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特許7424756疎水化アニオン変性セルロース粉砕物の乾燥固形物及びその製造方法ならびに疎水化アニオン変性セルロースナノファイバー分散体の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-01-22
(45)【発行日】2024-01-30
(54)【発明の名称】疎水化アニオン変性セルロース粉砕物の乾燥固形物及びその製造方法ならびに疎水化アニオン変性セルロースナノファイバー分散体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C08B 15/04 20060101AFI20240123BHJP
   C08B 11/12 20060101ALI20240123BHJP
   C08B 5/00 20060101ALI20240123BHJP
【FI】
C08B15/04
C08B11/12
C08B5/00
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2019085475
(22)【出願日】2019-04-26
(65)【公開番号】P2020180250
(43)【公開日】2020-11-05
【審査請求日】2022-03-18
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000183484
【氏名又は名称】日本製紙株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100126985
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 充利
(74)【代理人】
【識別番号】100141265
【弁理士】
【氏名又は名称】小笠原 有紀
(74)【代理人】
【識別番号】100129311
【弁理士】
【氏名又は名称】新井 規之
(72)【発明者】
【氏名】森田 昌浩
(72)【発明者】
【氏名】山崎 俊輔
【審査官】柴田 昌弘
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/098543(WO,A1)
【文献】特開2009-289111(JP,A)
【文献】特開2012-021081(JP,A)
【文献】特開2011-140738(JP,A)
【文献】特開2012-126786(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08B 1/00- 37/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アニオン変性セルロースの分散体を準備する工程1、
アニオン変性セルロースの分散体に疎水化剤を添加して、疎水化アニオン変性セルロースの分散体を製造する工程2、及び
前記疎水化アニオン変性セルロースの分散体から分散媒を除去しながら疎水化アニオン変性セルロースの粉砕を行い、疎水化アニオン変性セルロース粉砕物の乾燥固形物を製造する工程3、
を含み、
前記疎水化剤は、第一級アミン、第二級アミン、第三級アミン、第四級アンモニウム、芳香族アミン、ジアミン、ポリエーテルアミン、又はホスフィンから選択される一種以上であり、
前記疎水化アニオン変性セルロース粉砕物の乾燥固形物は、固形分濃度が70質量%より高い、疎水化アニオン変性セルロース粉砕物の乾燥固形物を製造する方法。
【請求項2】
アニオン変性セルロースの分散体を準備する工程1、
アニオン変性セルロースの分散体に疎水化剤を添加して、疎水化アニオン変性セルロースの分散体を製造する工程2、
前記疎水化アニオン変性セルロースの分散体から分散媒を除去しながら疎水化アニオン変性セルロースの粉砕を行い、疎水化アニオン変性セルロース粉砕物の乾燥固形物を製造する工程3、及び
前記疎水化アニオン変性セルロース粉砕物の乾燥固形物を有機溶媒と混合して、前記有機溶媒中で疎水化アニオン変性セルロース粉砕物の解繊を行い、前記有機溶媒を分散媒とする疎水化アニオン変性セルロースナノファイバーの分散体を製造する工程4、
を含み、
前記疎水化剤は、第一級アミン、第二級アミン、第三級アミン、第四級アンモニウム、芳香族アミン、ジアミン、ポリエーテルアミン、又はホスフィンから選択される一種以上であり、
前記疎水化アニオン変性セルロース粉砕物の乾燥固形物は、固形分濃度が70質量%より高い、疎水化アニオン変性セルロースナノファイバーの分散体を製造する方法。
【請求項3】
アニオン変性セルロース1gに対する疎水化剤の結合量が0.10g以上である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
アニオン変性セルロースが、カルボキシル基を有するセルロースまたはカルボキシアルキル基を有するセルロースである、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、疎水化アニオン変性セルロース粉砕物の乾燥固形物及びその製造方法、ならびに同乾燥固形物を用いた疎水化アニオン変性セルロースナノファイバー分散体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
セルロース分子鎖にカルボキシル基やカルボキシメチル基などのアニオン性基を導入し、機械的に処理(解繊)すると、ナノスケールの繊維径を有するセルロースナノファイバーへと変換することができることが知られている。セルロースナノファイバーは、軽くて強度が高く、生分解性であるため、様々な分野への応用が検討されている。
【0003】
通常、アニオン変性セルロースナノファイバーは、導入されたアニオン性基がナトリウム塩などの塩を形成し、親水性が高い状態となっているため、ポリエチレンテレフタレート(PET)やポリ乳酸(PLA)などの疎水性の高分子とは相溶性が低い。また、低極性の有機溶媒中での分散性が低い。この問題を解決する方法としては、金属塩型のアニオン性基(例えば、-COONa)を酸性にすることで、酸型(例えば、-COOH)に変換し、アニオン変性セルロースナノファイバーの親水性を下げる手法が考えられる。
【0004】
特許文献1には、セルロースナノファイバーを有機溶媒を含む媒体に分散させるに際し、「第2の製造方法」として、セルロースナノファイバー水分散液に酸を加え、セルロースナノファイバーのカルボン酸塩型の基の一部をカルボン酸型の基に置換する工程、一部の基がカルボン酸型に置換されたセルロースナノファイバーのゲルに有機溶媒を添加する工程、及び有機溶媒が添加されたセルロースナノファイバー水分散液から水系溶媒を除去する工程を含む方法が記載されている。
【0005】
また、特許文献2には、「第1の製造方法」として、カルボン酸型に置換されたセルロースナノファイバー水分散液にアミン処理する工程、及びアミン処理したセルロースナノファイバーを回収し、分散媒中で再分散させてセルロースナノファイバー分散液を調製する工程を含む方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開第2010/134357号
【文献】特開2012-21081号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1に記載の方法では、最終的な分散媒として用いることができる有機溶媒は、ジメチルスルホキシド、N,N-ジメチルホルムアミド、及びN,N-ジメチルアセトアミドの3種類に限られており、これらは水と任意に混合可能な水溶性の有機溶媒である。特許文献1に記載の方法では、セルロースナノファイバー分散液の分散媒として、例えばトルエンのような極性が低く水にほとんど溶けないような有機溶媒を用いることは記載されていない。また、特許文献2にも、低極性で水に難溶な有機溶媒を分散媒に用いることが記載されていない。
【0008】
特許文献1、2に記載の方法を用いて水溶性の有機溶媒を分散媒とするセルロースナノファイバー分散液を製造した後、水溶性有機溶媒を、低極性の水難溶性有機溶媒に置換することにより水に難溶な有機溶媒を分散媒とするセルロースナノファイバー分散液を製造することは考えられるが、溶媒置換の際には、溶媒の添加と吸引濾過等による除去とを何度も繰り返す必要があり、コストと時間がかかり、また、溶媒置換の操作を繰り返す間にセルロースナノファイバーが失われ、収率が低下するという問題がある。また、特許文献1、2に記載の方法では、最初にセルロースナノファイバー水分散液を得る際に行う解繊と、有機溶媒を添加した後に行う解繊の少なくとも2回のナノ解繊工程(ミキサーやホモジナイザー等の機械的処理によるセルロース繊維のナノ化工程)を必要としており、ナノ解繊の回数が増えるごとに、セルロース繊維がダメージを受けるという問題がある。
【0009】
本発明は、有機溶媒を分散媒とするアニオン変性セルロースナノファイバーの分散体をより効率よく製造することができる方法及びその方法に用いる材料を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは鋭意検討を行った結果、アニオン変性セルロースを解繊してナノファイバーとする前に、アニオン変性セルロースに疎水化剤を添加してアニオン変性セルロースを疎水化し、得られた疎水化アニオン変性セルロースの分散体から分散媒を除去しながら同時に粉砕を行い、疎水化アニオン変性セルロースの粉砕物の乾燥固形物(固形分濃度が70質量%より高い)とした場合、この乾燥固形物を有機溶媒中で解繊しながら分散させることにより、有機溶媒を分散媒とする疎水化アニオン変性セルロースナノファイバーの分散体を効率良く製造できることを見出した。この方法では、ナノ解繊の回数を抑えることができ、また、低極性の有機溶媒を分散媒として用いる場合に従来必要であった溶媒置換の工程を省略することができる。本発明は、これらに限定されないが、以下を含む。
[1]アニオン変性セルロースの分散体を準備する工程1、
アニオン変性セルロースの分散体に疎水化剤を添加して、疎水化アニオン変性セルロースの分散体を製造する工程2、及び
前記疎水化アニオン変性セルロースの分散体から分散媒を除去しながら疎水化アニオン変性セルロースの粉砕を行い、疎水化アニオン変性セルロース粉砕物の乾燥固形物を製造する工程3、
を含み、
前記疎水化アニオン変性セルロース粉砕物の乾燥固形物は、固形分濃度が70質量%より高い、疎水化アニオン変性セルロース粉砕物の乾燥固形物を製造する方法。
[2]アニオン変性セルロースの分散体を準備する工程1、
アニオン変性セルロースの分散体に疎水化剤を添加して、疎水化アニオン変性セルロー
スの分散体を製造する工程2、
前記疎水化アニオン変性セルロースの分散体から分散媒を除去しながら疎水化アニオン変性セルロースの粉砕を行い、疎水化アニオン変性セルロース粉砕物の乾燥固形物を製造する工程3、及び
前記疎水化アニオン変性セルロース粉砕物の乾燥固形物を有機溶媒と混合して、前記有機溶媒中で疎水化アニオン変性セルロース粉砕物の解繊を行い、前記有機溶媒を分散媒とする疎水化アニオン変性セルロースナノファイバーの分散体を製造する工程4、
を含み、
前記疎水化アニオン変性セルロース粉砕物の乾燥固形物は、固形分濃度が70質量%より高い、疎水化アニオン変性セルロースナノファイバーの分散体を製造する方法。
[3]アニオン変性セルロース1gに対する疎水化剤の結合量が0.10g以上である、[1]または[2]に記載の方法。
[4]アニオン変性セルロースが、カルボキシル基を有するセルロースまたはカルボキシアルキル基を有するセルロースである、[1]~[3]のいずれか1項に記載の方法。
[5]疎水化剤が結合したアニオン変性セルロースを含み、固形分濃度が70質量%より高い疎水化アニオン変性セルロース粉砕物の乾燥固形物。
[6]アニオン変性セルロースに1gに対する疎水化剤の結合量が0.10g以上である、[5]に記載の疎水化アニオン変性セルロース粉砕物の乾燥固形物。
[7]アニオン変性セルロースが、カルボキシル基を有するセルロースまたはカルボキシアルキル基を有するセルロースである、[5]または[6]に記載の疎水化アニオン変性セルロース粉砕物の乾燥固形物。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、有機溶媒を分散媒とするアニオン変性セルロースナノファイバーの分散体を効率よく製造することができる乾燥固形物を製造することができる。本発明の方法は、水または極性の高い水溶性の有機溶媒から低極性の有機溶媒へと置換するための遠心分離、吸引濾過等を繰り返す溶媒置換工程を行う必要なく、低極性の有機溶媒中にアニオン変性セルロースナノファイバーを分散させることができるため、コストや時間が節約できる。また、従来は、セルロースナノファイバーへと解繊してから疎水化剤を添加し、再度有機溶媒中で解繊を行って有機溶媒を分散媒とする分散体を製造していたところ、本発明では、疎水化セルロースを製造してから有機溶媒中で解繊を行うことにより、解繊の回数を減らすことが可能となり、セルロース繊維の損傷が少なくなるという利点が得られる。また、セルロースナノファイバーは水系媒体中で膨潤して高い粘性を発揮する素材であり、従来は、疎水化剤を添加する際に、疎水化剤との十分な混合を行うために、セルロースナノファイバーの濃度を1質量%程度とする必要があったが、本発明では、セルロースナノファイバーへと解繊する前のそれほど粘度の高くないアニオン変性セルロースに対して疎水化処理を行うため、より高濃度のセルロース(例えば2~30質量%)を用いて、疎水化処理を行うことができ、疎水化の効率が高い。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、有機溶媒を分散媒とした疎水化アニオン変性セルロースナノファイバーの分散体の製造に用いることができる疎水化アニオン変性セルロース粉砕物の乾燥固形物及びその製造方法に関する。以下、セルロースナノファイバーを「CNF」と記載することがある。本発明の疎水化アニオン変性セルロース粉砕物の乾燥固形物の製造方法は、具体的には、アニオン変性セルロースの分散体を準備し(工程1)、アニオン変性セルロースの分散体に疎水化剤を添加して、疎水化アニオン変性セルロースの分散体を製造し(工程2)、疎水化アニオン変性セルロースの分散体から分散媒を除去しながら疎水化アニオン変性セルロースの粉砕を行い、疎水化アニオン変性セルロース粉砕物の乾燥固形物を製造する(工程3)ことを含む。また、本発明の疎水化アニオン変性セルロースナノファイバー分散体の製造方法は、上記の方法により得られた疎水化アニオン変性セルロース粉砕物の乾燥固形物を有機溶媒と混合して、有機溶媒中で疎水化アニオン変性セルロース粉砕物の解繊を行い、有機溶媒を分散媒とする疎水化アニオン変性CNFの分散体を製造する(工程4)ことを含む。この際、工程3において、乾燥固形物の固形分濃度が70質量%より高くなるまで乾燥(分散媒の除去)を行う。
【0013】
(1)工程1
工程1では、アニオン変性セルロースの分散体を準備する。アニオン変性セルロースとは、以下でより詳細に説明する通り、セルロースの分子鎖にアニオン性基が導入されたものである。
【0014】
(1-1)セルロース
アニオン変性セルロースの原料となるセルロースの種類は、特に限定されない。セルロースは、一般に起源、製法等から、天然セルロース、再生セルロース、微細セルロース、非結晶領域を除いた微結晶セルロース等に分類される。本発明では、これらのセルロースのいずれも、原料として用いることができる。
【0015】
天然セルロースとしては、晒パルプまたは未晒パルプ(晒木材パルプまたは未晒木材パルプ);リンター、精製リンター;酢酸菌等の微生物によって生産されるセルロース等が例示される。晒パルプ又は未晒パルプの原料は特に限定されず、例えば、木材、木綿、わら、竹、麻、ジュート、ケナフ等が挙げられる。また、晒パルプ又は未晒パルプの製造方法も特に限定されず、機械的方法、化学的方法、あるいはその中間で二つを組み合せた方法でもよい。製造方法により分類される晒パルプ又は未晒パルプとしては例えば、メカニカルパルプ(サーモメカニカルパルプ(TMP)、砕木パルプ)、ケミカルパルプ(針葉樹未漂白サルファイトパルプ(NUSP)、針葉樹漂白サルファイトパルプ(NBSP)等の亜硫酸パルプ、針葉樹未漂白クラフトパルプ(NUKP)、針葉樹漂白クラフトパルプ(NBKP)、広葉樹未漂白クラフトパルプ(LUKP)、広葉樹漂白クラフトパルプ(LBKP)等のクラフトパルプ)等が挙げられる。さらに、製紙用パルプの他に溶解パルプを用いてもよい。溶解パルプとは、化学的に精製されたパルプであり、主として薬品に溶解して使用され、人造繊維、セロハンなどの主原料となる。
【0016】
再生セルロースとしては、セルロースを銅アンモニア溶液、セルロースザンテート溶液、モルフォリン誘導体など何らかの溶媒に溶解し、改めて紡糸されたものが例示される。
微細セルロースとしては、上記天然セルロースや再生セルロースをはじめとする、セルロース系素材を、解重合処理(例えば、酸加水分解、アルカリ加水分解、酵素分解、爆砕処理、振動ボールミル処理等)して得られるものや、前記セルロース系素材を、機械的に処理して得られるものが例示される。
【0017】
(1-2)アニオン変性
アニオン変性とはセルロースにアニオン性基を導入することをいい、具体的には酸化または置換反応によってセルロースのピラノース環にアニオン性基を導入することをいう。本発明において前記酸化反応とはピラノース環の水酸基を直接カルボキシル基に酸化する反応をいう。また、本発明において置換反応とは、当該酸化以外の置換反応によってピラノース環にアニオン性基を導入する反応をいう。
【0018】
(1-2-1)カルボキシル化(酸化)
アニオン変性の一例として、カルボキシル化(カルボキシル基のセルロースへの導入、「酸化」とも呼ぶ。)を挙げることができる。本明細書においてカルボキシル基とは、-COOH(酸型)および-COOM(金属塩型)をいう(式中、Mは金属イオンである)。カルボキシル化セルロース(「酸化セルロース」とも呼ぶ)は、上記のセルロース原料を公知の方法でカルボキシル化(酸化)することにより得ることができる。特に限定されないが、カルボキシル基の量はカルボキシル化セルロースの絶乾質量に対して、0.6mmol/g~3.0mmol/gが好ましく、1.0mmol/g~2.0mmol/gがさらに好ましい。
【0019】
カルボキシル化セルロースのカルボキシル基量は、以下の方法で測定することができる:
カルボキシル化セルロースの0.5質量%スラリー(水分散液)60mlを調製し、0.1M塩酸水溶液を加えてpH2.5とした後、0.05Nの水酸化ナトリウム水溶液を滴下してpHが11になるまで電気伝導度を測定し、電気伝導度の変化が緩やかな弱酸の中和段階において消費された水酸化ナトリウム量(a)から、下式を用いて算出する:
カルボキシル基量〔mmol/gカルボキシル化セルロース〕=a〔ml〕×0.05/カルボキシル化セルロース質量〔g〕。
【0020】
カルボキシル化(酸化)方法の一例として、セルロース原料を、N-オキシル化合物と、臭化物、ヨウ化物、およびこれらの混合物からなる群から選択される化合物との存在下で酸化剤を用いて水中で酸化する方法を挙げることができる。この酸化反応により、セルロース表面のグルコピラノース環のC6位の一級水酸基が選択的に酸化され、表面にアルデヒド基と、カルボキシル基(-COOH)またはカルボキシレート基(-COO)とを有するセルロース繊維を得ることができる。反応時のセルロースの濃度は特に限定されないが、5質量%以下が好ましい。
【0021】
N-オキシル化合物とは、ニトロキシラジカルを発生しうる化合物をいう。N-オキシル化合物としては、目的の酸化反応を促進する化合物であればいずれの化合物も使用できる。例えば、2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシラジカル(TEMPO)およびその誘導体(例えば4-ヒドロキシTEMPO)が挙げられる。N-オキシル化合物の使用量は、原料となるセルロースを酸化できる触媒量であればよく、特に制限されない。例えば、絶乾1gのセルロースに対して、0.01mmol~10mmolが好ましく、0.01mmol~1mmolがより好ましく、0.05mmol~0.5mmolがさらに好ましい。また、反応系に対し0.1mmol/L~4mmol/L程度がよい。
【0022】
臭化物とは臭素を含む化合物であり、その例には、水中で解離してイオン化可能な臭化アルカリ金属が含まれる。また、ヨウ化物とはヨウ素を含む化合物であり、その例には、ヨウ化アルカリ金属が含まれる。臭化物またはヨウ化物の使用量は、酸化反応を促進できる範囲で選択できる。臭化物およびヨウ化物の合計量は、例えば、絶乾1gのセルロースに対して、0.1mmol~100mmolが好ましく、0.1mmol~10mmolがより好ましく、0.5mmol~5mmolがさらに好ましい。当該変性は酸化反応による変性である。
【0023】
酸化剤としては、公知のものを使用でき、例えば、ハロゲン、次亜ハロゲン酸、亜ハロゲン酸、過ハロゲン酸またはそれらの塩、ハロゲン酸化物、過酸化物などを使用できる。中でも、安価で環境負荷の少ない次亜塩素酸ナトリウムは好ましい。酸化剤の適切な使用量は、例えば、絶乾1gのセルロースに対して、0.5mmol~500mmolが好ましく、0.5mmol~50mmolがより好ましく、1mmol~25mmolがさらに好ましく、3mmol~10mmolが最も好ましい。また、例えば、N-オキシル化合物1molに対して1mol~40molが好ましい。
【0024】
セルロースの酸化工程は、比較的温和な条件であっても反応を効率よく進行させられる。よって、反応温度は4℃~40℃が好ましく、また15℃~30℃程度の室温であってもよい。反応の進行に伴ってセルロース中にカルボキシル基が生成するため、反応液のpHの低下が認められる。酸化反応を効率よく進行させるためには、水酸化ナトリウム水溶液などのアルカリ性溶液を添加して、反応液のpHを8~12、好ましくは10~11程度に維持することが好ましい。反応媒体は、取扱い性の容易さや、副反応が生じにくいこと等から、水が好ましい。酸化反応における反応時間は、酸化の進行の程度に従って適宜設定することができ、通常は0.5時間~6時間、例えば、0.5時間~4時間程度である。
【0025】
また、酸化反応は、2段階に分けて実施してもよい。例えば、1段目の反応終了後に濾別して得られた酸化セルロースを、再度、同一または異なる反応条件で酸化させることにより、1段目の反応で副生する食塩による反応阻害を受けることなく、効率よく酸化させることができる。
【0026】
カルボキシル化(酸化)方法の別の例として、オゾンを含む気体とセルロース原料とを接触させることにより酸化する方法を挙げることができる。この酸化反応により、グルコピラノース環の少なくとも2位および6位の水酸基が酸化されると共に、セルロース鎖の分解が起こる。オゾンを含む気体中のオゾン濃度は、50g/m~250g/mであることが好ましく、50g/m~220g/mであることがより好ましい。セルロース原料に対するオゾン添加量は、セルロース原料の固形分を100質量部とした際に、0.1質量部~30質量部であることが好ましく、5質量部~30質量部であることがより好ましい。オゾン処理温度は、0℃~50℃であることが好ましく、20℃~50℃であることがより好ましい。オゾン処理時間は、特に限定されないが、1分~360分程度であり、30分~360分程度が好ましい。オゾン処理の条件がこれらの範囲内であると、セルロースが過度に酸化および分解されることを防ぐことができ、酸化セルロースの収率が良好となる。オゾン処理を施した後に、酸化剤を用いて、追酸化処理を行ってもよい。追酸化処理に用いる酸化剤は、特に限定されないが、二酸化塩素、亜塩素酸ナトリウム等の塩素系化合物や、酸素、過酸化水素、過硫酸、過酢酸などが挙げられる。例えば、これらの酸化剤を水またはアルコール等の極性有機溶剤中に溶解して酸化剤溶液を作製し、溶液中にセルロース原料を浸漬させることにより追酸化処理を行うことができる。
【0027】
カルボキシル化セルロースのカルボキシル基の量は、上記した酸化剤の添加量、反応時間等の反応条件をコントロールすることで調整することができる。カルボキシル化セルロースにおけるカルボキシル基量と同カルボキシル化セルロースをナノファイバーとしたときのカルボキシル基量は、通常、同じである。
【0028】
(1-2-2)カルボキシアルキル化
アニオン変性の一例として、カルボキシメチル基等のカルボキシアルキル基のセルロースへの導入を挙げることができる。本明細書においてカルボキシアルキル基とは、-RCOOH(酸型)および-RCOOM(金属塩型)をいう。ここでRはメチレン基、エチレン基等のアルキレン基であり、Mは金属イオンである。
【0029】
カルボキシアルキル化セルロースは公知の方法で得てもよく、また市販品を用いてもよい。セルロースの無水グルコース単位当たりのカルボキシアルキル置換度は0.40未満であることが好ましい。さらにアニオン性基がカルボキシメチル基である場合、カルボキシメチル置換度は0.40未満であることが好ましい。当該置換度が0.40以上であるとCNFとしたときの分散性が低下する。またカルボキシアルキル置換度の下限値は0.01以上が好ましい。操業性を考慮すると当該置換度は0.02~0.35であることが特に好ましく、0.10~0.30であることが更に好ましい。なお、無水グルコース単位とは、セルロースを構成する個々の無水グルコース(グルコース残基)を意味し、カルボキシアルキル置換度とは、セルロースを構成するグルコース残基中の水酸基(-OH)のうちカルボキシアルキルエーテル基(-ORCOOHまたは-ORCOOM)で置換されているものの割合(1つのグルコース残基当たりのカルボキシアルキルエーテル基の数)を示す。
【0030】
カルボキシアルキル化セルロースを製造する方法の一例として、以下の工程を含む方法が挙げられる。当該変性は置換反応による変性である。カルボキシメチル化セルロースを例にして説明する。
【0031】
i)発底原料と溶媒、マーセル化剤を混合し、反応温度0~70℃、好ましくは10~60℃、かつ反応時間15分~8時間、好ましくは30分~7時間、マーセル化処理する工程、
ii)次いで、カルボキシメチル化剤をグルコース残基当たり0.05~10.0倍モル添加し、反応温度30~90℃、好ましくは40~80℃、かつ反応時間30分~10時間、好ましくは1時間~4時間、エーテル化反応を行う工程。
【0032】
発底原料としては前述のセルロース原料を使用できる。溶媒としては、3~20質量倍の水または低級アルコール、具体的には水、メタノール、エタノール、N-プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、N-ブタノール、イソブタノール、第3級ブタノール等の単独、または2種以上の混合媒体を使用できる。低級アルコールを混合する場合、その混合割合は60~95質量%が好ましい。マーセル化剤としては、発底原料の無水グルコース残基当たり0.5~20倍モルの水酸化アルカリ金属、具体的には水酸化ナトリウム、水酸化カリウムを使用することが好ましい。
【0033】
前述のとおり、セルロースのグルコース単位当たりのカルボキシメチル置換度は0.40未満であり、0.01以上0.40未満であることが好ましい。セルロースにカルボキシメチル置換基を導入することで、セルロース同士が電気的に反発する。このため、カルボキシメチル置換基を導入したセルロースはナノ解繊することができるようになる。なお、グルコース単位当たりのカルボキシメチル置換基が0.02より小さいと、ナノ解繊が十分にできない場合がある。カルボキシアルキル化セルロースにおけるカルボキシアルキル置換度と、同カルボキシアルキル化セルロースをナノファイバーとしたときのカルボキシアルキル置換度とは通常、同じである。
【0034】
グルコース単位当たりのカルボキシメチル置換度は、以下の方法で測定することができる:
カルボキシメチル化セルロース(絶乾)約2.0gを精秤して、300mL容共栓付き三角フラスコに入れる。硝酸メタノール(メタノール1000mLに特級濃硝酸100mLを加えた液)100mLを加え、3時間振とうして、カルボキシメチル化セルロース塩(CM化セルロース)を水素型CM化セルロースに変換する。水素型CM化セルロース(絶乾)を1.5g~2.0g精秤し、300mL容共栓付き三角フラスコに入れる。80質量%メタノール15mLで水素型CM化セルロースを湿潤し、0.1NのNaOHを100mL加え、室温で3時間振とうする。指示薬として、フェノールフタレインを用いて、0.1NのHSOで過剰のNaOHを逆滴定する。カルボキシメチル置換度(DS)を、次式によって算出する:
A=[(100×F’-(0.1NのHSO)(mL)×F)×0.1]/(水素型CM化セルロースの絶乾質量(g))
DS=0.162×A/(1-0.058×A)
A:水素型CM化セルロースの1gの中和に要する1NのNaOH量(mL)
F:0.1NのHSOのファクター
F’:0.1NのNaOHのファクター。
【0035】
また、次式を用いて、カルボキシメチル置換度(DS)から、カルボキシメチル基(アニオン性基)の量(mmol/g)を算出することができる:
カルボキシメチル基の量(mmol/g)=(DS/(DS×58+162))×1000
カルボキシメチル基以外のカルボキシアルキル基置換度も、上記と同様の方法で得ることができ、また、カルボキシアルキル基の量は、カルボキシアルキル置換度(DS)を用いて、次式から算出することができる:
カルボキシアルキル基の量(mmol/g)=[DS/{DS×(カルボキシアルキル基の分子量-1)+162}]×1000
(1-2-3)エステル化
アニオン変性の一例としてエステル化を挙げることができる。エステル化の方法としては、セルロース原料にリン酸系化合物の粉末や水溶液を混合する方法、セルロース原料のスラリーにリン酸系化合物の水溶液を添加する方法等が挙げられる。リン酸系化合物はリン酸、ポリリン酸、亜リン酸、次亜リン酸、ホスホン酸、ポリホスホン酸あるいはこれらのエステルが挙げられる。これらは塩の形態であってもよい。上記の中でも、低コストであり、扱いやすく、またパルプ繊維のセルロースにリン酸基を導入して、解繊効率の向上が図れるなどの理由からリン酸基を有する化合物が好ましい。リン酸基を有する化合物としては、リン酸、リン酸二水素ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸三ナトリウム、亜リン酸ナトリウム、亜リン酸カリウム、次亜リン酸ナトリウム、次亜リン酸カリウム、ピロリン酸ナトリウム、メタリン酸ナトリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸水素二カリウム、リン酸三カリウム、ピロリン酸カリウム、メタリン酸カリウム、リン酸二水素アンモニウム、リン酸水素二アンモニウム、リン酸三アンモニウム、ピロリン酸アンモニウム、メタリン酸アンモニウム等が挙げられる。これらの1種、あるいは2種以上を併用してセルロースにリン酸基を導入することができる。これらのうち、リン酸基導入の効率が高く、下記解繊工程で解繊しやすく、かつ工業的に適用しやすい観点から、リン酸、リン酸のナトリウム塩、リン酸のカリウム塩、リン酸のアンモニウム塩が好ましい。特にリン酸二水素ナトリウム、リン酸水素二ナトリウムが好ましい。また、反応を均一に進行できかつリン酸基導入の効率が高くなることから前記リン酸系化合物は水溶液として用いることが望ましい。リン酸系化合物の水溶液のpHは、リン酸基導入の効率が高くなることから7以下であることが好ましいが、パルプ繊維の加水分解を抑える観点からpH3~7が好ましい。
【0036】
リン酸エステル化セルロースの製造方法の例として、以下の方法を挙げることができる。固形分濃度0.1~10質量%のセルロース系原料の懸濁液に、リン酸系化合物を撹拌しながら添加してセルロースにリン酸基を導入する。セルロース系原料を100質量部とした際に、リン酸系化合物の添加量はリン元素量として、0.2~500質量部であることが好ましく、1~400質量部であることがより好ましい。リン酸系化合物の割合が前記下限値以上であれば、微細繊維状セルロースの収率をより向上させることができる。しかし、前記上限値を超えると収率向上の効果は頭打ちとなるので、コスト面から好ましくない。
【0037】
リン酸系化合物に加えて、他の化合物の粉末や水溶液を混合してもよい。リン酸系化合物以外の他の化合物としては、特に限定されないが、塩基性を示す窒素含有化合物が好ましい。ここでの「塩基性」は、フェノールフタレイン指示薬の存在下で水溶液が桃色から赤色を呈すること、または水溶液のpHが7より大きいことと定義される。本発明で用いる塩基性を示す窒素含有化合物は、本発明の効果を奏する限り特に限定されないが、アミノ基を有する化合物が好ましい。例えば、尿素、メチルアミン、エチルアミン、トリメチルアミン、トリエチルアミン、モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、ピリジン、エチレンジアミン、ヘキサメチレンジアミンなどが挙げられる。中でも低コストで扱いやすい尿素が好ましい。他の化合物の添加量はセルロース原料の固形分100質量部に対して、2~1000質量部が好ましく、100~700質量部がより好ましい。反応温度は0~95℃が好ましく、30~90℃がより好ましい。反応時間は特に限定されないが、1分~600分程度であり、30分~480分がより好ましい。エステル化反応の条件がこれらの範囲内であると、セルロースが過度にエステル化されて溶解しやすくなることを防ぐことができ、リン酸エステル化セルロースの収率が良好となる。得られたリン酸エステル化セルロース懸濁液を脱水した後、セルロースの加水分解を抑える観点から、100~170℃で加熱処理することが好ましい。さらに、加熱処理の際に水が含まれている間は130℃以下、好ましくは110℃以下で加熱し、水を除いた後、100℃~170℃で加熱処理することが好ましい。
【0038】
リン酸エステル化されたセルロースのグルコース単位当たりのリン酸基置換度は0.001以上0.40未満であることが好ましい。セルロースにリン酸基置換基を導入することで、セルロース同士が電気的に反発する。このため、リン酸基を導入したセルロースは容易にナノ解繊することができる。グルコース単位当たりのリン酸基置換度が0.001より小さいと、十分にナノ解繊することができない。一方、グルコース単位当たりのリン酸基置換度が0.40より大きいと、膨潤あるいは溶解するため、ナノファイバーとして得られなくなる場合がある。解繊を効率よく行なうために、上記で得たリン酸エステル化されたセルロース系原料は煮沸した後、冷水を用いて洗浄することが好ましい。これらのエステル化による変性は置換反応による変性である。エステル化セルロースにおける置換度と、同エステル化セルロースをナノファイバーとしたときの置換度は、通常、同じである。尚、次式を用いて、リン酸基の置換度(DS)から、リン酸基(アニオン性基)の量(mmol/g)を算出することができる:
リン酸基の量(mmol/g)=(DS/(DS×64+162))×1000。
【0039】
(1-3)アニオン変性セルロース
原料であるセルロースに対し、上記で例示したようなアニオン変性を行うことにより、アニオン変性セルロースを得ることができる。また、市販のものを用いてもよい。アニオン変性セルロースの種類としては、カルボキシル基を有するセルロースまたはカルボキシアルキル基を有するセルロースが好ましい。特に、N-オキシル化合物と酸化剤とを用いてセルロースを酸化することにより得られたカルボキシル化セルロースは、アニオン性基が均一に導入されており、均一に解繊しやすい点で好ましい。
【0040】
アニオン変性セルロースとしては、水や水溶性有機溶媒に分散した際にも繊維状の形状の少なくとも一部が維持されるものを用いる。繊維状の形状が維持されないもの(すなわち、溶解するもの)を用いると、ナノファイバーを得ることができない。分散した際に繊維状の形状の少なくとも一部が維持されるとは、アニオン変性セルロースの分散体を電子顕微鏡で観察すると、繊維状の物質を観察することができるものである。また、X線回折で測定した際にセルロースI型結晶のピークを観測することができるアニオン変性セルロースは好ましい。
【0041】
アニオン変性セルロースにおけるセルロースの結晶化度は、結晶I型が50%以上であることが好ましく、60%以上であることがより好ましい。結晶性を上記範囲に調整することにより、解繊により繊維を微細化した後も溶解することのない結晶性セルロース繊維を充分に得ることができる。セルロースの結晶性は、原料であるセルロースの結晶化度、及びアニオン変性の度合によって制御できる。アニオン変性セルロースの結晶化度の測定方法は、以下の通りである:
試料をガラスセルに乗せ、X線回折測定装置(LabX XRD-6000、株式会社島津製作所製)を用いて測定する。結晶化度の算出はSegal等の手法を用いて行い、X線回折図の2θ=10゜~30゜の回折強度をベースラインとして、2θ=22.6゜の002面の回折強度と2θ=18.5゜のアモルファス部分の回折強度から次式により算出する。
Xc=(I002c-Ia)/I002c×100
Xc:セルロースのI型の結晶化度(%)
I002c:2θ=22.6゜、002面の回折強度
Ia:2θ=18.5゜、アモルファス部分の回折強度。
【0042】
アニオン変性セルロースのセルロースI型結晶の割合と、同アニオン変性セルロースをナノファイバーとしたときのセルロースI型結晶の割合は、通常同じである。
上記の方法で得られたアニオン変性セルロースは、通常、導入されたアニオン性基が、金属塩型(例えば、-COO、または-RCOO(Mはナトリウム、カリウム等の金属であり、Rはメチレン基、エチレン基等のアルキレン基である))の形態となっている。後の疎水化剤との反応を促進するために、アニオン変性セルロースにおける金属塩型のアニオン性基を、酸型(例えば、-COOH、-RCOOHなど)に変換することは好ましい。
【0043】
酸型に変換する方法は特に限定されず、例えば、アニオン変性セルロースに酸を添加する方法、アニオン変性セルロースを陽イオン交換樹脂と接触させる方法などを挙げることができる。酸を添加する場合、用いる酸の種類は特に限定されず、例えば、硫酸、塩酸、硝酸、亜硫酸、亜硝酸、リン酸などの無機酸や、酢酸、乳酸、蓚酸、クエン酸、蟻酸、アジピン酸、セバシン酸、ステアリン酸、マレイン酸、コハク酸、酒石酸、フマル酸、グルコン酸などの有機酸を挙げることができる。汎用的で入手しやすい塩酸または硫酸は好ましい。酸を添加する際のpHは、1~6の範囲が好ましく、2~5がより好ましい。酸の添加量は、金属塩型のアニオン変性セルロースを酸型に変換できる量であればよく、特に限定されないが、例えば、強酸であれば、アニオン性基に対して1当量以上が好ましく、弱酸であれば10当量以上が好ましい。酸性イオン交換樹脂と接触させる場合、酸性イオン交換樹脂としては、強酸性陽イオン交換樹脂や弱酸性陽イオン交換樹脂を挙げることができる。
【0044】
(1-4)アニオン変性セルロースの分散体
工程1で準備するアニオン変性セルロースの分散体における分散媒は、水または有機溶媒、あるいはこれらの混合物を適宜選択できる。有機溶媒の種類は問わないが、例えばセルロース中の水酸基との親和性が高い極性溶媒、また、水と任意の割合で混合可能な水溶性有機溶媒が好ましく、メタノール、エタノール、イソプロパノール、イソブタノール、sec-ブタノール、tert-ブタノール、メチルセロソルブ、エチルセロソルブ、エチレングリコール、グリセリン、エチレングリコールジメチルエーテル、1,4-ジオキサン、テトラヒドロフラン、アセトン、メチルエチルケトン、N,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド等を挙げることができる。上記分散媒は単独で用いても良いし、2種類以上を混合して用いてもよい。例えば、有機溶媒を2種類以上混合する形態、水と有機溶媒を含む形態、水のみの形態などを適宜選択することができる。水のみを分散媒として用いること(すなわち、水100%)は、取扱いの容易性から好ましい。水と有機溶媒とを混合する場合の混合割合は特に限定されず、使用する有機溶媒の種類に応じて適宜混合割合を調整すればよい。
【0045】
分散体におけるアニオン変性セルロース濃度は、0.01~15質量%であることが好ましく、後の疎水化剤と混合する際の効率を考慮すると、1~10質量%が好ましく、2~6質量%がさらに好ましい。
【0046】
工程1の段階におけるアニオン変性セルロースは、ナノ解繊されておらず、セルロースナノファイバーではない。本発明では、次の工程2において、セルロースナノファイバーへと解繊する前のそれほど粘度の高くないアニオン変性セルロースに対して疎水化剤の添加を行うため、より高濃度のセルロース(例えば2~30質量%)を用いて、疎水化処理を行うことができ、疎水化の効率が高いという利点がある。
【0047】
(2)工程2
工程2では、アニオン変性セルロースの分散体に疎水化剤を添加して、アニオン変性セルロースを疎水化し、疎水化アニオン変性セルロースの分散体を製造する。疎水化とは、アニオン変性セルロースに疎水基を付与してアニオン変性セルロースの疎水性を向上させる処理をいう。
【0048】
疎水化剤としては、アニオン変性セルロースのアニオン性基と結合してオニウム塩を形成できるアミンやホスフィンを有する化合物が好ましく、第一級アミン、第二級アミン、第三級アミン、第四級アンモニウム、芳香族アミン、ジアミン、ポリエーテルアミン、ホスフィンのいずれでもよい。
【0049】
疎水化剤は、アニオン変性セルロースに1gに対する疎水化剤の結合量が0.10g以上となるように添加することが好ましく、より好ましくは、疎水化剤の結合量が0.40g以上であり、さらに好ましくは0.50g以上であり、さらに好ましくは1.00g以上である。疎水化剤の結合量の計算方法は、後述する。疎水化剤はアニオン変性セルロースのアニオン性基に結合する。アニオン変性セルロースのアニオン性基の量に応じて十分な量の疎水化剤を添加することにより、後の乾燥固形物を製造する工程3における乾燥時のセルロース繊維同士の水素結合による凝集を阻害することができるようになり、後の工程4において解繊を進行させ、ナノファイバー分散体を得ることができるようになる。工程2で、アニオン変性セルロースに1gに対する疎水化剤の結合量が0.10g未満である場合、工程4において解繊が進行せず、ナノファイバー分散体を得ることができない。アニオン変性セルロースに1gに対する疎水化剤の結合量の上限は特に限定されないが、疎水化剤の結合量が過度に高すぎると、疎水化アニオン変性セルロース(すなわち、疎水化剤が結合したアニオン変性セルロース)におけるアニオン変性セルロースの割合が少なくなるから、アニオン変性セルロースに1gに対する疎水化剤の結合量は10.00g以下が好ましく、5.00g以下さらに好ましい。
【0050】
疎水化剤は、アニオン変性セルロースのアニオン性基に結合する。反応の様式から、添加した疎水化剤は、アニオン性基とすべて反応する。本発明者らは、1モル当量以上の疎水化剤(アミン型)を添加した際に、酸型(-COOH)であったアニオン変性セルロースが、すべて-COOに変化したことを赤外分光法を用いて確認している。これは、疎水化剤のアミンがアニオン変性セルロースのアニオン性基のすべてにイオン結合したことを示している。したがって、疎水化剤をアニオン性基に対して1モル当量以上添加した際のアニオン変性セルロース1gに対する疎水化剤の結合量は、以下の式により算出することができる:
i)疎水化剤がアニオン性基の量(モル数)に対して等量(モル数)以上添加された場合
アニオン変性セルロース1gに対する疎水化剤の結合量〔g〕=アニオン変性セルロースのアニオン性基の量〔mmol/g〕×疎水化剤の分子量 ×0.001×アニオン性基の価数
ii)疎水化剤の添加量(モル数)がアニオン性基の量(モル数)未満である場合
アニオン変性セルロース1gに対する疎水化剤の結合量〔g〕=アニオン変性セルロースのアニオン性基の量〔mmol/g〕×疎水化剤の分子量 ×0.001×アニオン性基の価数×添加した疎水化剤のモル数[mmol]/アニオン性基のモル数[mmol]
i)、ii)において、アニオン性基の価数は、アニオン性基がカルボキシル基またはカルボキシアルキル基である場合は1であり、アニオン性基がリン酸基である場合は2である。ii)において、アニオン性基のモル数(mmol)は、アニオン性基の量(mmol/g)とアニオン変性セルロースの絶乾質量(g)とから求めることができる。
【0051】
疎水化剤としては、これらに限定されないが、例えば、HUNTSMAN社製のJEFFAMINE(登録商標) M-600、JEFFAMINE(登録商標) M-1000、JEFFAMINE(登録商標) M-2005、JEFFAMINE(登録商標) M-2070等のポリエーテルアミン、メチルアミン、エチルアミン、オレイルアミン、プロピルアミン、ドデシルアミン、ステアリルアミン、テトラデシルアミン、1-ヘキセニルアミン、1-ドデセニルアミン、9,12-オクタデカジエニルアミン(リノールアミン)、9,12,15-オクタデカトリエニルアミン、リノレイルアミン等の1級アミン、ジメチルアミン、ジエチルアミン等の2級アミン、トリメチルアミン、トリエチルアミン等の3級アミン、塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、塩化メチルベンゼトニウム、塩化セチルピリジニウム、セトリモニウム、塩化ドファニウム、臭化テトラエチルアンモニウム、塩化ジデシルジメチルアンモニウム等の4級アンモニウム、アニリン、ピリジン、ベンジルアミン等の芳香族アミン、エチレンジアミン、ヘキサメチレンジアミン等のジアミン、トリフェニルホスフィン、トリメチルホスフィン等のホスフィン等が挙げられる。
【0052】
疎水化剤の添加量は、用いる疎水化剤の分子量とアニオン変性セルロースにおけるアニオン性基の量に応じて、上記の疎水化剤の結合量を満たすような範囲とすることが好ましい。例えば、これに限定されないが、上記の疎水化剤の結合量を満たす範囲で、アニオン変性セルロースのアニオン性基の量(モル数)に対して、50~150%の量で添加してもよく、好ましくは70~130%、より好ましくは80~120%、さらに好ましくは100~120%の量であってもよい。
【0053】
疎水化剤は、そのまま、あるいは水または水溶性有機溶媒と混合するなどして、アニオン変性セルロースの分散体に添加すればよい。疎水化剤を添加する際のアニオン変性セルロース分散体のアニオン変性セルロースの濃度は、1~30質量%であることが好ましく、10~30質量%が好ましく、20~30質量%がさらに好ましい。疎水化剤とアニオン変性セルロースとを一定時間、撹拌しながら混合することにより、疎水化アニオン変性セルロースの分散体を製造することができる。
【0054】
工程2の段階における疎水化アニオン変性セルロースは、ナノ解繊されておらず、セルロースナノファイバーではない。本発明では、セルロースナノファイバーへと解繊する前のそれほど粘度の高くないアニオン変性セルロースに対して疎水化処理を行うため、より高濃度のセルロース(例えば2~30質量%)を用いて、疎水化処理を行うことができ、疎水化の効率が高いという利点がある。
【0055】
(3)工程3
工程3では、工程2で得られた疎水化アニオン変性セルロースの分散体から分散媒を除去しながら同時に疎水化アニオン変性セルロースの粉砕を行い、疎水化アニオン変性セルロースの粉砕物の乾燥固形物を製造する。この際、乾燥固形物における固形分濃度が、70質量%より高くなるように、分散媒を十分に除去することが必要である。乾燥固形物における固形分濃度は、好ましくは80質量%より高く、より好ましくは90質量%より高く、より好ましくは95質量%より高く、より好ましくは97質量%以上であり、さらに好ましくは98質量%以上である。セルロースは、水または水溶性有機溶媒を吸収して膨潤しやすいが、工程3においては、セルロースに吸収された水または水溶性有機溶媒も十分に除去することが必要である。工程3において、水または水溶性有機溶媒である分散媒を十分に除去することにより、溶媒置換工程を省略して、後の工程4で低極性の有機溶媒中で分散させることができるようになる。一方、乾燥後の固形物が30質量%以上の分散媒(水及び/または水溶性有機溶媒)を含んでいる場合、工程4においてトルエン等の低極性の有機溶媒中で解繊、分散させようとした場合に、低極性の溶媒と十分に混合させることができなくなり、沈殿が生じたり、また得られる分散体の透明度が低下するといった問題が生じる可能性がある。
【0056】
乾燥固形物における固形分濃度は、以下の手順により計測できる:
乾燥固形物を105℃のオーブンで12時間乾燥させ、乾燥前後の質量から乾燥固形物の固形分濃度を算出する。
乾燥固形物の固形分濃度(質量%)=乾燥後の質量/乾燥前の質量。
【0057】
分散媒を除去して乾燥固形物とする際に、同時に、疎水化アニオン変性セルロースの粉砕を行う。疎水化アニオン変性セルロースの粉砕にはミキサー、ミル、ニーダー、ホモジナイザー、混練機、押し出し機などを用いることができ、粉砕時に外部から加熱するまたは撹拌により生じる熱を利用するなどして、粉砕と同時に分散媒の除去を行うことができる。ミキサーとしては、例えば、これに限定されないが、工程2で疎水化剤とアニオン変性セルロースとを撹拌、混合する際に用いたものと同じものを用いてもよく、工程2の撹拌、混合に続いてそのまま工程3の乾燥、粉砕を行ってもよい。例えば、工程3の乾燥、粉砕時には、減圧やミキサーの上蓋や羽根の回転軸のエアシール部等から送風を行うなどして、ミキサーによる粉砕を行いつつ、分散媒の除去を促進してもよい。工程3の乾燥、粉砕時のミキサーの回転数は、例えば、これに限定されないが、1000~10000rpmの範囲であってもよく、好ましくは1000~5000rpmであってもよく、さらに好ましくは1000~3000rpmの範囲であってもよい。工程3の乾燥、粉砕時の疎水化アニオン変性セルロースの温度は、これに限定されないが、例えば、60~130℃の範囲であってもよく、好ましくは60~80℃の範囲であってもよい。工程3の乾燥、粉砕に係る時間は、温度や、所望の分散媒の除去の程度、また、所望の粉砕の程度によって異なるが、例えば、30分から24時間の間であってもよく、好ましくは30分から1時間程度であってもよい。
【0058】
工程3により、疎水化アニオン変性セルロース粉砕物の乾燥固形物が得られる。乾燥固形物における粉砕物は、全体的に細かい粒子状となり、溶媒に分散させたときに均一な分散液になるものが好ましい。粉砕物中に粗大な凝集物が含まれると工程4において有機溶媒に均一に分散させにくくなり、離解できないダマ(塊)が残る、解繊装置内で目詰まりが生じる、などの問題が生じやすくなる。
【0059】
本発明では、分散媒の除去と同時に粉砕を行って粉砕物の乾燥固形物を製造することが重要である。これにより、粉砕の程度が均一であり、全体的に均質な乾燥固形物を製造することができる。均質な乾燥固形物は、後の工程4において有機溶媒中に均質に分散し、より透明度の高い疎水化アニオン変性CNF分散体を製造することができる。また、工程4における解繊時の解繊装置内の目詰まり(例えば、これに限定されないが、超高圧ホモジナイザーにおけるノズル目詰まり)が生じにくいという利点がある。
【0060】
一方、分散媒の除去と粉砕とを同時には行わず、分散媒を除去し終わってから、粉砕を行う方法(すなわち、乾燥固形物を製造してから粉砕を行う方法)では、粉砕しきれない粗大な凝集物が残りやすくなり、後の工程4において有機溶媒に均一に分散させにくくなる、また、解繊装置内の目詰まりが頻発する、などの問題が生じやすくなる。
【0061】
(4)工程4
工程4では、疎水化アニオン変性セルロース粉砕物の乾燥固形物を有機溶媒と混合し、有機溶媒中で疎水化アニオン変性セルロース粉砕物の解繊を行い、有機溶媒を分散媒とする疎水化アニオン変性CNFの分散体を製造する。
【0062】
用いる有機溶媒の種類は特に限定されず、工程1の欄に記載したような水溶性有機溶媒であってもよいが、本発明では水溶性有機溶媒よりも低極性である(水と混合した際に分離するような)有機溶媒を分散媒に用いても均一に分散したCNF分散体を製造することができる。CNF分散体の用途に応じて、有機溶媒の種類を選択すればよい。
【0063】
低極性の有機溶媒としては、これに限定されないが、例えば、ベンゼン、トルエン、キシレン、n-ヘキサン、n-オクタン、シクロヘキサン、メチルシクロヘキサン、ジクロロメタン、ジクロロエタン、クロロホルム、塩化メチレン、四塩化炭素、フルオロトリクロロメタン、トリクロロトリフルオロメタン、ヘキサフルオロベンゼン、テトラヒドロフラン、1,2-ジメトキシエタン、シクロペンチルメチルエーテル、メチルターシャリーブチルエーテル、などが挙げられる。これらの1種または2種以上を、最終的なアニオン変性CNFの用途に応じて、適宜選択して使用することができる。
【0064】
疎水化アニオン変性セルロース粉砕物の乾燥固形物に対する有機溶媒の混合の割合は、特に限定されないが、解繊の効率を考えると、アニオン変性セルロースの固形分濃度(疎水化剤部分を含まない)が0.01~5.00質量%となるように有機溶媒を添加することが好ましく、0.50~3.00質量%がさらに好ましい。
【0065】
疎水化アニオン変性セルロース粉砕物の乾燥固形物に有機溶媒を混合した後、有機溶媒中で機械的処理を行うことによりセルロースを解繊し、有機溶媒を分散媒とする疎水化アニオン変性CNFの分散体を形成する。
【0066】
解繊に用いる装置は限定されないが、高速回転式、コロイドミル式、高圧式、ロールミル式、超音波式などの分散体に強力なせん断力を印加できる装置を用いることが好ましい。効率よく解繊するには、分散体に50MPa以上の圧力を印加し、かつ強力なせん断力を印加できる湿式の高圧または超高圧ホモジナイザーを用いることが好ましい。前記圧力は、より好ましくは100MPa以上であり、さらに好ましくは140MPa以上である。高圧または超高圧ホモジナイザーとは、ポンプにより流体を加圧して高圧にし、流路に設けた非常に繊細な間隙より噴出させることにより、粒子間の衝突、圧力差による剪断力等の総合エネルギーによって乳化、分散、解細、粉砕、及び超微細化を行う装置である。高圧ホモジナイザーでの解繊および分散処理の前に、必要に応じて高速せん断ミキサーなどの公知の混合、攪拌、乳化、分散装置を用いて予備処理を施すこともできる。
【0067】
上記の解繊により、疎水化アニオン変性セルロースのナノファイバーを得ることができる。CNF(セルロースナノファイバー)は、平均繊維径が3~500nm程度、好ましくは3~150nm程度、更に好ましくは3~20nm程度の繊維である。アスペクト比は30以上、好ましくは50以上、さらに好ましくは100以上である。アスペクト比の上限は限定されないが、500以下程度となる。
【0068】
疎水化アニオン変性CNFの平均繊維径および平均繊維長は、径が20nm未満の場合は原子間力顕微鏡(AFM)、20nm以上の場合は電界放出型走査電子顕微鏡(FE-SEM)を用いて、ランダムに選んだ200本の繊維について解析し、平均を算出することにより、測定することができる。また、アスペクト比は下記の式により算出することができる:
アスペクト比=平均繊維長/平均繊維径。
【0069】
本発明により、有機溶媒を分散媒とする疎水化アニオン変性CNFの分散体を効率よく製造することができる。本発明で得られる分散体は、例えばトルエンのような低極性の有機溶媒を分散媒に用いた場合であっても、分散が均一であり、分散体の透明度が高いという特徴を有する。透明度は、例えば、以下の方法で測定される:
所定の濃度のCNF分散体を調製し、UV-VIS分光光度計 UV-1800(株式会社島津製作所製)を用い、光路長10mmの角型セルを用いて、660nm 光の透過率を測定し、透明度とする。
【0070】
本発明では、例えば、分散媒をトルエンとし、固形分量(CNF換算(疎水化剤を含まない))を1.0質量%とした疎水化アニオン変性CNF分散体について、上記の方法で測定した透明度が70%以上、より好ましくは80%以上、更に好ましくは85%以上、更に好ましくは90%以上、更に好ましくは95%以上、更に好ましくは97%以上となる分散体を製造することができる。
【0071】
また、本発明では、比較的低めの粘度を有する、有機溶媒を分散媒とする疎水化アニオン変性CNF分散体を製造することができる。CNF分散体の粘度は、例えば、以下の方法で測定される:
所定の濃度のCNF分散体を調製し、JIS-Z-8803の方法に準じて、B型粘度計(東機産業社製)を用いて、25℃で、回転数60rpmで、3分後の値を測定する。
【0072】
本発明では、例えば、分散媒をトルエンとし、固形分量(CNF換算(疎水化剤を含まない))を1.0質量%とした疎水化アニオン変性CNF分散体について、上記の方法で測定した60rpmにおけるB型粘度が、1000mPa・s以下、好ましくは800mPa・s以下、更に好ましくは600mPa・s以下、更に好ましくは400mPa・s以下、更に好ましくは200mPa・s以下となる分散体を形成することができる。疎水化アニオン変性CNF分散体の粘度が低いと、他材料との混合が容易などの利点がある。
【0073】
(5)疎水化アニオン変性セルロース粉砕物の乾燥固形物
工程3で得られる疎水化アニオン変性セルロース粉砕物の乾燥固形物は、疎水化処理によりアニオン変性セルロースの親水性が下げられており、また、水または水溶性有機溶媒のような水系の分散媒をほとんど含まないため、種々の有機溶媒や疎水性の高分子に良好に混合して用いることができる。疎水化アニオン変性セルロースの粉砕物の乾燥固形物は、疎水化剤が結合したアニオン変性セルロースを含んでいる。疎水化剤は、上述した通りのものである。乾燥固形物における固形分濃度が70質量%より高くなるように、分散媒が十分に除去されており、固形分濃度は、好ましくは80質量%より高く、より好ましくは90質量%より高く、より好ましくは95質量%より高く、より好ましくは97質量%以上であり、さらに好ましくは98質量%以上である。疎水化アニオン変性セルロース粉砕物の乾燥固形物における、アニオン変性セルロースに1gに対する疎水化剤の結合量は、0.10g以上であることが好ましく、0.40g以上がさらに好ましく、0.50g以上がさらに好ましく、1.00g以上がさらに好ましい。
【0074】
疎水化アニオン変性セルロースの粉砕物の乾燥固形物の粒子径は、用いる疎水化剤の種類によって異なり、特に限定されない。例えば、これに限定されないが、疎水化アニオン変性セルロースの粉砕物の乾燥固形物の粒子径は、1cm以下であり、好ましくは500μm以下であり、さらに好ましくは100μm以下である。粒径は、例えば顕微鏡で観察することにより、計測することができる。
【0075】
本発明では、疎水化アニオン変性セルロースを乾燥させる際に、セルロース繊維同士の凝集を抑制することができる。したがって、得られた疎水化アニオン変性セルロースの乾燥固形物は、有機溶媒に分散しやすくハンドリング性能の良いセルロース繊維となる。
【0076】
本発明では、疎水化アニオン変性セルロースの乾燥と同時に粉砕を行い、粉砕物の乾燥固形物とすることにより、乾燥した後に粉砕を行う方法に比べて、粉砕の程度がより均質な乾燥固形物を得ることができ、有機溶媒に分散しやすく、解繊装置での目詰まりが生じにくいといったハンドリング性能の良いセルロース繊維となる。すなわち、本発明の疎水化アニオン変性セルロースの粉砕物の乾燥固形物は、分散媒を含有した疎水化アニオン変性セルロースを、粉砕機により粉砕しながら乾燥させて得られた乾燥固形物をいい、乾燥が完了してから粉砕を行ったものを含まない。また、疎水化アニオン変性セルロースの粉砕物の乾燥固形物は、疎水化アニオン変性セルロースを乾燥せずに湿式粉砕し、湿式粉砕の終了後に、乾燥のみを行ったもの(例えば、静置乾燥のように、乾燥と同時の粉砕を行わないもの)も含まない。
【0077】
本発明の疎水化アニオン変性セルロースの粉砕物の乾燥固形物は、その製造工程に、セルロースをセルロースナノファイバーへと解繊する工程を含まない。これにより、セルロースのナノ解繊にかかるコストを低減させることができる。
【0078】
疎水化アニオン変性セルロースの粉砕物の乾燥固形物は、主として疎水化アニオン変性セルロースからなるが、疎水化アニオン変性セルロースの分散体から分散媒を除去する前などに用途に応じて任意に慣用される添加物(抗菌剤、着色剤、樹脂母材、樹脂帯電防止剤、防曇剤、光安定剤、紫外線吸収剤、顔料、無機充填剤、防カビ剤、防腐剤、発泡剤、難燃剤など)を混合してから乾燥させることにより、上記の添加物を少量含んでいてもよい。疎水化アニオン変性セルロースの乾燥固形物が、疎水化アニオン変性セルロース以外の添加物を含む場合、乾燥固形物における疎水化アニオン変性セルロースの割合は、80質量%以上が好ましく、90質量%以上がさらに好ましく、95質量%以上がさらに好ましい。乾燥固形物は、添加物を含まず、疎水化アニオン変性セルロースのみ(少量の残存する分散媒を含む)からなっていてもよい。
【実施例
【0079】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
<実施例1>
針葉樹由来の漂白済み未叩解クラフトパルプ(白色度85%)500g(絶乾)をTEMPO(Sigma Aldrich社)780mgと臭化ナトリウム75.5gを溶解した水溶液500mlに加え、パルプが均一に分散するまで撹拌した。反応系に次亜塩素酸ナトリウム水溶液を6.0mmol/gになるように添加し、酸化反応を開始した。反応中は系内のpHが低下するが、3M水酸化ナトリウム水溶液を逐次添加し、pH10に調整した。次亜塩素酸ナトリウムを消費し、系内のpHが変化しなくなった時点で反応を終了した。反応後の混合物をガラスフィルターで濾過してパルプを分離し、パルプを十分に水洗することでカルボキシル基を導入したパルプ(カルボキシル化セルロース)を得た。このカルボキシル化セルロースのカルボキシル基量は、1.42mmol/gであった。
【0080】
カルボキシル化セルロースの固形分濃度を水で5質量%に調整し、濃度10%の塩酸を添加し、カルボキシル化セルロースにおけるナトリウム塩型のカルボキシル基(-COONa)を、酸型に変換した(-COOH)。その後、ガラスフィルターを用いて、吸引濾過を行い脱水した。再度、カルボキシル化セルロースの固形分濃度を水で5質量%に調整してから脱水した。この工程を3回繰り返し、固形分濃度25質量%の酸型のカルボキシル化セルロースの分散体を得た。
【0081】
得られた固形分濃度25質量%の酸型のカルボキシル化セルロースの分散体1.5kgに、疎水化剤としてポリエーテルアミンであるJEFFAMINE(登録商標) M-270(HUNTSMAN社製、分子量2000)をカルボキシル基量に対して1当量添加した。カルボキシル化セルロース1gに対する疎水化剤の結合量を上述の式にしたがって計算すると、2.84gとなる。スーパーミキサー(SMV-20B、株式会社カワタ製)で1500rpmで10分間混合撹拌した。撹拌熱により試料の温度は70℃になった。次いで、スーパーミキサーの上蓋から送風しながら1500rpmで40分間撹拌することにより、乾燥(分散媒の除去)を行いながらカルボキシル化セルロースの粉砕を同時に行った。乾燥、粉砕中の試料の温度は60~70℃であった。これにより、疎水化剤を結合させたカルボキシル化セルロース(疎水化カルボキシル化セルロース)の粉砕物の乾燥固形物(固形分濃度97質量%)を製造した。
【0082】
得られた乾燥固形物に対し、固形分量がカルボキシル化セルロース換算(疎水化剤を含まない)で1.0質量%となるようにトルエンを添加し、3000rpmで10分間撹拌した。続いて、超高圧ホモジナイザーを用いて20℃で80MPaで1回、さらに150MPaで2回処理(解繊)することにより、トルエンを分散媒とする疎水化カルボキシル化CNFの分散体を得た。収率(すなわち、用いたカルボキシル化セルロースの質量に対する最終的に得られた疎水化カルボキシル化CNFにおけるカルボキシル化CNFの質量の割合)は100%であった。
【0083】
得られた疎水化カルボキシル化CNFの分散体(分散媒:トルエン、固形分量(カルボキシル化CNF換算):1.0質量%)の透明度及び粘度を上述の方法で測定した。結果を表1に示す。
【0084】
<実施例2>
疎水化剤としてポリエーテルアミンであるJEFFAMINE(登録商標) M-1000(HUNTSMAN社製、分子量1000)を用いた以外は実施例1と同様にして、トルエンを分散媒とする疎水化カルボキシル化CNFの分散体を製造した。カルボキシル化セルロース1gに対する疎水化剤の結合量は1.42gである。得られた疎水化カルボキシル化CNFの分散体(分散媒:トルエン、固形分量(カルボキシル化CNF換算):1.0質量%)の透明度及び粘度を実施例1と同様にして測定した。結果を表1に示す。
【0085】
<実施例3>
疎水化剤としてポリエーテルアミンであるJEFFAMINE(登録商標) M-600(HUNTSMAN社製、分子量600)を用いた以外は実施例1と同様にして、トルエンを分散媒とする疎水化カルボキシル化CNFの分散体を製造した。カルボキシル化セルロース1gに対する疎水化剤の結合量は0.85gである。得られた疎水化カルボキシル化CNFの分散体(分散媒:トルエン、固形分量(カルボキシル化CNF換算):1.0質量%)の透明度及び粘度を実施例1と同様にして測定した。結果を表1に示す。
【0086】
<実施例4>
疎水化剤としてステアリルアミン(東京化成工業株式会社製、分子量270)を用い、超高圧ホモジナイザーでの処理を80MPaで1回及び150MPaで5回とした以外は、実施例1と同様にして、トルエンを分散媒とする疎水化カルボキシル化CNFの分散体を製造した。カルボキシル化セルロース1gに対する疎水化剤の結合量は0.38gである。得られた疎水化カルボキシル化CNFの分散体(分散媒:トルエン、固形分量(カルボキシル化CNF換算):1.0質量%)の透明度及び粘度を実施例1と同様にして測定した。結果を表1に示す。
【0087】
<実施例5>
トルエンの代わりに2-プロパノールを用いた以外は、実施例1と同様にして、2-プロパノールを分散媒とする疎水化カルボキシル化CNFの分散体を得た。得られた疎水化カルボキシル化CNFの分散体(分散媒:2-プロパノール、固形分量(カルボキシル化CNF換算):1.0質量%)の透明度及び粘度を実施例1と同様にして測定した。結果を表1に示す。
【0088】
<実施例6>
トルエンの代わりにメチルエチルケトンを用いた以外は、実施例1と同様にして、メチルエチルケトンを分散媒とする疎水化カルボキシル化CNFの分散体を得た。得られた疎水化カルボキシル化CNFの分散体(分散媒:メチルエチルケトン、固形分量(カルボキシル化CNF換算):1.0質量%)の透明度及び粘度を実施例1と同様にして測定した。結果を表1に示す。
【0089】
<実施例7>
トルエンの代わりに酢酸エチルを用いた以外は、実施例1と同様にして、酢酸エチルを分散媒とする疎水化カルボキシル化CNFの分散体を得た。得られた疎水化カルボキシル化CNFの分散体(分散媒:酢酸エチル、固形分量(カルボキシル化CNF換算):1.0質量%)の透明度及び粘度を実施例1と同様にして測定した。結果を表1に示す。
【0090】
<比較例1>
実施例1で得られた固形分濃度25質量%の酸型のカルボキシル化セルロースの分散体1.5kgを、固形分濃度4質量%となるように水で希釈し、疎水化剤としてJEFFAMINE(登録商標) M-2070(HUNTSMAN社製、分子量2000)をカルボキシル基量に対して1当量添加した。カルボキシル化セルロース1gに対する疎水化剤の結合量は2.84gである。ホモジナイザー(1500rpm、10分)で混合し、疎水化カルボキシル化セルロースの分散体を得た。得られた分散体を、70℃の温度下に15時間静置して、疎水化カルボキシル化セルロースの乾燥固形物(固形分濃度98質量%)を製造した。その後、スーパーミキサーで、1500rpmで40分間粉砕することによって、乾燥粉砕物を得た。
【0091】
得られた乾燥粉砕物を実施例1と同様の方法で解繊して疎水化カルボキシル化CNFの分散体を製造した。得られた疎水化カルボキシル化CNFの分散体(分散媒:トルエン、固形分量(カルボキシル化CNF換算):1.0質量%)の透明度及び粘度を実施例1と同様にして測定した。結果を表1に示す。
【0092】
<比較例2>
疎水化剤としてJEFFAMINE(登録商標) M-1000(HUNTSMAN社製、分子量1000)を用いた以外は、比較例1と同様にして、トルエンを分散媒とする疎水化カルボキシル化CNFの分散体を製造した。カルボキシル化セルロース1gに対する疎水化剤の結合量は1.42gである。得られた疎水化カルボキシル化CNFの分散体(分散媒:トルエン、固形分量(カルボキシル化CNF換算):1.0質量%)の透明度及び粘度を実施例1と同様にして測定した。結果を表1に示す。
【0093】
<比較例3>
疎水化剤としてJEFFAMINE(登録商標) M-600(HUNTSMAN社製、分子量600)を用いた以外は、比較例1と同様にして、トルエンを分散媒とする疎水化カルボキシル化CNFの分散体を製造した。カルボキシル化セルロース1gに対する疎水化剤の結合量は0.85gである。得られた疎水化カルボキシル化CNFの分散体(分散媒:トルエン、固形分量(カルボキシル化CNF換算):1.0質量%)透明度及び粘度を実施例1と同様にして測定した。結果を表1に示す。
【0094】
<比較例4>
疎水化剤としてステアリルアミン(東京化成工業株式会社製、分子量270)を用い、超高圧ホモジナイザーでの処理を80MPaで1回及び150MPaで5回とした以外は、比較例1と同様にして、トルエンを分散媒とする疎水化カルボキシル化CNFの分散体を製造しようとしたが、解繊が進行せず、CNFの分散体は得られなかった。カルボキシル化セルロース1gに対する疎水化剤の結合量は0.38gである。
【0095】
<比較例5>
トルエンの代わりに2-プロパノールを用いた以外は比較例1と同様にして、2-プロパノールを分散媒とする疎水化カルボキシル化CNFの分散体を得た。得られた疎水化カルボキシル化CNFの分散体(分散媒:2-プロパノール、固形分量(カルボキシル化CNF換算):1.0質量%)の透明度及び粘度を実施例1と同様にして測定した。結果を表1に示す。
【0096】
<比較例6>
トルエンの代わりにメチルエチルケトンを用いた以外は比較例1と同様にして、メチルエチルケトンを分散媒とする疎水化カルボキシル化CNFの分散体を得た。得られた疎水化カルボキシル化CNFの分散体(分散媒:メチルエチルケトン、固形分量(カルボキシル化CNF換算):1.0質量%)の透明度及び粘度を実施例1と同様にして測定した。結果を表1に示す。
【0097】
<比較例7>
トルエンの代わりに酢酸エチルを用いた以外は比較例1と同様にして、酢酸エチルを分散媒とする疎水化カルボキシル化CNFの分散体を得た。得られた疎水化カルボキシル化CNFの分散体(分散媒:酢酸エチル、固形分量(カルボキシル化CNF換算):1.0質量%)の透明度及び粘度を実施例1と同様にして測定した。結果を表1に示す。
【0098】
【表1】
【0099】
表1の結果より、本発明の手順にしたがい、乾燥と粉砕とを同時に行って製造した実施例1~7では、乾燥が完了してから粉砕を行った比較例1~7に比べて、高い透明度を有する分散体を製造できることがわかる。また、実施例1~7では、比較例1~7に比べて、分散体の粘度が低いことがわかる。
【0100】
実施例1~7の方法は、溶媒の添加と遠心分離または吸引濾過とを繰り返す溶媒置換を必要とせずに有機溶媒を分散媒とするCNF分散体を製造することができ、従来の溶媒置換を用いた方法で有機溶媒を分散媒とするCNF分散体を製造する場合に比べて、コスト及び時間の節約になる。また、高粘度のCNF分散体に対して疎水化剤を添加する従来の方法に対し、実施例1~7ではCNFとする前のカルボキシル化セルロースに疎水化剤を添加すればよく固形分濃度25%のカルボキシル化セルロースに対して疎水化剤を添加することができるため、効率がよい。さらに、従来のCNF分散体に対して疎水化剤を添加する方法に比べて、本発明では、有機溶媒を分散媒とするCNF分散体を製造するに際し、超高圧ホモジナイザーのような機械的処理の回数を少なくすることができ、コスト的に有利である。