(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-18
(45)【発行日】2024-01-26
(54)【発明の名称】水処理技術の装置、システム、及び方法
(51)【国際特許分類】
B01D 21/30 20060101AFI20240119BHJP
B01D 21/01 20060101ALI20240119BHJP
C02F 1/00 20230101ALI20240119BHJP
【FI】
B01D21/30 A
B01D21/01 B
C02F1/00 D
(21)【出願番号】P 2020046790
(22)【出願日】2020-03-17
【審査請求日】2022-07-07
(73)【特許権者】
【識別番号】591030651
【氏名又は名称】水ing株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 美有
(72)【発明者】
【氏名】隋 鵬哲
(72)【発明者】
【氏名】島村 和彰
【審査官】高橋 成典
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-215743(JP,A)
【文献】特開2020-018978(JP,A)
【文献】特開平08-294603(JP,A)
【文献】特開昭60-025599(JP,A)
【文献】特開2019-181318(JP,A)
【文献】特開2020-025943(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01D 21/00 - 21/34
C02F 1/52 - 1/56
1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
凝集剤の注入率を適正化するための情報処理装置であって、
前記情報処理装置は、学習済みモデルと、パラメータ生成部と、情報取得部と、算出部とを備え、
前記学習済みモデルは、所定の説明変数を受け取り、所定の目的変数を出力するように構成され、
前記所定の説明変数は、凝集剤の注入率(EV1)と、前記凝集剤の注入前の少なくとも1つの水質データ及び/又は運転操作条件データ(EV2)とを含み、
前記所定の目的変数は、前記凝集剤の注入・凝集後の
1種類の水質データ(OV)を含み、
前記情報取得部は、水処理プラントのEV2を取得するように構成され、
前記パラメータ生成部は、EV1を複数生成するように構成され、
前記学習済みモデルは、前記取得したEV2と前記生成されるEV1から、OVを出力するように構成され、
前記算出部は、前記生成されるEV1と前記出力される
1種類のOVとに基づいて、凝集剤の注入率を決定するように構成され、
前記凝集剤の注入率の決定は、
生成された複数の前記EV1
と、各EV1に対する複数の前記OV
との関係における変化率の絶対値が
、1つの所定の基準値以下又は
1つの所定の基準値未満である
、凝集剤の注入率の範囲を導出することに
より決定され、
前記所定の基準値は、前記EV1が当該EV1の最適値にどれだけ近いのかに関する基準を示す、
装置。
【請求項2】
請求項1の装置であって、前記凝集剤の注入率の決定が、更に以下の条件に基づいて決定される、装置。
前記決定される凝集剤の注入率が、前記OVが最適となるときの前記EV1より低いこと。
【請求項3】
請求項1又は2の装置であって、
前記装置が、グループ判定部を更に備え、
前記グループ判定部は、前記EV2をクラスター分析して、グループを判定するように構成され、
前記学習済みモデルは、各グループ毎に備えられ、
前記グループ判定部は、グループ判定結果に基づいて、前記学習済みモデルを選択し、前記選択された前記学習済みモデルに、OVを出力させる、
装置。
【請求項4】
凝集剤の注入率を適正化するためのシステムであって、
前記システムは、請求項1~3いずれか1項に記載の情報処理装置と、データベースとを備え、
前記データベースでは、前記EV1と、前記EV2と、前記OVとが関連付けられて記憶されており、
前記情報処理装置は、前記データベースから学習データとして、前記EV1と、前記EV2と、前記OVとを取得して、学習済みモデルを構築するように構成される、
システム。
【請求項5】
請求項4のシステムであって、
前記データベースでは、更に、気象情報が、前記EV1と、前記EV2と、前記OVとに関連付けられて記憶されており、
前記気象情報に関して少なくとも1年分以上の範囲にわたって記憶されている、
システム。
【請求項6】
凝集剤の注入率を適正化する方法であって、
前記方法は、学習済みモデルを含む情報処理装置を活用した方法であり、
前記学習済みモデルは、所定の説明変数を受け取り、所定の目的変数を出力し、
前記所定の説明変数は、凝集剤の注入率(EV1)と、前記凝集剤の注入前の少なくとも1つの水質データ及び/又は運転操作条件データ(EV2)とを含み、
前記所定の目的変数は、前記凝集剤の注入・凝集後の
1種類の水質データ(OV)を含み、
前記学習済みモデルは、前記EV1と、前記EV2と、前記OVとが関連付けられて記憶されたデータベースを用いて構築されており、
前記方法は、
前記情報処理装置が、水処理プラントのEV2を取得する工程と、
前記情報処理装置が、EV1を複数生成する工程と、
前記情報処理装置が、前記取得したEV2と前記生成されるEV1から、OVを出力する工程と、
前記情報処理装置が、前記生成されるEV1と前記出力される
1種類のOVとに基づいて、凝集剤の注入率を決定する工程と、
を含み、
前記凝集剤の注入率を決定する工程は、
生成された複数の前記EV1
と、各EV1に対する複数の前記OV
との関係における変化率の絶対値が
、1つの所定の基準値以下又は
1つの所定の基準値未満である
、凝集剤の注入率の範囲を導出することに
より決定され、
前記所定の基準値は、前記EV1が当該EV1の最適値にどれだけ近いのかに関する基準を示す、
方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水処理技術の装置、システム、及び方法に関する。より具体的には、水処理の際に使用する凝集剤の注入率を適正化するための情報処理装置、システム、及び方法に関する。
【背景技術】
【0002】
環境への影響の観点から、浄水処理装置の役割は重要である。浄水処理装置においては、被処理水に対して凝集剤が注入され、これにより、懸濁物質が凝集し、そして、フロックが形成される。フロックは、固液分離され、更には濾過され、これにより、被処理水が浄化される。
【0003】
特許文献1では、凝集剤の注入率を制御するためのシステムが開示されている。より具体的には、水質項目xについて、最適な凝集剤の注入率Kxを求める際に、dX/dKx=0となる凝集剤注入率を抽出し、これを水質項目xの最適凝集剤注入率とすることが開示されている。
【0004】
特許文献2では、機械学習アルゴリズムを用いて、水処理又は汚泥処理における任意の予測値を取得するためのモデルを構築する際に用いる学習データ用のデータベースの製造方法が開示されている。
【0005】
特許文献3では、決定木学習アルゴリズムを利用して、センシングデータ及び薬品注入データから、次の時点での薬品注入データを予測する方法が開示されている。
【0006】
特許文献4では、最適な凝集剤注入率を決定する水処理プラントの制御方法および制御装置が開示されており、その目的として、作業者の熟練度などによらずジャーテストでの繰り返し回数を低減することができる制御方法および制御装置を提供することを開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2012-170848号公報
【文献】特開2018-158284号公報
【文献】特開2017-123088号公報
【文献】特開2019-181318号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
浄水処理においては、原水に対して、やみくもに凝集剤を注入するのではなく、ジャーテストと呼ばれる試験を実施して、凝集剤の適切な注入率を決定することが一般的である。しかし、このジャーテストの実施及び結果の判定には熟練及び経験を要する。従って、ベテラン技術者が不足する、そして、技術伝承が途絶えるといった問題がある。更には、このジャーテストの実施及び結果の判定については、個人差も大きい。
【0009】
また、近年みられるゲリラ豪雨等が生じた場合には、急激な水質変化が起こるため、ジャーテストの実施が間に合わないこともある。上記特許文献1~4の一部では、情報技術を活用して、凝集剤の注入率を迅速に決定することを開示しているものの、適正な注入率の決定の観点からは改良の余地があった。
【0010】
そこで、本発明は、凝集剤の注入率を更に適正に決定するための装置、システム、及び方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
発明者が鋭意検討した結果、凝集剤の注入率と水質データの関係に着目することにした。より具体的には、両者の変化率に着目し、変化率の絶対値が所定の基準値より下回るような凝集剤の注入率を採用することを思いついた。この場合、凝集剤の注入率の最適値から、多少はずれた値であったとしても、最適値の場合と比べて遜色のない効果を得ることができることとなる。本発明は、上記知見に基づいて完成され、一側面において、以下の発明を包含する。
(発明1)
凝集剤の注入率を適正化するための情報処理装置であって、
前記情報処理装置は、学習済みモデルと、パラメータ生成部と、情報取得部と、算出部とを備え、
前記学習済みモデルは、所定の説明変数を受け取り、所定の目的変数を出力するように構成され、
前記所定の説明変数は、凝集剤の注入率(EV1)と、前記凝集剤の注入前の少なくとも1つの水質データ及び/又は運転操作条件データ(EV2)とを含み、
前記所定の目的変数は、前記凝集剤の注入・凝集後の少なくとも1つの水質データ(OV)を含み、
前記情報取得部は、水処理プラントのEV2を取得するように構成され、
前記パラメータ生成部は、EV1を複数生成するように構成され、
前記学習済みモデルは、前記取得したEV2と前記生成されるEV1から、OVを出力するように構成され、
前記算出部は、前記生成されるEV1と前記出力されるOVとに基づいて、凝集剤の注入率を決定するように構成され、
前記凝集剤の注入率の決定は、前記EV1に対する前記OVの変化率の絶対値が所定の基準値以下又は所定の基準値未満であることに基づいて決定される、
装置。
(発明2)
発明1の装置であって、前記凝集剤の注入率の決定が、更に以下の条件に基づいて決定される、装置。
前記決定される凝集剤の注入率が、前記OVが最適となるときの前記EV1より低いこと。
(発明3)
発明1又は2の装置であって、
前記装置が、グループ判定部を更に備え、
前記グループ判定部は、前記EV2をクラスター分析して、グループを判定するように構成され、
前記学習済みモデルは、各グループ毎に備えられ、
前記グループ判定部は、グループ判定結果に基づいて、前記学習済みモデルを選択し、前記選択された前記学習済みモデルに、OVを出力させる、
装置。
(発明4)
凝集剤の注入率を適正化するためのシステムであって、
前記システムは、発明1~3いずれか1つに記載の情報処理装置と、データベースとを備え、
前記データベースでは、前記EV1と、前記EV2と、前記OVとが関連付けられて記憶されており、
前記情報処理装置は、前記データベースから学習データとして、前記EV1と、前記EV2と、前記OVとを取得して、学習済みモデルを構築するように構成される、
システム。
(発明5)
発明4のシステムであって、
前記データベースでは、更に、気象情報が、前記EV1と、前記EV2と、前記OVとに関連付けられて記憶されており、
前記気象情報に関して少なくとも1年分以上の範囲にわたって記憶されている、
システム。
(発明6)
凝集剤の注入率を適正化する方法であって、
前記方法は、学習済みモデルを含む情報処理装置を活用した方法であり、
前記学習済みモデルは、所定の説明変数を受け取り、所定の目的変数を出力し、
前記所定の説明変数は、凝集剤の注入率(EV1)と、前記凝集剤の注入前の少なくとも1つの水質データ及び/又は運転操作条件データ(EV2)とを含み、
前記所定の目的変数は、前記凝集剤の注入・凝集後の少なくとも1つの水質データ(OV)を含み、
前記学習済みモデルは、前記EV1と、前記EV2と、前記OVとが関連付けられて記憶されたデータベースを用いて構築されており、
前記方法は、
前記情報処理装置が、水処理プラントのEV2を取得する工程と、
前記情報処理装置が、EV1を複数生成する工程と、
前記情報処理装置が、前記取得したEV2と前記生成されるEV1から、OVを出力する工程と、
前記情報処理装置が、前記生成されるEV1と前記出力されるOVとに基づいて、凝集剤の注入率を決定する工程と、
を含み、
前記凝集剤の注入率の決定する工程は、前記EV1に対する前記OVの変化率の絶対値が所定の基準値以下又は所定の基準値未満であることに基づいて決定される、
方法。
【発明の効果】
【0012】
一側面において、本発明では、凝集剤の注入率の決定は、少なくとも以下の条件に基づいて決定される。
・EV1に対するOVの変化率の絶対値が所定の基準値以下又は所定の基準値未満であること
【0013】
これにより、凝集剤の注入率の最適値から、多少はずれた値であったとしても、最適値の場合と比べて遜色のない効果を得ることができる。
【0014】
更なる一側面において、凝集剤の注入率の決定が、更に以下の条件に基づいて決定される。
・決定される凝集剤の注入率が、OVが最適となるときのEV1より低いこと。
【0015】
これにより、凝集剤の注入コストを抑えることができ、それにも関わらず、最適値の場合と比べて遜色のない効果を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】一実施形態における浄水処理システムを示す。
【
図3】一実施形態において、凝集剤の注入率(横軸)と濁度(縦軸)との関係を示す。グラフ中の三角形は、変化率を概念的に示す。
【
図4】一実施形態において、凝集剤を注入した場合の、学習済みモデルによる予測値と、実測値とを示す。丸の記号は、実測値を示し、×の記号は、予測値を示す。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明を実施するための具体的な実施形態について説明する。以下の説明は、本発明の理解を促進するためのものである。即ち、本発明の範囲を限定することを意図するものではない。
【0018】
1.システム構成
(1)システム全体の構成
一実施形態において、本発明は、凝集剤の注入率を適正化するためのシステムに関する。一例において、前記システムを導入する対象となるプラントは、水処理プラント(例えば、浄水処理プラント、廃水処理プラント、下水処理プラント、し尿処理(汚泥再生)プラント、浸出水処理プラント、海水淡水化プラント、汚泥処理プラントも含む)であってもよい。
図1に一実施形態における浄水処理システムの概要を示す。前記システムは、少なくとも、情報処理装置と、データベースとを備える。また、前記システムは、更には、着水井、凝集剤注入装置、フロック形成池、沈殿池、急速濾過装置、計測器等を備えてもよい。原水は、着水井、フロック形成池、沈殿池及び急速濾過装置を経て、浄化処理される。
【0019】
情報処理装置は、一般的なハードウェア構成であってもよく、プロセッサ、メモリ(例:RAM等)、記憶媒体(例:HDD、SSD等)、及び通信モジュールを備えることができる。情報処理装置は、サーバー装置として機能してもよく、又は、クライアント装置として機能してもよい。
【0020】
上記情報処理装置及びデータベースは、1台のハードウェアを構成してもよい。或いは、情報処理装置又はデータベースは、各々複数台のハードウェアに分散されてもよい。データベースを構築する際に使用するソフトウェアは、特に限定されず、当分野で公知のものを使用することができる(Oracle(登録商標)、MySQL(登録商標)、SQLServer(登録商標)等)。
【0021】
着水井は、取り入れた原水の量、及び/又は水位を調整する役割を果たす。凝集剤注入装置は、フロック形成池への凝集剤を注入する役割を果たす。フロック形成池は、凝集剤を原水に注入した後、フロックを形成し濁りを凝集させる役割を果たす。沈殿池は、凝集した濁りを沈殿させる役割を果たす。急速濾過装置は、沈殿させた後の上澄みを濾過する役割を果たす。計測器は、設備内の各箇所における水の特性を計測する役割を果たす。
図1では、概念上1つの計測器を表現しているが、複数個及び/又は複数種類の計測器をシステムは備えることができる。典型的には、凝集剤の注入前と凝集後とで、同じ種類の計測器(例えば、注入前の濁度を計測する機器と、凝集後の濁度を計測する機器)を備えることができる。また、計測器の種類としては、後述する説明変数(例えば、温度、濁度、透明度、色度、pH、アルカリ度、微粒子数、凝集剤注入率、pH調製用薬品注入率、TOC(total organic carbon、全有機炭素)、COD(Chemical Oxygen Demand)、紫外線吸光度、有機物分画等)に対応する種類の計測器を備えることができる。
【0022】
凝集剤注入装置及び計測器は、上述した情報処理装置及びデータベースと互いに通信可能となるようにネットワークを通じて接続されてもよい。
【0023】
(2)情報処理装置
図2に、一実施形態における情報処理装置を示す。情報処理装置は、学習済みモデルと、パラメータ生成部と、情報取得部と、算出部とを備える。更には、
図2には明示していないが、グループ判定部を備えてもよい。
【0024】
学習済みモデルは、典型的には、機械学習の技術を応用して形成されるものであり、所定の説明変数を入力することで、所定の目的変数を出力することができる。機械学習の具体的な技術については、特に限定されないが、SVR法(サポートベクター回帰法)、PLS法(部分最小二乗法:PartialLeastSquares)、ニューラルネットワーク法(例えば、DeepLearning法)、ランダムフォレスト法、又は決定木法等が好ましい。更に好ましくは、ニューラルネットワーク法である。
【0025】
ニューラルネットワーク法における各層のニューロンの数、及び層の数については、特に限定されず、適宜決定することができる。例えば、各層のニューロンの数は、1~20個(例えば、2~6個)であってもよく、層の数は1以上(例えば、1~10)であってもよい。
【0026】
パラメータ生成部は、上記学習済みモデルの説明変数の一部として使用されるパラメータ(具体的な例としては、凝集剤の注入率)を生成する。例えば、パラメータ生成部は、複数の凝集剤の注入率の値を生成することができる。生成された値は、計測器からのデータとともに学習済みモデルに渡され、それに対応する複数の所定の目的変数の値が出力される(例えば、パラメータ生成部が、候補となる凝集剤の注入率を6つ生成した場合、これに対応して、目的変数の値は6つ出力される)。
【0027】
情報取得部は、上述した計測器と直接又は間接的に通信可能に接続され、計測器が測定した値を受信することができる。また、情報取得部は、水処理プラントの運転操作に関わるパラメータの値(例えば、攪拌時間、撹拌速度など)も取得することができる。受信した値の一部は、上記学習済みモデルの説明変数用のデータとして使用される。
【0028】
算出部は、パラメータ生成部が生成した説明変数を受信することができる。また、算出部は、学習済みモデルが出力した目的変数も受信することができる。これらに基づいて、算出部は、説明変数と目的変数との関係を示すプロット図を生成することができる。更には、算出部は、前記プロット図を利用して、説明変数と目的変数との関係を示す曲線を生成することができる。そして、算出部は、前記プロット図とは独立して又はこれに依存して、説明変数に対する目的変数の変化率を算出することができる。
【0029】
更に算出部は、採用すべき注入率を決定することができる。前記決定は少なくとも以下に基づいて行うことができる。
・説明変数(explanatory variable、EV)に対する目的変数(objective variable、OV)の変化率の絶対値が所定の基準値以下又は所定の基準値未満であること、
【0030】
前記決定は、更に以下に基づいて行うことができる。
・決定される凝集剤の注入率が、目的変数が最適となるときの注入率の値より低いこと。
【0031】
前記決定は、更に以下に基づいて行うことができる。
・目的変数(objective variable、OV)の値が、所定の基準値以上であるか否か、所定の基準値超であるか否か、所定の基準値以下であるか否か、又は所定の基準値未満であるか否か。
【0032】
2.データベースの形成
上記システムの一部に含まれるデータベースの最も重要な目的は、学習済みモデルを構築するための学習用データを記憶することにある。具体的には学習用のデータとして、ジャーテストの結果を記憶することを目的としてもよい。無論、学習用のデータとして、ジャーテストの結果に限定されず、例えば、過去の水処理プラントの運用データを利用してもよい。さらに言えば、複数の水処理プラントの運用データを組み合わせたものを利用してもよく、又は複数の水処理プラントのジャーテストのデータを組み合わせたものを利用してもよい。或いは、少なくとも1つの水処理プラントの運用データと少なくとも1つの水処理プラントのジャーテストのデータとを組み合わせたものを利用してもよい。例えば、ジャーテストの結果に関するデータ及び運用データとして、計測器が測定した水質データ、凝集剤の注入率等を記憶することができる。計測器が測定した水質データとして、例えば、温度、濁度、透明度、色度、pH、アルカリ度、微粒子数、TOC(total organic carbon、全有機炭素)、COD(Chemical Oxygen Demand)、紫外線吸光度、有機物分画が挙げられる。それ以外に気象情報(例えば、天候、気温、雨量、台風(例えば、風力、中心気圧等)等)、pH調製用薬品注入率等が記憶されてもよい。水質データ(例えば、TOC、紫外線吸光度、有機物分画、濁度、及び透明度、特に濁度及び透明度)については、凝集剤の注入前のもの、及び凝集後のものを記憶してもよい。データを記憶する形式については特に限定されず、典型的にはテーブル形式で記憶してもよい。
【0033】
上記水質データに加えて、或いは、これに代えて、学習用データとして、運転操作条件データを記憶してもよい。運転操作条件データの例として、例えば、攪拌時間、撹拌速度等が挙げられる。ただし、凝集剤の注入率は、運転操作条件データには含めない。
【0034】
これらのデータは、学習を行う際の説明変数及び目的変数として利用されるため、互いに関連付けて記憶される(例えば、テーブルで同一の行に記憶される等)。
【0035】
上記情報処理装置は、データベースから上記説明変数及び目的変数を取得して、学習対象のモデルに学習データを提供することができ、そして、学習済みモデルを構築することができる。学習モデルの種類やモデルの複雑さに対応して、適切なデータ量を調整することが好ましい。また、更に好ましいのは、季節変動も考慮して、気象情報(例えば、天候、気温、雨量、台風(例えば、風力、中心気圧等)等)に関して少なくとも1年分以上の範囲にわたるデータを記憶し、これを学習用データとして提供することである。
【0036】
なお、データベースに対しては、適宜、変更を行うことができる。例えば、データベースに対して、新たな学習用のデータを追加したり、既存の学習用データを更新したり、及び、既存の学習用データを削除したりすることができる。更には、前記のような変更が行われた後で、変更後の学習用のデータを利用して再学習させてもよい。
【0037】
3.学習済みモデルの形成
学習済みモデルの形成について、上述したような様々な技術を利用することができるが、ここでは、ニューラルネットワークを例にとって説明する。上述した数のニューロンを各層に設け、更には、上述した数の層を設ける。また、説明変数の数に応じて入力部を設ける。説明変数としては、凝集剤の注入率(EV1)と、凝集剤の注入前の少なくとも1つの水質データ及び/又は運転操作条件データ(EV2)とを含む。また、目的変数としては、凝集剤を注入することにより凝集が起こった後(即ち、凝集剤の注入・凝集後)の少なくとも1つの水質データ(OV)を含む(例えば、2つ以上の水質データの組み合わせを含んでもよい)。
【0038】
凝集剤の注入前の少なくとも1つの水質データとしては、温度、濁度、透明度、色度、pH、アルカリ度、微粒子数、TOC、COD、紫外線吸光度、有機物分画のうち少なくとも1つを含む。更には、凝集剤の注入前の少なくとも1つの水質データは、pH調製用薬品注入率を含んでもよい。運転操作条件データとしては、攪拌時間、撹拌速度等を含んでもよい。また、本明細書で使用する「凝集剤の注入前」とは、絶対的な意味ではなく、相対的な意味として用いる。例えば、凝集剤を3回注入する場合、1回目の注入・凝集後~2回目の注入前の間の水質データは、1回目の注入の観点からは、注入・凝集後の水質データとなるものの、2回目の注入の観点からは注入前の水質データとなる。従って、こうしたそれぞれの注入の間の水質データも、注入前の水質データに含めることができる。注入・凝集後の水質データについても同様である。
【0039】
凝集剤の注入・凝集後の少なくとも1つの水質データは、凝集剤の注入による効果を確認する目的で取得するため、当該効果に関連するものを含むことができる。より具体的には、凝集剤の注入・凝集後の少なくとも1つの水質データは、TOC、紫外線吸光度、濁度、透明度等を含むことができる。
【0040】
こうした説明変数(EV1~2)を入力し、出力した値と正解の値との差分(エラー)を算出し、そして、各種パラメータ(例、各ニューロンへの重みづけ、定数項等)を調整することを繰り返すことで学習済みモデルを構築することができる。
【0041】
なお、ニューラルネットワーク以外の機械学習の手法によっても学習済みモデルを構築することができるが、当分野で公知の手法を用いればよく(例えば、決定木については特許文献3参照)、ここでは説明を割愛する。
【0042】
なお、構築する学習済みモデルは、1つだけに限定されない。好ましい実施形態においては、学習済みモデルを複数構築してもよい。
【0043】
例えば、情報処理装置がグループ判定部を備えており、グループ判定部はクラスター分析を実施してもよい。例えば、上記説明変数の一部である凝集剤の注入前の少なくとも1つの水質データをクラスター分析して、いくつかのグループに分け、各グループ毎に学習済みモデルを構築してもよい。例えば、説明変数をクラスター分析して、A、B、Cの3つのグループに分けられる場合には、Aに該当する説明変数を利用して、学習済みモデルAを構築し、Bに該当する説明変数を利用して、学習済みモデルBを構築し、そして、Cに該当する説明変数を利用して、学習済みモデルCを構築してもよい。
【0044】
そして、運用段階で学習済みモデルを活用する場合には、入力する説明変数について、グループ判定部が、どのグループに属するかを判定し、これに対応する学習済みモデルを選択するような判定を行ってもよい。
【0045】
クラスター分析の具体的な手法については、特に限定されず、当分野で公知の手法を採用すればよい。
【0046】
4.凝集剤の種類
凝集剤の種類については特に限定されず、当分野で公知の物を使用することができる。例えば、凝集剤の例として、ポリ硫酸第二鉄、塩化第二鉄、PAC(ポリ塩化アルミニウム)又は硫酸バンドなどが挙げられる。更に、凝集剤の例として、これ以外に、高分子凝集剤(ポリマー)、凝集助剤、有機凝結剤、無機凝結剤、或いは凝集改良剤なども挙げられ、これらは単独或いは併用して用いることもできる。浄水処理においては典型的には、PACを利用することができる。
【0047】
5.凝集剤の注入率の決定方法
上記のようにデータベースの構築、更には学習済みモデルを構築することで、凝集剤を利用する水処理プラントにおける運用の準備が完了する。
【0048】
一実施形態において、本発明は、凝集剤の注入率を適正化する方法に関する(特に運用段階で、原水に対する凝集剤の注入率の適正化に関する)。前記方法は、少なくとも以下の工程を含む。
(1)水処理プラントにおける凝集剤の注入前の少なくとも1つの水質データ及び/又は運転操作条件データ(EV2)を取得する工程
(2)凝集剤の注入率(EV1)のパラメータを複数生成する工程
(3)取得したEV2と生成されるEV1から、凝集剤の注入・凝集後の少なくとも1つの水質データ(OV)を出力する工程
(4)生成されるEV1と出力されるOVとに基づいて、凝集剤の注入率を決定する工程
【0049】
上記(1)の工程について、情報処理装置(特に情報取得部)は、計測器から水質データ及び/又は運転操作条件データを取得することができる。水質データの具体的な項目については、学習済みモデルを構築する際に入力した水質データと同じものを取得する。例えば、学習済みモデルを構築する際に、温度、濁度、色度、pH、アルカリ度、微粒子数、TOC(total organic carbon、全有機炭素)、COD、紫外線吸光度、及び有機物分画を使用したのであれば、運用段階においても、計測器から、凝集剤注入前の温度、濁度、色度、pH、アルカリ度、微粒子数、TOC(total organic carbon、全有機炭素)、COD、紫外線吸光度、及び有機物分画を取得する。
【0050】
上記(2)の工程について、パラメータ生成部は、凝集剤の注入率の数値を複数生成する。生成する際には、予め設定された数値を生成してもよい。或いは、ランダムに数値を生成してもよい。或いは、被処理水濁度を既存の演算式に代入することによって算出される標準凝集剤注入率を中心に、特定の値(例えば、0.1mg/L、1mg/L、10mg/Lなど)刻みで設定してもよい。或いは、被処理水濁度の範囲ごとに標準注入率を決めておいて、当該標準注入率を中心に、特定の値(例えば、0.1mg/L、1mg/L、10mg/Lなど)刻みで設定してもよい。或いは、被処理水濁度に応じて、注入率の範囲を決めておいて、所定の値(例えば、0.1mg/L、1mg/L、10mg/Lなど)刻みで設定してもよい。後で、各注入率における予測値を比較する目的から、凝集剤の注入率の候補値は複数作成する。例えば、ある被処理水濁度の場合には、15mg/Lから35mg/Lの範囲で、2mg/Lごとに11個の凝集剤の注入率の候補値を作成する。
【0051】
更に、パラメータ生成は数段階に分けてもよく、例えば、任意に注入率の範囲を広範囲で決めておき(例10~200mg/L)、所定の刻み(例10mg/L)でEV1を設定し、予測させたのちに、最適注入率(変化率がゼロ)を含むより狭い範囲(例30~50mg/L)でさらに細かい刻み(例2mg/L)でEV1を設定し、予測させ、前記記載の変化率のルールで注入率を採用することもできる。
【0052】
上記(3)の工程について、学習済みモデルは、パラメータ生成部が生成した凝集剤の注入率と、計測器から取得した水質データ及び/又は運転操作条件データを入力として受け取り、凝集剤注入・凝集後の水質データの予測値(例えば、濁度の予測値)を出力する。例えば、パラメータ生成部が凝集剤の注入率の数値を5つ生成した場合には、これに対応して、5つの凝集剤注入・凝集後の水質データの予測値が出力される。
【0053】
上記(4)の工程について、算出部は、凝集剤の注入率に対する、凝集剤注入・凝集後の水質データの変化率を算出する。例えば、水質データが濁度の場合には、以下のような式で算出することができる。
処理水濁度変化率i=(予測処理水濁度i+1-予測処理水濁度i)/(凝集剤注入率i+1(mg/L)-凝集剤注入率i(mg/L))
凝集後の水質データ(例えば、濁度)と、凝集剤の注入率との関係を示す曲線を作成し、表示することもできる。
【0054】
次に、算出部は、上述した方法で処理水濁度変化率の変化率を算出し、当該変化率の絶対値が、所定の基準値を下回る又は所定の基準値未満となるような、凝集剤の注入率の範囲を決定する。変化率に関する所定の基準値については、具体的に限定されず、水処理の目的等を考慮しながら適宜設定することができる。例えば、
図3の例で説明すると、三角形の高さが所定の値より低くなるような、凝集剤の注入率の範囲を決定する。この場合には、t2~t4が、所定の基準値を下回る又は所定の基準値未満となるような、凝集剤の注入率の範囲として表現されている。
【0055】
好ましくは、算出部は、上記条件に加えて、目的変数が最適となるときの注入率の値よりも低くなるような、凝集剤の注入率の範囲を決定する。
図3の例で説明すると、t2~t3の範囲が、対象の凝集剤の注入率の範囲として表現されている。
【0056】
従来技術(例えば特許文献1)では、曲線を分析する際に、単純に変化率がゼロとなるような値を抽出したり(特許文献1の
図12のK13)(本明細書に添付した図面の
図3のt3)、所定の閾値を下回る部分を抽出したりしていた(特許文献1の
図12のK14)(本明細書に添付した図面の
図3のt1、t5)。
【0057】
この点、t2~t4を凝集剤の注入率の範囲(例えば、t2<=凝集剤の注入率<t3、t3<凝集剤の注入率<=t4となるような範囲)として決定することで、最適値となるt3と比べて遜色のない濁度を得ることが期待できる。特に、最適値であるt3より低いt2~t3を凝集剤の注入率の範囲として決定することで、最適値のt3と比べて凝集剤のコストを下げることが期待できる。ここでは、目的変数として濁度を採用しているため、最適値は、濁度の最低値となる。しかし、最適値は、目的変数の種類に依存して、最高値であってもよく、又は最低値であってもよい。例えば、最低値が最適となる目的変数の例として、TOC、紫外線吸光度、濁度等が挙げられる。逆に、最高値が最適となる目的変数の例として、透明度等が挙げられる。
【0058】
なお、変化率がゼロとなるような箇所が複数生じる可能性は極めて低いため、局所最適解のような問題は実質的に考慮しなくてもよい。即ち、変化率がゼロとなる複数の凝集剤の注入率の領域のうちどちらを採用するかといった判断を別途行う必要はない。
【0059】
なお、必須ではないものの、上記に加えて、算出部は、凝集剤注入・凝集後の水質データ(例えば、濁度)の値が所定の基準値を下回るかどうか、又は所定の基準値未満となるかどうかに、更に基づいて、凝集剤の注入率の範囲を決定してもよい。凝集剤注入・凝集後の水質データが透明度の場合には、算出部は、所定の基準値を上回るかどうか、又は所定の基準値超となるかどうかに基づいて凝集剤の注入率の範囲を決定してもよい。例えば、変化率が所定の値以下となるt2~t4の範囲で、凝集剤注入・凝集後の水質データ(濁度)の値が所定の基準値を超えている部分と、下回る部分とが存在することがある。こうした場合、凝集剤注入・凝集後の水質データ(濁度)の値と所定の基準値との関係に更に基づいて、注入率を決定してもよい。
【0060】
凝集剤の注入率を決定した後は、情報処理装置は、例えば、凝集剤注入装置に、注入率を指定する信号を送信することができる。そして、凝集剤注入装置は、指定された注入率となるよう凝集剤を注入することができる。これにより、迅速に注入率を決定することができ、急激な水質変化にも迅速に対応することができる。
【0061】
また、凝集剤の注入率の決定については、ピンポイントの注入率を出力してもよいし、候補となる注入率の数値範囲を出力してもよい。ピンポイントの注入率を出力する場合には、上述した方法で、まず数値範囲を絞ってから、所定のルールに従って(例えば、数値範囲の中で、凝集剤の注入コストが一番低い値を選択する等)、ピンポイントの数値を出力してもよい。
【実施例】
【0062】
6.実施例
最初にニューラルネットワークを活用した学習済みモデルを構築した。目的変数として、浄水場におけるジャーテストの処理水の濁度(度)を採用した。また、説明変数として、PAC注入率(mg/L)、原水水温(℃)、濁度(度)、pH、及びアルカリ度(mg/L)を採用した。ニューラルネットワークには、これに対応した数の入力部分を設けた。また、ニューロンは2層とし、各層のニューロンの層については、1層目は4つ、2層目は2つにした。
【0063】
ここでは、ジャーテストデータ1年分を学習用データとして学習済みモデルを構築した。
【0064】
学習済みモデルを構築した後は、学習済みモデルに予測させるための原水水質計器のデータを準備した。
【0065】
凝集剤の注入率の候補を6個生成した。凝集剤の注入率の候補は、ランダムな候補値として、15、20、25、30、35、40mg/Lとした。
【0066】
原水水質計器のデータから説明変数に関するデータ(即ち、水温、濁度、pH、及びアルカリ度)を抽出した。これらの抽出データと、候補の凝集剤の注入率とを学習済みモデルに入力し、予測濁度の値を得た。また、候補の凝集剤の注入率で凝集剤を注入した後の濁度も測定した。これらの結果を
図4に示す。
【0067】
図4に示すプロット図では、変化率を視覚的に示しているが、この変化率等に基づいて、採用すべき凝集剤の注入率を決定すればよい。例えば、
図4の矢印に示すように、変化率も低く、且つ極小値よりも左側(即ち、凝集剤の注入率が少なくなる方向)に該当する箇所を、採用すべき凝集剤の注入率として決定することができる。この実施例では、変化率の絶対値が0.1、より好ましくは0.02より低い注入点のうち、最も低い注入率である20mg/Lを採用する。こうした決定は情報処理装置を使用することで迅速に決定することができる。
【0068】
以上、本発明の具体的な実施形態について説明してきた。上記実施形態は、本発明の具体例に過ぎず、本発明は上記実施形態に限定されない。例えば、上述の実施形態の1つに開示された技術的特徴は、他の実施形態に適用することができる。また、特記しない限り、特定の方法については、一部の工程を他の工程の順序と入れ替えることも可能であり、特定の2つの工程の間に更なる工程を追加してもよい。本発明の範囲は、特許請求の範囲によって規定される。