(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-17
(45)【発行日】2024-01-25
(54)【発明の名称】静電浮遊炉用試料浮遊位置制御方法及び試料浮遊位置制御装置
(51)【国際特許分類】
F27B 17/00 20060101AFI20240118BHJP
F27D 21/00 20060101ALI20240118BHJP
F27D 19/00 20060101ALI20240118BHJP
【FI】
F27B17/00 Z
F27D21/00 Z
F27D19/00 Z
(21)【出願番号】P 2020028563
(22)【出願日】2020-02-21
【審査請求日】2023-01-20
(73)【特許権者】
【識別番号】500302552
【氏名又は名称】株式会社IHIエアロスペース
(73)【特許権者】
【識別番号】503361400
【氏名又は名称】国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構
(74)【代理人】
【識別番号】110002664
【氏名又は名称】弁理士法人相原国際知財事務所
(72)【発明者】
【氏名】高田 哲也
(72)【発明者】
【氏名】石川 毅彦
(72)【発明者】
【氏名】中村 裕広
(72)【発明者】
【氏名】猿渡 英樹
【審査官】國方 康伸
(56)【参考文献】
【文献】特開平11-108562(JP,A)
【文献】特開2004-286298(JP,A)
【文献】特開平04-168339(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第111020704(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F27B 17/00-19/04
F27D 17/00-99/00
G05B 1/00- 7/04
G05B 11/00-13/04
G05B 17/00-17/02
G05B 21/00-21/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
互いに直交する3軸のそれぞれの方向において互いに対向して配置された3つの電極対を備える実験空間内で、それぞれの前記電極対に印加される電圧により発生する電界の作用の下、予め帯電させた試料を静電気力により浮遊させる、静電浮遊炉の試料浮遊位置制御方法であって、
前記実験空間内で浮遊する前記試料を2つの方向から撮影した画像を、所定の時間間隔で連続的に取得し、
前記画像を解析することにより前記試料の位置を算出し、
前記位置に基づいて、前記試料が浮遊目標位置に到達するために移動すべき所要移動行程、並びに、前記試料の速度及び加速度を算出し、
前記3軸の方向のうち、前記所要移動行程の符号と、前記速度の符号及び前記加速度の符号との不一致が検出された方向について、当該方向において互いに対向して配置された前記電極対に印加する前記電圧の極性を反転させることを特徴とする方法。
【請求項2】
前記所要移動行程、並びに、前記速度及び前記加速度の算出には、連続的に取得された複数の前記画像を解析することにより算出された複数の前記位置の平均値が用いられることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記所要移動行程の絶対値が所定の閾値以下である場合には、前記所要移動行程の符号と、前記速度の符号及び前記加速度の符号との不一致の検出を行わないことを特徴とする、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記電極対に印加する前記電圧の極性を反転させた場合に、その後の所定の時間は、前記速度の符号及び前記加速度の符号との不一致の検出を行わないことを特徴とする、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
実験空間の周囲において、互いに直交する3軸のそれぞれの方向において互いに対向して配置された3つの電極対と、
互いに異なる方向に配向されて前記実験空間の画像を取得する2つの撮影装置と、
前記2つの撮影装置により取得された前記画像を解析することにより前記実験空間内における試料の位置を算出する試料位置認識装置と、
前記試料位置認識装置により算出された前記試料の位置に基いて、前記3つの電極対に印加すべき電圧及びその極性を決定し、これらに関する指令信号を出力する浮遊位置コントローラと、
前記浮遊位置コントローラから受信した前記指令信号に基いて、前記3つの電極対に電圧を印加する高速高圧電源装置と、
を備える静電浮遊炉の試料浮遊位置制御装置であって、
前記浮遊位置コントローラは、前記試料位置認識装置により算出された前記試料の位置に基づいて、前記試料が浮遊目標位置に到達するために移動すべき所要移動行程、並びに、前記試料の速度及び加速度を算出し、前記3軸の方向のうち、前記所要移動行程の符号と、前記速度の符号及び前記加速度の符号との不一致が検出された方向について、当該方向において互いに対向して配置された前記電極対に印加する前記電圧の極性を反転させるような前記指令信号を出力する、静電浮遊炉の試料浮遊位置制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は静電浮遊炉に関し、より詳細には、静電浮遊炉の実験空間内における試料の浮遊位置制御方法及び浮遊位置制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
静電浮遊炉は、静電気力により実験空間内で浮遊させた試料にレーザを照射して加熱し、溶融した液体状態の試料の物性を調べるために用いられる。
【0003】
静電浮遊炉では、溶融した液体状態の試料を保持するための容器が不要であり、容器を構成する材料が溶融して試料に混入する虞がない。したがって、不純物を含まない状態で試料の物性を調べることができる。そのため、静電浮遊炉は、宇宙空間における微小重力環境を利用した材料実験や新材料開発に活用されている(例えば、非特許文献1参照)。
【0004】
静電浮遊炉の実験空間内の周囲には、互いに直交する3軸方向においてそれぞれ対向する計3対の電極が配置されており、試料が実験空間内の目標位置で浮遊するよう、各電極対に印加する電圧及びその極性が高速で制御される(試料の浮遊位置制御)。
【0005】
ところで、試料にレーザを照射して加熱する際、通常は試料の温度が約1200℃を超えると熱電子の放出が始まり、試料は徐々に負の電荷を失うため、加熱の最終段階(即ち、試料が溶融する段階)においては、試料の帯電極性は正となる。
【0006】
しかしながら、試料がある種の酸化物である場合、十分な熱電子が放出される温度よりも低い特定の温度領域において、当該酸化物が実験空間内のガス(通常、空気又は窒素)と化学反応する結果、試料の帯電極性が逆転して負となることがある。
【0007】
そのため、上述した試料の浮遊位置制御においては、通常のPID制御に加えて、試料の位置の目標位置からのずれが閾値を超えた場合には試料の帯電極性が逆転していると判断し、各電極対に印加する電圧の極性を反転させる制御を採用していた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【文献】田丸晴香,外7名,“ISS搭載用静電浮遊炉の概要”,Int. J. Microgravity Sci. Appl.日本マイクログラビティ応用学会,2015年1月31日,第32巻,第1号,p.320104-1~7
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述したように、加熱の途中で帯電極性の逆転が生じることは、従来は稀なケースであると考えられていた。しかしながら、酸化物を含む様々な材料を試料として適用した静電浮遊炉の運用を通じて、加熱の途中での帯電極性の逆転は、比較的多くの材料において生じることが判明した。そして、帯電極性の逆転が生じた場合、上述した態様の浮遊位置制御では、試料が加速度的に目標位置から離れて飛び去ってしまうことが多く、試料を目標位置の近傍で浮遊させ続けることが困難であることが判明した。
【0010】
本発明は、以上のような問題点に鑑みてなされたものであって、加熱の途中で帯電極性の逆転が生じた場合であっても、試料を確実に目標位置の近傍で浮遊させ続けることが可能な、静電浮遊炉の実験空間内における試料の浮遊位置制御方法及び浮遊位置制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために、本発明の第1の態様の静電浮遊炉の実験空間内における試料の浮遊位置制御方法は、互いに直交する3軸のそれぞれの方向において互いに対向して配置された3つの電極対のそれぞれに印加される電圧により発生する電界の作用の下、予め帯電させた試料を静電気力により浮遊させるものであって、前記実験空間内で浮遊する前記試料を2つの方向から撮影した画像を、所定の時間間隔で連続的に取得し、前記画像を解析することにより前記試料の位置を算出し、前記位置に基づいて、前記試料が浮遊目標位置に到達するために移動すべき所要移動行程、並びに、前記試料の速度及び加速度を算出し、前記3軸の方向のうち、前記所要移動行程の符号と、前記速度の符号及び前記加速度の符号との不一致が検出された方向について、当該方向において互いに対向して配置された前記電極対に印加する前記電圧の極性を反転させるように構成されている。
【0012】
本発明の第2の態様の静電浮遊炉の実験空間内における試料の浮遊位置制御方法において、前記所要移動行程、並びに、前記速度及び前記加速度の算出には、連続的に取得された複数の前記画像を解析することにより算出された複数の前記位置の平均値が用いられる。
【0013】
本発明の第3の態様の静電浮遊炉の実験空間内における試料の浮遊位置制御方法において、前記所要移動行程の絶対値が所定の閾値以下である場合には、前記所要移動行程の符号と、前記速度の符号及び前記加速度の符号との不一致の検出を行わない。
【0014】
本発明の第4の態様の静電浮遊炉の実験空間内における試料の浮遊位置制御方法において、前記電極対に印加する前記電圧の極性を反転させた場合に、その後の所定の時間は、前記速度の符号及び前記加速度の符号との不一致の検出を行わない。
【0015】
本発明の一態様の静電浮遊炉の試料浮遊位置制御装置は、実験空間の周囲において、互いに直交する3軸のそれぞれの方向において互いに対向して配置された3つの電極対と、互いに異なる方向に配向されて前記実験空間の画像を取得する2つの撮影装置と、前記2つの撮影装置により取得された前記画像を解析することにより前記実験空間内における試料の位置を算出する試料位置認識装置と、前記試料位置認識装置により算出された前記試料の位置に基いて、前記3つの電極対に印加すべき電圧及びその極性を決定し、これらに関する指令信号を出力する浮遊位置コントローラと、前記浮遊位置コントローラから受信した前記指令信号に基いて、前記3つの電極対に電圧を印加する高速高圧電源装置と、を備え前記浮遊位置コントローラは、前記試料位置認識装置により算出された前記試料の位置に基づいて、前記試料が浮遊目標位置に到達するために移動すべき所要移動行程、並びに、前記試料の速度及び加速度を算出し、前記3軸の方向のうち、前記所要移動行程の符号と、前記速度の符号及び前記加速度の符号との不一致が検出された方向について、当該方向において互いに対向して配置された前記電極対に印加する前記電圧の極性を反転させるような前記指令信号を出力する。
【発明の効果】
【0016】
本発明の静電浮遊炉の実験空間内における試料の浮遊位置制御方法及び浮遊位置制御装置によれば、加熱の途中で帯電極性の逆転が生じた場合であっても、試料を確実に目標位置の近傍で浮遊させ続けることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の実施形態の浮遊位置制御方法が適用される静電浮遊炉の、試料浮遊位置制御装置を示す概略説明図である。
【
図2】本発明の実施形態の浮遊位置制御方法の態様を1つの電極対が互いに対向する1つの方向に関して説明する図であって、(A)は試料が浮遊目標位置に向かって移動している場合を、(B)は試料が浮遊目標位置を通過した後に減速している場合を、(C)は試料が浮遊目標位置を通過した後に加速している場合を、それぞれ示している。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照して詳細に説明する。
【0019】
図1は、本発明の実施形態の方法によって試料の浮遊位置制御が行われる静電浮遊炉の試料浮遊位置制御装置を示す概略説明図である。
【0020】
図において、Cは実験空間であり、その内部で浮遊した状態の試料Sを併せて模式的に示してある。
【0021】
実験空間Cの周囲には、互いに直交する3軸(x,y,z)のそれぞれの方向において互いに対向する3つの電極対が配置されている。即ち、x方向(図では左右方向)において互いに対向する第1の電極対11a及び11b、並びに、y方向(図では上下方向)において互いに対向する第2の電極対12a及び12bと、z方向(図の紙面に垂直な方向)において互いに対向する第3の電極対(図示省略)が配置されている。
【0022】
第1の電極対11a及び11b、第2の電極対12a及び12b、並びに、第3の電極対は、それぞれ、後述する高速高圧電源装置60に接続されている(接続配線の図示は省略している)。高速高圧電源装置60によって各電極対に好ましくは±3kV以上且つ1kHz以上の電圧が印加されることにより、実験空間C内に電界が発生し、その作用の下で、予め帯電させられた試料Sが静電気力により実験空間C内で浮遊する。
【0023】
なお、実験空間C内で浮遊する試料Sには、加熱用レーザ装置70からレーザ光線が照射され、これにより加熱され溶融した試料Sの状態は、観察用カメラ80により観察される。
【0024】
実験空間Cの周囲には、更に、x方向に対してCCW方向に所定の角を成すx’方向において互いに対向する第1カメラ21及び第1光源31(合わせて第1撮影装置)、並びに、y方向に対してCCW方向に所定の角を成すy’方向において互いに対向する第2カメラ22及び第2光源32(合わせて第2撮影装置)が配置されている。なお、第1カメラ21及び第2カメラ22としては、例えば高速CCDカメラやインテリジェントビジョンセンサ(浜松ホトニクス株式会社の商標)を用いることができ、第1光源31及び第2光源32としては、例えばメタルハライドランプやレーザを用いることができる。このように、本発明の実施形態の試料浮遊位置制御装置は、互いに異なる方向に配向された2つの撮影装置を備えている。
【0025】
2つの光源31及び32は、加熱用レーザ装置70から照射されるレーザ光線により加熱されつつある試料Sが、その温度がまだ低いために発光していない状態であっても、その位置を2台のカメラ21及び22のそれぞれにより認識できるよう、バックライトとして機能するものである。
【0026】
2台のカメラ21及び22は、それぞれ後述する試料位置認識装置40に接続されている。第1カメラ21はy’-z平面内における試料Sの運動状況を、第2カメラ22はx’-z平面内における試料Sの運動状況を、それぞれ撮影し、取得された画像はリアルタイムで試料位置認識装置40に伝送される。なお、画像の撮影は所定のサンプリングレート(例えば1kHz)で行われる。
【0027】
第1カメラ21から伝送されたy’-z平面の画像及び第2カメラ22から伝送されたx’-z平面の画像は、試料位置認識装置40においてリアルタイムで解析され、各時刻における試料Sの位置(実験空間C内におけるx、y及びzの各方向における座標値)が算出される。なお、上述したように、2台のカメラ21及び22による画像の撮影は所定のサンプリングレートで行われるので、試料位置認識装置40においては、一定の時間間隔(サンプリングレートが1kHzである場合は0.001sec)で試料Sの位置が算出される。
【0028】
試料位置認識装置40において算出された試料Sの位置に関するデータは、リアルタイムで浮遊位置コントローラ50に伝送される。
【0029】
浮遊位置コントローラ50は、受領した試料Sの位置に関するデータに基づいて、当該試料Sが実験空間C内の目標位置において浮遊し得るよう、第1~3の各電極対に印加すべき電圧及びその極性を決定し、この電圧及び極性に関する指令信号を、高速高圧電源装置60に伝送する。その結果、高速高圧電源装置60によって各電極対に適正な電圧が印加され、試料Sが実験空間C内の目標位置の近傍において浮遊することが可能となる。
【0030】
本発明の実施形態の試料の浮遊位置制御方法においては、浮遊位置コントローラ50により行われる制御のうち、実験空間C内において加熱用レーザ装置70から照射されるレーザ光線により加熱されつつある試料Sの帯電極性が逆転した場合に必要となる、印加電圧の極性の反転制御の態様に特徴がある。これについて、以下で詳述する。
【0031】
浮遊位置コントローラ50は、試料位置認識装置40から伝送された、連続する少なくとも3つの時刻ti-2、ti-1、tiにおける試料Sの位置に関するデータ(座標値(Xi-2,Yi-2,Zi-2)、(Xi-1,Yi-1,Zi-1)及び(Zi,Yi,Zi))を記憶手段に保持している。そして、これらのデータを用いて、各時刻における試料Sの位置に加えて、その速度及び加速度を算出する。
【0032】
なお、以下においては、上述した所定のサンプリングレートに対応する時間間隔(例えば、サンプリングレートが1kHzである場合は0.001sec)を、速度及び加速度を算出する際の基準となる単位時間として用いている。以下の(式1)~(式9)の式中に時間の変数が含まれていないのは、そのためである。
【0033】
まず、時刻ti-1及びtiにおける試料Sの速度の各方向の成分(Vxi-1,Vyi-1,Vzi-1)及び(Vxi,Vyi,Vzi)は、それぞれ以下の(式1)~(式3)及び(式4)~(式6)によって算出される。
【0034】
Vxi-1=Xi-1-Xi-2 (式1)
Vyi-1=Yi-1-Yi-2 (式2)
Vzi-1=Zi-1-Zi-2 (式3)
Vxi=Xi-Xi-1 (式4)
Vyi=Yi-Yi-1 (式5)
Vzi=Zi-Zi-1 (式6)
【0035】
次に、時刻tiにおける試料Sの加速度の各方向の成分(Axi,Ayi,Azi)は、以下の(式7)~(式9)によって算出される。
【0036】
Axi=Vxi-Vxi-1 (式7)
Ayi=Vyi-Vyi-1 (式8)
Azi=Vzi-Vzi-1 (式9)
【0037】
更に、浮遊位置コントローラ50は、時刻tiにおける試料Sの位置(座標値(Xi,Yi,Zi))の、浮遊目標位置(座標値(XT,YT,ZT))に対する誤差の各方向の成分(ΔXi,ΔYi,ΔZi)を、以下の(式10)~(式12)によって算出する。
【0038】
ΔXi=XT-Xi (式10)
ΔYi=YT-Yi (式11)
ΔZi=ZT-Zi (式12)
【0039】
(式10)~(式12)から分かるように、ここでの誤差は、時刻tiにおける試料Sの位置を始点とし浮遊目標位置を終点とするベクトルと見なすことができる。即ち、誤差は、試料Sが浮遊目標位置に到達するために各方向において移動すべき行程(所要移動行程)を表している。
【0040】
そして、浮遊位置コントローラ50は、時刻tiにおいて、誤差のx方向成分ΔXiの符号(sgn(ΔXi))が、速度のx方向成分VXiの符号(sgn(VXi))及び加速度のx方向成分AXiの符号(sgn(AXi))のいずれとも一致しないとき、即ち、(式13)が満たされるとき、x方向において互いに対向する第1の電極対11a及び11bに印加する電圧の極性を反転させる指令信号を、高速高圧電源装置60に伝送する。
sgn(ΔXi)≠sgn(VXi)かつsgn(ΔXi)≠sgn(AXi) (式13)
【0041】
同様に、浮遊位置コントローラ50は、時刻tiにおいて、誤差のy方向成分ΔYiの符号(sgn(ΔYi))が、速度のy方向成分VYiの符号(sgn(VYi))及び加速度のy方向成分AYiの符号(sgn(AYi))のいずれとも一致しないとき、即ち、(式14)が満たされるとき、y方向において互いに対向する第2の電極対12a及び12bに印加する電圧の極性を反転させる指令信号を、高速高圧電源装置60に伝送する。
sgn(ΔYi)≠sgn(VYi)かつsgn(ΔYi)≠sgn(AYi) (式14)
【0042】
更に同様に、浮遊位置コントローラ50は、時刻tiにおいて、誤差のz方向成分ΔZiの符号(sgn(ΔZi))が、速度のz方向成分VZiの符号(sgn(VZi))及び加速度のz方向成分AZiの符号(sgn(AZi))のいずれとも一致しないとき、即ち、(式15)が満たされるとき、z方向において互いに対向する第3の電極対に印加する電圧の極性を反転させる指令信号を、高速高圧電源装置60に伝送する。
sgn(ΔZi)≠sgn(VZi)かつsgn(ΔZi)≠sgn(AZi) (式15)
【0043】
時刻tiにおける試料Sの誤差の各方向の成分(ΔXi,ΔYi,ΔZi)は、試料Sが浮遊目標位置に到達するために各方向において移動すべき距離及び方向を表している。したがって、その符号が、同時刻における試料Sの速度の各方向の成分(Vxi,Vyi,Vzi)の符号と一致しないということは、試料Sが浮遊目標位置へ向かう方向とは逆の方向に移動していることを意味する。また、その場合において、時刻tiにおける試料Sの誤差の各方向の成分(ΔXi,ΔYi,ΔZi)の符号が、同時刻における試料Sの加速度の各方向の成分(Axi,Ayi,Azi)の符号と一致しないということは、試料Sが浮遊目標位置へ向かう方向とは逆の方向に加速している(換言すれば、浮遊目標位置から加速度的に遠ざかりつつある)ことを意味する。これは、試料の帯電極性の逆転に起因するものであるため、浮遊位置制御が発散することを回避すべく、誤差の符号と速度及び加速度の符号との不一致が検出された方向において互いに対向する電極対に印加する電圧の極性を反転させる必要があるのである。
【0044】
以上で説明した浮遊位置制御の態様を、図を参照して視覚的に説明する。
【0045】
図2は、本発明の実施形態の浮遊位置制御方法の態様を、第2の電極対が互いに対向するy方向を例にとって説明する図であって、(A)は試料が浮遊目標位置に向かって移動している場合を、(B)は試料が浮遊目標位置を通過した後に減速している場合を、(C)は試料が浮遊目標位置を通過した後に加速している場合を、それぞれ示している。なお、同図においては、試料Sの浮遊目標位置の座標YTの値を5.000としている。
【0046】
図2(A)に示したケースの場合、試料Sは、y方向において浮遊目標位置(座標値はYT)に接近する方向に等速で移動している(図中の表参照)。この場合、時刻t
iにおける誤差ΔYの符号は正(+)であり、速度Vyの符号も正(+)である(加速度Ayはゼロである)。したがって、誤差ΔYの符号は速度Vyの符号と一致している(即ち、上述した(式14)は満たされていない)ので、第2の電極対に印加される電圧の極性は反転されず、現状のまま維持される。その結果、試料Sは、引き続き浮遊目標位置に接近してゆくこととなる。
【0047】
図2(B)に示したケースの場合、試料Sは、y方向において浮遊目標位置(座標値はYT)を通過してしまっているが、減速しつつ移動している(図中の表参照)。この場合、誤差ΔYの符号は負(-)であり、速度Vyの符号は正(+)である一方、加速度Ayの符号は負(-)である。したがって、誤差ΔYの符号は加速度Ayの符号と一致している(即ち、上述した(式14)は満たされていない)ので、第2の電極対に印加される電圧の極性は反転されず、現状のまま維持される。その結果、試料Sは、浮遊目標位置を通過してはいるものの、当該位置から加速度的に遠ざかることはない。
【0048】
図2(C)に示したケースの場合、試料Sは、y方向において浮遊目標位置(座標値はYT)を通過し、しかも加速しつつ移動している(図中の表参照)。この場合、誤差ΔYの符号は負(-)である一方、速度Vyの符号は正(+)であり、加速度Ayの符号も正(+)である。したがって、誤差ΔYの符号は速度Vyの符号及び加速度Ayの符号のいずれとも一致していない(即ち、上述した(式14)が満たされている)ので、第2の電極対に印加される電圧の極性は反転される。その結果、浮遊目標位置から加速度的に遠ざかりつつある試料Sに、これまでとは逆向きの静電気力が作用するようになる。その結果、試料Sの浮遊目標位置から遠ざかる方向への移動に制動がかかり、試料Sの浮遊位置制御が発散することが回避される。
【0049】
なお、以上においては、制御の基本的な考え方について説明したが、本発明の実施形態の浮遊位置制御方法においては、印加電圧の極性反転に関する誤判定を防止して制御を安定させるために、以下のような付加的な措置を講じている。
(1)ノイズの影響を排除するために、上述した(式13)~(式15)による判定を行うために用いる試料Sの位置に関するデータとしては、連続して取得された複数(例えば25個)のデータの平均値を用いる。
(2)ハンチングの発生を防止するために、試料Sの位置の誤差の絶対値が所定の閾値以下である場合は、上述した(式13)~(式15)による判定を伴う印加電圧の極性反転制御を行わない。換言すれば、x,y及びzの各方向において、浮遊目標位置を中心としてプラス側及びマイナス側の両側に亘る不感帯を設ける(
図2(A)~(C)に図示したy方向における不感帯DB(浮遊目標位置YTを中心として±Y
DBの範囲)を参照のこと)。
(3)チャタリングの発生を防止するために、上述した(式13)~(式15)による判定の結果、いずれかの方向において印加電圧の極性を反転させた場合には、当該方向においては、その後の所定の時間は、上述した(式13)~(式15)による判定を伴う印加電圧の極性反転制御を行わない。
【0050】
以上で説明したように、本発明の実施形態の浮遊位置制御方法においては、試料の運動状態(位置の誤差(所要移動行程)の符号と速度及び加速度の符号との不一致)に基づいて試料の帯電極性の逆転が検出され、制御の発散を回避すべく、電極対に印加する電圧の極性が反転される。したがって、試料の位置の誤差のみに基づいて、電極対に印加する電圧の極性を反転させていた従来の浮遊位置制御方法と比較して、試料を目標位置の近傍で浮遊させ続けることのできる確率が著しく向上するという優れた効果を得ることができる。
【符号の説明】
【0051】
11a,11b 第1の電極対(電極対)
12a,12b 第2の電極対(電極対)
21 第1カメラ(第1撮影装置)
22 第2カメラ(第2撮影装置)
31 第1光源(第1撮影装置)
33 第2光源(第2撮影装置)
40 試料位置認識装置
50 浮遊位置コントローラ
60 高速高圧電源装置