(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-16
(45)【発行日】2024-01-24
(54)【発明の名称】質量スペクトルデータを補正するための方法
(51)【国際特許分類】
H01J 49/00 20060101AFI20240117BHJP
H01J 49/40 20060101ALI20240117BHJP
H01J 49/06 20060101ALI20240117BHJP
G01N 27/62 20210101ALI20240117BHJP
【FI】
H01J49/00 360
H01J49/40 600
H01J49/06 300
G01N27/62 D
【外国語出願】
(21)【出願番号】P 2022171190
(22)【出願日】2022-10-26
【審査請求日】2022-11-10
(32)【優先日】2021-10-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】GB
(73)【特許権者】
【識別番号】508306565
【氏名又は名称】サーモ フィッシャー サイエンティフィック (ブレーメン) ゲーエムベーハー
(74)【代理人】
【識別番号】100094569
【氏名又は名称】田中 伸一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100103610
【氏名又は名称】▲吉▼田 和彦
(74)【代理人】
【識別番号】100109070
【氏名又は名称】須田 洋之
(74)【代理人】
【識別番号】100098475
【氏名又は名称】倉澤 伊知郎
(74)【代理人】
【識別番号】100130937
【氏名又は名称】山本 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100144451
【氏名又は名称】鈴木 博子
(72)【発明者】
【氏名】ハミッシュ スチュワート
(72)【発明者】
【氏名】ベルント ハーゲドルン
(72)【発明者】
【氏名】ドミトリー グリンフェルド
【審査官】大門 清
(56)【参考文献】
【文献】特開2021-144937(JP,A)
【文献】特表2014-507778(JP,A)
【文献】特開2007-309661(JP,A)
【文献】特開2005-327579(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 49/00 - 49/48
G01N 27/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料から得られる質量スペクトルデータを補正するための方法であって、前記質量スペクトルデータは、
多重反射飛行時間型質量スペクトルデータであり、前記方法は、
前記試料から得られる前記質量スペクトルデータを受け取ることであって、前記質量スペクトルデータは、イオン存在量を示す、受け取ることと、
前記質量スペクトルデータによって示される前記イオン存在量に、及び前記質量スペクトルデータに関連付けられた1つ以上のトラップパラメータに基づいて、前記質量スペクトルデータに補正関数を適用することであって、前記補正関数は、あるイオン存在量範囲に対する及びあるトラップパラメータ範囲に対する前記質量スペクトルデータの補正値を規定
し、イオン存在量に関する前記補正関数の勾配が、イオン存在量の増加に伴って減少する、適用することと、を含む、方法。
【請求項2】
前記補正値は、
質量対電荷比シフト
値であり、前記補正関数を前記質量スペクトルデータに適用することは、前記
質量対電荷比シフト
値のうちの少なくとも1つによって前記質量スペクトルデータを調整することを含
む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記補正値は、複数のイオン存在量のため及び複数のトラップパラメータのために、較正試料の質量スペクトルデータから得られる、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記質量スペクトルデータに関連付けられた前記1つ以上のトラップパラメータ、及び/若しくは前記質量スペクトルデータは、第2のトラップレジームにおいてトラップされるイオンを示すと判定すること、並びに/又は
前記質量スペクトルデータに関連付けられた前記1つ以上のトラップパラメータが前記第2のトラップレジームにおいてトラップされるイオンを示すこと、及び/若しくは前記質量スペクトルデータが前記第2のトラップレジームにおいてトラップされるイオンを示すことに基づいて、第2の形態の前記補正関数を前記質量スペクトルデータに適用すること、を更に含む、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記補正関数は、ある電荷状態範囲に対する補正値を規定し、前記方法は、
前記質量スペクトルデータの荷電状態を決定することと、
前記決定された荷電状態に基づいて、前記補正関数を前記質量スペクトルデータに適用することと、を更に含む、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
質量スペクトルデータのための補正関数を決定するための方法であって、前記質量スペクトルデータは、
多重反射飛行時間型質量スペクトルデータであり、前記方法は、
較正試料から得られる前記質量スペクトルデータを受け取ることであって、前記質量スペクトルデータは、イオン存在量を示す、受け取ることと、
前記質量スペクトルデータによって示される前記イオン存在量に、及び前記質量スペクトルデータに関連付けられた1つ以上のトラップパラメータに基づいて、前記補正関数を決定することであって、前記補正関数は、あるイオン存在量範囲に対する及びあるトラップパラメータ範囲に対する前記質量スペクトルデータの補正値を規定
し、イオン存在量に関する前記補正関数の勾配が、イオン存在量の増加に伴って減少する、決定することと、を含む、方法。
【請求項7】
前記補正値を決定することは、前記質量スペクトルデータと、前記較正試料の既知の質量スペクトルデータとの間の1つ以上の差を決定することを含む、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
所与のイオン存在量に対する及び所与のトラップパラメータに対する補正値を決定することは、前記所与のイオン存在量のため及び前記所与のトラップパラメータのために得られる前記質量スペクトルデータと、前記較正試料の既知の質量スペクトルデータとの間の1つ以上の差を決定することを含む、請求項6に記載の方法。
【請求項9】
前記較正試料から得られる前記質量スペクトルデータは、複数のイオン存在量及び複数のトラップパラメータのために得られる、請求項6に記載の方法。
【請求項10】
前記補正関数は、ある電荷状態範囲に対する補正値を規定し、前記方法は、
前記質量スペクトルデータの荷電状態を決定することと、
前記決定された荷電状態に基づいて、前記質量スペクトルデータのための前記補正関数を決定することと、を更に含む、請求項6に記載の方法。
【請求項11】
前記トラップパラメータは、印加RF周波数、イオン質量対電荷比、擬ポテンシャルウェル深さφ、マシュートラップパラメータ、前記質量スペクトルデータに関連付けられたイオンの熱半径、及びトラップが内接する半径r
0のうちのいずれか1つ以上を含む、請求項1又は6に記載の方法。
【請求項12】
前記補正値は、前記質量スペクトルデータ
の質量対電荷比シフト
値である、請求項1又は6に記載の方法。
【請求項13】
前記補正関数は、少なくとも1つのイオン存在量範囲に対して、イオン存在量の増加に伴って実質的に一定、及び/又は実質的に線形増加する、請求項1又は6に記載の方法。
【請求項14】
前記補正関数は、第1のイオン存在量範囲に対する及び第2のイオン存在量範囲に対する前記質量スペクトルデータの補正値を規定する、請求項1又は6に記載の方法。
【請求項15】
前記補正関数の勾配が、前記第1のイオン存在量範囲及び/又は前記第2のイオン存在量範囲に対して、イオン存在量に関して実質的に一定であ
る、請求項
14に記載の方法。
【請求項16】
前記補正関数は、第3のイオン存在量範囲に対する補正値を規定し、前記第3のイオン存在量範囲は、前記第1のイオン存在量範囲と前記第2のイオン存在量範囲との間にある、請求項
14に記載の方法。
【請求項17】
イオン存在量に関する前記補正関数の勾配が、前記第1のイオン存在量範囲及び/又は前記第2のイオン存在量範囲におけるよりも前記第3のイオン存在量範囲おいてより大き
い、請求項
16に記載の方法。
【請求項18】
前記第1のイオン存在量範囲は、前記第2のイオン存在量範囲及び/又は前記第3のイオン存在量範囲よりも下にある、請求項
16に記載の方法。
【請求項19】
前記トラップパラメータ範囲は、前記補正関数が第1の形態を有する第1のトラップレジームを規定する第1のトラップパラメータ範囲であり、第2のトラップパラメータ範囲が、前記補正関数が第2の形態を有する第2のトラップレジームを規定
する、請求項
14に記載の方法。
【請求項20】
前記補正関数の前記第1の形態は、前記補正関数の前記第2の形態とは異なり、かつ/又は
前記補正関数の前記第2の形態は、イオン存在量の増加に伴って実質的に線形増加する、請求項
19に記載の方法。
【請求項21】
前記質量スペクトルデータに関連付けられた前記1つ以上のトラップパラメータ及び/若しくは前記質量スペクトルデータは、前記第2のトラップレジームにおいてトラップされるイオンを示すと判定すること、並びに/又は
前記質量スペクトルデータに関連付けられた前記1つ以上のトラップパラメータが、前記第2のトラップレジームにおいてトラップされるイオンを示すこと、及び/若しくは前記質量スペクトルデータが、前記第2のトラップレジームにおいてトラップされるイオンを示すことに基づいて、前記質量スペクトルデータのための前記補正関数の前記第2
の形態を決定すること、を更に含む、請求項
20に記載の方法。
【請求項22】
前記補正関数は、全イオン集団に基づ
く、請求項1又は6に記載の方法。
【請求項23】
前記補正関数は、シグモイド適合、ロジスティック関数適合、多項式適合、及び区分線形適合のうちの任意の1つ以上であ
る、請求項1又は6に記載の方法。
【請求項24】
前記補正関数は、イオン存在量の増加に伴って単調非減少である、請求項1又は6に記載の方法。
【請求項25】
前記質量スペクトルデータは、イオンカウントを示す質量スペクトルデータ、ピーク強度を示す質量スペクトルデータ、及び/又は質量分析計検出信号のうちの任意の1つ以上を含む、請求項1又は6に記載の方法。
【請求項26】
多重反射質量分析システムであって、
試料から得られる質量スペクトルデータを提供するように構成された
多重反射飛行時間型質量分析計と、
請求項1に記載の方法を使用して前記質量スペクトルデータを補正するように構成された、補正ユニットと、を備える、
多重反射質量分析システム。
【請求項27】
多重反射質量分析システムであって、
試料から得られる質量スペクトルデータを提供するように構成された
多重反射飛行時間型質量分析計と、
請求項6に記載の方法を使用して前記質量スペクトルデータのための補正関数を決定するように構成された、補正ユニットと、を備える、
多重反射質量分析システム。
【請求項28】
前記
多重反射質量分析システムは、イオントラップを含
む、請求項
27に記載の
多重反射質量分析システム。
【請求項29】
命令を含むコンピュータプログラムであって、前記命令が、プロセッサによって実行されると、請求項1又は6に記載の方法を前記プロセッサに実行させる、コンピュータプログラム。
【請求項30】
請求項
29に記載のコンピュータプログラムが記憶された、コンピュータ可読記憶媒体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、質量スペクトルデータを補正するための方法及び装置に関する。本開示は、質量スペクトルデータのための補正関数を決定するための方法及び装置にも関する。より具体的には、本開示は、飛行時間型(TOF)質量スペクトルデータを補正することに関する。
【背景技術】
【0002】
飛行時間型質量分析計は、高い分解能と、内部較正により、通常は5ppm以内であるが、多くの場合、1ppm以内に又はそれよりも良く、試料イオンの質量を正確に測定できる能力とにより、有利である。これらの特性は、軌道トラップ型分析計(例えば、Thermo Fisher Scientific(商標)製のOrbitrap(商標))又はフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴(FT-ICR)などの他の高分解能精密質量技術とともに、飛行時間型分析計をもたらし、複雑な試料内の検体を識別するために、コンパクトで安価な四重極及びイオントラップ分析計に優先して使用されている。
【0003】
質量測定値は、イオン間の空間電荷相互作用によるか、又はイオン光学素子取り囲む際に誘導される鏡映電荷によるかのいずれかで、多数の検体イオンの存在下で容認できないほど乱され得ることが知られている。Easterlingらは、信号強度の関数として、イオンサイクロトロン周波数に負のシフトを、測定された質量に正のシフトを引き起こす、FT-ICR空間電荷の較正及び補正を実証した(M.L.Easterling,T.H.Mize and I.J.Amster,Anal.Chem.,1999,71,624-632)。同様に、Gorshkovらは、Orbitrap分析計(Gorshkov et al.,J.Am.Soc.Mass Spectrom.,2010,21,1846-1851)、及び線形イオントラップのためのSenko(US-6,884,996-B2)で観察された同様のシフトについて較正関数を公表した。飛行時間型質量分析について最も注目すべきは、個々の検体ピークの信号強度に関する正の質量シフトを補正するための較正関数が、Kofelerによって提案され(H.C.Kofeler and M.L.Gross,J.Am.Soc.Mass Spectrom.,2005,16,406-408)、後に、US-8,581,183-B2においてRatherによって提案されたことである。飛行時間型分析計を含む多くの機器間の質量ピークに影響を与える空間電荷などのパラメータの一般化観察、及びその較正戦略も、GB-2,426,121-Bで行われている。
【0004】
飛行時間型質量分析計では、ピーク内の強度依存性の質量シフトは、歴史的に、検出器又はデータ取得システムの飽和によって強く影響を受けていた。時間-デジタル変換器は、各イオンカウントの後に、後続のイオン信号を記録できず、高イオンカウントで急速な飽和の影響及びピークシフトを引き起こす「不感時間」に苛まれる(K.Webb,T.Bristow,M.Sargent and B.Stein,Methodology for Accurate Mass Measurement of Small Molecules,LGC Limited,Teddington、2004)。ビット深さの改善及び複数のチャンネルの組み合わせが問題を大幅に緩和したが、アナログデジタル変換器(ADC)は、複数のイオン信号を同時に受信し得るが、依然として飽和に苛まれている。同様に、飛行時間型の最も一般的な高速検出器である、電子増倍管、特にマルチチャネルプレート自体も、電子の空間電荷によって引き起こされる飽和の影響に強く苛まれている。Ratherは、US-8,581,183-B2で、検出器におけるそのような影響が、強度の増加に伴う、測定されたppmレベルの質量対電荷比(m/z)のシフトを支配していると考えた。この一例が、強度に伴うm/zシフトの先行技術測定値を示す、US-8,581,183-B2の
図4に示されている。
【0005】
検出器技術の最近の改善により、検出器の動的範囲にかなりのゲインがもたらされ、数千個のイオンを同時に検出することが可能になっている。これらは、ダイノード表面からの、磁気集束を有するMCP表面の置き換えUS-6,982,428-B2、US-7,180,060-B2、及び、高速衝突表面(MCP又はダイノードのいずれか)と、ダイノードチェーン又はシンチレータ-光電子増倍管組み合わせなどの空間電荷回復性追加ゲイン領域との併用、を含む。
【0006】
多くの市販の飛行時間型質量分析システムは、直交抽出技術を使用しており、電圧パルサが、5~30KHzの非常に高い繰り返し率で、連続イオンビームの区分を分析計内に抽出する。イオンの空間及びエネルギー特性が分析計にマッチすることを保証するようにイオンビームをクリッピングする技術と併用される、このビームのパルスサンプリングにより、飛行時間型質量分析法は、四重極分析などの連続的に分析し得る方法と比較して、比較的低感度になった。
【0007】
直交加速器の重要な代替手段は、トラップから飛行時間型分析計内に直接パルス抽出される前に、イオントラップ内にイオンを蓄積することであった(S.M.Michael,M.Chien and D.M.Lubman,Rev.Sci.Instr.,1992,63,4277)。3Dポールトラップの限られたイオン容量は、より大容量の線形の細長いイオントラップを使用して対処されたDE-19511333-C1。イオントラップが連続源から蓄積する能力により、高感度が可能になるが、2~3桁遅い繰り返し率対直交TOFと相まって、一回当たりのイオン負荷が非常に高くなる。これの最悪の事態は、(例えば、US-6,987,261-B2に記載されているように)イオン電流の測定に基づいてイオン蓄積時間を自動制御することで回避され得るが、そうであっても、100Hzで動作する分析計が少なくとも5桁の動的範囲を有し得るように、機器は、パケット内の1000個を超えるイオンを測定できることが好ましい。
【0008】
飛行時間型分析計は、m/zは同じであるがエネルギー発散性のイオンが検出器に同時に到達することを保証することによって、高分解能を達成し、結果的に質量精度を達成する。エネルギー集束は、線形ToF分析計の場合、遅延抽出によって達成され得るが、最も一般的には、イオン軌道を逆にするイオンミラーを介して達成される((B.A.Mamyrin,V.I.Karataev,D.V.Shmikk,and V.A.Zagulin,Sov.Phys.JETP,1973,37,45-48)。更なるステップは、例えば、DE-3025764-C2に記載されているような、2つの対向するイオンミラーを組み合わせて、焦点の質を依然として維持しながら、非常に長い折り畳まれた飛行経路を可能にして、はるかにより高い分解能を生成する多重反射ToF分析計がWollnikによって開発されたことであった。
【0009】
そのような分析計の問題点は、密に圧縮されたイオンビームが、隣接するm/zピークの自己集群化及び合体を含む強い空間電荷の影響に苛まれることが判明したことである(D.Grinfeld,A.E.Giannakopulos,I.Kopaev,A.Makarov,M.Monastyrskiy,M.Skoblin,Eur.J.Mass Spectrom.2014,20,131-42)。イオンパケットが、分析計の横断のほとんどの部分で実質的に発散して、分析計内の空間電荷の影響を減少させてから、検出器で空間的に集束されることを可能にする、改良分析計が、Grinfeld及びMakarovによってUS-9,136,101-B2で提案された。
【0010】
図1は、この開示の実施形態で使用するための質量スペクトルデータを提供するのに好適である、周知のイオントラップ多重反射飛行時間型質量分析計を示す。イオンは、例えば、エレクトロスプレーイオン源などのイオン源(図示せず)で生成され、イオン源から、好ましくは四重極質量フィルタを含む1つ以上のイオン光学デバイスを介して、線形RFイオントラップ150に転送される。イオンは、線形イオントラップ150内に、すなわち半径方向及び軸方向のトラップによって、蓄積されてから、トラップに印加される1つ以上のパルスDC電圧によって分析計内に抽出される。一対のデフレクタ130a及び130bが、分析計本体内に最適な注入角度でビームを誘導し、一対のレンズ140a及び140bが、面外次元での集束を保証する(例えば、レンズは面外レンズであり得る)。GB-2,580,089-Aのように、イオンパケットは、一対の細長いイオンミラー110a及び110b間で振動し、細長い「ドリフト」次元をゆっくりと進み、熱の広がり、又は挿入された任意の追加レンズに従って発散する。イオンミラー110a及び110bは、わずかに収束するように傾けられ、イオンのドリフトエネルギーを遅らせる役割を果たす。これは、ミラーの収束によって誘導される振動周波数の誤差を補正し、かつ、イオンが検出器160上に集束するまで、イオンをドリフト方向に反射させるストライプ電極120の等しい影響と結合する。ミラーの傾斜及びストライプ電極が重なると、第3のイオンミラーがドリフト次元で効果的に作成される。WO-2008/047891にSudakovによって記載されているように、傾斜の代わりにイオンミラーを区分化する関連方法によっても、同様のイオン集束が達成され得る。
【0011】
ToF及び多重反射TOF(MR-ToF)分析計は、初期イオン条件及び印加場の比較的脆弱な許容範囲内でのみ、優れた分解能及び精度を提供する。イオントラップ源は、分析計の許容可能な空間分布及びエネルギー分布にまで、イオンを圧縮及び冷却するのに非常に良好である。しかしながら、その分布に及ぼす空間電荷の影響はかなり劇的であり得、トラップされるイオンの質量/電荷比に伴なって大きく変わり得る。
【0012】
Stewart et al.,A Rectilinear Pulsed-Extraction Ion Trap with Auxiliary Axial DC Trapping Electrodes,Am.Soc.Mass.Spectrom.Conf.2018は、MASIM3Dで行われた従来技術のシミュレーションを記載し、増加するイオン数の下での、トラップされたイオン集団の軸方向及び半径方向の拡張を明らかにしている。特に、Stewartらの
図10は、線形イオントラップ内の空間電荷下で、m/z195、524、及び1522のイオンの軸方向分布及び半径方向分布の乱れの従来技術のシミュレーションを示している。特に、印加RF電位によってあまり良くは集束されない、より高いm/zのイオンは、トラップの中心軸から押し出され、トロイダル分布を形成する。飛行時間型分析計に放出された場合、そのようなイオンは、より幅広のエネルギーの広がり、ゆがんだエネルギー分布、より広範な時間焦点、トラップ内の抽出場が完全に均一でなければ、平均到着時間の、したがって、測定されるm/zのシフトを伴って、進入する。高イオン数はまた、電極に電圧を誘導し、抽出場を乱すことがある。
【0013】
飛行時間型分析計自体の内部では、イオンミラーは、広範囲の入射イオンエネルギーを受け入れ、そのような発散エネルギーによって生じる飛行時間誤差を補正するように調整される。しかしながら、優れた100,000分解能を達成するために許容される誤差は約1x10-5であり、しかも、単一のイオンパケットのエネルギーの広がりにわたってのみであり、したがって、エネルギーの平均及び分布のシフトが、ppmレベルの質量測定値シフトを生じさせることがある。
【0014】
ある研究で、Kozlov(B.Kozlov,S.Kirillov and A. Monahov,Analysis of Coulomb interaction effects in high resolution TOF and electrostatic FT mass spectrometers in terms of phase space rotation,Am.Soc.Mass.Spectrom.Conf.2012)が、イオンパケットの焦平面が検出器面との位置合わせからずれる結果として、強いイオンに観察される分解能の損失を理論的に説明し、補償するためのより強力なミラー電圧の値を示した。多重反射分析計でやはり知られているのは、同様のm/zイオンが、空間電荷の下で、エネルギー及び振動振幅を交換し始め、平均振動周波数を有する単一コヒーレントイオンパケットに融合する、自己集群化及び合体である(Grinfeld et al.,International Journal of Modern Physics A,2019,34,1942007)。
【0015】
ToF質量分析システムの質量分析計の一部の誤差の原因を特定するために、何らかの進歩はあったが、質量スペクトルデータの精度を改善する必要性が残ったままである。
【発明の概要】
【0016】
この背景に対して、請求項1に記載の質量スペクトルデータを補正するための方法が提供される。請求項6に記載の質量スペクトルデータのための補正関数を決定するための方法も提供される。請求項27に記載の質量分析システム、請求項29に記載のコンピュータプログラム、及び請求項30に記載のコンピュータ可読記憶媒体も提供される。
【0017】
本開示は、ToF分析計に関連付けられたイオントラップ(例えば、線形イオントラップ)内の空間電荷によって引き起こされる複雑な質量測定値誤差を考慮することによって、ToF質量スペクトルデータの精度を改善するための方法及び装置を提供する。そのような誤差は、単一のm/zパケット内の高いイオン負荷、密な間隔のm/zパケットのエンベロープ、又は総イオン負荷によって引き起こされる可能性がある。本開示は、質量スペクトルデータを補正するための周知の方法が、傾向がどのように測定及び補正され得るか、並びに観察された傾向を変更し得るいくつかの考えられ得るパラメータについての理論的根拠又は説明をほとんど提供していないと認識している。本開示は、空間電荷挙動に及ぼす、マシュートラップパラメータ(q)、擬ポテンシャルウェル深さ、及び熱半径などの様々な初期トラップ条件の影響を認識し、それらに適応する手段を提供する。様々な更なるパラメータも考慮することができる。本開示の文脈では、補正関数は、複数の変数の関数であるスカラー場と見なし得、補正関数の値は、様々なパラメータに基づいて決定されるスカラー補正値であり得る。
【0018】
イオントラップ-ToF質量分析に関する既存の方法は、注入点(例えば、ToF質量分析計への注入のためにイオンが抽出されるイオントラップ内の点)における高濃度のイオンが、質量測定に及ぼす潜在的に大きな影響を考慮していない。総括的に言えば、本開示は、試料から得られる質量スペクトルデータを補正するための方法、及びそのような補正関数を決定するための方法に関する。質量スペクトルデータは、質量スペクトルデータによって示されるイオン存在量に、及び質量スペクトルデータに関連付けられた1つ以上のトラップパラメータに基づいて、補正関数を使用して補正されるイオン存在量を示す飛行時間型質量スペクトルデータである。したがって、改善された精度を有する質量スペクトルデータを得ることができる。
【0019】
更に、本開示は、ピーク内集団の代わりに、全イオン集団(例えば、イオントラップ内の全イオン集団)に基づく傾向に従う、トラップ不良のイオンの検出を提供する。いったんイオンが全イオン集団(例えば、発散性空間電荷挙動で、1.5eV未満のウェル深さを有する、トラップ不良のイオン)に基づく傾向に従うことが分かると、ある質量範囲内の最高m/zピークのあり得る性質を理解すること、又はそれらのピークを補正することが可能である。本開示の方法は、大きなイオンパケットを用いて作業するときに特に有利であり、装置の質量精度の動的範囲を著しく拡大する。
【0020】
これら及び他の利点は、以下の開示から明らかになろう。
【0021】
ここで、本開示を、添付の図を参照して、例として説明する。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】周知のイオントラップ多重反射飛行時間型質量分析計を示す。
【
図2】第1の実施形態による質量スペクトルデータを補正するための方法を示す。
【
図3】第2の実施形態による質量スペクトルデータのための補正関数を決定するための方法を示す。
【
図4】第1及び第2の実施形態の補正関数を決定するのに好適な質量スペクトルデータを示す。
【
図5】異なる擬ポテンシャルウェル深さに対してイオン数によって生じる質量分解能への影響を示す。
【
図6】空間電荷の影響により測定される質量シフトと、対応するピーク形状への影響とを示す。
【
図7】異なるイオン負荷及びトラップRF振幅に対して測定される質量シフトを示す。
【
図8】弱くトラップされるイオンに対して測定される質量シフトを示す。
【
図9】質量スペクトルデータのための補正関数の適合パラメータを示す。
【
図10】
図9の補正関数を使用して補正された190~1000のm/zに対する
図7のデータを示す。
【
図11】
図9の補正関数を使用して補正された900~3000のm/zを有するデータを示す。
【
図12】細かく単離されたイオンのm/zシフト傾向及び荷電状態を示す。
【
図13】4+アンギオテンシンの同位体のm/zシフト傾向を示す。
【発明を実施するための形態】
【0023】
図2には、総括的な意味で開示の原理を示す、第1の実施形態による、試料から得られる飛行時間型質量スペクトルデータを補正するための方法が示されている。方法は、試料から得られる質量スペクトルデータを受け取る第1のステップ201を含む。質量スペクトルデータは、イオン存在量を示す。質量スペクトルデータは、質量分析計によって提供され得る。例えば、質量スペクトルは、質量分析計から、測定値補正を実行するように構成されたプロセッサに提供され得る。質量スペクトルデータは、質量分析計から、質量分析システムのプロセッサに直接提供されてもよいし、又は遠隔データ処理のために遠隔コンピューティングデバイスに(例えば、インターネットを介して)伝送によって間接的に提供されてもよい。
【0024】
方法は、質量スペクトルデータによって示されるイオン存在量に、及び質量スペクトルデータに関連付けられた1つ以上のトラップパラメータに基づいて、質量スペクトルデータに補正関数を適用するステップ202を更に含む。例えば、1つ以上のトラップパラメータは、質量スペクトルデータを生成するために使用されるデバイス(例えば、質量分析計)のイオントラップの実験条件を規定し得る。補正関数は、あるイオン存在量範囲に対する及びあるトラップパラメータ範囲に対する質量スペクトルデータの補正値を規定する。イオン存在量及びトラップパラメータの範囲は、多数の個々のデータポイントにまたがる連続的な範囲(又は補間を必要とする本質的に連続的な範囲)であり得る。このようにして、質量スペクトルデータは、真の値に近づくように補正することができる。特に、本開示は、イオンのトラップによって引き起こされる質量スペクトルデータの(例えば、空間電荷の影響による)誤差を考慮して除去できると認識している。したがって、改善された質量スペクトルデータが得られる。補正値は、複数のイオン存在量のため及び複数のトラップパラメータのために、較正試料(例えば、既知の質量スペクトルデータを有する任意の既知の試料)の質量スペクトルデータから得られ得る。補正値を得るプロセスは、他のパラメータを一定に保ちながら、各パラメータをある範囲の値に掃引して、多変数補正関数を展開することを伴い得る。各変数の連続掃引が使用される場合もあるが、多くの場合、各変数の離散測定値間を補間することが、便利で、十分に正確である。
【0025】
図3には、やはり総括的な意味で本開示の特定の原理を示す、第2の実施形態による、飛行時間型質量スペクトルデータのための補正関数を決定するための方法が描写されている。方法は、較正試料から得られる質量スペクトルデータを受け取る第1のステップ301を含む。ここでも、質量スペクトルデータは、イオン存在量を示す。較正試料は、較正試料から得られる質量スペクトルデータをその期待値と比較できるように、既知の組成を有する任意の試料であり得る。方法は、質量スペクトルデータによって示されるイオン存在量に、及び質量スペクトルデータに関連付けられた1つ以上のトラップパラメータに基づいて補正関数を決定するステップ302を更に含む。補正関数は、ある範囲(例えば、ある連続範囲)のイオン存在量に対する及びある範囲(例えば、ある連続範囲)のトラップパラメータに対する質量スペクトルデータの補正値を規定する。補正関数を決定するステップは、較正試料から得られる質量スペクトルデータと、正確であることが分かっている較正試料の質量スペクトルデータとの間の差の大きさを決定することを含み得る。このようにして、補正関数を決定し、その後の較正試料以外の試料の質量スペクトル分析に使用することができる。したがって、イオンをトラップすることによって引き起こされる空間電荷の影響の強さが低減されるので、先々の質量分析の信頼性を改善することができる。
【0026】
本明細書に記載の補正関数の補正値は、シフトであり得、補正関数を質量スペクトルデータに適用することは、シフトのうちの少なくとも1つによって質量スペクトルデータを調整することを含み得る。例えば、補正関数を飛行時間型質量スペクトルデータに適用することは、質量スペクトルデータによって示されるm/z値を適切なm/zシフトによって調整することを含み得る。例えば、シフトは、質量スペクトルデータに加算又は減算され得る。好ましくは、補正値は、質量スペクトルデータの質量対電荷比シフトである。
【0027】
本明細書における補正関数は、概して、質量測定値シフトを規定するものとして説明されているが、質量スペクトルデータは、例えば、経時電圧として表される質量分析計検出器信号であり得ることが理解されよう。そのような場合、補正値は、質量分析計検出器信号電圧を補正することを可能にする電圧シフトであり得る。したがって、総括的な意味で、本明細書に記載の質量スペクトルデータは、イオンカウントを示す質量スペクトルデータ、ピーク強度を示す質量スペクトルデータ、及び/又は質量分析計検出信号(例えば、電圧信号)のうちの1つ以上を含み得る。質量スペクトルデータが表現される方法に関係なく、補正値を決定することは、好ましくは、質量スペクトルデータと、較正試料の既知の質量スペクトルデータとの間の1つ以上の差を決定することを含む。特に、所与のイオン存在量に対する及び所与のトラップパラメータに対する補正値を決定することは、所与のイオン存在量のため及び所与のトラップパラメータのために得られる質量スペクトルデータと、較正試料の既知の質量スペクトルデータとの間の1つ以上の差を決定することを含み得る。これは、様々な条件下で得られる質量スペクトルデータを補正できる補正関数を提供するために、様々なイオン存在量及びトラップパラメータに対して繰り返され得る。質量スペクトルデータと、較正試料の既知の質量スペクトルデータとの間の差は、補正関数の補正値として使用され得る。
【0028】
図4~13は、第1及び第2の実施形態の特別な場合である、本開示の第3の実施形態の詳細を提供する。これらの図の説明では、理論的な正当性も提供される。
図1に示された形態及び23メートルの飛行経路を有するイオントラップ飛行時間型質量分析計内の空間電荷関連質量シフトの測定により、観察可能な傾向のかなりの複雑性が明らかになる。本開示は、分析計内で発生する空間電荷の影響は、これらが分析計自体内のイオンの電荷密度にマッピングされるので、RFイオントラップ150内に保存されるイオンの初期電荷密度に関連していると認識している。したがって、本開示の実施形態は、適切な補正関数を決定し、そのような関数を実験データに適用することによって、改善された質量スペクトルデータを達成できると認識している。
【0029】
トラップされるイオンの特性は、一般に、トラップの内接半径r
0、印加RF電圧の振幅V及び周波数F、並びにイオンの質量m及び電荷zの積であるマシュートラップパラメータqに従って記述される:
【数1】
【0030】
特に、マシュートラップパラメータは、m/zに反比例する。本明細書に記載の補正関数を決定する目的で、qを決定する際のppmレベルの誤差は補正に著しい影響を与えないので、未補正の質量/時間測定値からqの値を仮定することができる。このqの計算から、擬ポテンシャルウェルの深さφを計算し得、室温の熱運動エネルギー(約0.025eV RMS)を有するイオンが占めるトラップの半径、いわゆる熱半径r
tが、以下のように推定される。
【数2】
【0031】
トラップ領域の長さLが既知であるか、又は一定であると近似されている場合、N個のイオンを有する検出されたイオンパケットの初期電荷密度ρは、以下のように計算され得る。
【数3】
【0032】
本開示では、質量シフトの測定は、Pierce(商標)FlexMix(商標)較正溶液(正及び負の両方のイオン化較正用に設計された、50~3000m/zの質量範囲を有する、16種の高純度イオン性成分の混合物)を、190~1000、900~3000の広いm/z範囲、又は四重極質量フィルタによって単離された単一m/zイオンのいずれかと一緒に注入することによって行われ、説明される。この試料内のイオンの分布を、
図4の質量スペクトルによって示す。
図4は、Pierce FlexMix較正溶液の広いm/z範囲を示す。様々な他の較正試料を使用できることが理解されよう。
【0033】
イオントラップがエレクトロスプレーイオン源から生成されるイオンを蓄積する充填時間を走査することによって、イオン集団を変化させた。イオンの空間分布に影響を与える、イオントラップ及び分析計の様々な他の特性、とりわけ印加RF電圧の振幅を調査した。
【0034】
ピーク内のイオン数の増加に伴う分解能の損失は、本開示の実施形態によって直接対処されない周知の事項である。しかしながら、空間電荷の影響の理解には重要であり、測定の精度は、イオン数の平方根とともに、分解能に依存するので、分解能を大幅に損なう平均質量測定の解決策は、実行可能でない。
図5は、RF振幅を走査することによって変更された、いくつかの異なる擬ポテンシャルウェル深さに対して、m/z範囲190~1000のFlexMix注入液内の、m/z524におけるMRFAペプチドの、イオン数に伴う分解能シフトを示す。ウェル深さが深くなると、イオンがより密に集束し、分解能に及ぼす空間電荷の影響に対する回復力が低下することが分かる。特に興味深いのは、ウェル深さがかなり弱い6eVである測定値であり、6eV及び低イオン数での分解能が他のウェル深さよりも低いことによって示されているように、低イオン数の分解能は、損なわれている。これは、ミラー電圧が強化されたときに形成されるパターンによく似ており、したがって、低空間電荷における焦平面が、ミラーの調整点を超えてシフトする結果である可能性が高いと考えられる。
【0035】
m/z524の単離イオンのイオン数の増加に伴う質量測定値シフトの傾向を、
図6の左上象限に示し、それとともに、ピーク形状の変化を、
図6の左下象限及び右側に示す。例えば、実質的に質量シフトがない、ピーク内に1000個を下回るイオンで終わる(領域aで示された)狭い安定領域の後、ピークは、幅が広がり、次第に非対称になり、(bで示される領域において)測定質量のシフトがもたらされることが分かる。この上昇は、緩慢になり、(領域cで示される)4000個以上のイオンで、ほぼ完全に停止するが、ピーク形状は広がり続け、二峰性的な特徴を獲得する。したがって、
図6は、単離したm/z524のイオンの空間電荷による質量シフトを、安定な低強度領域a、急速な質量シフト及び非対称の領域b、並びに安定した高強度領域cにおける、ピーク形状への対応する影響とともに、実証している。安定な低強度領域aは、急速な質量シフト及び非対称の領域b並びに安定した高強度領域cよりも狭い(すなわち、より下にあるイオン存在量範囲にまたがる)ことは注目に値する。本開示で使用される総括的な表現では、第1のイオン存在量範囲は、第2及び/又は第3のイオン存在量範囲よりも狭くなり得る。
【0036】
前に使用した総括的な言い方に戻ると、
図4~6は、所与のイオン存在量に対する及び所与のトラップパラメータに対する補正値を決定する方法を示す。方法は、所与のイオン存在量のため所与のトラップパラメータのために得られる質量スペクトルデータと、較正試料(この場合、PierceのFlexMix溶液)の既知の質量スペクトルデータとの間の1つ以上の差を決定することを含む。トラップパラメータは、印加RF周波数、イオン質量対電荷比、擬ポテンシャルウェル深さφ、マシュートラップパラメータ(q)、質量スペクトルデータに関連付けられたイオンの熱半径、及びトラップが内接する半径r
0のうちの任意の1つ以上を含み得る。
【0037】
これらの誤差の元は、理論的にはよく理解されておらず、少なくとも最適化されたシステムでは、空間電荷の影響のシミュレーションとあまりよく一致しない。自己集群化が、数千個のイオンで発生し、高イオン数での質量測定値の安定化の理由であり得る可能性がある。空間電荷の下でエネルギー分布を広げることによって引き起こされる質量のシフトの正確な性質は、まったく明らかではない。より低いゲインで実験を再現することで、検出器の飽和は除外された。それでも、そのようなパターンは、測定して補正することができる。様々なタイプの補正関数を使用することができるが、適切なパラメータを有するロジスティック関数が、そのようなS字形曲線を再現するには好適である。
【0038】
イオン存在量xにおけるm/z補正値f(x)を規定する例示的な補正関数f(x)を以下に与えるが、ここで、a、c、d、及びfは実験条件に関する適合パラメータである:
【数4】
【0039】
他のシグモイド関数を使用して補正関数を適合させることができ、(例えば、区分関数として定義される)制御された始点及び終点を有する多項式又は線形適合でさえ、観察されるシフトを補正するために使用できる。総括的に言えば、補正関数は、シグモイド適合、ロジスティック適合、多項式適合、及び区分線形適合のうちのいずれか1つ以上であり得る。多くの実験設定では、補正関数は、イオン存在量の増加に伴って単調非減少(又は単調増加)であり得る。これは、低存在量における第1の安定領域(領域a)の後に、高イオン存在量における第2の安定領域(領域c)が続き、第1の領域と第2領域との間に線形領域(第3の領域と称され得る、領域b)がある、
図6に示された傾向を反映している。
【0040】
低存在量における安定領域(領域a)は、ミラーの調整によって誘導され得るが、削除するか、または負の傾向に逆転することさえもできる。したがって、特定の条件下では、第1の領域は存在しない場合があり(又は、同等に、第1の領域は幅ゼロを有する場合があり)、線形領域(例えば、領域b、又は
図8に示される傾向)及び高存在量における安定領域(例えば、領域c)のみが存在する。補正関数は、(例えば、第1の領域a及び/又は第2の領域cにおいて)実質的に一定であり、かつ/又は、少なくとも1つのイオン存在量範囲に対して、イオン存在量の増加に伴って(例えば、第3の領域bにおいて)実質的に線形増加であり得る。あるいは、補正関数は、少なくとも1つのイオン存在量範囲に対して、イオン存在量の増加に伴って一定及び/又は線形増加であってもよい。
【0041】
総括的に言えば、補正関数は、第1のイオン存在量範囲に対する及び第2のイオン存在量範囲に対する質量スペクトルデータの補正値を規定し得る。補正関数の勾配は、第1のイオン存在量範囲及び/又は第2のイオン存在量範囲に対して、イオン存在量に関して一定又は実質的に一定であり得る。好ましくは、補正関数は、第1のイオン存在量範囲に対してゼロ若しくは実質的にゼロであり(ただし、前述したように、負の傾向が第1の範囲で誘発される可能性がある)、かつ/又は補正関数は、第2のイオン存在量範囲に対して非ゼロ(例えば、領域cにおける高存在量での正の一定の測定値誤差)である。補正関数はまた、第3のイオン存在量範囲に対する補正値も規定し得、第3のイオン存在量範囲は、第1のイオン存在量範囲と第2のイオン存在量範囲との間にある。したがって、例えば、第1の範囲は、0~第1のイオン存在量であり得、第2の範囲は、第1のイオン存在量~第2のイオン存在量であり得、第3の範囲は、第2のイオン存在量を上回る範囲であり得る。
【0042】
イオン存在量に関する補正関数の勾配は、第1のイオン存在量範囲及び/又は第2のイオン存在量範囲においてよりも第3のイオン存在量範囲において大きくなり得る。好ましくは、補正関数は、第3のイオン存在量範囲において、イオン存在量の増加に伴って線形増加するか、又は実質的に線形増加であり得る(例えば、ほぼ一定の正の勾配を有し得る)。第1のイオン存在量範囲は、第2のイオン存在量範囲及び/又は第3のイオン存在量範囲よりも下にあり得る(すなわち、比較的低いイオン存在量の範囲にまたがる)。いずれにせよ、本開示の多くの実施形態において、イオン存在量に関する補正関数の勾配は、少なくとも高いイオンカウントでは、イオン存在量の増加に伴って減少する(ただし、低イオンカウントでは、勾配の減少があるか、又は認識可能な増加はない場合がある)。これは、高イオン存在量において、高イオン数での質量測定値の安定化がしばしば発生し、それは、高イオンカウントで自己集群化が発生することに起因し得るという認識を反映している。
【0043】
上記の補正関数f(x)を使用して質量スペクトルデータの質を改善することができるが、単一のパラメータセット(a、c、d、及びf)を、全ての条件下で、全てのイオンに使用することはできない。
図7は、異なるトラップRFレベルで一緒に注入されたいくつかのPierceのFlexMixイオンについて測定されたm/zシフトの傾向を示す。特に、
図7は、補正を適用せずに、様々なイオン負荷及びトラップRF振幅(ボルト)で同時注入されたPierceのFlexMixイオンm/z190~1000に対する、異なるm/zシフト傾向を示す。m/z関連の影響及びRF関連の影響の両方が存在することが分かる。一般に、高トラップRF振幅は、より低い総イオン数でm/zの横ばいを発生させ、それは、より強いトラップRFの下で初期電荷密度が増加すると、自己集群化をより早く発生させるという考えと一致している。しかしながら、最もしっかりとRF集束されるべき単離イオンが、横ばいになる前に、約25%の高い質量シフトに達したことは明らかである。
【0044】
もう1つ観察されることは、低トラップRF振幅では、弱くトラップされたイオンが、異なるm/zシフト挙動に完全に従い、イオントラップ内の全イオン集団を追跡しているように見えることである。これらのイオンは、トラップ内の空間電荷の影響に最も強く苛まれており、影響は、擬ポテンシャルウェル深さが約1.5eV未満のときに発生するようである。
図8では、いくつかの例示的なm/zイオンが全イオン集団に対してプロットされている。特に、
図8は、トラップされた全イオン集団に対する、弱くトラップされたイオン(1.5eV未満の擬ポテンシャルウェル深さ)の質量シフトの傾向を示す。
図8で観察される影響を考慮して、そのようなトラップ不良のイオンm/zイオンにフラグを立てるため、かつ/又はこの代替傾向に従って、そのようなイオンに行われた測定を補正するための規則を含む補正関数を定義することができる。
図8に示された代替傾向は、実質的に線形である。したがって、この傾向に対する線形近似を提供することができる。それでも、
図8の傾向は、完全に線形ではなく、したがって、多項式(又は他の非線形)適合を使用することができる。
図8の傾向を線形傾向として近似すると、補正により実行可能な解決策を提供できる範囲を制限することになるが、多項式補正をもちろん使用でき、より広いイオン数範囲にわたって正確になる。
【0045】
したがって、総括的な意味で、本明細書に記載の補正関数(例えば、
図6から決定される関数)は、補正関数が第1の形態を有する第1のトラップレジームを規定する第1のトラップパラメータ範囲であるトラップパラメータ範囲に対するものであり得る。第2のトラップパラメータ範囲は、補正関数が第2の形態(例えば、
図8に示された形態)を有する第2のトラップレジームを規定し得る。イオンは、好ましくは、第2のトラップレジームよりも第1のトラップレジームにおいて、より強くトラップされる(例えば、適用される周波数、容積などにより、より小さな容積に閉じ込められる)。補正関数の第1の形態は、補正関数の第2の形態とは異なり得る。例えば、補正関数の第1の形態は、f(x)によって与えられてもよいし、又は
図6を参照して説明したようであってもよい。追加的又は代替的に、補正関数の第2の形態は、イオン存在量の増加に伴って実質的に線形増加し得る。
【0046】
補正関数は、トラップ内の全イオン集団に(少なくとも部分的に)基づき得る。補正関数は、特定のトラップレジーム(例えば、第2のトラップレジーム)においてのみ、全イオン集団に基づいてもよいし、又は全イオン集団を常に考慮に入れてもよい。好ましくは、補正関数の第2の形態(すなわち、弱いトラップ条件における補正関数)は、全イオン集団に基づく。弱いトラップ条件においては、全イオン集団の影響が、測定値誤差を支配することが観察されている。したがって、(少なくとも弱いトラップレジームにおいて)補正値を決定するときに全イオン集団を考慮に入れると、改善された質量スペクトルデータを提供することができる。
【0047】
本明細書に記載の方法は、質量スペクトルデータに関連付けられた1つ以上のトラップパラメータ及び/又は質量スペクトルデータが、第2のトラップレジームにおいてトラップされるイオンを示すと判定することを含み得る。例えば、質量スペクトルデータから、又は質量スペクトルデータに関連付けられたトラップパラメータから、イオンは、弱くトラップされることは明らかであり得る。したがって、本明細書に記載の方法はまた、質量スペクトルデータに関連付けられた1つ以上のトラップパラメータが、第2のトラップレジームにおいてトラップされるイオンを示すこと、及び/又は質量スペクトルデータが、第2のトラップレジームにおいてトラップされるイオンを示すこと、に基づいて、質量スペクトルデータに対する補正関数の第2の形態を決定することも含み得る。補正関数が決定され、質量スペクトルデータの補正に使用されるとき、本明細書に記載の方法は、質量スペクトルデータに関連付けられた1つ以上のトラップパラメータが、第2のトラップレジームにおいてトラップされるイオンを示すこと、及び/又は質量スペクトルデータが、第2のトラップレジームにおいてトラップされるイオンを示すこと、に基づいて、補正関数の第2の形態を質量スペクトルデータに適用することを含み得る。結果的に、強くトラップされたイオンと弱くトラップされたイオンとの両方の質量スペクトルデータを補正することができる。本明細書に記載の補正関数は、他のトラップパラメータ範囲(又は任意の他の実験条件)によって規定される追加レジームに拡張することができる。
【0048】
述べたように、
図7の各m/z傾向は、わずかに異なるパラメータ(例えば、上記のシグモイド関数f(x)のパラメータa、c、d、及びf)に適合する。これらのパラメータ自体は、トラップ条件q、ウェル深さ、φ及び熱半径に関する傾向に少なくとも弱く基づく。
図9は、前述のロジスティック適合の一連の適合パラメータのプロットを示す。パラメータa、d、及びfは、cは比較的平坦であるが、擬ポテンシャルウェル深さに伴う非常に強い傾向に従う。したがって、総括的には、a、c、d、及びfは、トラップパラメータに基づくと見なされ得る。したがって、本明細書に記載の補正関数は、トラップパラメータの関数である。
【0049】
次いで、これらの適合を使用して質量シフトを補正することが可能である。
図10は、ロジスティック補正関数を、
図7のRF/FlexMixイオン集団走査からのイオン質量測定値に適用した結果を示す。したがって、
図10は、補正が適用された後の、異なるイオン負荷及びトラップRF振幅で同時注入されたPierceのFlexMixイオンm/z190~1000の異なるm/zシフト傾向を示す。同様のm/zのイオンの集団よりも全イオン集団により追従する、250V RFで非常に弱く結合されたイオンを除いて、1ppm未満の誤差領域が大幅に強化されていることが分かる。
【0050】
この適合の有利な影響を更に実証するために、同じパラメータを、第2の大きなRF振幅及びFlexMixイオン集団走査に、ただし、900~3000の非常に異なるm/z範囲に対して、適用した。補正結果を
図11に示すが、ここでは、依然として未補正データよりも改善されているが、特に比較的弱くトラップされた高m/z低RFイオンに対して、性能がいくぶん弱いことが分かる。通常、この質量範囲では、1500V RF以上のみが実際に使用され、概して、補正は、イオン測定質量が1ppm以内に留まる範囲を大幅に拡大する、大幅な改善である。
【0051】
イオン荷電状態もまた、質量スペクトルデータの信頼性に影響する。高荷電状態のイオンは、熱エネルギー下で、同様のm/zの単一荷電イオンよりも遅い速度を有することが知られている。これは、ToF分析計内での広がりが少なく、したがって、より高い電荷密度を有することを意味する。したがって、本開示は、発生するより強い空間電荷の影響を考慮する。より高い荷電状態のイオンは、次第に密集する同位体も有し、対応して合体の影響の可能性を高める。
【0052】
分析計に対して低イオン数では、4+までのイオンは、依然として大体同じように挙動する。荷電状態4+までのイオンを生成するアンギオテンシンの試料を測定し、細かく単離されたイオンのm/zシフト傾向及び電荷を示す
図12において、異なる荷電状態の質量シフトを、最も近い単一荷電FlexMix m/zの質量シフトと比較した。
図12のN
M+の表記において、Nは、イオンの異なるm/z値(つまり、右側の凡例の異なるイオンm/z値)を示すために使用され、M+は、それらのイオンの異なる電荷状態を示す。
図12は、
図6と同じ全体的傾向を示す(例えば、イオン存在量の増加に伴って安定する測定値誤差を有する)と予期される。それでも、
図6の安定した低イオンカウント領域aは、
図12では明らかではなく、本質的にゼロ幅である。これは、この平坦な領域がミラーの調整によって誘導される可能性があり(削除されるか、又は一時的な負の傾向に逆転される可能性さえある)、この実験ではより弱かったからである。多価イオンは、ほぼ同様の様態で挙動するが、一価の対照群は、空間電荷に対してより大きな許容範囲を呈したことが分かる。
【0053】
荷電状態に基づく補正が機能するために、まず、荷電数が正確に推定されるように、荷電状態が(例えば、質量分析計によって)割り当てられる。したがって、前述した総括的な意味に戻ると、本明細書に記載の補正関数は、ある電荷状態範囲に対する補正値を規定し得、本明細書に記載の方法は、質量スペクトルデータの荷電状態を決定することと、決定された荷電状態に基づいて質量スペクトルデータに補正関数を適用することと、を更に含み得る。補正関数が決定されるとき、本明細書に記載の方法は、質量スペクトルデータの荷電状態を決定することと、決定された荷電状態に基づいて質量スペクトルデータのための補正関数を決定することと、を含み得る。電荷状態の決定は、THRASH(Thorough High Resolution Analysis of Spectra by Horn)及びThermo Fisher ScientificのAPD(Advanced Peak Determination)のような当技術分野で知られているアルゴリズムを使用して実行して、電荷状態を決定することができる。一般に、同位体間の質量間隔を考察するか(例えば、一価の+1Da同位体は、二価の+1Da同位体の2倍のm/z間隔を示す)、又は同じイオンの他の荷電状態を探して、質量差を測定することができる。
【0054】
同位体に単離されていないとき、多価イオンははるかに大きなドリフトを示し、それは、多価イオンの同位体間の合体によるものと考えられている。
図13は、アンギオテンシンm/z325 4+同位体間の合体の開始を示し、それにより、4+アンギオテンシンイオンのより高い質量の同位体は、第1の同位体によって、低m/zに引き寄せられる。これは、多数の荷電数においてのみ発生し、したがって、通常の状況では、補償する必要はないと予想される。それでも、第1の同位体に好適な電荷状態に依存する方法で適合パラメータ(例えば、a、c、d、及びf)を調整するのは正攻法である。高電荷状態では、エンベロープ全体から何らかの割合の電荷がm/zシフトに寄与することも予想されるが、中間同位体もまた、質量をより良く決定するためにも使用され得、合体への依存も少ない。例えば、中間同位体は、観察可能な同位体の中間の50%、40%、30%、20%、又は10%内にあると定義され得る。したがって、ある種の同位体が、例えば、10Daの範囲にまたがる場合、中間同位体は、その範囲の中間の5Daの質量を有する同位体として定義され得る。
【0055】
前述したように、質量分析計では、全イオン集団によって引き起こされる質量シフトへのグローバルな影響が存在することがよくある。影響は、ここでは、非常に弱くトラップされたイオン(例えば、発散性の空間電荷挙動を伴う、1.5eV未満のウェル深さを有する、トラップ不良のイオン)に対してのみ強く観察され、うまくトラップされたm/zに対する、より微妙な潜在的な影響は、明らかには観察されなかったが、それでも同様のシステムで見出され得、簡単に修正可能である。
【0056】
また、本明細書においては、試料から得られる質量スペクトルデータを提供するように構成された(例えば、
図1に示されたタイプの)飛行時間型質量分析計を備える質量分析システム、及び補正ユニットも提供される。補正ユニットは、本明細書に記載の方法のいずれかを使用して質量スペクトルデータを補正するように構成され得る。追加的又は代替的に、補正ユニットは、本明細書に記載の方法を使用して、質量スペクトルデータのための補正関数を決定するように構成され得る。補正ユニットは、プロセッサ、例えば、本明細書に記載の方法のいずれかを使用して質量スペクトルデータを補正するためのロジック、及び/又は本明細書に記載の方法を使用して質量スペクトルデータのための補正関数を決定するためのロジックを有するプロセッサを備え得る。質量分析システムは、イオントラップを備え得、かつ/又は質量分析システムは、多重反射飛行時間型質量分析システムであり得、かつ/又は質量分析システムは、イオントラップ/反射ToF型機器であり得る。有利な質量分析システムは、イオントラップを備える多重反射飛行時間型質量分析システムである。イオントラップは、イオンを蓄積し、蓄積されたイオンを、多重反射飛行時間型質量分析計などの飛行時間型質量分析計に直接注入するように構成されてもよいし、又はイオントラップは、イオンを蓄積し、蓄積されたイオンを、多重反射飛行時間型質量分析計などの飛行時間型質量分析計にイオンを注入するための直交加速器に放出するように構成されてもよい。イオントラップは、線形RFイオントラップ(例えば、線形RF四重極イオントラップとすることができる、直線形イオントラップ若しくは湾曲線形イオントラップ(Cトラップ))、四重極イオントラップとすることができる多重極イオントラップ、電場及び磁場の組み合わせによって電位を形成するペニングトラップ、並びに/又は静電場及び振動電場の組み合わせによって電位を形成するポールトラップであり得る。様々な他のトラップを使用することができる。いずれにせよ、そのような質量分析システムは、周知のシステムよりも高品質の質量スペクトルデータを提供できる場合がある。飛行時間型質量分析計は、1つ以上、好ましくは2つ以上のイオンミラーを備え得る。多重反射飛行時間型質量分析計は、一対の細長いイオンミラーであって、それらの間で、イオンが、ミラーの伸長方向にあるドリフト次元で移動する間に振動するイオンミラーを備え得る。対をなす細長いイオンミラーは、互いに平行又は傾斜し得る。飛行時間型質量分析計は、複数ターンのイオン経路、例えば、ループ状又は8字形イオン経路を有し得る。最新の直交ToFは、多くの場合、直交加速器の直前のセルにトラップステージを組み込み、それは、飛行経路に直角があっても、一形態のイオントラップ-ToFと見なすことができる。本開示の実施形態は、そのような直交ToFシステムで実施することができる。
【0057】
本開示の実施形態は、様々な異なる情報処理システムを使用して実施され得ることが理解されよう。特に、図及びその説明は、例示的なコンピューティングシステム及び方法を提供しているが、これらは、本開示の様々な態様を説明する際の有用な参照を提供するためにのみ提示されている。実施形態は、パーソナルコンピュータ、ラップトップ、携帯情報端末、サーバコンピュータなどの任意の好適なデータ処理デバイス上で実行され得る。もちろん、システム及び方法の説明は、説明の目的で簡略化されており、それらは、使用され得る多くの異なるタイプのシステム及び方法のうちの1つにすぎない。論理ブロック間の境界は単なる例示であり、代替の実施形態は、論理ブロック若しくは要素をマージするか、又は様々な論理ブロック若しくは要素に機能の代替分解を課すことができることが理解されよう。
【0058】
上記の機能は、ハードウェア及び/又はソフトウェアとして1つ以上の対応するモジュールとして実装することができることが理解されよう。例えば、上記の機能は、システムのプロセッサによって実行されるための1つ以上のソフトウェアコンポーネントとして実装することができる。あるいは、上記の機能は、1つ以上のフィールドプログラマブルゲートアレイ(FPGA)、及び/又は1つ以上の特定用途向け集積回路(ASIC)、及び/又は1つ以上のデジタルシグナルプロセッサ(DSP)、及び/又は他のハードウェア構成などのハードウェアとして実装することができる。本明細書に含まれるフローチャートにおいて実装される、又は上述したような、方法ステップは、各々、対応するそれぞれのモジュールによって実装され得る。更に、本明細書に含まれるフローチャートにおいて実装される、又は上述したような、複数の方法ステップは、単一モジュールによって一緒に実装されてもよい。
【0059】
本開示の実施形態がコンピュータプログラムによって実装される限り、コンピュータプログラムを担持する記憶媒体及び伝送媒体が、本開示の態様を形成することが理解されよう。コンピュータプログラムは、コンピュータによって実行されると、本開示の実施形態を実行させる、1つ以上のプログラム命令、又はプログラムコードを有し得る。本明細書で使用される、「プログラム」という用語は、コンピュータシステム上で実行するために設計された一連の命令とすることができ、サブルーチン、関数、プロシージャ、モジュール、オブジェクトメソッド、オブジェクト実装、実行可能アプリケーション、アプレット、サーブレット、ソースコード、オブジェクトコード、共有ライブラリ、動的リンクライブラリ、及び/又はコンピュータシステムで実行するために設計されたその他の一連の命令を含むことができる。記憶媒体は、磁気ディスク(ハードドライブ若しくはフロッピーディスクなど)、光ディスク(CD-ROM、DVD-ROM、若しくはBluRayディスクなど)、又はメモリ(ROM、RAM、EEPROM、EPROM、フラッシュメモリ若しくはポータブル/リムーバブルメモリデバイスなど)などであり得る。伝送媒体は、通信信号、データブロードキャスト、2台以上のコンピュータ間の通信リンクなどであり得る。
【0060】
本明細書に開示される各特徴は、別段の指定のない限り、同一、同等又は類似の目的を果たす代替の特徴と置き換えられてもよい。したがって、別段の指定のない限り、開示される各特徴は、一般的な一連の同等又は類似の特徴の単なる一例である。
【0061】
更に、説明された実施形態に対していくつかの変形を作製することができ、本明細書を読むことにより当業者には明らかとなろう。例えば、本明細書に記載の補正関数のパラメータは、特定の設定に応じて変わる。パラメータは、機器サイズ、イオントラップサイズ、ToF分析計の構造、調整及び印加RFなどによって大きく変わることが予期される。例えば、トラップの幅が2倍になると、初期電荷密度は4分の1に低下し、対応して4倍の改善を、空間電荷に対する許容範囲に予想し得る。それでも、較正試料を使用して適切な補正関数を決定するプロセスを、任意の設定に対して実装することができる。卓上サイズのMR-ToF分析計では、1000個のイオンを許容可能に保持するように分解能が調整されているとき、「安定な」第1の領域(
図6の領域a)もほぼこのレベルに保持され、これは、質量範囲全体に当てはまる(ただし、多価イオンが入力される場合は変化し得る)。正確な値は実験条件に依存するが、高イオンカウントでの平坦化(例えば、
図6の領域c)は、典型的には、2000~6000個のイオンで発生する。
【0062】
本開示の文脈において、傾向は、実質的にゼロ、実質的に一定、又は実質的に線形であると説明されている。これは、傾向が、(例えば、補正後に、5ppm若しくは2ppm以内、又は最も好ましくは1ppm以内の精度までの)質量スペクトルデータの効果的な補正を可能にするのに十分に、ゼロ、一定、又は線形に近いことを意味するととらえられ得る。
【0063】
特許請求の範囲内を含む、本明細書において使用される場合、文脈が別様に示さない限り、本明細書における用語の単数形は、複数形を含むものとして解釈され、文脈により可能な場合、その逆も同様である。例えば、文脈が別様に示さない限り、(イオン又はトラップパラメータなどの)「a」又は「an」などの、特許請求の範囲を含む本明細書における単数形の言及は、「1つ以上」(例えば、1つ以上のイオン、又は1つ以上のトラップパラメータ)を意味する。本開示の説明及び特許請求の範囲を通じて、語「備える(comprise)」、「含む」(including)、「有する(having)」、及び「包含する(contain)」、並びに語の変形、例えば「備えている(comprising)」及び「備える(comprises)」又は同様のものは、説明されている特性が、追随する追加の特性を含み、他の構成要素の存在を排除するとは意図されない(及び排除しない)ことを意味する。更に、第1の特性が第2の特性に「基づく」と説明されている場合、これは、第1の特徴が第2の特徴に完全に基づくこと、又は第1の特徴が第2の特徴に少なくとも部分的に基づくことを意味し得る。
【0064】
本明細書において提供されるありとあらゆる例、又は例示的な文言(「例えば(for instance)」、「~など(such as)」、「例えば(for example)」、及び同様の文言)の使用は、単に、発明をより良く例示することを意図され、特に特許請求されない限り、本開示の範囲への限定を示すものではない。本明細書におけるいずれの文言も、本開示の実施に不可欠なものとして主張されていないいかなる要素も示すものとして解釈されるべきではない。
【0065】
本明細書に記載された任意のステップは、異なるように記載されていない限り、又は文脈により別の意味が必要とされない限り、任意の順序で、又は同時に実行され得る。更に、あるステップがあるステップの後に実行されると説明されている場合、これは、介在ステップが実行されていることを排除するものではない。
【0066】
本明細書で開示される態様及び/又は特徴の全ては、そのような特徴及び/又はステップの少なくともいくつかが相互に排他的である組み合わせを除いて、任意の組み合わせで組み合わせることができる。特に、本開示の好ましい特徴は、本開示の全ての態様及び実施形態に適用可能であり、任意の組み合わせで使用され得る。同様に、必須ではない組み合わせで記述された特徴は、(組み合わせてではなく)別々に使用されてもよい。