(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-22
(45)【発行日】2024-01-30
(54)【発明の名称】圧粉磁心の製造方法
(51)【国際特許分類】
H01F 41/02 20060101AFI20240123BHJP
H01F 27/255 20060101ALI20240123BHJP
H01F 1/147 20060101ALI20240123BHJP
B22F 1/00 20220101ALI20240123BHJP
B22F 3/00 20210101ALI20240123BHJP
B22F 3/24 20060101ALI20240123BHJP
B22F 3/10 20060101ALI20240123BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20240123BHJP
【FI】
H01F41/02 D
H01F27/255
H01F1/147 166
B22F1/00 Y
B22F3/00 B
B22F3/24 B
B22F3/10 C
C22C38/00 303S
(21)【出願番号】P 2019112595
(22)【出願日】2019-06-18
【審査請求日】2022-04-14
(73)【特許権者】
【識別番号】000003713
【氏名又は名称】大同特殊鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001184
【氏名又は名称】弁理士法人むつきパートナーズ
(72)【発明者】
【氏名】吉本 耕助
(72)【発明者】
【氏名】下村 哲也
【審査官】久保田 昌晴
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-054910(JP,A)
【文献】特開2000-030924(JP,A)
【文献】特開2005-150381(JP,A)
【文献】特表2017-508878(JP,A)
【文献】特開2016-027621(JP,A)
【文献】特開昭57-039125(JP,A)
【文献】特開平01-169905(JP,A)
【文献】国際公開第2018/052107(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01F 1/12-1/28、3/08、27/255、41/02
B22F 1/00、3/00、3/10、3/24
C22C 38/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
バインダ樹脂とともに軟磁性金属粉体を冷間プレスして成形し該バインダ樹脂の残存物による粉体粒子同士の絶縁を維持しながら歪み取り焼鈍を与えて供されFe
3Si規則相を実質的に含まないFe-Si系合金からなる圧粉磁心
を製造する方法であって、
前記軟磁性金属粉体として、略球状の2
5乃至36μmの範囲内にある平均粒径で、質量%で5.5~6.0%の範囲内でSiを不可避的不純物とともに含む合金組成でFe
3Si規則相を実質的に含まない金属組織を有する金属粉体を用い、前記歪み取り焼鈍を650~800℃の範囲内の温度で行うことを特徴とする圧粉磁心の製造方法。
【請求項2】
前記合金組成は質量%で5.5%よりもSiを多く含み、前記金属組織はB2型規則格子相であることを特徴とする請求項1記載の圧粉磁心の製造方法。
【請求項3】
前記バインダ樹脂はシリコーン樹脂であることを特徴とする請求項1又は2に記載の圧粉磁心の製造方法。
【請求項4】
前記冷間プレスでは8
2.0vol%以上の粉体充填密度とすることを特徴とする請求項1乃至3のうちの1つに記載の圧粉磁心の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Fe-Si系合金からなる軟磁性金属粉体を用いた圧粉磁心の製造方法及び該軟磁性金属粉体に関し、特に、成形加工時のバインダ樹脂の残存物で粉体粒子同士の絶縁を得てなる圧粉磁心の製造方法及び該軟磁性金属粉体に関する。
【背景技術】
【0002】
Fe-Si系合金は、軟磁性金属粉体として、比較的、高い電気抵抗率を有するため、小さな渦電流損を要求される圧粉磁心などの磁性成形加工体向けの金属粉体として広く用いられている。
【0003】
例えば、特許文献1では、Siを質量%で1.5~6.5%含むFe-Si系合金からなる軟磁性金属粉体を用い、成形助剤として有機バインダを与えて射出成形する磁性成形体の製造方法が開示されている。射出成形後の焼結工程では、1050~1250℃の温度範囲に加熱されて、有機バインダは除去されることになる。
【0004】
また、特許文献2では、Siを質量%で4.5~7.5%含むとともにPを与えられたFe-Si系合金からなる軟磁性金属粉体を溶剤やバインダとともにペースト化してグリーンシートを得て、これを積層させて焼成し、積層インダクタなどの磁性成形体を製造する方法が開示されている。ここでも、焼成時に550~850℃に加熱されるため、バインダはガス化されて除去される。
【0005】
一方、成形加工時のバインダを熱処理においても積極的に絶縁剤として残存させ、粉体粒子同士を互いに該バインダによって電気的に隔てて絶縁を与えようとする磁性成形加工体の製造方法も知られている。
【0006】
例えば、特許文献3では、Siを質量%で0.5~8.0%含むとともにOを規制されたFe-Si系合金からなる軟磁性金属粉体を用いて、シリコーン樹脂などの絶縁剤兼結合剤をバインダとして配合し冷間プレスする圧粉磁心の成形方法が開示されている。ここでは、500~1000℃で熱処理して冷間プレスによる圧縮成形時の軟磁性金属粉体の圧縮歪みを開放させているが、かかる温度において、シリコーン樹脂は分解されてシリコン化合物となり、圧粉磁心に十分な強度を与えるとともに、粉体同士を絶縁することができるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開平2-57664号公報
【文献】特開2017-224717号公報
【文献】特開2010-80978号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記したように、冷間プレスのような成形加工プロセスを用いた圧粉磁心の製造方法において、成形加工時のバインダを比較的低い温度での熱処理において積極的に絶縁剤として残存させ、該バインダの残存物によって粉体粒子同士を互いに電気的に隔てて絶縁を得ようとする製造方法が知られている。一方で、Fe-Si系合金による軟磁性金属粉体を用いた場合、熱処理において十分に歪取りがなされないと、鉄損が大きくなってしまうことも見いだされた。
【0009】
本発明は、以上のような状況に鑑みてなされたものであって、その目的とするところは、低い鉄損を維持するように比較的低温での歪み取り焼鈍を可能とし、成型加工時のバインダを積極的に絶縁材として残存させようとする圧粉磁心の製造方法及びこれに用いる軟磁性金属粉体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明による圧粉磁心の製造方法は、バインダ樹脂とともに軟磁性金属粉体を冷間プレスして成形し該バインダ樹脂の残存物による粉体粒子同士の絶縁を維持しながら歪み取り焼鈍を与えて供される圧粉磁心の製造方法であって、前記軟磁性金属粉体はFe3Si規則相を実質的に含まないFe-Si系合金を用い、前記歪み取り焼鈍を650~800℃の範囲内の温度で行うことを特徴とする。
【0011】
かかる発明によれば、比較的低温で十分な歪み取り焼鈍が得られるとともに、バインダ樹脂の残存物による粉体粒子同士の十分な絶縁を得られ、低い鉄損を維持できるのである。
【0012】
上記した発明において、前記軟磁性金属粉体は、質量%で、Si:4.5~6.0%を不可避的不純物とともに含む合金組成を有することを特徴としてもよい。かかる発明によれば、容易にFe3Si規則相を実質的に含まない合金組織を得られ、低い鉄損を維持できる。
【0013】
上記した発明において、前記バインダ樹脂はシリコーン樹脂であることを特徴としてもよい。かかる発明によれば、粉体粒子同士の十分な絶縁を確実に得られて、低い鉄損を維持できる。
【0014】
上記した発明において、平均粒径を25乃至70μmの範囲内とすることを特徴としてもよい。かかる発明によれば、容易に低い鉄損を維持できる。
【0015】
また、本発明による軟磁性金属粉体は、上記した圧粉磁心の製造方法に用いられ、質量%で、Si:4.5~6.0%を不可避的不純物とともに含む合金組成を有することを特徴とする。
【0016】
かかる発明によれば、容易にFe3Si規則相を実質的に含まない合金組織を得られ、得られる圧粉磁心において低い鉄損を維持できる。
【0017】
上記した発明において、平均粒径を25乃至70μmの範囲内とすることを特徴としてもよい。かかる発明によれば、得られる圧粉磁心において容易に低い鉄損を維持できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】軟磁性金属粉体の製造条件及び特性の一覧表である。
【
図2】軟磁性金属粉体を用いて得た圧粉磁心の特性の一覧表である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の1つの実施例における圧粉磁心の製造方法について、
図1を参照しつつ説明する。
【0020】
対象とする圧粉磁心を得るための軟磁性金属粉体は、Feを主成分としたFe-Si系合金であって、ガスアトマイズ法などの公知の製造方法で得られる略球状の粉体粒子からなる。ここで、軟磁性金属粉体は、平均粒径を25~70μmとすることが好ましい。なお、円形度を高めることで圧粉磁心に成形した際の充填率を高めて、得られる圧粉磁心において高い透磁率を与え得て好ましい。
【0021】
Fe-Si系合金としては、例えば、
図1の実施例1~4の化学成分に示すような量で各元素を含有する成分組成を有する。また、詳細は後述するが、軟磁性金属粉体はFe
3Si規則相を実質的に含まないFe-Si系合金を用いる。
【0022】
ところで、この軟磁性金属粉体は、圧粉磁心に成形する際に、粉体粒子同士を互いに絶縁するよう絶縁剤を形成するバインダ樹脂を配合される。例えば、軟磁性金属粉体の個々の粉体粒子をバインダ樹脂で被覆してから圧粉磁心に成形することもできる。圧粉磁心は、軟磁性金属粉体及び樹脂の混合物を冷間プレスすることによって成形される。その後、圧粉磁心は歪み取り焼鈍として、冷間プレスによって生じた歪みを熱処理によって解放される。ここで、バインダ樹脂は歪み取り焼鈍の熱によって分解されるなどしてその残存物によって粉体粒子同士の絶縁を維持する絶縁剤となる。このように成形加工のためのバインダを積極的に絶縁剤として残存させるため、歪み取り焼鈍は比較的低い温度である800℃以下とする必要がある。
【0023】
この場合、バインダ樹脂としてはシリコーン樹脂が好ましく、歪み取り焼鈍の熱によって分解されて残存物としてシリコン化合物を形成する。このシリコン化合物が絶縁剤となって粉体粒子同士を互いに電気的に隔てて絶縁を得る。
【0024】
本願発明者らは、このような歪み取り焼鈍において、6.5質量%程度のSiを含有するFe-Si系合金による軟磁性金属粉体を用いた場合に、得られる圧粉磁心において、鉄損、特にヒステリシス損が大きくなる場合のあることに気づいた。このような場合、歪み取り焼鈍によっても歪みを十分に開放できなかった可能性が考慮される。しかし、上記したように歪み取り焼鈍の保持温度は比較的低温とされる必要がある。
【0025】
そこで、800℃以下の比較的低温での歪み取り焼鈍でもヒステリシス損を小さく維持できる金属組織について検討したところ、DO3型規則格子相であるFe3Si規則相を実質的に含まないことを必要とすることが判った。低温での歪み取り焼鈍でもヒステリシス損を低く維持できる場合には、実質的にA2型格子相及び/又はB2型規則格子相からなる金属組織を有していた。すなわち、軟磁性金属粉体には、Fe3Si規則相を実質的に含まないFe-Si系合金を用いることで、得られる圧粉磁心において低い鉄損を維持しつつ比較的低温での歪み取り焼鈍を可能とする。また、このような歪み取り焼鈍の保持温度は650~800℃の範囲内である。
【0026】
さらに、このような金属組織を得るFe-Si系合金の化学成分の含有量を検討したところ、4.5~6.0質量%の範囲内でSiを含有する成分組成とすると好適であることを見出した。
【0027】
[製造試験]
次に、複数の軟磁性金属粉体を用いて圧粉磁心を製造し、圧粉磁心の特性について調査した結果について、
図1及び
図2を用いて説明する。
【0028】
まず、
図1の実施例1~6、比較例1~11に示す成分組成の軟磁性金属粉体を製造した。なお、比較例5~7、実施例6は、実施例2と同一ロット(同一の製造条件)の軟磁性金属粉体である。また、比較例8~11は、比較例2と同一ロットの軟磁性金属粉体である。
【0029】
軟磁性金属粉体は、ガスアトマイズ法で製造した。略球形の粉体粒子を得られる方法であれば、その他の公知の方法でもよい。得られた軟磁性金属粉体は「製造条件」の欄の「分級粒度」に示す粒度に分級し、「粉体熱処理温度」に示す温度に加熱し還元性雰囲気中で3時間保持する熱処理をした。なお、得られた粉体は、「粉体特性」の欄に示す「化学成分」と「平均粒径」を有していた。平均粒径については、粒度分布を測定して累積重量が50%になる粒度に対応する粒子径とした。
【0030】
また、各粉体は、シリコーン樹脂をバインダとしてそれぞれ「バインダ配合量」に示された量を配合された。これを混錬した後、室温下で「成形圧力」に示された圧力でプレス成形して圧粉磁心とした。圧粉磁心は外径28mm、内径20mm、厚さ5mmのリング形状に成形された。得られた圧粉磁心は歪み取り焼鈍として、それぞれ「圧粉磁心焼鈍温度」に示す温度で0.5時間保持する熱処理をされた。
【0031】
図2に示すように、得られた圧粉磁心の特性として、粉体充填密度、鉄損(ヒステリシス損及び渦電流損)、結晶構造について調査した。なお、粉体充填密度については、圧粉磁心の寸法及び重量から算出した密度ρcore、金属粉体の真密度ρmetal、金属粉体の重量を100に対して配合されたバインダの重量xとし、(ρcore/ρmetal)×100/(100+x)にて算出した。また、鉄損については、圧粉磁心に一次コイルを80ターン、二次コイルを20ターンとする巻き線を与え、岩崎通信機株式会社製のBHアナライザー/SY8258を用いて励磁磁束密度を0.1Tに固定し、周波数を変化させて測定した。ここで、ヒステリシス損及び渦電流損は、鉄損をその周波数依存性から二周波法にてヒステリシス損と渦電流損とに分離し、30kHz時のものを算出し記録した。また、結晶構造はXRD(X線回折)法によって特定された結晶格子の構造を記録した。
【0032】
図1及び
図2を併せて参照すると、比較例1、実施例1~4、比較例2に関し、平均粒径を35μm又は36μmとする軟磁性金属粉体において、狙いSi量を3.0~6.5質量%まで変えたときに、鉄損の目標値290kW/m
3以下に対して比較例1及び2が大きくなった。狙いSi量を3.0質量%と少なくした比較例1では、渦電流損が他に比べて大きかったが、比抵抗を小さくしたためと考えられる。また、狙いSi量を6.5質量%と多くした比較例2では、ヒステリシス損が他に比べて大きかった。750℃の歪み取り焼鈍では、十分に歪みが開放されなかったものと考えられる。メカニズムは明らかになっていないが、結晶構造においてDO
3型規則格子相が検出された場合にヒステリシス損が大きくなった。つまり、DO
3型規則格子相であるFe
3Si規則相を実質的に含まず、実質的にA2型格子相及び/又はB2型規則格子相からなる金属組織を有することが必要である。
【0033】
これらのこと、及び、他のいくつかの同様の調査に基づいて、Siの含有量は、質量%で、4.5~6.0の範囲内とすると、実質的にFe3Si規則相を含まない金属組織を有する合金からなる軟磁性金属粉体を得ることができて好ましい。
【0034】
また、粉体の平均粒径を70μmと大きくした比較例3、実施例5、比較例4においても同様の傾向であった。すなわち、狙いSi量を3.0質量%と少なくした比較例3では、渦電流損が他に比べて大きかった。また、狙いSi量を6.5質量%と多くした比較例4では、ヒステリシス損が他に比べて大きかった。なお、粉体の平均粒径を大きくしたことで、上記した比較例1、実施例2、比較例2に比べて、比較例3、実施例5、比較例4のそれぞれは、渦電流損を大きくし、ヒステリシス損を小さくした。
【0035】
また、比較例5~7、実施例6では、狙いSi量を5.0質量%とした上で、歪み取り焼鈍の保持温度(焼鈍温度)を変えた。焼鈍温度を750℃とした実施例6では鉄損を261kW/m3と目標値以下にできた。これに対して焼鈍温度を400℃、500℃、600℃としたそれぞれ比較例5、6、7では、ヒステリシス損を大きくし、鉄損において目標値を超過した。400~600℃の焼鈍温度では歪みを十分に開放できなかったものと考えらえる。
【0036】
これらのこと、及び、他のいくつかの同様の調査に基づいて、焼鈍温度は650~800℃の範囲内とすることが適当である。
【0037】
さらに、比較例8~11においては、狙いSi量6.5質量%としたが、焼鈍温度を400~750℃に変えたいずれの場合においてもヒステリシス損が大きかった。つまり、Siの含有量を6.5質量%とするFe-Si系合金では焼鈍温度を750℃としても十分に歪みを開放できなかったものと考えられる。
【0038】
これらの結果と他のいくつかの同様の調査に基づいて、粉体の平均粒径を25~70μmとすることが好ましいとの結論を得た。平均粒径が小さいとヒステリシス損が大きくなる傾向にある。他方、平均粒径が大きいと、渦電流損が大きくなる傾向にある。渦電流損に関しては、Siの含有量の増加に伴い増大する比抵抗の影響を受けるが、これを加味しての結論である。
【0039】
以上のように、Siの含有量を4.5~6.0質量%とするFe-Si系合金からなる軟磁性金属粉体を用いることで、その合金の金属組織を実質的にFe3Si規則相を含まないものとできて、これを用いて製造される圧粉磁心において低い鉄損を維持しつつ比較的低温での歪み取り焼鈍を可能とする。
【0040】
以上、本発明の代表的な実施例を説明したが、本発明は必ずしもこれらに限定されるものではなく、当業者であれば、本発明の主旨又は添付した特許請求の範囲を逸脱することなく、種々の代替実施例及び改変例を見出すことができるであろう。