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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-18
(45)【発行日】2024-01-26
(54)【発明の名称】単一光子源及び単一光子の出力方法
(51)【国際特許分類】
   H01L 33/06 20100101AFI20240119BHJP
   H01L 33/32 20100101ALI20240119BHJP
   H01L 33/34 20100101ALI20240119BHJP
   H01L 33/38 20100101ALI20240119BHJP
   H01S 5/30 20060101ALI20240119BHJP
   H01S 5/042 20060101ALI20240119BHJP
【FI】
H01L33/06
H01L33/32
H01L33/34
H01L33/38
H01S5/30
H01S5/042 612
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2021511983
(86)(22)【出願日】2020-03-27
(86)【国際出願番号】 JP2020013966
(87)【国際公開番号】W WO2020203746
(87)【国際公開日】2020-10-08
【審査請求日】2023-02-03
(31)【優先権主張番号】P 2019070604
(32)【優先日】2019-04-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000116024
【氏名又は名称】ローム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【弁理士】
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100133514
【弁理士】
【氏名又は名称】寺山 啓進
(72)【発明者】
【氏名】長澤 郁弥
(72)【発明者】
【氏名】関口 大志
(72)【発明者】
【氏名】宮前 義範
(72)【発明者】
【氏名】谷内 光治
【審査官】右田 昌士
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-253657(JP,A)
【文献】特開2017-175096(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2011/0309265(US,A1)
【文献】特開2011-238929(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第106784226(CN,A)
【文献】水落憲和,ダイヤモンド中のNV中心を用いた単一光子発生と量子情報素子への応用,光学,社団法人日本光学会,2014年,43巻,8号,p.376-381
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 33/00 - 33/64
H01S 5/00 - 5/50
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ワイドバンドギャップ半導体からなり、注目する点欠陥を一つだけ含む発光領域が形成された基板と、
前記基板の前記発光領域が露出する開口部を有し、前記基板の主面に配置されたカバーマスクと、
前記発光領域の前記点欠陥において欠陥の基底状態の電子を励起状態に移行させる励起手段と
を備え、
前記励起手段が、前記開口部に露出する前記発光領域を挟んで前記基板の主面に配置された一対の主電極を備え、前記主電極の間に発生させた電気エネルギーによって前記点欠陥において電子を励起し、
励起状態の電子が基底状態に移行することにより前記発光領域の前記点欠陥から放出される単一光子が、前記カバーマスクの前記開口部を介して出力する、単一光子源。
【請求項2】
前記発光領域の直上に配置され、前記単一光子が透過するレンズを更に備える、請求項1に記載の単一光子源。
【請求項3】
前記点欠陥から放出された前記単一光子の波長を共振させる光共振器が前記基板を挟んで構成されている、請求項1又は2に記載の単一光子源。
【請求項4】
前記基板の主面から数百nm~数十μmの深さに前記点欠陥が形成されている、請求項1乃至のいずれか1項に記載の単一光子源。
【請求項5】
ワイドバンドギャップ半導体からなる基板に注目する点欠陥を一つだけ含む発光領域を形成し、
開口部を有するカバーマスクを、前記基板の前記発光領域が前記開口部で露出するように前記基板の主面に配置し、
前記開口部に露出する前記発光領域を挟んで前記基板の主面に配置された一対の主電極の間に発生させた電気エネルギーによって、前記発光領域の前記点欠陥において欠陥の基底状態の電子を励起状態に移行させ、
励起状態の電子が基底状態に移行することにより前記発光領域の前記点欠陥から放出される単一光子を、前記カバーマスクの前記開口部を介して出力する、
単一光子の出力方法。
【請求項6】
前記基板の主面から数百nm~数十μmの深さに前記点欠陥を形成する、請求項5に記載の単一光子の出力方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本実施形態は、単一光子を出力する単一光子源及び単一光子の出力方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ワイドバンドギャップ半導体中の結晶欠陥(点欠陥)を利用したセンシングや量子暗号通信、量子コンピューティングの研究が進められている。例えば、ダイヤモンド中のNV-(窒素―空孔)欠陥を利用すれば、スケーラブルに磁場、電場、温度などのセンシングが可能となることや、量子暗号通信で用いられる単一光子源や量子中継器、さらには量子コンピューティングの構成要素となり得ることが確かめられている(非特許文献1)。これらの応用では、点欠陥の欠陥準位から発生する光子を利用する。
【0003】
特に、量子暗号通信や量子コンピューティングへの応用に向けては、単一点欠陥の量子状態を利用するため、単一点欠陥から発生する単一光子を選択的に取り出す必要がある。そのため、狙った点欠陥から発生する単一光子を取り出す技術が重要となる。
【0004】
一方、ワイドバンドギャップ半導体の点欠陥を利用したセンシングでは、点欠陥から発生する光子を読み取ることで、磁場、電場、温度などの物理量が測定できる。このセンシング方法は、原子レベルの点欠陥からの発光を利用するという特徴から、ナノメートルスケールの空間分解能を有するという特徴がある。局所的センシングのために必ずしも単一光子を利用する必要はないが、複数の点欠陥からの発光を観測する場合であっても、望まない領域からの発光を遮光し、狙った領域に存在する点欠陥から発生する光子のみを選択的に取り出す必要がある。
【0005】
狙った領域に存在する点欠陥から効率よく光子を取り出す手法として、高倍率レンズを用いて注目する欠陥に焦点を合わせるのが通常である。例えば、ダイヤモンド中のNV-欠陥を用いた量子暗号通信の検証の例では、対物レンズを用いて集光している(非特許文献2)。一方、デバイス化に向けた集光効率向上に関する開発研究としては、ソリッドイマージョンレンズや光共振器の利用が挙げられる(非特許文献3)。光共振器の例としては、ナノワイヤ、ナノピラー、フォトニック結晶、マイクロリング、マイクロディスクなどがある。ただし、ソリッドイマージョンレンズや光共振器の作製には特殊な微細加工が必要となる。
【0006】
なお、理想的な単一光子源は、量子暗号通信にて暗号鍵を生成するために重要な役割を果たすため、特に量子ドットを中心に開発研究が盛んにおこなわれている(非特許文献4)。しかし、開発研究の進んでいるInAs系量子ドットは室温において動作しないという課題がある。一方、ワイドバンドギャップ半導体の単一点欠陥を用いた方式は、現状の開発研究では量子ドット方式に後れを取るものの、室温においても単一光子を発生するという利点がある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【文献】水落憲和、「ダイヤモンド中のNV中心を用いた単一光子発生と量子情報素子への応用」、光学、社団法人日本光学会、2014年、43巻、8号、pp.376-381
【文献】M. Leifgen et al., New J. Phys. 16, 023021 (2014)
【文献】磯谷順一、「量子情報デバイス,磁気センサ,生体センサへの応用」、NEW DIAMOND、一般社団法人ニューダイヤモンドフォーラム、2011年、27巻、4号、pp.12-18
【文献】I. Aharonovich, D. Englund, and M. Toth, Nat. Photonics 10, 631 (2016)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
量子暗号通信などで光子の偏光により量子情報を伝送するためには、光子が1個だけ含まれる光パルスを所望のタイミングで出力することが必要である。しかしながら、例えばこれまで量子暗号通信にて用いられている単一光子源は疑似的なものであり、複数の光子が同時に出力される可能性のある構成であって、光子を1個ずつ出力させる単一光子源は量子ドット方式を除いて実用化されていない。また、量子ドット方式により形成された単一光子源は、極低温(数~数十K程度)の環境でのみ動作するという問題があった。
【0009】
本実施形態は、室温において単一光子を1個ずつ出力できる単一光子源及び単一光子の出力方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本実施形態の一態様によれば、ワイドバンドギャップ半導体からなり、注目する点欠陥を一つだけ含む発光領域が形成された基板と、基板の発光領域が露出する開口部を有し、基板の主面に配置されたカバーマスクと、発光領域の点欠陥において欠陥の基底状態の電子を励起状態に移行させる励起手段とを備え、励起手段が、開口部に露出する発光領域を挟んで基板の主面に配置された一対の主電極を備え、主電極の間に発生させた電気エネルギーによって点欠陥において電子を励起し、励起状態の電子が基底状態に移行することにより発光領域の点欠陥から放出される単一光子が、カバーマスクの開口部を介して出力する単一光子源が提供される。
【0011】
本実施形態の他の態様によれば、ワイドバンドギャップ半導体からなる基板に点欠陥を一つだけ含む発光領域を形成し、開口部を有するカバーマスクを基板の発光領域が開口部で露出するように基板の主面に配置し、開口部に露出する発光領域を挟んで基板の主面に配置された一対の主電極の間に発生させた電気エネルギーによって、発光領域の点欠陥において欠陥の基底状態の電子を励起状態に移行させ、励起状態の電子が基底状態に移行することにより発光領域の点欠陥から放出される単一光子をカバーマスクの開口部を介して出力させる単一光子の出力方法が提供される。
【発明の効果】
【0012】
本実施形態によれば、室温において単一光子を1個ずつ出力できる単一光子源及び単一光子の出力方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】第1の実施形態に係る単一光子源の構成を示す模式的な断面図である。
図2】電子の励起による単一光子の放出を説明するための模式図である。
図3】点欠陥のフォトルミネッセンスによる蛍光スペクトルを示すグラフである。
図4】第1の実施形態に係る単一光子源の構成を示す模式的な平面図である。
図5】第1の実施形態に係る単一光子源の他の構成を示す模式的な断面図である。
図6】点欠陥を形成する方法の例を示す模式図である。
図7】炭素イオンを打ち込む深さと点欠陥の形成される深さの関係の例を示す模式図である。
図8】第1の実施形態に係る単一光子源を用いた量子通信システムの例を示す模式図である。
図9】第1の実施形態の第1変形例に係る単一光子源の構成を示す模式的な断面図である。
図10】第1の実施形態の第1変形例に係る単一光子源の他の構成を示す模式的な断面図である。
図11】第1の実施形態の第1変形例に係る単一光子源の他の構成を示す模式的な断面図である。
図12】第1の実施形態の第1変形例に係る単一光子源の他の構成を示す模式的な断面図である。
図13】第1の実施形態の第1変形例に係る単一光子源の他の構成を示す模式的な断面図である。
図14図13に示した単一光子源の模式的な平面図である。
図15】第1の実施形態の第2変形例に係る単一光子源の構成を示す模式的な断面図である。
図16】第1の実施形態の第2変形例に係る単一光子源の他の構成を示す模式的な断面図である。
図17】第2の実施形態に係る単一光子源の構成を示す模式的な平面図である。
図18】第2の実施形態に係る単一光子源の構成を示す模式的な断面図である。
図19】EL法によって単一光子を放出させる例を示す模式図である。
図20】EL法によって単一光子を放出させた状態を示す平面図である。
図21】第2の実施形態の変形例に係る単一光子源の構成を示す模式的な断面図である。
図22図21に示した単一光子源の模式的な平面図である。
図23】第2の実施形態の変形例に係る単一光子源の他の構成を示す模式的な断面図である。
図24図23に示した単一光子源の模式的な平面図である。
図25】第2の実施形態の変形例に係る単一光子源の他の構成を示す模式的な断面図である。
図26図25に示した単一光子源の模式的な平面図である。
図27】その他の実施形態に係る量子センサの構成を示す模式的な断面図である。
図28図27に示した量子センサの模式的な平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
次に、図面を参照して実施形態を説明する。以下の図面の記載において、同一又は類似の部分には同一又は類似の符号を付している。ただし、図面は模式的なものであり、厚みと平面寸法との関係、各部の厚みの比率などは現実のものとは異なることに留意すべきである。また、図面相互間においても互いの寸法の関係や比率が異なる部分が含まれていることはもちろんである。
【0015】
また、以下に示す実施形態は、技術的思想を具体化するための装置や方法を例示するものであって、構成部品の形状、構造、配置などを下記のものに特定するものでない。この実施形態は、請求の範囲において、種々の変更を加えることができる。
【0016】
(第1の実施形態)
第1の実施形態に係る単一光子源1は、図1に示すように、注目する点欠陥Aを一つだけ含む発光領域100が形成された基板10と、基板10の主面に配置されたカバーマスク20を備える。基板10は、ワイドバンドギャップ半導体からなる。カバーマスク20は、基板10の発光領域100が露出する開口部200を有する。
【0017】
単一光子源1では、図2に示すように、後述する励起手段によって与えられる励起エネルギーEによって、基板10の点欠陥AにおいてNV-基底状態(以下、「基底状態」という。)の電子がNV-励起状態(以下、「励起状態」という。)に移行する。そして、励起状態の電子が基底状態に移行することにより点欠陥Aから放出される単一光子Pが、カバーマスク20の開口部200を介して外部に出力する。例えば、価電子帯から基底状態までが2.9eVであり基底状態から伝導帯までが2.6eVであるバンドギャップが5.5eVの基板10から、1.9eV(波長637nm)の単一光子Pが放出される。
【0018】
基板10の点欠陥Aにおいて電子を欠陥の基底状態から励起状態に移行させるためには、フォトルミネッセンス(PL)を利用して光学エネルギーを電子に与える方法(以下、「PL法」という。)を使用してもよい。或いは、エレクトロルミネッセンス(EL)を利用して電気エネルギーを電子に与える方法(以下、「EL法」という。)を使用してもよい。
【0019】
図1に示した単一光子源1は、PL法の励起手段として励起光照射装置30を備える。励起光照射装置30は、光源31から出射された励起光Lを、ダイクロイックミラーやビームスプリッタなどの光学素子40により光路変更させてカバーマスク20の開口部200に露出した発光領域100に照射することにより、光学エネルギーによって電子を励起する。
【0020】
基板10からは、図3中の矢印で示すように、特定の波長で単一光子Pが放出される。図3はダイヤモンドNV-のPL法による蛍光スペクトルであり、縦軸は放出される単一光子Pの個数と相関をもつ。
【0021】
単一光子源1では、基板10から外部に出力される単一光子Pが点欠陥Aにおいて励起された単一光子のみであるようにする。このため、少なくとも発光領域100に配置される点欠陥Aを1個に限定する。例えば、注目する点欠陥の無い、若しくは非常に少ない基板10を用意し、発光領域100に1個の注目する点欠陥Aを意図的に形成する。
【0022】
また、例えば熱擾乱の影響を極力減らすために、バンドギャップが広い材料からなる基板10が使用される。例えば、ダイヤモンド、炭化ケイ素(SiC)、窒化ガリウム(GaN)、酸化亜鉛(ZnO)、六方晶窒化ホウ素(h-BN)などが、基板10の材料に好適に使用される。上記の材料以外にも、バンドギャップが例えば3eV程度以上の材料を基板10に使用してもよい。
【0023】
なお、励起光Lによる光学エネルギーは、点欠陥の基底状態の電子が励起状態に移行する大きさに設定される必要がある。励起光Lの波長は、例えば532nmである。点欠陥の基底状態から伝導帯への直接の励起を防ぐように、あるいは点欠陥の電荷状態がなるべく変化しないように、励起エネルギーは基板10の材料や点欠陥の種類に応じて適切に設定される。例えば、ダイヤモンド中のNV-欠陥であれば532nm、SiC中のSi欠陥であれば532nmや730nmの波長の励起光Lが用いられる。また、欠陥の種類は同定されていないものの、GaNやh-BN、ZnOでも532nm波長の励起光Lが用いられる。
【0024】
図1に示した単一光子源1では、点欠陥Aから放出された単一光子Pが、カバーマスク20の開口部200から出力される。つまり、カバーマスク20によって、発光領域100以外からの単一光子の出力が抑制される。これにより、仮に基板10の発光領域100以外の領域に点欠陥や光子を放出する別の欠陥などが形成されているとしても、単一光子源1から外部に出力される単一光子Pを、発光領域100の点欠陥Aから出力される単一光子のみに制限できる。
【0025】
したがって、単一光子源1によれば、光子が1個だけ含まれる光パルスを所望のタイミングで発生させることができる。カバーマスク20の材料には、光子を透過しない材料が選択される。例えば金属材料であるアルミニウム(Al)や、遮光性を有する顔料を含む樹脂などがカバーマスク20に使用される。
【0026】
図1に示した単一光子源1では、点欠陥Aから放出された単一光子Pは、フィルタ50を透過した後、受光装置60の受光面に進入する。受光装置60は、例えば光ファイバケーブルや光検出器などである。
【0027】
例えば図4に示すように、カバーマスク20の開口部200は、直径Dが数μm程度の円形状である。図1は、図4のI-I方向に沿った断面図である。ただし、開口部200の形状は円形状に限られず、例えば四角形などの多角形状であってもよい。つまり、発光領域100のみが開口部200に露出するのであれば、開口部200のサイズや形状は任意に設定できる。
【0028】
なお、図1に示すように基板10の主面に対して垂直方向に主面側から励起光Lを照射してもよいし、図5に示すように、基板10の裏面側から励起光Lを照射してもよい。図5に示した例では、励起光照射装置30の光源31から発光領域100に照射された励起光Lが、発光領域100の点欠陥Aから出力された単一光子Pとともに開口部200を通過する。励起光Lはフィルタ50で遮光され、単一光子Pのみがフィルタ50を通過して外部に出力される。例えば、単一光子Pが通過する経路に光導波路を設ける構造も考えられる。
【0029】
発光領域100に単一光子源となる点欠陥Aを意図的に形成するには、例えば、250fsのパルス幅を持つ波長790nmのパルスレーザを所定の位置に照射する。或いは、基板10の主面からイオン注入法により点欠陥Aを形成してもよい。
【0030】
例えば、SiC中にSi欠陥を形成する場合、図6に示すように、基板10の主面に形成した電子線レジスト500を電子線リソグラフィ法によってパターニングして、点欠陥を形成する領域を露出させる。電子線レジスト500には膜厚が300nm程度のポリメチルメタクリレート(PMMA)などを使用し、直径が数十nm程度の開口部を電子線レジスト500に形成する。そして、電子線レジスト500の上方から30keV程度のエネルギーで炭素イオンを基板10に打ち込んで、点欠陥Aを形成する。
【0031】
なお、図6では複数の点欠陥を形成する例を示したが、形成される点欠陥の間隔をカバーマスク20の開口部200の直径Dよりも広くすることにより、開口部200を介して単一光子Pを1個ずつ出力することができる。複数の点欠陥を形成することにより、基板10とカバーマスク20の位置合わせ精度を緩和することができる。なお、電子線レジスト500に形成する開口部を一つにしてもよいことはもちろんである。
【0032】
点欠陥Aは、基板10の主面からある程度の深さに形成される。点欠陥Aの量子状態は周囲の不対電子を持つ不純物や欠陥の影響を受ける。このため、基板10の主面に存在するそれらの影響を防止するためには、例えば基板10の主面から数百nm~数十μmの深さに点欠陥Aが形成される。一方、量子センサ応用などで主面の影響を積極的に利用したい場合は、ダイヤモンド中のNV-欠陥であれば主面から50nmより浅い位置にδドープ法などにより欠陥を形成する。
【0033】
図7に、基板10の主面からの距離に関する、炭素イオンの打ち込み深さと基板10に形成された点欠陥Aの位置との相関の例を示す。図7に示すように、炭素イオンが打ち込まれる深さよりも少し浅い位置に点欠陥Aが形成される。例えば、基板10の主面から70μmの位置に炭素イオンを打ち込んで、基板10の主面から40μm程度の位置に点欠陥Aを形成する。なお、基板10の材料に応じた最適な位置に点欠陥Aを形成するようにしてもよい。
【0034】
以上に説明したように、第1の実施形態に係る単一光子源1を用いた単一光子の出力方法によれば、室温において単一光子Pを出力することができる。また、光学的に安定して単一光子Pを1個ずつ出力することができる。このため、単一光子源1を用いて、単一光子を利用した量子暗号通信システムなどを容易に構成することができる。例えば、単一光子源1から出力された単一光子Pは、図8に示すように、光ファイバ2の入射面などに導光される。光ファイバ2を介して単一光子Pを伝送することにより、単一光子源1と遠方の受信装置3との間での暗号鍵を共有できる。なお、光ファイバを介さない量子暗号通信においても、室温で単一光子Pを出力する単一光子源1を用いることも考えられる。更に、構成が複雑ではないため、第1の実施形態に係る単一光子源1の製造は容易である。
【0035】
<第1変形例>
例えば、図9に示すように周期的多層膜構造を用いた分布ブラッグ反射鏡の利用も考えられる。図9に示した単一光子源1では、基板10の裏面に分布ブラッグ反射鏡101を配置している。分布ブラッグ反射鏡101は、特定の波長を反射するフォトニックバンドギャップを形成する。ここでは、単一光子Pの波長の光を反射するように分布ブラッグ反射鏡101を設計することで、狙った点欠陥Aからの単一光子Pが基板10の裏面方向へ放出することを防ぎ、集光効率を向上させることができる。図9に示した単一光子源1では、支持基板102に搭載された分布ブラッグ反射鏡101の上に基板10が配置されている。支持基板102に用いられる材料は、分布ブラッグ反射鏡101の材料に応じて適宜選択される。
【0036】
図10に、基板10の裏面側から励起光Lを照射する単一光子源1について図9と同様に分布ブラッグ反射鏡101を用いた構成を示す。分布ブラッグ反射鏡101は設計した特定の波長以外の光は透過するため、図10に示すように、基板10の裏面側からの励起光Lの照射も可能である。
【0037】
また、図11に示すように、二つの分布ブラッグ反射鏡を用いた構成の光共振器の利用も考えられる。図11に示す単一光子源1では、上部分布ブラッグ反射鏡101Aと下部分布ブラッグ反射鏡101Bにより点欠陥Aの存在する基板10を挟むことで光共振器を構成している。この光共振器により、狙った点欠陥Aから放出される単一光子Pの波長の光を、上部分布ブラッグ反射鏡101Aと下部分布ブラッグ反射鏡101Bの間で共振させる。これにより、単一光子Pの放出速度が自然放出速度よりも向上する。また、光共振器と結合することで、光子放出の指向性も向上する。
【0038】
図12の単一光子源1は、図11と同様に光共振器を用いた構造であるが、基板10の裏面側から励起光Lを照射する点が図11と異なる。図12の一例として、図13のように単一光子源1を構成してもよい。図13に示した単一光子源1では、基板10の裏面側の光源として、電気的に駆動可能なLED層311を用いる。
【0039】
即ち、上側電極312と下側電極313の間にLED層311を配置した構成において、上側電極312に設けた開口部に露出したLED層311の表面に下部分布ブラッグ反射鏡101Bを接合する。上部分布ブラッグ反射鏡101Aと下部分布ブラッグ反射鏡101Bにより基板10を挟んだ光共振器が構成されている。図14に、図13に示した単一光子源1の平面図を示す。上側電極312と下側電極313の間に駆動電流を流すことにより、LED層311から励起光Lが出射される。
【0040】
<第2変形例>
図15に示す第2変形例に係る単一光子源1は、発光領域100の直上に配置され、単一光子Pが透過するレンズ70を更に備える。例えば、レンズ70によって点欠陥Aから順次出射される単一光子Pを集光し、光ファイバや受信装置の入射面により確実に単一光子Pを入射させることができる。
【0041】
また、コリメートレンズをレンズ70に適用することにより、点欠陥Aから出射される単一光子Pをコリメートして外部に出力することができる。図15に示した単一光子源1のレンズ70には、単一光子Pを透過させると共に、励起光Lを透過させる材料が使用される。
【0042】
図16に示した単一光子源1は、光源31を基板10の裏面側に設けたPL法による励起手段を使用している。図16に示した単一光子源1では、図15に示した単一光子源1と同様に、レンズ70により確実に集光できる。また、分布ブラッグ反射鏡や光共振器と併せてレンズ70が利用できることはもちろんである。
【0043】
(第2の実施形態)
図17に示す第2の実施形態に係る単一光子源1は、基板10の主面に発光領域100を挟んで配置された第1主電極81と第2主電極82からなる一対の主電極を、EL法の励起手段として備える。図17に示す単一光子源1は、点欠陥Aの電子を基底状態から励起状態に移行させる励起手段がEL法であることが、励起手段がPL法である図1に示す第1の実施形態と異なる。その他の構成については、第1の実施形態と同様である。
【0044】
図17に示す単一光子源1は、第1主電極81と第2主電極82の間に発生させた電気エネルギーによって点欠陥Aにおいて電子を励起する。第1主電極81と第2主電極82の間隔は例えば10μm程度である。
【0045】
即ち、図18に示すように、第1主電極81と第2主電極82の間に電圧Vを印加することにより、発光領域100に電流Iが流れる。これにより、点欠陥Aの電子に電気エネルギーが与えられる。その結果、点欠陥Aから単一光子Pがカバーマスク20の開口部200を介して外部に出力される。第1主電極81と第2主電極82は、例えばAlからなる。図18は、図17のXVIII-XVIII方向に沿った断面図である。なお、基板10はワイドバンドギャップ半導体の半導体基板11とワイドバンドギャップ半導体エピタキシャル層の半導体層12の積層構造である。開口部200は、半導体層12に形成されたp+ドープ領域やn+ドープ領域、またはその他の領域に存在する単一光子Pを放出する点欠陥Aの上方に設ける。
【0046】
EL法によって電子を励起し、光子を放出させた例を図19に示す。図19では、複数の点欠陥Aを基板10の主面に配置し、第1主電極81と第2主電極82を励起手段として光子を出射させている。図19に示した基板10は、例えばSiCからなる半導体基板11にp型の半導体層12を積層した構成である。そして、半導体層12に形成したp+型の第1半導体領域121に第1主電極81が配置されている。一方、半導体層12に形成したn+型の第2半導体領域122に第2主電極82が配置されている。第1半導体領域121と第2半導体領域122の間隔は20μm、第1主電極81と第2主電極82の間隔は40μmである。
【0047】
図20に、図19に示した点欠陥Aから光子を放出させた例を示す。図20に光子による光点を白点で示したが、PN接合近傍の点欠陥Aからの光子の放出が多い。また、n+型の第2半導体領域122の点欠陥Aからも光子が放出されている。第1主電極81と第2主電極82に順バイアスが印加される場合に光子が放出されるが、逆バイアスの場合にも、光子が放出される。
【0048】
図17に示す単一光子源1によれば、カバーマスク20によって、発光領域100に形成した1個の点欠陥Aからの単一光子Pのみに、外部に出力する単一光子を制限することができる。
【0049】
<変形例>
例えば図21に示すように、EL法を励起手段として、分布ブラッグ反射鏡101の利用も可能である。図21に示す単一光子源1は、下部電極21の上面に、支持基板102、分布ブラッグ反射鏡101が積層され、分布ブラッグ反射鏡101の上面にメサ構造の基板10が配置されている。基板10の側面及び上面に、上部絶縁層25を介してカバーマスク20が配置されている。カバーマスク20が上部電極としても機能する。図22は、図21に示した単一光子源1の平面図である。
【0050】
図21に示した単一光子源1では、カバーマスク20と下部電極21の間で基板10を垂直方向に流れる電流により、点欠陥Aから単一光子Pがカバーマスク20の開口部200を介して外部に出力される。基板10の裏面方向に放出された単一光子は、分布ブラッグ反射鏡101により主面側に反射される。これにより、開口部200からの単一光子の取り出し効率が向上する。また、基板10のメサ構造および側面に存在するカバーマスク20により、基板側面への単一光子の散逸の影響も低減できる。
【0051】
図23に示した単一光子源1は、図21に示した単一光子源1の変形例である。図24は、図23に示した単一光子源1の平面図を示す。基板10のメサ構造を円柱状に形成することで、基板側面方向への単一光子の散逸を防ぐことができる。更に、図23に示すように、支持基板102の裏面に下部絶縁層26を配置し、開口部200と同程度の面積で下部絶縁層26に設けた開口部を介して下部電極21を支持基板102に接触させている。この構造により、基板垂直方向に流れる電流の経路を制限することができる。
【0052】
図25に示した単一光子源1は、EL法により発生した単一光子Pを光共振器により効率よく取り出すための構造である。図26は、図25に示した単一光子源1の平面図である。図23に示した構造と同様の基板裏面側の電極構造により、基板垂直方向に流れる電流の経路が制限される。単一光子Pは、上部分布ブラッグ反射鏡101Aと下部分布ブラッグ反射鏡101Bによって選択的に増幅され、カバーマスク20の開口部200より放出される。
【0053】
以上に説明したように、第2の実施形態に係る単一光子源1によれば、EL法を励起手段として、室温において光学的に安定して光子を出力することができる。他は、第1の実施形態と実質的に同様であり、重複した記載を省略する。
【0054】
(その他の実施形態)
上記のように、本実施形態によって記載したが、この開示の一部をなす論述及び図面は本実施形態を限定するものであると理解すべきではない。この開示から当業者には様々な代替実施形態、実施例及び運用技術が明らかとなろう。
【0055】
例えば、複数の単一光子源1を平面に配列して量子センサを構成してもよい。即ち、マトリクス状に単一光子源1を配置し、単一光子が出力された単一光子源1の配置を検査することにより、電場や磁場の分布、温度分布などの物理量の空間分布を計測することができる。このとき、図27及び図28に示すように、同一の基板10に複数の注目する点欠陥Aを形成し、複数の点欠陥Aが形成された複数の発光領域100をそれぞれ露出させる複数の開口部200をカバーマスク20に設けてもよい。
【0056】
このように、本実施形態はここでは記載していない様々な実施形態などを含む。
図1
図2
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図8
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図28