(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-22
(45)【発行日】2024-01-30
(54)【発明の名称】構造体、及び、構造体の設計方法
(51)【国際特許分類】
E04H 9/02 20060101AFI20240123BHJP
F16F 15/02 20060101ALI20240123BHJP
F16F 15/04 20060101ALI20240123BHJP
【FI】
E04H9/02 331D
E04H9/02 331E
F16F15/02 L
F16F15/02 Z
F16F15/04 E
(21)【出願番号】P 2019073053
(22)【出願日】2019-04-05
【審査請求日】2022-02-17
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000000549
【氏名又は名称】株式会社大林組
(74)【代理人】
【識別番号】110000176
【氏名又は名称】弁理士法人一色国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】岩崎 友洋
(72)【発明者】
【氏名】竹内 義高
(72)【発明者】
【氏名】湯川 正貴
(72)【発明者】
【氏名】吉田 治
【審査官】廣田 かおり
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-077229(JP,A)
【文献】特開昭63-032036(JP,A)
【文献】特開2010-203594(JP,A)
【文献】特開2017-082433(JP,A)
【文献】特開2001-074093(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第105297903(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
E04H 9/02
F16F 15/02
F16F 15/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
上部構造壁部を有する上部構造と、
前記上部構造壁部に対して水平方向に所定寸法離間して対向する下部構造壁部を有する下部構造と、
前記上部構造と前記下部構造との間に設けられ、前記上部構造を前記下部構造に対して水平方向に相対変位可能に支承する支承構造と、
前記上部構造壁部と前記下部構造壁部との間に介設された介設部材であって、軸方向の一端が前記上部構造壁部又は前記下部構造壁部の一方に固定され、前記軸方向の他端が前記上部構造壁部又は前記下部構造壁部の他方に当接する介設部材と、
を備えた構造体であって、
前記介設部材は、外力により前記上部構造壁部と前記下部構造壁部とが接近する状態において、小地震や風荷重時における接近する変位量が0から第1変位量までの第1領域では、前記軸方向に弾性変形、すなわち、軸変形することにより、前記軸方向に所定剛性を有し、中地震や大地震における前記接近する変位量が前記第1変位量から当該第1変位量を超えた第2変位量までの第2領域では、前記軸方向と交差する面外方向に変形、すなわち、幾何学的非線形性を有することにより、前記軸方向に前記所定剛性よりも低い低減剛性を有し、設計レベルを超えた場合における前記接近する変位量が前記第2変位量を超えた第3領域では、塑性変形することで地震エネルギーを吸収し、
前記介設部材の水平方向の長さは、前記上部構造と前記下部構造が水平方向に相対変位していない状態において、前記上部構造と前記下部構造の水平方向の隙間の寸法と同じであり、
前記介設部材は、変形後も弾性を維持することが可能であり、
前記外力の方向が逆になることにより、前記上部構造と前記下部構造が水平方向に相対変位していない状態において、前記軸方向の他端が前記上部構造壁部又は前記下部構造壁部の他方に当接したまま元の状態に復元している、
ことを特徴とする構造体。
【請求項2】
請求項1に記載の構造体であって、
前記介設部材は、中空の円筒部を有する、
ことを特徴とする構造体。
【請求項3】
第1壁部を有する上部構造と、水平方向において前記第1壁部に対向する第2壁部を有する下部構造と、前記上部構造と前記下部構造との間に設けられ、前記上部構造を前記下部構造に対して水平方向に相対変位可能に支承する支承構造と、前記第1壁部と前記第2壁部の間に介設された介設部材であって、
軸方向の一端が前記第1壁部又は前記第2壁部の一方に固定され、
前記軸方向の他端が前記第1壁部又は前記第2壁部の他方に当接する介設部材と、を備えた構造体の設計方法であって、
前記上部構造、前記下部構造、及び、前記支承構造の各種設計条件を定めるステップと、
前記介設部材の設計を行うステップと、
外力により前記
第1壁部と前記
第2壁部とが接近する状態において、小地震や風荷重時における接近する変位量が0から第1変位量までの第1領域では前記介設部材が、前記軸方向に弾性変形、すなわち、軸変形することにより、前記軸方向に所定剛性を有し、中地震や大地震における前記接近する変位量が前記第1変位量から当該第1変位量を超えた第2変位量までの第2領域では、前記軸方向と交差する面外方向に変形、すなわち、幾何学的非線形性を有することにより、前記介設部材が前記軸方向に前記所定剛性よりも低い低減剛性を有し、設計レベルを超えた場合における前記接近する変位量が前記第2変位量を超えた第3領域では前記介設部材が塑性変形することで地震エネルギーを吸収することを確認するステップと、
を有し、
前記介設部材の水平方向の長さは、前記上部構造と前記下部構造が水平方向に相対変位していない状態において、前記上部構造と前記下部構造の水平方向の隙間の寸法と同じであり、
前記介設部材は、変形後も弾性を維持することが可能であり、
前記外力の方向が逆になることにより、前記上部構造と前記下部構造が水平方向に相対変位していない状態において、前記軸方向の他端が前記
第1壁部又は前記
第2壁部の他方に当接したまま元の状態に復元している、
ことを特徴とする構造体の設計方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、構造体、及び、構造体の設計方法に関する。
【背景技術】
【0002】
免震装置を備えた構造体として、特許文献1には、上部構造と下部構造との間に滑り支承と弾性支承とを重ねて配置するとともに、滑り支承による滑り量の増大とともに抵抗力が増加する抵抗部材を、上部構造の壁部と下部構造の壁部との間に設けた構造体が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述したような構造体では、滑り量の増大とともに抵抗部材の抵抗力が増加するため、外力の入力レベルに応じて好適な制御を行うことができないおそれがあった。例えば、一般的な免震周期とされる3~5秒を超える、免震周期が10秒以上の超長周期免震を実現することが困難であった。また、設計レベルを超えるような過大入力に対しては対応できなかった。
【0005】
本発明は、上記のような従来の問題に鑑みなされたものであって、その目的は、外力の入力レベルに応じて好適な制御を行うことにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するための主たる発明は、上部構造壁部を有する上部構造と、前記上部構造壁部に対して水平方向に所定寸法離間して対向する下部構造壁部を有する下部構造と、前記上部構造と前記下部構造との間に設けられ、前記上部構造を前記下部構造に対して水平方向に相対変位可能に支承する支承構造と、前記上部構造壁部と前記下部構造壁部との間に介設された介設部材であって、軸方向の一端が前記上部構造壁部又は前記下部構造壁部の一方に固定され、前記軸方向の他端が前記上部構造壁部又は前記下部構造壁部の他方に当接する介設部材と、を備えた構造体であって、前記介設部材は、外力により前記上部構造壁部と前記下部構造壁部とが接近する状態において、小地震や風荷重時における接近する変位量が0から第1変位量までの第1領域では、前記軸方向に弾性変形、すなわち、軸変形することにより、前記軸方向に所定剛性を有し、中地震や大地震における前記接近する変位量が前記第1変位量から当該第1変位量を超えた第2変位量までの第2領域では、前記軸方向と交差する面外方向に変形、すなわち、幾何学的非線形性を有することにより、前記軸方向に前記所定剛性よりも低い低減剛性を有し、設計レベルを超えた場合における前記接近する変位量が前記第2変位量を超えた第3領域では、塑性変形することで地震エネルギーを吸収し、前記介設部材の水平方向の長さは、前記上部構造と前記下部構造が水平方向に相対変位していない状態において、前記上部構造と前記下部構造の水平方向の隙間の寸法と同じであり、前記介設部材は、変形後も弾性を維持することが可能であり、前記外力の方向が逆になることにより、前記上部構造と前記下部構造が水平方向に相対変位していない状態において、前記軸方向の他端が前記上部構造壁部又は前記下部構造壁部の他方に当接したまま元の状態に復元している、ことを特徴とする。
【0007】
本発明の他の特徴については、本明細書及び添付図面の記載により明らかにする。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、外力の入力レベルに応じて好適な制御を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】本実施形態の構造体1の構成を示す概略図である。
【
図3】
図3Aは、緩衝材50Aの履歴特性を示す図である。
図3Bは、支承構造40が転がり支承である場合の履歴特性を示す図である。
図3Cは、緩衝材50Bの履歴特性を示す図である。
図3Dは、支承構造40と緩衝材50とを合わせた履歴特性を示す図である。
【
図4】
図4A~
図4Cは、揺れが比較的小さい第1領域での動作を示す説明図である。
【
図6】
図6A~
図6Dは、揺れが非常に大きい第3領域での動作を示す説明図である。
【
図7】構造体1(主に緩衝材50)の設計方法を説明するためのフロー図である。
【
図8】緩衝材50の変位と荷重との関係を示す図である。
【
図9】
図9A及び
図9Bは、本実施形態のシステムを実際の建物に適用した場合を示す平面図である。
【
図10】
図10Aは、構造体1の変形例を示す図である。
図10Bは、ダンパー80の履歴特性を示す図である。
図10Cは、変形例の構成における全体の履歴特性を示す図である。
【
図11】支承構造40が摩擦滑り支承である場合の履歴特性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本明細書及び添付図面の記載により、少なくとも以下の事項が明らかとなる。
上部構造壁部を有する上部構造と、前記上部構造壁部に対して水平方向に所定寸法離間して対向する下部構造壁部を有する下部構造と、前記上部構造と前記下部構造との間に設けられ、前記上部構造を前記下部構造に対して水平方向に相対変位可能に支承する支承構造と、前記上部構造壁部と前記下部構造壁部との間に介設された介設部材であって、軸方向の一端が前記上部構造壁部又は前記下部構造壁部の一方に固定され、前記軸方向の他端が前記上部構造壁部又は前記下部構造壁部の他方に当接する介設部材と、を備えた構造体であって、前記介設部材は、外力により前記上部構造壁部と前記下部構造壁部とが接近する状態において、接近する変位量が第1変位量までの第1領域では前記軸方向に所定剛性を有し、前記接近する変位量が前記第1変位量から当該第1変位量を超えた第2変位量までの第2領域では前記軸方向に前記所定剛性よりも低い低減剛性を有し、前記接近する変位量が前記第2変位量を超えた第3領域では塑性変形することを特徴とする構造体が明らかとなる。
このような構造体によれば、第1領域では、居住性やエキスパンションジョイントの健全性等を確保でき、第2領域では、免震周期の長周期化を図ることができ、第3領域では、フェイルセーフ機構を実現できる。これにより、外力の入力レベルに応じて好適な制御を行うことができる。
【0011】
かかる構造体であって、前記介設部材は、前記第1領域及び前記第2領域において復元性を有することが望ましい。
このような構造体によれば、地震後の上部構造の残留変位を抑制することができる。
【0012】
かかる構造体であって、前記介設部材は、前記第1領域において前記軸方向に軸変形することが望ましい。
このような構造体によれば、下部構造に対する上部構造の変位を拘束することができ、居住性やエキスパンションジョイントの健全性を確保することができる。
【0013】
かかる構造体であって、前記介設部材は、前記第2領域において前記軸方向と交差する方向に面外変形することが望ましい。
このような構造体によれば、面外変形することにより一定軸力下で軸方向に変形することができる。これにより第2領域の剛性(低減剛性)をより低くすることができ、長周期化や超長周期化が可能になる。
【0014】
かかる構造体であって、前記介設部材は、中空の円筒部を有することが望ましい。
このような構造体によれば、第2領域において変形(面外変形)しやすい。
【0015】
また、第1壁部を有する上部構造と、水平方向において前記第1壁部に対向する第2壁部を有する下部構造と、前記上部構造と前記下部構造との間に設けられ、前記上部構造を前記下部構造に対して水平方向に相対変位可能に支承する支承構造と、前記第1壁部と前記第2壁部の間に介設された介設部材であって、一端が前記第1壁部又は前記第2壁部の一方に固定され、他端が前記第1壁部又は前記第2壁部の他方に当接する介設部材と、を備えた構造体の設計方法であって、前記上部構造、前記下部構造、及び、前記支承構造の各種設計条件を定めるステップと、前記介設部材の設計を行うステップと、外力により前記上部構造壁部と前記下部構造壁部とが接近する状態において、接近する変位量が第1変位量までの第1領域では前記介設部材が前記軸方向に所定剛性を有し、前記接近する変位量が前記第1変位量から当該第1変位量を超えた第2変位量までの第2領域では前記介設部材が前記軸方向に前記所定剛性よりも低い低減剛性を有し、前記接近する変位量が前記第2変位量を超えた第3領域では前記介設部材が塑性変形することを確認するステップと、を有することを特徴とする構造体の設計方法が明らかとなる。
【0016】
===実施形態===
<構成について>
図1は、本実施形態の構造体1の構成を示す概略図である。また、
図2は、緩衝材50の概略斜視図である。
図1において水平方向の一方側(図において右側)をB側とし、他方側(図において左側)をA側とする。また、鉛直方向に沿った方向を上下方向とし、鉛直方向の上方側を上側とし、下方側を下側とする。
【0017】
構造体1は、上部構造20と、下部構造30と、支承構造40と、緩衝材50とを備えている。
【0018】
上部構造20は、例えば、建物、床、大型装置等の機器・構造物である。本実施形態の上部構造20は、水平方向の両端に側壁21(上部構造壁部に相当)を有している。なお、以下の説明において、上部構造20の水平方向のB側端の側壁21を側壁21Bともいい、上水平方向のA側端の側壁21を側壁21Aともいう(
図1参照)。側壁21A、及び、側壁21Bは、上部構造20の側壁部分であり、鉛直方向(上下方向)に沿っている。
【0019】
下部構造30は、上部構造20を支えて荷重を地盤に伝達させる構造物であり、上部構造20の下方に設けられている。また、下部構造30は、水平方向において上部構造20の外側に延びており、その両端部に、それぞれ、上方に突出した擁壁31(下部構造壁部に相当)を有している。なお、以下の説明において、水平方向のB側端の擁壁31を擁壁31Bともいい、上水平方向のA側端の擁壁31を擁壁31Aともいう(
図1参照)。擁壁31Bは、上部構造20の側壁21Bと対向しており、擁壁31Aは、上部構造20の側壁21Aと対向している。また、擁壁31Aと側壁21A、及び、擁壁31Bと側壁21Bとの間には、それぞれ、水平方向に所定寸法の隙間(隙間D)が設けられている。
【0020】
支承構造40は、上部構造20の下面と下部構造30の上面との間(上下方向の隙間)に設けられており、上部構造20を下部構造30に対して水平方向に相対変位可能に支承している。本実施形態の支承構造40は、球体を用いた転がり支承であり、上部構造20や下部構造30に対しての摩擦力が非常に小さい。なお、転がり支承を構成する部材としては球体には限られず、例えば、ローラー等を用いていてもよい。
【0021】
緩衝材50(介設部材に相当)は、擁壁31と側壁21との間の隙間Dに設けられている。なお、以下の説明において、擁壁31Bと側壁21Bとの間に設けられた緩衝材50を緩衝材50Bともいい、擁壁31Aと側壁21Aとの間に設けられた緩衝材50を緩衝材50Aともいう(
図1参照)。但し、緩衝材50Aと緩衝材50Bは同じ構成の部材であり、上部構造20に対して対称に配置されている。
【0022】
本実施形態の緩衝材50は、
図2に示すように、円筒形状の円筒部51を有しており、円筒部51の内部には、中空部51aが軸方向に沿って設けられている。なお、本実施形態では、中空部51aは緩衝材50の軸方向の両端部を貫通しているが、これには限られず、例えば、中空部51aが緩衝材50の軸方向の一部に設けられていてもよい(緩衝材50の一部が円筒部51でもよい)。また、本実施形態の緩衝材50は、軸方向の両端部において径が異なっているが、これには限られず、径が一定であってもよい。
【0023】
構造体1において、緩衝材50は、軸方向が水平方向に沿うように設けられている。具体的には、緩衝材50の軸方向の一端(径が大きい側の端)は、不図示のフランジ(鋼製フランジ)等を介して下部構造30(具体的には擁壁31の内面)に固定されており、軸方向の他端(径が小さい側の端)は上部構造20(具体的には側壁21)に当接している。つまり、緩衝材50は、下部構造30に接合されているが、上部構造20には接合されていない。また、初期状態(上部構造20と下部構造30が水平方向に相対変位していない状態)において、緩衝材50の軸方向(ここでは水平方向)の長さは隙間Dの寸法と同じである。また、本実施形態の緩衝材50は、後述するように、入力地震動の大きさ(換言すると上部構造20と下部構造30との相対変位の大きさ)に応じて3段階に形状が変化する。
【0024】
緩衝材50の性能(反力と吸収エネルギー)の一例を表1に示す。
【0025】
【0026】
図3Aは、緩衝材50Aの履歴特性を示す図であり、
図3Bは、支承構造40が転がり支承である場合の履歴特性を示す図である。また、
図3Cは、緩衝材50Bの履歴特性を示す図であり、
図3Dは、支承構造40と緩衝材50(緩衝材50A及び緩衝材50B)とを合わせた履歴特性を示す図である。各図において、横軸は変位量(下部構造30に対する上部構造20の水平方向の変位量)を示しており、縦軸は、荷重の大きさを示している。
【0027】
本実施形態の緩衝材50Aは、
図3Aに示すように略台形の履歴特性を有している(この特性については後述する)。また、緩衝材50Bも、
図3Cに示すように略台形の履歴特性を有している。なお、緩衝材50Aと緩衝材50Bは、同一構成であるとともに、水平方向において上部構造20に対して対称に配置されているため、その履歴特性は対称(原点に関して対称)である。
【0028】
支承構造40は、摩擦力がほとんど無い転がり支承であるので、
図3Bに示すように変位量に関わらず、荷重が発生しない。
【0029】
図3A~
図3Cを合わせることにより、本実施形態の構造体1の履歴特性は
図3Dのようになる。以下、本実施形態の構造体1の動作について説明する。
【0030】
<動作について>
図4A~
図4Cは、揺れが比較的小さい第1領域(風荷重時や小地震時)での動作を示す説明図である。
【0031】
まず、
図4Aに示すように、B側の向きの外力(例えば地震力)を受けることにより、上部構造20が下部構造30に対して水平方向のB側に相対変位する(側壁21Bが擁壁31Bに接近する)。これにより、緩衝材50Aは上部構造20(側壁21A)と離間し、緩衝材50Bは上部構造20(側壁21B)によって軸方向に押されて弾性変形する。すなわち、緩衝材50Bは、軸方向に軸変形し、軸方向の長さが若干短くなる。このような変形が行われる領域のことを第1領域ともいう(
図8参照)。第1領域では、緩衝材50(ここでは緩衝材50B)は、軸方向の剛性が高く、免震構造の水平変形を抑制する。
【0032】
図4Bでは、地震力の方向が逆になることにより上部構造20が初期位置(初期状態)に戻っている。なお、初期位置に戻ることにより、緩衝材50Aは上部構造20と当接し、緩衝材50Bは元の形状(軸方向の長さが隙間Dの寸法と同じ長さ)に復元している。
【0033】
その後、さらにA側の向きの地震力を受けることにより、
図4Cに示すように上部構造20が水平方向にA側に移動する。この場合の動作は
図4Aと同様(但し、水平方向の向きが逆)であるので説明を省略する。
【0034】
このように、風荷重時や小地震時(第1領域)では、緩衝材50は、軸方向の剛性が高く、軸方向に弾性変形(軸変形)する。これにより、不快な揺れを生じさせないようにでき、居住性を確保できる。また、エキスパンションジョイントの健全性等も確保できる。
【0035】
図5A~
図5Cは、揺れが大きい第2領域(中地震~大地震時)での動作を示す説明図である。
【0036】
図5Aでは、
図4Aと比べて、上部構造20の水平方向B側への変位量が大きくなっている。すなわち、
図4Aと比べて、上部構造20の側壁21Bが、下部構造30の擁壁31Bにより接近している。この際、
図5Aに示すように、本実施形態の緩衝材50(ここでは緩衝材50B)は、所定の変位量δ
1(第1変位量に相当)を超えると、面外方向にも変形し、外側に膨らむ(形状が幾何学的非線形性を有する)。この変形が行われる領域のことを第2領域(
図8参照)ともいう。第2領域では、緩衝材50Bの軸方向の剛性が、第1領域と比べて低くなる(低減剛性)。これにより、緩衝材50Bは、一定の荷重下で変位が増大する状態になり、上部構造20は、水平方向に移動しやすくなる。よって、軸方向のみに弾性変形し続ける場合と比べて、上部構造20に加えられる荷重(
図5AにおいてXで示す部分の荷重)が低減される。なお、緩衝材50(緩衝材50A、緩衝材50B)として屈曲耐力の高い材料を使用することで、この変形後も弾性を維持することが可能であり、地震後の上部構造20の残留変位を抑制できる。
【0037】
図5Bでは、地震力の方向が逆になることにより上部構造20と下部構造30の位置関係が初期状態に戻っており、緩衝材50Aが上部構造20(側壁21A)と当接している。また、緩衝材50Bは弾性を維持しているので、側壁21Bと当接したまま元の形状に復元している。
【0038】
逆方向に変位する場合(
図5C)についても同様(但し、水平方向の向きが逆)であるので説明を省略する。
【0039】
このように、揺れが大きい中地震~大地震時(第2領域)では、緩衝材50は、面外方向に変形する(幾何学的非線形性を有する)ことにより、軸方向(水平方向)の剛性が低くなる。これにより、緩衝材50が一般的な免震装置と同等の性能を発揮するので、長周期や超長周期の免震を実現できる。
【0040】
図6A~
図6Dは、揺れが非常に大きい第3領域(設計レベルを超えた場合)での動作を示す説明図である。
【0041】
図6Aでは、
図5Aと比べて、上部構造20の水平方向B側への変位量がさらに大きくなっている。つまり、
図5Aと比べて、上部構造20の側壁21Bが、下部構造30の擁壁31Bにさらに接近している。この際、
図6Aに示すように、本実施形態の緩衝材50(ここでは緩衝材50B)は、所定の変位量δ
2(第2変位量に相当)を超えると、潰れて塑性変形する。この変形が行われる領域のことを第3領域(
図8参照)ともいう。この第3領域では、緩衝材50が塑性変形することにより、地震エネルギーを吸収するので、建物(上部構造20)へのダメージを抑えることができる。このように、揺れが設計レベルを超えた時(第3領域)、緩衝材50Bは、上部構造20の応答を低減させるフェイルセーフ機構として機能し、擁壁31Bへの上部構造20(側壁21B)の衝突の衝撃を低減させる。なお、緩衝材50Aが完全に潰れてしまうと、その後は変位が増えずに荷重が増加する状態になるが、
図6Aでは変位可能な所(緩衝材50Aの塑性変形が可能な所)までを示している。
【0042】
図6Bでは、地震力の方向が逆になることにより上部構造20と下部構造30の位置関係が初期状態に戻っており、緩衝材50Aが上部構造20(側壁21A)と当接している。ただし、緩衝材50Bは、塑性変形しているので、
図6Aの状態のままである。つまり、上部構造20(側壁21B)と緩衝材50Bは離間している。
【0043】
図6Cに示すように、上部構造20が逆方向に変位する場合も
図6Aのときの動作と同様(但し方向は逆)である。この場合も緩衝材50(ここでは緩衝材50A)が塑性変形することにより、地震エネルギーを吸収するので、建物(上部構造20)へのダメージを抑えることが出来る。すなわち、
図6Aの緩衝材50Bと同様に、緩衝材50Aは、フェイルセーフ機構として機能し、擁壁31Aへの上部構造20(側壁21A)の衝突の衝撃を低減させる。
【0044】
その後は、
図6Dに示すように、緩衝材50(緩衝材50A及び緩衝材50B)は、塑性変形しているので、エネルギー吸収できなくなっており、上部構造20は支承構造40(転がり支承)のみで、水平方向に振動する。
【0045】
以上、説明したように、本実施形態の構造体1では、外力(地震動等)により側壁21と擁壁31とが接近する状態において、入力レベル(上部構造20と下部構造30との相対変位量の大きさで傾向が測れる)に応じて、緩衝材50が3段階に変形する。
【0046】
発生頻度の高い小地震や風荷重時(接近する変位量がδ1までの第1領域)では、緩衝材50は形状変化を伴わずに軸方向に軸変形し、軸方向へ剛性の高い状態を維持する。これにより、上部構造20の移動を拘束し、居住性やエキスパンションジョイントの耐久性を確保できる。
【0047】
また、中地震や大地震(接近する変位量がδ1からδ2までの第2領域)では、緩衝材50が面外方向に変形することにより一定の荷重下で変位が増大する(軸方向の剛性が低い)状態になる。この状態では、上部構造20が水平方向に移動できるため、長周期や超長周期の免震を実現できる。また、緩衝材50として屈曲耐力の高い材料を使用することで、面外変形後も弾性を維持することが可能となり、地震後の上部構造20の残留変位を抑制できる。
【0048】
また、設計レベルを超えた場合(接近する変位量がδ2を超えた第3領域)では、緩衝材50が塑性変形することにより、地震エネルギー(上部構造20の振動エネルギー)を吸収する。これにより、緩衝材50は、上部構造20の応答を低減させるフェイルセーフ機構として機能し、下部構造30(擁壁31)と上部構造20(側壁21)との衝突の衝撃を低減させる。
【0049】
<構造体の設計方法について>
図7は、構造体1(主に緩衝材50)の設計方法を説明するためのフロー図である。また、
図8は、緩衝材50の変位と荷重との関係を示す図である。なお、
図8では、第2領域において緩衝材50が剛性を有していない(荷重が一定となっている)が、第1領域の剛性よりも低ければ、剛性を有していてもよい。また、第3領域においても緩衝材50が剛性を有していないが、過大変形を抑制するための剛性を有していてもよい。
【0050】
まず、構造体1の各種設計条件を決定する(S101)。具体的には、上部構造20及び下部構造30の構成(形状、大きさなど)、上部構造20の重量M、第1領域(微小地振動レベル)の加速度a、第2領域(中~大地震動レベル)の加速度b、第3領域(設計越え地震動レベル)の加速度cなどを決定する。また、上部構造20の側壁21と下部構造30の擁壁31との間の隙間(隙間D)の寸法や、支承構造40の構成(支承の種類等)も決定する。
【0051】
次に、緩衝材50の具体的な設計を行う(S102)。すなわち、緩衝材50の材料や、形状、及び、各寸法(高さ、径、長さ)等を定める。
【0052】
そして、緩衝材50が、各種性能を満たしているか否かを判断する(S103)。
ここで、各種性能として、例えば、以下の項目を確認する。
【0053】
【0054】
なお、Fは免震装置が動き出すときの力(荷重)である。Wは減衰量(
図8の台形部分の面積)であり、δ
1は第1領域と第2領域の境界の変位量(相対変位量)、δ
2は第2領域と第3領域との境界の変位量(相対変位量)である。また、T
2は第2領域における振動の周期であり、T
3は第3領域における振動の周期である。
【0055】
また、緩衝材50の長さ(D)に対するδ1の割合{(δ1/D)×100}が5~40(%)、緩衝材50の長さ(D)に対するδ2の割合{(δ2/D)×100}が40~70(%)であることを確認する。なお、本実施形態の緩衝材50は、{(δ1/D)×100}が約20%であり、{(δ2/D)×100}が約50%である。
【0056】
このような評価により、第1領域では、緩衝材50が軸方向に高い剛性を有し、第2領域では、緩衝材50が軸方向に低い剛性(低減剛性)を有し、第3領域では緩衝材50が塑性変形することを確認する。
【0057】
式(1)~式(4)を全て満たしていれば(ステップS103でYES)、設計を終了する。満たしていなければ(ステップS103でNO)、ステップS102に戻り、緩衝材50の設計を見直す(再度、設計を実施する)。
【0058】
<建物に採用した場合の使用例>
上記の実施形態では、免震層(上部構造20と下部構造30)の相対変位の方向と緩衝材50の軸方向が同じであった。以下では、相対変形の方向に対して直交する方向にも緩衝材50を配置する場合の具体例について説明する。
【0059】
図9A及び
図9Bは、本実施形態のシステムを実際の建物に適用した場合の一例を示す平面図である。
【0060】
同図に示すように、上部構造20は、平面形状が矩形であり、下部構造30の擁壁31は、上部構造20の四辺の側壁21の外側を囲むように設けられている。
【0061】
また、上部構造20の四辺の側壁21と、下部構造30の擁壁31の間に、それぞれ、緩衝材50が複数配置されている。この場合、上部構造20と下部構造30が水平方向の一方(例えば、図において左右方向)に相対変位するとき、水平方向の他方(図において上下方向)に軸方向が沿って配置された緩衝材50は、相対変位の方向と直交していることになる。
【0062】
このため、
図9Aでは、上部構造20の周囲(四辺)の側壁21にそれぞれ滑り板60を設け、緩衝材50の軸方向の端(自由端)と当接させている。これにより、免震層の相対変位の方向と緩衝材50の軸方向とが直交していても、免震層の相対変位に追従することができる。なお、この場合、滑り板60と緩衝材50との摩擦力による免震層の変形拘束が免震周期の長周期化を妨げないことを確認する。
【0063】
また、
図9Bでは、緩衝材50の軸方向の端(固定端)にローラー等の転動材70を設けており、緩衝材50が擁壁31の内面に沿って移動できるようにしている。この場合も、免震層の相対変位に追従することができる。
【0064】
<変形例>
図10Aは、構造体1の変形例を示す図である。
図10Aにおいて前述の実施形態(
図1)と同一構成の部分には同一符号を付し、説明を省略する。また、
図10Bは、ダンパー80の履歴特性を示す図であり、
図10Cは、変形例の構成における全体の履歴特性を示す図である。
【0065】
この変形例では、
図10Aに示すように、上部構造20の側壁21と下部構造30の擁壁31との間の隙間(隙間D)にダンパー80を設けている。
【0066】
ダンパー80は、上部構造20と下部構造30との水平方向への相対変位に応じた減衰力を発生する減衰装置である。本実施形態では、ダンパー80として、オイルを用いたオイルダンパーを用いている。ダンパー80は、例えば、
図10Bに示すような履歴特性を有している。
【0067】
この変形例の構造体1における履歴特性は、
図3Dの履歴特性(支承構造40+緩衝材50A+緩衝材50B)に
図10Bの履歴特性を加えた
図10Cのようになる。
【0068】
この場合においても、水平方向における上部構造20と下部構造30との変位量に応じて緩衝材50は、3段階に変形する。ただし、ダンパー80による減衰力が働くため、より緩やかに変形するようにできる(急激な変形を抑制できる)。なお、ダンパー80としては、オイルダンパーには限られず、他の減衰部材(例えば、摩擦ダンパーなど)を用いてもよい。
【0069】
===その他の実施の形態===
以上、本発明の実施形態について説明したが、上記の実施形態は、本発明の理解を容易にするためのものであり、本発明を限定して解釈するためのものではない。また、本発明は、その趣旨を逸脱することなく、変更や改良され得るとともに、本発明にはその等価物が含まれるのはいうまでもない。例えば、以下に示すような変形が可能である。
【0070】
前述の実施形態では、上部構造20の壁部(側壁21)が下部構造30の壁部(擁壁31)よりも内側に位置していたが、これに限られない。例えば、上部構造20と下部構造30の上下関係を逆にした構成(
図1の上下を逆にした構成)でもよい。
【0071】
また、前述の実施形態では、緩衝材50は、軸方向の一端が下部構造30の擁壁31に固定されており、他端が上部構造20の側壁21と当接していたが、この関係が逆でもいい。すなわち、緩衝材50の軸方向の一端が下部構造30の擁壁31と当接し、軸方向の他端が上部構造20の側壁21に固定されていてもよい。この場合も前述の実施形態と同様の効果を得ることができる。
【0072】
前述の実施形態では、支承構造40として転がり支承を用いていたが、これには限られない。例えば、滑り支承(摩擦滑り支承など)であってもよい。
【0073】
図11は、支承構造40が摩擦滑り支承である場合の履歴特性を示す図である。なお
図11では、第2領域(
図5に相当する領域)までの履歴特性を示しており、破線は転がり支承の場合(
図5C)の特性を示している。摩擦力が大きいほど、履歴特性で囲まれる面積が大きくなる。
【符号の説明】
【0074】
1 構造体
20 上部構造
21,21A,21B 側壁(上部構造壁部)
30 下部構造
31,21A、31B 擁壁(下部構造壁部)
40 支承構造
50,50A,50B 緩衝材(介設部材)
51 円筒部
51a 中空部
60 滑り板
70 転動材
80 ダンパー