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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-19
(45)【発行日】2024-01-29
(54)【発明の名称】ディーゼルエンジン
(51)【国際特許分類】
   F02B 23/06 20060101AFI20240122BHJP
   F02F 3/26 20060101ALI20240122BHJP
【FI】
F02B23/06 L
F02F3/26 C
F02B23/06 R
F02B23/06 D
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020091473
(22)【出願日】2020-05-26
(65)【公開番号】P2021188526
(43)【公開日】2021-12-13
【審査請求日】2023-02-24
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000005463
【氏名又は名称】日野自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001210
【氏名又は名称】弁理士法人YKI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】冬頭 孝之
(72)【発明者】
【氏名】宮川 浩
(72)【発明者】
【氏名】石井 森
(72)【発明者】
【氏名】内原 健太郎
(72)【発明者】
【氏名】舩山 悦弘
【審査官】竹村 秀康
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-122410(JP,A)
【文献】特表2009-535561(JP,A)
【文献】特開2014-222041(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F02B 1/00-23/10
F02F 3/26
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
直接噴射式のディーゼルエンジンであって、
ピストンヘッドに設けられた凹状のキャビティが段付き部を有し、
シリンダヘッドと前記ピストンヘッドとの間に形成される燃焼室の空間を前記ピストンヘッドの径方向に沿って前記段付き部のリップ先端より外側と内側の2つの領域に分け、全負荷時に対して70%の負荷以上の運転条件において上死点後のクランク角10°での前記外側の燃料分配割合が30%以上となるように前記燃焼室の形状と前記燃焼室に燃料を噴射する噴射部が設けられていることを特徴とするディーゼルエンジン。
【請求項2】
請求項1に記載のディーゼルエンジンであって、
前記外側の燃料分配割合は、30%以上40%以下であることを特徴とするディーゼルエンジン。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のディーゼルエンジンであって、
ボア径は110mm以上114mm以下であり、
圧縮比は19.5以上21.5以下であり、
前記噴射部のノズルの噴孔径は0.14mm以上0.17mm以下であり、噴孔数は8以上14以下であり、ノズルのコーン角は151°以上157゜以下であり、
リップ径は64.5mm以上であり、キャビティ径は65.5mm以上であり、前記段付き部の外径は79.5mm以上であり、前記段付き部の深さは3.5mm以上であることを特徴とするディーゼルエンジン。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1項に記載のディーゼルエンジンであって、
前記噴射部から前記燃焼室へ噴射される燃料は、前記噴射部の前記ノズルの出口から10mm以上15mm以下の範囲において流れが曲がるとして前記外側の燃料配分割合として計算されたことを特徴とするディーゼルエンジン。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ディーゼルエンジンに関する。
【背景技術】
【0002】
ディーゼルエンジンの燃焼室の形状に関して数多くの特許が出願されているが、燃焼室の形状のみで好適なエンジンの構造を定めたものが多く、燃焼室の形状と燃料の噴霧性状との関係からエンジンの構造は十分に検討されていない。
【0003】
例えば、燃料噴射弁の先端部の中心を通る中心軸からピストンヘッドのキャビティのリップ部における最も径方向内側に突出した部分までを結んだ距離をリップ半径R(mm)、噴孔の軸方向長さを噴孔長L(mm)、噴孔の直径を噴孔径D(mm)、シリンダの半径をボア半径B(mm)としたとき、これら各値が所定の関係を満たすように設定されたディーゼルエンジンが開示されている(特許文献1)。当該技術では、中・高負荷運転領域で噴霧火炎先端がキャビティの壁面の到達した時点での噴霧先端速度を50m/s以上にすることで、壁面衝突後にキャビティ側壁から底面に沿ってキャビティ中心部へ縦渦を描きながら噴霧火炎を到達させることで、キャビティの中央部の空気と噴霧火炎を混合させてスートの発生量を低減させている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2015-232288号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記従来技術は、乗用車等の比較的ボア径が小さく、圧縮比が低いディーゼル機関に適する技術である。しかしながら、ボア径が100mmを超え、圧縮比が20以上に設定されるエンジンには適用することが難しい。すなわち、ボア径が大きいエンジンで従来技術と同じ噴霧・燃焼室形状を相似的に拡大するためには燃料噴射圧を相似比の2乗で大きくすることが求められるために困難である。大径ボアのエンジンでは燃焼室を比較的浅皿にする必要があり、従来技術のような縦渦を描くようなピストンキャビティ深さを確保することは難しい。さらに、熱効率を向上するために圧縮比を20前後まで上げると、燃焼室形状はさらに浅くする必要が生じる。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の1つの態様は、直接噴射式のディーゼルエンジンであって、ピストンヘッドに設けられた凹状のキャビティが段付き部を有し、シリンダヘッドと前記ピストンヘッドとの間に形成される燃焼室の空間を前記ピストンヘッドの径方向に沿って前記段付き部より外側と内側の2つの領域に分け、全負荷時に対して70%の負荷以上の運転条件において上死点後のクランク角10°での前記外側の燃料分配割合が30%以上となるように前記燃焼室の形状と前記燃焼室に燃料を噴射する噴射部が設けられていることを特徴とするディーゼルエンジンである。
【0007】
ここで、前記外側の燃料分配割合は、30%以上40%以下であることが好適である。
【0008】
また、ボア径は110mm以上114mm以下であり、圧縮比は19.5以上21.5以下であり、前記噴射部のノズルの噴孔径は0.14mm以上0.17mm以下であり、噴孔数は8以上14以下であり、ノズルのコーン角は151°以上157゜以下であり、リップ径は64.5mm以上であり、キャビティ径は65.5mm以上であり、前記段付き部の外径は79.5mm以上であり、前記段付き部の深さは3.5mm以上であることが好適である。
【0009】
また、前記噴射部から前記燃焼室へ噴射される燃料は、前記噴射部の前記ノズルの出口から10mm以上15mm以下の範囲において流れが曲がるとして前記外側の燃料分配割合が計算されたものであることが好適である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、ディーゼルエンジンにおける燃費が改善され、排気中のスモークを低減させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の実施の形態におけるディーゼルエンジンの構成を示す断面図である。
図2】本発明の実施の形態におけるキャビティ形状の構成例を示す断面図である。
図3】本発明の実施の形態におけるキャビティの形状を説明する断面図である。
図4】本発明の実施の形態における燃料噴射弁のノズルの突出量に対する燃費の関係を示す図である。
図5】本発明の実施の形態における燃料噴射弁のノズルの突出量に対する排気中のスモークの関係を示す図である。
図6】本発明の実施の形態における燃料噴射弁のノズルの突出量に対する噴霧燃料の曲がり角の関係を示す図である。
図7】本発明の実施の形態における燃料噴射弁のノズルの突出量に対する噴霧燃料の外側燃料分配割合の関係を示す図である。
図8】本発明の実施の形態における燃料室毎の衝突位置当量比を示す図である。
図9】本発明の実施の形態における燃料分配割合の算出方法を説明する図である。
図10】本発明の実施の形態における燃料ガスの逆流及び噴霧曲がり角を説明する図である。
図11】本発明の実施の形態における噴霧曲がり角を計算するための各断面積等を説明する図である。
図12】本発明の実施の形態における燃焼室1における噴霧曲がり角を示す図である。
図13】本発明の実施の形態における燃焼室2における噴霧曲がり角を示す図である。
図14】本発明の実施の形態における燃焼室1における外側容積比及び外側燃料分配割合を示す図である。
図15】本発明の実施の形態における燃焼室2における外側容積比及び外側燃料分配割合を示す図である。
図16】本発明の実施の形態における燃焼室3の構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の実施の形態におけるディーゼルエンジン100は、図1に示すように、シリンダブロック10に形成されたシリンダボア12、シリンダボア12内を往復運動するピストン14、シリンダブロック10の上部にガスケット16を挟んで取り付けられたシリンダヘッド18を含んで構成される。本実施の形態では、ディーゼルエンジン100は、直噴式ディーゼルエンジンとして説明する。
【0013】
シリンダヘッド18には、燃焼室20に連通する吸気ポート22及び排気ポート24が設けられる。吸気ポート22には吸気弁26が設けられる。排気ポート24には排気弁28が設けられる。また、シリンダヘッド18には、燃料を燃焼室20内に噴射するための燃料噴射弁(インジェクタ)29が設けられる。
【0014】
シリンダボア12、シリンダヘッド18、ピストン14とで囲まれた空間がディーゼルエンジン100の燃焼室20を形成する。また、ピストン14のピストンヘッド14aには、凹状のキャビティ14bが形成される。
【0015】
ディーゼルエンジン100では、ピストン14が圧縮上死点(クランク角=0°)付近に位置するタイミングで燃料噴射弁29から燃焼室20内に燃料が噴射される。燃焼室20内に噴射された燃料は自着火して燃焼する。燃料の燃焼により、燃焼室20内の圧力が上昇し、ピストン14が押し下げられて往復運動に変換される。
【0016】
図2は、2つの燃焼室20(燃焼室1及び燃焼室2)の形状と燃料噴射弁29の配置を示す。図2において、燃焼室1の形状は濃い実線で示し、燃焼室2の形状は薄い実線で示した。ピストンヘッド14aに設けられた凹状のキャビティ14bの形状を変えることによって燃焼室1及び燃焼室2の2つの燃焼室20の構成を検討した。
【0017】
シリンダヘッド18に設けられた燃料噴射弁29において、シリンダヘッド18の下面から燃料噴射弁29のノズルが突き出した量をノズル突出量とした。
【0018】
図3に示すように、キャビティ14bの底部は、ピストンヘッド14aの中心から外側に向けて緩やかに凹みを構成するように傾斜した第1領域30を有する。言い換えると、第1領域30によって、ピストンヘッド14aの外側から中心に向けて凸部が構成される。また、キャビティ14bは、第1領域30から連続して外側に向かって曲線状に立ち上がった第2領域32が設けられる。また、第2領域32から連続して立ち上がりながら外側から内側に向かって曲線状に突出したリップ部を含む第3領域34が設けられる。また、第3領域34から連続して外側から内側に向かって略平坦な領域と外側に向かって曲線状に立ち上がった領域を含む第4領域36が設けられる。第4領域36は、キャビティ14bにおける段付き部を構成する。さらに、第4領域36に連続してピストンヘッド14aの外周まで略平坦な第5領域38が設けられる。第5領域38は、シリンダヘッド18の下面との間の空間であるスキッシュエリアを構成する。
【0019】
なお、本実施の形態では、図2及び図3に示すように、キャビティ14bの第3領域34の最内点(リップ先端)より内側の空間をキャビティ14bの内側の領域とし、外側の空間をキャビティ14bの外側の領域とする。
【0020】
図2に示すように、燃焼室1のキャビティ14bは、燃焼室2に比べて第1領域30の傾斜が緩く、燃焼室2に比べて第2領域32~第4領域36は若干内側へ寄った形状とした。なお、シリンダヘッド18の下面とピストンヘッド14aのキャビティ14bとの間に形成される燃焼室1と燃焼室2の容積は略等しくなるようにした。
【0021】
なお、ディーゼルエンジン100は以下の構成とすることが好適である。ボア径は110mm以上114mm以下、圧縮比は19.5以上21.5以下とすることが好適である。また、燃料噴射弁29のノズルの噴孔径は0.14mm以上0.17mm以下、噴孔数は8以上14以下、ノズルのコーン角は151°以上157゜以下であることが好適である。また、キャビティ14bのリップ径は64.5mm以上であり、キャビティ径は65.5mm以上であり、段付き部の外径は79.5mm以上であり、段付き部の深さは3.5mm以上であることが好適である。なお、本実施の形態では、図3に示すように、キャビティ14bの第3領域34の最内点(リップ先端)の内径をリップ径とし、キャビティ14bの第2領域32~第4領域36の最外点の内径をキャビティ径とする。
【0022】
図2に示した2つの燃焼室20の形状と燃料噴射弁29の配置において、熱効率及び排気中のスモークの特性を調べた。図4及び図5は、燃料噴射弁29のノズルの突出量(横軸)を2.4mmから1.8mmへ変化させたときの燃費(BSFC)とスモークの実測結果を示す。図4及び図5において、燃焼室1に対する結果を四角印で示し、燃焼室2に対する結果を丸印で示した。
【0023】
ここで、ディーゼルエンジン100は、ボア径112mmの4気筒エンジンとした。また、圧縮比は20.5、燃料噴射弁29のノズルの諸元が直径0.146mm×12孔、ノズルコーン角153゜とした。ディーゼルエンジン100の回転数は2300rpm、80%負荷の運転条件において燃料噴射圧は170MPa、噴射開始時期は上死点後(ATDC)の-9゜、噴射終了時期は上死点後(ATDC)の約16゜とした。外部EGR率はゼロ、空気のみ吸気した。空気と燃料の質量比A/Fは25.6とした。
【0024】
燃料噴射弁29のノズルの突出量は、シリンダヘッドの下面と燃料噴射弁29のノズル先端との上下方向の距離である。燃料噴射弁29のノズル突出量が2.4mmにおける噴孔の中心位置は、シリンダ中心軸から半径方向に約1.4mm、シリンダヘッドの下面より約1.2mm下方に位置するものとした。図4及び図5において、この運転条件での目標値を破線で示した。
【0025】
図4及び図5において、燃焼室1ではノズル突出量2.1mm以下で、燃焼室2ではノズル突出量を1.8mmまで小さくすると目標値に到達した。
【0026】
ノズル突出量によって燃費とスモークに変化が生ずる原因を検討した結果、燃料噴射弁29からの燃料の噴霧が上下方向に曲げられることにあることが分かった。すなわち、キャビティ14bの上面とシリンダヘッド18の下面とに挟まれる状況によって、燃料噴射弁29から噴射された燃料の流れの方向が上下方向に曲げられる角度(以下、噴霧曲がり角という。)が大きく影響されることが判明した。
【0027】
例えば、上記の好適なディーゼルエンジン100の構成において、燃料噴射弁29から燃焼室へ噴射される燃料は、燃料噴射弁29のノズルの出口から10mm以上15mm以下の範囲において流れが曲がることが噴霧運動量理論から計算される。
【0028】
図6は、噴霧運動量理論から計算した噴霧曲がり角の変化を示す。図7は、噴霧運動量理論から計算したクランク角度が上死点後の10゜にあるときのキャビティ14bの外側への燃料分配割合(以下、外側燃料配分割合という)の計算結果を示す。図7は、噴霧曲がり角が無い場合におけるクランク角度が上死点後の10゜にあるときのキャビティ外側への燃料分配割合も示す。図6及び図7において、燃焼室1に対する結果を四角印で示し、燃焼室2に対する結果を丸印で示した。
【0029】
図4及び図5に示したように、燃料噴射弁29のノズルの突出量を変更すると、燃費及び排気中のスモークの変化の傾きは燃焼室1の構成の場合に対して燃焼室2の構成の場合の方が急になる。図6を参照すると、燃焼室2の構成において、燃料噴射弁29のノズルの突出量による噴霧曲がり角の変化幅が大きくなることと相関があると推察される。
【0030】
図7を参照すると、噴霧曲がり角が無い場合、燃焼室1及び燃焼室2の2つの間で外側燃料分配割合の差が僅かである。すなわち、噴霧曲がり角が無いと仮定すると、図4及び図5に示したエンジンの運転試験の結果の差を説明できない。これに対して、噴霧曲がり角を考慮して外側燃料分配割合を計算すると、図7に示すように、燃焼室1及び燃焼室2の2つの間で差が大きくなり、燃焼室1より燃焼室2の方が変化の傾きが大きいという結果となった。すなわち、噴霧曲がり角を考慮すると、図4及び図5に示したエンジンの運転試験の結果の差を説明できる。
【0031】
燃料噴射弁29のノズルの突出量を大きくして2.4mmとすると、図4に示すように、燃焼室2より燃焼室1において燃費が向上する。その理由として、燃焼室1では燃焼室2に比べて外側燃料分配割合が高くなり、キャビティ14bの段付き部の火炎の平均当量比が1よりも高い弱リッチ側となって火炎温度が低下したためと推測される。また、図5に示すように、燃焼室1で燃焼室2よりスモークが低下した。その理由として、燃焼室1では燃焼室2に比べて、キャビティ14bの段付き部の弱リッチ火炎がピストン下降に伴いスキッシュエリアへ流出する際に急速に混合してスート(soot)酸化が促進され、燃焼室2と比べて浅いキャビティ14bの底部に滞留する火炎が減ってスート生成が減少したものと推測される。
【0032】
また、燃焼室1及び燃焼室2の両方において、燃料噴射弁29のノズル突出量を低減するにつれて外側燃料分配割合が増加し、燃費とスモークが改善された。燃焼室1では、燃料噴射弁29のノズル突出量を2.1mmとした状態において、燃焼室2では1.8mmとした状態において、燃費とスモークの目標値が満たされた。図7を参照すると、外側燃料分配割合が30%以上となる状態が燃費とスモークが目標値を満たすような条件と考えられる。さらに、外側燃料分配割合が30%以上40%以下となる状態が燃費とスモークが目標値を満たすような条件としてより好適であると考えられる。
【0033】
また、燃料噴射弁29のノズル突出量が1.8mmの同じ条件において燃焼室1及び燃焼室2の2つの燃焼室を比較すると、燃焼室1に対して外側燃料分配割合は約37%となり、燃焼室2に対して約31%と差が生じた。一方、スモークの量は燃焼室1及び燃焼室2において略同量となった。この外側燃料分配割合に差が生じたのにスモークが略同量となった理由は、キャビティ14bの壁に当たる衝突点での噴霧の平均当量比の違いによるものと考えられる。
【0034】
図8は、噴霧運動量理論式に基づいて、燃料噴射弁29から噴射された燃料噴霧がキャビティ14bの壁に当たる衝突点での噴霧の平均当量比を非燃焼場に対して算出した値を示す。燃焼室2では、キャビティ14bの径が大きくされているので、燃料噴射弁29から噴射される燃料噴霧がキャビティ14bの壁に衝突するまでの混合が促進され、燃料が濃く当量比が高い領域でのスートの生成が抑制されたものと推察される。すなわち、燃焼室2では、燃料噴霧がキャビティ14bの壁に当たる衝突点での平均当量比が燃焼室1に比べて下がっており、キャビティ14b内でのスートの生成が抑制されたと推測される。また、燃料の噴射期間が長くなり、高負荷の場合、燃焼によって生じた既燃ガスが噴霧に誘引(再エントレイン)されるため、キャビティ14bの衝突点での平均当量比は1を超えると推測される。
【0035】
図9は、キャビティ14bの外側燃料分配割合の算出方法を示す概念図である。燃料噴射弁29のノズルから噴射された燃料は、キャビティ14bの側壁に到達した時、キャビティ14bの段付き部の内側下端のリップ先端よりも上側の燃料はそのまま段付き部に流出し、リップ先端よりも下側の燃料はキャビティ14bの壁面に衝突してキャビティ14bの内側の領域に分配される。このような状態となっているものとして、キャビティ14bの外部の領域、すなわちキャビティ14bの第3領域34の最内点(リップ先端)より外側の領域に到達する燃料の量を燃料噴射弁29から噴射された燃料噴霧がリップ先端に到達する期間中にわたって積算してキャビティ14bの外側燃料分配割合を算出した。ここで、ピストン14の下降に伴うキャビティ14bの内側と外側のガス移動量に応じて、キャビティ14bの内側に分配された燃料が外側に流出することも考慮した。また、図9は燃料の噴霧曲がりが無い状態を示しているが、後述する噴霧曲がり角の計算結果を反映して外側燃料分配割合を算出した。
【0036】
次ぎに、図10を参照して、噴霧曲がり角が生じる理由を説明する。噴霧が壁に挟まれると噴霧への周囲ガスの誘引(エントレイン)が制約されるため、噴霧の周囲には燃料噴射弁29のノズルに向かう逆流が生じる。図10において、黒線の円弧は燃料噴射弁29のノズルを中心とする3次元の球面の断面を示す。この球面を横切って燃料噴射弁29のノズルの方へ逆流する周囲ガスの速度(逆流速度)の平均値は後述の噴霧運動量理論に基づいて算出することができる。図10に示すように、周囲ガスの逆流を噴霧上側と下側に分割すると、上側から噴霧へ誘引される周囲ガスの流れは球面通過時において下向きの運動量を有し、下側から誘引される周囲ガスの流れは球面通過時において上向きの運動量を有する。この上下方向の運動量の不釣り合いによって噴霧は上下方向に曲げられる。
【0037】
図11は、ディーゼルエンジン100の燃焼室20内で噴霧曲がり角を計算する際に必要な投影面積を示す。S(x)は1噴霧当たりの球面検査体積の表面積、A(x)は逆流速度を算出するために必要なx方向(噴射方向)の投影面積、Abu(x)は噴霧曲がり角を計算するための上側の投影面積(噴射方向に垂直方向に投影)、Abd(x)は下側の投影面積を示す。図11において、下付文字のfは燃料、gはガス、Bは逆流ガスに関する各パラメータの値を示す。
【0038】
以下、噴霧運動量理論から導出される噴霧曲がり角θzの計算式の導出過程を示す。数式(1)~数式(3)から数式(4)のように逆流速度U(x)が算出される。なお、数式(1)は、燃料の逆流がない状態における燃料の質量保存を示す式である。数式(2)は、噴射方向がx方向であるときの運動量保存を示す式である。数式(2)において、左辺は噴霧(燃料+ガス)の運動量、右辺第一項は噴孔位置(x=0)における燃料の運動量、右辺第二項は逆流ガスの運動量を示している。なお、A(x)は球面検査体積の表面積S(x)を噴射方向に投影した面積を示す。数式(3)は、ガスの質量保存を示す式である。
【数1】
【数2】
【数3】
【数4】
【0039】
数式(4)の逆流速度U(x)と数式(5)から数式(6)に示すように噴霧曲がり角θzが算出される。なお、数式(5)は、噴霧方向がx方向としたときのx方向に垂直方向(上向きを正とする)の運動量保存を示す式である。なお、数式(5)において、左辺は検査体積から出て行く方向の噴霧運動量の垂直方向成分、右辺第一項は下側から検査体積に入る方向の逆流ガス運動量、右辺第二項は上側から検査体積に入る方向の逆流ガス運動量を示す。
【数5】
【数6】
【0040】
図12及び図13は、それぞれ燃焼室1と燃焼室2の圧縮上死点での噴霧曲がり角θzを計算した結果を示す。なお、噴霧曲がり角θzの計算は、燃料噴射弁29のノズル出口から噴射軸方向に12mmの距離で行った。噴霧運動量理論では、燃料とガスの速度差がゼロとなるという仮定を用いた。燃焼室内を観察すると、高温及び高密度の筒内雰囲気条件により微粒化及び蒸発が促進され、噴霧の液相長は約10mm前後となった。そこで、燃料とガスの速度差がゼロという仮定が成立する位置として、燃料噴射弁29のノズル出口から12mmの位置で噴霧曲がり角を1回計算した。
【0041】
燃焼室1は燃焼室2に対して噴霧下側のキャビティ14bの空間がより広く空いているため、上向きの噴霧曲がり角θzは燃焼室1が燃焼室2に比べて大きい値となった。燃焼室2は燃焼室1に対して燃料噴射弁29のノズル直下のキャビティ14bの底面が高い位置にあり、噴霧下側との間のキャビティ14bの空間が狭い。そのため、逆流ガスに対する噴霧上側と噴霧下側の通過面積の差が小さく、上向きの噴霧曲がり角θzが小さい値となった。燃焼室2では、燃焼室1に比べて燃料噴射弁29のノズル突出量によって上側と下側の逆流ガスの運動量のバランスが大きく変化するため、図6に示したように燃焼室1に比べて噴霧曲がり角θzの変化の幅が大きくなったと推察される。
【0042】
図14及び図15は、それぞれ燃焼室1と燃焼室2の外側燃料分配割合の計算結果を示す。図14及び図15において、横軸はクランク角を示し、縦軸はキャビティ14bの外側の領域の容積比(濃い実線)及び外側の領域へ供給される外側燃料分配割合(薄い実線)を示す。外側燃料分配割合は、燃料噴射弁29のノズル突出量が1.8mm、2.1mm、2.4mmの場合について計算した。また、図中に、噴射期間及び噴霧がリップ先端に到達する期間を矢印で示した。外側燃料分配割合は、クランク角1゜間隔で算出し、噴霧曲がり角θzもピストン下降に伴って変化することを考慮して計算した。図中の縦破線は、ピストン14の下降に伴う逆スキッシュ流速が強くなる上死点後のクランク角10゜を示す。なお、図4は、上死点後のクランク角10゜における外側燃料分配割合を代表値として読み取ったものである。
【0043】
燃焼室2は、前述のようにキャビティ14bの径を大きくして壁面衝突位置までに噴霧の混合を促進することを狙った形状であったが、良品条件である“外側燃料割合≧30%”の条件を満たすためには燃料噴射弁29のノズル突出量を1.8mmまで小さくする必要があった。しかしながら、燃料噴射弁29のノズル突出量を小さくし過ぎるとノズルにデポジットが付着し易くなるなどの問題が生じる。したがって、燃料噴射弁29のノズル突出量を2.4mm程度に維持することが好適である。
【0044】
図16は、燃焼室2を参照して、外側燃料割合≧30%の条件を満たすようにキャビティ14bの形状を改良した燃焼室3の形状を示す。図16では、燃焼室3の形状を濃い実線で示し、燃焼室2の形状を薄い実線で示した。
【0045】
図16に示すように、ノズルコーン角を153°のままで外側燃料分配割合を30%にするために、燃焼室3ではキャビティ14bの段付き部の深さを1mm増加した。燃焼室3では、燃焼室1及び燃焼室2と同じ圧縮比にするために、キャビティ14bの最深部を平坦にして浅くし、その減った容積で段付き部の深さを1mm増加させている。
【0046】
また、燃焼室2でノズル突出量2.4mmのままで外側燃料割合≧30%を成立させる方法として、ノズルコーン角を153度から155度などへ増すことも有効である。
【0047】
以上のように、ピストンヘッド14aに設けられた凹状のキャビティ14bが段付き部を有し、シリンダヘッド18とピストンヘッド14aとの間に形成される燃焼室の空間をピストンヘッド14aの径方向に沿って段付き部より外側と内側の2つの領域に分け、全負荷時に対して70%の負荷以上の運転条件において上死点後のクランク角10°での外側の燃料分配割合が30%以上となるように燃焼室の形状と燃焼室に燃料を噴射する噴射部が設けることが好適である。これによって、ディーゼルエンジンにおける燃費が改善され、排気中のスモークを低減させることができる。
【符号の説明】
【0048】
10 シリンダブロック、12 シリンダボア、14 ピストン、14a ピストンヘッド、14b キャビティ、16 ガスケット、18 シリンダヘッド、20 燃焼室、22 吸気ポート、24 排気ポート、26 吸気弁、28 排気弁、29 燃料噴射弁(インジェクタ)、100 ディーゼルエンジン。
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