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特許7423083大腸癌の発癌リスクを検出する方法及びキット
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-19
(45)【発行日】2024-01-29
(54)【発明の名称】大腸癌の発癌リスクを検出する方法及びキット
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/6869 20180101AFI20240122BHJP
   C12Q 1/6886 20180101ALI20240122BHJP
   G01N 33/574 20060101ALI20240122BHJP
   C07K 16/18 20060101ALN20240122BHJP
   C07K 16/42 20060101ALN20240122BHJP
   C12N 15/12 20060101ALN20240122BHJP
【FI】
C12Q1/6869 Z
C12Q1/6886 Z
G01N33/574 A
C07K16/18
C07K16/42
C12N15/12
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2021514840
(86)(22)【出願日】2020-03-19
(86)【国際出願番号】 JP2020012468
(87)【国際公開番号】W WO2020213344
(87)【国際公開日】2020-10-22
【審査請求日】2023-03-16
(31)【優先権主張番号】P 2019079535
(32)【優先日】2019-04-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 老化メカニズムの解明・制御プロジェクト「消化器疾患発症制御を目指した加齢形質変化の理解」委託事業、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】598121341
【氏名又は名称】慶應義塾
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【弁理士】
【氏名又は名称】春田 洋孝
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 俊朗
【審査官】小田 浩代
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2019/0078092(US,A1)
【文献】特開2011-033495(JP,A)
【文献】特開2004-198419(JP,A)
【文献】Hao XP. et al.,Inducible nitric oxide synthase (iNOS) is expressed similarly in multiple aberrant crypt foci and colorectal tumors from the same patients,Cancer Res,2001年,Vol. 61,pp. 419-22
【文献】Traicoff JL. et al.,Templeton DJ, Casey G, Kaetzel CS. Characterization of the human polymeric immunoglobulin receptor (PIGR) 3'UTR and differential expression of PIGR mRNA during colon tumorigenesis,J Biomed Sci,2003年,Vol. 10,pp. 792-804
【文献】Esteban-Jurado C. et al.,Whole-exome sequencing identifies rare pathogenic variants in new predisposition genes for familial colorectal cancer,Genet Med,Vol. 17,2015年,pp. 131-42
【文献】鈴木 貴夫,大腸がんの発生メカニズムの解明と分子標的治療薬の臨床応用,仙台医療センター医学雑誌,2015年,Vol. 5,pp. 13-21
【文献】Nanki K. et al.,Somatic inflammatory gene mutations in human ulcerative colitis epithelium,Nature,2019年12月18日,Vol. 577,pp. 254-259
【文献】Amatya N. et al.,IL-17 Signaling: The Yin and the Yang,Trends Immunol,2017年,Vol. 38,pp. 310-322
【文献】YAN C. et al.,IL-17R deletion predicts high-grade colorectal cancer and poor clinical outcomes,Int. J. Cancer,2019年01月10日,Vol.145,p.548-558
【文献】ALMEIDA DE OLIVEIRA G. et al.,Inducible Nitric Oxide Synthase in the Carcinogenesis of Gastrointestinal Cancers,ANTIOXIDANTS & REDOX SIGNALING,2017年11月18日,Vol.26, No.18,p.1059-1077
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N15/00-15/90
C12Q 1/00- 3/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炎症性腸疾患患者の炎症領域が大腸癌を発癌するリスクを検出する方法であって、
前記患者由来の大腸の炎症領域の上皮組織試料における、インターロイキン(IL)-17シグナル伝達に関わる遺伝子の機能欠失変異を検出する工程を含み、
前記機能欠失変異が存在することが、前記患者は大腸癌の発癌リスクが高いことを示し、
IL-17シグナル伝達に関わる前記遺伝子が、PIGR遺伝子、NFKB Inhibitor Zeta(NFKBIZ)遺伝子、TRAF3 Interacting Protein 2(TRAF3IP2)遺伝子、Interleukin 17 Receptor A(IL17RA)遺伝子、Zinc Finger CCCH-Type Containing 12A(ZC3H12A)遺伝子、Nitric Oxide Synthase 2(NOS2)遺伝子から選択される少なくとも一つである、方法。
【請求項2】
IL-17シグナル伝達に関わる遺伝子の機能欠失変異を検出する前記工程が、前記患者由来の大腸の炎症領域の上皮組織試料における、PIGRタンパク質若しくはPIGRタンパク質の機能を反映する上皮細胞の細胞質における分泌型IgAタンパク質、NFKBIZタンパク質、TRAF3IP2タンパク質、IL17RAタンパク質、ZC3H12Aタンパク質又はNOS2タンパク質の免疫染色により行われ、
前記免疫染色の結果、前記上皮組織試料中に、PIGRタンパク質若しくはPIGRタンパク質の機能を反映する上皮細胞の細胞質における分泌型IgAタンパク質、NFKBIZタンパク質、TRAF3IP2タンパク質、IL17RAタンパク質、ZC3H12Aタンパク質又はNOS2タンパク質の発現が認められない細胞の存在が検出されることが、前記機能欠失変異が存在することを示す、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
PIGR遺伝子、NFKBIZ遺伝子、TRAF3IP2遺伝子、IL17RA遺伝子、ZC3H12A遺伝子及びNOS2遺伝子からなる群より選択される1種又は2種以上の遺伝子の機能的欠失変異を検出するためのプローブ、
PIGR遺伝子、NFKBIZ遺伝子、TRAF3IP2遺伝子、IL17RA遺伝子、ZC3H12A遺伝子及びNOS2遺伝子からなる群より選択される1種又は2種以上の遺伝子を増幅するためのプライマー、又は、
PIGRタンパク質又はPIGRタンパク質の機能を反映する上皮細胞の細胞質における分泌型IgAタンパク質、NFKBIZタンパク質、TRAF3IP2タンパク質、IL17RAタンパク質、ZC3H12Aタンパク質及びNOS2タンパク質からなる群より選択される1種又は2種以上のタンパク質に対する特異的結合物質、
を含む、炎症性腸疾患患者の炎症領域が大腸癌を発癌するリスクを検出するためのキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大腸癌の発癌リスクを検出する方法及びキットに関する。本願は、2019年4月18日に、日本に出願された特願2019-079535号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
潰瘍性大腸炎の患者は発癌リスクが高いことが知られている。しかしながら、潰瘍性大腸炎患者の発癌リスクを検出することができる信頼性の高いマーカーは知られていない。このため、潰瘍性大腸炎を8年以上患っている患者は、1~2年ごとに内視鏡検査を受けることが推奨されている。しかしながら、潰瘍性大腸炎患者の内視鏡検査は高度に熟練した専門医が行う必要があり、患者への身体的負担も少なくない。このため、潰瘍性大腸炎患者の発癌リスクを簡便に検出する技術が求められている。
【0003】
例えば、特許文献1には、ガレクチン-3及びガレクチン-4が大腸癌マーカーであることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開第2011/148668号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、大腸癌の発癌リスクを検出する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は以下の態様を含む。
[1]大腸癌の発癌リスクを検出する方法であって、被験者由来の大腸上皮組織試料における、インターロイキン(IL)-17シグナル伝達に関わる遺伝子の機能欠失変異を検出する工程を含み、前記機能欠失変異が存在することが、前記被験者は大腸癌の発癌リスクが高いことを示す、方法。
[2]IL-17シグナル伝達に関わる前記遺伝子が、PIGR遺伝子、NFKB Inhibitor Zeta(NFKBIZ)遺伝子、TRAF3 Interacting Protein 2(TRAF3IP2)遺伝子、Interleukin 17 Receptor A(IL17RA)遺伝子、Zinc Finger CCCH-Type Containing 12A(ZC3H12A)又はNitric Oxide Synthase 2(NOS2)遺伝子である、[1]に記載の方法。
[3]IL-17シグナル伝達に関わる遺伝子の機能欠失変異を検出する前記工程が、被験者由来の大腸上皮組織試料における、PIGRタンパク質、分泌型IgAタンパク質、NFKBIZタンパク質、TRAF3IP2タンパク質、IL17RAタンパク質、ZC3H12Aタンパク質又はNOS2タンパク質の免疫染色により行われ、前記免疫染色の結果、前記大腸上皮組織試料中に、PIGRタンパク質、分泌型IgAタンパク質、NFKBIZタンパク質、TRAF3IP2タンパク質、IL17RAタンパク質、ZC3H12Aタンパク質又はNOS2タンパク質の発現が認められない細胞の存在が検出されることが、前記機能欠失変異が存在することを示す、[1]又は[2]に記載の方法。
[4]PIGR遺伝子、NFKBIZ遺伝子、TRAF3IP2遺伝子、IL17RA遺伝子、ZC3H12A遺伝子及びNOS2遺伝子からなる群より選択される1種又は2種以上の遺伝子の機能的欠失変異を検出するためのプローブ、PIGR遺伝子、NFKBIZ遺伝子、TRAF3IP2遺伝子、IL17RA遺伝子、ZC3H12A遺伝子及びNOS2遺伝子からなる群より選択される1種又は2種以上の遺伝子を増幅するためのプライマー、又は、PIGRタンパク質、分泌型IgAタンパク質、NFKBIZタンパク質、TRAF3IP2タンパク質、IL17RAタンパク質、ZC3H12Aタンパク質及びNOS2タンパク質からなる群より選択される1種又は2種以上のタンパク質に対する特異的結合物質、を含む、大腸癌の発癌リスクを検出するためのキット。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、大腸癌の発癌リスクを検出する技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】実験例2における解析結果を示す図である。
図2】実験例2における解析結果を示す図である。
図3】実験例3における解析結果を示す図である。
図4】(a)~(d)は、実験例4における、大腸上皮組織試料の免疫染色の結果を示す代表的な顕微鏡写真である。
図5】実験例5における解析結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
[大腸癌の発癌リスクを検出する方法]
1実施形態において、本発明は、大腸癌の発癌リスクを検出する方法であって、被験者由来の大腸上皮組織試料における、IL-17シグナル伝達に関わる遺伝子の機能欠失変異を検出する工程を含み、前記機能欠失変異が存在することが、前記被験者は大腸癌の発癌リスクが高いことを示す方法を提供する。本実施形態の方法において、被験者は潰瘍性大腸炎患者であることが好ましい。また、大腸上皮組織試料は、炎症を起こした領域の試料であることが好ましい。
【0010】
本実施形態の方法は、大腸癌の発癌リスクを検出するためのデータを収集する方法であるということもできる。すなわち、本実施形態の方法は、大腸癌の発癌リスクを検出するためのデータを収集する方法であって、被験者由来の大腸上皮組織試料における、IL-17シグナル伝達に関わる遺伝子の機能欠失変異を検出する工程を含み、前記機能欠失変異が存在することが、前記被験者は大腸癌の発癌リスクが高いことを示すデータである方法であるということもできる。
【0011】
実施例において後述するように、発明者らは、潰瘍性大腸炎患者の炎症を起こした領域には、高頻度でIL-17シグナル伝達に関わる遺伝子の機能欠失変異が存在することを明らかにした。
【0012】
更に、発明者らは、大腸上皮組織にIL-17シグナル伝達に関わる遺伝子の機能欠失変異を有する潰瘍性大腸炎患者は、大腸炎関連腫瘍を伴っている場合が多いことを明らかにした。
【0013】
したがって、被験者由来の大腸上皮組織における、IL-17シグナル伝達に関わる遺伝子の機能欠失変異の存在は、前記被験者の大腸癌の発癌リスクが高いことを示す。本明細書において、被験者の発癌リスクが高いとは、被験者が近いうちに大腸炎関連腫瘍を生じる可能性が高いこと、被験者が既に良性又は悪性の腫瘍を有している可能性が高いこと、被験者が既に有している大腸炎関連腫瘍が悪性化する可能性が高いこと等を意味する。
【0014】
本実施形態の方法において、IL-17シグナル伝達に関わる遺伝子としては、PIGR遺伝子、NFKBIZ遺伝子、TRAF3IP2遺伝子、IL17RA遺伝子、ZC3H12A遺伝子、NOS2遺伝子等が挙げられる。
【0015】
PIGR遺伝子のcDNAのNCBIアクセッション番号はNM_002644.3等である。本明細書ではPIGR遺伝子にコードされるタンパク質をPIGRタンパク質という場合がある。PIGRタンパク質のNCBIアクセッション番号はNP_002635.2等である。
【0016】
NFKBIZ遺伝子のcDNAのNCBIアクセッション番号はNM_001005474.2、NM_031419.3等である。本明細書ではNFKBIZ遺伝子にコードされるタンパク質をNFKBIZタンパク質という場合がある。NFKBIZタンパク質のNCBIアクセッション番号はNP_113607.1、NP_001005474.1等である。
【0017】
TRAF3IP2遺伝子のcDNAのNCBIアクセッション番号はNM_001164281.2、NM_001164283.2、NM_147200.2、NM_147686.3、NM_001164282.1等である。本明細書ではTRAF3IP2遺伝子にコードされるタンパク質をTRAF3IP2タンパク質という場合がある。TRAF3IP2タンパク質のNCBIアクセッション番号はNP_671733.2、NP_001157753.1、NP_679211.2等である。
【0018】
IL17RA遺伝子のcDNAのNCBIアクセッション番号はNM_001289905.1、NM_014339.6等である。本明細書ではIL17RA遺伝子にコードされるタンパク質をIL17RAタンパク質という場合がある。IL17RAタンパク質のNCBIアクセッション番号はNP_001276834.1、NP_055154.3等である。
【0019】
ZC3H12A遺伝子のcDNAのNCBIアクセッション番号はNM_001323550.1、NM_001323551.1、NM_025079.2等である。本明細書ではZC3H12A遺伝子にコードされるタンパク質をZC3H12Aタンパク質という場合がある。ZC3H12Aタンパク質のNCBIアクセッション番号はNP_079355.2、NP_001310480.1、NP_001310479.1等である。
【0020】
NOS2遺伝子のcDNAのNCBIアクセッション番号はNM_000625.4、NM_153292.1等である。本明細書ではNOS2遺伝子にコードされるタンパク質をNOS2タンパク質という場合がある。NOS2タンパク質のNCBIアクセッション番号はNP_000616.3等である。
【0021】
IL-17(IL-17A)の受容体は、IL17RAタンパク質とIL17RCタンパク質のヘテロダイマーからなる。TRAF3IP2タンパク質(Act1タンパク質)は、IL-17受容体アダプターであり、下流にあるNF-κBシグナルの活性化に必須である。
【0022】
NFKBIZタンパク質(IκBζタンパク質)はNF-κBシグナルの活性化により活性化され、ポジティブフィードバック制御によりNF-κBを活性化する。IL-17刺激は、NFKBIZタンパク質、PIGRタンパク質等の発現を上方制御する。
【0023】
したがって、IL-17シグナル伝達に関わる遺伝子は、PIGRタンパク質の発現に関わる遺伝子であるということもできる。
【0024】
免疫グロブリンの一種であるIgAは、粘膜下の粘膜固有層に存在する多数の形質細胞から分泌され、粘膜上皮細胞の基底膜側の細胞膜上に発現するPIGRタンパク質にJ鎖で結合し、そのままPIGRタンパク質と共に上皮細胞内に取り込まれる。続いて、取り込まれたIgA-PIGR複合体は細胞内を横断(トランスサイトーシス)し、粘膜面側でPIGRタンパク質の一部(Secretary Component、SC)が切断される。その結果、IgA-SCタンパク質複合体(分泌型IgA)が粘膜面側に放出される。分泌型IgAは、J鎖により結合された二量体のIgAにSCタンパク質(分泌成分)が更に結合したものであるといえる。
【0025】
J鎖はJoining Chain Of Multimeric IgA And IgM(JCHAIN)遺伝子にコードされるタンパク質である。JCHAIN遺伝子のcDNAのNCBIアクセッション番号はNM_144646.3等である。本明細書ではJCHAIN遺伝子にコードされるタンパク質をJCHAINタンパク質、J鎖等という場合がある。JCHAINタンパク質のNCBIアクセッション番号はNP_653247.1等である。
【0026】
本実施形態の方法では、上述した、IL-17シグナル伝達に関わる遺伝子のいずれか1種について機能欠失変異を検出してもよいし、2種以上について機能欠失変異を検出してもよい。これらの遺伝子に機能欠失変異が存在した場合、被験者は大腸癌の発癌リスクが高いと判断することができる。
【0027】
また、機能欠失変異は片アレルに存在していてもよいし、両アレルに存在していてもよいが、両アレルに機能欠失変異が存在する場合、片アレルに機能欠失変異を有している場合と比較して、被験者の大腸癌の発癌リスクはより高いと判断することができる。
【0028】
また、機能欠失変異を有する遺伝子の数が多いほど、被験者の大腸癌の発癌リスクはより高いと判断することができる。
【0029】
機能欠失変異としては、IL-17シグナル伝達に関わる機能的なタンパク質が発現しなくなる変異であれば特に限定されず、例えば、truncating変異(短縮型変異)が挙げられる。truncating変異としては、ナンセンス変異、フレームシフト変異、スプライシング部位における変異等が挙げられる。
【0030】
機能欠失変異を検出する工程は、IL-17シグナル伝達に関わる遺伝子、すなわち、PIGR遺伝子、NFKBIZ遺伝子、TRAF3IP2遺伝子、IL17RA遺伝子、ZC3H12A遺伝子、NOS2遺伝子等のmRNA又はゲノムDNAのシーケンシングにより行ってもよい。あるいは、被験者由来の大腸上皮組織試料における、PIGRタンパク質、分泌型IgAタンパク質、NFKBIZタンパク質、TRAF3IP2タンパク質、IL17RAタンパク質、ZC3H12Aタンパク質、NOS2タンパク質等の免疫染色により行ってもよい。
【0031】
機能欠失変異を検出する工程を免疫染色により行う場合、PIGRタンパク質、分泌型IgAタンパク質、NFKBIZタンパク質、TRAF3IP2タンパク質、IL17RAタンパク質、ZC3H12Aタンパク質、NOS2タンパク質のうちいずれか1種について免疫染色を行ってもよいし、2種以上について免疫染色を行ってもよい。なかでも、PIGRタンパク質又は分泌型IgAタンパク質の免疫染色が好ましい。
【0032】
分泌型IgAタンパク質の免疫染色は、抗IgA抗体で染色することにより行ってもよいし、PIGRタンパク質の一部であるSCタンパク質(分泌成分)に対する抗体(抗SC抗体)で染色することにより行ってもよいし、IgA分子同士を結合して二量体IgA分子を形成するJ鎖に対する抗体(抗J鎖抗体)で染色することにより行ってもよい。
【0033】
実施例において後述するように、免疫染色の結果、大腸上皮組織試料中にPIGRタンパク質又は分泌型IgAタンパク質の発現が認められない細胞の存在が検出された場合、PIGRタンパク質の発現に関わる遺伝子の機能欠失変異が存在すると判断することができる。
【0034】
より詳細には、免疫染色の結果、PIGRタンパク質の発現が消失した腸陰窩が検出された場合、あるいは、細胞質内におけるIgA(分泌型IgA)タンパク質が消失した腸陰窩が検出された場合、PIGRタンパク質の発現に関わる遺伝子の機能欠失変異が存在すると判断することができる。
【0035】
[キット]
1実施形態において、本発明は、PIGR遺伝子、NFKBIZ遺伝子、TRAF3IP2遺伝子、IL17RA遺伝子、ZC3H12A遺伝子及びNOS2遺伝子からなる群より選択される1種又は2種以上の遺伝子の機能的欠失変異を検出するためのプローブ、PIGR遺伝子、NFKBIZ遺伝子、TRAF3IP2遺伝子、IL17RA遺伝子、ZC3H12A遺伝子及びNOS2遺伝子からなる群より選択される1種又は2種以上の遺伝子を増幅するためのプライマー、又は、PIGRタンパク質、分泌型IgAタンパク質、NFKBIZタンパク質、TRAF3IP2タンパク質、IL17RAタンパク質、ZC3H12Aタンパク質及びNOS2タンパク質からなる群より選択される1種又は2種以上のタンパク質に対する特異的結合物質、を含む、大腸癌の発癌リスクを検出するためのキットを提供する。
【0036】
本実施形態のキットを用いることにより、上述した大腸癌の発癌リスクを検出する方法を実施することができる。
【0037】
本実施形態のキットがプローブを含む場合、プローブとしては、PIGR遺伝子、NFKBIZ遺伝子、TRAF3IP2遺伝子、IL17RA遺伝子、ZC3H12A遺伝子又はNOS2遺伝子のmRNA又はゲノムDNAに特異的にハイブリダイズし、シーケンシング又は変異の同定が可能なものであれば特に限定されない。プローブは、担体上に固定されてDNAマイクロアレイを構成していることが好ましい。
【0038】
プローブにこれらの遺伝子のmRNA又はゲノムDNAをハイブリダイズさせ、シーケンシング又は変異の同定を行った結果、これらの遺伝子にIL-17シグナル伝達に関わる機能的なタンパク質が発現しなくなる変異が存在していた場合、IL-17シグナル伝達に関わる遺伝子の機能欠失変異が存在すると判断することができる。
【0039】
本実施形態のキットがプライマーを含む場合、当該プライマーを用いたPCR反応等により、PIGR遺伝子、NFKBIZ遺伝子、TRAF3IP2遺伝子、IL17RA遺伝子、C3H12A遺伝子又はNOS2遺伝子のmRNA又はゲノムDNAを増幅し、続いて、得られた増幅産物の塩基配列をシーケンシングする。
【0040】
その結果、これらの遺伝子にIL-17シグナル伝達に関わる機能的なタンパク質が発現しなくなる変異が存在していた場合、IL-17シグナル伝達に関わる遺伝子の機能欠失変異が存在すると判断することができる。
【0041】
IL-17シグナル伝達に関わる機能的なタンパク質が発現しなくなる変異としては、例えば、truncating変異(短縮型変異)が挙げられる。truncating変異としては、ナンセンス変異、フレームシフト変異、スプライシング部位における変異等が挙げられる。
【0042】
本実施形態のキットが、PIGRタンパク質、分泌型IgAタンパク質、NFKBIZタンパク質、TRAF3IP2タンパク質、IL17RAタンパク質、ZC3H12Aタンパク質又はNOS2タンパク質に対する特異的結合物質を含む場合、当該特異的結合物質を用いて被験者由来の大腸上皮組織試料を免疫染色する。
【0043】
その結果、大腸上皮組織試料中に、PIGRタンパク質又は分泌型IgAタンパク質の発現が認められない細胞の存在が検出された場合、PIGRタンパク質の発現に関わる遺伝子の機能欠失変異が存在すると判断することができる。
【0044】
上述したように、分泌型IgAタンパク質に対する特異的結合物質は、IgAに対する特異的結合物質であってもよいし、SCタンパク質(分泌成分)に対する特異的結合物質であってもよいし、J鎖に対する特異的結合物質であってもよい。
【0045】
特異的結合物質としては、例えば、抗体、抗体断片、アプタマー等が挙げられる。抗体は、マウス等の動物を免疫することによって作製したものであってもよく、ファージライブラリ等の抗体ライブラリのスクリーニングにより作製したものであってもよい。抗体断片としては、F(ab’)、Fab’、Fab、Fv、scFv等が挙げられる。アプタマーとしては、対象物質に対する特異的結合能を有する物質であれば特に限定されず、核酸アプタマー、ペプチドアプタマー等が挙げられる。
【0046】
[その他の実施形態]
1実施形態において、本発明は、被験者由来の大腸上皮組織試料における、IL-17シグナル伝達に関わる遺伝子の機能欠失変異を検出する工程と、前記機能欠失変異が存在した場合に、前記被験者に潰瘍性大腸炎の治療薬及び/又は抗癌剤を投与する工程と、を含む、大腸癌の治療方法を提供する。
【0047】
本実施形態において、被験者としては、例えば、潰瘍性大腸炎患者が挙げられる。また、IL-17シグナル伝達に関わる遺伝子、当該遺伝子の機能欠失変異については上述したものと同様である。
【0048】
また、抗癌剤としては、例えば、オキサリプラチン、イリノテカン、5-フルオロウラシル、カペシタビン等の殺細胞性抗癌剤;ベバシズマブ、ラムシルマブ、アフリベルセプト、セツキシマブ、パニツムマブ等の分子標的抗癌剤等が挙げられるがこれらに限定されない。また、上記殺細胞性抗癌剤と共にロイコボリンを投与してもよい。
【実施例
【0049】
次に実施例を示して本発明を更に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0050】
[実験例1]
(オルガノイドの調製)
実験は慶應義塾大学医学部倫理委員会の承認に基づいて行った(承認番号20120057、20130512、G3553-(7))。インフォームドコンセントを受け、大腸内視鏡検査又は手術を受けた潰瘍性大腸炎患者から、腸組織試料を採取した。
【0051】
健常者由来の腸組織試料の場合、腸組織から間質を除去し、上皮組織を約1mmの大きさに裁断した。上皮組織の破片は少なくとも5回氷冷したリン酸緩衝生理食塩水(PBS)で洗浄した。続いて、2.5mM EDTA中で穏やかに撹拌しながら4℃で1時間処理し、腸陰窩を遊離させた。
【0052】
続いて、遊離した腸陰窩をマトリゲル(登録商標、BDバイオサイエンス社)に懸濁し、25μLずつの液滴として48ウェルプレートに播種した。マトリゲルがゲル化した後、表1に示す組成の培地を積層した。
【0053】
【表1】
【0054】
潰瘍性大腸炎患者由来の炎症を起こしていない領域の試料(以下、「UCuninf」という場合がある。)、潰瘍性大腸炎患者由来の炎症を起こした領域の試料(以下、「UCinf」という場合がある。)、及び、潰瘍性大腸炎患者由来の大腸炎関連腫瘍試料(以下、「CAN」という場合がある。)の場合、断片化した粘膜組織をリベラーゼ(「リベラーゼTH、研究グレード」、ロシュ社)を用いて37℃で1時間消化した。続いて、残った断片をTrypLE Express(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を用いて37℃で20分間消化した。続いて、消化した組織をマトリゲルに埋め込み、上述した培地を積層した。
【0055】
培地は2日ごとに新しい培地に交換した。また、形成されたオルガノイドはTrypLE Expressを用いて1週間に1回、1:10の分割比でパッセージした。オルガノイドの樹立後2日間及びパッセージ後2日間は、培地に10μMのY-27632(富士フィルムワコー純薬)を添加した。
【0056】
その結果、45人の潰瘍性大腸炎患者及び13人の健常者に由来する122個の正常オルガノイド株(クローン)を得た。45人の潰瘍性大腸炎患者のうち22人は大腸炎関連腫瘍を有していた。そして、対応する正常オルガノイドを有しない5株を含む、19株の大腸炎関連腫瘍に由来するオルガノイドを得た。
【0057】
以下、潰瘍性大腸炎患者由来の炎症を起こしていない領域に由来するオルガノイドを「UCuninfオルガノイド」という場合がある。また、潰瘍性大腸炎患者由来の炎症を起こした領域に由来するオルガノイドを「UCinfオルガノイド」という場合がある。また、健常者に由来するオルガノイドを「HCオルガノイド」という場合がある。また、大腸炎関連腫瘍に由来するオルガノイドを「CANオルガノイド」という場合がある。
【0058】
[実験例2]
(IL-17シグナル伝達に関わる遺伝子の機能欠失変異の検討1)
実験例1で樹立した各オルガノイドクローンの全エクソームシーケンシングにより、UCinfオルガノイドに特異的な遺伝子変異が蓄積しているか否かを検討した。機能欠失変異の原因となる可能性がある、ナンセンス変異、フレームシフト変異、スプライシング部位における変異を含むtruncating変異(短縮型変異)に着目した。
【0059】
図1は解析結果を示す図である。図1中、横軸は各オルガノイドクローンのクローン名を示す。また、「UCinf」はUCinfオルガノイドであることを示し、「UCuninf」はUCuninfオルガノイドであることを示し、「HC」はHCオルガノイドであることを示す。また、「CAN」において、黒四角は潰瘍性大腸炎患者が大腸炎関連腫瘍を有していることを示す。また、「Truncating」はtruncating変異を示す。
【0060】
また、「NFKBIZ」はNFKBIZ遺伝子を示し、「PIGR」はPIGR遺伝子を示し、「TRAF3IP2」はTRAF3IP2遺伝子を示し、「TP53」はTP53遺伝子を示し、「ARID1A」はARID1A遺伝子を示す。
【0061】
また、黒四角はヘテロ接合性消失変異(loss-of-heterozygousity、LOH)を有していることを示し、黒三角は片アレルにtruncating変異を有していることを示し、白斜線の入った黒四角は両アレルにtruncating変異を有していることを示し、「Hotspot amino substitution」はホットスポットにアミノ酸置換変異を有していることを示す。
【0062】
その結果、UCinfオルガノイドでは、粘膜における免疫機能に関与するNFKBIZ遺伝子及びPIGR遺伝子にtruncating変異が繰り返し生じていることが明らかとなった。
【0063】
更に、5株のUCinfオルガノイドが、両アレルに、互いに変異パターンが異なるNFKBIZ遺伝子又はPIGR遺伝子のtruncating変異を有していた。この結果は、潰瘍性大腸炎の炎症環境下において特異的な選択が行われていることを示す。
【0064】
また、NFKBIZ遺伝子及びTRAF3IP2遺伝子におけるtruncating変異は、2株のUCinfオルガノイドにおいてヘテロ接合性消失変異(LOH)を伴っていることが明らかとなった。
【0065】
HCオルガノイドではヘテロ接合性消失変異(LOH)は稀であったのに対し、全エクソームシーケンシングデータの1塩基多型解析の結果、29株のUCinfオルガノイドのうちの7株においてヘテロ接合性消失変異(LOH)変異が検出された(データは示さず)。この結果は、潰瘍性大腸炎の炎症環境下において特異的な選択が行われていることを更に支持するものである。
【0066】
図2は、UCinfオルガノイドの例数を増やして解析した結果を示す図である。図2中、横軸は各オルガノイドクローンのクローン名を示す。また、「UCinf」はUCinfオルガノイドであることを示す。また、「PIGR」はPIGR遺伝子を示し、「NFKBIZ」はNFKBIZ遺伝子を示し、「IL17RA」はIL17RA遺伝子を示し、「TRAF3IP2」はTRAF3IP2遺伝子を示し、「ZC3H12A」はZC3H12A遺伝子を示し、「NOS2」はNOS2遺伝子を示す。また、「CAN」において、黒四角は潰瘍性大腸炎患者が大腸炎関連腫瘍を有していることを示す。
【0067】
また、四角はtruncating変異が存在していたことを示し、四角の濃さは各遺伝子に存在していた異なる変異体の数に対応する。また、「VAF」はVariant allele fractionを示し、各ドットは全リードに対する変異したアレルのリードの割合を示す。
【0068】
その結果、PIGR遺伝子及びNFKBIZ遺伝子にtruncating変異が頻繁に生じていることが確認された。また、IL17RA遺伝子、TRAF3IP2遺伝子、ZC3H12A遺伝子、NOS2遺伝子にものtruncating変異が見出された。この結果は、UCinfオルガノイドにおいてIL-17シグナル伝達に関わる遺伝子にtruncating変異が蓄積することを更に支持するものである。
【0069】
[実験例3]
(IL-17シグナル伝達に関わる遺伝子の機能欠失変異の検討2)
実験例2ではオルガノイドクローンを用いてtruncating変異の蓄積を検討した。本実験例では、4パッセージ以下の培養しか行っていないポリクローナルなUCinfオルガノイド、UCuninfオルガノイド及びHCオルガノイドからゲノムDNAを抽出し、標的遺伝子をシーケンシングすることにより、truncating変異の蓄積を検討した。標的遺伝子としては、IL-17シグナル伝達に関わる遺伝子及び散発性大腸癌のドライバー遺伝子を含む37遺伝子を検討した。
【0070】
図3は解析結果を示す図である。図3中、横軸はそれぞれ独立して行った実験結果を示す。また、「UCinf」はUCinfオルガノイドであることを示し、「UCuninf」はUCuninfオルガノイドであることを示し、「HC」はHCオルガノイドであることを示す。
【0071】
また、「PIGR」はPIGR遺伝子を示し、「NFKBIZ」はNFKBIZ遺伝子を示し、「ARID1A」はARID1A遺伝子を示し、「IL17RA」はIL17RA遺伝子を示し、「TRAF3IP2」はTRAF3IP2遺伝子を示し、「ZC3H12A」はZC3H12A遺伝子を示す。
【0072】
また、四角はtruncating変異が存在していたことを示し、四角の濃さは各遺伝子に存在していた異なる変異体の数に対応する。また、「VAF」はVariant allele fractionを示し、各ドットは全リードに対する変異したアレルのリードの割合を示す。
【0073】
その結果、NFKBIZ遺伝子及びPIGR遺伝子にtruncating変異が頻繁に生じていることが確認された。また、4つのUCinfオルガノイドにおいて実験例2では検出されなかった、IL17RA遺伝子のtruncating変異が見出された。この結果は、UCinfオルガノイドにおいてIL-17シグナル伝達に関わる遺伝子にtruncating変異が蓄積することを更に支持するものである。
【0074】
[実験例4]
(PIGRタンパク質の免疫染色1)
実験例2及び3において、UCinfオルガノイドにはPIGR遺伝子のtruncating変異が高い頻度で生じていることが明らかとなった。本実験例では、潰瘍性大腸炎患者由来の炎症を起こした領域の大腸上皮組織試料の薄切切片を免疫染色し、PIGRタンパク質の発現を検討した。
【0075】
また、比較のために、健常者由来の大腸上皮組織試料の薄切切片を免疫染色し、PIGRタンパク質の発現を検討した。また、潰瘍性大腸炎患者由来の炎症を起こしていない領域の大腸上皮組織試料についても同様の検討を行った。
【0076】
また、場合により、分泌型IgAタンパク質、サイトケラチン20(CK20)タンパク質の免疫染色も行った。なお、CK20は腺上皮細胞のマーカーであり、免疫染色の際に試料のタンパク抗原の保持を確認するために染色した。PIGRタンパク質の染色には抗PIGR抗体(カタログ番号「HPA012012」、シグマ-アルドリッチ社)を使用した。分泌型IgAタンパク質の染色には抗SC抗体(カタログ番号「ab3924」、アブカム社)を使用した。CK20タンパク質の染色には抗CK20抗体(カタログ番号「M7019」、ダコ社)を使用した。
【0077】
図4(a)~(c)は潰瘍性大腸炎患者由来の大腸上皮組織試料の免疫染色の結果を示す代表的な顕微鏡写真である。図4(a)はPIGRタンパク質を検出した結果であり、図4(b)は分泌型IgAタンパク質を検出した結果であり、図4(c)はCK20タンパク質を検出した結果である。
【0078】
図4(a)~(c)中、上部は低倍率の顕微鏡写真を示し、下部は低倍率の顕微鏡写真における四角で囲んだ領域を拡大した高倍率の顕微鏡写真を示す。低倍率の顕微鏡写真のスケールバーは500μmであり、高倍率の顕微鏡写真のスケールバーは100μmである。
【0079】
また、図4(d)は健常者由来の大腸上皮組織試料の大腸上皮組織試料の免疫染色により、PIGRタンパク質の発現を検出した結果を示す代表的な顕微鏡写真である。図4(d)中、上部は低倍率の顕微鏡写真を示し、下部は低倍率の顕微鏡写真における四角で囲んだ領域を拡大した高倍率の顕微鏡写真を示す。
【0080】
その結果、図4(a)に示すように、健常者由来の大腸上皮組織試料、潰瘍性大腸炎患者由来の炎症を起こしていない領域の大腸上皮組織では、PIGRタンパク質が遍在していたのに対し、潰瘍性大腸炎患者由来の炎症を起こした領域の大腸上皮組織では、PIGRタンパク質の発現が消失した腸陰窩のクラスターが観察された。この結果は、PIGR遺伝子におけるtruncating変異によるものであると考えられた。
【0081】
更に、図4(b)に示すように、PIGRタンパク質の発現が消失した腸陰窩では、細胞質における分泌型IgAタンパク質の存在も消失していた。この結果は、潰瘍性大腸炎患者由来の炎症を起こした領域ではPIGR遺伝子に機能欠失変異が生じたことを更に支持するものである。
【0082】
[実験例5]
(IL-17シグナル伝達に関わる遺伝子の機能欠失変異の検討3)
実験例1で樹立した大腸炎関連腫瘍に由来するオルガノイド(以下、「CANオルガノイド」という場合がある。)クローンの全エクソームシーケンシングにより、実験例2で検討したNFKBIZ遺伝子、PIGR遺伝子、TRAF3IP2遺伝子、TP53遺伝子及びARID1A遺伝子に特異的な遺伝子変異が蓄積しているか否かを検討した。
【0083】
図5は解析結果を示す図である。図5中、横軸は各オルガノイドクローンを示す。また、「CAN」はCANオルガノイドであることを示す。また、「NFKBIZ」はNFKBIZ遺伝子を示し、「PIGR」はPIGR遺伝子を示し、「TRAF3IP2」はTRAF3IP2遺伝子を示し、「TP53」はTP53遺伝子を示し、「ARID1A」はARID1A遺伝子を示す。
【0084】
また、黒三角は片アレルにtruncating変異を有していることを示し、白斜線の入った黒四角は両アレルにtruncating変異を有していることを示し、灰色の三角は片アレルにミスセンス変異を有していることを示し、白斜線の入った灰色の四角は両アレルにミスセンス変異を有していることを示す。
【0085】
その結果、CANオルガノイドでは、NFKBIZ遺伝子及びPIGR遺伝子のtruncating変異は稀であり、変異を有していてもヘテロ接合性であることが明らかとなった。この結果は、NFKBIZ遺伝子及びPIGR遺伝子のtruncating変異は、大腸炎に関連した発癌には直接的には寄与しないことを示唆するものである。
【産業上の利用可能性】
【0086】
本発明によれば、大腸癌の発癌リスクを検出する技術を提供することができる。
図1
図2
図3
図4
図5