(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-18
(45)【発行日】2024-01-26
(54)【発明の名称】半導体量子ドットの分離装置及び分離方法
(51)【国際特許分類】
B03C 7/00 20060101AFI20240119BHJP
B82Y 40/00 20110101ALI20240119BHJP
C01B 19/04 20060101ALI20240119BHJP
C09K 11/08 20060101ALI20240119BHJP
C09K 11/56 20060101ALI20240119BHJP
C09K 11/88 20060101ALI20240119BHJP
【FI】
B03C7/00
B82Y40/00
C01B19/04 C
C09K11/08 G
C09K11/56
C09K11/88 ZNM
(21)【出願番号】P 2020039762
(22)【出願日】2020-03-09
【審査請求日】2023-01-27
(73)【特許権者】
【識別番号】504145320
【氏名又は名称】国立大学法人福井大学
(74)【代理人】
【識別番号】100180758
【氏名又は名称】荒木 利之
(72)【発明者】
【氏名】熊倉 光孝
【審査官】山本 吾一
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2005/087654(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B
C09K
B82Y
B03C 7/00
JSTPlus(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶媒中に流されたコロイド状半導体量子ドットに、当該半導体量子ドットを光励起する波長の光を照射する光照射装置と、
前記光の照射された半導体量子ドットに電場を印加する電場印加装置とを有し、
前記光照射装置の光の照射範囲及び前記電場印加装置の印加する電場のポテンシャルの少なくとも一方が局所的である半導体量子ドットの分離装置。
【請求項2】
前記電場印加装置は、レーザー光による交流電場によって前記半導体量子ドットに局所的なポテンシャルの電場を印加する請求項1に記載の分離装置。
【請求項3】
前記電場印加装置は、前記光照射装置である請求項2に記載の分離装置。
【請求項4】
溶媒中に流されたコロイド状半導体量子ドットに、当該半導体量子ドットを光励起する複数の異なる波長の光を、それぞれ異なる範囲に照射する光照射装置と、
前記光の照射された半導体量子ドットに一様な電場を印加する電場印加装置とを有する半導体量子ドットの分離装置。
【請求項5】
溶媒中に流されたコロイド状半導体量子ドットに、当該半導体量子ドットを光励起するとともに交流電場によって局所的なポテンシャルの電場を印加する複数の異なる波長の光を、それぞれ異なる範囲に照射する光照射装置を有する半導体量子ドットの分離装置。
【請求項6】
前記光照射装置は、複数の異なる波長の光の照射する範囲を、前記溶媒の流れの上流から下流に向けて波長が長いものから順に並べ、前記半導体量子ドットを前記光の照射する範囲に捕獲した後に、波長の短いものから順に光の照射を停止する請求項4又は5に記載の半導体量子ドットの分離装置。
【請求項7】
溶媒中に流されたコロイド状半導体量子ドットに、当該半導体量子ドットを光励起する波長の光を照射し、
前記光の照射された半導体量子ドットに電場を印加する半導体量子ドットの分離方法であって、
前記光の照射範囲及び前記印加する電場のポテンシャルの少なくとも一方が局所的である半導体量子ドットの分離方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、半導体量子ドットの分離装置及び分離方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の技術として、誘電体高分子を捕捉し、移動し、若しくは解放し、又はこれらの方法を組み合わせて操作する分離装置が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
特許文献1に開示された分離装置は、対象高分子を溶媒高分子(異種高分子)に溶解させた溶液に入れ、異種高分子が誘電体であって分子量が対象高分子の10倍以上とすることで、レーザー光を集光して、異種高分子をその焦点に捕捉するか又は斥力を生じさせることで、通常溶液(高分子を含まない水等)に比べてレーザー光に対する対象高分子の応答効率を向上する。当該分離装置により、レーザートラップ技術による光ピンセットで代表される光学的操作技術を用いて、誘電体高分子を捕捉し、移動し、若しくは解放し、又はこれらの方法を組み合わせて対象高分子の型化、固定、輸送等の操作をし、対象高分子を分離する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、上記した分離装置は、相互作用を利用して上記操作が可能であるが、分離の対象が中性粒子であって高分子(μmオーダー)に限られたものであって、nmオーダーの粒子には相互作用を利用した上記操作が適用できない。また、同様に中性粒子であって原子(Åオーダー)であれば共鳴を利用してレーザー冷却やレーザートラップにより分離が可能であるが、共鳴を利用するにはスペクトルが鋭い必要があり、nmオーダーの量子ドットには適用できない。
【0006】
一方、nmオーダーであっても荷電高分子であればイオントラップ、イオン光学等を利用して荷電粒子を制御可能であるが、中性粒子には適用できない。
【0007】
従って、本発明の目的は、常温環境下でナノスケールの中性粒子を制御する半導体量子ドットの分離装置及び分離方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一態様は、上記目的を達成するため、以下の半導体量子ドットの分離装置及び分離方法を提供する。
【0009】
[1]溶媒中に流されたコロイド状半導体量子ドットに、当該半導体量子ドットを光励起する波長の光を照射する光照射装置と、
前記光の照射された半導体量子ドットに電場を印加する電場印加装置とを有し、
前記光照射装置の光の照射範囲及び前記電場印加装置の印加する電場のポテンシャルの少なくとも一方が局所的である半導体量子ドットの分離装置。
[2]前記電場印加装置は、レーザー光による交流電場によって前記半導体量子ドットに局所的なポテンシャルの電場を印加する前記[1]に記載の分離装置。
[3]前記電場印加装置は、前記光照射装置である前記[2]に記載の分離装置。
[4]溶媒中に流されたコロイド状半導体量子ドットに、当該半導体量子ドットを光励起する複数の異なる波長の光を、それぞれ異なる範囲に照射する光照射装置と、
前記光の照射された半導体量子ドットに一様な電場を印加する電場印加装置とを有する半導体量子ドットの分離装置。
[5]溶媒中に流されたコロイド状半導体量子ドットに、当該半導体量子ドットを光励起するとともに交流電場によって局所的なポテンシャルの電場を印加する複数の異なる波長の光を、それぞれ異なる範囲に照射する光照射装置を有する半導体量子ドットの分離装置。
[6]前記光照射装置は、複数の異なる波長の光の照射する範囲を、前記溶媒の流れの上流から下流に向けて波長が長いものから順に並べ、前記半導体量子ドットを前記光の照射する範囲に捕獲した後に、波長の短いものから順に光の照射を停止する前記[4]又は[5]に記載の半導体量子ドットの分離装置。
[7]溶媒中に流されたコロイド状半導体量子ドットに、当該半導体量子ドットを光励起する波長の光を照射し、
前記光の照射された半導体量子ドットに電場を印加する半導体量子ドットの分離方法であって、
前記光の照射範囲及び前記印加する電場のポテンシャルの少なくとも一方が局所的である半導体量子ドットの分離方法。
【発明の効果】
【0010】
請求項1、4、5、7に係る発明によれば、常温環境下でナノスケールの中性粒子を制御することができる。
請求項2に係る発明によれば、レーザー光による交流電場によって前記半導体量子ドットに局所的なポテンシャルの電場を印加することができる。
請求項3に係る発明によれば、光照射装置によるレーザー光による交流電場によって前記半導体量子ドットに局所的なポテンシャルの電場を印加することができる。
請求項6に係る発明によれば、複数の異なる波長の光の照射する範囲を、溶媒の流れの上流から下流に向けて波長が長いものから順に並べ、半導体量子ドットを光の照射する範囲に捕獲した後に、波長の短いものから順に光の照射を停止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、実施の形態に係る半導体量子ドットの一例を示す概略図である。
【
図2】
図2は、半導体量子ドットの粒径(直径)と蛍光波長との関係を示すグラフ図である。
【
図3】
図3(a)及び(b)は、半導体量子ドットの吸収スペクトル及び蛍光スペクトルを示すグラフ図である。
【
図4】
図4は、第1の実施の形態に係る分離装置の構成例を示す概略斜視図である。
【
図5】
図5は、溶液の流れ方向の長さを横軸にした場合の電場のポテンシャルを示すグラフ図である。
【
図6】
図6は、第2の実施の形態に係る分離装置の構成例を示す概略斜視図である。
【
図7】
図7は、第3の実施の形態に係る分離装置の構成例を示す概略斜視図である。
【
図8】
図8は、第4の実施の形態に係る分離装置の構成例を示す概略斜視図である。
【
図9】
図9は、第4の実施の形態に係る分離動作の一例を示す概略斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
[第1の実施の形態]
(量子ドットの構成)
図1は、実施の形態に係る半導体量子ドットの一例を示す概略図である。
【0013】
半導体量子ドット20は、一例として、コアシェル型の量子ドットであり、直径が約3~6nmであって、CdSeのコア200と、ZnSのシェル201と、オクタデシルアミンの有機分子キャップ剤202とを有する。コア200は、発光波長が主に半導体量子ドット20のサイズに依存するものであり、CdTe、InP、PbS等であってもよい。発光波長が主にサイズに依存する理由は、これらの組成のコア200について「電子正孔個別閉じ込めモデル」でよく記述される。また、シェル201は、Hg S、Cd Se、Cd S等であってもよい。また、有機分子キャップ剤202は、ヘキサデシルアミン、オレイン酸等であってもよい。
【0014】
また、半導体量子ドット20は、コアシェル型の量子ドットに限らず、コロイド状半導体量子ドットのうち発光波長が主にサイズに依存するものであれば、コア型量子ドットであってもよい。また、半導体量子ドット20は、組成比でスペクトルが変わるCdSxSe1‐x等の合金型量子ドットであっても、「電子正孔個別閉じ込めモデル」で説明されるものであれば用いることができる。一方、電子―正孔間の結合が強く、励起子のサイズが小さいもの、つまり、「励起子閉じ込めモデル」の量子ドットでは有効ではないと考えられる。
【0015】
図2は、半導体量子ドット20の粒径(直径)と蛍光波長との関係を示すグラフ図である。
【0016】
図2に示すように、横軸が波長、縦軸が蛍光強度としたとき、半導体量子ドット20の粒径が大きくなるに従い蛍光波長が大きくなる。一例として、半導体量子ドット20がCdSeのコア200、ZnSのシェル201で構成される場合、粒径2.5nmで蛍光波長が約475nm、粒径3.4nmで蛍光波長が約600nm、粒径6.3nmで蛍光波長が約700nmである。
【0017】
図3(a)及び(b)は、半導体量子ドット20の吸収スペクトル及び蛍光スペクトルを示すグラフ図である。
【0018】
図3(a)に示すように、横軸が波長、縦軸が吸光度、
図3(b)に示すように、横軸が波長、縦軸が蛍光強度としたとき、半導体量子ドット20は、蛍光波長が大きくなるに従い、吸収スペクトルが長波長側にシフトする。つまり、半導体量子ドット20の粒径が大きくなるに従い吸収スペクトルが長波長側にシフトする。例えば、様々な粒径の半導体量子ドットに対して光を照射する場合、波長が約625nmの光を照射することで図中「a」(粒径=5.5nm)の粒径の大きな量子ドットのみが励起され、波長が約450nmの光を照射することで図中「a」~「d」の様々な粒径(5.5nm、4.8nm、4.2nm、2.3nm)の量子ドットが励起されることになる(B. O. Dabbousi他、“(CdSe)ZnS Core-Shell Quantum Dots: Synthesis and Characterization of a Size Series of Highly Luminescent Nanocrystallites”、American Chemical Society、J. Phys. Chem. B 1997, 101, 9463-9475)。
【0019】
(分離装置の構成)
図4は、第1の実施の形態に係る分離装置の構成例を示す概略斜視図である。また、
図5は、溶液の流れ方向の位置を横軸にした場合の電場のポテンシャルを示すグラフ図である。
【0020】
分離装置1Aは、半導体量子ドット20を励起するための特定の波長のレーザー光10lAを照射する図示しない光照射装置と、領域AAに局所的な電場を印加する電場印加装置の一部としての電極11Aと、溶液2中の半導体量子ドット20を流れf方向に流すためのキャピラリー12とを有する。
【0021】
レーザー光101Aを照射する光照射装置は、例えば、半導体励起固体レーザーであり、出力1W、ビーム径500μmである。照射範囲は、領域AAを含みキャピラリー12全体であり、一様に照射される。また、連続波発振動作、パルス発振動作のいずれでもよい。
【0022】
電極11Aは、例えば、材質がCuであり、その間隔は8mmである。電極11Aは、高圧電源モジュールに接続され、電圧計とともに電場印加装置を構成する。
【0023】
キャピラリー12は、例えば、材質がガラス、径が1.5 mm、長さ30 mmであり、溶媒2の流速は10μm/sである。なお、溶媒2の流速をx倍に大きくする場合は、レーザー光10lAの出力をx倍にして対応可能である。
【0024】
溶液2は、溶媒として非プロトン性極性溶媒の一例として炭酸 プロピレンを用いる。理由の詳細は後述するが、水と同程度の高い誘電率を持ち、高い電場を印加した場合の電気分解を防止することができる。
【0025】
また、流れf方向の電極11Aの位置をx=0とした場合、電極11Aにより電場が印加され
図5に示すようなポテンシャルを形成する。
【0026】
(分離装置の動作)
次に、第1の実施の形態の作用を説明する。
【0027】
まず、キャピラリー12内に半導体量子ドット20を含む溶液2を低速(10μm/s)で流す。ここで、一例として、半導体量子ドット20の粒径は2.3~5.5nmの範囲のものが含まれるものとし、粒径5.5nmのみを分離することを目標とする。
【0028】
次に、溶液2全体を照射するようにレーザー光10lAを照射し、溶液2内の半導体量子ドット20を光励起する。ここでは、レーザー光10lAは、例えば、波長625nmであり、これにより粒径5.5nmの半導体量子ドット20のみが光励起され、粒径5.5nmより小さい粒径の半導体量子ドット20は励起されない。なお、溶液2のうち領域AAにのみレーザー光を照射するようにしてもよい。
【0029】
光励起された半導体量子ドット20は、約2.5 kW/cm2の強度の光によるシュタルク効果により約60meVの蛍光スペクトルのピークシフトを生じ、粒子全体のエネルギーが実質的に下がる。これにより、光励起された半導体量子ドット20に対して電場が強い方向に向かって力が働く。これは、粒子内の励起子の分極が大きくなることで、電場との双極子相互作用でエネルギーが下がるためピークシフトが生じると考えられている。なお、分極率と正の相関がある誘電率についても大きくなると考えられる。
【0030】
また、電極11Aに11.4kVの電圧を印加することにより領域A
Aに
図5に示すように捕捉ポテンシャルとして局所的な電場を印加する。領域A
Aを通過する半導体量子ドット20のうち、光励起された半導体量子ドット20(粒径5.5nm)は、局所的な捕捉ポテンシャルに捕捉される。なお、半導体量子ドットが受けるポテンシャルエネルギーは、以下の式で表される。
【0031】
【数1】
なお、ここでε
mは溶媒の誘電率、ε
pは粒子の誘電率、rは粒子半径、Eは静電場である。
【0032】
半導体量子ドット20の公称サイズ、誘電率を用いて上記の数式から計算すると、半導体量子ドット20の受けるポテンシャルエネルギーのポテンシャル深さがΔφDEP=2.6×10-22(~20K)に相当するものとなり、常温下では半導体量子ドットは捕捉できない。しかし、実際の実験では、領域AA(-1 mm<x<1 mmの範囲)に半導体量子ドットが捕捉され、熱平衡分布を仮定して統計力学的にエネルギー差を見積もると、その値は1000Kと、上記の式から算出される値よりも50倍も大きな値となっており、誘電率が大きくなったこと以外の物理的な理由があるものと考えられる。
【0033】
上記の動作により、領域AAに捕捉された半導体量子ドット20以外の粒径(5.5nmより小さい粒径)の半導体量子ドット20は、流れfによりキャピラリー12から排出される。その後、レーザー光10lAの照射及び電極11Aによる電場の印加のいずれか一方をやめることで、捕捉されていた粒径5.5nmの半導体量子ドット20が流れfによりキャピラリー12から排出され、粒径を選択して分離が可能となる。
【0034】
(第1の実施の形態の効果)
上記した第1の実施の形態によれば、領域AAに局所的な電場を印加し、レーザー光10lAを照射することにより半導体量子ドット20を励起してシュタルク効果により粒子のエネルギーを下げるようにしたため、励起された半導体量子ドット20に電場の強い方向への力が働くことになり、常温環境下でナノスケールの中性粒子を制御することができる。
【0035】
一方、ナノスケールの中性粒子を、光励起せずに、誘電泳動により制御しようとした場合、マイクロスケールの中性粒子と比較して体積が10-9程度であるため、より大きな値の電場の印加が必要である(電気分解してしまうため溶媒として水は用いることができない)。また、第1の実施の形態と同様に非プロトン性極性溶媒を用いたとしても、必要な電場は38kV/cmとなり、放電してしまい実用できない。
【0036】
また、照射するレーザー光10lAの波長を選択することにより半導体量子ドット20のうち選択した粒径のみを励起するようにしたため、化学合成などで生成された複数種類の粒径の半導体量子ドットが混合するものから、特定の光学特性を持つ粒子を選択的に分離することができる。分離の結果、特性の揃った粒子を用いることで、ディスプレイや太陽電池などの光エレクトロニクス デバイスの高効率化などが可能になる。また、分離される粒子の数から、特定の特性を持つ粒子数の分析も可能であり、量子ドットの生成条件最適化などへの応用が期待できる。
【0037】
また、分離した半導体量子ドット20以外の粒子を流れfによって排出し、その後、レーザー光10lAの照射及び/又は電場の印加を止め、分離した半導体量子ドット20のみを排出することで特定の粒径の半導体量子ドット20を分留することができる。
【0038】
ここで、分離できる粒径の範囲、つまり、粒径の選別性について述べる。半導体量子ドット20は、一般的に、同じ波長では粒径の小さな粒子の方が大きな粒子に比べて吸光係数が低い。したがって、大きな粒子のほうがより強く励起されて、ポテンシャルエネルギーはより大きく下がる。つまり、ある範囲で連続的に粒子サイズが分布している場合には、最も大きな粒子の長波長側吸収端の波長が、その最も大きな粒子だけを捕捉できる最適の波長といえる。
【0039】
例えば、CdSe/ZnSの半導体量子ドット20では、粒子サイズが5.5nmから4.8nmに小さくなると、吸収端の波長が20nm程度短波長側にシフトするため、3nmの励起波長の変化(短波長側へ)であれば、サイズの異なる粒子が捕捉される範囲は0.1nm程度と考えられる。
【0040】
なお、上記したように選択性としてはその差が最も大きな吸収端を使うのが一番効果的であるが、それ以外では機能しないというわけではなく、中間選別法として成立する。以下に、参考として、選別性について、単純に吸光係数に比例するポテンシャルの差があるとして見積もった。
【0041】
量子ドット(1)の吸光係数がa1で、これが1000Kだけポテンシャルが安定化するような実験条件を考えると、吸光係数が半分のa2=a1/2であるような量子ドット(2)では、500Kのポテンシャルの安定化にとどまり、室温300Kでの熱平衡状態での濃度比はn2/n1=exp(500/300)/exp(1000/300)=0.18となる。吸光係数が半分でも18%程度、1/4なら8%、1/10なら5%程度の混入と見積もられるので(同数粒子がいる場合)、量子ドット(2)の吸収係数が0でなくても、選別性があるといえる。
【0042】
[第2の実施の形態]
(分離装置の構成)
図6は、第2の実施の形態に係る分離装置の構成例を示す概略斜視図である。なお、第1の実施の形態と同様の構成に対しては同様の符号を付する。
【0043】
分離装置1Bは、照射範囲を領域ABとして局所的に照射される半導体量子ドット20を励起するための特定の波長のレーザー光10lBと、少なくとも領域ABに一様な電場を印加する電極11Bと、溶液2中の半導体量子ドット20を流れf方向に流すためのキャピラリー12とを有する。
【0044】
(分離装置の動作)
次に、第2の実施の形態の作用を説明する。
【0045】
まず、キャピラリー12内に半導体量子ドット20を含む溶液2を低速(数十μm/s)で流す。ここで、一例として、半導体量子ドット20の粒径は2.3~5.5nmの範囲のものが含まれるものとし、粒径5.5nmのみを分離することを目標とする。
【0046】
次に、溶液2のうち領域ABを照射するようにレーザー光10lBを照射し、溶液2内の半導体量子ドット20を光励起する。ここでは、レーザー光10lBは、例えば、波長625nmであり、これにより粒径5.5nmの半導体量子ドット20のみが光励起され、粒径5.5nmより小さい粒径の半導体量子ドット20は励起されない。また、領域AB以外の半導体量子ドット20は光励起されず、領域ABとそれ以外で半導体量子ドット20の励起状態の占有確率(単位粒子数あたりの励起状態の粒子の割合)の分布に差が生じる。
【0047】
電極11Bにより領域ABを含む全体の領域に一様な電場を印加する。領域ABを通過する半導体量子ドット20のうち、光励起された半導体量子ドット20(粒径5.5nm)は、励起状態の占有確率の分布に応じて、粒子毎に感じるポテンシャルエネルギーが変化することで、励起状態の占有確率の高い領域ABに捕捉される。
【0048】
上記の動作により、領域ABに捕捉された半導体量子ドット20以外の粒径(粒径5.5nmより小さい)の半導体量子ドット20は、流れfによりキャピラリー12から排出される。その後、レーザー光10lBの照射及び電極11Bによる電場の印加のいずれか一方をやめることで、捕捉されていた粒径5.5nmの半導体量子ドット20が流れfによりキャピラリー12から排出され、粒径を選択して分離が可能となる。
【0049】
(第2の実施の形態の効果)
上記した第2の実施の形態によれば、一様な電場を印加し、局所的にレーザー光10lBを照射するようにしたため、励起状態の占有確率の分布に応じて、光励起された半導体量子ドット20の粒子毎に感じるポテンシャルエネルギーが変化し、励起状態の占有確率の高い領域に向かう力が働き、常温環境下でナノスケールの中性粒子を制御することができる。また、第1の実施の形態と同様に、分留も可能である。
【0050】
[第3の実施の形態]
図7は、第3の実施の形態に係る分離装置の構成例を示す概略斜視図である。
【0051】
分離装置1Cは、半導体量子ドット20を励起するとともに、領域ACに局所的な電場を印加するための領域ACに局所的に照射される特定の波長のレーザー光10lCと、溶液2中の半導体量子ドット20を流れf方向に流すためのキャピラリー12とを有する。
【0052】
(分離装置の動作)
次に、第3の実施の形態の作用を説明する。
【0053】
まず、キャピラリー12内に半導体量子ドット20を含む溶液2を低速(数十μm/s)で流す。ここで、一例として、半導体量子ドット20の粒径は2.3~5.5nmの範囲のものが含まれるものとし、粒径5.5nmのみを分離することを目標とする。
【0054】
次に、溶液2のうち領域ACを照射するようにレーザー光10lCを照射し、溶液2内の半導体量子ドット20を光励起するとともに、領域ACにレーザー光10lCによる交流電場を発生させる。ここでは、レーザー光10lCは、例えば、波長625nmであり、これにより粒径5.5nmの半導体量子ドット20のみが光励起され、粒径5.5nmより小さい粒径の半導体量子ドット20は励起されない。また、領域AC以外の半導体量子ドット20は光励起されず、領域ACとそれ以外で半導体量子ドット20の励起状態の占有確率の分布が生じる。
【0055】
領域ACを通過する半導体量子ドット20のうち、光励起された半導体量子ドット20(粒径5.5nm)は、励起状態の占有確率の分布に応じて粒子が感じるポテンシャルエネルギーの変化とともに、レーザー光10lCによる交流電場による光ピンセットにより、領域ACに捕捉される。
【0056】
上記の動作により、領域ACに捕捉された半導体量子ドット20以外の粒径(粒径5.5nmより小さい)の半導体量子ドット20は、流れfによりキャピラリー12から排出される。その後、レーザー光10lCの照射をやめることで、捕捉されていた粒径5.5nmの半導体量子ドット20が流れfによりキャピラリー12から排出され、粒径を選択して分離が可能となる。
【0057】
(第3の実施の形態の効果)
上記した第3の実施の形態によれば、局所的にレーザー光10lCを照射するようにしたため、溶液2内の半導体量子ドット20が光励起されるとともに、レーザー光10lCによる交流電場が発生し、励起状態の占有確率の分布に応じて、光励起された半導体量子ドット20の粒子毎に感じるポテンシャルエネルギーが変化し、励起状態の占有確率の高い領域に向かう力が働くとともに、交流電場による光ピンセットにより、常温環境下でナノスケールの中性粒子を制御することができる。
【0058】
[第4の実施の形態]
図8は、第4の実施の形態に係る分離装置の構成例を示す概略斜視図である。
【0059】
分離装置1Dは、それぞれ、半導体量子ドット20を励起するとともに、領域Aaに局所的な電場を印加するための特定の波長λaのレーザー光10lDaと、同様に領域Abに局所的に照射される特定の波長λbのレーザー光10lDbと、領域Acに局所的に照射される特定の波長λcのレーザー光10lDcと、領域Adに局所的に照射される特定の波長λdのレーザー光10lDdと、溶液2中の半導体量子ドット20を流れf方向に流すためのキャピラリー12とを有する。なお、波長はλa>λb>λc>λdの関係にあるものとする。
【0060】
(分離装置の動作)
次に、第4の実施の形態の作用を説明する。
【0061】
まず、キャピラリー12内に半導体量子ドット20を含む溶液2を低速(数十μm/s)で流す。ここで、一例として、半導体量子ドット20の粒径は2.3~5.5nmの範囲のものが含まれるものとし、粒径2.3nm、4.2nm、4.8nm、5.5nmをそれぞれ分離することを目標とする。
【0062】
次に、溶液2のうち、それぞれ、領域Aaを照射するようにレーザー光10lDaを、領域Abを照射するようにレーザー光10lDbを、領域Acを照射するようにレーザー光10lDcを、領域Adを照射するようにレーザー光10lDdを照射し、領域Aa、Ab、Ac、Adの半導体量子ドット20を光励起するとともに、交流電場を発生させる。ここでは、レーザー光10lDa‐10lDdは、例えば、波長625nm、600nm、550nm、470nmである。これにより領域Aaでは粒径5.5nmの半導体量子ドット20のみが光励起され、粒径5.5nmより小さい粒径の半導体量子ドット20は励起されない。また、領域Aa以外の半導体量子ドット20は光励起されず、領域Aaとそれ以外で半導体量子ドット20の励起状態の占有確率の分布が生じる。
【0063】
同様に、領域Abでは粒径4.8nmの半導体量子ドット20のみが光励起され(粒径5.5nmの半導体量子ドット20は上流で捕捉される。)、粒径4.8nmより小さい粒径の半導体量子ドット20は励起されない。また、領域Acでは粒径4.2nmの半導体量子ドット20のみが光励起され、粒径4.2nmより小さい粒径の半導体量子ドット20は励起されない。また、領域Adでは粒径2.3nmの半導体量子ドット20のみが光励起され、粒径2.3nmより小さい粒径の半導体量子ドット20は励起されない。
【0064】
各領域Aa、Ab、Ac、Adをそれぞれ通過する半導体量子ドット20のうち、光励起された半導体量子ドット20は、励起状態の占有確率の分布に応じて粒子が感じるポテンシャルエネルギーが変化するとともに、それぞれレーザー光10lDa、10lDb、10lDc、10lDdによる交流電場による光ピンセットにより、領域Aa、Ab、Ac、Adに捕捉される。領域Aa、Ab、Ac、Adに捕捉される半導体量子ドット20の粒径は、それぞれ5.5nm、4.8nm、4.2nm、2.3nmである。
【0065】
図9は、第4の実施の形態に係る分留動作の一例を示す概略斜視図である。
【0066】
上記の動作により、領域A
a、A
b、A
c、A
dにそれぞれ粒径の異なる半導体量子ドット20が捕捉され、その後、
図9に示すように、レーザー光10lDdの照射をやめることで、捕捉されていた粒径2.3nmの半導体量子ドット20が流れfによりキャピラリー12から選択的に排出され、粒径を選択して分留が可能となる。
【0067】
また、以降同様に、レーザー光10lDc、10lDb、10lDaの照射を順にやめることで、捕捉されていた粒径4.2nm、4.8nm、5.5nmの半導体量子ドット20が流れfによりキャピラリー12から選択的に排出される。
【0068】
(第4の実施の形態の効果)
上記した第4の実施の形態によれば、第3の実施の形態と同様のレーザー光をそれぞれ波長と領域を変えて照射するようにしたため、それぞれの領域において常温環境下でナノスケールの中性粒子を制御することができる。また、それぞれの領域において捕捉される半導体量子ドット20の粒径が異なるため、レーザー光10lDc、10lDb、10lDaの照射を順にやめることで、捕捉されていた半導体量子ドット20をそれぞれ流れfによりキャピラリー12から選択的に排出することができる。
【0069】
[他の実施の形態]
なお、本発明は、上記実施の形態に限定されず、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々な変形が可能である。例えば、第4の実施の形態では、第3の実施の形態で用いた励起状態の占有確率の分布に応じたポテンシャルと交流電場による光ピンセットを複数領域で行ったが、第2の実施の形態で用いた一様な電場印加下における励起状態の占有確率の分布に応じたポテンシャルを複数領域で行なうものであってもよい。
【0070】
また、第1~第4の実施の形態の分離装置1A~1Dは、分離した半導体量子ドット20に対して分析を行う分析装置として用いても良いし、分離した半導体量子ドット20を選択的に取り出して分留をする分留装置として用いてもよい。
【0071】
また、第1~第4の実施の形態で印加した電場及び照射した光の強度は以下に説明するように適宜変更可能である。
【0072】
まず、半導体量子ドット20の捕捉に必要な電場強度および励起光強度は互いに逆相関の関係にある。つまり、電場強度が大きければ、励起光強度が小さく励起状態の占有確率が小さくても常温に勝る大きなポテンシャルを印加できる。一方、励起光強度が高ければ、励起状態の占有確率が大きくなるため、低い電場でも大きなポテンシャルを印加できる。
【0073】
例えば、常温で捕捉を行うためには300Kを越える深さの捕捉ポテンシャルを発生させる必要があるが、この捕捉ポテンシャルの大きさ「300K」を条件の一例として、それぞれの実施の形態について必要なパラメータの範囲を示す。
【0074】
(第1の実施の形態及び第2の実施の形態の場合)
例えば、最大電場強度10kV/cmの場合、吸収端付近の波長において5kW/cm2程度の励起光強度が必要となる。最大電場強度を上げれば捕捉に必要な励起光強度を下げることができるが、現実的に印加できる電場は放電などにより20kV/cm程度が上限となるため、常温での捕捉には、吸収端付近の場合、1kW/cm2以上の励起光強度が必要と考えられる。
【0075】
励起光強度を上げれば必要な最大電場強度を下げることもできるが、励起状態の占有確率は1が上限であるため、最低でも4kV/cm程度の電場を印加する必要がある。励起光強度の上限としては、現実的には溶媒の加熱の影響が出てくる1MW/cm2程度が考えられるが、この強度では既に占有確率はほぼ1となっているため、実際にはより低い励起強度で足りると考えられる。なお、励起波長が吸収端よりも短い場合には、吸光度の上昇に反比例して光強度を上記の値よりも下げることができる。
【0076】
以上から、最大電場強度は、4kV/cm以上、(放電を防ぐため)20kV/cmまで、励起光強度は、吸収端波長では(放電を防ぐため)1kW/cm2以上、(溶媒の加熱を防ぐため)1MW/cm2まで、が現実的な実用範囲と考えられ、この範囲で適宜変更可能である。
【0077】
(第3の実施の形態の場合)
レーザー光だけで捕捉する場合、レーザー光は励起だけでなく、自身の振動電場によって捕捉ポテンシャルを発生させる必要があるため、第1の実施の形態及び第2の実施の形態に比べてより大きな電場強度(光強度)が必要となる。
【0078】
必要な光強度の最低値として、4kV/cmの電場強度に相当する20kW/cm2において、すでに励起状態の占有確率がほぼ1と見積もられるため、20kW/cm2がビーム焦点中央で必要な最低光強度と考えられる。電場強度が高くなるほど捕捉ポテンシャルは深くなるが、上記したように1MW/cm2程度で溶媒の加熱の影響が出ると考えられるため、現実的な応用範囲は20kW/cm2~1MW/cm2程度と見積もられ、この範囲で適宜変更可能である。
【0079】
また、上記実施の形態で説明した上記ステップの入れ替え、削除、追加等は本発明の要旨を変更しない範囲内で可能である。
【符号の説明】
【0080】
1A、1B、1C、1D:分離装置
2 :溶液
10l :レーザー光
11A :電極
11B :電極
12 :キャピラリー
20 :半導体量子ドット
200 :コア
201 :シェル
202 :有機分子キャップ剤