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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-18
(45)【発行日】2024-01-26
(54)【発明の名称】電気化学デバイス用電極材
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/46 20060101AFI20240119BHJP
   H01G 11/30 20130101ALI20240119BHJP
   C22C 23/00 20060101ALI20240119BHJP
   C22C 23/04 20060101ALI20240119BHJP
   C22C 23/06 20060101ALI20240119BHJP
   C22F 1/06 20060101ALN20240119BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20240119BHJP
【FI】
H01M4/46
H01G11/30
C22C23/00
C22C23/04
C22C23/06
C22F1/06
C22F1/00 685A
C22F1/00 685
C22F1/00 661C
C22F1/00 623
C22F1/00 612
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2020530284
(86)(22)【出願日】2019-07-12
(86)【国際出願番号】 JP2019027770
(87)【国際公開番号】W WO2020013328
(87)【国際公開日】2020-01-16
【審査請求日】2022-07-11
(31)【優先権主張番号】P 2018133516
(32)【優先日】2018-07-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】591146549
【氏名又は名称】中央工産株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000230869
【氏名又は名称】日本金属株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】591267855
【氏名又は名称】埼玉県
(74)【代理人】
【識別番号】100086771
【弁理士】
【氏名又は名称】西島 孝喜
(74)【代理人】
【識別番号】100109070
【弁理士】
【氏名又は名称】須田 洋之
(74)【代理人】
【識別番号】100119013
【弁理士】
【氏名又は名称】山崎 一夫
(74)【代理人】
【識別番号】100123777
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 さつき
(74)【代理人】
【識別番号】100111796
【弁理士】
【氏名又は名称】服部 博信
(72)【発明者】
【氏名】栗原 英紀
(72)【発明者】
【氏名】稲本 将史
(72)【発明者】
【氏名】菊池 鉄男
(72)【発明者】
【氏名】吉田 隆一
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 護
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 雅彦
(72)【発明者】
【氏名】山崎 一正
【審査官】結城 佐織
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/021361(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/012360(WO,A1)
【文献】特開2014-192009(JP,A)
【文献】特開2013-191481(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/46
H01G 11/30
C22C 23/00
C22C 23/04
C22C 23/06
C22F 1/06
C22F 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cuを質量%で0.3~15.0%含有するマグネシウム合金を用いた電気化学デバイス用電極材。
【請求項2】
電気化学デバイスとして用いたときの電気化学デバイス用電極材の表面方向からXRDにより測定した(0002)面極点図において、表面の法線方向に極大値を持たないことを特徴とする、Cuを含有するマグネシウム合金を用いた電気化学デバイス用電極材。
【請求項3】
質量%でZnを0.1~3.5%、およびCaを0.05~1.0%の少なくとも一方をさらに含有する請求項1または2記載の電気化学デバイス用電極材。
【請求項4】
C、Si、GeSn、およびPbからなる群より選ばれる少なくとも1種の周期律表の4B元素を質量%で合計0.01~5.0%の範囲でさらに含有する請求項1から3のいずれか一項記載の電気化学デバイス用電極材。
【請求項5】
ScY、La、Ce、PrNd、およびSmからなる群より選ばれる少なくとも1種の希土類元素を質量%で合計0.01~3.0%の範囲でさらに含有する請求項1から4のいずれか一項記載の電気化学デバイス用電極材。
【請求項6】
希土類元素を、ミッシュメタルの形態で含有し、ミッシュメタルの含有量が質量%で0.01~3.0%である請求項5記載の電気化学デバイス用電極材。
【請求項7】
MnおよびZrの少なくとも一方を質量%で0.2~3.0%の範囲でさらに含有する請求項1から6のいずれか一項記載の電気化学デバイス用電極材。
【請求項8】
電気化学デバイスとして用いたときの電気化学デバイス用電極材の表面方向からXRDにより測定した(0002)面極点図において、表面の法線方向に極大値を持たないことを特徴とする、請求項記載の電気化学デバイス用電極材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気化学デバイス用電極材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電気化学デバイス用電極材は、たとえば2次電池の負極に用いる場合、マグネシウム金属が高い理論容量(3830Ahdm-3、リチウム金属:2060Ahdm-3)を有し、正負極が短絡するデンドライトが起こりにくく、大気中でハンドリングしやすいこと等から、実用的な高容量電気化学デバイス用電極材として期待されている。しかしながら、マグネシウムあるいはマグネシウム合金(以下、合金も含めてマグネシウム金属と呼ぶことがある)電極の表面には不働態被膜が形成されやすく、充放電サイクルが著しく劣化することが知られている。
【0003】
この課題を解決する方法として、特許文献1には、この不働態被膜を電池駆動中に除去する方法が記載されている。特許文献2には、溶液に浸漬して、不働態被膜を除去する方法が記載されている。特許文献3には、働態化被膜を形成する電解液が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2014-143170号公報
【文献】特開2016-201182号公報
【文献】特開2017-022024号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来のマグネシウム金属電極、特にAlやZn等を含むマグネシウム合金電極には、上記不働態被膜が形成する課題に加えて、電流密度が低い、すなわち、電気化学的な活性が低いことに課題があった。このため、マグネシウム金属製電気化学デバイスは高出力や急速充電が必要となる用途では、実施を期待することができなかった。これは、通常のマグネシウム金属は六方晶の底面すなわち(0001)面が表面に平行に配列する集合組織が形成され、この面に強固な不働態皮膜が形成されるため酸化還元に対して安定となる、すなわち、電気化学的に不活性となるからである。
先行技術文献である特許文献1~3にはいずれも形成された不働態被膜を除去する方法もしくは電解液により不働態化を防ぐ方法が開示されている。しかしながら、これらの方法は不働態化を抑制するものであり、マグネシウム金属電極自体の電流密度を増大させ、電気化学的に活性化するものではない。
したがって、本発明は、電気化学的に活性な、マグネシウム金属製電気化学デバイス用電極材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、全く視点を変え、マグネシウム合金の組成を変えることによりマグネシウム元素を有する電極自体を電気化学的に活性化する方法を検討した。本発明は、この際の知見に基づいてなされたものであり、その技術的特徴はマグネシウム合金の成分としてCuを含むことにある。
【0007】
本発明者らは、マグネシウム合金にCuを添加すると電気化学デバイスとしての性能が格段に向上することを見出した。本発明は、この知見に基づいてなされたものであり、Cu含有の効果としては、理論に縛られるものではないが以下のように考えられる。Cuを含有すると導電性の高いMg2Cu化合物がネットワーク状に配置した構造となり、導電パスが形成される。図1は、質量%で、Cuを1%(記号C10)、3%(記号C30)、およびCu5%とMn0.5%(記号CM5005)を含有したマグネシウム合金の顕微鏡組織写真である。図1の組織をXRDにより解析した結果を図2に示す。図1図2からCuを含有するマグネシウム合金にはネットワーク状に配置されたMg2Cu化合物が存在していることがわかる(黒色部分)。このMg2Cu近傍では、Mg2CuとMgとの間で電子授受反応(局所電池反応)が起こり、電気化学的に活性化すると考えられる。さらに、Cuの比率を上げると、Mg2Cuネットワークが増大するため、電気化学的に活性なサイトが増大する。これらのことから、電気化学デバイスとしての性能が格段に向上するものと考えられる。
【0008】
さらに本発明の好ましい態様として、Cu添加に加えて、電気化学デバイス用電極材として用いる際の表面からXRDにより測定した(0002)面極点図において、表面の法線方向に極大値を持たないマグネシウム合金を用いることが挙げられる。
マグネシウムは、六方晶の底面すなわち(0001)面が酸化還元に対して安定であることを出願人らは見出した。一般的な金属では、原子配列の最密面が電気化学的に活性であることが確認されているが、マグネシウムは一般の金属とは異なり、原子配列の最密面である(0001)面が電気化学反応においては安定であった。この理由は明確ではないが、(0001)面に強固な不働態皮膜が容易に形成されるためと考えられる。このため、(0001)面が反応面に現れている状態で電気化学デバイスの電極を形成すると、電極面は酸化還元反応が起こりにくい、すなわち、電気化学的な活性が低い(電流密度が低い)ものとなる。
これに対して、電極材の表面に(0001)面以外の面を露出することができれば、マグネシウム金属を電気化学的に活性化し、電気化学デバイスとしての充放電時間が短縮できる、すなわち、高出力化および急速充電が可能となるものと推察される。
本発明者らは、電気化学デバイス用電極材の表面とマグネシウム合金の(0001)面を傾斜するように配置することにより表面に(0001)面以外の面を露出すると、Cuを含むマグネシウム合金を電気化学的にさらに活性化して課題を達成できることを見いだした。
本明細書において電極材の「表面」とは、電気化学デバイスにおいて電極材を使用した際に電極反応に主として寄与する表面(「主たる反応面」ともいう)を意味する。電極反応に主として寄与する表面あるいは主たる反応面とは、電気化学反応に主として係る面を指し、たとえば通常の板のように6面で構成される電極では最も面積の大きい面を指し、円筒状の電極では円筒の端面ではなく側面の面積の広い面を指し、円盤状の電極では側面ではなく上下の円形の面などを指す。
Cu3%を含有する圧延板の板表面から測定した(0002)面極点図は図3のようになり、(0001)面がほとんど板表面の法線方向に向いている。これに対し、Cu3%にさらにZn1.5%、Ca0.1%を加えると図4のように(0002)面の極大値が2つあり、その位置が板表面の法線方向から傾いて存在していることがわかる。このように、Cuに他の元素を加えて表面法線方向への(0001)面の集積を緩和すればさらに電気化学デバイスとしての性能が向上することが期待できる。
【0009】
本発明は、Cu添加の効果に加えて前記知見に基づいてなされたものであり、以下の技術要素から構成される。
(1)Cuを含有するマグネシウム合金を用いた電気化学デバイス用電極材。
(2)Cuの含有量が質量%で0.3~15.0%である(1)記載の電気化学デバイス用電極材。
(3)質量%でZnを0.5~3.5%、およびCaを0.1~1.0%の少なくとも一方をさらに含有する(1)または(2)記載の電気化学デバイス用電極材。
(4)C、Si、Ge,Sn、およびPbからなる群より選ばれる少なくとも1種の周期律表の4B元素を質量%で合計0.01~5.0%の範囲でさらに含有する(1)から(3)のいずれか一記載の電気化学デバイス用電極材。
(5)Sc,Y、La、Ce、Pr,Nd、およびSmからなる群より選ばれる少なくとも1種の希土類元素を質量%で合計0.01~3.0%の範囲でさらに含有する(1)から(4)のいずれか一記載の電気化学デバイス用電極材。
(6)希土類元素を、ミッシュメタルの形態で含有し、ミッシュメタルの含有量が質量%で0.01~3.0%である(5)記載の電気化学デバイス用電極材。
(7)MnおよびZrの少なくとも一方を質量%で0.2~3.0%の範囲でさらに含有する(1)から(6)のいずれか一記載の電気化学デバイス用電極材。
(8)電気化学デバイスとして用いたときの電気化学デバイス用電極材の表面方向からXRDにより測定した(0002)面極点図において、表面の法線方向に極大値を持たないことを特徴とする、(1)から(7)のいずれか一記載の電気化学デバイス用電極材。
【0010】
本発明の他の好ましい実施態様としては以下が挙げられる。
(1)Cuを含有するマグネシウム合金を用いた電極材。
(2)Cuの含有量が質量%で0.3~15.0%である(1)記載の電極材。
(3)質量%でZnを0.5~3.5%、およびCaを0.1~1.0%の少なくとも一方をさらに含有する(1)または(2)記載の電極材。
(4)C、Si、Ge,Sn、およびPbからなる群より選ばれる少なくとも1種の周期律表の4B元素を質量%で合計0.01~5.0%の範囲でさらに含有する(1)から(3)のいずれか一記載の電極材。
(5)Sc,Y、La、Ce、Pr,Nd、およびSmからなる群より選ばれる少なくとも1種の希土類元素を質量%で合計0.01~3.0%の範囲でさらに含有する(1)から(4)のいずれか一記載の電極材。
(6)希土類元素を、ミッシュメタルの形態で含有し、ミッシュメタルの含有量が質量%で0.01~3.0%である(5)記載の電極材。
(7)MnおよびZrの少なくとも一方を質量%で0.2~3.0%の範囲でさらに含有する(1)から(6)のいずれか一記載の電極材。
(8)(1)から(7)のいずれか一記載の電極材を含む電気化学デバイス。
(9)電極材の表面方向からXRDにより測定した(0002)面極点図において、表面の法線方向に極大値を持たないことを特徴とする、(8)に記載の電気化学デバイス。
【発明の効果】
【0011】
本発明のマグネシウム合金を用いた電気化学デバイス用電極材は、2次電池、キャパシタ等の電気化学デバイスに用いたときに、充放電サイクルを繰り返しても高い電流密度を維持できることができる。不働態被膜が形成されにくくなり、充放電の回数を伸ばすことができたものと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】Cuを1%(C10)、3%(C30)、並びにCuを5%およびMnを0.5%(CM5005)含有するマグネシウム合金の顕微鏡組織を示す。
図2図1に示す合金のXRD解析結果を示す。
図3】Cuを3%含有するマグネシウム合金の(0002)面極点図を示す。
図4】Cu3%、Zn1.5%、Ca0.1%を含有するマグネシウム合金の(0002)面極点図を示す。
図5】比較例1(AZ31合金)の酸化還元電流密度と酸化還元電位の関係を示す。
図6】比較例2(純Mg合金)の酸化還元電流密度と酸化還元電位の関係を示す。
図7】実施例1(C10合金)の酸化還元電流密度と酸化還元電位の関係を示す。
図8】実施例1(C30合金)の酸化還元電流密度と酸化還元電位の関係を示す。
図9】実施例1(C100合金)の酸化還元電流密度と酸化還元電位の関係を示す。
図10】実施例2(CZ3015合金)の(0002)面極点図を示す。
図11】実施例2(CZ3015合金)の酸化還元電流密度と酸化還元電位の関係を示す。
図12】実施例3(CX3005合金)の酸化還元電流密度と酸化還元電位の関係を示す。
図13】実施例3(CX3010合金)の酸化還元電流密度と酸化還元電位の関係を示す。
図14】実施例4(CZX301501合金)の酸化還元電流密度と酸化還元電位の関係を示す。
図15】実施例4(CZX301505合金)の酸化還元電流密度と酸化還元電位の関係を示す。
図16】実施例4(CZX301510合金)の酸化還元電流密度と酸化還元電位の関係を示す。
図17】実施例5(CT3015合金)の酸化還元電流密度と酸化還元電位の関係を示す。
図18】実施例6(CZSX30151001合金)の酸化還元電流密度と酸化還元電位の関係を示す。
図19】実施例7(CZEX30151001合金)の酸化還元電流密度と酸化還元電位の関係を示す。
図20】実施例8(CM5005合金)の酸化還元電流密度と酸化還元電位の関係を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の特徴は、Cuを含有するマグネシウム合金を電気化学デバイス用電極材として用いることにあり、Cuの含有量の好適な範囲は質量%で0.3~15.0%である。Cuの含有量が、0.3%未満の場合、電気化学デバイスに用いる電極材として電流密度を増大させる効果が小さくなるので、少なくとも0.3%以上含有させることが好ましい。Cuの比率を上げすぎると、板材とするときの圧延が困難となる傾向にあるため、Cuの含有量は15%以下が好ましい。
Cuの含有量は、より好ましくは1.5~13.0%であり、さらに好ましくは2.5~12.0%である。
【0014】
マグネシウム合金のCu以外の成分としては、特に制限するものではないが、金属のマグネシウム以外は不可避的不純物のみからなってもよく、また以下に述べる他の成分を含んでいてもよい。
また他の態様として、マグネシウム合金のCu以外の成分としては、特に制限するものではないが、好ましくは、質量%でZnを0.1~3.5%、およびCaを0.05~1.0%の少なくとも一方を含有する。前述のごとく本発明者らは、Cu添加の効果に加えてさらに電気化学デバイスの充放電特性と六方晶の各面との関係を検討した結果、デバイス表面に(0001)面が強く集積していない方が良い結果をもたらすことを確認した。通常の鋳塊あるいは展伸材は、表面の法線方向に六方晶の(0001)面が極端に強く集積した集合組織を有する。これに対し、質量%でZnを0.1~3.5%、およびCaを0.05~1.0%の少なくとも一方を含有するとこの集積が弱くなり、(0001)面以外の面が表面に露出することになる。このため、Znを0.1~3.5%、およびCaを0.05~1.0%の少なくとも一方を含有することが好ましい。いずれの化学成分もその含有量が少ないと(0001)面の集積度を弱める効果が小さくなり、また多すぎてもその効果が無くなる。さらには、Caは1.0%以上含有すると、圧延板を製造することが困難になる傾向があるので、上限を1.0%とすることが好ましい。
Znのより好ましい含有量は0.5~2.5%であり、さらに好ましい含有量は1.0~2.0%である。Caのより好ましい含有量は0.1~0.9%である。
【0015】
さらに上記化学成分に加えて、C、Si、Ge,Sn、およびPbからなる群より選ばれる少なくとも1種以上の周期律表の4B族元素を加えても、Zn、Caの場合と同じような効果が発揮でき、表面の法線方向への(0001)面の集積を弱くする傾向にある。このため、これらの元素を質量%で合計0.01~5.0%含有することが好ましい。いずれの元素も0.01%未満ではその効果が小さくなり、また5.0%を超えると板材の製造が困難になる傾向にあるので、この値を上限とすることが好ましい。より好ましい範囲としては、合計で0.1~2.0%である。
【0016】
さらにSc,Y、La、Ce、Pr,Nd、およびSmからなる群より選ばれる少なくとも1種以上の希土類元素を質量%で合計0.01~3.0%を含有しても(0001)面の集積を弱くする効果が得られるので、これらの元素を添加することも好ましい。含有量の上下限を外れると、いずれも(0001)面の集積を弱くする効果が低くなるので、この値を上下限とすることが好ましい。より好ましい範囲としては、合計で0.1~2.0%である。
【0017】
希土類元素を添加する際に、希土類元素の混合物であるミッシュメタルを使用することもできる。希土類元素を単体で添加するよりもその混合体であるミッシュメタルを使用した方が容易に希土類元素を添加できる。その含有量は、上記希土類元素の含有量と同じ0.01~3.0%とする。含有量の上下限を外れると、いずれも(0001)面の集積を弱くする効果が小さくなるので、この値を上下限とすることが好ましい。より好ましい範囲としては、0.1~2.0%である。
【0018】
さらに好ましくは、MnおよびZrの少なくとも一方を質量%で0.2~3.0%含有させる。この理由としては、MnおよびZrを含有すると結晶粒径が小さくなり、(0001)面以外の面が表面に露出する確率が高くなるためである。しかし、0.2%未満ではその効果が小さくなり、また3.0%を超えて含有すると板材の製造が困難になる傾向にあるので、上限を3.0%とすることが好ましい。より好ましい範囲としては、0.2~2.0%である。
【0019】
本発明に記載したCuを含有するマグネシウム合金の製造工程は以下のとおりである。まず、高純度のマグネシウム地金を溶解し、歩留まりを考慮した必要量の添加元素を加え、スラブあるいはビレットとなす。スラブの場合は、粗圧延、仕上圧延を経て、コイル状あるいは切り板状の板とする。圧延は、必要に応じて温間で行う。ビレットの場合は、押し出しにより、板状とする。そのまま用いてもよいが、さらに薄くするには圧延を施す。板厚は特に規定しないが、使用される電気化学デバイスに応じて所望される板厚とする。圧延では、板厚数十ミクロンの箔を製造することが可能なので、特に薄型の電気化学デバイスでは箔を用いることが好ましい。
【0020】
上記方法によって製造された板材を電気化学デバイス用電極に用いることができる。
本明細書において電気化学デバイスとは、電気エネルギーと化学エネルギーを変換するデバイスであり、具体的には、1次電池、2次電池、燃料電池などが挙げられる。電気化学デバイスが2次電池である場合には、例えば、2つの電極、セパレータおよび電解液から構成されていてもよい。
本発明に係る電極に対する対極は、活物質、導電助剤、バインダーを混錬して、集電箔に塗工して作製される。活物質は、マグネシウムイオンを吸蔵放出可能な物質、例えば、五酸化バナジウムや活性炭を用いることができる。
セパレータは、電解液が濡れるもので、マグネシウムイオンを透過できるものであり、ポリプロピレン等を利用することができる。
電解液は、マグネシウム金属表面にマグネシウムイオンが透過可能な被膜が形成されるもので、例えば、無水こはく酸添加グライム電解液(特許文献3)を利用することができる。この電解液を用いることにより、マグネシウム合金の不働態化を抑制することができる。
【実施例
【0021】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明する。
以下において「%」は特に示さない限り「質量%」を意味する。
表1に示すマグネシウム合金を溶製し、圧延後0.4mmの板とした。これらの板を用いて以下に示す電気化学的な評価を行った。
電気化学的な評価は、ビーカー式3極セルを用いて行った。作用極に、マグネシウム合金、対極に活性炭電極、参照極に銀電極、電解液には無水こはく酸添加グライム電解液(特開2017-022024)を用いた。35℃で、所定電流を印加したときのマグネシウム合金の酸還元電位を測定した。
本発明では、実用上の利用価値があると考えられるフラットな電圧が維持できる電流密度が90μAcm-2以上である場合、電気化学デバイスとして利用できると判断した。
ここでいうフラットな電圧が維持できる状態とは、酸化還元電流密度と電位の関係を測定した結果の図において、横軸のCapacityが20μAhと120μAhのときの電圧を比較して、その差が0.1V以内の状態を指す。20μAhまでの間では、測定初期の不安定さが残るので、この間の変化を除いて評価した。
XRDによる極点図の測定は、株式会社リガク製X線回折装置 RINT2000/PCを用いて、シュルツ反射法により行った。測定面を(0002)面とし、管電流40mA、管電圧40KVにて測定した。(0002)面のX線反射強度は、2θ=34.5度付近にピークが出るが、2θ=30度では反射強度のピークを現れないので、この角度で測定した値をバックグラウンドの値とした。
また、電気化学デバイスとしての性能としては、酸化と還元の電位差が小さい方が優れていると判断できる。
以下、その結果である。
【0022】
(比較例1)Al-Zn合金(AZ合金)
Al3%、Zn1%を含有し、残部マグネシウムからなる一般的に圧延材として用いられるAZ31合金の酸化還元電位を図5に示す。還元電流密度が30μAcm-2まではフラットな電位を維持するが、60μAcm-2以上では還元電位が大幅に負の方向に増大し、フラット電位が継続できなくなった。これは印加した電流密度に対して、電極反応が間に合わない、すなわち、電極の電気化学的に活性なサイト数が不足していることを示唆している。特に還元反応は酸化反応に比べて遅いため、この活性サイト数不足が顕著となる。フラット電位が継続しない状態では、電解液の分解が進行し、電極は不働態化するので、電気化学デバイスとして安定して動作させるには、フラット電位が維持できる電流密度30μAcm-2以下にしなければならず、実用に供するには低すぎる電流密度であり、電気化学デバイス用電極材としての利用価値はない。
【0023】
(比較例2)
純度99.999%の純Mgの酸化還元電位を図6に示す。還元電流密度が90μAcm-2でフラット電位が継続しなくなった。このため、電気化学デバイスとして実用上の利用価値は小さいと判断した。
【0024】
(実施例1)Cu添加合金(以下C合金と称す。記号のC以下の数値10~100は、それぞれCuを概ね1.0%~10.0%含有していることを表す。以下、同様に各元素の概ねの含有量を示す。)
C10、C30、C100の酸化還元電位を図7から図9に示す。C合金は、AZ31合金に比べて、高い還元電流密度までフラット電位が維持されている。Cuが1.0%では90μAcm-2まで、Cuが3.0%では概ね120μAcm-2まで、Cuが10.0%では180μAcm-2までフラットな電位が維持されている。Cuの割合が高いほど、より高い還元電流密度までフラット電位が維持されることがわかる。また、電流密度を上げたときの酸化電位と還元電位の差も小さくなる。これは、Cuを含有したマグネシウム合金は、一般的なAl-Zn合金より電気化学的に活性なサイトが多く、電流密度6倍以上の高い電流を印加しても安定して充放電できることを示唆している。したがって、Cuを含有したマグネシウム合金を用いると高出力で急速充電が可能な電気化学デバイスが実現できることを示している。
【0025】
(実施例2)Cu-Zn合金(CZ合金)
Cu添加の効果に加えて、(0001)面を表面の法線方向から傾けた効果を調べる一例として、CZ3015の集合組織と酸化還元電位を測定した。(0002)面極点図を図10に示す。極点図の縦横の軸の目盛りはそれぞれ法線方向からの角度10度ごとを示す。Cu3.0%のみ含む合金の極点図は図3に示すものであり、その極大を示す点は、図の中心からわずかに傾斜しているが、そのずれは10度以内である。これに対して、図10に示すCZ3015合金では、その傾斜が約15度あり、Cuを単独で含有するものよりも(0001)面が表面の法線方向からの傾斜が大きくなっている。このCZ3015合金の酸化還元電流密度と電位の関係を調べた結果を図11に示す。Cuを単独で3.0%含む合金の、120μAhにおける酸化電流密度900μAcm-2と還元電流密度180μAcm-2との電位差は、図8から0.33Vと読み取れる。これに対し、CuにさらにZnを加えたC3015合金の電位差は図11から0.25Vと読み取れ、Znを加え、(0001)面を表面の法線方向から傾けることによって電気化学デバイスとしての性能が向上していることがわかる。
図11から、この合金は高い酸化還元電流密度までフラットな電位が維持され、過電圧も抑制される結果が得られている。これは高電流を印加しても安定して充放電ができることを示唆している。
【0026】
(実施例3)Cu-Ca合金(CX合金;XはCaを表す。)
CX3005およびCX3010の酸化還元電位を図12および図13に示す。CX3005(Ca0.5%添加)では還元電流密度180μAcm-2でやや不安定な挙動を示すが120μAcm-2以下では高い電位が維持できている。高い還元電流密度までフラット電位が維持され、過電圧も抑制される結果が得られている。これは高電流を印加しても安定して充放電できることを示唆している。
【0027】
(実施例4)Cu-Zn-Ca合金(CZX合金)
Cu添加の効果に加えて、(0001)面を表面の法線方向から傾けた効果を調べるもう一つの例として、CZX301501の(0002)面極点図および酸化還元電流密度と電位の関係を調べた。図4に(0002)面極点図を、図14に酸化還元電流密度と電位の関係を示す。図14から、CZX301501合金では、表面の法線方向に(0001)面の極大値はなく、板の圧延方向(図では上下方向)とほぼ直角な方向に2箇所極大を持ち、(0001)面が表面と傾斜して存在していることわかる。この合金の酸化還元電流密度と電位の関係を示す図14から120μAhにおける酸化電流密度900μAcm-2と還元電流密度180μAcm-2との電位差を読み取ると、0.20Vとなり、Cuのみ3.0%を含有するC30合金の結果である0.33Vと比較して小さな値となり、(0001)面と表面を傾斜させて存在させることにより、より性能の良い電気化学デバイスが得られることがわかる。
同じ成分系として、CZX301505およびCZX301510の酸化還元電位を図15、および図16に示す。Caの割合が高くなると、還元過電圧が増大する傾向にあるが、一般的なAl-Zn合金より著しく高い電流を印加してもフラット電位が維持され、過電圧も抑制される結果が得られている。これは高電流を印加しても安定して充放電できることを示唆している。
【0028】
(実施例5)Cu-Sn合金(CT合金)
周期表4B族元素の代表としてSnを選び、Snを添加した合金を作成して測定を実施した。
CT3015の酸化還元電位を図17に示す。高い還元電流密度までフラット電位が維持され、過電圧も抑制される結果が得られている。これは高電流を印加しても安定して充放電できることを示唆している。
【0029】
(実施例6)Cu-Zn-Si-合金(CS合金)
CZSX30151001の酸化還元電位を図18に示す。高い還元電流密度までフラット電位が維持され、過電圧も抑制される結果が得られている。これは高電流を印加しても安定して充放電できることを示唆している。
【0030】
(実施例7)Cu-Mm合金(CE合金)
CZEX30151001の酸化還元電位を図19に示す。高い還元電流密度までフラット電位が維持され、過電圧も抑制される結果が得られている。これは高電流を印加しても安定して充放電できることを示唆している。
【0031】
(実施例8)Cu-Mn合金(CM合金)
MnおよびZr添加の一例として、CuにさらにMnを添加したCM5005合金の酸化還元電位を図20に示す。Cuのみを含有するC30、C100合金の結果である、図7および図8と比較して、Mnを含有することにより酸化還元電流密度と電位の関係がより高いフラット性を示している。このようにMnを添加するとCu単独よりもよりフラットな電位が維持され、過電圧も抑制される結果が得られている。これは高電流を印加しても安定して充放電できることを示唆している。
【0032】
前記比較例、実施例の化学成分と電気化学デバイスとしての性能をまとめて表1に示す。表1中で電気化学デバイスとしての性能欄に○が記載されているものは還元電流密度90μAcm-2までフラットな電位が維持され(Capacityが20μAhと120μAhのときの電圧を比較して、その差が0.1V以内)、電気化学デバイスの電極材として優れていることを表している。×はその性能が劣ることを表している。
【0033】
表1
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明の電極材は、電気化学デバイスすなわち1次電池、2次電池、およびキャパシタなどに適用することができる。本発明は、マグネシウムを用いているため、安全でかつ資源の確保も容易であり、工業的かつ社会的に極めて有効である。
図1
図2
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図5
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図7
図8
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