(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-19
(45)【発行日】2024-01-29
(54)【発明の名称】トレーニング支援システム及びトレーニング支援方法
(51)【国際特許分類】
A63B 69/00 20060101AFI20240122BHJP
A61B 5/22 20060101ALI20240122BHJP
【FI】
A63B69/00 C
A61B5/22 100
(21)【出願番号】P 2019209326
(22)【出願日】2019-11-20
【審査請求日】2022-10-06
(31)【優先権主張番号】P 2018219648
(32)【優先日】2018-11-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】515197282
【氏名又は名称】Blue Wych合同会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002332
【氏名又は名称】弁理士法人綾船国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】柿木 克之
【審査官】西村 民男
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/079601(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/014183(WO,A1)
【文献】国際公開第2013/120151(WO,A1)
【文献】特開2016-214872(JP,A)
【文献】特開2016-174906(JP,A)
【文献】特開2016-41095(JP,A)
【文献】特開2015-173949(JP,A)
【文献】特開2006-116161(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A63B 69/00-69/40
71/00-71/16
A61B 5/06- 5/22
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象者の事前運動時における複数の運動状態パラメータ値に応じた血中の代謝物質の濃度の測定結果から得られている前記対象者の代謝物質の代謝反応速度式に基づいて、前記対象者の運動中における前記運動状態パラメータ値の少なくとも1つの時間変化に応じた前記代謝物質の濃度の時間変化を算出する算出部と;
実施した運動中において、前記算出された前記代謝物質の濃度の変化幅が所定値以下である事が維持され
、前記代謝物質の濃度値が維持されているといえる第1期間の第1期間長
、及び前記算出された前記代謝物質の濃度が予め定められた範囲内の値に維持される第3期間の第3期間長のうちの少なくとも1つが含まれる評価指標に基づいて、前記実施した運動の質の前記対象者にとっての適切性を評価する評価部と;
を備えることを特徴とするトレーニング支援システム。
【請求項2】
対象者の事前運動時における複数の運動状態パラメータ値に応じた血中の代謝物質の濃度の測定結果から得られている前記対象者の代謝物質の代謝反応速度式に基づいて、前記対象者の運動中における前記運動状態パラメータ値の少なくとも1つの時間変化に応じた前記代謝物質の濃度の時間変化を算出する算出部と;
実施候補の運動中において、前記算出された前記代謝物質の濃度の変化幅が所定値以下である事が維持され
、前記代謝物質の濃度値が維持されているといえる第1期間の第1期間長
、及び前記算出された前記代謝物質の濃度が予め定められた範囲内の値に維持される第3期間の第3期間長のうちの少なくとも1つが含まれる評価指標に基づいて、前記実施候補の運動の質の前記対象者にとっての適切性を評価する評価部と;
を備えることを特徴とするトレーニング支援システム。
【請求項3】
前記代謝反応速度式は、以下の(I)~(IX)の中のいずれかである、ことを特徴とする請求項1又は2に記載のトレーニング支援システム。
【数1】
【数2】
【数3】
【数4】
【数5】
【数6】
【数7】
【数8】
【数9】
上記式(I)、(IV)及び(VII)中、[met]は代謝物質の濃度を表し、[tor]はトルク値を、[cad]は、脚あるいは腕の回転速度(rpm)、ピッチ数及び移動速度からなる群から選ばれるいずれかのケイデンスあるいは運動速度をそれぞれ表す。[weight]は
前記対象者の体重、[HR]は心拍数(bpm)をそれぞれ表す。[slope]はコースの傾斜角度分布を含むコース状態を表す。[temp]は気温又は体温を表す。また、べき乗次数は実数である。
上記式(II)、(V)及び(VIII)中、[force]はフォース値を、[stride(pitch)]は、ピッチと同様に身体を動かす速さのパラメータであり、歩行時、車椅子走行時、ハンドバイク走行時又はランニング時の歩幅又はピッチをそれぞれ表す。[weight]、[HR]、[slope]、[met]及び[temp]については、式(I)と同じである。また、べき乗次数は実数である。
上記式(III)、(VI)及び(IX)中、[power(work rate)]は、force(力)、水平および垂直方向の速度と加速度、身体の上下変動高さ、接地時間、走行時のジャンプ角度、ストライドの周期(pitch)といった測定パラメータから求める仕事率(work rate)を含む。[weight]、[HR]、[slope]、[met]及び[temp]については、式(I)と同じである。また、べき乗次数は実数である。
【請求項4】
前記評価指標に前記第3期間長が含まれる場合には、前記評価部は、前記算出された代謝物質の濃度が前記予め定められた範囲内の値を維持する期間長が長いほど、前記運動の質の前記対象者にとっての適切性が高いと評価する、ことを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載のトレーニング支援システム。
【請求項5】
前記評価指標に前記第1期間長が含まれる場合には、前記評価部は、前記算出された代謝物質の濃度の変化幅が所定値以下である事が維持され
、前記代謝物質の濃度値が維持されているといえる期間長が長いほど、
前記運動の質の前記対象者にとっての適切性が高かったと評価する、ことを特徴とする請求項1~4のいずれか一項に記載のトレーニング支援システム。
【請求項6】
前記運動中における前記代謝物質の濃度の時間変化を、前記対象者に提示する提示部をさらに備える、ことを特徴とする
請求項1~5のいずれか一項に記載のトレーニング支援システム。
【請求項7】
前記代謝反応速度式により算出される前記代謝物質の濃度の時間変化が、前記対象者にとって有効な運動に対応すると推定される運動態様を導出する導出部を更に備える、ことを特徴とする
請求項1~6のいずれか一項に記載のトレーニング支援システム。
【請求項8】
前記評価指標に前記第3期間長が含まれる場合には、前記導出部は、複数の運動態様候補のうち、前記算出される前記代謝物質の濃度が予め定められた範囲内の値を維持する期間長が長いほど、前記対象者にとって有効な運動態様候補であると判断する、ことを特徴とする
請求項7に記載のトレーニング支援システム。
【請求項9】
前記評価指標に前記第1期間長が含まれる場合には、前記導出部は、前記算出された代謝物質の濃度の変化幅が所定値以下である事が維持され
、前記代謝物質の濃度値が維持されているといえる期間長が長いほど、前記対象者にとって有効な運動態様であると判断する、ことを特徴とする
請求項7又は8に記載のトレーニング支援システム。
【請求項10】
前記
第1及び第3期間における前記代謝物質の第1総生成量の前記運動の期間中における前記代謝物質の第2総生成量に対する割合が高いほど、前記対象者にとって有効な運動態様であると判断する、ことを特徴とする
請求項1~9のいずれか一項に記載のトレーニング支援システム。
【請求項11】
前記第2総生成量が、前記対象者に応じて定められた目標累積生成量に近いほど、前記対象者にとって有効な運動態様であると判断する、ことを特徴とする
請求項10に記載のトレーニング支援システム。
【請求項12】
前記代謝物質は、乳酸又はクレアチンリン酸である、ことを特徴とする
請求項1~11のいずれか一項に記載のトレーニング支援システム。
【請求項13】
前記代謝物質は乳酸であり、
前記予め定められた範囲は、2~23mmol/lに含まれる、
ことを特徴とする
請求項12に記載のトレーニング支援システム。
【請求項14】
前記予め定められた範囲は、2~14mmol/lに含まれる、
ことを特徴とする
請求項13に記載のトレーニング支援システム。
【請求項15】
算出部と、評価部とを備えるトレーニング支援システムにおいて使用されるトレーニング支援方法であって、
前記算出部が、対象者の事前運動時における複数の運動状態パラメータ値に応じた血中の代謝物質の濃度の結果から得られている前記対象者の代謝物質の代謝反応速度式に基づいて、前記対象者の運動中における前記運動状態パラメータ値の少なくとも1つの時間変化に応じた前記代謝物質の濃度の時間変化を算出する算出工程と;
前記評価部が、実施した運動中において、前記算出された前記代謝物質の濃度の変化幅が所定値以下である事が維持され
、前記代謝物質の濃度値が維持されているといえる第1期間長
、及び前記算出された前記代謝物質の濃度が予め定められた範囲内の値を維持する第3期間長のうちの少なくとも1つが含まれる評価指標に基づいて、前記実施した運動の質の前記対象者にとっての適切性を評価する評価工程と;
を備えることを特徴とするトレーニング支援方法。
【請求項16】
算出部と、評価部とを備えるトレーニング支援システムにおいて使用されるトレーニング支援方法であって、
前記算出部が、対象者の事前運動時における複数の運動状態パラメータ値に応じた血中の代謝物質の濃度の結果から得られている前記対象者の代謝物質の代謝反応速度式に基づいて、前記対象者の運動中における前記運動状態パラメータ値の少なくとも1つの時間変化に応じた前記代謝物質の濃度の時間変化を算出する算出工程と;
前記評価部が、実施候補の運動中において、前記算出された前記代謝物質の濃度の変化幅が所定値以下である事が維持され
、前記代謝物質の濃度値が維持されているといえる第1期間長
、及び前記算出された前記代謝物質の濃度が予め定められた範囲内の値を維持する第3期間長のうちの少なくとも1つが含まれる評価指標に基づいて、前記実施候補の運動の質の前記対象者にとっての適切性を評価する評価工程と;
を備えることを特徴とするトレーニング支援方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トレーニング支援システム及びトレーニング支援方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、対象者(運動者)にとって効果があると考えられるトレーニング運動を実施するように当該対象者に提案したり、対象者が実施した運動が当該対象者とって有効なトレーニング効果をもたらすものであったか否かを評価、あるいは対象者の運動能力を評価したりする技術が着目されている。こうした技術に関連するものとして、対象者の代謝能力を推算することにより、持久運動能力を評価し、当該対象者にとって有効なトレーニング効果を奏することができる内容のトレーニング運動を提案する技術が提案されている(特許文献1参照;以下、「従来例」と呼ぶ)。
【0003】
かかる従来例の技術では、運動強度に関連する運動状態パラメータの値を変数とする対象者の乳酸等の代謝物質の代謝反応速度式を作成する。引き続き、当該代謝反応速度式を利用して、対象者の体内反応器の性能を評価する。次に、当該体内反応器の性能の評価結果に基づいて、当該対象者の持久運動能力を向上させるのに有効なトレーニング効果を奏することができるトレーニング運動の態様を導出する。そして、導出されたトレーニング運動の態様を、対象者に対して提案するようになっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
有効と考えられるトレーニング運動を当該対象者に提案することと並んで、又はそれ以上に、対象者が実施したトレーニング運動が当該対象者とって有効なものであったか否かの評価を提示することも、トレーニング支援においては重要な要素である。
しかしながら、対象者が実施したトレーニング運動が当該対象者とって有効なものであったか否かを客観的に(質的に)評価する技術については、従来例には開示されていない。
また、従来例では、提案するトレーニング運動が対象者とっての有効性を評価しているが、より簡易に、かつ、より具体的に有効性を客観的に評価できる技術も待望されている。
【0006】
このため、対象者の持久運動能力の向上にとって、当該対象者が行う運動の質の客観的な評価のための新たな具体的な手法の技術が待望されている。かかる要請に応えることが、本発明が解決すべき課題の一つとして挙げられる。
【0007】
なお、本明細書では、「トレーニング運動の質」とは、トレーニング運動により得られるトレーニング効果の有効性の度合いを意味するものであり、血中乳酸濃度、クレアチンリン酸濃度及びピルビン酸濃度をリアルタイムで追跡し、これらの濃度に基づいて評価されるものとする。そして、トレーニング効果の「有効性の度合い」が高いほど、トレーニング運動の「質」が高いものとする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の発明者が研究の結果として得た知見によれば、持久運動能力の向上のための運動の質は、運動中の対象者の体内における乳酸等の代謝物質の濃度の値が予め定められた範囲内に維持される期間長等といった当該濃度の経時変化の様態により定まる。本発明は、かかる知見に基づいてなされたものである。
【0009】
すなわち、本発明は、第1の観点からすると、対象者の事前運動時における複数の運動状態パラメータ値に応じた血中の代謝物質の濃度の測定結果から得られている前記対象者の代謝物質の代謝反応速度式に基づいて、前記対象者の運動中における前記運動状態パラメータ値の少なくとも1つの時間変化に応じた前記代謝物質の濃度の時間変化を算出する算出部と;実施した運動中において、前記算出された前記代謝物質の濃度の変化幅が所定値以下である事が維持され、前記代謝物質の濃度値が維持されているといえる第1期間の第1期間長、及び前記算出された前記代謝物質の濃度が予め定められた範囲内の値に維持される第3期間の第3期間長のうちの少なくとも1つが含まれる評価指標に基づいて、前記実施した運動の質の前記対象者にとっての適切性を評価する評価部と;を備えることを特徴とするトレーニング支援システムである。
【0010】
この第1トレーニング支援システムでは、算出部が、対象者の事前運動時における複数の運動状態パラメータ値に応じた血中の代謝物質の代謝速度測定結果から得られている当該対象者の代謝物質の代謝反応速度式に基づいて、当該対象者の運動中における運動状態パラメータ値の少なくとも1つの時間変化に応じた代謝物質の濃度の時間変化を算出する。そして、評価部が、当該対象者が実施した運動中において、算出された代謝物質の濃度の時間変化幅が所定値以下である事が維持され、前記代謝物質の濃度値が維持されているといえる第1期間長、及び前記算出された前記代謝物質の濃度が予め定められた範囲内の値を維持する第3期間長のうちの少なくとも1つが含まれる評価指標に基づいて、当該実施した運動の内容の対象者にとっての適切性を評価する。
【0011】
したがって、本発明の第1トレーニング支援システムによれば、従来例の技術における運動中における代謝物質の血中濃度を、採血等を行って直接的に測定しなくともよいという利点を確保しつつ、運動中における代謝物質の血中濃度が予め定められた範囲内の値を維持する期間長等の代謝物質の濃度の時間変化の態様という具体的な指標を用いて、対象者が行った運動の質の客観的な評価を行うことができる。
【0012】
また、本発明は、第2の観点からすると、対象者の事前運動時における複数の運動状態パラメータ値に応じた血中の代謝物質の濃度の測定結果から得られている前記対象者の代謝物質の代謝反応速度式に基づいて、前記対象者の運動中における前記運動状態パラメータ値の少なくとも1つの時間変化に応じた前記代謝物質の濃度の時間変化を算出する算出部と;実施候補の運動中において、前記算出された前記代謝物質の濃度の変化幅が所定値以下である事が維持され、前記代謝物質の濃度値が維持されているといえる第1期間の第1期間長、及び前記算出された前記代謝物質の濃度が予め定められた範囲内の値に維持される第3期間の第3期間長のうちの少なくとも1つが含まれる評価指標に基づいて、前記実施候補の運動の質の前記対象者にとっての適切性を評価する評価部と;を備えることを特徴とするトレーニング支援システムである。
【0013】
この第2トレーニング支援システムでは、算出部が、対象者の事前運動時における複数の運動状態パラメータ値に応じた血中の代謝物質の代謝速度測定結果から得られている当該対象者の代謝物質の代謝反応速度式に基づいて、当該対象者の運動中における運動状態パラメータ値の少なくとも1つの時間変化に応じた代謝物質の濃度の時間変化を算出する。そして、評価部が、実施候補の運動中において、算出された代謝物質の濃度の変化幅が所定値以下である事が維持され、前記代謝物質の濃度値が維持されているといえる第1期間長、及び前記算出された前記代謝物質の濃度が予め定められた範囲内の値を維持する第3期間長のうちの少なくとも1つが含まれる評価指標に基づいて、当該実施候補の運動の内容の対象者にとっての適切性を評価する
【0014】
したがって、本発明の第2トレーニング支援システムによれば、従来例の技術における運動中における代謝物質の血中濃度を、採血等を行って直接的に測定しなくともよいという利点を確保しつつ、実行候補の運動中における代謝物質の血中濃度が予め定められた範囲内の値を維持する期間長等の代謝物質の濃度の時間変化の態様という具体的な指標を用いて、当該実行候補の運動の質の客観的な評価を簡易に行うことができる。
【0015】
本発明の第1及び第2トレーニング支援システムでは、前記代謝反応速度式は、以下の(I)~(IX)の中からいずれかであるとすることができる。
【0016】
【0017】
【0018】
【0019】
【0020】
【0021】
【0022】
【0023】
【0024】
【0025】
ここで、上記式(I)、(IV)及び(VII)中、[met]は代謝物質の濃度を表し、[tor]はトルク値を、[cad]は、脚あるいは腕の回転速度(rpm)、ピッチ数及び移動速度からなる群から選ばれるいずれかのケイデンスあるいは運動速度をそれぞれ表す。[weight]は前記対像者の体重、[HR]は心拍数(bpm)をそれぞれ表す。[slope]はコースの傾斜角度分布を含むコース状態を表す。[temp]は気温又は体温を表す。また、べき乗次数は実数である。
【0026】
上記式(II)、(V)及び(VIII)中、[force]はフォース値を、[stride(pitch)]は、ピッチと同様に身体を動かす速さのパラメータであり、歩行時、車椅子走行時、ハンドバイク走行時又はランニング時の歩幅又はピッチをそれぞれ表す。[weight]、[HR]、[slope]、[met]及び[temp]については、式(I)と同じである。また、上記式(II)、(V)及び(VIII)中において、係数a
i
, c
i
, k
i
及びべき乗次数は実数である。
【0027】
上記式(III)、(VI)及び(IX)中、[power(work rate)]は、force(力)、水平および垂直方向の速度と加速度、身体の上下変動高さ、接地時間、走行時のジャンプ角度、ストライドの周期(pitch)といった測定パラメータから求める仕事率(work rate)を含む。[weight]、[HR]、[slope]、[met]及び[temp]については、式(I)と同じである。また、上記式(III)、(VI)及び(IX)中において、係数a
i
, c
i
, k
i
及びべき乗次数は実数である。
【0028】
また、本発明の発明者が研究の結果として得た知見によれば、持久運動能力の向上のための運動の質は、運動中の対象者の体内における乳酸等の代謝物質の濃度の値が予め定められた範囲内に維持される期間長が長いほど高い。また、当該運動の質は、算出された当該代謝物質の濃度の変化幅が所定値以下であり、前記代謝物質の濃度値が維持されているといえる期間長が長いほど高い。
【0029】
このため、本発明のトレーニング支援システムでは、前記評価指標に前記第3期間長が含まれる場合には、前記評価部は、前記算出された代謝物質の濃度が前記予め定められた範囲内の値を維持する期間長が長いほど、前記対象者にとっての適切性が高かったと評価する、という構成とすることができる。
【0030】
また、本発明の第1及び第2トレーニング支援システムでは、前記評価指標に前記第1期間長が含まれる場合には、前記導出部は、前記算出された代謝物質の濃度の変化幅が所定値以下である事が維持され、前記代謝物質の濃度値が維持されているといえる期間長が長いほど、前記対象者にとって有効な運動態様であると判断する、という構成とすることができる。
【0032】
なお、算出された代謝物質の濃度の時間変化の態様と運動状態パラメータ値とを併せて複合的に評価する事もできる。
【0033】
また、本発明の第1及び第2トレーニング支援システムでは、前記運動中における前記代謝物質の濃度の時間変化を、前記対象者に提示する提示部をさらに備える、構成とすることができる。この場合には、対象者に対して、運動の質をリアルタイムで提示することができる。
【0034】
また、本発明の第1及び第2トレーニング支援システムでは、代謝反応速度式により算出される前記代謝物質の濃度の時間変化が、前記対象者にとって有効なトレーニング運動に対応すると推定されるトレーニング態様を導出する導出部を更に備える、構成とすることができる。この場合には、対象者が行った運動の質の評価に加えて、対象者にとって有効な運動に対応すると推定されるトレーニング態様を導出することができる。例えば、既知のトレーニングコースのうちから、対象者にとって有効なトレーニング運動を行うことが可能なコースを選んだうえで、当該コースにおけるトレーニング態様を提案することができる。
【0035】
ここで、前記評価指標に前記第3期間長が含まれる場合には、前記導出部が、複数のトレーニング態様候補のうち、前記算出される前記代謝物質の濃度が予め定められた範囲内の値を維持する期間長が長いほど、前記対象者にとって有効なトレーニング態様であると判断する、構成とすることができる。
【0036】
また、前記評価指標に前記第1期間長が含まれる場合には、前記導出部は、前記算出された代謝物質の濃度の変化幅が所定値以下である事が維持され、前記代謝物質の濃度値が維持されているといえる期間長が長いほど、前記対象者にとって有効な運動態様であると判断する、構成とすることができる。
【0038】
また、前記第1及び第3期間における前記代謝物質の第1総生成量の前記運動の期間中における前記代謝物質の第2総生成量に対する割合が高いほど、前記対象者にとって有効な運動態様であると判断する、構成とすることができる。
【0039】
ここで、前記第2総生成量が、前記対象者に応じて定められた目標累積生成量に近いほど、前記対象者にとって有効な運動態様であると判断する、構成とすることができる。
【0040】
また、本発明のトレーニング支援システムでは、前記代謝物質を、乳酸又はクレアチンリン酸とすることができる。
【0041】
前記代謝物質を乳酸とし、前記予め定められた範囲が、2~23mmol/lに含まれるとすることができる。ここで、前記予め定められた範囲を、2~14mmol/lに含まれるとすることができる。さらに、前記予め定められた範囲を、4~8mmol/lに含まれるとすることができる。
【0042】
本発明は、第3の観点からすると、算出部と、評価部とを備えるトレーニング支援システムにおいて使用されるトレーニング支援方法であって、前記算出部が、対象者の事前運動時における複数の運動状態パラメータ値に応じた血中の代謝物質の濃度の結果から得られている前記対象者の代謝物質の代謝反応速度式に基づいて、前記対象者の運動中における前記運動状態パラメータ値の少なくとも1つの時間変化に応じた前記代謝物質の濃度の時間変化を算出する算出工程と;前記評価部が、実施した運動中において、前記算出された前記代謝物質の濃度の変化幅が所定値以下である事が維持され、前記代謝物質の濃度値が維持されているといえる第1期間長、及び前記算出された前記代謝物質の濃度が予め定められた範囲内の値を維持する第3期間長のうちの少なくとも1つが含まれる評価指標に基づいて、前記実施した運動の質の前記対象者にとっての適切性を評価する評価工程と;を備えることを特徴とするトレーニング支援方法である。
【0043】
この第1トレーニング支援方法では、算出工程において、算出部が、対象者の事前運動時における複数の運動状態パラメータ値に応じた血中の代謝物質の代謝速度測定結果から得られている当該対象者の代謝物質の代謝反応速度式に基づいて、当該対象者の運動中における運動状態パラメータ値の少なくとも1つの時間変化に応じた代謝物質の濃度の時間変化を算出する。そして、評価工程において、評価部が、当該対象者が実施した運動中において、算出された代謝物質の濃度の変化幅が所定値以下である事が維持され、前記代謝物質の濃度値が維持されているといえる第1期間長、及び当該算出された代謝物質の濃度が予め定められた範囲内の値を維持する第3期間長のうちの少なくとも1つが含まれる評価指標に基づいて、当該実施した運動の内容の対象者にとっての適切性を評価する。
【0044】
したがって、本発明の第1トレーニング支援方法によれば、従来例の技術における運動中における代謝物質の血中濃度を、採血等を行って直接的に測定しなくともよいという利点を確保しつつ、運動中における代謝物質の血中濃度が予め定められた範囲内の値を維持する期間長等の代謝物質の濃度の時間変化の態様という具体的な指標を用いて、対象者が行った運動の質の客観的な評価を行うことができる。
【0045】
本発明は、第4の観点からすると、算出部と、評価部とを備えるトレーニング支援システムにおいて使用されるトレーニング支援方法であって、前記算出部が、対象者の事前運動時における複数の運動状態パラメータ値に応じた血中の代謝物質の濃度の結果から得られている前記対象者の代謝物質の代謝反応速度式に基づいて、前記対象者の運動中における前記運動状態パラメータ値の少なくとも1つの時間変化に応じた前記代謝物質の濃度の時間変化を算出する算出工程と;前記評価部が、実施候補の運動中において、前記算出された前記代謝物質の濃度の変化幅が所定値以下である事が維持され、前記代謝物質の濃度値が維持されているといえる第1期間長、及び前記算出された前記代謝物質の濃度が予め定められた範囲内の値を維持する第3期間長のうちの少なくとも1つが含まれる評価指標に基づいて、前記実施候補の運動の質の前記対象者にとっての適切性を評価する評価工程と;を備えることを特徴とするトレーニング支援方法である。
【0046】
この第2トレーニング支援方法では、算出工程において、算出部が、対象者の事前運動時における複数の運動状態パラメータ値に応じた血中の代謝物質の代謝速度測定結果から得られている当該対象者の代謝物質の代謝反応速度式に基づいて、当該対象者の運動中における運動状態パラメータ値の少なくとも1つの時間変化に応じた代謝物質の濃度の時間変化を算出する。そして、評価工程において、評価部が、実施候補の運動中において、算出された代謝物質の濃度の変化幅が所定値以下である事が維持され、前記代謝物質の濃度値が維持されているといえる第1期間長、及び前記算出された前記代謝物質の濃度が予め定められた範囲内の値を維持する第3期間長のうちの少なくとも1つが含まれる評価指標に基づいて、当該実施した運動の内容の対象者にとっての適切性を評価する。
【0047】
したがって、本発明の第2トレーニング支援システムによれば、従来例の技術における運動中における代謝物質の血中濃度を、採血等を行って直接的に測定しなくともよいという利点を確保しつつ、実行候補の運動中における代謝物質の血中濃度が予め定められた範囲内の値を維持する期間長等の代謝物質の濃度の時間変化の態様という具体的な指標を用いて、当該実行候補の運動の質の客観的な評価を簡易に行うことができる。
【発明の効果】
【0048】
本発明のトレーニング支援システムによれば、従来例の技術における運動中における代謝物質の血中濃度を、採血等を行って直接的に測定しなくともよいという利点を確保しつつ、運動中における代謝物質の血中濃度が予め定められた範囲内の値を維持する期間長等の代謝物質の濃度の時間変化の態様という具体的な指標を用いて、対象者が行った運動の質の評価を客観的に行うことができるという効果を奏する。
【0049】
本発明のトレーニング支援方法によれば、従来例の技術における運動中における代謝物質の血中濃度を、採血等を行って直接的に測定しなくともよいという利点を確保しつつ、運動中における代謝物質の血中濃度が予め定められた範囲内の値を維持する期間長等の代謝物質の濃度の時間変化の態様という具体的な指標を用いて、対象者が行った運動の質の評価を客観的に行うことができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【
図1】
図1は、体内主反応器、第1及び第2体内副反応器とそれらの機能、並びに各反応器から供給されるアデノシン三リン酸(ATP)の量を模式的に表した図である。
【
図2】
図2は、適切なトレーニングを行なった後の上記の各反応器からのATP供給量の変化を模式的に示す図である。
【
図3】
図3は、運動強度の増加と血中乳酸濃度の増加との関係を示す図である。
【
図4】
図4は、一実施形態に係るトレーニング支援システムの構成を示すブロック構成図である。
【
図5】
図5は、運動強度の変化に伴う乳酸生成速度の変化の実測値と、指数タイプ式の形式の回帰式との相関例を示す図である。
図5(A)は、持久運動能力レベルが高い者の場合の相関例であり、
図5(B)は、持久運動能力レベルが低い者の場合の相関例である。
【
図6】
図6は、運動強度の変化に伴う乳酸生成速度の変化の実測値と、累乗タイプ式の形式の回帰式との相関例を示す図である。
図6(A)は、持久運動能力レベルが高い者の場合の相関例であり、
図6(B)は、持久運動能力レベルが低い者の場合の相関例である。
【
図7】
図7は、第1~第3期間(特定期間)における代謝物質(乳酸)の第1~第3総生成量の運動の全期間中における代謝物質の総生成量に対する割合が高いほど、LTの上昇に寄与できる傾向にあることを示す図である。
【
図8】
図8は、持久運動能力の向上の観点から、対象者について有効であるいえるトレーニング運動における代謝生成物(乳酸)の生成量の時間変化の例を示す図である。
【
図9】
図9は、実施されたトレーニング運動における運動強度の時間変化及び血中乳酸濃度の時間変化の一例を示す図である。ここで、
図9(A)は、運動強度の時間変化を示す図であり、
図9(B)は、血中乳酸濃度の時間変化を示す図である。
【
図10】
図10は、実施されたトレーニング運動における運動強度の時間変化及び血中乳酸濃度の時間変化の他例を示す図である。ここで、
図10(A)は、運動強度の時間変化を示す図であり、
図10(B)は、血中乳酸濃度の時間変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0051】
[代謝反応速度式の利用について]
本発明の実施形態の説明に先立って、本発明における代謝反応速度式の利用について説明する。
【0052】
トレーニング運動の質を把握し、総合的に評価するためには、トレーニング運動期間における経時的な運動強度の変動履歴をたどりながら、それまでの運動がその後の運動へどのような影響を及ぼすかを経時的な変化の中でのひとつながりの現象として捉えることが必要である。ところで、運動強度の測定においては、呼吸で摂取した酸素量による測定が以前から広く行われてきたが、近年では、運動強度を測定する測定器(以下、「仕事率測定器」ともいう。)が開発され、小型化が進んだ。
【0053】
このため、競技によっては競技現場においても心拍数、脈拍、呼吸数の他、その対象者が現在位置している高度や運動速度等を測定し、データとして収集できるようになった。例えば、各測定器メーカーから、以上のようなデータ収集のための自転車搭載装置が、簡易な解析機能を有するソフトウェアを実装したものとして販売されている(例えば、ペダルモニターシステム(パイオニア(株)製))。
【0054】
一方で、運動を続けるためにはエネルギーが必要とされるが、各対象者は体内にこうしたエネルギーを産生するための複数の体内反応器を有している(以下、単に「反応器」ということがある。)。運動のためのエネルギー源としては、脂肪と糖という2つがあり、これらは体内に蓄えられ、別々の反応器で利用される。ここで、体内反応器は、代謝反応により運動の持続に必要なエネルギーを、アデノシン三リン酸(以下、「ATP」とも記す)の形態で供給する反応器であり、体内主反応器並びに第1及び第2体内副反応器という3つの反応器で構成されていることが知られている。(
図1参照)。
【0055】
体内主反応器(以下、単に「主反応器」とも記す)は、運動のための主要なエネルギー源である脂肪(以下、「第1エネルギー源」ともいう。)を代謝してクレアチンリン酸とATPとを生成する場である。ここで、「脂肪」は、動植物に含まれる「あぶら」である「油脂」のうち、常温で固体のものをいう。
【0056】
油脂の成分は、トリアシルグリセロール(トリグリセリド又は中性脂肪ともよばれる)であり、グリセロールの3つの水酸基に、脂肪酸がそれぞれエステル結合したものである。トリアシルグリセロールは、脂肪組織に蓄えられたエネルギー貯蔵体であり、生体の大半の貯蔵エネルギーを占める。トリアシルグリセロールから酵素によって遊離された脂肪酸は、下記のように代謝されてATP生成に関与する。
【0057】
脂肪は、脂肪酸に分解されてクエン酸回路に入り、この回路において炭素骨格が最終的に完全酸化されて水と二酸化炭素とに分解される。脂肪酸から形成されたアセチルCoAの炭素部分は、クエン酸回路で脱炭酸され、水素部分は脱水素酵素で主にNADH(還元型のニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD))としてミトコンドリア内膜の電子伝達系に渡される。そして、電子伝達系は、その最後の使途クロームオキシダーゼによって、酵素を用いてこのNADHの水素を酸化して水をつくる。その際には多量のエネルギーが遊離されるため、このエネルギーを用いてATP合成酵素がADP(アデノシン二リン酸)無機リン酸(Pi)とからATPを合成する。すなわち、主反応器中では、脂肪の酸化的リン酸化が行われるようになっている。
以上の反応は、真核細胞の場合には細胞内のミトコンドリア内膜において行われ、上記のような第1エネルギー源を用いてATP産生を行なう場が主反応器なのである。
【0058】
また、第1体内副反応器(以下、「第1副反応器」とも記す)は、運動のための副次的なエネルギー源である糖(以下、「第2エネルギー源」ともいう)を代謝してピルビン酸とATPとを生成する場である。この第1副反応器では、解糖反応によって糖からピルビン酸とATPとが生成される。ピルビン酸は、(a)ピルビン酸→乳酸の経路と、(b)ピルビン酸 → アセチル-CoA → TCA回路 → 呼吸鎖の経路という2つの系路で代謝され、ATPを産生する。なお、ピルビン酸は、乳酸デヒドロゲナーゼによって乳酸に還元される。
【0059】
また、第2体内副反応器(以下、「第2副反応器」とも記す)は、筋肉に蓄えられたアデノシン二リン酸(ADP)のレベルに依存して、主反応器で生成されたクレアチンリン酸からクレアチンとATPとを生成する場である。すなわち、第2副反応器は、クレアチンリン酸をホスファゲンとして利用する。
【0060】
なお、第1エネルギー源である脂肪の酸化的代謝物の一部は、第2体内副反応器(以下、単に「第2副反応器」ということがある。)に送られる。そして、第2副反応器中でクレアチンリン酸消費-再合成反応で利用され、ATPの産生に利用されることが知られている。
【0061】
ところで、主反応器で産生された高エネルギー化合物であるクレアチンリン酸は、高エネルギーリン酸結合の貯蔵という生理的意義を持つ物質である。なぜなら、筋収縮等に伴ってADPレベルが上昇すると、クレアチンリン酸は第2体内副反応器で消費されてクレアチンとATPとを生成するが、逆にADPレベルが低下すると、クレアチンキナーゼで触媒される反応によって、クレアチンとATPとからクレアチンリン酸が生成されるからである。この一連の反応を、「クレアチンリン酸消費-合成反応」といい、この反応が起こる場が第2体内副反応器である。
【0062】
上述したように、ATPは、体内主反応器、第1及び第2体内副反応器という3つの反応器で生成される。生成されるATP量を反応器ごとに比較すると、第1及び第2体内副反応器で産生されるATP産生量は、主反応器で産生される量よりもはるかに少ない。このため、運動のためのエネルギーであるATPは、主として主反応器から供給されているといえる。
【0063】
さて、運動強度が低い場合には、ATPは主として第1エネルギー源の酸化的代謝によって生成される(
図2参照)。これに対し、運動強度が高い場合には、主反応器で行われる酸化的代謝だけではATPの供給が賄いきれないため、上述した2つの副反応器もフル稼働し、糖の代謝及びクレアチンリン酸消費-再合成反応によって、ATPが供給されるようになる。そして、第2エネルギー源、すなわち、糖の利用量が多くなり、第1副反応器中に蓄えられた糖の量が減少すると、疲労によって運動ができなくなることが知られている(
図2参照)。
【0064】
代謝物質として例えば乳酸に着目した場合、
図3(A)に一例が示されている運動強度(運動パワー;以下、単に「パワー」とも記す)と血中乳酸濃度との間の関係を表すLactateカーブから、運動強度と血中乳酸濃度との間には、以下のような関係があることが知られている。すなわち、運動強度が低い間は、運動強度と血中乳酸濃度とはほぼ比例関係にあるといえるが、運動強度を上げていくと、ある強度に達したときに、急激に血中乳酸濃度が上がることが知られている。
【0065】
なお、Lactateカーブは、実験室等で漸増負荷テストを行うことにより得ることができる。かかる漸増負荷テストは、一定強度で一定時間の運動を行い、その都度、血中乳酸濃度の測定を行い、次いで徐々に強度を上げてゆくというテストである。
【0066】
本発明者が研究の結果として得た知見によれば、かかる血中乳酸濃度が急激上がり始める血中乳酸濃度(乳酸スレッショルド(Lactate Threshold, 以下「LT」と略すことがある。))は、約2~4mmol/lであり、個人ごとに大きな差はない。そして、有効なトレーニングを積んでいくと、
図3(B)に示されるように、LTとなる運動強度が上昇していく。こうしてLTとなる運動強度が上昇していくと、持久運動能力(運動持続可能性)が高まっていく。これは、次のメカニズムによると考えられる。
【0067】
すなわち、乳酸生成速度が上昇する強度での運動を行なうと、主反応器からの第1エネルギー源に基づくATPの供給量が低下する。このため、第1副反応器の稼働率が上がり、乳酸生成量が増えていく。こうした運動負荷の状態(高強度負荷状態)を維持するか、断続的に高強度負荷状態とするようなトレーニング運動を積んでいくと、乳酸生成速度が急激に上昇するまでの時間が遅くなっていくことを示すのが、
図3(B)に示される、有効なトレーニングを積むことによるLactateカーブの変化であると考えられる。
【0068】
また、本発明者が研究の結果として得た知見によれば、代謝物質が乳酸の場合には、濃度を維持し続ける事、また高い濃度値あるいは濃度帯を保つ事が持久運動能力の向上には効果があるが、高い濃度を維持する運動は継続可能な時間が短くなる。このため上記の目的を達成するための運動形態には様々な組み合わせが考えられる。
【0069】
運動中の対象者の血中乳酸濃度が、2~23mmol/lに含まれる予め定められた範囲内、このうち特に2~14mmol/lである状態が継続的に維持される期間が長いほど、持久運動能力の向上のために有効な運動としての質が高い。すなわち、運動中の対象者の血中乳酸濃度が、2mmol未満である状態が継続するのみであれば、持久運動能力の向上を望むことができない。
【0070】
また、運動中の対象者の血中乳酸濃度が、14mmolを超える期間が長くなると、2~14mmol/lである状態が継続的に維持される期間の比率が低下してしまうので、持久運動能力の向上のために有効な運動としての質が高いとはいえなくなる。
【0071】
なお、上記では乳酸を代謝物質とした場合を説明したが、乳酸以外の代謝物質であっても、測定可能であり、かつ、運動強度に応じて増減する代謝物質であれば、乳酸の場合と同様に、当該代謝物質の体内濃度を指標として、持久運動能力の向上のために有効な運動としての質を評価することができる。
【0072】
しかしながら、実際のトレーニング運動中に、体内代謝物質濃度を実測することは困難である。そこで、実際のトレーニング運動中における運動強度に関連する取得可能なパラメータ(変数)に基づく、体内代謝物質濃度の推定できる手法が必要となる。
【0073】
本発明者が研究の結果として得た知見によれば、上述した実験室における漸増負荷テストで測定された対象者の血中乳酸濃度等の体内代謝物質濃度から、運動強度に応じた体内代謝物質の代謝速度を示す代謝反応速度式を、複数の運動状態パラメータ値を変数として求めることができる。そして、当該代謝反応速度式の変数として体内代謝物質濃度が含まれていても、トレーニング運動の開始前の体内代謝物質濃度を初期値として採用すれば、トレーニング運動中における体内代謝物質濃度の時間変化を求めることができる。
【0074】
なお、本発明者が研究の結果として得た知見によれば、当該初期値は、対象者がトレーニングを積んでいっても大きく変化することはない。
【0075】
[トレーニング支援システム]
以下、本発明の一実施形態に係るトレーニング支援システムについて、
図4~
図10を主に参照して説明する。なお、本実施形態では、代謝物質として乳酸を採用するものとして説明する。
【0076】
<構成>
図4には、一実施形態に係るトレーニング支援システム900の構成が示されている。この
図4に示されるように、トレーニング支援システム900は、可搬型計測ユニット100
m(m=1,2,…,M)と、事前計測ユニット200
q(q=1,2,…,Q)と、利用者端末装置300
p(p=1,2,…,P)と、事前計測ユニット300
q(q=1,2,…,Q)と、サーバ装置400とを備えている。
【0077】
これらの可搬型計測ユニット100m、事前計測ユニット200q、通信端末装置300p及びサーバ装置400は、ネットワーク500に接続されている。本実施形態では、サーバ装置400が、可搬型計測ユニット100m、事前計測ユニット200q及び通信端末装置300pとの間で、ネットワーク500を利用した通信を行うようになっている。
【0078】
《可搬型計測ユニット100mの構成》
上記の可搬型計測ユニット100mは、計測対象者である利用者のトレーニング運動中において、対象者又は運動用に当該対象者が利用する器具に装着される。例えば、運動がマラソンの場合には、可搬型計測ユニット100mは対象者に装着される。また、運動が自転車走行の場合には、自転車又は対象者に装着される。
【0079】
可搬型計測ユニット100mは、センサ110m,n(n=1,2,…,Nm)と、処理ユニット120mとを備えている。また、可搬型計測ユニット100mは、表示ユニット130mを備えている。
【0080】
上記のセンサ110m,nのそれぞれは、センサ本体と、データ送信ユニットとを備えている。本実施形態では、センサ110m,nは、センサ本体による検出結果をデジタル値化したデータを、データ送信ユニットが、Bluetooth(登録商標)規格等に従った近距離無線通信により、処理ユニット120mへ送信するようになっている。
【0081】
なお、センサ110m,1~110m,Nmにより検出される運動状態パラメータ値には、上述した(I)~(IX)式のいずれかにおいて変数となっている運動状態パラメータ値の組が少なくとも含まれるようになっている。
【0082】
上記の処理ユニット120mは、中央処理装置(CPU:Central Processing Unit)、記憶素子及びその周辺回路を備えて構成されている。当該CPUがプログラムを実行することにより、可搬型計測ユニット100mとしての機能が実現するようになっている。
【0083】
なお、処理ユニット120mは、タイマ機能を有している。
【0084】
また、処理ユニット120mは、Bluetooth(登録商標)規格等に従った近距離無線通信及び広域無線通信の双方の機能を有するとともに、演算能力を有する通信端末装置となっている。さらに、処理ユニット120mは、不図示のキーボード等の情報入力部を備えており、この情報入力部を操作することにより、対象者の識別情報の指定、センサ110m,Nm~110m,N1により検出される運動状態パラメータ値の種類の指定(本実施形態では、上述した代謝反応速度式(I)~(IX)のいずれを利用しようとするかに応じた、第1~第3の変数の組(すなわち、運動状態パラメータの組)のうち、いずれを使用するかの指定)、センサ検出結果のロギング動作の開始/停止の指定等をすることができるようになっている。
【0085】
なお、処理ユニット120mにより実行される処理については、後述する。
【0086】
上記の表示ユニット130mは、液晶パネル等の表示デバイスを備えて構成されている。この表示ユニット130mは、処理ユニット120mから送られた表示データを受ける。そして、表示ユニット130mは、当該表示データに応じた画像を表示する。
【0087】
《事前計測ユニット200qの構成》
上記の事前計測ユニット200q(q=1,2,…,Q)は、実験室やトレーニングセンタ施設等に配置される。この事前計測ユニット200qは、センサ210q,r(r=1,2,…,Rq)と、血中乳酸濃度を測定する乳酸測定器220qと、データロガー230qとを備えている。
【0088】
上記のセンサ210q,rのそれぞれは、センサ210m,nの場合と同様に、センサ本体と、データ送信ユニットとを備えている。すなわち、センサ210q,r は、センサ本体による検出結果をデジタル値化したデータを、データ送信ユニットが、Bluetooth(登録商標)の規格等に従った近距離無線通信により、データロガー230qへ送信するようになっている。
【0089】
なお、センサ210q,1~210q,R1により検出される運動状態パラメータ値には、上述した(I)~(IX)式において変数となっている運動状態パラメータ値のいずれも含まれている。
【0090】
上記の乳酸測定器220qは、事前測定の対象となる対象者から採血された血液中の乳酸濃度(血中乳酸濃度)を測定する。本実施形態では、乳酸測定器220qは、測定結果を、不図示の表示部に表示するようになっている。
【0091】
上記のデータロガー230qは、中央処理装置(CPU:Central Processing Unit)、記憶素子及びその周辺回路を備えて構成されている。当該CPUがプログラムを実行することにより、事前計測ユニット200qとしての機能が実現するようになっている。
【0092】
なお、データロガー230qは、タイマ機能を有している。
【0093】
また、データロガー230qは、Bluetooth(登録商標)規格等に従った近距離無線通信及び広域無線通信の双方の機能を有するとともに、演算能力を有する通信端末装置となっている。さらに、データロガー230qは、不図示のキーボード等の情報入力部を備えており、この情報入力部を操作することにより、事前測定の対象となる対象者の識別情報の指定、検出対象となる運動状態パラメータの値の種類の指定(本実施形態では、上述した代謝反応速度式(I)~(IX)のいずれを利用しようとするかに応じた、第1~第3の変数の組(すなわち、運動状態パラメータの組)のうち、いずれを使用するかの指定)、センサ検出結果のロギング動作の開始/停止の指定、乳酸測定器220qによる測定結果の入力等をすることができるようになっている。
【0094】
なお、データロガー230qにより実行される処理については、後述する。
【0095】
《利用者端末装置300pの構成》
上記の利用者端末装置300pとしては、対象者の自宅等に配置されるパーソナルコンピュータ、対象者とともに移動可能なノート型パーソナルコンピュータやスマートフォン等が利用可能である。この利用者端末装置300pを利用して、対象者が、サーバ装置400へ登録要求を送信すると、サーバ装置400において利用者登録が行われ、対象者の識別情報が付与される。
【0096】
なお、当該登録要求では、対象者のデモグラフィック情報(年齢、住所、性別等)が指定されるようになっている。
【0097】
こうして付与された対象者の識別情報は、当該登録要求を送信した利用者端末装置300pへ返送される。この結果、対象者は、自身に付与された識別情報を知ることができる。
【0098】
また、利用者端末装置300pを利用して、対象者が、サーバ装置400へ推奨トレーニング運動提示要求を送信すると、サーバ装置400において推奨トレーニング運動情報(推奨コース、推奨運動期間長、運動態様等)が生成される。なお、推奨トレーニング運動提示要求では、対象者の識別情報、行いたいトレーニング運動の種類(マラソン、自転車等)等が指定されるようになっている。
【0099】
こうして生成された推奨トレーニング運動情報は、当該推奨トレーニング運動提示要求を送信した利用者端末装置300pへ返送される。この結果、対象者は、自身の持久運動能力の向上に適したトレーニング運動の内容を知ることができる。
【0100】
《サーバ装置400の構成》
上記のサーバ装置400は、CPU、固定ディスク等の大容量記憶装置及びその周辺回路等を備えて構成されている。当該CPUが様々なプログラムを実行することにより、サーバ装置400としての機能を果たすようになっている。こうした機能には、利用者登録処理、代謝反応速度式生成処理、代謝反応速度式の送信処理、推奨トレーニング運動情報生成処理、実行されたトレーニング運動の評価処理等が含まれている。
【0101】
なお、サーバ装置400が備える大容量記憶装置内には、対象者の識別情報に関連付けて、対象者の登録時に取得された当該対象者のデモグラフィック情報、当該対象者の代謝反応速度式、当該対象者の運動履歴情報等が記憶されるようになっている。また、当該大容量記憶装置内には、運動の種類ごとにトレーニングコースの情報が記憶されるようになっている。
【0102】
サーバ装置400は、利用者端末装置300pから送信された新たな登録要求を受信すると、利用者登録処理を実行する。かかる利用者登録処理に際して、サーバ装置400は、新たな識別情報を、新たな登録要求を発行した新たな対象者に対して付与する。引き続き、サーバ装置400は、新たな識別情報に関連付けて、新たな登録要求で指定されたデモグラフィック情報を大容量記憶装置に格納する。そして、サーバ装置400は、当該新たな識別情報を、登録要求を送信した利用者端末装置300pへ返送する。
【0103】
なお、上述した代謝反応速度式生成処理、代謝反応速度式の送信処理、推奨トレーニング運動情報生成処理、実行されたトレーニング運動の評価処理については、後述する。
【0104】
<動作>
次に、上記のように構成されたトレーニング支援システム900の動作について、処理ユニット120m及びデータロガー230qが実行する処理、並びに、サーバ装置400が実行する代謝反応速度式生成処理、代謝反応速度式の送信処理、推奨トレーニング運動情報生成処理、実行されたトレーニング運動の評価処理に主に着目して説明する。
【0105】
《代謝反応速度式の導出》
まず、トレーニング支援システム900における対象者ごとの代謝反応速度式の導出について説明する。
【0106】
かかる代謝反応速度式の導出に際しては、まず、対象者が、上述した事前計測ユニット200qの設備を有する施設(実験室、トレーニングセンタ)へ出向く。そして、対象者が、事前計測ユニット200qに対して、対象者の識別情報、及び、検出対象となる運動状態パラメータの種類の指定を入力する。ここで、対象者は、利用可能性がある可搬型計測ユニット100mが有しているセンサ100m,1~100m,Nmにより検出可能な運動状態パラメータの値の種類を考慮して、検出対象となる運動状態パラメータの値の種類の指定を入力する。
【0107】
この後、センサ検出結果のロギング動作の開始指定がされ、対象者の事前計測用の漸増負荷テストが開始されると、データロガー230qが、指定された運動状態パラメータの値に対応するセンサから送られた検出結果データを収集する。そして、データロガー230qは、収集された検出結果データを、対象者の識別情報及び検出時刻(収集時刻)とともに、サーバ装置400へ送信する。
【0108】
当該事前計測用の漸増負荷テスト中に適宜採血が行われる。そして、採血された血液中における乳酸濃度が、乳酸測定器220qにより測定される。かかる乳酸測定器220qによる測定の結果は、データロガー230qの入力部を利用してデータロガー230qに入力される。なお、乳酸濃度の測定結果の入力に際しては、対象者の識別情報及び採血時刻の指定が入力されるようになっている。そして、1検体に関する乳酸濃度の測定が終了すると、データロガー230qは、乳酸測定器220qによる測定結果データを、対象者の識別情報及び採血時刻とともに、乳酸測定情報として、サーバ装置400へ送る。
【0109】
こうして事前計測用の漸増負荷テストにおける運動状態パラメータ値の検出結果データ及び乳酸測定結果を受信すると、サーバ装置400は、代謝反応速度式生成処理を実行する。かかる代謝反応速度式生成処理に際しては、サーバ装置400は、対象者に対して、上述した代謝反応速度式(I)~(IX)の中から少なくとも1つの式を、最小2乗法等の統計的手法を使用して推定する。
【0110】
なお、代謝反応速度式(I)~(IX)のそれぞれは、上述したように、次の第1~第3の組の変数のいずれかの組の変数を採用している。
ここで、第1の組の変数は、(a1)トルク、(a2)脚あるいは腕の回転速度(rpm)、ピッチ数及び移動速度からなる群から選ばれるいずれかのケイデンスあるいは運動速度、(a3) 運動開始前に測定された測定対象者の体重、(a4)心拍数、(a5)運動環境、(a6)血中乳酸濃度、並びに、(a7)気温又は体温のいずれか一方の温度からなる変数を含む。当該第1の組の変数を採用した代謝反応速度式は、式(I),(IV),(VII)となっている。
【0111】
また、第2の組の変数は、上記の第1の組の変数と比べて、上記(a1)トルクに代えて(b1)フォース値を、(a2)ケイデンスあるいは運動速度に代えて(b2)身体を動かす速さのパラメータとして、歩行時、車椅子走行時、ハンドバイク走行時又はランニング時の歩幅又はピッチ数を、変数として含んでいる。当該第2の組の変数を採用した代謝反応速度式は、式(II),(V),(VIII)となっている。
【0112】
さらに、第3の組の変数は、上記の第1の組の変数と比べて、上記(a1)トルク及び(a2) ケイデンスあるいは運動速度に代えて、(c1)パワー(又は、force(力)、水平および垂直方向の速度と加速度、身体の上下変動高さ、接地時間、走行時のジャンプ角度、ストライドの周期(pitch)といった測定パラメータから求める仕事率(work rate))を、変数として含んでいる。当該第3の組の変数を採用した代謝反応速度式は、式(III),(VI),(IX)となっている。
【0113】
本発明者が研究の結果として得た知見によれば、上記式(I)~(III)のタイプの式形式(以下、「指数タイプ式」という)の場合には、持久運動能力レベルが高い者(
図5(A)参照)及び低い者(
図5(B)参照)の双方について、実用的精度を確保することができる推定式となっている。
図5(後述する
図6も同様)は、運動強度の変化に伴う乳酸生成速度の変化を示す図である。ここで、黒塗りの四角が実測値であり、曲線が指数タイプ式による回帰式である。
【0114】
また、上記式(IV)~(VI)のタイプの式形式(以下、「累乗タイプ式」という)の場合には、持久運動能力レベルが高い者(
図6(A)参照)については実用的精度を確保することができない。一方、持久運動能力レベルが低い者(
図6(B)参照)については、「指数タイプ式」よりも高い精度を確保することができる。
【0115】
さらに、上記式(VII)~(IX)のタイプの式形式(以下、「複合タイプ式」という)の場合には、式の推定のための演算量が大きくなるが、指数タイプ式及び累乗タイプ式よりも推定精度の向上を図ることができる。
【0116】
なお、本発明者が得た知見によれば、トレーニングの進捗・状態に応じて上述の性質をもち、トレーニングの実施内容と強い相関性があり、トレーニングデータからも類別・推算することができる。
【0117】
こうして対象者の代謝反応速度式が生成されると、サーバ装置400は、当該対象者の識別情報に関連付けて、生成された代謝反応速度式を、大容量記憶装置に格納する。以下の説明では、同一対象者について最新に生成された代謝反応速度式を、「最新代謝反応速度式」と呼ぶものとする。
【0118】
《推奨トレーニング運動の導出》
次に、トレーニング支援システム900における対象者に対する推奨トレーニング運動の導出について説明する。
【0119】
推奨トレーニング運動の導出に際しては、まず、利用者端末装置300pを利用して、対象者が、サーバ装置400へ推奨トレーニング運動提示要求を送信する。なお、上述したように、本実施形態推奨トレーニング運動提示要求では、対象者の識別情報、行いたいトレーニング運動の種類(マラソン、自転車等)等が指定される。
【0120】
推奨トレーニング運動提示要求を受信すると、サーバ装置400は、推奨トレーニング運動情報生成処理を実行する。かかる推奨トレーニング運動情報生成処理に際して、サーバ装置400は、まず、対象者の識別情報に基づいて、大容量記憶装置内を検索して、対象者の最新代謝反応速度式を特定する。引き続き、サーバ装置400は、特定された最新代謝反応速度式、対象者のそれまでのトレーニング履歴、対象者が行いたいトレーニング運動の種類、大容量記憶装置内に記憶されている当該種類のトレーニング運動のコース情報及び目標とするレースのコース情報に基づいて、推奨トレーニング運動情報を生成する。
【0121】
当該推奨トレーニング運動情報の生成に際して、サーバ装置400は、対象者にとって利用しやすいと想定されるトレーニング運動のコースを含め、それまでの走行記録から抽出する。引き続き、サーバ装置400は、抽出されたトレーニング運動のコースのそれぞれについて、特定された代謝反応速度式、及び、コース中における傾斜分布等に基づいて、少なくとも1つのトレーング運動候補として抽出する。
【0122】
ところで、本発明の発明者が研究の結果として得た知見によれば、持久運動能力の向上のための運動の質は、運動中の対象者の体内における乳酸等の代謝物質の濃度の値の経時変化の様態により定まる。そして、本発明の発明者が研究の結果として更に得た知見によれば、持久運動能力の向上のための運動の質は、次の(i)~(vi)により判断することができる。
【0123】
(i)休憩期間を含めて血中乳酸濃度が2~14mmol/lに含まれる予め定められた濃度範囲内となる状態の期間長(第3期間長)をなるべく長期間とできることが、持久運動能力の向上の観点から好ましい。
(ii)当該状態の期間長のトレーニング運動中期間に対する割合をなるべく高くできることが、持久運動能力の向上の観点から好ましい。
(iii)乳酸濃度が上昇傾向となっていた期間長(第2期間長)をなるべく長期間とできることが、持久運動能力の向上の観点から好ましい。
(iv)乳酸濃度値が維持されているといえる期間長(第1期間長)をなるべく長期間とできることが、持久運動能力の向上の観点から好ましい。
【0124】
(v)
図7に示されるように、第1~第3期間(特定期間)における代謝物質(乳酸)の第1総生成量の運動の全期間中における代謝物質の第2総生成量に対する割合が高いほど、上述したLTの上昇に寄与できる傾向にある。このため、当該割合を高くできることが、持久運動能力の向上の観点から好ましい。
【0125】
なお、本実施形態では、第1総生成量及び第2総生成量を、今回採用している代謝反応式における各項の係数ai及び/又はkiの値が正である項(以下、「正値項」とも呼ぶ)のみを取り出して作成した式で算出される値の対象期間(第1総生成量の場合には、第1~第3期間に該当する期間;第2総生成量の場合には、運動の全期間)にわたって累積加算することにより算出している。
【0126】
(vi)第2総生成量が、対象者に応じて定められた目標累積生成量に近いことが、持久運動能力の向上の観点から好ましい。例えば、
図8に示されるような代謝物質の累積生成量の時間変化をするトレーニング運動であれば、持久運動能力の向上の観点から好ましいといえる。
【0127】
上記の条件を(i)~(iv)を判断基準として、サーバ装置400は、トレーニング運動候補を評価する。かかる評価により、サーバ装置400は、トレーニング運動候補のそれぞれの対象者にとって有効性を判断する。そして、サーバ装置400は、当該判断の結果に基づいて、推奨トレーニング運動情報(推奨コース、推奨運動期間長、運動態様(速度、休憩ととる目安等)等)を生成する。
【0128】
なお、推奨トレーニング運動情報には、上り坂であるのか、平坦路であるか、あるいは室内に設置するタイプのインドアトレーナーであるかなどの、トレーニングコース情報を含める場合もある。あるいは、それまでのトレーニング履歴から、特定の地点を含めたコース情報と併せて提案することもある。
【0129】
こうして推奨トレーニング運動情報が生成されると、サーバ装置400は、生成された推奨トレーニング運動情報を、今回の推奨トレーニング運動提示要求を送信した利用者端末装置300p及び/又は当該利用者が利用する可搬型計測ユニット(以下、可搬型計測ユニット100mと記す)へ送信する。当該推奨トレーニング運動情報を受信すると、利用者端末装置300p 及び/又は可搬型計測ユニット100mは、当該推奨トレーニング運動情報を今回の対象者に提示する。
【0130】
《実施したトレーニング運動の評価》
次いで、トレーニング支援システム900における、実施したトレーニング運動の評価について説明する。
【0131】
実施したトレーニング運動の評価に際しては、まず、対象者が運動開始に当たって、トレーニング運動のコースへ出向く。そして、対象者が、可搬型計測ユニット100mに対して、対象者の識別情報、及び、可搬型計測ユニット100mにより検出される運動状態パラメータ値の種類の指定を入力する。
【0132】
この後、対象者が、可搬型計測ユニット100mに対して、センサ検出結果のロギング動作の開始の指定を入力すると、処理ユニット120mが、対象者の識別情報を指定した代謝反応速度式要求を生成し、生成された代謝反応速度式要求をサーバ装置400へ送信する。この反応代謝式要求を受信すると、サーバ装置400は、代謝反応速度式の送信処理を実行する。
【0133】
かかる代謝反応速度式の送信処理に際して、サーバ装置400は、まず、指定された対象者の識別情報に基づいて、当該対象者の最新代謝反応速度式を抽出する。そして、サーバ装置400は、抽出された最新代謝反応速度式を、今回の代謝反応速度式要求を送信した可搬型計測ユニット100mへ送る。
【0134】
最新代謝反応速度式を受信すると、処理ユニット120mは、センサ検出結果の収集を開始するとともに、当該収集結果及び最新代謝反応速度式を利用した血中乳酸濃度の算出処理を開始する。引き続き、処理ユニット120mは、算出された血中乳酸濃度の最近における時間変化を表示させるための表示データを生成し、生成された表示データを表示ユニット130mへ送る。この結果、表示ユニット130mにより、血中乳酸濃度の最近における時間変化が表示されることにより、対象者に対して、血中乳酸濃度の最近における時間変化の様子が提示される。また、処理ユニット120mは、算出された血中乳酸濃度及びセンサ検出結果の収集データを、時刻情報とともにサーバ装置400へ送信する。
【0135】
以後、センサ検出結果のロギング動作の終了の指定が入力されるまで、処理ユニット120mは、センサ検出結果の収集を開始の動作を継続する。そして、センサ検出結果のロギング動作の終了の指定が入力されると、処理ユニット120mは、今回のトレーニング運動を終了した旨を、サーバ装置400へ送信し、新たなセンサ検出結果のロギング動作の終了の指定入力の待ち状態となる。
【0136】
以上のようして今回のトレーニング運動を終了した旨を受信すると、サーバ装置400は、当該今回のトレーニング運動の評価処理を実行する。
かかるトレーニング運動の評価処理に際して、サーバ装置400は、(i)休憩期間を含めて血中乳酸濃度が2~14mmol/lに含まれる予め定められた範囲内となる状態の期間長(第3期間長)、及び、(ii)当該状態の期間長のトレーニング運動中期間に対する割合、並びに、(iii)乳酸濃度が上昇傾向となっていた期間長(第2期間長)、及び/又は、(iv)乳酸濃度値が維持されているといえる期間長(第1期間長)を判断指標として、推奨トレーニング運動情報(推奨コース、推奨運動期間長、運動態様(速度、休憩をとる目安等)等)を評価指標とした評価を行う。
【0137】
なお、これらの期間長が長いほど、また、当該割合が高いほど、今回のトレーニングの質が高かったと評価するようになっている。
【0138】
図9には、実施されたトレーニング運動における運動強度の時間変化の一例(
図9(A))と、当該運動強度の時間変化の一例に応じた血中乳酸濃度の時間変化(
図9(B))が示されている。なお、
図9(A)においては、運動強度としてパワーが代表的に示されている。
【0139】
図9の例では、(i)休憩期間を含めて血中乳酸濃度が2~14mmol/lに含まれる予め定められた範囲内(
図9の例では、4~8mmol/lの範囲内)となる状態の期間長が長く、かつ、(ii)当該状態の期間長のトレーニング運動中期間に対する割合が高くなっている。このため、
図9の例のトレーニング運動は、質の高いトレーニング運動であったと評価される。
【0140】
図10には、実施されたトレーニング運動における運動強度の時間変化の他例(
図10(A))と、当該運動強度の時間変化の一例に応じた血中乳酸濃度の時間変化(
図10(B))が示されている。なお、
図10(A)においても、運動強度としてパワーが代表的に示されている。
【0141】
図10の例では、3回の間欠的運動の一例である。短い休息時間で、高い強度を繰り返し発揮する場合、短い休息時間で回復を図れることが競技力の向上には有効である。1回目のダッシュ時に乳酸濃度は上昇を続け、脚を止めたことにより、急速に濃度低下を始める、乳酸濃度が4mmo/l以下に下がる前に次のダッシュを開始している。2回目の休息時にはより長い時間の休息をとっていて、2mmol/l以下までは下がっていないが、乳酸濃度は3.5mmol/lまで下がっている。2回目の休息時間は1回目同等程度まで短くし、濃度低下時間を短くし、より濃度が高い時間で次のダッシュを開始する事が望ましい。濃度低下している区間は、濃度を高く保っている点では好ましいが、濃度が下がり続けている状態はより短くする事が好ましい。
【0142】
また、第1~第3期間(特定期間)における代謝物質(乳酸)の第1総生成量のトレーニング運動の全期間中における代謝物質の第2総生成量に対する割合が高いほど、対象者にとって有効な運動態様であったと判断する。
【0143】
また、第2総生成量が、対象者に応じて定められた目標累積生成量に近いほど、対象者にとって有効な運動態様であると判断する。
【0144】
こうして評価が終了すると、サーバ装置400は、今回のトレーニング運動の期間における運動強度の時間変化情報及び血中乳酸濃度の時間変化情報を生成する。そして、サーバ装置400は、こうして生成された時間変化情報と、評価結果の情報を、対象者に対応する利用者端末装置300pへ送信する。この結果、利用者端末装置300pにより、今回のトレーニング運動が、どのような態様のトレーニング運動であったのか、及び、今回のトレーニング運動の質の評価結果が、対象者に提示される。
【0145】
以上説明したように、本実施形態のトレーニング支援システム900では、算出部として機能するサーバ装置400が、対象者の事前運動時における複数の運動状態パラメータ値に応じた血中の乳酸の代謝速度測定結果から得られている当該対象者の乳酸の代謝反応速度式に基づいて、当該対象者のトレーニング運動中における運動状態パラメータ値の少なくとも1つの時間変化に応じた乳酸の濃度の時間変化を算出する。そして、評価部として機能するサーバ装置400が、当該対象者が実施したトレーニング運動中において、算出された乳酸の濃度が維持、上昇あるいは予め定められた範囲内の値を維持する期間長、に基づいて、当該実施したトレーニング運動の内容の対象者にとっての持久運動能力の向上のための適切性を評価する。
【0146】
したがって、本実施形態のトレーニング支援システム900によれば、従来例の技術におけるトレーニング運動中における乳酸の血中濃度を、採血等を行って直接的に測定しなくともよいという利点を確保しつつ、トレーニング運動中における乳酸の血中濃度が予め定められた範囲内の値を維持する期間長という具体的な指標を用いて、対象者が行った運動の持久運動能力の向上のための質の客観的な評価を行うことができる。
【0147】
また、本実施形態のトレーニング支援システム900では、サーバ装置400が、前記算出された乳酸の濃度が維持、上昇あるいは予め定められた範囲内の値を維持する期間長が長いほど、実施したトレーニング運動の内容の対象者にとっての適切性が高かったと評価する。このため、簡易に、かつ、合理的にトレーニング運動の内容の質を評価することができる。
【0148】
また、本実施形態のトレーニング支援システム900では、トレーニング運動中に現時点までの乳酸の血中濃度の時間変化を表示画像により、対象者に提示する。このため、トレーニング運動中の対象者に対して、現時点までのトレーニング運動の質をリアルタイムで提示することができる。
【0149】
また、本実施形態のトレーニング支援システム900では、導出部として機能するサーバ装置400が、代謝反応速度式により算出される乳酸の濃度の時間変化が、対象者にとって有効なトレーニング運動に対応すると推定されるトレーニング態様を導出する。このため、対象者が行った運動の質の評価に加えて、対象者にとって有効なトレーニング運動に対応すると推定されるトレーニング態様を導出することができる。
【0150】
また、本実施形態のトレーニング支援システム900では、サーバ装置400が、複数のトレーニング態様候補のうち、算出される乳酸の濃度が予め定められた範囲内の値を維持する期間長が長いほど、対象者にとって有効なトレーニング態様であると判断する。このため、簡易に、かつ、合理的に、質の高いトレーニング態様を、対象者に対して提案することができる。
【0151】
[実施形態の変形]
本発明は、上記の実施形態に限定されるものではなく、様々な変形が可能である。
【0152】
例えば、上記の実施形態では、代謝物質を乳酸とした。これに対し、運動により体内濃度が変化し、かつ、体内濃度を測定可能な代謝物質であれば、乳酸に代えて採用することができる。例えば、代謝物質としてクレアチンリン酸を採用することができる。
【0153】
上記の実施形態では、血中乳酸濃度のリアルタイム提示を表示画像により行うようにしたが、表示画像に加えて出力音声により血中乳酸濃度のリアルタイム提示を行うようにしてもよい。
【0154】
また、上記の実施形態では、可搬型計測ユニットでは、センサと処理ユニットの接続を近距離無線接続としたが、有線接続としてもよい。
【0155】
また、上記の実施形態では、可搬型計測ユニットと利用者端末装置とを別装置としたが、可搬型計測ユニットにおける処理ユニットの処理能力が高い場合には、処理ユニットが利用者端末装置の機能を果たすようにしてもよい。
【0156】
また、上記の実施形態では、トレーニング運動の評価を行うようにしたが、実際に参加した試合における運動を評価するようにしてもよい。
【0157】
また、上記の実施形態では、実施候補の推奨トレーニング運動の導出に際して、対象者にとって利用しやすいと想定されるトレーニング運動のコースを含め、それまでの走行記録から抽出するようにした。そして、抽出されたトレーニング運動のコースのそれぞれについて、当該対象者について特定された代謝反応速度式、及び、コース中における傾斜分布等に基づいて、少なくとも1つのトレーング運動候補として抽出するようにした。
【0158】
これに対し、他の対象者の実際のレースなどにおける運動状態パラメータの時間変化の実測値を利用して、当該対象者について特定される代謝反応速度式を適用してみることにより、当該対象者の運動能力と、他の対象者の運動能力とを比較するようにしてもよい。この場合には、他の対象者と同じレース等に当該対象者が参加して、他の対象者と競合しようとした場合に、当該対象者にとって余裕のある運動であるのか、途中で疲労困憊の状態となってしまうのか等の当該対象者にとっての運動の質を評価することができる。
【0159】
また、上記の実施形態では、休憩期間を含めて血中乳酸濃度が2~14mmol/lに含まれる予め定められた濃度範囲内として、血中乳酸濃度が4~8mmol/lとなる状態の期間長(第3期間長)をなるべく長期間とできることを評価基準とした。これに対し、血中乳酸濃度が2~14mmol/lとなる状態の期間長(第3期間長)をなるべく長期間とできることを評価基準としてもよい。さらに、血中乳酸濃度が2~23mmol/lとなる状態の期間長(第3期間長)をなるべく長期間とできることを評価基準としてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0160】
本発明は、トレーニング運動の支援を行うトレーニング支援システムの分野において有用である。
【符号の説明】
【0161】
100 … 可搬型計測ユニット
110 … センサ
120 … 処理ユニット
130 … 表示ユニット(提示部)
200 … 事前計測ユニット
210 … センサ
220 … 乳酸測定器
230 … データロガー
300 … 利用者端末装置
400 … サーバ装置(算出部、評価部、導出部)