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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-17
(45)【発行日】2024-01-25
(54)【発明の名称】細胞の輸送方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/04 20060101AFI20240118BHJP
   C12N 5/071 20100101ALI20240118BHJP
   C12M 1/26 20060101ALI20240118BHJP
【FI】
C12N1/04
C12N5/071
C12M1/26
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2019210675
(22)【出願日】2019-11-21
(65)【公開番号】P2021078460
(43)【公開日】2021-05-27
【審査請求日】2022-08-05
(73)【特許権者】
【識別番号】000004628
【氏名又は名称】株式会社日本触媒
(74)【代理人】
【識別番号】100077012
【弁理士】
【氏名又は名称】岩谷 龍
(72)【発明者】
【氏名】牧野 朋未
(72)【発明者】
【氏名】島 史明
【審査官】北田 祐介
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/163043(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00-1/38,5/00-5/28
C12M 1/00-3/10
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリイミド樹脂を含む細胞保持面を有する基材に細胞を保持させて輸送する、細胞の輸送方法であり、
細胞保持面が、含フッ素ポリイミド樹脂を含む細胞接着性部位を有し、
細胞接着性部位の静的水接触角が70°以上であり、
輸送時間が5分以上であり、
ポリイミド樹脂を含む細胞保持面を有する基材を梱包して輸送する、方法。
【請求項2】
輸送距離が5m以上である請求項1記載の方法。
【請求項3】
輸送時間が30分以上であり、輸送距離が10m以上である、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
基材に保持させる細胞が、基材の細胞接着性部位で培養された細胞である、請求項1~3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
基材の細胞接着性部位が壁部によって区画分けされ、該壁部が細胞非接着性部位を有する、請求項1~4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
基材が、開口部の口径が直径1000μm以下の凹部を複数有し、該凹部の内側面が細胞非接着性部位を有し、かつ、該凹部の底面がポリイミド樹脂を含む細胞接着性部位を有する基材である、請求項1~5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
細胞がスフェロイドを形成したまま輸送される、請求項1~6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
細胞の培養環境を維持したまま輸送される、請求項1~7のいずれかに記載の方法。
【請求項9】
27~37℃の温度で輸送される、請求項1~8のいずれかに記載の方法。
【請求項10】
口径が直径3mm以下の送液口部から、及び/又は、流速100cm/s以上で、送液用液を送液する工程を含む脱泡工程、及び/又は、基材に、口径が直径3mm以下の送液口部から、及び/又は、流速100cm/s以上で、送液用液を送液する工程を含む回収工程を含む、請求項1~9のいずれかに記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な細胞の輸送方法、細胞の輸送容器等に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞培養においては、より生体組織を模倣できる等の観点から、近年、培養細胞を三次元的に培養する技術が注目されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、細胞保持キャビティを複数有するマイクロチップにおいて、該キャビティの底面が細胞接着性を示す接着性領域と、当該接着性領域を囲み、細胞非接着性を示す非接着性領域とを含むことで、均一な形状及びサイズの細胞組織体を形成できると記載されている。また、特許文献2においては、貫通孔を有する多孔質フィルム上にて細胞を培養する方法が開示されており、該多孔質フィルム表面が細胞接着性領域と細胞非接着性領域により構成され、新鮮な培養液の供給や老廃物の排出をスムーズに行いながら効率的に三次元組織体を培養する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2006-121991号公報
【文献】特開2008-199962号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、新規な細胞の輸送方法を提供することにある。
【0006】
本発明の他の目的は、細胞の崩壊を抑制して輸送しうる細胞の輸送方法を提供することにある。
【0007】
本発明の他の目的は、細胞の凝集を抑制して輸送しうる細胞の輸送方法を提供することにある。
【0008】
本発明の他の目的は、細胞の機能低下を抑制して輸送しうる細胞の輸送方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
培養によって得られた細胞は、細胞培養用容器から取り出すと傷等が生じうることから、取り出さずに輸送することが理想的と考えられる。しかしながら、実際には、細胞を培養後の容器に入れたまま輸送すると、細胞が、容器から流出したり、容器の内面に衝突したりすること等から、現実的にはそのような方法は考えられず、通常は、細胞を、細胞培養用容器から取り出し、輸送用の容器に入れて輸送していた。
【0010】
このような中、本発明者らは、細胞を細胞培養用容器に接着させて輸送することに着想した。
しかしながら、細胞培養用容器に、細胞を接着させて培養しても、培養によって得られた細胞を当該容器に入れたまま輸送を行うと、細胞が一部崩壊したり、細胞が凝集して巨大化すること等から、細胞を細胞培養用容器に接着させて輸送することは困難であった。
【0011】
このような中、本発明者らは、ポリイミド樹脂を含む細胞保持面を有する基材に、細胞を保持(又は接触又は接着)させて輸送を行うと、驚くべきことに、細胞と基材との適度な接着性のためか、細胞の崩壊や凝集を抑制しうることを見出した。
また、当該基材の細胞保持面で培養して得られた細胞を、基材に保持したまま輸送を行っても、細胞の崩壊や凝集を抑制しうることを見出した。
【0012】
本発明者らは、上記以外にも種々の新知見を得て、さらに鋭意検討を重ねて本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち、本発明は、以下の発明等に関する。
[1]
ポリイミド樹脂を含む細胞保持面を有する基材に細胞を保持させて輸送する、細胞の輸送方法。
[2]
細胞保持面が細胞接着性部位を有し、細胞接着性部位の静的水接触角が70°以上である前記[1]記載の方法。
[3]
ポリイミド樹脂が含フッ素ポリイミド樹脂である、前記[1]又は[2]記載の方法。
[4]
基材に保持させる細胞が、基材の細胞接着性部位で培養された細胞である、前記[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[5]
基材の細胞接着性部位が壁部によって区画分けされ、該壁部が細胞非接着性部位を有する、前記[1]~[4]のいずれかに記載の方法。
[6]
基材が、開口部の口径が直径1000μm以下の凹部を複数有し、該凹部の内側面が細胞非接着性部位を有し、かつ、該凹部の底面がポリイミド樹脂を含む細胞接着性部位を有する基材である、前記[1]~[5]のいずれかに記載の方法。
[7]
細胞がスフェロイドを形成したまま輸送される、前記[1]~[6]のいずれかに記載の方法。
[8]
細胞の培養環境を維持したまま輸送される、前記[1]~[7]のいずれかに記載の方法。
[9]
27~37℃の温度で輸送される、前記[1]~[8]のいずれかに記載の方法。
[10]
口径が直径3mm以下の送液口部から、及び/又は、流速100cm/s以上で、送液用液を送液する工程を含む脱泡工程、及び/又は、基材に、口径が直径3mm以下の送液口部から、及び/又は、流速100cm/s以上で、送液用液を送液する工程を含む回収工程を含む、前記[1]~[9]のいずれかに記載の方法。
[11]
ポリイミド樹脂を含む細胞保持面を有する基材を少なくとも備えた、細胞の輸送容器。
【発明の効果】
【0014】
本発明では、新規な細胞の輸送方法を提供できる。
【0015】
また、本発明の輸送方法によれば、細胞を、輸送による崩壊(又は、傷の発生)や凝集を抑制して輸送しうる。特に、細胞凝集塊(スフェロイド)も、スフェロイドを形成したまま輸送しうる。本発明の輸送方法によれば、輸送による細胞の崩壊や凝集を抑制しうるため、細胞がバラバラになって死細胞となること、細胞を目的用途へ使用できなくなること、細胞の巨大化によって細胞の中心部に酸素や栄養が到達せず壊死すること、細胞の機能低下等を抑制しうる。
【0016】
また、本発明の輸送方法によれば、培養後の細胞が保持された基材をそのまま輸送できるため、細胞の培養環境(例えば、温度、CO濃度、培地のpH等)を維持したまま(又は、大きく変化させることなく)、細胞を輸送しうる。そのため、本発明の輸送方法によれば、輸送による細胞の機能低下を抑制しうる。
また、本発明では、ポリイミド樹脂を含む細胞保持面を有する基材に細胞を保持させて輸送することにより、細胞の因子が発現し、細胞の生存や機能を維持するシグナルが細胞に入ると想定される。また、このようにシグナルが入ることに関連してか、本発明は輸送においても有用であると推定される。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1図1は、本発明で使用される基材の一態様について、断面構造を模式的に示した図である。
図2図2は、本発明で使用される基材の一態様について、断面構造を模式的に示した図である。
図3図3は、本発明で使用される基材の一態様について、断面構造を模式的に示した図である。
図4図4は、本発明で使用される基材の一態様について、微細パターンの一例を模式的に示した図である。
図5図5は、実施例1における輸送前後の培養用容器の顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の細胞の輸送方法は、後述する特定の基材に、細胞を保持させて輸送する方法である。
【0019】
<基材>
基材は、細胞保持面(又は細胞保持部、すなわち、細胞が保持される面、又は、細胞が保持される側の面)を有する。そして、本発明では、この細胞保持面に、ポリイミド樹脂を含む基材を用いることを特徴としている。
【0020】
基材は、細胞を保持(又は接着、さらには輸送)するため、通常、少なくとも細胞接着性部位を有する。このような細胞接着性部位と、ポリイミド樹脂との関係(位置関係)は限定されるものではないが、代表的には、細胞接着性部位が、ポリイミド樹脂を含む[又はポリイミド樹脂で形成(構成)]されている場合が多い。
【0021】
すなわち、代表的な基材には、細胞保持面に、ポリイミド樹脂を含む細胞接着性部位を有する基材が含まれる。
【0022】
細胞保持面において、細胞接着性部位は、細胞培養面になりうる。
また、細胞保持面は、細胞非接着性部位を有していてもよい。
なお、基材の形状は、特に限定されないが、例えば、シート(又は、フィルム)等であってよい。例えば、基材は、細胞保持面を有するシート(一方の面が細胞保持面、他方の面が非細胞保持面であるシート)等あってもよい。
【0023】
(細胞接着性部位)
細胞接着性部位とは、例えば、細胞が、ある一定の接着点を持って接着する部位であってもよい。または、細胞が、ピペッティング等の液流等によって剥離可能な程度に固定化されるように接着する部位であってもよい。また、細胞が接着して二次元的に維持又は増殖されるような部位であってもよいし、層状やスフェロイド状等の立体的な又は三次元の組織体を形成することが可能な程度に接着する部位であってもよい。
【0024】
ポリイミド樹脂としては、以下の式(I)で示される構成単位を含むポリイミド樹脂が例示できる。
また、細胞の接着性(さらには輸送性)や培養性等の観点から、分子内にフッ素原子を有する樹脂が好ましく、含フッ素ポリイミド(含フッ素ポリイミド樹脂)がより好ましい。
本発明で用いられるポリイミド樹脂は、典型的には、酸二無水物とジアミンとを各々1種以上重合させて得られるポリアミド酸をイミド化することにより得られる。ポリイミド樹脂は、ポリアミド酸を化学構造の一部に含んでいてもよい。
【0025】
ポリイミド樹脂を製造する方法としては、公知の手法で製造すればよい。一例として、二段合成法が使用できる。ポリイミド樹脂の二段合成法は、前駆体としてポリアミド酸を合成し、ポリアミド酸をポリイミド酸に変換する方法である。
前駆体としてのポリアミド酸は、ポリアミド酸誘導体であってもよい。
ポリアミド酸誘導体としては、例えば、ポリアミド酸塩、ポリアミド酸アルキルエステル、ポリアミド酸アミド、ビスメチリデンピロメリチドからのポリアミド酸誘導体、ポリアミド酸シリルエステル、ポリアミド酸イソイミドなどが挙げられる。
【0026】
ポリイミドとしては、ピロメリット酸二無水物、ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物等の酸無水物と、オキシジアミン、パラフェニレンジアミン、メタフェニレンジアミン、ベンゾフェノンジアミン等のジアミンとからなるポリイミドが例示できる。
【0027】
フッ素原子を有する樹脂としては、例えば、4,4’-ヘキサフルオロイソプロピリデンジフタル酸無水物(6FDA)/1,4-ビス(アミノフェノキシ)ベンゼン(TPEQ)共重合体、6FDA/4,4’-オキシジフタル酸無水物(ODPA)/TPEQ共重合体、4,4’-(4,4’-イソプロピリデンジフェノキシ)ジフタル酸(BPADA)/2,2-ビス[4-(4-アミノフェノキシ)フェニル]ヘキサフルオロプロパン(HFBAPP)、6FDA/2,2-ビス(4-(4-アミノフェノキシ)フェニル)プロパン(BAPP)共重合体、6FDA/2,2’-ビス(トリフルオロメチル)ベンジジン(TFMB)共重合体、6FDA/4,4’-ジアミノジフェニルエーテル(ODA)共重合体、6FDA/4,4’-ビス(4-アミノフェノキシ)ビフェニル(BAPB)共重合体等の以下の式(I)で示される構成単位を含む含フッ素ポリイミド樹脂;エチレン-テトラフルオロエチレン共重合体等が例示できる。
【0028】
【化1】
【0029】
上記式(I)中、Xは酸素原子、硫黄原子、または2価の有機基のいずれかを示し;
Yは2価の有機基を示し;
、Z、Z、Z、Z、及びZは互いに独立して水素原子、フッ素原子、塩素原子、臭素原子またはヨウ素原子のいずれかを示し、
pは0または1である。
なお、ポリイミド樹脂において、式(I)で示される化学構造は、樹脂の構成単位ごとに異なってもよく、同一であってもよい。X、Y、Z、Z、Z、Z、Z、及びZの少なくとも1つはフッ素原子を1個以上含むことが好ましい。
【0030】
上記式(I)中、p=0である場合にはXは存在していなくても(換言すれば、左右のベンゼン環が直接結合していても)よいが、p=1である場合には、左右のベンゼン環はXを介して結合する。
【0031】
で示される2価の有機基としては、具体的には、アルキレン基、アリーレン基、アリーレンオキシ基、アリーレンチオ基等が挙げられ、これらの中でも、アルキレン基、アリーレンオキシ基、アリーレンチオ基が好ましく、アルキレン基、アリーレンオキシ基がより好ましく、これらはフッ素原子で置換されていてもよい。上記アルキレン基の炭素数は、例えば1~12であり、好ましくは1~6である。
【0032】
の例であるフッ素原子で置換されたアルキレン基としては、例えば、-C(CF-、-C(CF-C(CF-等を例示することができる。Xの例である上述したアルキレン基の中では、-C(CF-が好適である。
【0033】
の例であるアリーレン基としては、例えば、以下のものを例示することができる。
【0034】
【化2】
【0035】
の例であるアリーレンオキシ基としては、例えば、以下のものを例示することができる。
【0036】
【化3】
【0037】
の例であるアリーレンチオ基としては、例えば、以下のものを例示することができる。
【0038】
【化4】
【0039】
細胞の接着性や培養性等の観点からは、Xで示される2価の有機基は、上記b-2~b-10およびc-2~c-10からなる群から選択されることが好ましく、上記b-7~b-9およびc-7~c-9からなる群から選択されることがより好ましく、b-8で表される構造であることがさらに好ましい。また、Xで表される2価の有機基は、-C(CF-であることも同様に好ましい。
【0040】
の例である上述したアリーレン基、アリーレンオキシ基及びアリーレンチオ基は、各々独立して、ハロゲン原子(例えば、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子であり、好ましくはフッ素原子または塩素原子であり、より好ましくはフッ素原子である)、メチル基およびトリフルオロメチル基よりなる群から選択される基により置換されていてもよい。これら置換基は複数であってもよく、その場合には置換基の種類は互いに同一であっても異なっていてもよい。アリーレン基、アリーレンオキシ基およびアリーレンチオ基に置換している好適な置換基は、フッ素原子および/またはトリフルオロメチル基であり、好適にはフッ素原子である。アリーレン基、アリーレンオキシ基およびアリーレンチオ基は、Yにフッ素原子が含まれない場合、少なくとも1つ以上のフッ素原子で置換されることが好ましい。
【0041】
上記式(I)中、Yで示される2価の有機基としては、特に制限されないが、例えば、芳香環を有する2価の有機基が挙げられる。詳しくは、1個のベンゼン環からなる基もしくは、2個以上のベンゼン環が炭素原子(すなわち、単結合、またはアルキレン基)、酸素原子、硫黄原子を介してまたは直接結合した構造を有する基が挙げられる。具体的には、以下の基を例示することができる。
【0042】
【化5】
【0043】
【化6】
【0044】
【化7】
【0045】
【化8】
【0046】
Yの例である上述した芳香環を有する2価の有機基は、置換可能であれば、ハロゲン原子(例えば、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子であり、好ましくはフッ素原子または塩素原子、より好ましくはフッ素原子である)、メチル基およびトリフルオロメチル基からなる群から選択される基により置換されていてもよい。これら置換基は複数であってもよく、その場合には置換基の種類は互いに同一であっても異なっていてもよい。芳香環を有する2価の有機基に置換している好適な置換基は、特にXにフッ素原子が含まれない場合は、フッ素原子および/またはトリフルオロメチル基であることが好ましく、より好適にはフッ素原子である。
【0047】
細胞の接着性や培養性等の観点から、上記式(I)中、Yはd-3、d-9、e-1~e-4、f-6、およびf-7からなる群から選択される構造であることが好ましく、より好ましくはe-1、e-3またはe-4の構造である。
【0048】
上記式(I)中、Z、Z、Z、Z、Z、及びZは、各々同じであってもよく異なっていてもよく、それぞれ独立して、水素原子、フッ素原子、塩素原子、臭素原子またはヨウ素原子から選ばれ、XおよびYの少なくとも一方にフッ素原子が含まれない場合、Z、Z、Z、Z、Z、およびZの少なくとも1つはフッ素原子であることが好ましい。
【0049】
細胞の接着性や培養性等の観点から、本発明の好ましい一実施形態では、上記式(I)中、Xで示される2価の有機基が、-C(CF-、上記b-2~b-10およびc-2~c-10からなる群から選択され;かつ、Yが、d-3、d-9、e-1~e-4、f-6、およびf-7からなる群から選択される。本発明のより好ましい一実施形態では、上記式(I)中、Xで示される2価の有機基が、-C(CF-、b-7~b-9およびc-7~c-9からなる群から選択され;かつ、Yが、e-1、e-3およびe-4からなる群から選択される。
【0050】
上記の式(I)で示される構成単位からなるポリイミド樹脂は、酸二無水物とジアミンとの重合により得られるポリアミド酸を焼成する手法により得ることができる。なお、上記「式(I)で示される構成単位からなるポリイミド樹脂」のイミド化率は、100%でなくともよい。すなわち、式(I)で示される構成単位からなるポリイミド樹脂は、上記式(I)で表される構造単位のみからなるものであってもよいが、本発明の目的効果が損なわれない範囲において、環状イミド構造が脱水閉環せずにアミド酸のままである構成単位が一部に含まれていてもよい。
【0051】
ポリアミド酸合成反応は有機溶媒中で行われることが好適である。
ポリアミド酸合成反応に用いられる有機溶媒としては、原料である酸二無水物とジアミンとの反応が効率よく進行でき、かつこれらの原料に対して不活性であれば、特に限定されるものではない。例えば、N-メチルピロリドン(NMP)、N,N-ジメチルアセトアミド、N,N-ジメチルホルムアミド、テトラヒドロフラン、ジメチルスルホキシド、スルホラン、メチルイソブチルケトン、アセトニトリル、ベンゾニトリル、ニトロベンゼン、ニトロメタン、アセトン、メチルエチルケトン、イソブチルケトン、メタノール等の極性溶媒;トルエンやキシレン等の非極性溶媒等が挙げられる。中でも、極性溶媒を用いることが好ましい。これらの有機溶媒は、単独で使用されてもよいし、2種以上の混合物として使用されてもよい。
アミド化反応後の反応混合物をそのまま熱イミド化に供してもよい。前記ポリアミド酸の溶液中の前記ポリアミド酸の濃度は特に限定されないが、得られる樹脂組成物の重合反応性と重合後の粘度、その後の製膜、焼成での取り扱いやすさから、好ましくは、5重量%以上、より好ましくは10重量%以上、好ましくは50重量%以下、より好ましくは40重量%以下である。
【0052】
前記ポリアミド酸を、熱イミド化または化学イミド化のいずれかによりイミド化して含フッ素ポリイミドを含む樹脂組成物を得る。特定の実施形態では、前記ポリアミド酸を、加熱処理によりイミド化(熱イミド化)して含フッ素ポリイミドを含む樹脂組成物を得る。熱イミド化で得られたポリイミドは、触媒の残存の可能性がなく、細胞培養用途ではより好ましい。
【0053】
熱イミド化によりイミド化する場合、例えば、前記ポリアミド酸を、空気中で、またはより好ましくは窒素、ヘリウム、アルゴン等の不活性ガス雰囲気下で、或いは真空中で、好ましくは温度50~400℃、より好ましくは100~380℃、好ましくは時間0.1~10時間、より好ましくは0.2~5時間の条件下で焼成してイミド化反応を行うことによりポリイミドを含む樹脂組成物を得ることができる。
【0054】
熱イミド化反応に供する前記ポリアミド酸は、適当な溶媒中に溶解された形態であることが好ましい。溶媒としては、ポリアミド酸を溶解するものであれば良く、ポリアミド酸合成反応に関して上記した溶媒を用いることもできる。
【0055】
化学イミド化によりイミド化する場合では、適当な溶媒中で後述の脱水環化試薬の使用によりポリアミド酸を直接イミド化することができる。
【0056】
前記脱水環化試薬は、ポリアミド酸を化学的に脱水環化してポリイミドとする作用を有するものであれば、特に制限なく用いることができる。このような脱水環化試薬としては、第三級アミン化合物を単独で用いるか、または、第三級アミン化合物とカルボン酸無水物とを組合せて用いることが、イミド化を効率よく促進させうる点で好ましい。
【0057】
第三級アミン化合物としては、例えば、トリメチルアミン、トリエチルアミン、トリプロピルアミン、トリブチルアミン、ピリジン、1,4-ジアザビシクロ[2.2.2]オクタン(DABCO)、1,8-ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデカ-7-エン、1,5-ジアザビシクロ[4.3.0]ノナ-5-エン、N,N,N’,N’-テトラメチルジアミノメタン、N,N,N’,N’-テトラメチルエチレンジアミン、N,N,N’,N’-テトラメチル-1,3-プロパンジアミン、N,N,N’,N’-テトラメチル-1,4-フェニレンジアミン、N,N,N’,N’-テトラメチル-1,6-ヘキサンジアミン、N,N,N’,N’-テトラエチルメチレンジアミン、N,N,N’,N’-テトラエチルエチレンジアミン等が挙げられる。これらの中でも特に、ピリジン、DABCO、N,N,N’,N’-テトラメチルジアミノメタンが好ましく、DABCOがより好ましい。3級アミンは1種のみであってもよいし、2種以上であってもよい。
【0058】
カルボン酸無水物としては、例えば、無水酢酸、無水トリフルオロ酢酸、無水プロピオン酸、無水酪酸、無水イソ酪酸、無水コハク酸、無水マレイン酸等が挙げられる。これらの中でも特に、無水酢酸、無水トリフルオロ酢酸が好ましく、無水酢酸がより好ましい。カルボン酸無水物は1種のみであってもよいし、2種以上であってもよい。
【0059】
化学イミド化においてポリアミド酸を溶解する溶媒としては、溶解性に優れる極性溶媒が好適である。例えば、テトラヒドロフラン、N,N-ジメチルアセトアミド、N,N-ジメチルホルムアミド、N-メチルピロリドン、ジメチルスルホキシド等が挙げられ、これらの中でも特に、N,N-ジメチルアセトアミド、N,N-ジメチルホルムアミドおよびN-メチルピロリドンからなる群より選ばれる1種以上であることが均一反応をする観点から好ましい。アミド化反応の溶媒としてこれらの溶媒を用いた場合、アミド化反応後の反応混合物からポリアミド酸を分離せずそのまま化学イミド化に用いることができる。
【0060】
ポリイミド樹脂の重量平均分子量は、例えば、5,000~2,000,000、好ましくは8,000~1,000,000であり、さらに好ましくは20,000~500,000である。なお、本明細書において、樹脂の重量平均分子量は、以下の手法により測定された値である。重量平均分子量が上記範囲であることにより、ポリイミド樹脂の合成および取扱い、フィルム化、細胞の接着性、細胞の培養性等がより良好となる。
【0061】
(重量平均分子量の測定)
装置:東ソー株式会社製HCL-8220GPC
カラム:TSKgel Super AWM-H
溶離液(LiBr・HO、リン酸入りNMP):0.01mol/L
測定方法:0.5重量%の溶液を溶離液で作製し、ポリスチレンで作製した検量線をもとに分子量を算出する。
【0062】
細胞接着性部位は、ポリイミド樹脂のみからなっていてもよく、ポリイミド樹脂以外の他の物質[例えば、細胞接着性を示す物質、添加剤(例えば、可塑剤、酸化防止剤等)等]を含んでいてもよい。
細胞接着性を示す物質としては、用いる細胞が接着するか、又は用いる細胞の細胞膜に存在するたんぱく質や糖鎖等の細胞表面分子に対して結合し得る物質であれば特に限られず用いることができる。親水性を示すものであっても疎水性を示すものであってもよいが、細胞の接着性や培養性等の観点から、親水性(特に、超親水性ではない親水性)又は疎水性(特に、超疎水性ではない疎水性)のものが好ましく、更に好ましくは、疎水性を示すものが好ましい。また、細胞接着性を示す物質の接着性の程度は、後述の基材1を用いる場合は、細胞が凹部内から飛び出さない程度であってもよい。このような物質の一例を挙げると、生体から取得され若しくは合成された物質が挙げられ、例えば、タンパク質(コラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン等)や、ポリイミド樹脂以外の合成樹脂(フッ素樹脂、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリジメチルシロキサン、これらの混合物等)が含まれる。
【0063】
なお、細胞接着性部位が細胞接着性を示す物質を含む場合も、ポリイミド樹脂を主に含むこと(例えば、ポリイミド樹脂と細胞接着性を示す物質の総量に対して、ポリイミド樹脂の含有割合が50質量%以上等)が好ましい。
【0064】
細胞接着性部位の静的水接触角は、細胞の接着性や培養性等の観点から、好ましくは70°以上であってもよく、より好ましくは75°以上(例えば、75°超)、さらに好ましくは77°以上、さらに好ましくは79°以上、よりさらに好ましくは80°以上(例えば、80°超)であってもよい。
また、細胞接着性部位の静的水接触角の上限は、例えば150°未満であり、好ましくは120°以下(例えば、120°未満)、より好ましくは110°以下、さらに好ましくは100°以下(例えば、99°未満、98°以下、97°以下、95°以下等)であってもよい。
【0065】
なお、細胞接着性部位の静的水接触角は、これらの上限値と下限値とを適宜組み合わせた適当な範囲(例えば、70°以上120°以下等)であってもよい。
【0066】
細胞接着性部位の転落角は、細胞の接着性や培養性等の観点から、好ましくは15°以上であり、18°以上、19°以上、20°以上、22°以上、24°以上、26°以上、28°以上、30°以上の順で高いほど好ましい。
また、転落角の上限値は、例えば80°未満であり、好ましくは70°以下(例えば、70°未満)であり、より好ましくは60°以下(例えば、60°未満)であり、さらに好ましくは50°以下(例えば、50°未満)であってもよい。
なお、細胞接着性部位の転落角は、これらの上限値と下限値とを適宜組み合わせた適当な範囲(例えば、15°以上80°未満等)であってもよい。
【0067】
また、細胞接着性部位は、静的水接触角が70°以上かつ転落角が15°以上であってもよい。上記の静的水接触角や転落角は、以下の方法により測定される値であってもよい。
【0068】
(静的水接触角の測定方法)
装置:自動接触角計(協和界面科学製:DM-500)
測定方法:表面(細胞非接着性表面又は細胞接着性表面)又はフィルム(細胞非接着性又は細胞接着性の物質で形成したフィルム)上に水2μLを滴下した直後の液滴の付着角度を測定する(測定温度:25℃)。
【0069】
(転落角の測定方法)
装置:自動接触角計(協和界面科学製:DM-500)
測定方法:表面(細胞非接着性表面又は細胞接着性表面)又はフィルム(細胞非接着性又は細胞接着性の物質で形成したフィルム)上に水25μLを滴下した後、基材を連続的に傾けていき、流れ落ちた際の角度を転落角とする(測定温度:25℃)。
【0070】
(細胞非接着性部位)
細胞非接着性部位とは、例えば、培養に用いる溶液中において、細胞が当該表面上に沈降した場合に、当該細胞が、その形状をほとんど変化させず、全く接着しないか又は一時的に弱く接着したとしても自然に脱離する部位であってもよい。
【0071】
細胞非接着性部位は、少なくとも細胞非接着性を示す物質で形成されていてよい。
細胞非接着性を示す物質としては、用いる細胞が接着しないか又は用いる細胞の細胞膜に存在するたんぱく質や糖鎖等の細胞表面分子に対して結合しない物質であれば特に限られず用いることができ、生体適合性を有するものであっても、有さないものであってもよい。また、疎水性を示すものであっても親水性を示すものであってもよく、例えば、超撥水性(超疎水性)のものや超親水性のものであってもよい。細胞の非接着性、培養によって得られる細胞の均一性および形成性等の観点から、疎水性(特に超疎水性)[例えば、細胞接着性部位又は当該部位を構成する樹脂(さらにはその接触角)に対してより疎水性(特に超疎水性)]を示す物質が特に好ましいが、親水性(特に超親水性)[例えば、細胞接着性部位又は当該部位を構成する樹脂(さらにはその接触角)に対してより親水性(特に超親水性)]を示す物質も好ましい。
【0072】
細胞非接着性を示す物質としては、例えば、エチレングリコール及びその誘導体、MPC(2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン)及びその誘導体、HEMA(ヒドロキシエチルメタクリレート)及びその誘導体等を含む化合物あるいはそれら化合物の重合体、SPC(セグメント化ポリウレタン)及びその誘導体等を含む化合物や、生体から取得されたタンパク質(アルブミン等)、細胞が接着しない糖鎖(アガロース、セルロース等)を、細胞の種類に応じて適宜選択して用いることができる。これらの物質は、1種又は2種以上を使用することができる。
なかでも、細胞接着性部位との接着性、基材の製造工程の簡素化、培養によって得られる細胞の均一性向上等の観点から、MPC及びその誘導体あるいはそれらの重合体が好ましい。
なお、物質は、取扱性、所望の疎水性(例えば、超疎水性)・親水性(例えば、超親水性)の程度等に応じて、適宜、変性したものを使用してもよい。例えば、親水性の物質を架橋処理等することで、親水性と水に対する低溶解性を両立させてもよい。また、原料となる物質(例えば、疎水性又は親水性)を、適宜、疎水化処理ないし親水化処理(例えば、疎水性基ないし親水性基の導入等)し、所望の疎水性ないし親水性の材質を得てもよい。
【0073】
細胞非接着性部位の静的水接触角は、細胞の非接着性や、培養によって得られる細胞のサイズを均一にしたり、円形度を向上させる等の観点から、細胞非接着性部位が疎水性である場合、好ましくは90°以上、より好ましくは93°以上、更に好ましくは95°以上であってもよい。また、150°以下であってもよく、好ましくは130°以下、より好ましくは120°以下であってもよい。
一方、細胞非接着性部位が親水性である場合、静的水接触角は、好ましくは65°以下、より好ましくは55°以下、更に好ましくは50°以下であってもよい。また、0°以上であってもよく、好ましくは5°以上、より好ましくは10°以上であってもよい。
一例を挙げると、疎水性が高いMPC(又は当該MPCで形成された部位)では、静的水接触角が、例えば、90°以上、100°以上のような静的水接触角を実現しうる。
なお、このような静的水接触角は、細胞非接着性部位における値であってもよく、細胞非接着性を示す物質(又は細胞非接着性部位を構成する物質)における値であってもよい。
また、静的水接触角は、例えば、上述の方法等により測定してよい。
【0074】
また、細胞の輸送性や、培養によって得られる細胞のサイズ均一性や円形度を向上させる等の点においては、細胞接着性部位と細胞非接着性部位の接着程度のバランスをとることが重要でもある。よって、仮に、細胞非接着性部位が接着性を示すものであっても、細胞接着性部位より低接着性であればよい。例えば、上記の静的水接触角を指標とした場合、細胞接着性部位と細胞非接着性部位における静的水接触角の差(又はその絶対値)が3°以上(例えば、5°以上)となることが好ましく、10°以上(例えば、12°以上)となることがより好ましく、15°以上となることがさらに好ましい。また、上限は、細胞非接着性部位及び細胞接着性部位の疎水性・親水性の組み合わせ等に応じて適宜選択でき、特に限定されないが、例えば、100°、90°、80°、70°、60°、50°、40°、30°などであってもよい。
【0075】
(基材の構造)
基材は、細胞を保持(さらには輸送)できる限り特に限定されない。例えば、基材において、細胞接着性部位(細胞保持面に存在する細胞接着性部位)の態様(例えば、位置、形態)は、特に限定されず、細胞保持面(例えば、シート状基材の一方の面)が、細胞接着性部位のみで形成(構成)されていてもよく、細胞接着性部位と細胞非接着性部位とで形成(構成)されていてもよい。
【0076】
また、基材(細胞保持面)において、細胞接着性部位は、複数であって(例えば、区切られ又は区画分けされていて)もよい。
このような基材において、細胞接着性部位(複数の細胞接着性部位)は、壁部で区画分けされても(例えば、凹部の一部又は全部を構成しても)よく、細胞非接着性部位によって区画分けされていてもよく、これらを組み合わせてもよい。
例えば、基材における細胞接着性部位を、細胞非接着性の壁部(又は細胞非接着性部位を有する壁部)で区画分けしてもよい。このような基材は、代表的には、底面(底部)を細胞接着性部位、壁面(内側面)を細胞非接着性部位とする凹部を複数有する基材であってもよい。
【0077】
また、基材において、ポリイミド樹脂は、細胞保持面に含まれていればよいが、前記のように、代表的には細胞接着性部位に含まれる。このような場合、ポリイミド樹脂は、細胞接着性部位[特に、その表面(細胞と接触する部分)]に少なくとも含まれていればよく、細胞接着性部位の一部又は全部を構成(形成)してもよい。
【0078】
基材が細胞非接着性部位を有する場合も同様であり、細胞非接着性物質は、細胞非接着性部位(特にその表面)に少なくとも含まれていればよく、細胞非接着性部位の一部又は全部を構成(形成)してもよい。
【0079】
以下に、代表的な基材について詳述する。
細胞接着性部位が、区画分けされた基材の一態様としては、例えば、開口部の口径が直径1000μm以下の凹部を複数有し、該凹部の内側面が細胞非接着性部位を有し、かつ、該凹部の底面がポリイミド樹脂を含む細胞接着性部位を有する基材(以下、単に「基材1」ということがある)が挙げられる。
基材1の構造を、凹部に対して垂直方向に切断した基材(シート)断面図の一例を用いて説明する。図1の模式図に示すように、シート表面12に凹部11が複数存在し、凹部11は内側面11aと底面11bにより構成され、凹部11内で細胞の保持や培養を行う。
また、図1では、内側面11aが細胞非接着性部位を有し、底面11bが細胞接着性部位を有する。
【0080】
凹部の個数は、シート面積や培養する細胞の種類等によって一概に設定することはできず、当該技術常識に従って適宜設定することができる。例えば、単位面積(cm)あたりの下限個数は1個としてもよいが、10個、20個、30個、50個などを例示でき、上限個数は1000個、500個、300個、200個、100個などを例示することができる。また、シート表面における凹部の総数は、例えば、10個以上、100個以上、1000個以上、10000個以上、50000個以上など、適宜設定することができる。
【0081】
凹部の開口部の形状は、円形に限られず、例えば、多角形や楕円であってもよい。
開口部の口径は、直径1000μm以下が好ましく、培養する細胞のサイズによって当該技術常識に従って適宜設定することができる。本発明において、口径とは、対象箇所の形状によらず、対象箇所を包接するようにして形成される円の直径(最大長さ)のことであり、開口部の口径とは、例えば、図1では、D(11)で示される長さのことである。開口部の口径としては、例えば、10~1000μm、10~700μm、10~600μm、10~500μmの範囲内が例示される。
【0082】
凹部の底面の形状は、円形に限られず、例えば、多角形や楕円であってもよく、開口部の形状と同一であっても異なるものであってもよい。また、底面の口径(長さ)は開口部の口径と同一であっても異なるものであってもよく、底面の口径が開口部の口径より小さいものであっても、底面の口径が開口部の口径より大きいものであってもよい。底面の口径とは、例えば、図1では、DB(11b)で示される長さのことであり、底面の口径としては、例えば、10~1000μm、10~700μm、10~600μm、10~500μm、10~400μm、10~300μmの範囲内が例示される。例えば、底面の口径が開口部の口径より小さい場合、凹部の形状としては、凹部の底面側に向かったテーパー形状が形成される。
【0083】
底面の口径と開口部の口径の比(底面の口径/開口部の口径)は、特に限定されるものではないが、細胞の播種や回収のしやすさの観点から、5/1~1/5、3/1~1/3、1/1~1/2が例示される。
【0084】
また、開口部と隣接する開口部との間の距離(間隙)は、例えば、図1では、D(12)で示される長さのことであり、特に限定されるものではないが、所望する細胞培養に応じて、例えば、800μm以下、700μm以下、600μm以下、500μm以下、300μm以下、200μm以下、100μm以下などの範囲内が例示され、有限値であればよい。
【0085】
凹部の深さは、培養する細胞のサイズによって当該技術常識に従って適宜設定することができる。凹部の深さとは、例えば、図1では、D(11a)で示される長さのことであり、例えば、10~300μmや10~1000μmの範囲内が例示される。
【0086】
開口部の口径と凹部の深さの比(開口部の口径/凹部の深さ)は、特に限定されるものではないが、細胞の播種や回収のしやすさの観点から、5/1~1/5、3/1~1/3、2/1~1/2が例示される。前記範囲内の場合、細胞が凹部から飛び出し難く、また、細胞の回収や脱泡処理といった作業がしやすくなる。
【0087】
凹部の底面の厚みは、特に限定されず、当該技術常識に従って適宜設定することができる。
【0088】
基材1において、細胞非接着性部位は、細胞非接着性を示す物質が凹部を構成する基材表面に物理的又は化学的に固定されて形成されたものであってもよく、基材そのものが細胞非接着性を示す物質からなるものであってもよい。
細胞非接着性を示す物質が基材表面に固定されている場合、図2の模式図に示すように、シート表面12と凹部11の内側面11aに、細胞非接着性を示す物質21が固定されている。
【0089】
なお、細胞非接着性を示す物質の固定化は、これらを含有する溶液を基材表面上で乾燥させる方法、当該物質を溶融させて圧着する方法、基材に塗布した当該物質をUV等のエネルギー線で硬化させる方法、当該物質が有する官能基と基材上の官能基との間で化学反応(例えば、カルボキシル基やアミノ基等の官能基間の縮合反応等)を起こさせて共有結合を形成させる方法、又は当該物質が有するチオール基と基材に予め形成された金属(プラチナ、金等)薄膜とを結合させる方法により、当該基材表面上に固定化することができる。固定化する際の厚みは特に限定されず、0.01~1000μmが例示される。
【0090】
細胞非接着性部位が、凹部の内側面を占める割合としては、特に限定はされないが、細胞の付着性を低減させる程度であることが好ましい。好ましくは内側面の面積の90%以上、より好ましくは95%以上、特に好ましくは全てを占めることが好ましい。
【0091】
また、基材1において、細胞接着性部位は、細胞接着性部位を構成する樹脂(すなわち、ポリイミド樹脂、又はポリイミド樹脂を含む樹脂組成物)が凹部底面を構成する基材表面に物理的又は化学的に固定又は配置されて形成されたものであってもよく、細胞接着性部位を構成する樹脂が該凹部以外に配置されたものであってもよく、基材そのものが細胞接着性表面を構成する樹脂からなるものであってもよい。
基材そのものが細胞接着性部位を構成する樹脂からなる場合、図3の模式図に示すように、凹部11の底面11bを含む領域が細胞接着性部位を構成する樹脂22からなる層で形成されていてもよい。
【0092】
基材1は、凹部の底面を含む層と凹部の内側面を含む層を含む層状構造物であってもよい。ここで、凹部の内側面を含む層とは、層自体は貫通孔を有する層を構成している。よって、基材1としては、貫通孔を有する細胞非接着性部位を有する層と、細胞接着性部位を有する層との積層物である態様を挙げることができる。
【0093】
細胞非接着性部位を有する層は、細胞非接着性を示す物質を層状の基材に固定化したものであっても、細胞非接着性を示す物質からなる層であってもよいが、貫通孔を形成する観点から、または基材の製造を簡略化する観点から、細胞非接着性を示す物質を層状の基材に固定化したものが好ましい。このような形態とすることにより、基材の製造がより簡便となり、さらに例えば基材に貫通孔または凹部を形成してから細胞非接着性を示す物質を固定すること等により、基材の凹部形成に伴い細胞非接着部位がダメージを受けることを無くすことも可能となるため、細胞の保持性や培養特性向上等の観点からも好ましい。
【0094】
層状の基材としては、当該技術分野で公知のものであれば用いることができる。例えば、ポリスチレン、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリカーボネート、ポリアミド、ポリアセタール、ポリエステル(ポリエチレンテレフタレート等)、ポリウレタン、ポリスルホン、ポリアクリレート、ポリメタクリレート、ポリビニル、ポリシクロオレフィン、ポリエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリイミド、シリコン等の合成樹脂、EPDM(Ethylene Propylene Diene Monomer)等の合成ゴムや天然ゴム、ガラス、セラミック、ステンレス鋼等の金属材料等からなる板状体が挙げられる。透明基材であることも好ましい形態の一つである。
【0095】
層状の基材への細胞非接着性を示す物質の固定化は、前記した凹部の内側面に細胞非接着性を示す物質を固定化する方法と同様に行うことができる。なお、作業性の観点から、後述の貫通孔を形成してから、固定化を行うことが好ましい。
【0096】
細胞非接着性部位を有する層は、好ましくは基材の表面と貫通孔を含む。前記貫通孔は、好ましくはその壁が前記した凹部の内側面に相当するものであり、開口部やその反対の端部の孔径や形状は、前記した凹部と同様に設定することができる。また、貫通孔の深さは細胞非接着性部位を有する層の厚みに相当するが、前記した凹部の深さにも相当し、凹部と同様に設定することができる。なお、細胞非接着性を示す物質を層状の基材に固定化する場合は、細胞非接着性を示す物質の層として、例えば、1nm以上であることが好ましく、10nm以上であることがより好ましく、細胞非接着性を示す物質の層と基材を含めた層全体の厚みが、前記した細胞非接着性部位を有する層の厚みの範囲内になるのであれば適宜設定することができる。
【0097】
貫通孔の形成は、前記したサイズの貫通孔が形成できるのであれば特に限定されず、実施することができる。例えば、穿孔加工(ドリル等)、光微細加工(レーザー(例えば、COレーザー、エキシマレーザー、半導体レーザー、YAGレーザー)等)、エッチング加工、エンボス加工等により形成することができる。前記加工において、貫通孔の形状がテーパー形状になるような加工であってもよく、その際に、端部の周囲が変形し、例えば、開口部の辺縁部と、開口部と隣接する開口部の中間領域に位置する部分の層厚みが異なるような構造を形成してもよい。
【0098】
細胞接着性部位を有する層は、細胞接着性部位を構成する樹脂を層状の基材に固定化したものであっても、細胞接着性部位を構成する樹脂からなる層であってもよい。
【0099】
細胞接着性部位を有する層の厚みは、例えば、1nm以上、4mm以下であり、1μm以上、1mm以下であることが好ましく、前記した凹部の底面の厚みと同じであっても良い。
【0100】
基材1の製造方法は、特に限定されないが、製造効率の観点から、例えば、直径1000μm以下の貫通孔を複数有する細胞非接着性部位を有する層及び細胞接着性部位を有する層をこの順に積層する方法を用いてもよい。
【0101】
細胞非接着性部位を有する層、細胞接着性部位を有する層の各層の調製は、上述した方法を用いることができる。細胞非接着性部位を有する層における貫通孔の形成も同様である。
【0102】
積層方法は、予め調製した各層を順に積層するものであってもよく、予め調製した層上に別途、層を形成する方法であってもよく、これらを組み合わせたものであってもよい。具体的には、例えば、表面を剥離処理した離型シート(例えば、ポリエチレン基材等の有機ポリマーフィルム、セラミックス、金属等)の上に、細胞接着性部位を構成する樹脂をキャスティング、スピンコーティング、ロールコーティングなどの方法により、適当な厚さに塗工して加熱することにより細胞接着性部位を有する層をシート状に成形することができる。一方、細胞非接着性部位を有する層の基材に対して、貫通孔を形成後、細胞非接着性を示す物質を表面にコーティングして、細胞非接着性部位を有する層を予め調製することができる。そして、上記で成形した細胞接着性部位を有する層の剥離シートを剥離後に、別途調製した細胞非接着性部位を有する層を積層することで、製造することができる。なお、細胞非接着性部位を有する層と細胞接着性部位を有する層の積層においては、前記した接着層(粘着層)を用いて積層してもよく、あるいは、溶着(高周波溶着、超音波溶着等)、圧着(熱圧着等)により積層してもよい。
【0103】
細胞接着性部位が、区画分けされた基材の別の一態様としては、例えば、細胞接着性部位を有する層と該層の表面に設けられた細胞非接着性物質の微細パターンを有する基材(すなわち、細胞接着性部位を有する層に、細胞非接着性物質の微細パターンのマスクを有する基材)(以下、単に「基材2」ということがある)が挙げられる。
【0104】
微細パターンは、複数の単位形状で構成される場合と、隣り合う単位形状間の間隙に相当する形状で構成される場合を含み、細胞非接着性物質で形成されている。例えば、細胞非接着性物質の微細パターンが隣り合う単位形状間の間隙に相当する形状で構成される場合は、単位形状となる部分に細胞接着性部位が露出する。また、図4に基材2の一例を模式的に示すが(3が単位形状、4が間隙)、3が細胞非接着性物質の微細パターン、4が細胞接着性部位である態様と、3が細胞接着性部位、4が細胞非接着性物質の微細パターンである態様とが例示される。なお、ここでいう単位形状とは、単位パターン、単位型ともいう。
【0105】
単位形状は、その形状に特に制限はなく、直線で構成されるもの、曲線で構成されるもの、面で構成されるもの、それらが組み合わさって構成されるものなどが含まれる。
【0106】
具体的には、例えば、多角形、楕円形、円形、扇形などで構成されるものが挙げられ、これらは2種以上を組み合わせて一つの単位型を構成してもよい。多角形としては、六角形、五角形、四角形(例えば、正方形、長方形、平行四辺形、ひし形、台形を含む)、三角形、星型などが含まれ、円形としては円のほか、略円形も含まれる。前記単位形状は、微細パターンを形成することができれば複数の単位型が同じ大きさを有するものであっても、異なる大きさを有するものであってもよい。
【0107】
例えば、領域(区画)を有する単位形状の場合、該単位形状の平均円相当径(最大直径)は、1000μm以下のものが挙げられ、900μm以下であっても、800μm以下であってもよい。下限は、細胞が保持できるのであれば細胞の種類に応じて適宜設定することができる。例えば、30μmが挙げられる。また、隣り合う細胞同士の会合を防ぐ理由から、隣り合う単位形状に対応する真円間の中心間距離が、例えば、1500μm以下、好ましくは1000μm以下、より好ましくは800μm以下であってもよい。
【0108】
単位形状が線形である場合には、その幅は、隣接する細胞が産生する液性因子の相互作用を受けられるようにする理由から、10mm以下が好ましく、8mm以下がより好ましく、5mm以下が更に好ましい。下限は、細胞が保持できるのであれば細胞の種類に応じて適宜設定することができ、例えば、5μmが挙げられる。
【0109】
また、隣り合う単位形状間の間隙は、細胞同士の相互作用の理由から、最短距離として1μm以上のものが挙げられ、5μm以上であっても、10μm以上であってもよい。上限は、細胞が保持できるのであれば細胞の種類に応じて適宜設定することができ、例えば、100mmが挙げられる。
【0110】
微細パターンが形成する模様としては、例えば、円形が並んだドット状や多角形が点在する模様の他、ハニカム状、格子状(メッシュ状)、うろこ状、幾何学模様、ストライプ状、放射状、またはそれらの逆パターンから選ばれる形状などが例示される。前記パターンに連続性や対称性があっても、連続性や対称性のない任意の模様でもよい。
【0111】
微細パターンの平均高さ(平均厚み)は、10000nm以下が好ましく、1000nm以下がより好ましく、500nm以下が更に好ましい。また、単位形状が細胞非接着性物質である場合と露出した細胞接着性部位である場合のいずれにおいても、微細パターンの平均高さと単位形状の平均円相当径の比(平均高さ/平均円相当径)は、0.5以下となるものが好ましく、0.1以下がより好ましく、0.01以下が更に好ましい。下限は、細胞が保持できるのであれば細胞の種類に応じて適宜設定することができる。例えば、0.00001が挙げられる。
【0112】
基材表面における細胞非接着性物質の微細パターンの占める割合は、好ましくは5%以上、より好ましくは10%以上、更に好ましくは15%以上である。
【0113】
微細パターンは、その表面が細胞非接着性部位となればよく、例えば、細胞非接着性物質が微細パターン表面に物理的又は化学的に固定されて形成されたものでもよく、微細パターンそのものが細胞非接着性物質からなるものであってもよい。
【0114】
基材2の製造方法は、特に限定されないが、例えば、細胞接着性部位を有する層に、細胞非接着性物質を印刷して微細パターンを形成してもよい。
具体的には、例えば、所望の微細パターン形状を有する転写型を公知の方法に従って作製し、該転写型のパターン面に細胞非接着性物質を接触させ、細胞接着性部位を有する層の表面に該パターン面を印刷(転写)して形成することができる。
【0115】
微細パターンの形成方法としては、特に限定されず、公知の印刷手法を用いることが出来る。印刷方法としては、例えば、マイクロコンタクトプリント法、スピンコーティング法、キャスティング法、ロールコーティング法、ダイコーティング法、グラビアコーティング法、スプレイコーティング法、バーコーティング法、フレキソ印刷法、ディップコーティング法、ナノインプリント法、インクジェット法の他、ベース材表面に形成された凹凸構造の間隙に生じる毛細管力によって所望の物質を間隙内に注入して形成するパターニング法などを用いることができる。
【0116】
例えば、マイクロコンタクトプリント法による微細パターンの形成には、微細パターンを有する転写型を用いて印刷すればよい。転写型の調製方法に特に制限はない。例えば、エラストマースタンプなどの公知の転写型を調製する方法が挙げられる。具体的には、シリコーン材料などのエラストマーシートへ前述のような所望の形状を公知の加工機を用いて作製し直接微細加工を行って調製する他、微細加工を施したマスター基板からエラストマーで型取りする手法が挙げられる。型取りする場合は、先ず、基板に前述のような所望の形状を公知の加工機を用いて作製したものをマスター型として用い、そこに、エラストマー樹脂溶液を導入して硬化後、該マスター型を剥離して得られたものを複製型として用いる。ここで、複製型は、所望の形状の反転形状を有することになる。次いで、前記複製型に対して、必要により表面処理を施した後、再度前記樹脂溶液を導入して硬化後、該複製型を剥離することで所望の形状を有する転写型を調製することができる。
【0117】
用いられる基板に特に限定はない。例えば、オレフィン系樹脂(例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン)、ポリエステル系樹脂(例えば、ポリエチレンテレフタレート)、ポリカーボネート系樹脂、アクリル系樹脂(例えば、ポリメチル(メタ)アクリレート、スチレン系樹脂(例えば、ポリスチレン)、ポリエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン、シリコーン系樹脂などの樹脂;天然ゴム、EPDMなどのゴム;ガラス;ステンレス鋼などの金属材料;セラミックなどを挙げることができる。これらは、機械的強度や寸法安定性、透明性などを有するので好適に用いることができる。
【0118】
基板への形状加工に用いる加工機としては、特に限定はなく、例えば、ドリルによる切削、フォトリソグラフィやインクジェット印刷、スクリーン印刷、レーザーパターン化法に用いられる装置が用いられる。具体的には、例えば、微細掘削加工機、レーザー加工機等が挙げられる。
【0119】
エラストマー樹脂溶液としては、公知のものであれば特に限定なく用いることができ、例えば、転写型の離型性の観点から、シリコーン材料を好適に用いることができる。シリコーン材料としては、シリコーンゴム、又は、シリコーン樹脂となる硬化性シリコーンゴムオリゴマー若しくはシリコーンモノマー、又は、硬化性シリコーン樹脂オリゴマー若しくはモノマーなどの硬化性シリコーン材料が好ましく、硬化性ポリシロキサンがより好ましい。前記硬化性シリコーン材料としては、通常、液状シリコーンと称されているものが用いられ、剥離性に優れ、機械強度に優れる観点から、硬化剤と組合せて用いる二液混合型のものが好ましい。低粘度の硬化性シリコーン材料を使用すれば、作製時に巻き込む泡の除去等の加工性や転写パターンの精細な型取りをすることができる。また、前記硬化性ポリシロキサンは、一液硬化型若しくは二液硬化型のものでも良く、熱硬化型のものでも室温硬化型のものでも良い。硬化性シリコーン材料の具体例としては、例えば、アルキルシロキサン、アルケニルシロキサン、アルキルアルケニルシロキサン、及びポリアルキル水素シロキサンを含むものが好ましく、中でも、アルキルアルケニルシロキサンとポリアルキル水素シロキサンの2成分混合系で低粘度、室温硬化するものが、剥離性、加工性の点から好ましい。
【0120】
エラストマー樹脂溶液を鋳型に導入した際には、必要により、公知の方法に従って脱泡処理などを行ってもよい。
【0121】
転写複製型を取るための表面処理としては、型離れを容易にし転写の均一性を向上するよう非接着性面を形成する処理が挙げられる。例えば、フッ素系溶媒等を用いた離形処理の他、表面に、金属(Au、Pt、Ag、Ti、Al、Cr、Pdなど)やカーボンなどを蒸着させた後、コーティングする処理が挙げられる。また、残存する反応性官能基を減少させる処理などを行ってもよい。
【0122】
かくして得られた転写型の微細パターンに前述の細胞非接着性物質を付着させてから、細胞接着性部位を有する層に該細胞非接着性物質の微細パターンをコンタクト(密着)させて印刷する。かかる方法により、薄膜で精度よく微細パターンを形成することができる。また、上記工程で反転型を取った状態で、基材へエラストマーパターンを設置し、側面から毛細管現象を利用して細胞非接着性物質を注入・形成することでパターンを得ることもできる。
【0123】
印刷工程後には、細胞非接着物質を細胞接着性部位を有する層へ定着させる目的で、得られた基材を乾燥するなどの公知の後処理工程を含んでもよい。
【0124】
基材の厚みは、特に限定されないが、上記基材1の場合は、取り扱い性等の観点から、10~5000μmが好ましく、100~2000μmがより好ましい。
また、上記基材2の場合は、取り扱い性等の観点から、1~1000μmが好ましく、10~1000μmがより好ましい。
【0125】
基材面積も特に限定されないが、上記基材1の場合は、例えば、0.01~10000cm、好ましくは0.03~5000cmが例示される。
また、上記基材2の場合は、例えば、0.01~10000cm、好ましくは0.03~5000cmが例示される。
【0126】
<細胞>
細胞が由来とする動物、臓器及び組織の種類は、特に限定されず、目的に応じて適宜選択することができる。
【0127】
具体的に、例えば、ヒト又はヒト以外の動物(サル、ブタ、イヌ、ラット、マウス等)の任意の臓器又は組織(脳、肝臓、膵臓、脾臓、心臓、肺、腸、軟骨、骨、脂肪組織、腎臓、神経、皮膚、骨髄、胚、骨膜、滑膜、筋肉、歯髄、胎盤組織、臍帯組織(臍帯血)、末梢血等)に由来する初代細胞、樹立された株化細胞、又はこれらに遺伝子操作等を施した細胞を用いることができる。
【0128】
より具体的に、例えば、ES細胞、iPS細胞、神経幹細胞、間葉系幹細胞、組織幹細胞(体性幹細胞)、造血系幹細胞、癌幹細胞その他の未分化な幹細胞又は前駆細胞を用いることができる。幹細胞は、前記臓器又は組織に由来する細胞であってもよく、例えば、骨髄、骨膜、滑膜、脂肪組織、筋肉、歯髄、胎盤組織、臍帯組織(臍帯血)、末梢血等に由来する細胞であってもよい。
また、例えば、肝臓系細胞や膵臓系細胞等の消化器系臓器由来の細胞、腎臓系細胞、神経系細胞、心筋細胞等の循環器系臓器由来の細胞、脂肪細胞、皮膚真皮等の結合組織由来の線維芽細胞、皮膚表皮等の上皮系組織由来の上皮細胞、骨系細胞、軟骨系細胞、網膜等の眼組織由来の細胞、血管系細胞、血球系細胞、生殖系細胞等の分化した細胞を用いることもできる。また、癌化した細胞を用いることもできる。
このような細胞としては、1種類の細胞を単独で用いることができ、又は2種類以上の細胞を任意の比率で混在させて用いることもできる。
【0129】
保持される細胞の大きさは、基材の構造等のよって適宜選択でき、特に限定されないが、例えば、直径が、例えば、10~1000μm、好ましくは10~800μmであってもよい。直径は、常法(例えば、画像解析ソフト、粒度分布計)により測定することが可能であり、例えば、流体直径、円相当径として表示されうる。
【0130】
<細胞の培養>
基材に保持される細胞は、特に限定されず、別途培養して得られた細胞であってもよいが、細胞に与える影響を極力低減する等の観点から、基材上で培養された細胞であってもよい。すなわち、基材を、輸送用のみならず、細胞培養に用いてもよい。
基材上で培養した細胞を保持する場合、培養に使用する細胞としては、例えば、互いに結合を形成して細胞集合体を形成できるものであれば、基材の細胞接着性部位に細胞が接着して培養されることで、培地交換なども容易であり、培地交換時の細胞ロスも低減することが可能となり、簡便に細胞を培養することができる。
【0131】
基材上で細胞を培養する方法は、特に限定されないが、例えば、基材の細胞接着性部位に、細胞を含む培地を載せて細胞培養を実施してもよい。
また、該基材を、培養ディッシュ(シャーレ)、培養プレート、培養フラスコ、培養バック等の各種細胞培養用容器に収容して固定し、該容器に細胞を含む培地を加えて細胞培養を実施してもよい。基材を細胞培養用容器に固定する方法は、特に限定されず、物理的又は化学的な固定であってよい。
【0132】
細胞を培養する際に使用する培地や条件は、使用する細胞に応じて適宜設定することができる。例えば、用いる培地は、細胞に合わせて適宜選択すればよい。例えば、任意の細胞培養基本培地や対象細胞の為に開発された専用培地、分化培地、初代培養専用培地等を用いることができる。具体的には、イーグル細小必須培地(EMEM)、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、α-MEM、グラスゴーMEM(GMEM)、IMDM、RPMI1640、ハムF-12、MCDB培地、ウィリアムス培地E、Hepatocyte thaw medium、およびこれらの混合培地等が挙げられる。細胞が増殖や分化に必要な成分が含まれる培地であれば利用可能である。さらに、血清、各種成長因子、分化誘導因子、抗生物質、ホルモン、アミノ酸、糖、塩類等を添加した培地を使用してもよい。培養温度も特に制限されないが、通常は25~40℃程度で行う。
【0133】
培養によって得られる細胞は、細胞が二次元的に増殖したものであってもよく、細胞が層状やスフェロイド状等の立体的な又は三次元の組織体を形成したものであってもよいが、スフェロイド状であることが好ましい。
【0134】
培養によって得られる細胞の大きさは、特に限定されないが、直径が、例えば、10~1000μm、好ましくは10~800μmである。
特に、スフェロイドを形成する場合、スフェロイドの直径は、例えば、10~1000μm、好ましくは10~800μmである。ここで、直径は、常法(例えば、画像解析ソフト、粒度分布計)により測定することが可能であり、例えば、流体直径、円相当径として表示されうる。スフェロイドは、円形度が、例えば、0.5~1.0、好ましくは0.7~1.0である。
【0135】
なお、基材上で培養する際に、必要に応じて予め脱泡処理を行ってもよい。脱泡処理としては、特に限定されず、霧吹き、ピペッティング、振盪、加温冷却などの温度変化、遠心処理、真空脱気、超音波処理などの一般的な処理を行うことができる。
脱泡処理は、特に、培養区画の径が小さい基材(例えば、上記基材1や上記基材2)を備えた培養用容器を使用する場合、基材内に気泡を形成又は残存させにくいことや、効率良く細胞を培養しやすいことなどの観点から、口径が直径3mm以下の送液口部から、及び/又は、流速100cm/s以上で、送液用液を送液する工程を含むことが好ましい。このような脱泡工程について、以下に例示する。
【0136】
(脱泡工程)
送液に用いる装置又は器具としては、例えば、口径が直径3mm以下の送液口部を少なくとも有するものである。
送液口部は、直径が3mm以下の送液口を有するものが挙げられ、例えば、2.5mm以下、2.0mm以下、1.7mm以下の口径を有するものであってもよい。
また、基材における培養区画(例えば、基材1の凹部、基材2における区画を有する単位形状)から気泡を取り除くための送液流量や送液流速の観点から、送液口部の直径と培養区画開口部(例えば、基材1の凹部開口部、基材2における区画を有する単位形状)の直径の比(送液口部の直径/培養区画開口部の直径)は、好ましくは30以下、より好ましくは20以下、更に好ましくは10以下である。当該直径の比の下限は特に限定されず、例えば、0.1以上を挙げることができる。なお、送液口部の直径とは送液口部の最大内径のことである。
【0137】
送液口部は、前記した大きさの口径を有するのであれば、その形状や材質は特に限定されない。例えば、公知のディスペンサーの送液口部において前記口径を有するように製造または調整されたものや、前記口径を有する注射針、鈍針カニューレ、チップ、ゾンデなども用いることができる。
【0138】
また、前記送液用装置又は器具は、前記送液口部以外に、送液用液を保持する部材を有するものが好ましい。具体的には、カートリッジやタンク、ボトルであってもよく、シリンジなども用いることができる。その大きさ(容量)や形状、材質は特に限定されない。前記部材は、送液口部とチューブなどを介して間接的に又は直接的に結合していてもよく、一体型に形成されたものであってもよい。
【0139】
送液用液は、特に限定されない。培養液そのものを用いてもよいし、生理食塩水や緩衝液などを用いてもよい。送液用液として培養液を用いない場合には、送液後に培養区画内に充填された液を除去し、その際には完全になくならない程度まで除去してもよく、その後培養液に交換することで、あるいは、送液後にそのまま培養液を加えることで、基材の培養区画に培養液を充填した状態にすることができる。また、送液前に、送液用液を事前に基材に注入してから前記送液を行うことができ、この事前注入を行なった際には培養区画内に気泡が確認されてもよい。事前注入の方法や送液用液の液量は特に限定されない。
【0140】
送液の方法は、前記送液口部から流出して培養区画内を送液用液で充填することができれば、特に限定されない。具体的には、例えば、培養区画の開口上端面の0.1~10mm上方に送液口部の先端を配置して送液する方法が挙げられる。その際に、送液口部の先端が、基材が設置された培養用容器に予め注入された液内に浸かる位置となるよう配置されてもよい。配置する送液口部は基材1個あたり1個でも、2個以上であってもよい。また、複数の培養区画に一度に送液してもよく、基材そのものを、あるいは送液口部を移動させて連続的に又は間欠的に送液してもよい。また、自動化されていても手動であってもよい。一旦送液した後に培養区画上方に存在する液を吸引して、再度、同じ培養区画の上方でまたは異なる培養区画の上方で送液してもよい。この場合、少量の送液と吸引を繰り返すと泡が生じ易くなることから、一度の送液量としては、例えば、10mL以上であってもよく、10~50mLが例示される。
【0141】
送液流速は、例えば、100cm/s以上を挙げることができる。また、200cm/s以上、250cm/s以上、300cm/s以上などであってもよい。また、上限としては、基材上の細胞非接着性物質が剥離しなかったり、基材が破損したりしない流速が挙げられ、例えば、2000cm/sなどが挙げられる。
【0142】
また、送液流量としては、特に限定されず、例えば、開口部面積1cmあたり0.001mL/s以上が例示される。0.01mL/s以上、0.03mL/s以上、0.05mL/s以上、0.07mL/s以上などであってもよく、上限としては、例えば、20mL/sが挙げられる。
【0143】
また、前記送液は無菌環境下で行うことができる。本発明においては、培養区画内に液を充填できれば、必要により、細胞培養に要する公知の処理(例えば、安全キャビネット内での培養液交換、インキュベーター内での静置)を基材に行ってもよい。
【0144】
このようにして、少なくとも培養区画内に気泡を形成又は残存させにくい状態で培養液を充填した細胞培養用容器を製造することができる。なお、このような脱泡処理により、液が存在しない所に液を充填して形成された気泡であっても、充填後しばらく放置してから形成された気泡であっても、除くことができる。
【0145】
<輸送方法>
細胞の輸送方法は、ポリイミド樹脂を含む細胞保持面を有する基材に、細胞を保持させて輸送する方法であれば、特に限定されない。このような基材を用いることにより、細胞と基材との適度な接着性のためか、輸送時の振動等による細胞の崩壊や凝集を抑制することができる。
【0146】
また、本発明の輸送方法では、上記基材上(特に、基材の細胞接着性部位)で細胞を培養した後、細胞が保持された基材をそのまま輸送することが好ましい。
例えば、上記基材を備えた細胞培養用容器を使用し、当該基材上(特に、基材の細胞接着性部位)で細胞を培養した後、細胞培養用容器をそのまま輸送してもよい。なお、培養後に、細胞培養用容器のカバーを外し、基材又は容器の外側や内部、カバー等をアルコール等で消毒してから、細胞培養用容器にカバーを取り付けてもよい。また、細胞培養用容器にカバーの間に、カバーフィルムを挟んでもよい。
【0147】
輸送方法は、特に限定されず、市販の細胞輸送システム(又は、輸送器具)を用いてよい。例えば、細胞輸送システム(又は、輸送器具)に、細胞が保持された基材(又は、基材を備えた細胞培養用容器)を収容することにより、輸送することができる。
市販の細胞輸送システムとしては、特に限定されず、例えば、セルポーター(コアフロント社製)等が挙げられる。
【0148】
また、輸送は、人が持って運んでもよいし、各種交通手段により運んでもよい。
交通手段は、特に限定されず、例えば、鉄道(例えば、新幹線、地下鉄等)、自動車、船舶、航空機等であってもよい。
【0149】
また、輸送は、加速度運動及び振動から選択される1種以上の動きを含んでいてもよい。このような動きは、輸送において、一時的に含まれていてもよい。
【0150】
上記動きの具体例としては、歩く、走る、階段を上る、階段を下りる、持ち上げる、置く等が挙げられる。輸送は、これらの動きを1種以上含んでいてもよい。
【0151】
なお、輸送において、通常歩くことによって生じる走行方向の加速度(例えば、0.1m/s以上)が、少なくとも一時的に生じていてもよい。
【0152】
輸送温度(又は、輸送器具内の温度)は、例えば、25℃以上、26℃以上、27℃以上、28℃以上、29℃以上、30℃以上、31℃以上、32℃以上、33℃以上、34℃以上、35℃以上、36℃以上等であってもよい。
また、輸送温度は、例えば、40℃以下、39℃以下、38℃以下、37℃以下、36℃以下、35℃以下、34℃以下等であってもよい。
【0153】
なお、輸送温度は、これらの上限値と下限値とを適宜組み合わせた適当な範囲(例えば、25~37℃、33~40℃等)であってもよい。
特に、細胞培養温度からの変化が少ない等の観点から、輸送温度は、27~37℃等であってもよい。本発明の輸送方法では、培養後の細胞が保持された基材を、そのまま輸送器具に入れて輸送できるため、細胞培養温度からの変化が少ない輸送温度で、輸送を行うことができる。一般的に、細胞は、低温になるほど休眠するが、本発明では、細胞培養温度からの変化が少ない輸送温度で輸送を行えるため、輸送による細胞の機能低下を防止しやすい。
【0154】
輸送時間は、特に限定されないが、例えば、60時間以下、50時間以下、40時間以下、30時間以下、20時間以下、10時間以下、5時間以下等であってもよく、5分以上、30分以上、1時間以上、2時間以上、3時間以上等であってもよい。
【0155】
輸送距離は、特に限定されないが、例えば、1m以上、5m以上、10m以上、100m以上、1km以上、10km以上、100km以上等であってもよく、10000km以下、1000km以下等であってもよい。
【0156】
本発明の輸送方法では、輸送後の細胞の生存率(生細胞率)が、例えば、80%以上等と高いものとなりうる。特に、基材上で培養した細胞をそのまま輸送する場合、細胞の培養から輸送までを連続的に行えるため、輸送後の細胞の生存率が高いものとなりうる。
なお、生細胞率の算出方法は、特に限定されず、例えば、後述の実施例に記載の方法を使用してよい。
【0157】
本発明の輸送方法は、細胞の保存工程(又は、細胞の保存方法)も包含する。
細胞の保存工程は、細胞を輸送する期間であってもよく、輸送の前後や途中等の期間であってもよい。
【0158】
(回収工程)
上記のようにして輸送した細胞の回収処理としては、特に限定されず、ピペッティング等の一般的な処理を行うことができる。
細胞の回収処理は、特に、培養区画の径が小さい基材(例えば、上記基材1や上記基材2)を備えた培養用容器を使用する場合、簡便かつ高い効率で細胞を回収できることや、回収された細胞のダメージを少なくしやすいなどの観点から、基材に、口径が直径3mm以下の送液口部から、及び/又は、流速100cm/s以上で、送液用液を送液する工程を含むことが好ましい。このような回収工程について、以下に例示する。
【0159】
回収における送液に用いる装置又は器具としては、例えば、口径が直径3mm以下の送液口部を少なくとも有するものである。送液口部は、直径が3mm以下の送液口を有するものが挙げられ、例えば、2.5mm以下、2.0mm以下、1.7mm以下の口径を有するものであってもよい。また、培養区画から細胞を剥離及び/又は放出させるための送液流量や送液流速の観点から、送液口部の直径と培養区画開口部(例えば、基材1の凹部開口部、基材2における区画を有する単位形状)の直径の比(送液口部の直径/培養区画開口部の直径)は、好ましくは30以下、より好ましくは20以下、更に好ましくは10以下であることが好ましい。下限は特に限定されず、例えば、0.1以上を挙げることができる。なお、送液口部の直径とは送液口部の最大内径のことである。
【0160】
送液口部は、前記した大きさの口径を有するのであれば、その形状や材質は特に限定されない。例えば、公知のディスペンサーの送液口部において前記口径を有するように製造または調整されたものや、前記口径を有する注射針、鈍針カニューレ、チップ、ゾンデなども用いることができる。
【0161】
また、前記回収における送液用装置又は器具は、前記送液口部以外に、送液用液を保持する部材を有するものが好ましい。具体的には、カートリッジやタンク、ボトルであってもよく、シリンジなども用いることができる。その大きさ(容量)や形状、材質は特に限定されない。前記部材は、送液口部とチューブなどを介して間接的に又は直接的に結合していてもよく、一体型に形成されたものであってもよい。
【0162】
回収における送液用液は、特に限定されない。生理食塩水や緩衝液などを用いてもよいが、培養液そのものを用いてもよく、予め細胞培養用容器中に注入されていた培養液であってもよい。
【0163】
回収における送液の方法は、前記送液口部から流出して培養区画内の細胞を培養区画内から剥離する程度のものでも、培養区画外へ放出させる程度のものでもよく、特に限定されない。具体的には、例えば、培養区画の開口上端面の0.1~10mm上方に送液口部の先端を配置して送液する方法が挙げられる。その際に、送液口部の先端が、基材が設置された培養用容器に予め注入された液内に浸かる位置となるよう配置されてもよい。配置する送液口部は基材1個あたり1個でも、2個以上であってもよい。また、複数の培養区画に一度に送液してもよく、基材そのものを、あるいは送液口部を移動させて連続的に又は間欠的に送液してもよい。また、自動化されていても手動であってもよい。
【0164】
回収における送液流量としては、特に限定されないが、所定の流量で送液することが好ましい。例えば、開口部面積1cmあたり0.001mL/s以上が例示される。0.01mL/s以上、0.03mL/s以上、0.05mL/s以上、0.07mL/s以上などであってもよく、上限としては、例えば、20mL/sが挙げられる。
【0165】
また、回収における送液流速は、特に限定されず、例えば、100cm/s以上を例示することができる。また、200cm/s以上、250cm/s以上、300cm/s以上などであってもよい。上限としては、基材上の細胞非接着性物質が剥離しなかったり、基材が破損したりしない流速が挙げられ、例えば、2000cm/sなどが挙げられる。
【0166】
また、前記回収における送液は無菌環境下で行うことができる。本発明においては、培養区画から細胞を剥離及び/又は放出させることができれば、基材上には、培養液と送液用液に加えて、細胞が存在することになるので、例えば、基材上に存在する液を回収することで、細胞そのものの回収が可能となる。基材上に存在する液の回収に用いる手段としては、細胞にダメージを与えるような強い力がかからないものであれば特に制限はない。例えば、吸引による回収であってもよく、培養用容器から傾注して回収してもよい。必要により、追加の送液を行って、培養区画から細胞を剥離及び/又は放出させてもよい。回収された細胞は、公知の処理(例えば、継代、凍結、固定、切片作製、フローサイトメトリー評価、顕微鏡観察、遺伝子解析、移植)に供することができる。
【0167】
上記回収工程により、細胞を簡単に回収でき、また、回収し易くなることから、高い効率で回収することが可能となる。上記のように、本発明の輸送方法によれば、細胞を基材に保持したまま輸送しうるにも関わらず、上記回収工程によって、基材から細胞を簡単に剥離して回収できることは、予想外である。
また、上記回収工程によれば、細胞へのダメージが少なくなりやすいことから、回収された細胞集団における生細胞率は、回収前の細胞集団における生細胞率からの低下が少なく、例えば、80%以上などと高いものとなりうる。なお、生細胞率の算出方法は、特に限定されず、例えば、後述の実施例に記載の方法を使用してよい。
【0168】
なお、本発明の輸送方法は、上記脱泡工程及び/又は上記回収工程を含んでいてもよい。すなわち、本発明の輸送方法は、口径が直径3mm以下の送液口部から、及び/又は、流速100cm/s以上で、送液用液を送液する工程を含む脱泡工程、及び/又は、基材に、口径が直径3mm以下の送液口部から、及び/又は、流速100cm/s以上で、送液用液を送液する工程を含む回収工程を含んでいてもよい。
【0169】
<輸送容器>
本発明は、ポリイミド樹脂を含む細胞保持面を有する基材を少なくとも備えた、細胞の輸送容器も包含する。輸送容器は、細胞保持面で細胞を保持させることが好ましい。
輸送容器は、ポリイミド樹脂を含む細胞保持面を有する基材を備えた容器{例えば、ディッシュ[シャーレ(例えば、プラスチック製シャーレ、ガラス製シャーレ等)]、プレート、フラスコ、バック等}であってもよい。
輸送容器において、ポリイミド樹脂を含む細胞保持面を有する基材は、容器内に設置又は固定されていてもよい。また、当該基材(又は、基材を形成する層)が、容器内にコーティングされていてもよい。
また、輸送容器は、蓋やシール(又は、フィルム、カバーフィルム)を備えていてもよい。輸送容器は、蓋やシールを2つ以上備えていてもよい。
輸送容器は、当該容器に含まれる基材上で細胞を培養してから輸送する容器であることが好ましい。
【実施例
【0170】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。なお、以下の実施例において、室温とは20~30℃を意味する。
【0171】
実施例1
<細胞接着性部位を有する層の調製(含フッ素ポリイミドフィルムの調製)>
500mL容量の三口フラスコに、4,4’-ヘキサフルオロイソプロピリデンジフタル酸無水物25.332g(0.057モル)及びN-メチルピロリドン166.6gを仕込み溶解した。そこへ1,4-ビス(アミノフェノキシ)ベンゼン16.668g(0.057モル)、N-メチルピロリドン71.4gを溶解したものを滴下投入し、窒素雰囲気下室温で撹拌後、5日間保持することで、含フッ素ポリアミド酸樹脂組成物(固形分濃度15.0質量%、6FDA/TPEQポリアミド酸)を得た。該ポリアミド酸の重量平均分子量は12万で、粘度は6Pa・sであった。なお、ポリアミド酸の重量平均分子量と、焼成後の含フッ素ポリイミドの重量平均分子量とは実質的に同一である。
【0172】
上記で得られた含フッ素ポリアミド酸樹脂組成物を、焼成後の含フッ素ポリイミドフィルムの厚みが40μmとなるようにダイコーターを用いてガラス基体上に塗布し、塗膜を形成した。次いで、360℃にて1時間、窒素雰囲気下で塗膜の焼成を行った。その後、焼成物をガラス基体から剥離して、含フッ素ポリイミドフィルムを得た。この含フッ素ポリイミドフィルムの静的水接触角は83.0°、転落角は24.0°であった。
【0173】
上記における物性の測定方法は以下の通りである。
(重量平均分子量の測定)
装置:東ソー株式会社製HCL-8220GPC
カラム:TSKgel Super AWM-H
溶離液(LiBr・H2O、リン酸入りNMP):0.01mol/L
測定方法:0.5重量%の溶液を溶離液で作製し、ポリスチレンで作製した検量線をもとに分子量を算出する。
【0174】
(粘度の測定)
装置:アズワン製 粘度計 VISCOMETER TV-22
設定:VI RANGE:H ROTOR No.6 SPEED:10rpm
粘度計校正用標準液:日本グリース(株) JS 14000
測定方法:粘度計校正用標準液で校正後、ワニス0.3gを用いて測定する。(測定温度:23℃)
【0175】
(静的水接触角の測定)
装置:自動接触角計(協和界面科学製:DM-500)
測定方法:フィルム上に水2μLを滴下した直後の液滴の付着角度を測定する(測定温度:25℃)。
【0176】
(転落角の測定)
装置:自動接触角計(協和界面科学製:DM-500)
測定方法:フィルム上に水25μLを滴下した後、基材を連続的に傾けていき、流れ落ちた際の角度を転落角とする(測定温度:25℃)。
【0177】
<細胞非接着性部位を有する層の調製>
両面テープ(厚み25μm)の片面の剥離テープを剥離後透明なPETフィルム(厚み250μm)に貼り合わせたものに対して、COレーザーを用いて、直径300μm、ピッチ500μmで千鳥配置の貫通孔を形成した(形成された貫通孔:400個/cm、42000個/シート、レーザー入射側孔径500μm、レーザー放出側孔径300μm)。その後、PETフィルム側の表面にスピンコーター(ミカサ製:MS-A150)を用いて、MPCポリマー溶液(0.5%エタノール溶液、疎水性MPCポリマー)を厚みが0.05μmとなるようにコーティング(スピン条件:1000rpm、10秒間)し、50℃の乾燥機内で2時間乾燥処理して、細胞非接着性部位を有する層[PETフィルムのコーティング層(MPCポリマーのコーティング層)側の静的水接触角107.5°]を得た。
【0178】
<基材(細胞培養用シート)・細胞培養用容器の調製>
次いで、細胞非接着性部位を有する層の両面テープのもう一方の剥離テープを除去した側の面に、上記で作製した細胞接着性部位を有する層を貼りあわせて、基材(細胞培養用シート)を調製した(シート厚み:315μm)。得られた細胞培養シートを培養プレート内へ設置し、細胞培養用容器を完成した。
【0179】
<培養用容器の脱泡処理>
上記で得られた培養用容器の脱泡処理を行った。
具体的には、安全キャビネット内で、はじめに細胞培養用容器へ20mL程度のPBSをデカントで加えた。次に、18Gノンベベル針(内径0.9mm、テルモ製)を取り付けた20mLオールプラスチック(ニプロ製)に20mLのPBSを充填し、針の先端が容器内のPBSの液中に浸かる位置(凹部開口上端面から2mm程上方)で水平移動させながらシリンジを押し出すことによって、基材全表面の1/3程度の範囲に8秒程で全量を送液(開口部面積1cmあたり約0.09mL/s、流速約393cm/s)した後、次いで、容器内のPBSをシリンジで吸い取ってシリンジにPBSを再充填してから、再び、残る範囲に対しても同様の送液を繰り返して脱泡を行った。ほとんどのウェルに気泡が認められなくなったが、気泡が残った部分に対しては上記の脱泡を同様にして行った。かかる処理により、ほぼ全ての気泡を除くことができた。その後、37℃の5%(v/v)COインキュベーター内で15分間静置した後、再びシリンジに充填したPBSを押し出すことで新たに生じた気泡を取り除いた。このような脱泡後、凹部からPBSが完全にはなくならないようにPBSを除去してから、1%抗生物質を含んだKBM ADSC-2培地を21mL加えて、37℃の5%(v/v)COインキュベーター内で1晩静置した。
【0180】
脱泡前(未脱泡)の培養用容器の凹部内には、気泡の残存が散見されたが、上記脱泡処理を行った培養用容器の凹部内には、気泡が確認できなかった。
【0181】
<細胞>
細胞は、ヒト脂肪由来幹細胞(Human adipose derived stem cell:AdSC)を用いた。AdSCはメーカー品(ロンザ社、PT-5006)を購入して使用した。
【0182】
<細胞の拡大培養>
凍結細胞を37℃の恒温水槽で溶解させ、5%FBS、1%抗生物質を含んだKBM ADSC-2培地(基礎培地、コージンバイオ製)9mLに加えた。次いで、500×gで5分間の遠心処理を施した後、上清を除去して10mLの基礎培地に分散させた。800mL容細胞培養用フラスコ(住友ベークライト製)に細胞懸濁液を加えた後の全量が30mLとなるように基礎培地を予め加えておき、そこに細胞懸濁液を1.0×10細胞/フラスコとなるように加え、37℃の5%(v/v)COインキュベーター内で培養(拡大培養)を行った。
【0183】
<スフェロイドの培養>
培養用フラスコから培地を除去し、細胞剥離液accutase(プロモセル製)を5mL添加した後、37℃の5%(v/v)COインキュベーター内で5分程度保持して細胞を剥離した。次いで、剥離液を回収し、PBSを用いて総量が15mLとなるようにしてチューブへ移した。210×gで5分間遠心処理を施し、4mLの1%抗生物質を含んだKBM ADSC-2培地で懸濁させて、細胞数のカウントを行った。その後、1.0×10細胞/mLの濃度となるように調製した。
【0184】
上記脱泡処理を行った培養用容器から培地を除去し、500細胞/穴となるように細胞を播種した。安全キャビネット内で15分静置した後、37℃の5%(v/v)COインキュベーターに入れて3日間培養した。
上記脱泡処理を行った培養用容器を用いることで、ほぼ全てのキャビティ内にスフェロイドを作製することができた。容器をプレートスキャナー(スクリーン製)で撮影し、得られた画像を9分割して各地点でのスフェロイド作製効率を算出したところ、スフェロイド作製効率は99±1%(9か所の平均値)であった。
【0185】
<輸送>
上記培養後の培養用容器のカバーを外し、安全キャビネット内で、以下の手順で輸送用の梱包を行った。
(1)培養用容器の外側、カバー、内部及び上端部を、消毒用アルコールで拭き上げた。
(2)2枚重ね合わせたカバーフィルムを培養用容器上部に置き、培養用容器のカバーを静かに押し込んだ。
(3)培養用容器から培地が漏れ出さないことを確認した。
(4)セルポーター(コアフロント社製)のコンテナに、上記(1)~(3)の操作を行った培養用容器を収納した。
(5)COガス濃度調整剤とデータロガーが入っていることを確認し、2個の蓄熱剤を、コンテナを挟むようにセルポーターへ入れた。
【0186】
上記のようにして培養用容器をセルポーターに入れて6時間保持した。6時間の間に、輸送で想定される動き(歩く、走る、階段を上る、セルポーターを持ち上げる、置く)を行った。6時間後、培養用容器外壁とカバーフィルム間に培地がわずかに滲んだものの、培養用容器外に培地が漏出することは無かった。このように、本実施例では、輸送で想定される動きを行うことにより、十分に負荷をかけた。
【0187】
また、図5に、輸送前と輸送後の培養用容器の写真を示す。図5において、黒い点がスフェロイドであり、白丸のみはスフェロイドが脱落したものである。図5が示すように、ほぼ全てのスフェロイドがキャビティ(凹部)内に接着したままであった。
なお、データロガーの記録から、輸送中の平均温度は33℃であった。
【0188】
また、輸送後のスフェロイドには、目視で確認したところ、輸送前と比較して、崩壊や凝集が見られなかった。
【0189】
<スフェロイドの回収>
上記輸送後の容器の培地を吸引除去し、20mLのPBSを加えた。次に、18Gノンベベル針(内径0.9mm、テルモ製)を取り付けた20mLオールプラスチック(ニプロ製)に20mLのPBSを充填し、針の先端が容器内のPBSの液中に浸かる位置(凹部開口上端面から2mm程上方)で水平移動させながらシリンジを押し出すことによって、容器の凹部全体の1/3に8秒程で送液(開口部面積1cmあたり約0.09mL/s、流速約393cm/s)を行い、スフェロイドを基材から剥離した。剥離したスフェロイドとPBSを20mLオールプラスチックで吸い取り、50mL遠沈管に回収した。
【0190】
上記回収処理により、容器外へPBSが漏れ出すことなくスフェロイドを回収することができた。また、容器を無菌環境から出すことなくさらに大型の装置を用いずにスフェロイドを回収することができた。
【0191】
また、回収したスフェロイド中の細胞の生存率を次のようにして測定した。スフェロイド分散液を210×gで5分間遠心処理を施し、10mLのAccumax(ナカライテスク製)液で懸濁させて室温で30分処理した。セルストレーナー(コーニング製)で濾過した細胞懸濁液を210×gで5分間遠心処理し、1mLのPBSで懸濁させて、細胞数のカウントを行うことで生存率を算出した。
【0192】
回収されたスフェロイドにおける生細胞率は90%であった。
【産業上の利用可能性】
【0193】
本発明は、細胞の崩壊が抑制された細胞の輸送方法を提供できる。
【符号の説明】
【0194】
1 基材
11 凹部
11a 凹部の内側面
11b 凹部の底面
12 シート表面
21 細胞非接着性を示す物質
22 細胞接着性部位を構成する樹脂
3 単位形状
4 隣り合う単位形状間の間隙
図1
図2
図3
図4
図5