(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-18
(45)【発行日】2024-01-26
(54)【発明の名称】外来抗原レセプター遺伝子導入細胞の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/10 20060101AFI20240119BHJP
A61K 35/17 20150101ALI20240119BHJP
A61K 35/545 20150101ALI20240119BHJP
A61P 37/08 20060101ALI20240119BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20240119BHJP
A61P 31/00 20060101ALI20240119BHJP
A61P 37/06 20060101ALI20240119BHJP
A61K 48/00 20060101ALI20240119BHJP
C12N 15/12 20060101ALN20240119BHJP
C12N 15/13 20060101ALN20240119BHJP
C12N 15/62 20060101ALN20240119BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20240119BHJP
【FI】
C12N5/10
A61K35/17
A61K35/545
A61P37/08
A61P35/00
A61P31/00
A61P37/06
A61K48/00
C12N15/12 ZNA
C12N15/13
C12N15/62 Z
C12N15/09 100
(21)【出願番号】P 2020532522
(86)(22)【出願日】2019-07-26
(86)【国際出願番号】 JP2019029537
(87)【国際公開番号】W WO2020022512
(87)【国際公開日】2020-01-30
【審査請求日】2022-07-22
(31)【優先権主張番号】P 2018140523
(32)【優先日】2018-07-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、次世代がん医療創生研究事業、「異分野先端技術融合による薬剤抵抗性を標的とした革新的複合治療戦略の開発」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(73)【特許権者】
【識別番号】504177284
【氏名又は名称】国立大学法人滋賀医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100101454
【氏名又は名称】山田 卓二
(74)【代理人】
【識別番号】100106518
【氏名又は名称】松谷 道子
(74)【代理人】
【識別番号】100138911
【氏名又は名称】櫻井 陽子
(72)【発明者】
【氏名】河本 宏
(72)【発明者】
【氏名】縣 保年
(72)【発明者】
【氏名】永野 誠治
(72)【発明者】
【氏名】寺田 晃士
(72)【発明者】
【氏名】増田 喬子
【審査官】松井 一泰
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/079673(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/180989(WO,A2)
【文献】特表2014-532413(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第105316362(CN,A)
【文献】特表2005-505236(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00- 15/90
C12N 1/00- 7/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
T細胞受容体(TCR)の再構成が生じていない材料細胞へ、
TCR遺伝子座のV領域のプロモーターとTCR遺伝子座のC領域のエンハンサーが、その間に挟まれる遺伝子の発現制御機能を発揮する距離となるよう外来の再構成済みTCRまたはCAR遺伝子を導入する工程を含む、抗原レセプター遺伝子が導入された細胞の製造方法。
【請求項2】
(1)T細胞受容体の再構成が生じていない材料細胞ゲノムのTCR遺伝子座を、上流から順に
TCR遺伝子座V領域のプロモーター配列、
薬剤耐性遺伝子あるいはレポーター遺伝子もしくは既知再構成済みTCRまたはCAR遺伝子、
TCR遺伝子座C領域のエンハンサー配列
を含み、かつ前記
TCR遺伝子座のV領域のプロモーターとTCR遺伝子座のC領域のエンハンサーが、その間に挟まれる遺伝子の発現制御機能を発揮する距離となるよう改変して外来抗原レセプター遺伝子を導入するための材料細胞を提供する工程、
(2)
前記薬剤耐性遺伝子あるいはレポーター遺伝子もしくは
既知再構成済みTCRまたはCAR遺伝子を、
外来の再構成済みTCRまたはCAR遺伝子と交換する工程
を含む、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記
TCR遺伝子座のV領域のプロモーターとTCR遺伝子座のC領域のエンハンサーの間の距離が8~50kbpである、請求項1または2記載の方法。
【請求項4】
材料細胞が、多能性幹細胞である、
請求項1から3いずれかに記載の方法。
【請求項5】
外来の再構成済みTCRまたはCAR遺伝子の導入を、Recombinase-mediated Cassette Exchange(RMCE)法あるいはゲノム編集法にて行う、
請求項1~4いずれかに記載の方法。
【請求項6】
材料細胞ゲノムのT細胞受容体(TCR)遺伝子座に、上流から順に
TCR遺伝子座V領域のプロモーター配列、
薬剤耐性遺伝子あるいはレポーター遺伝子もしくは既知再構成済みTCRまたはCAR遺伝子、および
TCR遺伝子座C領域のエンハンサー配列
を有し、前記TCR遺伝子座V領域のプロモーター配列と、薬剤耐性遺伝子あるいはレポーター遺伝子もしくは
既知再構成済みTCRまたはCAR遺伝子の間に、組換え酵素の標的配列(i)を有し、薬剤耐性遺伝子あるいはレポーター遺伝子もしくは
既知再構成済みTCRまたはCAR遺伝子と前記TCR遺伝子座C領域のエンハンサー配列の間に組換え酵素の標的配列(ii)を有し、前記
TCR遺伝子座のV領域のプロモーターとTCR遺伝子座のC領域のエンハンサーが、その間に挟まれる遺伝子の発現制御機能を発揮する距離にある、外来抗原レセプター遺伝子を導入するための材料細胞。
【請求項7】
既知
再構成済みTCRまたはCAR遺伝子を有している、
請求項6記載の外来抗原レセプター遺伝子を導入するための材料細胞。
【請求項8】
材料細胞ゲノムのTCR遺伝子座に、上流から順にTCR遺伝子座V領域のプロモーター配列、第1の組換え酵素の標的配列(i)、材料細胞で発現可能なプロモーター配列、材料細胞で発現可能なプロモーター下で発現するよう連結された第1の薬剤耐性遺伝子、第1の組換え酵素の標的配列(ii)、第2の薬剤耐性遺伝子、第2の組換え酵素の標的配列、およびTCR遺伝子座C領域のエンハンサー配列を有
し、前記TCR遺伝子座のV領域のプロモーターとTCR遺伝子座のC領域のエンハンサーが、その間に挟まれる遺伝子の発現制御機能を発揮する距離にある、外来の抗原レセプター遺伝子を導入するための材料細胞。
【請求項9】
前記
TCR遺伝子座のV領域のプロモーターとTCR遺伝子座のC領域のエンハンサーの間の距離が8~50kbpである、請求項6から8いずれかに記載の材料細胞。
【請求項10】
材料細胞ゲノムTCR遺伝子座が、材料細胞TCRα鎖またはβ鎖である
請求項6~9いずれかに記載の材料細胞。
【請求項11】
材料細胞ゲノムTCR遺伝子座において、薬剤耐性遺伝子あるいはレポーター遺伝子もしくは
既知再構成済みTCRまたはCAR遺伝子が導入されている遺伝子座以外のTCRα鎖およびTCRβ鎖が欠損されている、
請求項10記載の材料細胞。
【請求項12】
材料細胞が多能性幹細胞である、
請求項6~11いずれかに記載の材料細胞。
【請求項13】
(a)上流から順に、第1の組換え酵素の標的配列(i)、材料細胞で発現可能なプロモーター配列、材料細胞で発現可能なプロモーター配列下で発現するよう連結された第1の薬剤耐性遺伝子、(i)と相違する第1の組換え酵素の標的配列(ii)、第2の薬剤耐性遺伝子、および第2の組換え酵素の標的配列を含む薬剤耐性遺伝子カセットを含むベクターを準備する工程、
(b)材料細胞ゲノムのTCR遺伝子座へ(a)で準備したベクターを、
TCR遺伝子座のV領域のプロモーターとTCR遺伝子座のC領域のエンハンサーが、その間に挟まれる遺伝子の発現制御機能が発揮される距離となるようにノックインする工程、
(c)(b)で得られた細胞を第1の薬剤耐性遺伝子が耐性を有する薬剤の存在下で培養する工程を含む、薬剤耐性遺伝子カセットのノックインに成功した細胞を選択する工程、を含む、
請求項8~12いずれかに記載の材料細胞の製造方法。
【請求項14】
工程(b)において、
材料細胞ゲノムの再構成されていないTCR遺伝子座の1のV領域プロモーター配列の下流に、当前記V領域プロモーター配列より下流にあるV領域とDJ領域と置換するよう(a)で準備したベクターをノックインする、
請求項13記載の方法。
【請求項15】
工程(a)のベクターが、さらにTCR遺伝子座V領域のプロモーター配列を最上流に有しており、工程(b)において、前記ベクターを材料細胞ゲノムTCR遺伝子座のDJ領域に、
前記ベクターに含まれるTCR遺伝子座V領域のプロモーターと、材料細胞のTCR遺伝子座C領域のエンハンサー間が、その間に挟まれる遺伝子の発現制御機能が発揮される距離にとなるようにノックインする、
請求項13記載の方法。
【請求項16】
工程(a)のベクターが、さらにTCR遺伝子座C領域のエンハンサー配列を最下流に有しており、工程(b)において、当前記ベクターを材料細胞ゲノムTCR遺伝子座のV領域に、前記
材料細胞ゲノムのTCR遺伝子座のV領域のプロモーターと、前記ベクターに含まれるTCR遺伝子座C領域のエンハンサー間の距離が、その間に挟まれる遺伝子の発現制御機能を発揮する距離となるようにノックインする、
請求項14記載の方法。
【請求項17】
(A)請求項8に記載の材料細胞を準備する工程、
(B)上流から順に第1の組換え酵素の標的配列(i)、
外来の再構成済みTCRまたはCAR遺伝子、第2の組換え酵素の標的配列、材料細胞で発現可能なプロモーター配列、および第1の組換え酵素の標的配列(ii)を含む、TCRまたはCAR遺伝子カセット交換ベクターを準備する工程、
(C)
前記TCRまたはCAR遺伝子カセット交換ベクターを前記材料細胞へ導入し、同時に第1の組換え酵素を作用させることによって、TCRまたはCAR遺伝子カセットベクターの第1の組換え酵素の標的配列(i)(ii)に挟まれる配列
を、材料細胞中の第1の組換え酵素の標的配列(i)(ii)に挟まれる第1の薬剤耐性遺伝子と交換(カセット交換)する工程、
(D)第2の薬剤耐性遺伝子が耐性を有する薬剤にて、カセット交換に成功した細胞を選択する工程、
(E)第2の組換え酵素を(D)で選択された細胞に作用させて、第2の組換え酵素の標的配列で挟まれる第2の薬剤耐性遺伝子部分を除去する工程
を含む、外来抗原レセプター遺伝子が導入された細胞の製造方法。
【請求項18】
(1)上流から順に、TCR遺伝子座V領域のプロモーター配列、および第1の組換え酵素の標的配列(i)、材料細胞で発現可能なプロモーター配列、材料細胞で発現可能なプロモーター配列下で発現するよう連結された第1の薬剤耐性遺伝子、(i)と相違する第1の組換え酵素の標的配列(ii)、第2の薬剤耐性遺伝子、および第2の組換え酵素の標的配列を含む薬剤耐性遺伝子カセットを含むベクターを準備する工程、
(2)材料細胞ゲノムのTCR遺伝子座へ(1)のベクターを、
ベクター中のTCR遺伝子座V領域のプロモーターと、材料細胞ゲノムのTCR遺伝子座C領域のエンハンサー間の距離が、その間に挟まれる遺伝子の発現制御機能を発揮する距離となるようにノックインする工程、
(3)(2)で得られた細胞を第1の薬剤耐性遺伝子が耐性を有する薬剤の存在下で培養する工程を含む、薬剤耐性遺伝子カセットのノックインに成功した細胞を選択する工程、
(4)上流から順に第1の組換え酵素の標的配列(i)、
外来の再構成済みTCRまたはCAR遺伝子、第2の組換え酵素の標的配列、材料細胞で発現可能なプロモーター配列、および第1の組換え酵素の標的配列(ii)を含む、TCRまたはCAR遺伝子カセット交換ベクターを準備する工程、
(5)TCRまたはCAR遺伝子カセット交換ベクターを(3)で選択された薬剤耐性カセットがノックインされた材料細胞へ導入し、同時に第1の組換え酵素を作用させることによって、TCRまたはCAR遺伝子カセットベクターの第1の組換え酵素の標的配列(i)(ii)に挟まれる配列
を、材料細胞中の第1の組換え酵素の標的配列(i)(ii)に挟まれる第1の薬剤耐性遺伝子と交換(カセット交換)する工程、
(6)第2の薬剤耐性遺伝子が耐性を有する薬剤にて、カセット交換に成功した細胞を選択する工程、
(7)第2の組換え酵素を(6)で選択された細胞に作用させて、第2の組換え酵素の標的配列で挟まれる第2の薬剤耐性遺伝子部分を除去する工程
を含む、外来の抗原レセプター遺伝子を導入した細胞の製造方法。
【請求項19】
外来の再構成済みTCRまたはCAR遺伝子が、再構成済TCR遺伝子である、
請求項17または18記載の方法。
【請求項20】
外来の再構成済みTCR遺伝子が、再構成済TCRα鎖およびTCRβ鎖の両方を含む、請求項19記載の方法。
【請求項21】
請求項17~20いずれかに記載の方法にて
外来の再構成済みTCRまたはCAR遺伝子が導入された細胞を得、得られた細胞をT細胞へと分化誘導する工程を含む、細胞療法用細胞の製造方法。
【請求項22】
請求項8~12いずれかに記載の外来の抗原レセプター遺伝子を導入するための材料細胞をT前駆細胞またはT細胞へと分化誘導する工程、
外来の再構成済みTCRまたはCAR遺伝子を、ゲノム編集法あるいはRecombinase-mediated Cassette Exchange(RMCE)法にて前記
分化誘導されたT前駆細胞またはT細胞のゲノムTCR遺伝子座のV領域のプロモーター配列とC領域のエンハンサー配列の間に導入する工程を含む、細胞療法用細胞の製造方法。
【請求項23】
請求項8~12いずれかに記載の外来抗原レセプター遺伝子を導入するための材料細胞をT前駆細胞またはT細胞へと分化誘導する工程、ゲノム編集法あるいはRecombinase-mediated Cassette Exchange(RMCE)法にて前記
分化誘導されたT前駆細胞またはT細胞の
既知再構成済みTCRまたはCAR遺伝子を外来の再構成済みTCRまたはCAR遺伝子と入れ替える工程、および
既知再構成済みTCRまたはCAR遺伝子に特異的な抗体またはテトラマーを用いて
外来の再構成済みTCRまたはCAR遺伝子との入れ替えに成功していない細胞を除く工程を含む、細胞療法用細胞の製造方法。
【請求項24】
細胞療法が、
外来の再構成済みTCRまたはCARが特異的に結合する抗原を発現している患者における免疫関連疾患の治療のために行われる、請求項
21~23いずれかに記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
外来のT細胞受容体またはキメラ抗原受容体が導入された細胞を製造するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
疾患に特異的なT細胞受容体(TCR)やキメラ抗原受容体(CAR)のような抗原レセプター遺伝子を成熟T細胞に導入してこれを疾患の治療に用いる方法が提案されている。特にCARを導入したCAR-T細胞を用いる治療法は既に承認され、臨床に用いられている。遺伝子を導入する細胞として患者由来のT細胞が用いられており、いわゆる自家移植の系である。遺伝子の導入はレトロウイルスやレンチウイルス用いてゲノム中にランダムに導入されている。かかる方法にて遺伝子を導入する場合、正常遺伝子を傷つける、がん遺伝子を活性化してしまうといったリスクがある。一方でゲノム編集の技術を用いて成熟T細胞の再構成されたTCR遺伝子座にCAR遺伝子をノックインするという方法も論文では報告されている(Nature, 543:113, 2017)。この方法では導入遺伝子は生理的なTCRの発現制御を受けることになり、そのようにして作製されたCAR-T細胞はより高機能であると言われている。
【0003】
上記とは異なるアプローチとして、発明者らは多能性幹細胞のレベルでTCRを導入する方法を提案している(特許文献1)。これは多能性幹細胞からT細胞を再生して細胞療法に用いようという戦略である。CAR遺伝子を多能性幹細胞のレベルでTCRを導入する方法がまた、M. Sadelainにより提案されている(特許文献2および非特許文献1)。
【0004】
現在まで、TCR遺伝子であれCAR遺伝子であれ、T細胞以外の細胞のTCR遺伝子座にノックインするという報告は無い。T細胞以外の細胞のTCR遺伝子座では遺伝子再構成が起こらない。すなわち遺伝子再構成が生じていないTCR遺伝子座にTCR遺伝子あるいはCAR遺伝子をノックインすることについての報告は無い。
【0005】
遺伝子の導入法として、Recombinase-mediated Cassette Exchange(RMCE)法が知られている。これはカセットデッキのように細胞の遺伝子上の特定の部分を外来の配列(カセットテープ)に組換えられる構造を対象細胞にあらかじめ入れておいて、CreやFlippaseといった組換え酵素を使ってカセットテープを交換するように導入するという技術である。T細胞株に応用したという文献もある(非特許文献2)。しかし、T細胞遺伝子座にこの仕組みを導入したという例はない。
【0006】
TCR遺伝子やCAR遺伝子は、成熟T細胞に遺伝子導入するというのが一般的な戦略である。一方、本発明者らの一部は多能性幹細胞のレベルでTCRを導入するという方法を提案している(特許文献3~5)。またCAR遺伝子を導入する方法についても提案されている。かかる方法において、TCRやCAR遺伝子を導入するに際しては、レンチウイルスなどでゲノム中にランダムに導入するという方法が採用されている。しかし、TCR遺伝子やCAR遺伝子は本来のTCR遺伝子座にノックインした方が生理的な発現パターンが期待できる。実際、成熟T細胞のすでに再構成済みの遺伝子座にCAR遺伝子を導入するという報告はある。一般に細胞はTCR遺伝子座を有している。しかし、T細胞以外の細胞ではTCR遺伝子座の遺伝子再構成が生じない。よってT細胞以外を細胞療法の材料に使う場合には、TCR遺伝子座に外来のTCR/CAR遺伝子を単に導入するだけでは発現しない。また、TCR/CAR遺伝子は多くの種類が使われるようになると期待されるが、その都度望む領域に正しくノックインするとなると時間とコストの問題が生じる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】国際公開公報WO2016/010154
【文献】国際公開公報WO2014/165707
【文献】国際公開公報WO2016/010153
【文献】国際公開公報WO2016/010154
【文献】国際公開公報WO2016/010155
【非特許文献】
【0008】
【文献】Themeli et al., Nat Biotechnol.(2013)928-33
【文献】Gong Ying et al., Journal of Cell Biology (2015) 1481-1489
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本願は外来のTCR遺伝子またはCAR遺伝子を安定に発現する細胞療法用の細胞を効率よく製造する方法を提供することを目的とする。本願はまた、RMCE法にてTCR遺伝子またはCAR遺伝子の「カセット」を導入するために用いられる、空カセットデッキを設定した細胞を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本願は、材料細胞のT細胞受容体(TCR)発現制御機構の制御下で発現されるよう、外来のTCRまたはCAR遺伝子を導入する工程を含む、抗原レセプター遺伝子が導入された細胞の製造方法を提供する。
【0011】
一つの態様において、本願は材料細胞のTCR遺伝子のC領域のエンハンサーと、V領域のプロモーターの間に、両者の距離を縮めるように、外来のTCRまたはCAR遺伝子を含む遺伝子を導入する工程を含む、抗原レセプター遺伝子が導入された細胞の製造方法を提供する。
【0012】
別の態様において、材料細胞TCR遺伝子座のC領域のエンハンサーの上流へ、上流から順に外来のV領域のプロモーター、外来のTCRまたはCAR遺伝子を含む遺伝子を、V領域のプロモーターとC領域のエンハンサーがその間に挟まれる遺伝子の発現制御機能を発揮するために十分近くなるよう導入する工程を含む、抗原レセプター遺伝子が導入された細胞の方法を提供する。
【0013】
更に別の態様において、材料細胞TCR遺伝子座のV領域のプロモーターの下流へ、上流から順に外来のTCRまたはCAR遺伝子、および外来のC領域のエンハンサーを含む遺伝子を、V領域のプロモーターとC領域のエンハンサーがその間に挟まれる遺伝子の発現制御機能を発揮するために十分近くなるよう導入する工程を含む方法を提供する。
【0014】
本発明はまた、材料細胞ゲノムTCR遺伝子座に、上流から順にV領域のプロモーター、第1の組換え酵素の標的配列に挟まれた第1の薬剤耐性遺伝子、第2の薬剤耐性遺伝子および第2の組換え酵素標的配列、およびC領域のエンハンサーを含む、抗原レセプター導入用材料細胞を提供する。
【0015】
本願はさらに、本願の方法により外来の抗原レセプター遺伝子がTCR遺伝子座に導入された細胞を、T細胞へと分化誘導する工程を含む、細胞療法用細胞の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0016】
本願の方法により、TCRやCARを発現する細胞を用いた細胞療法の材料として使える汎用性の高い細胞を作製することが可能となる。また、抗原レセプター導入用材料細胞には、外来のTCR遺伝子やCAR遺伝子を容易に導入することができ、また最終産物においてTCR/CAR遺伝子の安定した発現が保証される。その結果として外来のTCRやCARを発現する免疫療法用細胞を効率よく、かつ容易に作製することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】TCRαβの模式図およびTCRβ座の遺伝子再構成の模式図を示す。図中、Pはプロモーターを、Eはエンハンサーを示す。V-DJ再構成において、組み替えによりエンハンサーとプロモーターが近づいて、TCRが発現する。
【
図2】本願方法のコンセプトを示す図。図中、Pはプロモーターを、Eはエンハンサーを示す。
【
図3-1】実施例の薬剤耐性遺伝子カセットベクターの構築手順を示す図。マウスホスホグリセリン酸キナーゼ(PGK)遺伝子のプロモーター(pPGK)を有するpBRBlII-AscI_FRTPGKpacΔtkpA_AscIベクターを用いた。Primer1とPrimer2(A)は、pBRMC1DTApAベクター(B)の制限酵素切断部位の5’側のDNA配列である配列-1、3’側のDNA配列である配列-2と同一の配列を、それぞれもつ。得られるPCR産物はpBRMC1DTApAベクターの配列-1、配列-2と同一の配列を両端にもつ。Gibson assembly法により、同一配列同士を介してベクターとPCR産物が結合し、(C)の構造となる。
【
図3-2】EのPB-flox(CAG-mCherry-IH;TRE3G-miR-155-LacZaベクター、およびFのpBRBlII-AscI_FRTPGKpacΔtkpA_AscIベクターそれぞれから、PGKベクター(D)制限酵素切断部位の配列-3および配列-4と同一の配列部分をもつPCR産物を得た。Gibson assembly法により、同一配列を介してDNA断片同士を連結し、Gの薬剤耐性遺伝子カセットベクターを得た(G)。PCR法で得たDNA断片の配列は、ベクターに連結後に確認した。
【
図4】薬剤耐性遺伝子カセットノックイン用ターゲティングベクターの構築のための、5’および3’アームとプロモーターDNA断片の取得手順を示す図。ヒトTCRβ遺伝子座Dβ2領域(A)のDNA配列をもとに各プライマー(Primer5’-1(1)とPrimer3’-1(2)およびPrimer5’-2(3)とPrimer3’-2(4))を設計し、薬剤耐性遺伝子ノックイン用ターゲティングベクター構築のために5’アームおよび3’アーム(
図5)として用いるDNA断片を、PCR法で得た。ヒトTCRβ遺伝子座V領域(B、右側)のDNA配列をもとにプライマー(FおよびR)を設計し、同様にVβ20-1プロモーターDNA断片を得た。ベクターに連結後にPCRで得たDNA断片の配列を確認し、その後の手順に用いた。
【
図5】TCRβ遺伝子座Dβ2領域へ薬剤耐性遺伝子カセットをノックインするための、薬剤耐性遺伝子ノックイン用ターゲティングベクターの構築の手順を示す図。 薬剤耐性カセットベクター(A)を制限酵素で切断し、3’アームDNA断片(
図4A)をGibson assembly法で切断部位に導入した(B)。同様に、5’アームDNA断片とVβ20-1プロモーターDNA断片を導入した(C,D)。
【
図6】相同組換えによるJurkat細胞TCRβ遺伝子座Dβ2領域への薬剤耐性カセットのノックイン手順を示す図。ヒトTCRβ遺伝子座DJ領域(上段)、薬剤耐性遺伝子ノックイン用ターゲティングベクター(KIターゲティングベクター)(中段)および、相同組換え後のTCRβ遺伝子座DJ領域(下段)を模式図で示す。CRISPR/Cas9nは、2本鎖であるDNAのそれぞれ1本を切断する(ニック)。ニックにより、相同組換えが促進される。相同組換えでは、KIターゲティングベクターの5’アームと3’アーム部分が両アームに挟まれる部分と共に、TCRβ遺伝子座の中で5’アームと3’アームのそれぞれ対応する部分と入れ替わる。その結果、KIターゲティングベクターの5’アームと3’アームに挟まれる部分のみが材料細胞のゲノムDNAに導入された形になる(下段)。
【
図7】TCRβ-p2A-TCRαベクター(TCRドナーベクター)構築手順の概略図。pENTR1Aベクターの制限酵素切断部位の5’側の約15bpを配列-1、3’側の約15bpを配列-2とする(A)。Primer1(B)は、TCRβの配列の一部と、配列-1と同一の配列、Primer4(C)は、TCRαの一部と配列-2と同一の配列をもつ。Primer2(B)とprimer3(C)はそれぞれ、TCRβの配列の一部とp2A配列のほとんど、TCRαの配列の一部とp2A配列の一部をもつ。p2A配列同士は16bpの重なりを持つ(D)。ベクターとPCR産物を、Gibson assembly法により互いに重なる部分を介して連結して、TCRドナーベクターを得た(E)。PCR法で得たDNA断片の配列は、ベクターに連結後に確認した。Primer2およびprimer4は、それぞれ、すべてのヒトTCRβおよびTCRαの増幅に使用できる。attL1およびattL2は、TCRカセット交換ベクター作製(
図8)に利用した。
【
図8】カセット交換ベクターの構築におけるベクター骨格の作製手順の概略図。Frt配列とPGKプロモーター配列が連続して位置するpBRBlII-AscI_FRTPGKpacΔtkpA_AscIプラスミドベクターを鋳型に、primer1とprimer2でPCR反応を行った(A)。Primer1(A)は、frt配列の一部、制限酵素配列、lox2272および、pBluescriptSK(-)べクター(B)の配列-1の部分と同一の配列をもち、primer2は、PGKプロモーター配列の一部、loxP配列および、pBluescriptSK(-)べクター(B)の配列-2と同一の配列をもつ。得られたPCR産物は、
図3と同様に、制限酵素で切断したベクター(B)と、Gibson assembly法で連結した(Frt-PGKベクター)(C)。Frt-PGKベクター(C)を、primer1の内部に設計してあった制限酵素認識部位で切断し、そこに、制限酵素の切断端と相補的な切断端をもつDNA1を、DNA結合酵素を用いて連結した(E)。再度、primer1内に設計してあった制限酵素認識部位で切断し、そこに、DNA1と同様にDNA2を連結できる。この過程を複数回繰り返すことにより、lox2272配列とfrt配列との間に、任意のDNA断片を複数個導入できる。導入は、DNA連結反応でもGibson assemblyでも可能である(D-G)。
【
図9】カセット交換ベクターの構築におけるプレカセット交換ベクターの構築手順の概略図。CSIV-TRE-RfA-CMV-KTベクターから制限酵素NheIとXhoIによって切り出したattR1-ccdb-attR2DNAを含むRfAカセットを、
図8D~
図8Gの要領で、制限酵素NheIとXhoIによって切断したFtr-PGKべクター(A)にDNAリガーゼによって連結した(B)。
図8D~
図8Gの要領でFrt-PGKベクター(A)を元に、attR1-ccdb-attR2DNA断片(B)、attR1-ccdb-attR2DNA断片とポリA付加配列(D)、attR1-ccdb-attR2DNA断片、ポリA付加配列およびイントロン(F)が導入された、プレカセット交換ベクター1~3(B,D,F)を構築した。ポリA付加配列は、制限酵素を用いてプラスミドから得た(C)。イントロン配列は、前後に翻訳開始コドンを含まないエクソン部分をもつように、PCR法により得た(E)。PCR法で得たDNA断片の配列は、ベクターに連結後に確認した。
【
図10】TCRカセット交換ベクターの作製手順の概略図。上段にプレカセット交換ベクター3、中段にTCRドナーベクター、下段にTCRカセット交換ベクターを示す。プレカセット交換ベクターとTCRドナーベクターは、attR1配列はattL1配列と、attR2配列はattL2配列と組換えを起こし、それぞれで挟まれる部分が入れ替わる(下段)。attR1(2)配列はattL1(2)配列との組換えでattB1(2)配列となる。
【
図11】薬剤耐性遺伝子カセットとTCRカセットの交換手順の概略図(TCRカセット交換Jurkat細胞の作製)。相同組換え後のヒトTCRβ遺伝子座DJ領域(上段)、TCRカセット交換ベクター(中段)および、カセット交換後のヒトTCRβ遺伝子座Dβ2領域(下段)を模式図で示す。TCRカセット交換ベクターとCre発現ベクターを薬剤耐性遺伝子KI-Jurkat細胞に共に導入すると、Cre組換え酵素がlox2272同士、loxP同士の組換えを促進する。その結果、lox2272配列とloxP配列で挟まれる部分の入れ替えが起こる(カセット交換)。カセット交換後、ピューロマイシン耐性遺伝子の発現が開始される。
【
図12】外来性TCR発現Jurkat細胞の作製手順の概略図。TCRカセット交換後の細胞にFLPを発現させた。FLPの作用によりfrt配列で挟まれた部分が欠失する。その結果、エンハンサー(Enh)が効率的にプロモーター(Vβ20-1プロモーター)に作用し、下流の遺伝子(TCR)が発現する。
【
図13】実施例で得られた外来性TCR発現Jurkat細胞のFACSによるTCRおよびCD3の細胞表面での発現量の解析結果。上段はJurkat細胞の野生型(WT)である。カセット交換後、FLPの発現のない細胞ではTCRが発現しない(中段)。それに対し、カセット交換後にFLPを発現させた細胞ではTCRの発現が認められたがTCRを発現しない集団の割合が高かった(下段)。
【
図14】非FLP組換え細胞のガンシクロビルによる除去手順の概略図。FLPによる組換えが成功した細胞ではガンシクロビルは作用しない(A)。FLP組換えが失敗した細胞ではガンシクロビルはpurorΔTKによりリン酸化される。リン酸化されたガンシクロビルは、DNA複製を阻害する。その結果、FLP組換えに失敗した細胞は、ガンシクロビル存在下では増殖できず、細胞集団から取り除かれる(B)。
【
図15】FACSによるTCRおよびCD3の細胞表面での発現量の解析結果。上段はJurkat細胞の野生型(WT)。カセット交換してFLPの発現のない細胞はTCRが発現しない(中段)。FLPを発現させた細胞ではTCRの発現が認められ(下段)、ガンシクロビル選択により、
図13と比してTCRを発現しない集団の割合が大幅に減少した。
【
図16】(A)ヒトTCRβ領域中のCRISPR/Cas9で切断される部位と、各プライマーの配列部位を示す。(B)薬剤耐性遺伝子ターゲティングベクターの模式図と各プライマーの配列部位を示す。(C)薬剤耐性遺伝子カセットのノックインを確認するための、それぞれのプライマーによるPCR産物の電気泳動写真。
【
図17】薬剤耐性遺伝子カセットノックイン用ターゲティングベクターの構築のための、5’および3’アームとプロモーターDNA断片の取得手順を示す図。ヒトTCRβ遺伝子座Vβ領域(A)およびCβ2領域のDNA配列をもとに各プライマーを設計し、薬剤耐性遺伝子ノックイン用ターゲティングベクター構築のために5’アームおよび3’アーム(
図18)として用いるDNA断片を、PCR法で得る。ベクターに連結後にPCRで得たDNA断片の配列を確認し、その後の手順に用いる。
【
図18】TCRβ遺伝子座のVβ20-1遺伝子とCβ2遺伝子が連結した領域へ薬剤耐性遺伝子カセットをノックインするための、薬剤耐性遺伝子ノックイン用ターゲティングベクターの構築の手順を示す図。薬剤耐性カセットベクターを制限酵素で切断し、3’アームDNA断片をGibson assembly法で切断部位に導入する。同様に、5’アームDNA断片を導入する。その結果、薬剤耐性遺伝子ノックイン用ターゲッティングベクターが得られる。
【
図19】相同組換えによる、Jurkat細胞TCRβ遺伝子座Vβ20-1遺伝子とCβ2遺伝子が連結した領域への薬剤耐性カセットのノックイン手順の概略図。V領域とC領域が連結したヒトTCRβ遺伝子座(上段)、薬剤耐性遺伝子ノックイン用ターゲティングベクター(KIターゲティングベクター)(中段)および、相同組換え後のTCRβ遺伝子(下段)を模式図で示す。相同組換えでは、KIターゲティングベクターの5’アームと3’アーム部分が両アームに挟まれる部分と共に、TCRβ遺伝子座の中で5’アームと3’アームのそれぞれ対応する部分と入れ替わる。その結果、KIターゲティングベクターの5’アームと3’アームに挟まれる部分のみが材料細胞のゲノムDNAに導入された形になる(下段)。
【
図20】遺伝子再構成が起きていないヒトTCRβ遺伝子座のVβ20-1遺伝子とCβ2遺伝子間領域の除去を行う実施例3の概略図。上段はTCRβ遺伝子座とCRISPR/Cas9nの標的部位を示す。標的部位は、Vβ20-1遺伝子とCβ2遺伝子にそれぞれ2箇所ずつ設けた(縦線)。下段は遺伝子間領域が除去された後のTCRβ遺伝子座と連結部位。縦線は、Vβ20-1遺伝子とCβ2遺伝子の連結部位を示す。
【
図21】実施例3の結果を示す。Vβ20-1遺伝子とCβ2遺伝子間の約180kbpの領域が除去された細胞株を単離した。
図21Aは遺伝子導入していない細胞群(左)と導入した細胞群(右)のFACS解析の結果。遺伝子導入した細胞群でEGFPを高発現する細胞群をソーティングで分取した(丸で囲った部分)。
図21Bは180kbpの領域が除去された後のTCRβ遺伝子座。矢印でforward、reverseの各プライマーを示す。縦線は、除去後の遺伝子間の連結部位。
図21Cは、各クローン細胞のゲノムDNAを用いて行ったPCR反応物の電気泳動写真。
図21Dは、クローン#10のPCR反応物のDNA配列の一部(配列番号51)。約180 kbpあった領域が6bpになっている。下線(直線)部分:Vβ20-1側配列、下線(波線)部分:Cβ2側配列。両者の間にはもともと約180kbpあったのが、6bpとなった。
【
図22】ヒトiPS細胞TCRβ遺伝子座Dβ2領域への薬剤耐性カセットデッキのノックイン実施例の概略図。
【
図23】iPS細胞上でのカセットテープ交換実施例の概略図。
【
図24】iPS細胞上でのカセット交換TCR-iPS細胞のPuro
rΔTK部位の欠損実施例。
【
図25】カセット交換TCR-KI-iPS細胞からT細胞へ分化誘導してCTLを得た。
【
図26】
図25のCTLは、抗原特異的細胞障害活性を示した。
【
図27】Jurkat-TCR1細胞のヒトTCRβ遺伝子DJ領域の模式図。
【
図28】Cre リコビナーゼによる TCR 同士のカセット交換。TCR1が組み込まれたTCRβ遺伝子座DJ領域(上段)、TCR2カセット交換ベクター(中段)および、カセット交換後のヒトTCRβ遺伝子座Dβ2領域(下段)を示す模式図。TCR カセット交換ベクターと Cre 発現ベクターをJurkat-TCR1細胞に共に導入すると、Cre 組換え酵素が lox2272 同士、loxP 同士の組み換えを促進する。その結果、lox2272 と loxP で挟まれる部分の入れ替えが起こる(カセット交換)。カセット交換が起きた細胞ではTCR2が組み込まれた状態となる(Jurkat-TCR2)。
【
図29】A:TCR2 (上段)あるいはTCR1(下段)遺伝子が組み込まれたTCRβ遺伝子座Dβ2領域の模式図。PCR反応に用いた4種類のプライマーの配置を示す。B:各プライマーの組み合わせにおけるPCR反応物の電気泳動による解析。PCR1 はTCR2を導入された Jurkat細胞、PCR2はJurkat-TCR1細胞 、そしてPCR3はJurkat-TCR1細胞にTCR2カセット交換ベクターを導入した細胞の、それぞれのゲノムDNAを用いて行なったPCR 反応の解析結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本明細書および特許請求の範囲においては、数値が「約」の用語を伴う場合、その値の±10%以内の範囲を含むことを意図する。例えば、「約20」は、「18~22」を含むものとする。数値の範囲は、両端点の間の全ての数値および両端点の数値を含む。範囲に関する「約」は、その範囲の両端点に適用される。従って、例えば、「約20~30」は、「18~33」を含むものとする。
【0019】
TCR遺伝子は、遺伝子再構成によりV領域の上流にあるプロモーター(Vプロモーター)とC領域の下流にあるエンハンサー(Cエンハンサー)が近接することによって発現するようになる。TCRβ遺伝子の再構成と発現の機構の概略を
図1に示す。
【0020】
T細胞の再構成済TCRを外来の再構成済TCR遺伝子またはCAR遺伝子(以下、まとめてTCR/CAR遺伝子という)に置き換えれば、導入されたTCR/CAR遺伝子はTCR遺伝子の発現制御機構下で発現される。しかしながら遺伝子再構成の起こっていない細胞のゲノムのTCR遺伝子座に単にTCR/CAR遺伝子を導入するだけでは、本来のTCRの発現制御機構は働かない。TCRの発現制御機構は、VプロモーターとCエンハンサーが近づくことによって、初めて機動する。すなわち、本願はVプロモーターとCエンハンサーを近づけるような形で外来のTCR/CAR遺伝子をノックインすることによって、材料細胞へ外来の抗原レセプター遺伝子を発現させる方法を提供する。
【0021】
本願において、「抗原レセプター遺伝子」は、TCR遺伝子またはCAR遺伝子を意味する。外来のTCR遺伝子または外来のCAR遺伝子としては、特に限定されず、再構成されたTCR遺伝子として公知のもの、CAR遺伝子として公知のものから適宜選択すればよい。または、細胞療法のターゲットとする抗原に対して特異的なT細胞からTCR遺伝子を公知の方法で増幅させて用いてもよいし、ターゲットとする抗原に対するCAR遺伝子を構築してもよい。
【0022】
「キメラ抗原受容体」あるいは「CAR」という語は、抗原結合ドメイン、膜貫通ドメインおよび抗原に結合したときT細胞を刺激するのに十分なCD3ζ配列の細胞質配列を含む細胞質シグナル伝達ドメインおよび、所望により、抗原結合ドメインが抗原に結合したとき、T細胞の共刺激を提供する1以上(例えば、2、3または4)の共刺激性タンパク質の細胞質配列(例えば、CD27、CD28、4-1BB、OX40、CD30、CD40L、CD40、PD-1、PD-L1、ICOS、LFA-1、CD2、CD7、CD160、LIGHT、BTLA、TIM3、CD244、CD80、LAG3、NKG2C、B7-H3およびCD83に特異的に結合するリガンドの1以上の細胞質配列)を含む。
【0023】
本願においては、
図2にその概略を示すようにTCR遺伝子座の遺伝子再構成が起こっていない、T細胞への分化誘導が可能な材料細胞に、外来のTCR/CAR遺伝子を導入して、当該材料細胞のTCR遺伝子発現制御機構下で発現させる方法としては、以下の3種類の方法が挙げられる:
(1)材料細胞のTCR遺伝子のC領域のエンハンサーと、V領域のプロモーターの間に、両者の距離を縮めるように、外来のTCR/CAR遺伝子を含む遺伝子を導入する(
図2-1)。
【0024】
(2)材料細胞TCR遺伝子座のC領域のエンハンサーの上流へ、上流から順にTCR遺伝子座のV領域のプロモーター、外来のTCR/CAR遺伝子を含む遺伝子を、V領域のプロモーターとC領域のエンハンサーがその間に挟まれる遺伝子の発現制御機能を発揮するために十分近くなるよう導入する(
図2-2)。
【0025】
(3)材料細胞TCR遺伝子座のV領域のプロモーターの下流へ、上流から順に外来のTCR/CAR遺伝子、およびTCR遺伝子座のC領域のエンハンサーを含む遺伝子を、V領域のプロモーターとC領域のエンハンサーがその間に挟まれる遺伝子の発現制御機能を発揮するために十分近くなるよう導入する(
図2-3)。
【0026】
本願において、「V領域のプロモーターとC領域のエンハンサーがその間に挟まれる遺伝子の発現制御機能を発揮するために十分近くなる」とは、V領域のプロモーターがC領域のエンハンサーの制御を受けさえすれば、両者の距離は特に制限されるものではない。外来のTCR/CAR遺伝子を導入した後のV領域のプロモーターとC領域のエンハンサーの間の距離は例えば約8~50kbp、約10~40kbp、約12~32kbp、または約14~22kbpであることが例示される。
【0027】
本願の方法に用いられる材料細胞としてはTCR遺伝子座の再構成が起こっておらず、かつT細胞への分化誘導が可能な細胞が好適に用いられる。「TCR遺伝子座の遺伝子再構成が起こっていない、T細胞への分化誘導が可能な細胞」としては、(1)TCR遺伝子座の再構成が起こっていない細胞、(2)T細胞への分化誘導が可能な細胞、かつ(3)遺伝子改変の際の選択過程に耐え得る細胞であることの3つの要件を満たす必要がある。かかる細胞としては、多能性幹細胞、例えばES細胞およびiPS細胞、並びに白血球幹細胞などが挙げられる。
【0028】
本明細書ならびに請求の範囲において多能性幹細胞とは、生体に存在する多くの細胞に分化可能である多能性を有し、かつ、自己増殖能を併せもつ幹細胞である。多能性幹細胞には、例えば胚性幹(ES)細胞、核移植により得られるクローン胚由来の胚性幹(ntES)細胞、精子幹細胞(「GS細胞」)、胚性生殖細胞(「EG細胞」)、人工多能性幹(iPS)細胞、培養線維芽細胞や骨髄幹細胞由来の多能性細胞(Muse細胞)などが含まれる。ES細胞やiPS細胞が好適に用いられる。特定のHLAを有するヒト由来の細胞を用いて、治療法の細胞バンクを製造することを考慮すると、iPS細胞を用いるのが好ましい。
【0029】
iPS細胞としては、いずれの部位の体細胞から誘導されたものであってもよい。体細胞からiPS細胞を誘導する方法は公知であり、体細胞にヤマナカ因子を導入してiPS細胞を得ることができる(Takahashi and Yamanaka, Cell 126, 663-673 (2006), Takahashi et al., Cell 131, 861-872(2007) and Grskovic et al., Nat. Rev. Drug Dscov. 10,915-929(2011)) 。iPS細胞を誘導する際に用いる因子はヤマナカ因子に限らず、当業者に公知のいずれの因子、手段を用いてもよい。
【0030】
材料細胞への再構成済TCR/CAR遺伝子の導入は1回の操作で行っても、多段階で進めても良い。従来公知の組換え技術、例えば相同組換え技術、ゲノム編集技術、CreやFlippaseなどのリコンビナーゼを組み合わせて用いる技術によって行うこともできる。
【0031】
外来のTCR/CARがTCRαとβのヘテロダイマーである場合、材料細胞ゲノム上のTCR/CAR遺伝子を導入するTCR遺伝子座はTCRαであっても良いし、TCRβであってもよい。ひとつの遺伝子の発現制御系下で、再構成済のTCRα遺伝子とTCRβ遺伝子の両方を導入してもよい。あるいは、TCRα座、TCRβ座それぞれにTCRα遺伝子、TCRβ遺伝子を導入してもよい。
【0032】
本発明において、TCR/CAR遺伝子の導入にはカセットデッキ/カセットテープ方式をとることができる。テープの入れ替えには、Cre/lox、Flippase(FLP)/Frtなどの組換え酵素とその標的配列の組み合わせを用いたいわゆるRecombinase Mediated Cassette Exchange(RMCE)法を用いることができる。RMCE法においては、特定の標的配列に挟まれた目的遺伝子間のカセット交換反応を誘導する。カセットテープ部は適宜切り貼り用の配列を含むよう構築する。TCR/CAR遺伝子が入ったカセットを最初から材料細胞へ導入しても良いし、薬剤耐性遺伝子を含むカセットを最初に導入してカセットデッキを構築し、その後外来のTCR/CAR遺伝子のカセットテープを導入しても良い。即ち、TCR遺伝子座の生理的発現制御下にカセットデッキを組み込み、その上でこの方法により、1種類の材料細胞に色々な種類のTCR/CARを導入することができる。
【0033】
ひとつの態様において本願は、材料細胞ゲノムのTCR遺伝子座に、上流から順にTCR遺伝子座V領域のプロモーター配列、薬剤耐性遺伝子あるいはレポーター遺伝子もしくは既知TCRまたはCAR遺伝子、TCR遺伝子座C領域のエンハンサー配列を有する、外来抗原レセプター遺伝子を導入するための材料細胞を提供する。
【0034】
ここで、TCR遺伝子座V領域のプロモーター配列と、薬剤耐性遺伝子あるいはレポーター遺伝子もしくは既知TCRまたはCAR遺伝子の間に、組換え酵素の標的配列(i)を有し、薬剤耐性遺伝子あるいはレポーター遺伝子もしくは外来TCRまたはCAR遺伝子とTCR遺伝子座C領域のエンハンサー配列の間に(i)と相違する組換え酵素の標的配列(ii)を有していてもよい。
【0035】
本態様において提供される外来抗原レセプター遺伝子を導入するための材料細胞には、薬剤耐性遺伝子、レポーター遺伝子もしくは既知TCRまたはCAR遺伝子と交換するように、外来のTCR/CAR遺伝子を導入する(カセット交換)。カセット交換が成功したかどうかは、薬剤耐性遺伝子、レポーター遺伝子、既知TCRまたはCAR遺伝子を指標として選択される細胞を陰性コントロールとして選択することができる。薬剤耐性遺伝子の場合は、当該遺伝子が耐性を有する薬剤の存在下で培養することによって、外来TCR/CAR遺伝子とのカセット交換が生じていない細胞が選択される。レポーター遺伝子の場合は、当該遺伝子が発現する細胞を選択することによって、カセット交換の生じていない細胞を除去することができる。既知TCRまたはCAR遺伝子の場合には、当該遺伝子に特異的な抗体またはテトラマーを用いてカセット交換の生じていない細胞を除去することができる。
【0036】
外来抗原レセプター遺伝子を導入するための材料細胞としては、材料細胞に空のカセットが正しく導入されたことを確認し、次いで外来TCR/CAR遺伝子を導入し、さらに外来TCR/CAR遺伝子が正しく導入されたことを確認する、二段階の確認機構を有するものであってもよい。
【0037】
かかる二段階の確認機構を有する外来抗原レセプター遺伝子を導入するための材料細胞の一態様として本願は、材料細胞ゲノムのTCR遺伝子座に、上流からTCR遺伝子座のVプロモーター配列、第1の組換え酵素の標的配列(i)、材料細胞で発現可能なプロモーター配列、当該材料細胞で発現可能なプロモーター配列下で発現するよう連結された第1の薬剤耐性遺伝子、(i)と相違する第1の組換え酵素の標的配列(ii)、第2の薬剤耐性遺伝子および第2の組換え酵素の標的配列およびTCR遺伝子座のC領域のエンハンサー配列を有する抗原レセプター遺伝子導入用材料細胞を提供する。
【0038】
本明細書および請求の範囲において「組換え酵素」とは部位特異的組換えを誘導する酵素であり、組換え酵素の標的配列とは組換え酵素によって認識され、二つの標的配列間で削除、組み込み、反転を誘導することができる配列をいう。組換え酵素とその標的配列の組み合わせとしては、CreとloxPおよびその誘導体、FLPとfrt、クロナーゼとattB/attP/attL/attRなどが例示される。
【0039】
本願の方法において第1の組換え酵素と第2の組換え酵素を用いる場合、用いられる第1の組換え酵素としては、複数の組換え標的配列について、各組換え標的配列特異的な組換えを誘導しうる酵素であり、例えば酵素としてCre、標的配列としてloxP、lox2272、lox511、loxFasなどが例示される。Creの存在下で、それぞれ同一の標的配列間の組換えが促進される。かかる組換えによって、例えば材料細胞ゲノムにおいてlox2272とloxPに挟まれている配列を、ベクター上のlox2272とloxPに挟まれている配列と交換することができる。
【0040】
第2の組換え酵素とその標的配列の組み合わせとしては、第1の組換え酵素との交差反応性を有していないものであれば特に限定されず、例えばFLP/frtの系が例示される。
【0041】
「TCR遺伝子座のC領域のエンハンサー」および「TCR遺伝子座のV領域のプロモーター」は、材料細胞由来の配列であっても、材料細胞と同種の動物の他の個体由来の細胞より取得した配列であっても、あるいは他種の動物由来の細胞より取得した配列であってもよい。
【0042】
材料細胞で発現可能なプロモーターとしては、材料細胞において連結された薬剤耐性遺伝子の発現を誘導可能なプロモーターであれば特に限定されない。例えば、サイトメガロウイルス(CMV)プロモーター、シミアンウイルス40(SV40)プロモーター、ホスホグリセリン酸キナーゼ(PGK)プロモーターなどが例示されるが、これらに限定されない。マウスホスホグリセリン酸キナーゼ(PGK)遺伝子のプロモーター(pPGK)が例示される。
【0043】
薬剤耐性遺伝子としては、材料細胞でマーカーとして機能しうる公知の薬剤耐性遺伝子を用いればよく、例えばハイグロマイシン、ピューロマイシン、ネオマイシンなどに対する耐性遺伝子が例示される。第1と第2の薬剤耐性遺伝子を用いる場合、第1と第2の薬剤耐性遺伝子間の交差反応性が無ければ、その組み合わせについては特に限定されない。薬剤耐性遺伝子の下流には、好ましくはポリA配列をつなげる。
【0044】
第2の薬剤耐性遺伝子は好ましくはその下流に薬剤感受性遺伝子を有する融合遺伝子としたものが用いられる。薬剤感受性遺伝子とは、発現した場合に外から加える物質と反応して細胞のアポトーシスを誘導することができる遺伝子を意味する。かかる薬剤感受性遺伝子としては、公知のものを適宜選択して用いれば良く、特に限定されない。例えば単純ヘルペスウイルスや水痘帯状疱疹ウイルスのチミジンキナーゼ遺伝子が例示される。かかる遺伝子を組み込んだ細胞へアポトーシスを誘導する薬剤としてはガンシクロビルが例示される。
【0045】
第2の薬剤耐性遺伝子は好ましくはカセット交換する前の発現を避けるために開始コドンを除去されたものである。
【0046】
続いて、抗原レセプター遺伝子導入用材料細胞を製造する方法を説明する。この材料細胞のTCR遺伝子座へいわゆる「空のカセット」を挿入するカセットデッキを作成する方法としては、
図2-1、2-2および2-3の三種類が考えられる。ここで「空のカセット」に当たる配列は、薬剤耐性遺伝子あるいはレポーター遺伝子もしくは既知TCRまたはCAR遺伝子が例示される。これらの遺伝子は組換え酵素の標的配列(i)および(ii)に挟まれていてもよい。あるいは、2段階の確認機構を有する抗原レセプター遺伝子導入用材料細胞の「空のカセット」としては、第1の組換え酵素の標的配列(i)、材料細胞で発現可能なプロモーター配列、当該材料細胞で発現可能なプロモーター配列下で発現するよう連結された第1の薬剤耐性遺伝子、(i)と相違する第1の組換え酵素の標的配列(ii)、第2の薬剤耐性遺伝子および第2の組換え酵素の標的配列を含む配列が例示される。
【0047】
図2-1)材料細胞ゲノムのTCR遺伝子座に存在するVプロモーター配列とCエンハンサー配列の間に、当該プロモーターとエンハンサーが近づくように、「空のカセット」を導入する。
【0048】
図2-2)材料細胞ゲノムのTCR遺伝子座に、上流から順にTCR遺伝子座のVプロモーター配列および「空のカセット」を、Vプロモーター領域が材料細胞のCエンハンサーと十分近づくように導入する。
【0049】
図2-3)材料細胞ゲノムのTCR遺伝子座のVプロモーター領域の下流に、上流から順に「空のカセット」およびTCR遺伝子座のCエンハンサー配列を、材料細胞上のVプロモーター領域とCエンハンサーが十分近づく様に導入する方法。
【0050】
以下、一例として
図2-2の方法であって、「空のカセット」が第1の組換え酵素の標的配列(i)、材料細胞で発現可能なプロモーター配列、当該材料細胞で発現可能なプロモーター配列下で発現するよう連結された第1の薬剤耐性遺伝子、(i)と相違する第1の組換え酵素の標的配列(ii)、第2の薬剤耐性遺伝子および第2の組換え酵素の標的配列を含む配列である態様における方法を詳細に説明する。本態様は以下の工程
(a)上流から順に、TCR遺伝子座のV領域プロモーター配列、および第1の組換え酵素の標的配列(i)、材料細胞で発現可能なプロモーター配列、材料細胞で発現可能なプロモーター配列下で発現するよう連結された第1の薬剤耐性遺伝子、(i)と相違する第1の組換え酵素の標的配列(ii)、第2の薬剤耐性遺伝子、および第2の組換え酵素の標的配列を含む薬剤耐性遺伝子カセットを含むベクターを準備する工程、
(b)材料細胞へ(a)のベクター上のV領域プロモーター配列から第2の組換え酵素標的配列までを含む配列をノックインする工程、および
(c)(b)で得られた細胞を第1の薬剤耐性遺伝子が耐性を有する薬剤の存在下で培養する工程を含む、薬剤耐性遺伝子カセットのノックインに成功した細胞を選択する工程を含む、抗原レセプター遺伝子導入のための材料細胞の製造方法である。
【0051】
本願において用いられるベクターとしては、遺伝子組換え用いられるベクターを適宜選択して用いればよく、例えばウイルス、プラスミド、人工染色体などのベクターが例示される。ウイルスベクターとしては、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、センダイウイルスベクターなどが例示される。また、人工染色体ベクターとしては、例えばヒト人工染色体(HAC)、酵母人工染色体(YAC)、細菌人工染色体(BAC、PAC)などが含まれる。プラスミドとしては、哺乳動物細胞用プラスミドを使用しうる。目的に応じて市販のベクターを適宜選択して用いれば良い。
【0052】
薬剤耐性遺伝子カセットをノックインする材料細胞ゲノム上のTCR遺伝子座としては、αβT細胞を製造する場合には、TCRα遺伝子座またはTCRβ遺伝子座を用いる。遺伝子導入に用いないTCRαおよびβ遺伝子座は欠損させることが好ましい。特定遺伝子座の欠損は、公知の方法を適宜用いて行えば良く、公知のゲノム編集の技術、例えばCRISPR/Cas9やTalenを用いて行えば良い。
【0053】
本態様においては、まず
工程(a)
上流から順に、TCR遺伝子座のV領域プロモーター配列、および第1の組換え酵素の標的配列(i)、材料細胞で発現可能なプロモーター配列、材料細胞で発現可能なプロモーター配列下で発現するよう連結された第1の薬剤耐性遺伝子、第1の組換え酵素の標的配列(ii)、第2の薬剤耐性遺伝子、および第2の組換え酵素の標的配列を含む薬剤耐性遺伝子カセットをノックインするための「薬剤耐性遺伝子カセットノックイン用ターゲティングベクター」を準備する。本態様において、上流から順に第1の組換え酵素の標的配列(i)、材料細胞で発現可能なプロモーター配列、材料細胞で発現可能なプロモーター配列下で発現するよう連結された第1の薬剤耐性遺伝子、(i)と相違する第1の組換え酵素の標的配列(ii)、第2の薬剤耐性遺伝子、および第2の組換え酵素の標的配列を含む薬剤耐性遺伝子カセットを含むベクターを構築し、次いで薬剤耐性遺伝子カセットの上流にVプロモーター配列を含むノックイン用ターゲティングベクターを構築する。
【0054】
次いで薬剤耐性遺伝子カセットの上流にTCR遺伝子座のVプロモーターを含むターゲティングベクターを構築する。
【0055】
TCR遺伝子座のV領域には、各V遺伝子につき1つのプロモーターが存在する。TCR遺伝子座のV領域プロモーターとしては、特に限定されず適宜選択すればよい。例えばTCRβ遺伝子座を用いる場合には、Vβ20-1プロモーターを用いることが例示される。プロモーター配列は、V遺伝子の第1エクソン内の翻訳開始点直前から上流のプロモーター配列のDNA断片が得られるよう、プライマーを設計してPCRで増幅することにより得ることができる。
【0056】
材料細胞ゲノムTCR遺伝子座における、外来のTCR/CAR遺伝子を導入する位置を決めて、ターゲティングベクターを構築する。導入する位置としては、上流から順にVプロモーターおよび外来のTCR/CAR遺伝子を含む配列を導入した場合に、材料細胞由来のCエンハンサーがVプロモーターを活性化できる位置であればよい。
【0057】
具体的には材料細胞のTCRβ遺伝子座に外来のTCR/CAR遺伝子を導入する場合は、TCRβ遺伝子座の再構成が起こっていない状態で導入可能であり、かつエンハンサーに近い領域が好ましく、Dβ2の上流かつCβ1の下流に導入することが例示される。材料細胞のTCRα遺伝子座に外来のTCR/CAR遺伝子を導入する場合は、TCRα遺伝子座の再構成が起こっていない状態で導入可能であり、かつエンハンサーに近い領域が好ましく、最上流のJα遺伝子の上流かつ最下流のVα遺伝子の下流に導入することが例示される。
【0058】
材料細胞ゲノムのTCR遺伝子座における導入する部位が決まれば、相同組換えができるように、導入部位の上流および下流の配列と相同な配列をそれぞれ5’アーム、3’アームとして導入する。この文脈において「相同な配列」としては、5’アーム、3’アームの配列がそれぞれ、相同組換えが生じる程度の相同性を有していれば良い。
【0059】
例えば、材料細胞のゲノムの再構成されていないTCRβ遺伝子座に外来のTCR/CAR遺伝子を導入する場合には、Dβ2遺伝子の約110bp上流からさらに上流約1.6kbpまでのDNA断片を5’アーム配列とし、Dβ2遺伝子の上流約50bpから下流に約1.6kbp位置までのDNA断片を3’アーム配列として用いることが例示される。各5’アームおよび3’アームのDNA断片は、それぞれの配列を特異的に増幅可能なプライマーを用い、材料細胞のゲノムDNAを鋳型としてPCRで増幅することにより得ることができる。
【0060】
すなわち、薬剤耐性遺伝子カセットノックイン用ターゲティングベクターとしては、上流から順に、材料細胞ゲノムのTCR遺伝子座内導入箇所の5’側と相同な配列(5’アーム)、TCR遺伝子座V領域のプロモーター配列、第1の組換え酵素の標的配列(i)、材料細胞で発現可能なプロモーター配列、材料細胞で発現可能なプロモーター配列下で発現するよう連結された第1の薬剤耐性遺伝子、(i)と相違する第1の組換え酵素の標的配列(ii)、第2の薬剤耐性遺伝子および第2の組換え酵素の標的配列、材料細胞導入箇所の3’側と相同な配列(3’アーム)を含むベクターが例示される。各配列をPCRにより増幅する際には、得られたPCR産物を薬剤耐性ベクターに導入するためのDNA配列が付加されるようにプライマーを設計する。得られたPCR産物を用い、例えばGibson assembly法など公知の方法や市販のキットを用いてベクターの構築を行えばよい。
【0061】
薬剤耐性遺伝子カセットノックイン用ターゲティングベクターはさらに、3’アームの下流側に材料細胞で発現可能なプロモーターとマーカーとなる遺伝子を含むものであってよい。かかるプロモーターとマーカーの組み合わせとしては、例えばMC1プロモーターとジフテリア菌毒素遺伝子(DTA)の組み合わせが例示される。
【0062】
工程(b)
薬剤耐性遺伝子カセットノックイン用ターゲティングベクターを、材料細胞のTCR遺伝子座へ相同組換えによりノックインする。ノックインは公知の方法にて行えば良く、例えばエレクトロポレーション法により行うことができる。
【0063】
相同組換えによるノックイン効率を高めるために、薬剤耐性カセットノックイン用ターゲティングベクターのノックインの前に、ノックイン箇所、例えば3’アームの開始部位(上流)近傍に二カ所の一本鎖切断(ニック)を導入することが好ましい。ニックの導入は公知の方法にて行えば良く、CRISPR/Cas9nシステムを採用することが例示される。
【0064】
工程(c)
相同組換えに成功した材料細胞は、導入されたプロモーターの働きにより薬剤耐性遺伝子1が発現する。このため、相同組換えに成功した材料細胞を、薬剤耐性遺伝子1が耐性を有する薬剤の存在下で選択することができる。また、ターゲティングベクターの3’アームの下流にマーカー遺伝子を組み込んだ場合、5’アーム配列と3’アーム配列の薬剤耐性遺伝子カセットを含まない、いわゆる外側の部分が導入された材料細胞においては、マーカーとなる例えば細胞毒素が発現し、細胞は生存できない。よって、生存細胞を選択することによって、薬剤耐性カセットのノックインに成功した細胞を選択することができる。選択された材料細胞をさらにPCR法にて確認して、V領域プロモーターと薬剤耐性遺伝子カセットがノックインされている細胞のみを選択してもよい。
【0065】
得られた材料細胞のV領域プロモーターと薬剤耐性遺伝子カセットがノックインされたクローンは、本願の「材料細胞ゲノムのTCR遺伝子座に、上流からTCR遺伝子座のVプロモーター配列、第1の組換え酵素の標的配列(i)、材料細胞で発現可能なプロモーター配列、当該材料細胞で発現可能なプロモーター配列下で発現するよう連結された第1の薬剤耐性遺伝子、(i)と相違する第1の組換え酵素の標的配列(ii)、第2の薬剤耐性遺伝子および第2の組換え酵素の標的配列およびTCR遺伝子座のC領域のエンハンサー配列を有するTCR/CAR遺伝子ノックイン用材料細胞」として、用いることができる。
【0066】
上記は主に
図2-2の態様に基づいて説明したが、他の2つの態様についても同様に実施できることは、当業者であれば理解する。即ち、材料細胞上のVプロモーターを利用する場合、材料細胞上のVプロモーターとCエンハンサーの両方を利用する場合、構成にあわせて適宜薬剤耐性遺伝子カセットノックイン用のターゲティングベクターのコンストラクトを調製すればよい。
【0067】
図2-1の態様の具体例は実施例3で説明されている。材料細胞上のVプロモーターとCエンハンサーの両方を利用する場合には、Vプロモーターの少し下流およびCエンハンサーの少し上流、例えばTCRβ遺伝子座の場合には、TCRVβ20-1の翻訳開始点より30 bp ~ 80 bp下流の領域、およびTCRCβ2遺伝子エキソン1内において、それぞれ2カ所ずつ一本鎖切断(ニック)を導入してゲノムDNAを切断することによって、2か所のニックの間の約180kbp部分を除くことができる。その後、近づいたVプロモーターとCエンハンサーの間に薬剤耐性カセットをノックインしてTCR/CAR遺伝子ノックイン用材料細胞を作成しても、あるいは直接外来のTCR/CAR遺伝子を導入してもよい。
【0068】
図17~19に、材料細胞中のTCR遺伝子座中のVプロモーターとCエンハンサーの両方を利用した「材料細胞ゲノムのTCR遺伝子座に、上流からTCR遺伝子座のVプロモーター配列、第1の組換え酵素の標的配列(i)、材料細胞で発現可能なプロモーター配列、当該材料細胞で発現可能なプロモーター配列下で発現するよう連結された第1の薬剤耐性遺伝子、(i)と相違する第1の組換え酵素の標的配列(ii)、第2の薬剤耐性遺伝子および第2の組換え酵素の標的配列およびTCR遺伝子座のC領域のエンハンサー配列を有するTCR/CAR遺伝子ノックイン用材料細胞」を調製する方法の概略を示す。
【0069】
TCR/CAR遺伝子導入用材料細胞へ、外来のTCR/CAR遺伝子を導入するには、以下の手順を行うことが例示される:
【0070】
(A)上流から順に第1の組換え酵素の標的配列(i)、外来のTCRまたはCAR遺伝子、第2の組換え酵素の標的配列、材料細胞で発現可能なプロモーター配列、および第1の組換え酵素の標的配列(ii)を含む、TCRまたはCAR遺伝子カセット交換ベクターを準備する工程、
(B)TCRまたはCAR遺伝子カセット交換ベクターを、TCR/CAR遺伝子導入用材料細胞へ導入し、同時に第1の組換え酵素を適用して、材料細胞ゲノムに導入された薬剤耐性遺伝子カセットの第1の組換え酵素の標的配列(i)(ii)に挟まれる部分を、TCRまたはCAR遺伝子カセット交換ベクターの第1の組換え酵素の標的配列(i)(ii)に挟まれる配列と交換する工程、
(C)第2の薬剤耐性遺伝子が耐性を有する薬剤の存在下で培養する工程を含む、カセット交換に成功した細胞を選択する工程、
(D)第2の組換え酵素を(C)で選択された細胞に作用させて、第2の組換え酵素の標的配列で挟まれる第2の薬剤耐性遺伝子部分を除去する工程。
【0071】
工程(A)
再構成済TCRまたはCAR遺伝子の導入にはまず、上流から順に第1の組換え酵素の標的配列(i)、外来のTCR遺伝子またはCAR遺伝子、第2の組換え酵素の標的配列、材料細胞で発現可能なプロモーター配列、および第1の組換え酵素の標的配列(ii)を含む、TCRカセット交換ベクターを準備する。
【0072】
以下、TCRαとTCRβのヘテロダイマーを発現する遺伝子を導入するための、TCRカセット交換ベクターを例として説明する。
【0073】
本願の一態様としてTCRαおよびTCRβのヘテロダイマーを発現させる場合、再構成済のTCRα遺伝子とTCRβ遺伝子を自己開裂型の2Aペプチドにてつないだ配列を用いてTCRカセット交換ベクターを作成することが例示される。自己開裂型の2Aペプチドをα鎖とβ鎖の間に置くことによって、ひとつの遺伝子の発現制御系下で2つの遺伝子両方を発現させることができる。
【0074】
2Aペプチドとしてはp2A、T2A、E2A、F2Aなどを用いることができ、切断効率がよいと言われているp2Aペプチドが好適に用いられる。また、TCRα遺伝子、TCRβ遺伝子の特にどちらを上流に導入しても良いが、下流側に導入したTCR遺伝子には好適にはポリA配列を連結する。
【0075】
TCR遺伝子の上流には、イントロンが含まれていることが好ましい。イントロン配列は、スプライシングされて除去される配列に加え、スプライスドナー配列とスプライスアクセプター配列を含むものであればよく、例えばヒトポリペプチド鎖伸長因子α(EF1α)遺伝子のイントロン、あるいはニワトリβ-アクチン(CAG)遺伝子プロモーターのイントロン部分が挙げられる。
【0076】
また、第2の薬剤耐性遺伝子が開始コドンを除いたものである場合には、TCRカセット交換ベクターの材料細胞で発現可能なプロモーター配列の直後、第1の組換え酵素の標的配列(ii)の直前に開始コドンを導入する。
【0077】
工程(B)
TCR/CAR導入用材料細胞へ、TCRカセット交換ベクターを導入し、同時に第1の組換え酵素を作用させる。第1の組換え酵素を作用させるには、例えば第1の組換え酵素発現ベクターとともに、TCRカセット交換ベクターを導入する。第1の組換え酵素発現ベクターの発現によって、薬剤耐性遺伝子カセット上の標的配列(i)とTCRカセット交換ベクター上の標的配列(i)、薬剤耐性遺伝子カセット上の標的配列(ii)とTCRカセット交換ベクター上の標的配列(ii)それぞれ同士の間での組換えが促進される。その結果、薬剤耐性遺伝子カセット上の第1の組換え酵素の標的配列(i)と(ii)で挟まれる部分が、TCRカセット交換ベクター上の同配列部分で挟まれる部分と交換される。
【0078】
工程(C)
カセット交換が生じた材料細胞においては、第2の薬剤耐性遺伝子が発現する。従って、第2の薬剤耐性遺伝子が耐性を有する薬剤の存在下でカセット交換後の材料細胞を培養することによって、カセット交換に成功した細胞を選択することができる。
【0079】
工程(D)
選択された細胞へ、第2の組換え酵素を作用させる。第2の組換え酵素を作用させるには、例えば第2の組換え酵素の発現ベクターを当該選択された細胞へ導入すればよい。
【0080】
第2の組換え酵素の発現により、第2の組換え酵素の標的配列に挟まれた領域が欠失する。第2の薬剤耐性遺伝子を薬剤感受性遺伝子と融合させた遺伝子を組み込んでいる場合は、薬剤感受性遺伝子、例えば細胞死誘導遺伝子活性化のトリガーとなる因子の存在下で材料細胞を培養することによって、第2の組換え酵素の標的配列に挟まれた領域の欠失に失敗した細胞を除去することができる。得られた細胞に確実にTCRαとTCRβ遺伝子が導入されたことをPCR法にて確認してもよい。上記方法で得られる細胞は材料細胞のTCRβ遺伝子座からTCRαおよびTCRβの両方を発現する。
【0081】
外来のTCR/CAR遺伝子が導入された材料細胞からT細胞への分化
T細胞以外の細胞のTCR遺伝子座では遺伝子再構成が起こらないため、TCR遺伝子は発現することがない。従って遺伝子導入には再構成済TCR遺伝子またはCAR遺伝子を用いる。材料細胞として多能性幹細胞等のT細胞以外の細胞を用いた場合、再構成済TCR遺伝子またはCAR遺伝子を発現させるためには、T細胞へ分化させる必要があり、分化させたT細胞は細胞療法に用いることができる。多能性幹細胞のT細胞への分化誘導方法としては例えばTimmermans et al., Journal of Immunology, 2009, 182: 6879-6888、Nishimura T et al, 2013, Cell Stem Cell 114-126、WO 2013176197 A1、 WO 2011096482 A1およびWOに記載の方法が例示される。Rag1遺伝子あるいはRag2遺伝子を欠失させることにより、TCRの再構成を抑制してもよい。Rag1遺伝子とRag2遺伝子については、どちらか一方を欠失させるだけでよい。
【0082】
T細胞としては、CD3を発現し、CD4およびCD8のいずれか1つを少なくとも発現する細胞である。治療目的により、CD8を発現するキラーT細胞、CD4を発現するヘルパーT細胞のいずれへ分化させてもよい。
【0083】
本願の方法で得られる細胞は、導入したTCRまたはCARが特異的に結合する抗原を発現するがん、感染症、自己免疫疾患、アレルギーなどの免疫が関与する疾患の治療に用いることができる。本願の方法においては得られるT細胞を適当な媒体、例えば生理的食塩水やPBSに懸濁して、材料細胞の由来するドナーと一定以上HLAが合致する患者の治療に用いる。ドナーと患者とのHLA型は、完全に一致する場合、ドナーがHLAハプロタイプホモの場合には、少なくともその一方のHLAハプロタイプが一致する場合が例示される。もちろん、患者本人の体細胞から誘導された多能性幹細胞を材料細胞として用いてもよい。患者への投与は経静脈的に行えばよい。
【0084】
例えばHLAハプロタイプホモのドナー由来のiPS細胞群が、ドナーのHLA情報にひも付けて保存されているiPS細胞バンクから、治療対象者のHLAの少なくとも一方が同一である細胞を選択して用いることができる。
【0085】
投与細胞数は特に限定されず、患者の年齢、性別、身長、体重、対象疾患、症状等に応じて適宜定めればよい。最適な投与細胞数は臨床試験により適宜決定すればよい。
【0086】
本願の方法により、抗原特異的T細胞、あるいは抗原特異的CAR-T細胞を誘導することができる。本願の方法はがん、感染症、自己免疫疾患、アレルギーなどいろいろな疾患を対照とした免疫細胞療法への応用が可能である。
【0087】
別の態様として、本願は遺伝子再構成済のT細胞(材料細胞)のTCR遺伝子のV領域のプロモーター配列とC領域のエンハンサー配列の間に、外来TCRαおよびTCRβ遺伝子を導入する細胞療法用細胞の製造方法を提供する。外来TCRαおよびTCRβ遺伝子は、材料細胞であるT細胞に発現しているTCRαまたはTCRβの何れか一方の発現制御系へ両者が発現するよう導入する。外来TCRαおよびTCRβ遺伝子を導入しないTCR発現系は欠損させる。
【0088】
本態様においては、上記で説明した外来の抗原レセプター遺伝子を導入するための材料細胞をT前駆細胞またはT細胞へと分化誘導し、その後に外来のTCRまたはCAR遺伝子を、ゲノム編集法あるいはRecombinase-mediated Cassette Exchange(RMCE)法にて該誘導されたT前駆細胞またはT細胞のゲノムTCR遺伝子座のV領域のプロモーター配列とC領域のエンハンサー配列の間に導入することが例示される。
【0089】
例えば外来の抗原レセプター遺伝子を導入するための材料細胞が既知TCRまたはCAR遺伝子を有している場合は、ゲノム編集法あるいはRecombinase-mediated Cassette Exchange(RMCE)法にて該誘導されたT前駆細胞またはT細胞の既知TCRまたはCAR遺伝子を外来TCRまたはCAR遺伝子と入れ替える工程、および既知のTCRまたはCAR遺伝子に特異的な抗体またはテトラマーを用いて外来TCRまたはCAR遺伝子との入れ替えに成功していない細胞を除くことができる。
【0090】
以上、段階を分けて説明したが、本願はまた、(1)上流から順に、TCR遺伝子座V領域のプロモーター配列、および第1の組換え酵素の標的配列(i)、材料細胞で発現可能なプロモーター配列、材料細胞で発現可能なプロモーター配列下で発現するよう連結された第1の薬剤耐性遺伝子、(i)と相違する第1の組換え酵素の標的配列(ii)、第2の薬剤耐性遺伝子、および第2の組換え酵素の標的配列を含む薬剤耐性遺伝子カセットを含むベクターを準備する工程、
(2)材料細胞ゲノムのTCR遺伝子座へ(1)の配列をノックインする工程、
(3)(2)で得られた細胞を第1の薬剤耐性遺伝子が耐性を有する薬剤の存在下で培養する工程を含む、薬剤耐性遺伝子カセットのノックインに成功した細胞を選択する工程、
(4)上流から順に第1の組換え酵素の標的配列(i)、外来のTCRまたはCAR遺伝子、第2の組換え酵素の標的配列、材料細胞で発現可能なプロモーター配列、および第1の組換え酵素の標的配列(ii)を含む、TCRまたはCAR遺伝子カセット交換ベクターを準備する工程、
(5)TCRまたはCAR遺伝子カセット交換ベクターを(3)で選択された薬剤耐性カセットがノックインされた材料細胞へ導入し、同時に第1の組換え酵素を作用させることによって、TCRまたはCAR遺伝子カセットベクターの第1の組換え酵素の標的配列(i)(ii)に挟まれる配列と交換する工程、
(6)第2の薬剤耐性遺伝子が耐性を有する薬剤にて、カセット交換に成功した細胞を選択する工程、
(7)第2の組換え酵素を(6)で選択された細胞に作用させて、第2の組換え酵素の標的配列で挟まれる第2の薬剤耐性遺伝子部分を除去する工程
を含む外来のTCRまたはCAR遺伝子が導入された細胞の製造方法を提供する。
【0091】
本発明はまた、所望のTCRまたはCAR遺伝子が導入されたT細胞を効率的に作成する方法の一例として、下記工程を含む方法を提供する:
(1)上流から順に、TCR遺伝子座V領域のプロモーター配列、および第1の組換え酵素の標的配列(i)、材料細胞で発現可能なプロモーター配列、材料細胞で発現可能なプロモーター配列下で発現するよう連結された第1の薬剤耐性遺伝子、(i)と相違する第1の組換え酵素の標的配列(ii)、第2の薬剤耐性遺伝子、および第2の組換え酵素の標的配列を含む薬剤耐性遺伝子カセットを含むベクターを準備する工程、
(2)材料細胞ゲノムのTCR遺伝子座へ(1)の配列をノックインする工程、
(3)(2)で得られた細胞を第1の薬剤耐性遺伝子が耐性を有する薬剤の存在下で培養する工程を含む、薬剤耐性遺伝子カセットのノックインに成功した細胞を選択する工程、
(4)上流から順に第1の組換え酵素の標的配列(i)、外来の既知TCRまたはCAR遺伝子、第2の組換え酵素の標的配列、材料細胞で発現可能なプロモーター配列、および第1の組換え酵素の標的配列(ii)を含む、既知TCRまたはCAR遺伝子カセット交換ベクターを準備する工程、
(5)既知TCRまたはCAR遺伝子カセット交換ベクターを(3)で選択された薬剤耐性カセットがノックインされた材料細胞へ導入し、同時に第1の組換え酵素を作用させることによって、既知TCRまたはCAR遺伝子カセットベクターの第1の組換え酵素の標的配列(i)(ii)に挟まれる配列と交換する工程、
(6)第2の薬剤耐性遺伝子が耐性を有する薬剤にて、カセット交換に成功した細胞を選択する工程、
を含む方法により既知TCRまたはCAR遺伝子が導入された細胞を得、さらに
(7)得られた細胞をT細胞へと分化誘導する工程、
(8)上流から順に第1の組換え酵素の標的配列(i)、所望のTCRまたはCAR遺伝子、第2の組換え酵素の標的配列、材料細胞で発現可能なプロモーター配列、および第1の組換え酵素の標的配列(ii)を含む、所望のTCRまたはCAR遺伝子カセット交換ベクターを準備する工程、
(9)所望のTCRまたはCAR遺伝子カセット交換ベクターを(7)で得られたT細胞へ導入し、同時に第1の組換え酵素を作用させることによって、所望のTCRまたはCAR遺伝子カセットベクターの第1の組換え酵素の標的配列(i)(ii)に挟まれる既知TCRまたはCAR遺伝子配列と交換する工程、および
(10)第2の組換え酵素を(9)で得られた細胞に作用させて、第2の組換え酵素の標的配列で挟まれる第2の薬剤耐性遺伝子部分を除去する工程。
【実施例1】
【0092】
以下、実施例により本願をさらに詳細に説明する。なお、本願の実施例においては、T細胞株であるJurkat細胞を用いたが、Jurkat細胞は、完全に再構成されていないTCR遺伝子座(D-J組換えまで)と、再構成済TCR遺伝子座(VDJ組換え済)の両方を有している。本実施例では、再構成済TCR遺伝子座を破壊したJurkat細胞を用いた。
【0093】
T細胞受容体(TCR)遺伝子破壊Jurkat細胞における、カセット交換法による外来性TCRの発現
【0094】
1)試薬・抗体等:
KOD-Plus-Neo(Toyobo,KOD-401)、Amaxa(登録商標)Cell Line Nucleofector(登録商標)Kit V (Lonza,VACA-1003)、Gibson assembly master mix (New England Biolabs (NEB), E2611S)、 Gateway (登録商標)LRクロナーゼTMII酵素ミックス(Thermo Fisher Scientific, 11791-020)、Hygromycin B Gold(InvivoGen,ant-hg-1)、ピューロマイシン二塩酸塩(Wako,160-23151)、ガンシクロビル(Wako,078-04481、PE/Cy7 anti-human TCRα/β(BioLegend,306719)、APC Mouse Anti-Human CD3 (BD Pharmingen,557597)を用いた。
また、ベクターとしてpBRBlII-AscI_FRTPGKpacΔtkpA_AscIを用いた。
Jurkat細胞は、ヒト白血病細胞由来のT細胞株である。TCR遺伝子が放射線照射によって破壊された株(J.RT3-T3.5)を用いた(J. Exp. Med. 160. 1284-1299. 1984)。
【0095】
2) 薬剤耐性遺伝子カセットベクターの構築
薬剤耐性カセットベクターとして、
図3Gに示すような、Cre組換え酵素の認識配列であるlox2272配列(5’-ATAACTTCGTATAAAGTATCCTATACGAAGTTAT-3’(配列番号1))、マウスのホスホグリセリン酸キナーゼ(PGK)遺伝子のプロモーター配列(pPGK)、その下流にハイグロマイシン耐性遺伝子(Hygro
r)、PGK遺伝子のポリアデニル化配列(pA)をつなげ、その下流にlox2272とは異なるCreによる認識配列であるloxP配列(5’-ATAACTTCGTATAGCATACATTATACGAAGTTAT-3’(配列番号2))、ピューロマイシン耐性遺伝子とヘルペスウイルスチミジンキナーゼのキナーゼドメイン(ΔTK)との融合遺伝子(Puro
rΔTK)、pA配列、酵母の組換え酵素Flippase(FLP)の認識配列であるfrt配列をつなげた形でプラスミドを構築した。
【0096】
まず、
図3Aに示すような、「ベクターとの同一配列(約15bp)」-「lox2272配列」-「PGKプロモーター5’側の配列」からなるprimer1を設計した(
図3A)。Primer2を、「ベクターとの同一配列」-「PGKプロモーターの3’側の配列」のように設計し、pBRBlII-AscI_FRTPGKpacΔtkpA_AscIベクターを鋳型としてPCRにより増幅を行った(
図3A)。次に
図3Bに示すようにpBRMC1DTApAベクターを制限酵素XbaIで切断した。primer1は制限酵素XbaIで切断したベクター部位の5’側配列-1と、primer2は3’側の約15bpの配列-2とそれぞれ同一のDNA配列をもつ(
図3A,B)。
図3AおよびBで示された、それぞれPCR産物と制限酵素XbaIで切断されたベクターを、Gibson assembly master mix (E2611S, New England Biolabs (NEB))により約15bpの同一配列を介して連結し、
図3Cに示す構造のPGKベクターを得た。Gibson assemblyはGibson assembly master mixのマニュアルに従い行った。
【0097】
次に
図3EおよびFに示すように、PGKベクター配列(
図3D)と同一の部分配列-3およびハイグロイマシン耐性遺伝子の5’側の一部からなるprimer3(
図3E)と、PGKベクター配列と同一の部分配列-4およびfrt配列の一部からなるprimer6(
図3F)を設計した。primer4とprimer5(
図3E,F)は、互いに相同となる配列をもち、primer4はloxP配列およびpA配列の一部を、primer-2はピューロマイシン耐性遺伝子(開始コドンを含まない)の一部の配列をもつように設計した。primer3とprimer4を用いてPB-flox(CAG-mCherry-IH;TRE3G-miR-155-LacZa)ベクターを鋳型としてPCRにより増幅を行った(
図3E)。
【0098】
同様にprimer5とprimer6を用いてpBRBlII-AscI_FRTPGKpacΔtkpA_AscIベクターを鋳型としてPCRにより増幅を行った(
図3F)。次に
図3CのPGKベクターを制限酵素XbaIで切断し(
図3D)、
図3EおよびFで生成されたPCR産物をGibson assembly法で連結し、薬剤耐性遺伝子カセットベクターを得た(
図3G)。
プライマーの配列は以下の通りである。
Primer1:5’-GCGGTGGCGGCCGCTATAACTTCGTATAAAGTATCCTATACGAAGTTATTACCGGGTAGGGGAGGCGCTT-3’(配列番号3),
primer2:5’-GGGGATCCACTAGTTCTAGACGAAAGGCCCGGAGATGAGGA-3’(配列番号4),
primer3:5’-CTCCGGGCCTTTCGTGCCACCATGAAAAAGCCTGAACTCACC-3’(配列番号5),
primer4:5’-ATAACTTCGTATAATGTATGCTATACGAAGTTATCAACTATGAAACATTATCATA-3’(配列番号6)
primer5:5’-ATTATACGAAGTTATCCACCGAGTACAAGCCCACGGTG-3’(配列番号7),
primer6:5’-GGGGATCCACTAGTTGAAGTTCCTATACTTTCTAGA-3’(配列番号8)
【0099】
PCRは、KOD-Plus-Neo(KOD-401,東洋紡)を用いて、1)94℃,2分→2)98℃,10秒→3)50~60℃,30秒→4)68℃,2分で行い、2)~4)を30~35サイクルで行った。
【0100】
ピューロマイシン耐性遺伝子は、カセット交換する前の発現を避けるために開始コドンを除去した(primer5)。Frtの下流には、MC1プロモーターとジフテリア菌毒素遺伝子(DTA)を組み込んだ(
図3G)。
【0101】
3)薬剤耐性遺伝子カセットノックイン用ターゲティングベクターの構築(1)
5’アームおよび3’アームとプロモーターDNA断片の取得
ヒトT細胞受容体β(TCRβ)Dβ2遺伝子(TCRDβ2)の約110bp上流の位置からさらに上流約1.6kbpの位置までのDNA断片を5’アーム、TCRDβ2の上流約50 bpの位置から下流に約1.6kbpの位置までのDNA断片を3’アームとした(
図4A)。各DNA断片は、Jurkat細胞のゲノムDNAを鋳型として、下記のプライマーを用いてPCRで増幅した。内在性のV遺伝子プロモーターとして、本例ではTCRβV20-1遺伝子のプロモーター(Vβ20-1プロモーター)を用いた。Vβ20-1プロモーターには、第一エクソン内の翻訳開始点直前から上流に約1.6kbpまでのDNA断片を、Jurkat細胞のゲノムDNAを鋳型として、下記のプライマーを用いてPCRで増幅した。(
図4B)。
【0102】
PCRに用いた各プライマーにはそれぞれ、得られたPCR産物を薬剤耐性カセットベクターに導入する時に利用できるようなDNA配列が付加されている。その付加配列を介して前述のGibson assembly法を用いてベクター構築を行った。プライマー配列は以下の通りである。
【0103】
5’アーム(約1.6kbp)取得用プライマー
Primer5’-1:5’-CTCCACCGCGGTGGCGGCCGCCTTCAAAAGCTCCTTCTGTTGT-3’(配列番号9)
Primer3’-1:5’-ATGATGCGGCCGCTAGCCTTGGAAAAGACAAAGGCAGT-3’(配列番号10)
【0104】
3’アーム(約1.6kbp)取得用プライマー
Primer5’-2:5’-AGGAATTCGATATCATTTAAATGAGGGGGACTAGCAGGGAGGA-3’ (配列番号11)
Primer3’-2:5’-TCGACGGTATCGATATTTAAATCCCCGAAAGTCAGGACGTTG-3’(配列番号12)
【0105】
Vβ20-1プロモーター(約1.6kbp)取得用プライマー
F:5’-GCTAGCGGCCGCATCATGAGACCATCTGTACCTG-3’ (配列番号13)
R:5’-ATACGAAGTTATAGCTAGTCTTCCGTGATGGCCTCACACCA-3’(配列番号14)
【0106】
PCRは、Jurkat細胞のゲノムDNAを鋳型として用いて、KOD-Plus-Neoで、1)95℃,3分→2)98℃,10秒→3)50~60℃,30秒→4)68℃,1~3分で行い、2)~4)を30~35サイクル行った。
【0107】
4)薬剤耐性遺伝子カセットノックイン用ターゲティングベクターの構築II
TCRβ遺伝子座Dβ2領域への薬剤耐性遺伝子カセットノックイン(KI)ターゲティングベクターの構築
【0108】
薬剤耐性遺伝子カセット部位のfrt部分の外側(下流側)のベクター部分を制限酵素HindIIIで切断し(
図5,A)、そこに、3’アームDNA断片を、Gibson assembly法を用いて、マニュアルに従い導入した(
図5,B)。次に、薬剤カセットのlox2272の外側(上流側)のベクター部分を制限酵素NotIで切断し(
図5,C)そこに、5’アームDNA断片とVβ20-1プロモーターDNA断片をGibson assembly法を用いて、同時に導入した(
図5,D)。
【0109】
得られた薬剤耐性遺伝子カセットノックイン(KI)用のターゲティングベクター(薬剤耐性遺伝子KIターゲティングベクター、7)を以下で使用した。
【0110】
5)相同組換えによるJurkat細胞TCRβ遺伝子座Dβ2領域への薬剤耐性遺伝子カセットのノックイン
薬剤耐性遺伝子ノックイン(KI)-Jurkat細胞の単離
【0111】
すべての実験において細胞培養には以下の組成の培養液を用いた。ただし、薬剤で選択する場合には、以下の組成に、各薬剤を加えて培養した。
【表1】
*ペニシリン/ストレプトマイシン/L-グルタミン溶液の組成はペニシリン10,000U/mL,ストレプトマイシン10,000μg/mL,L-グルタミン29.2mg/mLであるため,最終濃度はそれぞれ100U/mL,100μg/mL,292μg/mLとなる.
【0112】
細胞へのべクター導入はエレクトロポレーション法を用いた。エレクトロポレーションは、Amaxa(登録商標)CellLineNucleofector(登録商標)KitVキットのマニュアルにしたがって実施した。キット付属の試薬に細胞とベクターを懸濁後、キット付属のキュベットに移し、AmaxaNucleofectorII(Lonza)にセットして、機器内臓のプログラムX001を用いてベクターを細胞に導入した。
【0113】
T細胞株であるJurkat細胞の、TCRβ遺伝子座のDβ2遺伝子の約50bp上流部位に(
図6上段)、薬剤耐性遺伝子KIターゲティングベクター(KIターゲティングベクター)(
図6中段)を用いてVβ20-1プロモーターおよび薬剤耐性遺伝子カセットを導入した。導入できた場合の模式図を
図6下段に示す。
【0114】
相同組換えによるノックインの効率を高めるために、CRISPR/Cas9nシステムによりDβ2遺伝子の約50bp上流部位に2カ所の一本鎖切断(ニック)を導入した。KIターゲティングベクターを2つのニック導入用CRISPR/Cas9nベクター(下の材料参照)と共に、Jurkat細胞株の亜種である、内在性のTCRβ遺伝子の発現の損なわれたJ.RT3-T3.5Jurkat cells(以降Jurkatβ mutantと記す)(J. Exp. Med. 160. 1284-1299. 1984)に導入した。
【0115】
相同組換えにより薬剤耐性遺伝子カセットをゲノムDNAに取り込んだ細胞では、PGKプロモーターの作用により第1の薬剤耐性遺伝子であるハイグロマイシン耐性遺伝子が発現する(第2の薬剤耐性遺伝子であるピューロマイシン耐性遺伝子はここでは発現しない)(
図6下段)。そのため、まず、250μg/mLハイグロマイシン/培養液を用いて、薬剤耐性遺伝子カセットをゲノム中に取り込んだクローンを選択した(ポジティブセレクション)。
【0116】
一方、薬剤耐性遺伝子KIターゲティングベクターの5’アーム配列と3’アーム配列の外側のベクター部分がランダムインテグレーションによりゲノムDNA内に取り込まれた細胞は、ジフテリア毒素(DTA)(
図3)が細胞内で生成されるため生存できず、取り除かれる(ネガティブセレクション)。次に、そのようにして選択された細胞(クローン)の中から、Vβ20-1プロモーターからfrtまでの薬剤耐性遺伝子カセット部分をTCRDβ2遺伝子座に取り込んだクローンをPCR法で同定した。以上により、Dβ2領域にVβ20-1プロモーターと薬剤耐性遺伝子カセットが導入されたクローン(薬剤耐性遺伝子KI-Jurkat細胞)を選択した。
【0117】
【0118】
CRISPR/Cas9nベクターは、
A:5’-CACCGAGGTTAGTCTGACTGTGTG-3’(配列番号15),
B:5’-AAACCACACAGTCAGACTAACCTC-3’ (配列番号16)
C:5’-CACCCTGCCGCTGCCCAGTGGTTG-3’ (配列番号17)
D:5’-AAACCAACCACTGGGCAGCGGCAG-3’ (配列番号18)
のオリゴヌクレオチドをAとB(ベクター1)、CとD(ベクター2)の組み合わせでアニールしたものを、制限酵素BbsIで切断したプラスミドpX460に導入して作製した。
【0119】
6)薬剤耐性遺伝子KI-Jurkat細胞におけるTCRα遺伝子の破壊(TCRα-KO薬剤耐性遺伝子KI-Jurkat細胞の作製)
TCRは、個々のT細胞のもつα鎖とβ鎖の固有の組み合わせにより、特定の抗原/HLA複合体を特異的に認識する。本実施例では、後に細胞に導入するTCRのα鎖とβ鎖の組み合わせを厳密に維持するために、内在性のTCRα鎖遺伝子をCRISPR/Cas9システムにより破壊した。
【0120】
【0121】
CRISPR/Cas9ベクターは、
E:5’-CACCGAGAATCAAAATCGGTGAAT-3’(配列番号19)
F:5’-AAACATTCACCGATTTTGATTCTC-3’(配列番号20)
のオリゴヌクレオチドEとFをアニールさせて、制限酵素BbsIで切断したpX330プラスミドに導入して作製した。
【0122】
5)と同様に細胞にベクターを導入した。その後、単一のJurkat細胞の生存を促進するために、1wellあたり1x105個のB6マウス胸腺細胞を敷いた96-wellプレートに、1wellあたり0.5個細胞となるように、ベクター導入細胞を播種した。3~4週間後にクローンを単離し、ゲノムDNAを抽出後、CRISPR/Cas9の標的部位を含むDNA領域をPCR法で増幅し、そのシークエンスを解読することにより、TCRα遺伝子を解析した。その結果、両遺伝子座でTCRα遺伝子の破壊(フレームシフトがおこるような変異)が認められたクローンを単離した。これにより、TCRα-KO薬剤耐性遺伝子KI-Jurkat細胞が樹立された。
使用したPCRプライマーは、以下のとおりである。PCR産物の配列の解析は、forward primerで行った。
Forward primer:5’-CCTTGTCCATCACTGGCATC-3’(配列番号21)
Reverse primer:5’-AAAGTCAGATTTGTTGCTCCA-3’(配列番号22)
【0123】
7)TCRβ-p2A-TCRαベクター(TCRドナーベクター)の構築
TCRはα鎖とβ鎖からなるヘテロ二量体であり、機能的なTCRを発現させるにはα鎖とβ鎖の両方を発現させる必要がある。通常そのような場合は、α鎖とβ鎖の遺伝子をゲノム中の別々の位置に導入し発現させるが、本システムでは外来遺伝子をTCRDβ2領域のみに導入するので、2つの遺伝子を単一の部位から発現させなくてはならない。それを実現する方法としては、Internal ribosome entry site(IRES)と、自己開裂型の2Aペプチドの2つの方法が主に用いられている。IRESは1本のmRNAから2本のポリペプチドが出来るが、その2つの間で分子数に偏りがでる可能性がある。一方、2Aペプチドは1本のmRNAから1本のポリペプチドが生成され、それが切断により2つの分子となるので、2つの分子数比は1対1となる。本実施例では、約22アミノ酸からなる2Aペプチドを利用することにより、α鎖とβ鎖遺伝子の両方をTCRDβ2領域より同時に発現させた。2Aペプチドには何種類かあるが(p2A、T2A、E2A、F2Aなど)、その中で切断効率がよいと言われているp2Aペプチドを用いた。p2Aペプチドで連結したα鎖とβ鎖はTCRα-p2A-TCRβあるいは、TCRβ-p2A-TCRαと記述する。
【0124】
TCRβ-p2A-TCRαは、以下のように構築した。pENTRべクターは、Thermo Fisher Scientific社のGatewayシステムという遺伝子組換え系で用いられるエントリーベクターであり、λファージの組換え配列であるattL配列をもち、attR配列とLRクロナーゼ組換え酵素の作用で組換えを生じる(
図10)。
図7Aに示すようにベクター(pENTR1AあるいはpENTR3C:Gatewayべクター、Thermo Fisher Scientific)を制限酵素(SalIとEcoRIの2カ所)で切断した。一方、TCRβ(
図7B)、あるいはTCRα(
図7C)をもつプラスミドを鋳型にしてPCR法でそれぞれのDNA断片を作製した。Primer1(
図7B)は、TCRβの配列の一部と、ベクター(
図7A)の制限酵素切断部位の5’側の15bp(配列-1)と同一の配列をもち、Primer2は、TCRβの配列の一部と、p2AペプチドのDNA配列約66bpのうち54bpをもつ。Primer3(
図7C)は、TCRαの配列の一部とp2A配列の28bpをもち、primer4は、TCRαの配列の一部と、ベクターの制限酵素切断部位の3’側の15bp(配列-2)と同一の配列をもつ。制限酵素SalIとEcoRIで切断したpENTR1Aベクターと、TCRβ、TCRαそれぞれのPCR産物は、互いに重なる部分を介して(
図7D)、Gibson assembly法で連結した(
図7E)。
【0125】
べクターとしてpENTR1AあるいはpENTR3Cを使用し、かつそれらをSalIとEcoRIで切断して用いる場合は、primer2およびprimer4はそれぞれ、全てのヒトTCRβおよびTCRαのベクターへのクローニングに使用できる。
【0126】
Primerの配列は以下の通りで、PCRは、KOD-Plus-Neoで、1) 94℃,2min→2)98℃,10sec→3)50~60℃,30sec→4)68℃,2minで行い、2)~4)を30~35サイクル行った。
Primer1:5’-AAGGAACCAATTCAGTCGACCACCATGCTGCTGCTTCTGCTGCTT-3’(配列番号23)
Primer2:5’-CTCCTCCACGTCTCCAGCCTGCTTCAGCAGGCTGAAGTTAGTAGCTCCGCTTCCGCCTCTGGAATCCTTTCTCTT-3’(配列番号24)
Primer3:5’-TGGAGACGTGGAGGAGAACCCTGGACCTATGATGATATCCTTGAGAGTT-3’(配列番号25)
Primer4:5’-TCGAGTGCGGCCGCGAATTCTCAGCTGGACCACAGCCGCAG-3’(配列番号26)
【0127】
8)カセット交換ベクターの構築I:ベクター骨格の作製
Frt配列とPGKプロモーター配列が互い近傍に位置するプラスミド(pBRBlII-AscI_FRTPGKpacΔtkpA_AscI)を鋳型に用いて、PCR法でfrt-PGKプロモーターDNA断片を増幅した(
図8A)。Primer1は、Frt配列の一部に加え、制限酵素NheIとXhoIの認識配列、lox2272配列、およびpBluescriptSK(-)ベクターの配列-1(
図8B)と同一の配列をもち、primer2は、PGKプロモーター配列の一部に加え、loxP配列、ベクターの配列-2と同一の配列をもつ(
図8A,B)。pBluescriptSK(-)べクター(
図8B)の配列-1と配列-2は制限酵素(KpnIとSacI)認識配列の外側である。Primer1とprimer2を用いて得られたPCR産物を、制限酵素KpnIとSacIで切断したベクターとGibson assembly法で連結し、Frt-PGKベクターを作製した(
図8C)。
【0128】
Frt-PGKベクター(
図8C)を、primer1内に設計してあった制限酵素認識部位(NheIおよびXhoI)で切断し、そこに、制限酵素の切断端と相補的な切断端をもつDNA1を、DNAリガーゼを用いて連結した(
図8E)。再度、primer1内に設計してあった制限酵素認識部位の一方(NheIあるいはXhoI)で切断し、そこに、DNA1と同様にDNA2を連結する。この過程を繰り返すことにより、lox2272とfrtとの間に、任意のDNA断片を複数個導入できる。導入は、DNA連結反応でもGibson assemblyでも可能である。この方法を用いて、プレカセット交換ベクターを構築した(
図9)。
【0129】
9)カセット交換ベクターの構築II:プレカセット交換ベクターの構築
attR1配列、クロラムフェニコール耐性遺伝子、ccdb遺伝子およびattR2配列からなる遺伝子カセット(RfAカセット)をCSIV-TRE-RfA-CMV-KTベクターから制限酵素NheIとXhoIによって切り出し、
図8D~
図8Gの要領で、制限酵素NheIとXhoIによって切断したFtr-PGKべクター(
図9A)にDNAリガーゼによって連結し、プレカセット交換ベクター1を構築した(
図9B)。べクター(pCAG-EGxxFP)をXhoIで切断してウサギβ-globin遺伝子のポリA付加配列を単離し(
図9C)、XhoIで切断したプレカセット交換ベクター1に導入し、プレカセット交換ベクター2を構築した(
図9D)。さらに、プレカセット交換ベクター2をNheIで切断し、PCR法で増幅したヒトポリペプチド鎖伸長因子α(EF1α)遺伝子の第一イントロン、あるいはニワトリβ-アクチン(CAG)遺伝子プロモーターのイントロン部分(
図9E)をGibson assembly法で連結した(
図9F)。イントロンをlox2272の直後にもつプレカセット交換べクターを、プレカセット交換べクター3とした。
【0130】
EF1α遺伝子のイントロンおよびCAGプロモーターのイントロン部分はそれぞれ、ヒトのゲノムDNAとpCAG-Cre-IPべクターを鋳型にして、以下のプライマーを用いてPCR法により単離した。
EF1α遺伝子のイントロン:
F:5’-TATACGAAGTTATCGCTAGCGGTTTGCCGCCAGAACACAG-3’(配列番号27)
R:5’-TACAAACTTGTGATGCTAGCGTAGTTTTCACGACACCTGA-3’(配列番号28)
CAGプロモーター中のイントロン部分:
F:5’-TATACGAAGTTATCGCTAGCGCCCCGGCTCTGACTGACCG-3’(配列番号29)
R:5’-TACAAACTTGTGATGCTAGCGACAGCACAATAACCAGCAC-3’(配列番号30)
PCRは、KOD-Plus-Neoで、1)95℃,3min→2)98℃,10sec→3)50~60℃,30sec→4)68℃,1~3minで行い2)~4)を30~35サイクル行った。
【0131】
10)カセット交換ベクターの構築III:TCRカセット交換ベクターの作製
プレカセット交換ベクター3(
図9F,
図10上段)とTCRドナーベクター(
図7E,
図10中段)を混合して、Gateway
RLRクロナーゼ
TMII酵素ミックス(Thermo Fisher Scientific,11791-020)のマニュアルに従って反応を行った。この反応では、attRとattLの間で組換えが起こり、attR1とattR2で挟まれる部分とattL1とattL2で挟まれる部分が入れ替わる(
図10)。結果として、TCRカセット交換ベクター(
図10下段)を得た。本実施例では、CAGプロモーター由来のイントロンをもつプレカセット交換ベクター3を用いた。
【0132】
11)TCRα-KO薬剤耐性遺伝子KI-Jurkat細胞におけるTCRカセット交換(TCRカセット交換Jurkat細胞の作製)
材料
【表4】
【0133】
図11に、相同組換え後のヒトTCRβ遺伝子座Dβ2領域(空カセットデッキ:lox2272とloxPで挟まれる領域)(上段)および、TCRカセット交換ベクター(中段)、そして、カセット交換後のTCRβ遺伝子座(下段)を模式的に示す。カセット交換を引き起こすために、TCRα-KO薬剤耐性遺伝子KI-Jurkat細胞にTCRカセット交換ベクターおよびCre発現ベクター(pCAG-nls-Cre)をエレクトロポレーション法により導入した。本実施例では、WT1抗原に対するTCR(KM#3-3)の導入を試みた。Creとカセット交換ベクターの導入により、lox2272配列とloxP配列に挟まれる部分、すなわちハイグロマイシン耐性遺伝子と、TCR遺伝子-frt-PGKプロモーターが、組換え酵素Creの作用により入れ替わる(カセット交換)。カセット交換前、ピューロマイシン耐性遺伝子はプロモーターおよび開始コドンが欠如しているため発現しない。それに対しカセット交換後は、PGKプロモーターがピューロマイシン耐性遺伝子の直前に位置するようになり、かつ、loxPの直前に配置した開始コドンがピューロマイシン耐性遺伝子と同一の翻訳読み枠で連結される。それにより、カセット交換が成功した細胞でのみ、ピューロマイシン耐性遺伝子の発現が開始される。0.25μg/mLピューロマイシン/培養液を用いて細胞を選択し、約一週間後、ピューロマイシン耐性を獲得した細胞(TCRカセット交換Jurkat細胞)を得た。
【0134】
12)TCRカセット交換Jurkat細胞へのFLPベクターの導入(外来性TCR発現Jurkat細胞の作製)
材料
【表5】
【0135】
FLP組換え酵素発現ベクター(pCAGGS-FLPe)を、TCRカセット交換Jurkat細胞にエレクトロポレーション法で導入した。FLPはfrt配列を認識し、それらによって挟まれる領域を欠失させる。
図12に、カセット交換後のTCRβ遺伝子座Dβ2領域(上段)と、frt配列で挟まれた部の欠失が起きたTCRβ遺伝子座(下段)を示す。
【0136】
FLP導入数日後、細胞をTCRあるいはCD3に対する蛍光標識抗体(PE/Cy7anti-humanTCRα/β(306719,BioLegend)とAPCーMouseAnti-HumanCD3(557597,BDPharmingen))で染色し、FACSにより解析することで、外来性TCRの発現量を評価した。生体内のT細胞では、TCRVβ遺伝子のプロモーターはTCRCβ領域のエンハンサーによる調節を受ける。そのことから、TCRVβ遺伝子のプロモーターの使用により、本実施例でも生理的条件下での状態と同様な発現制御を受けることが期待できる。FLP導入後に、カセット交換によりTCRβ遺伝子座に導入した外来性TCRの発現が実際に認められた(
図13)。Frt配列間の欠失が起き、結果としてエンハンサー(Enh)がプロモーター(prom)に効率良く作用出来るようになり、TCRが発現するようになったと考えられる。
【0137】
13)非FLP組換え細胞のガンシクロビルによる除去
図13の結果では、TCRが発現する集団と発現しない集団が存在する。FLPの作用によりfrtではさまれる領域が欠失した細胞と、欠失が起こらなかった細胞が混在していた可能性が考えられる。そこで、ガンシクロビルを用いて、欠失し損ねた細胞(FLPによる組換えが失敗した細胞)の除去を試みた。通常、Jurkat細胞のようなヒトの細胞にはガンシクロビルは作用しない(
図14A)。それに対し、Puro
rΔTKが存在する細胞内ではガンシクロビルは、ΔTKによってリン酸化されると核酸のアナログとなって、その結果、DNA複製を阻害して細胞増殖の停止、あるいは細胞死を引き起こす(
図14B)。12μMガンシクロビル/培養液で5日間培養した後TCRおよびCD3の細胞膜上での発現をFACSで解析した。その結果、TCRを発現しない細胞はほとんど認められなかった(
図15)。TCRを発現していなかった細胞集団は、FLPによる組換えが起きていなかったと考えられる。
【実施例2】
【0138】
ヒトiPS細胞TCRβ遺伝子座Dβ2領域への薬剤耐性遺伝子カセットのノックイン
【0139】
1)試薬・抗体等:
Stem Fit(登録商標) AK02N(TAKARA, AJ100)、Y-27632 (Wako, 257-00511)、Vitronectin (Thermo Fisher, A14700)、Hygromycin(Invivogen, ant-hg-1)、lipofectamine(登録商標)(Thermo Fisher, 11668027)、Opti-MEM(登録商標) (Thermo Fisher, 31985070)、KOD-FX (TOYOBO, KFX-101)を用いた。
ヒトiPS細胞としては、253G1(理研、ヒト皮膚細胞由来)を用いた。
2)相同組換えによるヒトiPS細胞TCRβ遺伝子座Dβ2領域への薬剤耐性遺伝子カセットのノックイン
薬剤耐性遺伝子ノックイン(KI)-iPS細胞の単離
【0140】
すべての実験においてiPS細胞の培養にはヒトiPS細胞用培地であるStem Fit(登録商標) AK02N(TAKARA, AJ100)を用いた。Stem FitにはY-27632 (Wako, 257-00511) を終濃度10 μMになるように添加した。細胞を播種する際は、Vitronectin (Thermo Fisher, A14700) をコートした6-wellプレートを用いた。ただし、ハイグロマイシンで選択する場合には、Hygromycin(Invivogen, ant-hg-1)50μg/mLを加えて培養した。
【0141】
薬剤耐性遺伝子カセットノックイン用ターゲティングベクターを実施例1と同様の方法でデザインし、実施例1と同様にしてiPS細胞へ導入した。
細胞へのべクター導入はリポフェクション法を用いた。リポフェクションは、lipofectamine(登録商標)(Thermo Fisher, 11668027) のマニュアルにしたがって実施した。Opti-MEM(登録商標) (Thermo Fisher, 31985070)培地にベクターとlipofectamineを懸濁後、細胞と混合しベクターを細胞に導入した。
【0142】
ヒトiPS細胞の、TCRβ遺伝子座のDβ2遺伝子の約50bp上流部位に(
図6上段)、薬剤耐性遺伝子KIターゲティングベクター(KIターゲティングベクター)(
図6中段)を用いてVβ20-1プロモーターおよび薬剤耐性遺伝子カセットを導入した。導入が成功した場合の模式図は
図6下段に示される。
【0143】
相同組換えによるノックインの効率を高めるために、CRISPR/Cas9システムによりDβ2遺伝子の約50bp上流部位に1カ所の二重鎖切断を導入した。KIターゲティングベクターを1つの二重鎖切断導入用CRISPR/Cas9ベクター(下の材料参照)と共に、ヒトiPS細胞に導入した。
【0144】
相同組換えにより薬剤耐性遺伝子カセットをゲノムDNAに取り込んだ細胞では、PGKプロモーターの作用により第1の薬剤耐性遺伝子であるハイグロマイシン耐性遺伝子が発現する(第2の薬剤耐性遺伝子であるピューロマイシン耐性遺伝子はここでは発現しない)(
図6下段)。そのため、まず、50μg/mLハイグロマイシン/培養液を用いて、薬剤耐性遺伝子カセットをゲノム中に取り込んだクローンを選択した(ポジティブセレクション)。
【0145】
一方、薬剤耐性遺伝子KIターゲティングベクターの5’アーム配列と3’アーム配列の外側のベクター部分がランダムインテグレーションによりゲノムDNA内に取り込まれた細胞は、ジフテリア毒素(DTA)(
図3)が細胞内で生成されるため生存できず、取り除かれる(ネガティブセレクション)。次に、そのようにして選択された細胞(クローン)の中から、Vβ20-1プロモーターからfrtまでの薬剤耐性遺伝子カセット部分をTCRDβ2遺伝子座に取り込んだクローンをPCR法で同定した。以上により、Dβ2領域にVβ20-1プロモーターと薬剤耐性遺伝子カセットが導入されたクローン(薬剤耐性遺伝子KI-iPS細胞)を選択した。
【0146】
【0147】
CRISPR/Cas9ベクターは、
A:5’-CACCCTGCCGCTGCCCAGTGGTTG-3’ (配列番号31)
B:5’-AAACCAACCACTGGGCAGCGGCAG-3’ (配列番号32)
のオリゴヌクレオチドをAとBの組み合わせでアニールしたものを、制限酵素BbsIで切断したプラスミドpX330に導入して作製した。
【0148】
ハイグロマイシン耐性クローンに対し、ノックインが成功しているか調べるためゲノムDNAを鋳型にしてPCRを行なった。PCRはKOD-FX(TOYOBO, KFX-101)を用いて、1)94℃2分、→2)98℃10秒、→3)60℃30秒→4)68℃5分で行い、2)~4)を35サイクルで行った。PCRで用いたプライマーを以下に示す。
Primer Forward (1)5’-ACGGCTGAAATCTCCCTAACCC-3’(配列番号33)
Primer Reverse (2)5’-TACTTCCATTTGTCACGTCCTG-3’(配列番号34)
Primer Forward (3)5’-CCTGCTGCAACTTACCTCC-3’(配列番号35)
Primer Reverse (4)5’-GGGGACCGAGGGGCTGGAAG-3’(配列番号36)
それぞれのプライマーの配列部位を
図16(A)および(B)に示した。PCR産物の電気泳動の結果を
図16(C)に示す。
図16(C)において、1、2、3はクローン番号を示す。2および3は正しくノックインに成功したクローンであることが確認できた。ポジティブコントロール(PC)はKI-Jurkat細胞、WTiPSはノックイン前のiPS細胞のゲノムDNAをそれぞれ用いた。
【実施例3】
【0149】
図2-1の態様、すなわち材料細胞のTCR遺伝子C領域のエンハンサーと、V領域のプロモーターの間の距離を縮めるように、外来のTCRまたはCAR遺伝子を含む遺伝子を導入するためのカセットを導入する方法の実施例である。
実施例3では、遺伝子再構成の起きていないTCRβ遺伝子座V領域のVβ20-1遺伝子からTCRC領域のCβ2遺伝子までの約180kbpにわたる領域を欠失させた細胞株を樹立した。樹立方法の概略を
図20に示す。材料細胞としてはJurkat細胞株の亜種で、再構成したTCRβ遺伝子が変異によって発現しなくなったJ.RT3-T3.5 Jurkat 細胞株(以下Jurkat β mutant)(Ohashi et al, Science 316. 606-609. 1985)を用いた。
【0150】
(1)TCRβ遺伝子座のVβ20-1領域およびCβ2領域のゲノムDNA切断
Jurkat β mutant細胞のゲノムDNAのTCRVβ20-1遺伝子の翻訳開始点より30 bp ~ 80 bp下流の領域、およびTCRCβ2遺伝子エキソン1内において、それぞれ2カ所ずつ一本鎖切断(ニック)を導入してゲノムDNAを切断した(
図20上段の縦線)。ゲノムDNAの切断のため、4つのCRISPR/Cas9nベクター(下記材料参照)とEGFP発現ベクターを共に、エレクトロポレーション法でJurkat β mutantに導入した。
【0151】
【0152】
用いたCRISPR/Cas9nベクターは、以下の通りである:
Vβ20-1側
A:5’-CACCGGTAGAAGGAGGCTTATACC-3’(配列番号37)
B:5’-AAACGGTATAAGCCTCCTTCTACC-3’(配列番号38)
C:5’-CACCGGGTGGGCATGTGCGTGTGT-3’(配列番号39)
D:5’-AAACACACACGCACATGCCCACCC-3’(配列番号40)
Cβ2側
E:5’-CACCGCAAACACAGCGACCTCGGGT-3’(配列番号41)
F:5’-AAACACCCGAGGTCGCTGTGTTTGC-3’(配列番号42)
G:5’-CACCAGAGATCTCCCACACCCAAA-3’(配列番号43)
H:5’-AAACTTTGGGTGTGGGAGATCTCT-3’ (配列番号44)
【0153】
各オリゴヌクレオチドAとB(ベクター1)、CとD(ベクター2)、EとF(ベクター3)、GとH(ベクター4)の組み合わせでアニールしたものを、制限酵素BbsIで切断したプラスミドpX460に挿入し、作製した。
【0154】
(2)Vβ20-1遺伝子からCβ2遺伝子までの約180 kbpにわたる領域が欠失した細胞の単離
CRISPR/Cas9nベクターが多く導入された細胞では、ゲノムの切断がより高効率で起こると期待できる。よって、ベクターを特に多く取り込んだ細胞群をソーティングにより選抜し、クローン化した。そのために、遺伝子導入から2日後に、遺伝子導入効率の指標となるEGFPの発現レベルが特に高い細胞群を、セルソーターを用いて直接、96-wellプレートに1 wellあたり1細胞となるよう播種して培養した(クローン化)(
図21A)。Jurkat β mutant細胞の生存を維持するために、96-wellプレートには予め1 x 10
5個のB6マウス胸腺細胞を播種しておいた。培養開始4 ~5週間後に各クローンよりゲノムDNAを抽出して、Vβ20-1領域とCβ2領域が連結しているかPCR法により解析した。PCR法に用いたプライマーは下に示す。Forwardプライマーは、Vβ20-1遺伝子翻訳開始点の約140 bp上流に、reverseプライマーはCβ2遺伝子エキソン1の直後の配列に対応する(
図18B)。CRISPR/Cas9nベクターの導入により切断が予想される部位の近傍同士で連結が起きた場合、およそ500 bpのDNA断片がPCRで増幅される。PCR反応物を電気泳動で解析した結果、クローン#10、#11、#16および#17でVβ20-1領域とCβ2領域の連結が示唆された(
図21C)。クローン#10に関して、PCR法による増幅で得たDNA断片の配列を解析すると、Vβ20-1領域とCβ2領域が6 bpのDNAを介して連結していることが確認された(
図21D)。これにより、約180 kbpにわたる領域が欠失してVβ20-1領域とCβ2領域が連結したJurkat β mutant株が樹立された。また、他のクローンでも、Vβ20-1領域とCβ2領域の連結が、DNA配列の解析から確認された。
【0155】
PCRプライマー:
Forwardプライマー:5’-GTCATGGGCAAAGATTACCAC-3’(配列番号45)
Reverseプライマー:5’-GGTAGCTGGTCTCACCTAATC-3’(配列番号46)
【0156】
本実施例にて得られたTCR遺伝子C領域のエンハンサーと、V領域のプロモーターの間の距離を縮めるように改変された細胞の、C領域のエンハンサーと、V領域のプロモーターの間に一本鎖切断を導入し、外来のTCRまたはCAR遺伝子を導入することにより、抗原レセプター遺伝子が導入された細胞を製造することができる。
【実施例4】
【0157】
1)ヒトiPS細胞TCRβ遺伝子座Dβ2領域への薬剤耐性カセットデッキのノックイン
ヒトiPS細胞(非T細胞由来、遺伝子再構成未)にカセットデッキ配列をリポフェクションでノックインし、薬剤選択後、コロニーピックアップによりクローニングを行なうことで枠型となるiPS細胞(カセットデッキノックインiPS細胞: cKI-iPSC)を樹立した。
【0158】
【0159】
全ての実験においてiPS細胞の培養にはAK03Nを用いた。シングルセルから培養を開始する場合はY-27632(Wako)を最終濃度10μMになるように添加した。細胞の培養には、iMatrix (nippi)をコートした6ウェルプレートを用いた。
【0160】
1-1)iPS細胞へのターゲットベクターのノックイン
iPS細胞はリポフェクション実施前日にプレート上へ播種した。iPS細胞へ、上記割合のCrispr-CAS9およびガイドRNA発現ベクターとノックイン用ターゲティングベクターとの混合物を、リポフェクションにて形質移入した。Opti-MEMとベクターと試薬を懸濁後、iPS細胞上へ添加し、4-6時間後に培地交換を行った。
【0161】
1-2)ハイグロマイシン薬剤選択
2日後よりハイグロマイシンを用いて下記の通りの最終濃度で薬剤選択を行なった。相同組換えにより薬剤耐性遺伝子カセットをゲノムDNAに取り込んだ細胞では、PGKプロモーターの作用により第1の薬剤耐性遺伝子であるハイグロマイシン耐性遺伝子が発現する(第2の薬剤耐性遺伝子であるピューロマイシン耐性遺伝子はここでは発現しない)そのため、まず、ハイグロマイシン入り培養液を用いて、薬剤耐性遺伝子カセットをゲノム中に取り込んだクローンを選択した(ポジティブセレクション)。
【0162】
Day 0: リポフェクション
Day 1: 培地交換
Day 2: ハイグロマイシン 25μg/ml
Day 3: ハイグロマイシン 40μg/ml
Day 4 - 6: ハイグロマイシン50μg/ml
Day 7: iPSCコロニーピックアップ
【0163】
1-3)カセットノックインiPS細胞(cKI)の樹立
薬剤選択後に残存したiPS細胞コロニーをピックアップ後に、5つのクローンを樹立した。各クローンからDNAを採取し、目的のクローンを確認するためにPCRを行なった。薬剤耐性遺伝子KIターゲッティングベクターの5’アーム配列と3’アーム配列の外側のベクター部分がランダムインテグレーションによりゲノムDNA内に取り込まれた細胞は、ジフテリア毒素(DTA)が細胞内で生成されるため生存できず、取り除かれる(ネガティブセレクション)。次に、そのようにして選択された細胞(クローン)の中から、Vβ20-1プロモーターからfrtまでの薬剤耐性遺伝子カセット部分をTCRDβ2遺伝子座に取り込んだクローンをPCR法で同定した。以上により、Dβ2領域にVβ20-1プロモーターと薬剤耐性遺伝子カセットが導入されたクローン(cKI-iPSC)を選択した。
【0164】
2)iPS細胞上でのカセットテープ交換
1)で樹立したcKI-iPSCのゲノム上で、第1の組み替え酵素を用いて、目的とする外来TCRをカセット交換する形で導入した。
材料
【表9】
【0165】
全ての実験においてiPS細胞の培養にはAK03Nを用いた。シングルセルから培養を開始する場合はY-27632(Wako)を最終濃度10 uMになるように添加した。細胞を培養する際は、iMatrix (nippi)をコートした6ウェルプレートを用いた。
【0166】
2-1)cKI-iPS細胞へ、上記割合のCre発現ベクターとカセット交換ベクターとの混合物を、エレクトロポレーションにより形質移入した。cKI-iPS細胞を回収後、シングルセル化し、上記細胞数を、Opti-MEMとベクターを混合して100μlとし、エレクトロポレーションを行なった。エレクトロポレーション後、直ちに6ウェルプレートに播種し、培養した。
【0167】
2-2)ピューロマイシン薬剤選択
1)で導入されたカセットベクターの下流には、2つ目のプロモーターがあり、交換に成功したiPS細胞はその下流のピューロマイシン耐性遺伝子がワークする。この機構により、TCR/CARカセット交換成功iPS細胞はピューロマイシンに耐性を示す。そこで、薬剤を用い下記の最終濃度で選択した。薬剤開始は、エレクトロポレーション2日後にその細胞を回収し、細胞数を揃えて再播種した翌日より開始した。これは、ピューロマイシンを用いた薬剤選択が、iPS細胞の場合は、その細胞密度により効きが著しくことなるからである。
【0168】
Day 0: エレクトロポレーション
Day 1: 培地交換
Day 2: 細胞再播種 5×104 cells /ウェル
Day 3: ピューロマイシン 180ng/ml
Day 4: ピューロマイシン 150ng/ml
Day 5-9: 培地交換
Day10: iPSCコロニーピックアップ
【0169】
2-3)カセットテープ交換iPS細胞(exTCR-KI-iPSC)の樹立
薬剤選択後に残存したiPS細胞コロニーをピックアップ後に、4つのクローンを樹立した。各クローンからDNAを採取し、目的のクローンを確認するためにPCRを行なった。5’アーム配列上流とカセットベクターのCAGイントロン配列とを挟む5’側確認プライマーと3’アーム配列下流とのベクター内のEF1αプロモーター上を挟む3’側確認プライマーを用いた。バンドをともに検出できた株をカセット交換TCRノックイン細胞(exTCR-KI-iPSC)として樹立した。
【0170】
3)Puro
r
ΔTK部位の欠損
2)で樹立したexTCR-KI-iPSCのゲノム上で、第2の組み替え酵素を用いて、PurorΔTK部位を欠損させ、最終T細胞産iPS細胞を完成させた。
材料
【表10】
【0171】
全ての実験においてiPS細胞の培養にはAK03Nを用いた。シングルセルから培養を開始する場合はY-27632(Wako)を最終濃度10 uMになるように添加した。細胞を培養する際は、iMatrix (nippi)をコートした6ウェルプレートを用いた。
【0172】
3-1) exTCR-KI-iPS細胞へのFLPプラスミドの形質移入およびfrtに囲まれた領域の除去
細胞をシングルセル化し、上記細胞数を、OptiMEMとプラスミドベクターと混合して100μlとし、エレクトロポレーションを行なった。エレクトロポレーション後、直ちに6ウェルプレートに播種し、培養した。
【0173】
3-2)ガンシクロビル薬剤選択
2)で樹立されたカセットベクターの下流には、チミジンキナーゼがワークしており、ガンシクロビル(GCV)が細胞内で有毒化するため、GCVとの共培養で細胞は死滅する。この機構を用いて、GCV薬剤を用い下記の最終濃度で選択した。薬剤開始は、エレクトロポレーション2日後にその細胞を回収し、細胞数を揃えて再播種した翌日より開始した。これは、GCV用いた薬剤選択が、iPS細胞の場合は、その細胞密度により効きが著しくことなるからである。
【0174】
Day 0: エレクトロポレーション
Day 1: 培地交換
Day 2: 細胞再播種 1×105 cells /ウェル
Day 3-13: GCV 5μg/ml
Day 14: iPSCコロニーピックアップ
【0175】
3-3) Puro
r
ΔTK部位の欠損のカセットテープ交換iPS細胞(完成)の樹立
薬剤選択後に残存したiPS細胞コロニーをピックアップ後に、2つのクローンを樹立した。各クローンからDNAを採取し、目的のクローンを確認するためにPCRを行なった。除去部位にあるEF1αプロモーター部位と3’arm下流を挟むプライマーを用いて行ったPCRの結果を
図24に示す。カセット交換に成功したTCR-KI-iPS細胞では、Puro
rΔTK部位のバンドが確認できなくなった。(
図24下、Bレーン)
【実施例5】
【0176】
NY-ESO1特異的TCR-KI-iPS細胞(完成形)からT細胞分化誘導して作製された再生CTLのがん細胞株の傷害活性
実施例4の方法でNY-ESO1特異的TCRをノックインしたiPS細胞を得た。得られたiPS細胞よりT細胞を分化誘導し、得られた再生CTLを用いてがん細胞株の殺傷能力を検証した。
NY-ESO1-TCR-KI-iPS細胞由来再生CTLは、実施例4の方法にてNY-EOS1特異的TCRをノックインして得たiPS細胞から誘導したCTL細胞である。NY-EOS1-KI-iPS細胞からのCTLの誘導は、WO 2017/179720(US20190161727)に記載の方法にて行った(本文献は引用により本願に含まれる)。すなわち、iPS細胞をCD4CD8ダブルポジティブ細胞であるT細胞前駆体へと誘導し、次いでCD4CD8ダブルポジティブ細胞を単離する。単離されたCD4CD8ダブルポジティブ細胞をさらにCD8シングルポジティブ細胞へと誘導した。CD8抗原がCD8α鎖とCD8β鎖のヘテロ接合型であるCD8シングルポジティブT細胞が得られた(
図25)。
参照用として、WT1-TiPS細胞由来再生CTL細胞を用いた。該細胞はWT1特異的TCRを有するT細胞からiPS細胞を誘導し、得られたiPS細胞から誘導されたCTL細胞である。抗原特異的TCRを有するT細胞からiPS細胞の誘導はWO 2016/010155(US20170267972)に記載の方法に準じた。抗原特異的TCRを有するiPS細胞から当該抗原特異性を維持したCTLの誘導は、上記と同様の方法にて行った
【0177】
(2)A0201陽性かつNY-ESO1を発現する多発性骨髄腫細胞株U266に対する細胞障害活性の評価
Luciferase導入U266(多発性骨髄腫細胞株, NY-ESO1
+, HLA-A02
+)、Bright-Glo (Promega)およびGlomax (Promega)を用いた。
A0201を有しかつNY-ESO-1を発現している多発性骨髄腫細胞株U266に対する、NY-ESO1特異的TCRをノックインしたiPS細胞から誘導された、再生CTLの細胞障害活性を評価した。比較として、同細胞に対するWT1-TiPS細胞由来再生CTLの細胞障害活性を同時に調べた。再生CTLとU266細胞株を0:1、1:3、1:1、3:1、9:1の割合で混合後、37℃5%CO
2の環境下で6時間培養を行った。その後、Annexin V陽性細胞の割合で、細胞傷害活性を評価した。結果を
図26に示す。
NY-ESO1-TCR-KI-iPS細胞由来再生CTLは、U266細胞株に対して細胞数依存的に細胞傷害活性を示した。WT1-TiPS細胞由来再生CTL細胞にはそのような活性はほとんど認められなかった。
【実施例6】
【0178】
T細胞中に存在する外来性に導入したT細胞受容体(TCR)遺伝子の、別のTCR遺伝子への交換
実施例1(
図11)と同様の方法により、薬剤耐性遺伝子カセットノックインベクターをTCRDβ2領域にノックインした後に、TCR1遺伝子を薬剤耐性遺伝子カセットと交換することで導入したJurkat細胞を得た。TCR1遺伝子として、WT1抗原を認識するTCR(KM#3-3)のα鎖とβ鎖をp2Aペプチド遺伝子で繋いだ合成遺伝子を用いた。
図27に本実施例のJurkat-TCR1細胞のTCRβ遺伝子座DJ領域の模式図を示す。
次いでJurkat-TCR1細胞のTCR1遺伝子を以下に示す方法で、TCR2遺伝子と入れ替えた。で、TCR2遺伝子はNYESO1抗原を認識するTCRのα鎖とβ鎖をp2Aペプチド遺伝子で繋いだ合成遺伝子である。
【0179】
Jurkat-TCR1細胞へのTCR2カセット交換ベクターとCre発現ベクターの共導入および、Jurkat細胞内におけるTCR1とTCR2の交換のPCR法による確認
材料
【表11】
【0180】
図28に、TCR1が組み込まれたTCRβ遺伝子座DJ領域(上段)および、TCR2カセット交換ベクター(中段)、そして、カセット交換後のTCRβ遺伝子座(下段)を模式的に示す。カセット交換を誘導するため、Jurkat-TCR1細胞にTCR2カセット交換ベクターおよびCre発現ベクター(pCAG-nls-Cre)をエレクトロポレーション法により導入した。組換え酵素Creとカセット交換ベクターの導入により、lox2272配列とloxP配列に挟まれる部分、すなわちTCR1-frt-PGKプロモーターと、TCR2遺伝子-frt-PGKプロモーターが、組換え酵素Creの作用により入れ替わる(カセット交換)ことが予想される(
図28)。
【0181】
遺伝子導入5日後に細胞よりゲノムDNAを抽出して、TCR2への交換が起きたかPCR法を用いて解析した(
図29)。また、PCR反応の対照実験として、薬剤耐性遺伝子との間でのカセット交換でNYESO1-TCR(TCR2)あるいはKM#3-3-TCR(TCR1)を導入したJurkat細胞のゲノムDNAをPCR反応に用いた(
図29B, PCR1およびPCR2)。プライマー1はTCR2遺伝子に、プライマー2とプライマー3はDJ領域に、プライマー4はTCR1遺伝子の配列に、それぞれ対応する(
図29A)。PCRは、KOD-FX (Toyobo, KFX-101)を用いて、94℃, 2 min→98℃, 10 sec, 61℃, 30 sec, 68℃, 3 mimを30 ~ 35サイクルで行った。PCR法に用いたプライマーの配列は以下に示す。
【0182】
プライマー1とプライマー2を用いてPCR反応を行い、その反応物の10倍希釈物を用いて、プライマー1とプライマー3を用いてPCRを行なった。TCR1からTCR2への交換反応が起きていれば、約4 kbのDNA断片が増幅されることが予想される。電気泳動での解析の結果、TCR2への交換反応を示すバンドが認められた(
図3B, PCR3)。一方、プライマー4とプライマー2を用いてPCR反応を行った場合、TCR1遺伝子の増幅が予想される。PCR2ではTCR1遺伝子の増幅が認められ、また、PCR3でも認められた(
図3B)。PCR3の結果より、一部の細胞ではTCR1からTCR2への交換反応が起きたが、そのほかでは起きなかったと考えられる。
以上より、T細胞株Jurkat細胞中で、外来性に導入されたTCR遺伝子が、別のTCR遺伝子と交換可能であることが示された。
【0183】
PCRプライマー:
プライマー1, 5’-GGCAGCTACATCCCTACCTT-3’ (配列番号47)
プライマー2, 5’-CCACTTTGCTGTCTTGGCCTT-3’(配列番号48)
プライマー3, 5’-AATCATCGTGCCCTCCCGCTA-3’(配列番号49)
プライマー4, 5’-TCAGCCACCTACCTCTGTGT-3’(配列番号50)
【配列表】