IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 富士電機株式会社の特許一覧 ▶ 国立大学法人名古屋大学の特許一覧

<>
  • 特許-蒸気タービン部材 図1
  • 特許-蒸気タービン部材 図2
  • 特許-蒸気タービン部材 図3
  • 特許-蒸気タービン部材 図4
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-17
(45)【発行日】2024-01-25
(54)【発明の名称】蒸気タービン部材
(51)【国際特許分類】
   F01D 25/00 20060101AFI20240118BHJP
   F01D 9/02 20060101ALI20240118BHJP
   C23C 14/06 20060101ALI20240118BHJP
   C23C 16/27 20060101ALI20240118BHJP
   C23C 26/00 20060101ALI20240118BHJP
【FI】
F01D25/00 L
F01D25/00 X
F01D9/02 101
C23C14/06 F
C23C16/27
C23C26/00 C
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2021562646
(86)(22)【出願日】2020-12-01
(86)【国際出願番号】 JP2020044606
(87)【国際公開番号】W WO2021112064
(87)【国際公開日】2021-06-10
【審査請求日】2022-04-01
(31)【優先権主張番号】P 2019221495
(32)【優先日】2019-12-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度~平成31年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、「地熱発電技術研究開発/地熱エネルギーの高度利用化に係る技術開発/酸性熱水を利用した地熱発電システム実現に向けた耐酸性・低付着技術の研究開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000005234
【氏名又は名称】富士電機株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(74)【代理人】
【識別番号】100099623
【弁理士】
【氏名又は名称】奥山 尚一
(74)【代理人】
【識別番号】100125380
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 綾子
(74)【代理人】
【識別番号】100142996
【弁理士】
【氏名又は名称】森本 聡二
(72)【発明者】
【氏名】中島 悠也
(72)【発明者】
【氏名】梅原 徳次
(72)【発明者】
【氏名】宮地 孝明
(72)【発明者】
【氏名】村島 基之
(72)【発明者】
【氏名】李 義永
(72)【発明者】
【氏名】野老山 貴行
(72)【発明者】
【氏名】上坂 裕之
(72)【発明者】
【氏名】古橋 未悠
【審査官】中村 大輔
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-162613(JP,A)
【文献】特開2019-007059(JP,A)
【文献】特開平11-092935(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F01D 25/00
F01D 9/02
C23C 14/06
C23C 16/27
C23C 26/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材上に、非晶質の炭素蒸着膜であって、10~40at%の水素、及び/または0を超えて、30at%以下の窒素を含む炭素蒸着膜を備え
前記炭素蒸着膜の表面部位において、炭素成分中のグラファイト量G(%)と、水素含有量H(at%)が、下記式(1)
H≧1.5118×G-40.603 (1)
で示される関係を満たす、蒸気タービン部材。
【請求項2】
前記炭素蒸着膜が、ラマンスペクトルのDバンドとGバンドの相対強度比(Id/Ig)が0~1.5の炭素蒸着膜である、請求項1に記載の蒸気タービン部材。
【請求項3】
前記炭素蒸着膜の厚さが、100nm~8μmである、請求項1または2に記載の蒸気タービン部材。
【請求項4】
前記炭素蒸着膜の最大高さ粗さRzが6.3μm以下である、請求項1~のいずれか1項に記載の蒸気タービン部材。
【請求項5】
前記炭素蒸着膜が、前記母材上に、中間層を介して設けられている、請求項1~のいずれか1項に記載の蒸気タービン部材。
【請求項6】
前記蒸気タービン部材が、第一段の静翼である、請求項1~のいずれか1項に記載の蒸気タービン部材。
【請求項7】
請求項1~のいずれか1項に記載の蒸気タービン部材を備える蒸気タービン。
【請求項8】
真空中で、高エネルギー熱源を炭素源に与える工程と、
前記工程により発生する炭素を含む物質を母材上に堆積させる工程と、
水素源及び/または窒素源を供給し、前記炭素とともに、水素及び/または窒素を母材上に堆積させる工程と
を含む、請求項1に記載の蒸気タービン部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蒸気タービン部材に関する。本発明は、特には、スケールの付着を抑制した蒸気タービンに関する。
【背景技術】
【0002】
地熱発電における蒸気タービンでは、発電のために、高温高圧の地熱蒸気の有する熱エネルギーを、タービン翼を介して回転力に変換する。この際に、エネルギーを奪われた蒸気はその温度と圧力が低下する。高温高圧の地熱蒸気の温度・圧力が低下する際に、蒸気中に溶解していたシリカやカルシウム、硫化鉄などが析出し、タービン翼の表面に堆積する。この堆積が進行すると地熱蒸気の流れる流路が閉塞する。これをスケーリングという。スケーリングは予期せぬ発電所停止の要因となり、地熱発電所の稼働率を下げ、地熱発電プラントの発電量を大きく低下させる。このことから、スケーリングは解決すべき課題とされている。
【0003】
スケールの堆積速度は、地熱蒸気のpHにより減少することが知られており、pHを5以下に低減することでスケーリングをある程度抑制することができる。これを実現する具体的な方法としては、硫酸や塩酸などを地熱流体に注入することが挙げられる。スケールの主な構成物質の一つであるシリカは、pH低下に伴い析出速度が低減できる。同様に、カルシウムは炭酸カルシウム等の形態で析出しているが、このカルシウム塩は、低pH下では溶解するため、カルシウムを含むスケールの低減も可能である。しかしながら、地熱蒸気のpHの低下はタービンを構成する鉄系材料にとっては腐食損傷のリスクを増大させるおそれがある。
【0004】
他には、タービン入り口側のノズル翼及びスロート幅を従来技術よりも大きく形成することで、翼表面にスケールが堆積しても出力低下への影響を抑える技術が知られている(特許文献1を参照)。
【0005】
カルボキシル基を有する有機材料を含んだ溶液を地熱蒸気中に噴霧することで、スケールの付着を抑制する技術が知られている(特許文献2を参照)。かかる技術においては、酸の注入がないため、耐食性に対する問題を解決している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2003-214113号公報
【文献】特開2017-160842号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、特許文献1の技術ではスケールの付着自体を根本的に抑制することはできなかった。また、特許文献2の技術では、蒸気中に溶液を噴霧することで、蒸気温度の低下や湿り度の上昇により、発電効率が低下する問題がある。また、有機材料を含む溶液を常に導入する必要があり、高コストになる問題がある。さらに、これらの有機材料の耐熱温度は200℃以下であり、220℃程度の高温となる地熱蒸気を使用する発電設備では、前述の有機材料が熱分解するおそれがあり、期待したスケールの付着抑制効果が得られない場合がある。
【0008】
上述した問題に対し、タービンを構成する部材を損傷するリスクや、運転条件の制約がなく、高温、高圧下におけるスケーリングを抑制することが可能な蒸気タービン部材、並びに当該部材を備える蒸気タービンが求められている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、一実施形態によれば、母材上に、非晶質の炭素蒸着膜を備える蒸気タービン部材に関する。
【0010】
前記蒸気タービン部材において、前記炭素蒸着膜が、ラマンスペクトルのDバンド(1360cm-1付近)とGバンド(1580cm-1付近)の相対強度比(Id/Ig)が0~1.5の炭素蒸着膜であることが好ましい。
【0011】
前記蒸気タービン部材において、前記炭素蒸着膜が、水素を0~40at%、及び/または窒素を0~30at%含むことが好ましい。
【0012】
前記蒸気タービン部材において、前記炭素蒸着膜の厚さが、100nm~8μmであることが好ましい。
【0013】
前記蒸気タービン部材の、前記炭素蒸着膜の表面部位において、炭素成分中のグラファイト量G(%)と、水素含有量H(at%)が、下記式(1)
H≧1.5118×G-40.603 (1)
で示される関係を満たすことが好ましい。
【0014】
前記蒸気タービン部材において、前記炭素蒸着膜の最大高さ粗さRzが6.3μm以下であることが好ましい。
【0015】
前記蒸気タービン部材において、前記炭素蒸着膜が、前記母材上に、中間層を介して設けられていることが好ましい。
【0016】
前記蒸気タービン部材が、第一段の静翼であることが好ましい。
【0017】
本発明は別の実施形態によれば、前述のいずれかに記載の蒸気タービン部材を備える蒸気タービンに関する。
【0018】
本発明はまた別の実施形態によれば、非晶質の炭素蒸着膜を母材上に備える蒸気タービン部材の製造方法であって、真空中で、高エネルギー熱源を炭素源に与える工程と、前記工程により発生する炭素を含む物質を母材上に堆積させる工程とを含む製造方法に関する。
【0019】
前記製造方法において、水素源及び/または窒素源を供給し、前記炭素とともに、水素及び/または窒素を母材上に堆積させる工程をさらに含むことが好ましい。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、スケールの付着量が、従来技術と比較して、例えば1/4以下、最小で1/50程度にもなる蒸気タービン部材、その製造方法、並びに当該蒸気タービン部材を備える蒸気タービンを得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1図1は、実施例1(i)~1(v)の炭素蒸着膜中の窒素濃度と、スケール付着量の関係を示すグラフである。
図2図2は、実施例2(i)~2(iii)の炭素蒸着膜中の水素濃度と、スケール付着量の関係を示すグラフである。
図3図3は、実施例3の炭素蒸着膜の表面部位におけるグラファイト含有量G(%)と水素含有量H(at%)をプロットし、かつ、低付着量を実現するGとHの関係式を示すグラフである。
図4図4は、従来技術による蒸気タービンの第一段静翼におけるスケーリング発生を示す概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下に、図面を参照して本発明の実施の形態を説明する。ただし、本発明は、以下に説明する実施の形態によって限定されるものではない。
【0023】
[第1実施形態:蒸気タービン部材]
本発明は、第1実施形態によれば、母材上に、非晶質構造の炭素蒸着膜を備える蒸気タービン部材に関する。
【0024】
本発明において、蒸気タービン部材とは、蒸気タービン静翼、蒸気タービン動翼、蒸気タービンロータ、軸受け部、ケーシング、ケーシングのシール部(シールフィン)、蒸気漏れ防止のためのシール部、主蒸気弁、蒸気および熱水輸送管、汽水分離機、復水器、蒸発器および凝縮器の熱交換器を含むがこれらには限定されない、蒸気タービンを構成する各種部材をいうものとする。特には、地熱蒸気に接触し、カルシウムやシリカに起因するスケーリングが問題となりうる地熱用の蒸気タービン部材をいうが、特には限定されない。
【0025】
蒸気タービン部材を構成する母材は、一般的には金属であってよく、耐腐食性、耐熱性、耐摩耗性に優れ、通常蒸気タービンにおいて使用されるステンレスなどの母材であってよい。母材は、上記に例示した部材の種類並びに蒸気タービン中の配置によって異なるが、炭素鋼、低合金鋼、マルテンサイト系ステンレス鋼、オーステナイト系ステンレス鋼、フェライト径ステンレス鋼などが挙げられる。また、例えば、蒸気タービン静翼の母材としては、13%Cr鋼などが挙げられ、シールフィンの母材としては、SUS410などの17%Cr鋼が挙げられるが、これらには限定されない。母材は、炭素蒸着膜を形成する部位に相当する表面が鏡面研磨された母材であることが好ましい。
【0026】
炭素蒸着膜は、蒸気タービン部材の母材上の全面に設けられてもよく、母材上の一部に設けられてもよい。典型的には、母材上のスケールが付着しやすい部位に、部分的に設けることができる。母材上のスケールが付着しやすい部位は、部材によっても異なるが、当該分野において一般的に知られている。例えば、蒸気タービン部材が、蒸気タービン静翼、特には第一段の静翼である場合には、プロフィルの背側の頂部から縁部が母材上のスケールが付着しやすい部位であり、少なくともこの部位に炭素蒸着膜を設けることが好ましい。あるいは、蒸気タービン部材がシールフィンである場合には、シールフィンの表面が、スケールが付着しやすい部位である。
【0027】
スケールの付着抑制が特に望まれる蒸気タービン部材の一例として、第一段の静翼について、図面を参照してさらに説明する。図4は、従来技術による蒸気タービンの第一段静翼におけるスケーリングを示す概念図である。第一段静翼101a、101bは、蒸気タービンにおいて、約七段~十数段程度存在する静翼のうち、地熱蒸気100の導入口に最も近い部位にてケーシング(図示せず)に固定され、翼列を形成している。また、静翼に近接して、動翼102が設けられている。地熱蒸気100は図4に矢印で示す向きに第一段静翼101a、101bに衝突した後、隣り合う静翼101aと101bの間を流れる。その際、地熱蒸気の流速が最も小さくなる翼面表面、プロフィルの頂部から縁部において、地熱蒸気に溶解しているシリカやカルシウムが付着してスケールSとして析出する。一方、静翼101aと101bに対し、地熱蒸気の進行方向下流側に位置する動翼102では、第一段静翼101a、101bと比較してスケーリングは生じにくい。第一段静翼101a、101bに付着したスケールSは、蒸気の流路を閉塞し、運転停止の原因となりうる。本発明においては、図4に示すスケールSに対応する部位に炭素蒸着膜を設けることで、スケーリングを効果的に防止することができる。
【0028】
次に、非晶質の炭素蒸着膜について詳細に説明する。非晶質の炭素蒸着膜は、非晶質の炭素を主成分とし、蒸着法により製造された膜である。本発明において、炭素を主成分とするとは、炭素を総質量の50%以上含むことをいう。非晶質の炭素蒸着膜は、典型的にはダイヤモンドライクカーボン(DLC)膜であってよく、化学蒸着膜であっても、物理蒸着膜であってもよい。そして、非晶質の炭素蒸着膜は、ラマンスペクトルのDバンド(1360cm-1付近)とGバンド(1580cm-1付近)の相対強度比(Id/Ig)が、0~1.5であることが好ましく、0.3~1.0程度であることがより好ましい。特に、炭素蒸着膜が化学蒸着膜である場合の好ましいId/Igは、例えば、0.0~1.0であり、炭素蒸着膜が物理蒸着膜である場合の好ましいId/Igは、例えば、0.0~1.2である。Id/Igは、非晶質構造の炭素蒸着膜のうち、Sp2構造とSp3構造の比率と相関するとされる。本発明においては、Id/Igが上記値にあることで、スケーリングの防止に特に有効である。
【0029】
炭素蒸着膜は、実質的に炭素のみから構成された蒸着膜であってもよい。この場合も、製造上、混入することが不可避の元素が含まれる場合がある。炭素のみから構成された蒸着膜は、このような膜を設けない母材と比較して有意にスケーリングを抑制し、高硬度であり耐摩耗性が高いといった利点がある。
【0030】
炭素蒸着膜は水素及び/または窒素を含む蒸着膜であってもよい。炭素蒸着膜中の水素の含有量は、0を超えて40at%(原子%)以下程度であることが好ましく、10at%以上であって40at%以下程度とすることがより好ましい。炭素蒸着膜がこのような範囲で水素を含むことにより、スケール付着を効果的に防止することができる。炭素蒸着膜中の窒素の含有量は、0を超えて30at%以下程度であることが好ましく、0を超えて16at%以下程度であることがより好ましい。炭素蒸着膜がこのような範囲で窒素を含むことにより、スケール付着を効果的に防止することができる。炭素蒸着膜には、水素と窒素の両方が含まれていてもよい。この場合、水素と窒素の総含有量は、40~60at%程度であってよいが、特には限定されない。
【0031】
なお、水素及び/または窒素を含む場合も含まない場合も、本発明に係る炭素蒸着膜には、製法に起因して微量の酸素が含まれる場合もある。また、後述する中間層に由来して、炭素蒸着膜にはシリコン(Si)等の非金属元素が含まれる場合があってもよい。
【0032】
非晶質の炭素蒸着膜の厚さは、部材全体において均一であってもよく、部位により異なってもよい。また炭素蒸着膜の厚さは特には限定されないが、100nm~8μmであることが好ましく、1~6μmであることがより好ましい。
【0033】
非晶質の炭素蒸着膜の表面は比較的平滑であるため、炭素蒸着膜の表面粗さは、炭素蒸着膜を形成する母材の粗さによっても異なる。よって、母材の材料選定や表面研磨の程度により所望の表面粗さを達成することができる。ある実施形態において、炭素蒸着膜の表面粗さは、その最大高さ粗さRzが6.3μm以下であることが好ましい。最大高さ粗さRzは、触針式表面粗さ測定装置を用いて測定した値をいうものとする。
【0034】
非晶質の炭素蒸着膜は、その表面部位において、炭素成分中のグラファイト量G(%)と、水素含有量H(at%)が、下記式(1)で示される関係を満たすことが好ましい。
H≧1.5118×G-40.603 (1)
ただし、0≦H≦60であり、0<Gである。炭素蒸着膜中の水素含有量Hが60at%を超えると、ダイヤモンドライクカーボンではなく、プラスチックの特性を示すため、Hは60at%以下であることが好ましい。
【0035】
ここで、炭素蒸着膜の表面部位とは、炭素蒸着膜の最表面から約2nm以内の部位をいうものとする。炭素成分中のグラファイト量G(%)とは、炭素蒸着膜の表面部位を構成する炭素成分の総原子数に対する、グラファイト原子数のパーセンテージをいう。より詳細には、炭素蒸着膜の表面部位を構成する炭素成分に含まれるダイヤモンドと、グラファイトとの総原子数(総質量)に対する、グラファイト原子数(質量)のパーセンテージをいう。表面部位におけるグラファイト量G(%)は、X線吸収微細構造(X-ray absorption fine structure:XAFS)分析により得ることができる。一方、水素含有量H(at%)とは、炭素蒸着膜の表面部位を構成する総原子数に対する、水素原子数のパーセンテージをいうものとする。表面部位における水素含有量H(at%)は、XAFS分析及び/または弾性反跳検出(Elastic Recoil Detection Analysis:ERDA)により得ることができる。
【0036】
上記式について、図3を参照してより詳細に説明する。図3は、Gを横軸、Hを縦軸として、後述する実施例の炭素蒸着膜の表面部位における組成をプロットしたものであり、グラフ中、破線で示される直線は、H=1.5118×G-40.603(0≦H≦60)を示す。炭素蒸着膜の表面部位において、G及びHが、0<G、0≦H≦60であって、かつ破線上、または破線の左側領域に存在する関係を満たすと、スケール付着量を非常に少なく抑えることができる。より具体的には、当該炭素蒸着膜は、炭素蒸着膜を設けない蒸気タービン部材と比較して、スケール付着量を1/20以下程度とすることができる。ある態様においては、例えば、製造管理などの観点から、表面部位におけるHが、10~60at%、好ましくは20~50at%の範囲で、かつ、当該範囲内のHに対して式(1)を満たすG(%)となる表面部位の組成とすることが好ましい。
【0037】
炭素蒸着膜は、H及びGが式(1)の関係を満たしていれば、表面部位において、さらに窒素を含んでいてもよく、酸素やケイ素などの微量成分を含んでいてもよい。炭素蒸着膜に窒素を含めることで、表面部位におけるグラファイト量を調節し、特にはグラファイト量を低減して、スケールの付着量を大幅に低減可能な蒸気タービン部材を得ることができる。
【0038】
非晶質の炭素蒸着膜は、母材表面に接して形成されていてもよく、母材表面に設けた中間層を介して形成されていてもよい。中間層は、母材と炭素蒸着膜との密着性を向上させる物質であってよく、セラミックスや金属を含む層であってよい。例えば、一窒化クロム(CrN)などの金属窒化物や二酸化チタン(TiO)などの金属酸化物を含む金属化合物、窒化ケイ素(SiC)などのケイ素化合物、シリコン単体であってよいが、それらには限定されない。中間層は、一種の化合物からなる一層であってもよく、異なる化合物からなる二層以上であってもよい。また、中間層の厚さは、特には限定されず、当業者が適宜決定することができる。
【0039】
このような炭素蒸着膜を備える蒸気タービン部材は、ほかの部材とともに蒸気タービンを構成し、発電設備、特には地熱発電設備において用いられる。蒸気タービンは、一例として、基台上に固定された軸受部と、軸受部によって回転自在に支持された蒸気タービンロータと、この蒸気タービンロータを覆うケーシングとを備えるものであってよい。ケーシングの外周面には地熱蒸気井から蒸気が供給される蒸気入口及び蒸気出口が設けられ、蒸気タービンロータには、ケーシング内において、蒸気入口及び蒸気出口間に複数の動翼が軸方向に所定間隔を保って固定配置され、これらの動翼に対応する静翼がケーシングに固定され、これら静翼と動翼とが軸方向で交互に配置された構成とすることができる。また、ケーシング及びロータは、それぞれ動翼及び静翼の先端に対向して軸方向に配列したシールフィンを備えていてもよい。ケーシングの蒸気出口に接続される復水器は冷却水を噴霧するノズルを備え、タービンで使用後の蒸気を冷却、凝縮する。地熱バイナリ発電システムにおいては、凝縮器において熱交換器を備え、タービンで使用後の動作媒体と冷却、凝縮する。このような蒸気タービンを構成する部材の1または2以上に、本発明に係る炭素蒸着膜を備える部材を用いることができ、これにより、スケーリングによる運転停止および発電効率低下を防止することができる。
【0040】
次に、本発明に係る蒸気タービン部材を、製造方法の観点から説明する。本発明に係る非晶質の炭素蒸着膜を母材上に備える蒸気タービン部材の製造方法は以下の工程を含む。
(1)真空中で、炭素源に高エネルギー熱源を与える工程と、
(2)前記工程により発生する炭素を含む物質を母材上に堆積させ、非晶質の炭素蒸着膜を形成する工程。
【0041】
蒸気タービン部材の製造方法は、母材上に乾式めっき法により炭素蒸着膜を形成することにより実施することができ、上記工程1、工程2を含みうる。このような方法としては、炭化水素ガスを炭素源とする化学蒸着法(CVD)や、固体状炭素を炭素源とする物理蒸着法(PVD)があり、いずれの方法でも本発明に係る蒸気タービン部材を製造することができる。化学蒸着法としては、例えば、プラズマCVDが挙げられ、物理蒸着法としては、例えば、蒸着法、イオンプレーティング、スパッタリングが挙げられるが、これらには限定されない。
【0042】
製造方法の実施にあたって、所定の部材の形状に加工した母材を準備する。母材金属の種類については、先に説明したとおりである。上記工程1、工程2を実施する前に、母材の炭素蒸着膜を設ける部位となる表面を鏡面研磨する工程を含んでもよい。あるいは、母材の炭素蒸着膜を設ける部位となる表面に、中間層を設ける工程を含むことができる。中間層の形成は、炭素蒸着膜の形成と同様に化学蒸着法や物理蒸着法により実施することができる。また、上記工程1、工程2に加えて、水素源及び/または窒素源を供給し、前記炭素とともに、水素及び/または窒素を母材上に堆積させる工程を備えていてもよい。
【0043】
製造方法の第1態様として、化学蒸着法、特にはDCパルスプラズマCVD法による製造方法を説明する。プラズマCVD法は、主として真空チャンバ内に、炭素源となる炭化水素ガスを導入する手段と、被成膜部材へのDCパルスバイアス印可手段と、母材を支持する手段とを備える装置により実施することができる。炭化水素ガスとしては、メタン、エタン、アセチレン等を使用することができ、このような炭化水素ガスは当業者が目的に適合するように選択することができる。
【0044】
DCパルスプラズマCVD法においては、第1工程では、接地された成膜容器に対して負電位のDCパルスバイアスをタービン材に印可することで、母材の周囲にプラズマを発生させ、プラズマ発生域に炭化水素ガス、例えば、メタンを導入する。これによりメタンがプラズマにより分解され、母材に水素を含む炭素蒸着膜が形成され、第2工程を実施することができる。この成膜の際に、母材に印加する負電圧を制御することで、分解されたメタンの衝突エネルギーを変化させ、メタンの分解度を制御して、炭素蒸着膜中の水素含有量を制御することができる。炭素蒸着膜中の所定の水素含有量を達成する具体的な条件は、事前実験等に基づき、当業者が適宜決定することができる。プラズマCVD法においては、炭素源と水素源を同時に供給し、水素を含む炭素蒸着膜を製造することが可能である。なお、化学蒸着法はプラズマCVD法には限定されず、ほかの化学蒸着法を用いた場合にも同様に、炭素の化学蒸着膜を製造することができる。
【0045】
プラズマCVD法をはじめとする化学蒸着法は、特には、水素を含有させた炭素蒸着膜の製造に有利である。また、炭化水素ガスを炭素源とするため、第2工程において堆積させる炭素を含む物質が母材表面の各部位に回り込みやすく、母材の任意の部位への膜形成が容易である利点がある。
【0046】
次に、製造方法の第2態様として、物理蒸着法が挙げられる。物理蒸着法は、主として真空チャンバ内に、固体状炭素などのターゲットと、高エネルギー熱源の発生手段と、母材を支持する手段とを備える装置により実施することができる。物理蒸着法の一例であるアークイオンプレーティング法においては、第1工程で、炭素源となるターゲットをカソード(陰極)としアノード(陽極)との間で真空アーク放電を発生させてターゲット表面から炭素粒子を蒸発させる。この炭素粒子を、プラズマ中を通過させて正電荷を与え、第2工程では、負のバイアス電圧を印加した母材上に正電荷を与えた炭素粒子を堆積させることにより炭素蒸着膜を形成することができる。また、母材に対して粒子を堆積させるのと同時に窒素イオンビームを導入することで窒素を含有した炭素の物理蒸着膜を形成することができる。この際に導入する窒素ガスの量を変化させることで、炭素蒸着膜中の窒素含有量を制御することができる。窒素ガスに代えて水素ガスを用いることで、同様にして水素を含有した炭素の物理蒸着膜を形成することもできる。なお、物理蒸着法はアークイオンプレーティング法には限定されず、ほかの物理蒸着法を用いた場合にも同様に、炭素の物理蒸着膜を製造することができる。物理蒸着法では、母材の形状や仕様によっては、炭化水素ガスと比較しての所望の部位に届きにくい炭素粒子を堆積させる目的で、母材を移動可能に支持する手段を備えることが好ましい。
【0047】
物理蒸着法は、特には、窒素を含有させた炭素蒸着膜の製造に有利であり、窒素と水素の両方を含有させた炭素蒸着膜の製造においても用いられる。この場合、水素源としては水素ガスを用い、窒素ガスと水素ガスの両者を真空チャンバに導入することにより製造することができる。物理蒸着法の利点としては他に、所望の組成をもつ炭素蒸着膜を製造可能であることが挙げられる。
【0048】
表面部位の組成は、プラズマCVD法において、原料ガスとして用いられうるメタンが、プラズマに分解され、ラジカル化したものの積層物である。したがって、炭素蒸着膜全体の水素含有量と、表面部位の組成との間には相関はない。式(1)を満たす組成とするためには、プラズマCVD法により成膜を行い、原料ガスとしてメタンを用いることが好ましい。プラズマの印可条件を変化させることで、式(1)を満たす水素含有量H(at%)、及び表面部位における炭素成分中のグラファイト量G(%)を調節することができる。
【0049】
上記のようにして製造される、炭素蒸着膜が所望の部位に形成された母材から構成される蒸気タービン部材は、ほかのタービン部材とさらに組み合わせて、蒸気タービンを製造することができる。
【0050】
また、本実施形態に係る蒸気タービン部材の製造方法には、蒸気タービン部材を新たに製造する際の製造に加えて、蒸気タービン部材を修復する方法も含むものとする。この場合、必要に応じて、母材の一部の表面に研磨処理等を行った上で、本実施形態の製造方法同様に、必要な個所に対して、炭素蒸着膜を形成して蒸気タービン部材を修復し、製造することができる。
【実施例
【0051】
以下、本発明を、実施例を参照してより詳細に説明する。しかしながら、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0052】
[実施例1]
物理蒸着法により、母材上に非晶質の炭素物理蒸着膜を形成し、その特性を評価した。母材としては、φ22.5mm、h4mmのマルテンサイト系ステンレス(SUS420J1)から構成されたタービン母材を用いた。本実施例においては、中間層は設けず、母材表面を鏡面研磨して、母材上に直接、炭素蒸着膜(DLC)を形成した。
【0053】
成膜装置は、フィルタードアークでポジション法を用いた。カソードにターゲットであるグラファイトを設置し、カソードで放電現象を起こしてグラファイトを蒸発イオン化させ磁界でそのイオンを被成膜材まで輸送することでDLCを成膜する手法である。具体的な装置構成としてはT-FAD(例えば、J. Vac. Soc. Jpn. Vol. 51, No.1, Pages 20-25, 2008を参照)を用いた。成膜条件は、背圧4×10-3Pa、アーク電流50A、バイアス-30Vとした。成膜前には、アルゴンスパッタにより被成膜材であるタービン母材に対し、10minのクリーニングを行った。この成膜チャンバにNガスをイオンビームとして導入した。窒素ガスの導入量を、0、5、10、15、20sccmとすることで窒素含有量の異なるDLCを成膜した。
【0054】
上記方法により、窒素含有量が0%(実施例1(i))、5at%(実施例1(ii))、12at%(実施例1(iii))、16at%(実施例1(iv))、20at%(実施例1(v))の炭素蒸着膜を200~300μmの厚さで母材上に設けた蒸気タービン部材のサンプルを作製した。また、炭素蒸着膜を設けない母材のサンプル(比較例)も準備した。
【0055】
実施例1(i)、1(v)のサンプルについて、ラマン分光装置用いて532nmのレーザー光に対するラマン散乱光スペクトルを計測し,スペクトルフィッティングを行って炭素蒸着膜のId/Igを得た。その結果、Id/Igは、実施例1(i)では約0.3、実施例1(ii)では約0.4、実施例1(iii)では約0.6、実施例1(iv)では約0.9、実施例1(v)では約1.0であった。また、これらの炭素蒸着膜表面の最大高さ粗さRzは、いずれも6.3μm未満であった。
【0056】
スケールの付着抑制効果の検証のため、スケールの中でも最も問題となるシリカを評価対象として、実施例1(i)~1(v)、並びに比較例のサンプルの付着試験を行った。地熱蒸気を模擬して、地熱蒸気に含まれるNaClを含んだ溶液にシリカ析出の元となるケイ酸を過飽和に溶解させた。この溶液をシリカが析出しやすいpHとなるように塩酸を用いてpHを調整した。具体的な試験溶液の組成は、200mmol/l NaCl、40mmol/l NaSiO、HClを用いてpHを8.5に調整した。この溶液中に実施例1(i)~1(v)、並びに比較例のサンプルを浸漬し、50℃で3日間保温した。浸漬処理によりシリカがゲル状に析出した。次いで、試験溶液からゲル状のシリカを除去し、残った溶液中にて、50℃で1週間保温、乾燥させた。この保温乾燥処理によりタービン材サンプル表面にシリカが付着した。次に、強固に付着したシリカを評価するため、流水にてタービン材サンプルの表面を洗浄し、残存したシリカの量をエネルギー分散型X線分析法(EDX)によって評価した。シリカの付着量は、シリカの構成元素であるシリコン(Si)の検出強度から算出し、Si増加量Δwt%は、シリカ付着試験前後のSi検出量の差から算出した。
【0057】
図1は、実施例1(i)~1(v)の炭素蒸着膜中の窒素濃度と、スケール付着量(EDX測定によるSi増加量)の関係を示すグラフである。グラフには、炭素蒸着膜を形成しなかった比較例のサンプルにおけるSi増加量についても、「タービン材」として示した。図1の結果から、実施例1(i)~1(v)のすべてのサンプルにおいて、比較例のサンプルよりも大幅にシリカの付着量を抑制することができた。また、窒素を炭素蒸着膜中に含有させることで、シリカの付着量をさらに低減させることができた。
【0058】
また、これらのサンプルについて、保温乾燥処理後、並びに流水洗浄後に写真を撮影して外観を比較した(写真は図示せず)。その結果、未成膜のサンプルでは、全面的にシリカの付着、被覆が見られたが、DLCの成膜されたサンプルでは、局部的なシリカの付着がみられるのみであった。また、窒素含有量の多いDLCにおいては、窒素含有量の少ないDLCと比較してシリカの付着量が低減していることを確認した。特に窒素含有量15at%のDLCにおいて、もっともシリカの付着量が低減した。更にDLC上ではシリカが付着している場合でも、SEM観察によりシリカの割れや剥離等がみられ、非常に付着力が弱い状況が確認された。一方、未成膜のサンプルにおいてはシリカが厚く堆積しており、また、付着したシリカの割れや剥離等は見られなかった。
【0059】
[実施例2]
プラズマCVDにより、母材上に非晶質の炭素の化学蒸着膜を形成し、その特性を評価した。母材は実施例1と同様のものを用い、実施例1と同様に表面を鏡面研磨して、中間層を設けずに炭素蒸着膜の形成を行った。
【0060】
成膜装置は、DCパルスプラズマCVD法を用いた(例えば、プラズマ・イオンプロセスによる薄膜の製造とトライボロジー 精密工学会誌 2017年83巻4号p.319-324を参照)。DCパルスを用いて被成膜材の周囲にArプラズマを発生させ、ここに炭素源としてはメタンガスを導入するとメタンガスがプラズマにより分解され、被成膜材にDLCとして成膜することができる。成膜条件は、チャンバ圧力40Paとし、成膜前にはアルゴンスパッタにより、被成膜材であるタービン母材のクリーニングを行った。DLCと被成膜材の間に中間層を設けるため、Arを6sccm、CHを30sccm、TMS(テトラメチルシラン)を2sccm導入し、-600Vのバイアスを印加、成膜時間2minとすることで、シリコンリッチな中間層を設けたのち、Arを12sccm、CHを60sccm導入し、被成膜材バイアス-400、-500、-700Vと変化させることで、水素含有量の異なるDLCを成膜した。
【0061】
上記方法により、水素含有量が25at%(実施例2(i))、32at%(実施例2(ii))、40at%(実施例2(iii))の炭素蒸着膜を母材上に設けた蒸気タービン部材のサンプルを作製した。また、炭素蒸着膜を設けない母材のサンプル(比較例)は、実施例1において説明したのと同様とした。
【0062】
実施例2のサンプルについて、炭素蒸着膜のId/Igをラマン分光装置により測定した。その結果、Id/Igは、実施例2(i)では約0.54、実施例2(ii)では約0.42、実施例2(iii)では約0.28であった。また、これらの炭素蒸着膜表面の最大高さ粗さRzは、いずれも6.3μm未満であった。
【0063】
スケールの付着抑制効果の検証は、実施例1と同様にして行った。実施例2においては、シリカの付着量は、シリカの構成元素である酸素(O)の検出強度から算出し、O増加量Δwt%は、シリカ付着前後のO検出量の差から算出した。
【0064】
図2は、実施例2(i)~2(iii)の炭素蒸着膜中の水素濃度と、スケール付着量(EDX測定によるO増加量)の関係を示すグラフである。グラフには、炭素蒸着膜を形成しなかった比較例のサンプルにおけるO増加量についても、「タービン材」として示した。図2の結果から、実施例2(i)~2(iii)のすべてのサンプルにおいて、比較例のサンプルよりも大幅にシリカの付着量を抑制することができた。また、水素を炭素蒸着膜中に含有させることで、シリカの付着量をさらに低減させることができた。
【0065】
[実施例3]
実施例1と同様にして窒素含有炭素蒸着膜を、実施例2と同様にして水素含有炭素蒸着膜を母材上に設けた蒸気タービン部材のサンプルを作製した。窒素含有炭素蒸着膜は、炭素蒸着膜全体に占める窒素含有量が30.8at%(実施例3(i))、32.0at%(実施例3(ii))、34.8at%(実施例3(iii))となるように製造した。また、水素含有炭素蒸着膜は、炭素蒸着膜全体に占める水素含有量が81.3at%(実施例3(iv))、77.7at%(実施例3(v))、77.7at%(実施例3(vi))となるように製造した。
【0066】
実施例1、2と同様にして、実施例3の各サンプルについて、スケールの付着抑制効果の検証を行った。また、スケール付着実験前に、実施例3(i)~3(vi)の炭素蒸着膜の表面部位(表面から2nm以内の部位)の組成を測定した。表面部位におけるグラファイト量G(%)は、XAFS分析により分析した。水素含有量H(at%)は、ERDA分析により測定した。窒素含有量は、X線光電分光法により分析した。図3は、実施例3(i)~3(vi)の炭素蒸着膜中の表面部位におけるHとGの関係をプロットしたグラフである。実施例3の各サンプルの表面部位の組成、及びシリカ付着量を下記表1に示す。シリカ付着量は、炭素蒸着膜を形成しない従来のタービン材を1とした場合の値である。
【0067】
【表1】

【0068】
スケーリングの激しい地熱発電プラントでは、従来、運転の開始後、約1年程度でスケーリングに起因して蒸気タービンが停止することがあった。一方、本来は4年以上停止せずに運転したい要求がある。また、蒸気タービンの設計寿命は20年であり、20年間スケーリングが抑制できることが最も望ましい。よって、スケールの付着低減効果としては、現状の1/4以下であることが望ましく、1/20以下であることが最も望ましい。これに対し、実施例1においては、窒素含有量が0~20at%の炭素蒸着膜を形成したタービン材においては、図1から、炭素蒸着膜を形成しない従来のタービン材と比較して、シリカ付着量を1/4以下とすることができた。また、特に効果の高かった窒素含有量16at%の炭素蒸着膜を形成したタービン材においては、シリカ付着量を1/20以下とできることが確認された。また、実施例2における、水素含有量が40at%の炭素蒸着膜を形成したタービン材は、シリカ付着量を1/4以下とすることができた。さらに、実施例3において実証した、グラファイト含有量G(%)と水素含有量H(at%)の関係式を満たす表面部位の組成とすることで、シリカ付着量を最大で1/40以下とすることができた。
【0069】
本実施例により、発電効率の低下やコスト上昇要因となる溶液の噴霧なく、スケールの付着が抑制された蒸気タービン部材の製造が実現可能であることを確認した。
【符号の説明】
【0070】
101a、b 第一段静翼、 102 動翼
100 地熱蒸気、 S スケール
図1
図2
図3
図4