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特許7424320腸内細菌科の細菌を用いてアルコール類およびアミン類を酵素によりスルフリル化する方法
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  • 特許-腸内細菌科の細菌を用いてアルコール類およびアミン類を酵素によりスルフリル化する方法 図1
  • 特許-腸内細菌科の細菌を用いてアルコール類およびアミン類を酵素によりスルフリル化する方法 図2A
  • 特許-腸内細菌科の細菌を用いてアルコール類およびアミン類を酵素によりスルフリル化する方法 図2B
  • 特許-腸内細菌科の細菌を用いてアルコール類およびアミン類を酵素によりスルフリル化する方法 図3A
  • 特許-腸内細菌科の細菌を用いてアルコール類およびアミン類を酵素によりスルフリル化する方法 図3B
  • 特許-腸内細菌科の細菌を用いてアルコール類およびアミン類を酵素によりスルフリル化する方法 図4
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-22
(45)【発行日】2024-01-30
(54)【発明の名称】腸内細菌科の細菌を用いてアルコール類およびアミン類を酵素によりスルフリル化する方法
(51)【国際特許分類】
   C12P 11/00 20060101AFI20240123BHJP
   C12P 19/04 20060101ALI20240123BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20240123BHJP
【FI】
C12P11/00
C12P19/04 Z
C12N15/09 Z ZNA
【請求項の数】 15
(21)【出願番号】P 2020569215
(86)(22)【出願日】2019-07-11
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2021-11-04
(86)【国際出願番号】 JP2019028570
(87)【国際公開番号】W WO2020013346
(87)【国際公開日】2020-01-16
【審査請求日】2022-06-09
(31)【優先権主張番号】2018125379
(32)【優先日】2018-07-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】RU
(73)【特許権者】
【識別番号】000000066
【氏名又は名称】味の素株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】弁理士法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】スミルノフ, セルゲイ ヴァシリエヴィッチ
(72)【発明者】
【氏名】トクマコーヴァ, イリーナ リヴォヴナ
【審査官】小倉 梢
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-265194(JP,A)
【文献】特表2002-530087(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2009/0197308(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 11/00
C12P 19/00 - 19/64
C12N 15/00 - 15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基質を酵素によりスルフリル化する方法であって、
(i)エシェリヒア属の細菌を含む培地中で、前記基質と3’-ホスホアデノシン-5’-ホスホ硫酸とを反応させて、前記基質の硫酸化誘導体を生成することと、
(ii)前記培地から前記硫酸化誘導体を回収することと、
を含み、
前記細菌は、
(A)少なくとも、スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質を産生し、かつ、
(B)aphA遺伝子またはcysQ遺伝子の発現を減弱させる
ように改変されている、方法。
【請求項2】
前記aphA遺伝子の発現を減弱させるように改変された前記細菌は、前記cysQ遺伝子、もしくはcpdB遺伝子、またはこれらの組み合わせの発現を減弱させるように、さらに改変されている、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記cysQ遺伝子の発現を減弱させるように改変された前記細菌は、aphA遺伝子、もしくはcpdB遺伝子、またはこれらの組み合わせの発現を減弱させるように、さらに改変されている、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
スルホトランスフェラーゼ活性を有する前記タンパク質は、O-スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質、N-スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質、およびN-デアセチラーゼ/N-スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質からなる群から選択される、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
O-スルホトランスフェラーゼ活性を有する前記タンパク質は、ヘパラン硫酸2-O-スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質、ヘパラン硫酸3-O-スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質、ヘパラン硫酸6-O-スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質、およびこれらの組み合わせからなる群から選択される、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記細菌は、ヘパロサン-N-硫酸-グルクロン酸-5-エピメラーゼ活性を有するタンパク質を産生するように、さらに改変されている、請求項1~5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記細菌は、3’-ホスホアデノシン-5’-ホスホ硫酸-スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質を産生するように、さらに改変されている、請求項1~6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
前記培地は、3’-ホスホアデノシン-5’-ホスホ硫酸-スルホトランスフェラーゼ活性を有する前記タンパク質を含む、請求項1~7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
前記基質は、ヒドロキシ基およびアミノ基から選択される少なくとも1つの化学基を有する、請求項1~8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
前記基質は、ヘパロサン、ヘパラン硫酸、およびヘパリンからなる群から選択される、請求項1~9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
前記硫酸化誘導体は、ヘパリン、ヘパラン硫酸、コンドロイチン硫酸、コリン硫酸、およびデルマタン硫酸からなる群から選択される、請求項1~10のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
前記細菌は、大腸菌である、請求項1~11のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
基質の硫酸化誘導体を生成する方法であって、
(i)エシェリヒア属の細菌を含む培地中で、前記基質と3’-ホスホアデノシン-5’-ホスホ硫酸とを反応させて、前記基質の前記硫酸化誘導体を生成することと、
(ii)前記培地から前記硫酸化誘導体を回収することと、
を含み、
前記細菌は、
(A)少なくとも、スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質を産生し、かつ、
(B)aphA遺伝子またはcysQ遺伝子の発現を減弱させる
ように改変されている、方法。
【請求項14】
前記aphA遺伝子の発現を減弱させるように改変された前記細菌は、cysQ遺伝子、もしくはcpdB遺伝子、またはこれらの組み合わせの発現を減弱させるように、さらに改変されている、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
前記cysQ遺伝子の発現を減弱させるように改変された前記細菌は、aphA遺伝子、もしくはcpdB遺伝子、またはこれらの組み合わせの発現を減弱させるように、さらに改変されている、請求項13に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物産業に関し、具体的には、アルコール類およびアミン類のO-およびN-硫酸化誘導体を生成するために、腸内細菌科に属する細菌を含む培地においてアルコール類およびアミン類を酵素によりスルフリル化する方法に関する。この方法は、例えば例えば、ヘパリンおよびヘパラン硫酸を生成するために用いることができる。
【背景技術】
【0002】
1つ以上の硫酸基を含む無機および有機分子が知られている。これらの無機および有機分子のうち、硫酸基を含み、かつ、生物学的プロセスにおいて重要な役割を果たす生体分子が存在することが知られている。この生体分子として、例えば、ヘパリン、ヘパラン硫酸、コンドロイチン硫酸、コリン硫酸、およびデルマタン硫酸が挙げられる。ヘパリンおよびヘパラン硫酸は、医薬品産業において、例えば治療に使用することができるため、特に関心を集めている。
【0003】
ヘパリンおよびヘパラン硫酸(略して「HS」)は、様々に硫酸化された二糖繰り返し単位を有する直鎖状多糖類である。ヘパリンは、主に動物の肥満細胞によって産生されるが、HSは、ほとんどすべてのタイプの細胞によって生成される。ヘパリンおよびHSは、多くのタンパク質と相互作用し、様々な生物学的プロセス、例えば、細胞周期、細胞成長、細胞分化、細胞接着、運動性、脂質代謝、血管形成、血液凝固、グランザイムB(GrB)による剥離活性の無効化、および腫瘍転移などを調節することができる。深部静脈血栓症、肺塞栓症、および動脈血栓塞栓症の治療および予防にヘパリンを使用することが知られている。また、ヘパリンは、心臓発作および不安定狭心症の治療においても使用される。
【0004】
化学構造、つまり、ヘパリンおよびHSの分子を構成する基本的な多糖類成分の種類および数は、組織および発達段階に依存して変化しうる。したがって、共通のヘパリンおよびHS構造はない。それにもかかわらず、二糖繰り返し単位の主な構造モチーフ(-4GlcA1β-4GlcNAcα1-)および(-4)-α-L-IdoA2S-(1-4)-D-GlcNS6S-(1-)が、ヘパリンおよびHSのグリコシルアミノグリカン骨格に存在する(Kuberan B.ら,Chemoenzymatic synthesis of classical and non-classical anticoagulant heparan sulfate polysaccharides,J.Biol.Chem.,2003,278(52):52613-52621;Mulloy B.ら,Pharmacology of heparin and related drugs,Pharmacol.Rev.,2016,68(1):76-141)。ヘパリンおよびHSの分子構造における基本的な違いが知られており、その違いとして、分子量、硫酸化率、およびイズロン酸(略して「IdoA」)残基含有量が挙げられる(例えば、Gallagher J.T.およびWalker A.,Molecular distinctions between heparan sulphate and heparin.Analysis of sulphation patterns indicates that heparan sulphate and heparin are separate families of N-sulphated polysaccharides,Biochem J.,1985,230(3):665-674;Shriver Z.ら,Heparin and heparan sulfate:analyzing structure and microheterogeneity,Handb.Exp.Pharmacol.,2012,207:159-176参照)。さらに、ヘパリンの抗凝固活性は、HSの抗凝固活性よりも、約100倍高い。
【0005】
グルクロン酸(略して「GlcA」)およびN-アセチル化グルコース(略して「GlcNAc」)単位からヘパリンおよびヘパラン硫酸を生合成することについては、詳細に検討されてきた(例えば、Mulloy B.ら,2016;Sugahara K.およびKitagawa H.,Heparin and heparan sulfate biosynthesis,IUBMB Life,2002,54(4):163-175参照)。特に、ヘパリンとHSを生成するためにグリコシルアミノグリカン骨格(いわゆるヘパロサン)を改変する生合成について記載されている。ヘパリンとHSの生合成は、i)HS/ヘパリン GlcNAc N-デアセチラーゼ/N-スルホトランスフェラーゼ(略して「NDNST」)によって触媒される、GlcNAc残基をN-脱アセチル化およびN-硫酸化するステップと、ii)グルクロン酸(略して「GlcA」)残基をIdoA残基に変換するヘパロサン-N-硫酸-グルクロン酸-5-エピメラーゼ(略して「HNSG-5epi」、「C5-epi」)によって触媒される、グルクロニルC5位をエピメリ化するステップと、iii)それぞれ、ヘパラン硫酸2-O-スルホトランスフェラーゼ(略して「HS 2-OST」)、ヘパラン硫酸6-O-スルホトランスフェラーゼ(略して「HS 6-OST」)、およびヘパラン硫酸3-O-スルホトランスフェラーゼ(略して「HS 3-OST」)によって触媒される、IdoA残基のC2位ならびにN-スルホグルコサミン(略して「GlcNS」)残基のC6位およびC3位に位置している各ヒドロキシ基を、連続してO-硫酸化するステップと、を含む。N-硫酸化およびO-硫酸化は、スルホ基のドナーである3’-ホスホアデノシン-5’-ホスホ硫酸(略して「PAPS」)の存在下で起こる。硫酸化率は、硫酸化される官能基の位置および種類に依存しうる(図1)。さらに、ヘパロサンからのヘパリンとHSへの生合成は均一ではなく、生合成の結果、多様な化学構造が生じうる。図2Aは、ヘパリンの化学構造の一例を示す(PubChem CID:772、PubChemデータベース、アメリカ国立生物工学情報センター(NCBI)、https://pubchem.ncbi.nlm.nih.gov)。図2Bは、HSの化学構造の一例を示す(PubChem CID:53477714)。
【0006】
ヘパリンおよびHSを製造する方法が知られており、これらの方法として、例えば、化学技術、化学酵素技術、および生物工学の技術によって、哺乳類源および非哺乳類源からヘパリンを分離および精製する方法が挙げられる。動物からヘパリンを分離するための工業プロセスは1922年に始まり、今でもヘパリンを生成する主な方法とみなされている。ブタ、ウシ、イヌ、およびヒツジ(ovine)を、ヘパリン源として用いる事ができる(van der Meer J.-Y.ら,From farm to pharma:an overview of industrial heparin manufacturing methods,Molecules,2017,22(6):1025)。しかし、哺乳類源から分離したヘパリンを用いる場合、宗教上および衛生上の問題がある。これらの問題は、ヘパリン源としてヒトコブラクダ(Camelus dromedaries)を用いることにより多少解決した。動物源から分離したヘパリンは、例えば、動脈血栓症とともに出血やヘパリン起因性血小板減少症(HIT)などの望ましくない副作用を及ぼすにもかかわらず、今でも、脳卒中や心臓発作後のヒトを治療するための併用療法に使用されている。
【0007】
ニワトリやシチメンチョウなどの家禽類、サケ(タイセイヨウサケ)などの魚類、および他の源からヘパリンを分離することによってヘパリンを生成する方法が知られている(van der Meer J.-Y.ら。2017年。および、引用されている参考文献)。動物および海洋生物源からヘパリンを生成する方法を開示する特許文献が公開されている。例えば、周囲温度で原料の酵素加水分解ステップを用いて動物粘膜組織からヘパリンを抽出するための簡易な方法が知られている(米国特許第6232093号)。別の方法においては、分子量が非常に小さいヘパリン(Very Low Molecular Weight Heparin:略して「VLMWH」)を、クロマトグラフィ技術を用いて、魚類源から分離する(国際公開第2006/120425号)。
【0008】
バイオセイフティレベルでのヘパリンおよびヘパラン硫酸(HS)が、治療上、重要であるので、非動物源から、そのような物質を安価で大規模に商業生産するための方法が求められている。したがって、ヘパリンおよびHSを生成するための代わりの方法が開発されている。例えば、HSの生合成に関連するクローニング酵素一式を使用して、迅速かつ容易にHSを合成することができる(Kuberan B.ら。2003年)。しかし、この方法は、精製されたヒトのグルクロニルC5-エピメラーゼ、ヘパラン硫酸2-、3-、6-O-スルホトランスフェラーゼ、およびスルホ基のドナーとしてのPAPSを必要とするので、労力を要し、かつ費用がかかる。他の例では、i)ヘパロサンの部分的脱重合単一ステップおよびアミノ基のN-脱アセチル化を行うためにアルカリ水溶液で、ii)N-硫酸化を選択的に行うためにトリメチルアミン三酸化硫黄錯体で、iii)GlcA残基のC5原子でのカルボキシ基の異性化およびIdoA残基の2-O-硫酸化を行うために、C5-エピメラーゼと2-O-スルホトランスフェラーゼの混合物で、iv)GlcNS残基の6-O-硫酸化を行うために、6-O-スルホトランスフェラーゼ類の混合物で、およびv)GlcNS(6S)残基の3-O-硫酸化を行うために、3-O-スルホトランスフェラーゼで、ヘパロサンを処理するステップを含む化学酵素アプローチを用いて、ヘパロサンからバイオヘパリンが得られている(国際公開第2012/116048号)。この方法によって生成したバイオヘパリンは、N-アセチルグルコサミンおよびN-スルホグルコサミンの含有量、数平均分子量(M)、重量平均分子量(M)、および多分散指数(Polydispersity Index:PDI)に関して、医薬品ヘパリンとほぼ等しいものであった。この記載された方法では、非常に高価であり、よって、スルホ基のドナー(PAPS)を回復するために再生システムを用いた(Zhang Z.ら,Solution structures of chemoenzymatically synthesized heparin and its precursors,J.Am.Chem.Soc.,2008,130(39):12998-13007)。
【0009】
しかし、少なくとも、スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質を産生し、かつ、aphA遺伝子、cysQ遺伝子、もしくはcpdB遺伝子、またはこれらの組み合わせの発現を減弱させるように改変されている腸内細菌科に属する細菌を含む培地中で、スルホ基のドナーと基質とを反応させて、基質を酵素によりスルフリル化して、基質の硫酸化誘導体を生成する方法は、知られていない。
【発明の概要】
【0010】
本開示の主題によれば、少なくとも1つのヒドロキシ基または少なくとも1つのアミノ基を有する基質を酵素によりスルフリル化して、それぞれの硫酸化誘導体、例えばO-硫酸化誘導体またはN-硫酸化誘導体などを生成する新規な方法を、本明細書において提供する。本明細書に記載の方法を説明するための実施形態において、ヘパロサン-N-硫酸塩をスルフリル化して、元のヘパロサン-N-硫酸塩に比して、さらに少なくとも1つのO-スルホ基を有する、ヘパロサン-N-硫酸塩のO-硫酸化誘導体、例えばヘパリンやヘパラン硫酸などを生成することができる。したがって、本開示の主題によれば、ヘパロサン-N-硫酸塩のO-硫酸化誘導体を、動物源を用いずに生成することができる。
【0011】
本明細書に記載の方法は、腸内細菌科に属する細菌を含む培地中で、例えば3’-ホスホアデノシン-5’-ホスホ硫酸(PAPS)などのスルホ基のドナーと基質とを反応させるステップを含んでもよく、この細菌は、少なくとも、スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質を産生し、かつ、aphA遺伝子、cysQ遺伝子、もしくはcpdB遺伝子、またはこれらの組み合わせの発現を減弱させるように改変されている。この方法の利点は、細菌の細胞の粗ライセートが、所望の活性を有するタンパク質、例えばスルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質などを含み、したがって、粗ライセートを本明細書に記載の方法で首尾よく使用することができることである。すなわち、本明細書に記載の方法において、所望の活性を有する1つ以上のタンパク質を、事前に分離および/または精製することなく使用してもよい。したがって、本明細書に記載の方法を用いれば、アルコール類およびアミン類をスルフリル化するプロセスを簡易にすることができ、プロセスのコストを削減することができる。
【0012】
さらに、本明細書に記載の方法において使用することができる細菌を、細菌が3’-ホスホアデノシン-5’-ホスホ硫酸-スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質をも産生することができるように改変することによって、上記方法をさらに改善することができ、その結果、この方法では、高価かつ不安定なPAPSを容易に再生成し、再利用することができる。または、本明細書に記載の方法において使用することができる培地を、培地が、本明細書に記載の細菌と、3’-ホスホアデノシン-5’-ホスホ硫酸-スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質とを含有するように用いることによって、上記方法をさらに改善することができ、その結果、上記培地においてPAPSを再生成することができる。したがって、本開示の主題によれば、基質のO-およびN-硫酸化誘導体を、非常に低価格かつ高収率で生成することができる。
【0013】
本発明の一態様は、基質を酵素によりスルフリル化する方法を提供することであって、この方法は、
(i)腸内細菌科に属する細菌を含む培地中で、前記基質と3’-ホスホアデノシン-5’-ホスホ硫酸とを反応させて、前記基質の硫酸化誘導体を生成することと、
(ii)前記培地から前記硫酸化誘導体を回収することと、
を含み、
この細菌は、
(A)少なくとも、スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質を産生し、かつ、
(B)aphA遺伝子またはcysQ遺伝子の発現を減弱させる
ように改変されている。
【0014】
本発明の別の態様は、上述した方法を提供することであって、この方法において、aphA遺伝子の発現を減弱させるように改変された細菌は、cysQ遺伝子もしくはcpdB遺伝子、またはこれらの組み合わせの発現を減弱させるように、さらに改変されている。
【0015】
本発明の別の態様は、上述した方法を提供することであって、この方法において、cysQ遺伝子の発現を減弱させるように改変された細菌は、aphA遺伝子もしくはcpdB遺伝子、またはこれらの組み合わせの発現を減弱させるように、さらに改変されている。
【0016】
本発明の別の態様は、上述した方法を提供することであって、この方法において、スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質は、O-スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質、N-スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質、およびN-デアセチラーゼ/N-スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質からなる群から選択される。
【0017】
本発明の別の態様は、上述した方法を提供することであって、この方法において、O-スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質は、ヘパラン硫酸2-O-スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質、ヘパラン硫酸3-O-スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質、ヘパラン硫酸6-O-スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質、およびこれらの組み合わせからなる群から選択される。
【0018】
本発明の別の態様は、上述した方法を提供することであって、この方法において、上記細菌は、ヘパロサン-N-硫酸-グルクロン酸5-エピメラーゼ活性を有するタンパク質を産生するように、さらに改変されている。
【0019】
本発明の別の態様は、上述した方法を提供することであって、この方法において、上記細菌は、3’-ホスホアデノシン-5’-ホスホ硫酸-スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質を産生するように、さらに改変されている。
【0020】
本発明の別の態様は、上述した方法を提供することであって、この方法において、上記培地は、3’-ホスホアデノシン-5’-ホスホ硫酸-スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質を含む。
【0021】
本発明の別の態様は、上述した方法を提供することであって、この方法において、上記基質は、ヒドロキシ基およびアミノ基から選択される少なくとも1つの化学基を有する。
【0022】
本発明の別の態様は、上述した方法を提供することであって、この方法において、上記基質は、ヘパロサン、ヘパラン硫酸、およびヘパリンからなる群から選択される。
【0023】
本発明の別の態様は、上述した方法を提供することであって、この方法において、上記硫酸化誘導体は、ヘパリン、ヘパラン硫酸、コンドロイチン硫酸、コリン硫酸、およびデルマタン硫酸からなる群から選択される。
【0024】
本発明の別の態様は、上述した方法を提供することであって、この方法において、上記細菌は、エシェリヒア属またはパントエア属に属する。
【0025】
本発明の別の態様は、上述した方法を提供することであって、この方法において、上記細菌は、大腸菌またはパントエア・アナナティスである。
【0026】
本発明の別の態様は、基質の硫酸化誘導体を生成する方法を提供することであって、この方法は、
(i)腸内細菌科に属する細菌を含む培地中で、上記基質と3’-ホスホアデノシン-5’-ホスホ硫酸とを反応させて、上記基質の硫酸化誘導体を生成することと、
(ii)上記培地から上記硫酸化誘導体を回収することと、
を含み、
この細菌は、
(A)少なくとも、スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質を産生し、かつ、
(B)aphA遺伝子またはcysQ遺伝子の発現を減弱させる
ように改変されている。
【0027】
本発明の別の態様は、上述した方法を提供することであって、この方法において、aphA遺伝子の発現を減弱させるように改変された細菌は、cysQ遺伝子もしくはcpdB遺伝子、またはこれらの組み合わせの発現を減弱させるように、さらに改変されている。
【0028】
本発明の別の態様は、上述した方法を提供することであって、この方法において、cysQ遺伝子の発現を減弱させるように改変された細菌は、aphA遺伝子もしくはcpdB遺伝子、またはこれらの組み合わせの発現を減弱させるように、さらに改変されている。
【0029】
本発明のさらに別の目的、特徴、等価物、および付随する利点は、添付図面と組み合わせて、構築されている実施形態についての下記の詳細な説明を読めば、当業者には明らかであろう。
【0030】
次に、本明細書に記載の発明について、単に例として挙げた、例示的実施形態を参照し、添付図面を参照しながら、詳述する。
【図面の簡単な説明】
【0031】
図1図1は、N-およびO-スルホトランスフェラーゼを用いる、(-4GlcA1β-4GlcNAcα1-)構造を有するグルコシルアミノグリカン単位のヒドロキシ基とアミノ基の硫酸化率を示す。硫酸化率(%)を括弧内に示し、硫酸化されやすいヒドロキシ基の位置を円内に示す。グルクロン酸(GlcA)残基のC5位にあるカルボキシ基の異性化を湾曲した矢印によって示す。
図2A図2Aは、ヘパリンの化学構造を例示する。
図2B図2Bは、ヘパラン硫酸の化学構造を例示する。
図3A図3Aは、pACYC184-MBP-2OSTY94A(D69-N356)およびpSUMO-dreGlce(G70-N585)プラスミドを保持するΔ2-5-株の粗細胞ライセートの可溶性および不溶性画分のSDS-PAGE分析の結果を示す。パネルAは、可溶性画分を表し、パネルBは、不溶性画分を表す。レーンMは、示された分子量のマーカーを表し、レーン1および2は、Δ2株を表し、レーン3および4は、Δ3株を表し、レーン5および6は、Δ4株を表し、レーン7および8は、Δ5株を表す。HS 2-OSTは、MPBN-タグと融合したヘパラン硫酸2-O-スルホトランスフェラーゼを表し、HNSG-5epiは、SUMO N-タグと融合したヘパロサン-N-硫酸-グルクロン酸-5-エピメラーゼを表す。
図3B図3Bは、pACYC184-MBP-2OSTY94A(D69-N356)およびpSUMO-dreGlce(G70-N585)プラスミドを保持するΔ2-5-株の粗細胞ライセートの可溶性および不溶性画分のSDS-PAGE分析の結果を示す。パネルAは、可溶性画分を表し、パネルBは、不溶性画分を表す。レーンMは、示された分子量のマーカーを表し、レーン1および2は、Δ2株を表し、レーン3および4は、Δ3株を表し、レーン5および6は、Δ4株を表し、レーン7および8は、Δ5株を表す。HS 2-OSTは、MPBN-タグと融合したヘパラン硫酸2-O-スルホトランスフェラーゼを表し、HNSG-5epiは、SUMO N-タグと融合したヘパロサン-N-硫酸-グルクロン酸-5-エピメラーゼを表す。
図4図4は、スルホ基のドナーとしてΔ2-Δ5/pST1A1株およびpNPSの粗細胞ライセートを用いてPAPをスルフリル化した際の、反応混合物中のpNPの蓄積の速度曲線を示す。
【発明を実施するための形態】
【0032】
1.細菌
本明細書に記載の方法において使用できる細菌は、少なくとも、スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質を産生するように改変されている、腸内細菌科に属する細菌でありうる。ヘパロサンN-硫酸-グルクロン酸-5-エピメラーゼ活性を有するタンパク質、および/または、3’-ホスホアデノシン-5’-ホスホ硫酸-スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質を産生するように、細菌をさらに改変してもよい。また、本明細書に記載の方法において使用できる細菌は、aphA遺伝子、cysQ遺伝子、もしくはcpdB遺伝子、またはこれらの組み合わせの発現を減弱させるように改変されている。
【0033】
本明細書に記載の方法において、腸内細菌科に属する細菌は、エンテロバクター(Enterobacter)属、エルウィニア(Erwinia)属、エシェリヒア(Escherichia)属、クレブシエラ(Klebsiella)属、モーガネラ(Morganella)属、パントエア(Pantoea)属、フォトラブダス(Photorhabdus)属、プロビデンシア(Providencia)属、サルモネラ(Salmonella)属、エルシニア(Yersinia)属などに由来することができ、この細菌は、少なくとも、スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質を産生することができ、また、aphA遺伝子、cysQ遺伝子、もしくはcpdB遺伝子、またはこれらの組み合わせの発現を減弱させることができるように改変されていればよい。具体的には、NCBIデータベース(www.ncbi.nlm.nih.gov/Taxonomy/Browser/wwwtax.cgi?id=543)において用いられている分類法により腸内細菌科に分類されている細菌を用いることができる。改変されうる腸内細菌科の菌株の例として、エシェリヒア(Escherichia)属、エンテロバクター(Enterobacter)属、パントエア(Pantoea)属の細菌が挙げられる。
【0034】
本開示の主題によって、エシェリヒア属細菌を得るように改変されうるエシェリヒア属細菌の菌株は、特に制限されないが、具体的には、Neidhardtらの著書(Bachmann,B.J.,Derivations and genotypes of some mutant derivatives of Escherichia coli K-12,p.2460-2488.In F.C. Neidhardtら(編),Escherichia coli and Salmonella:cellular and molecular biology(第2版).ASM Press,Washington,D.C.,1996)に記載されたものを使用できる。特に、大腸菌(Escherichia coli:E.coli)が、一例として挙げられる。大腸菌の具体例として、大腸菌W3110株(ATCC27325)や大腸菌MG1655株(ATCC47076)などが挙げられ、これらは、大腸菌K-12株など原型野生型株から派生したものである。これらの菌株は、例えば、アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション(ATCC、住所:P.O.Box 1549,Manassas,VA 20108,米国)より入手可能である。すなわち、各菌株に対応する登録番号が付与されており、この登録番号を利用して菌株を発注することができる(http://www.atcc.org/参照)。各菌株の登録番号は、アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクションのカタログに記載されている。
【0035】
エンテロバクター属細菌としては、例えば、エンテロバクター・アグロメランス(Enterobacter agglomerans)やエンテロバクター・アエロゲネス(Enterobacter aerogenes)などが挙げられる。パントエア属細菌としては、例えば、パントエア・アナナティス(Pantoea ananatis:P.ananatis)などが挙げられる。エンテロバクター・アグロメランスの菌株の幾つかの種は、近年、16S rRNAのヌクレオチド配列分析などに基づき、パントエア・アグロメランス、パントエア・アナナティス、またはパントエア・ステワルティイ(Pantoea stewartii)に再分類された。エンテロバクター属またはパントエア属のいずれかに属する細菌は、その細菌が腸内細菌科に分類される細菌である限り、使用してもよい。P.ananatis菌株を遺伝子工学技術によって繁殖させる場合、P.ananatis AJ13355株(FERM BP-6614)、AJ13356株(FERM BP-6615)、AJ13601株(FERM BP-7207)、およびこれらの誘導体を用いることができる。これらの菌株を分離してエンテロバクター・アグロメランスであると同定し、エンテロバクター・アグロメランスとして蓄積させた。しかし、上記菌株は、上述したように、近年、16S rRNAのヌクレオチド配列決定などに基づき、P.アナナティスとして再分類された。
【0036】
本明細書に記載の方法において使用できる細菌は、所望の活性を有するタンパク質の活性を決定することができる細菌を意味する。例えば、スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質を産生するように改変することができる細菌とは、スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質の活性を決定することができる細菌でありうる。本明細書において、「スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質を産生するように改変されうる細菌」に関する説明は、本明細書に記載の方法において使用できるいずれの細菌、特に、所望の活性を有するタンパク質を産生するように改変されうる細菌、例えば、「ヘパロサンN-硫酸-グルクロン酸-5-エピメラーゼ活性を有するタンパク質を産生するように改変されうる細菌」および「3’-ホスホアデノシン-5’-ホスホ硫酸-スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質を産生するように改変されうる細菌」などにも準用できる。
【0037】
「スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質」とは、硫酸化またはスルホン化と称することもできるスルフリル化と称されるプロセスにおいて、ドナー分子(スルホ基のドナーとも称する)から、アルコール、アミン、またはアミノアルコールなどの基質へとスルホ基(-SOH)の転移反応を触媒するタンパク質を意味する(the Enzyme Commission(EC) number:2.8.2.-;Chapman E.ら,Sulfotransferases:structure,mechanism,biological activity,inhibition,and synthetic utility;Angew.Chem.Int.Ed.Engl.,2004,43(27):3526-3548)。スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質はスルホトランスフェラーゼ(略して「ST」)と称することができる。本明細書に記載の方法において使用できるスルホトランスフェラーゼは、以下に記載するようにO-スルホトランスフェラーゼまたはN-スルホトランスフェラーゼであってもよいので、「スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質」とは、「O-スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質」、および「N-スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質」という意味を含む。したがって、「O-スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質」とは、O-スルフリル化プロセスにおいて、ドナー分子から、アルコールまたはアミノアルコールなどである基質へのスルホ基の転移反応を触媒するタンパク質を意味し、「N-スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質」とは、N-スルフリル化プロセスにおいて、ドナー分子から、アミンまたはアミノアルコールなどである基質へのスルホ基の転移反応を触媒するタンパク質を意味する。プロセスに関して、O-スルフリル化およびN-スルフリル化を、スルフリル化プロセスと総称することができる。
【0038】
基質のヒドロキシ基をスルフリル化して、その硫酸化誘導体を生成することができるスルホトランスフェラーゼを、O-スルホトランスフェラーゼ(略して、「O-ST」または「OST」)と総称することができる。具体的には、O-スルホトランスフェラーゼは、基質のヒドロキシ基(-OH)へのスルホ基の転移反応を触媒する酵素であり、化学式R-OSOHまたはR-OSO-で表され、硫酸塩とも称される、その硫酸化誘導体を生成することができる酵素である。上記化学式中、「R」は、例えば、当業者に周知の有機基などの化学基を意味しうる。基質のアミノ基をスルフリル化して、その硫酸化誘導体を生成することができるスルホトランスフェラーゼを、N-スルホトランスフェラーゼ(略して、「N-ST」または「NST」)と総称することができる。具体的には、N-スルホトランスフェラーゼは、スルホ基を基質の第1級および/または第2級アミノ基(-NH、-NHR’)へと転移させる反応を触媒して、化学式R-NH-SOHもしくはR-NH-SO 、および/またはR-NR’-SOHもしくはR-NR’-SO で表され、スルファミン酸塩とも称される、その硫酸化誘導体を生成することができる酵素である。上記化学式中、RおよびR’は、化学基Rを意味し、同じまたは異なる種類の化学基であってもよい。
【0039】
様々な種類のOSTおよびNSTが知られており、これらの例として、限定はされないが、アリールスルホトランスフェラーゼ(EC2.8.2.1)、アルコールスルホトランスフェラーゼ(EC2.8.2.2)、アミンスルホトランスフェラーゼ(EC2.8.2.3)、ヘパラン硫酸-グルコサミン N-スルホトランスフェラーゼ(EC2.8.2.8、略して「N-HSST」)、コンドロイチン6-スルホトランスフェラーゼ(EC2.8.2.17)、ケラタンスルホトランスフェラーゼ(2.8.2.21)、ヘパラン硫酸-グルコサミン3-スルホトランスフェラーゼアイソフォーム1、2、および3(それぞれ、EC2.8.2.23、2.8.2.29、および2.8.2.30。略して「3-OST-1」、「3-OST-2」、および「3-OST-3」)などが挙げられ、これらは、例えば、UniProtKBデータベース(https://enzyme.expasy.org/EC/2.8.2.-)において分類されている。
【0040】
例えば、ヒトを含む哺乳動物、魚類、昆虫類、蠕虫類などの様々な生物に固有のスルホトランスフェラーゼが知られており、これらを、本明細書に記載の方法において用いてもよい。OSTの具体例として、限定はされないが、ヘパラン硫酸2-O-スルホトランスフェラーゼ(HS 2-OST)、ヘパラン硫酸3-O-スルホトランスフェラーゼ(HS 3-OST)、およびヘパラン硫酸6-O-スルホトランスフェラーゼ(HS 3-OST)が挙げられ、これらは、それぞれ、ヘパランN-硫酸塩中の、ヘキスロン酸残基(特に、L-イズロン酸(IdoA)残基)のC2位に、ならびに、N-スルホグルコサミン(GlcNS)残基のC3位およびC6位に位置するヒドロキシ基をO-スルフリル化(または、O-硫酸化、O-スルホン化)することができる。
【0041】
例えば、ヒト(Homo sapiens、UniProtKBデータベース、エントリ番号Q7LGA3)、マウス(Mus musculus、エントリ番号Q8R3H7)、ニワトリ(Gallus gallus、エントリ番号Q76KB1)、カエル(例えば、ツメガエル(Xenopus laevis)、エントリ番号O93336)、ゼブラフィッシュ(Danio rerio、エントリ番号A1L1P8)、回虫(例えば、擬旋毛虫(Trichinella pseudospiralis)、エントリ番号A0A0V1JLD7)、および昆虫(例えば、メクラカメムシ(Lygus hesperus)、エントリ番号A0A146LU86)などに固有のHS 2-OSTを用いることができる。
【0042】
他の例において、ヒト(Homo sapiens、UniProtKBデータベース、エントリ番号Q9Y663)、マウス(Mus musculus、エントリ番号O35310)、ラット(Rattus norvegicus、エントリ番号Q80W66)、ミバエ(Drosophila melanogaster、エントリ番号Q9VWJ7)、ヒドラ(Hydra vulgaris,Hydra attenuata、エントリ番号T2MJ19)、および線虫(例えばTrichinella murrelli、エントリ番号A0A0V0UDE4)などに固有のHS 3-OSTを用いることができる。
【0043】
他の例において、ヒト(Homo sapiens、UniProtKBデータベース、エントリ番号O60243)、マウス(Mus musculus、エントリ番号Q9QYK5)、ニワトリ(Gallus gallus、エントリ番号Q76KB2)、ウシ(Bos taurus、エントリ番号1BNW3)、サル(例えば、アカゲザル(Macaca mulatta)、エントリ番号F7DP42)、コウモリ(Myotis lucifugus、エントリ番号G1PY33)、ミバエ(Drosophila persimilis、エントリ番号B4GL90)、および線虫(例えばCaenorhabditis briggsae、エントリ番号A8XKD5)などに固有のHS 6-OSTを用いることができる。
【0044】
NSTの具体例として、限定はされないが、アミンスルホトランスフェラーゼおよびアリールアミンスルホトランスフェラーゼが挙げられ、これらは、例えばアニリン、フェニルアミン、ベンゼンアミン、アリールアミン、2-ナフチルアミンなど、アミノ基含有基質の第1級および第2級アミノ基をN-スルフリル化(または、N-硫酸化、N-スルホン化)することができる。例えば、オオミジンコ(Daphnia magna、UniProtKBデータベース、エントリ番号A0A0P5VC43)やミバエ(例えば、ウリミバエ(Zeugodacus cucurbitae)、エントリ番号A0A0A1X0U6)などに固有のNSTを用いることができ、これらは、Kyoto Encyclopedia of Genes and Genomes(KEGG)データベース(http://www.genome.jp/dbget-bin/www_bget?ec:2.8.2.3)などに記載されている。
【0045】
N-スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質は、その特性に加えて、N-脱アセチル活性を有しうることが知られている。したがって、特定の場合、N-スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質を、N-デアセチラーゼ/N-スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質と称することもでき、また、本明細書に記載の方法において使用できる。「N-デアセチラーゼ/N-スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質」とは、ヘパラン硫酸中のグリコサミノグリカンのグルコサミン(GlcNAc)残基のN-脱アセチル化およびN-硫酸化反応を触媒するタンパク質を意味しうる(ヘパラン硫酸N-デアセチラーゼは、EC3.-.-.-、ヘパラン硫酸N-スルホトランスフェラーゼはEC2.8.2.-)。N-デアセチラーゼ/N-スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質を、二官能性のN-デアセチラーゼ/N-スルホトランスフェラーゼ(略して「NDST」)と称することができる。
【0046】
NDSTの具体例として、限定はされないが、ヒト(Homo sapiens、UniProtKBデータベース、エントリ番号P52848)、マウス(Mus musculus、エントリ番号Q3UHN9)、ブタ(Sus scrofa、エントリ番号F6XY50)、ヒツジ(Ovis aries、エントリ番号UPI00072F9665)、ウマ(Equus caballus、エントリ番号F6SHQ3)、および、トリ(例えば、ジャノメドリ(Eurypyga helias)、エントリ番号UPI0005288C4A)などに固有のNDSTが挙げられ、これらのタンパク質は、本明細書に記載の方法において用いることができる。
【0047】
35S]3’-ホスホアデノシン-5’-ホスホ硫酸を用いる放射性同位体技術およびシンチレーションカウンティング(Habuchi H.ら,Biosynthesis of heparan sulphate with diverse structures and functions:two alternatively spliced forms of human heparan sulphate 6-O-sulphotransferase-2 having different expression patterns and properties,Biochem.J.,2003,371(Pt 1):131-142)、または、アリールスルホトランスフェラーゼとスルホ基のドナーとしてのp-ニトロフェニル硫酸(p-Nitrophenylsulfate。略して「pNPS」)とを用いる共役二酵素比色分析(Sterner E.ら,Assays for determining heparan sulfate and heparin O-sulfotransferase activity and specificity,Anal.Bioanal.Chem.,2014,406(2):525-536)によって、スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質の活性を決定することができる。タンパク濃度は、標準としてのウシ血清アルブミン(BSA)およびクーマシー染料を用いる、ブラッドフォードタンパク質分析またはローリー法(Bradford M.M., Anal.Biochem.,1976,72:248-254;Lowry O.H.ら,J.Biol.Chem.,1951,193:265-275)によって決定することができる。
【0048】
本明細書に記載の方法において使用できる基質は、OSTもしくはNST、またはこれらの組み合わせを用いて、基質をスルフリル化して、基質の硫酸化誘導体を生成することができる限り、少なくとも1つのヒドロキシ基、少なくとも1つのアミノ基、またはこれらの組み合わせを有する任意の基質(すなわち、任意の分子)でありうる。また、基質は、NDSTを用いて基質をスルフリル化することができる限り、単独で、または1つ以上のヒドロキシ基および/もしくは1つ以上のアミノ基に加えて、Nアセチル化されている少なくとも1つのアミノ基を有していてもよい。基質は、限定はされないが、例えば、2004年のChapman E.らの著書に記載のものでもよく、その例として、4-ニトロフェノール(p-ニトロフェノール、略して「pNP」としても知られている)などのフェノール、カテコールアミン、アリールヒドロキシルアミン、ヒドロキシステロイド、ドーパミン、チラミン、ミノキシディル、プレグネノロン、デヒドロエピアンドロステロン(略して「DHEA」)、ヘパロサンなどの少糖類、ならびに、N-アセチル化グルコサミン(GlcNAc)残基を有するヘパラン硫酸、ヘパラン硫酸グリコサミノグリカン(略して「HSGAG」)、N-硫酸化ヘパロサン(略して「NS-ヘパロサン」)、および硫酸ケラタンなどのヘパロサンの硫酸化誘導体などが挙げられる。ヘパロサンは、基質の特定の例であり、その製造方法が知られている(例えば、米国特許出願公開第2016201103号参照)。
【0049】
スルホトランスフェラーゼのスルホトランスフェラーゼ活性を決定することができるようにスルホ基をスルホトランスフェラーゼに供与できる分子であれば、いずれの分子も、本明細書に記載の方法において用いることができるスルホ基ドナーとして使用することができる。実際には、O-スルホトランスフェラーゼ、N-スルホトランスフェラーゼ、および/またはN-デアセチラーゼ/N-スルホトランスフェラーゼにスルホ基を供与することができ、その結果、上記スルホトランスフェラーゼがスルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質となりうるような、任意の分子を用いることができる。例えば、3’-ホスホ-5’-アデニリル硫酸としても知られる、3’-ホスホアデノシン5’-ホスホ硫酸(PAPS、PubChem CID:10214)、または、その塩、例えば、ナトリウム塩もしくはリチウム塩などがスルホ基のドナーとして機能しうる(例えば、Scheme 1 in Chapman E.ら,2004参照)。PAPSは、外因的に使用してもよい、つまり、本明細書に記載の方法において使用できる細菌を含む培地に、PAPSを添加してもよく、かつ/または、PAPSを、スルホトランスフェラーゼに固有に結合している内因性の形態で使用してもよい。その理由は、生物において、後に、スルホトランスフェラーゼによって補充され、かつ、補因子としてスルホトランスフェラーゼに結合するPAPSの形成を触媒する酵素(ATPスルフリラーゼおよびアデノシン5’-ホスホ硫酸キナーゼ)が存在することが知られているからである。PAPSは、高価かつ不安定な化学化合物であるため、生物によって内因的に合成されてスルホトランスフェラーゼに固有に結合するPAPSを使用することが好ましい。この場合、スルフリル化が生じる培地においてPAPSを再生または再生利用するためのシステムが開発された(例えば、Fig.1 in Sterner E.ら,2014;Gregory J.D.and Lipmann F.,The transfer of sulfate among phenolic compounds with 3’,5’-diphosphoadenosine as coenzyme,J.Biol.Chem.,1957,229(2):1081-1090参照)。上記システムにおいて、スルホトランスフェラーゼは、PAPSを3’-ホスホアデノシン-5’-リン酸(略して「PAP」)に変換し、基質をスルフリル化する。その後、PAP用のスルホ基ドナーとしてp-ニトロフェニル硫酸(pNPS)を利用することができる、3’-ホスホアデノシン5’-ホスホ硫酸-スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質を用いて、PAPをPAPSへと再生利用する。
【0050】
「ヘパロサン-N-硫酸-グルクロン酸-5-エピメラーゼ活性を有するタンパク質」とは、N-硫酸化ヘパロサンにおいてN-硫酸糖残基に隣接するD-グルクロン酸(GlcA)残基をイズロン酸(IdoA)残基へ変換する反応を触媒するタンパク質を意味しうる(EC5.1.3.17;Mochizuki H.ら,Heparosan-glucuronate 5-epimerase:Molecular cloning and characterization of a novel enzyme,Glycobiology,2015,25(7):735-744)。ヘパロサン-N-硫酸-グルクロン酸-5-エピメラーゼ活性を有するタンパク質の活性は、基質として[5-H]ヘパロサンを用いる放射性同位体技術によって決定することができる(Mochizuki H.ら。2015年)。
【0051】
ヘパロサン-N-硫酸-グルクロン酸-5-エピメラーゼ活性を有するタンパク質は、ヘパロサン-N-硫酸-グルクロン酸-5-エピメラーゼ(HNSG-5epi)と称することができる。HNSG-5epiの具体例として、限定はされないが、例えば、ヒト(Homo sapiens、UniProtKBデータベース、エントリ番号O94923)、マウス(Mus musculus、エントリ番号Q9EPS3)、ウシ(Bos taurus、エントリ番号O18756)、ゼブラフィッシュ(Danio rerio、エントリ番号Q6TS33)、ハムスター(例えばCricetulus griseus、エントリ番号A0A061I8R4)、ヒツジ(Ovis aries、エントリ番号W5QB79)、および、ゾウ(例えばLoxodonta africana、エントリ番号G3T4X0)などに固有のHNSG-5epiが挙げられ、これらのタンパク質を、本明細書に記載の方法において使用できる。
【0052】
再生PAPS用システムにおいてスルホ基のドナーとしてpNPSを使用することができるため、本明細書に記載の方法において使用することができるような活性を有するタンパク質に関連して、「3’-ホスホアデノシン-5’-ホスホ硫酸-スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質」とは、広義において、O-スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質(EC2.8.2.-)の一例である、アリールスルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質(EC2.8.2.1)を意味する。したがって、O-スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質についての本明細書の説明は、アリールスルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質に準用でき、ひいては、3’-ホスホアデノシン-5’-ホスホ硫酸-スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質に準用できることは、当業者には明らかであろう。次に、スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質の活性を判定するために用いることができる方法を用いて、3’-ホスホアデノシン-5’-ホスホ硫酸-スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質の活性を判定できることは明らかであり、これらの方法として、例えば、基質としてのPAPとスルホ基のドナーとしてのpNPSを使用する方法(Sterner E.ら。2014年)が挙げられる。
【0053】
3’-ホスホアデノシン-5’-ホスホ硫酸-スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質は、3’-ホスホアデノシン-5’-ホスホ硫酸-スルホトランスフェラーゼ(略して「PAPS ST」)と称することができ、広義において、アリールスルホトランスフェラーゼを意味しうる。再生PAPSに使用することができるアリールスルホトランスフェラーゼの具体例として、限定はされないが、例えば、ヒト(Homo sapiens、ST1A3、UniProtKBデータベース、エントリ番号P0DMM9、ラット(Rattus norvegicus、ST1A1、エントリ番号P17988、NCBI(https://www.ncbi.nlm.nih.gov)遺伝子エントリ番号NP_114022.1)、および、マウス(us musculus、ST1A1、エントリ番号P52840)などに固有のアリールスルホトランスフェラーゼが挙げられる。
【0054】
OST、NST、NDST、HNSG-5epi、およびPAPS STはそれぞれ、異なるタンパク質アイソフォームに存在し、これは、OST、NST、NDST、HNSG-5epi、およびPAPS STをコードする遺伝子の選択的スプライシングの結果であることが知られている。本明細書に記載の方法により所望の活性を有するタンパク質である限り、これらのタンパク質アイソフォームも、本明細書に記載の方法において使用してもよい。
【0055】
細菌もしくは哺乳類など特定の種に固有のタンパク質または核酸に関する「~に固有の」という表現は、その種に固有のタンパク質または核酸を意味しうる。つまり、特定の種に固有のタンパク質または核酸は、それぞれ、その種に天然に存在し、当業者に既知の手段を用いて、その種から分離し、配列することができるタンパク質または核酸を意味しうる。さらに、タンパク質または核酸が存在する種から分離されたタンパク質または核酸のアミノ酸配列またはヌクレオチド配列を、容易に決定することができるので、例えば組換えDNA技術などの遺伝子工学技術や化学合成法などを用いて得ることができるタンパク質または核酸であっても、そのようにして得られたタンパク質のアミノ酸配列または核酸のヌクレオチド配列が、その種に天然に存在するタンパク質のアミノ酸配列または核酸のヌクレオチド配列と同一であるという限り、タンパク質または核酸に関する「~に固有の」という表現は、上記タンパク質または核酸を意味しうる。特定の種に固有のアミノ酸配列の例として、限定はされないが、タンパク質、具体的には酵素を含む、ペプチド、オリゴペプチド、ポリペプチドなどが挙げられる。特定の種に固有のヌクレオチド配列の例として、デオキシリボ核酸(DNA)およびリボ核酸(RNA)が挙げられ、これらは、プロモーター、アテニュエーター、ターミネーターなどを含む制御配列、遺伝子、遺伝子間配列、配列コード化シグナルペプチド、タンパク質のプロ部分、人工アミノ酸配列などに限定されない。様々な種に固有の、アミノ酸配列およびヌクレオチド配列ならびにそれらのホモログの例を本明細書に記載する。これらの例として、限定はされないが、尾長の小型ハムスター(Cricetulus longicaudatus、UniProtKB、アクセッション番号O0889.1)に固有であり、対応するmRNA(GeneBank、アクセッション番号D88811.1)によってコードされるヘパラン硫酸2-O-スルホトランスフェラーゼ(HS 2-OST)、ゼブラフィッシュ(Danio rerio、NCBI参照配列、アクセッション番号NP_998014.1)に固有であり、対応するmRNA(NCBI参照配列、アクセッション番号NM_212849.1)によってコードされるヘパロサンN-硫酸-グルクロン酸-5-エピメラーゼ(HNSG-5epi)、およびラット(Rattus norvegicus、NCBI参照配列、アクセッション番号NP_114022.1)に固有であり、対応するmRNA(NCBI参照配列、アクセッション番号NM_031834.1)によってコードされるアミノ酸を有するアリールスルホトランスフェラーゼ1A1が挙げられる。
【0056】
スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質で細菌を改変する方法であって、細菌が本明細書に記載の方法で使用することができる方法と関連して、そのタンパク質に対して以下に示す説明は、所望の活性を有し、かつ、上記方法において使用できるいずれのタンパク質にも準用できる。所望の活性を有するタンパク質の例として、限定はしないが、ヘパロサン-N-硫酸-グルクロン酸-5-エピメラーゼ活性を有するタンパク質、および3’-ホスホアデノシン-5’-ホスホ硫酸-スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質などが挙げられ、これは、上記細菌が、本明細書に記載の特性以外の他の特性を有しうるからである。
【0057】
本明細書に記載の方法において使用できる細菌は、スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質を産生するように改変されている。タンパク質は遺伝子によってコードされるので、スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子を発現するように細菌を改変できることは、当業者にとって明らかである。
【0058】
「スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子を発現するように改変された細菌」とは、細菌(宿主菌と称する)が、スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子を含むように、スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子を固有または天然には有していない細菌が改変されていることを意味しうる。なお、上記遺伝子は、宿主菌(ドナー生物と称する)とは異なる生物に固有に、または天然に存在している、またはその生物に固有である。ドナー生物に固有で、かつ、宿主菌へ導入される遺伝子を、宿主菌に照らして異種遺伝子と称することができ、その宿主菌に対しては、上記遺伝子は固有でもなく、天然のものでもない。
【0059】
「スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子を発現するように改変された細菌」もまた、スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子が導入された宿主菌であって、そのような改変の結果として、スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質を産生することができるようになった宿主菌を意味しうる。
【0060】
スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質を産生するように改変されている細菌は、スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子を導入することによって得ることができる。受容菌に組換えDNAを導入する方法は、すでに報告されて、当業者に周知の従来の方法であってもよい。そのような方法として、例えば、形質転換、形質移入、感染、接合、および動員が挙げられる。スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子を含有する組換えDNAを用いて、細菌を形質転換、形質移入、感染、接合、または動員することによって、遺伝子を発現し、遺伝子によってコードされたタンパク質を合成する能力を細菌に付与することができる。例えば、DNAへの大腸菌K12の細胞の浸透性が増加するように塩化カルシウムで受容細胞を処理する方法が、効率的なDNA形質転換および形質移入のために報告されている(Mandel M.およびHiga A.,Calcium-dependent bacteriophage DNA infection,J.Mol.Biol.,1970,53:159-162)。特殊化および/または一般化された形質導入の方法について記載されている(Morse M.L.ら,Transduction in Escherichia coli K-12,Genetics,1956,41(1):142-156;Miller J.H.,Experiments in Molecular Genetics.Cold Spring Harbor,N.Y.:Cold Spring Harbor Lab.Press,1972)。受容生物のゲノムへDNAをランダムおよび/またはターゲット組み込みする他の方法、例えば、「Mu駆動組込み/増幅」(例えば、Akhverdyan V.Z.ら,Appl.Microbiol.Biotechnol.,2011,91:857-871参照)、「Red/ET駆動組込み」または「Red/ET媒介組込み」(Datsenko K.A.およびWanner B.L.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,2000,97(12):6640-6645;Zhang Y.,ら,Nature Genet.,1998,20:123-128)を適用することもでき、さらに、Mu駆動複製性転移に加えて所望の遺伝子を多重挿入するため(Akhverdyan V.Z.ら,Appl.Microbiol.Biotechnol.,2011,91:857-871)、また、結果として所望の遺伝子を増幅させるrecA-依存の相同組換えに基づいて化学誘発して染色体を進化させるため(Tyo K.E.J.ら,Nature Biotechnol.,2009,27:760-765)、転移、部位特異的および/または相同Red/ET媒介組換え、ならびに/またはP1媒介一般化形質導入の様々な組み合わせを使用する他の方法(例えば、Minaeva N.I.ら,BMC Biotechnol.,2008,8:63;Koma D.ら,Appl.Microbiol.Biotechnol.,2012,93(2):815-829参照)を用いることができる。
【0061】
宿主菌における遺伝子の発現は、使用頻度が中程度または高い同義コドンをレアコドン(宿主菌に関して、いわゆる使用頻度が低いコドン)で置換することによって向上することができる。このとき、コドンの使用頻度は、宿主菌の1つの細胞における単位時間当たりのコドンの翻訳頻度、または、宿主菌の、配列されたタンパク質をコードするリーディングフレームの平均コドン頻度として定義される(Zhang S.P.ら,Low-usage codons in Escherichia coli,yeast,fruit fly and primates,Gene,1991,105(1):61-72)。生物当たりのコドン使用頻度は、コドン利用データベースで見つけることができる。なお、コドン利用データベースは、CUTGの拡張ウェブ版である(Codon Usage Tabulated from GenBank,http://www.kazusa.or.jp/codon/; Nakamura Y.ら,Codon usage tabulated from the international DNA sequence databases:status for the year 2000,Nucleic Acids Res.,2000,28(1):292)。大腸菌における、そのような変異として、限定はされないが、例えば、CGTまたはCGCを、レアArgコドンであるAGA、AGG,CGG、CGAで置換すること、ATCまたはATTを、レアIleコドンであるATAで置換すること、CTG、CTC、CTT、TTA、またはTTGを、レアLeuコドンであるCTAで置換すること、CCGまたはCCAを、レアProコドンであるCCCで置換すること、TCT、TCA、TCC、AGC、またはAGTを、レアSerコドンであるTCGで置換すること、および、GGTまたはGGCを、レアGlyコドンであるGGA、GGGで置換することなどが挙げられる。使用頻度の高い同義コドンを使用頻度の低いコドンで置換することが好ましい。中程度または高い使用頻度の同義コドンを、レアコドンおよび/または低使用頻度コドンで置換することを、レアコドンを認識する転移RNAをコードする遺伝子の共発現と組み合わせて行ってもよい。例えば、目的の変異をDNAの目的位置へ導入する部位特異的変異法を用いて、コドンを置換することができる。部位特異的変異法の例として、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を利用する方法(Higuchi R.,Using PCR to engineer DNA,61-70.In:PCR Technology,Erlich H.A.(編),Stockton Press,New York(1989);Carter,P.,Methods Enzymol.,1987,154:382-403)、およびファージを利用する方法(Kramer W.およびFrits H.J.,Methods Enzymol.,1987,154:350-367;Kunkel T.A.ら,Methods Enzymol.,1987,154:367-382)が挙げられる。
【0062】
遺伝子を宿主菌に導入する場合、改変された細菌において遺伝子が発現するように、遺伝子がその細菌によって保持されればよい。具体的には、宿主菌において機能するプロモーター配列(プロモーターとも称する)の制御下で遺伝子が発現するように遺伝子導入すれよい。プロモーターは、宿主菌に固有のプロモーターであっても、ドナー生物またはさらには別の生物に固有の異種プロモーターであってもよい。プロモーターは、導入される遺伝子に固有のプロモーターであってもよく、または、別の遺伝子のプロモーターであってもよい。プロモーターとして、例えば、本明細書に記載の強力なプロモーターを使用してもよい。
【0063】
遺伝子転写終止用ターミネーター配列(ターミネーターとも称する)を、遺伝子の下流に配置してもよい。ターミネーターが宿主菌において機能する限り、ターミネーターは特に限定されない。ターミネーターは、宿主菌に固有のターミネーターであっても、ドナー生物またはさらには別の生物に固有の異種ターミネーターであってもよい。ターミネーターは、導入される遺伝子に固有のターミネーターであっても、または、別の遺伝子のターミネーターであってもよい。
【0064】
さらに、2つ以上の遺伝子のコピーを導入する場合、改変された細菌において各遺伝子が発現することができるように、遺伝子がその細菌によって保持されればよい。例えば、導入されるすべての遺伝子が、単一の発現ベクターに存在してもよく、染色体に存在してもよい。または、遺伝子は、2つ以上の発現ベクターに存在してもよく、または、1つ以上の発現ベクターと染色体とに別個に存在してもよい。遺伝子が、異なる核酸分子に存在するか、または単独核酸分子に存在する場合、導入されるすべての遺伝子が発現できるように上記遺伝子が核酸分子に存在してもよい。実際、細菌において遺伝子が発現できる限り、宿主菌へ遺伝子を導入するいずれの方法をも選択することができる。「発現できる」とは、鋳型としてのDNAに相補的なRNAを合成できるようにDNAからの転写が生じる場合のことを意味しうる。また、「発現できる」とは、鋳型としてのDNAに相補的なRNAを合成できるようにDNAからの転写が生じる場合や、RNAからの翻訳が生じ、その結果、タンパク質の活性を決定することができるように、例えば、所望の活性を有するタンパク質などのペプチドを産生することができる場合をも意味しうる。
【0065】
様々な微生物に固有のベクター、プロモーター、およびターミネーターは、「微生物学基礎講座第8巻遺伝子工学」(共立出版、1987年)に詳細に開示されており、これらを用いることができる。
【0066】
細菌において機能する強力なプロモーターの制御下で遺伝子が発現するように、遺伝子を宿主菌に導入することが好ましく、上記プロモーターは、遺伝子に固有のプロモーターまたは宿主菌に固有のプロモーターよりも強力である。腸内細菌科に属する細菌において高レベルで遺伝子を発現させる強力なプロモーターを使用できる。腸内細菌科の細菌において使用できる強力なプロモーターとしては、例えば、lacプロモーター、trpプロモーター、trcプロモーター、tacプロモーター、ならびにλファージのPおよびPプロモーターが挙げられる。また、強力なプロモーターとして、各種レポーター遺伝子を用いることで高活性型の在来のプロモーターを得てもよい。例えば、プロモーター領域内の-35、-10領域をコンセンサス配列に近づけることにより、プロモーターの活性を高めることができる(国際公開第00/18935号)。高活性型プロモーターとしては、例えば、各種のtac様プロモーター(Katashkina J.I.ら。ロシア特許出願番号2006134574A)が挙げられる。プロモーターの強度の評価法および強力なプロモーターの例は、Goldstein M.A.およびDoi R.H.の論文(Prokaryotic promoters in biotechnology,Biotechnol.Annu.Rev.,1995,1:105-128)などに記載されている。
【0067】
遺伝子の転写効率をさらに向上してもよい。これは、例えば、遺伝子のプロモーター領域に変異を導入して、より強力なプロモーター機能を獲得し、その結果、プロモーターの下流に配置される遺伝子の転写レベルが向上することによって達成できる。さらに、シャインダルガノ(SD)配列、ならびに/またはSD配列と開始コドンの間のスペーサー領域、ならびに/または、リボソーム結合部位における開始コドンからすぐ上流および/もしくは下流の配列における数個のヌクレオチドの置換によって、mRNAの翻訳効率に大きな影響が及ぼされることが知られている。例えば、開始コドンに先行する3つのヌクレオチドの特性に依存して、発現レベルの20倍の範囲が見出された(Gold L.ら,Annu.Rev.Microbiol.,1981,35:365-403;Hui A.ら,EMBO J.,1984,3:623-629)。
【0068】
さらに、遺伝子の翻訳効率をさらに向上してもよい。これは、例えば、染色体上の遺伝子のためのリボソーム結合部位(RBS)を、より強力なRBSで置換することによって、達成されうる。「より強力なRBS」とは、遺伝子の固有または野生型のRBSと比較して、mRNAの翻訳を改良するRBSを意味する。より強力なRBSの例として、ファージT7の遺伝子10のRBSを用いることができる(Olins P.O.ら,Gene,1988,73:227-235)。
【0069】
ベクターとしては、宿主菌の細胞内において自律複製可能なベクターを用いることができる。ベクターは、マルチコピーベクターであるのが好ましく、また、ベクターは、所望の形質転換体を選択するために、抗生物質耐性遺伝子などのマーカー遺伝子を有することが好ましい。さらに、ベクターは、導入された遺伝子を発現するためのプロモーターおよび/またはターミネーターを有していてもよい。ベクターは、例えば、細菌プラスミド由来のベクター、酵母プラスミド由来のベクター、バクテリオファージ由来のベクター、コスミド、またはファージミドなどであってよい。腸内細菌科に属する細菌を形質転換するのに好適なベクターの例として、限定はされないが、例えば、pMW118/119、pBR322、およびpUC19などの広宿主域プラスミドが挙げられる。例えば、相同組換えまたはMuドリブンインテグレーションなどを行うことで、細菌の染色体DNAへ遺伝子の多数のコピーを導入することができる。相同組換えは、染色体DNAにおいて多数のコピーを有する配列を用いて行うことができる。染色体DNAにおいて多数のコピーを有する配列の例として、限定はされないが、例えば、反復DNA配列、または転移因子の端部に存在する逆方向反復配列が挙げられる。さらに、遺伝子をトランスポゾンへ導入し、そして転写して染色体DNAへ遺伝子の多数のコピーを導入することが可能である。Muドリブンインテグレーションを用いることによって、遺伝子の3つ以上のコピーを、1つの作用中に、染色体DNAへ導入することができる(Akhverdyan V.Z.ら,Biotechnol.(Russian),2007,3:3-20)。
【0070】
導入される遺伝子の一部または全体のヌクレオチド配列の有無を確認することによって、遺伝子の導入を確認することができる。ヌクレオチド配列の存在は、例えば、PCRによって、判定することができる(Sambrook J.,ら:<<Molecular Cloning:A Laboratory Manual>>,第3版,Cold Spring Harbor Laboratory Press,USA(2001))。導入される遺伝子の発現の有無を確認することによっても、遺伝子の導入を確認することができる。遺伝子の転写量の有無を確認するか、または遺伝子によってコードされたタンパク質の存在を確認することによって、遺伝子の発現の有無を確認することができる。遺伝子の転写量の有無は、遺伝子から転写されたmRNAの存在を確認することによって、確認することができる。mRNAの存在を確認する方法として、例えば、ノーザンハイブリダイゼーションおよびRT-PCRなどが挙げられる(Sambrook J.,ら:<<Molecular Cloning:A Laboratory Manual>>,第3版,Cold Spring Harbor Laboratory Press,USA(2001))。タンパク質の存在は、例えば、抗体を用いてウェスタンブロットによって判定することができる(Sambrook J.ら:<<Molecular Cloning:A Laboratory Manual>>,第3版,Cold Spring Harbor Laboratory Press,USA(2001))。
【0071】
遺伝子のコピー数やその有無は、例えば、染色体DNAを制限し、その後、遺伝子配列および蛍光インサイチュハイブリダイゼーション(FISH)などに基づいてプローブを用いてサザンブロットすることで、測定することができる。遺伝子発現のレベルは、ノーザンブロットおよび定量RT-PCRなどの様々な周知の方法を使用して遺伝子から転写されたmRNAの量を測定することによって、判定することができる。遺伝子によってコードされたタンパク質の量は、SDS-PAGEおよびそれに続く免疫ブロット分析(ウェスタンブロット分析)、またはタンパク質試料の質量分析などの既知の方法によって、測定することができる。
【0072】
プラスミドDNAの調製、DNAの消化、連結、および形質転換、プライマーとしてのオリゴヌクレオチドの選択、ならびに変異の組み込みなど、DNAの組換え分子を用いた操作および分子クローニングの方法は、当業者に周知の通常の方法であってもよい。これらの方法は、例えば、Sambrook J.,Fritsch E.F.およびManiatis T.,“Molecular Cloning:A Laboratory Manual”,第2版,Cold Spring Harbor Laboratory Press(1989)、またはGreen M.R.およびSambrook J.R.,“Molecular Cloning:A Laboratory Manual”,第4版,Cold Spring Harbor Laboratory Press(2012);Bernard R.Glick,Jack J.PasternakおよびCheryl L.Patten,“Molecular Biotechnology:principles and applications of recombinant DNA”,第4版,Washington,DC,ASM Press(2009)に記載されている。
【0073】
また、本明細書に記載の方法において使用することができる細菌を、ホスファターゼ(EC3.1.3.-)をコードする少なくとも1つの遺伝子の発現を減弱させるように改変することができる。なお、ホスファターゼの例は、UniProtKBデータベース(http://enzyme.expasy.org/EC/3.1.3.-)に列挙されている。上記方法によれば、aphA遺伝子、cysQ遺伝子、およびcpdB遺伝子のうち1つ以上の発現を減弱させるように、細菌を改変することができる。一実施例では、aphA遺伝子の発現を減弱させるように細菌を改変することができる。cysQ遺伝子および/またはcpdB遺伝子の発現を減弱させることができるように、aphA遺伝子を有する細菌であって、aphA遺伝子の発現が減弱している細菌を、さらに改変できる。別の実施例では、cysQ遺伝子の発現を減弱させるように細菌を改変することができる。cysQ遺伝子を有する細菌であって、cysQ遺伝子の発現が減弱している細菌を、aphA遺伝子および/またはcpdB遺伝子の発現を減弱させるようにさらに改変できる。
【0074】
aphA遺伝子の発現の減弱に関する下記の説明は、本明細書に記載の方法において使用できる細菌において発現が減弱しているいずれの遺伝子にも準用できる。そのような遺伝子して、限定はされないが、例えば、cysQ遺伝子およびcpdB遺伝子が挙げられる。
【0075】
「aphA遺伝子の発現を減弱させるように細菌が改変されている」とは、改変された細菌においてaphA遺伝子の発現を減弱させるように細菌が改変されていることを意味しうる。例えば、aphA遺伝子の不活性化によって、aphA遺伝子の発現を減弱させることができる。
【0076】
「aphA遺伝子が不活性化される」とは、野生型または未改変のaphA遺伝子を保持する細菌と比較すると、改変された遺伝子が完全に不活性または無機能のタンパク質AphAをコードすることを意味しうる。また、遺伝子の一部欠失または遺伝子全体の欠失、遺伝子のヌクレオチド配列における1つ以上の塩基の置換による、遺伝子によりコードされたタンパク質中のアミノ酸置換(ミスセンス変異)の発生、終止コドンの導入(ナンセンス変異)、1~2塩基の欠失による、遺伝子のリーディングフレームシフトの発生、薬剤耐性遺伝子および/または転写終止シグナルの挿入、または、プロモーター、エンハンサー、アテニュエーター、リボソーム結合部位などの配列制御遺伝子の発現を含む、遺伝子の隣接領域の改変などによって、改変DNA領域がaphA遺伝子を天然に発現することができないことは許容される。また、「Red/ET駆動組込み」または「λRed/ET媒介組込み」に基づいて、例えば、UV照射またはニトロソグアニジン(N-メチル-N’-ニトロ-N-ニトロソグアニジン)を用いる変異処理、部位特異的変異、相同組換えを用いる遺伝子破壊、および/または挿入-欠失突然変異など、従来の方法によって、遺伝子の不活性化を行うこともできる(Yu D.ら,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,2000,97(11):5978-5983;Datsenko K.A.およびWanner B.L.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,2000,97(12):6640-6645;Zhang Y.ら,Nature Genet.,1998,20:123-128)。
【0077】
「aphA遺伝子の発現が減弱している」とは、プロモーター、エンハンサー、アテニュエーター、および転写終止シグナルなど、遺伝子の発現を制御する配列、リボソーム結合部位、ならびに他の発現制御要素を含む遺伝子であって、改変された結果、aphA遺伝子の発現レベルの低下を生じる遺伝子に、操作可能に結合している領域を、改変細菌が含むこと、ならびに他の例を意味する(例えば、国際公開第95/34672号、Carrier T.A.およびKeasling J.D.,Biotechnol.Prog.,1999,15:58-64参照)。遺伝子に関して「操作可能に結合している」とは、ヌクレオチド配列の発現(例えば、向上した、増加した、構成性の、基礎の、抗ターミネーションの、減弱した、調節解除された、減少した、または抑制された発現)、具体的にはヌクレオチド配列によってコードされた遺伝子産物の発現が生じうるように、制御領域が核酸分子または遺伝子のヌクレオチド配列に結合していることを意味する。
【0078】
また、「aphA遺伝子の発現が減弱している」とは、aphA遺伝子の発現が減弱している改変細菌において、遺伝子のmRNAの量または遺伝子によってコードされるAphAタンパク質の量など、aphA遺伝子の発現産物の量が、例えば、未改変の細菌におけるaphA遺伝子の発現産物の量の50%以下、20%以下、10%以下、5%以下、または0%にまで減少していることを意味する。
【0079】
また、「aphA遺伝子の発現を減弱させるように細菌が改変されている」とは、改変された細菌において、AphAタンパク質などの遺伝子タンパク質産物の総酵素活性が、未改変の細菌における酵素活性と比較して、減少するように、細菌が改変されていることを意味する。一細胞当たりのAphAタンパク質の活性が、未改変の細菌における活性の50%以下、20%以下、10%以下、5%以下、または0%にまで減少するよう、細菌を改変することができる。
【0080】
上記比較のための基準としての役割を果たす未改変の細菌の例として、例えば、大腸菌K-12株MG1655(ATCC47076)や大腸菌W3110株(ATCC27325)などのエシェリヒア属に属する細菌の野生型菌株、または、P.ananatis AJ13355株(FERM BP-6614)などパントエア属に属する細菌の野生型菌株などが挙げられる。
【0081】
染色体DNAにおけるプロモーターなどの遺伝子の発現制御配列を、より弱い配列に置換することによって、aphA遺伝子の発現を減弱させることができる。例えば、遺伝子のプロモーター領域において1つ以上のヌクレオチド置換を導入し、それによって、国際公開第00/18935号に開示されているように、プロモーターを弱めるように改変することが可能である。さらに、シャインダルガノ(SD)配列、SD配列と開始コドンの間のスペーサー領域、ならびに/または、リボソーム結合部位における開始コドンからすぐ上流および/もしくは下流の配列における数個のヌクレオチドの置換が、mRNAの翻訳効率に大きな影響を及ぼすことが知られている。このRBSの改変を、aphA遺伝子の転写の低減と組み合わせてもよい。
【0082】
また、遺伝子のコード領域にトランスポゾンもしくは挿入配列(IS)を挿入する(米国特許第5175107号)または遺伝子発現を制御する領域に挿入することによって、または、紫外線(UV)照射もしくはニトロソグアニジン(N-メチル-N’-ニトロ-N-ニトロソグアニジンNTG)を用いた変異などの従来の方法によって、aphA遺伝子の発現を減弱させることもできる。さらに、例えばλRed/ET媒介組換えに基づく既知の染色体編集法によって、部位特異的変異を組み込むことができる(Datsenko K.A.およびWanner B.L.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,2000,97(12):6640-6645)。
【0083】
大腸菌のaphA遺伝子(同義語:ECK4047、hobH、JW4015、napA、yjbP)は、クラスB酸性ホスファターゼ、AphA(EC3.1.3.2、NCBI、GenBank、アクセッション番号NC_000913.3、ヌクレオチド位置:4269414~4270127、遺伝子ID:948562)をコードし、大腸菌K-12株の染色体の反対株にあるyjbS遺伝子と大腸菌K-12株の染色体の同鎖にあるyjbQ遺伝子の間に配置されている。aphA遺伝子(配列番号1)のヌクレオチド配列、および大腸菌K-12株MG1655に固有のaphA遺伝子によってコードされたAphAタンパク質(配列番号2)のアミノ酸配列が知られている。さらに、腸内細菌科に属する他の細菌種に固有のAphAのアミノ酸ホモログも知られており、例えば、フレクスナー赤痢菌(Shigella flexneri)(大腸菌K-12株MG1655に固有のAphA(配列番号2)との同一性:100%)、ソンネイ赤痢菌(Shigella sonnei)(同一性:99%)、シトロバクター・フロインデイ(Citrobacter freundii)(同一性:91%)、サルモネラ・エンテリカ(Salmonella enterica)(同一性:89%)、クライベラ・クリオクレッセンス(Kluyvera cryocrescens)およびエンテロバクター・クロアカエ(Enterobacter cloacae)(同一性:84%)、クレブシエラ・ミシガネンシス(Klebsiella michiganensis)およびラオウルテラ・プランティコーラ(Raoultella planticola)(同一性:83%)、およびパントエア菌種1.19(Pantoea sp.1.19)(同一性:75%)などの種に固有のホモログがある(例えば、NCBIデータベース(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/protein/参照)。したがって、大腸菌K-12株MG1655に固有のAphAタンパク質、およびそれをコードするaphA遺伝子はそれぞれ、配列番号2のアミノ酸配列を有するタンパク質のホモログ、および配列番号1のヌクレオチド配列のホモログであるタンパク質および遺伝子も有しうる。
【0084】
大腸菌のcysQ遺伝子(同義語:amt、amtA、ECK4210、JW4172)は、3’(2’),5’-ビスリン酸ヌクレオチダーゼ、CysQ(EC3.1.3.7、NCBI、GenBank、アクセッション番号NC_000913.3、ヌクレオチド位置:4436755~4437495、Gene ID:948728)をコードし、また、大腸菌K-12株の染色体の反対の株にあるcpdB遺伝子と大腸菌K-12株の染色体の同鎖にあるytfI遺伝子との間に配置されている。cysQ遺伝子(配列番号3)のヌクレオチド配列、および大腸菌K-12株MG1655に固有のcysQ遺伝子によってコードされたCysQタンパク質(配列番号4)のアミノ酸配列が知られている。さらに、腸内細菌科に属する他の細菌の種に固有のCysQのアミノ酸ホモログも知られており、例えば、ソンネイ赤痢菌(Shigella sonnei)(大腸菌K-12株MG1655に固有のCysQ(配列番号4)との同一性:99%)、シトロバクター・アマロナティカス(Citrobacter amalonaticus)(同一性:91%)、エンテロバクター・クロアカエ(Enterobacter cloacae)(同一性:90%)、サルモネラ・エンテリカ(Salmonella enterica)およびクレブシエラ・オキシトカ(Klebsiella oxytoca)(同一性:88%)、Pluralibacter gergoviae(同一性:87%),およびパントエア・アナナティス(Pantoea ananatis)(同一性:81%)などの種に固有のホモログである(例えば、NCBIデータベース参照)。したがって、大腸菌K-12株MG1655に固有のCysQタンパク質、およびそれをコードするcysQ遺伝子はそれぞれ、配列番号4のアミノ酸配列を有するタンパク質および配列番号3のヌクレオチド配列のホモログである、タンパク質および遺伝子も有しうる。
【0085】
大腸菌のcpdB遺伝子(同義語:ECK4209、JW4171)は、2’,3’-環状ヌクレオチド2’-ホスホジエステラーゼ/3’-ヌクレオチダーゼ、CpdB(EC3.1.4.16,3.1.3.6、NCBI、GenBank、アクセッション番号NC_000913.3、ヌクレオチド位置:4434622~4436565、補体、Gene ID:948729)をコードし、大腸菌K-12株の染色体の反対株にあるcysQ遺伝子とytfH遺伝子との間に配置されている。cpdB遺伝子のヌクレオチド配列(配列番号5)、および大腸菌K-12株MG1655に固有のcpdB遺伝子によってコードされたCpdBタンパク質のアミノ酸配列(配列番号6)が知られている。さらに、腸内細菌科に属する他の細菌種に固有のCpdBのアミノ酸ホモログも知られており、例えば、ソンネイ赤痢菌(Shigella sonnei)およびフレクスナー赤痢菌(Shigella flexneri)(大腸菌K-12株MG1655(配列番号6)に固有のCpdBとの同一性:99%)、シトロバクター・フロインデイ(Citrobacter freundii)およびサルモネラ・エンテリカ(Salmonella enterica)(同一性:91%)、クライベラ・アスコルバータ(Kluyvera ascorbata))(同一性89%)、エンテロバクター・クロアカエ(Enterobacter cloacae)(同一性:88%)、クレブシエラ・ニューモニアエ(Klebsiella pneumonia)(同一性:87%)、およびパントエア・アナナティス(Pantoea ananatis)(同一性:75%)などの種に固有のホモログである(例えば、NCBIデータベース参照)。したがって、大腸菌K-12株MG1655に固有のCpdBタンパク質、およびそれをコードするcpdB遺伝子はそれぞれ、配列番号6のアミノ酸配列を有するタンパク質および配列番号5のヌクレオチド配列のホモログであるタンパク質および遺伝子も有しうる。
【0086】
大腸菌K-12株MG1655に固有であり、AphAタンパク質をコードするaphA遺伝子のバリアントに関する下記の説明を、本明細書に記載の方法において使用できる、いずれの遺伝子およびその遺伝子によってコードされたいずれのタンパク質にも準用できる。なお、上記遺伝子および上記タンパク質には、腸内細菌科に属する他の細菌種に固有の遺伝子およびタンパク質も含まれる。
【0087】
細菌の科、属、種、または株間でDNA配列に相違があってもよい。したがって、aphA遺伝子は、配列番号1の遺伝子に限定されないが、配列番号1のバリアントヌクレオチド配列またはホモログであり、AphAタンパク質のバリアントをコードする遺伝子を含んでもよい。
【0088】
「バリアントタンパク質」とは、配列番号2のアミノ酸配列と比較して、配列に1つ以上の変異を有するタンパク質を意味し、上記タンパク質は、1個または数個のアミノ酸残基を置換、欠失、挿入、および/または付加したものであるが、タンパク質の活性または機能をまだ維持しているか、または、バリアントタンパク質の3次元構造は、未改変のタンパク質、例えば配列番号2のアミノ酸配列を有する野生型タンパク質AphAなどに対してさほど変化していない。バリアントタンパク質の変化の数は、タンパク質の三次元構造におけるアミノ酸残基の位置、またはアミノ酸残基の種類に依存する。その数は、厳密に限定されないが、配列番号2において、1~50、別の例においては1~40、別の例においては1~30、別の例においては1~20、別の例においては1~15、別の例においては1~10、別の例においては1~5である。これは、アミノ酸が互いに対して高い相同性を有し、その結果、タンパク質の活性または機能がそのような変化に影響されない、またはタンパク質の三次元構造は、例えば野生型タンパク質などの未改変のタンパク質に対して、あまり変化していないため、可能となる。したがって、aphA遺伝子のバリアントヌクレオチド配列によってコードされたバリアントタンパク質は、相同性を有していてもよい。この相同性は、コンピュータプログラムblastpを使用した際に、タンパク質の活性もしくは機能が維持される限り、またはバリアントタンパク質の三次元構造が、配列番号2のアミノ酸配列を有する野生型タンパク質AphAなどの未改変のタンパク質に対してあまり変化していない限り、配列番号2のアミノ酸配列全体に対して、60%以上、70%以上、75%以上、80%以上、85%以上、90%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、または99%以上の、パラメータ「同一性」として定義される。
【0089】
本明細書では、「相同性」は、「同一性」、つまり、アミノ酸残基またはヌクレオチドの同一性を意味しうる。2つの配列間の配列同一性は、2つの配列を最大限一致させるように整列したときに2つの配列間で一致する残基の比率として算出される。
【0090】
1個または数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、および/または付加の例は、保存的変異でありうる。保存的変異の代表的なものは、保存的置換である。保存的置換は、限定はされないが、置換部位が芳香族アミノ酸である場合には、Phe、Trp、およびTyr間の相互置換であり、置換部位が疎水性アミノ酸である場合には、Ala、Leu、Ile、およびVal間での相互置換であり、置換部位が親水性アミノ酸である場合には、Glu、Asp、Gln、Asn、Ser、His、およびThr間での相互置換であり、置換部位が極性アミノ酸である場合には、GlnおよびAsn間での相互置換であり、置換部位が塩基性アミノ酸である場合には、Lys、Arg、およびHis間での相互置換であり、置換部位が酸性アミノ酸である場合には、AspおよびGlu間での相互置換であり、置換部位がヒドロキシ基を有するアミノ酸である場合には、SerおよびThr間での相互置換でありうる。保存的置換として、例えば、Alaから、SerまたはThrへの置換、Argから、Gln、His、またはLysへの置換、Asnから、Glu、Gln、Lys、His、またはAspへの置換、Aspから、Asn、Glu、またはGlnへの置換、Cysから、SerまたはAlaへの置換、GlnからAsn、Glu、Lys、His、Asp、またはArgへの置換、Gluから、Asn、Gln、Lys、またはAspへの置換、GlyからProへの置換、Hisから、Asn、Lys、Gln、Arg、またはTyrへの置換、Ileから、Leu、Met、Val、またはPheへの置換、Leuから、Ile、Met、Val、またはPheへの置換、Lysから、Asn、Glu、Gln、His、またはArgへの置換、Metから、Ile、Leu、Val、またはPheへの置換、Pheから、Trp、Tyr、Met、Ile、またはLeuへの置換、Serから、ThrまたはAlaへの置換、Thrから、SerまたはAlaへの置換、Trpから、PheまたはTyrへの置換、Tyrから、His、Phe、またはTrpへの置換、および、Valから、Met、Ile、またはLeuへの置換が挙げられる。
【0091】
1個または数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、および/または付加の例は、非保存的変異でありうるが、これは、その変異が、アミノ酸配列の異なる位置で1つ以上の第2次変異によって補償され、その結果、タンパク質の活性または機能が維持されるか、または、バリアントタンパク質の三次元構造が、例えば野生型タンパク質など未改変のタンパク質に対してあまり変化していないことが条件である。
【0092】
ポリペプチドの同一性率は、アルゴリズムblastpを用いて算出することができる。より具体的には、ポリペプチドの同一性率は、NCBIが提供するデフォルト設定のScoring Parameters(Matrix:BLOSUM62;Gap Costs:Existence=11, Extension=1;Compositional Adjustments:Conditional compositional score matrix adjustment)でのアルゴリズムblastpを用いて算出できる。ポリヌクレオチドの同一性率は、アルゴリズムblastnを用いて算出できる。より具体的には、ポリヌクレオチドの同一性率は、NCBIが提供するデフォルト設定のScoring Parameters(Match/Mismatch Scores=1,-2; Gap Costs=Linear)でのアルゴリズムblastnを用いて算出できる。
【0093】
AphAタンパク質をコードするaphA遺伝子は、バリアントヌクレオチド配列でありうる。「バリアントヌクレオチド配列」とは、標準遺伝子コード表(例えば、Lewin B.,“Genes VIII”,2004,Pearson Education,Inc.,Upper Saddle River,NJ 07458参照)による任意の同義アミノ酸コドンを用いてバリアントタンパク質をコードするヌクレオチド配列を意味しうる。したがって、AphAタンパク質をコードするaphA遺伝子は、遺伝子コードの縮重によるバリアントヌクレオチド配列でありうる。
【0094】
また、「バリアントヌクレオチド配列」とは、限定はされないが、配列番号1の配列と相補的なヌクレオチド配列、または配列番号2のアミノ酸配列を有するタンパク質をコードするヌクレオチド配列から調製できるプローブと、ストリンジェントな条件下でハイブリッド形成することができるヌクレオチド配列を意味しうる。ストリンジェントな条件として、特異的なハイブリッド、例えば、コンピュータプログラムblastnを使用した際、60%以上、70%以上、75%以上、80%以上、85%以上、90%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、または99%以上の、パラメータ「同一性」として定義される相同性を有するハイブリッドを形成し、かつ、非特異的なハイブリッド、例えば、上記より相同性が低いハイブリッドは形成されないという条件が挙げられる。例えば、ストリンジェントな条件の例として、60℃で1×標準クエン酸ナトリウムまたは標準塩化ナトリウム(SSC)かつ0.1%ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)、60℃で0.1×SSCかつ0.1%SDS、または65℃で0.1×SSCかつ0.1%SDSに相当する塩濃度で、1回以上、または別の例では2~3回洗浄する条件が挙げられる。洗浄時間は、ブロットに用いる膜の種類に依存しうるが、概して、メーカーが推奨する時間である。例えば、ストリンジェントな条件下で正に帯電するナイロン膜(GE Healthcare製)であるAmersham Hybond(登録商標)-N+の推奨洗浄時間は、15分間である。洗浄工程は、2~3回、実施することができる。プローブとして、配列番号1の配列と相補的な配列の一部を用いてもよい。そのようなプローブは、配列番号1の配列に基づいて調製したプライマーとしてのオリゴヌクレオチドと、テンプレートとしてのヌクレオチド配列を含むDNA断片とを用いたポリメラーゼ連鎖反応(PCR、White T.J.ら,The polymerase chain reaction,Trends Genet.,1989,5:185-189参照)によって、生成することができる。プローブ長は、>50bpであることが推奨される。プローブ長は、ハイブリッド形成条件によって好適に選択することができ、通常、100bp~1kbpである。例えば、約300bp長のDNA断片をプローブとして使用する場合、ハイブリッド形成後の洗浄条件は、例えば、50℃,60℃、または65℃で、2×SSCかつ0.1%SDSである。
【0095】
大腸菌種に固有であり、かつAphAタンパク質をコードするaphA遺伝子については、すでに明らかにされているので(上記参照)、腸内細菌科の他の細菌種に固有であり、かつAphAタンパク質をコードする遺伝子、およびAphAタンパク質のバリアントタンパク質をコードするaphA遺伝子のバリアントヌクレオチド配列は、腸内細菌科の細菌と、上記細菌に固有のaphA遺伝子のヌクレオチド配列に基づいて調製したオリゴヌクレオチドプライマーとを用いるPCRによって、または、試験管内で野生型aphA遺伝子を含むDNAを、例えばヒドロキシルアミンで処理することによる部位特異的変異誘発法によって、または、微生物、例えば、野生型のaphA遺伝子を保持する腸内細菌科に属する細菌を、紫外線(UV)照射もしくはN-メチル-N’-ニトロ-N-ニトロソグアニジン(NTG)や亜硝酸などのこの類の処理に通常使用される変異導入剤で処理する方法によって、または、完全長遺伝子構造として化学合成されることによって、得ることができる。
【0096】
遺伝子(例えば「野生型遺伝子」)およびタンパク質(例えば「野生型タンパク質」)に関して本明細書で用いられる、「固有の」および「天然の」と等価でありうる「野生型」とは、それぞれ、野生型細菌、例えば腸内細菌科に属する細菌の野生型菌株、例えば、大腸菌MG1655株(ATCC47076)、大腸菌W3110株(ATCC27325)、およびP.アナナティス AJ13355株(FERM BP-6614)などに天然に存在かつ/もしくは発現し、かつ/または、それらによって産生される、固有の遺伝子および固有のタンパク質を意味しうる。タンパク質は遺伝子によってコードされるため、「野生型タンパク質」は、野生型細菌のゲノムに固有または天然に発生する「野生型遺伝子」によってコードされうる。
【0097】
本明細書に記載の方法において使用できる細菌は、所望の活性を有するタンパク質をコードする前述のDNAを、ホスファターゼをコードする1つ以上の前述のDNAの発現を減弱させるようにすでに改変されている細菌へ導入することによって、得ることができる。または、所望の活性を有するタンパク質を産生するようにすでに改変されている細菌において、ホスファターゼをコードする1つ以上の前述のDNAの発現を減弱させることによっても、上記細菌を得ることができる。
【0098】
上述した特性に加えて、上記細菌は、本発明から逸脱しない範囲で、様々な栄養素要求性、薬剤耐性、薬剤感度、および薬剤依存性などの他の特異な特性を有しうる。
【0099】
2.方法
本明細書に記載するように基質を酵素によりスルフリル化する方法は、腸内細菌科に属する細菌を含む培地中で基質をPAPSと反応させて、基質の硫酸化誘導体(標的化合物と称することもできる)を生成し、培地から硫酸化誘導体を回収するステップを含む。上記方法は、標的化合物を所望の純度で得ることができるように培地から硫酸化誘導体を精製するステップと、および/または他の必要なステップとを、任意で含んでもよい。
【0100】
本明細書に記載の方法を用いて基質を反応させるステップは、基質の硫酸化誘導体または標的化合物を生成することができるように、所望の活性を有するタンパク質を機能させるのに好適な条件下で実施することができる。上記方法によって、基質を培地においてスルフリル化して、その硫酸化誘導体を生成することができる限り、上記方法において使用できる培地は、任意の培地中であってよい。培地は、本明細書に記載の方法を用いて基質をスルフリル化するのに必要な成分を含みうる。上記成分として、少なくとも、溶剤、腸内細菌科に属する細菌、PAPS、および基質が含まれる。これらの成分に加えて、培地は、1つ以上の他の成分、例えば、有機塩および/または無機塩、酸性またはアルカリ性物質、界面活性剤、pNPS、ならびに酵素を含むタンパク質などを含みうる。溶剤に関しては、少なくとも、スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質が機能でき、その結果、タンパク質の活性を決定することができるような水性培地を用いることができる。例えば、上記方法で使用できる細菌が培養されている培地は、培地が基質のスルフリル化に必要な成分で補われるという条件下で、基質の酵素によるスルフリル化に使用してもよい。さらに、他のタンパク質、例えば、ヘパロサン-N-硫酸-グルクロン酸-5-エピメラーゼ活性を有するタンパク質、および/または3’-ホスホアデノシン-5’-ホスホ硫酸-スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質なども機能することができるように、培地の組成物を適切に選択することができる。
【0101】
本明細書に記載の方法において使用できる細菌は、少なくとも、スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質を産生するように改変されており、ヘパロサン-N-硫酸-グルクロン酸-5-エピメラーゼ活性を有するタンパク質、および/または3’-ホスホアデノシン-5’-ホスホ硫酸-スルホトランスフェラーゼ活性を有するタンパク質を産生するように、さらに改変されている場合もあるので、細菌細胞および/または細菌が培養されている培地から分離かつ/または精製されることなく、上記活性を有するタンパク質を用いることができる。つまり、所望の活性を有するタンパク質の活性を培地中で決定することができる限り、または基質の硫酸化誘導体を、上記方法を用いて生成することができる限り、本明細書に記載するように改変されている細菌を含む培地を使用できる。使用できる培地は、所望の活性を有するタンパク質をより有効に用いることができるように、細菌の破砕細胞(いわゆる粗細胞ライセート)を含みうる。細胞破砕の方法は、当業界においては周知であり、例えば、機械破砕、液体均質化(フレンチプレス破砕を含む)、高周波音波法(いわゆる超音波リーシス)、凍結融解サイクル、および手動破砕などが挙げられる。
【0102】
本明細書に記載の方法を用いて基質を酵素によりスルフリル化するための条件は、上記方法で使用できるタンパク質の特性を参照して、適切に選択かつ調整することができる。上記特性は、当業者に周知であり、例えば、The Comprehensive Enzyme Information System (Brenda, https://www.brenda-enzymes.org)、およびUniProtKBデータベース(https://enzyme.expasy.org)で見つけることができる。例えば、哺乳類種に固有のタンパク質を用いる場合、上記スルフリル化は、25℃~35℃の温度で24~72時間実施してもよく、pHは、6.5~7.5に維持してもよい。
【0103】
本明細書に記載の方法において使用できる腸内細菌科に属する細菌は、上記方法において使用するように選択された細菌を培養するのに好適な条件下で培養することができる。例えば、エシェリヒア属に属する細菌を培養する場合、16~72時間、16~24時間、または32~48時間、好気条件下で培養を実施してもよく、培養中の培養温度を30℃~45℃または30℃~37℃の範囲内に制御してもよく、かつ、pHは、5~8または6~7.5の間に調節してもよい。pHは、尿素、炭酸カルシウム、またはアンモニアガスなど、無機または有機、酸性またはアルカリ性の物質を用いて調節することができる。
【0104】
培地は、炭素源、窒素源、硫黄源、リン源、無機イオン、ならびに、必要に応じて、その他の有機成分および無機成分を含む通常の培地など、合成または天然培地のいずれでもよい。炭素源として、グルコース、スクロース、ラクトース、ガラクトース、フルクトース、アラビノース、マルトース、キシロース、トレハロース、リボース、およびデンプンの加水分解物などの糖類、エタノール、グリセロール、マンニトール、およびソルビトールなどのアルコール類、グルコン酸、フマル酸、クエン酸、リンゴ酸、およびコハク酸等の有機酸類、ならびに脂肪酸類などを用いる事ができる。窒素源として、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、およびリン酸アンモニウムなどの無機アンモニウム塩、大豆加水分解物などの有機窒素、アンモニアガス、ならびにアンモニア水などを用いる事ができる。さらに、ペプトン、酵母エキス、肉エキス、およびコーンスティープリカーなどが使用できる。培地は、これらの窒素源のうち、1種類以上を含んでもよい。硫黄源として、硫酸アンモニウム、硫酸マグネシウム、硫酸鉄、および硫酸マンガンなどが挙げられる。炭素源、窒素源、および硫黄源に加えて、培地は、リン源を含んでもよい。リン源として、リン酸二水素カリウム、リン酸水素二カリウム、およびピロリン酸などのリン酸ポリマーなどを使用することができる。ビタミンB1、ビタミンB2、ビタミンB6、ニコチン酸、ニコチン酸アミド、およびビタミンB12などのビタミン類、ならびに必要な物質、例えば、アデニンやRNAなどの核酸、アミノ酸、ペプトン、カザミノ酸、酵母抽出物などの有機栄養素類などが、微量であったとしても、適量含まれていてもよい。上記以外に、必要に応じて、少量のリン酸カルシウム、鉄イオン、およびマンガンイオンなどを添加してもよい。
【0105】
基質の硫酸化誘導体は、遊離状態で、もしくはその塩として、またはこれらの混合物として生成できる。例えば、ナトリウム、カリウム、アンモニウム、カルシウム、および標的化合物の塩を、上記方法によって生成することができる。これは、スルホ基(-SOH)は、スルフリル化の条件下で、例えばアルカリ性物質などの中和剤と、典型的な酸塩基中和反応で反応して、当業者には明らかな、スルホ基含有分子の化学的特徴である塩を形成することができるため、可能となる。
【0106】
基質を反応させるステップの後、濃縮、沈殿、結晶化、イオン交換クロマトグラフィ、中圧または高圧液体クロマトグラフィ、またはこれらの組み合わせなど、当業者には周知の従来技術を用いて、基質の硫酸化誘導体を培地から回収することができる。さらに、標的化合物を、所望の純度、例えば、30%以上、40%以上、50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、90%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上、または99.9%以上などで得ることができるように、培地から回収された硫酸化誘導体を精製することができる。純度は、例えば、重量比(w/w)で表してもよい。
【0107】
例えば、本明細書に記載の酵素によるスルフリル化の方法を用いて、ヘパリンを標的化合物として得る場合、例えば、van der Meer J.-Y.らの著書(2017年)に記載され、そこに引用されている参考文献に記載の手順を用いて、ヘパリンを培地から回収することができる。特に、まず、ヘパリンを、例えばHyamine(登録商標)1622などの第4級アンモニウム塩を用いて培地から析出させてもよい。その後、析出したHyamine(登録商標)-ヘパリン錯体を、濃縮NaCl溶液を用いて抽出し、ヘパリンナトリウム塩を得ることができる。その後、温度、pH、および塩濃度の制御下で、ヘパリンナトリウム塩に対して、陰イオン交換クロマトグラフィを行い、帯電および特定の活性により分画されたヘパリンを回収することができる。この段階で、十分な純度のヘパリンを、通常、得ることができる。例えば、低分子量ヘパリン(Low Molecular Weight Heparin:略して「LMWH」)として、ヘパリンを得ることができる。低分子量ヘパリンは、例えば、1000~10000Daの分子量(平均分子量4000~6000Da)の画分を意味しうる。未分画のヘパリンと比較して、LMWHは出血の副作用がより少ないという長所を有する。
【0108】
例えば、メタノール、エタノール、プロパノール、またはアセトンなどの有機溶媒を使用する析出、および、例えば、過マンガン酸カリウム(KMnO)、過酸化水素(H)、過酢酸(CHCOH)、次亜塩素酸ナトリウム(NaClO)、またはオゾン(O)を使用する漂白を行うことによって、任意に、ヘパリンをさらに精製することができる。最後に、高濃度のメタノールまたはエタノールから析出させることによって、ヘパリンを精製することができる。必要に応じて、析出したヘパリンを、40℃~75℃の温度で真空状態で乾燥させることもできる。
【0109】
本明細書に記載の酵素によるスルフリル化の方法を用いて、ヘパリンを標的化合物として得るときに、ヘパリンに対して、脱重合ステップを行ってもよい。脱重合は、例えば、亜硝酸の使用によって、光分解法によって、またはヘパリナーゼI、II、III、もしくはこれらの組み合わせを酵素的に適用することによって、行うことができる。脱重合の程度は特に限定されない。例えば、1000~35000Daの分子量を有するヘパリンが得られるように脱重合を行ってもよい。
【実施例
【0110】
本発明を、以下の実施例を参照してより具体的に説明するが、これらの実施例に限定されない。
【0111】
実施例1 ホスファターゼをコードする遺伝子を欠失している大腸菌株Origami(登録商標)2(ΔptrA ΔhslU)の細胞ライセートにおけるPAPおよびPAPSの安定性の検討
【0112】
1.1.大腸菌K-12株Origami(登録商標)2(ΔptrA ΔhslU)
PAPとPAPSの安定性について、大腸菌K-12株Origami(登録商標)2(ΔptrA ΔhslU)の粗細胞ライセートにおいて検討した。大腸菌K-12株Origami(登録商標)2は、aphA、cysQ、およびcpdB遺伝子から選択された、ホスファターゼをコードする1つ以上の遺伝子を欠失するようにさらに改変されている。細胞内で合成または産生されるタンパク質の酵素活性は、タンパク質のジスルフィド結合の適切な形成に影響されうることが知られている(例えば、Ke N.およびBerkmen M.,Production of disulfide-bonded proteins in Escherichia coli,Curr.Protoc.Mol.Biol.,2014,108:16.1B.1-21参照)。したがって、遺伝子型Δ(ara-leu)7697 ΔlacX74 ΔphoA PvuII phoR araD139 ahpC galE galK rpsL F’[lac lacI pro] gor522::Tn10 trxB(Str,Tet)を有する大腸菌K-12株Origami(登録商標)2(Merck社、カタログ番号71344-3)を、スルホトランスフェラーゼおよびヘパロサン-N-硫酸-グルクロン酸-5-エピメラーゼを生成するために選択した。上記株は、チオレドキシンレダクターゼ(trxB)およびグルタチオンレダクターゼ(gor)をコードする遺伝子に変異を有しており、これによって、大腸菌細胞質におけるジスルフィド結合の形成がかなり向上する。
【0113】
スルホトランスフェラーゼおよびヘパロサン-N-硫酸-グルクロン酸-5-エピメラーゼを、マルトース結合タンパク質(MBP)タグ付きタンパク質として、大腸菌で有効に生成することができる(例えば、Bethea H.N.ら,Redirecting the substrate specificity of heparan sulfate 2-O-sulfotransferase by structurally guided mutagenesis,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,2008,105(48):18724-18729;Li K.ら,Using engineered 2-O-sulfotransferase to determine the activity of heparan sulfate C5-epimerase and its mutants,J.Biol.Chem.,2010,285(15):11106-11113参照)。しかし、粗細胞ライセートにおける標的タンパク質の生成の有効性をさらに向上することが望ましい。これは、例えばMBPタグ付きタンパク質のタンパク質分解を低減することによって達成できる。特に、プロテアーゼをコードする1つ以上の遺伝子は、タンパク質を発現する細菌において欠失させることができる。大腸菌菌体の粗ライセート中のMBPタグ付きタンパク質の安定性は、ペリプラズムプロテアーゼIIIおよびHslVUプロテアーゼのATPアーゼ成分をそれぞれコードするptrA遺伝子およびhslU遺伝子を欠失することによって有意に向上できることを我々は見出した。
【0114】
したがって、MBPタグ付きタンパク質を生成し、粗細胞ライセートにおけるPAPおよびPAPSの安定性を検討するための最適な宿主株として、大腸菌K-12株Origami(登録商標)2(ΔptrA ΔhslU)を選択した。
【0115】
1.2.大腸菌Δ2-5株の構築
大腸菌K-12株Origami(登録商標)2の染色体において、ptrA、hslU、cysQ、cpdB、およびaphA遺伝子を、一つずつ欠失した。インフレーム遺伝子欠失法(Dual-In/Out法としても知られている)を用いた(Minaeva N.I.ら,BMC Biotechnol.,2008,8:63)。表1に、構築したΔ2-5株を示す。
【0116】
1.3.粗細胞ライセートの調製
各Δ2-5株を、50mL試験管内で、37℃で一晩(約16時間)、10mLのLB培地(Sambrook,J.およびRussell,D.W.「Molecular Cloning:A Laboratory Manual」第3版、Cold Spring Harbor Laboratory Press、2001年)において増殖させた。その後、細胞を、遠心分離(5000rpm)によって収集し、0.3mLの緩衝液A(100mM、Tris-HCl、pH7.5、10%(v/v)グリセロール)に再懸濁し、超音波処理によって破砕した。不溶性細胞成分の画分を遠心分離(13000rpm)によって沈殿させた。粗細胞ライセート(いわゆる上清)の可溶性画分を新しいバイアルに移し、PAPおよびPAPSの安定性をPAP(S)の安定性アッセイで検討するのに使用した。
【0117】
1.4.PAP(S)安定性アッセイ
各反応混合物(100μL)は、pH7.0の50mMのMES(2-(N-モルホリノ)エタンスルホン酸)と、1mmのMgClと、1%(v/v)のTriton X-100と、0.4mg/mLのPAPまたはPAPSとを含んでいた。粗細胞ライセートの可溶性画分(実施例1.3)を、反応混合物中のタンパク質終濃度が2.5mg/mLになるまで添加した。対照として、ライセートの代わりに水を使用した。各反応混合物を、30℃で、表2および表3に示す時間、培養し、その後、HPLC法を用いて分析した。HPLC解析の条件は以下のとおりとした。
装置:Alliance Waters
カラム:TSK GEL DEAE-5PW 2×75mm、10μm
検出:UV検出器(デュアル吸光検出器)を用いて、NSおよびNS2Sに対しては235nmで、PAPおよびPAPSに対しては254nmで検出。NSは、α-ΔUA-[1→4]-GlcNSを意味し、NS2Sは、α-ΔUA-2S-[1→4]-GlcNSを意味する。ΔUAは、4-デオキシ-L-スレオ-ヘキシ-4-エノピラノシルウロン酸(4-deoxy-L-threo-hex-4-enopyranosyluronic acid)を意味し、GlcNSは、N-スルホ-D-グルコサミンを意味する。
溶出液のグラジエント:30分-0%Bに対して、0分-0%B、15分-5%B、20分-30%B、30分-100%B。このとき、溶出緩衝液Aは、2.56mMのNaHPO(pH3.0、HPOで調節)、5%アセトニトリルであり、溶出緩衝液Bは、2.56mMのNaHPO(pH3.0、HPOで調節)、0.5MのLiClである。
温度:40℃
溶出速度:0.2mL/分
注入量:10μL
注入時間:50分
圧力:140~160psi
較正試料:1~200mg/L
検出限界:0.005mg/L
溶出時間:PAP(19.42分)、NS(21.94分)、PAPS(26.02分)、NS2S(28.91分)
【0118】
表2および表3に、PAP(S)安定性アッセイの結果を示す。表2から分かるように、PAPは、Δ2株の粗細胞ライセートにおいてかなり不安定であり、22時間以内に完全に分解した。Δ2株中のcysQ遺伝子を欠失してΔ3株を得た結果、PAP安定性は向上したが、PAPはすべて22時間以内に分解した。Δ3株中のcpdB遺伝子を欠失してΔ4株を得た結果、PAP安定性はかなり向上し、PAPの約25%は、22時間の培養後も反応混合物中に保持されていた。Δ4株中のaphA遺伝子を欠失してΔ5株を得た結果、PAP安定性は2倍以上向上し、PAPの約50%は、22時間の培養後も反応混合物中に保持されていた。このように、AphA、CysQ、およびCpdBをコードする1つ以上の遺伝子を欠失することによって、PAPの安定性を高めることができる。
【0119】
表3から分かるように、PAPSは、Δ2株の粗細胞ライセートにおいてかなり不安定であり、22時間以内に完全に分解した。Δ2株中のcysQ遺伝子を欠失してΔ3株を得た結果、PAP安定性は、22時間以内に10倍以上向上した。Δ3株中のcpdB遺伝子を欠失してΔ4株を得た結果、PAPS安定性は向上しなかった。Δ4株中のaphA遺伝子を欠失してΔ5株を得た結果、PAPS安定性は2倍以上向上した。このように、AphAおよびCysQをコードする1つまたは2つの遺伝子を欠失することによって、PAPSの安定性を高めることができる。
【0120】
実施例2 スルホ基のドナーとしてPAPSを用いた、低分子量ヘパロサンN-硫酸塩の酵素によるスルフリル化
スルホ基のドナーとしてのPAPSと、ヘパロサン硫酸2-O-スルホトランスフェラーゼ(HS 2-OST)およびヘパロサン-N-硫酸-グルクロン酸-5-エピメラーゼ(HNSG-5epi)を産生することができるΔ2-5株の粗細胞ライセートとを用いて、低分子量ヘパロサンN-硫酸塩(「LMWHS」と略称する)の酵素によるスルフリル化を行った。
【0121】
2.1.pACYC184-MBP-2OSTY94A(D69-N356)プラスミドの構築
2.1.1.pMALベクターの構築
pMAL-c2Xベクター(New England BioLabs社、カタログ番号E8000S)を改変して、ペプチドリンカーS10LGIEGRISEFGSをコードするDNA断片を、MBPタンパク質のC末端をコードするDNA断片で置換した。このとき、359位にあるグルタミン酸残基をアラニン残基で置換(E359A)し、362位にあるリジン残基をアラニン残基で置換(K362A)し、363位にあるアスパラギン酸残基をアラニン残基で置換(D363A)する(Rob J. C.ら,Crystallization of a trimeric human T cell leukemia virus type 1 gp21 ectodomain fragment as a chimera with maltose-binding protein,Prot.Science,1998,7:1612-1619)。さらに、制限酵素部位HindIII-BamHI-SacI-XhoI-NotIをベクターに導入した。
【0122】
5’-BglII制限酵素部位と3’-HindIII制限酵素部位とに隣接しているMBPのC末端の一部を含むPCR断片を、プライマーP1(配列番号7)およびP2(配列番号8)、ならびに鋳型としてpMAL-c2Xプラスミドを用いて増幅した。PCR産物を、pMAL-c2XプラスミドのBglII/HindIII制限酵素部位に連結した。このようにして、pMALベクターを構築した。
【0123】
2.1.2.pMAL-2OSTY94A(D69-N356)プラスミドの構築
配列番号10のアミノ酸配列を有する変異HS 2-OSTをコードするコード配列(CDS)を保持するDNA断片(配列番号9)を、GeneArt(登録商標)カスタムDNA合成(Thermo Fisher Scientific社)によって化学的に合成した。ここにおいて、上記アミノ酸配列は、オナガキヌゲネズミ(Cricetulus longicaudatus)(UniProtKB、アクセッション番号O0889.1)に固有のHS 2-OSTにおいて、69位にあるアスパラギン酸残基(D69)から356位にあるアスパラギン残基(N356)までのポリペプチドに対応する。また、94位にあるチロシン残基は、アラニン残基で置換(Y94A)されている。このDNA断片を、制限酵素NotIおよびXhoIを用いて消化し、pMAL/NotI-XhoIベクター(実施例2.1.1)にクローニングした。このようにして、pMAL-2OSTY94A(D69-N356)プラスミドを構築した。
【0124】
2.1.3.pACYC184-MBP-2OSTY94A(D69-N356)プラスミドの構築
pMAL-2OST(D69-N356)プラスミドの3.6-kbp FspI-HindIII DNA断片を、pACYC184クローニングベクター(GenBank/EMBL、アクセッション番号X06403)のEcoRV/HindIII制限酵素部位にサブクローニングした。このようにして、pACYC184-MBP-2OSTY94A(D69-N356)プラスミドを構築した。
【0125】
2.2.pSUMO-dreGlce(G70-N585)プラスミドの構築
pETite(商標)N-His SUMO Kan Vector(Lucigen Corporation社、2905 Parmenter St,Middleton、WI53562 USA)由来のN末端タグ6xHis-SUMOペプチド(配列番号12)をコードするDNA断片(配列番号11)を、GeneArt(登録商標)カスタムDNA合成(Thermo Fisher Scientific社)によって化学的に合成した。ここにおいて、上記ペプチドは、配列番号13のアミノ酸配列を有するHNSG-5epiの(G70-N585)断片と融合しており、上記アミノ酸配列は、ダニオレリオ(Danio rerio)(NCBI Reference Sequence:NP_998014.1)に固有のHNSG-5epiにおいて、70位にあるグリシン残基(G70)から585位にあるアスパラギン残基(N585)までのポリペプチドに対応する。このDNA断片を、制限酵素NdeIおよびXhoIを用いて消化し、pMAL/NdeI-XhoIベクター(実施例2.1.1)にクローニングした。このようにして、pSUMO-dreGlce(G70-N585)プラスミドを構築した。
【0126】
2.3.pACYC184-MBP-2OSTY94A(D69-N356)およびpSUMO-dreGlce(G70-N585)プラスミドを保持するΔ2-5株の構築
pACYC184-MBP-2OSTY94A(D69-N356)およびpSUMO-dreGlce(G70-N585)プラスミドを、標準エレクトロポレーション手順(0.1cmキュベット(Bio-Rad社)、電圧2kV、時間5μ秒)を用いて、Δ2-5株に導入した。まず、pSUMO-dreGlce(G70-N585)プラスミドを導入して、Δ2-5/pSUMO-dreGlce(G70-N585)株を構築した。その後、pACYC184-MBP-2OSTY94A(D69-N356)プラスミドをΔ2-5/pSUMO-dreGlce(G70-N585)株に導入して、2つのプラスミドを保持する標的Δ2-5株を構築した。pACYC184-MBP-2OSTY94A(D69-N356)およびpSUMO-dreGlce(G70-N585)プラスミドを保持するΔ2-5株を、Δ2-5/pSUMO/pACYC184株と称した。
【0127】
2.4.Δ2-5/pSUMO/pACYC184の粗細胞ライセートの可溶性画分の調製
アンピシリン(200mg/L)とクロラムフェニコール(30mg/L)とを含むLBブロスで一晩増殖させた、pACYC184-MBP-2OSTY94A(D69-N356)およびpSUMO-dreGlce(G70-N585)プラスミドを保持するΔ2-5株の細胞培養液各1.25mLを、フラスコ内で、アンピシリン(150mg/L)およびクロラムフェニコール(30mg/L)を含むLBブロス50mLに接種し、その後、37℃で培養してOD600約0.8に到達させた。その後、終濃度0.5mMに達するまでIPTG(イソプロピル-β-D-1-チオガラクトピラノシド)を添加して、HS 2-OSTとHNSG-5epiの合成を誘導した。20℃で48時間、培養を行った。
【0128】
結果として生じたバイオマスを、遠心分離(5000rpm)によって収集し、0.3mLの50mMのMES(2-(N-モルホリノ)エタンスルホン酸)溶液(pH7)に再懸濁し、超音波処理を施して細胞を破砕した。その後、不溶性タンパク質を含む粗細胞ライセートの不溶性画分を、遠心分離(13000rpm)によって沈殿させ、0.3mLの試料緩衝液(20mMのTris-HCl、pH6.8、50mMのDTT(1,4-ジチオスレイトール)、0.1%(v/v)SDS、30%(v/v)グリセロール)で再懸濁し、95℃で10分間培養した。その後、再び、遠心分離(13000rpm)によって、不溶性画分を沈殿させた。得られた上清を、不溶性タンパク質調製物として使用した。上記の手順の結果として得られ、かつ、ヘパラン硫酸2-O-スルホトランスフェラーゼ活性およびヘパロサン-N-硫酸-グルクロン酸-5-エピメラーゼ活性を有するタンパク質を含む可溶性タンパク質を含有する粗細胞ライセート(いわゆる上清)の可溶性画分を新しいバイアルに移し、使用するまで最大3~5時間4℃で保存した。このようにして調製した粗細胞ライセートの可溶性画分中のタンパク質の平均濃度は、20mg/mLであった。
【0129】
pACYC184-MBP-2OSTY94A(D69-N356)およびpSUMO-dreGlce(G70-N585)プラスミドを保持するΔ2-5株の粗細胞ライセートの可溶性および不溶性画分中のタンパク質の含有量を分析するため、1μLの各調製物をSDS-PAGE分析にかけた(図3)。図3から分かるように、上記株の、分析したすべての粗細胞ライセート中のHS 2-OSTとHNSG-5epiの絶対量および相対量は、同じであった。
【0130】
2.5.スルホ基のドナーとしてPAPSを用いた、LMWHSの2-O-スルフリル化
LMWHSの2-Oスルフリル化を、pH7の50mMのMESと、1mMのMgClと、1%(v/v)のTriton X-100と、1mMのCaClと、1.2mMのPAPSと、1mg/mLのLMWHS(参考例)と、83μLの粗細胞ライセートの可溶性画分(実施例2.4)とを含む、総量100μLの反応混合物において実施した。ネガティブ(コントロール)反応は、水で置換されたライセートを除いて、上記成分を含んでいた。反応混合物を30℃で48時間培養した。その後、反応混合物の一部をヘパリナーゼI、II、およびIIIで処理した(New England BioLabs社、カタログ番号P0735S、PO736S、P0737S)。総量100μLの反応混合物は、培養後に得られた30μLの反応混合物と、10μLのヘパリナーゼ緩衝液(New England BioLabs社)と、ヘパリナーゼI、II、およびIII(各酵素1μL)と、60μLのHOとを含んでいた。反応混合物を、30℃で24時間培養し、その後、二糖類NS (α-ΔUA-[1→4]-GlcNS)およびNS2S(α-ΔUA-2S-[1→4]-GlcNS)の有無と量を分析するためにHPLC法を用いて分析した。HPLC分析の条件は、実施例1.4に記載したとおりであった。
【0131】
表4に、LMWHSの2-O-スルフリル化の結果を示す。表4から分かるとおり、スルホ基のドナーとしてPAPSを用いるLMWHSの2-O-スルフリル化は、cysQ、cpdB、およびaphA遺伝子を欠失しているΔ5/pSUMO/pACYC184株の粗細胞ライセートを用いた場合、Δ2/pSUMO/pACYC184株と比較して、約1.4倍有効であった。
【0132】
実施例3 pNPSの存在下での低分子量ヘパロサンN-硫酸塩の酵素によるスルフリル化
スルホ基のドナーとしてPAPSを用いて、pNPSとアリールスルホトランスフェラーゼとを含むΔ2-5/pSUMO/pACYC184株の粗細胞ライセートにおいて、LMWHSの酵素によるスルフリル化を行った。
【0133】
3.1.ラット(Rattus norvegicus)のアリールスルホトランスフェラーゼ1A1の発現および精製
まず、ラットに固有のST1A1をコードする遺伝子を保持するpETDuet-N-Tag6xHis-ST1A1プラスミドを構築した。ラット(NCBI参照配列:NP_114022.1)に固有のアリールスルホトランスフェラーゼ1A1(略して「ST1A1」。「Sult1a1」としても知られる)をコードする遺伝子を含むDNA断片(配列番号14)を、GeneArt(登録商標)カスタムDNA合成(Thermo Fisher Scientific社)によって化学的に合成した。得られたDNA断片を、制限酵素EcoRIおよびHindIIIを用いて消化し、pETDuet-1/EcoRI-HindIIIベクター(Novagen)にクローニングした。このようにして、6xHisタグと融合したラットに固有のST1A1をコードする遺伝子を得た。
【0134】
その後、1mL-HiTrapカラム(GE Healthcare社)上で固定化金属イオンアフィニティークロマトグラフィ(Immobilized Metal ion Affinity Chromatography:IMAC)を用いて、6xHisタグ付きST1A1を発現し、精製した。メーカーが推奨する標準手順を適用した。
【0135】
3.2.pNPSの存在下でのLMWHSの2-O-スルフリル化
LMWHSの2-O-スルフリル化を、pH7の50mMのMESと、1mMのMgClと、1%(v/v)のTriton X-100と、1mMのCaClと、46μMのPAPと、10mMのpNPSと、1mg/mLのLMWHS(参考例)と、4.75μgのST1A1(実施例3.1)と、74μLの粗細胞ライセートの可溶性画分(実施例2.4)とを含む、総量100μLの反応混合物において、実施した。ネガティブ(コントロール)反応は、水で置換されたライセートを除いて、上記成分を含んでいた。反応混合物を30℃で48時間培養した。ヘパリナーゼで反応混合物を処理する際の条件、および得られた混合物をHPLCを用いて分析する際の条件は、実施例2.5に記載した条件と同じであった。
【0136】
表5に、pNPSの存在下でLMWHSを2-O-スルフリル化した結果を示す。表5から分かるように、cysQ、cpdB、およびaphA遺伝子を欠失しているΔ5/pSUMO/pACYC184株の粗細胞ライセートを用いた場合、スルホ基のドナーとしてPAPSを用いてpNPSの存在下でLMWHSをスルフリル化した収率は、75%であり、一方、Δ2/pSUMO/pACYC184株の粗細胞ライセートを使用した場合、LMWHSのスルフリル化産物は検出されなかった。また、スルホ基のドナーとしてPAPSを用いた、pNPSの存在下でのLMWHSの2-O-スルフリル化は、cysQ、cpdB、およびaphA遺伝子を欠失しているΔ5/pSUMO/pACYC184株の粗細胞ライセートを使用した場合、cysQ遺伝子を欠失しているΔ3/pSUMO/pACYC184株ならびにcysQおよびcpdB遺伝子を欠失しているΔ4/pSUMO/pACYC184を使用した場合と比較して、それぞれ約16倍および15倍高かった。
【0137】
実施例4 スルホ基のドナーとしてpNPSを用いた、PAPの酵素によるスルフリル化
4.1.pPlac-N-Tag6xHis-ST1A1プラスミドの構築
pPlac-N-Tag6xHis-ST1A1プラスミドを構築するために、プライマーP3(配列番号15)およびP4(配列番号16)、ならびに鋳型としてpETDuet-N-Tag6xHis-ST1A1プラスミド(実施例3.1)を用いて、PCRによってDNA断片を得た。得られたDNA断片を、pMALプラスミド(実施例2.1.1)のNdeI/HindIII部位に連結した。
【0138】
4.2.pPlac-N-Tag6xHis-ST1A1プラスミドを保持するΔ2-5株の構築
pPlac-N-Tag6xHis-ST1A1プラスミドを、標準エレクトロポレーション手順(0.1cmキュベット(Bio-Rad社)、電圧2kV、時間5μ秒)を用いて、Δ2-5株(実施例1.2、表1)に導入した。pPlac-N-Tag6xHis-ST1A1プラスミドを保持するΔ2-5株を、Δ2-5/pST1A1株と称した。
【0139】
4.3.Δ2-5/pST1A1株の粗細胞ライセートの可溶性画分の調製
寒天平板上で一晩増殖することによって新たに生成したΔ2-5/pST1A1株の細胞を、初期OD5950.1に達するまで、20mLの試験管内でアンピシリン(200mg/L)を含有する5mLのLBブロスに接種し、37℃で、最終OD5951.2に達するまで培養した。その後、終濃度1mMになるまでイソプロピル-β-D-1-チオガラクトピラノシド(Isopropyl β-D-1-Thiogalactopyranoside:IPTG)を添加して、N-Tag6xHis-ST1A1の合成を誘導した。25℃で16時間、培養を行った。結果として生じたバイオマスを、4℃で10分間、3.3rcf(相対遠心力)で遠心分離により収集し、25mLの0.9%NaCl溶液で2回洗浄し、使用するまで-20℃で凍結した。
【0140】
解凍した細胞ペレットを、0.5mLの緩衝液(100mMのTris-HCl、10%(v/v)グリセロール、pH7.4)に再懸濁し、細胞を超音波処理によって破砕した。細胞デブリを、約20分間、13000rpmで遠心分離によって除去した。結果として生じた粗細胞ライセートを、ST1A1タンパク質調製物として使用した。
【0141】
4.4.スルホ基のドナーとしてpNPSを用いるPAPのスルフリル化
総量100μLの各反応混合物は、pH7の50mMのTris-HClと、230μMのPAPと、1mMのpNPSと、10%(v/v)グリセロールと、Δ2-5/pST1A1株の粗細胞ライセート0.1mg/mLとを含んでいた。混合物は、標準96ウェルプレートで調製した。PAPを添加することによって、反応を開始した。反応混合物を、MultiskanGo(Thermo Scientific社)で、30℃で3時間培養した。使用したすべてのウェルに対して、5分毎にOD405を測定し、その結果、pNP合成の反応速度が得られた(図4)。pNP濃度へのOD405の依存として得られた検量線を用いて、絶対pNP濃度を求めた。反応混合物中のPAPSの蓄積量(モル比)は、下記式から考慮して、pNPの蓄積量と等しいとみなした。
PAP+pNPS=PAPS+pNP
【0142】
得られた実験データ(図4)から分かるように、cysQ、cpdB、およびaphA遺伝子を欠失しているΔ5/pST1A1株の粗細胞ライセートを用いた場合に、PAPのスルフリル化収率が最も高くなることが観察された。Δ5/pST1A1株の粗細胞ライセートのPAPSの蓄積収率(μM)は、cysQ、cpdB、およびaphA遺伝子を欠失していないΔ2/pST1A1株の粗細胞ライセートの蓄積収率と比較して、約2倍以上であった。
【0143】
参考例 低分子量ヘパロサンN-硫酸塩(LMWHS)の調製
(1)ヘパロサンの調製
(1.1)ヘパロサン発酵
国際公開第2015/050184号の実施例1に記載のヘパロサンを生成する細菌(大腸菌BL21(DE3)/pVK9-kfiABCD株)および培養条件を用いて、ヘパロサンを含む培養液を得た。
【0144】
(1.2)ヘパロサンの精製
遠心分離によって、培養液から培養液の上清を回収した。培地成分を除去するために、UF膜を用いてミリQ水で培養液の上清1mLを洗浄し、250μLまで濃縮した。UF膜を用いて濃縮した250μLの溶液に、500μLの100%エタノールを添加し、ヘパロサンを遠心分離によって沈殿させた。結果として生じた沈殿物を空気中で乾燥させて、ヘパロサンを得た。残りの培養液の上清からも、同じ手順によりヘパロサンを精製した。合計10gのヘパロサンを得た。
【0145】
(2)ヘパロサンのN-脱アセチル化
A)1.22gのヘパロサンに、61mLのヒドラジン水和物と4.7mLの1N硫酸とを添加し、気相を窒素で置換した後、得られた混合物を100℃に加熱し、4.75時間反応させた。
B)氷冷却によって反応を停止した後、61mLの16%NaCl水溶液と610mLのMeOHとを添加し、得られた混合物を遠心分離機にかけた。上清を除去した。結果として生じた沈殿物を、50mLのHOに溶解し、その後、Amicon UF膜(3kDa)を用いて、脱塩かつ濃縮した。
C)結果として生じた濃縮液に、2倍の量のHOと等量の1M-NaHCOとを添加し、その後、0.2M-I/0.4M-KI溶液を、黄色になるまで滴下した。次に、ヒドラジン水和物を滴下して過剰なヨウ素をヨウ素イオンに還元し、その後、上記溶液を、Amicon UF膜(3kDa)を用いて、再度、脱塩かつ濃縮した。濃縮溶液を減圧下で乾燥してN-脱アセチル化ヘパロサンを得た。得られたN-脱アセチル化ヘパロサン中のアセチル基の残留率は、14.9%であった(後述する)。
【0146】
(3)N-脱アセチル化ヘパロサンの脱重合
(3.1)ヘパリナーゼIIIの調製
(3.1.1)フラボバクテリウム・ヘパリナム(Flavobacterium heparinum)に固有のhepC遺伝子を保持する発現プラスミドの構築
フラボバクテリウム・ヘパリナムに固有のヘパリナーゼIIIをコードするhepC遺伝子を、pMIV-Pnlp0ベクターにクローニングして(米国特許出願公開番号20050196846)、hepC遺伝子発現プラスミドpMIV-Pnlp0-hepCを構築した。pMIV-Pnlp0-terは、強力なnlp0プロモーター(Pnlp0)とrrnBターミネーターとを含み、プロモーターとターミネーターの間に目的遺伝子を挿入することによって、発現ユニットとして機能することができる。「Pnlp0」は、大腸菌K12株に固有の野生型nlpD遺伝子のプロモーターを表す。
【0147】
発現プラスミドの構築に関する詳細を以下に示す。nlpD遺伝子のための約300bpのプロモーター領域(Pnlp0)を含むDNA断片を、プライマーP5(配列番号17)およびプライマーP6(配列番号18)を用いて、鋳型としての大腸菌MG1655からの染色体DNAとのPCRによって得た。制限酵素SalIおよびPaeIのための部位を、上記プライマー各々の5’末端に設計した。PCRサイクルは、以下のとおりであった。最初に95℃で3分。次に、95℃で60秒と、50℃で30秒と、72℃で40秒とを2サイクル。続いて、94℃で20秒と、55℃で20秒と、72℃で15秒とを25サイクル。最後に72℃で5分。結果として生じたDNA断片を、SalIとPaeIで処理し、pMIV-5JSのSalI-PaeI部位に挿入して(特開2008-99668)、プラスミドpMIV-Pnlp0を得た。このpMIV-Pnlp0プラスミドに挿入されたPnlp0プロモーターのPaeI-SalI断片のヌクレオチド配列は、配列番号19に示すとおりである。
【0148】
次に、rrnB遺伝子のターミネーター領域約300bpを含むDNA断片(配列番号20)を、プライマーP7(配列番号21)およびプライマーP8(配列番号22)を用いて、鋳型としてのMG1655からの染色体DNAとのPCRによって得た。制限酵素XbaIおよびBamHIのための部位を、上記プライマー各々の5’末端に設計した。PCRサイクルは、以下のとおりであった。最初に95℃で3分。次に、95℃で60秒と、50℃で30秒と、72℃で40秒とを2サイクル。続いて、94℃で20秒と、59℃で20秒と、72℃で15秒とを25サイクル。最後に72℃で5分。結果として生じた断片を、XbaIおよびBamHIで処理し、pMIV-Pnlp0のXbaI-BamHI部位に挿入して、プラスミドpMIV-Pnlp0-terを得た。
【0149】
次に、フラボバクテリウム・ヘパリナム(ATCC13125、Su H.ら、Appl. Environ. Microbiol.、1996年、62:2723-2734)に固有のhepC遺伝子のORFを含むDNA鎖を、人工的に合成した。hepC遺伝子のDNA断片を、プライマーP9(配列番号23)およびプライマーP10(配列番号24)を用いて、鋳型としてのこのDNA鎖とのPCRによって増幅した。プロトコールに記載された反応組成物において、PrimeStar polymerase(TaKaRa社)を用いて、PCRを実施した。PCRサイクルは、以下のとおりであった。最初に94℃で5分。次に、98℃で5秒と、55℃で10秒と、72℃で8分とを30サイクル。最後に4℃で維持した。また、pMIV-Pnlp0のDNA断片を、プライマーとしてプライマーP11(配列番号25)およびプライマーP12(配列番号26)のオリゴヌクレオチドを用いて、鋳型DNAとしてのpMIV-Pnlp0とのPCRによって得た。PrimeStar polymerase(TaKaRa社)とプロトコールに記載された反応組成物を用いて、PCRを実施した。PCRサイクルは、以下のとおりであった。最初に94℃で5分。次に、98℃で5秒と、55℃で10秒と、72℃で6分とを30サイクル、最後に4℃で維持した。結果として生じた両DNA断片を、In-Fusion(登録商標)HD cloning kit(Clontech社)を用いて連結して、hepC遺伝子発現プラスミドpMIV-Pnlp0-hepCを構築した。クローニングしたhepC遺伝子のヌクレオチド配列、およびそれによってコードされたヘパリナーゼIII(HepC)のアミノ酸配列はそれぞれ、配列番号27および配列番号28に示される。
【0150】
(3.1.2)hepC遺伝子を発現する大腸菌BL21(DE3)株の構築とヘパリナーゼIII酵素液の調製
hepC遺伝子発現プラスミドpMIV-Pnlp0-hepCを、エレクトロポレーション(細胞80μL、200Ω、25μF、1.8kV、キュベット0.1mL)により、大腸菌BL21(DE3)株(Life Technologies社)に導入して、ヘパリナーゼIIIを産生する株としての大腸菌BL21(DE3)/pMIV-Pnlp0-hepC株を得た。この株を、25μg/mLのクロラムフェニコール付加LB培地において、37℃で一晩、予備培養した。次に、培養液を、終濃度2%(v/v)で、坂口フラスコ内の300mLのLB培地に接種した。37℃で4時間、振とう培養を実施し、その後、培養を停止した。遠心分離の後、微生物細胞を、0.85%NaClで2回洗浄し、30mLの50mMのHEPES緩衝液(pH7.0)に懸濁した。懸濁液に超音波破砕を施し、微生物細胞を破砕した。破砕した微生物細胞液を遠心分離機にかけ、上清(無細胞抽出液)としてヘパリナーゼIII酵素液を調製した。
【0151】
(3.2)ヘパリナーゼIIIを用いた、N-脱アセチル化ヘパロサンの脱重合
(2)で得られたN-アセチル基残留率14.9%のN-脱アセチル化ヘパロサン1gと、31.3mIU/μLヘパリナーゼIII溶液2mLとを、100mMのNaClと1.5mMのCaClとを含むTris緩衝液(pH8.0)100mLに溶解し、37℃で5.3時間反応させた。反応液に、100mLの16%NaCl水溶液と900mLのEtOHとを添加かつ混合し、遠心分離機にかけて上清を除去し、かつ脱重合したN-脱アセチル化ヘパロサンを得た。
【0152】
(4)脱重合したN-脱アセチル化ヘパロサンのN-硫酸化
A)(3)で得られた脱重合したN-脱アセチル化ヘパロサン1gを、50mLのミリQ水に溶解し、得られた溶液に、20mg/mLのNaHCO/20mg/mLのトリメチルアミンSOの水溶液50mLを添加し、得られた混合物を55℃で一晩反応させた。
B)混合物に、1LのEtOHを添加し、その後、遠心分離機にかけて上清を除去してN-硫酸化脱重合ヘパロサンを得た。
C)得られたN-硫酸化脱重合ヘパロサンを、500μLになるまでミリQ水に溶解し、二糖類分析を行ってN-脱アセチル化ヘパロサンに対する収率を算出した。また、GPCにかけて、分子量分布を算出した。その手順を以下に示す。
【0153】
<二糖類分析>
これまでに報告された条件(T. Imanariら,“High-performance liquid chromatographic analysis of glycosaminoglycan-derived oligosaccharides”,J.Chromatogr.A,1996,720:275-293)にしたがって、N-硫酸化脱重合ヘパロサンの二糖類分析を実施した。つまり、ヘパリナーゼIIおよびIIIを用いてN-硫酸化脱重合ヘパロサンを不飽和二糖類に分解し、各分解生成物をHPLCで分析することによって、各二糖類構成要素の量を定量化した。
【0154】
同様に、N-脱アセチル化ヘパロサンの二糖類分析を実施した。N-脱アセチル化ヘパロサンをN-硫酸化した後、N-脱アセチル化ヘパロサンの二糖類分析を実施した。つまり、N-脱アセチル化ヘパロサンをN-硫酸化し、続いて、ヘパリナーゼIIおよびIIIを用いて不飽和二糖類へと分解し、そして、各分解生成物をHPLCで分析することによって、各二糖類構成要素の量を定量化した。脱重合されたN-脱アセチル化ヘパロサンをN-硫酸化した場合と同様に、N-脱アセチル化ヘパロサンをN-硫酸化した。
【0155】
具体的には、下記の手順によって二糖類分析を行った。
1)0.2UのヘパリナーゼII(Sigma社)、0.02~0.03mIUのヘパリナーゼIII、5μgの多糖類試料、および10μLの酵素消化用緩衝液(100mMのCHCOONa、10mMの(CHCOO)Ca、pH7.0)を混合して、測定量100μLになるまでミリQ水で希釈し、反応液として使用した。
2)反応液を16時間以上37℃で維持し、次に、2分間100℃で沸騰させ、反応を停止した。
3)不純物を0.45μmフィルタにより除去して溶液を得、その後、得られた溶液を二糖類分析用試料として使用した。
4)温度50℃、流量0.25mL/分、および検知波長230nmの条件下で、粒径5μm、150mm×2.1mmのInertsil ODS-3のカラムを用い、また、溶液Aとして4%アセトニトリルおよび1.2mMのトリブチルアミン、ならびに溶液Bとして4%アセトニトリルおよび0.1MのCsClからなる溶出液組成物を用い、溶液Bのグラジエント1%~90%で、分析を実施した。
【0156】
各多糖類試料から生成した二糖類構成要素の総量から収率を算出した。つまり、N-脱アセチル化ヘパロサンから生成した二糖類の総量に対する、N-硫酸化脱重合ヘパロサンから生成した二糖類の総量のパーセンテージ(モル比)として、収率を算出した。また、このとき、N-アセチル化によって生成したアミノ基の99%以上を、得られたN-硫酸化脱重合ヘパロサンにおいて、N-硫酸化した。
【0157】
また、N-脱アセチル化ヘパロサンから生成した各二糖類構成要素の量に基づいて、N-脱アセチル化ヘパロサン中のN-アセチル基の残留率を算出した。つまり、二糖類の総量に対する、アセチル基を有する二糖類の量のパーセンテージ(モル比)として、アセチル基の残留率を算出した。アセチル基の残留率は14.9%であった。
【0158】
<GPC分析>
(ミリQ水に1mg/mLで溶解されている)N-硫酸化脱重合ヘパロサンおよびヘパラン硫酸を、HPLC(GPC分析)によってゲルろ過した。GS520(Shodex、Asahipak GS-520HQ、7.5mm×300mm、粒径7μm)をカラムとして使用し、100mMのリン酸二水素カリウムの水溶液を溶出液として使用し、流量0.6mL/分、カラム温度40℃、および検知波長200nmで、分析を実施した。標準としてプルランの分子量マーカーセット(Shodex社、STANDARD P-82、分子量5900~708000)を用いて、平均分子量(MnおよびMw)を算出した。
【0159】
産業上の利用可能性
本発明の方法は、アルコール類およびアミン類のO-およびN-硫酸化誘導体の酵素製造に有用である。特に、上記方法は、ヘパリンおよびヘパラン硫酸の製造に好適である。
【0160】
【表1】
【0161】
【表2】
【0162】
【表3】
【0163】
【表4】
【0164】
【表5】
図1
図2A
図2B
図3A
図3B
図4
【配列表】
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