(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-18
(45)【発行日】2024-01-26
(54)【発明の名称】遊星歯車装置
(51)【国際特許分類】
F16H 1/32 20060101AFI20240119BHJP
F16H 55/06 20060101ALI20240119BHJP
【FI】
F16H1/32 A
F16H55/06
(21)【出願番号】P 2020136090
(22)【出願日】2020-08-12
【審査請求日】2023-02-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000002107
【氏名又は名称】住友重機械工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100090033
【氏名又は名称】荒船 博司
(74)【代理人】
【識別番号】100093045
【氏名又は名称】荒船 良男
(72)【発明者】
【氏名】村越 温子
(72)【発明者】
【氏名】石塚 正幸
【審査官】畔津 圭介
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/155831(WO,A1)
【文献】特開2000-297373(JP,A)
【文献】特開2007-031773(JP,A)
【文献】特開2004-353456(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16H 1/32
F16H 55/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
外歯歯車と、内歯歯車と、
起振体とを備えた遊星歯車装置であって、
前記外歯歯車および前記内歯歯車の少なくとも一方の歯面に、表面の水素含有量が10at%以下であるDLC被膜が設けられ、
前記外歯歯車の外歯と前記内歯歯車の内歯の噛合い部に介在される潤滑剤が、脂肪酸エステル系無灰摩擦調整剤及び/又は脂肪族アミン系無灰摩擦調整剤を含
み、
前記外歯歯車は、前記起振体により撓み変形し、
前記内歯歯車は、第1内歯歯車および第2内歯歯車を有し、
前記遊星歯車装置は、前記第1内歯歯車と前記外歯歯車の歯数が異なり、前記第2内歯歯車と前記外歯歯車の歯数が同じである撓み噛合い式歯車装置であり、
前記第1内歯歯車と前記外歯歯車に前記DLC被膜が設けられ、前記第2内歯歯車には前記DLC被膜が設けられない遊星歯車装置。
【請求項2】
前記潤滑剤は、ポリブテニルコハク酸イミド及び/又はその誘導体を含有する請求項1に記載の遊星歯車装置。
【請求項3】
前記外歯歯車の軸方向両側の端面に前記DLC被膜が設けられた
請求項1又は請求項2に記載の遊星歯車装置。
【請求項4】
前記外歯歯車の内周に前記DLC被膜が設けられた
請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の遊星歯車装置。
【請求項5】
出力回転数が5[rpm]以下で使用される
請求項1から請求項4のいずれか一項に記載の遊星歯車装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遊星歯車装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、遊星歯車装置の一種である波動歯車装置では、外歯歯車の表面と内歯歯車の表面にDLC(Diamond Like Carbon)被膜を形成することにより駆動時の摩擦損失の低減を図っていた(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記従来技術では、外歯歯車と内歯歯車の間の適正な潤滑剤に配慮がなく、外歯歯車と内歯歯車の間の摩擦低減を十分に図ることができず、駆動時の摩擦損失の低減には改善の余地があった。
本発明は、上記事情に鑑みてなされたもので、外歯歯車と内歯歯車の間の摩擦損失の低減を図ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、外歯歯車と、内歯歯車と、起振体とを備えた遊星歯車装置であって、前記外歯歯車および前記内歯歯車の少なくとも一方の歯面に、表面の水素含有量が10at%以下であるDLC被膜が設けられ、前記外歯歯車の外歯と前記内歯歯車の内歯の噛合い部に介在される潤滑剤が、脂肪酸エステル系無灰摩擦調整剤及び/又は脂肪族アミン系無灰摩擦調整剤を含み、
前記外歯歯車は、前記起振体により撓み変形し、
前記内歯歯車は、第1内歯歯車および第2内歯歯車を有し、
前記遊星歯車装置は、前記第1内歯歯車と前記外歯歯車の歯数が異なり、前記第2内歯歯車と前記外歯歯車の歯数が同じである撓み噛合い式歯車装置であり、
前記第1内歯歯車と前記外歯歯車に前記DLC被膜が設けられ、前記第2内歯歯車には前記DLC被膜が設けられない構成とする。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、外歯歯車と内歯歯車の間の摩擦損失の低減を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】本実施形態に係る撓み噛合い式歯車装置を示す軸方向断面図である。
【
図2】外歯歯車と第1内歯歯車との噛合い部を軸方向から見た拡大断面図である。
【
図3】遊星歯車装置である偏心揺動型歯車装置の出力回転数と損失率との関係を求めた線図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照して詳細に説明する。
【0009】
[撓み噛合い式歯車装置の構成]
図1は、本発明に係る遊星歯車装置としての撓み噛合い式歯車装置1を示す軸方向断面図である。
この図に示すように、撓み噛合い式歯車装置1は、筒型の撓み噛合い式歯車装置であり、起振体軸10、外歯歯車11、内歯歯車としての第1内歯歯車31G及び第2内歯歯車32G、起振体軸受12、ケーシング33、第1カバー34、第2カバー35を備える。
【0010】
起振体軸10は、回転軸O1を中心に回転する中空筒状の軸であり、回転軸O1に垂直な断面の外形が非円形(例えば楕円状)の起振体10Aと、起振体10Aの軸方向の両側に設けられた軸部10B、10Cとを有する。楕円状は、幾何学的に厳密な楕円に限定されるものではなく、略楕円を含む。軸部10B、10Cは、回転軸O1に垂直な断面の外形が円形の軸である。
なお、以下の説明では、回転軸O1に沿った方向を「軸方向」、回転軸O1に垂直な方向を「径方向」、回転軸O1を中心とする回転方向を「周方向」という。また、軸方向のうち、外部の被駆動部材と連結されて減速された運動を当該被駆動部材に出力する側(図中の左側)を「出力側」といい、出力側とは反対側(図中の右側)を「反出力側」という。
【0011】
外歯歯車11は、可撓性を有するとともに回転軸O1を中心とする円筒状の部材であり、外周に歯が設けられている。
【0012】
第1内歯歯車31Gと第2内歯歯車32Gは、回転軸O1を中心として起振体軸10の周囲で回転を行う。これら第1内歯歯車31Gと第2内歯歯車32Gは、軸方向に並んで設けられ、外歯歯車11と噛合している。具体的には、第1内歯歯車31G及び第2内歯歯車32Gの一方が、外歯歯車11の軸方向の中央より片側の歯部に噛合し、他方が、外歯歯車11の軸方向の中央よりもう一方の片側の歯部に噛合する。
このうち、第1内歯歯車31Gは、第1内歯歯車部材31の内周部の該当箇所に内歯が設けられて構成される。一方、第2内歯歯車32Gは、第2内歯歯車部材32の内周部の該当箇所に内歯が設けられて構成される。
【0013】
起振体軸受12は、例えばコロ軸受であり、起振体10Aと外歯歯車11との間に配置される。起振体10Aと外歯歯車11とは、起振体軸受12を介して相対回転可能となっている。
起振体軸受12は、外歯歯車11の内側に嵌入される外輪12aと、複数の転動体(コロ)12bと、複数の転動体12bを保持する保持器12cとを有する。
複数の転動体12bは、第1内歯歯車31Gの径方向内方に配置され、周方向に並ぶ第1群の転動体12bと、第2内歯歯車32Gの径方向内方に配置され、周方向に並ぶ第2群の転動体12bとを有する。これらの転動体12bは、起振体10Aの外周面と外輪12aの内周面とを転走面として転動する。外輪12aは、複数の転動体12bの配列に対応して同形状のものが軸方向に二つ並んで設けられている。なお、起振体軸受12は、起振体10Aとは別体の内輪を有してもよい。
【0014】
起振体軸受12及び外歯歯車11の軸方向の両側には、これらに当接して、これらの軸方向の移動を規制する規制部材としてのスペーサリング41、42が設けられている。
【0015】
ケーシング33は、ボルト51により第1内歯歯車部材31と連結され、第2内歯歯車32Gの外径側を覆う。ケーシング33は、内周部に形成された主軸受38(例えばクロスローラ軸受)の外輪部を有しており、当該主軸受38を介して第2内歯歯車部材32を回転自在に支持している。撓み噛合い式歯車装置1が外部の相手装置と接続される際、ケーシング33と第1内歯歯車部材31は相手装置に共締めにより連結される。
【0016】
第1カバー34は、ボルト52により第1内歯歯車部材31と連結され、外歯歯車11と第1内歯歯車31Gとの噛合い箇所を軸方向の反出力側から覆う。第1カバー34と起振体軸10の軸部10Bとの間には軸受36(例えば玉軸受)が配置されており、第1カバー34は、当該軸受36を介して起振体軸10を回転自在に支持している。
【0017】
第2カバー35は、ボルト53により第2内歯歯車部材32と連結され、外歯歯車11と第2内歯歯車32Gとの噛合い箇所を軸方向の出力側から覆う。第2カバー35と起振体軸10の軸部10Cとの間には軸受37(例えば玉軸受)が配置されており、第2カバー35は、当該軸受37を介して起振体軸10を回転自在に支持している。撓み噛合い式歯車装置1が外部の相手装置と接続される際、第2カバー35と第2内歯歯車部材32は、相手装置の被駆動部材に共締めにより連結され、減速された回転を当該被駆動部材に出力する。
【0018】
さらに、撓み噛合い式歯車装置1は、シール用のオイルシール43,44,45及びOリング46,47,48を備える。
オイルシール43は、軸方向の反出力側の端部で、起振体軸10の軸部10Bと第1カバー34との間に配置され、反出力側への潤滑剤の流出を抑制する。オイルシール44は、軸方向の出力側の端部で、起振体軸10の軸部10Cと第2カバー35との間に配置され、出力側への潤滑剤の流出を抑制する。オイルシール45は、ケーシング33と第2内歯歯車部材32との間に配置され、この部分からの潤滑剤の流出を抑制する。
Oリング46,47,48は、第1内歯歯車部材31と第1カバー34との間、第1内歯歯車部材31とケーシング33との間、第2内歯歯車部材32と第2カバー35との間にそれぞれ設けられ、これらの間で潤滑剤が移動することを抑制する。
【0019】
[外歯歯車と内歯歯車の間の摩擦損失低減対策]
外歯歯車11と内歯歯車としての第1内歯歯車31Gの噛合い部における摩擦損失低減対策について説明する。
図2は外歯歯車11と第1内歯歯車31Gとの噛合い部を軸方向から見た拡大断面図である。
【0020】
前述した外歯歯車11は、歯車に使用される一般的な金属材料としての構造用合金鋼を母材としており、例えば、SNCM(ニッケルクロムモリブデン鋼)を母材とする。第1内歯歯車31G及び第2内歯歯車32Gは、歯車に使用される一般的な金属材料としての構造用合金鋼を母材としており、例えば、SCM(クロムモリブデン鋼)を母材とする。外歯歯車11の母材は、第1内歯歯車31G及び第2内歯歯車32Gの母材よりも硬度が高い。
【0021】
そして、
図2に示すように、外歯歯車11の第1内歯歯車31Gに対する噛合い部の表面(歯部の表面)には、水素含有量が10at%以下であるDLC(Diamond Like Carbon)被膜111(いわゆる水素フリーDLC被膜)が形成されている。
また、第1内歯歯車31Gの外歯歯車11に対する噛合い部の表面(歯部の表面)にも、水素含有量が10at%以下であるDLC被膜311G(水素フリーDLC被膜)が形成されている。
さらに、外歯歯車11のDLC被膜111と第1内歯歯車31GのDLC被膜311Gとの間には潤滑剤Tが介在している。
【0022】
DLC被膜は、水素含有量が少ないものほど大幅な摩擦低減効果を発揮させることが可能である。従って、DLC被膜111,311Gは、水素原子の含有量が10.0at%以下、より好ましくは水素原子の含有量が1.0at%以下、さらには、水素を含まないa-C系(アモルファスカーボン系)のDLC被膜を用いることが好ましい。
また、DLC被膜111,311Gの膜厚は、0.3~1.5[μm]の範囲で形成することが好適である。これらのDLC被膜111,311Gは、各種PVD法、例えば、アーク式イオンプレーティング法により形成される。
【0023】
一方、DLC被膜111,311Gが形成される前の外歯歯車11及び第1内歯歯車31Gの噛合い部の互いの表面は、いずれも、表面粗さRaを0.08[μm]以下とすることが好ましい。表面粗さRaが0.08[μm]を超えると、この表面粗さに起因して生じる突起により、DLC被膜111,311Gに局所的な摺動が生じて、被膜に割れを誘発し易くなる。表面粗さRaを0.08[μm]以下とすることにより、DLC被膜111,311Gの割れを抑制し、長期間に渡って保護することができる。なお、母材の表面粗さRaは0.03[μm]以下とするとより好適である。
なお、第2内歯歯車32Gの外歯歯車11に対する噛合い部の表面には、DLC被膜は形成されないが、当該噛合い部の表面も、表面粗さRaを0.08[μm]以下、さらには、0.03[μm]以下とすることが好ましい。
【0024】
DLC被膜111,311G間に介在する潤滑剤Tは、鉱油、合成油、油脂及びこれらの混合物などの潤滑油基油として通常使用されるものを基油として、脂肪酸エステル系無灰摩擦調整剤と脂肪族アミン系無灰摩擦調整剤の一方又は両方を含有している。
上記脂肪酸エステル系無灰摩擦調整剤及び/又は脂肪族アミン系無灰摩擦調整剤としては、炭素数6~30の直鎖状又は分枝状炭化水素基を有する脂肪酸エステル、脂肪酸アミン化合物、及びこれらの任意混合物が挙げられる。炭素数を6~30の範囲とすることで大きな摩擦低減効果を得ることできる。
また、潤滑剤Tに含まれる脂肪酸エステル系無灰摩擦調整剤及び/又は脂肪族アミン系無灰摩擦調整剤の含有量は、潤滑油組成物全量基準で、0.05~3.0%であることが好ましい。含有量が0.05%未満であると摩擦低減効果が小さくなり、3.0%を超えると沈殿が生じ易くなる。
【0025】
また、潤滑剤Tは、清浄剤としてポリブテニルコハク酸イミド及び/又はその誘導体を含有する。ポリブテニルコハク酸イミド及び/又はその誘導体の含有量は、0.1~15%が望ましく、0.1%未満では清浄性効果が低減し、15%を超えると含有量に見合う清浄性効果が上がらず、抗乳化性が悪化し得る。
【0026】
また、潤滑剤Tは、ジチオリン酸亜鉛を含有する。ジチオリン酸亜鉛は、酸化防止能、腐食防止能、耐荷重性能向上能、摩耗防止能等を有する。上記ジチオリン酸亜鉛の含有量は、潤滑油組成物全量基準且つリン元素換算量で0.1%以下であることが好ましい。これを超えると、摩擦低減効果を低減するおそれがある。
【0027】
[撓み噛合い式歯車装置の減速動作]
続いて、撓み噛合い式歯車装置1の減速動作について説明する。
モータ等の駆動源により起振体軸10の回転駆動が行われると、起振体10Aの運動が外歯歯車11に伝わる。このとき、外歯歯車11は、起振体10Aの外周面に沿った形状に規制され、軸方向から見て、長軸部分と短軸部分とを有する楕円形状に撓んでいる。さらに、外歯歯車11は、固定された第1内歯歯車31Gと長軸部分で噛合っている。このため、外歯歯車11は起振体10Aと同じ回転速度で回転することはなく、外歯歯車11の内側で起振体10Aが相対的に回転する。そして、この相対的な回転に伴って、外歯歯車11は長軸位置と短軸位置とが周方向に移動するように撓み変形する。この変形の周期は、起振体軸10の回転周期に比例する。
【0028】
外歯歯車11が撓み変形する際、その長軸位置が移動することで、外歯歯車11と第1内歯歯車31Gとの噛合う位置が回転方向に変化する。ここで、例えば、外歯歯車11の歯数が100で、第1内歯歯車31Gの歯数が102だとすると、噛合う位置が一周するごとに、外歯歯車11と第1内歯歯車31Gとの噛合う歯がずれていき、これにより外歯歯車11が回転(自転)する。上記の歯数であれば、起振体軸10の回転運動は減速比100:2で減速されて外歯歯車11に伝達される。この場合、減速比は「50」となる。
【0029】
一方、外歯歯車11は第2内歯歯車32Gとも噛合っているため、起振体軸10の回転によって外歯歯車11と第2内歯歯車32Gとの噛合う位置も回転方向に変化する。ここで、第2内歯歯車32Gの歯数と外歯歯車11の歯数とが同数であるとすると、外歯歯車11と第2内歯歯車32Gとは相対的に回転せず、外歯歯車11の回転運動が減速比1:1で第2内歯歯車32Gへ伝達される。これらによって、起振体軸10の回転運動が減速比100:2で減速されて、第2内歯歯車部材32及び第2カバー35へ伝達され、この回転運動が被駆動部材に出力される。
【0030】
[本実施形態の技術的効果]
上記撓み噛合い式歯車装置1は、外歯歯車11の第1内歯歯車31G及び第2内歯歯車32Gに対する噛合い部である歯面及び第1内歯歯車31Gの外歯歯車11に対する噛合い部である歯面に、水素含有量が10at%以下であるDLC被膜111,311Gが設けられ、外歯歯車11の外歯と第1内歯歯車31Gの内歯の噛合い部に介在される潤滑剤Tが脂肪酸エステル系無灰摩擦調整剤及び/又は脂肪族アミン系無灰摩擦調整剤を含む構成としている。
DLC被膜は、高硬度であり、耐熱性、摩耗低減効果に優れ、水素含有量を10at%以下とするとさらに飛躍的な摩耗低減効果を得ることができる。
また、潤滑剤Tは、脂肪酸エステル系無灰摩擦調整剤及び/又は脂肪族アミン系無灰摩擦調整剤を含み、さらには、ポリブテニルコハク酸イミド及び/又はその誘導体を含んでいるので、高い摩擦低減効果を得ることができる。
従って、外歯歯車11と第1内歯歯車31Gの双方の噛合い部に水素含有量10at%以下のDLC被膜111,311Gを形成し、これらの間に上記潤滑剤Tを介在させることにより、相乗的に極めて高い摩擦低減効果を得ることが可能となり、撓み噛合い式歯車装置1の駆動時において、外歯歯車11と第1内歯歯車31Gの摩擦による損失を飛躍的に低減することが可能となる。
さらに、水素含有量10at%以下のDLC被膜と潤滑剤Tによる摩擦低減効果により、外歯歯車11と第1内歯歯車31Gの双方について摩耗量を極めて低減することができるため、摩耗による噛合い誤差を抑制し、長期にわたって高精度での動作を継続的に行うことが可能となる。
【0031】
また、撓み噛合い式歯車装置1では、外歯歯車11と歯数が異なる第1内歯歯車31GにDLC被膜311Gが設けられ、外歯歯車11と歯数が等しい第2内歯歯車32GにはDLC被膜が設けられていない。
一般に、撓み噛合い式歯車装置において、外歯歯車に対して相対的に回転を生じる第1内歯歯車は、外歯歯車に対して相対的に回転を生じない第2内歯歯車に比して、摩耗が生じ易い。
しかしながら、上述のように、第1内歯歯車31GにDLC被膜311Gが設けられることにより、第1内歯歯車31Gの摩擦低減が図られ、その摩耗量が低減するので、摩耗によって生じる外歯歯車11と第1内歯歯車31Gとの噛合い誤差と外歯歯車11と第2内歯歯車32Gとの噛合い誤差の差が低減し、撓み噛合い式歯車装置1では、長期間に渡って精度良く減速動作を被駆動部材側に伝達することが可能となる。
また、水素フリーのDLC被膜の形成領域を必要最小限とすることにより、被膜形成コストの低減を図ることが可能となる。
【0032】
図3は遊星歯車装置である偏心揺動型歯車装置の出力回転数と損失率との関係を求めた線図である。
図3において、実線は、偏心体軸に設けられた偏心体の外周と、偏心体軸受のコロの外周と、内歯歯車の内歯を構成する外ピンの外周と、外歯歯車の自転回転を取り出す内ピン及び内ローラのそれぞれの外周とに、水素含有のDLC被膜を形成した偏心揺動型歯車装置の特性を示し、破線は上記各部においてDLC被膜を形成していない偏心揺動型歯車装置の特性を示す。
DLC被膜を形成していない偏心揺動型歯車装置は、出力回転数が5[rpm]未満となる低速域で損失率が高くなるが、DLC被膜を形成した偏心揺動型歯車装置は同低速域において、損失率が低く抑えられていることが顕著に表れている。
【0033】
前述した撓み噛合い式歯車装置1では、DLC被膜の中でも特に摩擦低減効果に優れる水素フリーのDLC被膜を利用しており、このような水素フリーのDLC被膜を利用した場合にも、出力回転数が5[rpm]未満となる低速域で損失率を低く抑えられることは容易に類推可能である。
従って本発明にかかる遊星歯車装置は、出力回転数が5[rpm]以下で使用される場合に好適といえる。
【0034】
[その他]
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は上記の実施形態に限られない。
例えば、上記撓み噛合い式歯車装置1では、外歯歯車11と第1内歯歯車31Gのそれぞれの噛合い部(歯面)に水素フリーのDLC被膜111,311Gを形成する構成を例示したが、外歯歯車11側の噛合い部(歯面)又は第1内歯歯車31G側の噛合い部(歯面)のいずれか一方に形成する構成としても良い。
さらに、撓み噛合い式歯車装置1では、外歯歯車11の第1内歯歯車31Gに対する噛合い部に水素フリーのDLC被膜111を形成することを例示したが、外歯歯車11の第2内歯歯車32Gに対する噛合い部にも水素フリーのDLC被膜を形成しても良い。
また、第2内歯歯車32Gの外歯歯車11に対する噛合い部(歯面)にも水素フリーのDLC被膜を形成しても良い。
【0035】
さらに、外歯歯車11については、
図1に示すように、軸方向の両端面11a及び内周11bにも水素フリーのDLC被膜を形成しても良い。つまり、外歯歯車11の全体に水素フリーのDLC被膜を形成しても良い。
また、クロスローラ軸受からなる主軸受38の転動体の表面(外周および中心軸方向端面の両方を含む)にも水素フリーのDLC被膜を形成しても良い。
上述した水素フリーのDLC被膜の形成面とその摺動面との間には、潤滑剤Tと同じ潤滑剤を介在させることが好ましい。
【0036】
このように、水素フリーのDLC被膜を形成した各部材は、摩擦低減効果を得ることができ、摩擦損失の低減及び耐摩耗性の向上を図ると共に、相手側の部材の摺動面の傷や摩耗の発生を抑制することが可能となる。また、摩擦損失低減の効果は、出力回転数が5[rpm]以下で特に顕著に得られる。
【0037】
また、上記実施形態では、遊星歯車装置として筒型の撓み噛合い式歯車装置を例示したが、本発明は、内歯歯車と外歯歯車とを有する遊星歯車機構であればいずれにも適用可能である。
例えば、本発明は、カップ型又はシルクハット型の撓み噛合い式歯車装置にも適用可能であり、さらには、センタークランク型の偏心揺動型減速装置、偏心体を有する2個以上の軸が減速装置の軸心からオフセットして配置された所謂振り分け型の偏心揺動型減速装置、単純遊星歯車装置にも適用可能である。
【符号の説明】
【0038】
1 撓み噛合い式歯車装置(遊星歯車装置)
10 起振体軸
10A 起振体
11 外歯歯車
11a 両端面
11b 内周
31G 第1内歯歯車(内歯歯車)
32G 第2内歯歯車(内歯歯車)
111,311G DLC被膜
O1 回転軸
T 潤滑剤