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特許7422218フェライト系ステンレス冷延鋼板およびフェライト系ステンレス冷延鋼板の製造方法
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  • 特許-フェライト系ステンレス冷延鋼板およびフェライト系ステンレス冷延鋼板の製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-17
(45)【発行日】2024-01-25
(54)【発明の名称】フェライト系ステンレス冷延鋼板およびフェライト系ステンレス冷延鋼板の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240118BHJP
   C22C 38/40 20060101ALI20240118BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20240118BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20240118BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/40
C22C38/60
C21D9/46 R
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2022514387
(86)(22)【出願日】2021-03-24
(86)【国際出願番号】 JP2021012196
(87)【国際公開番号】W WO2021205876
(87)【国際公開日】2021-10-14
【審査請求日】2022-04-04
(31)【優先権主張番号】P 2020071069
(32)【優先日】2020-04-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】吉村 祐太
(72)【発明者】
【氏名】平川 直樹
(72)【発明者】
【氏名】石丸 詠一朗
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/092713(WO,A1)
【文献】特開平11-315353(JP,A)
【文献】特開昭61-084329(JP,A)
【文献】特開2006-118018(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2004-0110644(KR,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C22C 38/40
C22C 38/60
C21D 9/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
フェライト系ステンレス冷延であって、
質量%で、C:0.12%以下、Si:1.0%以下、Mn:1.0%以下、Ni:1.0%以下、Cr:12.0~18.0%、N:0.10%以下、Al:0.50%以下、Mo:0.5%以下、Cu:1.0%以下、O:0.01%以下、V:0.15%以下、B:0.10%以下、Ti:0.50%以下、Nb:0.003~0.10%で残部がFeおよび不可避的不純物からなり、
圧延方向に平行かつ圧延幅方向に垂直な平面で切断した断面におけるマルテンサイト相の面積比率が1.0%以上かつ15.0%未満であり、前記フェライト系ステンレス冷延からマルテンサイト相を除いた残部は、フェライト相、ならびに、炭化物、窒化物、および前記不可避的不純物により生じる、析出物または介在物で構成され、
降伏伸びが2.0%以下であり、かつ破断伸びが22.0%以上である、フェライト系ステンレス冷延
【請求項2】
下記式(1)で表され、焼鈍によるオーステナイト相の最大生成量を表す下記指標値が15以上かつ50以下であり、
(指標値)=420C-11.5Si+7Mn+23Ni-11.5Cr-12Mo+9Cu-49Ti-52Al+470N+189 ・・・(1)
前記式(1)において、各元素記号は、当該元素の質量%濃度を表している、請求項1に記載のフェライト系ステンレス冷延
【請求項3】
質量%で、Co:0.01~0.50%、Zr:0.01~0.10%、Mg:0.0005~0.0030%、Ca:0.0003~0.0030%、Y:0.01~0.20%、Yを除く希土類金属:合計で0.01~0.10%、Sn:0.001~0.500%、Sb:0.001~0.500%、Pb:0.01~0.10%、W:0.01~0.50%のうちから選択される1種または2種以上を更に含有する、請求項1または2に記載のフェライト系ステンレス冷延
【請求項4】
Cの含有率は、0.030%以上である、請求項1から3のいずれか1項に記載のフェライト系ステンレス冷延
【請求項5】
質量%で、C:0.12%以下、Si:1.0%以下、Mn:1.0%以下、Ni:1.0%以下、Cr:12.0~18.0%、N:0.10%以下、Al:0.50%以下で残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼スラブであって、
下記式(2)で表される指標値が15以上かつ50以下であり、
(指標値)=420C-11.5Si+7Mn+23Ni-11.5Cr-12Mo+9Cu-49Ti-52Al+470N+189 ・・・(2)
前記式(2)において、各元素記号は、当該元素の質量%濃度を表している、鋼スラブを熱間圧延して熱延鋼板を作製する熱間圧延工程と、
前記熱間圧延工程の後の前記熱延鋼板を冷間圧延して冷延鋼板を作製する冷間圧延工程と、
前記冷間圧延工程の後の前記冷延鋼板を焼鈍する焼鈍工程とを含み、
前記焼鈍工程において、
前記鋼スラブの下記式(3)で表されるTAについて、
TA=35×(Cr+1.72Mo+2.09Si+4.86Nb+8.29V+1.77Ti+21.4Al+40B-7.14C-8.0N-3.24Ni-1.89Mn-0.51Cu)+310 ・・・(3)
前記式(3)において、各元素記号は、当該元素の質量%濃度を表しており、
前記鋼スラブの前記TAが921未満の場合には、最高焼鈍温度(℃)を0.65×TA+291以上かつ1.10×TA-48以下とし、
前記鋼スラブの前記TAが921以上の場合には、最高焼鈍温度(℃)を、0.65×TA+291以上かつ1050℃以下とし、
冷却速度を5.0℃/s以上として焼鈍する、
圧延方向に平行かつ圧延幅方向に垂直な平面で切断した断面におけるマルテンサイト相の面積比率が1.0%以上かつ15.0%未満であり、降伏伸びが2.0%以下であり、かつ破断伸びが22.0%以上である、フェライト系ステンレス冷延の製造方法。
【請求項6】
前記熱間圧延工程の後かつ前記冷間圧延工程の前の熱延鋼板を500℃以上かつ1100℃以下で熱処理して軟質化させる軟質化工程を更に含む、請求項5に記載のフェライト系ステンレス冷延の製造方法。
【請求項7】
前記焼鈍工程における昇温速度が10℃/s以上である、請求項5または6に記載のフェライト系ステンレス冷延の製造方法。
【請求項8】
前記焼鈍工程における最高焼鈍温度での均熱時間が5秒以上である、請求項5から7のいずれか1項に記載のフェライト系ステンレス冷延の製造方法。
【請求項9】
前記焼鈍工程の後に調質圧延を行うことなく製造されている、請求項5から8のいずれか1項に記載のフェライト系ステンレス冷延の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はフェライト系ステンレス鋼およびフェライト系ステンレス鋼の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
フェライト系ステンレス鋼が家電製品および調理器具などに適用される場合、フェライト系ステンレス鋼には、高い加工性と清浄な外観が求められる。しかし、SUS430を含むフェライト系ステンレス鋼は、プレス成形時に、数%の降伏伸びにより、ストレッチャーストレインと称される微小な凹凸が発生し、表面性状が劣化する。そこで特許文献1には、ストレッチャーストレインを低減するための調質圧延が施されたステンレス鋼板が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】日本国特許第3592840号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上述のような従来技術では、調質圧延のために工程数が増加するため、ステンレス鋼板の生産性が低下し、ステンレス鋼板の製造コストが増加するという問題がある。本発明の一態様は、調質圧延を行わなくてもストレッチャーストレインを低減でき、かつプレス成形性の高いフェライト系ステンレス鋼等を実現することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係るフェライト系ステンレス鋼は、質量%で、C:0.12%以下、Si:1.0%以下、Mn:1.0%以下、Ni:1.0%以下、Cr:12.0~18.0%、N:0.10%以下、Al:0.50%以下で残部がFeおよび不可避的不純物からなり、圧延方向に平行かつ圧延幅方向に垂直な平面で切断した断面におけるマルテンサイト相の面積比率が1.0%以上かつ15.0%未満であり、前記フェライト系ステンレス鋼からマルテンサイト相を除いた残部は、主にフェライト相で構成され、降伏伸びが2.0%以下であり、かつ破断伸びが22.0%以上である。
【発明の効果】
【0006】
本発明の一態様によれば、調質圧延を行わなくてもストレッチャーストレインを低減でき、かつプレス成形性の高いフェライト系ステンレス鋼等を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1】本発明の一実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼の製造方法を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本発明の一実施形態について、詳細に説明する。なお、本明細書において、フェライト系ステンレス鋼(以下、ステンレス鋼)に対する各合金元素の含有率を、単に含有率と称する。また、含有率に関する「%」の表示については、特に断らない限り、「質量%」を意味するものとする。また、数値X1および数値X2(ただし、X1<X2)について、「X1~X2」は、「X1以上かつX2以下」を意味するものとする。
【0009】
また、本明細書において、ステンレス鋼の圧延方向に平行かつ圧延幅方向に垂直な平面で切断した断面におけるマルテンサイト相の面積比率を「マルテンサイト面積比率」と称する。換言すれば、マルテンサイト面積比率とは、ステンレス鋼の圧延方向に平行かつ圧延幅方向に垂直な平面で切断した断面の面積に対するマルテンサイト相の面積比率を意味する。
【0010】
本発明者らは、鋭意検討により、降伏伸びを低減し、ストレッチャーストレインを低減するためには、マルテンサイト相の分散が有効であることを見出した。マルテンサイト相は高強度であるものの降伏応力が低い性質を有するとともに、降伏伸びの要因となる固溶炭素・窒素を相内に格納しておく効果があるため、降伏伸び低減に有効となる。一方、過度なマルテンサイト相の分散は、強度上昇にともなう延性低下または耐食性低下等の特性劣化を招く。以上のことから、本発明者らは、適度な量のマルテンサイト相を分散させることにより、調質圧延を行わなくてもストレッチャーストレインを低減でき、かつプレス成形性の高いフェライト系ステンレス鋼を実現できることを見出した。
【0011】
〔指標値〕
下記式(1)で表される指標値(以下、指標値と称する)は、焼鈍によるオーステナイト相の最大生成量を表す指標である。
【0012】
(指標値)=420C-11.5Si+7Mn+23Ni-11.5Cr-12Mo+9Cu-49Ti-52Al+470N+189 ・・・(1)
前記式(1)において、各元素記号は、当該元素の質量%濃度を表している。ここで、焼鈍時に生成するオーステナイト相は、冷却過程でマルテンサイト相に変態し得る。指標値を15以上かつ50以下にすることにより、焼鈍によるオーステナイト相の最大生成量を制御して、冷却過程で生成するマルテンサイト相の量を適切に管理することが容易となる。そのため、指標値を15以上かつ50以下に設定することにより、後述するマルテンサイト面積比率を1.0%以上かつ15.0%未満に管理することが容易となる。
【0013】
〔合金成分〕
本発明は、例えば以下に掲げる成分を含むステンレス鋼に適用されるが、本発明はこれに限定されない。本発明の一実施形態に係るステンレス鋼は、以下の成分の他に、各種の成分を含むことができる。
【0014】
<C:0.12%以下>
Cは、Crと炭化物を形成することにより、ステンレス鋼が変形するときに転位の発生源となる界面を生成させる重要な元素である。しかし、Cが過剰に添加されると、過剰のマルテンサイト相が生じやすくなり、延性が低下する。そのため、Cの含有率は、0.12%以下に設定される。また、マルテンサイト相を生成させるために、Cの含有率は、0.030%以上であることが好ましい。
【0015】
<Si:1.0%以下>
Siは、溶製段階で脱酸剤としての効果を有する。しかし、Siが過剰に添加されると、ステンレス鋼が硬質化し、延性が低下する。したがって、Siの含有率は1.0%以下に設定される。
【0016】
<Mn:1.0%以下>
Mnは、脱酸剤としての効果を有する。しかし、Mnが過剰に添加されると、MnSの生成量が増加してステンレス鋼の耐食性が低下する。したがって、Mnの含有率は1.0%以下に設定される。
【0017】
<Ni:1.0%以下>
Niは、オーステナイト生成元素であり、焼鈍後のマルテンサイト面積比率および強度を制御するために有効な元素である。しかしNiが過剰に添加されると、オーステナイト相が必要以上に安定化され、ステンレス鋼の延性が低下するとともに、ステンレス鋼の原料コストが上昇する。したがって、Niの含有率は1.0%以下に設定される。
【0018】
<Cr:12.0~18.0%>
Crは、冷延鋼板の表面に不動態皮膜を形成して、耐食性を高めるために必要である。しかし、Crが過剰に添加されると、ステンレス鋼の延性が低下する。したがって、Crの含有率は12.0~18.0%に設定される。
【0019】
<N:0.10%以下>
Nは、Crと窒化物を形成することにより、ステンレス鋼が変形するときに転位の発生源となる界面を生成させる重要な元素である。しかし、Nが過剰に添加されると、過剰のマルテンサイト相が生じやすくなり、延性が低下する。そのため、Nの含有率は、0.10%以下に設定される。
【0020】
<Al:0.50%以下>
Alは、脱酸に有効な元素であるとともに、プレス加工性に悪影響を及ぼすA系介在物を低減することができる。しかし、Alが過剰に添加されると、表面欠陥が増加する。そのため、Alの含有率は0.50%以下に設定される。
【0021】
<Mo:好ましくは0.5%以下>
Moは、耐食性の向上に有効な元素である。しかし、Moが過剰に添加されると、ステンレス鋼の原料コストが上昇する。したがって、Moの含有率は0.50%以下に設定されることが好ましい。
【0022】
<Cu:好ましくは1.0%以下>
Cuは、耐食性の向上に有効な元素である。Cuの含有率は1.0%以下に設定されることが好ましい。
【0023】
<O:好ましくは0.01%以下>
Oは、非金属介在物を生成し、衝撃値および疲れ寿命を低下させる。そのため、Oの含有率は0.01%以下に設定されることが好ましい。
【0024】
<V:好ましくは0.15%以下>
Vは、硬度および強度の向上に有効な元素である。しかし、Vが過剰に添加されると、ステンレス鋼の原料コストが上昇する。したがって、Vの含有率は0.15%以下に設定されることが好ましい。
【0025】
<B:好ましくは0.10%以下>
Bは、靭性改善に有効な元素である。しかし、この効果は、0.10%を超えると飽和する。したがって、Bの含有率は0.10%以下に設定されることが好ましい。
【0026】
<Ti:好ましくは0.50%以下>
Tiは、ストレッチャーストレインの原因となる固溶Cまたは固溶Nと炭化物または窒化物を形成することにより、CおよびNを固定化して、ストレッチャーストレインを低減することができる。しかし、Tiは高価な元素であるので、Tiが過剰に添加されると、ステンレス鋼の原料コストが上昇する。したがって、Tiの含有率は、0.50%以下に設定されることが好ましい。
【0027】
<Co:好ましくは0.01~0.50%>
Coは、耐食性および耐熱性の向上に有効な元素である。しかし、Coが過剰に添加されると、ステンレス鋼の原料コストが上昇する。したがって、Coの含有率は0.01~0.50%に設定されることが好ましい。
【0028】
<Zr:好ましくは0.01~0.10%>
Zrは、脱窒、脱酸および脱硫に有効な元素である。しかし、Zrが過剰に添加されると、ステンレス鋼の原料コストが上昇する。したがって、Zrの含有率は0.01~0.10%に設定されることが好ましい。
【0029】
<Nb:好ましくは0.01~0.10%>
Nbは、Tiと同様に、ストレッチャーストレインの原因となる固溶Cまたは固溶Nと炭化物または窒化物を形成することにより、CおよびNを固定化して、ストレッチャーストレインを低減することができる。しかし、Nbは高価な元素であるので、Nbが過剰に添加されると、ステンレス鋼の原料コストが上昇する。したがって、Nbの含有率は、0.01~0.10%に設定されることが好ましい。
【0030】
<Mg:好ましくは0.0005~0.0030%>
Mgは、溶鋼中でAlとともにMg酸化物を形成し脱酸剤として作用する。一方、過剰にMgを含有するとステンレス鋼の靱性が低下して製造性が低下する。そのため、Mgを含有する場合は、Mgの含有率は0.0005~0.0030%に設定されることが好ましく、0.0020%以下に設定されることがより好ましい。
【0031】
<Ca:好ましくは0.0003~0.0030%>
Caは、脱ガスに有効な元素である。Caの含有率は0.0003~0.0030%に設定されることが好ましい。
【0032】
<Y:好ましくは0.01~0.20%>
Yは、熱間加工性および耐酸化性の向上に有効な元素である。しかし、これらの効果は、0.20%を超えると飽和する。したがって、Yの含有率は、0.01~0.20%に設定されることが好ましい。
【0033】
<Yを除く希土類金属:好ましくは合計で0.01~0.10%>
Yを除く希土類金属(Rare Earth Metal:REM)、例えばScおよびLaも、Yと同様に、熱間加工性および耐酸化性の向上に有効である。しかし、これらの効果は、0.10%を超えると飽和する。したがって、Yを除くREMの含有率の合計は、0.01~0.10%に設定されることが好ましい。
【0034】
<Sn:好ましくは0.001~0.500%>
Snは、耐食性の向上に有効な元素である。しかし、Snが過剰に添加されると、熱間加工性および粘り強さが低下する。したがって、Snの含有率は0.001~0.500%に設定されることが好ましい。
【0035】
<Sb:好ましくは0.001~0.500%>
Sbは、圧延時における変形帯生成の促進による加工性の向上に効果的である。一方、過剰にSbを含有するとその効果は飽和し、さらに加工性が低下する。そのため、Sbを含有する場合は、Sbの含有率は0.001~0.500%に設定されることが好ましく、0.200%以下に設定されることがより好ましい。
【0036】
<Pb:好ましくは0.01~0.10%>
Pbは、快削性の向上に有効な元素である。Pbの含有率は0.01~0.10%に設定されることが好ましい。
【0037】
<W:好ましくは0.01~0.50%>
Wは、高温強さの向上に有効な元素である。しかし、Wが過剰に添加されると、ステンレス鋼の原料コストが上昇する。したがって、Wの含有率は0.01~0.50%に設定されることが好ましい。
【0038】
<その他>
上述した成分以外の残部は、Feおよび不可避的不純物である。不可避的不純物とは、本明細書において、製造上不可避的に混入してくる不純物を意味する。不可避的不純物の含有率は、可能な限り低いことが好ましい。
【0039】
〔ステンレス鋼の製造方法〕
図1は、本発明の一実施形態に係るステンレス鋼の製造方法の一例を示すフローチャートである。ステンレス鋼を製造するためには、まず、溶製工程S1で、上記の成分を含有するステンレス鋼を溶製して鋼スラブを作製する。溶製工程S1では、ステンレス鋼の一般的な溶製装置および溶製条件を使用することができる。
【0040】
熱間圧延工程S2では、鋼スラブを熱間圧延し、熱延鋼板を作製する。熱間圧延工程S2では、ステンレス鋼の一般的な熱間圧延装置および熱間圧延条件を使用することができる。軟質化工程S3では、熱延鋼板を500~1100℃で熱処理して軟質化する。軟質化工程S3は、例えばステンレス鋼の組成または熱間圧延もしくは冷間圧延の条件に応じて、省略してもよい。
【0041】
冷間圧延工程S4では、軟質化工程S3後の熱延鋼板、または軟質化工程S3が省略可能な場合には、熱間圧延工程S2後の熱延鋼板を冷間圧延し、冷延鋼板を作製する。冷間圧延工程S4では、ステンレス鋼の一般的な冷間圧延装置および冷間圧延条件を使用することができる。
【0042】
焼鈍工程S5では、冷延鋼板を焼鈍する。焼鈍工程S5での最高温度である最高焼鈍温度(℃)は、次のように設定される。まず、鋼スラブの組成について、下記式(2)で表されるTAを算出する。当該TAは、予め算出されていればよい。
TA=35×(Cr+1.72Mo+2.09Si+4.86Nb+8.29V+1.77Ti+21.4Al+40B-7.14C-8.0N-3.24Ni-1.89Mn-0.51Cu)+310 ・・・(2)
ただし、前記式(2)において、各元素記号は、当該元素の質量%濃度を表している。
【0043】
そして、TAが921未満の場合には、最高焼鈍温度(℃)を0.65×TA+291以上かつ1.10×TA-48以下とする。また、TAが921以上の場合には、最高焼鈍温度(℃)を、0.65×TA+291以上かつ1050℃以下とする。
【0044】
ここで、TAは、オーステナイト相の生成開始温度の目安である。焼鈍工程S5における温度がTAを超えると、オーステナイト量が増加し、更に温度が上昇していくと、オーステナイト量がピーク量となった後、減少に転じる。オーステナイト相は、冷却過程でマルテンサイト相に変態し得るので、後述するマルテンサイト面積比率を1.0%以上かつ15.0%未満にするためには、最高焼鈍温度をTA以上かつオーステナイト量が増加し過ぎない温度以下に設定する必要がある。
【0045】
しかし、TAは回帰式上の目安であって、実際にオーステナイト相が生成し始める温度とは乖離がある。そこで、本発明者らが鋭意検討した結果、TAが921未満の場合には、最高焼鈍温度(℃)を0.65×TA+291以上かつ1.10×TA-48以下とすることにより、マルテンサイト面積比率を1.0%以上かつ15.0%未満にできることが見出された。
【0046】
また、TAが921以上の場合には、オーステナイト相のピーク量そのものが少ないので、ピーク量の全量がオーステナイト相からマルテンサイト相へと変態しても、マルテンサイト面積比率を1.0%以上かつ15.0%未満にすることができた。したがって、TAが921以上の場合には、最高焼鈍温度(℃)の上限を1.10×TA-48に制限する必要がない。この場合、過度な高温での焼鈍は、結晶粒の粗大化を招き、加工時の肌荒れなど特性劣化を招くため、最高焼鈍温度の上限を1050℃に設定する。
【0047】
焼鈍工程S5での昇温速度は、10℃/s以上に設定されることが好ましい。昇温速度が10℃/s以上である場合、焼鈍工程S5における昇温時間を短縮できるので、フェライト系ステンレス鋼の製造に要する時間を短縮することができる。したがって、フェライト系ステンレス鋼の生産性を向上することができる。また、焼鈍工程S5における最高焼鈍温度での均熱時間は、5秒以上に設定されることが好ましい。均熱時間が5秒以上である場合、均熱中にオーステナイト相を確実に生成することができる。オーステナイト相は、冷却中にマルテンサイト相へと変態する。そのため、均熱時間を5秒以上に設定することにより、後述するマルテンサイト面積比率を1.0%以上かつ15.0%未満に管理することがより容易となる。
【0048】
焼鈍工程S5での冷却速度は、5.0℃/s以上に設定される。後述するように、冷却速度が5.0℃/s未満であると、最高焼鈍温度からの冷却に時間が掛かることにより、オーステナイト相が、安定状態のフェライト相へと変態するので、マルテンサイト面積比率が低下し、降伏伸びが増加する。したがって、降伏伸びを減少させるために、焼鈍工程S5での冷却速度は、5.0℃/s以上に設定される。
【0049】
〔マルテンサイト面積比率〕
本発明の一実施形態において、ステンレス鋼からマルテンサイト相を除いた残部は、主にフェライト相で構成される。マルテンサイト面積比率が高い程、降伏伸びが減少し、ストレッチャーストレインが低減する。しかし、マルテンサイト面積比率が過剰に高いと、ステンレス鋼の延性が低下し、プレス成形が難しくなる。したがって、本実施形態におけるステンレス鋼のマルテンサイト面積比率は、1.0%以上かつ15.0%未満である。
【0050】
マルテンサイト面積比率は、例えばEBSD(electron back scattering diffraction)結晶方位解析を用いて測定することができる。具体的には、まず、走査型電子顕微鏡(SEM)に搭載したEBSD検出器を使用して、ステンレス鋼の断面のEBSDパターンを取得する。EBSDパターン取得条件は、例えば以下の通りである。
・測定面:L断面(熱間圧延および冷間圧延の圧延方向に平行かつ圧延幅方向に垂直な平面で切断した断面)
・測定倍率:250~800倍
・測定面積:100μm~300μm角
・測定ピッチ(step size):0.3μm~0.8μm
そして、取得したEBSDパターンを、OIM解析ソフトによりIQ(Image Quality)画像化する。ここで、IQ画像は鮮明度を表す画像解析である。マルテンサイト相はフェライト相に比べて内部組織が複雑であり、鮮明度が低いので、IQ画像では暗く映る。一方、フェライト相は、マルテンサイト相に比べて内部組織が単純であり、鮮明度が高いので、IQ画像では明るく映る。IQ画像を二値化し、マルテンサイト相の面積をステンレス鋼全体の面積で除することにより、マルテンサイト面積比率を算出することができる。
【0051】
〔降伏伸びおよび破断伸び〕
ステンレス鋼の降伏伸びおよび破断伸びは、例えばJIS Z 2241に規定される引張試験により、測定することができる。このとき、引張試験片は、例えばJISZ2201においてJIS13Bとして規定される形状のものを使用することができる。本実施形態におけるステンレス鋼の降伏伸びは2.0%以下であり、かつ破断伸びは22.0%以上である。
【0052】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【0053】
〔まとめ〕
本発明の一態様に係るフェライト系ステンレス鋼は、質量%で、C:0.12%以下、Si:1.0%以下、Mn:1.0%以下、Ni:1.0%以下、Cr:12.0~18.0%、N:0.10%以下、Al:0.50%以下で残部がFeおよび不可避的不純物からなり、圧延方向に平行かつ圧延幅方向に垂直な平面で切断した断面におけるマルテンサイト相の面積比率が1.0%以上かつ15.0%未満であり、前記フェライト系ステンレス鋼からマルテンサイト相を除いた残部は、主にフェライト相で構成され、降伏伸びが2.0%以下であり、かつ破断伸びが22.0%以上である。
【0054】
上記の構成によれば、フェライト系ステンレス鋼の大きな破断伸びを維持したまま、降伏伸びを減少させることができる。破断伸びが大きい程、プレス成形性が良好である。また、降伏伸びが小さい程、ストレッチャーストレインが低減される。したがって、調質圧延を行わなくてもストレッチャーストレインを低減でき、かつプレス成形性の高いフェライト系ステンレス鋼を実現することができる。
【0055】
また、本発明の一態様に係るフェライト系ステンレス鋼は、下記式(1)で表され、焼鈍によるオーステナイト相の最大生成量を表す下記指標値が15以上かつ50以下であり、
(指標値)=420C-11.5Si+7Mn+23Ni-11.5Cr-12Mo+9Cu-49Ti-52Al+470N+189 ・・・(1)
前記式(1)において、各元素記号は、当該元素の質量%濃度を表している。
【0056】
上記の構成によれば、指標値が15以上かつ50以下である。ここで、焼鈍時に生成するオーステナイト相は、冷却過程でマルテンサイト相に変態し得る。前記指標値を15以上かつ50以下に設定することにより、焼鈍によるオーステナイト相の最大生成量を制御して、冷却過程で生成するマルテンサイト相の量を適切に管理することが容易となる。したがって、調質圧延を行わなくてもストレッチャーストレインを低減でき、かつプレス成形性の高いフェライト系ステンレス鋼をより容易に実現することができる。
【0057】
また、本発明の一態様に係るフェライト系ステンレス鋼は、質量%で、Mo:0.5%以下、Cu:1.0%以下、O:0.01%以下、V:0.15%以下、B:0.10%以下、Ti:0.50%以下のうちから選択される1種または2種以上を更に含有してもよい。
【0058】
上記の構成によれば、Moを0.5%以下で含有する場合、フェライト系ステンレス鋼の耐食性を向上できるとともに、原料コストの上昇を抑えることができる。また、Cuを1.0%以下で含有する場合、フェライト系ステンレス鋼の耐食性を向上することができる。また、Oの含有率が0.01%以下の場合、衝撃値および疲れ寿命を改善することができる。また、Vを0.15%以下で含有する場合、フェライト系ステンレス鋼の硬度および強度を効果的に向上することができる。また、Bを0.10%以下で含有する場合、フェライト系ステンレス鋼の靭性を効果的に改善することができる。また、Tiを0.50%以下で含有する場合、ストレッチャーストレインを低減できるとともに、原料コストの上昇を抑えることができる。
【0059】
また、本発明の一態様に係るフェライト系ステンレス鋼は、質量%で、Co:0.01~0.50%、Zr:0.01~0.10%、Nb:0.01~0.10%、Mg:0.0005~0.0030%、Ca:0.0003~0.0030%、Y:0.01~0.20%、Yを除く希土類金属:合計で0.01~0.10%、Sn:0.001~0.500%、Sb:0.001~0.500%、Pb:0.01~0.10%、W:0.01~0.50%のうちから選択される1種または2種以上を更に含有してもよい。
【0060】
上記の構成によれば、Coを0.01~0.50%で含有する場合、耐食性および耐熱性を向上することができる。また、Zrを0.01~0.10%で含有する場合、脱窒、脱酸および脱硫を効果的に行うことができる。また、Nbを0.01~0.10%で含有する場合、ストレッチャーストレインを低減できるとともに、原料コストの上昇を抑えることができる。また、Caを0.0003~0.0030%で含有する場合、脱ガス性を向上させることができる。また、Yを0.01~0.20%で含有する場合、熱間加工性および耐酸化性を効果的に向上することができる。また、Yを除く希土類金属を合計で0.01~0.10%の範囲で含有する場合、熱間加工性および耐酸化性を効果的に向上することができる。また、Snを0.001~0.500%で含有する場合、耐食性を向上させることができる。また、Pbを0.01~0.10%で含有する場合、快削性を向上させることができる。また、Wを0.01~0.50%で含有する場合、高温強さを向上させることができる。
【0061】
また、本発明の一態様に係るフェライト系ステンレス鋼の製造方法は、質量%で、C:0.12%以下、Si:1.0%以下、Mn:1.0%以下、Ni:1.0%以下、Cr:12.0~18.0%、N:0.10%以下、Al:0.50%以下で残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼スラブであって、下記式(2)で表される指標値が15以上かつ50以下であり、
(指標値)=420C-11.5Si+7Mn+23Ni-11.5Cr-12Mo+9Cu-49Ti-52Al+470N+189 ・・・(2)
前記式(2)において、各元素記号は、当該元素の質量%濃度を表している、鋼スラブを熱間圧延して熱延鋼板を作製する熱間圧延工程と、前記熱間圧延工程の後の前記熱延鋼板を冷間圧延して冷延鋼板を作製する冷間圧延工程と、前記冷間圧延工程の後の前記冷延鋼板を焼鈍する焼鈍工程とを含み、前記焼鈍工程において、前記鋼スラブの下記式(3)で表されるTAについて、
TA=35×(Cr+1.72Mo+2.09Si+4.86Nb+8.29V+1.77Ti+21.4Al+40B-7.14C-8.0N-3.24Ni-1.89Mn-0.51Cu)+310 ・・・(3)
前記式(3)において、各元素記号は、当該元素の質量%濃度を表しており、前記鋼スラブの前記TAが921未満の場合には、最高焼鈍温度(℃)を0.65×TA+291以上かつ1.10×TA-48以下とし、前記鋼スラブの前記TAが921以上の場合には、最高焼鈍温度(℃)を、0.65×TA+291以上かつ1050℃以下とし、冷却速度を5.0℃/s以上として焼鈍する。
【0062】
上記の方法によれば、焼鈍工程における最高焼鈍温度が、フェライト系ステンレス鋼の組成に応じて適切に設定されるとともに、冷却速度が適切に管理される。そのため、より確実に、マルテンサイト相の面積比率を1.0%以上かつ15.0%未満の範囲に制御することができる。したがって、調質圧延を行わなくてもストレッチャーストレインを低減でき、かつプレス成形性の高いフェライト系ステンレス鋼をより確実に製造することができる。
【0063】
また、本発明の一態様に係るフェライト系ステンレス鋼の製造方法は、前記熱間圧延工程の後かつ前記冷間圧延工程の前の熱延鋼板を500℃以上かつ1100℃以下で熱処理して軟質化させる軟質化工程を更に含んでもよい。上記の方法によれば、軟質化工程を更に含むので、フェライト系ステンレス鋼をプレス加工または引張り加工するときに、圧延方向と平行に発生する皺(ストレッチャーストレイン)を低減することができる。
【0064】
また、本発明の一態様に係るフェライト系ステンレス鋼の製造方法は、前記焼鈍工程における昇温速度が10℃/s以上であってもよい。上記の方法によれば、焼鈍工程における昇温時間を短縮できるので、フェライト系ステンレス鋼の製造に要する時間を短縮することができる。したがって、フェライト系ステンレス鋼の生産性を向上することができる。また、焼鈍工程における昇温速度が適切に管理されるので、更に確実に、マルテンサイト相の面積比率を1.0%以上かつ15.0%未満の範囲に制御することができる。したがって、調質圧延を行わなくてもストレッチャーストレインを低減でき、かつプレス成形性の高いフェライト系ステンレス鋼を更に確実に製造することができる。
【0065】
また、本発明の一態様に係るフェライト系ステンレス鋼の製造方法は、前記焼鈍工程における最高焼鈍温度での均熱時間が5秒以上であってもよい。上記の方法によれば、焼鈍工程における均熱時間が適切に管理されるので、更に確実に、マルテンサイト相の面積比率を1.0%以上かつ15.0%未満の範囲に制御することができる。したがって、調質圧延を行わなくてもストレッチャーストレインを低減でき、かつプレス成形性の高いフェライト系ステンレス鋼を更に確実に製造することができる。
【実施例
【0066】
本発明の実施例について以下に説明する。表1に示す13種類の組成Ex1~Ex10およびCE1~CE3を有する鋼スラブを、実操業ラインで溶製することにより作製した。なお、表1には、Ex1~Ex10およびCE1~CE3の各組成から算出した指標値も示す。
【0067】
【表1】
表1で下線が付されている数値は、本発明の一実施形態における好ましい範囲の範囲外にある数値を示す。表1に示すように、Ex1~Ex10はいずれも、質量%で、C:0.12%以下、Si:1.0%以下、Mn:1.0%以下、Ni:1.0%以下、Cr:12.0~18.0%、N:0.10%以下、Al:0.50%以下で残部がFeおよび不可避的不純物からなり、指標値が15以上かつ50以下であった。なお、Ex5、Ex6、Ex7、Ex8、Ex9およびEx10はそれぞれ、Mo、Nb、V、B、TiおよびCuの含有率が、他の組成の例よりも高かった。
【0068】
一方、CE1はCの含有率が0.12%を超えており、指標値も50を超えていた。CE2はCrの含有率が18.0%を超えており、指標値は15未満であった。CE3は、指標値が50を超えていた。
【0069】
次に、各組成の鋼スラブを熱間圧延することにより、板厚3mm、板幅150mmの熱延鋼板を作製した。そして、熱延鋼板を980℃で30秒間熱処理して軟質化した後、冷間圧延することにより、板厚1mm、板幅150mmの冷延鋼板を作製した。
【0070】
次に、表2に示す実際の焼鈍条件で、各組成の冷延鋼板を焼鈍することにより、ステンレス鋼を製造した。また、表2には、表1の組成から算出した推奨焼鈍温度も示す。具体的には、まず、鋼スラブの組成について、TA=35×(Cr+1.72Mo+2.09Si+4.86Nb+8.29V+1.77Ti+21.4Al+40B-7.14C-8.0N-3.24Ni-1.89Mn-0.51Cu)+310とする。そして、TAが921未満の場合には、推奨焼鈍温度(℃)の下限を0.65×TA+291とし、上限を1.10×TA-48とした。また、TAが921以上の場合には、推奨焼鈍温度(℃)の下限を0.65×TA+291とし、上限を1050℃とした。例えば、Ex4およびCE2については、TAが921以上であるので、推奨焼鈍温度の上限を1050℃とした。
【0071】
以下の説明では、各ステンレス鋼について、組成と実際の焼鈍条件の番号を「-」でつなぐことにより、各組成の冷延鋼板を各焼鈍条件で焼鈍したステンレス鋼を表すこととする。例えば、「ステンレス鋼Ex1-2」は、組成Ex1の冷延鋼板を、焼鈍条件2(最高焼鈍温度:832℃、均熱時間:5秒、冷却速度:30℃/s)で焼鈍したステンレス鋼を表す。
【0072】
また、表2には、各ステンレス鋼の物性測定結果も示す。具体的には、各ステンレス鋼について、EBSD結晶方位解析により、マルテンサイト面積比率を測定した。また、各ステンレス鋼から、JISZ2201に規定されるJIS13B号試験片を圧延方向に切り出し、JIS Z 2241に規定される引張試験を行うことにより、各ステンレス鋼の降伏伸びおよび破断伸びを測定した。降伏伸びが小さい程、プレス成形時のストレッチャーストレインが低減される。また、破断伸びが大きい程、ステンレス鋼の延性が高く、プレス成形性が良好である。
【0073】
【表2】
表2で下線が付されている数値は、本発明の一実施形態における好ましい範囲の範囲外にある数値を示す。表2に示すように、ステンレス鋼Ex1-1、Ex2-1、Ex3-1、Ex4-1、Ex5-1、Ex6-1およびEx7-1では、実際の焼鈍条件における最高焼鈍温度が推奨焼鈍温度の下限よりも低かった。これらのステンレス鋼では、マルテンサイト面積比率が1.0%未満と低く、降伏伸びが2.0%を超えていた。したがって、これらのステンレス鋼では、ストレッチャーストレインが生じやすいことが示唆される。これらのステンレス鋼でマルテンサイト面積比率が低かった理由は、最高焼鈍温度が低かったことにより、冷却途中で相変態することでマルテンサイト相となるオーステナイト相が生成し難かったためと推測される。
【0074】
ステンレス鋼Ex1-5、Ex2-12、Ex3-3、Ex8-1、Ex9-1およびEx10-1では、実際の焼鈍条件における最高焼鈍温度が、推奨焼鈍温度の上限よりも高かった。これらのステンレス鋼では、マルテンサイト面積比率が15.0%以上と高く、破断伸びが22.0%未満と小さかった。したがって、これらのステンレス鋼では、プレス成形性が低いことが示唆される。これらのステンレス鋼でマルテンサイト面積比率が高かった理由は、最高焼鈍温度が高かったことにより、最高焼鈍温度で生成するオーステナイト量が多く、冷却時にマルテンサイト相が必要以上に生成したためと推測される。
【0075】
ステンレス鋼Ex1-4、Ex2-9およびEx4-7では、実際の焼鈍条件における冷却速度が、5.0℃/s未満であった。これらのステンレス鋼では、マルテンサイト面積比率が1.0%未満と低く、降伏伸びが2.0%を超えていた。したがって、これらのステンレス鋼では、ストレッチャーストレインが生じやすいことが示唆される。これらのステンレス鋼でマルテンサイト面積比率が低かった理由は、最高焼鈍温度からの冷却に時間が掛かったことにより、オーステナイト相が、安定状態のフェライト相へと変態したためと推測される。
【0076】
一方、ステンレス鋼Ex1-2~3、Ex2-2~8、10、11、Ex3-2、Ex4-2~6、8、Ex5-2、Ex6-2、Ex7-2、Ex8-2、Ex9-2およびEx10-2(以下、まとめてステンレス鋼ExGと称する)では、最高焼鈍温度は推奨焼鈍温度の範囲内であった。また、均熱時間は5秒以上であり、冷却速度は5℃/s以上であった。
【0077】
前述のように、Ex1~Ex10はいずれも、質量%で、C:0.12%以下、Si:1.0%以下、Mn:1.0%以下、Ni:1.0%以下、Cr:12.0~18.0%、N:0.10%以下、Al:0.50%以下で残部がFeおよび不可避的不純物からなり、指標値が15以上かつ50以下であった。このような組成のEx1~Ex10について、焼鈍条件を好ましい範囲で管理することにより、ステンレス鋼ExGのマルテンサイト面積比率は、1.0%以上かつ15.0%未満となった。そして、ステンレス鋼ExGのマルテンサイト面積比率が所定の範囲に設定されることにより、ステンレス鋼ExGでは、降伏伸びが2.0%以下であり、かつ破断伸びが22.0%以上であった。
【0078】
降伏伸びが2.0%以下であることから、ステンレス鋼ExGでは、ストレッチャーストレインを低減することができる。また、破断伸びが22.0%以上であることから、ステンレス鋼ExGでは、プレス成形性が良好であることが示唆される。
【0079】
次に、表1に示す指標値が15~50の範囲外であったCE1~CE3について検討する。表2に示すように、CE1では、最高焼鈍温度を推奨焼鈍温度の範囲内にある850℃として焼鈍しても、マルテンサイト面積比率が69.3%と高く、破断伸びが12.7%と小さかった。この理由は、Cの含有率が0.12%を超えており、指標値も50を超えていたことにより、最高焼鈍温度で生成するオーステナイト量が多く、冷却時にマルテンサイト相が必要以上に生成したためと推測される。
【0080】
CE2では、最高焼鈍温度を推奨焼鈍温度の範囲内にある970℃として焼鈍しても、マルテンサイト面積比率が0.01%と低く、降伏伸びが3.8%と大きかった。この理由は、Crの含有率が18.0%を超えており、指標値が15未満であったことにより、フェライト相が必要以上に安定化され、焼鈍時にオーステナイト相が生成し難かったためと推測される。
【0081】
CE3では、推奨焼鈍温度の下限(746℃)が上限(723℃)を上回っており、厳密には推奨焼鈍温度の範囲を規定することができなかった。そこで、2つの値の間にある730℃を最高焼鈍温度として焼鈍したが、マルテンサイト面積比率は80.2%と高く、破断伸びは9.7%と小さかった。この理由は、指標値が50を超えていたことにより、最高焼鈍温度で生成するオーステナイト量が多く、冷却時にマルテンサイト相が必要以上に生成したためと推測される。
【産業上の利用可能性】
【0082】
本発明は、フェライト系ステンレス鋼およびフェライト系ステンレス鋼の製造方法に利用することができる。
【符号の説明】
【0083】
S1 溶製工程
S2 熱間圧延工程
S3 軟質化工程
S4 冷間圧延工程
S5 焼鈍工程
図1