(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-22
(45)【発行日】2024-01-30
(54)【発明の名称】車両用制動装置
(51)【国際特許分類】
B60T 17/18 20060101AFI20240123BHJP
B60T 8/17 20060101ALI20240123BHJP
B62D 5/04 20060101ALI20240123BHJP
B62D 7/14 20060101ALI20240123BHJP
B60L 3/00 20190101ALI20240123BHJP
B60L 7/14 20060101ALI20240123BHJP
B60W 50/02 20120101ALI20240123BHJP
B60W 30/02 20120101ALI20240123BHJP
【FI】
B60T17/18
B60T8/17 C
B60T8/17 A
B62D5/04
B62D7/14 A
B60L3/00 J
B60L7/14
B60W50/02
B60W30/02
(21)【出願番号】P 2020190288
(22)【出願日】2020-11-16
【審査請求日】2023-05-12
(73)【特許権者】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(74)【代理人】
【識別番号】110003214
【氏名又は名称】弁理士法人服部国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】柴田 悠祐
【審査官】山田 康孝
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-171905(JP,A)
【文献】特開2006-213173(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60T 15/00-17/22
B60T 7/12-8/1769
B62D 5/04
B62D 7/14
B60L 3/00
B60L 7/14
B60W 50/02
B60W 30/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両前後方向において二列以上の左右対の車輪(91、92、93、94)を有し、且つ、各車輪に制動力を発生させる複数の電動ブレーキ(61、62、63、64)、及び、少なくとも一列の左右対の車輪をハンドル操作にかかわらず転舵させることが可能な一台以上の転舵アクチュエータ(71、72、73、74、712)を備えた車両(901-906)に搭載される車両用制動装置であって、
前記電動ブレーキの制動力を含む各車輪に対する制動力、及び、前記転舵アクチュエータの動作を制御可能な制動制御部(40)と、
前記電動ブレーキの異常を検出する異常検出器(50)と、
を備え、
前記制動制御部は、
前記異常検出器がいずれかの前記電動ブレーキの異常を検出したとき、当該異常に起因する車両挙動への影響を抑制するように、少なくとも前記転舵アクチュエータの制御を含む、正常時の制御とは異なる異常時制動制御に切り替える
ものであり、
異常が検出された前記電動ブレーキに対応する車輪を制動異常輪とし、前記制動異常輪と左右対を構成する他方の車輪であって、対応する前記電動ブレーキが正常である車輪を共役正常輪とすると、
前記制動制御部は、前記異常時制動制御において、
前記制動異常輪と前記共役正常輪との制動力の差によって生じる実際のヨーモーメントと、車両に要求されている要求ヨーモーメントとの乖離を小さくするように、いずれかの前記転舵アクチュエータを駆動する車両用制動装置。
【請求項2】
前記制動制御部は、前記異常時制動制御において、少なくとも前記制動異常輪に対応する前記転舵アクチュエータを駆動する請求項
1に記載の車両用制動装置。
【請求項3】
前記制動制御部は、前記異常時制動制御において、さらに正常輪の制動力を変更する請求項
1または
2に記載の車両用制動装置。
【請求項4】
前記制動制御部は、前記異常時制動制御において、前記制動異常輪を含む左右対の列と、それ以外の左右対の列との間で、要求制動力の配分を変更する請求項
3に記載の車両用制動装置。
【請求項5】
各車輪を駆動する車輪駆動モータ(81、82、83、84、812、834)をさらに備えた車両に搭載され、
前記制動制御部は、前記異常時制動制御において、
少なくとも前記制動異常輪に対応する前記車輪駆動モータについて、車輪の回転を抑制する回生トルク、又は、車両の進行方向と反対方向へ車輪を回転させる逆トルクを発生させるように通電を切り替え、制動力を生成する請求項1~
4のいずれか一項に記載の車両用制動装置。
【請求項6】
車両前後方向において二列以上の左右対の車輪(91、92、93、94)を有し、且つ、各車輪に制動力を発生させる複数の電動ブレーキ(61、62、63、64)
、少なくとも一列の左右対の車輪をハンドル操作にかかわらず転舵させることが可能な一台以上の転舵アクチュエータ(71、72、73、74、712)、及び、各車輪を駆動する車輪駆動モータ(81、82、83、84、812、834)を備えた車両(902-904)に搭載される車両用制動装置であって、
前記電動ブレーキの制動力を含む各車輪に対する制動力、及び、前記転舵アクチュエータの動作を制御可能な制動制御部(40)と、
前記電動ブレーキの異常を検出する異常検出器(50)と、
を備え、
前記制動制御部は、
前記異常検出器がいずれかの前記電動ブレーキの異常を検出したとき、当該異常に起因する車両挙動への影響を抑制するように、少なくとも前記転舵アクチュエータの制御を含む、正常時の制御とは異なる異常時制動制御に切り替えるものであり、
異常が検出された前記電動ブレーキに対応する車輪を制動異常輪とすると、
前記制動制御部は、前記異常時制動制御において、
少なくとも前記制動異常輪に対応する前記車輪駆動モータについて、車輪の回転を抑制する回生トルク、又は、車両の進行方向と反対方向へ車輪を回転させる逆トルクを発生させるように通電を切り替え、制動力を生成する車両用制動装置。
【請求項7】
前記車輪駆動モータは、少なくとも一列の左右対の車輪について、各車輪に独立に設けられている請求項
5または6に記載の車両用制動装置。
【請求項8】
前記車輪駆動モータは、全ての車輪について、各車輪に独立に設けられている請求項7に記載の車両用制動装置。
【請求項9】
前記転舵アクチュエータは、少なくとも一列の左右対の車輪について、各車輪に独立に設けられている請求項1~8のいずれか一項に記載の車両用制動装置。
【請求項10】
前記転舵アクチュエータは、全ての車輪について、各車輪に独立に設けられている請求項9に記載の車両用制動装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両用制動装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、いずれかの車輪に対応する電動ブレーキの異常時に車両を停止、駐車させる技術が知られている。
【0003】
例えば特許文献1に開示された装置は、電動ブレーキの故障時に、トランスミッション接続、トー角制御、回生ブレーキ、逆トルク発生などにより車両を停止、駐車させる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1には、電動ブレーキの故障時における車輪の転舵に関し、トー角制御により左右輪を対称にトーインまたはトーアウトする例が開示されているに過ぎず、左右輪が非対称になるように転舵する思想は示されていない。また、従来技術において、例えば前列左輪の電動ブレーキが故障したとき、正常な前列右輪についても同様に制動力を低下させると、正常輪の制動力を十分に活用することができない。さらに、左右輪の制動力の差によって生じる不要なヨーモーメントの発生により車両挙動に影響を及ぼすおそれがある。
【0006】
本発明は上述の点に鑑みて創作されたものであり、その目的は、電動ブレーキの異常時に、車両挙動への影響を抑制するように車両を制動可能な車両用制動装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の車両用制動装置は、車両前後方向において二列以上の左右対の車輪(91、92、93、94)を有し、且つ、複数の電動ブレーキ(61、62、63、64)及び一台以上の転舵アクチュエータ(71、72、73、74、712)を備えた車両(901-906)に搭載される。電動ブレーキは、各車輪に制動力を発生させる。転舵アクチュエータは、少なくとも一列の左右対の車輪をハンドル操作にかかわらず転舵させることが可能である。
【0008】
車両用制動装置は、電動ブレーキの制動力を含む各車輪に対する制動力、及び、転舵アクチュエータの動作を制御可能な制動制御部(40)と、電動ブレーキの異常を検出する異常検出器(50)とを備える。制動制御部は、異常検出器がいずれかの電動ブレーキの異常を検出したとき、当該異常に起因する車両挙動への影響を抑制するように、少なくとも転舵アクチュエータの制御を含む、正常時の制御とは異なる「異常時制動制御」に切り替える。
【0009】
本発明の制動制御部は、転舵アクチュエータの動作を制御可能であり、電動ブレーキの異常時に、少なくとも転舵アクチュエータの制御を含む「異常時制動制御」を実施する。これにより車両用制動装置は、車両挙動への影響を抑制するように、車輪の転舵を利用して車両を制動可能である。
【0010】
また、異常が検出された電動ブレーキに対応する車輪を制動異常輪とし、制動異常輪と左右対を構成する他方の車輪であって、対応する電動ブレーキが正常である車輪を共役正常輪とする。例えば前列左輪が異常となったとき、共役正常輪である前列右輪のみに制動力が働くと、右回転方向の不要なヨーモーメントが発生する。
【0011】
そこで本発明の第一の態様では、制動制御部は、異常時制動制御において、制動異常輪と共役正常輪との制動力の差によって生じる実際のヨーモーメントと、車両に要求されている要求ヨーモーメントとの乖離を小さくするように、いずれかの転舵アクチュエータを駆動する。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】第1実施形態の車両用制動装置が搭載される前列二輪非独立転舵車両の構成図。
【
図3】制動異常時の制動力、及びヨーモーメントの発生を示す模式図。
【
図5】第1実施形態による異常時制動制御を示す模式図。
【
図6】ヨーモーメント補償転舵制御での舵角とヨーモーメント及び制動力との関係を示す図。
【
図7】第1実施形態による異常時制動制御のフローチャート。
【
図8】要求減速度に応じた各車輪の要求制動力の配分を示す図。
【
図9】第2実施形態の車両用制動装置が搭載される前列二輪非独立駆動車両の構成図。
【
図10】第2実施形態による異常時制動制御のフローチャート。
【
図13】第3実施形態の車両用制動装置が搭載される前列二輪独立駆動車両の構成図。
【
図14】第3実施形態の比較例として、第2実施形態による前列二輪非独立駆動での車輪駆動モータによる制動力の生成を示す模式図。
【
図15】第3実施形態による前列二輪独立駆動での車輪駆動モータによる制動力の生成を示す模式図。
【
図16】第4実施形態の車両用制動装置が搭載される四輪独立駆動車両の構成図。
【
図17】第5実施形態の車両用制動装置が搭載される前列二輪独立転舵車両の構成図。
【
図18】第5実施形態による前列二輪独立転舵での異常時制動制御の例を示す模式図。
【
図19】第5実施形態による前列二輪独立転舵での異常時制動制御の例を示す模式図。
【
図20】第6実施形態の車両用制動装置が搭載される四輪独立転舵車両の構成図。
【
図21】第6実施形態の比較例として第1実施形態での異常時制動制御の例を示す模式図。
【
図22】第6実施形態による四輪独立転舵での異常時制動制御の例を示す模式図。
【
図23】第6実施形態による四輪独立転舵での異常時制動制御の例を示す模式図。
【
図24】第6実施形態による四輪独立転舵での異常時制動制御の例を示す模式図。
【
図25】第6実施形態による四輪独立転舵での異常時制動制御の例を示す模式図。
【
図26】第6実施形態による四輪独立転舵での異常時制動制御の例を示す模式図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の複数の実施形態による車両用制動装置を図面に基づいて説明する。本実施形態の車両用制動装置は、各車輪に対応して設けられた電動ブレーキの異常時に、正常時の制御とは異なる異常時制動制御を行う装置である。車両用制動装置は、少なくとも一列の左右対の車輪をハンドル操作にかかわらず転舵させることが可能な一台以上の転舵アクチュエータを備えた車両に搭載される。異常時制動制御には少なくとも転舵アクチュエータの制御が含まれる。以下、複数の実施形態において実質的に同一の構成には、同一の符号を付して説明を省略する。
【0014】
(第1実施形態)
図1~
図8を参照し、第1実施形態について説明する。第1実施形態の車両用制動装置301が搭載される車両901は、車両前後方向において二列の左右対の車輪91、92、93、94を有する四輪車両である。以下、前列の左輪をFL輪91、前列の右輪をFR輪92、後列の左輪をRL輪93、後列の右輪をRR輪94と記す。
【0015】
以下、車両及び車両用制動装置の符号を除き、各車輪91、92、93、94に対応する装置の符号や物理量の記号には、車輪の符号の末尾数字と同じ数字を末尾に付す。例えば、符号や記号の末尾数字「1」はFL輪91に対応することを示す。同様に、「2」はFR輪92、「3」はRL輪93、「4」はRR輪94に対応することを示す。
【0016】
また車両901は、各車輪91、92、93、94に制動力を発生させる複数の電動ブレーキ61、62、63、64、及び、一台の転舵アクチュエータ712を備えている。図中、電動ブレーキを「EMB」、転舵アクチュエータを「転舵Act」と記す。電動ブレーキ61、62、63、64は、例えば図示しない三相インバータから電力供給され、制動及び解除の動作をする。
【0017】
転舵アクチュエータ712は、前列の車輪91、92をハンドル操作にかかわらず転舵させることが可能である。第1実施形態では、転舵アクチュエータ712は、ラックバー75を介してFL輪91及びFR輪92を一括して転舵する。すなわち第1実施形態は、「前列二輪非独立転舵」の構成である。
【0018】
車両用制動装置301は、制動制御部40及び異常検出器50を備える。制動制御部40は、電動ブレーキ61、62、63、64の制動力を含む各車輪に対する制動力、及び、転舵アクチュエータ712の動作を制御可能である。異常検出器50は、電動ブレーキ61、62、63、64の異常を検出する。
【0019】
例えば電動ブレーキ61、62、63、64が三相電力で駆動される構成では、異常検出器50は、インバータ上流電圧異常、三相電流和異常等の異常検出を用いてもよいし、荷重センサ、車輪速センサ等から判定してもよい。また、電動ブレーキ61、62、63、64の故障以外に、過熱時の出力制限等による制動力低下を異常に含んでもよい。
【0020】
制動制御部40は、異常検出器50がいずれかの電動ブレーキの異常を検出したとき、当該異常に起因する車両挙動への影響を抑制するように、少なくとも転舵アクチュエータ712の制御を含む、正常時の制御とは異なる「異常時制動制御」に切り替える。以下、異常時制動制御の意義や手法について詳しく説明する。
【0021】
なお、厳密には異常が発生するのは電動ブレーキであり、車輪そのものが異常となるわけではない。ただし説明の便宜上、対応する電動ブレーキが異常である車輪を「制動異常輪」又は単に「異常輪」といい、対応する電動ブレーキが正常である車輪を「正常輪」という。特に、制動異常輪と左右対を構成する他方の車輪であって、対応する電動ブレーキが正常である車輪を「共役正常輪」という。FL輪91が制動異常輪である場合、FR輪92が共役正常輪に該当する。また、対応する電動ブレーキが異常となり、制動機能が失われる又は低下することを「車輪が失陥する」とも表す。
【0022】
まず
図2~
図4を参照し、本実施形態の課題を説明する。
図2には、一般の車両900での各電動ブレーキ61、62、63、64の正常時の状態を示す。白抜きブロック矢印は、各車輪91、92、93、94の制動力Fbr1、Fbr2、Fbr3、Fbr4を示す。ハッチング付きのブロック矢印は、車両900全体に作用する車両制動力Fbr_Cを示し、その長さは、車両制動力Fbr_Cの大きさを他の図と相対的に表す。
【0023】
図3にFL輪91の異常時の状態を示す。「×」印は失陥を表し、破断形状のブロック矢印は、失われた制動力を表現する。すなわちFL輪91の制動力Fbr1が失われ、車両制動力Fbr_Cが減少している。一方、共役正常輪であるFR輪92には、通常の制動力Fbr2が働く。そのため、制動異常輪であるFL輪91と共役正常輪であるFR輪92との制動力の差によって、右回転方向の不要なヨーモーメントMyが発生する。
【0024】
そこで
図4に示す比較例の構成では、共役正常輪であるFR輪92の制動力Fbr2を減らして前列左右輪91、92の制動力のバランスを調整することで、ヨーモーメントの発生を抑制する。この構成では、ヨーモーメントは抑制されるものの、車両制動力Fbr_Cが低下するという問題がある。
【0025】
次に
図5~
図8を参照し、第1実施形態の異常時制動制御について説明する。
図5に示すように、第1実施形態の異常時制動制御では、少なくとも制動異常輪に対応する転舵アクチュエータ712を駆動してFL輪91及びFR輪92を左方向に転舵する。太線矢印Fst1、Fst2は転舵力を示し、θst1、θst2は舵角を示す。これにより、FR輪92の制動力Fbr2を減らさずに、舵角θst1、θst2でヨーモーメントを打ち消すことができる。よって、車両制動力Fbr_Cを正常時と近い値に維持することができる。この制動制御を「ヨーモーメント補償転舵制御」という。
【0026】
図6(a)に、ヨーモーメント補償転舵制御における舵角とヨーモーメントとの関係を示す。FL輪91の失陥時、二点鎖線で示すように右回転方向のヨーモーメントMyが発生する。このヨーモーメントMyを打ち消すため、前列車輪91、92を左方向に転舵することで、実線で示すように、舵角に対して正の相関を有する補償モーメントMcが発生する。これによる補償後のヨーモーメントMc#を破線で示す。車両901を直進させる場合、制動制御部40は、「車両に要求されている要求ヨーモーメント」として、補償後ヨーモーメントMc#が0になる舵角θL_0で転舵制御を行う。
【0027】
また、制動制御部40は、車両901を左旋回させる場合、舵角θL_0よりも絶対値の大きい舵角で転舵制御を行い、車両901を右旋回させる場合、舵角θL_0よりも絶対値の小さい舵角で転舵制御を行う。つまり、舵角の設定により補償後モーメントを調整することで、旋回要求に対応することができる。FR輪92の失陥時についても同様に、補償後のヨーモーメントMc#が0になる舵角θR_0を基準として、直進、左旋回もしくは右旋回に応じて舵角が設定される。
図6(b)に示すように、転舵により発生する制動力は、舵角の絶対値が増加するほど大きくなる。
【0028】
このように制動制御部40は、異常時制動制御において、制動異常輪と共役正常輪との制動力の差によって生じる実際のヨーモーメントと、車両に要求されている要求ヨーモーメントとの乖離を小さくするように、転舵アクチュエータ712を駆動する。なお、直進時の要求モーメントは0であり、旋回時の要求モーメントは0でない値を取る。
【0029】
図7のフローチャート及び
図8を参照し、第1実施形態による異常時制動制御について説明する。以下のフローチャートの説明で記号「S」はステップを意味する。
図8には、要求減速度に応じた各車輪の要求制動力の配分を示す。
図8の上段に示すブレーキペダル操作量及び要求減速度のマップと、下段に示すブレーキペダル操作量及び要求制動力のマップとは一式の関連図として扱われる。
【0030】
S1で制動制御部40は、制動要求を取得する。制動制御部40は、ブレーキペダル操作量や車速等の信号から、例えば
図8上段に示すマップを用いて要求減速度を算出する。そして制動制御部40は、
図8下段に示すように、車両トータルで必要な制動力を各車輪91、92、93、94に配分する。配分は、例えば各車輪の荷重の比に基づき決定される。減速度が大きいときほど前輪に荷重がかかること等が反映されてもよい。
【0031】
S2では、異常が検出された電動ブレーキに対応する制動異常輪が有るか判断される。制動異常輪が無く、S2でNOの場合、S3で通常制御が行われる。制動異常輪が有り、S2でYESの場合、S4で制動制御部40は、ランプ点灯などにより異常を通知する。また、S5で制動制御部40は、車両挙動への影響を抑制するように、正常時の制御とは異なる異常時制動制御に切り替える。つまり制動制御部40は、転舵アクチュエータ712の制御を含むヨーモーメント補償転舵制御に切り替えることで、不要なヨーモーメントを打ち消す。
【0032】
上述の通り、第1実施形態の制動制御部40は、転舵アクチュエータ712の動作を制御可能であり、電動ブレーキの異常時に、少なくとも転舵アクチュエータ712の制御を含む「異常時制動制御」を実施する。これにより車両用制動装置301は、車両挙動への影響を抑制するように、車輪91、92の転舵を利用して車両を制動可能である。
【0033】
(第2実施形態)
次に
図9~
図12を参照し、第2実施形態について説明する。
図9に示すように、第2実施形態の車両用制動装置302が搭載される車両902は、第1実施形態と同様の転舵アクチュエータ712に加え、前列のFL輪91及びFR輪92を共通に駆動する車輪駆動モータ812、並びに、後列のRL輪93及びRR輪94を共通に駆動する車輪駆動モータ834が設けられている。
【0034】
車輪駆動モータ812は、連結出力軸85を介してFL輪91及びFR輪92を非独立に駆動する。すなわち第2実施形態は、「前列二輪非独立駆動」の構成である。また、車輪駆動モータ834は、連結出力軸86を介してRL輪93及びRR輪94を非独立に駆動する。車両用制動装置302の制動制御部40は、転舵アクチュエータ712及び車輪駆動モータ812、834の動作を制御する。
【0035】
典型的に車輪駆動モータ812、834は、電動自動車やハイブリッド自動車において、各車輪91、92、93、94を駆動するモータである。制動制御部40は、異常時制動制御において、少なくとも制動異常輪に対応する車輪駆動モータについて、回生トルク又は逆トルクを発生させるように通電を切り替え、制動力を生成する。
【0036】
回生トルクは、車輪の回転を抑制するトルクであり、逆トルクは、車両の進行方向と反対方向へ車輪を回転させるトルクである。以下の説明において、車輪駆動モータの回生トルク又は逆トルクにより生成される制動力をまとめて「回生制動力」と記す。出力可能な回生制動力の最大値は、バッテリの能力や状態、すなわち最大電流や電池残量等を用いた演算により設定可能である。
【0037】
続いて、
図10のフローチャート及び
図11、
図12を参照し、第2実施形態による異常時制動制御について説明する。
図10のS1~S4は、
図7と実質的に同一であるため説明を省略する。
図11、
図12には、FL輪91が失陥して制動力が0になったときの各車輪91、92、93、94の要求制動力の配分を示す。
【0038】
S5で制動制御部40は、制動異常輪の不足制動力が回生制動力の出力可能範囲を超えているか判断する。つまり、
図11において、FL輪91の要求制動力に対する不足分が回生制動力の最大値Frg_maxよりも大きいか判断される。
【0039】
不足制動力が回生制動力の出力可能範囲内である場合、S5でNOと判断され、S6に移行する。S6で制動制御部40は、正常輪を通常制動力で制御し、且つ制動異常輪に対し回生制動力を使用する。
図11において、ブレーキペダル操作量がX以下の範囲では、FL輪91の制動力は、実線で示すように回生制動力を使用して賄われる。
【0040】
不足制動力が回生制動力の出力可能範囲を超えている場合、S5でYESと判断され、S7に移行する。S7で制動制御部40は、前後方向に反対側の正常輪の制動力を増大させるように調整する。
【0041】
前列のいずれかの車輪91、92が異常の場合、制動制御部40は、車輪駆動モータ834を駆動して後列の車輪93、94の制動力を増大させる。そして制動制御部40は、
図12に示すように、車両902が安定する範囲内で、前列と後列、すなわち、制動異常輪を含む左右対の列と、それ以外の左右対の列との間で、要求制動力の配分を変更する。なお、逆に後列のいずれかの車輪93、94が異常の場合、制動制御部40は、車輪駆動モータ812を駆動して前列の車輪91、92の制動力を増大させる。
【0042】
S7の後、S8で制動制御部40は、制動異常輪の不足制動力が回生制動力の出力可能範囲を超えているか再び判断する。不足制動力が回生制動力の出力可能範囲内である場合、S7でNOと判断され、S9に移行する。S9で制動制御部40は、正常輪をS8で調整後の制動力で制御し、且つ制動異常輪に対し、S6と同様に回生制動力を使用する。
【0043】
不足制動力が回生制動力の出力可能範囲を超えている場合、S8でYESと判断され、
図5と実質的に同一のS10に移行する。S10で制動制御部40は、第1実施形態と同様にヨーモーメント補償転舵制御を行う。ここで、実際のヨーモーメントと要求ヨーモーメントとの乖離程度に応じて、舵角が変更される。
【0044】
さらにS11で制動制御部40は、実際の制動力と要求制動力との乖離程度に応じて、共役正常輪の制動力を変更してもよい。具体的には、
図5の状態で不要なヨーが発生しないように、FR輪92の制動力Fbr2を低下させてもよい。その他、
図10のフローチャートにおいて、前後列の制動力配分の変更、回生制動力の使用等、実施する処理の順番を適宜入れ替えてもよい。
【0045】
このように第2実施形態の異常時制動制御では、車輪駆動モータ812、834による回生制動力の生成と、転舵アクチュエータ712によるヨーモーメント補償転舵制御とを組み合わせることで、異常時における車両902の状態や要求制動力に応じて、複数の制動制御を段階的に実施することができる。
【0046】
ここで、回生制動力の使用や前後列の制動力配分の変更のみで制動異常輪の不足制動力を補うことが可能な場合、すなわち
図10のフローチャートでS10に移行する前に処理が終了する場合、その処理中では転舵アクチュエータ712の制御は実行されない。それでも、フローチャートのステップに予め転舵アクチュエータの制御が含まれている以上、制動制御部40は、「異常に起因する車両挙動への影響を抑制するように、少なくとも転舵アクチュエータの制御を含む、正常時の制御とは異なる異常時制動制御に切り替える」ことに該当すると解釈する。
【0047】
(第3実施形態)
図13~
図15を参照し、第3実施形態について説明する。
図13に示すように、第3実施形態の車両用制動装置303が搭載される車両903は、第2実施形態の車両902に対し、前列のFL輪91及びFR輪92について、車輪駆動モータ81、82が独立に設けられている。すなわち第3実施形態は、「前列二輪独立駆動」の構成である。後列には、第2実施形態と同様にRL輪93及びRR輪94を共通に駆動する車輪駆動モータ834が設けられている。車両用制動装置303の制動制御部40は、転舵アクチュエータ712及び各車輪駆動モータ81、82、834の動作を制御する。
【0048】
図14に、第3実施形態の比較例として、第2実施形態による前列二輪非独立駆動での車輪駆動モータ812による制動力の生成を示す。ここでは、転舵アクチュエータの動作を伴わない動作を説明するため、あえて「異常時制動制御」の用語を用いず、「車輪駆動モータ812による制動力の生成」と記載する。
【0049】
前列二輪非独立駆動の場合、FL輪91の異常時、制動力Fbr1の不足分に対し共通の車輪駆動モータ812の回生制動力を利用して賄おうとすると、FL輪91及びFR輪92に同程度の回生制動力Frg1、Frg2を付与させざるを得ない。そのため、制動異常輪であるFL輪91と共役正常輪であるFR輪92との制動力の差を低減することができず、不要なヨーが発生する。また、バッテリ能力等の制約を受ける回生可能量を共役正常輪側でも消費してしまい、制動異常輪側での回生可能量が少なくなる。
【0050】
図15に、第3実施形態による前列二輪独立駆動での車輪駆動モータ81、82による制動力の生成を示す。車輪駆動モータ81、82が独立に設けられた第3実施形態では、制動異常輪であるFL輪91のみに回生制動力Frg1を付与することができる。共役正常輪であるFR輪92には回生制動力を付与しなくてよいため、制動異常輪であるFL輪91の回生可能量も大きく確保することができる。
【0051】
(第4実施形態)
図16を参照し、第4実施形態について説明する。第4実施形態の車両用制動装置304が搭載される車両904は、第2実施形態の車両902に対し、前列及び後列の全ての車輪91、92、93、94について、車輪駆動モータ81、82、83、84が独立に設けられている。すなわち第4実施形態は、「四輪独立駆動」の構成である。車両用制動装置304の制動制御部40は、転舵アクチュエータ712及び各車輪駆動モータ81、82、83、84の動作を制御する。
【0052】
第4実施形態では、第3実施形態の思想がさらに後列のRL輪93及びRR輪94にも展開される。したがって、故障箇所によらず、各車輪91、92、93、94が出力可能な制動力Fbr1、Fbr2、Fbr3、Fbr4をより有効に利用することができる。また、例えば前列のFL輪91と後列のRR輪94とが同時に失陥した場合等、複数輪が同時に失陥した場合にも適応性が高い。
【0053】
(第5実施形態)
次に第5、第6実施形態では、車両用制動装置が独立転舵車両に搭載される構成について説明する。独立転舵車両では、少なくとも一列の左右対の車輪について、転舵アクチュエータが各車輪に独立に設けられており、各車輪が独立して転舵可能である。第5実施形態では、車両用制動装置が前列二輪独立転舵車両に搭載される構成を示し、第6実施形態では、車両用制動装置が四輪独立転舵車両に搭載される構成を示す。
【0054】
まず
図17~
図19を参照し、第5実施形態について説明する。
図17に示すように、第5実施形態の車両用制動装置305が搭載される前列二輪独立転舵車両905は、前列のFL輪91及びFR輪92について、転舵アクチュエータ71、72が独立に設けられている。車両用制動装置304の制動制御部40は、各転舵アクチュエータ71、72の動作を制御する。
【0055】
前列二輪が非独立転舵の第1実施形態では、
図5に示すように、FL輪91の異常時、制動異常輪であるFL輪91と共役正常輪であるFR輪92とを一括して転舵する必要がある。それに対し
図18に示すように、第5実施形態では共役正常輪であるFR輪92を転舵しなくてもよい。その分、FL輪91の舵角θst1を大きくすることができ、車両制動力Fbr_Cをより確保することができる。
【0056】
また
図19に示すように、第5実施形態では、FL輪91及びFR輪92をいずれもトーイン側に転舵させることも可能である。このような制御は、特にFL輪91及びFR輪92が共に失陥した場合等に有効である。各車輪91、92の舵角θst1、θst2を調整することで旋回も可能となる。
【0057】
(第6実施形態)
続いて
図20~
図26を参照し、第6実施形態について説明する。
図20に示すように、第6実施形態の車両用制動装置306が搭載される四輪独立転舵車両906は、全ての車輪91、92、93、94について、転舵アクチュエータ71、72、73、74が独立に設けられている。車両用制動装置306の制動制御部40は、各転舵アクチュエータ71、72、73、74の動作を制御する。なお、
図22以下で、太線矢印Fst3、Fst4は転舵力を示し、θst3、θst4は舵角を示す。
【0058】
図21には、第6実施形態の比較例として、第1実施形態の前列二輪非独立転舵車両901で後列のRL輪93が失陥した場合の制動制御を示す。車両901の後列に転舵アクチュエータを備えていない第1実施形態では、制動制御部40は、前列のFL輪91及びFR輪92に対応する転舵アクチュエータ71、72、すなわち、制動異常輪に対応しない転舵アクチュエータを駆動してFL輪91及びFR輪92を左方向に転舵する。これにより、ヨーの発生を抑えることができる。
【0059】
ただし、四輪91、92、93、94にかかる車両荷重配分によって、各車輪で発生可能な制動力、すなわち転舵力Fstと電動ブレーキ制動力Fbrとの合計制動力には物理的な限界がある。
図21に示す比較例では、後列のRL輪93が失陥したとき、前列のFL輪91及びFR輪92の転舵力Fst1、Fst2の活用や電動ブレーキ制動力Fbr1、Fbr2の増加をするとしても、荷重配分などで決まる上限以上に合計制動力を増やすことはできない。
【0060】
それに対し
図22に示すように、第6実施形態では制動異常輪であるRL輪93に対応する転舵アクチュエータ73を駆動してRL輪93のみを独立転舵することでヨーの発生を抑えることができる。後列のRL輪93が失陥したとき、RL輪93及びRR輪94のトータル制動可能量に余裕がある状態になるため、RL輪93の転舵力Fst3を活用することで、
図21の比較例に比べ、車両トータルの制動力Fbr_Cをより大きくすることができる。或いは
図23に示すように、制動制御部40は、転舵アクチュエータ73、74を駆動してRL輪93及びRR輪94を共に転舵することでヨーの発生を抑えることもできる。
【0061】
図24~
図26に、四輪独立転舵車両905でのその他の制動制御例を示す。
図24の例では、RL輪93の異常時、制動制御部40は、四つの転舵アクチュエータ71、72、73、74の動作により四輪91、92、93、94をいずれも左方向に転舵する。各車輪の舵角θst1、θst2、θst3、θst4は、比較的小さめの互いに等しい角度に設定される。これにより、故障箇所に依らず、四輪それぞれの制動可能量をより活用しきることができるようになる。
【0062】
図25、
図26の例では、RL輪93及びRR輪94がいずれもトーイン側に転舵される。
図25の例は、RL輪93及びRR輪94が共に失陥した時を想定しており、RL輪93及びRR輪94の舵角θst3、θst4は同程度に設定される。
図26の例は、RL輪93が失陥し、RR輪94が正常である場合を想定しており、RL輪93の舵角θst3は比較的小さく、RR輪94の舵角θst4は比較的大きく設定される。
【0063】
(その他の実施形態)
(a)本発明の車両用制動装置が搭載される車両は、車両前後方向において二列の左右対の車輪を有する四輪車両に限らず、車両前後方向において三列以上の車輪を有する六輪以上の車両であってもよい。その場合、第4実施形態による四輪独立駆動の構成は、全車輪独立駆動の構成に拡張される。つまり、車輪駆動モータは、全ての車輪について、各車輪に独立に設けられる。また、第6実施形態による四輪独立転舵の構成は、全車輪独立転舵の構成に拡張される。つまり、転舵アクチュエータは、全ての車輪について、各車輪に独立に設けられる。
【0064】
(b)異常時制動制御において電動ブレーキ61、62、63、64以外の手段で制動異常輪及び正常輪の制動力を変更する構成としては、第2~第4実施形態による車輪駆動モータを用いるものに限らず、エンジン車両のエンジンブレーキ等を利用する構成としてもよい。その場合、車両の前列二輪と後列二輪との間で制動力の配分を変更可能な機構が設けられるようにしてもよい。
【0065】
(c)第5、第6実施形態の独立転舵車両は、車輪駆動モータをさらに備えてもよい。これにより、各車輪の失陥状況に応じてさらに多様な異常時制動制御が可能となる。特に独立転舵車両と各車輪の独立駆動とを組み合わせた構成では、どの車輪が失陥した場合でも、要求制動力に応じて各車輪の制動力を適切に制御することができる。
【0066】
(d)上記実施形態の異常時制動制御では、電動ブレーキの異常に起因する車両挙動への影響として、主に要求ヨーモーメントと異なるヨーモーメントの発生に着目している。ただし、ヨー以外の車両挙動への影響として、ロールやピッチの発生を抑制するように異常時制動制御が実施されてもよい。
【0067】
以上、本発明はこのような実施形態に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲において、種々の形態で実施することができる。
【0068】
本開示に記載の制動制御部及びその手法は、コンピュータプログラムにより具体化された一つ乃至は複数の機能を実行するようにプログラムされたプロセッサ及びメモリを構成することによって提供された専用コンピュータにより、実現されてもよい。あるいは、本開示に記載の制動制御部及びその手法は、一つ以上の専用ハードウェア論理回路によってプロセッサを構成することによって提供された専用コンピュータにより、実現されてもよい。もしくは、本開示に記載の制動制御部及びその手法は、一つ乃至は複数の機能を実行するようにプログラムされたプロセッサ及びメモリと一つ以上のハードウェア論理回路によって構成されたプロセッサとの組み合わせにより構成された一つ以上の専用コンピュータにより、実現されてもよい。また、コンピュータプログラムは、コンピュータにより実行されるインストラクションとして、コンピュータ読み取り可能な非遷移有形記録媒体に記憶されていてもよい。
【符号の説明】
【0069】
301-306・・・車両用制動装置、
40・・・制動制御部、
50・・・異常検出器、
61、62、63、64・・・電動ブレーキ、
71、72、73、74、712・・・転舵アクチュエータ、
81、82、83、84、812、834・・・車輪駆動モータ、
901-906・・・車両、
91、92、93、94・・・車輪。