人 熊本大学
(74)【代理人】
【識別番号】100102015
【氏名又は名称】大澤 健一
(72)【発明者】
【氏名】西中村 隆一
(72)【発明者】
【氏名】太口 敦博
(72)【発明者】
【氏名】吉村 仁宏
【審査官】坂崎 恵美子
(56)【参考文献】
【文献】特表2016-529891(JP,A)
【文献】国際公開第2015/056756(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2016/0143949(US,A1)
【文献】NISHINAKAMURA R. et al.,Pediatr Nephrol,2017年,Vol. 32,pp. 195-200
【文献】吉村 仁宏 他,腎臓ポドサイト分化における時期特異的なWntシグナルの役割についての検討,日本分子生物学会年会プログラム・要旨集,Vol. 39,2016年,1P-0473
【文献】SONG Bi. et al.,PLOS ONE,2012年,Vol. 7, Issue 9,pp. 1-8 (e46453)
【文献】MUSAH S. et al.,Nat Biomed Eng.,2017年,Vol. 1, Article number 0069,pp. 1-25
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-15/90
C12N 1/00- 7/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
PubMed
Google/Google Scholar
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ネフロン前駆細胞またはその集団からポドサイトを分化誘導する方法であって、以下の工程:
工程A:ネフロン前駆細胞又はその集団を、Wntアゴニスト及びROCK阻害物質を含む培地で培養して、腎上皮前駆凝集体を形成する工程、
工程B:工程Aで得られた腎上皮前駆凝集体を、Fgfを含む培地で培養して、腎小体へと分化誘導する工程、及び、
工程C:工程Bで得られた腎小体を、Fgfを含む培地で培養して、ポドサイトへと分化誘導する工程、
を含む方法、
ここで、工程B又は工程Cにおける培地の少なくとも一つは、TGFβシグナル経路阻害物質を含む。
【請求項2】
工程Aで用いる培地のWntアゴニストの濃度が、1μMより多くかつ10μMより少ない、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記工程B及び工程Cにおける培地が、さらに1μM以下の濃度のWntアゴニストを含む請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記工程Aにおける培養が、12時間~48時間であり、かつ前記工程Bにおける培養が12時間~48時間である、請求項1~3のいずれか一つに記載の方法。
【請求項5】
前記工程Cにおける培養が、2~30日である、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記WntアゴニストがCHIR99021であり、前記TGFβシグナル経路阻害物質がSB431542である、請求項1~5のいずれか一つに記載の方法。
【請求項7】
前記ネフロン前駆細胞が哺乳動物由来のiPS細胞から誘導されたネフロン前駆細胞である、請求項1~6のいずれか一つに記載の方法。
【請求項8】
前記ネフロン前駆細胞が、以下の工程:
(a)哺乳動物由来のiPS細胞から誘導された胚様体を、高濃度(濃度A)のWntアゴニストを含有する培地で培養する工程、
(b)前記胚様体を、Bmp、アクチビン、レチノイン酸、及び中濃度(濃度B)のWntアゴニスト、を含有する培地で培養する工程、及び
(c)前記胚様体を、Fgf、及び低濃度(濃度C)のWntアゴニストを含有する培地で培養する工程、
をその順で含む分化誘導工程(ここで、Wntアゴニストの濃度は、濃度A>濃度B>濃度Cであって、濃度Aは濃度Cの少なくとも5倍である。)、
により哺乳動物由来のiPS細胞から誘導される、請求項1~7のいずれか一つに記載の方法。
【請求項9】
前記工程(a)、(b)及び(c)におけるWntアゴニストがCHIR99021であって、前記濃度A及び濃度Cが、それぞれ、7.5μM~15μM、0.5μM~2.0μMであり、かつ、前記工程(b)におけるBmpがBmp4であって、培地における濃度が1ng/ml~10ng/mlであり、かつ、前記工程(b)の培地におけるアクチビンの濃度が、2.5~40ng/mLの濃度である、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記哺乳動物由来のiPS細胞が、ヒト由来のiPS細胞である請求項7~9のいずれか一つに記載の方法。
【請求項11】
前記工程B及び/又は工程Cにおける培地が、さらに、Wntシグナル阻害物質を含む、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
前記工程B及び/又は工程Cにおける培地が、さらに、レチノイン酸(RA)又はRAアナログを含む、請求項10又は11に記載の方法。
【請求項13】
ヒト由来のiPS細胞から
誘導されたネフロン前駆細胞からポドサイトを分化誘導するための培地キットであって、該キットは、分化誘導培地、及び、以下に記載のそれぞれの成分を含む3つの容器
:
(1)Wntアゴニスト及びROCK阻害物質を含む第一の容器、
(2)TGFβシグナル経路阻害物質、Wntシグナル阻害物質、レチノイン酸(RA)又はRAアナログ、及びFgfを含む第二の容器、及び
(3)TGFβシグナル経路阻害物質、Wntシグナル阻害物質、レチノイン酸(RA)又はRAアナログ、及びFgfを含む第三の容器、
を含む培地キットであって、第一、第二、及び第三の各々の容器は、ネフロン前駆細胞からポドサイトを分化誘導する第一、第二及び第三の工程において用いられるそれぞれの培地を調製するために用いられることを特徴とする培地キット。
【請求項14】
前記容器(2)及び(3)が、さらに、Wntアゴニスト、を含む請求項13に記載の培地キット。
【請求項15】
ヒト由来のiPS細胞からポドサイトの細胞集団を製造する方法であって、以下の工程:
(i)哺乳動物由来のiPS細胞又はその集団からネフロン前駆細胞又はその集団を分化誘導する工程、
(ii)工程(i)で得られたネフロン前駆細胞又はその集団を、Wntアゴニスト及びROCK阻害物質、を含む培地で培養して、腎上皮前駆凝集体を形成する工程、
(iii)工程(ii)で得られた腎上皮前駆凝集体を、Fgfを含む培地で培養して、腎小体へと分化誘導する工程、及び、
(iv)工程(iii)で得られた腎小体を、Fgfを含む培地で培養して、ポドサイトへと分化誘導する工程、
を含む方法、
ここで、工程(iii)又は工程(iv)における培地の少なくとも一つはTGFβシグナル経路阻害物質含み、工程(iii)又は工程(iv)における培地の少なくとも一つはWntシグナル阻害物質を含み、かつ工程(iii)又は工程(iv)における培地の少なくとも一つはレチノイン酸(RA)又はRAアナログを含む。
【請求項16】
前記工程(ii)で用いる培地のWntアゴニストの濃度が、1μMより多くかつ10μMより少ない、請求項15に記載の方法。
【請求項17】
前記工程(iii)及び(iv)における培地が、さらに1μM以下の濃度のWntアゴニストを含む請求項15又は16に記載の方法。
【請求項18】
前記工程(ii)における培養が、12時間~48時間であり、かつ前記工程(iii)における培養が12時間~48時間である、請求項15~17のいずれか一つに記載の方法。
【請求項19】
前記工程(iv)における培養が、2~30日である、請求項15~18のいずれか一つに記載の方法。
【請求項20】
前記WntアゴニストがCHIR99021であり、前記TGFβシグナル経路阻害物質がSB431542であり、前記Wntシグナル阻害物質がIWR-1である、請求項15~19のいずれか一つに記載の方法。
【請求項21】
前記工程(i)が、以下の工程:
(a)ヒトiPS細胞から誘導された胚様体を、高濃度(濃度A)のWntアゴニストを含有する培地で培養する工程、
(b)前記胚様体を、Bmp、アクチビン、レチノイン酸、及び中濃度(濃度B)のWntアゴニスト、を含有する培地で培養する工程、及び
(c)前記胚様体を、Fgf、及び低濃度(濃度C)のWntアゴニストを含有する培地で培養する工程、
をその順で含む分化誘導工程(ここで、Wntアゴニストの濃度は、濃度A>濃度B>濃度Cであって、濃度Aは濃度Cの少なくとも5倍である。)、
である、請求項15~20のいずれか一つに記載の方法。
【請求項22】
前記工程(a)、(b)及び(c)におけるWntアゴニストがCHIR99021であって、前記濃度A及び濃度Cが、それぞれ、7.5μM~15μM、0.5μM~2.0μMであり、かつ、前記工程(b)におけるBmpがBmp4であって、培地における濃度が1ng/ml~10ng/mlであり、かつ、前記工程(b)の培地におけるアクチビンの濃度が、2.5ng/mL~40ng/mLの濃度である、請求項21に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ネフロン前駆体細胞から糸球体ポドサイトを選択的に誘導する方法に関する。本発明はまた、該誘導方法を用いて多能性幹細胞から糸球体ポドサイトを製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
腎臓の糸球体に存在するポドサイトは、血液の濾過において重要な役割を担っている。ポドサイトが障害されると蛋白尿を呈し、やがて末期腎不全へと進行し透析治療を要することから、ポドサイト研究は医療経済学的にも重要な研究テーマである。
【0003】
ポドサイト研究において、インビトロ解析にはヒトポドサイトの不死化細胞株が用いられてきた(非特許文献1)。しかしながら、この細胞株はポドサイトに特徴的な遺伝子や蛋白の発現レベルが極めて低く、研究の遂行にあたって不十分な素材であることが問題であった(非特許文献2)。
また過去にヒトiPS細胞から選択的にポドサイトを誘導したとする報告があるが、ポドサイト特異的な遺伝子であるはずのNPHS1の発現レベルは誘導前のヒトiPS細胞に比べて1/5から1/10ほどの極めて低い発現に留まっている(非特許文献3~5;特許文献1)。よって、これらの報告で誘導された細胞は、ポドサイトと称するのには不十分な品質であると考えられる。
【0004】
本発明者らによる報告を含め、近年、ヒトiPS細胞からネフロン前駆細胞を誘導し、ポドサイトや尿細管細胞を含有する腎オルガノイドを試験管内で作成する研究が複数報告されている(非特許文献6~9;特許文献2)。腎オルガノイドは多数の細胞種を含む集団であるが、ポドサイト障害モデル実験や尿蛋白を軽減するための治療薬開発のための薬剤スクリーニングのためには、より純化したポドサイトを用いた細胞自律的な(cell-autonomous)な効果の検証が必要とされている。そこで、効率的に高純度のポドサイトからなる細胞集団を分化誘導又は製造する方法が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】米国特許出願公開 2016/0143949 A1
【文献】WO2015/056756
【非特許文献】
【0006】
【文献】M.A.Saleem et al., J. Am. Soc. Nephrol. 13, 630-638, 2002)
【文献】S. Chittiprol et al., Am J Physiol Renal Physiol 301, F660-671, 2011
【文献】B. Song et al., PLoS ONE 7, e46453, 2012
【文献】O. Ciampi, et al., Stem Cell Res. 17, 130-139, 2016
【文献】S. Musah et al., Nat. Biomed. Eng. 1, 0069, 2017
【文献】Taguchi et al., Cell Stem Cell 14, 53-67, 2014
【文献】Takasato et al., Nature 526, 564-568, 2015
【文献】Morizane et al., Nat. Biotechnol. 33, 1193-1200, 2015
【文献】Taguchi et al., Cell Stem Cell 21, 730-746, 2017
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、糸球体ポドサイトを誘導する方法を提供することを目的とする。本発明はまた、選択的なポドサイトの誘導を行うことによりポドサイトの構成比率が高い細胞集団を得ることができるポドサイトの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、ネフロン前駆細胞からポドサイトまでの分化過程を、(1)間葉上皮転換(Mesenchymal-to-epithelical transition:MET)期(以下、腎上皮前駆凝集体(pre-tubular aggregate:PA)形成期という場合もある)、(2)腎小体(Renal vesicle:RV)形成期 、及び(3)ネフロン分画形成期(以下、ポドサイト形成期という場合もある)という3つの段階に分け、ポドサイトへの誘導に必要なシグナルを検討した結果、特定のシグナルの時期特異的な調整が重要であることを明らかにし、本発明を完成した。
本発明は、以下の態様を含むものである。
[1]ポドサイトを分化誘導する方法であって、以下の工程:
工程A:ネフロン前駆細胞又はその集団を、Wntアゴニスト(好ましくは、Glycogen Synthase Kinase(GSK)-3β阻害物質、より好ましくはCHIR99021)及びROCK阻害物質(好ましくはY27632)を含む培地で培養する工程(ここで得られる細胞又は細胞集団を「腎上皮前駆凝集体(pre-tubular aggregate:PV)」と称する。)、
工程B:工程Aで得られた細胞又はその集団を、Fgf(好ましくは、Fgf2、Fgf9又はFgf20、より好ましくは、Fgf9)を含む培地で培養する工程(ここで得られる細胞又は細胞集団を「腎小体(renal vesicle:RV)」と称する。)、及び、
工程C:工程Bで得られた細胞又はその集団を、Fgf(好ましくは、Fgf2、Fgf9又はFgf20、より好ましくは、Fgf9)を含む培地で培養する工程(ここで得られる細胞又は細胞集団を「ポドサイト(podocyte)」と称する。)、を含む方法、
ここで、工程B又は工程Cにおける培地の少なくとも一つは、TGFβシグナル経路阻害物質(好ましくは、SB431542)を含む。
[2]工程Aで用いる培地のWntアゴニストの濃度が、1μMより多くかつ10μMより少ない(好ましくは、約2μM~約8μM、より好ましくは、約3μM~約5μMである)、上記[1]に記載の方法。
[3]前記工程B及びCにおける培地が、さらに約1μM以下(好ましくは約0.5μM)の濃度のWntアゴニスト(好ましくは、GSK-3β阻害物質、より好ましくはCHIR99021)を含む上記[1]又は[2]に記載の方法。
[4]前記工程Aにおける培養が、12時間~48時間(好ましくは18時間~30時間、より好ましくは21~27時間、さらに好ましくは約24時間)であり、かつ前記工程Bにおける培養が12時間~48時間(好ましくは18時間~30時間、より好ましくは21~27時間、さらに好ましくは約24時間)である、上記[1]~[3]のいずれか一つに記載の方法。
[5]前記工程Cにおける培養が、2~30日(好ましくは約3~約15日、より好ましくは4日~10日)である、上記[4]に記載の方法。
[6]前記WntアゴニストがCHIR99021であり、前記TGFβシグナル経路阻害物質がSB431542である、上記[1]~[5]のいずれか一つに記載の方法。
[7]前記ネフロン前駆細胞が哺乳動物由来のiPS細胞から誘導されたネフロン前駆細胞である、上記[1]~[6]のいずれか一つに記載の方法。
[8]前記iPS細胞が、ヒト由来のiPS細胞である上記[7]に記載の方法。
[9]前記工程B及び/又は工程Cにおける培地が、さらに、Wntシグナル阻害物質(好ましくはIWR-1)を含む、上記[7]又は[8]に記載の方法。
[10]前記工程B及び/又は工程Cにおける培地が、さらに、レチノイン酸(RA)又はRAアナログを含む、上記[7]~[9]のいずれか一つに記載の方法。
[11]前記ネフロン前駆細胞が、以下の工程:
(a)ヒトiPS細胞から誘導された胚様体を、高濃度(濃度A)のWntアゴニスト(好ましくは、CHIR99021)を含有する培地で培養する工程、
(b)前記胚様体を、Bmp(好ましくは、Bmp2、Bmp4又はBmp7、より好ましくはBmp4)、アクチビン、レチノイン酸、及び中濃度(濃度B)のWntアゴニスト、を含有する培地で培養する工程、及び
(c)前記胚様体を、Fgf(好ましくは、Fgf2、Fgf9又はFgf20、より好ましくは、Fgf9)、及び低濃度(濃度C)のWntアゴニストを含有する培地で培養する工程、
をその順で含む分化誘導工程(ここで、Wntアゴニストの濃度は、濃度A>濃度B>濃度Cであって、濃度Aは濃度Cの少なくとも5倍である。)、
によりヒトiPS細胞から誘導される、上記[7]~[10]のいずれか一つに記載の方法。
[12]前記工程(a)、(b)及び(c)におけるWntアゴニストがCHIR99021であって、前記濃度A及び濃度Cが、それぞれ、7.5μM~15μM、0.5μM~2.0μMであり、かつ、前記工程(b)におけるBmpがBmp4であって、培地における濃度が1ng/mL~10ng/mLであり、かつ、前記工程(b)の培地におけるアクチビンの濃度が、2.5ng/mL~40ng/mLの濃度である、上記[11]に記載の方法。
【0009】
[13]ポドサイトを分化誘導するための培地キットであって、該キットは、分化誘導培地、及び、以下に記載のそれぞれの成分を含む3つの容器を含む培地キット、
(1)Wntアゴニスト(好ましくは、GSK-3β阻害物質、より好ましくはCHIR99021)及びROCK阻害物質(好ましくはY27632)を含む第一の容器、
(2)TGFβシグナル経路阻害物質(好ましくは、SB431542)、Wntシグナル阻害物質(好ましくはIWR-1)、レチノイン酸(RA)又はRAアナログ、及びFgf(好ましくは、Fgf2、Fgf9又はFgf20、より好ましくは、Fgf9)を含む第二の容器、及び
(3)TGFβシグナル経路阻害物質(好ましくは、SB431542)、Wntシグナル阻害物質(好ましくはIWR-1)、レチノイン酸(RA)又はRAアナログ、及びFgf(好ましくは、Fgf2、Fgf9又はFgf20、より好ましくは、Fgf9)を含む第三の容器。
[14]前記容器(2)及び(3)が、さらに、Wntアゴニスト(好ましくは、GSK-3β阻害物質、より好ましくはCHIR99021)、を含む、上記[13]に記載の培地キット。
【0010】
[15]ポドサイトの細胞集団を製造する方法であって、以下の工程:
(i)哺乳動物由来のiPS細胞(好ましくはヒトiPS細胞)又はその集団からネフロン前駆細胞又はその集団を分化誘導する工程、
(ii)工程(i)で得られたネフロン前駆細胞又はその集団を、Wntアゴニスト(好ましくは、GSK-3β阻害物質、より好ましくはCHIR99021)及びROCK阻害物質(好ましくはY27632)、を含む培地で培養する工程(ここで得られる細胞又は細胞集団を、「腎上皮前駆凝集体(pre-tubular aggregate:PA)」と称する。)、
(iii)工程(ii)で得られた細胞又はその集団を、Fgf(好ましくは、Fgf2、Fgf9又はFgf20、より好ましくは、Fgf9)を含む培地で培養する工程(ここで得られる細胞又は細胞集団を、「腎小体(renal vesicle:RV)」と称する。)、及び、
(iv)工程(iii)で得られた細胞又はその集団を、Fgf(好ましくは、Fgf2、Fgf9又はFgf20、より好ましくは、Fgf9)を含む培地で培養する工程(ここで得られる細胞又は細胞集団を、「ポドサイト(podocyte)」と称する。)、を含む方法、
ここで、工程(iii)又は工程(iv)における培地の少なくとも一つはTGFβシグナル経路阻害物質(好ましくは、SB431542)含み、工程(iii)又は工程(iv)における培地の少なくとも一つはWntシグナル阻害物質(好ましくはIWR-1)を含み、かつ工程(iii)又は工程(iv)における培地の少なくとも一つはレチノイン酸(RA)又はRAアナログを含む。
[16]前記工程(ii)で用いる培地のWntアゴニストの濃度が、1μMより多くかつ10μMより少ない(好ましくは、約2μM~約8μM、より好ましくは、約3μM~約5μMである)、上記[15]に記載の方法。
[17]前記工程(iii)及び(iv)における培地が、さらに約1μM以下(好ましくは約0.5μM)の濃度のWntアゴニスト(好ましくは、GSK-3β阻害物質、より好ましくはCHIR99021)を含む上記[15]又は[16]に記載の方法。
[18]前記iPS細胞が、ヒト由来のiPS細胞である上記[15]~[17]のいずれか一つに記載の方法。
[19]前記工程(ii)における培養が、12時間~48時間(好ましくは18時間~30時間、より好ましくは21~27時間、さらに好ましくは約24時間)であり、かつ前記工程(ii)における培養が12時間~48時間(好ましくは18時間~30時間、より好ましくは21~27時間、さらに好ましくは約24時間)である、上記[15]~[18]のいずれか一つに記載の方法。
[20]前記工程(iv)における培養が、2~30日(好ましくは約3~約15日、より好ましくは4日~9日)である、上記[17]に記載の方法。
[21]前記WntアゴニストがCHIR99021であり、前記TGFβシグナル経路阻害物質がSB431542であり、前記Wntシグナル阻害物質がIWR-1である、上記[15]~[18]のいずれか一つに記載の方法。
[22]前記工程(i)が、以下の工程:
(a)ヒトiPS細胞から誘導された胚様体を、高濃度(濃度A)のWntアゴニスト(好ましくは、CHIR99021)を含有する培地で培養する工程、
(b)前記胚様体を、Bmp(好ましくは、Bmp2、Bmp4又はBmp7、より好ましくはBmp4)、アクチビン、レチノイン酸、及び中濃度(濃度B)のWntアゴニスト、を含有する培地で培養する工程、及び
(c)前記胚様体を、Fgf(好ましくは、Fgf2、Fgf9又はFgf20、より好ましくは、Fgf9)、及び低濃度(濃度C)のWntアゴニストを含有する培地で培養する工程、
をその順で含む分化誘導工程(ここで、Wntアゴニストの濃度は、濃度A>濃度B>濃度Cであって、濃度Aは濃度Cの少なくとも5倍である。)、
である、上記[15]~[21]のいずれか一つに記載の方法。
[23]前記工程(a)、(b)及び(c)におけるWntアゴニストがCHIR99021であって、前記濃度A及び濃度Cが、それぞれ、7.5μM~15μM、0.5μM~2.0μMであり、かつ、前記工程(b)におけるBmpがBmp4であって、培地における濃度が1ng/mL~10ng/mLであり、かつ、前記工程(b)の培地におけるアクチビンの濃度が、2.5ng/mL~40ng/mLの濃度である、上記[20]に記載の方法。
【0011】
[24]試験物質のポドサイトに対する影響又は効果を評価する方法であって、該試験物質の存在下で、上記[1]~[12]、[15]~[23]のいずれか一つに記載の方法で作製したポドサイトの細胞集団を培養し、該細胞に関する以下の項目:細胞の増殖、細胞の生存、細胞の障害、タンパク質発現量、遺伝子発現量、アルブミン取り込み能、アルブミンろ過能、オートファジー活性及び細胞内伝達シグナルからなる群から選ばれる少なくとも一つの項目を測定し、該試験物質のポドサイトに対する影響を評価することを含む方法。
[25]ポドサイト障害を治療又は回復させる物質をスクリーニングする方法であって、(x)上記[1]~[12]、[15]~[23]のいずれか一つに記載の方法で作製したポドサイトの細胞集団を、ポドサイト障害性を示す薬剤及び試験物質の存在下で培養する工程と、(y)ポドサイト細胞の生存、増殖又は障害の軽減、タンパク質発現量の変化、及び遺伝子発現量の変化からなる群から選ばれる少なくとも一つの項目を測定する工程、とを含むポドサイト障害を治療又は回復させる候補物質をスクリーニングする方法、
ここで、工程(x)におけるポドサイト細胞集団の培養は、以下のいずれでもよい:
(x-1)ポドサイト障害性を示す薬剤及び試験物質が同時に存在する環境下でポドサイト細胞集団を培養する、又は
(x-1)ポドサイト障害性を示す薬剤の存在下でポドサイト細胞集団を培養し、次いで、試験物質の存在下で該障害ポドサイト細胞集団を培養する。
[26]前記ポドサイト障害性を示す薬剤が、ピューロマイシンアミノヌクレオシド、ドキソルビシン、アンジオテンシンII、及び抗ポドサイト抗体からなる群より選ばれる少なくとも一つの薬剤である上記[25]に記載のスクリーニング方法。
【0012】
[27]腎臓及び/又は糸球体の疾患を治療又は予防する方法であって、
(I)上記[1]~[12]、[15]~[23]のいずれか一つに記載の方法で作製したポドサイトの細胞集団を、該疾患に罹患する対象の腎臓組織の一部に移植すること(ここで、該ポドサイトの細胞集団は、場合により、間質細胞及び/又は血管内皮細胞及び/又は細胞の足場とともに移植される)、及び
(II)該移植したポドサイトの細胞集団中の少なくとも一部の細胞が、該腎組織の少なくとも一部の糸球体内へと移動してそこにとどまり、それにより、腎臓組織を再生して腎臓及び/又は糸球体の疾患を治療すること、
を含む方法。
[28]前記腎臓及び/又は糸球体の疾患が、ポドサイト障害を伴う病態、ネフローゼ症候群、腎硬化症、糖尿病性腎症、慢性糸球体腎炎、又はそれらの組合せ、或いはそれらの疾患の合併症である上記[27]に記載の方法。
[29]前記ポドサイトの細胞集団が、ヒトiPS細胞又はその集団から分化誘導された腎オルガノイドの一部として移植される、上記[27]又は[28]に記載の方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、効率良く、ネフロン前駆細胞から糸球体ポドサイトを誘導することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明のポドサイトの誘導のプロトコルの概略の一例を示した図である。上図(a)は、マウスのネフロン前駆細胞を用いてポドサイトを誘導する方法の一例を、下図(b)は、ヒトiPS細胞から誘導したネフロン前駆細胞を用いてポドサイトを誘導する方法の一例を示している。CHIR:CHIR99021;Y:Y27632;SB:SB431542;F:Fgf9;RA:レチノイン酸。
【
図2】Six2-GFP陰性細胞、Six2-GFP陽性ネフロン前駆細胞(NPCs)、及び抗体で選別したネフロン前駆細胞(NPCs)のそれぞれの細胞の遺伝子発現を示した図である。
【
図3】実施例1で調製したネフロン前駆細胞(NPCs)を用いて、Wntアゴニスト(CHIR99021)の影響を確認する実験の概要を示した図である。
【
図4】実施例1で調製したネフロン前駆細胞(NPCs)を用いたポドサイトの誘導において、それぞれの濃度及び時間にて、Wntアゴニスト(CHIR99021)を処理した結果を示した図である。6日目における顕微鏡写真である。
【
図5】ネフロン前駆細胞(NPCs)を用いたポドサイトの誘導において、3μM又は5μMの濃度にて24時間又は48時間CHIR99021処理した場合のMafB-GFP陽性のポドサイトの存在を6日目に確認した結果である。上図は、可視光及び蛍光での観察結果を示す。下図は、その結果をグラフにしたものである。
【
図6】ネフロン前駆細胞を24時間CHIR99021処理した場合に、ネフロン前駆細胞(NPC)が腎上皮前駆凝集体(PA)、及び腎小体(RV)へと分化していることを、時系列(0時間、24時間、48時間)で確認した結果である。誘導過程において、Six2, Lhx1, Pax8, 及びCdh1の遺伝子発現を確認した結果を示す。
【
図7】腎上皮前駆凝集体(PA)から腎小体(RV)への分化誘導過程における、成長因子又は阻害剤の影響を、顕微鏡観察で確認した結果である。aは、CHIR99021(2μM)及びSB431542、bは、IWR-1、Activin A、RA及びBMS493である。上段は可視光による細胞の成長を観察した結果、下段は、蛍光によりMafB-GFP陽性細胞を観察した結果である。
【
図8】腎上皮前駆凝集体(PA)から腎小体(RV)への分化誘導過程における、成長因子又は阻害剤の影響を確認した結果である。MafB-GFP陽性細胞の割合(a)及びポドサイトの数(b)を示す。
【
図9】腎小体(RV)ステージ(48時間)における、SB431542処理による遺伝子発現を検討した結果である。
【
図10】SB431542処理によるWt1陽性近位腎小体(RV)細胞の比率と数を確認した結果である。
【
図11】近位化腎小体(RV)誘導後のSTEP3における、ポドサイト系譜への分化に対する各因子(CHIR99021(2μM)、IWR-1、アクチビン、SB431542、レチノイン酸(RA)、及びBMS493の影響を確認した結果である。a:上段は可視光による細胞の成長を観察した結果、下段は、蛍光によりMafB-GFP陽性細胞を観察した結果である。b:細胞集団におけるMafB-GFP陽性細胞(ポドサイト)の割合を示す。
【
図12】近位化腎小体(RV)誘導後のSTEP3における、各ネフロン(ポドサイト、PT、及びDT)の細胞数に対するSB431542の効果を確認した結果である。
【
図13】本発明の方法を用いて作製したポドサイトにおける、ポドサイト特異的タンパク質の発現と、その他の尿細管マーカーの発現を確認した結果である。
【
図14】マウスNPCsで確立した3段階の段階的なポドサイト分化誘導方法をヒトiPS細胞(hiPS)に適用した場合の一例の概略図である。
【
図15】ヒトiPS細胞(hiPS)から誘導したネフロン前駆細胞(NPCs)を用いたポドサイトの誘導において、STEP1におけるWntアゴニスト(CHIR99021)の影響を確認した結果を示した図である。
【
図16】ヒトiPS細胞(hiPS)から誘導したネフロン前駆細胞(NPCs)を用いたポドサイトの誘導において、STEP2における各種因子の添加の影響を確認した結果を示した図である。
【
図17】ヒトiPS細胞(hiPS)から誘導したネフロン前駆細胞(NPCs)を用いたポドサイトの誘導において、STEP3における各種因子の添加の影響を確認した結果を示した図である。
【
図18】本発明の方法を用いて誘導したポドサイトと、腎オルガノイドのポドサイトを、比較した結果である。左図は割合を、右図はポドサイト数を比較した図である。
【
図19】誘導ポドサイト、ヒト成体腎臓由来ポドサイト、ヒトiPS細胞、及び不死化ポドサイト細胞株における、ポドサイト特異的遺伝子の発現を比較した図である。
【
図20】誘導ポドサイトにおける、WT1、NEPHERIN、NEPH1、及びPODOCINの発現部位を示す図である。
【
図21】誘導ポドサイトを透過型電子顕微鏡で観察した写真である。左図の矢印は、基底外側領域に存在する足突起を示している。右図の矢印は、ポドサイト間に存在するスリット膜様構造(フィラメント状の架橋)を示している。
【
図22】誘導ポドサイトを透過型電子顕微鏡で観察した他の写真である。矢印は、NEPHRIN分子を示している。
【
図23】誘導ポドサイトのタンパク質発現をウエスタンブロットで解析した結果である。
【
図24】誘導ポドサイトをピューロマイシンアミノヌクレオシド(PAN)で処理した場合の生存率を示している。
【
図25】誘導ポドサイトをピューロマイシンアミノヌクレオシド(PAN)で処理した場合のタンパク質発現をウエスタンブロットで解析した結果である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を、例示的な実施態様を例として、本発明の実施において使用することができる好ましい方法および材料とともに説明するが、本発明は以下に記載の態様に限定されるものではない。なお、文中で特に断らない限り、本明細書で用いるすべての技術用語及び科学用語は、本発明が属する技術分野の当業者に一般に理解されるのと同じ意味をもつ。また、本明細書に記載されたものと同等または同様の任意の材料および方法は、本発明の実施において同様に使用することができる。また、本明細書に記載された発明に関連して本明細書中で引用されるすべての刊行物および特許は、例えば、本発明で使用できる方法や材料その他を示すものとして、本明細書の一部を構成するものである。
【0016】
本明細書中で、「X~Y」という表現を用いた場合は、下限としてXを上限としてYを含む意味で、或いは上限としてXを下限としてYを含む意味で用いる。本明細書において「及び/又は」は、いずれか一方、あるいは、両方を包含する意味で使用される。また、本明細書において「約」とは、±10%を許容する意味で用いる。
【0017】
腎臓は、糸球体ポドサイト及び尿細管の前駆体であるネフロン前駆細胞(NPCs)、集合管および尿管の前駆体である尿管芽、および間質細胞の3者による相互作用により発生する。ネフロン前駆細胞は、間葉上皮転換(MET)を経て、ポドサイト、近位尿細管(PT)、及び遠位尿細管(DT)を含む上皮ネフロン構造へと発達する。ネフロン前駆細胞は、尿管芽からのWntシグナルによって、腎前駆凝集体(PA)を形成し、その後近位遠位の極性を持った腎小体(RV)へと分化する。腎小体(RV)は、近位遠位軸に沿って伸長し、S字体を経て、ネフロン上皮へと分化する。ポドサイトの前駆細胞は、腎小体(RV)のWT1陽性近位ドメイン、およびS字体のWt1陽性近位端ドメインに存在し、最終的にはMafB陽性/Nephrin陽性の成熟したポドサイトへと分化する。
このネフロンの近位遠位軸形成過程において、Wnt及びNotchシグナルが何らかの役割を果たしていることは示唆されていたが、ネフロン分画形成、特にポドサイトの分化にどのようなシグナルが関わっているかは不明であった。
【0018】
本発明者らは、ポドサイトの誘導に関する従来の報告における誘導法では、ネフロン全分画への分化能を有するネフロン前駆細胞を経由しておらず、またネフロン前駆細胞からポドサイトへの分化過程に沿った段階的な検討ができていないことに着目した。そして、さらに重要なことは、これらの誘導法によって作られた細胞は、どの程度本物のポドサイトに近いものなのかという検証がなされておらず、誘導法の妥当性や正当性が保証されていないことにあった。
【0019】
そこで本発明者らは、本発明者らの従来の報告に基づいて、ヒトiPS細胞から、ネフロン全分画への分化能を有するネフロン前駆細胞を誘導したのちに(非特許文献6)、ネフロン前駆細胞からポドサイトまでの分化過程を、(1)間葉上皮転換誘導(MET)期、(2)Renal vesicle(RV)形成期、(3)ネフロン分画形成期という3つの段階に分けて、ポドサイトへの誘導に必要なシグナルを検討し、CHIR99021、SB431542、IWR-1、レチノイン酸、Fgf9の時期特異的な調整が重要であることを明らかにした。本発明に従って誘導したポドサイトは、ヒトiPS細胞の104倍、不死化細胞株の105倍の高さでNPHS1(Nephrin)を発現しており、その他のポドサイト関連蛋白においてもiPS細胞や不死化細胞株と比べて極めて高い発現レベルを示していた。さらに発明者らは、ヒト成体腎臓からポドサイトを分取し、誘導ポドサイトと本物のポドサイトを比較した検証を行い、誘導ポドサイトが、NPHS1やNPHS2(Podocin)といったポドサイト関連蛋白を生体内のポドサイトとほぼ同程度のレベルで発現していることを確認した。すなわち、本発明による誘導ポドサイトは、遺伝子発現レベルにおいて生体内の本物のポドサイトとほぼ同程度の品質を示しており、このことは本発明の誘導法の妥当性を証明している。
【0020】
本発明の一つ態様は、ネフロン前駆細胞からポドサイトを誘導する方法であって、3つの工程、すなわち、ネフロン前駆細胞から腎上皮前駆凝集体(PA)への誘導、PAから腎小体(RV)への誘導、RVからポドサイトへの誘導を含む方法である。
本発明の別の一つの態様は、上記3つの工程を用いて、ネフロン前駆細胞から糸球体ポドサイトを選択的に誘導する方法である。
本発明の他の一つの態様は、上記3つの工程を用いて、ネフロン前駆細胞から糸球体ポドサイトを製造する方法である。
本発明の他の別の一つの態様は、哺乳動物由来のiPS細胞(好ましくは、ヒトiPS細胞)からポドサイトを製造する方法であって、iPS細胞からネフロン前駆細胞を誘導する工程と、上記3つの工程を含むネフロン前駆細胞からポドサイトを誘導する工程を組み合わせてなるポドサイトの製造方法である。
また、本発明の一つの態様は、ネフロン前駆細胞からポドサイトを分化誘導するための培地キットであって、上記3つの工程において用いる各種物質をそれぞれ含んだ容器、及び培地を含むキットである。
また別の本発明の一つの態様は、上記の何れかの方法により誘導したポドサイトを用いた、ポドサイトの実験モデルの提供である。
また別の本発明の一つの態様は、上記の何れかの方法により誘導したポドサイトを用いた、ポドサイトに対する細胞毒性を有する物質の評価方法である。
また他の本発明の一つの態様は、上記の何れかの方法により誘導したポドサイトを用いた、ポドサイト障害又はそれに関連する疾患を改善又は治療する物質のスクリーニング方法である。
また別の他の本発明の一つの態様は、上記の何れかの方法によって誘導されたポドサイトを腎臓及び/又は糸球体の疾患に罹患する対象に移植することを含む、腎臓及び/又は糸球体の疾患の治療又は予防方法である。
【0021】
以下、本発明の詳細を説明する。
図1に、本発明のネフロン前駆細胞(NPCs)からの糸球体ポドサイトの誘導のプロトコルの概略を示してある。上図はマウス由来のNPCsからの誘導を、下図はヒト由来のNPCsからの誘導を示している。いずれにおいても、3段階の工程を経て、NPCsからポドサイトが誘導される。
【0022】
ネフロン前駆細胞
本発明の方法で用いるネフロン前駆細胞は、生体から調製したもの、多能性幹細胞から誘導したもののいずれを用いることもできるが、好ましくは、多能性幹細胞から誘導したものである。特に好ましくは、多能性幹細胞であるiPS細胞から誘導したネフロン前駆細胞である。また本発明で用いるネフロン前駆細胞は、iPS細胞から誘導したネフロン前駆細胞を特定の条件で形質を維持しながら培養したもの或いは冷凍保存したものであってもよい。多能性幹細胞からのネフロン前駆細胞の誘導は、公知の方法を参考にして行うことができる。例えば、本発明者らによる報告(非特許文献6;特許文献2)を参考にして調製できる。これらの文献は、引用することにより本明細書の一部である。
これに限定されないが、例えば、以下の工程をあげることができる。
(a)多能性幹細胞から誘導された胚様体を、高濃度(濃度A)のWntアゴニスト(好ましくは、CHIR99021)を含有する培地で培養する工程、
(b)前記胚様体を、Bmp(好ましくは、Bmp2、Bmp4又はBmp7、より好ましくはBmp4)、アクチビン、レチノイン酸、及び中濃度(濃度B)のWntアゴニスト、を含有する培地で培養する工程、及び
(c)前記胚様体を、Fgf(好ましくは、Fgf2、Fgf9又はFgf20、より好ましくは、Fgf9)、及び低濃度(濃度C)のWntアゴニストを含有する培地で培養する工程、
をその順で含む分化誘導工程(ここで、Wntアゴニストの濃度は、濃度A>濃度B>濃度Cであって、濃度Aは濃度Cの少なくとも5倍である。)により、ネフロン前駆細胞を作製できる。
【0023】
。
上記工程(a)に用いる胚様体は、多能性幹細胞(例えば、ES細胞やiPS細胞)を、任意の培地、好ましくは無血清培地で培養することにより調製できる。例えば、ヒト多能性幹細胞を用いる場合は、これに限定されないが、好ましくはヒトiPS細胞を、Bmp4およびRock阻害剤(Y27632)で(必要に応じてさらにFgfを加えて)処理した細胞を用いて胚様体が調製され、さらに好ましくは、次いで、アクチビンおよびFgfで処理された胚様体が用いられる。培地中のBmp4の濃度は、例えば、0.3~5ng/mL、好ましくは0.5~2ng/mLをあげることができ、培地中のRock阻害剤(Y27632)の濃度は、例えば、1~100ng/mL、好ましくは5~20ng/mLをあげることができ、培地中のFgfの濃度は、例えば、0~20ng/mL、をあげることができ、培地中のアクチビンの濃度は、例えば、0.1~5ng/mL、好ましくは0.5~1ng/mLをあげることができる。Bmp4およびRock阻害剤(Y27632)、Fgfでの処理は、例えば、1~2日、好ましくは1日行い、アクチビンおよびFgfの処理は、例えば、1~4日、好ましくは2日行うことができる。
【0024】
誘導多能性幹(iPS)細胞は、体細胞に由来する人工的な幹細胞であって、特異的な再プログラム化因子をDNA又はタンパク質の形態で体細胞に導入することにより製造することができ、ES細胞とほぼ同等の特性(例えば、分化多能性及び自己複製に基づく増殖能)を示す(K. Takahashi及びS. Yamanaka (2006) Cell, 126:663-676; K. Takahashi et al. (2007), Cell, 131:861-872; J. Yu et al. (2007), Science, 318:1917-1920; Nakagawa, M. et al., Nat. Biotechnol. 26:101-106 (2008);WO2007/069666)。再プログラム化因子は、ES細胞で特異的に発現される遺伝子、その遺伝子産物若しくはその非コードRNA、ES細胞の未分化維持に重要な役割を果たす遺伝子、その遺伝子産物若しくはその非コードRNA、又は低分子量化合物で構成されてもよい。再プログラム化因子に含まれる遺伝子の例としては、Oct3/4、Sox2、Sox1、Sox3、Sox15、Sox17、Klf4、Klf2、c-MYC、N-Myc、L-Myc、Nanog、Lin28、Fbx15、ERas、ECAT15-2、Tcl1、beta-catenin、Lin28b、Sall1、Sall4、Esrrb、Nr5a2、Tbx3、Glis1等が挙げられる。これらの再プログラム化因子は、単独で、あるいは組み合わせて使用してもよい。なお、再プログラミング因子としてc-MYCの遺伝子を体細胞に導入して用いる場合は、iPS細胞の作成後に、導入したc-MYC遺伝子が標的細胞の染色体に組み込まれる可能性が低い導入方法を用いるのが好ましく、例えば、これに限定されないが、センダイウイルスベクターやエピゾーマルベクターを用いた導入をあげることができる。
【0025】
上記工程(a)、(b)及び(c)において、それぞれの工程において用いる培地が含有するWntアゴニストの濃度A、B及びCが、特定の関係にあることが重要である。各工程で用いる培地のWntアゴニストの濃度は、濃度A>濃度B>濃度Cでありかつ濃度Aは濃度Cの少なくとも5倍であるが、好ましくは、濃度Aは濃度Bの少なくとも2倍でありかつ濃度Bは濃度Cの少なくとも2倍であり、さらに好ましくは、濃度Aは濃度Bの少なくとも3倍であり、かつ濃度Bは濃度Cの少なくとも3倍である。工程(c)におけるWntアゴニストの濃度Cは、分化誘導が起こる限り特に制限がなく、また、用いるWntアゴニストによって適宜選択されるが、例えばCHIR99021を用いた場合、0.1~3.0μM、好ましくは、0.5~2.0μMをあげることができる。
例えばCHIR99021を用いた場合、これに限定されないが、工程(a)、(b)及び(c)におけるWntアゴニストの濃度A、BおよびCの組み合わせとして、濃度Aは、6~20μM、好ましくは7.5~15μM、より好ましくは約10μMから選ばれ、濃度Bは、2~6μM、好ましくは2~4.5μM、より好ましくは約3μMから選ばれ、濃度Cは、0.5~2μM、好ましくは0.7~1.5μM、より好ましくは約1μMから選ばれる組合せをあげることができる。
用いるWntアゴニストは、下記で説明する本発明の方法において用いることができるWntアゴニスを用いることができる。
【0026】
工程(b)において用いるBmpは、上記したBmpのいずれを用いることもでき、各Bmp化合物の使用濃度は使用目的に合わせて適宜選択できる。例えばBmp4を用いる場合は、いずれの起源のBmp4を用いることができるが好ましくはヒトBmp4であり、培地中の濃度は、分化誘導の効果が得られる限り特に制限がないが、例えば、0.1~30ng/mL、好ましくは1~10ng/mLをあげることができる。また、他のBmp化合物を用いる場合は、Bmp4を用いた場合に得られる効果と同様の効果を発揮できる濃度を適宜選択することができる。
【0027】
工程(b)において用いるアクチビンは、いずれの起源のアクチビンを用いることができるが好ましくはヒトアクチビンAである。また、培地中の濃度は、分化誘導の効果が得られる限り特に制限がないが、例えば、2.5~40ng/mL、好ましくは7.5~15ng/mLをあげることができる。
また、工程(b)において用いるレチノイン酸の培地中の濃度は、分化誘導の効果が得られる限り特に制限がないが、例えば、0.001~1μM、好ましくは0.01~0.3μMをあげることができる。
【0028】
工程(c)において用いるFgfは、上記したFgfのいずれを用いることもでき、各Fgf化合物の使用濃度は使用目的に合わせて適宜選択できる。例えばFgf9を用いる場合は、いずれの起源のFgf9を用いることができるが好ましくはヒトFgf9である。培地中の濃度は、分化誘導の効果が得られる限り特に制限がないが、例えば、1~25ng/mL、好ましくは2.5~10ng/mLをあげることができる。また、他のFgf化合物を用いる場合は、Fgf9を用いた場合に得られる効果と同様の効果を発揮できる濃度を適宜選択することができる。
【0029】
上記行程(a)~(c)における好ましい組合せは、Wntアゴニストは、CHIR99021であって、前記濃度A及び濃度Cが、それぞれ、7.5μM~15μM、0.5μM~2.0μMであり、かつ、前記工程(b)におけるBmpがBmp4であって培地における濃度が、1ng/mL~10ng/mLであり、かつ、前記工程(b)の培地におけるアクチビンの濃度が、2.5~40ng/mLの濃度である、ネフロン前駆細胞の誘導方法である。
【0030】
誘導多能性幹(iPS)細胞は、哺乳類動物由来であればよく、哺乳動物としては、例えば、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウサギ、ネコ、イヌ、ヒツジ、ウシ、ウマ、ヤギ、サル又はヒト等をあげることができ、好ましくは、マウス又はヒトである。
【0031】
生体から調製した又は哺乳類の多能性幹細胞から誘導したネフロン前駆細胞は、場合により、さらに細胞の選別工程に付すこともできる。これに限定されないが、例えば、ITGA8、ROBO2、PDGFRa、PDGFRb、CXCR4、NGFRからなる群より選ばれるマーカーの少なくとも一つ又はそれらの任意の組合せによりセルソーターを用いて選別を行うことができる。
【0032】
ポドサイトの誘導
本発明のネフロン前駆細胞からのポドサイトの誘導は、3つの工程A~Cからなる。
工程A:ネフロン前駆細胞又はその集団を、Wntアゴニスト(好ましくは、GSK-3β阻害物質、より好ましくはCHIR99021)及びROCK阻害物質(好ましくはY27632)を含む培地で培養する工程(ここで得られる細胞又は細胞集団を「腎上皮前駆凝集体(pre-tubular aggregate:PV)」と称する。)、
工程B:工程Aで得られた細胞又はその集団を、TGFβシグナル経路阻害物質(好ましくは、SB431542)及びFgf(好ましくは、Fgf2、Fgf9又はFgf20、より好ましくは、Fgf9)を含む培地で培養する工程(ここで得られる細胞又は細胞集団を「腎小体(renal vesicle:RV)」と称する。)、及び、
工程C:工程Bで得られた細胞又はその集団を、TGFβシグナル経路阻害物質(好ましくは、SB431542)及びFgf(好ましくは、Fgf2、Fgf9又はFgf20、より好ましくは、Fgf9)を含む培地で培養する工程(ここで得られる細胞又は細胞集団を「ポドサイト(podocyte)」と称する。)、
但し、工程Bにおける培地がTGFβシグナル経路阻害物質を含む場合は工程Cにおける培地はTGFβシグナル経路阻害物質を含まなくてもよく、また、工程Cにおける培地がTGFβシグナル経路阻害物質を含む場合は工程Bにおける培地はTGFβシグナル経路阻害物質を含まなくてもよい。
【0033】
工程A(STEP 1):NPCsから腎上皮前駆凝集体(PA)への誘導
工程Aは、ネフロン前駆細胞又はその集団を、Wntアゴニスト及びROCK阻害物質(好ましくはY27632)を含む培地で培養する工程である。本明細書では、この工程で得られる細胞又は細胞集団を、「腎上皮前駆凝集体(pre-tubular aggregate:PA)」と称する。
Wntアゴニストは、細胞中でTCF/LEF介在性の転写を活性化する薬剤として定義される。従ってWntアゴニストは、Wntファミリータンパク質のありとあらゆるものを含むFrizzled受容体ファミリーメンバーに結合し、活性化する真のWntアゴニスト、細胞内β-カテニン分解の阻害剤およびTCF/LEFの活性化物質から選択される。Wntアゴニストはまた、Wntシグナル伝達経路阻害物質、GSK-3β阻害物質、Dkk1アンタゴニスト等も含む。
GSK-3β阻害物質とは、Glycogen Synthase Kinase(GSK)-3βタンパク質のキナーゼ活性(例えば、βカテニンに対するリン酸化能)を阻害する物質として定義され、例えば、CHIR99021(CAS番号:252917-06-9)、BIO(CAS番号:667463-62-9)、SB216763(CAS番号:280744-09-4)、R-Spondin1など、既に多数のものが知られている。
本発明において用いられるWntアゴニストは、好ましくは、CHIR99021、SB216763、BIO、R-Spondin1、A 1070722、Lithium carbonate、3F8、SB 415286、TDZD 8、TWS 119、TCS 2002、Wnt3、Wnt3a、Wnt9bであり、より好ましくはCHIR99021、又はSB216763であり、さらに好ましくはCHIR99021である。
【0034】
工程AにおいてWntアゴニストとしてCHIR99021を用いる場合、培地中のCHIR99021の濃度は、用いる細胞の起源によっても異なるが、通常1μMより多く10μMより小さい濃度であり、下限は、好ましくは約2μM、より好ましくは約3μM、上限は、好ましくは約8μM、より好ましくは約6μM、さらに好ましくは約5μMである。上限下限の組合せは、好ましくは約2μM~約8μM、より好ましくは約2μM~約6μMであり、さらに好ましくは約3μM~約5μMである。工程Aにおける、CHIR99021の濃度をこの範囲にすることにより、効率良く、NPCsをPAへと分化させることができる。工程Aにおいて、CHIR99021の代わりに他のWntアゴニストを用いる場合は、CHIR99021を参照として同等の効果を示す濃度を設定することができる。
【0035】
ROCK阻害物質は、Rhoキナーゼ(ROCK)の機能を抑制できるものである限り特に限定されないが、本発明においては、例えば、Y27632、Fasudil hydrochloride、GSK 429286、GSK 269962、AS 1892802、H 1152 dihydrochloride、又はHA 1100 hydrochlorideを用いることができ、好ましくは、Y27632又はFasudil hydrochloride、より好ましくは、Y27632を用いることができる。Y27632を用いる場合は、濃度は、1μM~1000μM、好ましくは1μM~200μM、より好ましくは1μM~100μM、さらに好ましくは約10μMである。工程Aにおいて、Y27632の代わりに他のRock阻害剤を用いる場合は、Y27632を参照として同等の効果を示す濃度を設定することができる。
【0036】
工程Aの培養時間は、用いる細胞の起源によっても異なるが、通常、約12時間~約48時間、好ましくは約18時間~約30時間、より好ましくは約21時間~約27時間、さらに好ましくは約24時間である。工程Aにおける培養時間をこの範囲にすることにより、効率良く、NPCsをPAへと分化させることができる。
【0037】
工程B:PAから腎小体(RV)への誘導
工程Bは、PA細胞又はその集団を、Fgf及び場合によりTGFβシグナル経路阻害物質を含む培地で培養する工程である。本明細書では、この工程で得られる細胞又は細胞集団を、「腎小体(renal vesicle)」と称する。
工程B又は工程Cの少なくともいずれかに含まれるTGFβシグナル経路阻害物質とは、TGFβの受容体への結合からSMADへと続くシグナル伝達を阻害する物質として定義され、例えば、TGFβの受容体であるALKファミリーへの結合を阻害する物質、ALKファミリーによるSMADのリン酸化を阻害する物質などの多数の物質が報告されている。
本発明の工程Bにおいて用いられるTGFβシグナル経路阻害物質としては、所望の細胞への誘導効果が得られる限り特に限定されるものではないが、ALK阻害物質である、SB431542(CAS番号:301836-41-9)又はA83-01(CAS番号:909910-43-6)、D4476、GW788388、LY364947、R268712、RepSox、SB505124、SB525334、又はSD208をあげることができ、SB431542又はA83-01が好ましく、SB431542がより好ましい。
工程BにおいてTGFβシグナル経路阻害物質としてSB431542を用いる場合、工程Bの培地中のSB431542の濃度は、用いる細胞の由来などによっても異なるが、通常、1μM~500μM、好ましくは、2μM~100μM、より好ましくは3μM~50μMであり、工程Aにおいてマウス由来のネフロン前駆細胞を用いた場合には、約25μMが特に好ましく、工程Aにおいてヒト多能性幹細胞由来のネフロン前駆細胞を用いた場合には、約5μMが特に好ましい。工程Bにおいて、上記濃度のSB431542を添加することにより、効率良く、PAを近位極性を有するRVへと分化させることができる。工程Bにおいて、SB431542の代わりに他の成分を用いる場合は、SB431542を参照として同等の効果を示す濃度を設定することができる。
【0038】
線維芽細胞成長因子(Fgf)は、例えば、Fgf2,Fgf4、Fgf7、Fgf9、又はFgf20をあげることができ、これらは、公知のアミノ酸配列情報に基づいて自体公知の方法を参照して作製してもよく、R&D Systemsなどから組換えヒトFgfタンパク質を購入したものを用いることもできる。用いるFgfは、Fgf2,Fgf9又はFgf20が好ましく、Fgf9又はFgf20がより好ましく、Fgf9がさらに好ましい。培地中のFgf9の濃度は、培養条件などによっても異なるが、例えば、1ng~500ng/mL、好ましくは2ng~200ng/mL、より好ましくは5ng~100ng/mL、さらに好ましくは約10ng/mLである。Fgf9に代わりに他のFgfを用いる場合は、Fgf9を参照として同等の効果を示す濃度を設定することができる。
【0039】
工程Bの培地は、さらに約1μM以下の濃度のWntアゴニストを含んでもよい。用いることができるWntアゴニストは、工程Aにおいて記載したWntアゴニストと同様であるが、好ましくはGSK-3β阻害物質、より好ましくはCHIR99021である。
工程BにおいてWntアゴニストとしてCHIR99021を用いる場合、培地中のCHIR99021の濃度は、用いる細胞の起源によっても異なるが、約1μM以下、好ましくは約0.7μM以下、より好ましくは約0.5μMである。CHIR99021に代わりに他のWntアゴニストを用いる場合は、CHIR99021を参照として同等の効果を示す濃度を設定することができる。
【0040】
ヒトiPS細胞由来のネフロン前駆細胞から工程Aにより誘導したPAを用いる場合は、工程B又は工程Cのいずれかにおいて培地にWntシグナル阻害物質を添加してもよく、それによりポドサイトの誘導効率を向上させることができるが、工程B及び工程Cの両者の培地にWntシグナル阻害物質を添加することがより好ましい。
Wntシグナル阻害物質としては、これに限定されないが、例えば、IWR-1又はIWP-2、IWP-3、IWP-4、XAV939、FH535、C59、VS-507、CCT031374をあげることができり、好ましくはIWR-1、IWP-2、又はXAV939である。
【0041】
工程BにおいてWntシグナル阻害物質としてIWR-1を用いる場合、工程Bの培地中のIWR-1の濃度は、用いる細胞の由来などによっても異なるが、通常、0.1μM~50μM、好ましくは、0.2μM~10μM、より好ましくは0.5μM~5μM、さらに好ましくは約1μM~約2μMである。IWR-1に代わりに他のWntシグナル阻害物質を用いる場合は、IWR-1を参照として同等の効果を示す濃度を設定することができる。
【0042】
ヒトiPS細胞由来のネフロン前駆細胞から工程Aにより誘導したPAを用いる場合はまた、工程Bの培地にレチノイン酸(RA)又はRAアナログを添加することが好ましい。
工程Bにおいて用いることのできるレチノイン酸としては、全トランスレチノイン酸(ATRA)が例示され、Sigma-Aldrichなどから購入することができる。また、天然のレチノイン酸が有する機能を保持しながら人工的に修飾されたレチノイン酸も使用され得る。
工程Bにおいてレチノイン酸としてATRAを用いる場合、培地中のATRAの濃度は、培養条件などによっても異なり、所望の細胞が得られる限り特に限定されるものではないが、通常、1nM~100μM、好ましくは、10nM~50μM、より好ましくは100nM~20μM、さらに好ましくは約1μM~約10μMである。
【0043】
工程Bにおいては、レチノイン酸の代わりにレチノイン酸アナログを用いることができる。レチノイン酸アナログとしては、例えば、AGN193109、AM580、AM80、BMS453、BMS195614、AC 261066,AC55649,Isotretinoinをあげることができ、特にAGN193109が好ましい。工程Bにおいて、RAの代わりにRAアナログを用いる場合は、RAを参照として同等の効果を示す濃度を設定することができる。
【0044】
工程Bの培養時間は、用いる細胞の起源によっても異なるが、通常、約12時間~約48時間、好ましくは約18時間~約30時間、より好ましくは約21~約27時間、さらに好ましくは約24時間である。工程Bにおける培養時間をこの範囲にすることにより、効率良く、PAをRVへと分化させることができる
【0045】
工程C:RVからポドサイトへの誘導
工程Cは、RV細胞又はその集団を、Fgf及び場合によりTGFβシグナル経路阻害物質を含む培地で培養してポドサイトを誘導する工程である。
工程Cにおいて用いることができるTGFβシグナル経路阻害物質は、工程Bにおいて記載したTGFβシグナル経路阻害物質と同様であるが、好ましくはSB431542又はA83-01、より好ましくはSB431542である。
工程CにおけるTGFβシグナル経路阻害物質の培地中の濃度は、工程Bにおいて記載した内容と同様の濃度を用いることができる。
【0046】
工程Cにおいて用いることができるFgfは、工程Bにおいて記載したFgfと同様であるが、好ましくは、Fgf2、Fgf9又はFgf20、より好ましくは、Fgf9である。また、工程CにおけるFgfの培地中の濃度は、工程Bにおいて記載した内容と同様の濃度を用いることができる
【0047】
工程Cの培地は、さらに約1μM以下の濃度のWntアゴニストを含んでもよい。用いることができるWntアゴニストは、工程Aにおいて記載したWntアゴニストと同様であるが、好ましくはGSK-3β阻害物質、より好ましくはCHIR99021である。
工程CにおいてWntアゴニストとしてCHIR99021を用いる場合、培地中のCHIR99021の濃度は、用いる細胞の起源によっても異なるが、約1μM以下、好ましくは約0.7μM以下、より好ましくは約0.5μMである。CHIR99021に代わりに他のWntアゴニストを用いる場合は、CHIR99021を参照として同等の効果を示す濃度を設定することができる。
【0048】
ヒトiPS細胞由来のネフロン前駆細胞から工程Aにより誘導したPAを用いてポドサイトを誘導する場合は、工程B又は工程Cのいずれかにおいて培地にWntシグナル阻害物質を添加してもよいが、工程B及び工程Cの両者の培地にWntシグナル阻害物質を添加することが好ましい。
工程Cにおいて用いるWntシグナル阻害物質は、工程Bにおいて記載したWntシグナル阻害物質と同様であるが、好ましくは、IWR-1である。また工程Cにおいて培地にWntシグナル阻害物質を添加する場合は、その濃度は、工程Bにおいて記載したものと同様である。
【0049】
ヒトiPS細胞由来のネフロン前駆細胞から工程A及び工程Bにより誘導したRVを用いる場合は、工程Cの培地にレチノイン酸(RA)又はRAアナログを添加してもよい。工程Cにおいて用いるRA又はRAアナログは、工程Bにおいて記載したRA又はRAアナログと同様であり、また工程Cにおいて培地にRA又はRAアナログを添加する場合は、その濃度は、工程Bにおいて記載したものと同様である。
【0050】
工程Cの培養時間は、用いる細胞の起源によっても異なるが、通常、約2日~約9日間、好ましくは約3日~約8日間である。工程Cの培養時間は、マウスの細胞を用いる場合は、通常、約2日~約10日間、好ましくは約3日~約7日間、より好ましくは約4日間であり、ヒトの細胞を用いる場合は、通常、約5日~約30日間、好ましくは約5日~約20日間、より好ましくは6日~15日間、さらに好ましくは約7日~約10日間である。工程Cにおける培養時間をこの範囲にすることにより、効率良く、RVをポドサイトへと分化させることができる
【0051】
上記したように、ヒトiPS細胞由来のネフロン前駆細胞を用いた場合は、本発明は、以下の工程:
工程A:ネフロン前駆細胞又はその集団を、Wntアゴニスト(好ましくは、GSK-3β阻害物質、より好ましくはCHIR99021)及びROCK阻害物質(好ましくはY27632)を含む培地で培養する工程、
工程B:工程Aで得られた細胞又はその集団を、TGFβシグナル経路阻害物質(好ましくは、SB431542)、Wntシグナル阻害物質(好ましくはIWR-1)、RA又はRAアナログ、及びFgf(好ましくは、Fgf2、Fgf9又はFgf20、より好ましくは、Fgf9)を含む培地で培養する工程、及び、
工程C:工程Bで得られた細胞又はその集団を、TGFβシグナル経路阻害物質(好ましくは、SB431542)、Wntシグナル阻害物質(好ましくはIWR-1)、RA又はRAアナログ、及びFgf(好ましくは、Fgf2、Fgf9又はFgf20、より好ましくは、Fgf9)を含む培地で培養する工程、
但し、
工程Bにおける培地がTGFβシグナル経路阻害物質を含む場合は工程Cにおける培地はTGFβシグナル経路阻害物質を含まなくてもよく、また、工程Cにおける培地がTGFβシグナル経路阻害物質を含む場合は工程Bにおける培地はTGFβシグナル経路阻害物質を含まなくてもよく、
工程Bにおける培地がWntシグナル阻害物質を含む場合は工程Cにおける培地はWntシグナル阻害物質を含まなくてもよく、また、工程Cにおける培地がWntシグナル阻害物質を含む場合は工程Bにおける培地はWntシグナル阻害物質を含まなくてもよく、
工程Bにおける培地がRA又はRAアナログを含む場合は工程Cにおける培地はRA又はRAアナログを含まなくてもよい、
を含む、ポドサイトを分化誘導する方法でもある。
【0052】
本発明において用いる培地は、動物細胞の培養に用いられる培地を基礎培地として調製することができる。基礎培地の例としては、所望の細胞が得られる限り限定されるものではないが、DMEM(ダルベッコ改変イーグル培地)、DMEM/F12培地、GMEM(グラスゴーMEM)培地、Ham’s F12培地、IMDM(イスコブ改変ダルベッコ培地)、αMEM(イーグル最小必須培地 α改変型)など、及びこれらの混合物が挙げられる。
【0053】
本発明において用いる培地は、血清が含有されていてもよいし、あるいは無血清でもよい。本発明において用いる培地は、必要に応じて、例えば、アルブミン、ITS(インスリン、トランスフェリン、セレニウム)、N-2サプリメント(Thermo Fisher Scientific)、B-27(登録商標)サプリメントマイナスビタミンA(Thermo Fisher Scientific)、2-メルカプトエタノール、1-チオグリセロール、アミノ酸、L-グルタミン、非必須アミノ酸、アスコルビン酸、ペニシリン・ストレプトマイシンを含む抗生物質などの少なくとも1以上の培地添加物も含有し得る。
【0054】
培地キット
本発明の一つの態様は、ネフロン前駆細胞からポドサイトを誘導するための培地キットである。培地キットは、分化誘導培地、及び、下記(1)~(3)のそれぞれの成分を含む3つの培地からなる。
(1)Wntアゴニスト及びROCK阻害物質、(2)TGFβシグナル経路阻害物質及びFgf、及び(3)TGFβシグナル経路阻害物質及びFgf。
上記(2)はさらに、Wntシグナル阻害物質、及び、レチノイン酸(RA)又はRAアナログを含んでもよく、上記(3)はさらに、Wntシグナル阻害物質、及び、レチノイン酸(RA)又はRAアナログを含んでもよいが、ネフロン前駆細胞が、ヒトiPS由来の場合は、これらの成分を含むことが好ましい。
上記(1)から(3)の成分は、それぞれ別の容器に保存されるのが好ましい。よって、本発明の一態様である培地キットは、分化誘導培地、及び上記(1)~(3)のそれぞれの成分を含む3つの容器、からなるキットを含む。
【0055】
本発明の培地キットにおいて用いられるWntアゴニスト、ROCK阻害剤、TGFβシグナル経路阻害物質、Fgf、Wntシグナル阻害物質、及び、レチノイン酸(RA)又はRAアナログは、本発明のポドサイトの誘導方法において記載されたものと同様の成分である。Wntアゴニストは、好ましくはGSK-3β阻害物質、より好ましくはCHIR99021であり、ROCK阻害剤は、好ましくはY27632であり、TGFβシグナル経路阻害物質は、好ましくはSB431542であり、Fgfは、好ましくはFgf2、Fgf9又はFgf20、より好ましくはFgf9であり、Wntシグナル阻害物質は好ましくはIWR-1である。
上記各成分であるWntアゴニスト、ROCK阻害剤、TGFβシグナル経路阻害物質、Fgf、Wntシグナル阻害物質、及び、レチノイン酸(RA)又はRAアナログは、本発明のポドサイトの誘導方法において用いられる濃度になるように培地に添加し使用することができる。
【0056】
上記各成分は、成分のみがそれぞれの容器に保存された状態で提供されてもよく、また、それらの成分を含む液体培地又は粉末培地がそれぞれの容器に保存された状態で提供さてもよい。
本発明の上記培地キットはさらに、多能性幹細胞からネフロン前駆細胞を誘導するための培地又はそのキットと組み合わせてもよく、そのようなキットの組合せも本発明の一部である。
【0057】
ポドサイトの製造
本発明の一つの態様は、上記の3段階の誘導工程を含む哺乳動物由来のiPS細胞からのポドサイトの細胞集団の製造方法である。よって、本発明は以下の態様を含むものである。
(i)哺乳動物由来のiPS細胞(好ましくはヒトiPS細胞)又はその集団からネフロン前駆細胞又はその集団を分化誘導する工程、
(ii)工程(i)で得られたネフロン前駆細胞又はその集団を、Wntアゴニスト及びROCK阻害物質を含む培地で培養する工程、
(iii)工程(ii)で得られた細胞又はその集団を、TGFβシグナル経路阻害物質、Wntシグナル阻害物質、Fgf、及び場合によりさらにレチノイン酸(RA)又はRAアナログを含む培地で培養する工程、及び、
(iv)工程(iii)で得られた細胞又はその集団を、TGFβシグナル経路阻害物質Wntシグナル阻害物質、Fgf、及び場合によりさらにレチノイン酸(RA)又はRAアナログを含む培地で培養する工程、
但し、
工程(iii)における培地がTGFβシグナル経路阻害物質を含む場合は工程Cにおける培地はTGFβシグナル経路阻害物質を含まなくてもよく、また、工程Cにおける培地がTGFβシグナル経路阻害物質を含む場合は工程Bにおける培地はTGFβシグナル経路阻害物質を含まなくてもよく、
工程(iii)における培地がWntシグナル阻害物質を含む場合は工程(iv)における培地はWntシグナル阻害物質を含まなくてもよく、また、工程(iv)における培地がWntシグナル阻害物質を含む場合は工程(iii)における培地はWntシグナル阻害物質を含まなくてもよく、
工程(iii)における培地がRA又はRAアナログを含む場合は工程(iv)における培地はRA又はRAアナログを含まなくてもよい、
を含む、iPS細胞からのポドサイトの細胞集団を製造する方法である。
【0058】
上記製造方法において用いられるWntアゴニスト、ROCK阻害物質、TGFβシグナル経路阻害物質、Wntシグナル阻害物質、Fgf、及びレチノイン酸(RA)又はRAアナログは、本発明のポドサイトの誘導方法において記載されたものと同様である。Wntアゴニストは、好ましくはGSK-3β阻害物質、より好ましくはCHIR99021であり、ROCK阻害物質は、好ましくはY27632であり、Fgfは、好ましくはFgf2、Fgf9又はFgf20、より好ましくFgf9であり、TGFβシグナル経路阻害物質は、好ましくはSB431542であり、Wntシグナル阻害物質は好ましくはIWR-1である。
上記各成分であるWntアゴニスト、ROCK阻害物質、TGFβシグナル経路阻害物質、Fgf、Wntシグナル阻害物質、及び、レチノイン酸(RA)又はRAアナログの培地中の濃度、及びそれらの成分が含む培地での培養期間は、本発明のポドサイトの誘導方法における記載をそのまま適用できる。
また、上記製造方法における工程(i)は、本発明のポドサイトの誘導方法に関連して記載された、iPS細胞からのネフロン前駆細胞の誘導に関する記載がそのまま適用できる。
【0059】
本発明のポドサイトの製造方法を用いて製造されたポドサイトの細胞集団は、実質的にポドサイトである細胞から構成される細胞集団を意味し、具体的には、細胞集団を構成する全細胞の、約40%以上、好ましくは約50%以上、より好ましくは約60%以上、さらに好ましくは約70%以上、よりさらに好ましくは約80%以上、最も好ましくは約90%以上がポドサイトから構成される細胞集団をいう。
細胞集団中の細胞がポドサイトであるか否か及びその割合は、ポドサイトの細胞マーカーを用いて公知の方法により確認できる。細胞マーカーとしては、これに限定されないが、例えば、NPHS1、NPHS2、WT1、MAFB、又はSYNPOをあげることができる。構成割合の検出は、例えば、セルソーターや免疫染色を用いて測定できる。
【0060】
本発明のポドサイトの製造方法を用いて製造されたポドサイトは、真正のポドサイト(ヒト成人由来のポドサイト)に比べ、NPHS1、NPHS2、WT1、MAFB及びSYNPOの発現に関して同様の発現を有するという特徴をもつ。「NPHS1、NPHS2、WT1、MAFB及びSYNPOの発現に関して同様の発現」とは、これらの5つの遺伝子の、少なくとも2つ、好ましくは少なくとも3つ、より好ましくは4つ、さらに好ましくは全てについて、遺伝子及び/又はタンパク質の発現に関して同等に発現していることを意味する。同等に発現とは、ヒト成人由来ポドサイトの遺伝子及び/又はタンパク質の発現と比べ、約40%以上、好ましくは約50%以上、より好ましくは約60%以上、さらに好ましくは約70%以上、よりさらに好ましくは約80%以上、最も好ましくは約90%以上の発現を示すことをいう。
【0061】
ポドサイトを用いた評価又はスクリーニング方法
本発明の一つの態様は、上記のポドサイトの誘導方法又は製造方法を用いて製造したポドサイトを用いた評価又はスクリーニングのための細胞モデルであり、また、そのような細胞モデルを用いた評価又はスクリーニング方法である。
本発明の評価方法は、上記のポドサイトの誘導方法又は製造方法を用いて製造したポドサイト又はその細胞集団を、目的とする試験物質とともに培養し、ポドサイト細胞への影響を確認することを含む方法である。ポドサイト細胞への影響は、これに限定されないが、例えば、細胞の増殖、細胞の生存、細胞の障害、タンパク質発現量、遺伝子発現量、アルブミン取り込み能、アルブミンろ過能、オートファジー活性又は細胞内伝達シグナルからなる群から選ばれる少なくとも一つ以上の項目を測定することにより評価でできる。これにより、目的の物質のポドサイト細胞への毒性評価が可能となる。用いる試験物質は、特に制限がなく、例えば、低分子化合物、中分子化合物、高分子化合物、アミノ酸、ペプチド、タンパク質、天然抽出物をあげることができる。
上記評価項目の測定は、公知の方法を適宜参照して行うことができる。またそれらの評価項目の測定のための試薬やキットも市販されており、それらを制限なく使用することができる。
本発明の評価方法を用いることにより、これに限定されないが、例えば、腎障害を与える可能性がある薬剤の毒性を評価することができる。
【0062】
本発明のスクリーニング方法としては、ポドサイト障害を治療又は回復させる物質をスクリーニングする方法をあげあることができる。上記のポドサイトの誘導方法又は製造方法を用いて製造したポドサイト又はその細胞集団を用いて、以下の工程を行うことにより候補物質をスクリーニングできる。
(x)ポドサイト障害性を示す薬剤及び試験物質の存在下で培養する工程、及び
(y)ポドサイト細胞の生存又は増殖を測定する工程。
前記工程(x)におけるポドサイト細胞集団の培養は、(x-1)ポドサイト障害性を示す薬剤及び試験物質が同時に存在する環境下でポドサイト細胞集団を培養してもよく、また、(x-1)ポドサイト障害性を示す薬剤の存在下でポドサイト細胞集団を培養し、次いで、試験物質の存在下で障害ポドサイト細胞集団を培養してもよい。後者の場合は、ポドサイト障害性を示す薬剤を除去した後に試験物質を添加しても、又は、除去せずに試験物質を添加してもよい。
ポドサイト障害性を示す薬剤としては、これに限定されないが、例えば、ピューロマイシンアミノヌクレオシド、ドキソルビシン、アンジオテンシンII、抗ネフリン抗体をはじめとする抗ポドサイト抗体をあげることができ、好ましくはピューロマイシンアミノヌクレオシド、又はドキソルビシンである。
また、試験物質は、特に制限がなく、例えば、低分子化合物、中分子化合物、高分子化合物、アミノ酸、ペプチド、タンパク質、天然抽出物をあげることができる。
本発明のスクリーニング方法を用いることにより、これに限定されないが、例えば、ポドサイトに対し保護的に作用する薬剤の探索が可能となる。
【0063】
また、本発明のポドサイトの誘導方法又は製造方法を用い、ポドサイトに関連する疾患を有する患者由来のiPS細胞からポドサイトの細胞集団を作製することもできる。このようにして作製したポドサイトの細胞集団を用いることにより、ポドサイトに関連する疾患を治療するための薬剤の評価やスクリーニングが可能である。このような評価方法又はスクリーニング方法も本発明の一部である。
【0064】
腎臓及び糸球体疾患の治療
本発明の一つの態様は、上記のポドサイトの誘導方法又は製造方法を用いて製造したポドサイトを用いた、腎臓及び/又は糸球体の疾患を治療又は予防する方法である。よって本発明は、(I)上記のポドサイトの誘導方法又は製造方法で作製したポドサイトの細胞集団を、疾患に罹患する対象の腎臓組織の一部に移植すること及び(II)移植したポドサイトの細胞集団中の少なくとも一部の細胞が、腎組織の少なくとも一部の糸球体内へと移動してそこにとどまり、それにより、腎臓組織を再生して腎臓及び/又は糸球体の疾患を治療すること、を含む方法でもある。
【0065】
疾患に罹患した対象は、哺乳動物であれば特に限定されないが、例えば、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウサギ、ネコ、イヌ、ヒツジ、ウシ、ウマ、ヤギ、サル又はヒト等をあげることができ、好ましくはヒトである。
上記(I)におけるポドサイトの腎臓組織の一部への移植は、ポドサイト細胞集団は、ポドサイト移植を補助する他の細胞や細胞の足場とともに移植することもできる。他の細胞としては、これに限定されないが、例えば、間質細胞や血管内皮細胞をあげあることができる。細胞の足場としては、公知の又は市販のものを適宜利用できるが、例えば、生体適合性の物質(バイオマテリアルともいう)で構成された足場をあげることができる。バイオマテリアルとしては、これに限定されないが、例えば、絹フィブロイン、ポリエチレンオキシド、ポリエチレングリコール、フィブロネクチン、ケラチン、ポリアスパラギン酸、ポリリジン、キチン、ヒアルロン酸、ペクチン、ポリカプロラクトン、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリヒドロキシアルカノエート、デキストラン、PHA、コラーゲン、キトサン、アルギン酸塩、及び他の生体適合性のポリマーをあげることができる。
【0066】
本発明により誘導したポドサイトは、腎オルガノイドとともに又はオルガノイドの一部として移植することもできる。腎オルガノイドとは、糸球体および尿細管からなる分化したネフロン、ネフロン前駆細胞、間質細胞と共に、分化したネフロン同士を互いに接続する集合管の樹状分岐構造を有する、高次構造をもつ腎臓様組織である。
【0067】
上記腎臓及び糸球体の疾患としては、これに限定されないが、例えば、ポドサイト障害を伴う病態、ネフローゼ症候群、腎硬化症、糖尿病性腎症、慢性糸球体腎炎、又はそれらの組合せ、或いはそれらの疾患の合併症をあげることができ、好ましくは、ポドサイト障害を伴う病態である。
【実施例】
【0068】
以下、実施例により、本発明を具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
(材料及び方法)
マウス
MafB-GFPノックインマウス及びSix2-GFP-Creトランスジェニックマウスは、筑波大学の高橋智博士及び南カルフォルニア大学のアンドリュー・マクマホン博士より供与を受けた。マウスは、12時間の光サイクルで、CE-2放射線滅菌飼料を与え、プラスチックケージ内で飼育した。全ての解析は最低限3匹の同腹子を用いて行った。胚性期の解析は、交配した雌に腟栓が確認された日の正午を胎生期(E)0.5日とみなした。全ての動物実験は、熊本大学医学部動物実験委員会の承認を得たプロトコルに従って行った。
【0069】
マウスネフロン前駆細胞(NPCs)からのポドサイト誘導
E15.5のMafB-GFP胚から後腎を単離し、鉗子を用い、PBS中で細かく刻み、0.25%トリプシン-EDTA中で、37℃、8分間インキュベートして解離させた。その後、氷上で細胞を抗Robo2抗体及び抗Pdgfrβ抗体を用いて一次抗体染色を行い、次いで二次抗体染色を行った後に、FACSを用いてRobo2-high/Pdgfrβ-/Mafb-GFP- 集団を選別した。Six2-GFP-Cre胚については、NPCsを、Six2-GFP+細胞又はRobo2-high/Pdgfrβ-/Podocalyxin- 細胞として選別した。96-wellの低細胞接着性U底プレートにて、所定の濃度のCHIR99021、及びY27632(10μM)を添加した分化培地(150μL)に対し、100,000個のNPCsを播種した。細胞を遠心で底に張り付かせた後、5% CO2インキュベーター中で、37℃で培養した。最初のCHIR99021による誘導の後、凝集した細胞を、Fgf9(10μg/mL)を添加した無血清分化培地で満たしたトランスウェルインサート上に移し、以下の成長因子又は阻害剤とともに培養した:CHIR99021(2μM)、IWR-1(2μM)、アクチビンA(10ng/mL)、SB431542(25μM)、レチノイン酸(10μM)、BMS493(10μM)。培地を2日毎に交換し、6日目に、誘導された組織を分析した。無血清の分化培地は、1% (v/v)のInsulin-Transferrin-Selenium及び1% (v/v)のペニシリン・ストレプトマイシンを添加したDMEM/F12培地を用いた。
【0070】
細胞培養
健常な女性ドナーからの201B7 hiPSセルラインは、StemFit AK02N培地中で、iMatrix-511 silk上で維持した。細胞は37℃にて5%CO2で培養し、6-7日毎に継代した。培地は、2、4、5、及び/又は6日で交換した。NPHS1-GFPノックインhiPSセルラインは、過去の報告(Shamin et al. J. Am. Soc. Nephrol. 27, 1778-1791, 2016)に従って作製し、同様に維持した。ヒト不死化ポドサイト細胞株(セルライン)は、Bristol Universityから購入した。細胞は、10%FBSを添加したRPMI培地で、33℃にて5%CO2で増殖させ、4-5日で継代した。ポドサイト表現型への誘導は、細胞を37℃、5%CO2で14日間培養により行った。
【0071】
ヒトiPS細胞(hiPSC)由来のネフロン前駆細胞(NPCs)からのポドサイトの誘導
太口らの報告(非特許文献6及び非特許文献9)従い、hiPSCからNPCを含んだスフェロイドを誘導した。誘導したスフェロイドを、Accumaxを用いて、37℃にて8分間インキュベートして単一細胞に解離させた。解離した細胞を抗ITGA-8抗体及び抗PDGFRa抗体で30分間、氷上で一次抗体染色し、次いで2次抗体染色を行った後に、FACSを用いてNPCsをITG8+/PDGFRa-集団として選別した。96-wellの低細胞接着性U底プレートにて、CHIR99021(3μM)及びY27632(10μM)を添加した無血清分化培地(150μL)に対し、50,000~100,000個のNPCsを播種した。細胞を遠心で底に張り付かせた後、5%CO2インキュベーター中で、37℃で培養した。24時間後、凝集した細胞を、Fgf9(10μg/mL)を添加した無血清分化培地で満たしたトランスウェルインサート上に移し、IWR-1(2μM)、SB431542(5μM)及びレチノイン酸(10μM)を含んだSTEP 2因子(上記工程B因子)を添加した培地で培養した。培養の48時間後、分化した細胞を、IWR-1(2μM)及びSB431542(5μM)を含んだSTEP 3因子(上記工程C因子)を添加した培地に移した。培地を3日毎に交換した。Day9-12日目に、誘導したポドサイトを回収し分析した。
【0072】
フローサイトメトリー解析
マウス又はヒトNPCsから誘導した組織を、0.25%トリプシン-EDTAで8分間処理して解離させた。正常マウス血清を用いてブロッキングし、1% BSA及び0.035 % NaHCO3を含む1×HBSS緩衝液中で、30分間で染色を行い、次いで2次抗体で10分間染色を行った。FACSを用いて染色された細胞を解析した。用いた抗体の情報を以下の表に示す。
【0073】
【0074】
ヒト成人のポドサイトの採取
熊本大学大学院生命科学研究部の倫理委員会の承認に従い、インフォームドコンセントを得た上で、3人の腎癌患者から摘出された腎組織のうち、正常部位からヒト成体腎組織を得た。患者は、49歳女性、69歳男性及び80歳男性である。全ての患者が、正常な腎機能及び正常な尿所見を示した。患者から摘出された腎組織の正常部位は、摘出後すぐに、氷上で、10%FBSを含有する高グルコースDMEMに浸漬した。糸球体を単離し、酵素混合液(コラゲナーゼXI:1mg/mL、ディスパーゼ:2.4U/mL)を用いて消化し、次いで、0.25%トリプシン-EDTAで消化した。細胞の解離処理後に、RBC溶解緩衝液を用いて、赤血球を破壊した。その後、抗ヒトNephrin抗体、及び抗ヒトPodocalyxin抗体で一次抗体染色を行い、次いで2次抗体染色を行った後に、FACSを用いて、ヒト正常ポドサイトを、Nephrin+/Podocalyxin+集団として単離した。
【0075】
定量的RT-PCR及びRNA配列分析
RNeasy Plus Micro Kit(Qiagen)を用いて全RNAを単離し、ランダムプライマー及びSuperscript VILO cDNA synthesis kit(Life Technology)を用いて逆転写反応を行った。Dice Real Time System Thermal Cycler(Takara Bio)及びThunderbird SYBR qPCR Mix(Toyobo)を用いて定量的PCRを実行した。用いたプライマー(フォワードプライマー及びリバースプライマー)は、以下の遺伝子に対応するものである。マウス:b-Act、Six2、Pax2、Sall1、Cited1、Robo2、Lhx1、Pax8、Cdh1、WT1、MafB、Foxc2、Pou3f3、Dkk1、Sox9、Nphs1、Nphs2、Cldn1、Lrp2、Slc34a1、Cdh6;ヒト:B-ACT、NPHS1、NPHS2、WT1、SYNPO。全てのサンプルについて、β-アクチン発現により標準化した。
【0076】
免疫組織化学分析
サンプルを10%ホルマリンで固定し、パラフィン包埋して、6mm厚切片を得た。pH6.0のクエン酸緩衝液で抗原回復を行った。切片を1%BSA含有PBSでブロックし、1次抗体とともに4℃で一晩インキュベートした。Alexa488, 568, 594, 633又は647とコンジュゲートした2次抗体で染色した。核は、DAPIで染色した。共焦点顕微鏡で蛍光イメージを撮像した。用いた抗体情報を以下に示す。
【0077】
【0078】
電子顕微鏡撮像
免疫電子顕微鏡による観察を行った。抗体として、NephrinのN-末端ドメインに対する抗体を用いた。調製した切片を抗体と一晩インキュベートした後、12nmの金粒子と結合した2次抗体とインキュベートした。免疫染色後切片を固定し、JEM1230透過型電子顕微鏡(JEOL)を用いて撮像した。
【0079】
(結果)
実施例1:マウス胚腎臓からのネフロン前駆細胞の精製
NPCsからポドサイトへの分化に必要なシグナルを分析するために、マウス胚腎臓から精製したNPCsからネフロン上皮及びポドサイトへの分化を検出できる培養系を確立した。従来の報告によると、NPCsは、Robo2を発現し、Pdgfrbは陰性である。そこで、Six2-GFPトランスジェニックマウスを用い、フローサイトメトリー解析を行い、E15.5の腎臓のRobo2
-high/Pdgfrb
- フラクションが、Six2-GFP
+ NPCsであることを確認した。加えて、Robo2
-high/Pdgfrb
- フラクションに存在するポドサイトを除去するために、Podocalyxin
+ フラクションを除外して、Six2-GFP+ NPCsを高純度で単離する方法を確立した。ポドサイト誘導を定量評価するため、分化したポドサイトのみでGFP発現を示すMafB-GFPノックインマウス(MafB-GFPマウス)を用いた。Robo2
-high/Pdgfrb
-/MafB-GFP
- 細胞分画は、予想通り、Six2, Pax2, Sall, 及びCited1などのNPC特異的遺伝子をSix2-GFP
+ 細胞と同等レベルで発現しており、NPCsを高純度で単離できていることを確認した。結果を
図2に示す。
【0080】
実施例2:MET及びポドサイトへの分化に必須のWntシグナルの検討
インビボ及びインビトロにおいて、Wntシグナルが、NPCsのMETに必要であることが報告されている(Stark et al. Nature 372, 679-83, 1994、Kispert et al. Development 125, 4225-4234, 1998, Carrol et al. Dev. Cell 9, 283-292, 2005、Kuure et al. J. Am. Soc. Nephrol. 18, 1130-9, 2007)。しかし、Wntシグナルの強度や期間が、ポドサイトへの分化に与える影響については不明であった。
そこでまず、NPCsからの間葉上皮転換を引き起こすために必要なWntシグナルの濃度と期間を検討した。実施例1で調製したNPCsを用いて、WntアゴニストとしてCHIR99021(CHIR)を用い、1~10μMの濃度にて、12~48時間処理し、6日目に分析を行った。概要を
図3に示す。初期のCHIR処理の後は、組織増殖及び生存を維持するために、基本培地として0.5μMのCHIRを継続的に添加した。NPCsを、3~5μMのCHIR、及び、24~48時間の組合せで処理することによって、METがおこり、上皮化したネフロン組織形成をもたらすことが判った。顕微鏡観察の結果を
図4に示す。Mafb-GFP+ 細胞を確認したところ、
図5に示されるように、3μMの24時間のCHIR処理が顕著にMafb-GFP+ のポドサイトを誘導した一方、5μM及び48時間の処理は殆どポドサイトを誘導しなかった。このことから、マウス胚腎臓由来のNPCsを用いた場合は、3μMのCHIRで24時間処理する条件が最適であると判った。これらの結果は、NPCsの上皮化におけるWnt処理において、最適な濃度と期間があることを示唆しており、さらに初期のWntシグナルが、最終的なポドサイトの形成に大きく影響していることを示している。
【0081】
実施例3:腎上皮前駆凝集体(PA)から腎小体(RV)への分化におけるTGF-βシグナルの阻害
NPCsからポドサイトへの誘導工程を検討するために、本発明者らは、上記のインビトロの培養系において中間工程を定義した。qRT-PCRの結果を
図6に示す。これにより、誘導開始24時間の時点ではPAの、48時間の時点ではRVの分化ステージに相当することが明らかとなった。
【0082】
RVでは既に近位遠位軸に沿って極性形成がなされ、RVの近位領域はポドサイトの前駆体を含んでいると推測されるので、NPCsから近位RVへの直接の分化が、ポドサイトへの誘導効率を高めるとの仮説をたて、以下検討を行った。
PAからRVへの分化工程(24時間~48時間:STEP 2)における、成長因子又は阻害剤の効果を確認した。高濃度のCHIR(2μM)は、基準条件である0.5μMのCHIRに比べ、最終的なポドサイトの割合を抑制した。また、Wntシグナル阻害物質であるIWR-1は、上皮化を阻害した。これに対し、Tgf-βシグナル経路阻害剤であるSB431542(SB)は、最終的なポドサイトの割合を有意に上昇させた。他の因子についても同様に検討した結果、アクチビンA、レチノイン酸(RA)、及びRAアンタゴニストであるBMS493は、ポドサイトの誘導効率を上昇させなかった。結果を、
図7及び
図8に示す。
【0083】
RVステージ(48時間)における遺伝子発現プロファイルを検討したところ、SBの処理により、近位領域マーカーであるWt1, MafB, 及びFoxc2の発現が亢進していた(
図9)。一方、RVの遠位マーカーは、基準条件(0.5μM CHIR)に比べて僅かに減少していた。また、SB処理により、Wt1
+近位RV細胞の比率及び数ともに上昇していた。 一方、高濃度のCHIR処理は、Wt1
-細胞の増加及び近位RV細胞の減少をもたらした。結果を
図10に示す。
これらの結果は、PAからRVへの過程におけるTGF-βシグナルの阻害が、近位側RVへの分化を促進し、その結果として、最終ポドサイトの比率及び数を増加させることを示唆している。
【0084】
実施例4:RV形成過程後のTGF-βシグナルの阻害の他の効果
次に近位側RVへ分化後、各ネフロン部位へ分化する48時間から6日目までの培養過程(STEP 3)において、増殖因子がポドサイトの誘導に与える影響について検証した。結果を
図11に示す。48時間~6日目までの継続的なSBの添加は、6日目におけるMafB-GFP
+ポドサイトを顕著に増加させた。一方、2μMのCHIRの添加は、ポドサイトへの分化を完全に阻害した。一方、Wntシグナル阻害物質は、ポドサイトの比率には有意には影響しなかった。この結果は、マウスにおいては、Wntシグナルの抑制がポドサイトへの分化を促進はしないが、強いWntシグナルはポドサイトへの分化を抑制することを示唆している。他の因子であるアクチビン及びRAシグナルアゴニスト/アンタゴニストは、基準条件(0.5μMのCHIR)に比べ、ポドサイトの割合に関しては有意な影響はなかった。
【0085】
6日目の細胞数の検討で、SB処理により最終ポドサイト数には大きな影響がない一方、LTL陽性近位尿細管細胞の細胞数は減少していた。Cdh1陽性遠位尿細管の細胞数は減少傾向であったが、有意な差ではなかった。結果を
図12に示す。さらに遺伝子発現解析の結果、ポドサイト関連遺伝子の発現は上昇し、一方、ポドサイト以外のネフロン分画に関連する遺伝子の発現は減少していた。結果を
図13に示す。
本発明の高効率誘導法を用いて作製したポドサイトは、MafB-GFPが陽性であるだけでなく、一連の典型的なポドサイト特異的タンパク質を発現していた(
図13下)。
これらの結果は、各ネフロン部位への分化ステージ(STEP 3)におけるTGF-βシグナルの阻害は、ポドサイトへの分化を促進し、かつ、他のネフロン部位への分化を抑制することにより、ポドサイト誘導効率をあげることを示唆している。
【0086】
実施例5:ヒトiPS細胞からの選択的ポドサイトの誘導
次に、ヒトiPS細胞から誘導したネフロン前駆細胞を用い、ポドサイトへの効率的な誘導を検討した。Nephrin-GFP hiPSセルラインを用い、hiPSCからのポドサイトへの誘導効率をモニターした。マウスNPCsで確立した3段階の段階的なポドサイト分化誘導方法をhiPSに適用した。概略を
図14に示す。まず、NPCsからPAへの段階(STEP 1)におけるWntアゴニストの濃度と期間を検討し、その後、基準条件(0.5μM CHIR99021)で培養を9日目まで行った。ポドサイトの誘導効率は、Nephrin-GFP
+細胞比で確認した。結果を
図15に示す。3μMのCHIR99021での24時間処理が、ポドサイト誘導において最も効率が良いことが判った。
【0087】
組織学的分析の結果、24時間のCHIR誘導によって、NPCsは、PA(LHX1
+/ECAD
-)へと分化し、48時間でRV(LHX1
+/ECAD
+)を形成することが確認できた。
PAからRVへの分化過程において、マウスの場合と同様に、SB431542処理はポドサイトの割合を上昇させた。加えて、hiPSC由来のNPCsの場合は、STEP 2(工程B)におけるWntシグナル阻害剤(IWR1)及びRAの添加もポドサイトの割合を増加させた。結果を
図16に示す。これらの3つの試薬の組合せは、近位RV細胞の数を著しく増加させ、そして最終的なポドサイトの誘導効率を70%以上にまで上昇させた。
【0088】
RV形成後のSTEP 3(工程C)においては、SB、IWR1、RAのいずれも単独での投与でポドサイトの誘導効率を上昇させる効果がみられた。さらにSBとIWR1を組み合わせることによって、ポドサイトの誘導効率はさらに上昇し、90%以上に達した(
図17)。
上記のように、STEP毎に必要な培養条件を検討し、それを最適化することによって、hiPSCs由来のNPCsからのポドサイトの選択的誘導を達成した。工程の概略は、
図1bに示してある。この誘導法は、遺伝子編集を行っていないhiPSセルライン(201B7)においても適応できることも明らかとなった。またポドサイト自体の収量も、10,000個のhiPSCsから300,000個のポドサイトが誘導できることになり、通常の腎オルガノイドの約3倍の数であった(
図18)。また、STEP 3 は培養開始9日目を超えても培養継続可能であり、培養開始後15日目の時点でも細胞は生存していた。
【0089】
実施例6:誘導ポドサイトとヒトポドサイト、細胞株の遺伝子発現プロファイルの比較
誘導ポドサイトを、ヒト成体腎臓由来ポドサイト及びヒト不死化ポドサイト細胞株との間で遺伝子発現プロファイルの比較を行った。分析の結果、誘導ポドサイトは、ポドサイト特異的遺伝子、例えば、NPHS1, NPHS2, WT1, 及びSYNPOの高い発現レベルを示し、これらの発現レベルは、ヒト成人ポドサイトに匹敵するものであった(
図19)。細胞株では、ヒト成体ポドサイトおよび誘導ポドサイトに比べ、SYNPOの発現は比較的維持されていたが、NPHS1及びNPHS2の発現レベルは極めて低かった。
【0090】
実施例7:誘導ポドサイトの形態学的及び機能的特徴の検討
図20に示されるように、誘導ポドサイトでは、核においてWT1が発現し、細胞境界上においてNEPHERINが発現していることが確認された。他のスリット膜関連タンパクであるNEPH1及びPODOCINもNEPHERINとともに局在していた。透過型電子顕微分析の結果、ポドサイトの基底側に足突起の存在も確認された(
図21)。抗ネフリン抗体による染色で、これらの足突起がネフリン蛋白を発現していることも確認できた(
図22)。また、スリット膜様の構造も、隣り合うポドサイト間に存在するフィラメント状の架橋として確認された(
図21)。
【0091】
誘導ポドサイトにおけるタンパク発現をウエスタンブロットにより確認し、hiPSCs、ヒト不死化ポドサイト細胞株、hiPSC由来腎オルガノイドと比較した。
図23に示されるように、誘導ポドサイトは、スリット膜関連タンパク、例えば、NEPHRIN, リン酸化NEPHRIN(p-NEPHRIN), NEPH1,及びPODOCINを多量に発現していた。誘導ポドサイトはまた、分化したポドサイトマーカーであるSYNAPTOPODIN, 及び膜性腎症の内在性抗原であるPLA2Rも発現しており、これらはhiPSCや細胞株に比べて多かった。これらの結果は、誘導ポドサイトが、足突起に関連するタンパクを十分な量で発現していることを示唆している。
【0092】
本発明の方法により作製した誘導ポドサイトが、インビトロで、ポドサイトの損傷や毒性試験に利用できるかを以下のように確認した。誘導したポドサイトを、ピューロマイシンアミノヌクレオシド(puromycin aminonucleoside:PAN)で48時間処理した。PANは、インビトロ及びインビボで、ポドサイト障害モデルにおいて用いられている薬剤である。誘導ポドサイトをPANで処理すると、ポドサイトの生存率の低下が確認できた(
図24)。このことは、誘導ポドサイトが、細胞毒性試験へ応用できることを示している。また蛋白レベルにおける検討では、NEPHRIN、p-NEPHRIN、及びNEPH1といった膜表面に発現しているスリット膜関連蛋白が、PAN処理によって有意に減少していた(
図25)。これらスリット膜関連蛋白を障害前後で定量することは、これまでの細胞株や他のプロトコルで誘導したポドサイト様細胞では実現できないことである。これらの結果は、本発明の方法で作製したポドサイトが、ポドサイトとしての機能特性の一部を有しており、ポドサイト損傷のモデルとして、障害モデル実験や治療薬開発のスクリーニング、腎細胞における毒性試験に有用であることを示唆している。
【0093】
ポドサイト障害は尿蛋白の原因として最も重要な病態であり、糖尿病性腎症、慢性糸球体腎炎などの腎臓病において、ポドサイトに対し保護的に作用する薬剤の開発が待たれている。本発明の誘導法で作製されたポドサイトは、非常に多くのポドサイト関連蛋白を発現しており、障害を受けた際にポドサイトに保護的に作用する薬剤の開発にあたってのスクリーニング、すなわち腎臓病領域の創薬において有用であると考えられる。また、腎障害を与える可能性がある薬剤の毒性を検証する際に、誘導ポドサイトを細胞毒性試験の素材として応用することもできる。
さらには、ポドサイトに関連する疾患である先天性ネフローゼ症候群の患者より入手したiPS細胞から患者由来のポドサイトを誘導することで、希少疾患の病態解明や治療法の開発にも応用が可能である。加えて、CRISPR/CAS9やTALENなどの技術を用いてiPS細胞の遺伝子編集も可能となったことから、特定の遺伝子を除去もしくは過剰発現させた細胞株を樹立し、そのような細胞株に本発明の誘導法を適用することにより、その遺伝子がヒトポドサイトにおいてどのような役割をもつのか検討するような実験系への応用も可能である。
【0094】
上記の詳細な記載は、本発明の目的及び対象を単に説明するものであり、添付の特許請求の範囲を限定するものではない。添付の特許請求の範囲から離れることなしに、記載された実施態様に対しての、種々の変更及び置換は、本明細書に記載された教示より当業者にとって明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0095】
本発明の誘導法により、効率良くポドサイトを誘導することができる。また、本発明の方法により誘導されたポドサイトは、多くのポドサイト関連蛋白を発現しており、ポドサイトのミミック(mimic)として有用である。