(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-18
(45)【発行日】2024-01-26
(54)【発明の名称】アクアポリン3の発現亢進能を有する短鎖脂肪酸
(51)【国際特許分類】
A61K 31/19 20060101AFI20240119BHJP
A61P 1/00 20060101ALI20240119BHJP
A61P 17/00 20060101ALI20240119BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20240119BHJP
G01N 33/15 20060101ALI20240119BHJP
A61K 8/36 20060101ALN20240119BHJP
A61Q 19/00 20060101ALN20240119BHJP
【FI】
A61K31/19
A61P1/00
A61P17/00
A61P43/00 105
G01N33/15 Z
A61K8/36
A61Q19/00
(21)【出願番号】P 2019195462
(22)【出願日】2019-10-28
【審査請求日】2022-10-20
(73)【特許権者】
【識別番号】505232346
【氏名又は名称】学校法人星薬科大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】五十嵐 信智
(72)【発明者】
【氏名】今 理紗子
【審査官】篭島 福太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-155269(JP,A)
【文献】特開2006-232786(JP,A)
【文献】特開2009-132685(JP,A)
【文献】特開2017-202990(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2018-0114783(KR,A)
【文献】特開2013-095667(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/19
A61P 1/00
A61P 17/00
A61P 43/00
G01N 33/15
A61K 8/36
A61Q 19/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
酪酸およびプロピオン酸からなる群から選択される少なくとも一種を有効作用成分とするアクアポリン3発現亢進剤。
【請求項2】
大腸のアクアポリン3発現亢進を特徴とする請求項1記載のアクアポリン3発現亢進剤。
【請求項3】
皮膚のアクアポリン3発現亢進を特徴とする請求項1記載のアクアポリン3発現亢進剤。
【請求項4】
プロバイオティクスおよび/またはプレバイオティクスからなる検体と細菌叢とをインキュベートする工程、
および
酪酸およびプロピオン酸からなる群から選択される少なくとも一種の代謝産生物濃度を測定・評価する工程を含む、
アクアポリン3発現亢進能のあるプロバイオティクスおよび/またはプレバイオティクス
のスクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酪酸、プロピオン酸を有効作用成分とするアクアポリン3の発現亢進剤、アクアポリン3発現組織の組織機能促進剤に関する。さらには、それら化合物を指標としてその化合物濃度を測定評価する工程を含む、プロバイオティクス・プレバイオティクスのスクリーニング方法、細菌叢が共生するアクアポリン3発現組織の健康状態をモニタリングする方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アクアポリン(aquaporin:以下AQPと略すことがある)は、膜6回貫通蛋白質で、細胞内の水分量を調節する水チャネルとして機能する重要な生体分子である。AQPは細菌から哺乳類に至るまで普遍的に存在しており、これまでに哺乳類で、AQP0からAQP12まで13種類のアクアポリンが確認されている。(非特許文献1)
これまでにAQPの臓器における減少とその疾患に対する影響に関しては、次のようなことが知られている。潰瘍性大腸炎では、大腸のAQP3の減少により、下痢、下血、体重減少が生じる。また抗がん剤の臓器に与える影響として、腎臓においてAQP1, AQP2, AQP3の発現が減少し、腎毒性発症につながること、大腸においてAQP3の発現が減少し、下痢につながることが知られている。さらには、皮膚においてAQP3の発現減少が、ドライスキン、老人性乾皮症、毛髪の成長抑制に影響を及ぼすといわれている。(非特許文献2)
その観点に立ち、それぞれの臓器・組織におけるAQPの発現調節剤(発現亢進、発現産生、発現抑制)として、有効な作用成分の研究、並びにその用途の研究開発がすすめられてきた。
【0003】
例えば、ペプチドホルモンの一種である、リラキシンによる哺乳動物組織でのAQPの調節(特許文献1)、ケイガイエキスを有効成分とする、創傷治癒促進剤として用いるためのAQP3の発現亢進剤(特許文献2)、美白剤、抗老化剤、皮膚化粧料として用いるためのAQP3産生促進剤、発現促進剤としての、種々の植物エキス(特許文献3、特許文献4)、が報告されている。
【0004】
しかしながら、多くは植物エキスであることから化合物の組成物であり、単一化合物でAQP3の発現亢進能が知られているものは少ない。最近、ケイガイエキスの有効成分を分画することにより単一化合物として、ウルソール酸を有効成分とするAQP3の発現亢進剤および組織修復剤が見出された(特許文献5)。但し、すでに見出された、植物エキスの組成物中の、主なる有効な特定化合物を分画、単離、分析して、見出そうとする一般的なアプローチに留まる。
【0005】
一方、特にAQP3が主に発現する臓器・組織である、大腸、皮膚においては、細菌叢、細菌フローラと呼ばれる多くの細菌が常在し、それら部位の疾患に与える影響が注目されている。中でも、腸内細菌叢、腸内フローラに関しては、多くの研究がなされている。近年、腸内細菌のDNA解析(メタゲノミクス)が進み、腸内細菌種、並びに腸内細菌群組成などが明確となり、腸内細菌に起因すると考えられる疾患は、消化器疾患にとどまらず、腸を介しての代謝疾患、免疫疾患、悪性疾患、さらには精神疾患にまで影響を及ぼしているといわれている。また、腸内細菌叢を自らの健康管理に用いるプロバイオティクス(宿主に健康効果をもたらす生きた微生物、又はそれを含む食品)の腸内環境改善作用(整腸)作用として、乳酸菌や発酵乳による改善有用性に資する、俗にいう善玉菌、悪玉菌の組成比制御。さらには、直接菌体成分を投与するのでなく、健康維持に有益な腸内細菌の活性化やバランスに影響を与える非消化性食餌成分を投与するプレバイオティクスの考えによる、腸内細菌代謝産生物と疾患との相関の重要性が注目されている。(非特許文献3、非特
許文献4)
【0006】
そこで、代謝産生物を網羅的に解析するメタボロミクスの解析技術の発展により、今までの腸内細菌叢遺伝子を網羅的に解析するメタゲノミクスと組み合わせた研究アプローチであるメタボロゲノミクスにより、腸内細菌叢の分子レベルでの疾患との相関が明らかになってきた。特に、乳酸に加え、腸内細菌叢代謝産生物の主体である、酢酸やプロピオン酸、酪酸などの短鎖脂肪酸の機能が明確になってきた。例えば、大腸粘膜において、胸腺由来のTreg細胞誘導にプロピオン酸や酪酸は、強く関与するが、酪酸の効果は弱いという知見、酪酸には脱ヒストンアセチル化酵素HDAC阻害活性はみとめられるものの、プロピオン酸には弱いながらもその活性があるが、酢酸にはその活性がほとんど見られないということも明らかになってきている。また、腸内細菌が腸管内で産生する短鎖脂肪酸や、乳酸などの有機酸には生体修飾因子としての機能があり、例えば、酢酸は、白血球の一種であり炎症反応の中心的役割を担う好中球が発現しているGRP43を介して大腸炎を抑制することが報告されている。また、乳酸が宿主の絶食後の再摂食時に生じる大腸上皮細胞の過増殖をうながす鍵因子であり、前癌病変の増加につながることが報告されている(非特許文献5、非特許文献6)。
【0007】
このように、細菌叢代謝産生物である、短鎖脂肪酸の酢酸、プロピオン酸、酪酸、さらには乳酸などの分子レベルでの機能が明らかになりつつあるが、AQPの発現機能に関して、先行的な知見は見られない。
また、腸内細菌の分類として、その主たる有機酸の代謝産物により、乳酸菌、酢酸菌、プロピオン酸菌、酪酸菌などに分類される細菌群にAQPの発現に関する先行的な知見は見られない。また、プロピオン酸、酪酸、プロピオン酸菌、酪酸菌の機能に関しても、下記の先行特許の内容が開示されるのみである。
【0008】
酪酸に関する先行特許開示技術としては、疾病に対する機能に関し、酪酸菌、酪酸菌の代謝産物を含有する口内炎および帯状疱疹治療剤(特許文献6)。酪酸とカルシウムイオン供給化合物との組成物による皮膚角化促進剤(特許文献7)が知られている。分子レベルでの機能に関しては、酪酸菌、酪酸菌の代謝物、酪酸菌製剤または酪酸を含むことを特徴とするTLR4転写因子活性抑制剤(特許文献8)、また、プロピオン酸並びに酪酸のヒストン脱アセチル化酵素インヒビター(特許文献9、特許文献10)としての機能が開示されている。
【0009】
プロピオン酸に関する先行開示技術としては、特定の短鎖脂肪酸の産生を主とし、他の短鎖脂肪酸、並びに化合物を産生する菌発酵物、培養エキスなどの先行例には、プロピオン酸菌発酵物の消化管機能異常症予防、治療剤(特許文献11)が知られている。また、プロピオン酸菌の培養物を含む皮膚状態の改善用組成物として、その主たる成分であるDHNAが開示されている。その明細書中の背景説明において、DHNAを大腸炎モデル動物に投与することにより、腸炎の改善効果・予防効果が発揮されること、さらに、便秘者と非便秘者を比較する調査試験において、腸内環境と肌状態が関係している可能性が確認されていると非特許文献を引用しての記述がみられる(特許文献12)。その他に疾病に対する機能に関し、プロピオン酸菌発酵物を有効成分とする抗アレルギー剤(特許文献13)。プロピオニバクテリウム・フロイデンライヒの発酵物を有効成分とする抗アレルギー剤(特許文献14)が知られている。分子レベルの機能、ならびにそれによる疾病に対する機能に関しては、芳香族炭化水素レセプター(AhR)活性化能を有するプロバイオティクス、該プロバイオティクスを含む抗炎症剤、該抗炎症剤を含む経口摂取用組成物、さらに前記プロバイオティクスをスクリーニングする方法が開示され、プロバイオティクスが、乳酸菌、ビフィズス菌およびプロピオン酸菌からなる群から選択されるとの記述がみられる(特許文献15)。前述の特許文献12と同一の出願人による先行特許には、プロピオン酸菌の培養物の皮膚機能改善効果および整腸作用に対する効果の評価試験が示されている。
また明細書中には乳酸菌または乳酸菌の培養物では、一般に腸内菌叢の改善による整腸効果と美肌効果が必ず相関することが知られている。ただし、プロピオン酸菌の培養物の場合には、整腸効果と独立して、美肌効果が発揮されることも明らかにしており、その有効成分としてDHNAが示されている(特許文献16)。
【0010】
酪酸菌に関しては、酪酸菌の菌体または芽胞よりなるクロストリジウム・ディフィシル下痢症および偽膜性大腸炎の予防並びに治療用医薬組成物として酪酸菌の一種である宮入菌の開示(特許文献17、特許文献18)が見られるが、本発明の要件であるAQPに関連する記述は見られない。
さらに、酪酸菌培養エキスのアレルギー抑制物質としてのアトピー性皮膚炎の予防治療機能の開示(特許文献19)が見られ、また酪酸菌(Clostridium butyricum)培養液又は酪酸菌培養エキスを有効成分として含有させてなる皮膚外用剤が出願されている。しかしながら、酪酸菌がプロバイオティクス微生物であることが記載されているのであるから、酪酸菌の生菌、死菌、培養上清について、引用文献の乳酸菌の生菌、死菌、培養上清が有する作用と同様の作用を期待することは当業者にとって容易であるとの考え方も見られる。また、酪酸菌または乳酸菌の生菌を含有する化粧料が皮膚に対して有用な作用を有することが記載されている(特許文献20)。
【0011】
これらにみられるように、腸内細菌叢の代謝産生物である単一化合物および腸内細菌、腸内細菌の培養物の作用効果の機能相関に関しては、様々な先行例が開示されているが、諸説様々で、一義的な相関が示されているものは少ない。特に疾病に対する機能に関する先行例が大半で、分子レベルでの機能に基づき、更に疾病に対する機能を開示する先行例は非常に少ない。また、細菌叢の細菌、培養物、その産生物である組成物を有効成分とする機能を開示する先行例が大半であり、細菌叢の代謝産生物である、単一化合物を有効作用成分として特定し、その機能用途を開示する例はさらに少ない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【文献】特表2013-522225
【文献】特開2011-32191
【文献】特開2012―162487
【文献】特開2011―190185
【文献】特開2015-034149
【文献】特開2010-095504
【文献】特開2009-155269
【文献】特開2006-232786
【文献】特開2009-132685
【文献】特開2005-132823
【文献】再表2008/088008
【文献】特開2016-164144
【文献】再表2009/107380
【文献】特開2014-196355
【文献】再表2011/145737
【文献】特開2004-115466
【文献】特許2961182号
【文献】特開2006-143677
【文献】特許2961184号
【文献】特開2006-199608
【非特許文献】
【0013】
【文献】生化学 第86巻第1号,pp.41―53(2014)「アクアポリンの構造,機能,およびその多様性 脊椎動物を中心として」
【文献】日薬理誌第122巻第3号 2003年9月 「薬物ターゲットとしての水チャネル」
【文献】モダンメディア 60巻12号356-368 「ヒト腸内ミクロビオーターの関与が疑われる話題の疾患」
【文献】神戸常盤大学紀要 Vol9,pp1-12 2016 「腸内細菌と疾患」
【文献】腸内細菌学雑誌 2015 年 29 巻 3 号 p. 145-155 「メタボロゲノミクスが解き明かす腸内細菌叢の機能」
【文献】生化学第88巻第1号pp61-70 (2016)「メタボロゲノミクスによる腸内エコシステムの理解と制御」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
今まで、AQP3の発現亢進能を狙いとして、多くの研究がなされ、先行特許にみられるような種々の植物エキスが見出されている。しかしながら、それらは、種々の化合物の組成物であり、単一の化合物の先行例は非常に少ない。そこで、本発明は単一化合物を有効作用成分とするAQP3発現亢進剤、および組織機能改善剤を提供することを課題とする。さらには、AQP3の発現亢進能のある単一化合物を指標とするプロバイオティクス・プレバイオティクスのスクリーニング方法並びにAQP3発現組織の健康状態モニタリング方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、腸内細菌叢の腸疾患との相関研究の中で、細菌代謝産生物と腸細胞に発現するAQP3との分子レベルでの相関に注目することにより、この課題が解決できるのではないかと考え、AQP3の発現亢進能のある単一の化合物を見出す課題研究を進めた。また、細胞のAQP3の発現亢進能のある、有効作用化合物を見出せば、細胞を用いずに、直接、有効作用成分であるその単一化合物を指標とする簡易なスクリーニング方法、モニタリング方法の課題解決にもつながると考え、研究をすすめた。AQPの薬理学的研究として、AQPの発現する細胞とその疾病、薬効との作用機序を見出す研究を進める中で、特に、腸内細菌叢の代謝産生物とAQPの発現との分子レベルでの相関研究を進めてきた。
【0016】
特に、大腸、皮膚細胞でのAQP3は、先行技術にみられるように疾病との関連性から、その産生促進剤、発現亢進剤の開発が多くなされてきたが、見出されたのは、植物エキスと一部その単離単一化合物に留まる。
今までの、研究のアプローチは、まずは特定の天然物の抽出物を出発点として、種々の機能を探る研究をすすめ、その機能の一つとしてAQP3の発現亢進能を見出し、さらには、そのエキス中から単離して効果のある単一化合物を得るという形と思われる。
本発明者らは、逆転の発想のアプローチとして、大腸細胞に発現するAQP3の発現機能を指標として、多くの単一化合物の中から探すというアプローチをとり、大腸と直接接する腸内細菌叢の代表的な代謝産生物4種にまずは絞り込んで、酢酸、プロピオン酸、酪酸、乳酸のAQP3発現亢進能を評価し、スクリーニングする手法を思いつき、研究を遂行した。
【0017】
一般的には、短鎖脂肪酸は大腸に対して、区別なく腸内細菌叢として種々の効果があると漠然といわれているが、
本発明者らは、代表的な短鎖脂肪酸の内、乳酸、酢酸には、AQP3の発現亢進能の効果がないにもかかわらず、酪酸、プロピオン酸には、濃度依存的にAQP3の発現亢進能があるという、選択、特異的な機能を見出し、AQP3の発現亢進能のある短鎖脂肪酸の特定単一化合物を有効作用成分とする本発明に至った。
その意味では、短鎖脂肪酸の特定単一化合物を有効作用成分とするAQP3発現亢進剤は本発
明の一形態である。ここで注目すべきことは、腸内細菌叢の代表的な代謝産生物である短鎖脂肪酸という低分子化合物の直鎖の長さが一番短い酢酸には発現亢進能が見られず、CH2直鎖が増したプロピオン酸、さらには酪酸に効果が見られるという化学構造による特異性を見出したこと、さらに好ましくは、大腸においてはプロピオン酸の、皮膚においては酪酸の効果が高いことを見出した。また、乳酸は化学構造的には、カルボン酸基があることから短鎖脂肪酸のグループに入れられることもあるが、プロピオン酸と同じ長さの直鎖の一つのHが水酸基(OH)に置換されていることから、AQP3発現能が見られないという化学構造による特異性も見出された。さらには、アミノ酸、ペプチド、タンパク質などに比べ、分子量の低い低分子化合物で、その発現亢進能に大きな差があるという特異性も見出された。
【0018】
本発明の別の重要な点は、腸内細菌叢の主要な4種の代謝産生物の大腸でのAQP3発現亢進能に大きな差があるという新たに得られた知見が、大腸とは異なる皮膚組織のAQP3の発現亢進能においても、4種の単一化合物が、同じような特異的な選択的機能を示すことを、更に、見出したことである。このことは、腸内細菌叢の代謝産生物である、プロピオン酸、酪酸が体内的移動により、皮膚のAQP3の発現亢進に遠隔的に効果を示す可能性にも資する。また、本発明の別の形態として、腸内細菌叢と共生する大腸のみならず、AQP3が発現する皮膚などの他の組織の機能改善(疾病予防・治療・回復)剤としての実用的活用に資することである。特に皮膚などの外部から直接接触可能な組織においては、外用剤としての活用が可能となる。本発明の実用的展開の別の形態として、細菌叢のプロバイオティクス・プレバイオティクスの代謝産生物の酪酸・プロピオン酸濃度を指標として測定・評価する工程を含む、AQP3発現亢進剤、AQP3の発現する組織の機能改善剤としてふさわしいプロバイオティクス、プレバイオティクスのスクリーニング手法としても新たに資することである。
特に、皮膚においては、共生する皮膚常在細菌叢は、腸内細菌叢に主にみられる嫌気性細菌とは異なる細菌からなりたっており、酪酸、プロピオン酸を指標とする、皮膚に有効なプロバイオティクス・プレバイオティクスの新たなスクリーニング方法としての活用に資する。
特に、皮膚の美肌維持の化粧剤のみならず、健康維持の外用薬剤として、酪酸、プロピオン酸の単一化合物としての直接的活用のみならず、共生する細菌叢を制御することで、それを介する代謝産生物としての間接的な活用による新たな化粧剤、薬剤のアプローチにも資する。
ということは、AQP3が発現する組織に存在し共生する細菌叢の主要な4種の代謝産生物の濃度組成比、特に健康時、不健康時の酪酸、プロピオン酸濃度の変化を指標とすれば、その組織の状態をモニタリングすることが可能となり、それらの有効作用成分の濃度が不足しているのであれば、補給するという、内臓組織の健康維持のみならず、さらには皮膚の健康・美肌維持などの標準化手法としても新たに資する。
【0019】
本発明は、これらの知見に基づき完成しえたものであり、以下の構成からなる。
[1] 酪酸およびプロピオン酸からなる群から選択される少なくとも一種を有効作用成分とするAQP3発現亢進剤
[2] 大腸のAQP3発現亢進を特徴とする前記1に記載のAQP3発現亢進剤
[3] 皮膚のAQP3発現亢進を特徴とする前記1に記載のAQP3発現亢進剤
[4] 酪酸およびプロピオン酸からなる群から選択される少なくとも一種を有効作用成分とするAQP3の発現する組織の機能改善剤
[5] プロバイオティクスおよび/またはプレバイオティクスからなる検体と細菌叢とをインキュベートする工程、および酪酸およびプロピオン酸からなる群から選択される少なくとも一種の代謝産生物濃度を測定・評価する工程を含む、AQP3発現亢進能のあるプロバイオティクスおよび/またはプレバイオティクスのスクリーニング方法
[6] AQP3が発現する組織に共生する細菌叢において、酪酸およびプロピオン酸からなる
群から選択される少なくとも一種の化合物濃度を経時的に測定・評価する工程を含む、AQP3発現組織の健康状態のモニタリング方法。
【発明の効果】
【0020】
酪酸、プロピオン酸を有効作用成分とするAQP3発現亢進剤、並びにAQP3の発現組織においてその発現が不足することにより生ずる機能不全を解消する組織機能改善剤としての新たな有効作用成分の効果が見出された。特に、商業的に簡単に入手可能な、実用上よく利用されている既知の単一低分子化合物を有効作用成分とする実用的効果は、今までに見られない。他の効果として、AQP3発現亢進に役立つこれら化合物を産生する細菌叢とプロバイオティクス・プレバイオティクスのスクリーニング方法の評価用指標化合物として、さらには、それを指標とした有効細菌のスクリーニング手法としても有用である。さらには、AQP3の発現亢進に有効な腸内細菌叢の細菌構成の評価、糞便中のこれら化合物を指標とした組成分析による、腸内細菌叢の評価手法としての有用性も見込める。
また、細菌叢の共生する組織の健康状態のモニタリング方法の評価指標化合物としても資する。
いずれにしても、細胞のAQP3発現を評価手法とせずとも、本発明の有効作用成分そのものを指標とすることで、時間、手順などを著しく低減する方法が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】ヒト結腸がん由来HT-29細胞に乳酸を種々の濃度で添加して6時間または12時間培養した際のAQP3のmRNA発現量を示す。濃度0のときの発現量を100%とした。以下、同様。
【
図2】ヒト結腸がん由来HT-29細胞に酢酸を種々の濃度で添加して6時間または12時間培養した際のAQP3のmRNA発現量を示す。
【
図3】ヒト結腸がん由来HT-29細胞にプロピオン酸を種々の濃度で添加して6時間または12時間培養した際のAQP3のmRNA発現量を示す。***はp<0.001を示す。
【
図4】ヒト結腸がん由来HT-29細胞に酪酸を種々の濃度で添加して6時間または12時間培養した際のAQP3のmRNA発現量を示す。**はp<0.01を示し、***はp<0.001を示す。
【
図5】ヒトケラチノサイト細胞HaCaT細胞に乳酸を種々の濃度で添加して6時間または12時間培養した際のAQP3のmRNA発現量を示す。
【
図6】ヒトケラチノサイト細胞HaCaT細胞に酢酸を種々の濃度で添加して6時間または12時間培養した際のAQP3のmRNA発現量を示す。*はp<0.05を示し、**はp<0.01を示す。
【
図7】ヒトケラチノサイト細胞HaCaT細胞にプロピオン酸を種々の濃度で添加して6時間または12時間培養した際のAQP3のmRNA発現量を示す。*はp<0.05を示し、***はp<0.001を示す。
【
図8】ヒトケラチノサイト細胞HaCaT細胞に酪酸を種々の濃度で添加して6時間または12時間培養した際のAQP3のmRNA発現量を示す。*はp<0.05を示し、**はp<0.01を示し、***はp<0.001を示す。
【発明を実施するための形態】
【0022】
(1)本発明の有効作用成分
(A)酪酸
酪酸は公知の化合物であり(CAS番号 107-92-6)、商業的に容易に入手できるものである。また、腸内細菌叢の代謝産生物として得られる、代表的な短鎖脂肪酸の一つである。本発明においては、実施例にみられるように、大腸のヒト結腸がん由来HT-29細胞、皮膚のヒトケラチノサイト細胞HaCaT細胞に試薬として得た酪酸を添加して、AQP3発現亢進能を評価し、有効作用成分であることを見出した。
【0023】
(B)プロピオン酸
プロピオン酸は公知の化合物であり(CAS番号 79-09-4)、商業的に容易に入手できるも
のである。また、腸内細菌叢の代謝産生物として得られる、代表的な短鎖脂肪酸の一つである。
本発明においては、実施例にみられるように、大腸のヒト結腸がん由来HT-29細胞、皮膚のヒトケラチノサイト細胞HaCaT細胞に試薬として得たプロピオン酸を添加して、AQP3発現亢進能を評価し、有効成分であることを見出した。
【0024】
これらの化合物は、AQP3発現亢進能作用を有するものであり、実用的使用における有効作用成分として、AQP3が発現する組織に化合物として直接作用する形でも、組織に共生する細菌叢の代謝産生物として、プロバイオティクス、プレバイオティクスを介した産生物として作用するというどちらの形もとりうる。
【0025】
(2)本発明の比較例としての短鎖脂肪酸:
本発明では、AQP3発現亢進能を有する単一化合物を見出すために、AQP3の発現する大腸に接する、腸内細菌叢代謝産生物である代表的な短鎖脂肪酸4種に焦点をあてて研究を進めた。短鎖脂肪酸とは、一般的には、カルボン酸基をもつ脂肪酸で短鎖の鎖長の短い方から酢酸、プロピオン酸、酪酸、吉草酸をしめすが、腸内細菌叢の短鎖脂肪酸として、乳酸も化学構造的には、短鎖のHが水酸基に置換されているが、カルボン酸基を持つので、短鎖脂肪酸に含めて呼称することもある。
実施例に示すように、短鎖脂肪酸4種の中で、鎖長の一番短い酢酸、および置換基の異なる乳酸は、AQP3発現亢進能が見られない非有効成分であり、上記の酪酸、プロピオン酸にのみAQP3発現亢進能が見られるという、低分子化合物の化合構造のわずかな差による特異的な機能を見出した。さらには、腸内細菌叢とは直接関連しない、AQP3が発現する皮膚細胞においても、酪酸、プロピオン酸のみに有効性が見られるという、普遍性のある同じ特異性を見出した。
【0026】
(3)AQP3
AQPは内在性膜タンパク質の一種であり、ヒトをはじめとする哺乳類には13種類(AQP0~AQP12)が同定されている。これらは、その特性や構造により、水のみを透過させる狭義AQP(classical AQP)と、水だけでなくグリセロールや尿素などの電気的中性の低分子も透過させるアクアグリセロポリン(aquaglyceroporin)に大別される。大腸や皮膚には、これらAQPのうち、AQP3が多く発現しており、便の水分量や皮膚水分含有率の変化に重要な役割を担っている。すなわち、大腸のAQP3量が低下すると水の吸収が抑えられ下痢となる。その一方で、大腸のAQP3が増加すると、水の吸収が促進し、便秘が引き起こされる。皮膚では、AQP3が欠損すると、皮膚水分量が低下することが知られており、加齢や病態時の皮膚乾燥にAQP3量の低下が関与していることが報告されている。さらに、最近では、AQP3が細胞増殖にも関与していることが見出されており、腸管の組織再生や皮膚創傷治癒に対しても影響を及ぼす可能性が報告されている。したがって、大腸と皮膚のAQP3量を増加させる短鎖脂肪酸が見出された本発明において、その有用性は非常に大きいと考える。
【0027】
(4)AQP3の発現亢進能の評価
細胞中のAQP3の発現亢進能の評価方法は、特に限定されるものではないが、細胞中のAQP3の発現量を測定することにより評価することができる。具体的には、生物学的手法としては、細胞のAQP3発現量をウエスタンブロッティングにより測定する方法、PCR法およびノーザンプロット法によりAQP3mRNA発現量を測定する方法。さらには、物理的手法としては、細胞膜の水透過性。標識グリセロールの細胞膜透過性の測定などがあげられる。細胞に、スクリーニングする化合物を種々の濃度で添加し、添加後の経時的AQP3の発現量の濃度依存的増減変化を測定し、増加が見られたものを発現亢進能のある化合物と評価する。
本発明においては、実施例にみられるようにAQP3mRNA量を測定、評価した。
【0028】
(5)AQP3 mRNA
HT-29細胞あるいはHaCaT細胞からTRI reagent(Sigma-Aldrich Corp.)を用いて RNAを抽出した。得られた溶液について、260 nmおよび280 nmの吸光度を測定することで純度の確認およびRNA濃度の算出を行った。RNA 1 μgからhigh capacity cDNA synthesis kit(Applied Biosystems)を用いてcDNAを合成した。表に示すプライマーを作成し、リアルタイムPCRにより各遺伝子の発現を検出した。温度条件はdenaturation temperatureとして95℃で15秒、annealing temperatureとして56℃で30秒、elongation temperatureとして72℃で30秒とした。増幅過程の蛍光強度をCFX Connect Real-Time System(Bio-Rad Laboratories)によりモニタリングした。mRNA量は、GAPDHを用いてノーマライズした。
【0029】
【0030】
本発明の実施例として、AQP3 mRNA量の測定に上記方法を用いたが、本発明の指標となるAQP3量の測定は、これに限定されず、通常知られた方法を用いても良い。
【0031】
(6)AQP3発現能の評価細胞
(A)HT-29細胞
HT-29細胞はヒトの結腸がんから単離した細胞株であり、AQP3が多く発現している。HT-29細胞は、100 U/mLペニシリンGカリウム、100 μg/mLストレプトマイシン、0.25 μg/mLアムホテリシンBおよび10% FBSを含んだRPMI1640培地で維持した。細胞は24 well-plateに播種し、CO2 incubatorでインキュベートした。サブコンフルエントになった状態の細胞に種々の濃度の短鎖脂肪酸を添加し、6時間あるいは12時間培養し、AQP3 mRNA発現量を解析した。
(B)HaCaT細胞
HaCaT細胞はヒト皮膚から樹立した不死化ケラチノサイト細胞株であり、AQP3が多く発現している。HaCaT細胞は、100 U/mLペニシリンGカリウム、100 μg/mLストレプトマイシンおよび10% FBSを含んだD-MEM培地で維持した。細胞は24 well-plateに播種し、CO2 incubatorでインキュベートした。サブコンフルエントになった状態の細胞に種々の濃度の短鎖脂肪酸を添加し、6時間あるいは12時間培養し、AQP3 mRNA発現量を解析した。
【0032】
(7)AQP3発現亢進剤
本発明のAQP3発現亢進剤は、酪酸およびプロピオン酸からなる群より選ばれる少なくとも一つを有効作用成分とする。これにより、未使用時、未存在時に比べて、細胞中のAQP3の発現を亢進させ、AQP3の発現量を1.7倍から5倍に増加することが好ましく、2倍から5倍に、更には3倍から5倍に増加することが好ましい。しかも、低濃度で、処方後、短時間で効果をしめすことが好ましい。
また、AQP3の発現亢進剤は、AQP3の発現する組織の組織機能を改善させる作用を有する。
【0033】
(8)AQP3の発現する組織の機能改善剤
前述のように、AQP3の発現が低下した組織においては、様々な機能低下、機能不全が生ずることが知られている。それゆえ、AQP3の発現亢進能のある単一化合物が見出され、組織機能改善剤として実用に供せられることが求められてきた。本発明の組織機能改善剤は、酪酸、プロピオン酸を有効作用成分とするものである。
その組織への作用の形としては、化合物として、経口的又は非経口的に投与できる。大腸などの内臓組織には、経口的投与が好ましく、皮膚では、非経口的に直接的な局所投与が
好ましく、経皮投与がより好ましい。
また、細菌叢が共生する組織においては、プロバイオティクス、プレバイオティクスの代謝産生物としての酪酸。プロピオン酸の組織への作用が好ましく、AQP3の発現亢進能のある、酪酸、プロピオン酸を指標とするスクリーニング方法により、選ばれたプロバイオティクス、プレバイオティクスが、本発明の組織機能改善剤に含まれる。それは、大腸などの整腸などの健康維持に資するのみならず、特に、皮膚の常在細菌叢に対して、酪酸、プロピオン酸を代謝産生物とするプレバイオティクスは、今までにない概念の組織機能改善剤となる。特に、化粧剤としての皮膚の保水性、美肌作用等のあるプレバイオティクス化粧品という新しい概念は、本発明の知見が有効に活用される新しい領域となる。すなわち、組織の機能改善とは、大腸の場合、整腸作用を発揮することが例示され、皮膚の場合、保水作用や美肌作用が発揮されることが例示されるが、これらには限定されない。
【0034】
(9)AQP3発現亢進能のあるプロバイオティクスおよび/またはプレバイオティクスのスクリーニング方法
組織に共生する細菌叢として、腸内細菌叢の細菌には、ヒトの腸内細菌叢の70-80%を占める、ヒトが分解できない植物繊維の多糖類を消化しやすい糖類に分解するといわれるバクテロイデス属、ヒトの食事から酢酸を作るといわれ、乳児の腸内で最も多いといわれるビフィドバクテリウム属、その他クロストリジウム属、エシェリヒア属などが知られている。皮膚常在細菌叢としては、スタフィロコッカス属、プロピオニバクテリウム属、コリネバクテリウム属などが知られている。
そのような細菌叢が共生する組織のAQP3の発現制御に関わる、実用的観点からのプロバイオティクス・プレバイオティクスの有効性スクリーニングの方法の評価指標として、それぞれの組織の細胞のAQP3発現を解析評価するのが、従来の一般的なやり方であった。本発明の知見によれば、細菌叢の代表的な代謝産生物の中で、酪酸、プロピオン酸のみが特異的にAQP3発現亢進能があることが見出され、細胞を使用せずとも、細菌叢とプロバイオティクス・プレバイオティクスからなる検体そのものを評価対象として、直接、酪酸、プロピオン酸を評価指標としその化合物濃度を解析評価するという、今までにない新たなスクリーニング方法が可能となる。
【0035】
スクリーニング検体として、細菌叢にプロバイオティクス・プレバイオティクスを投与してインキュベートし、インキュベート後のその上清み等中の酪酸、プロピオン酸濃度を測定し、それらの産生量を無投与時と比較し、その濃度の増減変化に基づき、AQP3発現亢進能のあるプロバイオティクスおよび/またはプレバイオティクスをスクリーニングすることができる。無投与時と比較して、例えば、酪酸またはプロピオン酸濃度を1.5倍以上、好ましくは2倍以上増加させるプロバイオティクスおよび/またはプレバイオティクスをAQP3発現亢進能を有するものとして選択することができる。具体的な濃度としては、酪酸またはプロピオン酸濃度を2,000 μM以上、好ましくは10,000 μM以上とするプロバイオティクスおよび/またはプレバイオティクスをAQP3発現亢進能を有するものとして選択することができる。このような方法により、簡便で有効性のあるスクリーニング判断結果が得られる。
検体中の短鎖脂肪酸の測定手段としては、既に確立された測定手段が利用可能であり、例えば、HPLC、ガスクロマトグラフィー等により、プロピオン酸、酪酸の濃度、並びに濃度比が測定できる。
人体の腸内細菌叢の場合は、直接腸内でのセンサーなどによる化合物濃度測定よりは、プロバイオティクスおよび/またはプレバイオティクスが投与された対象の腸内細菌叢を外部からの採取するか、または糞便を採取して、検体測定を行うことが好ましい。また、体外で培養可能な腸内細菌においては、インビトロでそれをプロバイオティクスおよび/またはプレバイオティクスとインキュベートして酪酸またはプロピオン酸濃度を測定すればよい。
当然、皮膚などの外表面の細菌叢においては、皮膚に共生する細菌叢を採取し、インビト
ロでそれをプロバイオティクスおよび/またはプレバイオティクスとインキュベートし、その上清みなどにおいて指標化合物の濃度を測定することが好ましく、また、皮膚から採取した細菌叢に投与して、スクリーニングしても良い。
これにより、それぞれの組織に共生する細菌叢に親和性の高い有効なプロバイオティクス・プレバイオティクスのスクリーニングが可能となる。また、これを一次の簡易的なスクリーニングとして、活用し、最終的にAQP3の発現する細胞での絞り込みをするという、効率的なアプローチも可能となる。
【0036】
(10)AQP3発現組織の健康状態のモニタリング方法
腸や皮膚などの組織におけるAQP3の発現の低下は、前述のような疾患、不健康な状態の基因となることが知られている。また、組織には共生する細菌叢の代謝産生物のみならず、多くの物質が存在、接触している。
疾病時および不健康状態と健康状態でのその組織でのAQP3の発現量の差異は、その組織の状態を示す指標、バイオマーカーとなる。本発明の知見によれば、特に、細菌叢が共生する組織においては、AQP3の発現亢進を促す代表的な脂肪酸中の酪酸、プロピオン酸の不足は、その組織のAQP3発現低下に伴う疾患、不健康状態の一因となる。それゆえ、疾病時および不健康状態と健康状態でのその組織表面の酪酸、プロピオン酸の化合物濃度の差異を経時的に解析評価することにより、その組織の健康状態をモニタリングする方法になる。腸内細菌叢においては、外部からの腸内細菌叢の採取、または外部に排出された糞便を検体として、また皮膚などの外表面細菌叢においては、直接採取物を検体として、酪酸、プロピオン酸濃度を指標とする化合物濃度を経時的に測定解析することにより、それら組織の健康状態のモニタリングを行うことができる。
例えば、健常者由来の検体と比較して、同程度の酪酸またはプロピオン酸濃度を示すときにその検体は健常状態が良好と判断することができ、それよりも低い酪酸またはプロピオン酸濃度を示すときにその検体は健常状態が良好でないと判断することができる。具体的な濃度としては、例えば、酪酸またはプロピオン酸濃度を400μM以上、好ましくは2,000 μM以上のときにその検体は健常状態が良好と判断することができる。
検体中の短鎖脂肪酸の測定手段としては、前述のように、既に確立された測定手段が利用可能であり、例えば、HPLC、ガスクロマトグラフィー等により、酪酸、プロピオン酸の濃度、並びに濃度比が測定できる
【0037】
皮膚、肌は共生する細菌叢の影響を大きく受けることが最近知られることとなり、モニタリングすることで、酪酸、プロピオン酸の不足分を、プロバイオティクス・プレバイオティクスの投与、さらには、化合物そのものの投与で補いAQP3の発現低下を解消し、健康状態の維持につなげるという活用が可能となる。特に、ヒトの目にさらされる皮膚、肌の健康状態を維持するための化粧剤、外用剤の使用時期の指針の指標ともなりうる、本発明のモニタリング方法は、実用的側面からの活用の場が大きい。
[実施例]
【0038】
以下、本発明を実施例を挙げて、さらに具体的に説明するが、本発明の範囲は、それらの実施例によって限定されないものとする。
【実施例1】
【0039】
HT-29細胞でのAQP3量の発現量変化解析
大腸のAQP3量に及ぼす乳酸、酢酸、プロピオン酸あるいは酪酸を調べる目的で、結腸がん由来HT-29細胞に乳酸、酢酸、プロピオン酸あるいは酪酸を添加し、6時間後および12時間後のAQP3の量を解析した(
図1-
図4)。その結果、HT-29細胞に乳酸あるいは酢酸を添加しても、AQP3の量には変化が認められなかった。これに対して、プロピオン酸を添加した場合には、HT-29細胞のAQP3量が濃度依存的に著明に増加することがわかった。また、酪酸添加時においても、AQP3量が2,000μMの濃度まで濃度依存的に増加した。以上のことか
ら、プロピオン酸および酪酸は、大腸のAQP3量を増加させる作用があることがわかった。
【実施例2】
【0040】
HaCaTでのAQP3量の発現量変化解析
皮膚のAQP3量に及ぼす乳酸、酢酸、プロピオン酸あるいは酪酸を調べる目的で、皮膚ケラチノサイトHaCaT細胞に乳酸、酢酸、プロピオン酸あるいは酪酸を添加し、6時間後および12時間後のAQP3の量を解析した(
図5-
図8)。その結果、HaCaT細胞に乳酸を添加した場合、6時間後および12時間後ともに、AQP3量には変化が見られなかった。酢酸については、10,000μM添加時においてのみ、AQP3量を約1.5倍有意に増加させることがわかった。これらに対して、プロピオン酸添加時には、6時間後および12時間後のいずれにおいても、AQP3量が著明に増加することがわかった。また、酪酸もHaCaT細胞のAQP3量を増加させ、この作用はプロピオン酸よりも強かった。以上のことから、プロピオン酸および酪酸は、大腸と同様に、皮膚においてもAQP3量を増加させる作用があることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0041】
腸内細菌叢の代表的代謝産生物である短鎖脂肪酸の中で酪酸、プロピオン酸が特異的にAQP3の発現亢進能のあることを見出し、単一低分子化合物を有効作用成分とする特徴を持つ、AQP3の発現亢進剤、組織機能改善剤を実現した。植物エキスなどの組成物による発現亢進剤、組織機能改善剤に比べ、既知の商業的に入手可能な単一の化合物であることによる、生産プロセスの削減、組成物由来の品質バラツキ、副作用の低減など、産業上の利用課題を著しく軽減することができる。さらには、酪酸、プロピオン酸を指標としてその化合物濃度を測定評価することにより、AQP3の発現に有効性のあるプロバイオティクス・プレバイオティクスのスクリーニング方法、並びに組織の健康状態のモニタリング方法に資することができる。細胞のAQP3発現を指標とする今までの方法に比べ、時間、手順などを著しく軽減することができる。
本発明により、AQP3の発現する組織であれば、細菌叢の共生の有無にかかわらず、その組織に作用機能する薬剤、外用剤、化粧剤、飲食品、健康食品などの有効作用成分剤として活用できる。既知の、しかも商業的に入手可能な、既に幅広く利用されている単一低分子化合物である酪酸、プロピオン酸をその有効作用成分とする特徴を持つ活用は、産業上の利用可能性に大いに資する。
【配列表】