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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-22
(45)【発行日】2024-01-30
(54)【発明の名称】カーボンアースブラシ
(51)【国際特許分類】
   B60K 17/06 20060101AFI20240123BHJP
   H02K 13/00 20060101ALI20240123BHJP
【FI】
B60K17/06 J
H02K13/00 P
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2022540111
(86)(22)【出願日】2021-07-06
(86)【国際出願番号】 JP2021025432
(87)【国際公開番号】W WO2022024682
(87)【国際公開日】2022-02-03
【審査請求日】2023-01-12
(31)【優先権主張番号】P 2020130285
(32)【優先日】2020-07-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】393010787
【氏名又は名称】トライス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100086830
【弁理士】
【氏名又は名称】塩入 明
(74)【代理人】
【識別番号】100096046
【弁理士】
【氏名又は名称】塩入 みか
(72)【発明者】
【氏名】服部 太輔
(72)【発明者】
【氏名】福田 祐馬
【審査官】鷲巣 直哉
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-167653(JP,A)
【文献】特開昭63-218179(JP,A)
【文献】実開昭51-154304(JP,U)
【文献】実開昭59-99669(JP,U)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60K 17/06
H02K 13/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
絶縁性の液体に晒されている駆動力伝達用の回転軸と摺接面で摺接し、前記回転軸をアースするためのカーボンアースブラシであって、
前記摺接面にスリットが設けられ、前記スリットの少なくとも一端が前記摺接面の1辺に位置し、前記回転軸の回転により摺接面側へ押し込まれる絶縁性の液体をスリット内へ導くと共に前記一端から逃がすように構成されていることを特徴とする、カーボンアースブラシ。
【請求項2】
前記回転軸に発生した電荷を放電するためのブラシであることを特徴とする、請求項1のカーボンアースブラシ。
【請求項3】
前記摺接面から見てカーボンアースブラシの他方にリード線が取り付けられ、
かつ前記スリットは前記摺接面から0.5mm以上の深さを備えていることを特徴とする、請求項1または2のカーボンアースブラシ。
【請求項4】
前記スリットは前記摺接面から3mm以上で20mm以下の深さを備えていることを特徴とする、請求項3のカーボンアースブラシ。
【請求項5】
前記スリットは前記摺接面に碁盤目状に設けられていることを特徴とする、請求項1~4の何れかのカーボンアースブラシ。
【請求項6】
絶縁性の液体は、自動車のAT(オートマチック・トランスミッション)内の、ATF(オートマチック・トランスミッション・フルード)であることを特徴とする、請求項1~5の何れかのカーボンアースブラシ。
【請求項7】
前記スリットの両端が前記摺接面の異なる2辺に位置することを特徴とする、請求項1のカーボンアースブラシ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、絶縁性の液体に晒されている駆動力伝達用の回転軸に摺接する、カーボンアースブラシに関する。
【背景技術】
【0002】
各種機械装置の動力伝達機構では、回転軸とギヤ等を介して動力を伝えることにより、推進力の伝達や発電機での発電を可能としている。上記、動力伝達機構では、意図するものも意図しないものも含めて、系内に電流が発生し、それに伴うトラブルが問題となっている。
【0003】
上記、動力伝達機構の一つである自動車のAT(オートマチック・トランスミッション)では、モータ、エンジンなどの駆動力源の出力を駆動車輪に伝えるための回転軸が、ATF(オートマチック・トランスミッション・フルード)に晒されている。この回転軸をアースしないと、AT系内に電流(意図、意図しないものを含む)が発生し、回転軸とATの他の部位との間の電位差により電蝕が発生し、また電磁ノイズ等が発生する。
【0004】
アースブラシをAT内の回転軸に摺接させると、ATFがブラシと回転軸との間に入り込み、両者間の接触抵抗が増加する。特に回転数を増すと、ある回転数から接触抵抗が急増する。
【0005】
関連する先行技術を示す。特許文献1(実開昭61-74269)は電動機のブラシ表面に溝を設けることを開示している。溝は、整流子との摺接面となるブラシ表面に設ける。一般に電動機の整流子は円筒状、製造直後のブラシの摺接面(整流子などと摺接する面)は平面状なので、ブラシの摺接面が整流子に沿った形状に変形するように、ブラシを馴染み運転により変形させる必要がある。そして特許文献1では、ブラシ表面に溝を設けることにより、摺接面を早期に摩耗させ、馴染み運転を短縮する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】実開昭61-74269
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
この発明の課題は、絶縁性の液体に晒されている駆動力伝達用の回転軸を用い、ATなどの機械装置内に発生した電流を、小さな接触抵抗でアースできるカーボンアースブラシを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
この発明は、絶縁性の液体に晒されている駆動力伝達用の回転軸と摺接面で摺接し、前記回転軸をアースするためのカーボンアースブラシであって、
前記摺接面にスリットが設けられ、前記スリットの少なくとも一端が前記摺接面の1辺に位置し、前記回転軸の回転により摺接面側へ押し込まれる絶縁性の液体をスリット内へ導くと共に前記一端から逃がすように構成されていることを特徴とする。
【0009】
この発明でのスリットは、ブラシの摺接面を初期的に馴染ませるものではなく、ブラシの使用期間中は常に存在することが好ましい。そこで好ましくは、スリットはブラシの有効使用長さ以上の深さを備えている。ここでブラシ有効長さとは、ブラシの使用期間中(例えば、電気自動車の使用期間内の走行距離)に摩耗する長さを称する。スリット深さをブラシ有効長さ以上としておけば、ブラシが使用されるAT若しくは機械装置の使用期間中、アース性能を保証することができる。
【0010】
ここで本発明者はブラシの有効長さを試算し、自動車の走行距離が300,000kmで18mm、10,000kmで0.5mmと算出した。従って、スリットの深さは例えば0.5mm以上で、好ましくは3~20mm、特に好ましくは10~20mmとする。
【0011】
この発明でのスリットは、回転軸の回転により摺接面へ押し込まれた絶縁性の液体に逃げ道を与える。回転軸が回転すると、絶縁性の液体が摺接面と回転軸の間に押し込まれるため、カーボンブラシによる回転軸のアースが不完全になりやすい。しかしこの発明では、摺接面側へ押し込まれた絶縁性の液体はスリットに吸収され、スリットの端部からカーボンブラシの外部へ逃げる。このため回転軸が回転しても、回転軸を確実にアースできる。特に回転軸が高速で回転しても、摺接面と回転軸との接触抵抗の増加を小さくできる。
【0012】
スリットはブラシ摺接面の周辺部の少なくとも1か所に設けておけば、本件発明は達せられる。例えば、ブラシ摺接面が四角形状の場合、その一辺に達するスリットを設けておけばよい。また、スリットはブラシ摺接面の周辺部からもう一方の周辺部に達しなくともよい。即ちスリットは、開口(スリットの両端部がブラシ摺接面の異なる2辺に達するもの)、閉口(スリットの一端部のみが摺接面の辺に達するもの)、若しくは開口と閉口の組み合わせの何れかでもよい。スリットが開口形状であれば、摺接面に油膜を形成しかけた液体(流体)をより排出しやすくなり、絶縁性の液体(流体)による絶縁膜の形成を削減することができる。さらにまた、スリットの開口は3箇所以上でもよく、例えば碁盤目状にスリットを設けると、摺接面から絶縁性の液体をより容易に排出できる。
【0013】
好ましくは、絶縁性の液体は自動車のAT(オートマチック・トランスミッション)内の、ATF(オートマチック・トランスミッション・フルード)で、アースする軸はATFに晒されているAT内の動力伝達軸である。ただしこの発明のブラシの用途は任意である。
【0014】
この発明のカーボンアースブラシでの、カーボン成分は導電性を有し、粉末状で、且つ焼結体を形成できるものであればよい。カーボン成分は例えば黒鉛で、人造黒鉛、天然黒鉛等任意であるが、コークス、カーボンブラック、活性炭、木炭、石炭等でも良い。ブラシはカーボン以外に、銅粉、銀粉、黄銅粉等の銅合金粉、錫粉、あるいはこれらの混合物等の金属粉を含んでいても良く、金属粉の種類及び平均粒径、含有量は任意である。
【発明の効果】
【0015】
この発明のカーボンアースブラシは回転軸に発生した電荷を放電することにより、回転軸等の電蝕を抑制し、また回転軸からの電磁ノイズ等のノイズの発生を抑制する。この発明では、回転軸により摺接面側へ押し込まれた絶縁性の液体を、スリットにより逃がすことができる。このため回転軸と摺接面間の接触抵抗を小さくし、電蝕も電磁ノイズ等の発生も抑制できる。この発明の効果は、回転軸を高速で回転させ、液体を押し込む作用が強くなった際に発揮される。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】実施例のブラシの使用環境を示す模式図
図2】実施例のブラシを用いたATの模式図
図3】実施例のブラシの摺接面を示す図
図4】第2実施例のブラシの摺接面を示す図
図5】第3実施例のブラシの摺接面を示す図
図6】第4実施例のブラシの摺接面を示す図
図7図3のブラシの側面図
図8】実施例のブラシの特性図
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下に本発明を実施するための最適実施例を示す。本発明は実施例に限定されるものではなく、特許請求の範囲に基づいて定められ、かつ実施例に当業者に公知の事項を加えて変形できる。
【実施例
【0018】
図1図8に実施例とその変形を示す。図1は、実施例のカーボンアースブラシ8(以下単に「ブラシ8」あるいは「ブラシ」という)を用いた電気自動車を示し、2は車体で、モータ4からクランク軸5が延び、AT6により、出力軸16を駆動する。出力軸16はディファレンシャルギア17を介し、駆動輪18を駆動する。またAT6内にはATFが収容され、回転軸14はAT6内でATFに晒されている。そしてブラシ8はAT6内で回転軸14を車体2へ向けてアースする。なお対象とする車両は電気自動車であるが、ハイブリット車、ガソリン車、ディーゼル車等でもよい。
【0019】
図2はAT6の例を示し、クランク軸5はトルクコンバータ10を介してAT6内の回転軸14に接続され、回転軸14は変速機12を介して出力軸16を駆動する。回転軸14はATF7に常時晒され、その表面はATFにより濡れている。トルクコンバータ10と変速機12,及びATF7のため、回転軸14のアースは不完全で、静電気等により帯電し、放置すると電蝕及び電磁ノイズ等の原因となる。
【0020】
図3図6は実施例のブラシでの4種類の摺接面を示し、これらは例である。図3のブラシ8では、摺接面20に碁盤目状のスリット21が、例えば縦横各2本あり、摺接面20はスリット21により例えば9個の凸部22に分割されている。
【0021】
図4のブラシ28では、例えば回転軸14の回転方向(軸14の周面での円周方向)に平行に、スリット31が例えば3本設けられ、摺接面30は例えば4個の凸部32に分割されている。なおスリット31の長手方向は、回転軸14の回転方向に対して斜め、あるいは直交していても良い。
【0022】
図5のブラシ38では、例えば回転軸14の回転方向に対し45度の角度で、スリット41が例えば4本設けられ、摺接面40は例えば5個の凸部42に分割されている。
【0023】
図3図5のブラシ8,28,38では、スリット21,31,41は摺接面20,30,40の端の2辺まで延びている。この結果、スリット21,31,41内のATFは、容易に摺接面20,30,40から排出される。このため図3図5のように、各スリットが摺接面の異なる2辺まで延びているブラシが好ましい。特に図3の碁盤目状のスリット21は、凸部22からATFを短い距離で排出でき、特に好ましい。図6のブラシ48では、例えば4本のスリット51が何れも閉口形状であり、且つ向きを例えば90°ずつ変えて設けられ、各スリット51は摺接面50の1辺とのみ交わり、摺接面50の凸部52は分割されていない。そして摺接面50の4辺とスリット51が交わっている。なおスリットは摺接面の少なくとも2辺と交わることが好ましい。またスリット21,31,41,51の本数は例えば1本以上6本以下で、3本以上5本以下が好ましい。
【0024】
図7はブラシ8の側面を示し、ブラシ8には摺接面20から見て離れた側にリード線24が固定されている。摺接面20は例えば正方形で、一辺のサイズをHとする。なおブラシ8との摺接面は長方形などの方形が望ましい。摺接面20からリード線24の取付位置の中心までの距離をL,摺接面20からスリット21の底部までの深さをDとする。スリット21はブラシ8の使用中は常に存在すべきもので、その深さDはブラシ8の有効長さよりも長い。
【0025】
スリットの面積と摺接面全体の面積との比は、図3図6では1/3程度で、回転軸とブラシとの実際の接触面積を確保することと、ATFを摺接面から容易に排出できるようにすることの兼ね合いにより、1/3程度にした。この比の好ましい範囲は20%以上40%以下で、より好ましくは25%以上40%以下である。なお摺接面全体の面積は、スリットと凸部の合計面積の意味である。
【0026】
スリット21,31,41,51の幅wsはスリットの長辺方向に直角な幅を意味する。加工を容易にすることと、スリット間の距離をなるべく狭くすることとの兼ね合いから、幅wsは0.2mm以上1mm以下が好ましく、特に0.4mm以上0.8mm以下が好ましい。スリット21,31,41,51の深さDは0.5mm以上が好ましく、例えば3mm以上で20mm以下とし、特に好ましくは10mm以上で20mm以下とする。
【0027】
リード線24を除くブラシ8等は、天然黒鉛、人造黒鉛等の黒鉛、コークス、カーボンブラック、活性炭、石炭、木炭等、のカーボンを含有し、特に黒鉛が好ましい。またリード線24を除くブラシ8等は、カーボン以外に,Cu,Al,Mg,Fe,Ag,Au,Ni,Sn,Zn等の金属を含有しても良い。
【0028】
ブラシ8等の製造例
鱗片状天然黒鉛をバインダーにより処理し、衝撃型粉砕機で粉砕し、80メッシュパスの粉体を得た。材料粉をホッパから型内に投入し、リード線の先端を埋設し、モールド成型した。次いで還元雰囲気の電気炉で、700℃で焼結し、切削加工により図3図6のブラシとした。ブラシのサイズは摺接面に直角な方向の長さが10mm、リード線の取付位置までは7mm、摺接面は1辺が各5mmの正方形状である。ブラシ8等に切削加工により幅wsが約0.6mm、深さDが5mmのスリット21等を設けた。
【0029】
図4のブラシ28について、回転軸14との接触抵抗を測定した。スリット幅wsは約0.6mm、深さDは5mm、凸部32の幅は約0.8mmである。なお図3のブラシ8では、高速回転域での接触抵抗はより小さい。市販の自動車のAT6内の回転軸14に、図示しないバネによりブラシ28を接触させ、回転軸14の回転数を変化させ、接触抵抗を測定した。実施例1ではスリット21の長手方向が回転軸14の回転方向と平行、実施例2では直角である。また比較例は、スリット31を設けていない平らな摺接面のブラシで、組成と製造条件は実施例1,2と共通で、相違点はスリット31の有無である。またブラシ28が4mm程度摩耗するまでの耐久試験を行ったが、凸部32が欠ける等の損傷は確認できなかった。結果を表と図8とに示す。
【0030】
表1
接触抵抗(:Ω)
周速*(m/s) 0 0.4 2 5.2 15
実施例1 0.4 8.3 8.6 10.7 11.8
実施例2 1.3 8.8 8.2 13.6 12.0

比較例 0.1未満 1.5 5.0 27.5 56.6
* 周速1m/sはモータ主軸の1000rpmに相当。
【0031】
周速が2m/sまでは実施例、比較例とも接触抵抗は小さかったが、5.4m/sから比較例の接触抵抗は急増した。なお27.5Ωは、通常はアースが不完全と考えられる値である。これに対して実施例1,2は共に周速15m/sまで接触抵抗は許容範囲内にあった。また回転軸の回転方向に対するスリットの方向による差違は僅かであった。
【0032】
実施例では自動車のAT内の軸をアースすることを示したが、絶縁性の液体に晒される駆動用の回転軸をアースするものであれば、モータ主軸、車軸、軸流液ポンプの軸など任意の用途に使用できる。
【符号の説明】
【0033】
2 車体
4 モータ
5 クランク軸
6 AT
7 ATF
8, 28,38,48 ブラシ
10 トルクコンバータ
12 変速機
14 回転軸
16 出力軸
17 ディファレンシャルギア
18 駆動輪
20,30,40,50 摺接面
21,31,41,51 スリット
22,32,42 凸部
24 リード線

D スリットの深さ
L リード線取り付け位置までの距離
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8