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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-19
(45)【発行日】2024-01-29
(54)【発明の名称】凍結保存用治具の固定具
(51)【国際特許分類】
   C12M 1/00 20060101AFI20240122BHJP
   C12N 1/04 20060101ALI20240122BHJP
   A01N 1/02 20060101ALN20240122BHJP
   C12N 5/073 20100101ALN20240122BHJP
【FI】
C12M1/00 Z
C12N1/04
A01N1/02
C12N5/073
【請求項の数】 1
(21)【出願番号】P 2020084840
(22)【出願日】2020-05-14
(65)【公開番号】P2021177725
(43)【公開日】2021-11-18
【審査請求日】2022-09-12
(73)【特許権者】
【識別番号】000005980
【氏名又は名称】三菱製紙株式会社
(72)【発明者】
【氏名】松澤 篤史
【審査官】山▲崎▼ 真奈
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/162862(WO,A1)
【文献】特開2016-124819(JP,A)
【文献】米国意匠特許発明第00642697(US,S)
【文献】特開2014-183757(JP,A)
【文献】特開2015-142523(JP,A)
【文献】国際公開第2015/064380(WO,A1)
【文献】ワケンビーテック株式会社・営業推進部・企画グループ編,液体窒素取り扱いの手引き(容器編) [online],初版,2018年,[retrieved on 2020.08.05], Retrieved from the Internet, URL: https://www.wakenbtech.co.jp/wp/wp-content/uploads/2018/01/LN2-storage-tank-guide.pdf
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M
C12N 1/00-7/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
上面、側面及び底面を有する基材の上面に、少なくとも片端が基材の側面部に開口したスリット部を有するか、あるいは基材の上面に凍結保存用治具を挿入する挿入部と該挿入部の側面に片端が開口したスリット部を有する凍結保存用治具の固定具であって、該固定具はスリット部の内部に凍結保存用治具を固定するためのテーパー構造部を有し、該スリット部のテーパー構造のみで凍結保存用治具を固定するものであり、該テーパー構造部が下記の式(1)および式(2)を満たすことを特徴とする、凍結保存用治具の固定具。
(T21-T22)/T11≦0.03 (1)
T21>T22 (2)
(式中、T21はスリット開口部に最も近い部分におけるテーパー構造部の幅を表し、T22はスリット開口部から最も離れた部分におけるテーパー構造部の幅を表し、T11はテーパー構造部の奥行き長さを表す。また、T21は1~10mmであり、T11は3~50mmである。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、凍結した細胞又は組織の融解時において好適に利用される凍結保存用治具の固定具に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞又は組織の優れた保存技術は、様々な産業分野で求められている。例えば、牛の胚移植技術においては、胚を凍結保存し、受胚牛の発情周期に合わせて胚を融解し、移植することが行われている。また、ヒトの不妊治療においては、母体から卵子又は卵巣を採取後、移植に適したタイミングに合わせるために凍結保存しておき、移植時に融解して用いることがなされている。
【0003】
一般に、生体内から採取された細胞又は組織は、たとえ培養液の中であっても、次第に活性が失われたり、形質の変化が生じたりすることから、生体外での細胞又は組織の長期間の培養は好ましくない。そのため、生体活性を保った状態で長期間保存するための技術が重要である。優れた保存技術によって、採取された細胞又は組織をより正確に分析することが可能になる。また優れた保存技術によって、より高い生体活性を保ったまま細胞又は組織を移植に用いることが可能となり、移植後の生着率が向上することが望める。さらには、生体外で培養した培養皮膚、生体外で構築したいわゆる細胞シートのような移植のための人工の組織を、順次生産して保存しておき、必要な時に使用することも可能となり、医療の面だけではなく、産業面においても大きなメリットが期待できる。
【0004】
細胞又は組織の凍結保存方法として、例えば緩慢凍結法が知られている。この方法では、まず、例えばリン酸緩衝生理食塩水等の生理的溶液に耐凍剤を含有させることで得られた保存液に、細胞又は組織を浸漬する。該耐凍剤としては、グリセロール、エチレングリコール、ジメチルスルホキシド等の化合物が用いられる。該保存液に、細胞又は組織を浸漬後、比較的遅い冷却速度(例えば0.3~0.5℃/分の速度)で、-30~-35℃まで冷却することにより、細胞内外又は組織内外の溶液が十分に冷却され、粘性が高くなる。このような状態で、該保存液中の細胞又は組織をさらに液体窒素の温度(-196℃)まで冷却すると、細胞内又は組織内とその外の周囲の微少溶液がいずれも非結晶のまま固化する現象であるガラス化が起こる。ガラス化により、細胞内外又は組織内外が固化すると、実質的に分子の動きがなくなるので、ガラス化された細胞又は組織を液体窒素中に保存することで、半永久的に保存できると考えられる。
【0005】
また、細胞又は組織の凍結保存方法として、ガラス化凍結法も知られている。ガラス化凍結法とは、グリセロール、エチレングリコール、ジメチルスルホキシド等の耐凍剤を多量に含む保存液の凝固点降下により、氷点下であっても氷晶ができにくくなる原理を用いたものである。この保存液を急速に液体窒素中で冷却させると、氷晶を生じさせないまま固化させることができる。このように固化することをガラス化凍結という。また、耐凍剤を多量に含む保存液は、ガラス化液と呼称される。
【0006】
前述した緩慢凍結法では、比較的遅い冷却速度で冷却する必要があるために、凍結保存のための操作に時間を要する。また、冷却速度を制御するための装置又は治具を必要とする問題がある。加えて、前記緩慢凍結法では、細胞外又は組織外の保存液中に氷晶が形成されるので、細胞又は組織が該氷晶により物理的に損害を受けるおそれがある。これに対し、上記したガラス化凍結法では、操作の時間は短時間であり、特別な装置又は治具を必要としないプロセスである。加えて、ガラス化凍結法は、氷晶を生じさせないことによって高い生存率が得られる。
【0007】
ガラス化凍結法を用いた細胞又は組織の凍結保存方法については、様々な方法で、様々な種類の細胞又は組織を用いた例が示されている。例えば、特許文献1では、動物又はヒトの生殖細胞又は体細胞へのガラス化凍結法の適用が、凍結保存及び融解後の生存率の点で、極めて有用であることが示されている。
【0008】
ガラス化凍結法は、主にヒトの生殖細胞を用いて発展してきた技術であるが、最近では、iPS細胞やES細胞への応用も広く検討されている。また、非特許文献1では、ショウジョウバエの胚の保存にガラス化凍結法が有効であったことが示されている。さらに、特許文献2では、植物培養細胞や組織の保存において、ガラス化凍結法が有効であることが示されている。このように、ガラス化凍結法は広く様々な種の細胞及び組織の保存に有用であることが知られている。
【0009】
適切なガラス化凍結を成し得るために、凍結速度は速ければ速いほど好ましいことが知られている。さらに、凍結保存後の融解工程時においても、細胞又は組織中への再氷晶形成を抑制する観点で、融解速度は速ければ速いほど好ましいことが知られている。
【0010】
適切なガラス化凍結を成し得るための重要な因子である凍結速度と融解速度のうち、特に重要なのは、融解速度とされている。例えば、非特許文献2に記載されるように、迅速に凍結された細胞であっても、融解速度が遅い場合には生存率が低くなることが知られている。また特許文献3には、凍結したサンプルを急速融解法により融解することで、融解後のヒトiPS細胞由来神経幹細胞/前駆細胞の生存率が向上することが記載されている。
【0011】
一般に、ガラス化凍結法に関わる凍結方法としては、特許文献4において、哺乳動物胚または卵子を凍結ストロー、凍結バイアルまたは凍結チューブ等の凍結保存用容器の内面に、これらの胚または卵子を包被するに十分な最少量のガラス化液で貼り付け、この容器を液体窒素に接触させて急速に冷却する方法が提案されている。該凍結方法の後に行われる融解方法は、前記した方法で保存した凍結保存用容器を液体窒素から取り出し、容器の一端部を開口し、この容器内に33~39℃の希釈液を注入し、凍結した胚または卵子を融解希釈するものである。この方法によれば、哺乳動物胚または卵子をウィルスや細菌に感染されるおそれがなく高い生存率で保存及び融解希釈することができるとされている。しかしながら、凍結ストロー、凍結バイアルまたは凍結チューブ等の凍結保存用容器の内面に、胚または卵子を貼り付ける工程の難易度が高く、確実に胚または卵子を凍結保存用容器に載置されたことを確認することが難しかった。
【0012】
特許文献5では、熱伝導性部材を有した細胞保持部材と筒状収納部材を有した細胞凍結保存用具が記載されており、特許文献4の凍結融解方法における問題がある程度解決されている。特許文献5に記載されている凍結保存用具の使用方法では、顕微鏡観察下において、卵子を細胞保持部材に付着させ、細胞保持部材を筒状収納部材に収納した後に、液体窒素に浸漬してガラス化凍結する。その後に、筒状部材の開口部に蓋部材を装着し、液体窒素タンク内で保管する方法が記載されている。また特許文献6では、卵付着保持用ストリップ上に卵子を少量のガラス化液と共に載置し、凍結保存用治具全体を筒状の収納容器に収納した後に液体窒素に浸漬することで、ガラス化凍結が行われる。
【0013】
よりプロセスの少ないガラス化凍結法に関わる凍結方法として、特許文献7、特許文献8に記載されるような、ヒトの不妊治療分野で使用されているいわゆるクライオトップ(登録商標)法という方法が開示されている。これら方法において凍結操作は、卵付着保持用ストリップとして短冊状の可撓性かつ無色透明なフィルムを備えた卵凍結保存用具を使用し、顕微鏡観察下で該フィルム上に極少量の保存液と共に卵子又は胚を載置し、卵子が付着したフィルムを液体窒素に浸漬することで、ガラス化凍結が行われる。そして凍結した卵子又は胚が載置された卵付着保持用ストリップはキャップ等で保護された後、液体窒素タンク内で保存される。
【0014】
これらの方法によって凍結された卵子や胚などの融解は、卵付着保持用ストリップを保温された融解液に浸漬することによって行われ、該融解液中でストリップ上に載置された卵子や胚などは回収される。
【0015】
他方、凍結保存方法における融解操作の作業性を高めるために、特許文献9に記載されるような液体窒素容器が知られている。該液体窒素容器はフタ部にスリット部が形成されており、筒状の収納部材に収納された凍結保存用治具は、該スリット部に一旦立てかけられる。
【0016】
このようにして凍結された細胞又は組織を液体窒素の液面より下に位置する状態になるように一旦保持しておけば、例えば特許文献5や特許文献6に記載される方法においては、液体窒素の液面より上に位置する蓋部材を容易に取り外すことが可能となり、細胞又は組織を融解液中へ迅速に移動させることで、融解速度の低下を防ぐことができる。また特許文献7や特許文献8に記載される方法においては、該キャップから凍結保存用治具を引き抜くことで、細胞又は組織を融解液中へ迅速に移動でき、融解速度の低下を防ぐことができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0017】
【文献】特許第3044323号公報
【文献】特開2008-5846号公報
【文献】特開2017-104061号公報
【文献】特開2000-189155号公報
【文献】特許第5798633号公報
【文献】国際公開第2019/004300号パンフレット
【文献】特開2002-315573号公報
【文献】特開2006-271395号公報
【文献】米国意匠登録第642,697号公報
【非特許文献】
【0018】
【文献】Steponkus et al.,Nature 345:170-172(1990)
【文献】僧都博著 「生細胞の凍結による障害と保護の機構」 化学と生物 第18巻(1980)2号 P.78~87 日本農芸化学会発行
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
しかしながら上記した特許文献9に記載される液体窒素容器を用いた方法では、フタ部に形成されたスリット部に凍結保存用治具を立てかけた際に安定に保持することは可能であっても、凍結保存用治具の載置部が液体窒素の液面よりも下に位置し、確実に細胞又は組織の凍結状態が維持されているかを確認することが困難であった。また筒状の収納部材の長さは、液体窒素容器の底部からフタ部が設置された位置までの長さよりも長い必要があり、このような場合、該筒状の樹脂部材の内部から細胞保持部材本体部を取り出す作業は煩雑であり、迅速な融解操作を行う観点で改善が望まれていた。
【0020】
本発明は、細胞又は組織のガラス化凍結保存の融解操作時において、好適な作業性を実現するための固定具を提供することを主な課題とする。より具体的には、凍結保存用治具を強固に保持することが可能で、凍結された細胞又は組織を融解液に移す操作に先立って、該細胞又は組織が確実に冷却された状態にあることを確認でき、凍結された細胞又は組織を保温された融解液中に迅速に移すことが可能な凍結保存用治具の固定具を提供することを課題とする。
【0021】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、以下の構成を有する凍結保存用治具の固定具(以下、「本発明の固定具」ともいう。)によって、上記課題を解決できることを見出した。
【0022】
上面、側面及び底面を有する基材の上面に、少なくとも片端が基材の側面部に開口したスリット部を有するか、あるいは基材の上面に凍結保存用治具を挿入する挿入部と該挿入部の側面に片端が開口したスリット部を有する凍結保存用治具の固定具であって、該固定具はスリット部の内部に凍結保存用治具を固定するためのテーパー構造部を有し、該スリット部のテーパー構造のみで凍結保存用治具を固定するものであり、該テーパー構造部が下記の式(1)および式(2)を満たすことを特徴とする、凍結保存用治具の固定具。
(T21-T22)/T11≦0.03 (1)
T21>T22 (2)
(式中、T21はスリット開口部に最も近い部分におけるテーパー構造部の幅を表し、T22はスリット開口部から最も離れた部分におけるテーパー構造部の幅を表し、T11はテーパー構造部の奥行き長さを表す。また、T21は1~10mmであり、T11は3~50mmである。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、凍結保存用治具を強固に保持することが可能であり、凍結された細胞又は組織を融解液に移す操作に先立って、該細胞又は組織が確実に冷却された状態にあることを確認でき、凍結された細胞又は組織を保温された融解液中に迅速に移すことが可能な凍結保存用治具の固定具を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】本発明の固定具の一例を示す上面概略図である。
図2】本発明の固定具の別の一例を示す上面概略図である。
図3】本発明の固定具のまた別の一例を示す上面概略図である。
図4】本発明の固定具のまた別の一例を示す上面概略図である。
図5】本発明の固定具のまた別の一例を示す上面概略図である。
図6】本発明の固定具を用いて凍結保存用治具を固定した状態の一例を示す概略図である。
【0025】
本発明の固定具は、細胞又は組織の凍結保存用治具を固定するために用いられるものである。また本発明の固定具は、細胞又は組織をいわゆるガラス化凍結保存法において凍結保存する際に、好適に用いられるものである。本発明において、細胞とは、単一の細胞のみならず、複数の細胞からなる生物の細胞集団を含むものである。複数の細胞からなる細胞集団とは単一の種類の細胞から構成される細胞集団でも良いし、複数の種類の細胞から構成される細胞集団でも良い。また、組織とは、単一の種類の細胞から構成される組織でも良いし、複数の種類の細胞から構成される組織でも良く、細胞以外に細胞外マトリックスのような非細胞性の物質を含むものでも良い。本発明の固定具は卵子又は胚の凍結保存において、特に好適に用いることができる。
【0026】
本発明の固定具は、細胞又は組織の凍結保存用治具の固定具、細胞又は組織の凍結保存用治具の固定用具、細胞又は組織の凍結保存用治具の固定器具、細胞又は組織の凍結保存用具の固定具、細胞又は組織の凍結保存器具の固定具と言い換えることができる。
【0027】
以下に本発明の固定具について詳細に説明する。
【0028】
本発明の固定具は上面(天面)、側面及び底面を有する基材を有し、該基材の上面には、少なくとも片端が基材の側面部に開口したスリット部を有する。あるいは基材の上面に凍結保存用治具を挿入する挿入部と該挿入部の側面に片端が開口したスリット部を有する。そして本発明の固定具では、凍結保存用治具をスリット開口部よりスリット内部に挿入し、凍結保存用治具を固定する。
【0029】
本発明の固定具が有する、凍結保存用治具を固定・保持するためのスリット部は、基材上面の1ヶ所に有していても良いし、複数ヶ所に有していても良い。あるいは基材の上面に設けられた挿入部側面の1ヶ所に有していても良いし、複数ヶ所に有していても良い。
【0030】
本発明の固定具を用いて凍結保存用治具を固定するにあたり、該凍結保存用治具が有する筒状収納部材の先端部、あるいはキャップ部材の先端部を、本発明の固定具が有するスリット部に挿入した後、該スリットに沿って凍結保存用治具をスリット奥側へ移動させる。本発明の固定具が有するスリット部の幅は、凍結保存用治具を移動させる際の操作性と、凍結保存用治具の固定安定性を両立させる観点から、筒状収納部材の先端部の幅あるいはキャップ部材の先端部の幅に対し、90~110%であることが好ましい。
【0031】
本発明の固定具の形状(基材にスリット部が設けられていないとみなした際の概略形状)は、三角柱、四角柱、六角柱等の角柱構造の他、上面を設けた三角錐、四角錐等の角錐の部分構造が挙げられる。好ましくは、角柱構造であり、より好ましくは四角柱構造である。また、上記した以外にも円柱構造や円錐構造も例示することができる。
【0032】
本発明において基材は液体窒素耐性材料で形成されることが好ましい。このような素材としては、例えばアルミ、鉄、銅、ステンレス合金などの各種金属、ABS樹脂、アクリル樹脂、ポリプロピレン樹脂、ポリスチレン樹脂、ポリエチレン樹脂、フッ素系樹脂や各種エンジニアプラスチック、さらにはガラス、ゴム素材などを好適に用いることができる。特に金属は、優れた耐久性を有することに加えて、自重が大きく、凍結保存用治具を良好に固定できる観点から好ましい。中でも加工性の観点からアルミが好ましい。本発明の固定具は、一種類の素材から構成されていても良いし、複数の素材から構成されていても良い。
【0033】
本発明の固定具が有するスリット部は、挿入された凍結保存用治具を強固に固定・保持するための固定構造部として、スリット部内部の側面間の距離が徐々に狭まったテーパー構造部を有する。また該テーパー構造部は、前記した式(1)を満たす形状を有することで、凍結保存用治具を強固に固定することが可能となる。また、該スリット部のテーパー構造のみで凍結保存用治具を固定する。
【0034】
以下に本発明の固定具について、図面に沿ってさらに詳細に説明する。
【0035】
図1は、本発明の固定具の一例を示す上面概略図である。図1において固定具1が有するスリット部2は、凍結保存用治具を固定するための固定構造部として、テーパー構造部を有する。
【0036】
図1の固定具1が有するテーパー構造部は、スリット開口部3から基材5の中央部側に向かって、テーパー構造部の奥行きの長さT11にわたり、スリット部2の幅(スリット部の側面間の距離)が徐々に減衰した構造を有しており、すなわち、スリット開口部に最も近い部分のテーパー構造部の幅(T21)と、スリット開口部から最も離れたテーパー構造部の幅(T22)との関係は、T21>T22である。そして本発明では該テーパー構造部が前述した式(1)を満たすことで、凍結保存用治具を強固に保持することが可能であり、かつ凍結された細胞又は組織を保温された融解液中に迅速に移すことが可能となる。なお前記した(T21-T22)/T11の値が0.001以上であることは、凍結保存用治具の固定安定性の観点から好ましい。
【0037】
前述した図1の固定具1は、スリット部2がテーパー構造部のみから構成される例でもある。したがって図1では、スリット開口部の幅(T2)はスリット開口部に最も近い部分のテーパー構造部の幅(T21)と等しく、同様に、スリット部開口部の奥行き(T1)はテーパー構造部の奥行き(T11)と等しい。
【0038】
なお図1に記載される固定具1が有するテーパー構造部は、前述した式(1)を満たす形状を有さないが、説明のために、便宜上(T21-T22)/T11の値が0.03を超える形状を例示したものである。またこのことは後述する図2図5についても同様である。
【0039】
図2は、本発明の固定具の別の一例を示す上面概略図である。図2において固定具1が有するスリット部2は、凍結保存用治具を固定するための固定構造部として、屈曲構造を有するスリット部2と、該スリット部の奥側に本発明のテーパー構造部を有する。図2の固定具1が有するスリット部2は、スリット開口部3から基材5の中央部側に向かって、一定距離(T1A)直進し、途中で図中右側に90度屈曲した形状を有し、また右側に90度屈曲した後にテーパー構造を有する。また図2において、スリット開口部に最も近い部分のテーパー構造部の幅(T21)と、スリット開口部から最も離れたテーパー構造部の幅(T22)との関係は、T21>T22である。
【0040】
図2の形状を有する固定具を用いる場合、スリット開口部3から凍結保存用治具をスリット部2に挿入し、90度屈曲した位置を通過させ、さらにスリット部の閉塞面方向へ凍結保存用治具を挿入させ、テーパー構造により固定することができる。固定構造部として、屈曲構造部とテーパー構造部の両方を有することにより、凍結保存用治具がテーパー構造部から外れた際にも、該凍結保存用治具を屈曲構造部によって保持することが可能であり、好ましい。
【0041】
図3は、本発明の固定具のまた別の一例を示す上面概略図である。図3において、固定具1が有するスリット部2は、凍結保存用治具を固定するための固定構造部として、屈曲構造部とテーパー構造部の両方を有する。図3に示す固定具はテーパーを有した案内部と、凍結保存用治具を固定するためのテーパー構造部を有する。このような場合、スリット開口部に最も近い部分のテーパー構造部の幅(T21)と、スリット開口部から最も離れたテーパー構造部の幅(T22)との関係(T21>T22)を満たすテーパー構造部は、該スリットの奥側に位置することが好ましく、この場合、凍結保存用治具を強固に固定・保持すると共に、実質固定するテーパー構造部へ挿入する際の作業性を良好にすることが可能となり、好ましい。
【0042】
図4は本発明の固定具のまた別の一例を示す上面概略図である。図4において固定具1は、基材5の上面に凍結保存用治具を挿入する挿入部4と該挿入部の側面に片端が開口したスリット部2を有し、該スリット部2は凍結保存用治具を固定するためのテーパー構造部を有する。このような形状の固定具を用いると、固定・保持した凍結保存用治具がスリット開口部から脱落した場合であっても、該凍結保存用治具が挿入部4に留まることが可能であり、好ましい。
【0043】
図5は、本発明の固定具のまた別の一例を示す上面概略図である。図5において、固定具1は、1つのスリット部2に対して、スリット開口部を2箇所(スリット開口部3及びスリット開口部3’)有する。また、個々のスリット開口部3から基材5の中央部側に向かって、スリット部2の溝の幅が減衰したテーパー構造部を有する。図5のような形状であると、図示しない凍結保存用治具をスリット部2の両端どちらからでも挿入できるため、複数の凍結保存用治具を同時に保存可能な固定具が得られる。また、固定された凍結保存用治具は、スリット部2が閉塞している場合と比較して、より多くの面積で冷却溶媒に接触するため、より効率的な冷却がなされることが期待できる。
【0044】
図5に示した固定具において、2箇所に設けられたスリット開口部の形状(スリット開口部3における(T21-T22)/T11の値と、スリット開口部3’における(T21’-T22’)/T11’の値)は、同じであっても異なっていても良いが、同じであることが好ましい。
【0045】
前述した図1から図5に示すT11は固定具1のテーパー構造部の奥行き長さを示す。T11は、凍結保存用治具を挿入後に保持できる長さであれば特に制限されないが、前述したクライオトップ法により細胞又は組織を凍結及び融解する場合、T11は3~50mmであるより好ましくは5~40mmである。
【0046】
また図1から図5に示した、スリット開口部に最も近いテーパー構造部の幅(凍結保存用治具を実質固定するテーパー構造部であって、スリット開口部に最も近いテーパー構造部の幅)T21は、凍結保存用治具を挿入し、固定・保持できる長さであれば特に制限されないが、1~10mmであるより好ましくは2~5mmである。
【0047】
前述した、図2及び図3のように、固定具1が屈曲構造部を有する場合には、スリット部2が屈曲するまでの長さT1Aと、屈曲した後の長さT1Bの和が、スリット部の奥行きT1となる。このときスリット部2が屈曲するまでの長さT1Aは、基材5の表面から屈曲点におけるスリット部2の中心位置までの長さであり、屈曲した後の長さT1Bは、該屈曲点におけるスリット部2の中心位置から、テーパー構造部の最も奥までの長さである。本発明においてスリット部の奥行きT1は、前述したクライオトップ法により細胞又は組織を凍結及び融解する場合、3~150mmであることが好ましく、より好ましくは5~100mmである。
【0048】
次に、本発明の固定具を用いた凍結融解方法について詳細に説明する。
【0049】
本発明の固定具は、細胞又は組織の凍結保存~融解の一連のプロセスにおいて、特に、液体窒素タンクから一旦取り出された後の保冷操作、及び細胞又は組織を融解する際の融解操作において好適に用いることができる。一般に、細胞又は組織をいわゆるガラス化凍結法で保存する際、短冊状のストリップを有する凍結保存用治具を用いて凍結保存が行われる。このような凍結保存用治具は、前述した特許文献7、特許文献8以外にも例えば、国際公開第2011/070973号パンフレット、国際公開第2015/064380号パンフレット等において開示されている。凍結保存~融解の一連のプロセスとしては、第一に、凍結保存用治具のストリップに、平衡化処理のなされた細胞又は組織を保存液と共に滴下付着させ、次いで液体窒素を用いて細胞又は組織を冷却し、凍結操作を行う。第二に、凍結操作を行った細胞又は組織を極低温の環境を保ったまま、長期間保存する保冷操作を行う。第三に、凍結された細胞又は組織を、極低温の環境からいわゆる融解液と呼ばれる溶液中に移し、融解液中で融解・解凍する融解操作を行う。本発明の固定具は、前記した保冷操作及び融解操作において、液体窒素中で凍結保存用治具を固定・保持するために好適に用いることができる。
【0050】
本発明の固定具は、細胞又は組織の凍結保存~融解の一連のプロセスで、細胞又は組織が液体窒素に接触しない、いわゆる閉鎖型の凍結保存~融解のプロセスに好ましく用いることができる。
【0051】
閉鎖型の凍結保存~融解のプロセスでは、凍結操作の際に、ストリップに対し細胞又は組織を保存液と共に滴下付着させた後に、端部が完全に閉塞された筒状の収納部材により凍結保存用治具を被包し、外界から遮断する。あるいはストリップに対し細胞又は組織を保存液と共に滴下付着させた後に、キャップ部材により該ストリップを被包し、外界から遮断する。かかる遮断の後、該凍結保存用治具を液体窒素に浸漬して、細胞又は組織を冷却・凍結する。前記した閉鎖型の凍結操作及び保管等の際には、筒状の収納部材あるいはキャップ部材を介して、細胞又は組織周辺の空気及び保存液が冷却され、ガラス化状態が維持される。
【0052】
本発明の固定具を用いた閉鎖型の凍結保存~融解のプロセスにおける融解操作では、凍結された細胞又は組織を融解液に移す操作に先立って、前記した筒状の収納部材の先端部、あるいはキャップ部材の先端部を、本発明の固定具が有するテーパー構造部にはめ込むことで、凍結保存用治具を固定する。このように固定することで、細胞又は組織が冷却溶媒の液面よりも下方になる位置に固定することが可能となり、かつ細胞又は組織は液体窒素に触れず、液体窒素を介して汚染されることはない。
【0053】
その後、液体窒素の液面上に位置する筒状の収納部材に固定された蓋を取り外すことで、細胞又は組織が載置された凍結保存用治具を、液体窒素に触れることなく迅速に取り出し、融解液中に浸漬することができる。あるいはテーパー構造部により固定されているキャップ部材から、細胞又は組織が載置されたストリップを有する凍結保存用治具を引き抜くことで、細胞又は組織を液体窒素に触れることなく迅速に取り出し、融解液中に浸漬することができる。より迅速な操作が可能になるとの観点から後者の方法が好ましく、特にキャップ部材によって密閉された細胞又は組織を、冷却溶媒の液面よりも下方に位置させ、かつ本体部とキャップ部材の接合部が冷却溶媒の液面よりも上方に位置する状態で一旦保持することは、本体部とキャップ部材を素早く分離し、載置部を融解液中に迅速に浸漬できるため、好ましい。
【0054】
上記した操作により融解液中に浸漬された細胞又は組織は、筒状の収納部材より蓋部材が取り外されてから5分以内に融解液に浸漬することが好ましく、より好ましくは1分以内である。またキャップ部材から細胞又は組織が載置されたストリップを有する凍結保存用治具を引き抜くにあたり、一旦嵌合が緩められてから、5分以内に融解液に浸漬することが好ましく、より好ましくは1分以内である。筒状の収納部材から蓋部材を取り外してから、あるいは凍結保存用治具を引き抜く際のキャップ部材との嵌合が緩められてから等の、いわゆる密閉状態が開放された期間が長い場合、空気中の窒素や酸素等の気体が、筒状の収納部材内、あるいはキャップ部材内に入り込み、次いで冷却されて、液化することがある。上記した時間が長い場合、液化された気体が載置部に付着し、融解操作の際に融解液中に持ち込まれ、融解液の温度を下げる場合がある。
【0055】
本発明の固定具は、細胞又は組織の凍結保存~融解の一連のプロセスで、細胞又は組織が液体窒素に接触する、いわゆる開放型の凍結保存・融解のプロセスにも用いることができる。開放型のプロセスにおいても、凍結された細胞又は組織を融解液に移す操作に先立って、本発明の固定具を用いて、凍結保存用治具を固定・保持しておくと、細胞又は組織を液体窒素中から融解液に迅速に移すことができるため、好ましい。
【0056】
図6は、本発明の固定具を用いて凍結保存用治具を固定した状態の一例を示す概略図である。図6において凍結保存用治具6は本体部7と、該本体部7に着脱自在なキャップ部材8を少なくとも有する。凍結保存用治具6のストリップ9上には、極少量の保存液12と共に細胞11が載置されている。
【0057】
極少量の保存液12と共に細胞11が載置されたストリップ9は、キャップ部材8で密閉されており、該ストリップ9に載置された細胞11は液体窒素13の液面14よりも下方に位置することで冷却され、凍結された細胞11は凍結状態が維持されている。凍結された細胞11を融解する際には、キャップ部材8と本体部7の接合部が、液体窒素13の液面14よりも上方に位置するため、本体部7をキャップ部材8から素早く引き抜き、分離することが可能であり、載置部を融解液中に迅速に浸漬できるため、好ましい。また固定具1が液面ゲージ部15を有する場合、液面14の位置を作業者は把握しやすく、作業性が向上することができ、好ましい。図6には、固定具1の上面(天面)に付設した液面ゲージ部15の上面を液面14の位置の基準とした場合の一例を図示している。液面ゲージ部15を用いると、液面14が細胞11よりも上方に位置させ、かつ、液面14がキャップ部材8と本体部7の接合部よりも下方に位置させることが容易である。
【0058】
次に、本発明の固定具を用いて固定される凍結保存用治具について説明する。
【0059】
本体部7が有するストリップ9は、短冊状であることが好ましい。短冊状であると該ストリップ9をキャップ部材あるいは筒状収納部材に収納することが容易であり、好ましい。
【0060】
本発明において凍結保存用治具が有するストリップ9としては、例えば、各種樹脂フィルム、金属板、ガラス板、ゴム板等が挙げられる。載置部は1種類の素材からなるものでも良いし、2種類以上の素材からなるものでも良い。中でも樹脂フィルムは、取り扱いの観点で好適に用いられる。樹脂フィルムの具体例としては、ポリエチレンテレフタレートやポリエチレンナフタレート等のポリエステル樹脂、アクリル樹脂、エポキシ樹脂、シリコン樹脂、ポリカーボネート樹脂、ジアセテート樹脂、トリアセテート樹脂、ポリアクリレート樹脂、ポリ塩化ビニル樹脂、ポリスルフォン樹脂、ポリエーテルスルフォン樹脂、ポリイミド樹脂、ポリアミド樹脂、ポリオレフィン樹脂、環状ポリオレフィン樹脂等からなる樹脂フィルムが挙げられる。また、ストリップ9の全光線透過率が80%以上であると、載置部に載置した細胞又は組織を、透過型顕微鏡を用いて容易に確認することができるため好ましい。
【0061】
またストリップ9としては、熱伝導性に優れ、急速な凍結を可能にするという観点で金属板も好適に用いることができる。金属板の具体例としては、銅、銅合金、アルミニウム、アルミニウム合金、金、金合金、銀、銀合金、鉄、ステンレスなどを挙げることができる。上記した各種樹脂フィルム、金属板、ガラス板、ゴム板等の厚さは10μm~10mmであることが好ましい。また目的に応じて、各種樹脂フィルム、金属板、ガラス板、ゴム板等の表面を、例えばコロナ放電処理のような電気的な方法や、あるいは化学的な方法により親水化することもでき、さらには粗面化することも可能である。
【0062】
また上記したストリップ9としては保存液吸収体を用いることもできる。ストリップ9に保存液吸収体を用いると、余分な保存液12を効果的に除去することができるため、凍結速度が向上する。保存液吸収体としては、例えば金網、紙等や合成樹脂からなるフィルム状物で貫通孔を有したものが例示される。その他の保存液吸収体として、屈折率が1.45以下の素材を用いて形成された多孔質構造体が例示される。該多孔質構造体により、細胞11の周囲に存在する保存液12を効率的に除去することができる。また、透過型の光学顕微鏡観察下において、細胞11を載置し凍結する操作及び凍結後に融解する操作を、良好な視認性にて容易かつ確実に行うことができる。
【0063】
上記した多孔質構造体の素材の屈折率は、例えば、アッベ屈折計(Na光源、波長:589nm)を用いてJIS K 0062:1992、JIS K 7142:2014に準じて測定できる。多孔質構造体を形成する屈折率が1.45以下の素材としては、ポリテトラフルオロエチレン樹脂、ポリビニリデンジフロライド樹脂、ポリクロロトリフルオロエチレン樹脂などのフッ素樹脂やシリコン樹脂のようなプラスチック樹脂材料、二酸化ケイ素のような金属酸化物材料、フッ化ナトリウム、フッ化マグネシウム、フッ化カルシウムのような無機材料が挙げられる。
【0064】
多孔質構造体による保存液吸収体の細孔径は5.5μm以下であることが好ましく、より好ましくは1.0μm以下、さらに好ましくは0.75μm以下である。これにより光学顕微鏡観察下における細胞又は組織の視認性を高めることができる。保存液吸収体の厚みは、10~500μmであることが好ましく、より好ましくは25~150μmである。なお、保存液吸収体の細孔径は、プラスチック樹脂材料の多孔質構造体の場合には、バブルポイント試験により測定される最も大きい細孔の直径である。また金属酸化物あるいは無機材料の多孔質構造体の場合には、該多孔質構造体の表面及び断面の画像観察から測定した平均細孔直径である。
【0065】
保存液吸収体の空隙率は30%以上であることが好ましく、より好ましくは70%以上である。空隙率とは、以下の式で定義される。ここで空隙容量Vは水銀ポロシメーター(測定器名称 Autopore II 9220 製造者 micromeritics instrument corporation)を用い測定・処理された、保存液吸収体における細孔半径3nmから400nmまでの累積細孔容積(ml/g)に、保存液吸収体の乾燥固形分量(g/平方メートル)を乗ずることで、単位面積(平方メートル)当たりの数値として求めることができる。また保存液吸収体の厚みTは保存液吸収体の断面を電子顕微鏡で撮影し測長することで得ることができる。
P=(V/T)×100(%)
P:空隙率(%)
V:空隙容量(ml/m
T:厚み(μm)
【0066】
本発明において凍結保存用治具が有するキャップ部材8あるいは上述した筒状の収納部材は、例えば、各種樹脂、金属等の液体窒素等の冷却溶媒に耐性がある素材を用いて形成することができる。キャップ部材は1種類の素材からなるものでも良いし、2種類以上の素材からなるものでも良い。中でも樹脂は射出成型等のプロセスにより、テーパー構造やねじ切り構造を容易に形成できるため、好ましい。樹脂の具体例としては、ポリエチレンテレフタレートやポリエチレンナフタレート等のポリエステル樹脂、アクリル樹脂、エポキシ樹脂、シリコン樹脂、ポリカーボネート樹脂、ジアセテート樹脂、トリアセテート樹脂、ポリアクリレート樹脂、ポリ塩化ビニル樹脂、ポリスルフォン樹脂、ポリエーテルスルフォン樹脂、ポリイミド樹脂、ポリアミド樹脂、ポリオレフィン樹脂、環状ポリオレフィン樹脂等からなる樹脂が挙げられる。また、キャップ部材の全光線透過率が80%以上であると、キャップ部材を篏合後に、キャップ内部の載置部の様子を容易に確認することができるため好ましい。
【0067】
本発明において凍結保存用治具が有する本体部7は、作業性の観点から把持部10を有することが好ましく、その場合、把持部10は、把持のしやすさや、操作性の向上を目的として、角柱状であることが好ましい。該把持部10は、液体窒素等の冷却溶媒に耐性がある素材により形成された部材であることが好ましい。このような素材としては、例えばアルミニウム、鉄、銅、ステンレスなどの各種金属、ABS樹脂、アクリル樹脂、ポリプロピレン樹脂、ポリエチレン樹脂、フッ素樹脂や各種エンジニアリングプラスチック、さらにはガラスなどを好適に用いることができる。
【0068】
本発明の固定具を用いて細胞又は組織を融解する場合、保存液は、通常卵子、胚等の細胞の凍結のために使用されるものを使用でき、例えば、前述したリン酸緩衝生理食塩水等の生理的溶液に耐凍剤(グリセロール、エチレングリコール等)を含有する保存液や、グリセロールやエチレングリコール、DMSO(ジメチルスルホキシド)等の各種耐凍剤を多量に(少なくとも保存液の全質量に対して10質量%以上、より好ましくは20質量%以上)含有する保存液を使用できる。融解液についても、通常卵子、胚等の細胞の融解のために使用されるものを使用でき、例えば、前述したリン酸緩衝生理食塩水等の生理的溶液に、浸透圧調整のために1Mのスクロースを含有する融解液を使用することができる。
【0069】
本発明において凍結保存及び融解される細胞としては、例えば、哺乳類(例えば、人(ヒト)、牛、豚、馬、ウサギ、ラット、マウス等)の卵子、胚、精子等の生殖細胞;人工多能性幹細胞(iPS細胞)、胚性幹細胞(ES細胞)等の多能性幹細胞が挙げられる。また、初代培養細胞、継代培養細胞、及び細胞株細胞等の培養細胞が挙げられる。また、細胞は、一又は複数の実施形態において、線維芽細胞、膵ガン・肝ガン細胞等のガン由来細胞、上皮細胞、血管内皮細胞、リンパ管内皮細胞、神経細胞、軟骨細胞、組織幹細胞、及び免疫細胞等の接着性細胞が挙げられる。さらに、凍結保存・融解することができる組織として、同種又は異種の細胞からなる組織、例えば、卵巣、皮膚、角膜上皮、歯根膜、心筋等の組織が挙げられる。
【実施例
【0070】
以下に本発明を実施例によりさらに詳細に示し、本発明を具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0071】
(比較例1)
アルミを用いて金属切削加工により、図1に示すスリット部2にテーパー構造を有する実施例1の固定具を作製した。基材5の大きさは縦×横×高さが50mm×50mm×70mmであり、スリット部2のスリット開口部3の幅T2はテーパー構造部において基材の表面に最も近い位置におけるスリット部の幅T21と同様で4mmであり、閉塞側の幅T22を3mmとした。またスリット部2の長さT1はテーパー構造部の奥行きT11と同様であり、基材5の側面部から30mmであり、スリット部2の深さは30mmとした。(T21-T22)/T11の値は0.033である。
【0072】
(実施例1)
スリット部2の、基材の表面に最も近い位置におけるスリット部の幅T21を3.8mm、閉塞側の幅T22を3mmとした以外は、実施例1と同様にして、固定構造部としてテーパー構造部を有する実施例2の固定具を作製した。(T21-T22)/T11の値は0.027である。
【0073】
(実施例2)
アルミを用いた金属切削加工により、図2に示すスリット部2にテーパー構造部及び屈曲構造部を有する実施例2の固定具を作製した。なお、基材5の大きさは縦×横×高さが50mm×50mm×70mmであり、スリット部2の幅T2は3.2mmであり、スリット部2の深さは30mmである。スリット部2の長さは挿入方向から30mm直進した後に90度右側に向きを変えて14mm直進した形態とした。テーパー構造部は、基材の表面に最も近い位置におけるスリット部の幅T21を3.2mm、閉塞側の幅T22を3mm、およびテーパー構造部の奥行きT11を10mmとした。(T21-T22)/T11の値は0.02である。
【0074】
下記の凍結保存用治具を用いて、以下の手順で細胞又は組織の載置から密閉工程、凍結工程、保冷工程、融解工程を行った。
【0075】
<凍結保存用治具の作製>
図6に示す形態を有する凍結保存用治具6が有する本体部7及びキャップ部材8を作製した。本体部7が有するストリップ9は短冊状(幅1.5mm、長さ20mm、厚み250μm)のポリエチレンテレフタレート樹脂フィルムを用い、ABS樹脂からなる把持部10に付設した。キャップ部材8はABS樹脂からなり、キャップ部材8が嵌合される本体部7はテーパー構造を有している。キャップ部材8の開口部は円型であり直径は2mmである。キャップ部材8の外形は3.1mmの四角柱である。
【0076】
<細胞又は組織の載置から密閉工程、凍結工程、保冷工程>
平衡化処理したマウス8細胞期胚を、ピペットを用いて、保存液と共に凍結保存用治具6のストリップ9上に滴下付着させ、余分な保存液を除いた後に、透過型の顕微鏡観察下で、該ストリップ9をキャップ部材8へ挿入し、嵌合・固定した。その後、凍結保存用治具1のキャップ部材8側を液体窒素13に浸漬した(凍結工程)。なお、保存液は、L-グルタミン、フェノールレッド、25mMのHEPES(4-(2-hydroxyethyl)-1-piperazineethanesulfonic acid)を含む市販のMedium199培地(Life Technologies社)を基礎液として、エチレングリコールを15容量%とDMSO(ジメチルスルホキシド)を15容量%、スクロースを0.5M、ゲンタマイシンを50mg/L含有するものを使用した。マウス8細胞期胚を平衡化液から保存液に移した時点から、液体窒素へ浸漬するまでの時間は、1分間で行った。凍結工程を行った凍結保存用治具は、融解工程を行うまで、液体窒素下で保管した(保冷工程)。
【0077】
<融解工程>
上記の各工程を行った、凍結保存用治具6を液体窒素中から取り出し、該凍結保存用治具6を、実施例1、2及び比較例1の固定具が有するスリット部2に固定し、凍結保存用治具の、本体部7とキャップ部材8の接合部が液体窒素13の液面14よりも上に位置する状態で一旦保持した。その際、細胞又は組織が確実に冷却された状態にあることを容易に確認できた。次いで、キャップ部材8と本体部7の嵌合を緩め、キャップ部材8から本体部7を分離し、本体部7が有するストリップ9を37℃に保温した融解液に浸漬した。その後、ストリップ9上からの胚の回収操作を行った。なお、キャップ部材8の篏合を緩めてから、キャップ部材8から本体部7を分離するまでの作業は10秒以内に、キャップ部材8から本体部7を分離後、ストリップ9を融解液に浸漬するまでの時間は、1秒以内に操作することが可能であった。なお融解液は、前記Medium199培地を基礎液として、1Mのスクロースを含有するものを使用した。
【0078】
<凍結保存用治具の固定具合の評価>
実施例1、2及び比較例1の固定具について、凍結保存用治具を固定・保持した際の様子を以下の基準で評価した。これらの結果を表1に示す。
【0079】
◎◎:とりわけ強固に固定ができ、特に優れていた。
◎:強固に固定でき安定感があった。
○:安定して固定ができた。
△:固定できたが、やや不安定であった。
【0080】
【表1】
【0081】
上記の結果から、本発明の固定具を用いると、細胞又は組織を融解液に移す操作に先立って、凍結保存用治具を強固に固定・保持することが可能である。また本発明の固定具を用いて凍結保存用治具を固定・保持すると、該細胞又は組織が確実に冷却された状態にあることを容易に確認でき、さらには迅速な融解操作を行うことが可能であることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0082】
本発明は、牛等の家畜や動物の胚移植や人工授精、人への人工授精等の他、iPS細胞、ES細胞、一般に用いられている培養細胞、胚又は卵子を含む生体から採取した検査用又は移植用の細胞又は組織、生体外で培養した細胞又は組織等の凍結保存及びその融解に用いることができる。
【符号の説明】
【0083】
1 固定具
2 スリット部
3,3’ スリット開口部
4 挿入部
5 基材
6 凍結保存用治具
7 本体部
8 キャップ部材
9 ストリップ
10 把持部
11 細胞
12 保存液
13 液体窒素
14 液面
15 液面ゲージ部
図1
図2
図3
図4
図5
図6