(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-16
(45)【発行日】2024-01-24
(54)【発明の名称】平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブ、平角マグネット線およびその製造方法、コイル
(51)【国際特許分類】
H01B 17/58 20060101AFI20240117BHJP
H01B 7/02 20060101ALI20240117BHJP
H01B 13/00 20060101ALI20240117BHJP
C08F 214/26 20060101ALI20240117BHJP
【FI】
H01B17/58 F
H01B7/02 C
H01B13/00 517
C08F214/26
(21)【出願番号】P 2019115112
(22)【出願日】2019-06-21
【審査請求日】2022-05-26
(73)【特許権者】
【識別番号】000002853
【氏名又は名称】ダイキン工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000486
【氏名又は名称】弁理士法人とこしえ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】今村 均
(72)【発明者】
【氏名】和田 広明
(72)【発明者】
【氏名】藤澤 学
【審査官】中嶋 久雄
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/204174(WO,A1)
【文献】特開2008-193860(JP,A)
【文献】特開昭51-035051(JP,A)
【文献】特開2002-034213(JP,A)
【文献】特開2017-205961(JP,A)
【文献】特開2015-149274(JP,A)
【文献】特開2012-221587(JP,A)
【文献】特開2017-119883(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01B 17/58
H01B 7/02
H01B 13/00
C08F 214/26
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
テトラフルオロエチレン単位およびフルオロアルキルビニルエーテル単位を含有する共重合体を含有し、前記共重合体のメルトフローレートが、10g/10分未満であ
り、前記共重合体が官能基を有しており、前記共重合体の官能基数が、炭素原子10
6
個あたり5~1300個である平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブ。
【請求項2】
前記共重合体におけるフルオロアルキルビニルエーテル単位の含有量が、全モノマー単位に対して、3.0~8.0質量%である請求項1に記載の平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブ。
【請求項3】
平角導体と、前記平角導体の周囲に形成されており、請求項1
または2に記載の平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブから形成される被覆層と、を備える平角マグネット線。
【請求項4】
前記被覆層が、前記共重合体の融点以上の温度で熱処理された被覆層である請求項
3に記載の平角マグネット線。
【請求項5】
請求項
3または
4に記載の平角マグネット線を備えるコイル。
【請求項6】
請求項1
または2に記載の平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブを平角導体に被せ、前記平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブを熱収縮させることにより、平角導体の周囲に被覆層を形成する平角マグネット線の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブ、平角マグネット線およびその製造方法、ならびに、コイルに関する。
【背景技術】
【0002】
コイル線、電線、ケーブル等の被覆を形成するために、溶融押出成形法などの被覆成形法によって、フッ素樹脂を芯線上に被覆成形する方法が知られている。
【0003】
たとえば、特許文献1には、金属からなる芯線上に、主鎖末端にカルボキシル基を有し、メルトフローレートが20g/10分以上であり、融点が295℃以下である、テトラフルオロエチレンに基づく重合単位及びパーフルオロ(アルキルビニルエーテル)に基づく重合単位を含む共重合体を被覆成形する工程からなり、前記金属は、銅、ステンレス、アルミニウム、鉄、及び、それらの合金からなる群より選択される少なくとも1種であることを特徴とする積層体の製造方法によって、コイル線やケーブルなどの積層体を製造できることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本開示では、平角導体に強固に密着する被覆層を形成できるとともに、エッジワイズ方向に曲げた場合であっても、曲げ外周部および曲げ内周部のいずれを被覆する被覆層にも、膨れおよび亀裂が生じにくい被覆層を形成できる平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブを提供することを目的とする。
本開示では、また、平角導体と被覆層とが強固に密着しており、エッジワイズ方向に曲げた場合であっても、曲げ外周部および曲げ内周部のいずれを被覆する被覆層にも、膨れおよび亀裂が生じにくい平角マグネット線およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示によれば、テトラフルオロエチレン単位およびフルオロアルキルビニルエーテル単位を含有する共重合体を含有する平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブが提供される。
【0007】
前記共重合体のメルトフローレートが、0.1~70g/10分であることが好ましく、10g/10分未満であることがより好ましい。
前記共重合体におけるフルオロアルキルビニルエーテル単位の含有量が、全モノマー単位に対して、3.0~8.0質量%であることが好ましい。
前記共重合体が官能基を有しており、前記共重合体の官能基数が、炭素原子106個あたり5~1300個であることが好ましい。
【0008】
また、本開示よれば、平角導体と、前記平角導体の周囲に形成されており、上記の平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブから形成される被覆層と、を備える平角マグネット線が提供される。
【0009】
前記被覆層が、前記共重合体の融点以上の温度で熱処理された被覆層であることが好ましい。
【0010】
また、本開示によれば、上記の平角マグネット線を備えるコイルが提供される。
【0011】
また、本開示によれば、上記の平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブを平角導体に被せ、前記平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブを熱収縮させることにより、平角導体の周囲に被覆層を形成する平角マグネット線の製造方法が提供される。
【発明の効果】
【0012】
本開示によれば、平角導体に強固に密着する被覆層を形成できるとともに、エッジワイズ方向に曲げた場合であっても、曲げ外周部および曲げ内周部のいずれを被覆する被覆層にも、膨れおよび亀裂が生じにくい被覆層を形成できる平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブを提供することができる。
本開示によれば、また、平角導体と被覆層とが強固に密着しており、エッジワイズ方向に曲げた場合であっても、曲げ外周部および曲げ内周部のいずれを被覆する被覆層にも、膨れおよび亀裂が生じにくい平角マグネット線およびその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】
図1は、平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブの一例を示す断面図である。
【
図2】
図2は、平角マグネット線の一例を示す断面図である。
【
図3】
図3は、エッジワイズ曲げ加工試験に用いる曲げ治具の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本開示の具体的な実施形態について詳細に説明するが、本開示は、以下の実施形態に限定されるものではない。
【0015】
図1は、平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブの一例を示す断面図である。
図1に示すように、本開示の平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブ10は、中空部11を備えており、中空部11に平角導体(図示せず)を挿入することにより、平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブ10を平角導体に被せることができる。平角導体に被せた平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブ10を熱収縮させることにより、平角導体と、平角導体の周囲に形成されており、平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブ10から形成される被覆層と、を備える平角マグネット線を製造することができる。
【0016】
本開示の平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブは、テトラフルオロエチレン単位およびフルオロアルキルビニルエーテル単位を含有する共重合体を含有する。
【0017】
電気機器分野や電子機器分野では、機器の高性能化、軽薄短小化、省電力化が進展している。これに伴い、コイル、インダクター、各種モータなどの小型化、高性能化が求められている。特に車載用のインダクター、モータでは、平角マグネット線をコンパクトに巻き付けることにより、小型化が進められている。しかし、電気自動車に用いられるモータでは、小型化、高性能化を目的として、使用電圧が400V程度から1000V程度へと高くなる傾向がある。そのため、エナメル線などの従来の平角マグネット線を用いた場合、巻き線間で部分放電が起こり、絶縁破壊につながるおそれがある。本開示の平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブは、上記の共重合体を含有することから、本開示の平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブを用いて平角導体上に被覆層を形成することにより、モータの使用電圧が高い場合でも、部分放電を抑制できる被覆層を形成することができる。
【0018】
また、エッジワイズコイルは、平角マグネット線をエッジワイズ方向(平角マグネット線の幅方向)に曲げて、たて巻きすることにより形成される。エッジワイズコイルは、導体の占積率が高いため、電気機器の小型化および高効率化につながる。しかしながら、平角マグネット線をエッジワイズ方向に曲げた場合、曲げ外周部を被覆する被覆層は、曲げ内周部を被覆する被覆層よりも大きく伸ばされることになり、平角導体から剥がれて膨れが生じたり、亀裂が生じたりしやすい。膨れまたは亀裂は、絶縁特性を低下させる。たとえば、ポリイミド樹脂を導体に焼き付けたエナメル線では、曲げ外周部に亀裂が生じたり、膨れが生じたりすることがある。本開示の平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブは、上記の共重合体を含有することから、本開示の平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブを用いて平角導体上に被覆層を形成することにより、エッジワイズ方向に曲げた場合であっても、曲げ外周部を被覆する被覆層に膨れおよび亀裂が生じにくい。
【0019】
さらに、平角マグネット線をエッジワイズ方向に曲げた場合、曲げ内周部を被覆する被覆層は、曲げ外周部を被覆する被覆層よりも大きく縮むことになり、平角導体から剥がれて膨れ(皺)が生じたり、皺が原因で亀裂が生じたりすることがある。たとえば、溶融押出成形により、熱可塑性樹脂を平角導体上に押し出して、被覆層を形成した押出被覆電線では、曲げ内周部に膨れ(皺)が生じることがある。本開示の平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブを熱収縮させて、平角導体の周囲に被覆層を形成することにより、エッジワイズ方向に曲げた場合であっても、曲げ内周部を被覆する被覆層に膨れおよび亀裂が生じにくい。
【0020】
本開示の平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブを用いて被覆する平角導体の形状は、その断面が略長方形の平角線の形状であれば特に限定されない。平角導体の断面の角部は直角であってもよいし、平角導体の断面の角部が丸みを有していてもよい。
【0021】
本開示の平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブの内径(収縮前内径)は、好ましくは2~65mmであり、より好ましくは2~20mmである。また、本開示の平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブの厚み(収縮前厚み)は、好ましくは0.030~0.150mmであり、より好ましくは0.050~0.100mmである。
【0022】
一方、本開示の平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブを用いて被覆する平角導体の断面の幅は1~75mmであってよく、平角導体の断面の厚さは0.1~10mmであってよい。平角導体の外周径は、6.5mm以上であってよく、200mm以下であってよい。また、幅の厚さに対する比は、1超30以下であってよい。
【0023】
本開示の平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブは、任意の倍率で収縮させて用いることができる。本開示の平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブは、上記の大きさを有する平角導体に密着するように、収縮させて用いることが好ましい。
【0024】
本開示の平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブが含有する共重合体は、テトラフルオロエチレン単位およびフルオロアルキルビニルエーテル単位を含有する。
【0025】
共重合体のメルトフローレートは、好ましくは0.1~70g/10分であり、より好ましくは60g/10分以下であり、さらに好ましくは50g/10分以下であり、特に好ましくは40g/10分以下であり、最も好ましくは30g/10分以下である。共重合体のメルトフローレートが上記範囲内にあることにより、厚さが均一で、耐ストレスクラック性に優れる平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブを容易に得ることができる。また、共重合体のメルトフローレートが上記範囲内にあることにより、平角導体に一層強固に密着する被覆層を形成でき、エッジワイズ方向に曲げた場合であっても、曲げ外周部および曲げ内周部のいずれを被覆する被覆層にも、膨れおよび亀裂が一層生じにくい被覆層を形成できる。
【0026】
また、共重合体のメルトフローレートは、10g/10分未満であってもよい。本開示の平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブは、熱収縮させることによって、平角導体上に被覆層を形成できるので、押出成形により被覆層を形成する場合のように、共重合体の高い溶融流動性を要しない。したがって、共重合体のメルトフローレートが小さくても、被覆時の加工性を損なうことなく、機械的強度に優れた被覆層を形成できる。
【0027】
本開示において、メルトフローレートは、ASTM D1238に従って、メルトインデクサー(安田精機製作所社製)を用いて、372℃、5kg荷重下で内径2.1mm、長さ8mmのノズルから10分間あたりに流出するポリマーの質量(g/10分)として得られる値である。
【0028】
共重合体のフルオロアルキルビニルエーテル(FAVE)単位の含有量は、全モノマー単位に対して、好ましくは1.0~10.0質量%であり、より好ましくは3.0質量%以上であり、さらに好ましくは3.4質量%以上であり、尚さらに好ましくは3.5質量%以上であり、特に好ましくは4.0質量%以上であり、最も好ましくは5.0質量%以上であり、より好ましくは8.0質量%以下であり、さらに好ましくは7.0質量%以下であり、特に好ましくは6.5質量%以下であり、最も好ましくは6.0質量%以下である。共重合体のFAVE単位の含有量が上記範囲内にあることにより、厚さが均一で、耐ストレスクラック性に優れる平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブを容易に得ることができる。また、共重合体のFAVE単位の含有量が上記範囲内にあることにより、平角導体に一層強固に密着する被覆層を形成でき、エッジワイズ方向に曲げた場合であっても、曲げ外周部および曲げ内周部のいずれを被覆する被覆層にも、膨れおよび亀裂が一層生じにくい被覆層を形成できる。
【0029】
共重合体のテトラフルオロエチレン(TFE)単位の含有量は、全モノマー単位に対して、好ましくは99.0~90.0質量%であり、より好ましくは97.0質量%以下であり、さらに好ましくは96.6質量%以下であり、尚さらに好ましくは96.5質量%以下であり、特に好ましくは96.0質量%以下であり、最も好ましくは95.0質量%以下であり、より好ましくは92.0質量%以上であり、さらに好ましくは93.0質量%以上であり、特に好ましくは93.5質量%以上であり、最も好ましくは94.0質量%以上である。共重合体のTFE単位の含有量が上記範囲内にあることにより、厚さが均一で、耐ストレスクラック性に優れる平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブを容易に得ることができる。また、共重合体のTFE単位の含有量が上記範囲内にあることにより、平角導体に一層強固に密着する被覆層を形成でき、エッジワイズ方向に曲げた場合であっても、曲げ外周部および曲げ内周部のいずれを被覆する被覆層にも、膨れおよび亀裂が一層生じにくい被覆層を形成できる。
【0030】
本開示において、共重合体中の各モノマー単位の含有量は、19F-NMR法により測定する。
【0031】
本開示の平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブが含有する共重合体は、溶融加工性のフッ素樹脂である。溶融加工性とは、押出機および射出成形機などの従来の加工機器を用いて、ポリマーを溶融して加工することが可能であることを意味する。
【0032】
上記FAVE単位を構成するFAVEとしては、一般式(1):
CF2=CFO(CF2CFY1O)p-(CF2CF2CF2O)q-Rf (1)
(式中、Y1はFまたはCF3を表し、Rfは炭素数1~5のパーフルオロアルキル基を表す。pは0~5の整数を表し、qは0~5の整数を表す。)で表される単量体、および、一般式(2):
CFX=CXOCF2OR1 (2)
(式中、Xは、同一または異なり、H、FまたはCF3を表し、R1は、直鎖または分岐した、H、Cl、BrおよびIからなる群より選択される少なくとも1種の原子を1~2個含んでいてもよい炭素数が1~6のフルオロアルキル基、若しくは、H、Cl、BrおよびIからなる群より選択される少なくとも1種の原子を1~2個含んでいてもよい炭素数が5または6の環状フルオロアルキル基を表す。)で表される単量体からなる群より選択される少なくとも1種を挙げることができる。
【0033】
なかでも、上記FAVEとしては、一般式(1)で表される単量体が好ましく、パーフルオロ(メチルビニルエーテル)、パーフルオロ(エチルビニルエーテル)(PEVE)およびパーフルオロ(プロピルビニルエーテル)(PPVE)からなる群より選択される少なくとも1種がより好ましく、PEVEおよびPPVEからなる群より選択される少なくとも1種がさらに好ましく、PPVEが特に好ましい。
【0034】
共重合体は、TFEおよびFAVEと共重合可能な単量体に由来する単量体単位を含有することもできる。この場合、TFEおよびFAVEと共重合可能な単量体の含有量は、共重合体の全単量体単位に対して、好ましくは0~10質量%であり、より好ましくは0.1~1.8質量%である。
【0035】
TFEおよびFAVEと共重合可能な単量体としては、HFP、CZ1Z2=CZ3(CF2)nZ4(式中、Z1、Z2およびZ3は、同一または異なって、HまたはFを表し、Z4は、H、FまたはClを表し、nは2~10の整数を表す。)で表されるビニル単量体、および、CF2=CF-OCH2-Rf1(式中、Rf1は炭素数1~5のパーフルオロアルキル基を表す。)で表されるアルキルパーフルオロビニルエーテル誘導体等が挙げられる。なかでも、HFPが好ましい。
【0036】
共重合体としては、TFE単位およびFAVE単位のみからなる共重合体、および、上記TFE/HFP/FAVE共重合体からなる群より選択される少なくとも1種が好ましく、TFE単位およびFAVE単位のみからなる共重合体がより好ましい。
【0037】
共重合体の融点は、耐熱性および耐ストレスクラック性の観点から、好ましくは280~322℃であり、より好ましくは285℃以上であり、より好ましくは315℃以下であり、さらに好ましくは310℃以下である。融点は、示差走査熱量計〔DSC〕を用いて測定できる。
【0038】
共重合体のガラス転移温度(Tg)は、好ましくは70~110℃であり、より好ましくは80℃以上であり、より好ましくは100℃以下である。ガラス転移温度は、動的粘弾性測定により測定できる。
【0039】
共重合体の比誘電率は、耐部分放電性の観点から、好ましくは2.40以下であり、より好ましくは2.10以下であり、下限は特に限定されないが、好ましくは1.80以上である。比誘電率は、ネットワークアナライザーHP8510C(ヒューレットパッカード社製)および空洞共振器を用いて、共振周波数および電界強度の変化を20~25℃の温度下で測定して得られる値である。
【0040】
本開示で用いる共重合体は、平角導体に一層強固に密着する被覆層を形成でき、エッジワイズ方向に曲げた場合であっても、曲げ外周部および曲げ内周部のいずれを被覆する被覆層にも、膨れおよび亀裂が一層生じにくい被覆層を形成できることから、主鎖末端に-COOH(カルボキシル基)を有していてもよい。共重合体が主鎖末端に有する-COOHの個数は、炭素原子106個あたり、好ましくは1~100個であり、より好ましくは4個以上であり、さらに好ましくは8個以上であり、より好ましくは85個以下であり、さらに好ましくは70個以下である。また、共重合体が主鎖末端に有する-COOHの個数は、炭素原子106個あたり、50個未満であってもよい。-COOHの個数が50個未満であっても、共重合体が主鎖末端に-COFを有している場合は、平角導体に一層強固に密着する被覆層を形成できる。また、-COOHの個数が50個未満であっても、共重合体が主鎖末端または側鎖末端に、-COOH以外の官能基を有している場合は、平角導体に一層強固に密着する被覆層を形成できる。
【0041】
本開示で用いる共重合体は、平角導体に一層強固に密着する被覆層を形成でき、エッジワイズ方向に曲げた場合であっても、曲げ外周部および曲げ内周部のいずれを被覆する被覆層にも、膨れおよび亀裂が一層生じにくい被覆層を形成できることから、主鎖末端に-COFを有していてもよい。共重合体が主鎖末端に有する-COFの個数は、炭素原子106個あたり、好ましくは20~100個であり、より好ましくは25個以上であり、さらに好ましくは29個以上であり、より好ましくは85個以下であり、さらに好ましくは70個以下である。
【0042】
本開示で用いる共重合体は、平角導体に一層強固に密着する被覆層を形成でき、エッジワイズ方向に曲げた場合であっても、曲げ外周部および曲げ内周部のいずれを被覆する被覆層にも、膨れおよび亀裂が一層生じにくい被覆層を形成できることから、主鎖末端に-COOH(カルボキシル基)および-COFを有していてもよい。共重合体が主鎖末端に有する-COOHおよび-COFの合計の個数は、炭素原子106個あたり、好ましくは21~200個であり、より好ましくは29個以上であり、さらに好ましくは37個以上であり、より好ましくは170個以下であり、さらに好ましくは140個以下であり、特に好ましくは120個未満である。
【0043】
本開示で用いる共重合体は、平角導体に一層強固に密着する被覆層を形成でき、エッジワイズ方向に曲げた場合であっても、曲げ外周部および曲げ内周部のいずれを被覆する被覆層にも、膨れおよび亀裂が一層生じにくい被覆層を形成できることから、官能基を有しており、前記共重合体の官能基数が、炭素原子106個あたり5~1300個であることが好ましい。官能基の個数は、炭素原子106個あたり、より好ましくは50個以上であり、さらに好ましくは100個以上であり、特に好ましくは200個以上であり、より好ましくは1000個以下であり、さらに好ましくは800個以下であり、特に好ましくは700個以下であり、最も好ましくは500個以下である。
【0044】
上記官能基は、共重合体の主鎖末端または側鎖末端に存在する官能基、および、主鎖中または側鎖中に存在する官能基であり、好適には主鎖末端に存在する。上記官能基としては、-CF=CF2、-CF2H、-COF、-COOH、-COOCH3、-CONH2、-CH2OHなどが挙げられ、-CF2H、-COF、-COOH、-COOCH3および-CH2OHからなる群より選択される少なくとも1種が好ましい。
【0045】
上記官能基の種類の同定および官能基数の測定には、赤外分光分析法を用いることができる。
【0046】
官能基数については、具体的には、以下の方法で測定する。まず、共重合体を330~340℃にて30分間溶融し、圧縮成形して、厚さ0.20~0.25mmのフィルムを作製する。このフィルムをフーリエ変換赤外分光分析により分析して、共重合体の赤外吸収スペクトルを得、完全にフッ素化されて官能基が存在しないベーススペクトルとの差スペクトルを得る。この差スペクトルに現れる特定の官能基の吸収ピークから、下記式(A)に従って、共重合体における炭素原子1×106個あたりの官能基数Nを算出する。
N=I×K/t (A)
I:吸光度
K:補正係数
t:フィルムの厚さ(mm)
【0047】
参考までに、本開示における官能基について、吸収周波数、モル吸光係数および補正係数を表1に示す。また、モル吸光係数は低分子モデル化合物のFT-IR測定データから決定したものである。
【0048】
【0049】
なお、-CH2CF2H、-CH2COF、-CH2COOH、-CH2COOCH3、-CH2CONH2の吸収周波数は、それぞれ表中に示す、-CF2H、-COF、-COOH freeと-COOH bonded、-COOCH3、-CONH2の吸収周波数から数十カイザー(cm-1)低くなる。
従って、たとえば、-COFの官能基数とは、-CF2COFに起因する吸収周波数1883cm-1の吸収ピークから求めた官能基数と、-CH2COFに起因する吸収周波数1840cm-1の吸収ピークから求めた官能基数との合計である。
【0050】
上記官能基数は、-CF=CF2、-CF2H、-COF、-COOH、-COOCH3、-CONH2および-CH2OHの合計数であってよく、-CF2H、-COF、-COOH、-COOCH3および-CH2OHの合計数であってよい。
【0051】
上記官能基は、たとえば、共重合体を製造する際に用いた連鎖移動剤や重合開始剤によって、共重合体に導入される。たとえば、連鎖移動剤としてアルコールを使用したり、重合開始剤として-CH2OHの構造を有する過酸化物を使用したりした場合、共重合体の主鎖末端に-CH2OHが導入される。また、官能基を有する単量体を重合することによって、上記官能基が共重合体の側鎖末端に導入される。
【0052】
共重合体は、例えば、その構成単位となるモノマーや、重合開始剤等の添加剤を適宜混合して、乳化重合、懸濁重合を行う等の従来公知の方法により製造することができる。
【0053】
本開示の平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブは、必要に応じて他の成分を含んでもよい。他の成分としては、架橋剤、帯電防止剤、耐熱安定剤、発泡剤、発泡核剤、酸化防止剤、界面活性剤、光重合開始剤、摩耗防止剤、表面改質剤、顔料等の添加剤等を挙げることができる。本開示の平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブ中の他の成分の含有量としては、上記の共重合体の質量に対して、好ましくは1質量%未満であり、より好ましくは0.5質量%以下であり、さらに好ましくは0.1質量%以下であり、下限は特に限定されないが、0質量%以上であってもよい。すなわち、本開示の平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブは、他の成分を含有しなくてもよい。
【0054】
本開示の平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブ中の共重合体の含有量としては、被覆層中のポリマーの全含有量に対して、耐部分放電性の観点から、好ましくは99質量%超であり、より好ましくは99.5質量%以上であり、さらに好ましくは99.9質量%以上であり、上限は特に限定されないが、100質量%以下であってよい。すなわち、本開示の平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブは、ポリマー材料として上記した共重合体のみを含有してよく、この場合の共重合体の含有量は、本開示の平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブ中のポリマーの全含有量に対して、100質量%である。
【0055】
また、本開示の平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブは、必要に応じて上記共重合体以外のフルオロポリマーを含んでもよい。しかしながら、耐熱性、耐ストレスクラック性、耐部分放電性、熱収縮性などの観点からは、上記共重合体以外のフルオロポリマーをできるだけ含まないことが好ましい。本開示の平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブ中の上記共重合体以外のフルオロポリマーの含有量としては、上記の共重合体の質量に対して、好ましくは1質量%未満であり、より好ましくは0.5質量%以下であり、さらに好ましくは0.1質量%以下であり、下限は特に限定されないが、0質量%以上であってもよい。すなわち、本開示の平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブは、上記共重合体以外のフルオロポリマーを含有しなくてもよい。
【0056】
本開示の平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブは、上記の共重合体を押出成形することにより、製造することができる。また、本開示の平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブは、上記の共重合体を押出成形してチューブを得て、チューブを膨張させることによっても、製造することができる。押出成形には、押出機を用いることができる。上記押出機は、単軸押出機であっても、二軸押出機であってもよい。押出成形の際の成形条件としては、従来公知の条件を採用することができる。たとえば、上記の共重合体を融点以上に加熱して溶融させ、押出成形する方法が使用できる。
【0057】
本開示の平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブは、たとえば、下記の文献に記載されている方法を参考にして製造することができる。
(a)特開平11-080387号公報に記載の、径方向の延伸倍率を規制する延伸管中で未延伸チューブに内圧をかけて膨張させる方法。
(b)特開2011-183800号公報に記載の、2つのピンチローラ、エア供給部および2つのピンチローラの距離を変更することでチューブの膨張を制御する制御部を備える熱収縮チューブの製造装置を用いて、製造する方法。
(c)国際公開番号WO2003/012555号に記載の、環状ダイスを吐出口に有する押し出し機にてフッ素樹脂を溶融押出し、これをダイス先端に設置した冷却用ダイスに挿通して、引き取る方法。
(d)特開2010-125634号公報に記載の、溶融した材料を金型からチューブ状に押し出し後、チューブ状の材料の内周面を金型近傍にて円筒形状の冷却部材の外周面に接触させて、170℃以下に冷却する方法。
【0058】
簡便な方法としては、たとえば、次の方法が挙げられる。まず、樹脂温度380℃にて押出成形によりPFAチューブ成形した後、得られたチューブを所定の内径を有する金属管の中に挿入する。これを、電気炉中で170℃に加熱後、空気にて内圧をかけて膨張させる。この時、外径は金属管で径を規制しているので一定にすることができる。取り出して、冷却すると熱収縮チューブが得られる。金属管の形状は円筒形状であっても、四角柱の形状であってもよい。
【0059】
チューブを膨張させることによって、本開示の平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブを製造する場合の、膨張倍率(拡径倍率)としては、好ましくは1.0倍超であり、より好ましくは1.1倍以上であり、さらに好ましくは1.2倍以上であり、好ましくは50倍以下であり、より好ましくは10倍以下であり、さらに好ましくは5倍以下である。膨張倍率は、膨張後のチューブの内径を、膨張前のチューブの内径で除することにより、算出できる。
【0060】
上記した特徴を備える熱収縮チューブの市販品を、平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブとして用いることもできる。サイズが平角導体より大きく挿入が容易で、加熱後に収縮して平角導体と密着するだけの収縮率を有するものが好ましい。
【0061】
本開示の平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブを、平角導体に被せ、平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブを熱収縮させることにより、平角導体の周囲に被覆層を形成する平角マグネット線を製造することできる。すなわち、本開示には、平角導体の周囲に平角マグネット線の被覆層を形成するための、上記の共重合体を含有する熱収縮チューブの使用が含まれる。
【0062】
平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブは、加熱することにより、熱収縮させることができる。熱収縮させるための加熱温度は、好ましくは150~290℃であり、より好ましくは180℃以上であり、さらに好ましくは200℃以上であり、より好ましくは250℃以下である。また、熱収縮させるための加熱時間は、好ましくは2~20分であり、より好ましくは5分以上であり、より好ましくは15分以下である。
【0063】
平角導体の周囲に被覆層を形成させた後、得られた被覆層を熱処理してもよい。被覆層の熱処理によって、平角導体と被覆層との密着性を一層高めることができ、また、エッジワイズ方向に曲げた場合であっても、曲げ外周部および曲げ内周部を被覆する被覆層の膨れおよび亀裂を一層抑制することができる。
【0064】
被覆層を熱処理する時機としては、特に限定されず、平角マグネット線の曲げ加工を行う前、平角マグネット線の曲げ加工を行った後、あるいは、平角マグネット線の曲げ加工を行う前および後の両方、のいずれの時機においても熱処理することができる。たとえば、平角マグネット線の曲げ加工を行う前に、被覆層の熱処理を行うことによって、熱処理を行った後に平角マグネット線をエッジワイズ方向に曲げた場合であっても、曲げ外周部および曲げ内周部を被覆する被覆層の膨れおよび亀裂を一層抑制することができる。
【0065】
熱処理は、熱風循環炉や高周波誘導加熱を利用した加熱炉を用いて、上記共重合体により被覆された平角導体をバッチ式又は連続式に加熱することにより、行うことができる。また、ソルトバス法により行うこともできる。ソルトバス法では、溶融塩中に上記共重合体により被覆された平角導体を通して加熱する。溶融塩としては、硝酸カリウムおよび硝酸ナトリウムの混合物などが挙げられる。
【0066】
熱処理の際の加熱温度は、平角導体と被覆層との密着性を一層高めることができるとともに、平角導体の酸化を抑制できることから、好ましくは300~360℃であり、より好ましくは320℃以上であり、より好ましくは350℃以下である。また、熱処理の際の加熱温度は、好ましくは上記共重合体の融点以上であり、より好ましくは上記共重合体の融点より15℃高い温度以上であり、さらに好ましくは上記共重合体の融点より30℃高い温度以上である。
【0067】
熱処理の時間は、平角導体と被覆層との密着性を一層高めることができるとともに、平角導体の酸化を抑制できることから、好ましくは0.1~5分であり、より好ましくは0.5分以上であり、より好ましくは3分以下である。高温で長く加熱すると、銅製の芯線の場合は酸化されて変色する場合がある。
【0068】
本開示の平角マグネット線は、本開示の平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブを用いて、好適には上記の製造方法により、製造することができる。
【0069】
本開示の平角マグネット線は、電気機器が電気エネルギーと磁気エネルギーとを相互に変換する際に、電流を流すために用いられる電線である。
【0070】
図2は、平角マグネット線の一例を示す断面図である。
図2に示すように、本開示の平角マグネット線20は、平角導体21と、平角導体21の外周に形成された被覆層22とを備える。
【0071】
平角導体21としては、導電材料から構成されるものであれば特に限定されないが、銅、銅合金、アルミニウム、アルミニウム合金、鉄、銀、ニッケルなどの材料により構成することができ、銅または銅合金により構成されたものが好ましい。また、銀めっき、ニッケルめっきなどのめっきを施した導体を用いることもできる。
【0072】
平角導体の形状は、その断面が略長方形の平角線の形状であれば特に限定されない。平角導体の断面の角部は直角であってもよいし、平角導体の断面の角部が丸みを有していてもよい。また、平角導体は、導体全体の断面が略長方形であれば、単線、集合線、撚線などであってよいが、単線であることが好ましい。
【0073】
平角導体の断面の幅は1~75mmであってよく、平角導体の断面の厚さは0.1~10mmであってよい。平角導体の外周径は、6.5mm以上であってよく、200mm以下であってよい。また、幅の厚さに対する比は、1超30以下であってよい。
【0074】
平角導体21の外周に形成された被覆層22は、
図1に示す平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブ10を、平角導体21に被せ、平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブ10を熱収縮させることにより、形成される。
【0075】
電気機器分野や電子機器分野では、機器の高性能化、軽薄短小化、省電力化が進展している。これに伴い、コイル、インダクター、各種モータなどの小型化、高性能化が求められている。特に車載用のインダクター、モータでは、平角マグネット線をコンパクトに巻き付けることにより、小型化が進められている。しかし、電気自動車に用いられるモータでは、小型化、高性能化を目的として、使用電圧が400V程度から1000V程度へと高くなる傾向がある。そのため、エナメル線などの従来の平角マグネット線を用いた場合、巻き線間で部分放電が起こり、絶縁破壊につながるおそれがある。本開示の平角マグネット線は、被覆層が平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブを熱収縮させることにより形成されており、上記した共重合体を含有することから、モータの使用電圧が高い場合でも、部分放電が起こりにくい。
【0076】
また、エッジワイズコイルは、平角マグネット線をエッジワイズ方向(平角マグネット線の幅方向)に曲げて、たて巻きすることにより形成される。エッジワイズコイルは、導体の占積率が高いため、電気機器の小型化および高効率化につながる。しかしながら、平角マグネット線をエッジワイズ方向に曲げた場合、曲げ外周部を被覆する被覆層は、曲げ内周部を被覆する被覆層よりも大きく伸ばされることになり、平角導体から剥がれて膨れが生じたり、亀裂が生じたりしやすい。膨れまたは亀裂は、絶縁特性を低下させる。たとえば、ポリイミド樹脂を導体に焼き付けたエナメル線では、曲げ外周部に亀裂が生じたり、膨れが生じたりすることがある。本開示の平角マグネット線は、被覆層が平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブを熱収縮させることにより形成されており、上記した共重合体を含有することから、エッジワイズ方向に曲げた場合であっても、曲げ外周部を被覆する被覆層に膨れおよび亀裂が生じにくい。
【0077】
さらに、平角マグネット線をエッジワイズ方向に曲げた場合、曲げ内周部を被覆する被覆層は、曲げ外周部を被覆する被覆層よりも大きく縮むことになり、平角導体から剥がれて膨れ(皺)が生じたり、皺が原因で亀裂が生じたりすることがある。たとえば、溶融押出成形により、熱可塑性樹脂を平角導体上に押し出して、被覆層を形成した押出被覆電線では、曲げ内周部に膨れ(皺)が生じることがある。本開示の平角マグネット線は、被覆層が平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブを熱収縮させることにより形成されていることから、エッジワイズ方向に曲げた場合であっても、曲げ内周部を被覆する被覆層に膨れおよび亀裂が生じにくい。
さらに、本開示の平角マグネット線は、被覆層が平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブを熱収縮させることにより形成されていることから、被覆層の厚さが均一であり、被覆層が透明で、被覆層の機械的強度も優れている。
【0078】
被覆層の厚さは、特に限定されないが、絶縁特性の観点から、好ましくは30~150μmであり、より好ましくは50~100μmである。本開示の平角マグネット線は、被覆層が比較的薄くても、曲げ外周部を被覆する被覆層に膨れおよび亀裂が生じにくい。
【0079】
被覆層は、必要に応じて他の成分を含んでいてもよい。他の成分としては、架橋剤、帯電防止剤、耐熱安定剤、発泡剤、発泡核剤、酸化防止剤、界面活性剤、光重合開始剤、摩耗防止剤、表面改質剤、顔料等の添加剤等を挙げることができる。被覆層中の他の成分の含有量としては、上記の共重合体の質量に対して、好ましくは1質量%未満であり、より好ましくは0.5質量%以下であり、さらに好ましくは0.1質量%以下であり、下限は特に限定されないが、0質量%以上であってもよい。すなわち、被覆層は、他の成分を含有しなくてもよい。
【0080】
本開示における被覆層中の共重合体の含有量としては、被覆層中のポリマーの全含有量に対して、耐部分放電性の観点から、好ましくは99質量%超であり、より好ましくは99.5質量%以上であり、さらに好ましくは99.9質量%以上であり、上限は特に限定されないが、100質量%以下であってよい。すなわち、被覆層は、ポリマー材料として上記した共重合体のみを含有してよく、この場合の共重合体の含有量は、被覆層中のポリマーの全含有量に対して、100質量%である。
また、被覆層は、必要に応じて上記共重合体以外のフルオロポリマーを含んでもよい。しかしながら、耐熱性、耐ストレスクラック性、耐部分放電性、熱収縮性などの観点からは、上記共重合体以外のフルオロポリマーをできるだけ含まないことが好ましい。被覆層中の上記共重合体以外のフルオロポリマーの含有量としては、上記の共重合体の質量に対して、好ましくは1質量%未満であり、より好ましくは0.5質量%以下であり、さらに好ましくは0.1質量%以下であり、下限は特に限定されないが、0質量%以上であってもよい。すなわち、被覆層は、上記共重合体以外のフルオロポリマーを含有しなくてもよい。
【0081】
本開示の平角マグネット線の被覆層は、平角導体と被覆層が一層強固に密着しており、曲げ外周部および曲げ内周部のいずれを被覆する被覆層にも、膨れおよび亀裂が一層生じにくいことから、上記した共重合体の融点以上の温度で熱処理された被覆層であることが好ましい。熱処理の条件は、上述したとおりである。
【0082】
本開示の平角マグネット線は、導体と被覆層とが接していることが好ましい。本開示の平角マグネット線は、プライマー層を形成しなくても、導体から被覆層が浮きにくく、優れた絶縁特性を示す。プライマー層の形成は、誘電率が高くなることから好ましくない。また、本開示の平角マグネット線は、被覆層の外周に形成された他の層をさらに備えるものであってもよい。他の層としては、被覆層が含有する上記共重合体よりも融点の低い熱可塑性樹脂を含有する層などが挙げられる。特に、比較的融点の低い熱可塑性樹脂を含有する層を最外層として設けることにより、本開示の平角マグネット線を、自己融着性平角マグネット線として利用することができる。
【0083】
本開示の平角マグネット線は、巻回されて、コイルとして使用することができる。本開示のコイルは、平角マグネット線を巻回したものであればよく、平角マグネット線をエッジワイズ方向(幅方向)に曲げて巻回したものであっても、平角マグネット線をフラットワイズ方向(厚さ方向)に曲げて巻回したものであってもよい。本開示の平角マグネット線は、エッジワイズ方向に曲げた場合であっても、曲げ外周部および曲げ内周部のいずれを被覆する被覆層にも膨れおよび亀裂が生じにくい。したがって、本開示のコイルは、平角マグネット線をエッジワイズ方向に曲げて巻回することにより形成されるエッジワイズコイルであることが好ましい。
【0084】
本開示の平角マグネット線およびコイルは、モータ、発電機、インダクターなどの電気機器または電子機器に好適に用いることができる。また、本開示の平角マグネット線およびコイルは、車載用モータ、車載用発電機、車載用インダクターなどの車載用電気機器または車載用電子機器に好適に用いることができる。
【0085】
以上、実施形態を説明したが、特許請求の範囲の趣旨および範囲から逸脱することなく、形態や詳細の多様な変更が可能なことが理解されるであろう。
【実施例】
【0086】
つぎに本開示の実施形態について実施例をあげて説明するが、本開示はかかる実施例のみに限定されるものではない。
【0087】
実施例の各数値は以下の方法により測定した。
<メルトフローレート(MFR)>
ASTM D1238に従って、メルトインデクサー(安田精機製作所社製)を用いて、372℃、5kg荷重下で、内径2.1mm、長さ8mmのノズルから10分間あたりに流出する共重合体の質量(g/10分)を求めた。
【0088】
<共重合体の組成>
共重合体中のテトラフルオロエチレン(TFE)単位およびパーフルオロ(プロピルビニルエーテル)(PPVE)単位の含有量は、19F-NMR法により測定した。
【0089】
<融点>
示差走査熱量計〔DSC〕を用いて10℃/分の速度で昇温したときの融解熱曲線における極大値に対応する温度として求めた。
【0090】
<官能基数>
共重合体を330~340℃にて30分間溶融し、圧縮成形して、厚さ0.20~0.25mmのフィルムを作製した。このフィルムをフーリエ変換赤外分光分析装置〔FT-IR(商品名:1760X型、パーキンエルマー社製)により40回スキャンし、分析して赤外吸収スペクトルを得、完全にフッ素化されて官能基が存在しないベーススペクトルとの差スペクトルを得た。この差スペクトルに現れる特定の官能基の吸収ピークから、下記式(A)に従って、共重合体における炭素原子106個あたりの官能基数Nを算出した。
【0091】
N=I×K/t (A)
I:吸光度
K:補正係数
t:フィルムの厚さ(mm)
【0092】
参考までに、本開示における官能基について、吸収周波数、モル吸光係数および補正係数を表2に示す。また、モル吸光係数は低分子モデル化合物のFT-IR測定データから決定したものである。
【0093】
【0094】
<帯電圧>
絶縁破壊試験を行い帯電圧性の目安とした。絶縁破壊試験はJIS C 3216-5に準拠し、安田精機製作所社製の絶縁破壊試験機No.204を用いて測定した。長さ20cmにカットした平角マグネット線の末端から7.5cmの部分に幅1cm、長さ2cmの銅箔テープを巻き付け、末端1cmの被覆層を剥がし導体を露出させ、試料とした。試験機の電極の片方を銅箔テープ部に、もう片方を端部の導体露出部に接続した。測定は室温25℃、相対湿度50%の雰囲気で、昇圧速度500V/secで行った。結果を表3および表4に示した。
【0095】
<部分放電開始電圧>
部分放電測定器(総研電気株式会社製DAC-PD-7)を用いて、2本の平角マグネット線の断面形状の長辺を含む面同士を、長さ150mmに亘って隙間が無いように重ね合わせた試験片を作成し、この2本の導体間に50Hz正弦波の交流電圧を加えることで測定した。昇圧速度50V/sec、降圧速度50V/sec、電圧保持時間を0secとして、10pC以上の放電が発生した時点の電圧を部分放電開始電圧とした。結果を表3および表4に示した。
【0096】
<芯線密着強度>
MIL C-17に準拠した方法により、平角マグネット線から被覆層76mmを、12.7mm/minで引き抜く際の引張り力を測定し、芯線密着強度(kg/3inch)を求めた。
表3および表4において、平角マグネット線から容易に被覆層が引き抜かれ、引張り力を測定できなかった場合は、「0」と記載した。また、平角銅線と被覆層とが強く密着しており、測定時に被覆層が破壊されて、引張り力を測定できなかった場合は、「材料破壊」と記載した。
【0097】
<エッジワイズ曲げ加工試験>
図3に示すように、実施例および比較例で作製した平角マグネット線20を、平角マグネット線20の断面形状の短辺がVブロック31に接するようにしてVブロック31上に載せた。Vブロック31上の平角マグネット線20の中央部に押金具32を当て、エッジワイズ方向(幅方向)に荷重を加えて、曲げ半径(内径)が3.50mm(一倍径)になるように、90度折り曲げて、エッジワイズ曲げ加工を施した。
曲げられた平角マグネット線の曲げ外周部および内周部を目視で観察し、以下の基準により評価した。
(膨れ)
×:外周部または内周部に膨れが観られた。
〇:外周部および内周部に膨れが観られなかった。
(亀裂)
×:外周部または内周部に亀裂が観られた。
〇:外周部および内周部に亀裂が観られなかった。
【0098】
比較例1
表3に記載の特性を有するテトラフルオロエチレン(TFE)/パーフルオロ(プロピルビニルエーテル)(PPVE)共重合体を、押出成形機により、平角銅線(厚さ:1.95mm、幅:3.36mm)上に、ダイ温度390℃、引き取り速度2m/分で押出して、被覆層を備える平角マグネット線を作製した。被覆層の厚さは55μmであった。得られた平角マグネット線を上記した方法により評価した。結果を表3に示す。
得られた平角マグネット線のエッジワイズ曲げ加工試験では、曲げ内周部に膨れが観られた。
【0099】
比較例2~4
共重合体を表3に記載の特性を有する共重合体に変更した以外は、比較例1と同様にして、平角マグネット線を作製した。得られた平角マグネット線を上記した方法により評価した。結果を表3に示す。
得られた平角マグネット線のエッジワイズ曲げ加工試験では、いずれの比較例においても、曲げ内周部に膨れが観られた。
【0100】
実施例1
表4に記載の特性を有するテトラフルオロエチレン(TFE)/パーフルオロ(プロピルビニルエーテル)(PPVE)共重合体を、チューブ押出成形機(シリンダー軸径50mm、L/D=22)を用いて、ダイ温度380℃、引き取り速度0.6m/分で押出成形し、外径3.20mm、内径3.05mmのチューブを得た。このチューブを、所定のサイズの金属管内に挿入して、170℃に設定した電気炉中で、空気圧により加熱膨張した。直ちに、電気炉から取り出し、水冷して室温まで冷却した。この様にして外径3.80mm、内径3.65mmの熱収縮チューブを成形した。
【0101】
得られたチューブ内に、平角銅線(厚さ:1.96mm、幅:3.36mm)を挿入し、ヒートガンを用いて、熱収縮チューブを190~210℃で5~10分間加熱することによって収縮させて、平角銅線の外表面に密着した被覆層を備える平角マグネット線を作製した。得られた平角マグネット線の被覆層の厚みは75μmであった。
【0102】
さらに、得られた平角マグネット線を、表4に記載の条件で熱風循環炉を通過させることによって、熱処理をした。熱処理後の平角マグネット線の被覆層の厚みは、ほぼ75μmであった。熱処理後の平角マグネット線を上記した方法により評価した。結果を表4に示す。
【0103】
実施例2~8
共重合体を表4に記載の特性を有する共重合体に変更し、熱処理条件を表4に記載のとおりに変更した以外は、実施例1と同様にして、平角マグネット線を作製した。熱処理後の平角マグネット線を上記した方法により評価した。結果を表4に示す。
【0104】
表3および表4において、「COOH+COF(個/C100万個)」との記載は、共重合体の炭素原子106個に対する、共重合体の主鎖末端の-COOHおよび-COFの個数の合計を表す。また、「COOH+COF+CH2OH+CF2H+CO2CH3(個/C100万個)」との記載は、共重合体の炭素原子106個に対する、共重合体の主鎖末端の-COOH、-COF、-CH2OH、-CF2Hおよび-CO2CH3の個数の合計を表す。
【0105】
【0106】
【符号の説明】
【0107】
10 平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブ
11 中空部
20 平角マグネット線
21 平角導体
22 被覆層
31 Vブロック
32 押金具